かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

渡辺美里

大村雅朗25th Memorial Super Live 1日目(9/23)


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偶然の出会いがあるとしたら、今回のライブ参戦も偶然の出会いなんだろうなぁ。

最近、radikoプレミアムで、全国各地ラジオ局のランキング番組を聴いてるんだけどね。
土曜日は、KBC(九州朝日放送)の「サタデーカウントダウン」(通称、サタカン)を聴いてるのね。

で、7月のある土曜日、いつもようにサタカンを聴きながら、持ち帰りの仕事をしていたら、
今年は大村雅朗氏没後25周年で、メモリアルライブを福岡で開催するとの告知CMが耳に飛び込んできまして。。。

すぐさまネットで調べたら

↓ この告知サイトが・・・。




ライブ開催はともかくとして、大村雅朗氏にまつわる出演者が豪華

9/23 ばんばひろふみ / 八神純子 / 渡辺美里 / 中川翔子
9/24 大澤誉志幸 / 川崎鷹也 / 槇原敬之 / 南佳孝

その上 バックバンドも豪華

山木秀夫(Dr) / 今剛(G) / 石川鉄男(Manipulator) / 斎藤有太(Key) / 佐橋佳幸(G) / 亀田誠治(B)

さらにトークゲストも至極豪華

松本隆(9/23 24)、 木崎賢治(9/24) ゲストDJ 砂原良徳

会場は、キャナルシティホール   

調べてみたら、キャパが1150人程度と必ずしも大きなホールではない。

これは、すぐにチケット売りきれてしまうかもしれん。参戦するかどうか、考えている余裕なし・・・・と判断して、2日通しで2万5千円也・・と、安くなかったけどその場でチケット購入を即決してしまったワタシ。。。。

程なくして、指定された席は  1階 B列24番

ぬおー、なんと、前から2列目ではないか〜 。。。 ライブ参戦を始めて以来、こんな前の席が当たったのは初めてだわ。。。。これは参戦するしかないっ・・・・。

・・・と、9/23(金) 千葉からはるばるやってきましたよ福岡。

福岡は何年ぶりだろ? 1999年の夏、夏休みで出雲から山陰線経由で福岡まできたのは覚えているが・・・・。もしかすると、それ以来23年ぶりかもしれん。

あの時からも、すっかり変貌した博多駅前にちょっと戸惑う。。。
駅前のホテルにチェックインし、すぐさま、会場のキャナルシティ劇場へ

博多駅から、徒歩10分程度ということだったけども、案の定、道に迷う。。。。 
23年前には、たしか、まだキャナルシティは無かったはず。。。。
やっとのことで到着してみると、キャナルシティのビルの複雑なこと。。。よくまあ、こだに複雑な建物を建てたものよのう・・・と思いながら、何とかキャナルシティ劇場に到着。

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久しぶりの福岡、おまけに初めての「ハコ」なので、道に迷うことを想定して、早めに動いて正解だったわ。


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早速、指定された 1階B列24番の席に着く。

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うわっ、ステージ近っ
1階2列目という事で、想定はしていたけども、予想以上にステージが近い。 下手したら、アーティストの唾が飛んできそうなくらい。。。

キャナルシティ劇場。 ↑でも書いたように、当然ながら初めての「ハコ」。 
1階 2階合わせて、1150席のキャパということで見た目、必ずしも大きくはない。 
ここんところ、5000人収容の東京国際フォーラムホールAなどの大ホールに慣れていただけに余計かもしれないけども、地方都市の市民会館の大ホールよりも規模は小さめ。渋谷のO-EASTなど中規模のライブハウスくらいの大きさと言ったら分かりやすいだろうかね。

まあ、もともと劇団四季公演用のホールとして作られただけあって、この程度の規模のキャパになったんだろう。

ただ、規模がそれほど大きくないだけに臨場感は感じられるだろうと思う。
入口の看板にあるように「福岡屈指のエンターテイナーシアター」というのも自信の表れだろうね。

実際、開演まで会場に流れていた、大村雅朗氏が手掛けた曲々の音質も、素晴らしいものだった。
これは期待できそう。

定刻の18時丁度。開演。

ゲストDJの砂原"まりん"良徳氏によるオープニング、
大村雅朗アレンジ曲メドレー からステージがスタート。

メドレー使用曲
No No サーキュレーション(吉川晃司)
晴れのちBLUE BOY(沢田研二)
その気×××(大沢誉志幸)
SOMEDAY(佐野元春)
そして僕は途方に暮れる(大沢誉志幸)

記憶している曲としては、この辺りではあるけど・・・・
キチンと記録していたわけではないので、もしかすると違っていたかもしれない。。。
(その場合は、申し訳ありません。。。)

うーむ、こうしてみると、「渡辺プロ系」な曲による硬派な曲メドレーだったな。。。。

いずれにしても、太くかつクリアな音質のサウンドが、会場いっぱいに響く。

うわぁ〜、これだけでも楽しめるわ・・・と感じたところで、今回ライブの司会役の
佐橋佳幸氏、亀田誠治氏が それぞれステージ 上手、下手から登場。
まあ、ミュージシャンでいて、もともと弁が立つお二人、司会役としては適役だった思う。
楽器持つまえにマイク持ったのは初めて・・・とか、そもそも上手、下手からの登場は、漫才師みたいやな・・・といった「マクラ」で会場を沸かせたところで、八神純子さん登場!

佐橋佳幸氏、亀田誠治氏と、大村氏の思い出話でひと時盛り上がり

・みずいろの雨
・ポーラースター
・Mr.ブルー〜私の地球〜

と、八神純子さんの楽曲の中でも大村雅朗氏アレンジの代表的な3曲を立て続けに披露。
八神さんのボーカルは、40数年前のヒット当時とまったく変わらない。

加えて、今回のライブは、大村雅朗氏のアレンジを忠実に再現するというコンセプトに加え、なにせ、超一流のバックバンドということもあって、レコードアレンジと、ほとんど遜色がないサウンド。

一気にヒット当時の空気に引きずり込まれ、あのころの映像が脳内フラッシュバックする。

「みずいろの雨」をベストテンで初めて聴いて、ヒット曲にのめりこんだことは勿論の事が一気にフラッシュバック。
それと、八神さんの代名詞となったねサンバホイッスルですね。
以前、1曲セレクトでも書いたけど、ワタシ、あのサンバホイッスルが好きでね。わざわざヤマハに行って、同じサンバホイッスル買ってもらったことあるもの。

リハーサルでは、サンバホイッスル無かったらしいんだけども、本番ではやってくれたこと。

次の「ポーラースター」には涙してしまったわ。

1979年夏 この曲がベストテン入りの兆しを見せていた8月。はじめて博多に来た。
折からのブルートレインブーム。ワタシもどうしてもブルートレインに乗りたくてね。
兎に角、チケットは連日満席の上に折からの夏休みということでチケットが取れなくてさ。親に無理言って、やっとのことでキャンセル待ちの切符を取ってもらって乗った「あさかぜ」。
あれで、はるばる博多までやってきたんだった。 

「ポーラースター」と「博多」となると、否が応でも、あの時のブルートレイン車内とか、博多の中州のネオンサインの光景がフラッシュバックしてくる。

43年の時を超えて、いま、また博多に居る自分を思うと、なんか涙が出てきちゃったりしてね。。。


そして、「
Mr.ブルー〜私の地球〜」。これは、「ポーラースター」の次の年、1980年夏、NHKで放送された「パノラマ太陽系」の主題歌だった曲。

「ポーラースター」もそうだけども、丁度、個人的に「宇宙」に興味を持っていた時期で、だから、どちらの曲も、本当に好きだったんだよね。

どちらの曲も、壮大なアレンジが、それこそ、広大で深い宇宙を彷彿させていたし。

そういう意味では、大村雅朗氏の最初の音楽性を認識した曲だったかもしれない。

・・・ということで、印象に深い2曲だったしね。

ただ、八神純子さんは、この3曲が感動的で、おなかがいっぱいなっちゃってさ、ワタシ。。。。
この他、2曲披露してくれたんだけども、その記憶が飛んじゃってるんだよね。。。

記憶にあるのは、ラストの「DAWN」で最後にいつまでも天を仰いている八神さんの姿。
恰も、天国の大村さんに向かっているような表情が印象的だったな。

※実際はもう1曲は「明日に向かって行け」
(1979年 2ndアルバム「素顔の私」より) だったようです。


続いて、ばんばひろふみさん 登場。
短いMCのあと ソロとしてのばんばさんの 初めての大ヒット曲でもあり代表曲でもある「SACHIKO」。
この曲も生で、しかも目の前で聴ける日が来るとはね。

やはり43年前、「ベストテン」の画面越しで聴いてた身としては、感慨ひとしおですわ。

この曲、レコーディング当日には、まだアレンジができていなかったとか。
御馴染みの、あのイントロは、レコーディング当日、ピアノのハネケン(羽田健太郎)氏がその場で作ったそうだ。 いやいや、実際に聴いてみないと、まだまた知らなかった事実があるもんですね。

ただし声がねぇ・・・・。出なくなってましたね。 ほとんど歌唱らしい歌唱になっていなかったのは残念。

ばんばさんは、もう1曲。「SACHIKO」の大ヒットで、ロスでのアルバム制作が出来たという話から、そのロス録音、大村雅朗氏プロデュース、1980年リリースアルバム「COAST」から「TENDERNESS」という曲を披露。

つづいては、ゲストコーナーとして
中川翔子さん登場。
松田聖子さんのナンバーを披露。

・天使のウインク
・ハートのイアリング

中川さんのアイドルオタクぶりは、承知の上だったし、だから、恐らく聖子さんのカバー演るんだろうなとは予想が付いていたけど、その通りでしたね。

あとは、どの曲をやるのか・・という所だったけど、シングルではあるけども、意外と「シブい」ところからの選曲だったなという印象。
もっと「代表曲」的な大ヒットナンバーをやるものとも思っていたし。。。
まあ、聖子さんナンバーを歌っている中川さんはテレビでも見たことがあるし、だから、全く違和感なく聴けましたね。

「ハートのイアリング」の後は、 松本隆氏を交えてのトーク。

もちろん、松本隆 大村雅朗といえば、数々の聖子さんの曲が中心になるわけだから、聖子さんの話が中心。
大村さんが亡くなった後の「櫻の園」の話題にもなった。

「櫻の園」は、もともと別の歌詞が付いていて、他の人のために作った曲だったこと。 その曲がボツ
になってしまったため、お蔵入りになっていた事。
ただメロディラインは良かったので、どうにかメロディは生かしたいと寝かせておいたところに、松田聖子さんの「永遠の少女」の企画が持ち上がって、新たに書いた歌詞が「櫻の園」になった事etc etc。。。

確か一昨年に放送された「風の譜」〜福岡が生んだ伝説の編曲家 大村雅朗〜によれば、「櫻の園」は別の人のために作った曲がお蔵入りになってしまい、その曲を寝かせておいたということは語られていたけど、、「別の詞」が付いていたというのは、今回、新たに語られた事実ではないのかな? 
松本隆氏本人から出た話なので事実だと思うんだけども、松本氏曰く、もともと付いていた歌詞はツマらないものだったらしい。

ただ、その他は「大村雅朗の奇跡」(DU BOOKS)や、「風の譜」で語られた内容と被る話題が大半で、あまりここだけのサプライズ的な話題がなかったのは残念。

もっとも、書籍やテレビの画面越しではなく、直に松本隆氏の話をこれらの話を語られたこと自体が新鮮だし、現実味を感じましたが。。。。


そして、中川さんの歌唱でもう1曲、聖子さんのカバー。

「セイシェルの夕陽」

この曲は、「
風の譜」では中島愛さんがカバーされた曲ですが、今回出演したミュージシャンたちからも、この曲が聖子さんの曲の中では一番好きという声が多かったようだ。
むろん、作詞した松本隆氏も同意見。

ただ、トークでも話題になった「櫻の園」や、これは絶対にやるだろうとおもっていた「SWEET MEMORIES」をやらなかったのは、意外だったな。
(これらの曲は、次の日槇原敬之氏がカバー)


そして、1日目のトリ、渡辺美里さん登場。
1曲目が「BELIEVE」だったのは、ちょっと意外だったが・・・。

「BELIEVE」の歌唱の後、司会の
佐橋佳幸、亀田誠治を交えての、大村雅朗氏の思い出話。
美里さんとしては、やはり、「My Revolution」での大村雅朗氏との出会いは強烈だったようだ。どうしても、この曲の制作秘話になりますね。

・君はクロール
・Lovin' you
・Rain (大江千里カバー)
・My Revolution

と立てつづけに4曲。

兎も角、八神さんに負けず劣らず、圧巻の歌唱力を見せてくれましたわ。 さすがに現役バリバリのシンガーという所ですね。

アルバム「Lovin' you」からの選曲が多かったのは、大村雅朗氏がサウンドプロデュースしたアルバムということが大きいんだろうけども、このアルバムには、今回のバックバンドメンバーである、ドラム 
山木秀夫氏、ギター 今剛氏、佐橋佳幸氏もスタジオーミュージシャンとして参加していたというのもあるんだろうな。

大江千里氏の「Rain」を演ったのは、美里さん自身のお気に入りだったということもあるだろうけど、この日出演しなかった、やはり大村氏が手掛けたアーティストでもある、大江千里さんへの配慮もあったのかなぁ・・・。

蛇足だけども、個人的には「Teenage Walk」なんかもやって欲しかったなぁ・・なんて思ったりしてね。。。


・・・以上で、ライブ1日目は終了。
トークを含め2時間半のライブは、あっという間でしたね。

兎に角、手を伸ばせば届きそうな位置から見る、各アーティストの歌唱とトークは、もちろんの事、バックバンドの演奏力のすばらしさを十分に堪能できた、1日目でしたわ。

さて、2日目のライブも楽しみですな。。。 (続く)



●大村雅朗25th Memorial Super Live 1日目(9/23) (不完全)セットリスト

・オープニング
▼砂原"まりん"
良徳DJ
大村雅朗アレンジ曲mash up(メドレー)
1. No No サーキュレーション(吉川晃司  1984年 2ndアルバム「LA VIE EN ROSE」より )
2. 晴れのちBLUE BOY(沢田研二 1983年 39thシングル)
3. その気×××(大沢誉志幸  1984年 4thシングル 資生堂夏のキャンペーンソング )
4. SOMEDAY(佐野元春 1981年 4thシングル )
5. そして僕は途方に暮れる(大沢誉志幸  1984年 5thシングル  日清カップヌードルCM曲)

▼八神純子
6.
明日に向かって行け(1979年 2ndアルバム「素顔の私」より)
7. みずいろの雨 (1978年 5thシングル)
8. ポーラー・スター (1979年 7thシングル)
9. Mr.ブルー〜私の地球〜 (1980年 10thシングル NHK「パノラマ太陽系」主題歌)
10. DAWN (1979年 2ndアルバム「素顔の私」より)

▼ばんばひろふみ
11. SACHIKO (1979年 4thシングル)
12. Tenderness (1980年 3rdアルバム「COAST」より)

▼中川翔子
13. 天使のウインク (松田聖子カバー 1985年 20thシングル)
14. ハートのイアリング (
松田聖子カバー 1984年 19thシングル)
15. セイシェルの夕陽 (
松田聖子カバー 1983年 7thアルバム「ユートピア」より)

▼渡辺美里
16. BELIEVE (1986年 7thシングル)
17.
君はクロール (1986年 2ndアルバム「Lovin' you」より)
18. Lovin' you (1986年 2ndアルバム「Lovin' you」より)
19. Rain (大江千里カバー 1988年 7thアルバム「1234」より)
20. My Revolution (1986年 4thシングル TBS系ドラマ「セーラー服通り」主題歌)



恋したっていいじゃない / 渡辺美里

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今回の1曲セレクトは、「恋したっていいじゃない」渡辺美里です。

まずはデータです。

・タイトル    恋したっていいじゃない
・アーティスト  渡辺美里
・作詞      渡辺美里
・作曲      伊秩弘将
・編曲      清水信之
・リリース日   1988年4月21日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  24.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1988年5月9日〜7月4日付
・タイアップ:UCC缶コーヒーキャンペーンCM曲

ここのところ、書く曲が定まって無くて、毎日結構悩んでるんだよね。
いや、書く曲が無い訳ではなく、これから書こう・・・と思う曲は頭の中でいくつかストックしてあるんだけど、どの曲を持ってこようか・・・っていう踏ん切りがどうも付かない。

「書こう」と思う曲はあるんだけど、どう切りだして書こうか・・・っていうところが今一つ浮かばなくてねぇ、ちょっと苦しんでますね。

で、そんな頭の中でストックしていた曲の1つを今回は、持って来ましたわ。

渡辺美里「恋したっていいじゃない」

この曲は、当時、少し肩透かしをくらった感じがしたなぁ。
めちゃくちゃ軽い感じのアップテンポの曲だったじゃん。どうも、それまで感じていた渡辺美里のイメージを、いい意味で崩してくれた・・・っていうかね。

ま、それまでも、この手の曲があったのかもしれないけど、渡辺美里っていうと、個人的にはどうしても「My Revolution」のイメージが頭にこびりついていた感じでねぇ、どことなく食傷気味だったんだよね。
だから、前年くらいから、曲はヒットしていてもほとんど曲を聴いてなかった。 まあ、その影響で未だに、1987年のこのヒトの音源は1曲も持ってなかったりしてね

でも、この曲はビビビッと来たなぁ。 この曲、UCCの缶コーヒーのCMで当時、ガンガンかかってたじゃん。

もうね、サビの ♪ D・A・T・E〜 ♪ は勿論なんだけど、 その後の ♪ I WANT YOU  I NEED YOU〜♪ のフレーズに「ビビビ」ってきちゃったんだよね 
ま、なんか軽薄短小な感じがしないでもないんだけど、でも、やっぱりキャッチーなんだよね。

 1988年っていうバブルな時代にもピッタリ嵌まっていたのかもしれない。まあ、個人的には「浪人」としい重い十字架を背負った年でもあったけど、この曲の軽さにはシンパシイを感じてたなぁ。

兎に角、バックコーラスに岡村ちゃんがいたり、ギターが佐橋佳幸氏がやってたり、支えていたミュージシャンも豪華だったしね。 

一つ難あり・・・と思ったのは、最後、なんか尻切れトンボみたいに音が切れるじゃん。 そこだけがなんか「雑だな」・・・なんて思ったな。 もっと粋な終わり方ってなかったんでしょうかねぇ。。。


それと、作曲の伊秩弘将氏ってのも、この頃から出てきたって感じでしたよねぇ。 うん、後年、90年代の後半にSPEEDのプロデュースで一躍、トッププロデューサーの一人になった人ですわ。
 ま、実際は、この前年の「IT'S TOUGH」の作曲もしてるんで、この曲が初めてって訳じゃないんだけど、個人的には、この曲が、このヒトの存在を知った・・・って感じだったなぁ。
 なんか代わった名字なんで、なんか引っかかったんだよね。

ちなみに、この曲がリリースされる1か月前に、CDシングルなる代物がリリースされたんだけど、個人的に初めて買ったCDシングルがこの曲だったんだよなぁ。

当時は、8cmCDがCDプレイヤーのトレイ乗らなかったんで、CDの外側に、いちいち「アダプター」を付けなきゃいけなかったのが、煩わしかったんだよな。
・・・・なんて書くと、懐っかしいな・・・なんい思う方は、今の40代以上かなぁ。

 最近は流石に8cmCDがトレイにならないCDプレーヤーなんてないよね・・・なんて思ってたんだけど、最近はほぼ全てが12cmのマキシになっちゃって8cmのシングルCDが少なくなっちゃっで、逆に最初から8cmCDがトレイに載らないプレイヤーもあるんだってね。。。。

うーむ、時代は繰り返す・・・ってやつか。。。。






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My Revolution / 渡辺美里

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今回の1曲セレクトは「My Revolution」渡辺美里です。

 まずはデータです。

・タイトル    My Revolution
・アーティスト  渡辺美里
・作詞      川村真澄
・作曲      小室哲哉
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1986年1月22日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   44.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1986年2月24日〜5月5日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「セーラー服通り」主題歌

 昨日、過去の「ザ・ベストテン」のビデオを連荘で見てて、一番印象に残ったのが、今回、セレクトしてきた、渡辺美里の「My Revolution」だったかもしれないなぁ

 1986年2月27日放送分 第5位初登場の時の、この曲ではただ1回のみの出演のとき。

 春日部文化ホール(だっけな?)からのコンサートのリハーサルの中継だったけど、渡辺美里自身、こん時が、生まれて初めてテレビで歌った・・・っていう出演だったんですよね。

 だからか、異常に緊張してたのが、画面を通してもよく伝わって来たんですよね。

 それでも、ちゃんと最後まで歌いきったのはすごかったよなぁ。ちなみに、ベストテンは通常は「テレビサイズ」に短縮なんだけど、こんときは「フル」で歌ってましたね。

 まあ、本心からすると、出演したくなかったんだろうなぁ・・・っていうのは、今になって思えばわかるんですけどね。
 この曲自体、あの当時放送していた「TBS」のドラマ「セーラー服通り」の主題歌だったからねぇ、しょうがなく・・っていう部分もあったんだろうなぁ。

 うん、この後は、ベストテンにランクインしても、ほとんど出演してませんでしたからねぇ。。。
(たしか、次に出演したのは88年の「悲しいね」だったと思う。。)


 だけど、当時は丁度、ミュージックシーンも新たな展開の時期に来てたんだよなぁ。

 例えば同時期のドラマの主題歌にしても、この曲を初めとして、1クール前だけど、日テレの「ハーフポテトな俺たち」ではレベッカの「フレンズ」でしょ。
 同クールでは、フジテレビ「ヤヌスの鏡」では、椎名恵「今夜はエンジェル」と、それまで実績が無かったアーティストをドラマの主題歌に抜擢してきてるんだもんね。

 まあ、それまで実績が無かった・・・といっても、あくまでレコードセールス的な話で、業界的には盛り上がってきてたヒトたちだったんだろうし、だから、見方によっては必然だったのかもしれないですけどねぇ。

 それとともに、テレビには積極的には出ない・・・っていう風習も根付いてきたんだよね。このヒト経ちは、その最初の世代ではないかなぁ。
 このころは気付かなかったけど、だんだんとゲーノー系トミュージック系の乖離が始まってきてたんだよね。

 渡辺美里にとっては、この曲がデビュー4枚目のシングル。
デビューは85年5月の「I'm Free」って言う曲なんだけど、正直言って、前3枚は泣かず飛ばずの状態だったんですよね。

 デビューのきっかけはたしか、ソニーのオーディションだったですよね。
 うんにゃ、うんにゃ、ちゃうちゃう、調べてみたら84年の「第3回、ミスセブンティーンコンテスト」なんだ(^^;;;
(ちなみに、この時の優勝者は松本典子で、準優勝は後のCCガールズの藤原理恵。。。 渡辺美里は歌唱賞)

これは、意外! 通常、ミスセブンティーンなんて、受賞したら、ほぼ、ケーノー系プロダクションに行ってしまうんだけど、ヤッパリ、もともとミュージシャン系だったんだろうね。佐野元春などが所属していたハートランドに入ったのが正解だったんだねぇ。

 まあ、唄はスバ抜けてうまいからなぁ、この道が正解だったんだろうね。
 ・・・っていうか、まず、「アイドル」にはなれないわな、この声質では。

唄のウマさ、からミュージック系の新進アーティストとして、中村あゆみっていう「ライバル」的存在がいたのも、丁度よかったんだよね、きっと。


 で・・・、曲の方は、もう、今さらとやかく必要もないのかもしけないけど、小室哲哉作品ですわね。

 後々の小室ファミリーとは違い、このころの小室作品は、一言で言うと「まとも」だったなぁと思うなぁ。
 きっちりと焦点が定まった「ヒット曲」になってるもん。

 まあ、まだ、TM NETWORKとして、ブレイクする前だったわけだし、この作品で「小室哲哉」っていうのも世に出てきたわけだけですけどね。

 このころの小室のメロディラインって、必ず、小節前のアーフタクトから、8分休符の16音符でメロディが入ってきてたでしょ。なんか、特徴的なメロディラインを書くヒトだな・・・っていう印象が強かったなぁ。一発で小室哲哉ってわかるんだよね。

 あ゛、でも、これはTMの曲でも同じですけどね。小室ファミリーになって、この初期の特徴的なメロディラインがでなくなったのがね、ちょっといただけないんだよねぇ。





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