かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1986年

ハーフムーン・セレナーデ / 河合奈保子

1986_12_ハーフムーンセレナーデ_河合奈保子


今回の1曲セレクトは、「ハーフムーン・セレナーデ」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル    ハーフムーン・セレナーデ
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      吉元由美
・作曲      河合奈保子
・編曲      瀬尾一三
・リリース日   1986年11月26日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   8.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位

時代と折り合う。ヒット曲がヒット曲として、大きなムーヴメントとなるかならないかというところでは、重要なファクターなのよ。
不思議なもので、年が変われば、ヒット曲の色合いって毎年変わってくるんだよね。 
以前、別のトピックスで、時代とヒット曲の傾向は、螺旋階段のようにぐるぐる回っているって書いたことがある。 たしかにそうなんだけども、傾向的には似ていても、全く同じ色合いになるってことは絶対にないといっていいのよ。。必ずどこかしら違ってくるし。
まあ、それがヒット曲の進化というものなんだろうけどね。

今回引っ張ってきた曲。 いい曲なんですよ。 名バラードといっても過言ではない。

ただ、時代と折り合っていたかといえば、必ずしもそうじゃなかったんじゃないか・・と思う曲を一つ。

河合奈保子さんの「ハーフムーン・セレナーデ」。

この曲は、1986年11月、27枚目のシングルとしてリリースされた曲ですね。

もともとは、アルバム「スカーレット」のラストを飾っていた曲だけど、ここからシングルカットという形で、アルバムリリースから1か月後にシングルリリースされている。

当時23歳になっていた奈保子さん。 アイドルから大人のアーティストへの脱皮を図る。 
そのためには、歌詞の内容が深く、スケールな大きなバラードである、この曲は最適だったんだろうね。

アイドルから大人のアーティストの脱皮を図る。 長い事第一線のアイドルを張ってきた方たちには、必ず通る、「通過事例」なわけだけど、あの時、果たして本当に大人への脱皮は必要だったのか?

最近は、30になっても40になってもアイドルにこだわる方も少なく無いんで、今となってはそう思ってしまったりするんだけども。。。
まあ、それは、それぞれのヒトたちの考え方もあるだろうし、事務所の戦略もあるんだろうから、一概には言えないですけどね。

ただ、1986年当時、初めてこの曲を聴いたとき、個人的には何とも言えない複雑な気分になったのは、正直なところですね。


いい曲だったんですよ。 それは、喜ばしい事だったんだけども、この曲を河合奈保子さんが歌うっていう所に複雑な感情があったんだよね。

やっぱり、あの時点では、個人的な頭の中の河合奈保子さんは、「スマイルフォーミー」の頃のナハハ笑いの奈保子さんっていうイメージが強かったからさあ。

まあ、そんな「頭」だったんで、この曲がシングルとしてリリースされた時は、やっぱりショックだったんだですよ。

たしかに、同じ奈保子さんではある。けど、80年代初頭のあの奈保子さんではなくなっちゃったな・・と思えるとともに、少し存在が遠くなってしまったようにも思えたりしてさ。

まあ、それで曲が大ヒットともなったなら、諦めもついたんだろうけども、必ずしもそうとも言えなかったんでねぇ。

オリコン的に見れば、 オリコン最高位6位、売上げ8.4万枚というのは、前年秋にリリースされた「ラヴェンダーリップス」以来の好成績となる。

あの当時、CDの台頭でシングルが売れなくなってきていたことを考えれば、数字以上の健闘だったかもしれないな。

ただ、この曲以降、先が続かなかった。 楽曲の良さと、イメージチェンジということでの一時的なカンフル剤にはなったけど、持続的なものにはならなったってことですね。

紅白はこの年1986年の出場が最後となり、 「ザ・ベストテン」のベストテン内ランクインもこの曲が最後となる。(オリコンでは、翌年7月の「十六夜物語」の最高10位が最後)


結局さ、そこが時代との折り合いなんだろうな。
80年代って「軽薄短小」な時代と言われている。  まあ、本来は電化製品が軽くて薄く、短くて小さいものに「進化」していくってことに使われるコトバなんだけどさ。
ただ、これとは別に「
薄っぺらくて中身が無い」という表現にも使われていたわけよ。

実際、80年代ってそういう時代だったんだよね。 今振り返えると、あんまり中身が無い文化も多かったな・・・とも思ったりもするのね。

そのピークが1986年前後だったんじゃないかなぁ・・と。

そもそもおニャン子勢にオリコンチャートを占拠され、アイドルの粗製乱造が本格化し、歌が上手い、「ホンモノ」のアーティストよりも、シロートの方が受けた1986年。
あの年からして、「軽薄短小」にぴったりな年だったわけじゃん。

そこに来て、この「ハーフムーン・セレナーデ 」は、スケールの大きな本格的なバラードだったわけだから。 どうしても時代のカラーとは違うなぁ・・と思えたんだよね。

これが1年早かったり、逆に1年遅かったら、少し感じ方が違っていたかもしれない。
1年前1985年の秋から冬にかけては、小林明子の「恋におちて」の大ヒットでピアノの弾き語りというのも注目されていたし。 逆に1年後の1987年の秋から冬にかけて、中森明菜の「難破船」という名バラードの大ヒットもあり、スケールの大きなバラードに注目が集まってきていたところもある。

87年8月に、おニャン子の解散ということもあり、87年秋ごろになると、86年当時の「軽薄短小」なバカ騒ぎも大分沈静化して、徐々に「聴かせる」ような本格的エンターティメントな曲が受け始めて来てましたからね。

ピアノの弾き語りでのスケールの大きなバラード。

いずれも、この「ハーフムーン・セレナーデ」が持っていた要素ですわ。 そこから見ると、、タイミング的には、一番リリースしてはいけない時期に、この曲はリリースされてしまったんじゃないかと思えて仕方ないんだよね。




↑で、いろいろ書いちゃったけど、、今、改めて曲を聴いてて、どうして、この曲の後、ヒットが続かなかったのか・・・。
結局さ、この曲でイメージチェンジを図ったあとの明確な方向性が定まり切れてなかったんじゃないか・・なんて思えたり。。。

基本的には、自作自演のアーティスト方向に舵を切ったんだろうけど、この後、ヒットを続けて行くだけのキャパが、まだまだ足りてなかったのかもな。

個人的には、自分で曲を作りながらも、他のアーティストからの楽曲提供を受けながら、もっといろいろなことを吸収していった方が良かったんじゃないかと思ったりもするんだよね。

もっとも、この後ヒットチャート的なヒットは、もうご自身では望んでいなかったのかもしれないですが。。。


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悲しい夜を止めて / 河合その子

1986_11_悲しい夜を止めて_河合その子



今回の1曲セレクトは、「悲しい夜を止めて」河合その子です。

まずはデータです。

・タイトル    悲しい夜を止めて
・アーティスト  河合その子
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年10月22日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   12.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年11月10日〜11月17日付

少し前から「昭和歌謡」と言うカテゴライズで、「昭和時代」にヒットした曲が、巷で流行っていたりする。
ちょっと気取って言えば「ジャパニーズ・オールディーズ」ですかね。。 手っ取り早く言えば「過去曲」なんだけど。。。

なんで、みんな過去曲をそんなに重宝するのか・・・。 個人的にはちょっと疑問に思ってたりもしたりして。。。

・・・なんて書くと、過去曲のレビューしている野郎が何をぬかしやがる・・・と思われてしまうだろうけどさ。

でも、今の曲も聴こうよ、みんな 〜(というか同世代の方々)とは、マジメに思うなぁ。



まあ、ちゃんとしたアンケートをとったわけではないけど、今、過去曲にすがる理由としては

 〆の曲に自分にあった曲がない。 ピンと来る曲がない。

っていうのが一番大きいのかなぁ・・。 それとか

◆〆の曲を知らない

とかね。 うん、昔はテレビでの歌番組が多かったからさ、テレビをつけてりゃ自然と歌が耳に飛び込んできた。街に出れば、街頭のスピーカーからもヒット曲を中心とした音楽が流れて来ていたし。
いうなれば、音楽を「受動的に浴びてた」っていうかさあ。だから意識しなくても自然と覚えられたし、体に染みついたんだよね。
でも、今は、街に音楽が流れなくなっているし、テレビの歌番組も少ない。

今の曲にもいい曲はあるのよ。刺さる曲もたくさんあるのよ。
ただ、You tubeにしてもサブスクにしても、「能動的」にこちらから探しに行かなれば、今のヒット曲にもたどり着けない。。それでなくても新しい曲を受け入れて消化するにはいうのはエネルギーが要りますからねぇ。
結局、昔聴いてた頃の曲にすがってしまう。 そっちの方が楽だし、楽しいし。。。

そんな方も多いんだろうね。

あ、これは、あくまで私を含めた同世代に方々についてであって、今の若いコが聴いてる昭和歌謡感とは全く別物だと思う。
今の若いコは、少なくとも「いつのヒット」と言う先入観、区別とかなしに、今の曲と分け隔てなく「新曲」として昭和歌謡を聴いてるからさあ。
我々の世代が感じている昭和歌謡感とは、全く別物なんだよね。


・・・なんて、敢えて、最近の昭和歌謡について持ってきたのは、そんなこと書いてるワタシ自身、「今の曲」に物足りなさを感じると、過去曲に逃げるクセは昔からあったんでねぇ。
結局、最近の昭和歌謡ブームに疑問を持っていても、人のことは言えないんだよな。

今回引っ張ってきた曲は、そんな「今の曲」に物足りなさを感じて、過去曲に逃げていた頃のヒット曲ですわ。


河合その子「悲しい夜を止めて」。

この曲がリリースされたのは1986年10月。  

だからさ、この場合の「今の曲」っていうのは、1986年10月頃のヒット曲で、当時から見て過去曲に逃げてたってことですね。

正確に言えば、個人的には、この年の3月頃までは、きちんとヒット曲を追いかけていたんだよね。
おニャン子関係のリリースも、まだエスカレートする、ほんの少し前まで。

でも、4月以降、毎週、週替わりでおニャン子関係の曲がリリースされ、チャートが席巻されてからは、ほとんど惰性で追いかけてたな。

でも、それは、ワタシだけでなく、そういう方、多いんじゃないかなぁ。
 
オリコン1位の曲がヒット曲ではなくなる日。

そんな言われ方をし始めたのも、この頃だったと思う。

一部のファンの間では、熱狂的に受け入れられる曲でも、ファン以外の第三者のヒトはほとんど知らない。

あの頃はテレビでも、まだ歌番組はある程度あった。でも、そういう状況になってきたのは、結局、あの頃「ヒットチャート系に自分にあった曲がない」ということが多かったからなんだよね。
だから聴かない。 それどころか歌番組も見ない。

ジャンルの多様化ということもあった。 主流はアイドルだったけど、水面下ではインディーズと言う形で、いわいるラウド系のJ-ROCKが形成され始めて来たのもこの頃だし、ニューウェーブ系が元気になってきたのもこの頃ですわ。

ヒットチャート系の曲に頼らなくても、自分の好きなジャンルの曲を聴けばいいじゃん。そういうジャンルの多様化が加速したのもこの頃なんだよね。

そういう意味では過去の曲に逃げてるというのではなく、多様なジャンルに分散した。でも、時間軸のベクトルとしては、みんな未来に向かっていたというのが正しいかもしれないな。
いま、多くの方が昭和という「過去」の音楽に意識が向かっているのとは、その点が違うんだよね。

ただ、ワタシは、あの時点でも、意識は過去に向かっててさ。
前回のテンプターズ「おかあさん」をCDで聴いて、改めてG.Sづいたのもこの頃だったな。
G.Sを起点として60年代終盤から70年代の曲を掘り初め、中古レコード屋に足しげく通うようになったのもこの頃ですね。

逆にテレビの歌番組も見なくなってたし、ラジオのヒッとチャート系番組もあんまり聴かなくなっていた。
ちょうど、この頃、個人的にドラムに嵌っててさ。 中学生の頃、土日というと、ラジオのヒットチャート番組にかじりついてたけど、この頃、休みの日は、専らドラムばっか叩いていて、ヒットチャート系番組も聴かなくなっていたんだよね。

唯一毎週見ていたのは「ザ・ベストテン」くらいだったな。
でも、その「ベストテン」も、ランクを記録する方がメインになってきていて、肝心の曲はちゃんと聴いてなかったし。 オリコンとか明星の歌本とか見ながらの、いわいる「ながら」で見てたんで、画面ほとんど見てなかたんですわ。

だから、今、この当時のベストテンのVTRをみても、ほとんど見た記憶がないんだよな。
手元には、当時、ベストテンからメモったランキングのノートは残っているんで、確実に見てたはずなんだけども。。。。

そのベストテンも、このころ、いわいる「毛が三本」グループとTBSが喧嘩してて、おニャン子関連はベストテンには出なくなってたしさあ。

だから、今回引っ張ってきた、河合その子さんの「悲しい夜を止めて」も、当時キチンと聴いたことが
なかったのよ。

そんなわけで、この曲、オリコン1位獲得曲でありながら、1曲セレクトでも、ずっと保留してたんだよね。

でも、今はYou tubeという便利なサイトがあるからねぇ。 今回改めて引っ張ってきたわけですわ。


実際フルでこの曲を聴くと、確かに「おフランス」を感じさせる曲調ではあり、その点からすると2曲前の「青いスタスィオン」からとは同路線ではあるし、当時のその子さんの見た目のイメージにはあっていたと思う。

けど、如何せんこの曲のメロディラインは難しすぎる。「青いスタスィオン」の方がメロディラインは、まだシンプルだった。

この曲はメロディラインが取りづらい。 まあ、確かにサビの部分で転調するという所もメロディラインをとりづらくしているところもあるな。

けど、それを外しても、分かりずらいメロディラインだよなぁ。

河合その子さん。この曲の時点では、すでにおニャン子を卒業して、一人のソロアーティストにはなっていた。 恐らくCBSソニーとしても、一人のボーカリストとして期待してたんだろうな。

・・というのは、この曲を聴く限りは感じるな。

でも、この曲は当時の河合その子さんの「力量」では、ちょいと荷が重すぎたんじゃないか。
You Tubeを見ても、全然歌いきれてないし。





もっとも、この動画は「夜ヒット」のようだし。 「夜ヒット」はリリースして間もなく出演するのが普通だったから、きっとリリース間際で、まだ歌いこなしていなかったのかもしれない。

でも、そんな部分を差し置いても、果たして出し手側は、この曲くらいなら歌いこなせると思ってリリースしてたんだろうか。

もし、そうであれば、当時の彼女のボーカリストしての実力をちょっと買いかぶりし過ぎじゃなかったのか・・・。 
少なくとも、もう少しちゃんと歌いこんでからテレビには出演するべきじゃなかったのかなあ。

いま、この曲を聴くと、そんな印象を受けるなぁ。

まあ、2021年と言う今の時代だからそう思えるんだろうな。

あの頃は、「時代の流れは速い。歌いこんで・・・なんて待ってられない。 それよりも一刻も早くテレビに露出することが先決」 っていう時代だったからさ。

そういう所から見ると、80年代ってある意味乱暴な時代でもあったんだよね、今思うと。




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MERRY X'MAS IN SUMMER / Kuwata Band

1986_08_Merry X'mas In Summer_kuwata Band


今回の1曲セレクトは、「MERRY X'MAS IN SUMMER」Kuwata Bandです。

まずはデータです。

・タイトル    MERRY X'MAS IN SUMMER
・アーティスト  Kuwata Band
・作詞      桑田佳佑
・作曲      Kuwata Band
・編曲      Kuwata Band
・リリース日   1986年7月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   31.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間 1986年7月28日〜9月15日付
・タイアップ:資生堂「サンズパクト」CM曲

前回のJohnny「$百万BABY」は、1曲セレクトですでに書いていてもおかしくない曲ということで、引っ張ってきたんだけども、今回のこの曲も、そんな1曲になるんだろうね。

Kuwata Band  「MERRY X'MAS IN SUMMER」

うーむ、前回同様 「不覚!」と書いてしまおうか。。。。

いやいや、違うのですよ。 この曲は、以前から夏になると書こうと思っていたんだけども、これまで書こうと思ったときにYouTubeに動画が上がってなかったんで、意図的にずっと保留にしてたんだよね。

この曲は、Kuwta Bnad名義の曲だけど、サザン関連の曲は、ずっとYoutubeでは「削除」対象になってたからなぁ。 

・・と言いつつ、同じKuwta Bandでも、「Ban BAN Ban」と「スキップビート」はすでに書いたんだけどね。

いや、これらの曲も、書いた時点ではYouTubeに動画に動画上がってなかったんだけどね。中国のサイトに音源あったのを見つけたんで、本当はやりたくなかったんだけども、ごーいんにそこにリンクしたたのよ。。。。  そのサイトに「MERRY X'MAS IN SUMMER」は無かったんだよね。

なので、ずっと保留になっていたわけだ。

最近は、サザン関連もYouTubeなどの動画サイトへのアップも、だんだんと認められてきたんでね。
まだまだ、ない曲も多いけど、少しずつアップされてきているんで、やっとサザン関連の曲も書きやすくはなってきた感じですね。 今後、折を見て、まだ書いてないサザン関連の曲も書いていこうかな。


今回引っ張ってきた「MERRY X'MAS IN SUMMER」。
リリースされたのが1986年7月5日。 「スキップビート」と2枚同時リリースされたシングルだ。

「スキップビート」が「動」だとすれば、この曲は「静」という曲調でしたね。

当時、「おニャン子」旋風で、おニャン子関連の曲にチャートを席巻されていたのに飽き飽きしていたワタシだけど、この2枚のシングルには飛びつきましたねぇ。

これらのシングルリリースの10日後に「NIPPON NO ROCK BAND」というKuwata Bandのアルバムがリリースされたんだけども、このアルバムと併せて3枚同時に近くのレコード屋で買ったな。

シングル2枚で1400円 アルバム 2800円 併せて4200円。

当時、高校2年で、小遣いだって、まだそんなに貰っていなかった頃だけど、この費用どうやって捻出したんだろう?

いずれにしろ この当時4200円の出費はかなり痛かったはずだし、そうしてまで買ったわけで、まあ、兎に角、当時は、よく聴いてましたねぇ。

これらのレコードリリースされて程なく、夏休みに入ったわけだけども、 連日のように聴いてたと思う。

それほど好きだった。。。  ・・・・訳でもないんだけどね、実は。。。

どちらかといえば、4200円払っただけの「元を取ったれ」ということで、必死こいて聴いてた・・・ような気がするなぁ。。。    

セコイ性格です。 

そもそも、「NIPPON NO ROCK BAND」は、全曲英語詞だったし、どの曲も、もろ洋楽を思わせるようなストレートなロックだったんで、ポップス志向の当時のワタシにゃ、よく分かんなかったんだけどさ。
前年のサザンの「kamakura」みたいなのを期待していただけに、正直、ちょっとがっかりした部分もあったんだけどね。


でもさあ、兎に角、1986年の夏休みは、連日のように聴きまくってたんでさ、夏が終わるころには食傷もいいところでさ、 イントロ流れるだけで「もういいわ」って気分になってましたね。

この感じ、実はこれ以前にもあったんだけどね。

いつかも書いたかもしれないけど、1983年夏の大ヒット曲、杏里の「CAT'S EYE」。
この曲も、1983年の夏休みは、毎日毎日聴きまくっていた。
 ただ、この曲レコード音源は持ってなかったんですよ、当時。 ぢゃどうして? なんだけども、兎に角、ラジオで流れまくってましたからね。
 
これもいつか書いたように、1983年頃は、ラジオのベストテン番組の最盛期で、関東地区では土日だけで7つのベストテン番組があった。
これほぼ全部聴いてたんでさ。 このころオリコン首位を走っていた「CAT'S EYE」なんで、当然これらのベストテン番組全部で流れるわけさ。 なんで、土日だけで最低7回聴くことになる。 
最低・・っていうのは、当時、文化放送でやっていた「決定!全日本歌謡選抜」では、1回の放送で、複数回かかることもあったからさあ。。。
オープニング、ゲストコーナー、そしてランキング発表時・・・とヘタすると3回かかることもあったりして。。。
これ以外、平日のワイド番組でも、連日流れてたし。。。

夏が終わるころには、食傷もいいところで、「もういいわ」とイントロ聴いただけで「オエッ」となったもの。
そんなこともあって、ヒットが去った後も「CAT'S EYE」はかなり後までレコード音源持ってなかったんだよね。

これと同じような事が、3年後の1986年夏にも繰り返されたわけですわ。 
「MERRY X'MAS IN SUMMER」、夏が終わるころには、やっぱ、暫く聴きたくなくなってましたねぇ。 

ただ、同時リリースの「スキップビート」は、同じように連日聴きまくっていても、不思議と飽きなかったんだよなぁ。
やっぱ、「すけべ すけべ すけべ すけべ」っていうサビのフレーズは、ヒットの最中に17才になった私には、刺激的だったんだよね。
なんせ、この頃は、「やりてー」ってことしか浮かばないくらい、頭ン中「すけべ」だらけでしたから  

それに対して、こちら「MERRY X'MAS IN SUMMER 」は、「静」ということで「クールダウン」のような曲調でしたからね。

レゲエを基調とした曲調は、この当時のヒット曲としては、かなり異例だったし、「スキップビート」に比べると毒がない曲だっただけに取っつきやすかったところはある。

現に、当初は、どちらかといえば、「スキップビート」よりも、こちらの「MERRY X'MAS IN SUMMER」の方が、個人的には好きだった。

まあ、サザンでは、それ以前にもシングルになった「恋するマンスリーディ」とか、アルバム「NUDEMAN」に収録されている「来いなジャマイカ」などレゲエ調の曲はあったんで、めちゃくちゃ新鮮というわけではなかったけど。

ただ、これらのレゲエ調の曲は、かなり際どい歌詞の曲が多くて、どちらかといえば「遊び」っぽかったんだけども、 この「MERRY X'MAS IN SUMMER」は、歌詞内容、曲調もまともだったしね。
余計取っつきやすかったんだよね。

・・・けど、とっつきやすい曲は、飽きやすい曲でもあったりするのよ。
まあ、レゲェは、その場ではリゾート感を感じたりするし、季節感たっぷりなんだけども、抑揚が少ないリズムだけに、もともと聴いてて飽きちゃうところもあるんだけども。
その上、ちょっと尺が長いのも、飽きやすさに拍車がかかったかもしれない。





ところでさ、このシングルの「B面」が、テンプターズの「神様お願い!」のカバーだったんだよね。
そそそ、桑田氏が出てたTDKの「カセットテープ」のCMで使われたやつ

↓ コレ


これ、当時好きでさ。 オリジナル曲かと思ったら、その昔、「テンプターズ」でショーケンが歌ってた曲のカバーって分かって、時代を掘り返してたら、「G.S」とぶつかったんだよね。

まあ、いつかも書いたように1986年って「昭和」を振り返るっていう機運が高まった年で、この年の秋から、TBSの「テレビ探偵団」が始まったし、そんな一連の流れもあって、個人的に「G.S」にコミットし始めるんだよね。

ちなみに、今からして思うと「神様お願い!」は、完全にオリジナルのショーケンの方がいいです。



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不自然な君が好き / C-C-B

1986_09_不自然な君が好き_C-C-B


今回の1曲セレクトは、「不自然な君が好き」C-C-Bです。

まずはデータなのだ

・タイトル    不自然な君が好き
・アーティスト  C-C-B
・作詞      松本隆
・作曲      関口誠人
・編曲      大谷和夫 C-C-B
・リリース日   1986年8月27日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   14.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年9月8日〜10月20日付

涼しくなってくると、脳裏をかすめる曲がある。 うん、1曲や2曲ではないですね。 各年にそんな曲があるからもう何十曲もあるわけで。 それらの曲を聴いただけで、それぞれの年の夏の終わりの風景がフラッシュバックするな。同じ夏の終わりでも、それぞれの年によって風景が変わるからねぇ。

まあ、これも年を重ねてきたせい・・・いやいや、これは年を重ねなきゃ味わえない風景ですな。

今回は、そんな夏の終わり、うん、1986年の夏の終わりを感じさせてくれる1曲を引っ張ってきますか。

C-C-B   「不自然な君が好き」。

まあ、夏の終わりを感じると言っても、当時、この曲を好んで聴いていたわけでもないんだけどね。
むしろ、あんまり聴いてなかったんじゃないのかなぁ。

あの当時、毎年今頃になると決まっておふくろがどこかからスズムシをもらってきて水槽で飼ってたんですよ。これが夜になると一斉に鳴きだしてさ。秋を感じたものですよ。

いつだったか詳しい日時は覚えてないけど、たしか「ベストテン」でこの曲が流れてた時、件のスズムシが一斉に鳴きだしてさ、一気にシミジミとした気分になったのを未だに覚えてるんだよね。

その記憶のせいなのかなぁ、この曲を聴くと夏の終わり〜秋を感じるのは。

いや、正確に言えば夏の終わりじゃないんだよね。時期的にもう少し秋が深まってたような記憶があったんだんだけどね。

逆に言えば、この曲が9月の今頃のヒットだったとは思ってなかったんだよね。10月のヒットだったような・・・って記憶してたんだけど。。。

あ、いや、でもベストテンランクイン期間をみるとあながち間違ってもいないのか。。。

C-C-Bという、一時代を築いたバンドの曲なのに、今まで1曲セレクトで残っていたのは、やっぱり、当時、個人的にあんまり引っかからなかったというのが大きいな。


この曲、ブレイク後初めて筒美京平氏から離れ、メンバーの関口氏が作曲。
だから、どうしてもメロディに戸惑うんだよね。特にAメロのメロディラインの流れは尖ってるし、それでいて無機的でね。当時は違和感いっぱいだったなぁ。

この頃になると、特にバンド系の曲ってエッジが効いた無機質なサウンドが増えたんだよね。
いわいるニューウエイブ系な音。 簡単に言えば80年代以降の洋楽、特に当時のブリティッシュ系っぽい音っていうのかなぁ。

当時、個人的にはこれが生理的にダメでね。ま、それもあって当時ヒット曲から意識的に距離を置いてたんだよね。 
ニューウェイヴ系なロックサウンドばかりじゃなく、おニャン子一辺倒な状況に加えて、急激にオタク的マニアック化したアイドル系にも辟易して、86年のちょうど今頃からヒット曲そのものに距離を置いてたわけなのよね。

もちろん、当時オリコンは定期購読してたし、ベストテンも毎週見てたんたんで、完全に距離を置いてたというわけではないけど。

まあ、オリコンもベストテンもこの頃「惰性」で見てたんだけどね。 ベストテンは毎週ランクを記録してたのもあって、やめるにやめられない状態だったし。
そそそ、歌を聴くというよりもランクを記録するのが一番の目的になってたのよ。。。  
だからね、この当時以降、ベストテンでの実際の歌の場面ってほとんど覚えてないんですよ、ワタシ。

歌の場面になると、オリコンの記事やランキング、あと、明星の歌本読んでたりして、テレビほとんど見てなかったんで。。。


 ニューウェーヴ系には引っかからなかったけど、この「不自然な君が好き」と同時期にベストテン入りしてたアルフィーの「ROCKDOM〜風に吹かれて〜」って曲には引っかかったんだよな。
曲そのものというよりも、歌詞の内容に。
いや、それ以前にこの曲で歌われていた1969年、新左翼運動、学園紛争、ロックアウトっていう、ちょうど私が生まれた当時の世相に。

恰も、当時17歳になったばかりのワタシには、私はいったい何者なのだ? っていうアイデンティティも生まれて来ていたのかもしれない。
それと、アルフィーの「ROCKDOM〜風に吹かれて〜」で歌われていた、ワタシが生まれた時代という世界観が丁度リンクして引っかかったのかもしれないけど。

丁度この年の10月からTBS系で「テレビ探偵団」が始まったりして、時代を回顧すること自体が流行りのようになってきたようなところもあった。
 そんな機運にのっかったというのもおかしいけど、いずれにしろ個人的に1960年代っていう時代に傾倒してたんだよね。

もちろんヒット曲への興味も時代をさかのぼり始めたわけで、東京・蒲田の中古専門店「えとせとらレコード」に足しげく通いだしたのもこの頃だったと思う。
そんな流れの中で音楽に関してはG.Sが見直されて来ていて、ちょっとしたブームになってたんですよこの頃。いわいる「ガレージ」なサウンドだよね。 
個人的には80年代のニューウェーブな音よりも、60年代のガレージのほうが生理的に合ったんだよなぁ。
どこか不良っぽいし、なにより夜に向かった音じゃん、ガレージなサウンドって。
この間のゴールデン・カップスでも書いたように、酒とタバコと・・・っていう夜の匂いと不良な音楽が個人的に音楽の記憶の原点だったりするんでさ。 そこにはガレージなサウンドがあったんだろうね。だからさ、初めて意識してG.Sを聴いたときは「これだ」と思ったのよ。これが私の原点だと。
生理的に嵌ったのも当然だったかもしれないな。
そんなわけで、最新ヒットについては、すっかり疎かになっていましたね、この頃。

1986年の後半、特に今頃で一番記憶にあるのはそんな時代の流れなんだよね。


あ、話がかなりずれたな。。。。メンゴ 




件の「ザ・ベストテン」。
この時も絶対に見てた(ハズ)なんだけども、↑のように理由で、今動画を見ても全く記憶になかったですわ。。。。
この曲、ベストテンでは一度「中継」で歌ったことがあったと思うんだけど、その時の記憶はあるんだけどなぁ。

たださ、当時、聴き込んでなかったこともあり、今聴くと結構新鮮だったりしますね。
例えば「Romanticが止まらない」なんてのは、「懐かし番組」ぢゃ未だに頻繁に流れるし、だから新鮮味は感じないけど、この曲なんか、いまとなっちゃまず流れないしな。その分、新鮮なんだよね。

当時、あれだけ嫌だった、ニューウェーヴ系の音も、今は全く違和感なく聴けるしね。


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お先に失礼 / おニャン子クラブ

1986_08_お先に失礼_おニャン子クラブ


今回の1曲セレクトは、「お先に失礼」おニャン子クラブです。

まずはデータです。

・タイトル    お先に失礼
・アーティスト  おニャン子クラブ
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年7月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   16.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1986年8月4日〜8月18日付
・タイアップ:映画「おニャン子ザ・ムービー危機イッパツ!」主題歌

長梅雨が明けたと思ったら、一気に「夏」がやってきましたね。 先週1週間はずっと晴れ。
それまでずっと雨が続いていたわけで、ようやく気分も盛り上がってきました。
でも、時すでに遅しってところなのかなぁ。 早くも「立秋」を迎え、暦の上では、すでに「秋」ですわ。。。。
今週はお盆週間。 天気も関東地方はずっと晴れのようで、暫くは「残暑」が続きそうですな。

・・・・ということで、今回は「お盆」の頃のヒットを持ってきますか。

おニャン子クラブ「お先に失礼」。

なんで、お盆なのに、わざわざこの曲持ってきたんでしょうねぇ。。。。もっと他にあるんぢゃないの

なんて思ってしまいますが、ここんところ、結構「真面目」に書いてきた1曲セレクトなんで、たまにはぶっちゃけたい・・・と思いまして。。。


この曲、 1986年の夏休み初日リリースでしたわな。で、ちょうど今頃ヒット期間中でしたわ。

たださ、個人的にはおニャン子関係にも興味が薄くなっていた頃で、この曲も素通りだったんだよな。

いや、それは今となっては「タテマエ」だったような気がする。 本当は気になってたんだよ。
この曲、おニャン子の映画の主題歌だったけど、同時に、フジテレビ「キャンペーンCM」にも使われてたじゃん。 さすがに映画まで見るほどではなかったけど、キャンペーンCMは気になったりしてね。

なぜに「タテマエ」として、正面から曲を聴かったのかと言えば、やっぱおニャン子に興味あるってことに「恥ずかしさ」が出てきてたんだよね当時。

34年前のちょうど今頃。高校2年。17歳になったばかりの頃だ。

さっすがにね、高2にもなってアイドルを追いかけてんのかよ・・・なんて周囲から思われる恥ずかしさ。あの頃は、そういう雰囲気があったんだよね。
いや、少なくとも私の周辺ではそういう雰囲気だったんだよな。

高2にもなってアイドル追っかけてる⇒オタク ⇒ネクラ っていうような周囲の雰囲気がさ。

今でこそオタクも社会認知され、20歳になっても、30歳になってもアイドルを追いかけてる人なんて普通にいるけど、あの当時は「オタク⇒ネクラ⇒キモい人」っていう見られ方だったじゃん。
あのころ「オリコンウイークリー」の読者投稿ページにも、「オタク」を称して「暗いコクラブ」なんてコーナーもあったりして。

わたしゃ、オタクじゃない〜   ネクラじゃない〜 

なんて、必死で思ってたりしたのよ、あの当時。

だから、この曲を横目で見ながら、Kuwata Bandの「NIPPON NO ROCK BAND」聴いてたり。

あとは、さんま、しのぶの件の「男女7人夏物語」に嵌って「あんな恋愛したい〜」なんて思ったり。

今から思うと、背伸びしてまで「大人の階段」を登りたいなんて思ってのかもしれない。本心に対して素直じゃなかった。

まあ、おニャン子についても興味があったのは、メンバーに対してで、少なくともこの曲自体はそんなに興味はわかなかったんだけどさ。

この曲のメインボーカルの一人の富川春美。 個人的にあの人がちょっと気になってたんだよね。
ちょうどあの頃、好きだったコに似てたの。好きだったコっていうのが1つ年下だったから、姉妹? って感じかなぁ。 とにかく似てたんだよね。
富川春美っておニャン子加入当時は当初は全く気にならなかったんだけど、そんなことがあった、ある時から「あれ?」って思い始めちゃったんだよなぁ。それでですね、この曲意識してたの。

曲自体は、ホント「下世話」の一言でしたね。まあ、夏という事もあって、サーフィン&ロカビリーっていうノリも分かんないことはなかったけど、だからなに? って感じだったしさ。

以前も書いたんだけど、おニャン子関係の曲って86年の3月までは認めてたんですよ、個人的に。

でも、メインボーカル全交代になってからは、ダメですね。 曲があまりにも下世話になりすぎちゃって。

そもそも、おニャン子関係の曲って、特に毎週リリースになった86年4月頃からは「やっつけ仕事」の中の1曲って感じだったじゃん。
出し手側も、歌い手側も、やっつけ仕事的流れ作業の中の1曲。だから曲に対しての愛情もへったくれも感じられなかったわけでさ。音楽的な感動ってものが無かったしさ。

いつまでもそんなんでいいのかな。

っていうジレンマは、あったよね。

そんなジレンマから逃げるように、86年の夏の終わりごろから、個人的な興味はネオG.Sをきっかけとして60年代G.Sに移るんですよ。 並行して、当時はブラスに一番熱中してた頃でさ、吹奏楽オリジナル楽曲を物色してましたね。中学校の頃は曲は先生が探して来てたけど、高校では自分たちで探してたから、ずいぶんLPも購入して曲を探してたな。そそそ、まだCDじゃなくてLPね。
吹奏楽関係のLPとか楽譜とか探しにわざわざ銀座のヤマハまで行くようになったりしてね。
その類の音源ばっか聴くようになって、リアルタイムのヒット曲への興味が急激にしぼむんだよね。

おかげで、リアルタイムのヒット曲への興味から離れていた、86年夏〜88年にかけてのヒット曲の持ち音源って少ないんだよねぇ。




まあ、興味が薄くなっていたこの頃のヒット曲の音源も、最近少しずつ買い足してはいるんだけどね。
で、買い足した音源はすべて、24ビット、96KHzのハイレゾにアップグレードしてる。

あの当時はレコードはなかなか買えなかったんで、専らカセットで聴いてたわけじゃん。 でもね、ハイレゾにアップグレードすると、あの当時聴こえなかった音が聴こえるようになったりするのよ。
そうすることで、曲に対しての印象も当時とは大分変りますね。
これは、当時「下世話」と思えた、おニャン子関係の曲もしかりでさ。 

まあ、おニャン子とかアイドルの曲をCDクオリティからわざわざハイレゾにアップグレードしてる人もあんまりいないと思うけどさ。自分で音源をカスタマイズできる環境にある方は、騙されたと思ってやってみるのもいいかも。 音圧とか音の厚さとかCDクオリティとは全然違うし、結構目からうろこに感じたりするんだよね。

あの頃もカセットではなく、少なくともレコードで聴いてれば、もしかしたら当時感じてた印象も違っていたのかもしれんね。

もっとも、あの頃のような「17歳なのにアイドルかよ」なんていう周囲の目もなくなって・・・うんにゃ、気にならなくなって、本音であの頃の曲に向き合えるようになったっていうのが一番大きいんだろうな。あの頃と違った印象を受けるのは。



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深呼吸して / 渡辺満里奈

1986_10_深呼吸して_渡辺満里奈


今回の1曲セレクトは、「深呼吸して」渡辺満里奈です。

まずはデータです。

・タイトル     深呼吸して
・アーティスト   渡辺満里奈
・作詞       秋元康
・作曲       山本はるきち
・編曲       新川博
・リリース日    1986年10月8日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   17.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1986年10月20日〜11月3日付

毎度毎度のことで、ずっとここ読んでくださってる方には「耳タコ」かもしれないけど、今回はどの曲を書くか・・っていうのが、いつも悩みの種なんだよね。
以前ならは、まだまだ書いて無い曲があったからさあ、その時その時の気分でセレクトすれば良かったんだけどさ、最近は、書いて無い曲の方が少なくなってきたからなぁ、なかなかその場の気分でセレクトするのも難しくなってるのよね。 その分、毎回、悩んじゃう訳です。半ば「絞り出す」って感じで・・・。

いや、書いて無い曲は、まだあるんですよ、たしかに。 でも、流石にヒット当時、興味無くて聴いて無かった曲は書けないからなぁ・・・。

そそそ、この「ヒット当時、興味が無くて」・・ってところがネックなんだよね。

さっきもいつものごとく「さて、何書くべーかな」なんて、昔のオリコンチャートをひっくり返してて愕然。

1997年、1998年共に 今頃、10月にベストテンに入ってた曲、全然知らないワ。。。。

いや、当時「ながら」では聴いてのかもしれない・・けど、全然記憶にない。 もちろん音源も手元にないし。。。

まあ、それ以前も、以後も、オリコンにランクインしてたからとはいえ、全ての曲をパーフェクトに知っている訳ではないし、音源も持っている訳じゃないんだけども、↑の2年間は特に酷いなぁ。

確かに、この時期は、一時期、ヒット曲から離れ気味の期間ではあった。
当時のリアル仕事が忙しかったし、仕事の事で精神的な余裕が無かった時期でもあったんで。

でも、なんか10月下旬っていうのは、他の年でも、毎年のように「空白」期間・・とでも言うのかなぁ、知らない曲が多いような気がする。 

ヒット曲のレベル的にも空白期間なんでしょうかねぇ。 本来なら「秋」ということで、秋っぽい曲が多かったような気もするんだけど・・・。 そういえば、昔から10月の特に中旬〜下旬に大ヒット的な曲のリリースも少なかったような気がする。 昔的に言えば10月15、20、21日リリースの大ヒット曲。 まあ、全くない訳ではないんだけど・・

確かに業界的に強力曲リリースが相次ぐ四半期末月から外れているってのもある。 けど、その他、考えられるとしたら、この時期ってイベントも少ないからかもな。 今でこそハロウィンだってことで、盛り上がるけど、昔は、夏休みが終わったら、クリスマスまでは国民的な大きなイベントって無かった気がするしな。

特に業界全体にシステマチックな動きになった、90年代以降はそんな傾向が強くなったような気がするな。

でも、振り返ってみると、90年代以前、80年代にもそんな年があったよな。
まあ、あくまでも個人的にだけど、1986年10月。 こん時にヒットしてた曲もリアルタイムで聴いて無かった曲が多いんだよねぇ。

そもそも当時全盛だった、おニャン子関係の曲、ほとんど聴いて無かったし。 
理由としては、TBSとフジテレビの仲が悪かったってことで、「ベストテン」におニャン子関連の人たちが、全く出なくなったってのが一番大きいですわな。

おニャン子以外でも、ベストテンに出演しなくなったアーティストってかなり多かったじゃん。1986年の今頃って。
なんで、当時の耳にする機会がめっきり減ったってのもある。

この頃はおニヤン子関連の曲も、個人的には刺らなくなって来てたし、アーティスト系はアーティスト系で、ニューウェーブ系の音の曲が広がってたでしょ、そちらでも刺らなかったんだよな。

結局のところ、ヒット曲全体的に刺さらなかった曲が多かったのよ、1986年のこの時期って。

だからなんだろうけど、もう新しい曲をガツガツ追いかける必要もないじゃん・・・。そんな風にも思い始めてたんだよね。 

逆に時代を逆行して、過去のヒット曲を掘り返し始めたのが、この頃だったな。

以前も何回か書いたけど、ちょうどこの頃、東京の三多摩地区を中心にして、「ネオG.S」っていう流行りが勃発。そそそ、グループサウンズが見直しされ始めてたんですよ、60年代の、アノ、ガレージなグループサウンズ。

個人的に、この流れに乗っかった・・って感じで、G.Sを中心に掘り返し始めてたんだよなぁ、この頃。
おニャン子よりも、ニューウェーブ系の音よりも、G.Sのガレージ的な音の方が刺さったんだよな。
そんな訳でG.Sを中心に、60年〜70年代の歌謡曲、ポップスを掘り返し始めてた訳ですわ。

1986年10月、TBSが開局30年ってことで「テレビ探偵団」が始まったって影響も大きい。 この番組がきっかけで過去を掘り返すってのが、テレビ業界でも、音楽業界でも一気に広がったじゃん。 そんな流れに乗っかった・・・と言うと語弊があるけど、個人的にも自分が知らなかった過去を知りたい・・と思う時期が重なったんだよね。



おーーーっと、またまた前置きが長くなっちまった。。。

今回の1曲セレクトは、渡辺満里奈の「深呼吸して」ね。

・・・だからさ、↑に書いたことからして、この曲、リリース当時は、全くと言っていいほど聴いて無かった。

オリコン1位を獲得した曲で、ヒット当時、聴いて無い、知らない・・って曲の、もしかすると最初の曲だったかもなぁ。

いや、違う。 確か、なんかのタイミングで聴いたんだよな、この曲。

で、一度聴いて、「もういいわ」・・・って思っちゃったんだ。 

やっぱさあ、満里奈さんの「歌唱力」がねぇ・・・・  死んだオヤジが聴いたら、バカ怒りしそうな感じで・・・・ こんなウタで金取んじゃねぇ・・・とばかり。

それ以前に、なぜに「アーティスト系」を標榜としていたエピックソニーさんから、得てして歌唱力の「無い」満里奈さんがリリースするのか・・ってところも、幻滅だったしなぁ。

ニューウェーブ系の音はキライ・・・といいつつ、エピックさんは、東芝EMIさんに次いで、個人的には音楽的に信頼してたレーベルだったからさぁ。 なんか、その一角が崩壊したような感じがしたな。


こんな感じで、個人的には大分、長い間「封印」してたんだよ、この曲。

封印を解いたのは、大分時間が経ってからだなぁ。ここ10数年ですよ。
↑の影響もあって86年の「秋」の音源って殆ど持っていなかった事に気がついたんだよね。 当時感じてたもろもろの嫌悪感も時間の経過で無くなってきたしね。

で、改めて聴いてみて・・・。

うーん、やっぱ、歌唱力がねぇ・・・どうしても気になるわな・・ってところは、置いといて。。。

曲的には新鮮だったな。 

どこが新鮮だったのか・・・。 やっぱさ、他のおニャン子の曲調とは違ったところだろうね。

ハネ系、 そそそシャッフルビートのジャジーな肌触りは、それまでのおニャン子にはなかった曲調だしな。

当時のアイドル、まあ、おニャン子もそうなんだけど、決まったフォーマットような曲調だったじゃん。枠に嵌まったと言うか・・・。「後藤」印のいかにもおニャン子的・・・とでも言うか。

そう言ったフォーマット、枠に嵌まった曲調ではないな・・と感じたのが第一印象。

作曲者が、当時LOOKの山本はるきちっていう、それまでのおニャン子のブレーンには、絡んでなかった一人だし 、アレンジも新川氏博っていう作家陣の効果はありますね。

さすが、その辺りはアーティスト系のエピックソニーさん、キャニオンさんとは曲志向が違いますわな。 

うーん、でも、どうなんだろう? 逆に通常通りの8ビートで歌わせても、どーせ、歌唱力ないんだから、ここは適当にハネさせておけ・・・っていう戦略なんでしょうか。。 まあ、穿った考え方ですが…。




バックの生稲晃子さん、工藤静香さんも、どこまで本気でやってんの? って思うような学芸会的な無気力感を感じたりして・・・。

特に工藤さんは、本気でやったら満里奈さんを潰しちゃうんで・・・ってくらい、全然本気だしてねーよなぁ。

確かに、みんなに妹って言われてただけあって可愛いんだよ、渡辺満里奈さんって。
鼻から抜ける声がキュートだし、このルックスのレベルだったら、今の乃木坂46にいてもおかしくないくらいだし。
「アイドル」としては申し分ないと思う。
けど、やっぱウタはやんない方が良かったんじゃないかなぁ・・・と思ったり。。。
それか、もうちょっとボイトレをやってから歌を出すとか・・・。

まあ、86年って言う時代だったから、これでも許されたのかもしれない。もうちょっと時代が遅かったら、ウタで出てくるのは難しかっただろうし。。。
いずれにしろ、あれから32年、西村知美さんの時もいつも書いてるけど、このウタから聴く限りでは、今でも第一線で活躍されているっていのうは、もちろん本人の努力でもあるんだけども、時代のあやだよなぁ・・・と思ったりするワタシです。


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元気なブロークン・ハート / C-C-B

1986_05_元気なブロークンハート_C-C-B


今回の1曲セレクトは、「元気なブロークン・ハート」C-C-Bです。

まずはデータなのら。

・タイトル    元気なブロークン・ハート
・アーティスト  C-C-B 
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      大谷和夫、C-C-B
・リリース日   1986年4月9日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数 17.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1986年4月21日〜5月26日付

えー、ここのところのいつものごとく・・・。久っさしぶりーの、1曲セレクトどぇす。。
まあ、ここ10年ばかし毎年の事なんだけども4月は「生業」の繁忙期でもあり、いつものごとく忙しっちゃ、忙しかった訳なんだけどもね。ゴールデンウイーク直前にも、「予期せぬ」程の仕事量が舞い込んで来まして、ゴールデンウイーク前半は、3日間とも家で「持ちかえり」の仕事をこなす・・・という。。。

うん、全部、古巣の某D社が悪い・・・。 なぞと、他人のせいにしたりする。。。やつあたり

 ゴールデンウイーク後半は仕事なし。 と言っても、本当は仕事残ってるんだけども4連休の間は会社の・・というか某Jさんのデータベースが止まってるんで仕事が出来ず・・・ってところの「仕事なし」なんだけどさ。

まあ、そんな訳で、ひっさびさに「1曲セレクト」を書いてたりしまする。

さてさて、久々に書く今回も「80年代」の曲を持って来たい・・・。とは思っていたものの、いつものごとくなかなか曲が浮かばない。
 いや、ホント、もうね80年代のヒット曲って、書いてない曲、あんまり残ってないのよ。・・・といつものごとく昔のオリコン引っ張りだして、あーでもないこーでもない、とやっていたら、ありましたわ、まだ書いてない曲が・・・。

しかもベストテンヒットやないの

C-C-B 「元気なブロークン・ハート」。

C-C-Bかぁ、かなり久々に書くような気がするけど、この曲はねぇ、うーむ、正直、忘れてました。。 
とは言わないものの、当時、あんまり引っかからなかったのよね。なので、ずっと自分の中でも「死角」の中にあった・・って感じなんだよな。

件の「Romanticかとまらない」で大ブレイクから、前曲の「空想KISS」までは、当時レコード買ってたんだけどさ、この曲から買わなかったんだよ。 それ以後ずーーっと、約30年、この曲の音源が手元になかったっていうのも死角に入った一因ではあるんだけどさ。

なぜ、当時、このシングルから買わなくなってたんだろう

まあ、簡単に言えば上で書いたように引っかからなかったんだけど。。。どうもね、新鮮味を感じなかったって言うのもあるんだろうな。

当時C-C-Bって、チェッカーズの2番煎じだの、所詮はアイドルバンドだのって言う見方をされていたところもあるけど、個人的には好きだった。

確かに元々コーラスグループであった割りにはコーラスは上手くなかったし、演奏力よりも、あの強烈な変色ヘアーっていうビジュアルで売っていたところも強かったしな。

それでも、テクノ寄りのバンドとしては、キャッチーだし、なによりめっちゃ分かりやすい曲調だったからねぇ。
そんな点になぜか新鮮味を感じてたところもある。

でもねぇこの曲はねぇ、前曲の「空想KISS」まで感じていた、そんな新鮮味が感じられなかったんだよな。
それは、ビジュアルとして↑の「ジャケ写」でも分かるように、突飛押しも無いようなあのカラーヘアをやめ、全員「黒髪」に戻したってところもそんな要因の一つではあった。

うん、なんかさ、カラーヘアから黒髪に戻したら、まったく普通のジミーな「あんちゃん」集団になっちゃったって感じだったし。。。

でもまあ、それ以前にこの曲の曲調ですねぇ。
リュウ氏のドラムがシモンズ(あの「ビシバシ」ってる電子ドラム)から、通常のドラムセットに変わったってところからも分かるように、テクノ歌謡から、普通のロックベースの歌謡ポップス風に変わったってところがねぇ、どうも個人的にはいただけなかったんだよなぁ。

 あの頃はさ、アイドル全盛期ではあったけど、一方ではバンド系でいえばいわいるニューウエーブ系の台頭もあったわけでさ、間がいなりにも時代は先へ進んでいるような印象は強かった。

そこに来て、時代を逆行したようなこの曲だったんでね、一層新鮮味を感じなかったんだろうな。

いつもは、どこかしらに「ココ」って言うポイントがある筒美氏のメロディラインも、どうも垢抜けない。
この曲を聴いてて浮かんでくる絵ヅラっていうのが、筒美氏自らアレンジも行っていた70年代の〜っていう感じなんだよね。86年当時から見てもアナクロなのよ。

それまでC-C-Bに新しい風を吹き込んできていた筒美氏も、この曲以後は、どこか試行錯誤的なところに陥っちゃったかなぁ、なんて感じちゃったりするんだよな、C-C-Bに対しては。

その辺はもっと端的に感じる別なシングル曲があるんで、またいずれ書こうと思うけど。。。


でもさ、その辺の曲想・・というか空気の変化っていうのは、聴いてるコチラも敏感に感じるもんなんだろうねぇ。

それまでC-C-Bのシングルってランク上位に比較的留まる傾向にあったんだけど、この曲から、いわいる「初動」型に変わっていくんだよね。
つまりさ固定ファンしかレコード買わなくなってくる傾向。 その分売り上げ枚数も減って来る。 前曲「空想KISS」の25.6万枚に対して、この曲では17.3万枚と20万枚割れ。以後20万枚を超えるヒットって出なかったんだよね。

ま、この頃からCDへの移行が顕著になってきてアナログシングルは売れなくなってきている傾向が強くなっては来ていたけどさ。それを差し引いても、それまでのシングルのように、いわいる浮動票は巻き込まなくなって来ていたことは確かなんだよね。

今考えると、ここがこのヒトたちの「人気」の分岐点だった事は間違いないんだけど、併せてグループとしての方向性もちょっと見失ってくるような分岐点だったのかもしれないな。
そう言う意味では、この曲がこのヒトたちにとっての「終わりの始まり」だったのかもなぁ。



ぷぷぷぷぷ・・・ようつべで直リンがブロックされてる。。。。。
動画見たい方は、お手数だけど、直接ようつべに飛んで見てね。


・・・黒髪で、ぶち眼鏡をかけたベースの渡辺英樹氏とドラムのリュウ氏が瓜二つやん。 
初め、この動画のサムネイルを見た時は、リュウかと思ったもの。

しかし、そんな英樹氏も、若くして鬼籍に入られてしまいました。 その後「クスリ」で捕まったキーボードの田口氏を草葉の陰からどう思ったんでしょうねぇ。

このヒトたちも永遠にオリジナルメンバーでの再結成が出来ない、80年代の超人気グループとなってしまいましたね。その辺も「チェッカーズ」と同じなんだよな。数奇の運命とでもいいましょうか。


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1ダースの言い訳 / 稲垣潤一

1986_03_1ダースの言い訳_稲垣潤一


今回の1曲セレクトは、「1ダースの言い訳」稲垣潤一です。

まずはデータです。

・タイトル    1ダースの言い訳
・アーティスト  稲垣潤一
・作詞      秋元康
・作曲      林哲司
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1986年2月21日
・発売元     ファンハウス
・オリコン最高位 20位
・売上げ枚数  7.6万枚
・THE HITCHARTHOT30最高位 18位
・タイアップ:三洋電機「SANYO CDミニコン」CM曲

いやー、いい天気ですねぇ。こういう日は「出かけたいっ」って気分になるんだけど、なぜに家に閉じこもって「1曲セレクト」を書いてるんでしょう ワタシャ。
やっぱ、根っからの「出不精」なんでしょうかねぇ。

でもね、気分は良いんだよね。うん、前回書いたトモちゃんの「I'm proud」のアクセスが割といいんで
キライキライといいながら、やっぱ「小室系」サマサマというてころでしょうか・・・あー、天邪鬼。。。

しかしねぇ、こう気持ちよく晴れると、浮かんでくる曲っていうのもあるな・・・

・・・っつうことで、今回引っ張ってきた曲はこれ。

稲垣潤一「1ダースの言い訳」。

いやぁ、たださ、こう、ざざん・・・とタイトルを書いて、果たしてどの程度の方がこの曲を覚えていて下さっているかっつうのは、ちょっと不安だけど。

なんせ32年前の、しかもオリコン最高20位の曲だかんねぇ。今となっては死角に入っていて当然といえば当然なんだけどさ。

でもね、個人的にはこの曲好きだったんだよなぁ、当時。

それまでの稲垣氏には無かったようなメジャー系でよりポップな曲調で。 如何にも「春先」のカラッとした晴天の明るさを感じたりして。
使い古されたコトバで言えば、ウエストコーストの風を感じる様な。。。っていうのは、ちょっとオーバーか。。。

まあ、そのくらい春を感じた1曲だったんだよな。

80年代ってさ、まだ曲に季節感があったじゃない だから、当然今頃の時期には「春」・・・そうだね「春の陽光」を感じる曲ですね・・・も毎年あった。

例えば83年だったら、epoの「う・ふ・ふ・ふ」だったり、84年だったら河合奈保子の「微風のメロディー」だったり・・・。

で、86年はこの曲・・・だったんだよなぁ。 まあ、あくまでワタシの中での話だけどさ。
うん、この曲と、レベッカの「ガールズブラボー」・・・そそそ「フレンズ」のc/wでドラマ「ハーフポテトな俺たち」の主題歌だったあの曲。

いずれも、メジャー系でポップで、いかにも「春」の温度感を感じる気曲だったしさ。 ま、もっとも「ガールズブラボー」のリリースは「冬」だったけど・・・。

いずれにしろ、当時、個人的な気分にはピタッと嵌まったって言うかねぇ、リリースされてすぐにシングル買ったんだよな、この曲。 で、もうね、ヘビーローテーションで聴きまくってたなぁ。 この曲とチャゲアスの「モーニングムーン」。
この2曲を聴くと、「86年の今頃」になっちゃうんだよ、ワタシの脳みそは。。そのくらい聴いてたな。

たださ、あまりにも聴き過ぎで、食傷気味・・・いや、完璧に「食傷」してたりもするんだけども
うん、今この曲と「モーニングムーン」を聴くと、思わず胃もたれのような気分になるもの


この曲、作詞は「秋元」氏なんだよね。 当時を知らない方にとっては意外な関係に見えるかもしれないけどさ。
なんせ、昨今「アイドル」のプロデューサーって言う色合いの方が断然つよい秋元氏なんで。。。

でもまあ、稲垣氏と秋元氏と言えば、稲垣氏のブレイク曲となった「ドラマ・ティックレイン」(1982年)の詞が秋元氏だったわけで。 奇しくも秋元氏も、「ドラマディック・レイン」で作詞家としてブレイクしたわけで、言ってみれば切っても切れない関係だったんだよね。

そこに、当時一番の売れっ子だった、作曲家・林哲司氏が絡んでくるって言う図式・・・ってくれば、やっぱ菊池桃子さんを連想しちゃう訳なんだけども。

でも、桃子さんの1連の曲調は、ここまでカラッとしたポップさは無く、もっとウェットだったからさ。ぱっと聴き、両者の曲だとは分かんなかったんだよなぁ。 その辺はアレンジャーの萩田氏が上手く切り分けた感じだよなぁ。
まあ、内容が表面的で薄っぺらさを感じる歌詞は当時の秋元氏っぽいな・・・ってところだけど。。。



すっかり忘れられてるかもしれないけど、ドラムを叩きながら歌うっていうのが稲垣氏のスタイルだったんだよね。
いや、このスタイルが、当時、カッコ良かったんだよなぁ。

当時、ワタシも「ドラム」やってたんだけど、そのきっかけの一つは、ドラムをたたきながら歌うって言うこのスタイルに魅せられたって言うのも大きいんだよね。
まあ、ドラムやってたっていっても「我流」でやってたんで全然うまくないんだけど。。。


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ダンシング・ヒーロー / 荻野目洋子

えー、さっき柏原芳恵さんの「カム・フラージュ」を書いたばっかだけど、またまた1曲セレクト。
荻野目ちゃんの「ダンシング・ヒーロー」。

この曲、1曲セレクトでは、始めたばっかのごく初期に1回書いたんだけどさ。
昨年末から、例の「バブリーダンス」ですんごい事になっちゃってるでしょ。

なんで再録・っちゅうことで、再度、引っ張って来ました。
うん、ごく初期に書いた・・・ってことで、今ではそん時書いた記事がブログの深ーいところに沈んでる事もあるんで。。。 

そんじゃどうぞ。


以下、昔書いた文章どぇす
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1986_01_ダンシング・ヒーロー_荻野目洋子


今回の1曲セレクトは「ダンシングヒーロー」荻野目洋子です。

まずはデータでーす。

・タイトル    ダンシング・ヒーロー
・アーティスト  荻野目洋子
・作詞      T.BAKER   A.KYTE
・作曲      T.BAKER   A.KYTE 
・日本語詞   篠原仁志
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1985年11月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   32.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1986年1月13日〜3月10日付、 (2018年1月11日〜 付)
※再発分が、2018年1月18日付現在もベストテンランクイン中なんで追記) 
                                     
 うーん、ほんとはね、前回もキョンキョンで、女性アイドルだったんで、別の曲を持ってこようと思ってたの。
 BUT、ジャケ写がなかなかネット上に落ちてなくてさ、急遽、この曲を持ってきました。

 まあ、ちょっと前から用意はしてたんだけどね、いつ書いてもいいように。
 ベストテン入りしてきたのも、丁度32年前の、どんぴしゃ、今ごろだったし、そういう意味でもタイミング的には丁度いいかな。

 この曲は、荻野目洋子としては、デビュー曲から数えて7枚目のシングルなんだよね。
 えー、この曲をデビュー曲と間違えている方がたまにいますが、デビュー曲ではないですゾ。

 ま、それまでが実力はありながら今一歩、パッとしなかったんだけどね。
 そのあたり、ウタも安心して聴けるという点からしても、イメージ的には柏原芳恵とダブるんだけどね。

 なに? 歌ってる曲は全然、違うじゃん・・・・って?

 うん、売れ方としてのイメージですよ。あくまで。柏原芳恵も「ハローグッパイ」でベストテン入りしたのがデビュー曲から7枚目だったしね。


 しかし、この曲は荻野目ちゃんには合ってたとは思いますよ。初めて聴いた時からピンと来たものね。
 それまで暫くの曲が、いまいっぽモヤモヤしてたからねぇ。
この曲、そのモヤモヤが一気に取り去ったようなキャッチー&クリアなディスコナンバーだったしな。

 そそそ、まあ、データを見ていただければ分かるようにアチラの曲のカバーなんだよね。
 上で、ディスコナンバーって書いちゃったけど、正確にはユーロビートかな。

 ANGIE GOLDの「Eat You Up」がオリジナルですわね。

しかし、よく、こういう曲を見っけてくるなぁ・・って感じですよね。
 でも、まあ、この曲をキッカケにして、アイドルがユーロビートをカバーして、ヒットさせる・・・っていうひとつの図式が出来たんだけどね。

 ・・・というか、この曲を歌わせた方は、目ざといですよね。
 丁度、田原俊彦の「IT'S BAD」がヒットして、アイドル歌謡にも(ブラコン等の)ビートサウンドが入り込んできたという矢先にこういう曲を歌わせるんだからさ。

 そそそ、この曲以前は、女性アイドルがユーロビートどころか、「ダンスもの」を歌うってことはあんまりなかったんだよね。
70年代〜80年代にかけての「アイドル」としての、ポップスの定義のような曲が主流だったからさ。

 ま、そういういみでは、80年代アイドルのひとつの進化系が、荻野目ちゃんのこの曲といえるのかもね。
 「おニャン子」とは、また別の次元での「正統的」な80年代アイドルの進化系っていうかね。
 結局さ、90年代以降のAvex系だって、言ってみれば起源はここなわけだからさ。

 たださ、個人的にはというと、ここから暫くダンス系が続いた荻野目ちゃんは、あんまりいただけなかったなぁ。
 「タンシングヒーロー」はいいとしても、デビュー曲の「未来航海」のようなクリアなイメージがある軽いポップスがこのヒトには、合ってるんじゃないかなぁと思ってたし。

なんやかんや言っても、ダンス系よりは、やっぱしポップス系が個人的には好きなんでねぇ。



なつかしの「ザ・ベストテン」ですわな。
雨を降らし過ぎて、すってんころりん・・・な荻野目ちゃん
でも、やっぱ、ワタシらの世代でいえば、「ダンシング・ヒーロー」というば、このころの荻野目ちゃんですねぇ。


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16粒の角砂糖 / 西村知美

1987_01_16粒の角砂糖_西村知美


今回の1曲セレクトは、「16粒の角砂糖」西村知美です。

まずはデータです。

・タイトル    16粒の角砂糖
・アーティスト  西村知美
・作詞      松本隆
・作曲      辻畑鉄也
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1987年12月17日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  7.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1987年1月12日付

2018年、明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします。
さてさて、年明け1発目の「1曲セレクト」。いつもながら曲、どーしようかなぁ・・・やっぱり年明け早々は「アイドル」で行きたい・・と思ったものの、どうも、コレといっ曲が浮かんでこない。
1月っていうのは昔からリリースって薄いんだよなぁ。だからね、1月に新曲を書こうと思うと、意外と苦戦する。これはアイドル系にもいえることでさ。確かに1月1日リリースって言うもある事はあるんだけど、これまで結構書いてきたからなぁ・・・。

・・・と思ったら、1月1日リリースではないものの、「年末リリース」だった曲が1つあったぞ。

西村知美「16粒の角砂糖」

うーむ、最近、なんやかんやで西村知美さんの曲ちょくちょく書いてるような気がするけど・・・。でも、まだあるんだよねぇ、書いて無い曲が。 

この「16粒の角砂糖」なんて曲。どの位の方が覚えてるだろ? その方が心配。

この曲は、西村知美さん5枚目のシングル。 でもね、ここまでがデビューした年、1986年のリリースなんだよね。 っつうことは、デビュー1年目は、5枚もシングルだしてたりするんだよな、西村知美さん。

ここでは何回も書いてるけど、当時は3ヶ月ローテーションリリースが通常。 つまりさ年4枚リリースっていうのが、普通だたんだよね。 そそそ、季節ごとに1枚っさて感じかな。

だからさ、それから見ると、年に5枚リリースっ、しかもデビューの年に5枚っていうのは、当時から見てもハイペースなリリースだったんだよね。

まあ、この曲の前曲「君は流れ星」は、アニメの主題歌っつうこともありーの、通常のリリースローテーションから外れた、いわば「臨時発売」的なリリースであった訳で、 通常であればこの「16粒の角砂糖」がローテーションにのったリリースになるんだけどさ。

だけど、当時は、あまりのリリース間隔が早くて、どちらかといえば、この曲が「臨時発売」のような感覚になってたことは確かだな。


だけんどねぇ、前も書いたかもしれないけどこのヒトの曲って、デビュー以来どの曲を取っても、いまひとつ良く分かんない曲が多かったんだよなぁ。
まあ、ウタがね。。。。あれなんで。。。

その中でも一番分かんなかったのが、この「16粒の角砂糖」だったりするんだよなぁ。 ま、個人的な話って言うでなんだけど・・・。

この曲、西村知美さんにしては・・・いや、当時のアイドル全般からに見ても珍しい3連のドゥ・ワップ調だったりするんだよな。
だからさ、本当だったら、「へぇ・・めずらしいなぁ」なんて引っかかってもおかしくないんだけど、なにせ、ウタが素晴らしい西村さんだからさあ、逆に余計分かんなくなっちゃっただよなぁ。

聴いた後で、一体何だったんだろう? なんて思っちゃったりして。。。 なにが「16粒の角砂糖」なの? 言いたい事がさっぱり分かんなかったんだよな、当時のワタシは。

今でもこの当時の曲を通しで聴くと、やっぱり浮くんだよなぁ。 86年から87年って言う時代からみても逆行しているような・・・。

そうだ、当時分かんなかったのは歌詞の内容云々の前に、曲として時代性が良く分かんなかったんだよ、この曲。だから、理解できなかったのかもなぁ。

いやいや、正直いうと今でも良く分かんないんだよ、この曲は。 ただ、ヒット当時は全く引っかからなかったこの曲も、30年経った今は、なんとなしに引っかかるようになったけど。。。




うーん、改めてVTR見ながら曲を聴くかぎり、当時ひっかからなかったのは、曲のインパクトの薄さもせいってのもあるな。
確かに曲調的には面白いんだけども、如何せん流れて行っちゃうような感じなんだよな。西村さんも今一つ消化しきれてなかったんじゃなぁのかなぁ・・・。改めてそんな印象を感じたな。


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