かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

WANDS

時の扉 /WANDS

1993_03_時の扉_WANDS



今回の1曲セレクトは、「時の扉」WANDSです。

まずはデータです。

・タイトル    時の扉
・アーティスト  WANDS
・作詞      上杉昇
・作曲      大島康祐
・編曲      明石昌夫
・リリース日   1993年2月26日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   144.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1993年3月8日〜5月3日付
・タイアップ:テレビ朝日系「ネオドラマ」主題歌

今年の冬はとみに寒かったですわ。個人的にエアコンの「温風」が苦手なんで、冬場は未だに「石油ストーブ」なんだけども、この冬は灯油代がいくらかかったか。。。
でも、ようやく春っぽくなってきましたね。

ただ、春っぽくなってくると「花粉症」が・・・・。 まあ、最近は、ジジイになってきて鈍感になってきたのか、花粉に慣れてきたのか、昔ほどひどい症状は出なくなってきたけど、それでも、多少は症状が出るな。 ここ数日、鼻水が。。。

振り返ってみれば、1993年春の花粉症が一番ひどかった気がする。かんでもかんでも止まらない鼻水に加え、鼻づまり、微熱が3〜4月の間ずっと続いてたなぁ。

大学4年になろうとしていた春。卒研のための所属研究室をめぐって各教授へのお願いと、就活開始時期が重なって何かと気苦労が多かった春だ。

そう考えると、花粉症っていうのも精神的なところもあるのかもな。

・・・・ということで、今回はそんな個人的に花粉症が酷かった1993年春から1曲。

WANDS  「時の扉」

うーむ、この曲未だに書いてなかったんだな。  ・・というか、過去に書いた曲アーカイブスを調べてみると、WANDSって意外と書いてなかったんだよね。

1993年の今頃と言えば、ビーイング系アーティストが、チャートを席巻し始めていた頃だ。

どうもね、ある系統のアーティストがランキングを席巻し始めると、それらのアーティストから距離を置きたくなるところが、昔からあるんだよね、ワタシ。

例えば、それ以前だったら、おニャン子関連なんかまさにそんな感じだったな。

たくさんの方たちと共有できるヒット曲が好きな反面、ヒットチャート上、あまりにそれらの系統のアーティストばかりになると、途端にいやになる。 天邪鬼ですよ。

そんな傾向が、93年の今頃には、いわいるビーイング系のアーティストに出て来てたんだよね、ワタシ。

だからということもあるんだろうけど、この1曲セレクトで、全盛期だった1993年のビーイング系の曲って、未だにあんまり書いてないんだよね。

もっとも 当時のビーイング系のすべての曲に拒否反応があったわけじゃない。
例えば、WANDSだったら、この「時の扉」の次の「愛を語るなら〜」は、一時期カラオケの十八番だったくらい好きだったし。。。

いや、ビーイング系の曲って、刺さるか刺さらないかの差が激しかったのよ、個人的に。

例えば、T-BOLANなんて、普段はあんまり刺さらなかったのに「Bye For Now」なんて大好きだったし。。

うん、全体的に見て、ビーイング系がブームだった1993年よりも、ブームが下火になりかけて来ていた、1994年の曲の方が個人的には刺さったのよ。
WANDSだったら、「世界が終わるまでは・・・」、DEEN「瞳そらさないで」、MANISH「走りだせLONELY NIGHT」、T-BOLAN「マリア」・・・。
みんな1994年の曲ですわ。

1994年ってミスチルに加えて、小室系からtrfっていう、新たな勢力が急成長してきたころ。それに伴い明らかにビーイング系の分が悪くなり始めて来てた頃だったからさ。

そうなると、なんか愛おしくなってきたりするんだよね、ワタシ。

まあ、そんなところもあったんだろう。、今回引っ張ってきた「時の扉」って曲、1993年当時は、めちやくちゃ好きだったわけじゃないんだよね、個人的には。

まあ、だから、145万枚なんちゅう、いわいる「メガヒット」になったこの曲なのに、いままで1曲セレクトで書いてこなかったんだろうけど。。。

この曲よりも、同時にリリースされたチャゲアスの「YAH YAH YAH」のほうが個人的には、何倍もは刺さってたしなぁ、この頃は。

この曲の前の「もっと強く抱きしめたなら」は、インパクがあったのよ。分かりやすいしポップだし・・・。 今となっては信じられないけど、当時の一つのヒットの法則のトレンドだった有線発のブレイクだった。

有線発のヒットというと、一見地味な印象があるけど、ジワジワ広がる口コミ効果が、ネットがなかったあの頃はデカかったからさ、有線発のヒットは。ブレイクするとロングヒットの傾向が強かった。

WANDSもそんなところからブレイクしてきたわけよ。今となってはすっかり忘れられていると思うけど。。。。

この「時の扉」はそんな大ブレイクを受けてのシングルであったんだけど、「もっと強く〜」とは異なり、初めからヒットが約束されたような曲調に、当時はやや違和感を感じたのかもしれないな、個人的に。

「もっと強く〜」は、謙虚だったじゃん。 もちろんブレイク狙いというところからそうだったのかもしれないけれど、1曲でそんなに変わっちゃうの? っていう思いもあったしな。

まあ、もっとも、ポップな「もっと強く〜」よりも、よりロックテイストな、この「時の扉」のほうが、本来のWANDSに近いんだろうけど。。 それは、後年1995年の「SECRET NIGHT」の時に感じたことなんだけどさ。 でも、93年のこの時点ではまだわからなかったのね。

だから、謙虚さが戻ってポップな曲調だった、次の「愛を語るより口づけをかわそう」は刺さったんだと思う。 うん、93年時点ではそういうポップロックな人たちだと思ってたから。

もっとも、当時のボーカル・上杉昇の見た目のヤンチャさから、違和感はあったけど。。。。






今、当時の事を振り返って、残念だな・・と思うのは、あの頃はライブに行かないヒトだったのね、ワタシ。
ブログに「ライブレビュー」なんてカテゴリー作っている今の私からすると信じられないんだけどさ。

たしかにあの時代もライブに行ってみたいっていう欲求はどこかにあった。
まだ、ネットが無く、ライブチケット言えば「チケットぴあ」なんかの店頭に並ばなきゃ買えなかった時代。 どうせ人気アーティストのチケットはすぐに売り切りだろうと、半ばあきらめてたところもあるな。実際、それまで何回か店頭販売に申し込んでは「ハズレ」が続いてたこともあったからさ。



でも、当時は大学生だったからこそ、今よりももっといろんなライブに参戦できたろうし、もっと積極的になるべきだったなぁ・・なんて、今になって思ったり。

あの時代、CDとかテレビだけでなく、実際、生で見ることで、アーティストとか楽曲の感じ方も大分違っただろうしなぁ。

この動画の観客の人たちって、おそらく、ほぼワタシと同年代の人たちだろうけど、なんか羨ましい。
今、こうしてライブ映像を見ると、そう思えるな。



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Secret Night〜It's My Treat〜 / WANDS

1995_03_Secret Night_WANDS







今回の1曲セレクトは、「Secret Night〜It's My Treat〜」WANDSです。

まずはデータです。

・タイトル     Secret Night〜It's My Treat〜
・アーティスト   WANDS
・作詞       上杉昇
・作曲       栗林誠一郎  
・編曲       池田大介
・リリース日    1995年2月13日
・発売元      ビーグラム
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   63.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1995年2月27日〜3月13日付
・タイアップ:TBS系「CDTV」1995年1〜2月オープニングテーマ

前回書いた、安室奈美恵の「CAN YOU CELEBRATE ?」のアクセス人数は最悪でしたねぇ。
うーむ、なんでですかねぇ、これだけ「有名」な曲なのにねぇ。 やっぱ、逆に有名すぎて、みんな知ってるから、こういうネットのページには立ち止りにくいんでしょうかね。
その辺に90年代の曲の難しさがあるんだよなぁ。でも、めげないで、今回も90年代の曲をセレクト。

当初は、また70年代に戻ろうかと思ってたんだけど、書こうと思ってた曲が、丁度、「今」頃ヒットのピークだったんで、急遽、引っ張って来ましたわ。

WANDS 「Secret Night〜It's My Treat〜」

92年の「もっと強く抱きしめたなら」以来、ミリオンセラー4枚。その他の2枚も80万枚オーバーと、例の「ビーイング系」の旗手だった、WANDSも流石に人気に陰りが見えてきた・・・かな? と思えた時期にリリースされたこの曲。
 ま、実際に、ブレイク以後、最低の売り上げとなってしまったわけで、ピークは過ぎたなっていうのは事実になってしまった1枚ですね。

でもねぇ、個人的には、この曲好きなんですわ。

ブレイク以後、それまでのWANDSって、一応「ロックバンド」ではあったけども、やっぱり「ウレセン」だったんだよね。ロックではあるけどもポップスの要素も強い・・・という。

 それが事務所の方針だったんだろうけど、やっぱり本人たちは大分、ストレスが溜まっていたんだろうね。 この曲は、それまでの「ポップ」な部分はかなり排除され、ダークな雰囲気のギンギンのロックでしたね。
 まあ、その辺りからも、少しウレセンは外れたような雰囲気だったし、だから、それまでよりは売り上げが下がっても当たり前かなとは思えたんだけどさ。

 でも、この曲から随分、自分たちがやりたかった事に近付けてきたんじゃないのかなぁ・・・。そんな気はする。

それより、この曲の詞だよね。 人気バンドたる禁を破ったというか、もろ「性行為」的描写な歌詞。

♪ Secret Night 服を脱ぎすて  癒えるはずのない 傷をさらして
  Secret Night  そこに触れたら とめどなく滴が落ちた〜 ♪

ってサビの歌詞は、かなり刺激的だったな。 

いや、でもねぇ個人的にはいいと思うんだよね。
もともと流行歌なんちゅうもんは、男女の色恋を歌うモノが普通だったわけでさ。

最近は、こういう「直接的」な歌詞の曲って少ないでしょ。なんで何でしょうかねぇ。 最近の曲が刺激が少ないのは、きっと、そういう性的な部分が少ないからなんだろうね。もっと直接的でいいと思うんだけどなぁ。

あ、話がずれた。。。

それと、この曲での上杉のボーカルだよね。なんかね、それまでのどこか縛られたようなボーカルではなく、のびのびとしてるんだよな。 それがいい。
 だからね。個人的には、逆に言えばWANDSの新たな部分が見えたりして新鮮だったんだよな、この曲。

でも、結局は、この曲から先、人気の下降線は止められませんでしたねぇ。 
自分たちがやりたい事と人気っていうのを両立させるって言うのは難しい事なんだよね。


ちなみに、この曲、もともとは、作曲の栗林誠一郎の「It's My Treat」って曲が原曲で、それの半ばカバーなんだよね。

↓ コレ


その辺は有名なのかな? 
で、全編が英語詞なんだけど、だから、オリコンの作詞・作曲者クレジットを見ると、英語詞・栗林誠一郎になってるし、JASRACのデータベースでも、 この「Secret Night〜It's My Treat〜」の作詞は、上杉昇と併記して栗林誠一郎になってるけど、ここでは、あくまでWANDSの「Secret Night」にスポットを当てたかったんで、敢えて、作詞から栗林誠一郎氏は外させていただきました。





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世界中の誰よりきっと / 中山美穂&WANDS

1992_12_世界中の誰よりきっと_中山美穂&WANDS



今回の1曲セレクトは、「世界中の誰よりきっと」中山美穂&WANDSです。

 まずはデータです。

・タイトル    世界中の誰よりきっと
・アーティスト  中山美穂&WANDS
・作詞      上杉昇 中山美穂
・作曲      織田哲郎
・編曲      葉山たけし
・リリース日   1992年10月28日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   183.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1992年11月9日〜1993年2月15日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「誰かが彼女を愛してる」主題歌

 今回の1曲セレクトは、超ド級ヒットとなった、この曲です。

中山美穂&WANDS 「世界中の誰よりきっと」。

何も言わなくても、みなさんよーく御存じですよね。
メロディラインはキャッチーだし、それに、なんせオリジナルが183万枚もの、超ド級ヒットだったしねぇ、だれでもなじみがある曲っていうのもデカイかな。
 それと、当時のヒットの中心のユーザー層の年齢が、ちょうど、この曲がヒットの中心層だったってこともあるだろうな。

・・・まあ、簡単に言えば、ワタシらの年齢層がまさに、そのターゲットになってるってことかな。 第2次ベビーブーム世代。この世代の市場は本当にデカイんよ。だから、当たるとこんな超ド級のヒットも出ちゃうわけさ。
そそそ、某アイドルグループみたいに「大人買い」なんてされなくても、この位の売り上げ枚数になっちゃっていた訳よ。 

 伏線として、あの頃ってばさ、折からの「カラオケブーム」もあって、みんな歌ってたよね。この曲。
 男女グループだったら、絶対歌ってたんじゃない?

 メロディはキャッチーだし、メロディラインも、あのころの曲としては比較的シンプルで簡単だし、なにより、ビーイング系の曲としては、キーが高過ぎないって言うのが便利。

 まさに、カラオケで歌ってください・・・と言わんとしている様な曲というか・・・ふらふら


 ところでさ、この曲って、結局、メインは、中山美穂とWANDSとどっちなんでしょう?

 あのころは、今みたいに「・・・feat.〜」っていう表記がなかったから、どっちがメインなのかよく分かんないまま聴いてたような気がするなぁ。

 でも、発売元はキングだから、やっぱし中山美穂がメインなのかしら? タイアップのドラマも中山美穂だったしね。


 たださ、中山美穂とWANDSっていう「ビーイング」の組み合わせって、全く考えも付かなかった・・・って思いませんでした〜?

 いや〜、ワタシは、どういうつながりなんだろ? って当時から気になってたんだよなぁ。

 なんか、そっちの方が気になって、当時、あんまり真剣にこの曲、聴けなかったような気がする。

 それまで、全くビーイングと中山美穂ってつながりがなかったんだけどねぇ。

 しかもWANDSってところが、また、ミソでさ。 なんでWANDSだったんだろ?

 たしかに同時期に「もっと強く抱きしめたなら」でWANDSがブレイクしているんだけど、どっちかと言うと、この曲に引っ張られるような形で「もっと強く〜」ってランクを上げてるんだよね。

 ・・・と言うことは、この曲を制作している段階では、まだWANDSはブレイクしていなかったはず。

 うーん、ブレイク前の無名アーティストと中山美穂の組み合わせなんて、普通だったら、有り得ないと思うんだけなぁ・・・。



 ちょっと穿った考えではあるけど、WANDSをブレイクさせるために、中山美穂・・・というか、所属事務所のビックアップル⇒バーニングを利用したっていうところはないかしら?

 いやいや、したたかな長戸大幸氏だったら、その位のことは、してもおかしくないはず・・・。

 結果的に、183万枚なんて、中山美穂のソロでは考えられないほどの超ド級ヒットにつながったわけだし、結果的にWANDSも大ブレイクした訳だから、ビーイング、バーニングどちらにとっても「おいしい」選択だったはず。今風に言えば「Win to Win」だよね。

 ただ、その後、ビーイングとバーニングの「蜜月」がなかった事を考えると、これは、やっぱし、ビーイング側から「仕掛けた」と考えたほうがいいだろうなぁ。
 もし、逆にバーニング側から、このころのビーイングのブレイクを見越して仕掛けてきたんだったら、これだけのヒットを飛ばしたわけだから、その後も蜜月を続けたはず・・・。

 いやいや、あの時期では、大手プロでも、ビーイングのこの後の快進撃は、時期的に、まだ見抜けなかったはず。


 そう考えると、ビーイング総帥の長戸大幸氏のシタタカな計算振りには改めて舌を巻く。なりふり構わないというか・・・。
 まあ、正直言ってビーイングのその後のやり方・・・というか、リリースの仕方、曲の作り方には、辟易した部分もあるんだけど、マネージメントの部分で、このシタタカさっていう部分は、「ヒット曲を作るヒト」には、ある種、学ぶべきところはあるだろうな・・・とは思いますよ。シタタカさ+読みの戦略っていうかな。

 まぁ、まるっきりビーイング的なやり方では、ちょっと行きすぎだと思うけど。ちょっと「味付け」がしつこ過ぎるし・・・・ふらふら




・・・・なんて、下手に詮索しちゃうから、落ち着いて曲、聴けないんだろうなふらふら

 もっと素直に聴けばいいんだけどねぇ・・・。

 でも、90年代の曲って、裏になんかあるんだろう? ってつい思っちゃうんだよなぁ・・・。
 何分、プロデューサーの時代って言われてたでしょ? 何かウラにあるんじゃないか・・・って思っちゃうんだよね。
 これが「楽曲の時代」だったら、なんにも気にせず、「曲」に集中して聴けるんだろうけどさ。。。あせあせ



音が悪くてスミマセン。 でも、ミポリンとWANDSがテレビで一緒に歌っているところ初めて見たかも。。。
うーん、当時、Mステでも見たかなぁ。。


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もっと強く抱きしめたなら / WANDS

1992_10_もっと強く抱きしめたなら_WANDS






今回の1曲セレクトは、「もっと強く抱きしめたなら」WANDSです。

 まずはデータです。

・タイトル    もっと強く抱きしめたなら
・アーティスト  WANDS
・作詞      魚住勉 上杉昇
・作曲      多々納好夫
・編曲      葉山たけし
・リリース日   1992年7月1日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   166.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1992年12月14日〜1993年3月1日付
・タイアップ:三井生命CM曲

えー、ここで書いてる曲は、ほとんどが、いわいる「ヒット曲」と言われる曲が大半なんで、書く曲を選ぶのも楽だろうとお思いの方が多いと思うんだけど、意外と大変なんですよね。なんせ「過去」の曲なんで、ヒットといえど数は限られているし、毎日書くとなると意外とプレッシャーがあるんだよねぇ。
 今回も、いつものごとく、「うー、曲がねぇ〜」と、ブツブツ言いながら、過去のオリコンチャートと格闘してたら・・・、あれれれれ、ありましたよ〜・・・

・・・っつうことで、引っ張って来ちゃいました。

 WANDSの「もっと強く抱きしめたなら」

 ・・うっちょexclamation & question この曲、まだ、書いてなかったんだ。。ふらふら
 うーん、いままで、完全に忘れていたのかなぁ・・いたんだろうなぁ。。。
 これだけのロングヒット&メガヒットだったこの曲を。。。

 WANDSっつったら、まあ、いわいる、ひとつのビーイング系の中核を占めたハンドってのは、今となっては、だれでも知ってることだけど、この曲が大ブレイクしたことから、本当の「ビーイング系」が始まったような気がするな。

 いや、この曲の時点では、まだ、「ビーイング系」っていうコトバはなかったような気がする。

 B・Bクイーンズに始まり、B'z、織田哲郎、T-BOLAN、ZARD・・・そして、WANDSと、気がついてみたら、ヒットチャートの上位にビーイングのヒトばっかが固まってるじゃん・・・ってことで、「ビーイング系」ってコトバが出来たような。。 うん、この曲の次の「時の扉」の頃には、しっかり、そうなってた・・って記憶してるんだけどね。

 そそそ、「ビーイング系」ってコトバができる前までは、個人的にも支持してたんだよ、一連のこの人たちのことは。

 やっぱ、なんだかんだいっても、キャッチーじゃん。その一言に尽きるのよ。
 いかにもヒット曲らしいつくりで、おもわず、カラオケで歌いたくなるような。。。

 そして、このヒトたちの曲は、ほとんどが、ロングヒットだったのよ。
 そのへんに、当時のこの人たちの支持の広さが伺えたりするんだけどさ。
 まあ、今考えると、それは、ファン獲得のための拡大のための「仕掛け」だったのかもしれない・・・なんて、穿った感じで見ちゃいたくなるけどさ。

 それでも、最初は、なかなか芽が出なかったんだよね。この曲なんか、リリースが7月1日だったけど、3ヶ月たった、今ごろだったよなぁ、ブレイクの「兆し」が見えてきたのは。

 それは、やっぱり「曲調」によるわな。ちょっとゆったりめのミディアムナンバーなこの曲は、「夏」のギンギンの太陽の下で・・・っていうよりかは、やっぱ、秋の涼しい風の中で・・・っていうイメージだし、それから言うと、今ごろの時期にブレイクの兆しが見えてきたのは、自然の成り行きだったんじゃないかなぁ。

  まあ、メロディライン自体はキャッチーだから、あとは、ブレイクのきっかけがつかめれば・・・って所だったと思うんだよね。
 そのきっかけが、ミポリンとのデュエットになった例の「世界中で誰よりきっと」っ言うのは、「社交辞令」だったのかもしれないけどさ。

 ただ、この曲自体は、それ以前から、きっかけを掴みかけていたしさ、ワタシも、今ごろだもんね、この曲はじめて聴いたのは。

 単純に、いい曲だと思ったよ。で、売れるだろうなとも思った。
 ただ、これだけの大ヒットになる・・・ってのは、正直、思わなかったな。

 ひとつのきっかけを掴めば、でかくなる・・・。あのころの特徴だったよね。まあ、それだけミュージックシーンも活気付いていたし、過渡期ってこともあったんだろうけどさ。
 その「潮目」にうまく乗れたってことだろうな。 で、なきゃ、いくら曲がよくても、ここまでのメガヒットになることは、難しいですわ。
 でもまあ、こればっかはタイミングだからねぇ。。


 考えて見れば、あの頃も、ちょうど、バブルが弾け「不況」に突入した頃よ。でも音楽業界だけは、逆に右肩上がり成長だったのよね。

 時は流れて、今も同じく経済は立ちいかない状況が続いている・・・あの時と状況は似ている・・。んじゃ、また、メガヒットの時代がくる!?
 なんて、甘くはないわなぁ。ちがうのは、音楽業界も同じく「不況」だってことよ、あの時と違うのは。
 
 それでも、時代の「潮目」には来ているとはおもう。 まあ、新たな「ムーブメント」が起きてもいい頃にききているハズ・・・なんだけどね。


世界が終わるまでは・・・ / WANDS

1994_06_世界が終わるまでは_WANDS






今回の1曲セレクトは「世界が終わるまでは・・・」WANDSです。

 まずはデータです。

・タイトル    世界が終わるまでは・・・
・アーティスト  WANDS
・作詞      上杉昇
・作曲      織田哲郎
・編曲      葉山たけし
・リリース日   1994年6月8日
・発売元     ビーグラム
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   122.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1994年6月27日〜8月22日付
・タイアップ:テレビ朝日系アニメ「スラムダンク」主題歌

 考えてみれば、ビーイング系の曲って、今まであんまり書いてなかったなぁ。
ま、個人的に、かなり「辟易」している部分もあるんだけどさ。なんせ、90年代、これでもかーってくらいビーイング系の曲は耳にしたからなぁ。未だに食傷気味ってところがあるのも事実なんだけども。。。

 さて、今回は、そんな中ビーイング系どえす。

WANDSの「世界が終わるまでは・・・」。。

まあ、だいたいのヒトは「スラムダンク」の主題歌(エンディングだっだっけな)として覚えているんじやないかなぁ。

 ワタシ的にはスラムダンクは、見てなかったんだけど・・。あ゛、「マンガ」は読んでましたよ。 「ジャンプ」に掲載されてた頃。

 だから、この曲に対しては、純粋にヒット曲として接したという感じだね。

 たださ、最初はなんとも思わなかったんだよなぁ。すでにこのころになるとビーイング系っていうのにも飽きてたっていうのもあって、ろくに聴いてなかったこともあるかもしれない。

 たださ、よくよく聴いてみるとなかなかいいんだよね。キャッチーな引っかかってくるメロディラインっていうのは、まあ、いつものビーイング系なわけで、特に変わったところは無いんだけど、何ていうのかなぁ・・・、それが分っていてもなお曲に引っ張られる何かを感じたんだよなぁ。
 それが何かはよくわかんないんだけど・・・。

 まあ、一つはこの曲は、WANDSの曲の中で唯一「カラオケ」で歌いやすい曲ってこともあるかも知れんけど・・・ (ちなみに、アッシもよく歌います

うん、不純な動機なんだけどね。でも、カラオケで歌いやすいって事はそれだけ親しみやすいメロディラインって言うこともいえるわけだしさ、そういう意味では、WANDSの曲の中でも最も「大衆的」な曲ってもいえるんじゃないかしらね。

 この曲、売上げは122万枚と、この前の「Jumpin'Jack Boy」の売上げ83万枚から大きく伸ばしてるんだけど、まあ、一つは「スラムダンク」っていうところも大きいんだろうけど、それだけではなく、この曲の大衆性っていうのも大きかったんじゃないかなぁ・・と思うんだよなぁ。

 ちなみに、この曲がWANDSとしての最後のミリオンセラーになったわけですわね。



蛇足だけど、この曲聴くと、この年の猛暑を思い出すなぁ。 35℃を超える炎天下、焼けたアスファルトの匂いが、どことなく鼻腔に漂ってくるんだよね。



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愛を語るより口づけをかわそう / WANDS

1993_05_愛を語るより口づけを交わそう_WANDS



今回の1曲セレクトは、「愛を語るより口づけをかわそう」WANDSです。

 まずはデータです。

・タイトル     愛を語るより口づけをかわそう
・アーティスト   WANDS
・作詞       上杉昇
・作曲       織田哲郎
・編曲       明石昌夫
・リリース日    1993年4月17日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    112.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1993年5月3日〜6月21日付
・タイアップ:ブティック「JOY」CM曲

 さてさて、今年のGW、昨日まで長躯連休を取られていた方も居たと思いますが、今日から完全に「普段通り」の日常に戻ったんじゃないですかねぇ。
 そんなG.W、ワタシはと言えば、先日ここにも出したように、サザンのライブで新潟に行ったりしましたからねぇ。普段は、ただボーッと過ごすだけのG.Wですが、今年は結構精力的に動いたかなぁ。

 社会人になる前、大学のころ・・・、こと92、93年のころのGWは、ほとんど遊びほうけてましたねぇ。
 以前ここでも書いたかもしれないけど、当時、自主サークルとしてオリコンチャート研究会ってのを開いてて、これが一番活動してるころだったからなぁ。
毎日ボーリングとカラオケ、そしてヒット曲についての談義だったような気がする。

 で、あの頃一番、カラオケで歌ってたのが、今日引っ張ってきた、WANDSの「愛を語るより口づけをかわそう」だったな。

 まあ、個人的にね。

 この曲、カラオケで歌いやすいんですよ。WANDSにしてはキーはそんなに高くないし、メロディは素直でキャッチーでしょ。

 最初っから「どーぞ、カラオケで歌ってください」と言わんとしているような曲だったじゃない?

 だから、ワタシも、「はいはい、それでは歌ってあげます」って感じで、ホイホイと歌ってたわけなんだけども。。

 まんまとビーイングの戦略に乗せられていたワタシですね。
いや、ワタシだけではなく、そういうヒト多かったよね、当時は。

 ま、ビーイング系の曲って、キーが高い曲も多いし、メロディラインね複雑な曲もあるし、決して歌いやすい曲ばっかじゃないんだけどね。
 でも、93年の今ごろの曲は特に、カラオケ用の曲が多かった気がするなぁ。

 この曲のように、やたらとタイトルが長い曲が多かったのも、このころのビーイングの特徴なんだけど、プラス、カラオケで歌いやすい、素直な曲が多いのもこのころのビーイングの特徴。
 女の子だったら、ZARDの「負けないで」とか、みんな歌ってたでしょ?

 そそそ、それがビーイングの狙いだったわけよ。カラオケの練習用にみんなCD買ってたからねぇ、当時は。

 カラオケで歌われる曲⇒CDが売れる っていう図式が完全に当時は出来上がっていたんだよね。

 カラオケで歌われる曲って、メロディが素直でキャッチー、キーが高すぎない。ただ、あんまり簡単すぎるとカッコが付かないから、適当に高い音も混ぜたりしてさ・・・ってのが、条件じゃん。

 この曲は、その見本のような曲だったよなぁ。

 まあ、それにまんまとかかっていたんだけどさ、ワタシも。

 それでも、当時はカラオケが第一のコミュニティ手段だったからなぁ。いち早く新曲を覚えてカラオケで歌うってのが、ステータスなんて時期もあったわけだからさ、やっぱ必死こいて覚えるんだよね。
 で、やっぱ、覚えやすい曲は歌いやすいわけでさ。

 それに、この曲、歌いやすいだけでなくて、歌ってて適当に「キモチいい」んだよね。適当にハイになれるっていうか陶酔できるっていうか・・・。

 うん、WANDSの曲って意外とそんな曲が多い。まあ、難しい曲も多いんだけどさ。この曲とか「世界が終わるまでは」なんてのは歌いやすいし、適当にその世界に入っていけるから・・。まあ、そういうところもあって、売上げもそこそこいいんだろうね。

・・・・ってミリオンセラーだもんなぁ。そう考えると、やぱり当時はミリオンセラーなんて簡単に出た時代だったんだよなぁ・・と改めて思ったりしてね。


 ただ、単に聴いてる分には、あんまり面白くない曲でもあるんだよね。やっぱ、この曲は歌うためにあるんぢゃないかなぁ・・と個人的には思うわけですわ。


ジャケ写・・・暗くて、なんだかよくわかんないねぇ・・・スイマセン。




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