かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

財津和夫

今だから /松任谷由実 小田和正 財津和夫

1985_06_今だから_松任谷由実 財津和夫 小田和正






今回の1曲セレクトは、「今だから」松任谷由実 小田和正 財津和夫です。

 まずはデータです。

・タイトル   今だから
・アーティスト 松任谷由実 小田和正 財津和夫
・作詞     松任谷由実 小田和正 財津和夫
・作曲     松任谷由実 小田和正 財津和夫
・編曲     坂本龍一
・リリース日  1985年6月1日
・発売元  東芝EMI ファンハウス
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  36.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1985年6月17日〜8月5日付
・タイアップ:ALL TOGETHER NOWテーマソング

 今でこそライブに頻繁に行くようになったワタシだけど、でも、ライブに行くようになったのって、意外と最近なんだよね。
 某C社に入って、野外フェスに誘われてからかなぁ。まあ、C社では仕事柄、付き合いでライブに行くっていうのも結構あったからねぇ。
 だから、30過ぎてからなんだよね、ライブに行くようになったのは。これが。。

 うーん、意外だったかなぁ。

 でも、もちろん、高校の頃から、ずっと行きたい行きたい・・とは思ってたのよ、ライブにはさあ。 まあ、そこは、腰が重たいワタシの事だから、行きたい行きたい・・とは思ってても、なかなか、行動に移せなかったのもあるな。
 いや、あの頃にインターネットっていう便利なものがあったら、行動できたかもしれない。あの当時は、わざわざ「ぴあ」の店頭までいってチケット買わなゃいけんかったからなぁ。

 そんな、腰の重いワタシが一度だけ、行動に移したことがある。

 それが、1985年6月に行われた、「ALL TOGETHER NOW」っていう当時のビッグイベント。

 うん、詳しく書くと、1985年6月15日・・・っていうから、あれから、ちょうど30年経つんだよなぁ。国立競技場で行われた、当時のニューミュージック、ロックの超ビッグネームが一同に介して行ったライブイベントだよね。

 吉田拓郎氏が総合司会って形で仕切り、南こうせつ、さだまさし、オフコース、チューリップ、武田鉄矢、アン・ルイス、イルカ、後藤次利、高中正義、高橋幸宏、加藤和彦っていうサディスティックミカバンドの面々、もちろん、松任谷由実、坂本龍一、細野晴臣といえば、Y.M.O・・・・といった70年代組。
 佐野元春、サザンオールスターズ、山下久美子、白井貴子、ラッツ&スターといった80年代組
 前座が、チェッカーズ、バックコーラスに渡辺美里

 一番の目玉が、大滝詠一、細野晴臣、松本隆、鈴木茂・・といったら、はっぴいえんど 

・・・・なんていう、空前絶後の超豪華メンバーを一同に介したライブでしたわ。

 いや、これが見たくてねぇ。。

 でも、このイベントを知るのが遅くてさぁ、すでにチケットは完売だったよな、たしか。

 で、しょうがなく、オリコンウイークリーの「掲示板」コーナーにあった、チケット売りますに応募したんだっけ。

 で、あえなく撃沈したわけさwww

これ学校サボッてでも絶対行きたいと思ってたのに、これが悔しくてねぇ・・・。いや、いまでも悔しいよなぁ、思い出すと。 日本のロック&ニューミュージック界にとっての歴史的現場に居られなかったっていうのはさあ。

この間も「東京ららばい」の時に書いたんだけども、松本隆作詞生活45周年記念コンサートのチケット取得にゃ撃沈してしまったワタシですが、昔、同じように、超巨匠たちが一堂に冠した記念ライブのチケット取得に失敗のと同じですわ。

 どうも、日本の音楽シーンの「歴史的現場」には悉く縁がないワタシですわ。。。。


 で、今日引っ張ってきたのが、その「ALL TOGETHER NOW」のテーマソングだった、「今だから」。

 歌は、もちろん、このイベントに出演していた、松任谷由実、小田和正、財津和夫の3人。 アレンジが坂本龍一氏っていう、これまた、超豪華な布陣だったよなぁ。

 でもさ、「ALL TOGETHER NOW」に参加できなかった悔しさからか、正直、当時から、この曲ってほとんど聴いてなかったんだよなぁ。
 うん、音源すら持っていない。 当時、オリコンで2週連続の1位、売上げ36万枚もあった、この曲なのにさあ。

 まあ、イベントに参加できなかった悔しさだけでなく、どうも、この曲がイマイチわかんなかったからもある。わかんなかった・・というより、刺さらなかった・・って言うほうがいいかなぁ。

 どうもねぇ、この曲スマート過ぎるんだよね。曲調からしてもサウンドからしても。
 今聴けば、ああ、いかにも85年だよね・・・っていうスマートさなんだけどさ。 ひと言で言えば「都会的」なスマートさっていうのかなぁ、機能的っていうのかなぁ・・。

 まあ、ともかく、「ダサダサ」でイモな曲が好きだったワタシには、まったく刺さらなかったっていうのが、本音なんだよなぁ。
 ちょうど、当時、逆に時代を遡って聴き始めてた頃でさあ、当時のワタシとしては70年代初頭〜中盤の音が「ナウ」なったんだよね。




よろしかったら、ポチッとしてね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

青春の影 / チューリップ

1974_06_青春の影_チューリップ







今回の1曲セレクトは、「青春の影」チューリップです。

 まずはデータでーす。

・タイトル       青春の影
・アーティスト     チューリップ
・作詞         財津和夫
・作曲         財津和夫
・編曲         チューリップ
・リリース日      1974年6月5日
・発売元        東芝EMI
・オリコン最高位    46位
・売上げ枚数      7.3万枚

 ジャンルは違うんだけど、この間、伊藤咲子の「ひまわり娘」を紹介した時に、今でもよく知られているのに、当時はあまり「売れていなかった」曲っていうのは、意外と多いんだねぇ。
 特に70年代の曲では、エバーグリーンといえる曲はあまたあるわけで、今でも、ほとんど誰でも知っている曲なのに、実際、当時、「大ヒット」してたかというと、「さにあらず」って曲、結構多いんだよね。

 例えば、3ヶ月くらい前に書いた、井上陽水の「夢の中へ」なんか、ほとんど誰でも知っているのに、実際はオリコン最高位17位だったりね。

 こうみると、オリコン最高位とか、セールス枚数が多い曲が必ずしも、後世に残るような「エバーグリーン」となりうるとは限らないってのがよくわかるんだよね。

 今日、引っ張ってきた、この「青春の影」って曲、いまでもよくかかるんだよねぇ。ま、それだけ今でも歌い継がれているし、知っている人も多いってことなんだろうけどね。

 いやいや、現実に、いまでも頻繁にカバーされているもんね。
 大分前になるけど、キリン「生茶」のCMに使われたり、福山雅治はアルバム「FUKUYAMA ENGINEERING GOLDEN OLDIES CLUB BAND 」でカバーしてたり、つんく♂のカバーアルバム「V3 〜青春カバー〜 」でもカバーされたりしている。

 まぁ、それだけ「名曲」といえるんだろうけど、でも、なぜか、カバーしているのが、ワタシと同年代のヒトが多いっていうのが、ちょっと不思議なんだよねぇ。

 福山は、ワタシと同い年(早生まれだから学年はひとつ上だけど)だし、つんく♂はひとつ上だしね。

・・・ということは、オリジナルのチューリップが歌っている頃は、まだ、5、6歳だったわけで、本当は知らないはずなんだけどねぇ。。。

 逆に、そんな風にどんな世代でも受け入れられるっていうのが、この曲の魅力なんだろうね。

 いやいや、実際名曲だもんね。
 
 やおら、イントロなしで

♪君の心へ続く 長い一本道は、いつも僕を勇気付けた〜♪

とはじまる、この曲は、日本ポップス史上にも残るようなラブバラードぢゃないかしらねぇ。

 どんな世代でも受け入れられる曲っていうのは、やっぱり内容的に「普遍的」なものぢゃなきゃだけだし思うんだけど、この曲は、まさにそんな感じだからなんじゃないかなぁ。

 コトバ的に、あの時代ぢゃなきゃダメという、時代背景が濃いコトバがほとんど使われていない、いつの時代でも通用するような歌詞なんだよね。

 サウンド的には、エルトンジョンの「YOUR SONG」っぽい、ピアノ、キーボードを中心としたバラード。

 いかにも日本人が好きなサウンドといえば、そうなんだけどさ、そうは言っても、財津和夫氏がせつせつと歌うこの曲には、やっぱり引き込まれちゃうんだよねぇ。


 しかししかし、こんな名曲なのに、この曲がオリコン最高位46位、売上げ7.3万枚というのは。。。。うーーーん。

 でもまあ、あの当時は、まだまだ「歌謡曲」の天下だったですからねぇ。
 テレビにもあまり出ない、地道なライヴ活動やラジオを主体としていたロック、ニュージック系アーティストにとっては、「曲のよさ」がレコードセールスに直で結びつくというのは、なかなか難しい時代だったんだよね。

 なにぶん、メディアのキングは、「テレビ」であって、テレビの歌番組のプロデューサーのさじ加減で、曲の売れ筋動向が左右される・・・という「乱暴」な時代でもあったからなぁ・・・ なんて、さぞかし、見てきたような書き方で恐縮ですが・・・。



 ワタシが個人的に、この曲を知ったのは、フジテレビで放送していた例の「19×× 僕らの思い出のメロディ」でなんだけど、あの番組で使われてた「ニューミュージックスペシャル」のVTRで聴いたのが最初だったんだよね。



 でもさあ、もう何回も書いてるけど、「ニューミュージックスペシャル」って番組、いまとなっては、日本ロック史を語る上でも、貴重な映像資料だよねぇ。

たけど、福山とか、つんく♂なんかは、どこで、こういう曲のネタを仕入れてくるんだろうねぇ。おんなじ番組見てたか!?
年代的には同じような番組見ててもおかしくはないんだけどさ。


 いや、ほんと、この番組で見られる曲って、いまとなっては貴重な曲ばっかだと思うんだよね。

 方やヤマハポプコン系の「コッキーポップ」は、VTR編集でDVDになったりしてるんだもん、「ニューミュージックスペシャル」もDVDにしてほしいよなぁ。絶対買うよ、ワタシなら。

というか、売れる売れないは別として、この番組は日本ポップス史の貴重な資料としても、映像で残しておくべきだと思うんだよね。

 ま、不定期ながら、結構長い期間放送していた番組のようだから、既に全編のVTRは残っていないんだろうけど、残っているVTRだけでも編集してほしいなぁ。


 えー、この後も、ちょくちょく、この番組のVTRで知った、曲は、いろいろご紹介して行こうと思いまする。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

クローズ・アップ / 中山美穂

1986_05_クローズアップ_中山美穂






今回の1曲セレクトは、「クローズ・アップ」中山美穂です。

 まずはデータでっす。

・タイトル    クローズ・アップ
・アーティスト  中山美穂
・作詞      松本隆
・作曲      財津和夫
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1986年5月16日
・発売元     キング
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   12.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位


・・・ということで、中山美穂の「クローズ・アップ」

 えー、この曲は、中山美穂の第5弾シングルなんだけど、作詞 松本隆、作曲 財津和夫、編曲 大村雅朗 っていう、もろ、松田聖子「白いパラソル」な布陣による曲なわけです。

 それにしては、ジミーな曲だよねぇ。
もしかすると、ヒット曲が多いミポリンの中でも、知ってるヒトしか知らない曲な部類かもしれない。今にしてみると・・・。

オリコンでは最高4位まで行ったものの、ワタシのランキングでは、最高12位。この差は何? って感じなんだけど、一時的にレコード売り上げは上がったものの、有線、ラジオチャートでは、上位に行かなかったからなぁ。
それだけ一般認知度が高くなかったんだよね、この曲。

 ♪ 存在感 大きなヒトね 〜 ♪

って歌ってる割には、ジミーなんだよね。

 どうなんだろ? つなぎの曲っていう位置づけだったのかねぇ・・・。

 全体的に、この時期、「既存」のアイドルの曲が全体的にジミーだったんだよね。一時的ではあるけど・・。

 まあ、逆に「おニャン子」旋風が一番すごかった頃だ。。。

 そういう印象も強いのかねぇ。。。


 ただ、個人的には、この曲、当時から割りと好きなんだよね。アレンジが良い。
 全体にわたって、メロディの対旋律でトロンボーンがフィーチャーされてるじゃん。
 単に、だから好きだったんだけど・・・。ふらふら いや、当時、トロンボーンやってたからさぁ。。ふらふら
 個人的に、いっちばん調子良かった頃だな、トロンボーンの。

 まあ、曲が好きになる云々・・・なんて、そんなもんですわふらふら

 理論ではなく、感情とか、当時の環境で好きなるもんなんだよね。

 まあ、それだけかなぁ・・・。


 うん、本格的に、ミポリンをシンガーとして、見るようになったのは、やっぱり、この後の「ツィてるね ノッてるね」からだね。
 松本−筒美 の黄金コンビの曲を「本格的」にやるようになってからだね。
 うん、筒美氏が本腰入れてきたから。

 この曲のころは、たしかに、この曲の前の「色 ホワイト ブレンド」で、一応の「大ヒット」は出てたものの、まだ、地盤が固まってないなぁ・・・っていう印象があったもんね。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

サボテンの花 / チューリップ

1975_05_サボテンの花_チューリップ






今回の1曲セレクトは、「サボテンの花」チューリップです。

 まずは、データでーす。

・タイトル     サボテンの花
・アーティスト   チューリップ
・作詞       財津和夫
・作曲       財津和夫
・編曲       チューリップ
・リリース日    1975年2月5日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  19位
・売上げ枚数    12.5万枚

 時を越えてリバイバルヒットする。80年代ごろからカバーでのリバイバルヒットって頻繁に行われるようになってきたけど、最近は富に多い気がするなぁ。
そもそも「カバーアルバム」ってやつが頻繁にリリースされているし。。
  やっぱり、昔の曲の方が「メロディ」がいいし、キャッチーだからねぇ。
 リズム主体の時期ならともかく、最近のように「メロディ」が主体傾向な時期だとどうしても、「過去」の曲が恋しくなる傾向はあるのかもしれないですね。

 ただ、「セルフカバー」でリバイバルヒットした例となると意外と少ないんぢゃないかなぁ。
 たしかに、数的にはあるけどね。どうしても、その場合「オリジナル」のイメージっていうのが強くて、リバイバルの方が「バッタモン」に聴こえることが多いからかなぁ。

 その中でも、この曲は異例ですね。オリジナルから時を経ること18年。1993年に突如、財津和夫が自らカバーして、大ヒット・・・と。オリジナルの売上げ枚数をはるかに凌いじゃったりしてね。

 その理由として・・・たしかに、93年の方は、あのドラマ「ひとつ屋根の下」の主題歌であったりしたから、まあ、ドラマ効果だけでも充分売れるところなんだけど、曲の方をメインに考えると、オリジナルとほとんど変わらない、アレンジ、イメージ、雰囲気を18年の時を超えて持ちこんだってところもあるんでないかなぁ。

 だから、若い(といってもワタシらの年代が中心だろうね)ヒトたちには新鮮に、オリジナルを聴いてた年代には懐かしく聴けたんじゃないかなぁと思うわけですわ。

 たしかに、オリジナルの「チューリップ」のバージョンは、もうちょっと「垢抜けなさ」はあるけどね。テンポももう少しゆったり目でね。

 この曲はの設定としては、多分アパートの一室だよね。時代から考えると4畳半1間の安アパートって感じでしょうか。
 まさに、その光景が絵に浮かぶような雰囲気なんだよね。
 
 4畳半フォーク。こう言われたのは、この曲の少し前、1973年前後、南こうせつのかぐや姫なんかが代表的だけど、この曲は、「4畳半ニューミュージック」といっても過言ではない雰囲気なんぢゃないかしら。

 とかく、ニューミュージックっていうジャンルは、当初は「都会的」雰囲気、イメージがあったもんだけど、チューリップの場合、どこか垢抜けない素朴さがあるんですよね。
 そこが広く人気を得た理由なのかもしれないけどさ。

 デビュー当初は、もっとビートルズ臭かったんだけど、この曲の頃・・・というより、この曲はなんだけど、洋楽的ではなく、もっと「日本」の当時の世相そのままっていうイメージなんだよねぇ。


 ただ、その素朴さっていうのが、18年の時を越えた、ドラマ「ひとつ屋根の下」では生きているんぢゃないかしらね。
 このドラマは、その当時の月9の中にあってもやっぱり、異例だったと思う。
 あのころって、もっと現実離れした設定のドラマが多かったと思うもんね。カタカナ職業、一介のサラリーマンのくせになぜか豪華なマンションに住む・・・とかさ。

 やっぱり、そういうドラマには、こういう曲は絶対にあわないわけさ。

 だから、このドラマにこの曲をひっぱってきたヒトはエライ。素朴だけど、必ずしもダサはないって感じだしさ。

 チューリップに関しては、この季節から夏にかけて、もうちょっといろいろ書いて行きたいですね。


 最後に、「財津和夫」バージョンの「サボテンの花」のデータをば、書いておきまする。

・タイトル サボテンの花〜ひとつ屋根の下より〜
・アーティスト   財津和夫
・作詞       財津和夫
・作曲       財津和夫
・編曲       財津和夫
・リリース日    1993年4月28日
・発売元     パイオニアLDC
・オリコン最高位  7位
・売上げ枚数    60.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1993年5月24日〜7月19日付 
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「ひとつ屋根の下」主題歌



それにしても、この曲は、リリースから、今年で丁度40年なんですねぇ。
40年前といったら、ワタシは6才。幼稚園の年長組の頃だ。
なんで、当然、この曲はリアルタイムでは聴いてない・・・・と思う。 ただ、そろそろ物心がついたころなんで、もしかしたらどっかで聴いてたかもなぁ。。。

1975年、紅茶キノコが大ブームし、広島カープが「赤ヘル」軍団で初優勝、巨人が球団史上初の最下位、フジテレビ系アニメ「フランダースの犬」が大ヒット・・・・そんな時代の曲なんですよねぇ。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

夏の扉 / 松田聖子

1981_04_夏の扉_松田聖子






今回の1曲セレクトは、「夏の扉」松田聖子です。

 まずはデータです。

・タイトル     夏の扉
・アーティスト   松田聖子
・作詞       三浦徳子
・作曲       財津和夫
・編曲       大村雅朗
・リリース日    1981年4月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    56.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1981年5月4日〜7月13日付
・タイアップ:資生堂「エクボ」CM曲

 先月は「3月21日リリース特集」のように、3月21日リリースの曲をズラリ書いてきましたが、実を言うと、コトに80年代は「4月21日」リリースの曲も結構あるんだよねぇ。
 先ほど書いた岡田有希子の「ファーストデイト」もそうなんだけどさ。

・・・ということで、今回から暫くは「4月21日リリース」を中心に行くとしますわ。

 でさ、「4月21日リリース」の曲の特徴・・・・・夏に向けての曲が多いんだよねぇ。

 今回ひっぱってきた、松田聖子「夏の扉」もそうだけど、「渚」のなんちゃら・・・とか、Summerなんちゃら・・とか

 うーん、普通に考えたら4月の終わりって、まだ、「夏の・・・」っていう季節ぢゃないと思うんだけどなぁ。

 まあ、たしかに季節先取りでリリースするのは、ヒット曲の世界では普通だし、ヒットのピークが1ヵ月後、2ヵ月後・・・と考えた場合は、ちょうど季節的にマッチする・・といえるんだけどね。

 でも、ヒットのピークがだんだんと、発売直後にシフト(要するに初動型のヒットね)になってきた、80年代では、こういう出し方もどうかねぇ? ・・と思えたときもあったんだよね。


 で、今回引っ張ってきた「夏の扉」。

 まあ、この曲のころはまだ、初動型のヒットという感じでもなかったので、「4月21日」に「夏の扉」っていうもろ、初夏を思わせるタイトル、曲調だったこの曲は、ピーク時は5月終わりから6月にかけてっていう、ジャスト「初夏」な季節に当たったんで、曲のイメージとしては「成功」でしたよね。

 うーん、でも、考えようによっては、この曲が成功したばっかりに、後に続く曲が、次から次へと4月21日リリースで「夏の曲」になっちゃったのかもしれないけど。。。。

 それにしても、この曲は、とにかく「初夏」のワクワクした季節感と、みずみずしい温度感が、この季節ピッタリな1曲だったよなぁ。

 イントロからしてハツラツと元気じゃん。まあ、いかにもアイドルっていう感じもしないでもないけど、安っぽい感じは全然しないんだよね。

 メロディラインは、財津氏らしい、とっても素直で簡単なメロディライン。

 ほんと簡単なんだよね。シロートっぽく書くと、4分音符ばっかで・・

 いや、1曲前の「チェリーブラッサム」、この曲、次の「白いパラソル」と3曲続いた財津和夫氏の曲は、いずれもメロディは素直で、簡単なんだよね。リズム体はいろいろ変わってたけど。

 それでも、コレだけ華やかな曲調に仕上がったのは、アレンジの大村雅朗氏の力によるものだろうなぁ・・・と素直に思ったりして。

 この曲の「見せ場」は、やっぱし、サビの部分の仕掛けだよね。

 ♪ フレッシュ フレッシュ フレッシュ ♪(4拍のフェイク) ♪夏の扉を開けて〜♪

って感じで、変拍子気味になっている仕掛けだよね。

最初、この部分「2/4拍子」に変拍子になってフェイクが入っているのかな・・・と思ったんだけど、よくよく譜面見ると4/4拍子のままなんだよね。

 でも、いずれにしても、この不安定な流れが、逆にこの曲をインパクトな物に変えてるような気がするなぁ。


 それと、この曲、ランキング的には、オリコンでは最終的に1位を獲得してるけど、危なかったんだよね1位獲得も。

・・というのも、この時期1位に君臨してたのは、あの寺尾聰の「ルビーの指環」ですよ。

 1981年5月4日付で2位でベストテンにランクして以来、5週間、「ルビーの指環」に1位を阻止され、初登場以来7週目にして、ようやく逆転1位獲得・・・という、松田聖子の1位獲得曲としては、登場以来、もっとも時間がかかって1位を獲得した曲だったんですよね。

83年の「4・27決戦」での松田聖子VS近藤真彦の時も1位獲得はどうか? という声はあったけど、この時は結局、初登場1いは譲ったものの、次の週で逆転1位と、お互い譲り合った形だったものね。「夏の扉」は危なかったんだよね。

 なお、「この時期」の松田聖子の場合、初登場1位って言うのは、意外と少ないんですよ。
 まあ、それは、発売日が「21日」区切りで、ほぼきっちり出してきてたからで、だから、オリコンの集計曜日の関係上、1週間丸々は、集計期間に入らない場合が多かったからなんだよね。だから「夏の扉」の場合、初登場は16位。次の「白いパラソル」は初登場24位だもんね。


 ちなみに、この時期でもマッチに初登場1位が多いのは、そこを計算してきてたから、つまりさオリコンの集計期間をにらんだリリース日設定をしてたからに他ならないわけですわ。

 まあ、今と同じリリース方法をすでに、この時期にははじめてたって訳なんですわな、ジャニーズは。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

会いたい / 沢田知可子

1991_03_会いたい_沢田知可子




今回の1曲セレクトは、「会いたい」沢田知可子です。

 まずはデータです。

・タイトル     会いたい
・アーティスト  沢田知可子
・作詞       沢ちひろ
・作曲       財津和夫
・編曲       芳野藤丸
・リリース日   1990年6月27日
・発売元      トーラス
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   105.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1991年2月25日〜4月29日付
・タイアップ:テレビ朝日系「トゥナイト」エンディング曲

 有線発のロングヒット・・・。まあ、今でもたまにあるわけで、それほど珍しいことではないけど、90年代の初頭〜中盤頃にかけては、ことに「注目」するような現象だったよなぁ。
 なんせ、この当時の「有線発」のロングヒットって、ことごとく「大ヒット」に結びついてたわけで・・・。 まあ、もともとロングヒットするくらいだから、大ヒットしたことは間違いないわけだけど、売れ方がハンパじゃない曲が多かったよねぇ。そのほとんどがミリオンセラーを記録していたわけで・・・。

 うん、有線発のロングセラーの特徴としては、ある世代に偏らない、幅広い世代に支持される曲が多いこと、これがロングセラーであると同時に、売上げ枚数的にもビッグヒットにつながって行ったわけだ。いわば、本来の意味での正統派のヒット曲と言えるわけだ。

 で、まあ、そのほとんどが、メロディアスで詩の内容がはっきりした曲が多いわけだけど、結局さ、やっぱ、「心にシミル」曲っていうのが、基本、日本人は好きなんだよね、ってかこれは万国共通か。。。
 いくらダンスミュージックはいいといっても、やっぱし心を動かすような「シミル」曲にはかなわないわけです。


・・・・というわけで、沢田知可子の「会いたい」。

もうね、これは究極でしょう、ワタシらの世代にとっての「心にシミル曲」って言ったら。無論、有線発の超ロングセラーだったしねぇ。
 リリースは、ヒットした91年の今頃からさかのぼること、8ヶ月前ですよ。90年6月。そこからジワジワジワっと有線チャートを上昇しつつ、8ヶ月かかってCD売上げもベストテン入りしてきた・・・と。

 おりしも、80年代終盤頃から、俄かに「有線」っていうのが、再見直しされていた時期で、有線発のヒットって言うのも増えてた時期だったからねぇ。たとえば、B'zの「BAD COMMUNICATION」とか・・・。そういう流れにうまくのれたって言うのもあったかもしれない。

 まあ、結局オリコンで最高位は6位までしか行かなかったけど、最終的にミリオンセラーを記録したわけだしね。プラス、エバーグリーンな曲として、よりたくさんのヒトの記憶に残っただろうし。これは、単に売上げの数字以上のものになったはず。ココですよね、ロングセラーの一番の効果っていうのは。


 曲自体についてだけど、、やっぱ、心にシミル・・・って言う点では、この曲の歌詞だよね。

 大好きな先輩の男性が突然死んでしまった・・・「会いたい」・・・

っていう内容。
 死者に送る挽歌っていうのは、大昔は一種のタブーであったようなんだけど、70年代に、ちあきなおみの「喝采」でそれに風穴が開けられる。この曲は時代こそ違いはあれ、そんな流れをもろに受け継いだ曲でしょうな。で、そのあと、THE虎舞竜の「ロード」に繋がって行く・・・と。 そのどれもが、ことごとく大ヒットしているのが特徴。
 ↑でも書いたように、やはり、日本人は「お泪頂戴」には弱いのですよね。

・・・・という、ワタクシもこの手のお泪頂戴ものには、想わずグッと来てしまうものですわ。その辺はやっぱ、日本人だよな・・・と想ってしまう瞬間だったりして。。。
 




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

Wake Up / 財津和夫

1980_02_Wake Up_財津和夫






今回の1曲セレクトは、「Wake Up」財津和夫です。

 まずはデータです。

・タイトル    Wake Up
・アーティスト  財津和夫
・作詞      財津和夫
・作曲      財津和夫
・編曲      財津和夫
・リリース日   1979年12月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   45.5万枚
・タイアップ:SEIKO CM曲
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1980年1月28日〜3月10日付

 さて、今回の書き出しはどうしようかな・・・・と迷うところなんだよなぁ。なにせ、話題の切り出しが難しいもんで。。。

 うん、財津和夫の「Wake Up」を持ってきたんだけどね。

 うーん、やっぱ、この曲って言ったら、「ザ・ベストテン」だろうなぁ。

 ・・・ってか、ベストテン入りして、どうの・・・っではなく、なんで、この曲が「ザ・ベストテン」にランクイン「しなかったのか」ってほうよ。
 オリコンでは最高3位まで行ってたのに、なーぜか「ザ・ベストテン」では、「11位」止まりだったりしてね。

 まあ、当時のベストテンの「命」だった、はがきリクエストが弱かったから・・・っていうのが、とりあえず「通説」になっているんだけどね。
 当時のベストテンのランクと各4要素が表示されているんで、よくお世話になっている、加ト吉さんのサイト「チャート梁山泊」によると、この曲、「ザ・ベストテン」では、1980年2月7日と、2月28日放送分で11位になっているんだけど、特に2月28日放送分では、レコード売上げが3位、ラジオ総合ランクが7位で、得点が6513点になっている。

 うーん、つまりさあ、通常だったら、このくらいの得点をとれば、余裕でベストテン入りしてるはずなんだけど、「チャートのあや」で、これでもベストテン入りできない週に当たってしまったって訳なんだよね。

 よく、チャート操作などなど、疑惑が出てくるんだけど、細かく検証してみると、気づくんだよねぇ。

 ちなみに、このころって、ワタシのランクでも、高得点続きで、7000点台で10位ってことが続いていたんだよね。つまりさ、このころのランキングって、めっちゃくちゃ「重み」があったわけよ。

 うん、おそらく、長い日本の歌謡史の中でも、もっとも「ランキング」ってものに重みがあった時代だったんだよね。

 まあ、そんな時代の1曲だったわけだ、この曲も。

 ただ、この頃って、財津和夫ってテレビに出演しなかったからさあ、当然、この曲も、当時は知らなかったな。
 前年の甲斐バンドの「HERO」に続いて、SEIKOのCM曲だった・・・ってことなんだけど、いやー、覚えてないなぁ。

 ってか、そのCMが落ちてた ↓





 うん、これね、民放各社一斉に1980年1月1日午前0時の1発目のCMで流したんだよね。 つまりさ、80年代「最初」のCMがこれだったのよ。。

 それにつけても、覚えてないなぁ・・・・。

 しかしさ、当時、デジタル時計高かったんだねぇ、いまだったら980円くらいで買えそうなんだけど。。。ふらふら

 でも、この曲の「肝」

 ♪ Wake Up Wake Up〜 (チャチャチャ←2拍3連譜) ♪

のところは、やっぱ使われてたんだねぇ・・・


でぇ、そんじゃ、フルで聴いてください・・・と言いたいところなんですが、残念ながらフルバージョンの動画は無し。
 まあ、当時、財津さんウタ番組に出なかったからなぁ。本人が歌ってるVTRも少ないだろうけどね。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

チェリーブラッサム / 松田聖子

1981_01_チェリーブラッサム_松田聖子






今日の1曲セレクトは、「チェリーブラッサム」松田聖子です。

 まずはデータでーす。

・タイトル     チェリーブラッサム
・アーティスト   松田聖子
・作詞       三浦徳子
・作曲       財津和夫
・編曲       大村雅朗
・リリース日    1981年1月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    67.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1981年2月2日〜4月6日付

 今日は割りと暖かな1日でしたねぇ。まだ、春の足音は遠いとはいえ、こういう日があると、なんか春を感じちゃったりします。
 ・・・・うわ、マジメに書いちゃいました。。はい、今日のセレクトの前ふりでっす!

 チェリーブラッサム / 松田聖子

 1年目を大成功に収め、あけて81年の1月早々に、2年目のジンクスを跳ね飛ばせとばかり、リリースしたこの曲ですね。

 作詞は変わらなかったものの、作曲が、これの前作「風は秋色」までの、小田裕一郎氏から、財津和夫氏に代わり、たしかに、作風に変化がありましたねぇ。
 それまでの、キャンキャンとした、溌剌な感じが押えられ、すこし地味目なメロディラインの曲なんですよね。

 だからどうか、当時、聖子は、この曲が大ッキライだったそうで、歌うのがいやでいやでしょうがなかったそうですわ。
 うん、たしかに、言われてみれば、Aメロの

 ♪ 何もかも目覚めてく 新しい私〜 ♪ の部分、ぶっきらぼうに歌ってることが多かったって感じるわ。

 でも、ワタシ的には、当時から好きだったんだけどねぇ。
まず持って、前作の「風は秋色」は、メロディラインが「青い珊瑚礁」の焼き直しみたいで、どうも、今一歩だったんだよね。
 この曲になって、上で書いたように、雰囲気が変わったじゃん。まず、それがよかったな。

 それと、この曲の持つ、温度感が当時の温度感にピッタリはまってたんですよ。
 最初に書いたように、春はまだ遠いけど、春を待ちわびているような温度感っていうの?
 ちょっと淋しいメロディラインと躍動感があるメロディラインが交じり合ってるコントラストっていうのかなぁ、それが良かったんだよね。

 ザ・ベストテン的には、やっぱし、新幹線の静岡駅での中継が印象的だよねぇ。
 新幹線が停車中のわずかな時間にホームに下りてきて歌って、発車間際にとびのってく中継。
 これは画期的って言うか、無謀というかね
こういう、無鉄砲なところがベストテンのいいところだったな。
 そのあと、何人も同じようなことやったけどね。


 だけどさぁ、曲とうらはらに、このジャケットはちょっといただけないなぁ・・。
 ちょっとボヤケ過ぎぢゃないの? 霧の中にいるみたいね。

 ほんと、みづらくてスイマセンです。




※2006年1月に書いたものの再掲載です。


記事検索
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
読者登録
LINE読者登録QRコード
livedoor プロフィール

かじやん