かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

河合その子

悲しい夜を止めて / 河合その子

1986_11_悲しい夜を止めて_河合その子



今回の1曲セレクトは、「悲しい夜を止めて」河合その子です。

まずはデータです。

・タイトル    悲しい夜を止めて
・アーティスト  河合その子
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年10月22日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   12.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年11月10日〜11月17日付

少し前から「昭和歌謡」と言うカテゴライズで、「昭和時代」にヒットした曲が、巷で流行っていたりする。
ちょっと気取って言えば「ジャパニーズ・オールディーズ」ですかね。。 手っ取り早く言えば「過去曲」なんだけど。。。

なんで、みんな過去曲をそんなに重宝するのか・・・。 個人的にはちょっと疑問に思ってたりもしたりして。。。

・・・なんて書くと、過去曲のレビューしている野郎が何をぬかしやがる・・・と思われてしまうだろうけどさ。

でも、今の曲も聴こうよ、みんな 〜(というか同世代の方々)とは、マジメに思うなぁ。



まあ、ちゃんとしたアンケートをとったわけではないけど、今、過去曲にすがる理由としては

 〆の曲に自分にあった曲がない。 ピンと来る曲がない。

っていうのが一番大きいのかなぁ・・。 それとか

◆〆の曲を知らない

とかね。 うん、昔はテレビでの歌番組が多かったからさ、テレビをつけてりゃ自然と歌が耳に飛び込んできた。街に出れば、街頭のスピーカーからもヒット曲を中心とした音楽が流れて来ていたし。
いうなれば、音楽を「受動的に浴びてた」っていうかさあ。だから意識しなくても自然と覚えられたし、体に染みついたんだよね。
でも、今は、街に音楽が流れなくなっているし、テレビの歌番組も少ない。

今の曲にもいい曲はあるのよ。刺さる曲もたくさんあるのよ。
ただ、You tubeにしてもサブスクにしても、「能動的」にこちらから探しに行かなれば、今のヒット曲にもたどり着けない。。それでなくても新しい曲を受け入れて消化するにはいうのはエネルギーが要りますからねぇ。
結局、昔聴いてた頃の曲にすがってしまう。 そっちの方が楽だし、楽しいし。。。

そんな方も多いんだろうね。

あ、これは、あくまで私を含めた同世代に方々についてであって、今の若いコが聴いてる昭和歌謡感とは全く別物だと思う。
今の若いコは、少なくとも「いつのヒット」と言う先入観、区別とかなしに、今の曲と分け隔てなく「新曲」として昭和歌謡を聴いてるからさあ。
我々の世代が感じている昭和歌謡感とは、全く別物なんだよね。


・・・なんて、敢えて、最近の昭和歌謡について持ってきたのは、そんなこと書いてるワタシ自身、「今の曲」に物足りなさを感じると、過去曲に逃げるクセは昔からあったんでねぇ。
結局、最近の昭和歌謡ブームに疑問を持っていても、人のことは言えないんだよな。

今回引っ張ってきた曲は、そんな「今の曲」に物足りなさを感じて、過去曲に逃げていた頃のヒット曲ですわ。


河合その子「悲しい夜を止めて」。

この曲がリリースされたのは1986年10月。  

だからさ、この場合の「今の曲」っていうのは、1986年10月頃のヒット曲で、当時から見て過去曲に逃げてたってことですね。

正確に言えば、個人的には、この年の3月頃までは、きちんとヒット曲を追いかけていたんだよね。
おニャン子関係のリリースも、まだエスカレートする、ほんの少し前まで。

でも、4月以降、毎週、週替わりでおニャン子関係の曲がリリースされ、チャートが席巻されてからは、ほとんど惰性で追いかけてたな。

でも、それは、ワタシだけでなく、そういう方、多いんじゃないかなぁ。
 
オリコン1位の曲がヒット曲ではなくなる日。

そんな言われ方をし始めたのも、この頃だったと思う。

一部のファンの間では、熱狂的に受け入れられる曲でも、ファン以外の第三者のヒトはほとんど知らない。

あの頃はテレビでも、まだ歌番組はある程度あった。でも、そういう状況になってきたのは、結局、あの頃「ヒットチャート系に自分にあった曲がない」ということが多かったからなんだよね。
だから聴かない。 それどころか歌番組も見ない。

ジャンルの多様化ということもあった。 主流はアイドルだったけど、水面下ではインディーズと言う形で、いわいるラウド系のJ-ROCKが形成され始めて来たのもこの頃だし、ニューウェーブ系が元気になってきたのもこの頃ですわ。

ヒットチャート系の曲に頼らなくても、自分の好きなジャンルの曲を聴けばいいじゃん。そういうジャンルの多様化が加速したのもこの頃なんだよね。

そういう意味では過去の曲に逃げてるというのではなく、多様なジャンルに分散した。でも、時間軸のベクトルとしては、みんな未来に向かっていたというのが正しいかもしれないな。
いま、多くの方が昭和という「過去」の音楽に意識が向かっているのとは、その点が違うんだよね。

ただ、ワタシは、あの時点でも、意識は過去に向かっててさ。
前回のテンプターズ「おかあさん」をCDで聴いて、改めてG.Sづいたのもこの頃だったな。
G.Sを起点として60年代終盤から70年代の曲を掘り初め、中古レコード屋に足しげく通うようになったのもこの頃ですね。

逆にテレビの歌番組も見なくなってたし、ラジオのヒッとチャート系番組もあんまり聴かなくなっていた。
ちょうど、この頃、個人的にドラムに嵌っててさ。 中学生の頃、土日というと、ラジオのヒットチャート番組にかじりついてたけど、この頃、休みの日は、専らドラムばっか叩いていて、ヒットチャート系番組も聴かなくなっていたんだよね。

唯一毎週見ていたのは「ザ・ベストテン」くらいだったな。
でも、その「ベストテン」も、ランクを記録する方がメインになってきていて、肝心の曲はちゃんと聴いてなかったし。 オリコンとか明星の歌本とか見ながらの、いわいる「ながら」で見てたんで、画面ほとんど見てなかたんですわ。

だから、今、この当時のベストテンのVTRをみても、ほとんど見た記憶がないんだよな。
手元には、当時、ベストテンからメモったランキングのノートは残っているんで、確実に見てたはずなんだけども。。。。

そのベストテンも、このころ、いわいる「毛が三本」グループとTBSが喧嘩してて、おニャン子関連はベストテンには出なくなってたしさあ。

だから、今回引っ張ってきた、河合その子さんの「悲しい夜を止めて」も、当時キチンと聴いたことが
なかったのよ。

そんなわけで、この曲、オリコン1位獲得曲でありながら、1曲セレクトでも、ずっと保留してたんだよね。

でも、今はYou tubeという便利なサイトがあるからねぇ。 今回改めて引っ張ってきたわけですわ。


実際フルでこの曲を聴くと、確かに「おフランス」を感じさせる曲調ではあり、その点からすると2曲前の「青いスタスィオン」からとは同路線ではあるし、当時のその子さんの見た目のイメージにはあっていたと思う。

けど、如何せんこの曲のメロディラインは難しすぎる。「青いスタスィオン」の方がメロディラインは、まだシンプルだった。

この曲はメロディラインが取りづらい。 まあ、確かにサビの部分で転調するという所もメロディラインをとりづらくしているところもあるな。

けど、それを外しても、分かりずらいメロディラインだよなぁ。

河合その子さん。この曲の時点では、すでにおニャン子を卒業して、一人のソロアーティストにはなっていた。 恐らくCBSソニーとしても、一人のボーカリストとして期待してたんだろうな。

・・というのは、この曲を聴く限りは感じるな。

でも、この曲は当時の河合その子さんの「力量」では、ちょいと荷が重すぎたんじゃないか。
You Tubeを見ても、全然歌いきれてないし。





もっとも、この動画は「夜ヒット」のようだし。 「夜ヒット」はリリースして間もなく出演するのが普通だったから、きっとリリース間際で、まだ歌いこなしていなかったのかもしれない。

でも、そんな部分を差し置いても、果たして出し手側は、この曲くらいなら歌いこなせると思ってリリースしてたんだろうか。

もし、そうであれば、当時の彼女のボーカリストしての実力をちょっと買いかぶりし過ぎじゃなかったのか・・・。 
少なくとも、もう少しちゃんと歌いこんでからテレビには出演するべきじゃなかったのかなあ。

いま、この曲を聴くと、そんな印象を受けるなぁ。

まあ、2021年と言う今の時代だからそう思えるんだろうな。

あの頃は、「時代の流れは速い。歌いこんで・・・なんて待ってられない。 それよりも一刻も早くテレビに露出することが先決」 っていう時代だったからさ。

そういう所から見ると、80年代ってある意味乱暴な時代でもあったんだよね、今思うと。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

涙の茉莉花LOVE / 河合その子

1985_10_涙のジャスミンLOVE_河合その子






今回の1曲セレクトは、「涙の茉莉花LOVE」河合その子です。

 まずはデータです。

・タイトル     涙の茉莉花LOVE
・アーティスト   河合その子
・作詞       T2
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1985年9月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    19.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1985年9月23日〜10月7日付

えー、今回も昨日の河合奈保子さんに続いて、「河合さん」なんですけど、河合は河合でも、河合その子さんのソロデビュー曲。

 涙の茉莉花LOVE

まあ、言わずと知れた、おニャン子クラブから初のソロデビューだけど、おニャン子は、あくまで「シロウト集団」をいかに、「マス」で売ることを前提にした「アイドル」 。
 あとの時代でもアイドル「最終兵器」といわれるくらいだから。。。

 たださ、シロウト・・・と一口に言っても、実は、シウロトではないヒトも中には居たりして・・・。

 つまりさ、すでにプロとして事務所に所属してたものの、売り出すための「手段」として、一旦「おニャン子クラブ」っていう、集団に入れておいて、顔を覚えさせて、売り出す・・・っていうやり方。

 河合その子の場合、典型的にそのパターンですよね。

 そのほかに国生さゆりもそうだし・・・(CBSソニーからソロデビューしたヒトたちはみんなそうじゃないかな)
 工藤静香に至っては、おニャン子に入る前に、実は一度デビューしてレコードを出してたりするもんね(セブンティーンクラブっていう3人組アイドルの一人だったのです)

 だからさ、一口にシロウト集団・・・と言っても、実際は完全なシロート集団ではなかったんだよね、おニャン子って。

 どうして、ソロデビューするのにキャニオン組とCBSソニー組(そのほか、ワーナーとかエピックとかフォーライフなんていう例もあったけど・・)に分かれていたんだろ・・・って昔、不思議だったんだけど、恐らく、CBSソニーとは、前もって密約があったんだろうね、きっと。

 いちおう、後発組は、「アイドルを探せ」コーナーで合格した子をおニャン子グラブに入会って言う流れにはなってたけどさ、あれも、一種の「やらせ」って言うこともあったと。。。

 たださ、この「もくろみ」は、おニャン子クラブガ成功した事で、大きく弾みがつく。

 河合その子は、途中からおニャン子に加わったのにも関わらず、おニャン子加入から、70日あまりでソロデビューにこぎつく。

 挙句の果てには、オリコン1位まで獲得してしまったり・・・。
(・・というか、この曲1位獲得してたのすっかり忘れていた。。。)

 これ、完全にゼロから一人のアイドルとして売り出すのは大変ですよ。ましてやオリコン1位獲得となると、限りなく不可能に近いわけで・・。

 なにせ、アイドルのソロデビューでオリコン1位なんていうのは、この自時点では、マッチぐらいしか居なかったわけでさ。

 そのまっちだって、ソロで出す前に金八先生に出たり、「たのきん」として顔を売り出してたから、デビュー曲で1位だったわけだよね。

 おそらくさ、今考えると、おニャン子って、「たのきん」とか「ジャニーズ」のやり方を女の子で出来ないか・・・ってことで始まった企画なんぢゃないかなぁ・・・。 今書いてて、なんか、そんな感じがしてきた。



・・・・ということで、「涙の茉莉花LOVE」なんだけど、単純にいい曲だとおもう。素直で素朴で、アイドルのソロデビュー曲としては、申し分ない内容だと思う。

 雰囲気が大人びているのは、当時、すでに河合その子が20歳だったからか!?

 ちょっと、フレンチポップスに、ラー油を加えて中華風味をつけたら、あーらふしぎ、新しい味になりました。。。

 っていう、いかにも日本人的な発想の実験的な曲でありましたね。そういうところも、面白かったな、この曲。

 うん、この後の曲のどの曲にも、随所にフレンチっぽいイメージを持たせているんだよね、河合その子って。
 まあ、その最たる曲が゜「青いスタスィオン」だけど。。。

 でも、個人的には「JESSY」が一番好きだな。あの大げさ感、フレンチというよりも、カンツォーネに近そうな大げさ感。

 それをいかにも非力そうな河合その子が歌うっていう構図がいいですね。河合その子も歌に負けてなかったし。。。


 本当は本格的シンガー路線で行きたかったんだろうね。でも、このヒトのルックスと声質が邪魔して・・・・、ってところがあったんだろうな。

 でも、そういうところは、この「涙の茉莉花LOVE」を聴いてた頃は、感じなかったな。
 完全なアイドル路線なんだろう・・・って思ってたですわ。


 その前に、このヒトが、その後の曲も作ることになる、後藤次利氏と結婚することになるとは・・・・。全く考えてもみなかったですわ。

ま、秋元康氏と高井麻巳子が結婚することになるなんて事も全く予想してなかったわけで、その点、同じなんだけど。。


動画・・・、どうもこの動画上げてきてるヒトが、他のサイトからのリンクを蹴る設定にしてあるようなので、You Tubeへ直リン。

https://www.youtube.com/watch?v=u0x5gBXlpvU



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

JESSY / 河合その子

1987_07_JESSY_河合その子






今回の1曲セレクトは、「JESSY」河合その子です。

 まずはデータです。

・タイトル    JESSY
・アーティスト  河合その子
・作詞      川村真澄 
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1987年6月17日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   7.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位


 最近、あんまりウタに季節感を感じなくなったけど、まだ「夏」の曲に関しては、それっぽい曲がチラホラ見かけるわな。
 やっぱり、夏って言う季節は、今も昔も、「季節感」からして変わらないのかなぁ・・・。

 さてさて、そんな「ナッツー」の季節とは、全ーーーっく無縁の曲もあるわけで・・・。
 こういう曲って、どう感じるのか・・・ってのも、それぞれの曲によって異なって来るわけなんだけどね。
 暑っ苦しいのか・・・。気持ち悪いのか・・・。まあ、何れかに分かれることが多いんだけど・・・。

 今日引っ張ってきた、河合その子の「JESSY」って曲。


 これがねー、丁度、今ごろヒットしたというのもに関わらず、まーったく季節感が無い曲なんだよね。

 いや、どちらかというと、反対の季節的・・・うん、「冬」っていうイメージの曲だったりして。


 それじゃ、暑苦しいのか・・・というと、さにあらず。。。それはそれで、なんとなく納得してしまうような曲。

 つまり、河合その子っていうキャラクターには、実にあっていると思いますよ。


 たださ、あまりの現実離れしている曲調なんで、最初聴いた時は、かなり「唖然」としたけどな。

 うん、これは、すでにポップスという領域から離れてるような・・。少なくとも、純粋な「アイドル」の曲ではないよな。

 ほとんどヨーロッパ的な濡れた重ーーーーーーい、雰囲気の、ほぼ100%フレンチフレーバーな曲。


 いやいや、ジャケ写をみれば、その辺めっちゃ、一目瞭然だったりして・・・。もろ、そのまんま「おフランス」人形のイメージじゃん。


 少なくとも日本的な匂いは、ほとんどしない。歌詞が日本語・・・って言うだけのような。

 それが、秋元−後藤・・・っていう、モロ、おにゃん子なラインから作られているっていうのが、たしかに、スゴイっちゃ、スゴイ、発想が。

 ただ、当時のワタシとしては、その前に、曲調に「唖然」とするばかりで、この曲がいいのか、悪いのか・・・よく分からなかったっていうのが、本音の部分かなぁ。

 いや、その前に、半年後に控えてた、大学受験の不安の方が大きくて、この曲のあまりの重さに、ただでさえ重たかった気分が、一層重たくなった思いがあるわ。。。

 そんな高校3年の夏の始まりだったな。。。 あー、いま考えても気分が重たくなる。。。ふらふら





ちょっと画面が見づらいけど、音はいいんで、この動画をチョイス。

どうでもいいけど、この曲、作詞は秋元康じゃないんだな。今の今まで28年間、秋元氏の詞だと間違って覚えてましたわ。。。

哀愁のカルバナル / 河合その子

1987_03_哀愁のカルバナル_河合その子






今回の1曲セレクトは、「哀愁のカルバナル」河合その子です。
 まずはデータです。

・タイトル      哀愁のカルバナル
・アーティスト   河合その子
・作詞        秋元康
・作曲        後藤次利
・編曲        後藤次利
・リリース日    1987年2月26日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    9.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 12位

 放送局同士のいさかい。
 最近はあんまり聞かなくなりましたなぁ。今でもあるのかねぇ? 最近はお互いに、昔の番組のVTRの貸し借りをやってたりするから、昔ほどはいがみ合っているようにも感じないんだけどね。
 何分、NHKで、TBSの「ザ・ベストテン」のVTRを流されたのには、ちょっとビックリしましたけどね。

 一時期は、かなりゴタゴタになってたことがあるけどねぇ。
 なんと言っても、TBSとフジテレビのいさかいでしょう。一時期、べストテンに、おニャン子関係の人たちが全くでなくなったりして。

 これ一体、何が原因だったの? 未だに真実がよくわかんないんだけどねぇ。
「各方面の折り合いがつかなかった」・・・としか。

 とりあえず、フジテレビで売り出してた、おニャン子をTBSに持ってかれたくないってことなんだろうね。

 それにしては、日テレの「トップテン」には出演してたりして・・・。あせあせ

 フジと日テレは、仲たがいしてなかったんだよね。あせあせ

 音楽出版社も絡んでるんぢゃないかねぇ。TBS付きの日音と、フジテレビ付きのフジパシフィック出版(通称フジパシ)の対立・・・なんて、個人的には考えてるんだけどさ。

 いずれにしろ、86年の夏過ぎから、87年当初まで、「おニャン子」関係が「ベストテン」に一切出演しなかったのは事実。
(その影響で、内海和子はランクインされながら、ベストテンに出演できなかった)

 で、そんな対立が解けて、一番最初に、ベストテン出演が再解禁になったのが、今日引っ張ってきた、河合その子の「哀愁のカルバナル」からですわ。

 結局、この前の「悲しい夜を止めて」の時は、出演しなかったわけだけど、河合その子の場合は、まだ、影響が少なかった一人かな。


 おニャン子を卒業して、ソロになった河合その子は、比較的ヨーロッパ的な曲が多かったな。
 最もヒットした「青いスタスィオン」からして、おフランスっぽいイメージだったしね。
 このヒトの醸し出すイメージが、そんな感じだったんだろうね。おフランス人形のようなお嬢様の雰囲気で。あせあせ

 そういうイメージは、この「哀愁のカルバナル」にも現れておりますな。曲のサウンドイメージ的には「青いスタスィオン」の延長な感じ。

 詞の内容は、ぐっと大人っぽくシックな雰囲気になってるけどね。
 詞の最後の♪アデュ・ラ・ムール〜♪からして、そういう、おフランスなイメージってことは、分かりすぎるくらいだったりするし。。

 手元にある、秋元康著書「35m/mの原稿用紙。」っていうエッセイを読み返してみると、河合その子を紹介したところに、

 「河合その子のレコーディングでパリに行った」・・・とある。

 うーん、そのまんまなんじゃん、やっぱり。。。と思っちゃったりして。
 ・・・っていうか、どう考えても、このヒトをおフランス人形にしたかった、秋元氏と後藤氏のようだね。


個人的には、この曲の次の「JESSY」が好きだな。これには意表を付かされたもの。 めっちゃ「重い」曲で。それでも、やっぱりイメージはヨーロッパなんだよね。

 この「哀愁のカルバナル」は、それに比べると、まだポップかな。マイナー調の曲だけどね。


ちなみに、「カルバナル」ってカーニバルのことだよね? 若干、中森明菜の「ミ・アモーレ」も意識の中にあったのかねぇ?
 改めて、聴いてみて、そんなこと思ったりして。。。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

青いスタスィオン / 河合その子

1986_03_青いスタスィオン_河合その子






今回の1曲セレクトは、「青いスタスィオン」河合その子です。

まずは、データから

・タイトル     青いスタスィオン
・アーティスト   河合その子
・作詞       秋元康
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1986年3月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    34.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1986年3月31日〜5月5日付

 前回に引き続き、今回も1986年3月21日リリースの曲です。
 うーん、ちょっと後ろ向きの選曲かなぁ・・・とちょっと後悔しつつ、やっぱし、この時期はずせない1曲だよなぁ・・・と、優柔不断になりながら、引っ張ってまいりました、結局。

 河合その子。 ハイ、言わずとしれた、おニャン子です。
・・・といっても、この時点ではすでに、おニャン子は、卒業しておりまして、完全なソロ活動をしていたわけですが、印象としては、どうしても、おニャン子という感じですねぇ。

 前年、1985年4月1日にスタートした、「夕焼けニャンニャン」は、この頃がピークでして、最高視聴率は関東地区で20%。
 夕方5時で20%ですよ、いかに、みんな見てたかってわかりますよね。

 で、おニャン子関係の楽曲もこのころがセールスは、ピークでしたね。
 この「青いスタスイオン」の34.1万枚っていうのが、おニャン子関係の曲の中では、最高セールスになるんですわ。

 ただ、このころは、他の曲も軒並みセールスは絶好調で、

・じゃあね  おニャン子クラブ   28.1万枚
・季節はずれの恋 吉沢秋絵     28.0万枚

を記録しております。
 おニャン子名義の曲では、「じゃあね」の28.1万枚が最高セールス。

 え? そんなもんなの? と思われる方も多いと思うけど、そんなもんだったんですよ。。実際は。
 それよか、今ではほとんど、印象が薄い、吉沢秋絵が28.0万枚も売ってたってのが、オドロキでしょ?

 まあ、おニャン子関連では、夕ニャンの視聴率と、レコードセールスの関係って分かりやすかったからね。ほとんど正比例ですよ。
 で、4月に入って、視聴率が下がりだすと、同時にレコードセールスも下がりだすんでよね。

 もっとも、4月以降は、レコードの乱発がはじまったってのもあるけど・・・。


とかく、おニャン子関係の曲って色物っぽく映る曲が多いけど、この「青いスタスィオン」までは、そうでもなかったような気が個人的には思うなぁ。
 特に、この「青いスタスィオン」は、こと完成度が高い曲でしたよね。うん、だから、このセールスも頷けるとろこだよなぁ。

 春は「別れ」の季節。それにあわせるように、もろ、別れの曲。
 まあ、舞台は、多分、どっかの田舎なんだろうけど、アンニュイな雰囲気が、浮かんでくる田舎の絵づらととってもマッチしているんだよね。
 大げさに言うと、セピアがかった、古いフランス映画の一シーンのような・・。

 そんな雰囲気が、心切なくさせてくれる・・・・っていう雰囲気なんだよね。

 うーん、秋元康、やるぢゃん。色物だけぢゃないぢゃん。後藤次利もやるぢゃん・・・と思わず、賞賛したくなる1曲です。

 
 ・・・・と思いきや、これの10日後、ニャンギラスという、爆弾を秋元氏の手によって落とされました。。。。。。
 失望。。。。

 この時より、おニャン子は、徐々に転落の時を迎えます




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村
記事検索
QRコード
QRコード
読者登録
LINE読者登録QRコード
livedoor プロフィール

かじやん