かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

資生堂

WHITE LOVE / SPEED

1997_11_WHITE LOVE_SPEED


今回の1曲セレクトは、「WHITE LOVE」SPEEDです。

まずはデータなのですら。

・タイトル    WHITE LOVE
・アーティスト  SPEED
・作詞         伊秩弘将
・作曲      伊秩弘将
・編曲      水島康貴
・リリース日   1997年10月15日
・発売元     トイズファクトリー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   184.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年10月27日〜1998年2月2日付
・タイアップ:資生堂「ティセラエンジェルドロップ」CM曲


クリスマが近づいてきましたね。 毎年この季節になると定番のようにクリスマスソングが巷・・・というか、特にラジオから流れてくるわけですが。。。
まあ、流れてくる曲は、毎年ほとんど決まっていますど。。。。
そそそ、マライアキャリーの「恋人たちのクリスマス」に、ワム!の「ラストクリスマス」、ジョン・レノン&オノ・ヨーコの「ハッピークリスマス」、日本勢だったらヤマタツの「クリスマスイブ」。

これらの曲は鉄板ですわな。

年によっては他の曲もかかったりするけど・・・。 去年だったらBand Aidの「Do They Know It's Christmas ?」あたりも頻繁にかかってた印象があるな。

ただ、今年は昨年までに比べると、これらのクリスマスソングがラジオから流れる頻度は、やや少ないかなぁ・・・という印象がありますね。恐らくはこれからが本番なんだろうけど。。

そもそも最近は、「新曲」としてのクリスマスソングのリリースも一時に比べると少なくなったような気がするなぁ。 一時期、20年くらい前までは、なんだぁかんだあ・・と毎年のように「新手」のクリスマスソングがリリースされていたもんだけどねぇ。

おかげで、「鉄板」なクリスマスソングは、いつまでたっても「鉄板」のままなわけで。。。

↑ で上げた曲、マライアキャリーの「恋人たちのクリスマス」でさえ、今から27年前っすよ。1994年だから。。。


今回引っ張ってきた曲も、一時クリスマスソングとして定番だった・・・ような気がするな。

SPEED 「WHITE LOVE 」。

うーむ、この曲、今まで何回か書いたような気がするんだけどなぁ。。。
過去のアーカイブを見てみたら、どうも、まだ書いてないようなので。。。 こんな大ヒット曲を。。


リリースが、1997年10月15日ということもあり、クリスマスソングとしては、いささかフライングなリリースでもあり、厳密に言えば、クリスマスソングっていうカテゴリーに入れるのもどうなの?

・・・という気もするけど、やっぱミディアムバラードという曲調と、楽曲の曲想からそういうイメージも強いんだろうなぁ。。。

ちなみに、この曲はSPPEDとしては、デビュー5枚目のシングルであり、売り上げ枚数184万枚というのは、SPEEDの最高売り上げのシングルとなる。

まあ、まずもってロングヒットになりましたからねぇ。 
オリコンで13週ベストテン入り(うち年末年始2週集計があり)というのは、SPEEDではシングル最長のベストテン入りではなかったかな。
加えて、週間売り上げ10万枚上も、7週(うち年末年始2週集計があり)というのも、SPPEDとしては最長。
高レベルの売り上げを長期間キープすることで、SPEEDとして最高の売り上げを記録したわけですわ。

まあ、SPEEDとして勢いが上がっている時に来て年末に向けてのリリースという、時期的な幸運も重なっていたんだろうけど。

今でもそうだけど、秋も深まり年末に向けてテレビの歌番組特番も多くなるわけで、それだけ露出も多くなるからねあ、コアなファンだけじゃなく、一般の人たちにも浸透しやすくなりますからね。

加えて何と言っても「紅白」という一大イベントがあるわけで。。。

紅白効果。 紅白出演後の週に売上げが再上昇するっていうのは、あの頃だではなく、今もありますからね。
もっとも、当時の方が効果は大きかったわけで。  

当時のオリコンチャートを見ると、この曲、1997年12月22日付で一度、ベストテンから落ちてるんだよね。
でも、次の12月29日付で再度ベストテン入りを果たし、1月19日付では4位まで再浮上している。

恐らくは、紅白見て、お年玉でCD買った方も多かったんだろうね。


ただ、SPEEDの場合は、顕著な紅白効果が見られたのはこの「WHITE LOVE」だけで、次の年の「ALL MY TRUE LOVE」では、顕著な紅白効果は見られなかった。 

1997年「WHITE LOVE」で紅白に出場した時は「初出場」ということと、それ以上に人気が上昇気流だったことも大きかったんだろう。
でも、それ以上に、やっぱり、キャッチーで分かりやすい曲調が、より多くの人たちに刺さったんだろうね。

だって、当時28才。さすがにSPEEDの曲を堂々と聴くには、年かさが行ってた私でさえ、この曲は刺さったもの、当時。

でも、正直当時、堂々とは聴けなかったのよ。 少し前にも書いたけど、あの頃は、少なくとも20代後半でアイドル・・っていうのは、立派なオタクだったからねぇ。 そそそ、一般的に冷ややかな目で見られる時代だったのよ、まだ。

だから、例えば当時の会社の同僚とも、そういうアイドルのヒット曲の話もできる雰囲気でもなかったんだよね。


個人的には、ちょうどこの曲がヒットの真っただ中だった、1997年12月に、自宅PCをインターネットにつないだのよね。今からちょうど24年前ですね。


当時最速だったISDN利用で。常時接続は高くて無理だったからさあ、もちろんダイアルアップで。
昼間は従量制で通信代がかかるんで、23時以降定額になるテレホーダイ利用というのは、あの頃ネットしてた方々にはデフォルトでしたよね。

考えることはみんな同じなんで、テレホーダイの時間になると、めちゃくちゃ回線が重くなったりして。。。

でも、ネットを始めようと思ったのは、当時のヒット曲や過去のヒット曲について語り合える人を探したいと思ったのが最大のきっかけだったかもしれないなぁ。

もっとも自分のランキングをネットを利用して作るためという理由もありましたけどね。
この頃になると、オリコンウイークリーに有線チャートもラジオチャートも掲載されなくなっていたからさあ。 自分のチャートを作るには、いちいち国会図書館に行ってコンフィデンスを見なきゃいけなくなっていたのよ。
さすがにそれは面倒なんで、なんとかネットで、これらの要素のランキングを作れないかということで始めたんだよね。
案の定、USENのチャートも、各ラジオ局のランキング番組のランキングもネットには出てたからね。
わざわざ国会図書館に行かなくても作れるようになったわけですわ。

ただ、そうやって作った自分のチャートをネットを使って公開しよう・・とは、まだこの時点では考えも無かった。あくまで自分用に作っていたのよ。

これを現在のように一般公開しようと思い立ったのは、もう少し後になってからですね。


あー、話がずれてきた。。。
この「WHITE LOVE」を聴くと、当時は、部屋に暖房がなかったんで、ブルブル震えながら設定したネット、なかなか設定がままならずネットに繋がらなくて悪戦苦闘したことや、初めてネットに繋がって感動した光景がフラッシュバックしてくるな。

もっとも、あの頃は、その後ネットの音楽関係の仕事に就くなんて思っても見なかったけど。。。
音楽については完全に一ユーザーだった頃ですね。
いずれにしても、個人的なネット人生に関わり始めた時の思い出の1曲なのよね。





初めにこの曲、すでに書いたつもりだったのに、まだ書いてなかった・・・っちゅうのは、やっぱ気恥ずかしさが先に立っちゃっうからなんだろうな。

だから、SPEEDの曲って、まだ、あんまり書いてないんだよな。 もっとも当時それほど聴き込む・・・という程は聴いてないっていうのもあるんだけども。

なんせ、SPEEDのメンバー全員、一回り以上年下だからさあ。
当時、新垣仁絵さん以外は中学生でしょ。 やばいよね当時28歳のおっさんがSPEEDなんて・・っていう強迫観念は未だにあるんだよね。

今は、おっさんでも一回り以上年下のアイドルの曲を聴いても、もうそういう目で見られることも少なくなっただろうけど、この曲がヒットしてた頃の「オタク」という冷ややかな目で見られるっていう感覚は、未だにあるからさあ。

それにしても、当時中学2年生だった今井絵理子さん、まさか今、参議院議員とはね。。。。 隔世の感ですよ。。。



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MERRY X'MAS IN SUMMER / Kuwata Band

1986_08_Merry X'mas In Summer_kuwata Band


今回の1曲セレクトは、「MERRY X'MAS IN SUMMER」Kuwata Bandです。

まずはデータです。

・タイトル    MERRY X'MAS IN SUMMER
・アーティスト  Kuwata Band
・作詞      桑田佳佑
・作曲      Kuwata Band
・編曲      Kuwata Band
・リリース日   1986年7月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   31.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間 1986年7月28日〜9月15日付
・タイアップ:資生堂「サンズパクト」CM曲

前回のJohnny「$百万BABY」は、1曲セレクトですでに書いていてもおかしくない曲ということで、引っ張ってきたんだけども、今回のこの曲も、そんな1曲になるんだろうね。

Kuwata Band  「MERRY X'MAS IN SUMMER」

うーむ、前回同様 「不覚!」と書いてしまおうか。。。。

いやいや、違うのですよ。 この曲は、以前から夏になると書こうと思っていたんだけども、これまで書こうと思ったときにYouTubeに動画が上がってなかったんで、意図的にずっと保留にしてたんだよね。

この曲は、Kuwta Bnad名義の曲だけど、サザン関連の曲は、ずっとYoutubeでは「削除」対象になってたからなぁ。 

・・と言いつつ、同じKuwta Bandでも、「Ban BAN Ban」と「スキップビート」はすでに書いたんだけどね。

いや、これらの曲も、書いた時点ではYouTubeに動画に動画上がってなかったんだけどね。中国のサイトに音源あったのを見つけたんで、本当はやりたくなかったんだけども、ごーいんにそこにリンクしたたのよ。。。。  そのサイトに「MERRY X'MAS IN SUMMER」は無かったんだよね。

なので、ずっと保留になっていたわけだ。

最近は、サザン関連もYouTubeなどの動画サイトへのアップも、だんだんと認められてきたんでね。
まだまだ、ない曲も多いけど、少しずつアップされてきているんで、やっとサザン関連の曲も書きやすくはなってきた感じですね。 今後、折を見て、まだ書いてないサザン関連の曲も書いていこうかな。


今回引っ張ってきた「MERRY X'MAS IN SUMMER」。
リリースされたのが1986年7月5日。 「スキップビート」と2枚同時リリースされたシングルだ。

「スキップビート」が「動」だとすれば、この曲は「静」という曲調でしたね。

当時、「おニャン子」旋風で、おニャン子関連の曲にチャートを席巻されていたのに飽き飽きしていたワタシだけど、この2枚のシングルには飛びつきましたねぇ。

これらのシングルリリースの10日後に「NIPPON NO ROCK BAND」というKuwata Bandのアルバムがリリースされたんだけども、このアルバムと併せて3枚同時に近くのレコード屋で買ったな。

シングル2枚で1400円 アルバム 2800円 併せて4200円。

当時、高校2年で、小遣いだって、まだそんなに貰っていなかった頃だけど、この費用どうやって捻出したんだろう?

いずれにしろ この当時4200円の出費はかなり痛かったはずだし、そうしてまで買ったわけで、まあ、兎に角、当時は、よく聴いてましたねぇ。

これらのレコードリリースされて程なく、夏休みに入ったわけだけども、 連日のように聴いてたと思う。

それほど好きだった。。。  ・・・・訳でもないんだけどね、実は。。。

どちらかといえば、4200円払っただけの「元を取ったれ」ということで、必死こいて聴いてた・・・ような気がするなぁ。。。    

セコイ性格です。 

そもそも、「NIPPON NO ROCK BAND」は、全曲英語詞だったし、どの曲も、もろ洋楽を思わせるようなストレートなロックだったんで、ポップス志向の当時のワタシにゃ、よく分かんなかったんだけどさ。
前年のサザンの「kamakura」みたいなのを期待していただけに、正直、ちょっとがっかりした部分もあったんだけどね。


でもさあ、兎に角、1986年の夏休みは、連日のように聴きまくってたんでさ、夏が終わるころには食傷もいいところでさ、 イントロ流れるだけで「もういいわ」って気分になってましたね。

この感じ、実はこれ以前にもあったんだけどね。

いつかも書いたかもしれないけど、1983年夏の大ヒット曲、杏里の「CAT'S EYE」。
この曲も、1983年の夏休みは、毎日毎日聴きまくっていた。
 ただ、この曲レコード音源は持ってなかったんですよ、当時。 ぢゃどうして? なんだけども、兎に角、ラジオで流れまくってましたからね。
 
これもいつか書いたように、1983年頃は、ラジオのベストテン番組の最盛期で、関東地区では土日だけで7つのベストテン番組があった。
これほぼ全部聴いてたんでさ。 このころオリコン首位を走っていた「CAT'S EYE」なんで、当然これらのベストテン番組全部で流れるわけさ。 なんで、土日だけで最低7回聴くことになる。 
最低・・っていうのは、当時、文化放送でやっていた「決定!全日本歌謡選抜」では、1回の放送で、複数回かかることもあったからさあ。。。
オープニング、ゲストコーナー、そしてランキング発表時・・・とヘタすると3回かかることもあったりして。。。
これ以外、平日のワイド番組でも、連日流れてたし。。。

夏が終わるころには、食傷もいいところで、「もういいわ」とイントロ聴いただけで「オエッ」となったもの。
そんなこともあって、ヒットが去った後も「CAT'S EYE」はかなり後までレコード音源持ってなかったんだよね。

これと同じような事が、3年後の1986年夏にも繰り返されたわけですわ。 
「MERRY X'MAS IN SUMMER」、夏が終わるころには、やっぱ、暫く聴きたくなくなってましたねぇ。 

ただ、同時リリースの「スキップビート」は、同じように連日聴きまくっていても、不思議と飽きなかったんだよなぁ。
やっぱ、「すけべ すけべ すけべ すけべ」っていうサビのフレーズは、ヒットの最中に17才になった私には、刺激的だったんだよね。
なんせ、この頃は、「やりてー」ってことしか浮かばないくらい、頭ン中「すけべ」だらけでしたから  

それに対して、こちら「MERRY X'MAS IN SUMMER 」は、「静」ということで「クールダウン」のような曲調でしたからね。

レゲエを基調とした曲調は、この当時のヒット曲としては、かなり異例だったし、「スキップビート」に比べると毒がない曲だっただけに取っつきやすかったところはある。

現に、当初は、どちらかといえば、「スキップビート」よりも、こちらの「MERRY X'MAS IN SUMMER」の方が、個人的には好きだった。

まあ、サザンでは、それ以前にもシングルになった「恋するマンスリーディ」とか、アルバム「NUDEMAN」に収録されている「来いなジャマイカ」などレゲエ調の曲はあったんで、めちゃくちゃ新鮮というわけではなかったけど。

ただ、これらのレゲエ調の曲は、かなり際どい歌詞の曲が多くて、どちらかといえば「遊び」っぽかったんだけども、 この「MERRY X'MAS IN SUMMER」は、歌詞内容、曲調もまともだったしね。
余計取っつきやすかったんだよね。

・・・けど、とっつきやすい曲は、飽きやすい曲でもあったりするのよ。
まあ、レゲェは、その場ではリゾート感を感じたりするし、季節感たっぷりなんだけども、抑揚が少ないリズムだけに、もともと聴いてて飽きちゃうところもあるんだけども。
その上、ちょっと尺が長いのも、飽きやすさに拍車がかかったかもしれない。





ところでさ、このシングルの「B面」が、テンプターズの「神様お願い!」のカバーだったんだよね。
そそそ、桑田氏が出てたTDKの「カセットテープ」のCMで使われたやつ

↓ コレ


これ、当時好きでさ。 オリジナル曲かと思ったら、その昔、「テンプターズ」でショーケンが歌ってた曲のカバーって分かって、時代を掘り返してたら、「G.S」とぶつかったんだよね。

まあ、いつかも書いたように1986年って「昭和」を振り返るっていう機運が高まった年で、この年の秋から、TBSの「テレビ探偵団」が始まったし、そんな一連の流れもあって、個人的に「G.S」にコミットし始めるんだよね。

ちなみに、今からして思うと「神様お願い!」は、完全にオリジナルのショーケンの方がいいです。



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これが私の生きる道 / Puffy

1996_10_これが私の生きる道_PUFFY


今回の1曲セレクトは、「これが私の生きる道」Puffyですわ。

まずはデータでーす。

・タイトル    これが私の生きる道
・アーティスト  Puffy
・作詞      奥田民生
・作曲      奥田民生
・編曲      奥田民生
・リリース日   1996年10月7日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 156.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1996年10月21日〜12月16日付
・タイアップ:資生堂「ティセラ」CM曲

今回はマクラ無しでいきなり始めますぞ。

Puffy「これが私の生きる道」

暫く「古い曲」が続いた1曲セレクトも、ようやく90年代に戻って来ましたわ。
・・・と言っても、この曲、ヒットから今年で「20年」経つんだなぁ。

いやいや、この曲あたりになると「昨日」って言う感覚なんだけどねぇ。 ホントあっという間ですわ。

ワタシも既に社会人だったし。そういえば、この曲がヒットしてた頃、今住んでる、マイホームを購入したんだわ。
27才なんて、若い時に買っちゃった、まあ中古住宅だけど、もう20年もローン払ってるんだな。

・・・と考えると、随分長かったような気がする。。。  

そんな家のローンも後10年残すのみ。払い始めの頃は、30年なんて途方も長く感じたし、なにより当時の若造のワタシにゃ、途方も無く莫大な「借財」に感じたけどな。
でも、今年、ローン残額の「桁数」が一ケタ減ってさ、ようやくゴールもうっすら見えてきたような、それとともに肩の重みもだいぶ減ってきたような気がしてる今日この頃だったりしてさ。


・・・・と、大分話がずれた。。。

Puffy「これが私の生きる道」。

うむ、Puffy、デビュー第2弾シングルですな。

デビューシングルの「アジアの純真」が、ああいう形でロングヒット、プラスいきなりのミリオンセラーなんて、願っても無く順調な滑り出しを見せた訳で、第2弾もやっぱり、「アジアの純真」第2弾で行くのか・・・と思っていたけど、ちょっと違ったテイストできたのが、新鮮だったんだよな、この曲。

まあ、・・とは言っても、完璧なほど「ビートルズ」のパクリなんだけどさ。Wikipediaでは、「オマージュ」っていう綺麗なコトバを使ってたけど、、いやいや「あからさま」だったよな、この曲は。

でもって、wikipediaでは、「デイトッリパー」へのオマージュってあるけど、それだけじゃないですよね。
確かに、ギターのリフは、「デイトリッパー」だけど、全体的な雰囲気は、「プリーズ・プリーズ・ミー」であり、「フロム・ミー・トゥ・ユー」だったりするもんな。

つまり










が、合体、ミックスされると、この曲になる・・・て訳ね。 

こういういわいる「パクリ」モノの場合、普通は後ろめたさ・・というか、恥じらいを感じたりするんだけどさ、ここまで「あからさま」にヤラレルと、逆に清々しさを感じたりしてね。。

だからなのか、「パクリ」というと、大概どこからか「クレーム」とうかいちゃもんが付いてくるもんだけど、この曲の場合不思議と、そういった「いちゃもん」は聴かなかったような気がするな。

まあ、なんかね、このある種の古臭さが、Puffyっていう脱力感アーティストに不思議とマッチしていたっていうのもある。
 それに、デビュー曲の「アジアの純真」」からの熱気が冷めやらぬタイミングでのリリースだったからねぇ、この曲の売り上げ156万枚っていうのが、Puffyにとっては最高売り上げなんだよな。
 合わせて、ワタシのチャートでは5週連続の1位なんて、やっぱりPuffyの最高記録だったしさ。「アジアの純真」に劣らない、ロングヒットだったんだよな、この曲も。

まあ、間違いなくアーティストパワーも最高潮の頃でしたよな、この曲の頃が。

ただ、ちょっと一気に盛り上がり過ぎた・・・って言うのもあって、この曲の後は、ミリオンセラーも出なくなっちゃったんだけどさ。
 まあ、それが今となっては、返って良かったのかもしれないけど。 あの後、さらにミリオンを続けていたら、その後の「息切れ」ももっとデカかったろうし、だから、今も残ってるアーティストにはならなかったろうしな。





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咲き誇れ愛しさよ / Wink

1993_10_咲き誇れ愛しさよ_Wink


今回の1曲セレクトは、「咲き誇れ愛しさよ」Winkです。

まずはデータどぇす。

・タイトル        咲き誇れ愛しさよ
・アーティスト  Wink
・作詞      大黒摩季
・作曲      織田哲郎
・編曲      葉山たけし
・リリース日   1993年9月8日
・発売元     ポリスター
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  33.7万枚
・THE HICHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1993年10月4日〜10月18日付
・タイアップ:資生堂「プルミエ」CM曲

最近、セレクトした曲がいざ書こうと思ったときに過去のアーカイブを調べたら、1度書いちゃった曲に当たる事が以前以上に多くなってきたんだよなぁ。
今回も、最初はマッキー(槇原敬之)の「SPY」を書こうと思ってたの。でも先ほどアーカイブ調べてたら1度書いてんだよな。。。。。

うーむ、こういう時って意外と凹むんだよなぁ。なんせ、書こう決めた時ってその曲のモードになっちってるからさあ、頭ん中が。。。

でもまあ、しゃあない・・・と思いーの、他の「今頃」のヒットを物色してたら・・・、ありましたよ。

Wink「咲き誇れ愛しさよ」

うーむ、この曲、まだ書いてなかったんだな。
個人的に、この曲好きだったからさあ、てっきり既に書いてもんだとばかり思ってた。

この曲は1993年9月リリース。リリースから1カ月ほどたった今頃がヒットのピークだった曲ですわ。
Winkとしては、92年10月の「リアルな夢の条件」以来、ちょうど1年ぶり、リリース曲としては3作振りのベストテン返り咲きになった曲ですね。

しかも売り上げ30万枚突破したのは、90年3月の「Sexy Music」以来3年半ぶり・・・と、まあ、久々に スマッシュ的なヒットになった1作でしたね。

まあ、30万枚突破と言っても、90年の「Sexy Music」の時の30万枚と、93年当時の30万枚っていうのは「価値」がちょっと違ってたけどね。
 そそそ、その間に業界的には「メガヒット」な時代に突入してきており、30万枚と言っても、それほど「売れている」って言う実感は感じなかったんだよね。
 80年代では、大ヒットの基準と言われた30万枚という売り上げも、93年当時は「スマッシュヒット」くらいの実感
しかなかったんだよな。

だからね、最初に書いたように、個人的に、この曲好きだったんだけど、もっと売れても然り・・・なんて思ってたもんだよなぁ。

まあ、作詞・大黒摩季、作曲・織田哲郎、編曲・葉山たけし、なんちゅう、めちゃくちゃビーイングな布陣だったこの曲は、ビーイングらしく、キャッチーなメロディの中に、アクのあるインパクトが強い曲だったな。

まずもってイントロからして、ビーイング   うんにゃ、葉山たけしだぁ、文句あっか  って感じの、葉山印の印籠を出されたようなインパクトがあったしなぁ。

なんちゅうのかな、アラビアン・・というか、西アジアテイストな響きのあるサウンドに、ロシア民謡的なメロディが絡んでくる、当時としてはちょっと不思議な感じがするメロディラインだったのが印象的だったんだよな、この曲。
いや、そこに新鮮味を感じたのかもしれない。と。同時に、どこか儚さをも感じたりしてね。

その儚さが、「秋」っていう季節・・・いや温度感にマッチしてたんだよな。

織田哲郎氏って、この手の「儚さ」を感じるようなメロディラインって、今頃の季節になると時々出して来るんだよな。例えば、96年秋の相川七瀬「恋心」とかさ。根っこの所は、この曲と似たようなイメージがあったじゃない


ま、資生堂の「プルミエ」のCM曲として、当時、ヘビーローテーション的に流れていたのも大きかったけど、一度聴いたら耳から離れない、儚さを感じるメロディラインも、3年ぶりに30万枚と言うヒットに繋がった要因だったんじゃないかなぁ。

たださ、Winkとしては、この曲が最後のベストテン入り作品なんだよね。 この後は急激に売り上げもダウンしていくことに。。。。

まあ、今から考えるとベストテン時代の最後の、大ブレイカーだったWinkなわけで、いわば最後の80年代型大物アイドルだったわけですわね。
 結局、80年型アイドルって、テレビに出て「ナンボ」ってところが大きかったからさ、歌番組がどんどん無くなっていた、90年代初め、歌う場が少なくなったってのは一番大きかったんだろうね。

この曲は、そんな中で放った、最後の「光」って感じだったのかな・・・。

なんて最後は綺麗にまとめてみたりして




PVですね。っていうか、初めて見ましたわ、この曲PV。
うーむ、当時、COUNTDOWN TVでも流れてたはずなんだけどな、全く記憶が無い。
もっとも、この当時、COUNTDOWN TVもあんまり見てなかったが・・・。 いや、その前に、丁度93年の10月から、水曜日深夜から今と同様に、土曜日深夜に移ったんだけど、それ、暫く知らなかったんだよな。


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誘惑光線・クラッ! / 早見優

1984_04_誘惑光線・クラッ_早見優








今回の1曲セレクトは、「誘惑光線・クラッ!」早見優です。

まずはデータです。

・タイトル    誘惑光線・クラッ!
・アーティスト  早見優
・作詞      松本隆
・作曲      筒美京平
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年3月31日
・発売元     トーラス
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数  15.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1984年4月30日付
・タイアップ:資生堂「バスボン ヘアコロンシャンプー・リンス」CM曲


なんか、最近書く「年」が偏ってるなぁ・・・なんていつも書いてるような気がするけど、今回は1984年。
あー、ちょっと前に、中井貴一氏の「青春の誓い」を書いたばっかりなんたけど、またまた1984年の曲を引っ張って来ちゃいました。

早見優「誘惑光線・クラッ!」

うーん、この曲なんかは去年、すでに書いていても全然おかしくない曲なんだけど、まだ書いてなかったんだなぁ。まあ、去年も今頃、大分1984年の曲を書いたかんね、この曲は、飛ばしていたのかもしれない。

この曲、リリースが3月31日なんだよね。うーむ、ずっと3月21日リリースだと思い込んでいたんでね、なんか変な日にリリースだよなぁ・・・とも思うんだけど。。。なんで1日ずらして4月1日リリースしないの? とかね。
 でも、まあ、今となっては、そうかと思うんだけども、いわいる決算日に合わせたって事ですよね。
うむ、あくまでこの曲は「1983年度」(会計の)曲だという事で・・・・。
 2000年代に入って、こんな曲が増えましたけどね。だから、最近は3月下旬リリースの曲が多い訳なのよ、決算前に飛び込みリリースして、上乗せ決算したいって事で。。。
 
 まあ、もちろん、84年当時はそんなこと全く考えてませんでしたけどね


でも、この曲は、なんか面白かったな。 前曲の「抱いてマイラブ」が、若干ハード路線だったのに対して、随分ポップな路線に戻りましたもんね。
 前年、83年にブレイクした、「夏色のナンシー」「渚のライオン」と同じ筒美作品に戻ったわけだけども、楽曲そのものもデジタルポップな路線に戻った訳なんだけども。
 ただ、前年の「夏色のナンシー」や「渚のライオン」のデジタル路線とは、ちょっと肌触りが違ったな。

まあ、アレンジャーが、バリバリデジタルな茂木由多加氏から、大村雅朗氏に変わったってのも大きかったろう。

大村氏のアレンジは、シンセを使用しながらも、ストリングスは生音を使ったりして、デジタルとアナログのバランス感覚がありましたしね。
 例えば、前年の松田聖子の「SWEET MEMORIES」のデジタルとアナログのバランス感覚は素晴らしかったじゃないですか。

 ま、この曲は、あの「SWEET MEMORIES」よりかは、「お気楽感」があったけど、それでもそれまでの早見優の曲にはなかったような、新たな手触りを感じだよな、この曲には。

まあ、タイトルにもあるように「クラッ!」っていうコトバの感覚も新しかったしね。

それと全体的なサウンドなんだけど、この頃…1984年の春先あたり・・・からの「音」っていうのが独特なんだよなぁ。 うーん、コトバではなかなか表現しにくいんだけど、「匂い」っていうのかなぁ、「1984年春」独特の匂いってのがあるんですよ。

 以前も書いたんだけど、この年の冬ってのが、寒い冬でさ、記録的な大雪に見舞われたんだけど、それに対して春は、結構暖かったんだよね。好日晴天な日が多かった印象があるなぁ。特に今頃、ゴルデンウイークくらいは、好天で汗ばむような日が続いていたような気がする。

そんな天候を象徴している・・・っていうかさ、この年の今頃の「音」っていうのは、明るいんだよなぁ印象が。
色で例えると、「レモン色」っていうか薄い黄色って言う感じでさ、まあ、暖色系ですよ。

この曲なんかもそうだし、キョンキョンの「渚のはいから人魚」も中森明菜の「サザンウインド」も明るかったじゃん、音が。
ま、マイナー系な曲よりも、メジャー系の曲が多かったって言うのもあるかもしれないけど、そんなイメージだったな。

だからね、この曲なんかも、晴れた天気の下で聴いたな・・・って言うイメージが強いんだよなぁ。

そうだ、親父の車のカーラジオで聴いてた、ニッポン放送の「オリコン全国ヒット速報」とか、文化放送「全日本歌謡選抜」っていうイメージなんだ、この曲は。
 
 当時、母方の爺さんが亡くなる直前で、頻繁に田舎(福島・いわき)に行き来してたんだよね。
その時、カーラジオから流れてた、「オリコン全国ヒット速報」とか「歌謡選抜」っていうのが、この時期の一番強い印象だったりするんだよなぁ。
 そのなかで、この曲も随分聴いたよな・・・っていうイメージが強かったりするんだよね。





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ROSECOLOR / 中山美穂

1989_04_ROSE COLOR_中山美穂








今回の1曲セレクトは、「ROSECOLOR」中山美穂です。

まずはデータです。

・タイトル    ROSECOLOR
・アーティスト  中山美穂
・作詞      康珍化
・作曲      CINDY
・編曲      鳥山雄司
・リリース日   1989年2月21日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  27.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1989年3月6日〜4月24日付
・タイアップ:資生堂89年春のキャンペーンソング

えー、1曲セレクト、本日2曲目って感じになるんだけど、先ほど書いた川本真琴の「桜」は、去年書いた奴の再掲載だったし、本当は、うちの近所の桜の写真をメインで載せたかっんだよね。
だから、今回のが、本日の「メイン」となりまする。

なんて、「メイン」と銘打ってしまいましたが、実をいえば、さっきまで何をセレクトするか、ぜーんぜん思いつかなかったんですよね。。。。いつものごとくですが、うんうん、唸りながらひねり出していたんだけど・・・。

さっき、「桜」ソングを書いたことだし、外に目を移せば、桜も満開に近いし、「さくら」を連想する曲でも持って来ましょうか。。。

で、ひねり出したのが、中山美穂さんの「ROSECOLOR」だったりして。。。。

なんて書くと、なんで、この曲が「サクラ」なの? 「バラ」じゃんか・・・なんて言われそうだけど。。。

でもさ、ROSECOLORの淡いピンク色って、「桜色」を連想させるじゃん・・・ってことで。。。
あ、ちなみに「サクラ」も「バラ科」の植物なんだよね、念のため。。。


 中山美穂さんの曲も、めぼしい曲は大体書き終わっている感じなんだけど、じゃ、なんで、この曲、今まで書いてなかったんだろ?
 この間書いた、河合奈保子さんの「ジェラス・トレイン」は、単純に「自分の好み」じゃなかったんで、今まで書いてなかった訳なんだけど、この曲は、決して、個人的にキライだった訳じゃないんですけどね。

でもねぇ、なんか、個人的には印象が薄いんだよなぁ。

まあ、曲自体、あまり派手な抑揚もない、淡々と流れるようなミディアムバラードだったこともあるかも知れん。

メロディに抑揚が無い・・というか、インパクトが無いんだよね。これは、作曲のCINDYさんの特徴でもあったんだけどさ。そそそ、このヒトのメロディラインは、wikipediaの文章をそのままパクると「アーティスティック」的。
簡単に言えば「洋楽的」なんだよね。うーん、もっと限定的に言えば、ヨーロッパ的というよりもアメリカンというかね。同じようなフレーズがいくつも続いている感じなんだよね。Aメロもサビも境目がはっきりしていない・というかね。
 それまでの歌謡曲も、アイドルポップスも、Aメロ、Bメロ、サビっいう境がはっきりしてる曲が多かったじゃん。その中に、がっちり印象付けるようなキャッチーなフレーズがあって・・・っていうさ。きいてても分かりやすい構造の曲が多かったんだよね。

でも、このヒトのメロディラインは、日本人っぽくなかったんだよなぁ。(ちなみにCINDYさんって向こうのヒトっぽい名前だけど、日本人です。本名 山本真裕美さん)
でも、作るメロディラインは、もろ洋楽的。そうだなぁ、有機的というよりも無機的なんだよね。

でも、そう言うところは、80年代から90年代に向かっていたこの時期としては、「新しい」手触りだったともいえたのかもな。 

 そんな抑揚のない、この曲の淡々としたメロディラインが、いかにも「春」を連想させる・・・というところは、決して間違いじゃなかったとは思うけどね。
うん、春霞がかかったような、淡いピンク色の・・・と言えば、如何にも日本独特の春の光景を連想するじゃん。そんなイメージっていうのかなぁ。

ただ、だからこそ、余り強いインパクトは感じさせなかったしね。だから今にして思うと印象に薄い曲となってしまっているのかもしれないな。

後は、ちょうど、この曲がヒットしてた頃、個人的にいろいろあった時期だったからとも言えるかもしれない。
ま、具体的に言えば、2回目の大学受験に失敗・・・って事なんだけどさ。。。まあ、簡単に言えば「2浪目」が決定した時期・・・ということで、若干、ヒット曲から離れ気味だったこともあったかもしれないな。(言い訳。。。)

ちなみに、今wikipedia見て知ったんだけど、作曲者のCINDYさんって15年前に亡くなっていたんですね。
今まで、全く知りませんでしたわ。



動画・・・、しかしねぇ、この曲の動画、YOU TUBEにゃ落ちてないんだな。。。。
しょうがないんで、別のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/xxyn0k_%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E7%BE%8E%E7%A9%82-rose-color_music

この曲の頃も、声が出ない・・・っていうミポリンのイメージだったんだけど、この動画を見る限りでは、思ってたよりも比較的、声出てたんだな。
 曲の最後が「尻切れトンボ」に鳴っているのは、メンゴ。。。。 でも、この動画しか落ちてなかったんで。。。



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夢一夜 /南こうせつ

1979_01_夢一夜_南こうせつ







今回の1曲セレクトは、「夢一夜」南こうせつです。

 まずはデータです。

・タイトル    夢一夜
・アーティスト  南こうせつ
・作詞      阿木耀子
・作曲      南こうせつ
・編曲      石川鷹彦
・リリース日   1978年10月25日
・発売元     クラウン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   45.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1978年11月20日〜1979年2月5日付
・タイアップ:資生堂「78年冬のキャンペーンソング」

えー、今回セレクトしてきたのは、南こうせつ氏の大ヒット曲「夢一夜」。

あれ? この前似たようなタイトルの曲セレクトしてこなかったけ? 

うんにゃ、工藤静香の「恋一夜」ぢゃないかんねぇ。。


ヒット曲を聴き続けて約40年。・・・と一口で言いますが、まあ、やっぱ、いろいろな曲があったわな。
でも、なんて言っても、衝撃度という点では、やっぱ、聴き始めの頃が一番強かったねぇ。
なんでも新鮮だったからさあ。

38年前、個人的に、一番新鮮だったのは、ピンクレディーでも山口百恵でもなくて、実はテレビに出ないアーティストがいるってことだったねぇ。
 「歌手」っていのき、テレビに出るのが当たり前って思ったからなぁ。まさか、テレビ「出演拒否」する人がいるんだ・・・って知ったのはやっぱり衝撃だったんだよね。

 その一人が、丁度38年前でいえば、松山千春でありーの、もう一人が、今回引っ張って来た、南こうせつ氏だねぇ。

「ザ・ベストテン」をみてると、いつも、久米さんが「お謝り」してましたがあせあせ、子供心になんか不思議な光景でしたねぇ。
 どうして、テレビにでないのか・・・っていうのが、理解できなかったんだよねぇ。

 ま、それ以上に曲調にもインパクトを感じてんだけど、この曲。

 まあ、当時はプロモーションの手立てとしては、一番がテレビのウタ番組に出る事でしたからね。そのテレビに出ない・・・という前提で、オリコン3位、45万枚も売るって事は、確かに化粧品のキャンペーンのタイアップがついていたと言っても、それこそインパクトがなくちゃ成り立たないんだよね。


サビの部分の

♪ あなたにあう日の〜〜〜 と〜〜きめきは〜〜 ♪

の ♪ と〜〜きめきは〜〜 ♪ でファルセットになる部分は、よくマネしてたよなぁ。

 うん、テレビには出演しなくても、しっかりと曲だけは覚えてたんだよね。

 ま、それは、例の「化粧品」のキャンペーンCMでバンバン流れてたからってのが大きいんだけどさ。

 いや、化粧品の「冬」のキャンペーンソングっていうのも、めずらしかったんだけどさ。。
 だいたい、化粧品って、大々的にキャンペーンを張るのは、春、夏、秋の3シーズンで、冬はお休み っていのうが、通常だったから。。。

 冬は、あんまり、メイクなどのオシャレは、あんまりにあわないってことだったんだろうね。


 でも、当時は、ほとんど化粧品CMが云々とかこだわってなかったから、テレビ見てて、「ビビッ」っときた曲をマネしてた・・・みたいなところもあったしなぁ。

 この曲はさ、当時から言うと、意味はよくわかんないんだけど、曲を聴いてるだけで、「絵」は浮かんでくるんだよね。

 出だしからの

♪ 素肌に肩袖 通しただけで、色とりどり 脱ぎ散らかした 床に広がる絹の海〜 ♪

ってところは、ほんと絵になるよなぁ。もちろん、根っこの部分は日本的で・・・。
 で、もって、そうなると、この場合は、「脱ぎ散らかした 床に広がる絹の海〜」はやっぱ、キモノだろうなぁ・・ とか、いろいろとさ

さすがは、阿木耀子女史の作品。プロっぽいよなぁ。


ま、いまになって、よくよく聴くと、この曲って、「不倫」の唄なんだけどさ、当時は、そんなのよくわかんなかったから。。。

 それでも、艶っぽい日本情緒な絵っていうのは、浮かんで来たもんだよなぁ。この季節だから、バックには、雪が降ってたりして・・・。

 もしさ、「ベストテン」に出演して、セットがあったら、こんな感じのセット・・・っていうのが、浮かんでくるようよ。


 ま、ウタって言うのは本来、そういうもんじゃなきゃイケンものだっていうのがよく分かるんだよね。


 しかし、当時、「テレビに出ない」とツッパッてた、南こうせつも、いまや、ぜーんぜん、普通にテレビにでてるもんねぇ・・・。やっぱ年とって丸くなったんですかねぇ。
 松山千春もそうだけどさ。。 千春の場合は、なんせ、「ベストテン」に出演した・・・ってだけで、ニュースになっちゃったくらいだからふらふら




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A面で恋をして / ナイアガラトライアングル

1981_A面で恋をして_ナイアガラトライアングル






今回の1曲セレクトは、「A面で恋をして」ナイアガラトライアングルです。

 まずはデータです。

・タイトル   A面で恋をして
・アーティスト ナイアガラトライアングル
・作詞     松本隆
・作曲     大滝詠一
・編曲     多羅尾伴内
・リリース日  1981年10月21日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数  19.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位
・タイアップ:資生堂81年冬のキャンペーンソング 

 アナログレコードが衰退して、CDが主流になってから、随分時間が経つよなあ。
 もしかしたら、今の若いコの中にゃ、アナログレコードの存在すら知らないヒトも居たりする?

 ワシらは、まだアナログ世代だからさぁ・・・。シングルレコードは「ドーナツ盤」って呼んでた世代ですよ。

 え? なんでドーナツ盤って言うのか?

 それはですねぇ、真ん中がドーナツのように穴が開いてるからですよ。うん、45回転のEP盤ってやつね。

 アナログ盤を知らないとしたら、A面、B面っていうのも知らなかったりするかなぁ・・・。さすがにそれはないかねぇ。。


・・・・ハイハイハイ、それって、もしかして、今回、引っ張ってきた曲の「前振り」ですか? ってその通りデスあせあせ

・・・つか、ドーナツ盤とかA面 B面って知らないとさあ、曲の中身が伝わらないもので。。。

 はい、今回引っ張ってきたのは、ナイアガラトライアングルの「A面で恋をして」っす。

そう言えば、今日12/30は、大滝詠一氏の命日だったんですよね。そう言う意味でも、この曲をセレクトするのが一番いいんじゃないかなぁ。

 正確に言えば、この時は「ナイアガラトライアングルvol.2」なんだけどね。

メンバーは、大滝詠一、佐野元春、杉真理 の三氏による、今で言えばユニットですよ。
(ちなみに「vol.1」のメンバーは、大滝詠一、山下達郎、伊藤銀次の三氏  1976年)

 今でこそ、上の三氏が並ぶと、うわ、至極豪華exclamation となるけど、当時は、まだ佐野元春も杉真理も、本格ブレイクする前で、「通」なヒトでなければ、一般には、あまり知られていない時代だったからねぇ。

 そんな、当時の「若い」2人を引っ張ってきた大滝詠一センセーは、やっぱし先見の明があったわけですな。

 ちなみに、ナイアガラトライアングルvol.2ということは、「vol.1」もあった訳で、76年の「大滝詠一、伊藤銀次、山下達郎」によるユニットがそれに当たるわけね。

 そーいえば、ナイアガラトライアングルって、当時の言葉からすれば、6年ごとに結成する「予定」だったはずで、だとしたら、そのあと88年、94年、00年、06年・・・・にも結成していなければならなかったはずだけど・・・・ふらふら

 何分、ワタシと同じで、仕事がキライな大滝センセーのこと、このあと、ナイアガラトライアングルのプロジェクトは立ち消えになっているんですが・・・。



 ところで、曲の方は、サビの部分は、まあ、有名なフレーズな曲だわね。

 そそそ
 
♪A〜めんで こいをして〜 ♪

ってやつですよ。。

 当時、資生堂のキャンペーンソングとして、丁度34年前の今ごろ、ガンガン、CMで流れてたからさ。
 ・・・ってか、覚えてるってヒトは、既に「アラフィフ世代」だよなぁ、きっと。。ふらふら

↓ コレ


うむ、聴けば、わかるでしょ、この曲。 「あ、あの曲か」・・・と。


ただ、サビ以外の部分っていうと、あれどんな曲? って感じですかねぇ。

 まあ、大滝ワールド全開な曲ですわ。ご多分に漏れず、フィルスペクターなオーケストレーション全開で。。

 81年は大滝氏にとって、「LONG VACATION」の大ヒットにはじまって、フル回転な年だったけど、いま思えば、このサウンドこそが、まさに81年っていう感じもするなぁ。

 あ、いや、これと寺尾聰と・・。

 まさにサウンド重視な年ってところか。個人的にも、81年っていうのが、一番好きなわけで、またさ、こういう感じの年が来ないか・・・って思ってるんだけどねぇ。




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風は秋色 / 松田聖子

1980_11_風は秋色_松田聖子






今回の1曲セレクトは、「風は秋色」松田聖子です。

 まずはデータです。

・タイトル    風は秋色
・アーティスト  松田聖子
・作詞      三浦徳子
・作曲      小田裕一郎
・編曲      信田かずお
・リリース日   1980年10月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   79.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1980年10月13日〜12月29日付
・タイアップ:資生堂「エクボ ミルキィフレッシュ」CM曲

 最近、やたらと松田聖子書いてるな・・・・。とお思いの方、お許しくだされ。
 いやいや、この時期って、松田聖子って毎年のようにリリースしてきてるんだよね。
・・・で、今まで、書いてなかったもんで、曲が溜まっちゃってまして。。。あせあせ


・・・ということで、今回は、デビューした1980年の「秋」の曲です。

 「風は秋色」

 正直言って、この曲、「青い珊瑚礁」の焼き直しだよねあせあせ

・・・って思いませんでした?

 いや、あのころ、周りの大人の人は、みんなそんなこと言ってたような気がする。
 当時、ガキだった私でさえ、あざといな・・・と思ったもの。どう、聴いても、「青い珊瑚礁」の続編としか、思えなかったの。

 なんか、そういうやり方に、ガキなりにちょっと嫌悪感を感じたりしてさ。
 まあ、と、いっても、ガキの頃だからね。何回も聴いてるうちに好きになってたりして。。。まだ、移り気が早かったのよ。 よく言えば、柔軟性があったっていうかな。

 でもさ、いま、客観的に考えれば、これは、完全に戦略だよね。
 前も書いたけど、当時は「大ヒットしたら3曲目までは、同じ路線で行く」っていう、暗黙の不文律のようなもんが、業界にはあったんだよね。

 それを忠実に守ったのが、松田聖子・・・っちゅうわけですわ。
 ただ、これほど「型」にはまったのも、恐らく、今に至るまで、松田聖子だけじゃないかなぁ。

 つまりさ、1曲ごとに売上げを上げたってこと。

・裸足の季節  28.2万枚  最高12位
・青い珊瑚礁  60.2万枚  最高 2位
・風は秋色   79.6万枚  最高 1位

・・・・と、まさに右肩あがり〜・・・の売れ方を見せてきていて、売り上げとしては、この曲が「第1期」目の頂点だったんだよね。

 これも、松田聖子の人気、実力の賜物って言うんですかねぇ・・・。
当時、河合奈保子派だったワタシも、こればかりは認めなきゃなんないところだったもんなぁ。

 オリコンでは、この曲は、初登場1位を飾ったわけだけど、これ以後24作連続1位獲得・・・という、80年代としては空前絶後の偉業を成し遂げることになる。その先駆けとなった曲でもありますね。

 ただ、この曲を最後に、作曲の小田裕一郎氏をスッパリ切って、数あるニューミュージックシンガーからの曲提供を受けるようになる・・・っていうのは、このヒトのスタッフのしたたかな所だよね。

 それまで、考え付かなかったと思うもの。アイドルにニューミュージックのアーティストからの曲提供を長期にわたって受けるって言う発想は。

 うん、単発ではあったんですよ。例えば、吉田拓郎氏から曲提供を受けてたキャンディーズや石野真子、さだまさしや谷村新司から曲提供をうけた山口百恵・・・など。

 でも、長期にわたって連続して、ニューミュージックの大物たちから曲提供を受けてたのは松田聖子ぐらいなもんでしたからね。

 ちなみに、松田聖子側からのオファーを断り続けたアーティストは、小田和正ぐらいなものと言われてますね。いまだったら、書いちゃうんだろうな。。。なんせKAT-TUNに書いちゃうくらいだから。。。


 まえ、菊池桃子が、戦略的に「大学生が小脇に抱えてても恥ずかしくないアルバム作り」って書いたけど、それを先んじて実践したのは、実は松田聖子なんですよね。

 コンセプトとして、大学生がカーステレオでかけても恥ずかしくない楽曲作り・・・っていう大前提が、この「風は秋色」を含んだ、2ndアルバム「North Wind」から始まってましたからね。

 うん、まあ、本人は、次の「チェリーブラッサム」(財津和夫 作曲)は、最初の頃、歌うのもいやだったくらいキライだったらしいけど。

 それでも、本人の「好き嫌い」を押し切っても、アーティストコンセプトを押し切ったスタッフは、シタタカだと思うねぇ。

 考えて見れば、この辺から、楽曲の時代から、アーティストそのものの人気を大事にする、「アーティストの時代」が始まったような気もする。

 ただ、まだ、このころは、ヒット曲は世代を越えた「共有物」であり、チャート自体に「重み」があった時代だったから、その辺には気がついてなかったんだよね。
 
 まだ、主導権は「作り手」側のほうが一歩進んでた・・・っていう時代だったのかなぁ。今考えると。



それにしても、すげぇ斬り方だな、いきなり1番から2番に歌詞が飛んでるぞ〜。


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彼女とTIP ON DUO / 今井美樹

1988_10_彼女とTIP ON DUO_今井美樹






今回の1曲セレクトは、「彼女とTIP ON DUO」今井美樹です。

 まずはデータデース。

・タイトル    彼女とTIP ON DUO
・アーティスト  今井美樹
・作詞      秋元康
・作曲      上田知華
・編曲      佐藤準
・リリース日   1988年8月17日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数   14.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1988年9月12日〜10月31日付
・タイアップ:資生堂88年秋のキャンペーンソング

最近FM聴いてると、今井美樹の「PRIDE」がやたらと流れるんだよな。
一昨日、デビュー30周年のベスト盤がリリースされたって関係なんだろうけどさぁ、うーん、やっぱ、今井美樹っていうと、「PRIDE」になっちゃうんでしょうかねぇ。 まあ、一番「売れた」きょくでもあるからなぁ。

BUT BUT、ワタシは、今井美樹って言ったら、この曲が好きなのよ。。

ははん、それは、今回の曲の前振りですね

 今回、引っ張ってきた曲は、「彼女にTIP ON DUO」。

 オシャレな曲でしたよねぇ。資生堂のCMって今でもそうだけど、オシャレな曲が多いんだよね。
 これって、企業イメージがそのままでるんですかねぇ。

 かたや、ライバルのカネボウは、どっちかというと「下世話」な感じじゃん、CMも。
 ・・なんて書いたら怒られちゃうかなぁ

 この「彼女とTIP ON DUO」は、いわいるハネモノ系っていうんですか。ややモータウンっぽい、ノリのいい曲ですよね。
 リズムの取り方が難しいんだよね。

♪ 思い出してあげない しあわせそうな人は 彼女とTIP ON DUO 〜♪

 っていうサビの部分の譜割りなんて、ほんとノリをつかむの難しいんですよ。

 それでいて、キャッチーでしょ。 ちょっとズルいようなきもしちゃうんだけど、それでも、聴いてて気持ちいいから許しちゃうっていう感じなんだよね。

 個人的にはイントロのシンセの音色がなんか、つかみ所がないくらいにフワフワしてて好きだったんだけどね。

 当時は浪人1年目ということで、まだ、余裕こいてた時期だけど、このあと「ノイローゼ」に陥ったワタシです

あの当時が懐かしいねぇ。そういうわけで、88年ってあんまり曲の想い出がないんだよね。もともと曲をあんまり聴いてないし・・。

 その中でも数少ない88年で印象に残っている曲ですね。この曲は。

 この曲、作詞が秋元康氏なんだよね。アイドルが「冬」の時代になりつつあったこの頃は、このテのニューウェイヴ系にも書いてたんだよな。
 今のアイドルへの詞に比べると大分、詞の内容がオシャレなんだけどさ 
ちなみに、この直後に、美空ひばりの「川の流れのように」をプロデュースすることになねわけで。。。

 それにしても、このあいだ山下久美子を書いた時、布袋との相性はよかった・・・って書いたんだけど、個人的には布袋と今井美樹のコンビは、イマイチはっきりしないんだよなぁ。

 この「彼女とTIP ON DUO」もそうだけど、後年の「PIECE OF MY WISH」でも組んだ上田知華さんのほうがシックリとくるんだけどねぇ。

 逆にフォーライフ時代でも、このころの曲の方が透明感があって好きなんだけどねぇ。お嬢様っぽい雰囲気もよかったし。
 
 でも、なぜか、最大のヒット曲は「PRIDE」という布袋作品だったりする。
 これが、個人的にはちょっとナットクいかないんだよなぁ・・・

話はズレるけど、このヒト、2曲ミリオンセラー持っているっていうのも、今となってはちょっと意外な感じだよね。


動画・・・・で、なしてこの曲、YOU TUBEに落ちてないの? しょうがないんで他のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/x9ktil_%E5%BD%BC%E5%A5%B3%E3%81%A8%EF%BD%94%EF%BD%89%EF%BD%90-%EF%BD%8F%EF%BD%8E-%EF%BD%84%EF%BD%95%EF%BD%8F-%E4%BB%8A%E4%BA%95%E7%BE%8E%E6%A8%B9_music

生演奏の「彼女とTIP ON DUO」って初めて聴いたかも。 ベストテンなんかもカラオケだったんだだよね。
レコードと比べて、かなりリズムがゆっくりですねぇ。。。



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