かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

CM曲

Over Drive / JUDY AND MARY

1995_06_Over Drive_JUDY MARY



今回の1曲セレクトは、「Over Drive」JUDY AND MARYです。

まずはデータでする。

・タイトル    Over Drive
・アーティスト  JUDY AND MARY
・作詞      YUKI
・作曲      TAKUYA
・編曲      JUDY AND MARY
・リリース日   1995年6月19日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   67.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1995年7月17日〜8月7日付
・タイアップ:トヨタ「カローラツーリングワゴン」CM曲

マイカーの車検、通そうか、それとも買い替えようか、迷ったんだけども、結局、今回は通してとしまった。
20年物の「初代・Wish」。そそそ、宇多田ヒカルの「Colors」がCMで使われた時のクルマだ。
展示車だったのを「新古車」として買ってやつ。走行距離も18万Kmとなり、車検の際、修理、部品交換個所も増えたし、仮に車検通しても次も同じくらいの部品交換個所が出てきそうな気もするんでね。 そろそろ車新しくするか・・・という気持ち半分。

ただねぇ、なんせ20年も乗ってきたんでね。自分の手足のように自在に動いてくれるし、なかなか離れがたい気持半分。。 
車検時に部品交換個所はあるものの、半年ごとにディーラーで点検してもらっているんで、エンジンそのものは問題ないんで判断を遅らせているってのもあるし、、今回車検を通した要因でもあるな。

ただ、次の車検は・・・・。 さすがにそれまでには車を変えたい。
18万超えてると、遠出の勇気がなかなか出ないのよ。 でも、コロナも落ち着いてきて、そろそろ長距離ドライブもしたいしねぇ。


・・ということで、今回は「クルマ」に関係した曲を一つ。

ジュディマリの「Over Drive」

オ〜マイ・ガット  この曲まだ書いてなかったんだ。。。。。

ジディマリの主な曲は、あらかた書いたと思っていたんだけども。。。。


・・・っつか、最近じゃ、このCMに使われてるし。。。

↓ コレ



初め、あれ? 聴いたことあるけど、だれの曲だったっけ・・・なんて思っていたんだけども。。。。



この曲は、ジュディマリ初のベストテンヒットですわ。

前年「Hello! Orange Sunshine」でベスト30のスマッシュヒットを出し、個人的にもこの曲でジュディマリを知ったわけなんだけども。

やっぱり、トヨタ「カローラ」のCMに起用されたのが大きかったんだろうね、事実上のブレイクは、この「Over Drive」といってもいいだろうな。

くしくも、この曲がヒットし始めたころに、ワタシもクルマ変えてたんだよ。

それまで乗ってた「カローラ供廚ら「マーク供廚法

それまで乗ってた「カローラ供廚FMが入らなかったのよ。でも買い替えた「マーク供廚FM OKだし、カーステでCD聴けるし。当時としては至れり尽くせりだったんだよね。

そんで、初めてのドライブで聴いてたFMから流れてきたのが、この曲だったって記憶してるんだよなぁ。それでのこの曲覚えていたんだよな。

ただ、ヒット時期ってもうちっと早かったような印象があったんだけどね。 そそそ1995年の5月頃じゃなかったかと・・・。

でも、実際はリリースが6月だった。1か月履き違えていたんんだよな・・・。


そうか、それで、この曲の音源、長い事手元になかった理由も分かった。

この年のちょうど今頃、当時勤務していた、某大手害虫駆除会社での、「文化財害虫防除」作業の一環として「ガス燻蒸」作業の実地研修を受けに、まるまる1週間「川越市博物館」にカンヅメになってたんだ。
それだけでなく、翌週は、この研修の成果として「佐倉市美術館」の「ガス燻蒸」作業で、また、まるまる1週間カンヅメ。都合2週間家に帰ってなかったのよ。

おかけで、当時、ヒット曲収集の拠り所としていたbay fm「パワーカウントダウンHOT30」を2週間聴けなかったはずだ。
それらの週にこの曲、ランクインしてたんだよな。

当時、「パワカン」からエアチェックした音源をカセットに編集して、個人的なヒット曲集の音源としていたんだけども、たしか、あの頃、初登場の週は、ほぼフルでかかってたんだよね。それを目当てとしていたんだけども、初登場週にあぶれて、1コーラスしかかからない週ばかり聴くことになったんだ、それがいやで、この曲、当時のパワカンから編集したカセットに入ってないんだ。。。。


たしかに、個人的に刺さらなかった曲は、カセットに入れてなかったんだけども、この曲は、そういう理由ではなかったんだよね。

むしろ、刺さった。。。 というか、↑でかいた、初めてFMでこの曲を聴いたときに、「あ、これは来る」って感じたもんな。

前年、初めてジュディマリを知った「Hello! Orange Sunshine」は、もっととっ散らかってた。
まあ、だからこそ、ある種のパワーも感じたりして、「ニューカマー」が出てきたなとは感じてたな。

けど、この曲は、まとまっているのよ。 その分、「Hello! Orange Sunshine」のようなギラギラしたエネルギッシュなパワーは感じないけど、分かりやすいし、キャッチー。 これぞ「シングル」という感じ。当たり前のように売れると思ったな。

ただ、ここまで来るとはね、オリコン最高4位というのも、そうだけども、売り上げ枚数が67万枚だったからねえ。 それまでのシングルは10万枚も売れなかったわけだから、ここまで急激にブレイクしてくるとは、当初は思わなかったな。

やっぱり、天下の「トヨタ」のCM曲として起用っていうのは、デカかったんだろうね。

いずれにしても、この曲をきっかけにして、ジュディマリもビッグバンドの地位を不動のものにしたわけですわね。




この曲を今の今まで書かなかったのは、このMVがようつべに上がるのを待ってたっていうのもあるかもな。
このMV、メンバーの後ろ姿で面白いんだよね。
まあ、このMVでなくても、この曲自体の動画が上がるのを待ってたんだよね。 ちょっとまえまで、この曲の動画、ようつべになかったんですよ。

もっとも、ここ数年、この時期になると「生業」が忙しくて、1曲セレクト書いてる余裕が無かったっていうのもあるんだけども。。。。

それにしても、YUKIさんさすがに若いな。 そりゃそうかワタシも、この時まだ25才だったんだよな。 YUKIさんは、ワタシよりも学年で言えば2つ下なんで、こんとき23才だったハズ。

改めて今きくと、いつもよりも、丁寧に歌っていたような気がする。
トヨタのCMって先にありきだったのかしらん    だから、いつもより丁寧に歌ってた? その辺はよく分からないけど・・・。 でも、好感が持てたのは事実ですね。

いわいるメロコア系のバンドに、キュートな女性ボーカルっていう形式の男女混合バンドで成功した人たちって、今でこそ、いろいろと出て来ているけど、当時は少なかったですよね。

確かに「LINDBERG」も同じ形態のバンドだったけど、ボーカルの渡瀬さんは、YUKIさんのようなキュートなボーカルではなかったし。

まあ、同じ時期にMY LITTLE LOVERのAKKOっていうキュートな声質なボーカルユニットが大ブレイクしてるけど、ラウドなバンドはないってところは、ジュディマリとは異なるしね。


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はじまりはいつも雨 / ASKA

1991_06_はじまりはいつも雨_ASKA






今回の1曲セレクトは、「はじまりはいつも雨」ASKAです。

 まずはデータでーす。

・タイトル     はじまりはいつも雨
・アーティスト   ASKA
・作詞       ASKA
・作曲       ASKA
・編曲       澤近泰輔
・リリース日    1991年3月6日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    116.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位  1位
・ベストテンランクイン期間:1991年3月18日〜9月2日付
・タイアップ:パナソニック「コンポhalf」CM曲

 ロングセラー。いまぢゃ、まずほとんど聞かなくなった言葉だけどね。
 いや、たしかに、いまでもロングセラーっていう単語は時々使うんだけど、そうは言っても、あっという間にチャートから消えていく大多数の曲に比べたら「ロングセラー」というだけであって、ベストテンに10週前後ランクインしている曲でさえ、昔のロングセラーという比ぢゃないよね。

 こんな状態は、90年代後半ごろから、ジワジワと見えつつあったわけだけど、ぢゃ、90年代前半はどうだったのか・・・というと、これが「さにあらず」。
 これが逆に、ロングセラーの天下だったわけだ。特にハイライトは、1991年。

 この年は、とみにロングセラーが多かった1970年代を凌ぐくらい、ロングセラーが多かった年なんだよね。
 いわいる「メガヒット」の始まりの年だったわけだけども、90年代後半以降の「メガヒット」とは、様子が異なり、たしかに初動集中型になりつつはあったものの、その後の粘り⇒ロングセラーぶりは、最近のヒット曲には全く見られなかったような感じなんだよね。

 そんな1991年のなかでも、この「はじまりはいつも雨」は、特にその粘りぶりが際立っていたよなぁ。
 なにせベストテン内に「半年」も居座ったわけだからねぇ。
 とにかく「安定」度といったら、とんでもなかったんだよねぇ。

 どうしてなんだろ? とは思うんだけど、たしかに、あの時代「カラオケ」で歌われる曲っていうのは、ひとつ大きかったんだろうね。
 ただ、今のように、まだ、情報伝達速度は早くなかったから、口コミによって広がって行ったってのは、また、大きいだろうなぁ。

 この曲、たしかにパナソニックのコンポのCMに使われていたけど、これもヒットしてからの話で、リリース時には、ほとんど、プロモーションらしいプロモーションもあまりなかったからねぇ。

 すでに音楽番組は、テレビの世界では衰退していたし、まだインターネットも無かったわけだから、タイアップがないとしたら、ラジオくらいしかメディアは無かったわけだし。。。

 ただ、そういう状況だったから、余計、「曲のデキ」が注目されていたっていうのは、あるかもしれないなぁ。


 このころのASKAの曲は、CHAGE&ASKAも含めて、ほとんどクラシックに近いんですよね。賛美歌というかね、ちょっとそれまでのポップスには無かったようなコード運びとメロディラインが特徴でしたよね。

 それと、サウンド全体のイメージというかね。どちらかというと、バンドサウンドというよりは、大編成のオーケストラ的なスケールのでかい曲が中心になっていましたよね。

 そのあたり1989年に一時、CHAGE&ASKAの活動を休止して、ロンドン生活を送った後あたりから、変わったように思うなぁ。

 それ以前、ことにキャニオンに移籍した1986年あたりからは、どちらかというと、リズム主題のロックポップスといったような曲が多かったからねぇ。

 その辺の変化に時代が付いてきた・・・って言うのが、この1991年あたりで、結局、時代を味方につけたのもでかかったかもしれないですよねぇ。

 
 たけど、この曲は難しい。キーが高いってのもあるけど、これはカラオケぢゃなかなか歌えないですよ。

 いや、このあとの「SAY YES」もそうだけどさ。メロディラインが複雑だし、コード進行も、ポップスと思えない進行の仕方があったりして、まず、音が取りにくいんですよね。

 ただ、そういうところが逆に耳新しいって言うところはありましたよね。
 さすがにイギリスに行ってただけあって、音が「濡れている」というか・・。

 「はじまりはいつも雨」っていうタイトルにはぴったりはまるサウンドなんだよね。



 個人的には、この曲がヒットしてた頃・・・・、ランキング(ヒットチャート)に本格的にのめりこみ始めたころだなぁ。  自主チャートを毎週出すようになったのもこのころですわ。
 それと、「オリコン研究会」のサークルでで頻繁に動いてた頃かなぁ。

 だから、この曲っていうと、ヒットチャート作ってたか、千葉の中央郵便局で夜中、郵便物の仕分け作業のバイトしてたころの風景が浮かんでくるんだよなぁ
バイトしてた作業場にあったラジオから、この曲、よく流れてたんですよ。

 それとともに大学には徐々に足が向かなくなってきてた頃の曲ですねぇ

 「仕事」的な考えとしても、いまのワタシの根幹的にあるような曲なんですよねぇ。




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Stand Up / 倉木麻衣

2001_Stand Up_倉木麻衣



今回の1曲セレクトは、「Stand Up」倉木麻衣です。

まずはデータです。

・タイトル    Stand Up
・アーティスト  倉木麻衣
・作詞      倉木麻衣
・作曲      徳永暁人
・編曲      徳永暁人
・リリース日   2001年4月18日
・発売元     GIZA Studio
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   47.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位  1位
・ベストテンランクイン期間:2001年5月3日〜5月31日付
・タイアップ:日本コカ・コーラ「爽健美茶 Natural Breeze 2001 happy live」CM曲

あー、ゴールデンウイークが終わっていく。。。 まあ、厳密に言えば今週、土日もゴールンデンウイークの範疇なんだろうから、まだ終わっていないんだろうけど、明日、普通に仕事だかんね。

個人的な中では、今日でゴールデンウイークも終わりだぁ〜 っていう意識なんだよなぁ。

あー、ユ・ウ・ウ・ツ。   

五月病なんてさあ、社会人なりたての若い方がかかるもんなんだろうけど、ワタシみたいな50過ぎのロートルおっさんでも、そういう気分になるもんなのよ。

特に明日は、普通に出勤しなきゃいけないしさあ。。 ここ3年、すっかりテレワークに慣れきってしまった身には、早起きして、満員電車に揺られなきゃいけないと思うと、出勤・・ということだけでもユ・ウ・ウ・ツなのよね。

これは、定年を迎えるまでは、毎年そういう気分が続くんだろうね。


・・・なんて、暗い話題のマクラになってしまったけど、今回は2001年ゴールデンウイーク明け頃のヒット曲を一つ。

倉木麻衣さんの「Stand Up」

アーカイブを調べてみたら、倉木さんの曲って1曲セレクトで、まだほとんど書いてなかったんだな。

うーむ、どうも、この年代あたりになってくると、本当に「昨日」な感覚なんだよね。
でも、冷静に見ると、20年以上経ってるんだよなぁ。 そろそろこの辺りの曲も書いていかないとね。

まあ、2001年は、すでに自分のサイトをオープンしてから1年過ぎてたし、恐らくこの曲なんかは、当時のBBS に「新曲」の寸評として、当時一度書いてたと思うんだけどさ。

そのBBS も既に過去の遺産。 ブログで再度残すのもいいしね。



個人的に、この曲好きだったのよ。 倉木さんにはしては珍しく、ギターを前面に出したラフなサウンドだったじゃん。

5月病の憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれるような・・・。まあ、そんな単純な理由からだったけど・・・。

いや、実際、あの年(2001年)のゴールデンウイーク明けは、個人的に大変な目に合った時期でさ。 まあ、あまりにも愚痴になってしまうから、詳しくは書かないけど、兎も角、精神的にはどん底だったのよ。

そんなどん底の気分を吹きとばしてくれた1曲ですね。この曲。

この曲までの数曲の倉木さんの曲って、個人的には、それほど触手が伸びなかったのよ。

具体的には、前年秋の「Simply Wonderful」なんかは、キラキラとした面白い音色の曲だな・・とは思ったけども、その後の「Reach for the sky」も「冷たい海」も今一つ、はっきりしない印象が先に立ってたし。。

そんな流れから倉木麻衣ってヒトは、「2000年」に限定した人で、2001年以降・・・というか2000年代をリードしていくヒトではないのかな・・とも思えて来ていたんだよね。

ここでもよく書いてるけど、その年、その年でヒット曲の傾向、カラーって変わってくるじゃない

倉木麻衣ってヒトは、2000年っていう時代のカラーにはドンピシャ嵌っていたけど、2001年っていう時代のカラーからは外れているんじゃないか・・・なんて思えてたんですよ。

そんな折、↑で書いたように、それまでの倉木さんの曲にはなかったようなラフなギターサウンドだったからさ。

そそそ、この乾いた空気感なのよ2001年のカラーって。
どこまでも続く青い空と、乾いた空気を思わせてくれる。まるで、カリフォルニアの乾いた空気なような。。。

そう思えたのは、やっぱLOVE PSYCHEDELICOとかが出てきたからなんだろうな。

向こうのアーティストで言えば、Sheryl Crowのような独特の乾いた空気感。

そんな時代の空気感に旨く嵌ったような手ごたえがあったんだよね、この「Stand Up」って曲。

でも、そう思えたのは、実際「爽健美茶」のCMが、そんなどこまでも続く青空だったから・・・と、ずっと記憶してたんだけども・・・。 どうも、実際は違ったみたいですね

↓ コレ


ウーン、この曲から浮かんでくる、あの青空と、乾いた空気感は、一体どこから連想したんだろうな。。。 


ところで、今回この曲を書くにあたって、ネット上を物色していたら、倉木麻衣の制作サイドはパロディ好きだ・・・って趣旨のブログに出くわしたりして

↓ コレ



なんか、いろいろと批判的なことが書かれたりするけど、本人はあくまで倉木さんファンのようですね。

その中にこの曲の下敷きにした曲ってのが書かれたりしてるけど

↓ コレ




なるほど、やっぱ下敷きにしてる曲があったのね。
まあ、いきなり曲調が変わったんで、なんかあるんだろうな・・とは当時から思えたけど。。。
個人的には、この曲が下敷きで間違いなさそうとは思えるけど、真相は如何に。。。


昔だったら、パクリだぁ・・・とワタシも騒いだだろうし、↑のブログが書かれた2009年頃も、まだパクリ疑惑があった頃でもあるから、記事にもそのように書かれたりするけどさ。
今や、サンプリングって言う概念も一般的になったし、J-POPって下敷きになっている曲が多いってことが、今となってはみんな知ってるようになりましたからね。特段騒ぎ立てる事でもなくなりましね。 






ところで、↑でこの曲がヒットしていた2001年のゴールデンウイーク明けは、個人的に大変な目に合った時期でさ・・・って書いたんだけども、この1か月後に、その後の人生に関わって行く、某C社の求人広告を目にすることになる。

もし、この曲がヒットしていた頃の自分に会えるとしたら、あと1か月後に人生変わるぞ・・と言ってあげたいですねぇ。。。

そんな人生のターニングポイントに差し掛かるほんの少し前ってことでも、印象に残ってる曲だな、この曲は。 

まあ、あくまで個人的なことですけどね。。。


蛇足だけどさ、倉木さんのwikipediaには、各シングルとアルバムの詳細売上げ枚数出てるけど、オリコンさんに怒られないんですかねぇ。
ボキは、昔、怒られたけどさ〜。


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ひとすじになれない / 米米CLUB

1991_12_ひとすじになれない_米米CLUB



今回の1曲セレクトは、「ひとすじになれない」米米CLUBです。

まずはデータでーす。

・タイトル    ひとすじになれない
・アーティスト  米米CLUB
・作詞      米米CLUB
・作曲      米米CLUB
・編曲      米米CLUB
・リリース日   1991年9月21日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   65.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1991年10月7日〜11月4日付
・タイアップ:ソニービデオカセットV CM曲

2021年の1曲セレクトは、恐らくこれが最後なんじゃないかな・・・。
今年も1年間、「1曲セレクト」を読んでいただきありがとうございました。まあ、年々、書く頻度も少なくなってきましたけど、来年も一つよろしくお願いします。

ところで、昨日、ワタシメのランキング、2021年の年間チャートベスト200を公開しました。
年間1位は、優里の「ドライフラワー」。 
まあ、1年52週あったうち、49週ベストテン入りなんていう、とんでもない超ロングヒットになったわけで、年間1位も頷けるところではあるんですけどね。

ただ、、この曲、よく分かんないって方が結構いるんだよね。
曲調として派手なわけでもないし、強烈なインパクトがあるわけでもない。でも、なんで、こんな超ロングヒットになっているのかがよくわかんない・・っていう理由ですね。

確かにそうなんだよね。 例えば、BTSの一連ヒットなんかもパッと聴きはそういう所があるんだけども、BTSの場合は中毒性がある。 何回か聴くといつの間にか嵌っちゃうんだよね。
まあ、ひげだんの「Cry Baby」なんかは、それこそインパクトの塊だったりするけどさ。

これらの曲に比べると、「ドライフラワー」って曲は、今一つよく分からない・・というのも理解できたりするんだよな。

ただ、そういうよくわかんない曲が、得てしてロングヒットすることっていうのも、ときどきあるわけなのよ。

今回の1曲セレクトは、同じように、強烈なインパクトがあるわけでもないけど、ロングヒットになった曲を一つ。

米米CLUB 「ひとすじになれない」。

この曲、もちろん覚えていらっしゃる方もいらっしゃると思うけど、いやー、覚えてないなぁ・・っていう方も多いんじゃないかなぁ。

今となっては、米米CLUBと言ったら、「君がいるだけで」と「浪漫飛行」の2択だけっていう感じになっちゃってて、他の曲にスポットが当たることは少ないもんなぁ。

ましてや、地味な存在のこの曲なんて、今となっては忘れられててもしょうがない。

時代的には、1991年9月リリース、今からちょうど30年前の曲ですわ。

1991年9月と言ったら、チャゲアス「SAY YES」と、槇原の「どんなときも。」が超大ヒットを続けており、 バブルガムブラザーズの「WON'T BE LONG」が、この2強に肉薄してきていた頃だ。

そんな中リリースされたこの曲。 上記3強の間隙を縫ってオリコン初登場は3位であったものの、それが精いっぱい。そこからはランクは下降線をたどっていき、1991年の年末、ちょうど今頃には、オリコン30位台まで一度落ちるのよ。

でも、年をまたいで1992年1月に入ると、オリコン10位台まで回復。 2月以降、再び30位台から20位台を行ったり来たりし、結局、1992年5月25日付まで、オリコン左ページ、つまりは50位以内をキープ。
リリース以来、8か月間ベスト50をキープするという、ロングヒットになる。

紅白で歌われたというならば、紅白効果で、年明けチャートが一時的にでも上向きになるということは珍しいことではない。 そういう曲は、未だに毎年のように出てくるしね。

でも、この曲は紅白では歌われていないし・・・。 っつうか、1991年時点で、米米は紅白には1度も選ばれていない。
・・にも関わらず、年が明けて、再浮上してきたわけよ。

まあ、確かに、今年の「ドライフラワー」に比べるとロングヒットの規模は小さいものの、似たようなヒットだったって言えるんじゃないのかなぁ。

あの時代、演歌でのロングヒットっていうのは、それほど珍しくなかったけど、ロック・ポップス系で8か月間オリコン左ページを維持した曲って多くなかったしね。

ぢゃ、なんで、こんなロングヒットになったのか?

当時のカラオケブームっていうのが、大きかったんじゃないのかなぁ・・・。なんて思うわけなのよ。

この曲、オリコンのCDセールスは地味な動きだったけど、有線チャートの動きは比較的良かったんだよね。
つまりは、飲み屋の有線なんかじゃ、よくかかっていたのよ。  

あの頃、有線発のロック・ポップス系ヒット曲って増えて来てましたからね。 ↑で書いたバブルガムの「WON'T BE LONG」なんかはそうだったし。 この1991年は、他に沢田知可子さんの「会いたい」なんてぇのは、典型的だったな。
有線で耳にした曲をカラオケで歌う。 そんな流れも出来ていたんですよ。
この曲なんかも、そんな流れの1曲だったと思う。


で、さあ、この曲、実際カラオケで歌うと気持ちいいのよ。 少し音程が取りにくいところがあるけど、米米の曲の中ではまともな曲だし。。 これは「カラオケで歌う曲を前提」にした曲なんじゃないか・・とも思えたりしてね。

個人的に、そうだったけど、あの頃、兎に角飲み会にカラオケは鉄板、必須でしたからねぇ。 この曲当時、カラオケで何回歌ったか分かんないもの、個人的に。

そういう方も多かったんじゃないのかなぁ、今の40代、50代の方の中にもさあ。

そういう時代の流れに支えられてのロングヒットだったと思うんだよね。 この曲は。

結局ね、今年のワタシのチャートの年間1位だった、優里の「ドライフラワー」っていう曲も同じ様な理由なんじゃないかなと思うんだよね。

いまの時代だったら、有線発ではなく「ようつべ」とか「TIK TOK」なんかの動画発のヒットという違いはあるんだろうけど、そういう時代の流れに支えられたロングヒットであることは間違いない訳なのよ。
それに、最近の曲としては、比較的素直でわかりやすい曲ではあるしね。

まあ、動画見て、どの程度カラオケに流れたのかはよくわかんないけど。。。。




ウーン、カールスモーキー石井自ら「カラオケで歌われること前提」のようなコメントしてたりするな

カラオケでは、Cメロの ♪ 軽く愛してるよ なんて 言えないから〜 ♪ が決まると気持ちいいのよね。 

しかし、なんじゃ、この切れ方は。。。。。。

仕切り直しに CD音源動画を




すぐ消されちゃうかもしれないけど。。。。


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WHITE LOVE / SPEED

1997_11_WHITE LOVE_SPEED


今回の1曲セレクトは、「WHITE LOVE」SPEEDです。

まずはデータなのですら。

・タイトル    WHITE LOVE
・アーティスト  SPEED
・作詞         伊秩弘将
・作曲      伊秩弘将
・編曲      水島康貴
・リリース日   1997年10月15日
・発売元     トイズファクトリー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   184.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年10月27日〜1998年2月2日付
・タイアップ:資生堂「ティセラエンジェルドロップ」CM曲


クリスマが近づいてきましたね。 毎年この季節になると定番のようにクリスマスソングが巷・・・というか、特にラジオから流れてくるわけですが。。。
まあ、流れてくる曲は、毎年ほとんど決まっていますど。。。。
そそそ、マライアキャリーの「恋人たちのクリスマス」に、ワム!の「ラストクリスマス」、ジョン・レノン&オノ・ヨーコの「ハッピークリスマス」、日本勢だったらヤマタツの「クリスマスイブ」。

これらの曲は鉄板ですわな。

年によっては他の曲もかかったりするけど・・・。 去年だったらBand Aidの「Do They Know It's Christmas ?」あたりも頻繁にかかってた印象があるな。

ただ、今年は昨年までに比べると、これらのクリスマスソングがラジオから流れる頻度は、やや少ないかなぁ・・・という印象がありますね。恐らくはこれからが本番なんだろうけど。。

そもそも最近は、「新曲」としてのクリスマスソングのリリースも一時に比べると少なくなったような気がするなぁ。 一時期、20年くらい前までは、なんだぁかんだあ・・と毎年のように「新手」のクリスマスソングがリリースされていたもんだけどねぇ。

おかげで、「鉄板」なクリスマスソングは、いつまでたっても「鉄板」のままなわけで。。。

↑ で上げた曲、マライアキャリーの「恋人たちのクリスマス」でさえ、今から27年前っすよ。1994年だから。。。


今回引っ張ってきた曲も、一時クリスマスソングとして定番だった・・・ような気がするな。

SPEED 「WHITE LOVE 」。

うーむ、この曲、今まで何回か書いたような気がするんだけどなぁ。。。
過去のアーカイブを見てみたら、どうも、まだ書いてないようなので。。。 こんな大ヒット曲を。。


リリースが、1997年10月15日ということもあり、クリスマスソングとしては、いささかフライングなリリースでもあり、厳密に言えば、クリスマスソングっていうカテゴリーに入れるのもどうなの?

・・・という気もするけど、やっぱミディアムバラードという曲調と、楽曲の曲想からそういうイメージも強いんだろうなぁ。。。

ちなみに、この曲はSPPEDとしては、デビュー5枚目のシングルであり、売り上げ枚数184万枚というのは、SPEEDの最高売り上げのシングルとなる。

まあ、まずもってロングヒットになりましたからねぇ。 
オリコンで13週ベストテン入り(うち年末年始2週集計があり)というのは、SPEEDではシングル最長のベストテン入りではなかったかな。
加えて、週間売り上げ10万枚上も、7週(うち年末年始2週集計があり)というのも、SPPEDとしては最長。
高レベルの売り上げを長期間キープすることで、SPEEDとして最高の売り上げを記録したわけですわ。

まあ、SPEEDとして勢いが上がっている時に来て年末に向けてのリリースという、時期的な幸運も重なっていたんだろうけど。

今でもそうだけど、秋も深まり年末に向けてテレビの歌番組特番も多くなるわけで、それだけ露出も多くなるからねあ、コアなファンだけじゃなく、一般の人たちにも浸透しやすくなりますからね。

加えて何と言っても「紅白」という一大イベントがあるわけで。。。

紅白効果。 紅白出演後の週に売上げが再上昇するっていうのは、あの頃だではなく、今もありますからね。
もっとも、当時の方が効果は大きかったわけで。  

当時のオリコンチャートを見ると、この曲、1997年12月22日付で一度、ベストテンから落ちてるんだよね。
でも、次の12月29日付で再度ベストテン入りを果たし、1月19日付では4位まで再浮上している。

恐らくは、紅白見て、お年玉でCD買った方も多かったんだろうね。


ただ、SPEEDの場合は、顕著な紅白効果が見られたのはこの「WHITE LOVE」だけで、次の年の「ALL MY TRUE LOVE」では、顕著な紅白効果は見られなかった。 

1997年「WHITE LOVE」で紅白に出場した時は「初出場」ということと、それ以上に人気が上昇気流だったことも大きかったんだろう。
でも、それ以上に、やっぱり、キャッチーで分かりやすい曲調が、より多くの人たちに刺さったんだろうね。

だって、当時28才。さすがにSPEEDの曲を堂々と聴くには、年かさが行ってた私でさえ、この曲は刺さったもの、当時。

でも、正直当時、堂々とは聴けなかったのよ。 少し前にも書いたけど、あの頃は、少なくとも20代後半でアイドル・・っていうのは、立派なオタクだったからねぇ。 そそそ、一般的に冷ややかな目で見られる時代だったのよ、まだ。

だから、例えば当時の会社の同僚とも、そういうアイドルのヒット曲の話もできる雰囲気でもなかったんだよね。


個人的には、ちょうどこの曲がヒットの真っただ中だった、1997年12月に、自宅PCをインターネットにつないだのよね。今からちょうど24年前ですね。


当時最速だったISDN利用で。常時接続は高くて無理だったからさあ、もちろんダイアルアップで。
昼間は従量制で通信代がかかるんで、23時以降定額になるテレホーダイ利用というのは、あの頃ネットしてた方々にはデフォルトでしたよね。

考えることはみんな同じなんで、テレホーダイの時間になると、めちゃくちゃ回線が重くなったりして。。。

でも、ネットを始めようと思ったのは、当時のヒット曲や過去のヒット曲について語り合える人を探したいと思ったのが最大のきっかけだったかもしれないなぁ。

もっとも自分のランキングをネットを利用して作るためという理由もありましたけどね。
この頃になると、オリコンウイークリーに有線チャートもラジオチャートも掲載されなくなっていたからさあ。 自分のチャートを作るには、いちいち国会図書館に行ってコンフィデンスを見なきゃいけなくなっていたのよ。
さすがにそれは面倒なんで、なんとかネットで、これらの要素のランキングを作れないかということで始めたんだよね。
案の定、USENのチャートも、各ラジオ局のランキング番組のランキングもネットには出てたからね。
わざわざ国会図書館に行かなくても作れるようになったわけですわ。

ただ、そうやって作った自分のチャートをネットを使って公開しよう・・とは、まだこの時点では考えも無かった。あくまで自分用に作っていたのよ。

これを現在のように一般公開しようと思い立ったのは、もう少し後になってからですね。


あー、話がずれてきた。。。
この「WHITE LOVE」を聴くと、当時は、部屋に暖房がなかったんで、ブルブル震えながら設定したネット、なかなか設定がままならずネットに繋がらなくて悪戦苦闘したことや、初めてネットに繋がって感動した光景がフラッシュバックしてくるな。

もっとも、あの頃は、その後ネットの音楽関係の仕事に就くなんて思っても見なかったけど。。。
音楽については完全に一ユーザーだった頃ですね。
いずれにしても、個人的なネット人生に関わり始めた時の思い出の1曲なのよね。





初めにこの曲、すでに書いたつもりだったのに、まだ書いてなかった・・・っちゅうのは、やっぱ気恥ずかしさが先に立っちゃっうからなんだろうな。

だから、SPEEDの曲って、まだ、あんまり書いてないんだよな。 もっとも当時それほど聴き込む・・・という程は聴いてないっていうのもあるんだけども。

なんせ、SPEEDのメンバー全員、一回り以上年下だからさあ。
当時、新垣仁絵さん以外は中学生でしょ。 やばいよね当時28歳のおっさんがSPEEDなんて・・っていう強迫観念は未だにあるんだよね。

今は、おっさんでも一回り以上年下のアイドルの曲を聴いても、もうそういう目で見られることも少なくなっただろうけど、この曲がヒットしてた頃の「オタク」という冷ややかな目で見られるっていう感覚は、未だにあるからさあ。

それにしても、当時中学2年生だった今井絵理子さん、まさか今、参議院議員とはね。。。。 隔世の感ですよ。。。



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MERRY X'MAS IN SUMMER / Kuwata Band

1986_08_Merry X'mas In Summer_kuwata Band


今回の1曲セレクトは、「MERRY X'MAS IN SUMMER」Kuwata Bandです。

まずはデータです。

・タイトル    MERRY X'MAS IN SUMMER
・アーティスト  Kuwata Band
・作詞      桑田佳佑
・作曲      Kuwata Band
・編曲      Kuwata Band
・リリース日   1986年7月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   31.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間 1986年7月28日〜9月15日付
・タイアップ:資生堂「サンズパクト」CM曲

前回のJohnny「$百万BABY」は、1曲セレクトですでに書いていてもおかしくない曲ということで、引っ張ってきたんだけども、今回のこの曲も、そんな1曲になるんだろうね。

Kuwata Band  「MERRY X'MAS IN SUMMER」

うーむ、前回同様 「不覚!」と書いてしまおうか。。。。

いやいや、違うのですよ。 この曲は、以前から夏になると書こうと思っていたんだけども、これまで書こうと思ったときにYouTubeに動画が上がってなかったんで、意図的にずっと保留にしてたんだよね。

この曲は、Kuwta Bnad名義の曲だけど、サザン関連の曲は、ずっとYoutubeでは「削除」対象になってたからなぁ。 

・・と言いつつ、同じKuwta Bandでも、「Ban BAN Ban」と「スキップビート」はすでに書いたんだけどね。

いや、これらの曲も、書いた時点ではYouTubeに動画に動画上がってなかったんだけどね。中国のサイトに音源あったのを見つけたんで、本当はやりたくなかったんだけども、ごーいんにそこにリンクしたたのよ。。。。  そのサイトに「MERRY X'MAS IN SUMMER」は無かったんだよね。

なので、ずっと保留になっていたわけだ。

最近は、サザン関連もYouTubeなどの動画サイトへのアップも、だんだんと認められてきたんでね。
まだまだ、ない曲も多いけど、少しずつアップされてきているんで、やっとサザン関連の曲も書きやすくはなってきた感じですね。 今後、折を見て、まだ書いてないサザン関連の曲も書いていこうかな。


今回引っ張ってきた「MERRY X'MAS IN SUMMER」。
リリースされたのが1986年7月5日。 「スキップビート」と2枚同時リリースされたシングルだ。

「スキップビート」が「動」だとすれば、この曲は「静」という曲調でしたね。

当時、「おニャン子」旋風で、おニャン子関連の曲にチャートを席巻されていたのに飽き飽きしていたワタシだけど、この2枚のシングルには飛びつきましたねぇ。

これらのシングルリリースの10日後に「NIPPON NO ROCK BAND」というKuwata Bandのアルバムがリリースされたんだけども、このアルバムと併せて3枚同時に近くのレコード屋で買ったな。

シングル2枚で1400円 アルバム 2800円 併せて4200円。

当時、高校2年で、小遣いだって、まだそんなに貰っていなかった頃だけど、この費用どうやって捻出したんだろう?

いずれにしろ この当時4200円の出費はかなり痛かったはずだし、そうしてまで買ったわけで、まあ、兎に角、当時は、よく聴いてましたねぇ。

これらのレコードリリースされて程なく、夏休みに入ったわけだけども、 連日のように聴いてたと思う。

それほど好きだった。。。  ・・・・訳でもないんだけどね、実は。。。

どちらかといえば、4200円払っただけの「元を取ったれ」ということで、必死こいて聴いてた・・・ような気がするなぁ。。。    

セコイ性格です。 

そもそも、「NIPPON NO ROCK BAND」は、全曲英語詞だったし、どの曲も、もろ洋楽を思わせるようなストレートなロックだったんで、ポップス志向の当時のワタシにゃ、よく分かんなかったんだけどさ。
前年のサザンの「kamakura」みたいなのを期待していただけに、正直、ちょっとがっかりした部分もあったんだけどね。


でもさあ、兎に角、1986年の夏休みは、連日のように聴きまくってたんでさ、夏が終わるころには食傷もいいところでさ、 イントロ流れるだけで「もういいわ」って気分になってましたね。

この感じ、実はこれ以前にもあったんだけどね。

いつかも書いたかもしれないけど、1983年夏の大ヒット曲、杏里の「CAT'S EYE」。
この曲も、1983年の夏休みは、毎日毎日聴きまくっていた。
 ただ、この曲レコード音源は持ってなかったんですよ、当時。 ぢゃどうして? なんだけども、兎に角、ラジオで流れまくってましたからね。
 
これもいつか書いたように、1983年頃は、ラジオのベストテン番組の最盛期で、関東地区では土日だけで7つのベストテン番組があった。
これほぼ全部聴いてたんでさ。 このころオリコン首位を走っていた「CAT'S EYE」なんで、当然これらのベストテン番組全部で流れるわけさ。 なんで、土日だけで最低7回聴くことになる。 
最低・・っていうのは、当時、文化放送でやっていた「決定!全日本歌謡選抜」では、1回の放送で、複数回かかることもあったからさあ。。。
オープニング、ゲストコーナー、そしてランキング発表時・・・とヘタすると3回かかることもあったりして。。。
これ以外、平日のワイド番組でも、連日流れてたし。。。

夏が終わるころには、食傷もいいところで、「もういいわ」とイントロ聴いただけで「オエッ」となったもの。
そんなこともあって、ヒットが去った後も「CAT'S EYE」はかなり後までレコード音源持ってなかったんだよね。

これと同じような事が、3年後の1986年夏にも繰り返されたわけですわ。 
「MERRY X'MAS IN SUMMER」、夏が終わるころには、やっぱ、暫く聴きたくなくなってましたねぇ。 

ただ、同時リリースの「スキップビート」は、同じように連日聴きまくっていても、不思議と飽きなかったんだよなぁ。
やっぱ、「すけべ すけべ すけべ すけべ」っていうサビのフレーズは、ヒットの最中に17才になった私には、刺激的だったんだよね。
なんせ、この頃は、「やりてー」ってことしか浮かばないくらい、頭ン中「すけべ」だらけでしたから  

それに対して、こちら「MERRY X'MAS IN SUMMER 」は、「静」ということで「クールダウン」のような曲調でしたからね。

レゲエを基調とした曲調は、この当時のヒット曲としては、かなり異例だったし、「スキップビート」に比べると毒がない曲だっただけに取っつきやすかったところはある。

現に、当初は、どちらかといえば、「スキップビート」よりも、こちらの「MERRY X'MAS IN SUMMER」の方が、個人的には好きだった。

まあ、サザンでは、それ以前にもシングルになった「恋するマンスリーディ」とか、アルバム「NUDEMAN」に収録されている「来いなジャマイカ」などレゲエ調の曲はあったんで、めちゃくちゃ新鮮というわけではなかったけど。

ただ、これらのレゲエ調の曲は、かなり際どい歌詞の曲が多くて、どちらかといえば「遊び」っぽかったんだけども、 この「MERRY X'MAS IN SUMMER」は、歌詞内容、曲調もまともだったしね。
余計取っつきやすかったんだよね。

・・・けど、とっつきやすい曲は、飽きやすい曲でもあったりするのよ。
まあ、レゲェは、その場ではリゾート感を感じたりするし、季節感たっぷりなんだけども、抑揚が少ないリズムだけに、もともと聴いてて飽きちゃうところもあるんだけども。
その上、ちょっと尺が長いのも、飽きやすさに拍車がかかったかもしれない。





ところでさ、このシングルの「B面」が、テンプターズの「神様お願い!」のカバーだったんだよね。
そそそ、桑田氏が出てたTDKの「カセットテープ」のCMで使われたやつ

↓ コレ


これ、当時好きでさ。 オリジナル曲かと思ったら、その昔、「テンプターズ」でショーケンが歌ってた曲のカバーって分かって、時代を掘り返してたら、「G.S」とぶつかったんだよね。

まあ、いつかも書いたように1986年って「昭和」を振り返るっていう機運が高まった年で、この年の秋から、TBSの「テレビ探偵団」が始まったし、そんな一連の流れもあって、個人的に「G.S」にコミットし始めるんだよね。

ちなみに、今からして思うと「神様お願い!」は、完全にオリジナルのショーケンの方がいいです。



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風が通り抜ける街へ / ZARD

1997_07_風が通り抜ける街へ_ZARD


今回の1曲セレクトは、「風が通り抜ける街へ」ZARDです。

まずはデータですよ

・タイトル    風が通り抜ける街へ
・アーティスト  ZARD
・作詞      坂井泉水
・作曲      織田哲郎
・編曲      徳永暁人
・リリース日   1997年7月2日
・発売元     ビーグラム
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   28.1万枚
・THE HITCAHRT HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1997年7月14日〜7月21日付
・タイアップ:JRA 夏競馬CM曲

少し遅くなってしまいましたが、梅雨が明け「夏本番」! それと共に、猛暑の到来。
皆様、お暑ございます。

つい先日の1曲セレクトで今年は長雨の夏か!? なんて書いたような気がするけど、昨年同様、どうやら猛暑の夏になりそうですね。

ヒット曲の世界でも、この曲を聴けば「夏本番」って思える曲が、昔から毎年のようにリリースされてますな。
個人的には、古くは天地真理の「恋する夏の日」(1973年7月1日リリース)、松田聖子の「白いパラソル」(1981年7月21日リリース)、岩崎良美「バカンス」(1982年7月21日リリース)、堀ちえみ「青い夏のエピローグ」(1983年7月7日リリース)なんかは、夏本番を連想させる曲だったりするな。
大体は、7月リリースのポップスですね。で、これらの曲でそれぞれの年の夏のイメージが出来上がったりしてね。

リリースローテーションから、第1四半期末月の6月リリースにも「夏」の曲が多かったりするけど、どういうわけか6月リリースの曲は、たとえタイトル「夏〜」とついても、今一つ「夏本番」を感じさせる曲は少なかったような気がする。

曲調的には、河合奈保子の「夏のヒロイン」(1982年6月10日リリース)あたりですかね。

たしかにモロ夏を感じさせるようなサンバ調のアップチューンだけど、リリース時期と1982年の長雨の影響もあって、今一つ「夏本番」の感じは出し切れなかったようなイメージがあるな。

やっぱり、6月リリースは、梅雨の時期と重なり、夏本番と言うには少し早かったし、アイドルの場合、昔はプロモーション開始・・・ラジオで曲を書けるタイミング・・・時期って早かったですからね。6月リリースの曲でも、早い曲では5月中にはラジオで流れたりしたから、まだ「夏」っていうのは、ちょっとピンぼけだったりしたんだよね。

まあ、そんなこともあって、夏「本番」を感じる曲は7月リリースが多かったんだろうな。


今回引っ張ってきた曲、ZARDの「風が通り抜ける街へ」。

この曲のリリースは1997年7月2日。  個人的には1997年の夏本番を感じさせた曲は、この曲だでしたねぇ。 この曲と、吉村由美(Puffyの片割れ)の「V.A.C.A.T.I.O.N.」。この2曲ですね。

いずれも、当時ニッポン放送の朝のワイド番組「高嶋ひでたけのお早よう!中年探偵団」でかかったのを聴いて、ビビビッと来ちゃったんだよね。

当時、千葉市内の会社に勤務してたワタシは、毎日、車通勤してたのよ。 今はFMの方をよく聴いてるワタシだけど、当時はAMオンリーの人だったんでね。

良く晴れた緑のまぶしい朝。兎に角 すがずかしい夏の朝でさ、窓全開にして、この曲を聴いたのを覚えてるなぁ。

緑がまぶしい夏の朝ってイメージは、天地真理さんの「恋する夏の日」と被るんだけども、この曲を聴くと未だにの日の朝の光景がフラッシュバックしますわ。


90年代も後半に入り、ビーイング系には飽き飽きしていたワタシだけど、この曲は一発で気に入りましたね。ビーイングの夏の曲を気に入ったのは、94年の「瞳そらさないで」(DEEN)以来だったような気がするな。共にすがすがしさから気に入っちゃったんだけども。

ただ、気になったのは、この曲、音がスカスカだった事。
それまでZARD・・・というか、ビーイング系の曲って、一聴でそれと分かるような独特なサウンドと音圧が、ほとんどの曲であったじゃん。

まあ、個人的にはそこに飽きを感じていたんだけども。。。。

この曲は、そんなピーイング特有の「音圧」がなく、音がスカスカなのよ。 サウンドはビーイング特有でしたけどね。

夏本番ということで、聴きやすさを優先したのかしらん!? そこは分からないけど、音がスカスカなのは気になった。
音数が少なかったということもあってか全体的なインパクトも薄かったし、だから、これはあんまり売れないかもな・・・とはリリース当初から思ったな。

まあ案の定、 前曲「君に逢いたくなったら・・・」の64万枚から、この曲では28万枚セールスに一気にダウン。

そんなセールスの動きから、さしものZARDもここまでか・・・と思ったら、この曲の1か月半後にリリースされた「永遠」では63万枚にV字回復したわけだけど。。。

「風が通り抜ける街へ」とは逆に、ZARDの曲の中でも音圧が高い「永遠」でセールスが回復・・ということで、やっぱりビーイングには、独特のサウンドと音圧が必要なのか・・とは、当時思ったりしたな。

もっとも、「永遠」は当時、社会現象化してたドラマ「失楽園」の主題歌だったこともあったけど。。。 逆に言えば、だから、もっと売れても良かったとも思えたりもしたんだけどね。

でも、そんな不安は的中したようで、「永遠」のセールスV字回復を最後に、売り上げは下降線となったわけだけどね。




それにしても、この頃って、ZARDと、MY LITTLE LOVERが交互にシングルリリースしてたイメージが強いんだよね。

ZARDのこの曲の少し前にマイラバは「ANIMAL LIFE」をリリース。 で、この曲を挟んで、8月にマイラバが「Shuffle」をリリースしたと思ったら、ZARDが「永遠」をリリース・・・と。
両者リリース間隔が、ほぼ同じになっていたんだよね、この時期。

ZARDの「永遠」以外の3曲は、いずれもスマッシュヒット止まりということもあり、今となっては死角に入ったような曲ではあるけども、個人的にはいずれの曲も好きなんだよなぁ。

これは、スマッシュヒット止まりということもあって、未だに手垢が少ないということも含めてだけど。。。

97年の音源っていまだに、持ってる曲数が少ないんだけども、この4曲の音源は当時から手元にありますね。


で、この4曲を最後に、個人的には暫くヒット曲の世界から少し距離を置くことになるんだよね。

まあ、当時の仕事が忙しくなった事もあるんだけども、将来的なことを考えだしたのもこの頃だったと思う。
特にインターネットに急速に興味を持ち始めて、いろいろと調べ始めたのが97年夏ごろだったな。
で、97年の秋にISDN回線を導入し、インターネットにつないだのがこの年の年末。

それと共に、暫く曲を置いていたヒット曲の世界に、再びコミットすることになるんだけどね。



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伝説の少女 / 観月ありさ

1991_05_伝説の少女_観月ありさ


今回の1曲セレクトは、「伝説の少女」観月ありさです。

まずはデータですら。

・タイトル   伝説の少女
・アーティスト 観月ありさ
・作詞     尾崎亜美
・作曲     尾崎亜美
・編曲     佐藤準
・リリース日  1991年5月15日
・発売元    コロムビア
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  22.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1991年6月3日〜6月10日 6月24日付
・タイアップ:キリン「シャッセ」CM曲

ここんところYAHOOニュースとか、ネットニュースみてると、観月ありさ、14歳「伝説の少女」から30年・・・なんて記事が目に飛び込んできますね。
そうかあ、全然意識してなかったんで、すっかり忘れてたけど、今年は1991年から30年なんだよな。

ホント、月日が流れるのは早い。月並みな表現だけど、1991年なんてホントつい最近のように感じるけどねぇ。。。

30年前。ワタシゃ大学2年。 
大学生活にも慣れ、かといって就職のことも、まだ頭になく、一番「だらけてた」時期かなぁ。
そろそろ、大学には「実験」(理系だったもので。。。)と語学などの出席を取る授業くらいしか顔を出さなくなってきてた頃ですね  

いまでも覚えてるけど、月曜1限目の「生化学機廖1年通しての必修科目だったけど、出席を取らないことを良い事に、1年間で3回くらいしか授業出なかったもの

バイトと、ボーリングと、カラオケと、件の自主サークル「オリコンチャート研究会」、これらに没頭してたころですわ。 

週末は、ボーリング、カラオケ、それにサークル活動で、「終電」ってことも多かったんで、月曜日のしかも「1限」なんて「朝早く」にゃ、起きられるわけも無く

試験は友達から過去問を借りてびゃーっとコピーして、前日に解答を必死に暗記。
これで乗り切ったりして。。 しかもヤマが全部当たって、年間3回しか授業出なかったのに「優」をもらったりして。。  大分、チョンボしてた頃だなぁ。

それなりに「充実」(?)したキャンパスライフを送っていたわけね。

ちなみに、今も続く自主チャートの76年〜の過去チャートの作成に、平日、大学の授業がない日には、ずっと国会図書館通いしてましたね。このころ。

うむ、全く勉強もせず、遊び呆けてたわけではないのよね。

もっとも、本来の「生物」の勉強ではなく、全く畑違いの「ヒットチャート」の勉強をしてたわけだけど。。。



そんな充実したキャンパスライフを送っていた30年前の今頃。
・・・と来れば、今回の1曲セレクトは、この曲しかないわなぁ・・・

観月ありさ「伝説の少女」

なんか、30年前の今頃、さぞかしこの曲に注目してたような書き方になっちゃっいましたが・・・。

実際は、全く逆で。 正直、あんまりこの曲には深入りしてなかったんだよね。

正直、オリコンで何万枚売れて、最高位が何位まで行った・・・っていうのは、後付けて知ったような気がする。

おいおい、当時はオリコンチャートの研究をしてたんぢゃなかったのかい?

なんて言われそうだけど、あの頃の時点での「今」、つまり1991年当時のランクは、あんまり追ってなかったんだよね。
たしかに、オリコンウイークリーは毎週購入してたけど、ランキング自体は、ちゃんと見ないで眺めてたっていう感覚かなぁ。。。


過去の自主チャートを作成していたということもあり、むしろ70年代、80年代の「過去」を掘り下げてたというところが大きかったのよ、当時は。

件の自主サークル「オリコンチャート研究会」でも、当時のヒットチャートとかヒット曲を追いかけるということよりも、70年代、80年代のヒットチャートやヒット曲を掘り下げるってことがメインだったし。

1991年って、今でこそ振り返ってみると、「ラブストーリーは突然に」とか「SAY YES」などの超メガヒットに湧いた年と言えるけども。
それとは別の流れとして、平成と言う新たな時代に入り、過去(昭和)を総括するといえば聞こえはいいけど、70年代、80年代を振り返るっていう流れも盛んだったんだよね。

まあ、今となっては、これについては忘れてる人も多いだろうけど。。。 
TBSの「テレビ探偵団」が一番象徴的でしたよね。
歌番組では、例えばフジテレビの夜中にやってた「19××」とか「カノッサの屈辱」とかさ。特番でも「懐かしのアニメ主題歌」とか「アイドル〇〇年史」のような「過去」を振り返る番組。 これは、今でも続いているけど、この手の番組が出てきたのも、この頃からだったのよ。
「良き昭和」と言う時代を振り返る・・っていう番組ですわ。

あれから30年、いまだに「良き昭和という時代を振り返る」という番組が続いているのは、なんだかなぁ・・・と思ったりもするんだけども。。。 
でも、ついつい見ちゃうからなぁ・・・。あんまり強く言えないけど。。。。 
まあ、ついつい見ちゃう人が多いから、未だに続いているんだろうけどね、この手の番組。

で、個人的にも・・というか、関わっていた自主サークル「オリコンチャート研究会」としても、そういう「70年代、80年代を振り返る」と言う動きにコミットしてたところが大きかったんだよね。

確かに、当時、テレビ番組的にそういう動きが出て来ていたところもあるけど、昨今の「昭和歌謡ブーム」として70年代、80年代を振り返るというのが流行ってきているところを考えると、かなり時代を先行してたかな・・というのはあるかな。

で、今回の「伝説の少女」と言う曲。

この曲は、そんな当時の「良き昭和という時代を振り返る」という流れの延長線上にある曲だったな・・今になってみるとそんな感じがするんだよなぁ。

尾崎亜美さんっていう、70年代から活動してきていた、いわいる大御所の作品だったし。 そういうこともあって70年代的な匂いも強い作品。

90年代という新たな時代を予感させるような作品ではなかったですよね。

いや、今考えてみると1991年っていう年は、全体的なヒット曲的な流れとしてそういう時代だったんだよね。
ヒット曲としても70年代、80年代の残像を追いかけていた年・・とでも言いますかね。1990年代という新たな時代を彷彿とさせる年ではなかったんだよね。

いつか80年代を振り返って、1982年までは1970年代の後追い。本当の1980年代は1983年以降と書いたことがあった。

1990年代も同じで、個人的には、80年代末からのバンドブームが一段落し、ビーイング系が台頭してきた1992年以降が本当の1990年代と思っていたりするんだけどね。 1990年、1991年は1970年代、1980年代の後追いの時期でさ。

この「伝説の少女」っていう曲なんかは、まさにそんな匂いがする1曲ではなかったかなあ・・なんて思ったりするのよ。


曲に対して、1976年生まれ、当時14歳観月ありささんって、 今から思えば、異星人から来た宇宙人のようなイメージがあった。

超大げさな表現だけど、 いや、ホントにそういうイメージがあったのよ。 すらりとした長い脚。14歳とは思えない大人びたマスク。

ホントに14歳? って感じでしたよ。 中学生でこれはヤバイでしょ。

80年代アイドルにはなかった、90年代の新たなアイドル像っていうのかなぁ。 

それ以上に1976年生まれ、 昭和50年代生まれかよ〜 ・・・。 っていう衝撃は大きかったのよ。

昭和50年代生まれ・・っていう、「昭和年代」が、ワタシよりも一つ下のアイドルが出てきたのは、このヒトが最初だったような気がするのよ。

なんか一気に老けたような感覚になったりして・・・

昭和51年っていったら、ワシゃ小学校に上がってたぞ〜 ・・・っていうところに大きなジェネレーションギャップを感じた・・っていうのが、一番デカかったんだよね。

自分の年よりも年下のアイドルの子たちが、 この数年前からボチボチと出て来てはいたけど、正直、どう接していったらいいものか・・というのも分からなくなってきていた時期ではあった。

それまでアイドルと言えど、自分より年上とか同年代っていう人の方が多かったですからね。年下のアイドルって、どうもよく分かんなかったのよ。 「宇宙人」を扱うかのような感覚があったのね。

そんな「宇宙人」なニュージェネレーションの観月ありささんが、尾崎亜美さんっていう、70年代の「大御所」の曲を歌う。。

うーむ、まあ、前例がない事だったりするし、1976年生まれの観月ありささんが、 1976年デビューの尾崎亜美さんの曲でデビューするってこと自体、話題性があったのかもしれないけど、個人的にはあんまりピンとこなかったのは、正直なところなんですよね。

ニューヒロインと言う割には、曲的に「ニュー」なところは少なかったですし。
90年代のアイドルと言うからには、もっと斬新な新しい切り口があったんじゃないのか・・とも思ったりしたし。

個人的には、観月ありささんバージョンよりも、尾崎亜美さんが、1992年にアルバム「POINT-3」でセルフカバーしたバージョンの方が刺さったし、しっくり来たんだよね。





やっぱり、この曲は70年代の匂いの曲なんだ・・観月さんバージョンが刺さらなかったのは、ジェネレーションギャップだったんだ・・・というのが、改めて確認できたわけなんだよね。

その点から見ると、次の年1992年にリリースされた「TOO SHY SHY BOY!」は、90年代という新たな年を時代を彷彿させるような曲でしたしね。。
さすがはTK氏。時代感覚が新しい・・なんてこの時は素直に思いましたね。 





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渚 / スピッツ

1996_10_渚_スピッツ


今回の1曲セレクトは、「渚」スピッツです。

まずはデータです。

・タイトル      渚
・アーティスト  スピッツ
・作詞      草野正宗
・作曲      草野正宗
・編曲      笹路正徳 スピッツ
・リリース日   1996年9月9日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  83.9万枚
・オリコン最高位 1位
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1996年9月23日〜11月4日付
・タイアップ:江崎グリコ「ポッキー」キャンペーンソング

思いもよらぬ、金曜日の千葉・豪雨被害。 この間の台風19号から何日も経っていないっていうのにまたですわ。まさか・・・ですわな。
今回も、ウチの市内のいくつかの河川で氾濫、土砂崩れで亡くなられた方が出た訳で。。。
被害に遭われた方には、ホントお見舞い申し上げます。

今回もワタシのところは特段の被害が無かったのは幸い。 でも、今回の被害を見ると、竹やぶの斜面でも崩れる事があるって事が分かったんだよね。ウチの脇も、竹林の斜面になってるんだけど、竹は根が深いんで、そうそうは斜面が崩れることは無いと思ってたんだけど、今回の事例を見ると安心できませんね。



今回の豪雨で大規模氾濫した河川の一つに佐倉の鹿島川がある。 ウチからは全然遠いんだけど、この河川敷の道は、昔、良く通ってたんだよな。

まだ音楽の業界に入る前、環境衛生管理の会社にいた頃、佐倉周辺に担当現場をいくつか持ってて、会社の営業車でよくとばしてたんだよ、この辺り。

そんな見覚えのある風景も、今回の氾濫で一面冠水。 ついこの間、寝過ごして佐倉まで行ってしまった、駅のホームまで水が来てたもんなぁ。ちょっと絶句な光景だったな。


・・・かなり湿気っぽい内容になってしまった「マクラ」だけど、 今回の引っ張ってきた1曲。

スピッツの「渚」

なぜに、この曲なのか。

この曲を聴くと、↑で書いた環境衛生管理会社の営業車で佐倉周辺を飛ばしてた時の光景がいつもフラッシュバックするんだよな。

あれはいつだったんだろ? たしか、まだこの曲がリリースされるちょっと前、1996年8月の終わりごろだったと思う。

良く晴れた夏の終わりの午前中。 佐倉の国道296号、鹿島川にかかる橋を渡る前後の風景だ。
あの当時は、今のような立派な橋じゃなくて、小振りの赤い橋だった・・ような気がする。それで印象に残ってるんだよな。

そう、あの瞬間、ラジオからこの曲が流れてたんだ。 それが、確か初めてこの曲を聴いた時だったんだと思う。

いや、この時初めて聴いたって言うのは、厳密に言えば違うな。  あの時点で、既に「ポッキー」のキャンペーンCMでこの曲が頻繁に流れてたんだ。 だから、サビだけは聴き覚えがあったんだけど、曲全体を聴いたのは、この曲初めてだったんだと思う。

良く晴れた夏の午前中の白い陽光と窓を全開にしてた車内に吹き込む風の匂いに、この曲の爽やかな曲調が、めっちゃマッチしてたんだよ。

あ〜、今回の曲もいい曲だ・・・って思ったのを覚えてるなぁ。


BUT、あれから23年経った今でも、ついぞ、この曲の音源が手元にある事は無かったワタシだったするんだよな。。。

たしか、この曲がリリースされてちょっと経った頃に、当時、会員だった地元のレンタルCD屋(TSUTAYAではない)にこのCDを借りに行ったら全部貸し出し中。 それで少し待とう・・・と思ったらそれっきりになっちゃったような気がする。

・・・いや、これは直接的な理由。

でも、本当のところは、ちょっと時間が経って、うーむ、音源を借りて手元に置いておかなくてもいいかな・・とも思えてきたのが本当の理由だったかもしれない。

なんて書くと、↑の「今回もいい曲だ」って事とムジュンするんだけどね。


たしかに最初はいい曲だと思ったんですよ。 でも、どこか引っかからない部分があったんだよなぁ。

96年の秋ごろって、「濃い味付け」の曲が結構、多かったんだよね。 ポケットビスケッツの「YELLOW YELLOW HAPPY」に、相川七瀬「恋心」、Puffy「これが私の生きる道」・・etc。

音質どがえしだけど、めちやくちゃ音圧が高くて、それでいてキャッチーな曲。 一度聴けば、その世界にどっぷりと引き込まれるような・・・。

個人的に、そういう曲に傾倒して行った部分が強い。 今でも1996年秋っていうそう言う印象が強いし。

それに比べると、この「渚」って曲は、インパクトが薄いんだよね。 

インパクトが「弱い」いんではなくて「薄い」んですよ。 味付けで言えば、ポケットビスケッツの「YELLOW YELLOW HAPPY」が、天下一品の「超こってりラーメン」だとすれば、この曲は、関西京風の「あっさりうどん」なんですよ。

インパクトが薄いっていうのは、結局のところ音数が少ないって言うところが大きかったんだろう。 スカスカと言う訳でないけど、当時としては、良く言えばかなり「すっきりとした」曲だった印象が強い。

加えて、スピッツと言えば、いつもどこか懐かしい・・・、昔どこか聴いたようなって言う部分、そうノスタルジックなインパクトが最大の特徴だった訳なんだけど、この曲は、そういうノスタルジックさと言う部分が今一つ弱いんだよね。

浮かんでくる絵は、子供頃の・・というよりも、96年っていう「今」な絵面だったりしたしさ。

そう言う部分にも触手を伸ばすのにちょっと躊躇した部分だったかもしれない。

でも、結局のところは個人的に当時の好みから言えば、「超こってりラーメン」の方が良かったってことなんだよね。

いや、個人的にというよりも、ウレセン的にも、そういう超こってり系な曲に傾いてきてたと思う。

ちなみに、上に書いた3曲は、いずれも96年秋の「ミリオンセラー」曲。

それに対して、この「渚」は、90万弱とミリオンに届かなかった。 この曲の前作の「チェリー」が160万の超ミリオンセラーだった事に比べると、一気に半分に売り上げが落ちちゃったことになる。

そんな比較からも、この頃のウレセンの変化が分かるんじゃないかな。


でもまあ、それはあの当時の世間の空気感って言うのも大きかったんだろうな。 
あれから23年が経って、今、この曲を聴くと、あの当時はまた別の感覚で聴けたりするしね。

年をとって、「超こってり系」に胸やけがするようになったのもかもしれない。逆に「京風のあっさり味」を好むようになったからかもしれない。
プラス、「京風のあっさり味」も、よくよく味わってみれば、味わいと言う面で奥が深いって言うのも分かったんだよね。

兎も角、今になって、手元に音源が無い事を悔いてたりするワタシでもあるんだよね。

さてと、スピッツのベスト盤をTSUTAYAから借りるとするか。。。






ちなみに、スピッツの最新アルバム「見っけ」。
これジャケットがいいよね。 おねーさんの表情が。。
   ↓
見っけ

いや、ジッケットだけじやなく、収録曲もなかなか良い。
さっきラジオでも流れてた、「ありがとさん」。
この曲、MVそのままに70年代中盤の邦楽ロックの様相が強かったりするな。ちょこっと70年代フォークの匂いがしたりして、個人的には懐かしい香りがする。
なんかムジュンするんだけど今回書いた「渚」よりも、こっちの曲の方が曲想は古いんだよね。
でも、だからこそ、個人的にはしっくりきたりして。。。。




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Replay / Mr.Children

1993_07_Replay_Mr.Children


今回の1曲セレクトは、「Replay」Mr.Childrenです。

まずはデータですっ

・タイトル     Replay
・アーティスト   Mr.Children
・作詞       桜井和寿
・作曲       桜井和寿
・編曲       小林武史 Mr.Children
・リリース日    1993年7月1日
・発売元      トイズファクトリー
・オリコン最高位 19位
・売上げ枚数  8.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 26位
・タイアップ:グリコ「ポッキー」CM曲

暑いっす どうにかなんないですかねこの暑さ。 昨年の夏が近年の中では比較的涼しい夏だったんで、余計堪えますな。
今の時期でこの暑さだったら、1か月後はどうなってるんでしょ 完璧に夏バテしてるんだろうねぇ。

こー暑いと、涼しい曲を持って来たい・・・と思うのは人の常って奴で・・・。 でも、ワタシゃ、ちょっとひねくれ坊主なんで、涼しいといっても、曲自体が涼しい訳ではなく〜の、涼しい夏、そそそ「冷夏」だった年の曲を持って来たいですね。

Mr.Children 「Replay」

この曲、覚えてますかぁ〜、今から四半世紀前、1993年の今頃のヒットですよ〜。

そそそ、この年1993年は「冷夏」だったんですねぇ。 まあ、普通は覚えてないなぁ・・・って思われるもんなんだろうけど、個人的には、この年の夏はよく覚えてる。 就活の年でもあり、卒業研究をやった年でもあるから。

生き物学科なんて行ったワタシは、卒研で「カゲロウ」の棲み分け分布の研究で、毎月、日光の方の川まで出かけてフィールドワークをやってたんだけどさ。夏、冷夏による長雨で、川が増水して、フィールドワーク地点が水没・・・、結局いいデータが取れなくて苦労したんだよな。

そんな頃ヒットしてた1曲が、このミスチルの「Replay」って曲ですわ。

うん、まだ、本格的なブレイク前でしたねミスチルも。 どちらかと言えば、あまたいたバンド勢の中、その他大勢・・・の部類だったと思う。

でも、個人的にはちょっとツバを付けてたんだよね、ミスチルって言うヒトたちに。

曲が気に行ったとかそう言う訳ではなく、このヒトたちは果たして売れるのかどうかって言うのが気になってたのよ。
 
・・・というのも、この当時、「オリコンチャート研究会」なる自主サークルを結成していてさ。なんせ大学生だったから暇だったからさ、メンバーとしょっちゅうつるんでたんだよな当時。

で、当時既に「レコードセンター」に就職していたメンバーが、「ミスチル」は凄いって言い始めたのよ。 確か、この年、1993年が明けてすぐの頃だったと思う。 その頃は、まだ、個人的にはミスチルなんて知らなかったからさ、「なんだ? それ?」ぐらいにしか思わなかったんだけど、ま、そのメンバーが推す訳よ。「今年中に絶対ブレイクする」って。

その人は、「レコードセンター」に勤めていたこともあってか、兎に角、先見性の明があったんだよね。それまでも、その人が売れるっていう連中はブレイクして来ていたし。。

ならば、ちょっと乗ってみるか・・・ってことで、ツバを付けてた訳よ、ミスチルには。

それから半年くらいが過ぎ、この曲がリリース された訳なんだけどさ、初めてミスチルの曲を聴いたのが、この曲だったんだよな。

どれどれ、今年絶対にブレイクするっていう、ミスチルとやらの連中ってどんな曲なんだ? ちょこっと聴いてみるか・・・ぐらいで・・・。正直、そんなに期待してなかったんだよ。

実際に聴いてみて・・、まあ確かに悪い曲ではないと思ったけど、かといって、ホントにこれでブレイクするの? っていう印象の方が強かったのを覚えてる。

なんかさ、今一つ掴みどころを感じなかったんだよな。 どことなく軽いしさ。決してウレセンな曲・・・とは思わなかったんだよね。
 この「Replay」と同時にチャートを上がってきた曲に、コルベッツ「瞳を僕にちかづけて」ってのがあってさ。個人的には、こっちの方がウレセンだよな・・・って思ったもの。

イントロのシンセの音色、あるいはサザンの前年の大ヒット「涙のキッス」からパクったよね・・・というシンセフレーズから、小林武史氏が「推してるんだ」っていうのは、分かったけどさ、どうも、ワタシと同い年の「小倅」のような印象の方が大きかったのかも。
そそそ、「カリスマ」感はまるで無く、学生バンドの延長のような存在っていう印象の方が全然デカかった。

それが、まさか、そのすぐ後、本当に「国民的」な超カリスマバンドに化けようとは、この時点では、まーったく想像もつかなかったですわ。

たださ、もしね、サークルメンバーの彼が「絶対にブレイクする」って言いきった頃、ミスチルを聴いてればちょっと印象が違ったかもしれない。
そそそ、最初に聴いた曲がこの「Replay」の1曲前の「抱きしめたい」だったならば・・・って事だね。
結局、「抱きしめたい」は、この後「CROSS ROAD」が大ブレイクした後に聴くことになるんだけど、これは「完成」された曲だなって思ったもの。 なるほどこの曲であれば、サークルのメンバーもゼッサンするのも分かるな・・と。




ほら、やっぱり小倅って感じでしょこの頃のミスチルは。全員垢抜けないし。
まあ、確かに今見ると新鮮な感じはする。少なくとも、今、桜井に、こういう新鮮味がある曲を作ってくれといっても、なかなか作れないだろうしね。

そんな今となっては、ミスチルの曲の中でも手垢の少ないシングルという点では、推し曲だったりもするんけどさ、この曲。


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