かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

康珍化

人魚姫 / 中山美穂

1988_08_人魚姫_中山美穂


今回の1曲セレクトは、「人魚姫」中山美穂でする。

・タイトル    人魚姫
・アーティスト  中山美穂
・作詞      康珍化
・作曲      CINDY
・編曲      ROD ANTON
・リリース日   1988年7月11日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   36.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1988年7月25日〜10月17日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「若奥さまは腕まくり」主題歌

既に書いてても書いててもおかしくないのに、まだ書いてない曲。
最近、そんなシチュエーションで、主に書き進めている1曲セレクトだけども、探してみると、まだまだあるんだよなぁ。

当然、書いてておかしくないのに、まだ書いてない「大ヒット」曲。

書こうと思って忘れている曲、個人的にあまり好みじゃないんで書いてない曲・・・まあ、理由はいろいろあるわけなんだけども。。。

あ、結構あるのが、過去に書こうと思っていたんだけども、その時点で、最上段に必ず掲示しているジャケ写がネット上になかったり、You tubeに動画がないんで、書くのを断念したりしていた曲も、意外とあるんだよな。

今回、引っ張ってきた曲は、たしか、過去に書こうと思った時点で、ジャケ写かYou tube動画か無かったんで、書くのを断念していた曲・・・・・だったと思う(すんません、その辺、あやふやです。。。)


中山美穂さんの「人魚姫」。

「人魚姫」と書いて「mermaid」と読ませる。 サイトとか著書によっては「人魚姫mermaid」と連記してあったりするんだけどね。

とりあえず、ここではオリコンでの表記を持ってきて「人魚姫」と表記しておきます。

しかしねえ、この曲の売り上げ36.5万枚は、この曲がリリースされるまでの、ミポリンの曲では最高売り上げ。

オリコン1位獲得は、前々曲の「CATCH ME」、前曲の「You're my only shinin' star」に引き続き3作目。

・・・・という大ヒットにもかかわらず、今まで書いてなかったとは。。。。

いや、だからね、昔書こうと思ったときに、まだYou tubeに動画がアップされていなかったんじゃなかったかなぁ。。。。

さすがに、あの当時の最高売り上げであったし、しかも「ザ・ベストテン」でも首位を獲得したこの曲を、よもや忘れていたわけではないよなぁ。。。。


ただ、当時を振り返ってみれば、この曲をゼッサンしていたわけではないんだよね、ワタシの中では。

以前「CATCH ME」の時にも、どうも今一つしっくりこないんだよな・・って書いたけど、この曲も、どうも今一つしっくりこなかったんだよな、当時は。

ミポリンと、まるで洋楽なダンスビートっていうのが、個人的にはどうもね。。。。

まあ、この曲なんか3か月近くベストテン入りした、いわいるロングヒットになったし、結果的には成功したわけでね。結果がすべての業界にあっては、この路線に進んだのは、間違いではなかったわけなんだけどね。

個人的には、どうしてもデビュー当時の「C」をはじめとした、松本−筒美 っていう黄金コンビの頭がこの時も抜けてなかったからな。

ビートが前面に出て来ている曲でも大村雅朗氏アレンジの「ツイてるねノッてるね」とか船山基紀氏アレンジの「WAKU WAKUさせて」のような、「職人」が紡ぎだすビートのほうが、個人的にはしっくりと来てたからなぁ。 
なんていうのかな、サウンドとしては当時の先端ではあったど、基本的なビートとしては、少し時代を遡るような。
「WAKU WAKUさせて」にしても、サウンド自体は当時の流行りだった、ユーロビートだったけども、実際のビートはディスコだもんね。70年代っぽい。
そういう、日本独特のフィルターがかかった、一種のミクスチャー的な曲の方が個人的には好きだった。


この「人魚姫」なんか、ほとんど洋楽だもんね。もっとも、作曲はハーフのCINDY、アレンジャーがROD ANTONっていう「外人」なんで、そういう「音」になるのは必然的というか、当然なんだけども。

抑揚、起伏のあまりないメロディラインに、ある一定のフレーズの繰り返し。 それに絡んでくる、エッジが効いたいかにも80年代後半を彷彿とさせる硬い音質のビート。

うーん、最近だったら、NIGHT TEMPO氏をはじめとして、「シティポップ」として、リバイバルさせてきているようなサウンドですわ。

ただ、ここまで書いたように個人的には、当時からシックリこなかったこともあってさ。だから、最近のシティポップとして再評価してきている曲たちも、当時からあまり触手がのびなかった曲が多いんだよね。勿論、すべてではないけど。。。

最近、海外でのシティポップブームを、個人的にはそんな騒ぐほどすげえことなんか?・・・なんて冷めた目でみている一つの原因はそこにあるかもしれないな。

うん、あくまで洋楽寄りであって、日本独特のフィルターにかけた曲調ではないという事ですね。

洋楽を日本独特のフィルターにかけずに、あくまで洋楽寄りの曲であるからこそ、シティポップとして向こう(外国)で受けるのは、ある意味、当然と言えば当然なんだよね。なんせ彼らからすれば親和性が高いんだうろしさ、聴きなれたサウンドであるんだから。

もっとも、クオリティの高い音楽であるからこそ、耳が肥えている向こうの人達にも受け入れられていることは認めますけどね。

・・・なんて、シティポップについてになると、ついつい熱くなってしまいマス。。。。





この曲PVがあったんだな。。。ってか1988年くらいならば、すでにPVあってもおかしくないか。。。



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ガラスのPALM TREE / 杉山清貴&オメガトライブ

1985_12_ガラスのPALM TREE_杉山清貴&オメガトライブ


今回の1曲セレクトは、「ガラスのPALM TREE」杉山清貴&オメガトライブです。

まずはデータです。

・タイトル    ガラスのPALM TREE
・アーティスト  杉山清貴&オメガトライブ
・作詞      康珍化
・作曲      林哲司
・編曲      林哲司
・リリース日   1985年11月7日
・発売元     バップ
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  20.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1985年11月25日〜12月30日付
・タイアップ:ダイドードリンコ「ジョニアンコーヒー」CM曲

ちょっと前に、FM東京系で毎週土曜日16時〜17時で放送されている「キリンビール"Good Luck Live"」で杉山清貴氏がゲストに出た。
その時のMCで「来年はオメガトライブで全国ツアーをやる」・・って言うのを聴き逃さなかったワタシ
・・とは言うものの半信半疑ではあったんだよね

BUT、先日チケットぴあのサイトを見てたら、本当に「杉山清貴&オメガトライブ」復活ライブのチケット予約が出てるじゃんか・・・。

マジで   ・・・と思いーの、思わず、2月9日(土)の中野サンプラザでのライブの先行予約しているワタシが居たりして。。。

もちろん、当選しました。   で、昨日無事チケットが届きました。

2階席だったけど・・・・とりあえずは、まあいいか。

ちなみに・・・「杉山清貴&オメガトライブ」としてのライブは、初めての参戦なんだよな。
杉山清貴氏のソロとしては、数年前にここんところ毎年行われている「ポプコン」の同窓会コンサートで見た。

この間の「キリンビール"Good Luck Live"」でのライブもそうだったけど、まだまだ現役バリバリに声が出てるし、オメガトライブを復活させればいいのに・・・と思っていたんで、個人的には手放しで喜んでたりするんだけどね。



・・・いうことで、今回の1曲セレクトは、やっぱ「杉山清貴&オメガトライブ」で行きたいっ

・・・んだけど、オメガトライブなんて、もう大体書いちゃったよな・・・と思いーの過去のライブラリーを検索したら、むむ・・まだ書いて無い曲があるぢゃないの・・・。 しかもちょうど「今頃」ヒットしてた曲が。。。

と引っ張ってきましたわ。

「ガラスのPALM TREE」

あわわ、これは完全に「死角」だったなぁ。 うーむ、昔、一度書いたような気がしてたんだが・・・。



この曲は、「杉山清貴&オメガトライブ」としては7枚目のシングルにして、ラストシングルでしたわな。

そそそ、解散することが決まった上でリリースされたシングルですわ。

正直、個人的には寝耳に水でしたね、この解散は。

言ってみればオメガトライブとして「絶頂期」での解散宣言だったから。

いや、この年1985年のオメガトライブは、絶好調だったじゃないですか。 春先にリリースされた「ふたりの夏物語」が大ヒット。「ザ・ベストテン」では1位もとったし。アルバムは夏にリリースされた「ANOTHER SUMMER」がオリコン1位を獲得。

・・・とまさにバンドとして頂点にあった時期の解散宣言だったんだよね。

だから、当時は、なぜに解散するのか・・・と言う意味が全く分からなかった。

真相が分かり始めたのは、最近ですね。 

今回引っ張ってきた「ガラスのPALM TREE」を始め、それまでのすべてのシングルを作曲した林哲司氏の著書「歌謡曲」に詳しく出てるけど、杉山氏は、かなり以前からバンドを脱退したがっていたらしい。

オメガトライブって、バンドではあるけど、すべてのシングルの作曲が林哲司氏であるように、歌詞、曲、全てが「作られた」物だったんだよね。

それ以前に「シティポップ」「夏」っていうコンセプトでガチガチに固められた上で売り出されたバンドだったんですよ。

つまりは、杉山氏が本当にやりたいと思っている事が、オメガトライブでは出来ない・・・。そこにジレンマを感じていたらしい。  
そんな折、バンドとして絶頂を極めた事で、逆にそのジレンマが爆発してしまった。

そういうことだったようだ。

そんな思いの捌け口として、予定外だった「FIRST FINALE」というアルバムを制作。 急遽、この年1985年の12月にリリース。 このアルバムでは林哲司氏以外に、オメガトライブのメンバー作曲も収録され、杉山清貴氏自身も3曲書いている。

そしてオリコン1位獲得。

杉山氏の中では、このアルバムでオメガトライブとしては全てやりきった・・・と言う思いがあったようです。

だから・・・と言う訳ではないと思うんだけど、今回引っ張ってきた「ガラスのPALM TREE」と言う曲は、テレビでもあんまり歌われていない。
それどころか、この年のファイルナルコンサートでも歌われていない。

既に杉山清貴氏の中では「ガラスのPALM TREE」は、オメガトライブとして昇華仕切った後にリリースされたシングル。 そういう位置づけだったようですね。


ただ、個人的には、この「ガラスのPALM TREE」と言う曲は好きだった。
バンドデビュー曲の「サマーサスピション」を踏襲するようなイメージだったし。

そそそ、つまりはヤマハDX7がふんだんに使われたサウンド。 オメガトライブの真骨頂はココだと思うんだよね。

たしかにオメガトライブ=シティポップス、クリスタルって言うコンセプトは大きかったと思う。 ただれそれ以上にヤマハDX7のサウンド、これが彼らを大きくしたんじゃないかと思うんだよね。

いや、80年代中盤の象徴なんだよなヤマハDX7のサウンドって。 それをふんだん使用し、操っているオメカトライブって言うバンドも時代の象徴だったんだと思う。

逆に言えば、杉山清貴&オメガトライブの解散は、一つの時代の変わり目になったんだと思う。

そう、86年以降、ヤマハDX7のサウンドって少なくなっていくだよね。 

それからしても杉山清貴&オメガトライブの影響力がいかに大きかったのか・・・って言うのは見てとれるんじゃないのかな。

いずれにしても、カラッとした空気感は、これまでの杉山清貴&オメガトライブであり、ラストシングルっぽくないのはいい。 普通、解散前のシングルって湿っぽくなりがちじゃないですか。
これが最後・・・と思わせるところも無いし、本当に、これで解散なのか 

・・・・そんな感じがしてたな、当時は。





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アキラが可哀想 / 和久井映見

1991_07_アキラが可哀想_和久井映見


今回の1曲セレクトは、「アキラが可哀想」和久井映見です。

まずはデータです。

・タイトル    アキラが可哀想
・アーティスト  和久井映見
・作詞      康珍化
・作曲      小倉博和
・編曲      門倉聡
・リリース日   1991年7月1日
・発売元     ポリスター
・オリコン最高位 39位
・売上げ枚数  1.6万枚

「秀樹」効果・・といいますか、西城秀樹氏が亡くなった直後にアクセス数が急激に増えた「1曲セレクト」ですが、それも一時、最近はあの時に比べたら、アクセス数も大分落ち着いてきた感じですねぇ。

まあ、最近は週に1〜2曲書くか書かないか・・・って言う更新頻度も少ないしさ。そうなるのも、当然かなぁ・・・なんて、長年ネットサイトを運営していると当たり前のように思えたりするんだけど。。

いや、それ以前に、最近書く曲がちょっとマニアックに走ってるかなぁ・・というキライも否めない。 うん、いわいる「大ヒット」した曲は大分書いて無い気がする。。。といっても、特に80年代、大ヒットと言われた曲は、演歌以外は、もうほとんど書きつくしちゃったんでねぇ・・・。

・・と言ってて何なんですが、今回セレクトしてきた曲も大分マニアックな曲になっちゃったなぁ・・・。


和久井映見 「アキラが可哀想」

この曲、覚えてらっしゃる方、どのくらいいるんかなぁ・・・。それ以前にヒット当時聴いてた方すら、あんまり居ないかもしれない。

オリコン最高位39位と、一応の「左ページ」には入ったものの。売り上げ枚数が1.6万枚ですからねぇ・・・。 ベスト100にも僅かに3週間しかランクされていない。

CDの普及で相対的な売り上げ枚数が急激な右肩上がりに差し掛かって来た91年当時、売り上げ1.6万枚なんてさあ、全く売れなかったのと等しかったし。。。

いわいる「ヒット曲」と呼ばれる曲を主にターゲットに長年追い続けているワタシだったりするわけで、この程度の売り上げの曲は、通常だったらターゲットに聴いたりする事って殆ど無いんだよな。

いや、本来だったら、この曲も全く耳にしないで終わっちゃっていただろうと思う。

でも、知ってるんだよね、 しかも手元に8cmのシングルCDもあったりする。

なぜ?

1991年夏。 まだ大学生だったワタシゃ、夏休み終わりに北海道旅行に行こうと思っててさ、それまでの2カ月はバイトに明け暮れてたんだよねぇ。

場所は千葉中央郵便局。いわいる郵便物の「仕分け」作業のバイト。なんかジミーなバイトだったけど、深夜勤務だったんで時給は良くてさ、一晩働いて残業1〜2時間やれば日給1万越えてたな、この当時。
学生にとっては比較的割がいいバイトだったと思う。 逆に昼間は睡魔で辛いんで休みの時しかできなかったけど。。

でさ、深夜勤だったんで、当然職員はあんまり居なかったし、夜中で眠くなるんで、誰かがポータブルのラジオ持ちこんで来てて、一晩中ラジオが流れてたんだよね。 

大体はbay fmだったな。それか午前3時過ぎるとオールナイトニッポン第2部。

で、さあbay fmで、今回引っ張って来た「アキラが可哀想」が、まあ、良くかかったんだよな。いわいるヘビーローテーションってやつで。。。

そんな訳で、自然と覚えちゃったんだよ、この曲。

初めは、和久井映見さんが歌ってるってことすら知らないで、「だれ? これ?」って感じだったんたけど。。。でも、ジャジーロックっうのかな、4ビートな曲調がなんか斬新だったんだよな。 当時、このテのジャジーな曲って、少なくともヒット曲路線では少なかったしさ。

あ、いや、そう言えば、この曲の2年前の少年隊の「まいったね、今夜」は、これに近い路線だったか。ビッグバンド風4ビートで。 でも、そのくらいだったんじゃないかな。

ましてや、アイドル路線なんかじゃさ、まず聴かなかったしな。。。  だから、・・と言う訳でもないんだろうけど、徐々にこの曲に嵌まっちゃったワタシが居たりしてさ。
バイト現場で、早くこの曲かかれ・・・なんて思うようになっちゃったり。。。


今のアイドル・・とくに女性アイドルでは、この手のある種特殊な緊張がある曲はほぼ絶滅って感じだよな。 最近は本当に毒が無い感じだものアイドルの曲って。 安心感があると言うか。。。

まあ、アイドルの曲に安心感がある曲が多いっていのうのは今に始まった事ではなく昔からあるんだけどさ。
ただ、アイドル「冬の時代」と言われた、この91年頃っていうのは、逆に結構斬新な曲も多かったのよ。

うん、リズム的に斬新だったっていうのかな。 ribbornの「太陽の行方」はサルサ、田村英里子の「誘惑のチャチャ」はラテン・・・って感じでさ。 ただ、いずれも大ヒットとは呼べない曲だったんたけどさ。 
兎に角、普通にやってたんじゃ売れない時代だったからさアイドルは。 いろいろと試行錯誤したんだろうねぇ。
この系統の曲はそれなりにインパクトはあったんだけどね。

リズム的に斬新なインパクトがあって、しかも大ヒットしたっていのうは、ミポリンの「Rosa」ぐらいだったんじゃないかなぁ。

そんな当時の斬新系なアイドル曲のひとつが、この曲だったかもしれない。

うーむ、今でこそ女優で「母親」役っていうのが定番になっちゃった、和久井映見さんも、当時はアイドル路線だったんだよね。 ただ、当時から大人っぽかったことは大人っぽかった。 たしか年はワタシより1つ下なんだけどさ、どう見ても年上に見えたもの。





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Witches / 中山美穂

1988_12_Witches_中山美穂


今回の1曲セレクトは、「Witches」中山美穂です。

まずはデータでする。

・タイトル     Witches
・アーティスト   中山美穂
・作詞       康珍化
・作曲       CINDY
・編曲       鳥山雄司
・リリース日    1988年11月14日
・発売元      キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   31.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1988年11月28日〜1989年1月30日付

先週もそうだったけど、ここ暫く平日だけじゃ仕事が終わんなくて、土日も家に持ち帰って、家でもと仕事してたりしてまして・・・。当然ながら、きょうもほぼ1日中パソコンに向かい合った生活でしたわ。。。
まあ、そんなこともあって、眠いっ! 

このまま寝ちゃおうかなぁ・・という思いと、やっぱ1曲セレクトも書かなきゃな・・と言う思いがせめぎ合ってたりするんだけど、やっぱ書かなきゃ、なんか気持ち悪いんで、半分寝た頭で書いてたりします。

・・・なんで頭が回らないっ! 変な文章になってしまうような気もしますが、もし、ヘンだったらスミマセン。。。

・・・ということで、今回引っ張ってきた曲は、ミポリンの「Witches」

ミポリンの曲、この間書いたばっかのような気がするけど・・・。まあ、いいやね。 というか、書いたばっかと言うのに、まだ、書いてない曲が残ってたんだな。 これまで意外と書いて来なかったんだよな。理由はよく分かんないけど・・・。

この「Wiches」は、前曲の「人魚姫」に続いて、作詞、康珍化氏、 作曲、CINDYと言う布陣。

特に作曲がCINDYに変わって、俄然、洋楽にコミットしたようなサウンドに様変わりしたミポリンなんだよな。

正直言うと、個人的にはこの路線にはもろ手を上げて賛成はできなかったんだよな。特に前曲はこの手の路線に変わった最初の曲と言うこともありーの、戸惑いましたねぇ。

ここでは何度も書いてるように、ダサい曲がすきなんでねぇ。 こういう、洋楽にコミットした無機質な手触りの曲って今一つ触手が伸びなかったんだよなぁ。まあ確かにオシャレだし、「バブル」全盛で日本中浮かれてたあの時代にはあってたとは思う。 でも、やっぱ好みから言えば、86年の「WAKU WAKUさせて」みたいな、ダサい音の方が好きだった・・って思いは、この当時もあったんだよね。

・・とはいうものの、音源はしっかり持ってたりしてね  うん、なんだかんだいうても、好きだったんだよね、ミポリンって言うヒトがさぁ。

ただこの「Witches」って言う曲は、初めに聴いた時から「人魚姫」の時よりは、拒否反応は無かったな。
「人魚姫」っいうフィルターを通して、この手の「音」に慣れたっていうのもある。

けど、それ以上に、この曲がヒットしてた頃って、「2度目」の大学受験直前の頃でさあ、お尻に火が付き初めてて、なんかに縋りつきたい・・・って言う気分だったんだよな。

だから・・・と言う訳でもないんだけど、この当時のヒット曲には、大分縋ってましたねぇ、ワタシ。

それまであんまり興味を持たなかったTM NETWORK、丁度今頃ヒットてた「COME ON EVERYBODY」なんかもヘビロテで聴いたりしてさ。 そのくらい気分的に追い詰められてたってところはあった、確かに。

まあ「現実逃避」ではあるんだけど、これらの曲を聴いて大分癒されましたね。 今でもね、この曲とかTM NETWORKの「COME ON EVERYBODY」を聴くと、あの時の「お尻に火がついた」思いが甦って来るもんなぁ。 と、同時にどこからともなく、石油ストーブの匂いがしてきたりして。 当時、石油ストーブを焚きながら受験勉強してたからなぁ。

でも、そんな受験勉強って言う口実が無くても、この曲には引っかかってたかもなぁ。 なんかさ、手触りが変わってる曲だなぁ・・・なんて思ったんだよね。

イントロのシンセの音色からして、なんか今まで感じた事が無かったような手触りだったし。 なんて言うのかなぁ、「ビロード」の布の感触っていうかさあ、初めて触れた感覚だったんだよね。
で、その感触のまま曲に入って行く、そこが新鮮だったしさ。

この当時の曲って、例えば、中森明菜の「I MISSED THE "SHOCK"」もそうだったけど、それまでには無かった「音」、それまで感じた事が無かった手触りっていうのを感じさせてくれる曲があったりして、新鮮さを感じてたところはあった。今思うと、アイドルの曲のサウンドという点では、一番、クオリティがあった頃だったんじゃないかなぁ。それは、当時以後、今に至るまでを通してみても。

やっぱり、世の中、金が余ってたんだろうねぇ、音にいくらでも金をかけられる、、そんな時代だったからこそのクオリティ・・・そんな感じもするんだよね。




うーん、初めて見たけど、この曲にもPVがあったんだな。
っていうか、コレ見るが切り、ドラマ仕立てだし、完全にMUSIC VIDEOっていう様相ですねぇ。 
一体どこで流れてたんだろう? やっぱりテレビ神奈川の「ミュートマ」とかでは当時、流れてたのかなぁ・・・。
その辺はよく分かんないんだけど・・・。

ただ、曲とビデオの内容がシンクロしてないような・・・。 その辺は、まだまだ稚拙だったのかもなぁ。

しかしねぇ、ミポリンってヒトは、やっぱ大人っぽかったよなぁ、この時18才ですぜ、ダンナ。
18才で、この色気はまずいでしょ・・って言う気が。。。 っつか、学年で言えばワタシと同級生なんだけど。。




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ギザギザハートの子守唄 / チェッカーズ

1984_05_ギザギザハートの子守唄_チェッカーズ








今回の1曲セレクトは、「ギザギザハートの子守唄」チェッカーズです。

まずはデータです。

・タイトル    ギザギザハートの子守唄
・アーティスト  チェッカーズ
・作詞      康珍化
・作曲      芹澤廣明
・編曲      芹澤廣明
・リリース日   1983年9月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 8位
・売上げ枚数  39.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1984年5月7日〜5月28日、6月11日付

のっけから・・・・・眠いっス!  昨夜は自分のサイトのトップページに「アクセスカウンター」を設置するのに、久々にCGIと格闘しつつ、気がついてみたら「あさ〜っ」ってのをやってしまいまして。。。。
いや、昔、レンタルサーバーを借りてた時も付けてたんだけど、一時、お金が無くてやむなく無料のレンタルサーバーに引っ越しした時に外しちゃったんだよね。
 でも、昨年、再度、「有料」のレンタルサーバーを借りて独自ドメインを復活させたんで、ちょっと遅くなっちゃったけど、アクセスカウンターを復活させようと思ったんたけど。。。。

 うーむ、久々にCGIのプログラムや、ファイルのパーミッション設定なんかと格闘したんだけどねぇ。 最終的には表示できるようになったんだけど、どうも、数字がランダムになっちゃってウマく表示できなかったんだよね。

・・・なんで、結局、徹夜までしたのに破棄。 ネットに落ちてた無料カウンターをつけたら、ものの5分でついた。。

むー、最初からそうすりゃよかった。。。。 眠いっス。頭が回らなっス。。。。

なんで、早く書いちゃいますね。


さて今回セレクトしてきた曲は、チェッカーズの「ギザギザハートの子守唄」。

うむ、栄えあるチェッカーズのデビュー曲ですわな。
・・・・ってことは、ここ読んでる方はみなさんご存知ですよね  まさか「涙のリクエスト」がデビュー曲って思ってる方は、よもやいらっしゃいませんよね 

うーむ、まあ、今となっては「栄えある〜」なんて書けちゃいますけど、リリースから暫くの間は、まったくヒットしなくて、泣かず飛ばずの状態が続いた・・・っていうのは、当時、リアルタイムでこの曲聴いてた方なら、良くご存知ですよね。

ちなみに、この曲のオリコン初登場って何位だったかご存知でしょうか。 

168位だったんですねぇ。(1983年10月3日付)。。。

168位ですわ〜。っつか、詳細はワタシも今、知ったんですけどね。。。
当時のオリコン(ウイークリー)ってシングルは200位まで掲載してあったんで、当時のオリコンをひっくり返してみましたわ〜
 そそそ、当時のオリコンを所有しておられる方ならご存知だと思うけど、今でこそYOU大樹では200位まで売り上げ枚数は記録されているものの、当時は、101位以下は集計「誤差」が大きいという理由から、あくまで「参考」ランクであり、売り上げ枚数も出してなかったんだよね。

当時からすると、オリコン100位以下の曲は、そのアーティストの余程のファンで無い限り、一般的にはほとんど誰も知らない曲であり、ほとんど注目もされなかったんで売り上げ枚数があろうが無かろうが、影響はなかったんだけどさ。

だから、つまりは、当初は、この曲は、ほとんど見向きもされなかった曲だった訳無なんですよね。
 そんな状況下の中、当時、デビューキャンペーンで各地を回った際は、観客もほとんどおらず、「リンゴ箱」の上で歌ったこともあったとか。。。 

まあ、当の本人も、もともと「こんな演歌歌えるか」って言う気持ちだったようなので、仕掛けた側には「それみたことか」っと言う気持ちだったようなんですが。。。


 そそそ、もともとチェッカーズって、件のアイドルバンドなんかじゃなくて、ヤマハのライトミュージックコンテストのジュニア部門、後の「YAMAHA TEENS' MUSIC FESTIVAL」に相当するコンテストで優秀賞を受賞した実績のあるバンドだったんだよね。
 なので、当然、バリバリのバンド系、とくに当初はシャネルズのようなドゥアップなど黒人系音楽をやっていたので、そちらの方向でデビューすると思っていたところ、いきなり「アイドルバンド」にさせられ、しかも「演歌・歌謡曲」みたいな曲でデビュー・・・ということで、少し「ふてて」たところもあったようだ。

だから、当初、売れなかったときは「それ見た事か」・・・と思ったようなんだよね。


BUT、年が明け第2弾の「涙のリクエスト」がラジオでヘヴィーローテション的にかかるようになって、状況が変わる。
 オリコン初登場168位なこの曲もジワジワジワとランクを上げ、100位内に初登場したのが、1983年12月19日付(81位初登場)。その後も、ノラリクラリと、業界用語でいうところの「右ページ」(51位〜100位)を少しずつランクアップしていたところ、「涙のリクエスト」リリースと同時に、「左ページ」に躍進。
以後も、ジワリジワリとランクアップし続け、1984年5月14日付でついにベストテン内に到達。。。とまさにシンデレラストーリーを字で行くようなチャートアクションを展開しましたよね。

うん、その間に、第2弾の「涙のリクエスト」、第3弾の「哀しくてジェラシー」の大ヒットもあり、一躍「時の人」な存在になってしまった訳なんだけども、チャートマニアからすれば、この曲のようなジワリ型ヒットっていうのが、一番見応えがあったわけなんだよね。
ま、確かに3曲中では、一番ジミーな存在であることは確かなんだけどさ。

ちなみに、この曲がベストテン内に到達した、1984年5月14日付チャートは、チェッカーズが、それまで前人未到の3曲同時にベストテン入りさせた・・・なんていう歴史的なチャートなんだけどさ。

1位 哀しくてシェラシー
5位 涙のリクエスト
9位 ギザギザハートの子守唄

いや、まさにチェッカーズ旋風が吹きまくっていたころですね。

でも、これよりホンの半年前のことを考えると、上で書いたようにほとんど客もいない前でデビューキャンペーンを行っていたなんて、まったく信じられない状況だったよな。
 っか、逆に、1983年の大晦日の時点で、次の年にチェッカーズ旋風が来るなんて、全然予想もしてなかったことだったもんな。

たださ、そんな予感がしてたのかどうかは分かんないんだけども、当時、月刊明星付録の「YOUNG SONG」の1984年2月号(年末特大号)。楳図かずおと近田春夫の「年末対談」って言う企画の中で、「来年はハデハデグループが出てきて欲しいな」なんていう件があるんだよね。
 あとからすると、いや、まさにその対談内容が「図星」で当たっちゃったわけなんだけども、すでに業界内では、チェッカーズが爆発する・・・っていう噂はあったんでしょうかねぇ。 まあ、今となっては全く分からないことなんですが。。。。



うわうわ、チェッカーズヘアのフミヤや。
当時、この髪型にしようとすると、ガッコの頭髪検査で、絶対引っかかった・・・という。
ちなみに、オートバイを生産していたYAMAHAにおいて、YAMAHA所属のチェッカーズが、♪ 仲間がバイクで死んだのさ〜♪ とは何事だ〜・・・って言う事もあったようですね。
 それでもリリースしちゃったんだから、いい時代だったよね。 いまだったらコンプライアンスがなんじゃらかんじゃらで、もっと問題になったろうけどね。
 だいたい、こういうエンターテイメントに「まともな意見」が絡んでくるとツマンナクなるのよ。

サザンのアルバム「NUDE MAN」の1曲目の「D.Jコービーの伝説」にあるように 「オリコウなやつぁGET OUT、アーパーならC'MON」って行く方がいいのよね、エンタテイメントは。



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ROSECOLOR / 中山美穂

1989_04_ROSE COLOR_中山美穂








今回の1曲セレクトは、「ROSECOLOR」中山美穂です。

まずはデータです。

・タイトル    ROSECOLOR
・アーティスト  中山美穂
・作詞      康珍化
・作曲      CINDY
・編曲      鳥山雄司
・リリース日   1989年2月21日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  27.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1989年3月6日〜4月24日付
・タイアップ:資生堂89年春のキャンペーンソング

えー、1曲セレクト、本日2曲目って感じになるんだけど、先ほど書いた川本真琴の「桜」は、去年書いた奴の再掲載だったし、本当は、うちの近所の桜の写真をメインで載せたかっんだよね。
だから、今回のが、本日の「メイン」となりまする。

なんて、「メイン」と銘打ってしまいましたが、実をいえば、さっきまで何をセレクトするか、ぜーんぜん思いつかなかったんですよね。。。。いつものごとくですが、うんうん、唸りながらひねり出していたんだけど・・・。

さっき、「桜」ソングを書いたことだし、外に目を移せば、桜も満開に近いし、「さくら」を連想する曲でも持って来ましょうか。。。

で、ひねり出したのが、中山美穂さんの「ROSECOLOR」だったりして。。。。

なんて書くと、なんで、この曲が「サクラ」なの? 「バラ」じゃんか・・・なんて言われそうだけど。。。

でもさ、ROSECOLORの淡いピンク色って、「桜色」を連想させるじゃん・・・ってことで。。。
あ、ちなみに「サクラ」も「バラ科」の植物なんだよね、念のため。。。


 中山美穂さんの曲も、めぼしい曲は大体書き終わっている感じなんだけど、じゃ、なんで、この曲、今まで書いてなかったんだろ?
 この間書いた、河合奈保子さんの「ジェラス・トレイン」は、単純に「自分の好み」じゃなかったんで、今まで書いてなかった訳なんだけど、この曲は、決して、個人的にキライだった訳じゃないんですけどね。

でもねぇ、なんか、個人的には印象が薄いんだよなぁ。

まあ、曲自体、あまり派手な抑揚もない、淡々と流れるようなミディアムバラードだったこともあるかも知れん。

メロディに抑揚が無い・・というか、インパクトが無いんだよね。これは、作曲のCINDYさんの特徴でもあったんだけどさ。そそそ、このヒトのメロディラインは、wikipediaの文章をそのままパクると「アーティスティック」的。
簡単に言えば「洋楽的」なんだよね。うーん、もっと限定的に言えば、ヨーロッパ的というよりもアメリカンというかね。同じようなフレーズがいくつも続いている感じなんだよね。Aメロもサビも境目がはっきりしていない・というかね。
 それまでの歌謡曲も、アイドルポップスも、Aメロ、Bメロ、サビっいう境がはっきりしてる曲が多かったじゃん。その中に、がっちり印象付けるようなキャッチーなフレーズがあって・・・っていうさ。きいてても分かりやすい構造の曲が多かったんだよね。

でも、このヒトのメロディラインは、日本人っぽくなかったんだよなぁ。(ちなみにCINDYさんって向こうのヒトっぽい名前だけど、日本人です。本名 山本真裕美さん)
でも、作るメロディラインは、もろ洋楽的。そうだなぁ、有機的というよりも無機的なんだよね。

でも、そう言うところは、80年代から90年代に向かっていたこの時期としては、「新しい」手触りだったともいえたのかもな。 

 そんな抑揚のない、この曲の淡々としたメロディラインが、いかにも「春」を連想させる・・・というところは、決して間違いじゃなかったとは思うけどね。
うん、春霞がかかったような、淡いピンク色の・・・と言えば、如何にも日本独特の春の光景を連想するじゃん。そんなイメージっていうのかなぁ。

ただ、だからこそ、余り強いインパクトは感じさせなかったしね。だから今にして思うと印象に薄い曲となってしまっているのかもしれないな。

後は、ちょうど、この曲がヒットしてた頃、個人的にいろいろあった時期だったからとも言えるかもしれない。
ま、具体的に言えば、2回目の大学受験に失敗・・・って事なんだけどさ。。。まあ、簡単に言えば「2浪目」が決定した時期・・・ということで、若干、ヒット曲から離れ気味だったこともあったかもしれないな。(言い訳。。。)

ちなみに、今wikipedia見て知ったんだけど、作曲者のCINDYさんって15年前に亡くなっていたんですね。
今まで、全く知りませんでしたわ。



動画・・・、しかしねぇ、この曲の動画、YOU TUBEにゃ落ちてないんだな。。。。
しょうがないんで、別のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/xxyn0k_%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E7%BE%8E%E7%A9%82-rose-color_music

この曲の頃も、声が出ない・・・っていうミポリンのイメージだったんだけど、この動画を見る限りでは、思ってたよりも比較的、声出てたんだな。
 曲の最後が「尻切れトンボ」に鳴っているのは、メンゴ。。。。 でも、この動画しか落ちてなかったんで。。。



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涙はどこへ行ったの / 南野陽子

1989_02_涙はどこへ行ったの_南野陽子








今回の1曲セレクトは、「涙はどこへ行ったの」南野陽子です。

まずはデータです。

・タイトル     涙はどこへ行ったの
・アーティスト   南野陽子
・作詞       康珍化
・作曲       柴矢俊彦
・編曲       萩田光雄
・リリース日   1989年2月15日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   20.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1989年2月27日〜3月13日付

昨日は、中野サンプラザでの山下達郎ライヴに行ってまして。。。
いやー、盛り上がりましたよ。18時開演で、終わったのが21時30分を廻ってましたからね。正味3時間半以上ですわ。
でも、久々に「モノホンの音楽」を聴けましたわ。3時間半、短かったですね。

まあ、これについては、後日、改めて書きたいと思いまする。


・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、南野陽子「涙はどこへ行ったの」。

久々のナンノですね。 ナンノちゃんの曲は、これまで大分書いてきちゃったんで、残りも少なくなってきてるけど、この曲はまだ書いてなかったんだよな。

この曲ねぇ、当時、ホントは好きだったんだよな。 前曲が「秋からもそばにいて」。 そそそ、去年書いたように、この曲は悲壮感がねぇ、あまりにも漂ってたしねぇ。 そそそ、例のベストテンの「歌詞ド忘れ」事件でさ。
そうでなくてもバロック様式な曲調に緊張感がいっぱいだったし。
まあ、ナンノのお嬢さんキャラを突き詰めるああなっちゃったんだろうけどね。

だから、この曲を最初に聴いた時は、大分「ホッ」とした。 久しぶりに等身大の「ナンノ」を感じさせるような軽くて、明るいポップスだったから。

「ホッ」としたのは、ナンノ自身についてだけでなく、この頃の曲ってマイナーな重い曲が多かったんだよね。
少し前に書いた、工藤静香の「恋一夜」にしても、浅香唯の「TRUE LOVE」にしても、長渕剛の「激愛」にしても、全部マイナー系のヘヴィーな曲調だったじゃん。

 当時、一番人気だった、Winkの「愛が止まらない」にしても、ユーロビートでヘヴィーではなかったもののマイナー系だったしね。

 だから、個人的には、1989年の1月、2月というと、色で例えると「グレィ」っぽいイメージなんだよなぁ。

そこに来て、この曲でようやく、明るいメジャー系のきょくが来たじゃん。

「あ、やっと春が来た」・・・・なんて、素直に感じましたねぇ。

ま、この曲を皮切りに、この年の3月以降は、一転して「メジャー」系の明るい曲が一気に増えるんだけどさ。


そんな、如何にも春を思わせる明るい曲だったし、それまでのナンノのヒットストリームを踏襲するような曲だったんで、「秋からもそばにいて」よりは、売り上げ回復するんじゃないか・・・・なんて、リリースされた当初は思ったんだけどねぇ。

でも、実際は、「秋からもそばにいて」を上回ることもできず、その上、87年の「楽園のDoor」以来、8作続けていたオリコンでの1位記録もストップ。
 唯一の救いと言えば、とりあえず売りが20万枚を僅かに上回ったってことぐらいだったかなぁ。

でも、そんなチャートの動きから、結果的にはアーティストパワーが落ちてきたなっていう印象はぬぐえなかったな。

ナンノだけでなく、前年「アイドル四天王」と言われ、チャートアクション的にも売り上げ的にも強さを見せていた浅香唯にしたって、中山美穂にしたって、この89年に入ると急に元気が無くなって来たような印象が強かったんだよな。

まあ、アイドルの「旬」の時期は短いわけで、前年が人気のピークだとすると、89年は「旬」は過ぎていたっていうことは大きかったかもしれない。
ただ、一番大きかったのは、全体的なヒット傾向がアイドルから、バンドに移ったってことだろうな。

 そそそ、89年といえば、この年に始まった「イカ天」をきっかけに、一大バンドブームが勃発し、音楽の主流は、それまでの80年代アイドルからロックに大きく転換した年なんだよね。
プリプリ、爆風、ブルハ・・・etc etc、みんな89年に「大ブレイク」を果たした訳でね。
 それとともに、アイドルっていう存在が、一般大衆的な存在かから、急速に「オタク」なモノに変貌して来ていたんだよな。

その「余波」をまともに食らったのが、ナンノや、浅香唯、中山美穂辺りだったんだよね。
その点、工藤静香だけは、ウマくこの「余波」をかわすことが出来たが。。。(中山美穂も90年代に入って、見事復活したよな)

そんな時代の変換点だった頃の1曲が、この曲だった訳ですね。





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悲しみが止まらない / 杏里

1984_01_悲しみが止まらない_杏里







今回の1曲セレクトは、「悲しみが止まらない」杏里です。

まずはデータです〜

・タイトル    悲しみが止まらない
・アーティスト  杏里
・作詞      康珍化
・作曲      林哲司
・編曲      角松敏生 林哲司
・リリース日   1983年11月5日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   42.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1983年12月26日〜1984年3月12日付

 はてさて、今回は何を書くベーなと迷いつつ、10年前の12月のアーカイブを読んでいたところ

 ♪ 鼻水が〜 止まらない〜 ♪  なんて、カキコを発見。。。 うむー、10年の今ごろ、ワタシャ風邪ひいてたんだなwwww  そうだ、あの時風邪をこじられて、肺炎になっちまったんだよな。。。。

・・・よっしゃ、これいただき・・・・ということで、本日は

 悲しみが止まらない  / 杏里    に決定!


 この曲は、例のアニメ「CAT'S EYE」の同名タイトル「CAT'S EYE」の大ヒットを受けてのシングルなんだけど、イメージ的には全く違うわな。

「CAT'S EYE」・・・かっちょよかったよなぁ。スマートで緊張感があってキャッチーで・・・・。小田裕一郎氏の「最後」の大ヒット曲って感じだったけど・・・。

 この曲は、その逆って感じが最初はしたなぁ。なんかさ、あんまり垢抜けないような印象があったわけ。少なくともスマートではなかったよなぁ。

 でも、たしかに、当時の大学生とか若いOLには受けそうなイメージはあったな。当時の「anan」とか「nonno」族っちゅうの?

 うん、イメージが一気に小学生の・・・・ってところから2世代くらい飛んじゃったイメージがね。

 で、まあ、そんな感じで、いきなりイメージが飛躍しちゃったんで、この曲、最初なかなか火がつかなかったんだよね。
 なにせベストテン入りまでリリースから約2ヵ月要してたりする。
 まあ、「CAT'S EYE」がこの曲をリリースする頃までロングヒットしてたせいもあるけど・・・。

 この曲のターゲットとしている当時の大学生もOLも、前の曲で小学生に行っちゃった杏里が、まさか、また、自分たちの等身大にもどってくるとは思ってなかったんですかね〜。

 ても、まあ、よくよく聴いてみると、なかなかオツな曲なんだよね。歌詞は要は「オンナの嫉妬」って感じで、野暮ったいんだけど、サウンドはいいんでないの? もろ「annon族」にもろキャッチ・・・って感じでさ。
 やっぱし、アレンジに角松敏生氏が絡んできてるからかねぇ。通常の林哲司氏だけの場合とはやや違うな。アメリカン度は低いんだよね。

 やっぱ、ブラスでお茶を濁してるのが、ややいつもの林哲司氏オンリーのアレンジと異なってくるんだよね。

 いや、私は好きですよ。こういうダサめなポップロックな曲は。

 特に間奏のトランペットのソロは、スタイリステックスとかアースウィンド&ファイアーを彷彿させたりしていいんでないかなぁ。

・・・というか、個人的にはこの部分がいちばんすきなんだよなぁ。
 ハッキリ言ってメロディラインは、あんまり好きではない。それこそ野暮ったいんだもん。
 
 この曲を聴くときはいつも、バックのブラスセクションの流れしか聴いてない、ワタシだったりして・・・。


 しかし、最初なかなかな火がつかなかった割には、一度ヒットしてからは、息が長かったね、この曲。
 「ザ・ベストテン」での例の「オリバー君」(だっけ?)(⇒チンパンジー)との絡みも受けたからなぁ。




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艶姿ナミダ娘 / 小泉今日子

1983_12_艶姿ナミダ娘_小泉今日子






今回の1曲セレクトは、「艶姿ナミダ娘」小泉今日子です。

 まずはデータです。

・タイトル    艶姿ナミダ娘
・アーティスト  小泉今日子
・作詞      康珍化
・作曲      馬飼野康二
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1983年11月1日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   34.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1983年11月14日〜1984年1月30日付

 気がついてみれば、今年もあと1週間も無いんだよな。来週の今頃はお正月ですわ。いやー、ここにきてバタバタですわ。この週末は大掃除やって、年賀状書いて・・・・。そろそろ正月の食材も買っておかなきゃな。。。

 そんな年末、やっぱり、暗ーい曲で締めるより、おもっいきり「明るい」曲で締めたいよね・・・ってことで、小泉今日子の「艶姿ナミダ娘」なんぞ、引っ張ってきましたぞ。

 それにしてもズコいタイトルだよね、この曲。
 最初タイトル聞いた時、なんやねん? 小泉今日子が演歌転進? なんて思いませんでした? まあ、当時からお決まりの文句なんだけどさ。ワタシも単純に「演歌」に行っちゃったのかいな? なんて、一瞬思いましたねぇ。

 でも、曲は、おもっきりポップで、タイトルとのギャップが面白かったね。

 83年のキョンキョンは、「地」が出せた年かなぁ。それまでの「作られた」アイドルから本音のアイドルに脱皮した年。それと共に、レコード売上げも右肩あがりだった年ですね。

 この曲の34.8万枚っていうのは、ここまでのキョンキョンでは最高売上げ。

 この勢いは止まらず、次の年はもっと伸びるんだけどね。

 兎に角、中森明菜に続いて、82年組ではぬきんでた人気を獲得してたよなぁ。

 まずもって、曲が面白いんだよね。いい悪いを超越して「面白い」んですよ。

 この「艶姿ナミダ娘」にしたって、おもちゃ箱ひっくり返したようないろんな展開が次から次へとでてくるでしょ。
 この展開のめまぐるしさが、当時としては「画期的」だったんだよね。

 当時、この曲を「口笛」でどこまで表現できるか・・・って、随分練習したもんですよ。
 メロディだけでなく、バックの対旋律を含めてどこまで、休符なしで吹き続けられるか・・・。
 これがね、やってみると、イントロの最初の音からインストの最後の音まで全く休符無しで吹けるのですよ、この曲。

 つまり、イントロの最初から、インストの最後の音まで、全編を通して音の隙間がないんだよね。

 その辺がおもちゃ箱をひっくり返したような、めまぐるしい展開って言うのとリンクするんだけどさ。

 その代わり4分18秒、吹き続けるのは意外と体力いるんだけどさ。音細かいし、この曲。

 ちなみに、この曲の次の「渚のはいから人魚」も同じように「音の隙間」がないんだよね。
「音の隙間を埋める」ってのが、このころの曲の特徴でもあるんだけど、これは筒美京平氏も言っておられることなんですよね。特にアイドルの場合は、メロディとメロディの間を面白い音で埋める事で面白みがアップするんですよ。
 そこは、筒美門下の一人の馬飼野氏だけあって抜け目が無いですね。ほんとに音の隙が無かったよなぁ。
 
 しかし、当時、こういう展開の早い曲でも着いていけたんだから、やっぱし若かったんだよね。もし、今だったら・・・。着いていけないかもしれんふらふら この展開のめまぐるしさには。。。





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抱きしめたい / 松本伊代

1982_12_抱きしめたい_松本伊代






今回の1曲セレクトは「抱きしめたい」松本伊代です。

まずはデータでっすぅ〜。

・タイトル    抱きしめたい
・アーティスト  松本伊代
・作詞      康珍化
・作曲      亀井登志夫
・編曲      鷺巣詩郎
・リリース日   1982年11月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   15.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位

 あれ? さっきも「抱きしめたい」ぢゃなかった?
・・・っておっしゃる方、あなたはスルドイ!

 はい? どこが? トピタイトル見れば分かるぢゃん

うーん、なぜか、同名異曲がこの時期に固まってたんで、ちょっと遊んでみたのですヨ

 しかし、なんでこの時期に「抱きしめたい」が固まるんですかねぇ〜。やっぱし、寒い時期は「抱きしめたい」なんですかねぇ〜。
 ちなみに、ビートルズの「抱きしめたい(I Want To Hold Your Hand)」もリリースは11月なんだよね
お、これは確信的か


・・・ということで、松本伊代の「抱きしめたい」どえす。

 松本伊代って、82年組の中では一番「実験」してると思いません?
 中森明菜、小泉今日子ほど絶大な人気があったわけではないこのヒトが、んじゃ、なにで差別するか・・・といったら、楽曲での冒険だったわけですね。
 
 これは正解ではなかったですかねぇ。だから、やはり同じ程度の人気だった、堀ちえみ、石川秀美では、このヒトたちの曲ってなんだっけ? となっても、松本伊代の曲ってなんとなしにでも、今でも覚えてるヒト多いでしょ?

 それはやっぱし、曲で「遊んでた」からぢゃないんですかねぇ。あ、いや、遊んでた・・というより「実験してた」って言ったほうが見栄えがいいですかね。

 さすがにディレクターは、飯田久彦氏だけあって、ただでは転びませんわね。

 このあいだ書いた「センチメンタルジャーニー」のあと、3作目「TVの国からキラキラ」、4作目「オトナじゃないの」はテクノ歌謡とつつげて、5作目のこの曲は「チャイニーズ」。

なんだ、この展開は・・・・!?

 うーん、この展開ってもしかして、YMOへのオマージュ?
つまりさ、YMOってテクノの代名詞だけど、中国服着てたりしてたじゃん。これを模したんんですかね!? うーん。

・・・っていうくらい、かなり不思議な展開でしたね。

 まあ、それだけ、「え? なに?」っちゅう具合に、ヒトを振り向かせるキャッチーな展開ではありましたよね。

 だってほんとに ♪ジョワ〜〜ン テケテケテンテン・・・♪ 「ワタシ ダキシメタイ アルヨ・・・」っていう雰囲気だったじゃん。この曲。

 なんで、「抱きしめたい」がチャイニーズなの? 

っていうさ。

 実は、このチャイニーズ展開って、この曲の前の「オトナじゃないの」でも予見してたんだけどさ。
・・・・っつうのも、最後の転調する前の「繋ぎ」の部分に、「シャンシャン」ってチャイニーズのドラっぽい音が入ってるんですよ。 当時は気がつかなかったんだけど、今のになってよくよく聴いてみると「ナルホドナ」なんか思ったりしてね。
 

 で、曲の方は、やっぱし、なんていってもサビの部分の

 ♪ ん・・抱きしめたいの〜 ♪

 の声質でしょ。 

 それと、このサビに入る時の ♪チキュチョン♪って入るギターリフ。
 もう、これに尽きる。 だってさ、散々「不思議な曲」って煽ってきた割には、その他の部分はどうも、つかみ所がないんだもんさ。この曲。

 逆に言えば、この部分だけで充分、この曲の「役割」を果たしてるともいえるんだよね。

 うーん、この部分聴きたいためだけにお金払ってるっていうかね〜。


 ハイ、そういう曲ですよ。この曲は。


 あ、蛇足だけど、上でも書いたように、この曲は雰囲気がチャイニーズでしょ。で、この次の曲が「チャイニーズキッス」っちゅうんだよね。
 これが、タイトルは「チャイニーズ」なんだけど、中身は「チャイニーズ」でもなんでもないという・・・。
 これまた不思議な展開なのですよ

 はい、こんな感じで松本伊代さんの曲には、いつも新曲がでるたび肩透かしを食らっておりましたねぇ。
 うーん、よくいえば、「想像を絶する曲」をいつも聴かせてくれていたっちゅうかね。

 うん、だから、面白かったっていう部分は強いですね。
「あ、またコレか」って思わせるよりはいいでしょ?
 その反対行ってたのが渡辺徹氏なんだけど・・・。このヒトは徹底的にワンパターンだったじゃん。

 まあ、この辺については近日中に・・・。




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