かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

秋元康

Again / 工藤静香

1987_12_Again_工藤静香



今回の1曲セレクトは、「Again」工藤静香です。

まずはデータです。

・タイトル     Again
・アーティスト   工藤静香
・作詞       秋元康
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1987年12月2日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    15.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位  6位
・ベストテンランクイン期間:1987年12月21日〜1988年1月25日付
・タイアップ:フジテレビ系「桃色学園都市宣言!!」エンディングテーマ


明日は、毎年恒例の「COUNTDOWN JAPAN FES」参戦なんで、31日に書かなかったとしたら、もしかしたら、これが今年最後の1曲セレクトになるかもしれぬ。
・・ということで、年末にあたり。。。
皆様、今年は、あんまり書けなかったけど(書かなかった?)、1曲セレクトを閲覧していただきありがとうございました。来年も引き続きヨロシクお願いいたします。

もし、31日も書いてしまったらゴミンネ。。。。


・・・ということで、今回の1曲セレクトは、何でこれまで書いてこなかったんだろう? シリーズの1曲になりますかね。

工藤静香「Again」。

おニャン子クラブ解散の日、同時にソロデビューした工藤さんの、第2弾シングル。

現在のブログのアーカイブスはもちろんのこと、mixi時代の「日記」をひっくり返してみたけど、どうも、この曲は、今まで1度も書いたなかったようだ。。。。

ウーン、なんでなんだろうなぁ。。。。 

単に忘れていたか、ヒット時期を見誤っていたか・・・。だと思うんだけとなぁ。
決して、キライじゃなかったんだよね、この曲。

たぶん、ヒット時期を今ではなくて、1987年11月と1か月前倒しで記憶していたのかもしれない。

1987年といえば、ワタシゃ18才。高校3年ですわ。

しかも12月といったら、大学受験もボチボチ始まっていたころだ。 
うん、一般入試ではなく推薦試験。

ワタシ、某大学の推薦試験を受けたんだけども、そんとき、頭の中でずっと、ヘビロテで流れていたのが、この曲・・・だったと思ったんだけどなぁ。。。

で、推薦試験は確か11月末か12月頭だったと記憶しているんで、この曲のヒットって1987年11月と勘違いしていたのかもしれない。

いや、頭の中でヘビロテで流れていたのは、一般試験の時だったかな。。。

うーむ、35年も前の話じゃ。。。今となってはあいまいな記憶ですわ。。。

そもそも、推薦試験の時期さえ定かに覚えてないんだから。。。。

ちなみに、推薦は落ちたのよ。 ・・・なんてさ。。。

推薦受けるくらいだから、さぞかし高校の成績よかったのでしょ・・と思われがちだけど、逆なのよ。
高校のころは、部活に明け暮れ、授業はひたすら寝てたからさ。成績はケツですよ、ケツ。
で、一般試験ぢゃ受かんないと思ったんで推薦受けたの。

通ってた高校は一応、進学校だったけど、成績はケツでも、意外とすんなり推薦出してくれたのよ。
もっとも、こいつは一般じゃ受かんないだろうな・・・っていうんで、どっかに押し込めたいがために推薦出してくれたんだろうけど。。。今考えると。。 

ちなみに通ってた高校、成績表は、表向き5段階評価だったけども、実質は3〜5しかつかなくてさ。
そそそ、優が5、良が4、可が3 1、2は赤点よ。

推薦を取るためには、たいていの大学で足切り評価があるじゃん。 成績5段階評価で平均3.5以上とか 4以上とか。
ワシ、総合では学年ケツだったけど、地理と生物だけはめちゃくちゃ強かったんで・・・
特に地理は某K塾模試で県内トップとったことあるんよ。。
なんで、ほかの教科で赤点さえ取らなきゃ3以上確定なんで、学年でケツでも、上位大学でなきゃ、足切り評価は、たいていはクリアなのよ。 まあ、その辺は学校側も考えていたんだろうけど。。。

でも、落ちた。。。

いや、受かるわけないのよ。 11月まで部活やってて、受験勉強なんて全くやってなかったんだから。。。ほぼぶっつけ本番で試験受けたから。

まあ、推薦なんて禁じ手を使ってまで楽して大学入ろう・・・って思っていた、アマアマのワタシだったりもしたからなぁ。。。あの頃は。。。

そんなワタシなんで、一般試験なんかに受かるわけがなく、早々と浪人が決定した・・というか、推薦落ちた時点で、半ばあきらめていたんだけども。。。。


だからね、この工藤静香さんの「Again」を聴くと、アマアマだった、あの頃の自分を、ついつい思い出したりしてね。

あ、考えてみれば、あんとき、なまじっか推薦で大学受かっても、大学に入って授業についていけなかっただろうな・・と思ったりもするな。

人生最初の試練だったからもしれないけども、その後の人生を考えるといい経験だったかもしれん・・・と、今は前向きに感じたりもするんだけどね。
長い人生、一度や二度の挫折 あるいは1年や2年の回り道なんてどーってことないのよ・・っていうのが分かっただけでも、よかったのよ。


・・・なんて、このままいくと曲とは全く関係ないことを、ずらずら書いてしまいそうなんで。。。

この曲、基本的には、ソロデビュー曲である、前曲「禁断のテレパシー」と曲調的には、あまり変化ない。 当時のアイドルから考えると、ヘビーなロックテイスト満載な1曲ですわな。

ただ、個人的には、「禁断のテレパシー」よりは、拒否感を感じずにすんなり入っていけたな当時も。

うん、「禁断のテレパシー」は、どこか受け入れがたかったの。

おにゃん子はもちろん、3人ユニットだった、うしろ髪ひかれ隊 のソフトポップ路線ともだいぶ違ったからねぇ。 

工藤静香さんって、ワタシよりも1つ年下だけども、ちょっとお水っぽくも見えて、あの頃から大人っぽかったからな。よく言えば翳があるというか・・・。 そんなところが、すこし山口百恵さんを思わせるところがあったりして、だから、こういうハードロックテイストなのか・・・と思ったりもしたんだけどな。

うん、曲想的には、百恵さんの「絶体絶命」あたりを感じさせるところがあったりもしたからな。

ただ、いかんせん、「禁断のテレパシー」は、まだ歌唱力が伴ってなかった。 
特に、出だしの ♪ 夜明けに抱かれて〜 ♪ の部分。

テレビで歌うたび、いっつも調子っぱずれだったじゃん。 ベストテンで、出演回の歌唱を全部重ねたら、不協和音になった・・・なんて余計な企画もやってたりしたし。。

まあ、そんなこともあって、このヒト、ソロで大丈夫なのか? なんて思えるところもあったのよ。

ただ、第2弾のこの曲では、だいぶ変わったんだよなぁ。歌唱力的には、テレビでは、まだ若干不安定なところがあったけども、板にはついてきていたし。

もしかすると、このヒトはこのまま行けるのかもしれない。。。 

なんて、思い始めたのもこの曲だったんだよね。 ただ、まだ確信的ではなかったな。 
なんせソロ第2弾だったからさ。 次でコケるかもしれないし。。。。

確信的にこのヒトは行けると感じたのは2曲先の「FU-JI-TSU」でしたね。

 


秋元康氏の歌詞って、個人的には、内容が薄いなぁ・・・と感じたりして、触手が伸びないところもあるんだけどね。
放送作家出身ということで、コトバが直接的と感じることがあるのかもしれん。そこに嫌悪感を感じることがあるんだろうね。
ただ、時代を感じるところもあるのよ。

例えば、93年の国武万里「ポケベルがならなくて」なんてのは、93年っていう時代だったからこそ成り立つ曲だったりするわけじゃん。

この「Again」の前曲、「禁断のテレパシー」に出てくる「プールバー」っていうコトバも、87年っていう時代じゃなきゃ成り立たないよなぁ。

「プールバー」・・なんて、若いコにゃ理解できないですかねぇ。 プール付きのバーぢゃないですよー なんて、一応ボケてみる。。。

ビリヤード台が置いてあるバーですね。 そそそ、ビリヤードをやりながらお酒が飲める、ちょっとおしゃれなバーですわ。

あのころ、映画「ハスラー」の影響で、猫も杓子もビリヤードだったらなぁ。 当然「プールバー」もかなり流行りましたよね。

今考えると、「プールバー」っていうのも、バブル時代の一つのアイテムだったかもしれないですね。


残念ながら、当時18で未成年だったワタシは、「表向き」は酒が飲めないことになっていたんで、(飲んでたけど。。。)、「プールバー」は体験したことがないのよ。
大っぴらに飲める頃には、大分下火になっていた気がするし。。。

ただ、ビリヤードは、あの頃はちょっとだけやりましたね。 でも全然うまくならないんで、大分やってないけど。。。。

・・・・なんて、この曲を聴くたびに、ついつい、この言葉に引っかかって、時代を感じてしまうワタシだったするんですわ。

31日、久々に紅白出演する工藤さん。 35周年メドレーをやるらしいけど、この曲もやるんですかねぇ。。。




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悲しい夜を止めて / 河合その子

1986_11_悲しい夜を止めて_河合その子



今回の1曲セレクトは、「悲しい夜を止めて」河合その子です。

まずはデータです。

・タイトル    悲しい夜を止めて
・アーティスト  河合その子
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年10月22日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   12.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年11月10日〜11月17日付

少し前から「昭和歌謡」と言うカテゴライズで、「昭和時代」にヒットした曲が、巷で流行っていたりする。
ちょっと気取って言えば「ジャパニーズ・オールディーズ」ですかね。。 手っ取り早く言えば「過去曲」なんだけど。。。

なんで、みんな過去曲をそんなに重宝するのか・・・。 個人的にはちょっと疑問に思ってたりもしたりして。。。

・・・なんて書くと、過去曲のレビューしている野郎が何をぬかしやがる・・・と思われてしまうだろうけどさ。

でも、今の曲も聴こうよ、みんな 〜(というか同世代の方々)とは、マジメに思うなぁ。



まあ、ちゃんとしたアンケートをとったわけではないけど、今、過去曲にすがる理由としては

 〆の曲に自分にあった曲がない。 ピンと来る曲がない。

っていうのが一番大きいのかなぁ・・。 それとか

◆〆の曲を知らない

とかね。 うん、昔はテレビでの歌番組が多かったからさ、テレビをつけてりゃ自然と歌が耳に飛び込んできた。街に出れば、街頭のスピーカーからもヒット曲を中心とした音楽が流れて来ていたし。
いうなれば、音楽を「受動的に浴びてた」っていうかさあ。だから意識しなくても自然と覚えられたし、体に染みついたんだよね。
でも、今は、街に音楽が流れなくなっているし、テレビの歌番組も少ない。

今の曲にもいい曲はあるのよ。刺さる曲もたくさんあるのよ。
ただ、You tubeにしてもサブスクにしても、「能動的」にこちらから探しに行かなれば、今のヒット曲にもたどり着けない。。それでなくても新しい曲を受け入れて消化するにはいうのはエネルギーが要りますからねぇ。
結局、昔聴いてた頃の曲にすがってしまう。 そっちの方が楽だし、楽しいし。。。

そんな方も多いんだろうね。

あ、これは、あくまで私を含めた同世代に方々についてであって、今の若いコが聴いてる昭和歌謡感とは全く別物だと思う。
今の若いコは、少なくとも「いつのヒット」と言う先入観、区別とかなしに、今の曲と分け隔てなく「新曲」として昭和歌謡を聴いてるからさあ。
我々の世代が感じている昭和歌謡感とは、全く別物なんだよね。


・・・なんて、敢えて、最近の昭和歌謡について持ってきたのは、そんなこと書いてるワタシ自身、「今の曲」に物足りなさを感じると、過去曲に逃げるクセは昔からあったんでねぇ。
結局、最近の昭和歌謡ブームに疑問を持っていても、人のことは言えないんだよな。

今回引っ張ってきた曲は、そんな「今の曲」に物足りなさを感じて、過去曲に逃げていた頃のヒット曲ですわ。


河合その子「悲しい夜を止めて」。

この曲がリリースされたのは1986年10月。  

だからさ、この場合の「今の曲」っていうのは、1986年10月頃のヒット曲で、当時から見て過去曲に逃げてたってことですね。

正確に言えば、個人的には、この年の3月頃までは、きちんとヒット曲を追いかけていたんだよね。
おニャン子関係のリリースも、まだエスカレートする、ほんの少し前まで。

でも、4月以降、毎週、週替わりでおニャン子関係の曲がリリースされ、チャートが席巻されてからは、ほとんど惰性で追いかけてたな。

でも、それは、ワタシだけでなく、そういう方、多いんじゃないかなぁ。
 
オリコン1位の曲がヒット曲ではなくなる日。

そんな言われ方をし始めたのも、この頃だったと思う。

一部のファンの間では、熱狂的に受け入れられる曲でも、ファン以外の第三者のヒトはほとんど知らない。

あの頃はテレビでも、まだ歌番組はある程度あった。でも、そういう状況になってきたのは、結局、あの頃「ヒットチャート系に自分にあった曲がない」ということが多かったからなんだよね。
だから聴かない。 それどころか歌番組も見ない。

ジャンルの多様化ということもあった。 主流はアイドルだったけど、水面下ではインディーズと言う形で、いわいるラウド系のJ-ROCKが形成され始めて来たのもこの頃だし、ニューウェーブ系が元気になってきたのもこの頃ですわ。

ヒットチャート系の曲に頼らなくても、自分の好きなジャンルの曲を聴けばいいじゃん。そういうジャンルの多様化が加速したのもこの頃なんだよね。

そういう意味では過去の曲に逃げてるというのではなく、多様なジャンルに分散した。でも、時間軸のベクトルとしては、みんな未来に向かっていたというのが正しいかもしれないな。
いま、多くの方が昭和という「過去」の音楽に意識が向かっているのとは、その点が違うんだよね。

ただ、ワタシは、あの時点でも、意識は過去に向かっててさ。
前回のテンプターズ「おかあさん」をCDで聴いて、改めてG.Sづいたのもこの頃だったな。
G.Sを起点として60年代終盤から70年代の曲を掘り初め、中古レコード屋に足しげく通うようになったのもこの頃ですね。

逆にテレビの歌番組も見なくなってたし、ラジオのヒッとチャート系番組もあんまり聴かなくなっていた。
ちょうど、この頃、個人的にドラムに嵌っててさ。 中学生の頃、土日というと、ラジオのヒットチャート番組にかじりついてたけど、この頃、休みの日は、専らドラムばっか叩いていて、ヒットチャート系番組も聴かなくなっていたんだよね。

唯一毎週見ていたのは「ザ・ベストテン」くらいだったな。
でも、その「ベストテン」も、ランクを記録する方がメインになってきていて、肝心の曲はちゃんと聴いてなかったし。 オリコンとか明星の歌本とか見ながらの、いわいる「ながら」で見てたんで、画面ほとんど見てなかたんですわ。

だから、今、この当時のベストテンのVTRをみても、ほとんど見た記憶がないんだよな。
手元には、当時、ベストテンからメモったランキングのノートは残っているんで、確実に見てたはずなんだけども。。。。

そのベストテンも、このころ、いわいる「毛が三本」グループとTBSが喧嘩してて、おニャン子関連はベストテンには出なくなってたしさあ。

だから、今回引っ張ってきた、河合その子さんの「悲しい夜を止めて」も、当時キチンと聴いたことが
なかったのよ。

そんなわけで、この曲、オリコン1位獲得曲でありながら、1曲セレクトでも、ずっと保留してたんだよね。

でも、今はYou tubeという便利なサイトがあるからねぇ。 今回改めて引っ張ってきたわけですわ。


実際フルでこの曲を聴くと、確かに「おフランス」を感じさせる曲調ではあり、その点からすると2曲前の「青いスタスィオン」からとは同路線ではあるし、当時のその子さんの見た目のイメージにはあっていたと思う。

けど、如何せんこの曲のメロディラインは難しすぎる。「青いスタスィオン」の方がメロディラインは、まだシンプルだった。

この曲はメロディラインが取りづらい。 まあ、確かにサビの部分で転調するという所もメロディラインをとりづらくしているところもあるな。

けど、それを外しても、分かりずらいメロディラインだよなぁ。

河合その子さん。この曲の時点では、すでにおニャン子を卒業して、一人のソロアーティストにはなっていた。 恐らくCBSソニーとしても、一人のボーカリストとして期待してたんだろうな。

・・というのは、この曲を聴く限りは感じるな。

でも、この曲は当時の河合その子さんの「力量」では、ちょいと荷が重すぎたんじゃないか。
You Tubeを見ても、全然歌いきれてないし。





もっとも、この動画は「夜ヒット」のようだし。 「夜ヒット」はリリースして間もなく出演するのが普通だったから、きっとリリース間際で、まだ歌いこなしていなかったのかもしれない。

でも、そんな部分を差し置いても、果たして出し手側は、この曲くらいなら歌いこなせると思ってリリースしてたんだろうか。

もし、そうであれば、当時の彼女のボーカリストしての実力をちょっと買いかぶりし過ぎじゃなかったのか・・・。 
少なくとも、もう少しちゃんと歌いこんでからテレビには出演するべきじゃなかったのかなあ。

いま、この曲を聴くと、そんな印象を受けるなぁ。

まあ、2021年と言う今の時代だからそう思えるんだろうな。

あの頃は、「時代の流れは速い。歌いこんで・・・なんて待ってられない。 それよりも一刻も早くテレビに露出することが先決」 っていう時代だったからさ。

そういう所から見ると、80年代ってある意味乱暴な時代でもあったんだよね、今思うと。




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お先に失礼 / おニャン子クラブ

1986_08_お先に失礼_おニャン子クラブ


今回の1曲セレクトは、「お先に失礼」おニャン子クラブです。

まずはデータです。

・タイトル    お先に失礼
・アーティスト  おニャン子クラブ
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年7月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   16.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1986年8月4日〜8月18日付
・タイアップ:映画「おニャン子ザ・ムービー危機イッパツ!」主題歌

長梅雨が明けたと思ったら、一気に「夏」がやってきましたね。 先週1週間はずっと晴れ。
それまでずっと雨が続いていたわけで、ようやく気分も盛り上がってきました。
でも、時すでに遅しってところなのかなぁ。 早くも「立秋」を迎え、暦の上では、すでに「秋」ですわ。。。。
今週はお盆週間。 天気も関東地方はずっと晴れのようで、暫くは「残暑」が続きそうですな。

・・・・ということで、今回は「お盆」の頃のヒットを持ってきますか。

おニャン子クラブ「お先に失礼」。

なんで、お盆なのに、わざわざこの曲持ってきたんでしょうねぇ。。。。もっと他にあるんぢゃないの

なんて思ってしまいますが、ここんところ、結構「真面目」に書いてきた1曲セレクトなんで、たまにはぶっちゃけたい・・・と思いまして。。。


この曲、 1986年の夏休み初日リリースでしたわな。で、ちょうど今頃ヒット期間中でしたわ。

たださ、個人的にはおニャン子関係にも興味が薄くなっていた頃で、この曲も素通りだったんだよな。

いや、それは今となっては「タテマエ」だったような気がする。 本当は気になってたんだよ。
この曲、おニャン子の映画の主題歌だったけど、同時に、フジテレビ「キャンペーンCM」にも使われてたじゃん。 さすがに映画まで見るほどではなかったけど、キャンペーンCMは気になったりしてね。

なぜに「タテマエ」として、正面から曲を聴かったのかと言えば、やっぱおニャン子に興味あるってことに「恥ずかしさ」が出てきてたんだよね当時。

34年前のちょうど今頃。高校2年。17歳になったばかりの頃だ。

さっすがにね、高2にもなってアイドルを追いかけてんのかよ・・・なんて周囲から思われる恥ずかしさ。あの頃は、そういう雰囲気があったんだよね。
いや、少なくとも私の周辺ではそういう雰囲気だったんだよな。

高2にもなってアイドル追っかけてる⇒オタク ⇒ネクラ っていうような周囲の雰囲気がさ。

今でこそオタクも社会認知され、20歳になっても、30歳になってもアイドルを追いかけてる人なんて普通にいるけど、あの当時は「オタク⇒ネクラ⇒キモい人」っていう見られ方だったじゃん。
あのころ「オリコンウイークリー」の読者投稿ページにも、「オタク」を称して「暗いコクラブ」なんてコーナーもあったりして。

わたしゃ、オタクじゃない〜   ネクラじゃない〜 

なんて、必死で思ってたりしたのよ、あの当時。

だから、この曲を横目で見ながら、Kuwata Bandの「NIPPON NO ROCK BAND」聴いてたり。

あとは、さんま、しのぶの件の「男女7人夏物語」に嵌って「あんな恋愛したい〜」なんて思ったり。

今から思うと、背伸びしてまで「大人の階段」を登りたいなんて思ってのかもしれない。本心に対して素直じゃなかった。

まあ、おニャン子についても興味があったのは、メンバーに対してで、少なくともこの曲自体はそんなに興味はわかなかったんだけどさ。

この曲のメインボーカルの一人の富川春美。 個人的にあの人がちょっと気になってたんだよね。
ちょうどあの頃、好きだったコに似てたの。好きだったコっていうのが1つ年下だったから、姉妹? って感じかなぁ。 とにかく似てたんだよね。
富川春美っておニャン子加入当時は当初は全く気にならなかったんだけど、そんなことがあった、ある時から「あれ?」って思い始めちゃったんだよなぁ。それでですね、この曲意識してたの。

曲自体は、ホント「下世話」の一言でしたね。まあ、夏という事もあって、サーフィン&ロカビリーっていうノリも分かんないことはなかったけど、だからなに? って感じだったしさ。

以前も書いたんだけど、おニャン子関係の曲って86年の3月までは認めてたんですよ、個人的に。

でも、メインボーカル全交代になってからは、ダメですね。 曲があまりにも下世話になりすぎちゃって。

そもそも、おニャン子関係の曲って、特に毎週リリースになった86年4月頃からは「やっつけ仕事」の中の1曲って感じだったじゃん。
出し手側も、歌い手側も、やっつけ仕事的流れ作業の中の1曲。だから曲に対しての愛情もへったくれも感じられなかったわけでさ。音楽的な感動ってものが無かったしさ。

いつまでもそんなんでいいのかな。

っていうジレンマは、あったよね。

そんなジレンマから逃げるように、86年の夏の終わりごろから、個人的な興味はネオG.Sをきっかけとして60年代G.Sに移るんですよ。 並行して、当時はブラスに一番熱中してた頃でさ、吹奏楽オリジナル楽曲を物色してましたね。中学校の頃は曲は先生が探して来てたけど、高校では自分たちで探してたから、ずいぶんLPも購入して曲を探してたな。そそそ、まだCDじゃなくてLPね。
吹奏楽関係のLPとか楽譜とか探しにわざわざ銀座のヤマハまで行くようになったりしてね。
その類の音源ばっか聴くようになって、リアルタイムのヒット曲への興味が急激にしぼむんだよね。

おかげで、リアルタイムのヒット曲への興味から離れていた、86年夏〜88年にかけてのヒット曲の持ち音源って少ないんだよねぇ。




まあ、興味が薄くなっていたこの頃のヒット曲の音源も、最近少しずつ買い足してはいるんだけどね。
で、買い足した音源はすべて、24ビット、96KHzのハイレゾにアップグレードしてる。

あの当時はレコードはなかなか買えなかったんで、専らカセットで聴いてたわけじゃん。 でもね、ハイレゾにアップグレードすると、あの当時聴こえなかった音が聴こえるようになったりするのよ。
そうすることで、曲に対しての印象も当時とは大分変りますね。
これは、当時「下世話」と思えた、おニャン子関係の曲もしかりでさ。 

まあ、おニャン子とかアイドルの曲をCDクオリティからわざわざハイレゾにアップグレードしてる人もあんまりいないと思うけどさ。自分で音源をカスタマイズできる環境にある方は、騙されたと思ってやってみるのもいいかも。 音圧とか音の厚さとかCDクオリティとは全然違うし、結構目からうろこに感じたりするんだよね。

あの頃もカセットではなく、少なくともレコードで聴いてれば、もしかしたら当時感じてた印象も違っていたのかもしれんね。

もっとも、あの頃のような「17歳なのにアイドルかよ」なんていう周囲の目もなくなって・・・うんにゃ、気にならなくなって、本音であの頃の曲に向き合えるようになったっていうのが一番大きいんだろうな。あの頃と違った印象を受けるのは。



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【キニナル曲】失恋、ありがとう / AKB48

2020_03_失恋、ありがとう_AKB


またまた、のっけからデータ

・タイトル   失恋、ありがとう
・アーティスト AKB48
・作詞     秋元康
・作曲     村上遼
・編曲     若田部誠
・リリース日  2020年3月18日
・発売元    キング

ここんところすっかり乃木坂46などの「46」グループにお株を奪われ、影が薄くなってきたAKB。
その証拠に、各メディアでのチャートでもCDセールスをのぞいては、それほど驚くような好成績は残せなくなってきている。
まあ、以前のような「スター」選手も次々に卒業し、いまや「お茶の間」に顔を知られている人も少なくなってしまったがやっぱり大きいんだろう。
今、お茶の間に顔を知られているようなスター選手は、乃木坂のほうが断然多いだろうしな。

現に今回の曲で個人的に知ってるの、柏木由紀、峰岸みなみ くらいなもんだろう

その割には、未だにCDセールスが初動でミリオンを超えてるっていうのは、40年以上ヒットチャートを追いかけ続ている身としては、不思議っちゃ不思議なんだけども。。。

まあ、カラクリはあるんだろうけど、ここでは触れまい。

ただ言えるのは、そんな未だに続くAKB商法を個人的に今も認めているわけじゃないんだけどね。
そんな思いもあり、ここしばらくまともにAKBの曲を聴いたりしてなかったなだけども。。。

そんなこともあって、え? ワタシがAKBの曲をレビュる? なんて不思議に思う方もおられるかもしれない。

でもさあ、さっき、ニッポン放送「三宅裕司のサンデーヒットパラダイス」で、たまたまこの曲を聴いて、思わず引っかかってしまったのよね。。。

ウーン,不覚

っていう思いもないわけではなかったりするんだけども。。。

とは言え、引っかかったのは秋元氏の詞でも、村上氏のメロディラインでもなく、若田部氏のアレンジだったりするんだよね。

この60年代オールディーズを基本にした、G.S的な歌謡ロックを彷彿させるガレージっぽいエレキのリフと、後ろで薄く鳴っているエレクトーンの音色。
70年代アイドルポップスで施されたようなアレンジとも思えるけど、いずれにしてもワタシらの世代の大好物なテイストじゃん。

なんかうまくトラップに引っかかったような気分がないわけでもないけど、暗いことが多いこのご時世。このくらい「平和」な気分にさせるメジャー系ミドルアップチューンな曲が、一番心を和ませてくれるのかもしれん。
全体的に春っぽい明るいパステルカラーを感じさせるのもいいんじゃないのかな。






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深呼吸して / 渡辺満里奈

1986_10_深呼吸して_渡辺満里奈


今回の1曲セレクトは、「深呼吸して」渡辺満里奈です。

まずはデータです。

・タイトル     深呼吸して
・アーティスト   渡辺満里奈
・作詞       秋元康
・作曲       山本はるきち
・編曲       新川博
・リリース日    1986年10月8日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   17.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1986年10月20日〜11月3日付

毎度毎度のことで、ずっとここ読んでくださってる方には「耳タコ」かもしれないけど、今回はどの曲を書くか・・っていうのが、いつも悩みの種なんだよね。
以前ならは、まだまだ書いて無い曲があったからさあ、その時その時の気分でセレクトすれば良かったんだけどさ、最近は、書いて無い曲の方が少なくなってきたからなぁ、なかなかその場の気分でセレクトするのも難しくなってるのよね。 その分、毎回、悩んじゃう訳です。半ば「絞り出す」って感じで・・・。

いや、書いて無い曲は、まだあるんですよ、たしかに。 でも、流石にヒット当時、興味無くて聴いて無かった曲は書けないからなぁ・・・。

そそそ、この「ヒット当時、興味が無くて」・・ってところがネックなんだよね。

さっきもいつものごとく「さて、何書くべーかな」なんて、昔のオリコンチャートをひっくり返してて愕然。

1997年、1998年共に 今頃、10月にベストテンに入ってた曲、全然知らないワ。。。。

いや、当時「ながら」では聴いてのかもしれない・・けど、全然記憶にない。 もちろん音源も手元にないし。。。

まあ、それ以前も、以後も、オリコンにランクインしてたからとはいえ、全ての曲をパーフェクトに知っている訳ではないし、音源も持っている訳じゃないんだけども、↑の2年間は特に酷いなぁ。

確かに、この時期は、一時期、ヒット曲から離れ気味の期間ではあった。
当時のリアル仕事が忙しかったし、仕事の事で精神的な余裕が無かった時期でもあったんで。

でも、なんか10月下旬っていうのは、他の年でも、毎年のように「空白」期間・・とでも言うのかなぁ、知らない曲が多いような気がする。 

ヒット曲のレベル的にも空白期間なんでしょうかねぇ。 本来なら「秋」ということで、秋っぽい曲が多かったような気もするんだけど・・・。 そういえば、昔から10月の特に中旬〜下旬に大ヒット的な曲のリリースも少なかったような気がする。 昔的に言えば10月15、20、21日リリースの大ヒット曲。 まあ、全くない訳ではないんだけど・・

確かに業界的に強力曲リリースが相次ぐ四半期末月から外れているってのもある。 けど、その他、考えられるとしたら、この時期ってイベントも少ないからかもな。 今でこそハロウィンだってことで、盛り上がるけど、昔は、夏休みが終わったら、クリスマスまでは国民的な大きなイベントって無かった気がするしな。

特に業界全体にシステマチックな動きになった、90年代以降はそんな傾向が強くなったような気がするな。

でも、振り返ってみると、90年代以前、80年代にもそんな年があったよな。
まあ、あくまでも個人的にだけど、1986年10月。 こん時にヒットしてた曲もリアルタイムで聴いて無かった曲が多いんだよねぇ。

そもそも当時全盛だった、おニャン子関係の曲、ほとんど聴いて無かったし。 
理由としては、TBSとフジテレビの仲が悪かったってことで、「ベストテン」におニャン子関連の人たちが、全く出なくなったってのが一番大きいですわな。

おニャン子以外でも、ベストテンに出演しなくなったアーティストってかなり多かったじゃん。1986年の今頃って。
なんで、当時の耳にする機会がめっきり減ったってのもある。

この頃はおニヤン子関連の曲も、個人的には刺らなくなって来てたし、アーティスト系はアーティスト系で、ニューウェーブ系の音の曲が広がってたでしょ、そちらでも刺らなかったんだよな。

結局のところ、ヒット曲全体的に刺さらなかった曲が多かったのよ、1986年のこの時期って。

だからなんだろうけど、もう新しい曲をガツガツ追いかける必要もないじゃん・・・。そんな風にも思い始めてたんだよね。 

逆に時代を逆行して、過去のヒット曲を掘り返し始めたのが、この頃だったな。

以前も何回か書いたけど、ちょうどこの頃、東京の三多摩地区を中心にして、「ネオG.S」っていう流行りが勃発。そそそ、グループサウンズが見直しされ始めてたんですよ、60年代の、アノ、ガレージなグループサウンズ。

個人的に、この流れに乗っかった・・って感じで、G.Sを中心に掘り返し始めてたんだよなぁ、この頃。
おニャン子よりも、ニューウェーブ系の音よりも、G.Sのガレージ的な音の方が刺さったんだよな。
そんな訳でG.Sを中心に、60年〜70年代の歌謡曲、ポップスを掘り返し始めてた訳ですわ。

1986年10月、TBSが開局30年ってことで「テレビ探偵団」が始まったって影響も大きい。 この番組がきっかけで過去を掘り返すってのが、テレビ業界でも、音楽業界でも一気に広がったじゃん。 そんな流れに乗っかった・・・と言うと語弊があるけど、個人的にも自分が知らなかった過去を知りたい・・と思う時期が重なったんだよね。



おーーーっと、またまた前置きが長くなっちまった。。。

今回の1曲セレクトは、渡辺満里奈の「深呼吸して」ね。

・・・だからさ、↑に書いたことからして、この曲、リリース当時は、全くと言っていいほど聴いて無かった。

オリコン1位を獲得した曲で、ヒット当時、聴いて無い、知らない・・って曲の、もしかすると最初の曲だったかもなぁ。

いや、違う。 確か、なんかのタイミングで聴いたんだよな、この曲。

で、一度聴いて、「もういいわ」・・・って思っちゃったんだ。 

やっぱさあ、満里奈さんの「歌唱力」がねぇ・・・・  死んだオヤジが聴いたら、バカ怒りしそうな感じで・・・・ こんなウタで金取んじゃねぇ・・・とばかり。

それ以前に、なぜに「アーティスト系」を標榜としていたエピックソニーさんから、得てして歌唱力の「無い」満里奈さんがリリースするのか・・ってところも、幻滅だったしなぁ。

ニューウェーブ系の音はキライ・・・といいつつ、エピックさんは、東芝EMIさんに次いで、個人的には音楽的に信頼してたレーベルだったからさぁ。 なんか、その一角が崩壊したような感じがしたな。


こんな感じで、個人的には大分、長い間「封印」してたんだよ、この曲。

封印を解いたのは、大分時間が経ってからだなぁ。ここ10数年ですよ。
↑の影響もあって86年の「秋」の音源って殆ど持っていなかった事に気がついたんだよね。 当時感じてたもろもろの嫌悪感も時間の経過で無くなってきたしね。

で、改めて聴いてみて・・・。

うーん、やっぱ、歌唱力がねぇ・・・どうしても気になるわな・・ってところは、置いといて。。。

曲的には新鮮だったな。 

どこが新鮮だったのか・・・。 やっぱさ、他のおニャン子の曲調とは違ったところだろうね。

ハネ系、 そそそシャッフルビートのジャジーな肌触りは、それまでのおニャン子にはなかった曲調だしな。

当時のアイドル、まあ、おニャン子もそうなんだけど、決まったフォーマットような曲調だったじゃん。枠に嵌まったと言うか・・・。「後藤」印のいかにもおニャン子的・・・とでも言うか。

そう言ったフォーマット、枠に嵌まった曲調ではないな・・と感じたのが第一印象。

作曲者が、当時LOOKの山本はるきちっていう、それまでのおニャン子のブレーンには、絡んでなかった一人だし 、アレンジも新川氏博っていう作家陣の効果はありますね。

さすが、その辺りはアーティスト系のエピックソニーさん、キャニオンさんとは曲志向が違いますわな。 

うーん、でも、どうなんだろう? 逆に通常通りの8ビートで歌わせても、どーせ、歌唱力ないんだから、ここは適当にハネさせておけ・・・っていう戦略なんでしょうか。。 まあ、穿った考え方ですが…。




バックの生稲晃子さん、工藤静香さんも、どこまで本気でやってんの? って思うような学芸会的な無気力感を感じたりして・・・。

特に工藤さんは、本気でやったら満里奈さんを潰しちゃうんで・・・ってくらい、全然本気だしてねーよなぁ。

確かに、みんなに妹って言われてただけあって可愛いんだよ、渡辺満里奈さんって。
鼻から抜ける声がキュートだし、このルックスのレベルだったら、今の乃木坂46にいてもおかしくないくらいだし。
「アイドル」としては申し分ないと思う。
けど、やっぱウタはやんない方が良かったんじゃないかなぁ・・・と思ったり。。。
それか、もうちょっとボイトレをやってから歌を出すとか・・・。

まあ、86年って言う時代だったから、これでも許されたのかもしれない。もうちょっと時代が遅かったら、ウタで出てくるのは難しかっただろうし。。。
いずれにしろ、あれから32年、西村知美さんの時もいつも書いてるけど、このウタから聴く限りでは、今でも第一線で活躍されているっていのうは、もちろん本人の努力でもあるんだけども、時代のあやだよなぁ・・・と思ったりするワタシです。


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時の河を越えて / うしろ髪ひかれ隊

1987_05_時の河を越えて_うしろ髪ひかれ隊


今回の1曲セレクトは、「時の河を越えて」うしろ髪ひかれ隊です。

まずはデータなのら

・タイトル    時の河を越えて
・アーティスト  うしろ髪ひかれ隊
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1987年5月7日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  11.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1987年5月18日〜6月1日付
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「ハイスクール!奇面組」オープニングテーマ

先週の西城秀樹氏の死去に伴い、この「1曲セレクト」も、先週末から過去に書いた秀樹氏の曲にアクセスが集中しておりましたが、今日になってようやく落ち着いてきたかなって感じですね。
特に「ブルースカイブルー」(1978年)へのアクセスが凄かったですわ。
うーむ、どこかで記事が引用されたかなぁ。。

テレビのワイドショーでも秀樹氏への追悼が続いているし、本来だったら今回の1曲セレクトも秀樹氏の、まだ書いてない曲を持ってきた方が良いんだろうな。。。

うむ、商売として本気で書いてるなら、ここは「たたみかける」CHANCEってところなんだよな。

でもね、今のワタシ的には好きで書いてるし、ここで秀樹氏の曲を持ってきたら先に進めないなぁ・・という思いもあったんで、敢えて、今回の1曲セレクトは、秀樹氏の曲を回避。


・・・・なんて、もっともらしい理由なんだけど 、実際のところは、過去のチャートを振り返ると、これまで書いてない曲で「今」の時期にヒットしていた曲がないんだよね。

いや、リリース日的には、もうちょっと後で、まだ書いて無い曲があるんだけど・・・。 その曲は、近々、改めて書こうと思います。


・・ということで、その代わり・・・って言うのもなんだけど今回1曲セレクトは、何にすべーな・・と思いつつ、ちょっと前からツバをつけてた曲があるんだよね。 
今回はその曲をひっぱりーの。

「時の河を越えて」 うしろ髪ひかれ隊

日曜日、関東地区でニッポン放送の「土田晃之 日曜のへそ」を聴いてる方には、まあ、未だにお馴染みですわな。 そそそ、この番組の「なつかしいと叫びたい」コーナーのオープニングで流れてる、「あの曲」ですわな。

うーーーむ、この曲、まだ書いてなかったんだな。 とーっくの昔に書いたような気がしてたんだが。。。。

ここんところ「男性」アーティストの曲が続いていたし、久々に女性アイドルもいいでしょ ってことでいろいろと物色してて、たまたま気がついたんだよな。

この頃の曲・・・特におニャン子を初め、アイドル関係の曲ってヒット期間が軒並み短かったんだよ。リリースしてもあっという間にチャートから消えてたし。 そそそ、ヒットといっても今と同じく初動だけって言うチャートアクション。
だから、「あの頃」のヒット期間で書いてるここでは、「ピンポイント」でこれまで引っ張ってこれなかったっていうのが大きいだろうな。今まで書いてなかったのは。


さて「うしろ髪ひかれ隊」。言わずと知れた「おニャン子」からの派生グループですわな。そのファーストシングル。

そそそ、工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子 というモロ、ワタシと同世代の3人グループ。

まあ、同世代とはいうものの生稲さんが、ワタシより一つ年上で、工藤さん、斉藤さんが共に一つ下・・・と、ワタシと「同級生」は居ないんだけど。。。。


今まで書いてなかったのは・・・・、もうさ、この頃・・・1987年6月・・・ともなると、おニャン子も「末期」だったしな。
夕ニャンも、視聴率的に末期症状であと3カ月で終わり・・・という頃だったし、正直、完全、おニャン子関係にに興味が薄れてた・・・っちゅうのが大きいかなぁ。

 ヒット曲のトレンドとして、80年代型アイドル全盛もピークを過ぎた頃、それ代わってロック勢に勢いが付き始めて来ていた頃。当時17才っていういっちゃん「多感」な時期だったし、それいえにそんなヒットトレンドの空気の動きも微妙に感づいてきていたんだろうね。 正直アイドルそのものに食傷気味だったんだよな、この頃。

そもそも、当時、一番目を通してた「オリコンウイークリー」自体が、単なるアイドル雑誌に成り下がってたからなぁ。そこからして食傷だったんだよね。 それでも、買うのやめなかったのは、やっぱ根っからのチャート小僧だったからなんだろうな。

だからね、当時も、殆ど聴いてなかったんだよねぇ、この曲。
モチのロン、曲自体は知ってましたよ。まだ、あの頃は興味が薄い曲でもベストテンに入ってる曲ぐらいはチェックしてたからさあ。




たしかにね、今曲を聴くと、それまでのおニャン子派生グループとはちょこっと毛色が違うかな? っていう匂いはするんだよね。
少なくとも、曲に「おちゃらけ」は入っていないし、真面目に曲に向き合っている。その辺は評価できるところではある。
曲調的にも、少し大人っぽさを感じるしね。 うーん、でもさ、そこは工藤さんのソロデビューっていうのをそろそろ見据えていたのかもしれないけど。

でも、この時点では、まだそんな事は見えてなかったし、そもそも工藤さんが本格的なアーティスト的な志向でソロデビューするってのも分かってなかったからさ。 この曲を聴く限りでは、それまでのおニャン子とはちょっと毛色が違う曲だな・・・・としか思ってなかったと思うな。

まあ、この曲から「新しさ」は感じないけどね。 サウンド的にもメロディライン的にも。 マイナーちょうのメロディラインは80年代後半・・・というよりは70年代後半的のB級アイドルっぽいそれだしさ。
そそそ、もろアナクロなんだよね。そう言う意味で保守的な曲だなぁ・・・とも思えたような気がするな、当時。


ちなみに、生稲晃子さん、タイプだったあ、顔がさぁ 

・・・なんて書いたら、なんでぇ結局は好きだったんじゃん・・・なんて思われますかね。。。。。



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1ダースの言い訳 / 稲垣潤一

1986_03_1ダースの言い訳_稲垣潤一


今回の1曲セレクトは、「1ダースの言い訳」稲垣潤一です。

まずはデータです。

・タイトル    1ダースの言い訳
・アーティスト  稲垣潤一
・作詞      秋元康
・作曲      林哲司
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1986年2月21日
・発売元     ファンハウス
・オリコン最高位 20位
・売上げ枚数  7.6万枚
・THE HITCHARTHOT30最高位 18位
・タイアップ:三洋電機「SANYO CDミニコン」CM曲

いやー、いい天気ですねぇ。こういう日は「出かけたいっ」って気分になるんだけど、なぜに家に閉じこもって「1曲セレクト」を書いてるんでしょう ワタシャ。
やっぱ、根っからの「出不精」なんでしょうかねぇ。

でもね、気分は良いんだよね。うん、前回書いたトモちゃんの「I'm proud」のアクセスが割といいんで
キライキライといいながら、やっぱ「小室系」サマサマというてころでしょうか・・・あー、天邪鬼。。。

しかしねぇ、こう気持ちよく晴れると、浮かんでくる曲っていうのもあるな・・・

・・・っつうことで、今回引っ張ってきた曲はこれ。

稲垣潤一「1ダースの言い訳」。

いやぁ、たださ、こう、ざざん・・・とタイトルを書いて、果たしてどの程度の方がこの曲を覚えていて下さっているかっつうのは、ちょっと不安だけど。

なんせ32年前の、しかもオリコン最高20位の曲だかんねぇ。今となっては死角に入っていて当然といえば当然なんだけどさ。

でもね、個人的にはこの曲好きだったんだよなぁ、当時。

それまでの稲垣氏には無かったようなメジャー系でよりポップな曲調で。 如何にも「春先」のカラッとした晴天の明るさを感じたりして。
使い古されたコトバで言えば、ウエストコーストの風を感じる様な。。。っていうのは、ちょっとオーバーか。。。

まあ、そのくらい春を感じた1曲だったんだよな。

80年代ってさ、まだ曲に季節感があったじゃない だから、当然今頃の時期には「春」・・・そうだね「春の陽光」を感じる曲ですね・・・も毎年あった。

例えば83年だったら、epoの「う・ふ・ふ・ふ」だったり、84年だったら河合奈保子の「微風のメロディー」だったり・・・。

で、86年はこの曲・・・だったんだよなぁ。 まあ、あくまでワタシの中での話だけどさ。
うん、この曲と、レベッカの「ガールズブラボー」・・・そそそ「フレンズ」のc/wでドラマ「ハーフポテトな俺たち」の主題歌だったあの曲。

いずれも、メジャー系でポップで、いかにも「春」の温度感を感じる気曲だったしさ。 ま、もっとも「ガールズブラボー」のリリースは「冬」だったけど・・・。

いずれにしろ、当時、個人的な気分にはピタッと嵌まったって言うかねぇ、リリースされてすぐにシングル買ったんだよな、この曲。 で、もうね、ヘビーローテーションで聴きまくってたなぁ。 この曲とチャゲアスの「モーニングムーン」。
この2曲を聴くと、「86年の今頃」になっちゃうんだよ、ワタシの脳みそは。。そのくらい聴いてたな。

たださ、あまりにも聴き過ぎで、食傷気味・・・いや、完璧に「食傷」してたりもするんだけども
うん、今この曲と「モーニングムーン」を聴くと、思わず胃もたれのような気分になるもの


この曲、作詞は「秋元」氏なんだよね。 当時を知らない方にとっては意外な関係に見えるかもしれないけどさ。
なんせ、昨今「アイドル」のプロデューサーって言う色合いの方が断然つよい秋元氏なんで。。。

でもまあ、稲垣氏と秋元氏と言えば、稲垣氏のブレイク曲となった「ドラマ・ティックレイン」(1982年)の詞が秋元氏だったわけで。 奇しくも秋元氏も、「ドラマディック・レイン」で作詞家としてブレイクしたわけで、言ってみれば切っても切れない関係だったんだよね。

そこに、当時一番の売れっ子だった、作曲家・林哲司氏が絡んでくるって言う図式・・・ってくれば、やっぱ菊池桃子さんを連想しちゃう訳なんだけども。

でも、桃子さんの1連の曲調は、ここまでカラッとしたポップさは無く、もっとウェットだったからさ。ぱっと聴き、両者の曲だとは分かんなかったんだよなぁ。 その辺はアレンジャーの萩田氏が上手く切り分けた感じだよなぁ。
まあ、内容が表面的で薄っぺらさを感じる歌詞は当時の秋元氏っぽいな・・・ってところだけど。。。



すっかり忘れられてるかもしれないけど、ドラムを叩きながら歌うっていうのが稲垣氏のスタイルだったんだよね。
いや、このスタイルが、当時、カッコ良かったんだよなぁ。

当時、ワタシも「ドラム」やってたんだけど、そのきっかけの一つは、ドラムをたたきながら歌うって言うこのスタイルに魅せられたって言うのも大きいんだよね。
まあ、ドラムやってたっていっても「我流」でやってたんで全然うまくないんだけど。。。


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ホワイトラビットからのメッセージ / 渡辺満里奈

1987_01_ホワイトラビットからのメッセージ_渡辺満里奈


今回の1曲セレクトは、「ホワイトラビットからのメッセージ」渡辺満里奈です。

まずはデータです。

・タイトル      ホワイトラビットからのメッセージ
・アーティスト    渡辺満里奈
・作詞        秋元康
・作曲        山川恵津子
・編曲        山川恵津子
・リリース日    1987年1月1日
・発売元      エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   17.4万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1987年1月12日〜2月2日付

前回は、「1月1日リリース」曲として、ずっと引っかかってた曲ということで、ジュリーの「背中まで45分」を書いたりしたんだけども、今回も同じような境遇の曲と言えるかなぁ。
 引っかかっていた・・・というよりも、「1月1日リリース」曲として、いつかは書かなきゃ行けんだろうなぁ・・・と思ってた曲ですね。

渡辺満里奈「ホワイトラビットからのメッセージ」。

この曲は、86年10月のソロデビュー曲「深呼吸して」に続く、第2弾シングルだったわけなんだけども。。
いつかは書かなきゃ行けんだろうなぁ・・・と思いつつも今まで書いて来なかった・・・ということは。。。。

そうなんですねぇ、個人的には引っかからなかったんですねぇ、この曲。
ま、ここでは前から書いているように、当時、おニャン子クラブに引っかからなかったからなぁ。ましてや、おニャン子からのソロ曲である、この曲に引っかかるはずも無く。。。

・・・・というのは表向きのはなしで、実際は、まともに聴いても無かったんだよな。

当時、おニャン子って、例のTBS VS フジテレビっていう、いわいる「各方面の折り合い」っていう「大人の事情」で「ザ・ベストテン」には一切出演してなかったからさあ。

「大人の事情」・・・まあ、今から考えれば子供の喧嘩のようなしょーがない事情なんだよ。
「業界人」ご用達サイト、「MUSIC MAN.NET」の「MUSIC MAN'S Reley」っていう、業界有名人をリレーして行くコラムの、当時夕ニャンのプロデューサーだった「石田弘」氏の回によると、オリコンではいつも1位だったのに、ザ・ベストテンでは、いつもベストテンの下の方だったから。そんなに出る必要はない・・・とのことだったらしい。

しょうもない事情だったんだよね。  おいおい、もっと大人になれよ・・・って感じで。

だったら、レコード売り上げだけじゃなく、有線なり、ラジオチャートなり、リクエストなり、他の要素を上げる努力しろよ・・・なんて、思っちゃったりするんだけどね。

まあ、30年前の事を今更どうのと言ったところで、それこそしょうがない話ではあるんだけども。。。

まあ、それはそうとして、当時、オリコンは定期購読で毎週読んではいたものの、心情的には「ザ・ベストテン」第一主義ってところがあったワタシなんで、ベストテンに出ないヒトの曲を聴いてもしゃーない・・・って思っていた向きもあったんだよな。

だから、このころのおニャン子の曲は聴いてなかったし、いまだによく分んなかったりするのよ。

まあ、そんなこともあって、「いつかは書かなきゃいけない」と思いつつも、今まで聴いても来なかったんだよな。
(ちなみに、ソロデビュー曲の「深呼吸して」は音源を持ってたりするwwww )

ちなみに、この曲オリコンでは「2週」1位と言う事になってるんだよな。 ま、もっとも初登場した週が、正月休みを挟んだ「2週集計」ということで、便宜的に2週1位と言う事になってるんだけどさ。
 でも、「初登場」だけしか売れない、おニャン子関係にあって、2週連続1位は、前年4月の新田恵理様の「恋のロープをほどかないで」以来と、比較的珍しい売れた方もしたし、渡辺満里奈としては、「一番売れた曲」になってたりもするんだけどさ。


・・・ということで、「ようつべ」を曲を聴いてみた。

なるほど、曲調的には、デビュー曲の「深呼吸して」の延長線にあるようなかんじだわな。いわいる「ハネ」系って言われるような。。。
 さすがに、「音楽」そのものを大事にしている「エピックソニー」からのリリースと言うだけあって、曲そのものはしっかりしてたりする。

例の「ニッポンの編曲者」によると、この曲は収録されていないけど、直近のアルバム「ever green」のには、涙が出るくらいの一流スタジオミュージシャンがレコーディングに参加していることになってる。

うん、バッキングを聴く限りでは、カラオケを聴いてるだけでも充分と思えたるかもしれない。

そんな一流の演奏を渡辺満里奈さんが台無しにして行く   うーん、いつかも全く同じような事を書いたけども、その通りなんだもの

兎に角、このヒト、ウタがねぇ・・・・。  

もし、当時、今の私の年齢でこの曲を聴いてたらバカ怒りしてたと思うわ。。うん、ウタに関しては全てが間違っているとしか思えないんで。。。
 
でも、可愛かったから許す・・・。 となっちゃうんだよな、きっと。 なんか、しっくりとは来ないんだけども。。。





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恋はくえすちょん / おニャン子クラブ

1986_11_恋はくえすちょん_おニャン子クラブ


今回の1曲セレクトは、「恋はくえすちょん」おニャン子クラブどぇす。

まずはデータどぇす。

・タイトル     恋はくえすちょん
・歌い手     おニャン子クラブ
・作詞       秋元康
・作曲       見岳章
・編曲       見岳章
・リリース日    1986年11月1日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   12.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1986年11月17日〜11月24日付
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「あんみつ姫」主題歌

今回の頭のコトバ使い、ふざけてんな〜。  
・・・・っつうのも、今回セレクトしてきたのが、「久々」の「おニャン子クラブ」だからだったりして

だからね、↑のデータも、いつもは「アーティスト」て書く所を「歌い手」にしちゃったりして

だってさあ、「アーティスト」って感じじゃないじゃ〜ん、おニャン子クラブ。よく見積もって「歌い手」だよねぇ〜・・
ってことで。。

で、もって、今回セレクトしてきたのが、「恋はくえすちょん」。

「おニャン子」としては6枚目のシングル。リリースが1986年11月だから、ちょうど「30年」なんだよな、あれから。。。。なんか信じらんないわ〜。昨日・・・・うんにゃ、一昨日って感じだもの。

しかしね、おニャン子の曲を書くときってタイミングが難しいんだよな。・・・・と言うのも、おニャン子関連って、ヒット期間が「瞬間風速」的に短かったじゃん。ま、発売週は売れるけど、2週目ともなるとぱったりと売れなくなる。
まあ、「今」と同じような売れ方だよな。

そんな風に書くと、今の若いコなんか、「ちゃ昔は、違った売れ方してたの?」とか「時代を先取りしてたんじゃない?」とか言われそうだけども、こういう売れ方はヒット曲とは呼べないよね。ま、発売週に瞬間風速的に売れるからオリコン1位なんてとってるけどさ。。。

 ちなみに、この曲の初登場週の売り上げが6.6万枚で、最終的に12.3万枚の累積だから、累積に占める1週目の売り上げ割合が53%。 
この曲なんかはまだ良かった方だけど、曲によっては60%、70%占めてたたもんね。
まあ、最近のAKBなんかは、1週目の売り上げ割り合いは、もっと酷いけど。。。。うむ、今は1週目・・・ぢゃなくて、「1日目」なんてことになってけど。。。

とにかくね、こういう瞬間風速的な売り上げ傾向、この頃から、オリコンでも賛否両論を展開されてきてたよなぁ。もう少し後だけど、「オリコン質問箱」っていうコーナーでは、当時の社長、小池聰行氏も、こういう売れ方については各人考えて欲しい・・・っていう感じで反対に読者に問いかけしてたしな。
(まあ、そう言う口ぶりからして、こういう瞬間風速的な売れ方が良しとは思っていなかったんだと思うが)

そんな瞬間風速的ヒットの陰、うんにゃヒットチャートをダメにする現場には、いつも秋元康氏が居る・・・ってわけだわな


とか書いたりするけど、正直、個人的には、既に「おニャン子」から卒業してたんだねぇ、「あーら、またやってるわ〜」ぐらいしか、売れ方に関しては思わなかったなぁ。
 それよか、そんな瞬間風速的な売れ方の曲が多くなってきた中、逆にロングヒットの兆しを見せていた、荻野目ちゃんの「六本木純情派」とか、きょんきょんの「木枯らしに抱かれて」の方が曲的には好きだったしな。

・・・というかね、この曲ねぇ、あまりにも「コドモ」っぽ過ぎさあ、聴いてて恥ずかしくなったもの。
少なくとも、当時高校生だったワタシが聴く曲じゃないよなぁ・・・・とかさ

だってさ、しょっぱなから ♪ く く く く くえすちょん〜 ♪ だぜ〜。。。。

思いっきり「アホか〜って言いたくなる世界だったもの。

まあ、「あんみつ姫」っていう子供むけ「アニメ」の主題歌だったこともありこうなったのかもしれんけど。。。。


しかしさ、客観的に見て、「アイドル」の曲って、この頃からまーったく変わってないよねぇ。そもそも、この曲、そこらへんのアイドルグループの今度の新曲・・・なんて言っても、まーったく疑わないような・・・・。

それが良いか悪いか・・・・っつたら、やっぱ悪いな。だってさ、30年も全く進化してない・・ってことじゃん。超保守的な世界。
 ま、確かに「ビジュアル」的には3次元から、2次元へ・・・ってところも含めて変わってきたんだろうけど、こと音楽的には全く変化がない超保守的な世界。 そんなところは「演歌」と変わらないんだよね。
演歌っていつの時代も同じような節回しの曲ばっかじゃん。それと同じ。

どうしてなんだろうねぇ、もっと個性的に、いろんなジャンルの音楽を取り入れて、いろんな曲調の曲があっても良いと思うんだけどねぇ、アイドルの曲も。

まあ、「音楽」的に実験的に、いろんな音楽をやろうって言うヒト・・・これは、アイドル自身も、曲を作る作家、出し手であるレコード会社を含めて・・・が居なくなっちゃったからだろうな。

考えてみれば、この曲がリリースされた86年・・・あたりの80年代後半以降、新たな職業作家ってそれほど出て来ていないんだよね。
80年代中盤くらいは毎年のように、新たな職業作家のヒトたちがブレイクして来ていたのに。 そのあたりもアイドルの曲に進化が見られない要因なんだろうな。

やっぱり新しい血が入って事無いと進化は期待できないもんね。 しかも「音楽」を知ってる新たなヒト。
・・となるとやっぱりミュージシャン。うん、ミュージシャンでなくても少なくとも(生)楽器を通して音楽を理解している様なヒトだよね。そそそ「生」楽器を通して・・・ってところが重要。コンピューター(DTM)だけぢゃだめなんだよね、音楽の「本質」の部分は見えないよね、コンピューターでは。

この時代、今考えると勿体ない位の一流ミュージシャンがアイドルの音楽に関わっていたじゃん。この曲だって、作曲と編曲はも見岳章氏。元一風堂ですわ。
おニャン子クラブに曲を提供とは勿体ない位だったよなぁ・・・。ま、もう一人のおニャン子のサウンドブレーン、後藤次利氏もそうだけどさ。

そんな「音楽」をよく知ってるヒトが関わってきてから、80年代のアイドルの曲は毎年進化してきてたんだよね。

ちなみに、レコーディングの時のスタジオミュージシャンすごかったんだよね、おニャン子も。
超一流のスタジオミュージシャンの演奏をおニャン子がダメにする・・・・と





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キスを止めないで / 小泉今日子

1987_11_キスを止めないで_小泉今日子


今回の1曲セレクトは、「キスを止めないで」小泉今日子です。

まずはデータです。

・タイトル    キスを止めないで
・アーティスト  小泉今日子
・作詞      秋元康
・作曲      野村義男
・編曲      米光亮
・リリース日   1987年10月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 12.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1987年11月2日〜11月23日付

ここのところは「秋」っぽい曲を中心に書いてきた1曲セレクトだけど、今回はまったく季節とは関係ない曲を持って来ますか。

きょんきょんの「キスを止めないで」。

いやー、でも、この曲覚えてる方ってどのくらい居りますかねぇ。1987年の丁度今頃、ヒットのピークだった曲なんだけども、何分、陰が薄い曲だからな。

・・・なんて思っているのはワタシだけかな  うむ、少なくともワタシは、この曲、当時あんまり「好み」ぢやなかったんだよね。だからそれほど熱心に聴いてなかったこともあり、今となっては、印象的に薄いんだよな。

 当時は大学受験の追い込み期ということもありーの、ほとんど受験には諦めを感じてたワタシでさえ、ヒット曲からは少し距離を置いてたからな。
 まあ、諦めてたと言っても、一応、「推薦」を取ってもらえたんで、そちらかばかりが気になっていた時期だったな、今頃は。(と言ってもその推薦さえ落ちちゃったんだから、よほどのダメダメボーイだったのだが。。。

いや、でも当時、大学受験だったっていうのは、言い訳かもしれないな。 そんな状況下でも、桑田氏の「悲しい気持ち」とか、当時大ヒットしてた、森川由加里の「SHOW ME」なんかは随分聴いてたしなぁ。

結局のところ、この曲、あんまり好みじゃなかったってことなんだろうな。

まずもって、イントロの「サウンド」からしてチープっぽい感じたんだよな。 なんか薄っぺらい音だったじゃん。
ちょっと間違えば、「デモテープ」 とか思えちゃうような。。
一応、ブラスなんかは生演奏なんだろうけど、打ちこみっぽいチープな音に感じたしね。そこからして、今一つ引っかからなかったんだよな、個人的には。

ま、一般的にもそんな感じだったのか、この曲売り上げも低調だったしな。一応オリコンで1位は獲得したものの・10万枚そこそこだったしね。ほとんどおニャン子のような売れ方だったんだよな。

そういえば、この曲、作詞が秋元氏だったんだっけ・・・。

ただ、詞に関して言えば、むしろ分かりやすかったような気がする。今に比べると全然ストレートだったし。
逆に、毒を感じない分、秋元氏の作詞っていうのが見えにくいかもしれないけど。。。

作曲は 元たのきんのヨッちゃんこと、野村義男氏

この組み合わせは、どこからどうひねり出しんだろ? みたいに、この組み合わせは少し話題になってましたけどね。

ま、野村のヨッちゃんについては、この曲の少し前にやってたオールナイトニッポン繋がりもあったし、秋元氏とも、同じくオールナイトから繋がりがあった(というか、それ以前に「なんてったってアイドル」も書いてたしな)わけで、だから、まったくの畑違いから組み合わさった・・・っていうわけぢゃなく、むしろ、当時のきよんきょん近辺のブレーンだった人たちで作られた曲だった訳なんだけどさ。

ただ、そんなキョンキョンブレーンだった人たちの曲が、個人的には引っかからなかった・・・ってことなんだよね単純に言えば。

やっぱり、ニューウェイヴの匂いが入ってきてたからなぁ、このころからのキョンキョンって。

いつも書いてるように、個人的には、当時、ニューウェイヴ系のサウンドって生理的にダメでねぇ、ちょっと引いてたところがあったんだよね。

 この曲の前の「スマイルアゲイン」からして、サウンド的にはそういう「気」があったんたけども、「スマイルアゲイン」も素直だったし分かりやすかったからなぁ。

でも、この曲は今一つ分かりにくかったんだよね。 ただ単に取っつきにくい・・・って言うのが前に来ちゃってたんだよな。



あれ? テレビのときはいつも「カラオケ」だったのに、こん時は、「生演奏」っぽいですね。
初めて聴いたような気がする。 音、厚くでいいじゃん。
そそそ、あの「カラオケ」が音がショボくて、個人的にダメだったんだよね。


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かじやん