かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

山下達郎

めちゃくちゃ 正論です。

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山下達郎氏「なぜに2000人規模でのホールのライブにこだわるのか?」

めちゃくちゃ 正論です。

でも、肝心の2000人キャパのホールが次々と閉館となっている今、この規模のホールでライブをやりたくてもなかなかできないのも現実。 なので、仕方なく5000〜10000人キャパのホールやアリーナでライブを行うアーティストも少なくないんじゃないですかね。

個人的には、TOMOOさんなんかは、まさにこれに嵌ってるんじゃないかと思う。
今年5月の武道館にしても、 来年の東京国際フォーラム(ホールA)にしても、TOMOOさんの今の(人気の)実力からすると、まだ早い・・・と思う。

けど、でもやっちゃうわけで。 

結局さ、2000人規模の「中堅」ホールが無いんですよ。特に東京には。中野サンプラザも、神奈川県民ホールも閉館しちゃったし。。。

こういうことなんだよね。

最近、バスケ人気も手伝ってBリーグの試合とライブイベント兼用の1万人規模のアリーナがボコボコできてきてるけども、音楽イベントで本当に必要なのは、実は2000人規模のホールなのよ。

しかしながら、この規模だと、昨今の建設費高騰で新規建設するにもイベント入場料では、なかなか元が取れない。古くなったホールの建て替えも出来ない・・・というジレンマがあるわけで。
だから5000〜1万規模でイベント入場料で元を取ろうと。しかも出来る限り使用頻度を高め、建設費を回収しようとこの規模の「複合施設」としてのアリーナ建設となってしまう訳で、この規模のホールは近年やたらと増えているわけです。

まあ確かに、ヤマタツ氏が指摘するように、(音楽)業界側の思惑もデカいんだろうけども。。。


ちなみに・・最近、こちらの地元の市原市民会館でのコンサートが昔より増えてるのは、結局は、これの影響もあるんだろうな。
まあ市原市民会館はキャパ1500人で、2000人切ってるから苦肉の策なんだろうけども。。。。

これならちょうど2000人の千葉文化会館でやればいいのに・・とも思うんだけども、最近はなぜか市原に来る。

やっぱ、高速のインターから比較的近くてインターからの道幅も広いんで、機材を運びやすいってのもあるんだろうなあ。。。 千葉文化会館は千葉の市街地だから。。。。

逆に、五井の駅からは歩いていくと1時間ぐらいかかるので、お客さんはめちゃくちゃ不便なんだけどね。千葉文化会館は本千葉の駅から歩いて15分だし。。。


ところで・・・、サザンの桑田氏が、この秋、TOKYO FM「やさしい夜遊び」の番組開始30周年と称して、武道館でフォークイベントをやったり、地元・茅ヶ崎の茅ヶ崎市民会館で番組の公開録音やるの、 ↑ ヤマタツ氏が指摘しているように

「アコースティックな音の方が人に対して伝わるのも大きいんですよ」

って部分に、意外と桑田氏も気が付いてきてるんじゃないですかねぇ。

今年のツアーにも「アコースティックコーナー」とか入れたし、ツアーのセットリストの前半、インパクトがやや弱い曲を並べたのも、その辺を検証しているんじゃないか・・・。

なんか、そんな気もしてきた。
・・というか、そう考えれば、辻褄があうんだよね。


もちろん、公式にはそんなことはコメントしてないけども。。。

FUJI ROCK FESTIVAL 2025 2日目(7/26)

7/26(土)    FUJI ROCK FESTIVAL 2025 中日 2日目。

さてと、本日は山下達郎氏出演ということで、個人的には「メイン」と位置付けた日。
本来なら早めに会場に・・と言うところなんだけども、その前に、午前中ホテル近くのコインランドリーへ。

夏場なんで、シャツも下着も1日着たら洗わんと・・・というわけで複数日滞在のフェスではコインランドリーは欠かせない。
まあ、フェスに限んないですけどね。何日かにわたるドライブ旅の時もそうだけども。。。

BUT、なんせ、安いホテルを探していた事もあり、ホテルにコインランドリーがない。洗濯は近くのコインランドリーにて・・っちゅう事で。。。
24時間営業なら、昨夜ホテルに戻ってから夜中にでもやっちゃうんだけども、何分、都会ではないんでね。夜は閉まっちゃってるんで。。。朝やるしかないんだよね。

ちゅうことで、午前中、少し早めにホテルを出て、コインランドリーで洗濯。  
これだけで、1時間強取られる。

しかも、洗濯後、シャトルバス乗り場の越後湯沢駅に行って見たら、いつも車停めてる駅駐車場は、まさかの「満車」。

うっそ・・・。 今まで満車になったことなかったんだけどなあ。。。

仕方ないので、駅から少し離れた「町営」の駐車場。 こちらは夏場無料なんだけども、駅から少し離れていることもあり空きあり。 
加えて駅までアップダウン有。。ということで、本音を言えばこの暑さの中、避けたかったんだけどもしゃーない。  
少し重めのリュックを背負いシャトルバス乗り場へ。

駅についたのは12時前。


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げっ! かなりのシャトルバス待ち渋滞。

まあ、今日はチケット売り切れのようなので、これはある意味想定内。
それでもこの暑さの中、行列に並ぶ・・というのもやってらんないので、しばらく待ち。

昨日、15時時点で、シャトルバス待ち渋滞はなかったんで、暫く待てば落ち着くだろう・・・と思いーの。
最悪19時開始のヤマタツさんに間に合えばいいので焦らない。

駅構内の立ち食いソバ屋でソバを食べ、待合スペースでまったり。

BUT、1時間以上待っても、シャトルバス待ち行列が捌けない。。。  

しゃーない、行って見るか・・・ とシャトルバス待ち行列の中へ

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標高が高い分太陽に近い。日差しがジリジリと刺してくる。ヘヴィー・・・。

それにしてもフェスにキャリーケース、ガラガラ引っ張ってくる人いるけど、ハッキリ言って邪魔。
リックで来てくれ・・・・と叫びたくなる。

暑さで、普段気にならないところも気になってくる。気持ちも荒む。。。。

結局バスに乗るまで1時間ほど。  

越後湯沢の駅前は相変わらずピーカンの猛暑。 風も乾いていたし、雨が降る・・なんて、ほとんど考えもしてなかった。

BUT、苗場に着いた15時頃には、怪しげな積乱雲が一面に覆いだし豪雨となった。。。

あややややや。。。マジかよー。   

会場のバス乗降場は豪雨の中。  

山の天気は変わりやすく・・・・とは言ったものだわね

慌ててリュックからレインコート上下を取り出し、多少は雨除けになると思い、近くの木の下に駆け出す。 それでも、全身大分濡れてしまった。

FUJI ROCKに雨はつきもの。 3日間雨が降らないことはほとんどない。

・・とは分かっているので、予め登山用のレインコートは用意して行ってるけども、それでも、やっぱ雨はなれない。 
しかも慌ててコートを着たものだから、フードの隙間から水が入ってきたりして、不快この上ない。


よりによって、今回のメインであるヤマタツさんの日にこれだもんなぁ・・・・。


いや、何年か前、氣志團万博にヤマタツ氏が出演した日も雨だった。 あん時も雨の中、何時間も立ちん坊で、ライブを見たっけ。

あれを考えたら・・・とも頭をよぎった。 だけども、あんときは会場が家の近くだったから、モチベーションが変わらなかったんだよね。 終わったらすぐ帰って風呂入ればいいやと思えたし。
今回は、山の中のFUJI ROCK。加えて体調も万全ではなかったこともあり、気分は萎える。

そんなわけで、ヤマタツ氏まで、まだ4時間近くあり。それまで、会場をぶらりと歩き、他のアーティストのライブを見てみるか・・・と当初は思っていたけども、そういう気にもなれず、早々にメインのGreen Stageに。

ゲリラ豪雨なんで、雨もすぐ止むだろう・・・と当初は思ったけども、これがなかなかやまない。

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折りたたみイスを広げ、ミノムシのようじっと待つ。


午後3時過ぎからの土砂降りはヤマタツ氏が始まる1時間ほど前にようやく止んでくれた。

それでもシャツもGパンも大分濡れ濡れ。。。。そのくらいの強雨でしたわ
ここまで濡れたのは、個人的には2003年初めてFUJI ROCKに参戦した以来ですねぇ。

昨日、同じ時間帯のGreen Stageだった、Vaundyも人人人・・・って書いたけども、ヤマタツ氏はそれ以上だった。とにかくもう立錐の余地なし。 

まあ、メインステージなので、入場規制はないものの・・・ 本来だったら規制をかけたいところだったろう。。。

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19時過ぎ。おなじみの「SPARKLE」でスタート。さすがに「ヘンな」曲はなし。
えー、「ヘン」というのは、マニアックという意味です。大体どなたでも知っている定番曲で固めたセットリストを展開。

あ、いや、大瀧詠一氏のカバー、「ハンド・クラッピング・ルンバ」はへンだったか・・・

まあ、「アトムの子」から「鉄腕アトム」のテーマ曲へのメドレーはワンマンでも定番だしな。。。。


かといって、気志團万博でやったような「ハイティーン・ブギ」や「硝子の少年」のような「本来の意味」でのヘンな曲はなし。

その辺は、同じ「フェス」でも、FUJI ROCKは音楽の志向が高いということを踏まえていたのでしょうかね。

ただ、やはり「ワンマン」のライブに比べると、大分力の入れ具合は少し軽いな・・・という印象はありましたね。 ワンマンが100としたら80くらいか。 ・・・という印象は否めなかった。

いや、やっぱり年齢のせいというのも大きいんだろうな、以前のような切れる歌唱は大分影を潜めましたね

ところで、これ書くころには、すでにいろいろとネットディアに出てきていると思うんだけども、終盤に差し掛かるころ、やおら、ワイフの「プラスティック・ラブ」のイントロが流れ出した。 

まさか・・・ と思ったけどもヤマタツ氏自身が歌い始めたので、あれ?、やっぱなかったか・・・と思いきや、ワンコーラス歌い終わった時、竹内まりやさん登場。じゃじゃーん。 

やっぱりな。。。 と思うワタシとはウラハラに 場内騒然。。。


考えてみれば、気志團万博の時もコーラスで参加してたもんな。 
なんだかんだいうても、一心同体の夫婦なのですよね、お二人とも。 

でも、こういうサプライズがあるから、5万払っても「現地」にいく気になるわけですわ。

Amazon primeの生配信見てても、現地の「生」の感動は伝わってこないでしょ!?

前日のVaundy同様、70分にわたるライブ。 
個人的には、ワンマンでこれまであまり耳にできなかった、アン・ルイスへ提供した「恋のブギウギトレイン」が聴けたことが収穫かな?
逆に、フェスと言う場で「あまく危険な香り」をやったのはちょっと意外でしたけど。。。 この曲こそ、屋内向けの曲と思っていたので。。。

ワンマンに比べると確かに曲数的には物足りなさも感じるけども、個人的には大満足なライブでしたわ。


●山下達郎  セットリスト

1.      SPARKLE
2.      あまく危険な香り
3.     メドレー: ドーナツ・ソング〜ハンド・クラッピング・ルンバ(大瀧詠一カバー)〜IKO IKO〜ドーナツ・ソング
4.     僕らの夏の夢
5.     メドレー: SILENT SCREAMER〜BOMBER〜SILENT SCREAMER
6.     プラスティック・ラブ (with  竹内まりや)
7.     RIDE ON TIME
8.     メドレー: アトムの子〜鉄腕アトム〜アトムの子
9.     恋のブギウギトレイン(アン・ルイス提供 セルフカバー)
10.   さよなら夏の日


追伸
ヤマタツ氏終了後、 隣のRED MARQUEEでは、「サンボマスター」がスタート。
これがいけなかった。

 Green Stage からゲートに戻りたい人、 Green StageからRED MARQUEEに向かいたい人、ゲートからRED MARQUEEに向かいたい人がごちゃごちゃになって、ゲート、Green、RED MARQUEEの三叉地点で全く身動きが取れなくなった。

これは、タイムテーブル上のミスですね。

ヤマタツ氏終了後、 ゲートに向かう人とサンボマスターに向かう人が一斉になだれ込むというのは、ある程度分かるはず。

わたしゃ、相変わらずの体調不良と、足の裏にマメが出来て、ずきずき痛み出したので、もうホテルに戻りたい・・・とGreen Stage からゲートに戻りたい人だったけど、Green Stageから身動きが取れず。
それでも、なんとか脱出したい・・と思うのはヒトの性で・・・
本来の通路ではなく、Green Stageの「斜面」側に人の動きがあったんで、そっちに回ったら、先程の雨もあって、斜面が滑りやすくなっており・・・見事に「すってん」。膝をしこたま打ち付けてしまった。
踏んだり蹴ったり。。。。

この日はチケット売り切れるほどだったのも拍車をかけましたわ。
とにかく、今までFUJI ROCKで見たことないくらいの人の多さだったもの



FUJI ROCK2025 アーティストラインナップ第1弾発表!

今年のフジロック、アーティストラインナップ第1弾発表。




山下達郎に佐野元春。。。。。

もう一つおまけで TOMOOさん。


アカン!  これは行かな。。。。

・・・おもわず、衝動的に、早割チケットを申し込んだ私がいた。。。

ヤマタツさん、デビュー50周年の今年は、どういうツアーで来るのか。。と思ったらこう来たか。。。

しかしなぁ・・・先行販売の3日通し券で54,000円とは。。。
宿泊代とガソリン代、高速代入れたら、限りなく10万円コースなんですけど。。。。

他のフェスもチケット代高騰の予感もするし、今年の夏フェスは、「フジロック」と「SWEET LOVE SHOWER」に集約するしかないか。

本当は、去年参戦した福井の「One Park Fes」に今年も行こうかなぁ・・と思っていたんだけども。。。予算を考えるとちょっと難しそうだなあ。

「ロッキン」は今年は千葉だけなので最初から参戦予定なし
「サマソニ」、ヒゲダンが出るけども、5月に日産スタジアムワンマンライブに参戦するので、そっちを見れば良しで参戦予定なし。

また散財の季節が始まる。。。。


そんなフジロック会場の苗場スキー場、現在の積雪は400cm、「豪雪」。



これ見てると、夏、ここでフェスをやる・・・ていうのが不思議なくらい。
この間テレビで、シャトルバスの拠点となる越後湯沢駅前の模様も映したけども、夏とは全く景色が違うし。。。


クリスマス・イブ / 山下達郎

1983_12_クリスマスイブ_山下達郎











今回のセレクトは、「クリスマス・イブ」山下達郎です。


まずはデータでっす


・タイトル     クリスマス・イブ
・アーティスト     山下達郎
・作詞       山下達郎
・作曲       山下達郎
・編曲       山下達郎
・リリース日    1983年12月14日
・発売元      アルファムーン/MMG/WEA/ワーナー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    180.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1989年12月4日〜1990年1月15日付
                 1990年12月3日〜1991年1月14日付
                  1991年12月23日〜12月30日付
                  2000年12月14日〜2001年1月4日付 
                  2013年12月5日付
・タイアップ:JR東海「クリスマスエクスプレス」CM曲


 いよいよ、クリスマスイブですねぇ。
 1曲セレクトも、昔「クリスマスソング特集」ってくらい、クリスマス曲をいっぱい書いた事があるんだけど、今年は特に書かなかったのね。 でも、やっぱクリスマスイブくらい書かないのも淋しいんで、セレクトして来ましたわ。

 山下達郎「クリスマス・イブ」
 
 なんだよ、こんなメジャーな曲かよ〜、しかも去年も書いてんじゃん・・・と思いの方もいるかと思うけど、日本のクリスマスを語る上で、この曲をはずすわけには行かないですわね。 これだけ、「エバーグリーン」になっちゃうとさ。
 
 まあ、個人的にも、どうしても、クリスマスイブとこの曲は、切り離せない。。っていうところもありますし、やっぱり、この曲を持ってきましたわ。

 チャートを長年にわたって見てきた方には、すでに「耳タコ」の事だと思うけど、この曲、もともとは、1983年6月1日リリースの、山下達郎9枚目のオリジナルアルバム「Melodies」のラストを飾る1曲に過ぎなかったんだよね。 そう、最初はシングルぢゃなかったのよ。

 しかもですよ、もともと、この曲、自分の曲用に作ったんではないんだよね。そう、今の「ヨメ」さんの竹内まりやのために作った曲なんですよ。
 
 あ、これは、意外と知られてないかな。。でも、これは、事実のようで、「Melodies」リリース時、1983年6月17日号の「オリコンウイークリー」に達郎自ら語っているから、間違い無いと思われますわ。

 ↓ コレ
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 でも、なぜか、竹内まりや 用としては、「ボツ」となってしまい、普通なら「お蔵入り」になるところを、その頃毎年12月に行っていた、中野サンプラザのライヴに歌うための「クリスマス」の曲が無かったんで、自分で歌っちゃったらしいですわね。

 とにかくさぁ、これぞ「達郎」っていう曲ぢゃないですか。うん、まあ、曲調は、パッヘルベルのカノンを参考にしているらしいから、「達郎」らしいところは、若干欠けてるんだけどさ、圧巻は、やっぱし、間奏の「カノン」の部分のアカペラだよね。

 あのアカペラ、コーラスが何層にも聴こえるけど、全部、達郎自身、1人で歌ってるんだよね。ダビングを「44回」重ねて、あの「カノン」にしたらしいっす。 さすがに、「音楽オタク」の達郎氏らしいですわ。

「時間と手間」に妥協はしない。「職人」だよね。でもさぁ、本当は、これこそが音楽の「プロ」だと思うんだよねぇ。量産することだけが「商用音楽」ではないって事ですよ。


 まあ、達郎氏の場合は、この頃になると、楽器も含めて、作詞、作曲、プロデュースと全部1人でやっちゃってたみたいだから、それほど、珍しいことではないですけど・・。

 個人的には、85年の「風の回廊」のコーラス部分が好きでねぇ、もちろんもあれも、多重録音で全部1人でコーラスやってるんだけど、その「気持ち悪さ」ったらないね(いいいみで)。 どこ切っても、「達郎氏」の声って言うのは。。。

 でもさぁ、そういう、妥協がないからこそ、いつまでも色褪せない曲⇒「エバーグリーン」に仕上がるんぢやないかなぁ。
 
 考えてみたら、この曲、モチーフとなっているのは、1980年か1981年のクリスマスって考えられるんだよね。
 もともと、竹内まりや用に書かれたっていうくらいだから、少なくとも竹内まりやが結婚前に一時活動休止する前に書かれたって言うのが無難だろうし。。。。今から約四半世紀前ですよ。

 生活様式だって随分変わったのに、いまでも、色あせないでしかも、売れ続けてるっていうのは、これは、奇跡だよね。
 っていうか、曲が全然古くならないのよ。

詞、メロディはもちろんのこと、音質に関しても、おおよそ80年代前半って気がしないもんね。

 そこには、やっぱし、職人「山下達郎」の妥協を許さない「仕事」があったからぢゃないかなぁ。

 ここまでくると、壷とか焼き物、はたまた、版画、絵画と同じ世界だよね。

 テレ東の長寿番組「開運!なんでも探偵団」の中島誠之助ぢゃないけど、「いい仕事」なわけですわ。


 まあ、本人がどの程度、納得して、もともとこの曲を作ったのかはよくわかんないですけどね。
 なにせ、もともと、他人用の曲をボツになっちゃったから、自分のコンサートで歌うために、急遽レコーディングした曲のわけだから。。。。
 
 
 それと、この曲、「売れる」までは、結構、紆余曲折、時間がかかったもんね。
 もともとは、上でも紹介したように、1983年6月1日リリースのアルバム「Melodies」の1曲だったんだけど、リリース日が示すように、別に、この曲がメインってわけでもなかったんですよ。6月1日リリースだもんね。「夏」ですよ。 どちらかといったら、シングルにも切られた「高気圧ガール」の方が全然、有名だったもんね。


 ただ、その年、83年の12月に「12インチ」シングルとして、リリースされたのが、そもそもは、「シングル」リリースとしては最初なんですよ。 このときは、オリコンで最高44位まで行ったものの、わずか2週でチャートからおさらば。。。 つまり、「全然」だったわけさ。

もっとも、この時点ではアルバムからのシングルカットという影響はデカかったわけだけども。
アルバム「Melodies」はオリコンで1位。

 
 次にシングル化されたのは、1986年11月。このときは、12インチではなく、通常のシングルで、だから、まあ、このときが「シングルカット」と呼んでも良いかな。

 ただシングルカットされた86年は、最高21位止まり。翌87年は、わずか1週のみのランクインで91位、さらに翌年88年は、最高15位と、若干ずつだけど、一般に浸透して行ったんだよね。

 で、爆発したのは、翌89年。このとき、JR東海の「クリスマスエクスプレス」キャンペーンソングに起用されてブレイク。そそそ、例の牧瀬里穂のCMですね

↓ コレ
>


このCM効果・・というか、ほとんどこのCMの効果だったと思うけど、オリコン1位まで、一気に駆け上がったってわけだよね。
 だから、ブレイクまでは、シングルリリースから3年。アルバムの1曲として、この「世」にでてから足掛け6年も擁しているんだよね。

 その翌年からは、みなさん、ご存知の通りで、毎年のようにランクインしてるってわけですわ。

 ただ、いえることは、その間、達郎氏自身は、とくに、この曲をシャカリキになってまで、売ろうとしていないことだね。

 周りが「お膳立て」してくれての、大ヒットなわけで・・。

 その点も、やっぱし、職人「山下達郎」の所以としているだろだよねぇ。。。


 最後に、今回のデータは、一応、最初に「12インチ」としてシングルに切られたときからのデータを合算してあります。
 ただ、オリコンの場合、CD番号がかわると、集計が変わっちゃうんで、正直、こういう、再発を繰り返している曲は、1つの曲として、集計するのがなかなか困難なんだよねぇ。 ちなみに、売り上げ枚数は最初にコレ書いた2006年当時のモノなんで、現在は変わってるんですけどね。。。まあ、その辺は、ご勘弁あれ。




【追記】最初のリリースから、今年で40周年ということで。。。
もはや、季節の風物詩の域を超え、国民の「儀式」みたいな領域に達したこの曲・・のような気もしますが。。。

この曲、何がすごいというと、時代の先見性と、その後の普遍性にコミットしていることだと思うんだよね。
この曲、アルバム「Melodies」のラストを飾る1曲としてリリースされたのが1983年6月。
・・ということは、イメージとしては、直近でも1982年のクリスマス・・だと思うんだよね。

1982年のクリスマスっていったら、まだ「家族」で過ごすっていう方が一般的だったんじゃないのかなぁ。
クリスマスケーキと、ローストチキンを買って、「家族」でパーティをするっていう。
少なくともウチはそうだった

「恋人と2人で過ごすイベント」・・・っていう形態は、まだ少なかったと思う。。

でも、この後バブルを迎え、クリスマスは恋人と2人で過ごすという形が増えてくる。
この曲の世界のように。

そもそも、1982年のクリスマスって、こんなにオシャレじゃなかったと思うし。。

それを考えると、先を見据えているな・・・と思えてしまうんだよね。個人的には。

その後、こういうクリスマスがすっかり定着し、今に至るというのは、言わずものがなんだけども。。

もっとも、世間がこの曲の世界のにコミットしていったのかもしれないけども。。。



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GET BACK IN LOVE / 山下達郎

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今回の1曲セレクトは、「GET BACK IN LOVE」山下達郎です。

まずはデータです。

・タイトル    GET BACK IN LOVE
・アーティスト  山下達郎
・作詞      山下達郎
・作曲      山下達郎
・編曲      山下達郎
・リリース日   1988年4月25日
・発売元     ムーン
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   18.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1988年5月30日~7月18日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「海岸物語 昔みたいに・・・」主題歌

既に書いててもおかしくないのにまだ書いてなかった曲。 
いや、実質15年も書いてる1曲セレクトなんで、最近書いてる1曲1曲、すべてにおいて「既に書いててもおかしくない曲」と言ってもいいわな。
もちろん、今回引っ張て来た曲も、そういう曲の1曲だわなぁ。

山下達郎 「GET BACK IN LOVE」

オリコン的に言えば、実質的な達郎氏のブレイク曲、あの「RIDE ON TIME」以来のシングルベストテン入り曲。

・・・って書くと、きっと噛みついてくる方がいるかもなぁ。。

Wikipediaの「山下達郎作品一覧」の「シングル」を見ると、この「GET BACK IN LOVE」よりも前にあの「クリスマス・イブ」があり、オリコン最高位1位とある。
これは、オリコンから発行されている「チャートブック」でもそうですね。

ところがどっこい、「クリスマス・イブ」は発売こそ、「GET BACK IN LOVE」よりも前(83年12月)ではあるものの、「GET BACK IN LOVE」がリリースされた88年4月時点では、まだベストテン入りしていない。88年4月時点では、86年12月に記録した21位が最高位だった。

だから、年代順に追いかけてくると、この「GET BACK IN LOVE」が、シングルとしては「RIDE ON TIME」の次のオリコンベストテン入り曲となる。

ついでに言えば、「ザ・ベストテン」での初のベストテン入り曲でもあったわけですね。

・・・と書くと、またまた「RIDE ON TIME」は? と噛みつかれそうだけどねぇ。。。
「RIDE ON TIME」はザ・ベストテンでは最高11位止まり。 ベストテン入りしてなかったのですよね。
オリコン最高3位まで行ったこの曲が、「ザ・ベストテン」ではなんでベストテンか入りできなかったのか。たしかに謎っちゃ、謎なんだけど(一説によると、はがきリクエストが弱かったからのようだが。。)、ここでは詳しい話は割愛しますわ。

それにしても、80年代がリアルタイムで経験されていなかった方には、この曲が2曲目のシングルベストテン入りっていうのは、もしかすると意外に映るかもしれない。

確かに、アルバムではリリースのたびに大ヒットを記録していたわけだし、そういう意味ではすでに超一流のアーティストでしたからね。

その辺が、80年代という時代の、いわいるヒットチャート的な特殊性が分かったりするかもなぁ。

いわいるゲーノー的なあっち側陣営と、アーティスト的なこっち側陣営の差。

80年代は、ヒットチャートはまだ「あっち側」的なものという性格が強かったんだよね。

そんな状況だがゆえ、達郎氏本人もしても、シングルはあまり重視してなかったんじゃないか。 自身はアーティストであり、ゲーノー人ではないという意識とでもいうのかなぁ。

それは、当時のワタシでも感じましたね。 だから、この曲がベストテン入りしてきたときは逆に、驚いたくらいで。

なぜもこのタイミングでオリコンベストテンなんだろう? と。

まあ、そんなことを書くまでもなく、やっぱりドラマ主題歌だったのが大きかったよな。
TBSの「海岸物語 昔みたいに・・・」っていう、いわいるトレンディドラマの走りような、おしゃれなドラマの。

ドレンディ・ドラマとおしゃれなシティ・ポップスという組み合わせ。 ヒット条件としては鉄板だったからなぁ。
シングルを重視してなかった達郎氏といえども、ベストテン入りは必至だったわけなんだよね。

ちなみに、達郎氏のドラマ主題歌としては、この曲の6年前に同じTBSドラマ主題歌だった「あまく危険な香り」があるけど、こちらはベストテン入りを逃している。
それだけ6年間の間でドラマ主題歌の注目度が上がってたわけですね。

もちろん、ヒット必至のドラマ主題歌だからといって、曲のクオリティが下がっているわけではない。
ただ、この手のシティポップスって、当時の私は、あまり得意じゃなかったんだよね。

得意じゃなかったというよりも、解釈できなかったといった方がいいのかなぁ。 88年時点から見てこの曲のサウンドってもろ洋楽的だったじゃん。いや、個人的には、そう感じたんだよね。
洋楽的AORっていうのかなぁ。

もしかすると、あの頃が一番洋楽的サウンドを解釈できなかった・・というか、体が拒否ってたような記憶があるな。

今思えば、まだまだ子供だったんだよね、私自身。 19才前っていう、大人でも子供でもない微妙な頃だったしなぁ。 まだまだ子供でいたいなんて思ってたのかもしれない。
だから、聴く音楽といったら、分かりやすい曲に走りがちだったし。

この曲を聴いて、体が拒否ってたっていうのも、大人になりたくない・・・っていうワタシ自身の思いからだったのかもな。

もちろん、今はそんなことなんて全くない。むしろ、この手の「大人」の香りのするポップスをもっと聴きたい気分でいっぱいですよ 
と、同時にあの当時、もっときちんと聴いてこなかったのか、あの当時の私に「喝」を入れたいと思えたり。。。




これ、アメリカのDJがアップしてきてる動画なんだよね。
ここのところ達郎氏や竹内まりやさんがシティポップとして、向こうで人気が出てるっていうのは、こういうところでも分かるな。
音楽的クオリティが高い曲であれば、日本の曲であろうと向こうでも支持される。それがこの動画のアップ主からもわかりますね。
ただ、ジャンルがFunk、Soul Popとなっているのがちょっち笑えるが。。。 
向こうの人には、Funk、あるいはSoulっぽく聴こえるんだねぇ、この曲。

いずれにしても、この間【キニナル曲】で書いた、Official髭男dismの「パラボラ」同様、今後のJ-POPのグローバリズムに向けての足掛かりとなっている1曲なんじゃないかな。この曲も。


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MOMOKO / 近藤真彦

1982_07_ハイティーンブギ_近藤真彦


今回の1曲セレクトは、「MOMOKO」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル      MOMOKO
・アーティスト    近藤真彦
・作詞        松本隆
・作曲        山下達郎
・編曲        山下達郎
・リリース日    1982年6月30日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 −位
・売り上げ枚数  −位
・THE HITCHART HOT30最高位 −位
・タイアップ:映画「ハイティーン・ブギ」挿入曲
※シングル「ハイティーン・ブギ」片面

今週はジャニーズ事務所「総帥」のジャニー喜多川氏の死去と言うニュースが、各ワイドショーのみならず一般のニュースにも広く報道された1週間でしたわな。
年齢的にもそうだし、先月くも膜下出血で倒れたという報道からも、もしかしたら・・・と言う予感が高まっていた訳ではあるんだけども、いざ来てみると、その存在の巨大さに改めて気づかされた1週間でもあったな。
改めて、ご冥福をお祈りいたします。

そういうこともあり、今回の1曲セレクトもジャニーズの曲を外すけにゃ行けないだろ・・と言う思いがあり、真っさいに浮かんだ曲がこの曲だったんだな。

まっち先生の「MOMOKO」

この曲覚えてる方ってどのくらいいるだろ? 昔、まっち先生のファンだった方は当然知ってるかな?

そう、シングル「ハイティーン・ブギ」の片面だった曲ですね。 当時まっち先生が主演した、たのきん映画第4弾「ハイティーン・ブギ」の挿入曲。 まっち先生演じる主人公「翔」の相手役 「桃子」を歌った曲ですわ。

なぜ、この曲が真っ先に浮かんだのか

もちろん、タイトル曲の「ハイティーン・ブギ」が丁度今頃のヒットだった事も大きい。
けど、それ以上に大きいのは、今年のこの夏の天候不順なんだよな。 

これは昔、「表題曲」の「ハイティーン・ブギ」書いた時にも触れた事なんだけども、この曲がリリースされた1982年夏ってさあ、今年同様、天候不順な夏で、気温が低く、雨の日が多かったんだよ。
典型的な「冷夏」な夏だった訳で。

あの時と同じような天気が続く、ここ暫くの天気。 今日も同じような天気か続いている訳で。。
今頃の雨の日の日曜日というと、どうしてもあの1982年の夏とオーバーラップしてしまう。
その時決まって耳の奥から聴こえてくるのは、この「MOMOKO」だったするんだよ。

そんな天候不順だった1982年夏を彷彿させるこの曲は、文字通り「珠玉のバラード」と言ってもおかしくないような、名曲なんだよね。
山下達郎氏が紡ぎたす、名バラードが、決してウマくない、まっち先生の歌唱を包み込むって言いましょうかねぇ。

今聴いても、到底、当時のアイドルの曲の範疇を超えてるような本格的なバラードだもんね。

http://yamashitatatsuro.blog78.fc2.com/blog-entry-218.html?sp

によると、演奏メンバーは

・G. 山下達郎
・B. 伊藤広規
・Dr . 青山純
・Key. 難波弘之

とある。

もろ当時の「達郎バンド」のメンバーやん。。。 そりゃ、アイドル曲の範疇を超えてるクオリティだよな。。
いや、82年当時の水準で言えば・・・の話だけど。
これが80年代も中盤を過ぎると、これが「デフォルト」になる。 例えば86年の中森明菜の「DESIRE」なんかもこの系統人脈のレコーディングだったはずだ。

イントロの優しい、フェンダーローズの音色からして、これはちょっと違うと思わせてくれる。 当時アイドルの曲で、これだけフェンダーローズが前面に出てる曲ってあんまりなかったし。
どちらかというと、70年代と言う時代を彷彿させる様なニューミュージック系アーティストの必須アイテムだった。

つまり、匂いは完全にニューミュージックなんだよね。  そもそもテンション系コードをふんだんに使ったコード進行からして、アイドル曲というよりニューミュージックそのものなんだけどさ
テンションコードに 前年の寺尾聰氏のミリオンセラーアルバム「Refrections」で多用され、耳の奥に刻む込まれていた世界が、この曲でも展開されてるんだよな。

それにも増して耳が行ってしまうのは、間奏部の達郎氏直々の、泣きのギターソロ。
これがめっちゃブルージーなのよ。

正直、今聴くと「すげぇ」って驚嘆するようなプレイでは決してない。(もしかして本人が一番分かってたりして。。)
今剛氏や、矢島賢氏の方が、もっと確実性のあるギターソロだったかもしれない。
現に、表題曲の「ハイティーン・ブギ」のギターソロは、矢島賢氏がプレイしてたりする。
でも、味があるんだよな。少なくとも、ワタシにはあの時の沈んだ心模様にはマッチする。

そう、1982年夏っていうのは、個人的にもさらに特殊な環境の夏で。 つまりは1982年の7月の頭に福島から千葉に越してきたっていう、大きな環境変化があった夏でもあったんだよね。

今だからカミングアウト出来る事だけど、あの年は本当に辛かったんだよ。 友達も全然いないし、自分をアピールしようと思っても全然理解してもらえず友達も出来ない。所詮はよそ者扱いに過ぎなかったんだよ。
孤独だった。ずっと福島に帰りたいってばかり思ってた夏だった。

そんな個人的に辛い時期だっただけに、この曲の達郎氏の泣きのギターソロには、ひときわグッとこみ上げるものがあったし、それは今でも変わらない。


それ以前に、そもそもこの曲を知ったきっかけは、月刊明星付録の「ヤンソン」に楽譜付きで載ったからなんだよな。
「ハイティーン・ブギ」の「片面」ということは通常B面なわけで、あまり世間一般には表に出てこない。
ただ、この曲は「両A面」扱いだったんだよね。 
まあ、「ハイブギ」人気と相まって、ヤンソン側も譜面付きで載せたんだろうけど、そうじゃなきゃ今頃完全に死角に入っちゃってただろうな。 今となっては感謝ですね。


 


ところで、当時、「たのきん映画」って好きでさ、第3弾の「グッドラックLOVE」まで、全部映画館で見たんだけど、この「ハイブギ」から見なくなっちゃったんだよな。
 この作品については、もう見なくてもどうでもいいとは思わなかったけど、やっぱ引っ越したばっかってことが大きかったんだよな。 千葉の事、全然分かんなかったし。

今になって、当時の配給収入を調べたりすると、この「ハイティーン・ブギ」、1982年度の邦画配給収入は18億で、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」について2位だったんだねぇ。

http://www.eiren.org/toukei/1982.html

どうやら一連の「たのきん」映画の中では一番ヒットした作品だったらしいんだよね。


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駅 / 竹内まりや

  1991_05_駅_竹内まりや


今回の1曲セレクトは、「駅」竹内まりやです。

まずはデータです。

・タイトル     駅
・アーティスト  竹内まりや
・作詞       竹内まりや
・作曲       竹内まりや
・編曲       山下達郎 服部克久
・リリース日   1991年3月25日
・発売元     エムエムジー
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数 10.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位
・タイアップ:映画「グッパイママ」主題歌

先日の「関ジャム」(テレビ朝日系」での竹内まりやスペシャル、けっこう反響がでかかったようですね。
ネットニュースなどでもそうだけど、あの後Twitterでの「竹内まりや」さんに関してのツイートも急上昇してましたしね。
実際、コノ、ブログでも、放送後竹内まりやさん関係へのアクセスが一時的に上昇したりしてたなぁ。

実際的な活動は少ない、まりやさんではあるけど、こんな風に各メディアでの動きを見ると、未だに幅広く根強い人気がある事は分かりますね。

仮に、もしライブツアーをやるなんて発表されたら、チケット入手はかなり難しくなるだろうな。 まあ、今のところそんな発表はされてないけど・・・・。

関ジャムでは、竹内まりやさんの人気曲をベストテン形式で発表されてましたけど、その中での人気1位が、今回引っ張ってきた「駅」。

客観的に見ても順当と言えば順当なのかなぁ。個人的には、ちょっと違和感なんだけども。。。。 

いや、どうしてもこの曲ってアルバム「リクエスト」での中森明菜さんに提供したセルフカバーっていう印象が強いじゃないですか。言ってみれば「アルバム曲」であって元々シングル曲ではない。 

あくまでシングル派なワタシにとっては、その辺がちょっと引っかかったりしてね。 実際のところは88年と91年2回シングルとしてアルバムからカットされているんだけども、個人的には今まで書いて無かったんだよな、この曲。

でも、先日の「関ジャム」の反響を見てて、ちょっと、この反響に乗っかってみようか・・・という「スケベ」心と、何人かに書いてって言うリクエストをもらったもんで。。
本来は、あくまで自分で書きたい曲を書くスタンスなんでリクエスト貰っても書かないんだけど、↑のような「スケベ」心もあって、今回引っ張って来てみました。



この曲、いままで書いて来なかったのは、↑のようにシングルではなく「アルバム」の1曲っていう印象が強いのと、あとはやっぱり曲調ですねぇ。 

使い古しないい方だけど、50〜60年代のオールディーズが似あう、あの濡れたちょっと甘く舌足らずなアルトボイス。 やっぱり、竹内まりやってヒトの真骨頂は「リンダ」や「恋の嵐」のようなオールディーズなポップスだと思ってたんだよね。
少なくとも90年代の初めごろまでは。

そんな折、セルフカバーした「駅」は、歌謡曲寄りの曲だったわけでさ、なんか違うな・・・って言う思いは、当時、常にあった。

そう言う思いから、例えば89年の「シングル・アゲイン」にしても同様な違和感があったし、だから長い事「シングル・アゲイン」は手元に音源も置いて無かったしな。


ただ、この考えはあくまで個人的な生理的な欲求であって、曲自体は駄作ではないんだよな。

3分間の短編映画。 それが「流行り歌」である。  その最たる曲がこの曲なんじゃないかなって思えるほど、ドラマ性溢れる「視覚」的な曲なんだよね、この「駅」って曲は。

♪ 身覚えるある〜 ♪ と曲が始まった途端、脳内ドラマが視覚的に始まる。 

2年前に別れた男性との電車内での思わぬ再開。きっと渋谷あたりなんだろう。電車は(渋谷は地上にホームがあった頃の)東急東横線。。。   別れた男性と1両後ろの車両のワタシ。

MVがまだ一般的ではなかった80年代後半。いや逆にイメージが限定される MVなんて無い方がいい・・そう思わせるような、3分間の自由発想なドラマが、この曲を聴くたびに脳内で展開される。

ただ、当時10代後半〜20代になりたてだったワタシにとっては、まだ経験をした事の無いちょっと大人の世界だったな。 いや、まだ経験をした事が無かった大人の世界だったからこそちょっと刺激的だったのかもしれない。

逆にまだ、経験をした事が無かった、ちょっと大人の世界だったからこそ、100%この楽曲の世界にのめり込め切れなかったという部分もあったかもしれない。 
もしかすると、それが上で書いた、この曲に対する「違和感」だったのかもしれないな。



ところで、ヒットチャート的に言えば、この曲はCDの売り上げでヒットしたと言うよりも別のメディアからのヒットと言うところが強い。

・・・なんて遠回しに書いちゃったけど、もともとは「有線」から火がついたんだよね。

当初、87年8月にリリースされたアルバム「リクエスト」に収録されたこの曲ではあったけど、この年の11月には有線チャートで30位にランクされている。
 当時のオリコンウイクリーをひっくり返してみると、そこからジワリと有線リクエストを集めつつ、翌88年3月には有線チャートでベストテン入り。 そのまま7月まで、計36週にわたりベスト30内をキープしている。

個人的には、曲内容云々と言う前に、有線チャートの上位をロングランしたチャートアクションが、真っ先に印象に残るんだよな。この「駅」って言う曲は。

それまで有線ランキングって言えば「演歌・歌謡曲」の天下だった訳でさ。 仮にも竹内まりやさんのような、ポップスミュージック系アーティストがランキングに長躯君臨する世界ではなかったんだよね。

いや確かに松田聖子さんや中森明菜さんなど、ポップス系でも有線チャートの上位にランクする事が珍しくなかったヒトたちも、それ以前にもいた。

ただ、1位をロングランするなどの派手なチャートアクションを展開すると言う訳ではなく、ベストテン内前後にジワリと「長期間安定」するようなチャートアクションを展開したポップス系の曲って、この曲以前って多くなかったんですよ。

ま、87年の「ロンリーチャップリン」(ラッツ&スター 鈴木聖美)など皆無ではなかったけど。。。特に注目したいのは、アルバムの中の1曲だったって言う事で、これは異例だったんだよな。

この「駅」って曲がそんな流れの分岐点だったんじゃないのかなぁ。この曲あたりを境に、有線でもポップス系でもジワリとランキングを上げつつ、上位をロングランする、ロック・ポップス系の曲が増えて行ったんだよね。
90年代初めには「有線発」のヒットっていうのも珍しい存在では無くなって行ったしさ。

で、それらの曲で共通しているのが、兎に角ロングヒットだったってことですね。 有線って言うメディアに特化していると言えるんだろうけど、有線って基本「口コミ」により少しずつ広がりを魅せるメディアだからさ、そう言う動きになるって事でもあるし、そんな口コミに耐えうるような曲の良さ、大衆性がある、何年たっても色あせない曲でもあるって事なんだよね。

だからこそ、この「駅」のように、あれから30年以上たったいまでも広く支持されているエバーグリーンな曲が多いわけなんだよね。



サザン、達郎氏と並んで、オリジナル動画の数が少ない竹内まりやさんですが、この曲はありましたね。


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あまく危険な香り / 山下達郎

1982_06_あまく危険な香り_山下達郎



今回の1曲セレクトは、「あまく危険な香り」山下達郎です。

まずはデータです。

・タイトル     あまく危険な香り
・アーティスト   山下達郎
・作詞       山下達郎
・作曲       山下達郎
・編曲       山下達郎
・リリース日   1982年4月5日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 12位
・売上げ枚数 23.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位
・タイアップ:TBS系ドラマ「あまく危険な香り」主題歌

なかなか理解しがたい曲。長年ヒット曲を追って来ると、必ずそう言う曲に遭遇するんだよね。
大体はそれまでに自分の中に無かったような曲の場合が多いんだけど、理解するだけの知識、経験が無かったって事もあるなぁ。
 特に、まだガキの頃には、理解するだけの経験・・というか、この場合は理解力っていうのかなぁ・・それが無かったために、よく分かんなかった曲っていうの往々にしてあったな。 まあ、それは、生理的にキライっていうのと、また違った感覚なんだけどさ。

今回は、そんな曲を持って来ましょうかね。

山下達郎 「あまく危険な香り」。

1982年の4月にリリースされたこの曲。TBS系金曜22時〜、いわいる「金ドラ」で同時期放送されていた「あまく危険な香り」っちゅう、同名タイトルのドラマの主題歌でしたよね。

当時、ワタシは中学1年に上がったばかり、12歳でしたわ。 もちろん、まだこのドラマは見てない。
うん、個人的にドラマに嵌まりだしたのは、この約半年後、同じくTBS系で放送されていた火曜日の「大映ドラマ」からだったからなぁ・・・。

おーっと、話が脱線しちゃうぞ・・・。元に戻す。

でね、この「あまく危険な香り」って曲。 曲自体は当時から知ってた。 うん、当時の月刊・明星付録の歌本「Young Song」にも譜面付きで載ってたしなぁ。

それに当時、すでにTBSラジオの「ザ・ヒットパレード 毎日がベストテン」は聴いてたしね。そこでもこの曲は流れてたような気がする。

でもさあ、当時は、この曲全然理解できなかったんだよねぇ。

ジャズでもない、ニューミュージックでもない軽いノリ。ラウンジっていうのかなぁ。いわいるAOR的なサウンドだよね。 抑揚も少ない、分かりやすいキャッチーなノリでもない。

12歳のワタシにとっては、一体どこが良いのかさっぱり分かんなかったなぁ。

あの当時はといえば、やっぱ「まっち先生」でありトシちゃんであり、聖子ちゃんであり、奈保子ちゃんであり・・・やっぱアイドルだったんですよ、ワタシの中のメインストリームは。

そそそ、山下達郎氏の同時期の曲といえば、この「あまく危険な香り」よりも、まっち先生の「ハイティーン・ブギ」だったからなぁ、当時のワタシは。

なんと言っても分かり安かったからさ。特に何も考えなくても自分の中にスーッと入って来たっていうかね。
キャッチーということは、やっぱり何も考えなくても浸透力があったしね。 そそそ、アブラを吸うスポンジのような音楽ですよね、言ってみれば。

それに比べると、この曲は、なかなか体の中には浸透してこなかったんだよなぁ。 それがねぇ、もどかしいところであったのかもしれない、今思うと。

上でも書いたように、決してキライな音楽じゃ無かったんですよ。 ラヴンジ系っぽい音楽ってオヤジの車で良く流れてたからなぁ。 カーステというよりはラジオから。 どのチャンネルを聴いてたのかはよく覚えてないんだけど、ラウンジ系っぽい曲とか、AORっぽい、小ジャレた大人向けの音楽っていつも流れてたんだよな。
だから、生理的にキライぢゃなかった。

けど、当時、まだ福島の田舎にいたワタシにとっては、こういうオシャレな雰囲気は日常には無かったからなぁ。そんな環境下にいたこともこの曲をいまひとつ理解し難くさせていたのかもしれない。

まあ、それよりも何よりも、テンションコードだらけ、右脳で整理しないと理解できないようなこの曲を租借出来るだけの音楽解釈が、当時はまだ出来なかったんだよね
 
正直言って、この曲、「あ、いい曲だな」って思えてきたのは、最近だもの

最近はウルサイ曲も聴き飽きたしさ、ましてや子供向けのアイドル曲もアニメ曲も受け付けなくなってるし。
逆に、こういう抑揚の少ない大人の雰囲気の曲の方が落ち着く。
まあ、最近は、この手の大人向けの曲が、ヒットチャートの上位に少なくなっちまったっていうのは残念なんだけどね。

ただ、大人向けの曲っちゅうても、当時、達郎氏って29才なんだよな。うん、まだ30前だったのよ。
それを考えたら、今でもこういう大人っぽい曲が出て来ても全然おかしくないんだけどねぇ。 当時のミュージシャンが今よりも大人だったのか、今が子供っぽくなったのか、それは分かんないんだけど・・・。



ときに「あまく危険な香り」ってどんな香りなんでしょうかねぇ・・・。
少なくとも「シャネルの5番」ぢゃねーよなぁ。

・・・ってか、それも理解できない事には、本当の意味でこの曲を理解できないか。。。

個人的には、「ムスク」の香りを想像しちゃったりするんだけど。。。っつか、この匂いが、未だにワタシにとってのPerfumeなんだよなぁ、完全にガキっぽいけど。。。

え?  Perfumeっつても、ノッチ、あーちゃん、かしゆかぢゃねーよ。





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ジェットコースター・ロマンス / KinKi Kids

1998_05_ジェットコースター・ロマンス_Kinki Kids


今回の1曲セレクトは、「ジェットコースター・ロマンス」KinKi Kidsです。

まずはデータです。

・タイトル    ジェットコースター・ロマンス
・アーティスト  KinKi Kids
・作詞      松本隆
・作曲      山下達郎
・編曲      船山基紀
・リリース日   1998年4月22日
・発売元     ジャニーズエンタテインメント
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  93.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1998年5月4日〜6月1日付
・タイアップ:ANA沖縄キャンペーンCM曲

前回の1曲セレクトはちょこっと時代を遡った曲だったんで、今回は逆に時代を下ってみますか。

KinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」なんぞ、どうでしょうね。

1998年の今頃の大ヒットっちゅう訳だけど、98年なんてーのは最近だもんね、ワタシの中では。 いや、今まで書いてきた1曲セレクトの中でも、かなり「最近」の部類に入ると思う。

でも、それでも気が付いてみれば、もう20年も経ってるんだよな。 以前も書いたけど98年っちゅうたら、既にインターネット使って、自分のランキングを作ったりして、ほとんど今と変わらないような事をやっていた訳でさ。

そう言う意味でも、ワタシの中では全然、「昔」って言う感覚は無いんだけどさ。

まあ、まだ、自分のサイトは開いてなかったし、仕事も大学から新卒で入った会社に居たりしたし、そう言う意味では、(ワタシ自身の)周辺環境では時間が経ったなぁ・・・っていう感覚でもあるんだけどさ。

なによりも音楽、ヒット曲への向きあい方は、今とは違いましたねぇ、この頃は。

以前も書いたけど、当時は音楽とは全然接点のない会社だったし、仕事だったからさあ、音楽との向き合い方も、普通の一般の方と変わらなかった訳よ。

年も27才だったのかなぁ、この頃。 まあ、既に20代も後半だったし、やっぱアイドルを正面から聴くって言うと歳でもなかったからさ。 

だから、このKinKi Kidsの「ジェットコースター・ロマンス」なんてのも、正面から聴く事は無かった。
まあ、「Mステ」は当時も見てたからさ。KinKiがMステに出演した時、聴いてたくらいだったのかなぁ。
あとは、会社の営業車の中で移動の時にラジオで流れてきた時くらいだったのかなぁ。

それでもね、全く無視していた訳じゃない。「理性」としてアイドル聴く年でもないよなぁ・・・と思いながらも、やっぱ、気になったりしてね

いやKinKi Kidsってヒトたちの曲は、キライじゃ無かったんだよ、当時。 むしろ、本当だったらちゃんと聴きたかったんだよね。

このヒトたちの曲って、ヒット曲らしい曲だったしさ。簡単に言えばキャッチー、分かり易い。変な仕掛けがないんだよね。
それでいて音楽志向の人が聴いても受け入れられるっちゅうかさ。

まあ、それはジャニーズの中でも音楽志向が強い2人だったからこそだったのかもしれんけど、KinKi Kidsって。逆に言えば、だからこそ、この曲の作曲である山下達郎氏であったり、この曲の次の「全部だきしめて」の吉田拓郎氏であったり、モノホンのミュージシャンが、このヒトたちの周辺に付いてきたんだろうしさ。

うん、ここまで大物のミュージシャンが周辺に付いてるジャニーズって他には無かったからねぇ。

ビジュアルというよりも「音楽」として聴けたんだよね、このヒトたちの曲って。 

正直言うと、この曲も好きだったんだよ、個人的には。

 この如何にも初夏的な温度感と疾走感。如何にも「達郎」っぽかったしなぁ。

KinKi Kidsと山下達郎っちゅうと、どうしてもデビュー曲の「硝子の少年」なんだけども、この曲は、あくまで仮想「筒美京平」としての曲なんでさ、達郎氏って言う匂いは薄い印象だった。 個人的にも筒美京平氏って思ったしさ初めは。

いや、ジャニーズの場合、たのきん・・・、いや、それ以前にもジャニーズ時代の郷ひろみ氏って頃から、筒美京平って言う看板があった。 あのSMAPにもごく初期にシングルを書いてたしね。

だから、山下達郎氏が筒美京平氏を意識するのも分かる。 

でも、この曲に関して言えば、そう言った「しがらみ」を一切断ち切ったような達郎ワールド的な曲を持ってきたって言うのが、むしろ良かったんだよな。

うん、この手の疾走感、爽快感がある初夏向けの曲っていうのは、筒美氏の曲ではそうそうなかったしね。達郎節ならではなんだよね。 そこが良かったと思う。

ただ、それでもデビュー曲から2作連続で続けたミリオンセラーは、この曲では突破できず。 

うーん、そこは個人的にはちょっと「誤算」だったかなぁ。 この曲こそ、ミリオン行っても全然おかしくない・・・っておもったんだけどなぁ。





この曲、今まで書いてなかった理由が、なんとなく分かったわ。この曲、動画が落ちてないんだよね。
なんで、本当はもっと早く書くつもりだったんだけども、いままで書いて来なかったんだ。
今も、目ぼしい動画落ちてないもんなぁ。
唯一落ちてたのが、コレ。
音も画像も悪いけどさ、まあ、どうぞ・・・ってことで。。


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今夜はHearty Party / 竹内まりや

1995_12_今夜はHearty Party_竹内まりや


今回の1曲セレクトは、「今夜はHearty Party」竹内まりやです。

まずはデータです。

・タイトル    今夜はHearty Party
・アーティスト  竹内まりや
・作詞      竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      山下達郎
・リリース日      1995年11月20日
・発売元     MMG
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  39.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1995年12月25日〜1996年1月22日付
・タイアップ:ケンタッキーフライドチキン クリスマスキャンペーン曲

クリスマスイブイブの夜、みなさんいかがお過ごしでしょうか・・・。
なんて、取ってつけたようなわざとらしい出だしにしてしまったんですが・・・。

クリスマスかぁ、昨今のワタシにゃ、全く関係ない「イベント」になってしまいましたなぁ。
そもそも、明日がクリスマス・イブであることも忘れてたくらいですから。。。

さっきスーパーに買い出しに行ったら総菜コーナーに「ローストチキン」を大量に売ってまして、「そう言えばクリスマス前の週末」なんだな・・・なんて思い出した次第で。。
ローストチキンは、思わず買ってしまいましたが。。。。

で、やっぱクリスマス前の週末なんで、「1曲セレクト」もクリスマスの曲を持ってくるべきなんだろうなぁ・・・っていうのは、いつも思ってる事だったりするんだけど。。。

何分ねぇ、これまで目ぼしい・・・というか個人的にお気に入りのクリスマスソングは、既に書いちゃったからなぁ・・・。正直、残って無い。
去年も、書くのが無くて、苦肉の策として今まで何回も書いたヤマタツの「クリスマスイブ」をまた引っ張りだしてきた・・・ような気がする。

なんでねぇ、今年は流石にヤマタツってのは無いよなぁ・・・。 っつうことで、ヤマタツ氏のヨメの竹内まりやさんを引っ張って来ましたわ。

「今夜はHearty Party」

「え? いままで書いてなかったの?」って言われそうなんだけどさ。 そうなのよ、書いてなかったのよ。

今まで書いたなかったって事は・・・そうなんですねぇ、個人的にこの曲、あんまり好みじゃないのよね

完全に個人的な好みなんだけども、アグレッシブでアップチューンな まりやさんの曲って、それ以前からどうも触手が伸びないワタシなんだよなぁ。

例えば、この曲の前年にリリースされた「明日の私」っていうアグレッシブなアップチューンもダメだったしね。

なんで何でしょうねぇ。 まあ完全に生理的としか言えないんだけどさ。 うん、基本的に まりやさんの曲ってキライじゃないですしね。

個人的には、やっぱこのヒトは、ミディアムチューンなんだよなぁ。 例えばさ、93年にリリースされた「家に帰ろう」とかさ。ああいう、もろ60'Sなアメリカンポップスの香りが強い曲が一番フィットしてると思うんだよね。

ま、それ以前にクリスマスソングって厳かな曲が好きなんでねぇ。 

考えてみれば、クリスマスにパーティをやって、みんなでワイワイ・・・なんてことは、ほとんど無かったような気がする。小学6年のときだけかなぁ、近所の集会所借りてクラス全員でワイワイとパーティをやったのは。

あとは、クリスマスと言っても一人静かに過ごしてたんだよね。 そんなこともあってか、クリスマスソングは一人シンミリと聴く曲の方がフィットするんだよなぁ。
なんせ、一番すきなクリスマスソングは、「チェッカーズのX'masソング」だったりするんでさ

だから、ダンナの「クリスマスイブ」の方が、断然クリスマス〜・・・って言う気分にさせてくれる。 そんなこともあってか、未だに、この曲の方はクリスマスと言っても殆ど聴いてなかったりするんだよね。

うん、どうりで今まで書かなかった訳なんですねぇ。




この曲と言ったら、どうしても、イントロ出だしの「キムタク」の囁きボイスなんだろうな。

そそそ、例の

「ね、パーティーにおいでよ」  っちゅう囁きボイス。

SMAP解散以後、今年はすっかり影が薄くなっちまったキムタクだけど、あの当時の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだったからなぁ。いい男の「代名詞」と言う意味で。

そのキムタクが まりやさんの曲に登場する・・・ってだけでも話題性大だったんだよね。

しかも、その「いい男」の代名詞キムタクに対して、

♪ キムタクさえもかすむ男〜 (を見つけてやるわ)♪ なんて、世の大多数の女性を「敵」に回すような事を言ってのける まりやさんは、やっぱりアグレッシブだったんだよなぁ。

個人的に、この曲に触手が伸びなかったのは、曲自体のアグレッシブさと共に、まりやさん自身のアグレッシブさに対しても引いちゃってた部分が大きいかも。

やっぱ、個人的には、どうしても「不思議なピーチパイ」の頃のまりやさん像が頭から抜けないんでね〜。


ちなみに、「ね、パーティーにおいでよ」って言うキムタクの囁きボイスを、「ね、パンティー脱いでよ」と茶化していたパッキー木場氏、おちゃめで好きだったぁ。



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