1984_05_愛情物語_原田知世






今回の1曲セレクトは、「愛情物語」原田知世です。

 まずはデータです。

・タイトル     愛情物語
・アーティスト   原田知世
・作詞       康珍化
・作曲       林哲司
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1984年4月25日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    32.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1984年5月10日〜6月11日付
・タイアップ:映画「愛情物語」主題歌

 曲そのものだけじゃなく、曲のマネージメントについても興味が出てきたこの頃・・・。
 うん、まあ、それだけ、それぞれの楽曲について広く、見れるようになってきたって事かもしれないし、単に年取ってきたって事かもしれないけど・・・ふらふら

 でもさ、そういう見方にも興味を持ってきたからこそ、改めて、「おおっexclamation & question」っと疑問に思えてくることも見えてきたりして・・・。


 今回の1曲セレクトは、そんな1曲・・・。

 原田知世 「愛情物語」

 えー、この聴くからには、なーんの変哲もない、当時の「アイドル」ポップスの典型のような、この曲を疑問に思ったのはさ、「なんで、この曲だけ、東芝EMIからリリースなんねんexclamation & question

 って事だったりして・・・。


 まあ、フツーに聴いている限りでは、まーったく意味もないことなんだけどね。こんなこと考えても。。。

 でもさ、「ビジネス」的な切り口から「ヒット曲」に、そこそこの年数関わってくると、こういうところも気になって来るんだよねぇ。

 まずもって、一番、気になるのが、「どんな契約内容になってるねんexclamation & question」って事だったりして・・・。

 いまは、業界的にどういう慣習になっているかは、よく分からないけど、当時は、レコード会社移籍にあたっては、そのアーティストは「半年間はレコードをリリースできない」っていう慣習があったようなんだよね。

 まあ、もちろん、契約書上の慣習ではなかったとは思うけど、あくまでも業界上の慣習でさ。


で、然るに、この「愛情物語」をリリースするに当たってだけど、シングルリリースは、この曲の前は、例の「時をかける少女」なんだけど、これが、1983年4月21日リリースで、リリース元は「キャニオン」。

 うん、原田知世にとって、82年のレコードデビューから、ずっとキャニオンだったから、まあ、これは不思議ぢゃない。

 たださ、同じ83年11月リリースのファーストアルバム「バースディ・アルバム」は、既に東芝EMIからのリリースってなってるから、業界の慣習からして、最短で83年の5月には、キャニオンから東芝EMIに移籍してたことになる・・・。


 うん、まあ、この辺も、フムフム・・・ってところかな。


 だけどさぁ、この「愛情物語」のリリースが1984年4月21日で、次のシングル「天国にいちばん近い島」のリリースは、同じ84年の10月10日。しかも、リリース元は、いきなりCBSソニーだったりするあせあせ

 あれれれ〜、ちょっとまった・・・ということは、この曲リリース直後の1984年5月1日付で移籍したとしても、半年経ってないんですけど・・・ふらふら


ってことになったりして・・・あせあせ


 まあ、その辺が、当時の「角川」体制の強大さを感じ取れる1コマだったりして・・・。

 つまーりさ、角川のヒトコエで業界の慣習さえ、変えられた時代なのよ、この頃は。
 事実、薬師丸ひろ子、原田知世っていう「2大看板女優」を要してた当時が、角川映画の全盛期でもあったしな。

 まあ、原盤権が恐らく角川側にあったんだろうし、だから、曲制作に関しては問題はなかったんだろうけどさ。


 でさ、逆に考えれば、この曲、リリース直後に、レコード会社を移籍してた・・・ってことになれば、プロモーションもほとんどレコード会社ではしてないってことになるよね。

 事実、この曲、ほとんどテレビでは歌ってないはずだぞよ・・。

 それでも32万枚強も売れちゃってた、当時のパワーの強力さね。

 もー、ほとんど、映画主題歌タイアップとしてのみで売れちゃってたんだから、大したものだよね。

 
 なーんて、思う、今日この頃なのであります。


 うみゅ、今日の1曲セレクトは、曲の中身まで言及しなかったな・・・。
 ま、たまには良いでしょあせあせ  ・・・でも、業界に関わりのない方には、どーでもいい内容だったかな。。。



曲調からすると、晩秋から冬・・・っていうイメージなんだけど、実際のヒットし、初夏だったんだよね。
その辺のイメージのずれが、この曲の面白さかなぁ。
 サウンドそのものは、林哲司氏ならでは、「84年」を象徴している輪郭のはっきりとした音ですよねぇ。
ここでは何回か書いてるけど、「84年の音」って特徴的なんだよね。輪郭がはっきりしてクリアで。
ほとんどが、当時ブームだった、FM音源シンセ、YAMAHA DX7シリーズのプリセット音だったりね。
ま、そのほとんどが林哲司氏の作、編曲だったりするんだけどさ。


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