かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

船山基紀

春うらら /田山雅充

1976_05_春うらら_田山雅充



今回の1曲セレクトは、「春うらら」田山雅充です。

まずはデータです。

・タイトル    春うらら
・アーティスト  田山雅充
・作詞      最首としみつ
・補作詞     中里綴
・作曲      田山雅充
・編曲      船山基紀
・リリース日   1976年2月25日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 16位
・売上げ枚数   21.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位

 すべてのメロディは覚えていたわけではないけど、一部のメロディは頭のどこかにこびりついているっていう曲。
そんな曲って、これ読んでくださってる方にもあるんじゃないかなぁ。
Aメロ、Bメロは忘れちゃってるけど、サビのメロディは強烈に覚えてる曲とかさあ。 いや、そうじゃなくても断片的に覚えるとか。。。

ワタシも、断片的にしか覚えてなくて、たまたまラジオで聴いて、「あ、こういう曲だったんだ・・」さて思う曲は未だにありますねぇ。

今回引っ張ってきた曲なんかも、そんな1曲だなぁ。

田山雅充「春うらら」

この曲リリースは1976年2月というから、ワタシは6才。 丁度、幼稚園から小学校に上がるころだ。
リリースは2月だったけど、ヒットのピークはこの年の6月。
オリコンでは1976年6月21日付で最高位16位を記録。
そんなロングヒットだったこともあり、最高16位までしか行かなかったけども、売上げは20万枚のスマッシュヒット。


まあ、いずれにしても そんな時代のヒット曲なんで、リアルタイムでは聴いてない。

・・・はずなんだけどもね。 でも、曲自体はずっと知ってたのよ。

いや、最初に書いたように、この曲の全篇を覚えていたわけではなくて、断片的に覚えてた感じで。

そそそ、 ♪ アゥ〜 アゥ〜  春うらら〜 ♪ っていう、 地声から一気にファルセットに上がる例のサビの部分だよね。

あそこだけは、強烈に記憶に残っていたのよ。

もちろん、オリコン的には最高位16位だったのにも関わらず、売上げ20万枚以上のスマッシュヒットを記録したこの曲だったから、存在自体はオリコンチャートを見始めた当時から知ってた。

だけど、長い事、例のサビの部分以外、この曲のAメロ、Bメロのメロディって知らなかったのよ。

正直、つい最近よ、この曲の「全貌」知ったの。 うん、ここ10年くらい。

この「1曲セレクト」のネタ探しに、改めて60年代以降のヒット曲の音源を掘り返していた時に改めて全部聴いてみたってところですね。

全篇聴いてみて「あ、これ」っていう聴き覚えがある感覚。 やはりでしたね。 
サビを覚えていたってことは、当時、この曲、一通りは聴いてたんだよ。

でも、覚えてなかったってことは、当時はサビ以外は刺さらずに、記憶の奥底に沈んでいたんだろうね。 

当時、刺さらなかったのは、日本の土着的匂いのするフォークに近いメロディラインだったからなのかもな。

70年代終盤のロック・ニューミュージックブーム前夜のミュージックシーンでは、より洋楽的な音楽は、オシャレな音楽として確かに盛り上がりつつはあったけど、 まだ前衛的な音楽という感覚でしたよね。
それよりもこの手の土着的な匂いのするフォーク路線っていうのが、まだウレセンだったわけで。。

ただ、個人的には、この手の土着的な匂いのする音楽よりは、当時から、より洋楽的な匂いのする音楽の方にシンパシイを感じてたのよ。

・・・なんて、当時6才のガキンチョが、なにがシンパシィじゃ・・・だよな。

うん「刺さった」のよ。

土着的な匂いのするフォーク・・、あの頃で言えば、かぐや姫とかNSPとかですよね。さだまさしさんなんかもそうだったかな。 ほんの少し時代を下れば、松山千春さんとか・・。

それよりも、やっぱり、ユーミンとか、井上陽水さん、チューリップなどの方が音楽的には刺さったし。。

今回引っ張ってきた「春うらら」は、どちらかといえば、前者よりの匂いが強い曲だったわけじゃん。
特にAメロ、Bメロなんかは。 それは、メロディラインの他、歌詞にも感じたりね。

♪ 二人コタツにくるまって 触れ合う素足が ほてりほてり〜 ♪ とかさ、いかにも日本的な情景じゃん。

そもそも 「春うらら」っいうタイトルからして、日本の土着的な田舎の風景を思い浮かべたりして。

個人的には、タイトルから浮かんでくる風景は、春、田植え前の水の張った田んぼと、周りの菜の花と、田んぼの畔の水路のカエルの卵、 そこに吹きぬける、春の優しい風ですわ。

当時、この曲と全く同時期にキャンディーズの「春一番」が大ヒットしていたわけだけども、あの曲のようなアグレッシヴで動的な春の情景とは、ちょっと違った感じで。。。

ただ、そんな土着的であるからこそ、安心もあるのも確かで。。だからこそ、当時は、そういう曲の方が、洋楽寄りで都会的な曲よりもウレセンだったんだろうな。 
・・っていうのも分かりますね。

少し前にも書いたんだけども、70年代中盤、生活の欧米化の波は進行していた・・とは言えども、まだまだ日本独自の文化や風景が残っていたのも事実なわけで

当時ユーミンが言っていた「中産階級」っていうのは、あくまで都会の一部の層の意識だったんじゃないか・・なんて思うわけなのよ。

当時、福島・いわきに住んでたワタシだけどさ。76年といえば(常磐)炭鉱が閉山した年で、まだ、いわいる「炭鉱長屋」があちこちに残っていた頃なんだよね。
繁華街でも一本裏通りに入れば、昭和30年代、40年代初頭の高度成長期以前の匂いがそのまま残っていたし。。。

ワタシの家は炭鉱長屋ではなかったけど、あの頃の記憶としては、そういう生活環境の記憶が強くて、とてもユーミンがいう中産階級の生活環境とは言えなかったし。そういう中産階級的な生活は、まだ憧れの中の存在だったわけよ。

まあ、いわき以外でも、当時の地方都市は、ほぼそういう状況だったんじゃないのかな。

だからこそ、こういう日本特有の土着的な匂いのするフォークのほうが、安心感を感じる・・っていうか、より生活に近い感覚があったわけでさ。だからこそ、当時はまだウレセンだったんだろうね。

そそそ、当時、個人的に、この手の曲よりもユーミンなどの、より洋楽的な匂いのする曲に、個人的にシンパシイを感じたのも、現実の生活にはなかった、あの頃の「憧れ」だったんだろうな・・と。今、振り返れば思えますね。




Youtube上では、当時の映像としては、これが唯一の映像のようだけども、77年のNHKフォークフェスティバル。

でもさ、この時の「フォークフェスティバル」って




を見ると、↑で対抗的な立ち位置として出した、ユーミンも出演していた模様。





いや、逆にユーミンがメインのコンサートだったようだ。

※蛇足だけども、コンサートは1977年8月19日とある。 ワシの8歳の誕生日だ。

その他の出演アーティストは、大橋純子&美乃屋セントラルステーション、ハイ・ファイ・セットで、番組タイトルのような「フォーク」とはとても思えない出演アーティスト。純粋なフォークシンガーは、田山雅充氏だけだったようですね。

でも1977年と言えば、ニューミュージックブームの賭場口の年だったし、音楽シーンもフォークからニューミュージックに完全に意識が変わっていた頃。

「春うらら」がヒットした1976年だったら、出演アーティストも大分違っただろうけどね。
それだけ、急激に音楽シーンの主流が変化してた頃とも見て取れるんだよね。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

月曜日はシックシック / 三井比佐子

1982_06_月曜日はシックシック_三井比佐子


今回の1曲セレクトは、「月曜日はシックシック」三井比佐子です。

まずはデータです。

・タイトル     月曜日はシックシック
・アーティスト   三井比佐子
・作詞       高平哲郎
・作曲       筒美京平
・編曲       船山基紀
・リリース日    1982年6月1日
・発売元      バップ
・オリコン最高位  93位
・売上げ枚数    1.2万枚

もしかしたら、こちらのブログには出してなかったかもしれないけど、少し前に、いわいる82年デビュー組は、デビュー日によって、第1グループ(3月21日デビュー)、第2グループ(4月21日 5月1日デビュー)に分けられるってことで、トピックスをfacebookには上げたんですよね。

で、その際に 第2グループとして、「三井比佐子(5月1日デビュー)」って書いちゃったんだけども、これ、間違ってましたね。。。

正しくは、「6月1日デビュー」だったわけで。。。。

どうも、同じ「パンジー」の真鍋ちえみさんとデビュー日を取り違えてたようで。。。。


ちなみに、6月1日周辺デビューには、他に水谷絵津子(5月21日デビュー)、水野きみこ(5月25日デビュー)、本田恭章(5月25日デビュー)  などが居たりしますが、さしずめここが「第3グループ」とでも言いますかね。

まあ、このグループに関しては、今や知る人しか、知らないって感じの「B級アイドル」しかいなかったりするんで、名前出されても、「だれ?」って思う方もいらっしゃるかもしれないですが。。。


でも、丁度書き始めてしまったんで、 今回の1曲セレクトはそんな82年組第3グループデビュー、三井比佐子さんの「月曜日はシックシック」でも持ってきますか。


・・・といっても、すみません。 きっと、今となっては知ってる人しか知らないとも思うんで。こんな曲もあったということで、聞いてください。


うんにゃ、このトピックスを読んでくださった方は、この曲を知ってるよ〜って方かもしれないな。。。。

個人的に、アイドルは通常、A級か、B級のいわいるベストテン級の曲しか聴かないんで、 オリコン最高93位のこの曲なんては、本来ならば耳にしてないはずなんだけども。

でも知ってたりするんですよね。

まあ、月刊・明星の歌本「ヤンソン」にリリース前から「新人」デビューということで、「楽譜」入りで掲載されていたりしたし、 それ以前に、北原佐和子、真鍋ちえみ との3人グループだった、「パンジー」については、「明星」本誌に登場してきていたんで、当時から存在自体は知ってたんだけどね。

ただし、曲自体を聴いたのは、いつだったんだろう?  よく覚えてないんですよね。

曲内容をはっきり意識するようになったのは、95年に刊行された「歌謡曲完全攻略ガイド」に紹介されてからだと思う。

で、後年、Youtubeで聴いてみたんだけども。 その時、「これ、聴いたことある」って思ったんで、多分、82年当時、なんかの番組ですでに聴いたんだと思う。


ともかく、この曲っていったら、なんて言ってもチャコ(三井比佐子さんの愛称)の歌唱力だよね

まあ、俗にいう「オンチ」なのよ。  なんか間違ってる・・・としか思えないくらい、強烈な。

↓ を聴けば一目瞭然だけど。。。。




う〜ん、音痴というよりも、ピッチ(音程)が全く合ってない・・・っていうのが、正解なのかなぁ。 
とりあえず、メロディラインはなぞれてるんで。。。 

でも、なんせ、あのビートたけしさんもネタにするくらいだったりするんで。。。

それまでも、いろいろウタがヘタな方はテレビで聴いてきたけど、このヒトくらい強烈だった方も、なかなかいませんでしたよね。

まあ、考えようによっては、それも芸の一つとも言えなくもないけど。。。。


82年当時に聴いた、テレビで見た記憶があるわけども、その時、うちのオヤジの反応はどうだったんだろう?  
なんせ、音痴には厳しい人だったんでね。 うたがヘタな人が出てくると、すぐ「へたくそ」って叫ぶのよ。テレビに向かって。

当時は、そんな反応がヤで、オヤジと歌番組見るのがヤだったんだけども、この曲はどうだったんだろう? うーん、やっぱり記憶にないな。

ちなみに、そんなオヤジが嫌いだったワタシではあるけど、大人になってウタがヘタな人で出てくると、やっぱり「へたくそ」って思うようになったわけだから、やっぱ血は争えないってところですかね。 もっともワタシャ、テレビに向かって叫んだりはしないけど。。。



で、この曲を書くにあたって、先ほど、改めてYoutubeで、この曲を聴いてみた。

でもさ、昔聴いたほど「歌ヘタ」っていう違和感、嫌悪感は感じなくなってますねぇ。

いやいや、たしかに「ヘタ」なんですよ。でも、拒否感なく普通に聴けますねぇ。 まあ、聴いたあとで笑ってしまいますが。。。

このヒトの後にも、 西村知美、華原朋美、鈴木亜美・・・・etc、 オンチ・・・うんにゃピッチが合わない人たちは、いろいろ出てきたんで、あの当時に比べると、大分、音痴に対しての免疫が付いたんだろうな、きっと。

でもね、この曲、ボーカルテイクを割り引いて、キチンと聴いてみると、いかにも82年当時のアイドルポップスだな・・とは思えますね。

まあ、歌唱力がないんで、作曲の筒美京平さんは困ったんだろうな・・・っていう印象はメロディラインからうけますね。 でも、そんな筒美氏の困った部分を、アレンジの船山基紀氏が、うまくカバーしているように感じられるなぁ。

とくにイントロなんて、当時の他のアイドルポップスに比べてもかっこいいもの。

「ニッポンの編曲家」での船山氏曰く、「筒美先生は、船山君は僕が恥ずかしくて出来ないようなところを全部やってくれる・・と」述べられているけど、この曲なんて、まさにそんな感じなんじゃないのかなぁ。

「歌謡曲完全攻略」では、そんなところがオーバープロデュースに感じられたようで、2曲目の「デンジャラスゾーン」は、チャコの声質を生かせていると思うけど、この曲はオーバープロデュースって書かれてますね。

まあ、もっとも、サビの件の ♪ 月曜日は シックシック〜 ♪ でいきなりチアリーディング風になるのは、たしかにオーバープロデュースっぽく感じたりしちゃいますが。。。

それらを含めて、全体的に感じるのは、曲の雰囲気は86年頃のおニャン子関係など、アイドルの曲にも似てるなぁ・・と思ったりして。
Bメロ当たりのコーラスの使い方とかさあ。 ゆうゆの「-3℃」()とか思っちゃりしたもの。

かといって、70年代アイドルからの流れも感じるし。。。 まあ、大きく見ると時代をつなぐような1曲ともいえるのかもな。。。 

うん、大きく言えばですが。。。。。

それ以前に如何せん、売れなかったからなぁ、この曲。 

まあ、この曲の1か月前に「同僚」である真鍋ちえみさんがソロデビューしてるけど、そのデビュー曲「ねらわれた少女」もオリコン最高91位だったりするしな。

おどおどろしい雰囲気のこの曲も、最近では注目されるようになったけど、当時は全然だったんだよね。 まあ考えてみれば、この曲こそオーバープロデュースって感じがするし、だからさ、当時の感覚では、オーバープロデュース過ぎてもダメだったんだよね。

結局「パンジー」の中では、一番オーソドックスなデビュー曲だった、北原佐和子さんの「マイ・ボーイフレンド」が一番売れたしな。

この時の差が、結局は、その後の芸能界への生き残りに響いたって感じで、パンジーのなかで今でも生き残ってるのは、北原佐和子さんだけだもんね。

ちなみに、パンジーの3人は、「オスカープロモーション」出身っていうのは、意外と知られてないのかなぁ。
現在こそ、美少女の巣窟として飛ぶ鳥の勢いであるオスカープロモーションも82年当時は、今ほどビッグな存在ではなかったですからね。

まあ、今くらいの存在であれば、デビュー曲で少なくともオリコン最高位90位台ってことは無かったろうけど。。。。

そんな、まだまだネームバリューの小さかったプロダクションで、チャコのデビュー曲が、作曲・筒美京平 編曲・船山基紀、 真鍋ちえみさんのデビュー曲が、作詞・阿久悠  作曲・細野晴臣 なんていうビッグネームを使ってきたのは、ちょっと驚きではあるんですけど。。。

特に、筒美京平さんなんて、依頼しても半分以上は断られるというのに、このデビュー曲を書いたっていうのは、どういう経緯があったんだろうなぁ。ちょっと興味がありますね。

よく筒美京平さんは、歌がうますぎるヒト(アイドル)には書かない、とか、変わった声質の人が好きとは言われる。
チャコの場合、「歌がうまくない」のは当てはまるけど、変わった声質でもないんだけどね。



それにしても、あーあ、土日が終わってく〜。 サンデーシンドロームやね。
まさに「月曜日はシックシック」な気分ですわ、今。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

筒美京平の世界 in コンサート

もしあの時、あの場所で君に出会わなかったら・・・ 

どっかで聴いたような文章(歌詞?)だよな。。
でも、もし2月、朝日新聞朝刊広告で、このコンサートの広告を見ていなかったら、 もしかしたら、ちょっと展開が変わっていたかもしれない。。。

ザ・ヒット・ソング・メーカー 筒美京平の世界 in コンサート 開催予告の一面ぶち抜き広告。

筒美京平のトリビュートコンサートだけでも凄いと言うのに、出演するアーティストの面々、だけでなく、バッグバンドの面々を見て、びっくらこいてしまった(・・・っていつの時代の表現だ

往年の超一流スタジオミュージシャンの名前がずらり。。 そして、音楽監督 兼指揮は船山基紀氏。

萩田光雄氏と並んで、70年代から80年代の筒美作品にはなくなてはならない、名アレンジャーですわ。

それでいて、チケット代は15,000円也。 

え? ですよ。 この面々を見れば、チケット代30,000円でもおかしくないのに15,000円。

以前、同じ東京国際フォーラムで開催された松本隆トリビュートの時、チケット購入をちょっと考えていたら、売り切れになってしまったという苦い思いをしていた事もあり、「やっべえ広告を見つけてしまった」と思うと同時に、早速「チケットぴあ」からチケット予約をする私が居た。。。。

そんな思いまでして、めちくちゃ楽しみしてもしていたし、 事実、実際のコンサートも素晴らしかったのに、なんでコンサートから3週間近く、ライブレビュー書いていなかったのか

これだけのコンサートでしたからね、デレビ・ラジオなど各メディアでもかなり取り上げられていたし、twitterなどのSNSでもかなり書かれていたんで、ちょっと躊躇していたとのうのが表向きな理由ではあるんだけども、本音を言えば、素晴らしいコンサートであったがゆえに、少し冷却期間を設けて、冷静にコンサートを再度見つめながら書こうと思ったからなんだよね。

鉄は熱いうちに打てとも言うし、ライブ終わりすぐに書けば臨場感も伝わるような内容も書けたかもしれないけど、歴史的なコンサートであったからこそ、ここは冷静に書きたいなと思ったのが実際のところでしたかね。
ちょっと冷静になって、もう一度、頭の中で整理して書こうかと。。。

ぢゃ、ここに来て書いているということは、頭の中整理できたの? と言われれば、正直、まだ整理しきれていないんだけども、あんまり時間置きすぎるとコンサート内容忘れそうなんで、このタイミングで書いてみたいと思います。




4/17(土) 16時過ぎ。 会場の東京国際フォーラム ホールA到着。 


IMG_20210417_211432


すでに人であふれている。さすがに年齢層はシニアの方々ばかり。ワタシよりも年上と思しき方が大半。 
行き慣れている野外ロックフェスとは全く客層が異なる。 いや、昨年の斉藤由貴さんのデビュー35周年コンサートとも、だいぶ異なるな。 あの時も年齢層は上だったけど、一見して私と同じくらいの年齢層と思えた。けど、今回はワタシよりも年上と思える方が大半ですね。
さすがは1960年代から音楽界を引っ張ってきた巨匠だけはある。 まあ、チケット代が15,000円ってのもありますかね。 個人的には安いと思ったけど、若い方には早々手が出そうもない金額とも思えるし。

コロナ対策ということで、出入り口は一か所に集約。 これにより、一か所の入り口に列ができる。
密状態。 大丈夫か ・・・少し心配になる。 
しかも外に向かって長い列が・・・・。 おまけに雨まで降ってきた。。 東京駅と直接つながっている国際フォーラムなんで外に並ばされるとは思っても見ず、傘持ってきてなかったのよ。泣きっ面に蜂。

IMG_20210417_162426


ただ、待たされることは少なく すぐに会場内に入ることが出来た。

IMG_20210417_162247


まずは公式サイトで確認していた、パンフレットを一部購入。なるほど、前評判通りに中身が濃いパンフレットだ。

IMG_20210417_232320


ちなみに、このパンフレット。ヤフオクでは現在も定価よりも高値で取引されている。まあ、一時よりは大分落ち着いてきたけども。。

指定された席に着く。 1F15列35番。

IMG_20210417_205337


事前に確認していた通り、舞台に対して「ど真ん中」。 前から15列ということで目の前が舞台・・と感じるような近さ。
さすがに予約開始直後にチケットを購入しただけあった。 こんな絶好の位置でのライブ鑑賞なんぞ、いままで味わったことないですわ。

ただ、コンサート開始後改めて気が付いたんだけども、 音の「芯」が頭の上をかすめて行くんだよね。後ろを振り向いてみれば、6列後ろに「PA」ブースがあった。

ライブでは「PA」を中心に音響設定をしているわけで、「PA」の位置から聴くのが一番音がいい・・・というのはライブの常識。 つまりさ6列後ろが一番音が良かったんだよね。
行き来自由の野外ライブでは、極力PA前に陣取るワタシだけど指定席のコンサートは運しだい。
しゃーない・・・と言うか、欲を出せばキリがない。。。
前から15列、しかも舞台に向かって「ど真ん中」なんて、早々当たらないわけで・・・と自分に言い聞かせて納得。

もう一点予想外だったのは、コロナ対策ということで、当然、座席は一つずつ開けての使用だと思っていた。昨年11月の「斉藤由貴35周年コンサート」の時もそうだったし。
東京国際フォーラムホールAの座席数は5000。 コロナ対策として当然前売りは1日当たり2500程度かと思ったんだよね。だから、すぐに売り切れ必至と思って販売直後にチケット予約を入れたということもあったんだけども。。。
でも、いざ会場に入ってみると、1つ飛ばしではなく全席使用であった。 
これは考えてなかった。コロナ対策として、大丈夫なんだろうか・・という一抹の不安も感じたのは本音のところですね。

でもまあ、考えてみればこれも苦肉の策ではあったんだろうね。 
なんせ、超一流のアーティスト、 超一流のバックバンド、 それでいて、チケット代が15,000円では、もしかすると5000人超満員でも儲けは出ないかもしれない。1つ飛ばしの2500ではとても開催できない・・というのは、冷静に考えればそうなんだろう。

だから「まん延防止」期間である17、18日開催でよかったのかもしれない。
これが1週遅く、「緊急事態宣言」が決まってからだったら、5000人規模のイベントなぞ開催できなかったと思う。


兎も角も・・・・。

17時。開演 さあ、いよいよ夢の世界へ

本来なら、1曲1曲細かく解説込みの感想を書くべきところなんだろうけど、SNSを読んでると、みんな1曲1曲細かい感想や解説を書いてたりするんでね。
私はあえて1曲ずつ細かい感想は割愛しようかと・・・・。その代わり総論的に、個人的に感じたことを書いていこうと思いまする。

まず、兎に角、音がいいんだよね。 まあ、「生」のライブでの音が、昨年11月の「斉藤由貴35周年コンサート」以来5か月ぶりということもあったのかもしれない。
でも、それを差し引いても素晴らしいものだった。 さすがに超一流のスタジオミュージシャンの面々ですわ。 どの曲もグルーヴ感が素晴らしい。

それと、音楽監督の船山氏が公言していた通り、レコードを忠実にアレンジということだったんだよね。
ワタシ、いちいち、指でカウントとりながら聴いていたんだけども、アレンジだけでなく、音の「間」や呼吸がレコード音源そのものなんですよね。 これは凄いと思った。

個人的には、1曲1曲かなり聴き込んだ曲ばかりだったんで、どの曲もどのタイミングで、どういう音が入ってくるというのは体にしみ込んだ曲ばかりだった。レコードを聴いてるのと、ほとんどジャストのタイミングで、音が入り込んでくる。
一流アーティストはやっぱり違うんだよね、と言うのをまざまざと感じてしまった。これだけでもチケット代払った価値があったなと感じましたね。

一流ミュージシャンの「本気」のセッションに、アーティスト側も本気でしたね。
いや、まさか、遊びでステージを行うアーティストは居ないと思いますが、バックがバックだけに、アーティスト側の本気度も違う。

いや、バックの演奏クオリティだけでなく、どの曲も「オリジナルキー」で演奏されたのも、アーティストを本気にさせたのかもしれない。

少し前に、小泉今日子さんの配信ライブで、どの曲もオリジナルキーで歌っていた。
そればかりでなく、昨年の斉藤由貴さんの35周年ライブも、全曲オリジナルキーで歌っていた。
 通常経年でアーティスト側も声のキーは変わってくるはずで、だから、リリースから時間が経っている曲はキーを下げることが普通。

でも、最近の傾向では↑で書いたように、昔の曲でもオリジナルキーで歌うアーティストが増えてきている。
先日配信リリースされた松田聖子さんの「青い珊瑚礁」だってオリジナルキーだったしね。かなり頑張って出していたように感じるけど。

そんなこともあって、今回の「筒美京平の世界 in コンサート」でも、全曲オリジナルキーでやるのかどうかと言うのも、見どころの一つだったのよ。

まあ、個人的にだけど・・・・。

やっぱりさ、聴いてるこちらとしてはリリース当時のイメージを崩したくないという思いが強いわけじゃん。
でも、そこでキーを下げちゃったりされると、なんだかなぁ・・・なんて残念な気分になっちゃうわけですよ。

結果的には、今回のコンサート実質、全曲オリジナルキーでの演奏だった。 
で、分かったことは、オリジナルキーでやるってことはアーティストにとっても奮起材料になるんじゃないかってこと。
最近、ライブでの演るときにオリジナルキーでプレイが多い理由も分かりますね。

これに加えて、一流のバックバンドによる一流の演奏。 これがさらに各アーティストの本気度を高め、素晴らしいグルーブ感を生んだんではなかったか・・ということ。これは大いに感じましたね。

なによりも、それぞれの曲は、オリジナルキーでの演奏が一番引き立つようにチューニングされているんだよね。 それは今回のコンサートで一番感じたことですね。


今回のコンサートでこれは・・と思ったアーティスト。
NOKKOさんなんかは凄かった。声質は全盛期のレベッカ時代から比べると細かったけど、声の伸びは全盛期を思わせるほどだった。

野口五郎氏も歌唱力と言う点では本気度感じた。文句なしに素晴らしかったな。

そうそう、当初、ホントに声が出るんだろうか・・・と危惧していた松本伊代さんが、結構ちゃんと歌っていたのにも、ちょっと驚きではあったな。

でも、考えてみれば、松本伊代、早見優、森口博子の三人で、今もちょくちょくコンサート開いてるんだよな。いわば「現役」で歌っているってこと、ずっかり忘れていたわ。


逆にオリジナルキーだったからこそ、苦しいなぁ・・・と思えるアーティストも見られたんだけども。

麻丘めぐみさん、ジュディ・オングさんはそんな感じに映りましたね。

いや、現役というならば、麻丘めぐみさんも、「夢」グループのコンサートで今もちょくちょく歌っているはず。
どうなんだろう? 他のステージでは原曲キーでは歌っていないのかしらん? 良くわからないけど、でも、原曲キーだった、このステージではちょっと厳しかったですね。

心配だった点と言えば、C-C-Bのリュウ氏は、少し前NHKで放送された筒美氏の追悼番組で体調が悪そうだったんで、大丈夫か? なんて思っていたんだけども、今回のコンサートでの全盛期同様のドラムプレイと、ドラムを叩きながらの歌唱を見せてくれ、心配を払しょくしてくれましたね。

個人的に一番感激したのは、公式サイトに事前に公表されていなかった曲も聴けたことかなぁ。
公式サイトでは「and more」になっていた曲ですね。

その「and more」の曲が悉く、個人的なツボにはまったりして。

・麻丘めぐみさん 「私の彼は左きき」
・太田裕美さん 「九月の雨」
・庄野真代さん 「モンテカルロで乾杯」
・野口五郎氏 「グッドラック」
・郷ひろみ氏 「裸のビーナス」

まさか、これらの曲が聴けるとは思っても見てなかったし。

特に庄野真代さんの「モンテカルロで乾杯」なんて、まったく予想もしていなかった。

太田裕美さん、郷ひろみ氏は、もしかしたら数曲、歌うのかな・・と言う予想もしなかったわけではないけど、庄野真代さんは、全然予想もしていなかったから。

そもそも「モンテカルロ〜」なんて、今からすれば、「死角」に入っているようにも思えるしさ。
何分、庄野真代さんと言ったら「飛んでイスタンブール」のインパクトがデカいですからね。

私としても、ヒット曲の世界には足を踏み入れた丁度、そのころのヒットだったんで、
期せずしてきけて「生」歌に、感激もひとしおだったな。

これ、野口五郎氏の「グッド・ラック」にも同じことが言えるんだけどさ。

コンサート全体を通して感じたのは、、今回のコンサートを一言でまとめれば「1978」というキーワードだったかな・・・と。

そう、1978年のヒット曲の割合が多かったんじゃないかと・・・。

・東京ららばい 
・リップスティック
・青い地平線
・グッド・ラック 
・時代遅れの恋人たち
・海を抱きしめて 
・たそがれマイ・ラブ
・飛んでイスタンブール
・モンテカルロで乾杯 

アンコールを含めて全42曲中、9曲が1978年のヒット曲だった。特に「グッドラック」から「モンテカルロで乾杯」まで6曲続けて1978年のヒットだったし。

偶然だったのかもしれないけど、やっぱり1978年と言う年は筒美京平氏にとっても特別な年だったんだろうね。
世間一般的には「ザ・ベストテン」が始まり、1970年代アイドルが成熟し、ニューミュージックが台頭した年。 そんなヒット曲界としては、ものすごく中身が濃い年であり、アイドル、ニューミュージック問わず、ジャンルを超えた幅広いアーティストに、文字通り大車輪の活躍だった年でもあったわけですわ。

ただ、逆に言えば、筒美氏の第2の黄金期ともいえる1980年代の曲は、やや層が薄かったんじゃないかな・・・というキライも感じたなぁ。

まあ、確かにC-C-Bの「Romantic〜」や松本伊代さん「センチメンタルジャーニー」、早見優さん「夏色のナンシー」、斉藤由貴さん「卒業」、トシちゃん「抱きしめてTONIGHT」などの、筒美氏の80年代の「代表曲」と言える曲は聴けた。

でも、「スニーカーぶる〜す」をはじめマッチの一連の筒美作品は聴けなかったし、船山基紀氏の代表アレンジ曲ともいえる少年隊の「仮面舞踏会」も聴けなかった。

筒美氏作曲、船山氏アレンジということで言えば榊原郁恵さんの「ロボット」や、沖田浩之氏の「E気持」、柏原芳恵さんの「ト・レ・モ・ロ」なども聴けなかった。

音楽監督が船山氏ということであれば、当然この辺の曲もやるんじゃないか・・という思いもあっただけに、これらの曲がセットリストから漏れたことはちょっと意外でしたね。

それらを含めて、今回のコンサートは1980年代が少し手薄だったような印象があるな。

でも、今回やらなかったってことは、もしかして、今回聴けなかった曲を含め1980年代中心の「筒美京平の世界コンサートVOL.2」も視野に入れているんでしょうかねぇ。

今回のコンサートの出発点は、「ブルー・ライト・ヨコハマ」だったけど、それ以前のヴィレッジ・シンガーズやジャガーズ、オックスなどのG.Sの曲も1曲もやらなかったし。
今後はそれらG.Sの曲中心のコンサートも考えられる。

そう考えると、第2弾、第3弾・・というのも期待できる・・いやいや、期待したくなるんですよね。

それだけ筒美氏のヒット曲は膨大だし、今回のコンサートで終わらせるのはいかにも勿体ない。
コロナ対策としての席の売り方など考えてほしい点はあったものの、是非とも第2弾、第3弾と続けてほしい、そう思わずにはいられないコンサートでしたわ。


蛇足。先日のマッチのジャニーズ退所。 これで先にジャニーズから抜けていたトシとのジョイントがかえってし易くなったんじゃないですかね。
もし、第2弾があったなら、80年代の旗手でもあるマッチ、トシ中心でやってほしい。
今回の、郷ひろみ氏、野口五郎氏という新御三家の二人がジョイントしたように。
期待は膨らむんだけどね。

しかしさ、野口五郎、郷ひろみという二人の大物が、今のこの時代に同じステージにいるとはね。奇跡に近いですよね。これで西城秀樹氏が居い新御三家がそろい踏みだったら、さぞかし盛り上がったろうなぁ・・・。筒美氏は新御三家三人とも曲提供してましたからね。



●筒美京平の世界 in コンサート 4/17セットリスト
▽第1部
1.
ブルー・ライト・ヨコハマ (原曲:いしだあゆみ)/伊東ゆかり 1969年
2.
誰も知らない / 伊東ゆかり 1971年
3.
雨がやんだら (原曲:朝丘雪路)   /夏木マリ 1971年
4.
真夏の出来事 / 平山三紀 1971年
5.
芽ばえ / 麻丘めぐみ 1972年
6. わたしの彼は左きき / 麻丘めぐみ 1973年
7. 赤い風船 / 浅田美代子 1973年
8. にがい涙 (原曲:Three Degrees) /AMAZONS 1974年
9. セクシー・バス・ストップ (原曲:浅野ゆう子)  / 野宮真貴 1976年
10. 木綿のハンカチーフ / 太田裕美 1975年
11. 九月の雨 / 太田裕美 1977年
12. 東京ららばい (原曲:中原理恵) / 森口博子 1978年
13. リップスティック (原曲:桜田淳子) / 森口博子 1978年
14. 青い地平線  / ブレッド & バター 1978年
15. 哀愁トゥナイト (原曲:桑名正博) / 大友康平 1977年
16. セクシャルバイオレットNo.1 (原曲:桑名正博) / 大友康平 1979年
17. ドラマティック・レイン / 稲垣潤一 1982年
18. センチメンタル・ジャーニー / 松本伊代 1981年
19 夏色のナンシー / 早見優 1983年
20. あなたを・もっと・知りたくて (原曲:薬師丸ひろ子) / 武藤彩未 1985年
21. 卒業 / 斉藤由貴 1985年
休憩20分 
▽第2部
22. Romanticが止まらない / C-C-B 1985年
23. Lucky Chanceをもう一度  / C-C-B 1985年
24. WAKU WAKUさせて(原曲:中山美穂) / AMAZONS 1986年
25. Oneway Generation(原曲:本田美奈子) / Little Black Dress 1987年
26. 抱きしめてTONIGHT(原曲:田原俊彦) / 藤井隆 1988年
27. 人魚 / NOKKO 1994年
28. AMBITIOUS JAPAN! (原曲:TOKIO) / ROLLY 2003年
29. 17才 (原曲:南沙織/森高千里) / 松本伊代, 早見優, 森口博子, 武藤彩未 1971年
30. 男の子女の子 / 郷ひろみ 1972年
31. よろしく哀愁  / 郷ひろみ 1974年
32. 甘い生活 / 野口五郎 1974年
33. グッド・ラック / 野口五郎 1978年
34. 時代遅れの恋人たち / 中村雅俊 1978年
35. 海を抱きしめて  / 中村雅俊 1978年 (「時代遅れの恋人たち」c/w)
36. たそがれマイ・ラブ / 大橋純子 1978年
37. 飛んでイスタンブール / 庄野真代 1978年
38. モンテカルロで乾杯  / 庄野真代 1978年
39. さらば恋人(原曲:堺正章) / 松崎しげる 1971年
40. 魅せられて / ジュディ・オング 1979年
アンコール
40. 雨だれ / 太田裕美 1974年
41. 裸のビーナス / 郷ひろみ 1973年
42. また逢う日まで (原曲:尾崎紀世彦) / 松崎しげる +全員でコーラス(原曲キー+1) 1971年


▼バックバンドメンバー
Co :  船山基紀
G : 土方隆行、増崎孝司
A.G :  吉川忠英
B :  高水健司
Dr :   山木秀夫
Key :  中西康晴、安部潤
Per  :  斉藤ノヴ
Tp :  ルイス・バジェ、竹内悠馬
Tb  : 鍵和田道男
Sax :  アンディ・ウルフ
Str  : 石亀協子Strings
Cho :  AMAZONS


  

今、編曲家が熱い!

既に読んだ方も多いかと思いますが、昨日の読売新聞の「週刊エンタメ」コーナーに、音楽業界で長年、陰で支える存在だった編曲家に注目が集まっている・・・と題し直近で著書を出版された、瀬尾一三氏と船山基紀氏について、それぞれの著書の大まかな内容が1面で紹介。

IMG_20200222_110133


うーむ、読売新聞にも取り上げられるようになるとはね。
2016年の「ニッポンの編曲家」の出版から始まり最初は業界回りだけで話題になっていた編曲家への注目は、今やホンモノになりましたね。

最近、テレ朝の「関ジャム」などにより、職業作家の存在も大分再注目されてきているし、これが発端になって、再度、職業作家によるヒット曲作りが見直されるようになってくれば面白いんですけどね。

いや、個人的にはそこまで行ってほしいんだよね。

90年代のプロデューサーの時代を経て、今はシンガーソングライターの時代でしょ。
それはそれでいいと思うんだけどさ。この間「キニナル曲」のあいみょんでも書いたけどシンガーソングライターって、作詞、作曲、ボーカル、はてはプロデュース・・とトライアスロンのようなことをずっとやり続けている。しかも自分の能力・興味の範囲内を井戸のように縦に堀り進んでいく曲作りが中心なわけで「良曲」を量産し続けることは難しい。
誰かも言ってたけど、シンガーソングライターは120点の曲が出ることはあってもそれを続ることはまず無理。でも100点は無理でも80点の曲は常に作れるのが職業作家。
確かにそれは、いわいる「最大公約数」的な曲なのかもしれないわけで、一時期もてはやされたニッチな曲やアーティストとは相反するかもしれない。

でも、昨今の音楽業界の停滞が、ニッチな曲、アーティストを求め、探し続けていたことが原因であるならば、もう一度、職業作家が中心になって幅広く支持されるようなヒット曲作りを目指して見てもいいんじゃないのかなあとは思うんだけどね。

なお、こちらのトピックスは、Facebookにて船山基紀先生本人にもシェアいただきました。

編曲家という仕事 vol.2〜歴代のヒット曲を中心に辿る船山基紀の世界〜

先日の台風15号の千葉での被害もあり、書くのを延ばし延ばしになってしまっておりましたが、9月8日(日)、ケモノディスクさん主催、「編曲家という仕事 vol.2〜歴代のヒット曲を中心に辿る船山基紀の世界〜」に参加してきました。

D78blD3V4AApP3s


場所は、今年1月に開催された「編曲家という仕事 vol.1」同様、東京・三軒茶屋のライブハウス「グレープフルーツムーン」。

vol.1については

編曲家という仕事〜男性アイドルの楽曲を中心に辿る船山基紀の世界〜


今回も前回に引き続き、70年代以降のヒット曲には欠かせないアレンジャーの一人である編曲家の「大御所」、船山基紀氏の、これまでの大ヒットアレンジ曲をについて、他では聞けない()秘話をご本人を交えたトークライブ。

前回は、ゲストMCとして、NONA REEVESのボーカリスト・西寺豪太氏ということで、アーティスト視点から見た、船山氏のアレンジについてのトークが中心。

それに対して、今回はゲストMCとして、元キャニオンレコードのディレクター、羽島亨氏を迎えてのトーク。
レコード会社のディレクターということで、今回は楽曲制作側から見たアレンジャー・船山基紀氏の魅力が中心のトークライブでした。

羽島氏といえば、キャニオンレコードで、トシちゃんのデビュー時からのディレクターとして、いわば「歌」の面でのトシちやんの育ての親的存在。

船山氏もデビュー第2弾の「ハッとして!Good」からトシちゃんのアレンジャーとして関わってきた訳で、、もちろん、トシちゃんの関連の「秘話」が楽しみだった。

実際、最初にお二人がトシちゃんの楽曲で関わることになる「ハッとして!Good」の制作については、いろいろ興味深い話が聞けましたね。

それらを含めた、トーク内容の詳細は「けものでぃすく」さんのサイト

編曲家という仕事 vol.2〜歴代のヒット曲を中心に辿る船山基紀の世界〜

に詳しく記載されているので、参考にしていただけばと思います。
(※えー、参加者全員で撮影した集合写真がありますが、ワタシは写真右端の壁傍にいたため映ってません。。。。)


個人的に、今回のトークライブで印象に残ったのは、個々の楽曲についてのアレンジについてもそうなんですが、レコードメーカーディレクターとしての、楽曲制作過程の話についてですね。

もちろん、レコード会社での楽曲制作の経験は無いワタシですが、昔、某着メロサイトで着メロの楽曲配信ディレクターをやってたんだよね、ワタシ。

実際の楽曲制作過程と、着メロ制作配信過程の流れ・・・、話を聴いてるとめちゃくちゃ似てるなって言う印象。

もちろん、レコード会社での楽曲制作は、全く「ゼロ」から楽曲を制作するという仕事。 対して着メロは既にリリースされている曲をmidiに興して配信するという、いわば楽曲2次利用の仕事。

そんな違いはあるものの、「音」を制作して、より多くのユーザーに楽曲を届けると言う流れには変わりが無いんだよね。

レコード会社のディレクターは、「売れそうな」曲をゼロから企画し、作詞・作曲者に発注、出来あがった「デモ」ノアレンジャーに楽曲装飾してもらいレコーディング⇒リリースと言う大まかな流れがあると思う。

それに対して楽曲配信ディレクターっていうのも、次「売れそうな」曲を掘り起こし、それらをmidiを制作する楽曲制作チームに制作を発注、 出来あがってきたものをリリースという大まかな流れがある。

もちろん、プロとしての仕事なんで、当初、どの曲をいつ、どのタイミングで配信するか、どういう見せ方(サイトページ構成)で配信するかというのも、予め決定した上での発注となる。

つまりは、制作期限付きでの発注ですね。

こういった制作の流れの話を聞くうちに、「あ、同じだ!」と言うシンパシィが湧いて来たのは言うまでもなかったなぁ。

特に
・「売れる曲」とはどういう曲か、直近のヒット曲の傾向、オリコン上位曲の楽曲傾向の研究の話
・レコーディングまでギリギリの時間の中でも船山氏し、きっちりアレンジを仕上げてくれた

って言う話は、めっちゃ、ワタシの経験とリンクしていて、思わず頷いてしまった。

オリコン上位の楽曲傾向の研究については、まあ、ここのブログを読んでくれてる方にはお馴染みの事だけど、今でもワタシの「ライフワーク」になっている事。

ただ、「レコーディングまでギリギリの時間の中でも船山氏し、きっちりアレンジを仕上げてくれた」に思わず頷いてしまった・・・っていうのは、これは実際に着メロ配信ディレクターをやった方ぢゃないと、ピン と来ないかもしれない。

いや、着メロの「配信ディレクター」でもバックにレコード会社が付いていて、早くから新曲のCD音源が手に入る様なサイトをやられていた方にはこんな必要が無かったかもしれない。

でもワタシが関わっていた着メロサイトは、今はニコニコ動画で超有名になった某IT会社なんだけど、元々はゲーム会社であり、当時はその中でも弱小の後発会社だった。 つまりは、バックにレコード会社などついてる訳もなく、全て「手作り」で「音」(midi音源)を制作し配信するしかなかった。

一番大変だったのが「新曲」のリリース。 新曲はCDリリース日の午前10時から配信を開始する・・って言うポリシーの元、配信運用していた。
今でもそうだけど、新曲は大方水曜日にリリースだから、新曲「音」配信は毎週水曜日、CDショップの開店時間に合わせて配信って訳ですね。
これをユーザー側も熟知していて、CDリリース日の午前10時を1分でも新曲配信が遅くなると、たちまちユーザーサポートはクレームの嵐となる。 それはそれはシヴィアなんですよ。

一番のネックは、毎週水曜日に規定時間に新曲が配信できるよう音制作の時間を如何に取れるか・・と言う事になる。

でも、うち等はレコード業界とつながりが無かったんで、予め新曲音源を手に入れるのは無理。
結局は市販のCDから、「耳コピ」でmidi音源を制作することになる。 これは、新曲のみならず全ての曲でそうだったのだが・・・。

そこで採用したのが、公式のリリース日と実際CDショップにCDが並ぶ時間差。 水曜日リリースと言っても、実際にCDショップにCDが並ぶのは、大体前日火曜日。だから、毎週火曜日、前週の木曜日に「選曲会議」で決定していた配信楽曲のCDをショップでまとめて購入。いわいる「フラゲ」を大量に行うんだよね。
 購入後、即、midi音源の制作に取り掛かってもらい、翌水曜日の午前9時30分までにmidiファイルを納品してもらう、
おおよそ20数時間で仕上げてもらうと言う強行スケジュールを毎週毎週行っていた。

これがかなりスリリングなんですよ。 10時近くになってもmidiが納品されてこないこともあれば、こちらが指定した曲と違っていた事もあったな。兎も角、毎週がスリリングだった。

羽島氏の話のなかで、船山氏が作ってきたイントロが、一度使ったイントロ全く同じ事があった・・って言う話からは、そんな、こちらが指定したいた曲と違った曲が納品されてきたときの戸惑いを思い出してしまいましたよ。

苦労続きで胃が痛くなるような仕事ではあったんだけども、不思議とそんな仕事が楽しかったんだよね
苦労続きでも、物をクリエイトとしているって言う充実感っていうのかなぁ、この充実感は実際に体験してみないと分からない感覚なんだなぁ。
羽島氏も全く同じ事を言っておられ、ますます、シンパシィを感じてしまったな。


・・・etc、ほとんど、私の体験談とリンクしながらのトークイベントでしたが、今回も貴重な話がいろいろ聞け勉強になりました。

このイベントはぜひ続け欲しいなぁ。 前回も同じことを書いたんですが、第3弾は「女性アーティスト編」を是非。 

今回も、山口百恵さんの「パールカラーにゆれて」が取り上げられましたが、他にも秘話を聞きたい曲があるなぁ。
来月、船山氏も出演される渡辺真知子さんのライブが東京国際フォーラムで行われるとのことですが、こちらのイベントでも是非行っていただけないでしょうかねぇ。

最後に、今回もトークライブを企画していただいた「けものでぃすく」の皆さま、ありがとうございました。また、参加させていただきたいです

IMG_20190908_145944



ちなみに、来月10月に船山氏の著書「ヒット曲の料理人 編曲家・船山基紀の時代」がリリース。
こちらにも、今回のトークライブで話された内容が含まれてる・・・かも。

3118333005-240x

三枚の写真 / 三木聖子

1977_02_三枚の写真_三木聖子


今回の1曲セレクトは、「三枚の写真」三木聖子です。

まずはデータでやんす。

・タイトル     三枚の写真
・アーティスト   三木聖子
・作詞       松本隆
・作曲       大野克夫
・編曲       船山基紀
・リリース日   1977年1月25日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位  ランクインせず
・THE HITCHART HOT30  ランクインせず


えー、2カ月ぶりの「1曲セレクト」でやんす。
前々から、毎週のように「書きたくないよー」病が勃発・・とか書いてたけど、こうなったら書きたくなるまで書くのやめようか・・・っちゅうことで、お休みしてました。
まあ、リアル仕事が1月超繁忙期だったことと、ココんところ週末、毎週のようにライブとかトークライブに行ったりして、PCに向かう時間が取れなかったっていうのが、実際のところであり、まあ、いいわけの「口実」だったりするんだけどね。。

でも、ここに来て、やっとリアル仕事も区切りがつき、久々に持ち帰りの仕事も無いんで、久々にPCに向かっております。

でねぇ、「復帰」の第1弾は、この曲を書こう・・・と思ってた曲があるんだよね。 
ま、今日、再び1曲セレクトを書いてるのは、それの時期を待ってたってのもあるんだけどさ。

三木聖子さんの「三枚の写真」。

この曲、前々から引っ張ってこようと思ってたんんだよね。 ただ、リリース時期をずっと間違えてたんだよなぁ。

秋リリースだと、ずっと思ってたんだよね。

石川ひとみさんが、この曲カバーしてたじゃん。 そのカバーバージョンのリリースが10月だったんだけど、オリジナルの三木聖子さんも、同じ頃の時期リリース・・・って思ってたんだよなぁ。

でも、調べてみたら、実際は1月リリースってことで、ずっと待ってた訳ですわ。


なんて、書いたりして・・・、気がつく方は気がつくんだけど・・・ 石川ひとみさんと三木聖子さんっていったら、「まちぶせ」が超有名なんだけど・・・。

そそそ、オリジナルが三木聖子さんで、カバーが石川ひとみさんっていう曲としてね。 

でもさ、石川ひとみさんの「まちぶせ」の次のシングルも、やっぱり、三木聖子さんの、この「三枚の写真」のカバーだったんですよね。

・・・っつか、これは全く知られていない事ではなく、70年代、80年代フリークの方にとっては「常識」的な出来事なんだけどね。

石川ひとみさん側としては、「まちぶせ」の大ヒットで色気づいたんでしょうかねぇ。全く同じ戦法って行った訳なんだけども、結果は・・・・。

歴史が物語っていますわな。 世の中、そんな甘いもんじゃありません・・・っつう訳ですわ。
オリコン最高位37位。売り上げ6万枚。 「まちぶせ」が約40万枚の売り上げだったから、1/6程度のセールスヒットだったんだよね。

まあ、、オリジナルの三木聖子さんも、 それほど売れた訳ではなかったんだけども。それでも100位には入ってたよな・・・と思いきや。。。

あらららら、うっちょ 100位に入ってな〜い

うーん、そうだったかなぁ。 その割には、これまで何度も聴いてきたなぁ・・。 そもそも、この曲リリースされた頃、ワタシ、まだ小学1年生で、当然ヒット曲の世界には足を踏み入れていなかったんだけども・・・。

それでも知ってた訳だから・・・。

ま、確かに、個人的に、最初にこの曲を聴いたのは、石川ひとみさんバージョンだったけど・・。 
確か「8時だヨ 全員集合」だったと思う。

「まちぶせ」のような、小悪魔的なインパクトは無かったんだけども、 純真かつ素朴な世界に、なんか引っかかったのを覚えてる。

特に♪ 16の頃〜 あなたは18〜 ♪ っていう出だしの歌詞だよなぁ。 ワタシに対して、2歳年上の彼氏と言う設定で物語が進んでいく。 2番が ♪ 18の頃 あなたは20〜  3番が ♪ 20の私 あなたは22〜 ♪
・・と自ずから、ワタシと2歳上の彼と言う流れで話が進んでいく。

そんな状況というか場面設定っていうのかなぁ・・・そこが面白かったし、引っかかったんだろうな。

こういう時間軸の流れのなかでの物語の場面設定は、流石は松本隆氏だよな・・・って言うところなんだけどさ。

そそそ、太田裕美さんの大ヒット「木綿のハンカチーフ」とか「赤いハイヒール」と物語の流れは似てるところがありますよね。

その辺り、やっぱ、太田裕美さんと三木聖子さん、同じナペプロってことで、スタッフ側がらのリクエストがあったんでしょうかねぇ・・・。 まあ、その辺はを良く分かんないけども・・・。

ちなみに、石川ひとみさんもナベプロだったわけで、一連のカバー劇も、結局は「内輪」の話な訳ですわな。

ただ、この「三枚の写真」については、どう転んでも、オリジナルの三木聖子さんバージョンに軍配を上げたくなる。そんな印象が強いんだよな、個人的には。

アイドル色が、より強い石川ひとみバージョンに対して、どことなくフォーキーな匂いがする三木聖子さんバージョン。 より大人の香りがするんだよね、三木聖子さんのバージョンは。

歌いだしが「16と18」っていうティーンの頃を歌って入るけども、最終的には「20と22」って言う「大人」の恋にまで昇華するこの曲は、やっぱり、より大人っぽい方がしっくり来る。

その違いなんじゃないかな。

ちなみに、作曲は大野克夫氏で、 三木聖子さんバージョンのアレンジは船山基紀氏。

時代的に船山氏も、まだアレンジャーとしては駆け出しの頃で、中島みゆきさんの後の仕事だと思うし、だから、こういうどこかフォークの匂いがするアレンジだったのかもなぁ。

で、気がつくヒトは気がつくだろうけど、大野克夫氏と、船山基紀氏といえば、この曲のすぐ後に、件のジュリーで、「勝手にしやがれ」を初めとする大ヒット曲群を手掛ける事になる。

この曲は、そのきっかけともなっているんですよね。 まあ、やっぱりナベプロつながりではあるんだけど・・・。



動画・・・ さすがにオリコン100位にも入ってない曲がある訳ないか・・・と思ったら、あったんです。



ぷぷぷ・・・・ようつべ以外からはブロックされてる・・・。
見たい方は、ようつべに飛んで見てくださいね。

動画は、母親が本人には内緒でスタジオに現れ、涙で歌えなくなった「夜ヒット」のシーンなんだけど・・・。

三木聖子さんって、この「三枚の写真」の後、程なくして電撃的にゲーノー界から姿を消したんだけども、この時の夜ヒットに母親を呼んだ事が、そのきっかけだったとも言われてますね。

いずれにしても1975年のデビューから約2年間の芸能活動、そのうち歌手としての活動が10カ月。シングル3枚。アルバム1枚 のみのリリース。
「幻のアイドル」と呼ばれるのも分かります。





よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

編曲家という仕事〜男性アイドルの楽曲を中心に辿る船山基紀の世界〜

ココんところ、1曲セレクトも書かずに、ライブイベントの事ばっか書いてるよなぁ・・・。

・・・なんて言われそうだけど、今回もトークイベントについてです。。。。

先日27日(日) 東京・三軒茶屋のライブハウス「グレープフルーツ・ムーン」で行われた、ケモノディスクさん主催「編曲家という仕事〜男性アイドルの楽曲を中心に辿る船山基紀の世界〜」に参加してきました。

IMG_20190127_145716


タイトルにもあるように言うに及ばず、70年代以降のヒット曲には欠かせないアレンジャーの一人である船山基紀氏のライブイベント。

ゲストMCは、NONA REEVESのボーカリストであり、音楽プロデューサーでもある西寺郷太氏。

結果から言うと、めっちゃ楽しいイベントだったぁ

船山氏の気さくなトークと、ジャニーズ愛にあふれた西寺氏の絡みあいがめちゃくちゃよかった。

ま、イベントタイトルにも「男性アイドル」とあるように、ジャニーズ、特に船山基紀氏が深くかかわってきた、田原俊彦氏以降のジャニーズの楽曲について、アレンジャーという船山氏の立場から考察して行くって言うトークライブだったんですけどね。

いやいや、聞けましたよ、天下のジャニーズがゆえに、ここでは詳細をかけないような事を。。。

まあ、確かにモノノの本にも書かれているようなこともありましたけど、実際に音楽の面から直接ジャニーズと関わってきた船山氏ならではの生の声は、やっぱ文章で書かれているよりも現実味と説得力がありましたねぇ。

そりよりも、実際に曲を聴きながらの解説にも説得力があったなぁ。 なんせ、トシちやんの話題だけで1時間も費やしましたから。。。 そんなイベント、今までなかったよなぁ。

今まで、モノの本では書かれてなかったようなことも初めて聞けたしな。

例えば・・

・トシちゃんとは、デビュー第2弾の「ハッとして!Good」ので初めてアレンジをしたが、ディレクターの羽島亨氏から、この曲のアレンジの注文は特になかったんで好き勝手に作った。
踊れる曲って言うことを前提に考えたら、グレンミラーが浮かんできて、それをモチーフにアレンジを考えた。
レコードのプレイヤーは、Dr 林立夫(ニッポンの編曲家では山木秀夫氏となっていたが・・・)、G 矢島賢 キーボード 矢嶋マキ、Sax ジェイク・H・コンセプション だったそう。

・同じくトシちやんの作家ブレーンだった、作曲家の宮下智さん。 上記の「ハッとして!Good」や「ブギ浮ぎI love you」「キミに決定」の作曲で、この曲のアレンジを船山氏が手掛けたけど、一度も会った事が無い。
もしかすると、架空の人物じゃないか・・・と思っていたそう。

・・・これについては、結構、そう思われてた方が多いようで、一種の「都市伝説」的になっていますね。
でも、宮下智さんって実在するんですよね。 明星の付録の「ヤンクソング」、1981年10月号にインタビューが載ってるし。。。

・少年隊のデビュー曲「仮面舞踏会」のイントロ。 ジャニーさんからはなかなかOKが出ず、半ばヤケクソで作ったのが、イントロの冒頭の、インパクトが強い全音階を使ったシンセ。 あれは、大谷和夫氏が手弾きしていたそう。 
・・・いやいや、これはいままで全く知りませんでしたね。 あのシンセはシーケンサーで自動演奏しているものと思ってました。まさか大谷氏が手弾きしてたとは・・・。 ただ、大谷氏も腕が攣りそうになりながら弾いてたとか。

・同じく少年隊の「ABC」は、ドラム、ギター、ベース、ブラス・・・etc全ての楽器をシンセと生で演奏したものを同期させたもの。 音の圧のかかり方が違うんで、そうしたとのこと。
ただ、使用したチャンネルが当時48チャンネルだったマスターテープ3本分・・・っていうから100CH以上ですね・・を気が遠くなりながら編集したのが、このオケだったそう。
おかげで、スタジオじゅう機材だらけ、めちゃくちゃ金がかかった1曲だったそう。 まあ、ジャニーズっていうブランドのおかげもあるけど、当時は湯水のごとくお金をかけれたようですから・・・。今じゃ、まず無理だよな。

・・・などなど、面白い話がてんこ盛りでした。

それにしても、船山さんの話をまさか目の前で聞けるとは・・。 初めて明星のヤンソンで船山氏の存在を知ってから38年。 まさか、こんな日が来るとは夢にも思わなかったなぁ。

たしかに件の「ニッポンの編曲家」で、アレンジャーやディレクターなど、ウラ方だった方々にスポットライトが当たり、ちょっと前までは考えられなかった流れになってきた・・とは言え、1年前でも考えられなかったですから・・。
今回の企画を考えていただいたケモノディスクの方々に感謝

次は第2弾として「女性アーティスト編」のトークイベントを是非   ・・・なんてね。。

IMG_20190127_114108IMG_20190127_113527







ブルー / 渡辺真知子

1978_11_ブルー_渡辺真知子


今回の1曲セレクトは、「ブルー」渡辺真知子です。

まずはデータです。

・タイトル     ブルー
・アーティスト   渡辺真知子
・作詞       渡辺真知子
・作曲       渡辺真知子
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年8月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   33.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月18日、10月2日〜10月30日、12月4日付


ここんところ、リアル仕事が忙しくてねぇ。 FBには書いたんだけども、上役に挟まれ、下にも挟まれ・・っちゅうサラリーマン中間管理職の悲哀(?)っちゅうかねぇ、金曜日はガタガタニ疲れた頭で中森明菜の「難破船」を聴いてたらシミジミとなったことをグチグチと書いたりしてさ。。。

まあ、そんな事ですっかりと忘れていたんだけども、週末の11月2日で、ワタシが、ヒット曲の世界に足を踏み入れて、丸40年となったんですねぇ。

なんで、そんな事が分かるのか? って思われる方もいらっしゃるかもしれないですが、その辺の経緯は、ワタシのサイトのプロフィールに書いてたりするんだけどね。

忘れもしない、1978年11月2日ですよ。 この日は木曜日だったんですねぇ。 次の日が文化の日で祝日じゃ無いですか。 なんで、ワタシ、同級生の友達の家に泊まりに行ったんだよね。 ほら、ガキのころ、やったヒトも多いと思うけど、いわいる「お泊まり会」ってやつね。 当時ワタシは9才。小学校3年だったな。

その当時、ワタシ、ヒット曲なんて聴いて無くてさ、もちろん歌番組も見たこと無かった。 

いつか、ここでも書いた事があったと思うけど、オヤジが歌謡番組がキライでさあ。 「8時だよ!全員集合」なんかもコントのところは見るんだけども、歌が始まると、チャンネルまわしちゃったりね。 

うん、当時はテレビは当然、家に1台、チャンネル権はオヤジが持ってたからなぁ。

だから、むしろヒット曲には同級生に比べると疎かった。

でもさ、泊まりに行った友達には2つ上のアニキがいて、当時から歌番組見てたんだよ。 で、木曜って事は「ザ・ベストテン」も当然見てて、付き合いがてらについつい見ちゃったんだよなぁ。

これが今に続く「顛末」の始まりだったんだ。

衝撃でしたねぇ。 世の中にこんなに面白い番組があるんか・・・ってぐらいの衝撃。  まあ、当時ランクインしてた曲も良かったんだよね。 サザンもそうだったけど、ツイストとかさ。 歌謡曲とは明らかに一線を画した、それまで聴いた事が無いような曲だったから。

ワタシねぇ、それまではヒット曲は聴いたなかったけど、ポールモーリアはずっと聴いてたんだよね。ガキのくせして。 オヤジも歌謡曲は嫌いだったけど、ポールモーリアは好きだった。 っつか、誰かからポールモーリアの「8トラ」のテープ譲ってもらって来たのも、オヤジだったし。 その他、当時の洋楽ヒットも聴いてたな。 その頃流行りだった、フィラデルフィアサウンドな洋楽ヒットね。 その辺はオヤジも好きだったんだよ。

いわいる、ストリングスありーの、ブラスサウンドありーの、分厚いサウンドな音楽ですわな。

まあ、そんな影響で、そう言うサウンドがワタシ的も好きだった・・というか、ワタシの原点なサウンドですね。特にストリングスが好きだったんですわ。 フィラデルフィアサウンドでは、高音系のさんざめくような、それていて澄んだストリングスの動きが特徴だったじゃん。 これははポールモーリアでも共通してたしね。

こういう音は、日本のヒット曲には無いと思ってたんだよな。日本の曲の音はもっとチープだと思ってたの。

でもねぇ、件のベストテンを見て、目からうろこでしたねぇ。 自分が思ってたようなサウンドとは全く違ってたし。
特にツイストの、分厚い音と、独特のグルーヴ感だよね。 これに参っちゃたんだよな。

以来・・というか、次の週から自分の家でも見まくりましたよ〜、ベストテン。 

それまで家では、ウラ番組のドラマ見てたのかなぁ、ワタシは夜9時には寝てたし。 
でも、ワタシが「ベストテン」見たいっていったらシブシブ見せてくれたな。 恐らく、オヤジもその1回だけだと思ったんじゃないかなぁ。 でも、毎週毎週見るようになって、それまで自分が見てたドラマが見れなくて、ブーブー言い始めたんだけども、オヤジも久米さんと黒柳さんのやり取りが気に入ったんだろうね、シブシブだけど、ベストテンを見せてくれるようになったんだよね。

以来、木曜夜9時と言ったら、何があってもずーっと「ベストテン」だったし、 終了後もずーっとヒット曲を追い続け、あれから40年も経っちまったって訳だね。

あー、またまた、前置きが長くなっちまった。

で、今回の1曲セレクトは、そんな、ワタシがヒット曲の世界に足を踏み入れた頃、丁度ヒットしてた曲を一つ。

渡辺真知子「ブルー」。

ウム? この曲、まだ書いて無かったんだ。。。   ワタシがヒット曲に足を踏み入れた頃のベストテンヒットな曲って、すでに書いた・・とばかり思ってたし、個人的に、それ以前から渡辺真知子さんの曲って好きだったから。

いや、個人的に好きだった・・・っていうか、オフクロが好きだったんだよね。 真知子さんのデビュー曲の「迷い道」。 これ、まあ、良く、よく口ずさんでたもの。 で、知らず知らずのうちに覚えちゃったんだよな、ワタシ。

次の「かもめが翔んだ日」もそう。オフクロ好きだったんだよな。 だから、知らず知らずのうちに覚えちゃってたし・・・。

でもさ、今回引っ張ってきた「ブルー」って曲は、口づさんでなかったんだよね。

だからなのかなぁ・・・今まで、1曲セレクトで書いて無かったの。

オフクロがこの曲、口づさんでなかったのは、きっと、この曲が難しかったからなんだと思う。

特に ♪ あたなは 優しい目〜 ♪ っていう出だしのところ

♪あたなは〜♪ がウラから、変拍子気味に入るメロディじゃん。 入るタイミングが難しいんだよね。  

それにも増して、 ♪ とりとめのない心〜 ♪から先に続く、ファルセットの部分。

きっと、なかなか口づさみづらかったんだろうね、オフクロも。

そんなこともあって、家で、あんまり流れていなかったことありーの、個人的にも長い事記憶の外のところがあったような気がする。

決して、この曲がキライだったんじゃないんだよ。  いや、むしろ個人的には、この曲の方が好きだった。

前2曲よりも手垢が少なかった・・・ってのもある。 けど、難しい曲だからこそ引っかかるってのもあったな。

オフクロが口づさめなかった、ウラから入るAメロ出だしも変わってて面白かったし、 それよりもサウンドだよね。

北風が吹きこむような冷たいサウンドっていうのかなぁ。秋から冬へって言う温度感にマッチしてたし。 まあ、リリースしたのが8月だった訳で、だから、リリース当時は暑苦しかったのかもしれないけど、 ヒットのピークだった、今頃にはピッタリの温度感と重量感だったように思う。

そうそう、この冷たい温度の手触りと重量感が、ポールモーリアの「雪が降る」と類似してるような感じがしたんだ、この曲。 

いや、イントロの駆け上がりから出てくるチェンバロ。

Bメロの ♪ 呼びたしたのに〜 ♪ から絡んでくるストリングスなどを含め、 どこかホールモーリアサウンドを彷彿としたんだよね。

でね、だから、こういう曲だったら、日本の曲でも聴いてもいいな〜。 なんて、当時9歳のガキだったワタシは、クソ生意気にも思ったんだよな。


いずれにしろ、インパクトはあるものの、前2曲に比べると華やかさと言う点では劣るのは否めないところですね。 まあ、楽曲のテーマがテーマなんで、「華やか」部分を前面に出すのは難しんだけど。。。

でも、「華やか」ではないからこそ、長い間、より多くの方に支持される・・・っていう場合もある。
これは、今年の米津玄師の「LEMON」が超典型的な例だと思うけど、 この曲もそうだったんだよね。

オリコンでは最高10位に留まったものの、「ザ・ベストテン」では2回、僭越ながらワタシメのランキングでも2回、ベストテンに返り咲き、と言う感じで、約3ヵ月間もベストテンギリギリでのチャートアクションを維持している。

いつまり、楽曲内容同様、華やかなチャートアクションではなかったものの、ジミに、その分、息の長いヒットとなった訳なんだよね。


 


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

騎士道 / 田原俊彦

1984_05_騎士道_田原俊彦


今回の1曲セレクトは、「騎士道」田原俊彦です。

まずはデータですよ〜。

・タイトル     騎士道
・アーティスト   田原俊彦
・作詞       阿久悠
・作曲       つのだひろ
・編曲       船山基紀
・リリース日    1984年5月23日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   25.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年6月4日〜7月9日付

えー、平日の1曲セレクトですら。
本当はねぇ、昨日書こうかと思ってたんだけども、ここんところ、持ち帰りの仕事が終わんなくてねぇ、結局、昨日は書けなかったのよね。 ま、そんな事で、平日の月曜日に書いてたりします。

今回引っ張ってきた曲は、初めから決めてたんだよね。

トシちゃんの「騎士道」

トシちゃん・・・なんて懐かしい響きやなぁ、いつ以来なんだろう、トシちゃんの曲を引っ張って来たのは・・・・。
一連のヒット曲の大半は、もう、とっくの昔に書いちゃったからねぇ。

でも、そんなヒットを続けていた最中の84年のこの曲、まだ、書いてなかったとは・・・・。

まあ、理由はいくつかあるんだけどね。

一つは、個人的にヒット時期を間違えて記憶していた事。。。 うーむ、これは厳密に言えば間違えては無かったんだけども、若干ズレてたんだよなぁ、記憶が。
うん、個人的には、この曲、「5月1日リリース」って記憶してたの。だからさ、ヒットは、ゴールデンウイークの頃だよなぁ・・・なんて長年勘違いしてたんだよな。
実際は、リリースは5月23日だったんだよね。 ベストテン入りしたのは6月だ。 

うーん、そうだったかなぁ・・・・。 34年も経つと記憶もあいまいになるわなぁ。

いや、間違いなく84年のゴールデンウイークには、この曲聴いてた記憶がある。 そそそ、文化放送の「全日本歌謡選抜」で聴いてた記憶が鮮明に残ってるだよな。

いつぞやも書いたけど、この番組、新曲紹介がやったらと早くて、リリースの1か月前には、既に、いまでいうヘビーローテーションだったんだよな。そのおかげで、リリース時になるとすでに、聴き飽きて、「もういいよ」・・・って感じだったりもしたんだけども。。。

まあ、そんな影響で、リリース時期を1ヶ月くらい早いものと間違って記憶してたんだよ。

で、この曲を今まで書いて来なかった理由、その2は、書こうと思うと、動画がようつべに落ちてなかったりね。。。
破門になったとはいえ、曲がりなりも元ジャニーズっすからねぇ、意外と動画も落ちてなかったりするんだよね。

ここんところ、今まで書いて来なかったのは、ヒット当時、あまり好きぢゃ無かったから・・・って曲が多いけど、この「騎士道」に関しては、決してそうじゃ無かったんだよね。

むしろ、個人的には気に入ってたな、当時。

トシのこの曲の前が「チャールストンにはまだ早い」っちゅう、文字通りチャールストンをベースにしたダンスチューンだった訳だけども、どっちかというと、ナンパ的な曲だったじゃん
だけどもこの曲は、打って変わって、久々に硬派なトシちゃんだったしな。 

そそそ、トシちゃんを書くたびに言及しているような気がするけど、トシの場合、1曲1曲の曲の変化が大きいんだよね。あんまり同じような曲調が続く事が無い。そこが「まっち先生」とは大きく違うところであり、トシも魅力の一つなのよ。
変化大きいってことは、飽きないって事でもあるしね。

この曲、硬派な曲と言っても、それまでのトシ には無かったような曲調だったしな。 タイトルからも想像できるようにスパニッシュ。 そそそ、「闘牛士」なあのイメージですな。
このイメージには、当初はちょっとビックリだった。 まあ、この曲で初めて阿久悠氏が詞を書いたっていうのも、
ビックリだったけどね。

でも、トシにはあってたような気がするなぁ。 この曲の後86年に、本格的に阿久悠氏とタッグを組むようになるトシだけど、ジュリーとは別な角度でトシを大人に導いたような気がする。

だってさ、この曲には、「ニンジン娘」なイメージはかけらも見えないじゃん。

それと、船山基紀氏のアレンジですねぇ。 まあ、タイトルからスパニッシュなイメージっていうのは、「モロ」っていうところは強いんだけども。

でも、トシには、船山氏のアレンジがいちばんフィットするって感じるんだよなぁ。 トシのもつナイーブさを最も引き出すようなアレンジっていうのかなぁ。
 
トシのアレンジャーブレーンのもう一人、大谷和夫氏とは、違った角度からトシを引きだすっていうのかなぁ。
大谷氏のアレンジからは、よりソフィケートされたトシ、船山氏のアレンジからは、時には少年っぽく、時にはダイナミックにトシをサポートしていた訳なんだよね。

昨日、東京FM「五線譜の解体新書」の船山基記特集で紹介されていた「ハッとして!Good」は別格として、個人的には、81年の「悲しみ2ヤング」が一番好きなんだけどさ。この「騎士道」もいいんだよね。 

この頃の船山氏といえば、どうしても柏原芳恵さんとか、キョンキョンなどのフェアライトを駆使したシンセサウンドの新たな地平的な曲っていうイメージが強いんだけども、それよりもこの曲「騎士道」のようなアナログサウンドもいいのよ。 なんて言ってもダイナミックなストリングスとブラスが織りなす調和。そこから引きだされるトシのナイーブなボーカル。このコントラストが、この曲のキモなんじゃないかなぁ。

正直言って、この曲はそこそこ、売れるんじゃないかなぁ・・・・とは、リリース当初は思いましたよ。
実際のところオリコンでも1位獲れたしね。 でも1位取った後が続かなかったんだよな。 シングルでは初めての売り上げ30万枚割れ。
・・・って書くと、83年の「ラブシュプール」も30万に届いてないじゃんって突っ込まれそうだけども、あれは「30万枚限定」だったしな。
結局のところ、シングルの右肩下がりの売り上げは、この曲でも止まらなかった・・・って訳なんだよな。




むむむむ、動画の直リンがはじかれてしまったわい。。。。 
申し訳ないんですが、動画を見たい方は「この動画はYou Tubeでご覧下さい」をクリックしてくだされ。。。。

ところで、この曲、作曲は「つのだひろ」氏なんだよね。
・・・って、この間から、つのだひろ氏作曲の曲を何曲か書いてきたんだけども、とどのつまりは、この曲に繋げたいがためだったんだよねぇ・・・
そそそ、つのだひろ氏作曲の曲って、なぜか5月、6月頃にヒットした曲が固まってる・・・ってことでさ。 


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

ジェットコースター・ロマンス / KinKi Kids

1998_05_ジェットコースター・ロマンス_Kinki Kids


今回の1曲セレクトは、「ジェットコースター・ロマンス」KinKi Kidsです。

まずはデータです。

・タイトル    ジェットコースター・ロマンス
・アーティスト  KinKi Kids
・作詞      松本隆
・作曲      山下達郎
・編曲      船山基紀
・リリース日   1998年4月22日
・発売元     ジャニーズエンタテインメント
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  93.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1998年5月4日〜6月1日付
・タイアップ:ANA沖縄キャンペーンCM曲

前回の1曲セレクトはちょこっと時代を遡った曲だったんで、今回は逆に時代を下ってみますか。

KinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」なんぞ、どうでしょうね。

1998年の今頃の大ヒットっちゅう訳だけど、98年なんてーのは最近だもんね、ワタシの中では。 いや、今まで書いてきた1曲セレクトの中でも、かなり「最近」の部類に入ると思う。

でも、それでも気が付いてみれば、もう20年も経ってるんだよな。 以前も書いたけど98年っちゅうたら、既にインターネット使って、自分のランキングを作ったりして、ほとんど今と変わらないような事をやっていた訳でさ。

そう言う意味でも、ワタシの中では全然、「昔」って言う感覚は無いんだけどさ。

まあ、まだ、自分のサイトは開いてなかったし、仕事も大学から新卒で入った会社に居たりしたし、そう言う意味では、(ワタシ自身の)周辺環境では時間が経ったなぁ・・・っていう感覚でもあるんだけどさ。

なによりも音楽、ヒット曲への向きあい方は、今とは違いましたねぇ、この頃は。

以前も書いたけど、当時は音楽とは全然接点のない会社だったし、仕事だったからさあ、音楽との向き合い方も、普通の一般の方と変わらなかった訳よ。

年も27才だったのかなぁ、この頃。 まあ、既に20代も後半だったし、やっぱアイドルを正面から聴くって言うと歳でもなかったからさ。 

だから、このKinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」なんてのも、正面から聴く事は無かった。
まあ、「Mステ」は当時も見てたからさ。KinKiがMステに出演した時、聴いてたくらいだったのかなぁ。
あとは、会社の営業車の中で移動の時にラジオで流れてきた時くらいだったのかなぁ。

それでもね、全く無視していた訳じゃない。「理性」としてアイドル聴く年でもないよなぁ・・・と思いながらも、やっぱ、気になったりしてね

いやKinKi Kidsってヒトたちの曲は、キライじゃ無かったんだよ、当時。 むしろ、本当だったらちゃんと聴きたかったんだよね。

このヒトたちの曲って、ヒット曲らしい曲だったしさ。簡単に言えばキャッチー、分かり易い。変な仕掛けがないんだよね。
それでいて音楽志向の人が聴いても受け入れられるっちゅうかさ。

まあ、それはジャニーズの中でも音楽志向が強い2人だったからこそだったのかもしれんけど、KinKi Kidsって。逆に言えば、だからこそ、この曲の作曲である山下達郎氏であったり、この曲の次の「全部だきしめて」の吉田拓郎氏であったり、モノホンのミュージシャンが、このヒトたちの周辺に付いてきたんだろうしさ。

うん、ここまで大物のミュージシャンが周辺に付いてるジャニーズって他には無かったからねぇ。

ビジュアルというよりも「音楽」として聴けたんだよね、このヒトたちの曲って。 

正直言うと、この曲も好きだったんだよ、個人的には。

 この如何にも初夏的な温度感と疾走感。如何にも「達郎」っぽかったしなぁ。

KinKi Kidsと山下達郎っちゅうと、どうしてもデビュー曲の「硝子の少年」なんだけども、この曲は、あくまで仮想「筒美京平」としての曲なんでさ、達郎氏って言う匂いは薄い印象だった。 個人的にも筒美京平氏って思ったしさ初めは。

いや、ジャニーズの場合、たのきん・・・、いや、それ以前にもジャニーズ時代の郷ひろみ氏って頃から、筒美京平って言う看板があった。 あのSMAPにもごく初期にシングルを書いてたしね。

だから、山下達郎氏が筒美京平氏を意識するのも分かる。 

でも、この曲に関して言えば、そう言った「しがらみ」を一切断ち切ったような達郎ワールド的な曲を持ってきたって言うのが、むしろ良かったんだよな。

うん、この手の疾走感、爽快感がある初夏向けの曲っていうのは、筒美氏の曲ではそうそうなかったしね。達郎節ならではなんだよね。 そこが良かったと思う。

ただ、それでもデビュー曲から2作連続で続けたミリオンセラーは、この曲では突破できず。 

うーん、そこは個人的にはちょっと「誤算」だったかなぁ。 この曲こそ、ミリオン行っても全然おかしくない・・・っておもったんだけどなぁ。





この曲、今まで書いてなかった理由が、なんとなく分かったわ。この曲、動画が落ちてないんだよね。
なんで、本当はもっと早く書くつもりだったんだけども、いままで書いて来なかったんだ。
今も、目ぼしい動画落ちてないもんなぁ。
唯一落ちてたのが、コレ。
音も画像も悪いけどさ、まあ、どうぞ・・・ってことで。。


よろしかったら、ポチッと押してね


にほんブログ村
記事検索
QRコード
QRコード
読者登録
LINE読者登録QRコード
livedoor プロフィール

かじやん