かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

小田裕一郎

This Is a Boogie / 桜田淳子

1981_09_This Is a Boogie_桜田淳子



今回の1曲セレクトは、「This Is a Boogie」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル    This Is a Boogie
・アーティスト  桜田淳子
・作詞      実川俊
・作曲      小田裕一郎
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1981年9月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 - 位
・売上げ枚数   - 万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 ランクインせず

テレビとヒット曲っていうのは、切っても切り離せない関係にあると思うんだよね。
人気のテレビの歌番組に出演すれば、ヒットは約束されたものと言っても過言ではないし。
いや逆か。。。。ヒット間違いなし、あるいはヒットチャートで上位に上昇してきているからテレビに出てるのか。。。。

まあ、昔は、ベストテン方式のうち番組も多かったですが、基本はプロデューサーが出演アーティストを選択する、キャスティング方式が基本だったわけで、その中からヒットが生まれるということもあったわけですわ。

でも、そんな感じで、テレビの歌番組に出演したから・・ということで、少なくともオリコン左ページ入りが高確率で約束されたのって、それほど遠い昔からと言うわけでもないようにも思えるんだよね。

昔は、歌番組にしょっちゅう出てたよね、っていう曲でも、全くヒットしなかった曲も、意外とあったわけでさ。

今回の1曲セレクトは、そんな、「しょっちゅうテレビで聴いたよな」だけど、全くヒットしなかった曲を一つ。


桜田淳子さんの「This Is a Boogie」。

この曲、覚えている方、どのくらいいるかなぁ。 

1981年9月にリリースされた、淳子さんとしては36枚目のシングル。

桜田淳子さんと言えば、スター誕生出身、中3トリオとしてスター街道をまっしぐらだった、70年代のトップアイドルですわ。

なので、よもや、オリコンの100位にも入らなった曲なんか無いだろう・・・と思いきや、この曲、オリコン100位内に入らなかったんですねぇ。

正確に言えば、 この曲以降、ベスト100に入らなくなった・・・と言った方がいいのかな。
(もっとも、2曲前の「玉ねぎむいたら」もベスト100入りしなかったけど)

さしもの淳子さんも、時代が70年代から80年代に変わり、息切れだったんだろうね。

でも、そんな風に思えるのは、後年、オリコンチャートブックなる本を購入して、淳子さんの売り上げ推移を見たからなんだよなぁ。

うん、この曲がリリースされた1981年秋から冬にかけて、この曲、テレビでやたらと聴いたんだよね。
あの頃は、秋になると各局で音楽祭が開かれてたけど、各局の音楽祭では、必ずこの曲が歌われてた記憶があるなぁ。 そもそも、この年1981年の第32回紅白歌合戦でも、この曲が歌われていたし。

ま、そういう大きな歌番組以外でも、よく聴いたのよ。

だから、個人的には、そこそこヒットしていたものと思っていたんだよね。

個人的に、この頃オリコンの存在を知ったんだけども、まだオリコンチャート自体は購入してなかったんで、後年、オリコンチャートを買うようになってから、この曲がベスト100にも入ってなかったことを知るんだけども、あの当時の歌番組への出演頻度を考えると、まさか・・・だったんだよねぇ。

逆に言えば、「出し手側」としたら、それだけ期待して、大々的にプロモーションをかけていたんだろうね。
ってことは今だったら、よくわかるな。

それだけ期待していたのにもかかわらず、大衆的には、刺さらなかった・・・ということなんだろうなぁ。

でも、考えてみれば、テレビではよく聴いたけど、ヒットしなかった曲って、この頃は、他にもあったよなぁ。 例えば、由紀さおりさんの「両国橋」とかさあ。。。

そのほか、個人的によく覚えているのは、もう少し後だけど、以前1曲セレクトでも書いた、佐東由梨さんの「どうして!?」ですね。

そもそも、紅白で歌えば、オリコンでの上昇は、ほぼ約束されたようなもん・・・。

・・・と思えたりするんだけども、それは、あくまでも80年代後半以降のことでさ、最初に書いたように、この1981年頃は、たとえ、紅白で大々的に露出されたとしても、レコード売り上げが動かなかった曲も、まだまだあったわけなんですよ。

あれだけ、大体的に露出していながら、(少なくとも)オリコンTOP100にも入らなかったのか、理由は、よくわかんないんだけどさあ。

この「This Is a Boogie」にしても、曲自体は、悪くなかったと思う。
淳子さんにしては、珍しい、4ビートのスウィングジャズ風。ビッグバンドがよく合うような。 ・・・・というか、シングルでは、この手の「50'S」以前のオールドジャズ的な曲は初めてだったかもしれないな。

作曲は、小田裕一郎氏。 アレンジは、大村雅朗氏という、もろ、松田聖子さんの「青い珊瑚礁」の布陣だけど、作曲の小田裕一郎氏がこの手のスウィング・ジャズっぽい曲を書くのも珍しいような感じがしましたね。

そもそも「青い珊瑚礁」とはえらい曲調が違うし・・・・。

あ、でも、後年だけど、トシちやんの「エル・オー・ヴイ・愛・N・G」にしてもノリはジャズっぽ方ったもんなぁ。この手も得意だったのかもしれない。

でも、ここまでスウィングした曲調になったのは、アレンジャーの大村雅朗氏の影響が大きかったんだろうな。

大村さんも、もともとブラスでサックスをやられた方なので、この手のスウィングした、ビッグバンド風のアレンジも得意だったろうし。。。

いや、もしかすると、小田氏と大村氏のコンビで「青い珊瑚礁」の成功があったんで、きっと、この曲もヒットするだろう・・ってことで、あの当時、大々的にプロモーションを打ったのかなぁ。。。

淳子さんも、松田聖子さんも、同じサンミュージックだったし。。。。

まあ、あくまでもうがった見方での想像ですが。。。。


当時12歳だったワタシも、まだ、この手のスウィング・ジャズに触れたことなかったこともあったんで、最初は変な曲なんて思ってたんだけどさ。

兎も角、テレビでやたらと流れていたんで、自然と消化されてはいたんだよね。

その後、個人的にブラスをやったりして、スウィングの曲もやったりしたわけで、そういうフィルターを通してみると、この曲がよく面白く感じたりしてね。 だからさ、この曲をきちんと理解できたのは、後年ですけどね。





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夏のフォトグラフ / 石川秀美

1984_05_夏のフォトグラフ_石川秀美


今回の1曲セレクトは、「夏のフォトグラフ」石川秀美です。

まずはデータでする。

・タイトル     夏のフォトグラフ
・アーティスト   石川秀美
・作詞       竜真知子
・作曲       小田裕一郎
・編曲       入江純
・リリース日    1984年5月3日
・発売元      RVC
・オリコン最高位  8位 (1984年5月14日〜5月21日付)
・売上げ枚数    11.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 15位

長年ヒット曲を聴いてくると、例えばリリースされた頃はあんまり聴いてなくても、今改めて聴いてみると、曲調やサウンドによって、その曲がいつヒットしたのか、時代が大体わかる。 

うん、事前にいつヒットしたかという知識なしに・・・という前提ですけどね。

昔、オリコンヒットチャート研究会っていう自主サークルを組んでいた時、よくこんな遊びをしてましたねぇ。

リーダーの家に遊びに行くと、いきなりマニアックなアイドルのカセットをかけて、この曲のリリース年は?  なんて聞いてくるのよ。

普段、ベストテン級の、いわいる「A級」もしくは「B級」アイドルくらいしか聴かない私は、ほとんど分かんなかったんだけども、あてずっぽうで言って見ても、大体当たってたりしたなぁ。
曲調とかサウンドで、大体いつ頃の曲か分かったのね。

特に、80年代中盤、そうね、84年、85年、86年頃のアイドルの曲って、例えばシンセの音色だったり、メロディラインだったり、はたまたバックの合いの手のフレーズだったり、似た曲が多かったからさ。

いつかも書いたんだけども、例えばYAMAHA「DX7」のプリセット音が聞こえてきたら、ほぼ高確率で84年か85年の曲・・・とかさ。
まあ、よく言えば80年代を象徴するような特有のサウンドだったわけですね。


今回の1曲セレクトは、そんな80年代アイドル独特なサウンドの1曲を一つ。


石川秀美「夏のフォトグラフ」。

石川秀美さんの84年くらいまでの、いわいる初期の曲は、これまでに大体書いた。
まあ、まだ書いてない曲も何曲かは残っているけど。。。。 でも、まあ残っている曲は、当時あんまり刺さらなかったか、あんまり聴いてなかった曲なわけで・・・。

そこから見ると、まだ書いてなかったこの曲も、リリース当時はあんまり刺さらなかった1曲なんだよね。

最も、先日、渡辺典子さんの「晴れときどき殺人」の時も書いたように、84年の今頃は、高校受験対策のため、日曜日「塾」に通うようになって、ラジオのカウントダウン番組をあまり聴けなくなったわけで。。。
その影響でこの曲もリアルタイムで、それほど耳にしてなかったというのもあるかもしれないな。

オリコンでは最高8位と健闘したものの、総合ランクが多かったラジオのベストテン番組では、この曲ベストテン入りしなかったのも多かったし、同じ理由で「ザ・ベストテン」でもベストテン入りを逃していたことも、より耳にする機会が少なくなったんだけども。

ただ、それを差し置いても、あんまり刺さらなかったんだよなぁ、この曲。

80年代アイドル曲として、オーソドックス過ぎた・・・というのが一番大きかったかもしれない。
月刊・明星のヤンソンで、近田春夫氏も指摘しているように、インパクトが弱いんだよね。

♪ 夏のフォートグラフ〜 ♪ っていう出だしは、掴みがあるとは思ったんだけども、それだけって感じがしてさ。

やっぱり、作詞・竜真知子、 作曲・小田裕一郎 っていう作家陣から生み出される曲調が、84年と言う時代から見ると古臭くなってきていたことも否めなかったと思う。

これも、当時近田氏がよく使っていたフレーズだけど、「5年前の・・・」っていうイメージなんだよね。 

・・・ってか、同じようなことを以前、同じ石川秀美さんの「バイバイサマー」の時も書いたような記憶があるんだけども・・・

お二人が紡ぎだす曲調って、80年代のそれ・・・というよりも70年代なんだよね。 84年当時から見ても古臭いような感じがしたのよ。 時代とシンクロしてない感覚があったんだよなぁ。

それでいて、アレンジャーの入江純氏が織りなすサウンドが、いかにも80年代アイドルっぽくてさあ。今聴いても、なんとなくバランスが悪いなぁ・・なんて印象を感じたりして・・・。


個人的には、この曲一つ前の「めざめ」って曲は好きだったんだよね。
ブラコンっぽいサウンドが、石川秀美っていうヒトの曲としては、新しかったし。

84年って、アイドルを含め、全体的にヒット曲ってニューウェイブに向かう傾向があったじゃない?
そういう流れにうまく乗ったな・・・なんて思ってたのよ。

そこに来て、時代を逆流してしまったようなこの曲だったんで、ちょっとがっかりした・・・と言うのが、一番の理由だったかもしれないなぁ。

さらに言えば、そのまた一つ前の「スターダストトレイン」って曲も個人的には好きだった。
メジャー系の明るい、アップチューンなポップス、この曲調がこのヒトにはフィットしてるよなぁ・・・って感じたんだよね。

まあ、このことは、それ以前、例えば83年元日にリリースされた「涙のペーパームーン」の時からも思ってたんだけども。。。

逆に、マイナー系の曲になると、途端につかみどころがない、古臭いイメージになっちゃっうんだよね、このヒト。 

当時、石川秀美さんの曲は掴みどころがない、まずは方向性を決めてから曲を作るほうがいいんじゃない? なんて、近田春夫氏からも指摘されてたわけだけど。

で、「スターダストトレイン」、「めざめ」っていうシングルから、やっとこのヒトにフィットしたような方向性が見えて来た矢先だったらさ。 個人的ながっかり感は、大きかったんだよね。




これを書くにあたって、当時のオリコンチャートを改めてひも解いてみた。
石川秀美さんの当時のチャートアクションを見てみると、この「夏のフォトグラフ」の前年の「恋はサマーフィーリング」から、ずっと、初登場時、初動は2万枚台で推移していたりするんだよね。

ただ、意外だったな・・と思ったのは登場2週目も2万枚台をキープしていたこと。
「スターダストトレイン」「めざめ」では2週目は逆に売上げを伸ばしていたりするし。。

まあ、当時は発売日が、今のようにほとんどが水曜日と曜日固定されていたわけではないんで、オリコン集計期間が、曲によってまちまちだったこともあり、一概には言えないんだけども、意外と登場2週目も健闘していたんだな・・・なんて印象を感じましたね。

後のおニャン子などと同様、初動だけ・・っていう印象が強かったんだけどもね。

逆に言えば、それ以上の週間売り上げが上積みされた曲もなかったし、結局は固定ファンだけだったんだよね・・っていう印象も改めて持ったりしたけど。。。。

これは、83〜84年にかけて累積売り上げにほとんど大きな変化が見られないっていう所からも分かりますね。

まあ、よくいえば安定した人気があったともいえるんだけども。。。。

ただ、このヒトの場合、突出したヒットが出なかったわけで、代表曲は何? と言われると困っちゃったりするんだよね。

このヒトとか堀ちえみさんとか、花の82年組の中でも、シブがき、キョンキョン、明菜に続く、第2グループに位置する人たちはそうですね。松本伊代さんだって、もし「センチメンタルジャーニー」がなかったらそうだったろうし。。。



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ゆ・れ・て湘南 / 石川秀美

1982_09_ゆれて湘南_石川秀美


今回の1曲セレクトは、「ゆ・れ・て湘南」石川秀美です。

まずはデータです。

・タイトル    ゆ・れ・て湘南
・アーティスト  石川秀美
・作詞      松本隆
・作曲      小田裕一郎
・編曲      馬飼野康二
・リリース日   1982年7月21日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 29位
・売上げ枚数  8.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 27位

一昨日、小田裕一郎氏が逝去されましたね。 享年68歳。
全くの突然の逝去のニュースであったので、ちょっとビックリしてしまったワタシなのですが。。
確かに、昨年刊行された「大村雅朗の軌跡」に掲載された小田氏の写真の風貌が、昔とは全く違っていた事には違和感を感じていましたが、まさかね・・・。こんなに若くしてお亡くなりになるとは。。。

それよりも、先週、石川秀美さんの「バイ・バイサマー」を書いたばっかりなのに・・って言う思いもあったし、ちょっと小田氏を卑下した書き方になっちゃったんで、申し訳なかったような思いが交錯した昨日今日だったり。

・・・ということは、やっぱり、今回の1曲セレクトは、小田裕一郎氏の曲で行きたい。。。

とは思ったものの、今頃のヒットで小田氏の曲って、ほとんど、既に書いちゃってたりするんだよな。

・・と、一度は諦めかけたものの、何気に1曲セレクトでの石川秀美さんのアーカイブを調べてみたら、なんと、この曲をまだ書いて無いではないか。。。。    

「ゆ・れ・て湘南」

ガーン

ワタシの中では82年の晩夏といったら、この曲・・・って言うぐらい、ワタシの中ではスタンダードなこの曲をまだ書いて無かったとは。。。。

これは完全に不覚だったな。

それに本来は連続して、同じアーティストの曲は書かないようにしてたんだけど、今回は小田氏の追悼ということもあり特別・・・と自分に言い聞かせて、引っ張って来ました。


先週の「バイ・バイサマー」でも書いたんだけども、この曲は、もろ82年の今頃"晩夏〜初秋" を象徴しているような曲なんだよね。

パッと聴き、この曲に、夏の太陽、青い空、青い海・・っちゅうもろ「夏の湘南」のイメージを持っている方はいないですよね。 
ポップではあるものの、マイナー調のこの曲は、どうしても、どん曇り、あるいは小雨交じりの〜 っていう、うす暗い夏の午後を連想してしまう。

個人的には、小雨交じりの、鎌倉の七里ガ浜っていうイメージかなぁ。

というか、実際、この曲がヒットしていた82年の8月の終わりか、9月の初めごろに七里ガ浜に行ったんだよね。

当時、まだ福島から千葉に越して来たばかりで、友達も無くて、よく一人電車で放浪してたんですよ。 首都圏内ほとんどの鉄道路線はあのころほとんど制覇したんじゃないかってくらい放浪してたな。 
当時は「乗り鉄」だった事もあるんだけど、電車に乗って放浪してると、友達がいない寂しさを紛らされるっていうかさ。
で、ちょうど、この曲の頃、「江ノ電」で鎌倉から藤沢まで行ったんだよな。 その途中、七里ガ浜に寄ったんだったと思う。

どん曇りの小雨模様だったのを覚えてるわ。

そんな時、脳裏で鳴っていた曲が「ゆ・れ・て湘南」だったんだよね。 

それからというもののこの曲と言ったら、あの時の、海は鈍色、空は薄暗く、かつ肌寒かった、あのときの情景が浮かぶんだよなぁ。

ともかく、この曲から感じた情景と、あの時のリアルの情景がピッタリ一致したんだよな。

でもさ、この時がたまたま、小雨模様だった・・・って言う事でもないんだよね。 

ここでは、もう何回も書いてるけど、82年の夏って冷夏で天候不順な夏でさあ、雨の日が多かったんだよ。

まさにこの曲自体のイメージにぴったり嵌まった・・・と言うような。

そんなこともあって、ワタシの中では、82年の晩夏といったら、この曲って言うイメージが定着しちゃったんだと思う。

まあ、この曲だけじゃ無いけどね、中森明菜の「少女A」とか、サザンの「夏をあきらめて」とか、マイナー調の曲がしっくりきた夏だったんだよ。 だから、82年の夏といったら、全体的に「曇天の雲の下の〜」っていうイメージがいまでもこびりついちゃってたりするんだよね。



うんにゃ、この動画の画像のような「真夏の青い空の下〜」っていう、もろ湘南の夏のイメージぢゃないんだけどなぁ、この曲は。

ただ、いわいる「湘南ソング」って昔から、いっぱいあるけど、大体いつも、夏の太陽、青い海〜・・・っていうイメージだよね。 往年の若大将、加山雄三氏にしても、もちろんサザンにしてもチューブにしても、みんなそうじゃん。

曇天、小雨交じりの湘南・・・なんて曲は、この曲と、↑で書いたサザンの「夏をあきらめて」ぐらいじゃないのかなぁ。 調べればもっと出てくるかもしれないけど、パッとなかなか思い出せない。
湘南ソングからすると、かなり稀有な曲かもしれないな。
まあ両方とも82年の曲ということで、それだけあの年の天候不順さが分かるんじゃないかなぁ。


どうでもいいことだけど、この曲のタイトル「ゆ・れ・て湘南」・・って「ゆれて」の間に「・」が入るんだね〜。 あれから36年。いま頃気が付きましたわ〜



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バイ・バイ・サマー / 石川秀美

1983_09_バイバイサマー_石川秀美


今回の1曲セレクトは、「バイ・バイ・サマー」石川秀美です。

まずはデータです。

・タイトル     バイ・バイ・サマー
・アーティスト  石川秀美
・作詞        竜真知子
・作曲        小田裕一郎
・編曲        入江ジュン
・リリース日       1983年9月1日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数  11.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位

昨日に引き続きいての1曲セレクトですが、どうもねぇ、昨日の安室さんの1曲のイメージが残っちゃってましてねぇ。今日は各ワイドショーも、ラジオ放送も昨日に増して「安室引退」の報道が多かったからなぁ。
うーむ、上手く気持ちが変わらないなぁ。 こういう時に安室さん以外の曲を持ってくる来るのも、本音を言えばキツイんだけどね。
でも、そうも言ってらんないんで、今回は安室さんじゃないヒトの曲を引っ張って来ますよ。

今日は、事前の天気予報では、気温が上がるって事だったんだけど、昨日同様、秋めいた1日でしたわ。おまけに秋雨もシトシトと・・・。

これは、本格的に「夏」ともオサラバ・・・ってことでいいでしょうかねぇ。
・・となると、ようやっと「夏の終わりの・・・」って曲を持ってきたくなるもんですわ。

・・ということで、今回はダイレクトに「夏の終わり」を歌ったこの曲を・・・


石川秀美「バイ・バイ・サマー」

うわっ、またマイナーな曲を・・って感じなんだけどさぁ、もうね、80年代の曲ってこの辺しか残ってないのよ。。

この曲は、今から35年前、1983年の今頃のヒット曲ですわ。 

ちょっと前にも稲垣潤一の「夏のクラクション」でも書いたけど、この年1983年はワタシャ14才、中学2年の時ですわ。

 うむ、「最も」ヒット曲を聴き漁っていた頃ですね。 まあ、兎に角、何でもかんでも聴いてたですわ。よく1日中ラジオの前に居られたもんだよなぁ・・・ってくらい、日曜は朝から夕方までラジオの前にかじりついて、明星の歌本「Young Song」を片手に、ベストテン番組の梯子。 日曜だけで3つのベストテン番組聴いてたもんなぁ、この頃は。

今思うと、よく、それだけの体力があったもんだよなぁ・・・なんて感心する。 今は、1つのラジオ番組も最後まで聴いてらんないもん。

ともかく、だからね、この頃吸収した曲が、今のワタシの血肉になっている事は間違いない訳で、それだけ刺さった曲も多かったんだよな。

ただ、そう言う曲って、もうすでに大半は1曲セレクトで書いちゃったわけで、それでも、まだ残っていたってことは・・・。

そうなんですねぇ、この曲、当時、あんまり刺らなかったんだよね。

まずもって、1983年当時からして、ちょっと古臭よなぁ・・っていう印象が強かったんだよな。 

いつかも書いたかもしれないけど、この当時って、ヒット曲も、まだまだ発展途上のところがあって、新しい試みの新曲も次々とリリースされていた。

だからね、新曲がリリースされるたび、新鮮な気分になれたし、なにより、年ごとにカラーがあったんだよね、ヒット曲の。 ヒット曲の色合いって言うのかなぁ。 だから、今も曲を聴けばどのあたりにヒットしたのかっていうのも大体分かるしね。

個人的には、例えば、1982年の夏は「どんよりとした曇り空」、 1983年の夏は、「夏のクラクション」の時も書いたけど、「夏の午後の透明な光」のイメージがある。

大体こんなイメージに沿った曲が多かったって事ですね。

それじゃ、この「バイ・バイ・サマー」はどうだったのか・・・っちゅうと、まあ、タイトルからも想像できるように「夏の午後の透明な光」の・・って言うイメージは到底ない。

どちらかと言うと、前年82年の「曇天の下の・・・」って言うイメージなんだよね。

そんなところから、どうしても「古臭い」イメージが、まず初めてに出て来てしまう。  そそそ前年の秀美さんのシングル、「ゆれて湘南」。 あの延長線のイメージなんだよ。

だからさ、仮にこの曲が、前年の82年にリリースされていたら、もっと刺さったのかもしれない。 

明星歌本の「新曲激評」で近田春夫氏も、「2年前の・・・って言うイメージ」って書いてたりするしさ。


結局さ、作詞の竜真知子女史も、作曲の小田裕一郎氏も、ヒットメーカーとしての旬は過ぎていたのかもなぁ・・・。

80年代でも、82年と83年の間にはヒット曲の傾向に大きく変化が見られたんだよね。 これもちょっと前に書いた事だけど、82年って、まだ70年代の「残像」のような曲が多かったんだよ。

ま、82年の「70年代」のヒット曲のカバー、リメイクブームを見れば顕著なんだけど。 でもね83年には、そういう70年代のくびきは一掃され、本当の意味での80年代的なヒットが始まったって言えるんだよね。

これも時代の流れな訳なんだけども、そんな80年代的な新たな流れにうまく乗れなかった作家の方々も多かった訳ですわ。それが、竜真知子さんであり、小田裕一郎さんだったって事なんだろうね。

まあ、小田裕一郎さんは、この「バイ・バイ・サマー」と同時期に、杏里の「キャッツ・アイ」を大ヒットさせていたわけがら、必ずしもそうも言いきれなかったのかもしれないけど、でも、ヒットメーカーとしては、このころが最後の頃でしたしね。




うーん、聴きようによっては、85年の・・・っていうイメージも感じられたりしてね。
でもね、↑で書いたようなヒット曲のカラーは、85年の夏と、82年の夏って似たようなイメージがあるんだよなねワタシの中では。
どちらの年も「曇天の下の〜」っていう、少し薄暗い、秋の始まりのような肌寒いイメージ。

うん、82年も、85年もどちらの年も夏は冷夏で長雨が続いた年ですわ。実際の天候がヒット曲のカラーも決める。
でもね、酷暑の年は蒸し暑い曲がヒットするし、寒い年は寒々しい曲がヒットする。そう言った実際の天候とヒット曲の傾向ってリンクしてるんだよね。 



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エル・オー・ヴィ・愛・N・G / 田原俊彦

1983_12_エルオーヴィ愛NG_田原俊彦






今回の1曲セレクトは「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」田原俊彦です。

 まずはデータです。

・タイトル    エル・オー・ヴィ・愛・N・G
・アーティスト  田原俊彦
・作詞      売野雅勇
・作曲      小田裕一郎
・編曲      大谷和夫
・リリース日   1983年11月18日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   30.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1983年11月28日〜1984年1月9日付
・タイアップ:映画「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」主題歌


 今日の1曲セレクトは、また、昨日と打って変わりまして、トシちゃんです。

 はい、「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」。

 この曲は、「たのきん」映画第7弾の同名映画の主題歌だったわけですね。
 で、もって、これが最後の「たのきん」映画って訳ですか。
うーん、一時期は東宝の看板だった「たのきん」映画もさすがにこのころになると飽きられてきてたって感じなのかなぁ。
 もろちん、このころはワタシも見てないですわ。

 たださ、この曲が割りと好きでねぇ。イントロがカッコいいじゃん。
 トランペットの「6連音符」に続いて、サックスのオブリガード、全体的にミディアムのややジャジーな雰囲気でね。

 プラスして、全体的に肩肘張ってなくて自由な雰囲気がいい。

 ただ、ジャジーな雰囲気だけに、ノリと、それと、この曲はメロディラインが難しいんだよね。

 なんか、こう書くと、「自由な雰囲気」と相反しちゃうんだけど、あくまで雰囲気は自由、だけど、実際のメロディは複雑って感じなんだよね。

 複雑っていうか、音程が取りにくいんだよね。 この辺は、やっぱし小田裕一郎氏ってかんじなのかなぁ。小田氏とトシちゃんっていうと81年の「恋=DO!」だけど、メロディライン的には、あの曲に近いものがあるな。まあ、まだ、テンポが遅いだけは楽なんだけどさ。

 イメージとしては、温度感とかは秋っぽいのかなぁ。必ずしも、今の季節の・・・っていう雰囲気ではないかな。
 リリースは11月18日だけど、本来ならもうちょっと早めの方がイメージにより合ってただろうね。

 だからか売上げの30万枚は、この時期のトシにしてみれば、まあ平凡ってとこですかね。映画の主題歌っていうタイアップはあったけど、あんまりそういうインパクトは感じなかったなぁ。

 そういう意味では、今となっては完全に死角に入っちゃっている曲といえるかもね。

 兎に角イントロがカッコイイんだよね。これは、アレンジャーの大谷氏の仕事だよね。
 
 個人的に、ベストイントロ賞あげたくなっちゃいますよ。ほんとに。個人的には絶賛物ですワ。


ジャケ写、いい男ですよ・・・トシちゃん。
ワタクシに似て・・・って書くと、笑われちゃうから、とりあえず心の中では・・・ってことで。。(原爆)

エル・オー・ヴィ・愛・N・G / 田原俊彦

1983_12_エルオーヴィ愛NG_田原俊彦






今回の1曲セレクトは「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」田原俊彦です。

 まずはデータです。

・タイトル    エル・オー・ヴィ・愛・N・G
・アーティスト  田原俊彦
・作詞      売野雅勇
・作曲      小田裕一郎
・編曲      大谷和夫
・リリース日   1983年11月18日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   30.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1983年11月28日〜1984年1月9日付
・タイアップ:映画「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」主題歌


 今回の1曲セレクトは、また、昨日と打って変わりまして、トシちゃんです。

 はい、「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」。

 この曲は、「たのきん」映画第7弾の同名映画の主題歌だったわけですね。
 で、もって、これが最後の「たのきん」映画って訳ですか。
うーん、一時期は東宝の看板だった「たのきん」映画もさすがにこのころになると飽きられてきてたって感じなのかなぁ。
 もろちん、この頃はワタシも見てないですわ。

 たださ、この曲が割りと好きでねぇ。イントロがカッコいいじゃん。
 トランペットの「6連音符」に続いて、サックスのオブリガード、全体的にミディアムのややジャジーな雰囲気でね。

 プラスして、全体的に肩肘張ってなくて自由な雰囲気がいい。

 ただ、ジャジーな雰囲気だけに、ノリと、それと、この曲はメロディラインが難しいんだよね。

 なんか、こう書くと、「自由な雰囲気」と相反しちゃうんだけど、あくまで雰囲気は自由、だけど、実際のメロディは複雑って感じなんだよね。

 複雑っていうか、音程が取りにくいんだよね。 この辺は、やっぱし小田裕一郎氏って感じなのかなぁ。小田氏とトシちゃんっていうと81年の「恋=DO!」だけど、メロディライン的には、あの曲に近いものがあるな。まあ、まだ、テンポが遅いだけは楽なんだけどさ。

 イメージとしては、温度感は秋っぽいのかなぁ。必ずしも、今の季節の・・・っていう雰囲気ではないかな。
 リリースは11月18日だけど、本来ならもうちょっと早めの方がイメージにより合ってただろうね。

 だからか売上げの30万枚は、この時期のトシにしてみれば、まあ平凡ってとこですかね。映画の主題歌っていうタイアップはあったけど、あんまりそういうインパクトは感じなかったなぁ。

 そういう意味では、今となっては完全に死角に入っちゃっている曲といえるかもね。

 兎に角イントロがカッコイイんだよね。これは、アレンジャーの大谷氏の仕事だよね。
 
 個人的に、ベストイントロ賞あげたくなっちゃいますよ。ほんとに。個人的には絶賛物ですワ。


ジャケ写、いい男ですよ・・・トシちゃん。
ワタクシに似て・・・って書くと、笑われちゃうから、とりあえず心の中では・・・ってことで。。(原爆)





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風は秋色 / 松田聖子

1980_11_風は秋色_松田聖子






今回の1曲セレクトは、「風は秋色」松田聖子です。

 まずはデータです。

・タイトル    風は秋色
・アーティスト  松田聖子
・作詞      三浦徳子
・作曲      小田裕一郎
・編曲      信田かずお
・リリース日   1980年10月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   79.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1980年10月13日〜12月29日付
・タイアップ:資生堂「エクボ ミルキィフレッシュ」CM曲

 最近、やたらと松田聖子書いてるな・・・・。とお思いの方、お許しくだされ。
 いやいや、この時期って、松田聖子って毎年のようにリリースしてきてるんだよね。
・・・で、今まで、書いてなかったもんで、曲が溜まっちゃってまして。。。あせあせ


・・・ということで、今回は、デビューした1980年の「秋」の曲です。

 「風は秋色」

 正直言って、この曲、「青い珊瑚礁」の焼き直しだよねあせあせ

・・・って思いませんでした?

 いや、あのころ、周りの大人の人は、みんなそんなこと言ってたような気がする。
 当時、ガキだった私でさえ、あざといな・・・と思ったもの。どう、聴いても、「青い珊瑚礁」の続編としか、思えなかったの。

 なんか、そういうやり方に、ガキなりにちょっと嫌悪感を感じたりしてさ。
 まあ、と、いっても、ガキの頃だからね。何回も聴いてるうちに好きになってたりして。。。まだ、移り気が早かったのよ。 よく言えば、柔軟性があったっていうかな。

 でもさ、いま、客観的に考えれば、これは、完全に戦略だよね。
 前も書いたけど、当時は「大ヒットしたら3曲目までは、同じ路線で行く」っていう、暗黙の不文律のようなもんが、業界にはあったんだよね。

 それを忠実に守ったのが、松田聖子・・・っちゅうわけですわ。
 ただ、これほど「型」にはまったのも、恐らく、今に至るまで、松田聖子だけじゃないかなぁ。

 つまりさ、1曲ごとに売上げを上げたってこと。

・裸足の季節  28.2万枚  最高12位
・青い珊瑚礁  60.2万枚  最高 2位
・風は秋色   79.6万枚  最高 1位

・・・・と、まさに右肩あがり〜・・・の売れ方を見せてきていて、売り上げとしては、この曲が「第1期」目の頂点だったんだよね。

 これも、松田聖子の人気、実力の賜物って言うんですかねぇ・・・。
当時、河合奈保子派だったワタシも、こればかりは認めなきゃなんないところだったもんなぁ。

 オリコンでは、この曲は、初登場1位を飾ったわけだけど、これ以後24作連続1位獲得・・・という、80年代としては空前絶後の偉業を成し遂げることになる。その先駆けとなった曲でもありますね。

 ただ、この曲を最後に、作曲の小田裕一郎氏をスッパリ切って、数あるニューミュージックシンガーからの曲提供を受けるようになる・・・っていうのは、このヒトのスタッフのしたたかな所だよね。

 それまで、考え付かなかったと思うもの。アイドルにニューミュージックのアーティストからの曲提供を長期にわたって受けるって言う発想は。

 うん、単発ではあったんですよ。例えば、吉田拓郎氏から曲提供を受けてたキャンディーズや石野真子、さだまさしや谷村新司から曲提供をうけた山口百恵・・・など。

 でも、長期にわたって連続して、ニューミュージックの大物たちから曲提供を受けてたのは松田聖子ぐらいなもんでしたからね。

 ちなみに、松田聖子側からのオファーを断り続けたアーティストは、小田和正ぐらいなものと言われてますね。いまだったら、書いちゃうんだろうな。。。なんせKAT-TUNに書いちゃうくらいだから。。。


 まえ、菊池桃子が、戦略的に「大学生が小脇に抱えてても恥ずかしくないアルバム作り」って書いたけど、それを先んじて実践したのは、実は松田聖子なんですよね。

 コンセプトとして、大学生がカーステレオでかけても恥ずかしくない楽曲作り・・・っていう大前提が、この「風は秋色」を含んだ、2ndアルバム「North Wind」から始まってましたからね。

 うん、まあ、本人は、次の「チェリーブラッサム」(財津和夫 作曲)は、最初の頃、歌うのもいやだったくらいキライだったらしいけど。

 それでも、本人の「好き嫌い」を押し切っても、アーティストコンセプトを押し切ったスタッフは、シタタカだと思うねぇ。

 考えて見れば、この辺から、楽曲の時代から、アーティストそのものの人気を大事にする、「アーティストの時代」が始まったような気もする。

 ただ、まだ、このころは、ヒット曲は世代を越えた「共有物」であり、チャート自体に「重み」があった時代だったから、その辺には気がついてなかったんだよね。
 
 まだ、主導権は「作り手」側のほうが一歩進んでた・・・っていう時代だったのかなぁ。今考えると。



それにしても、すげぇ斬り方だな、いきなり1番から2番に歌詞が飛んでるぞ〜。


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グットラックLOVE / 田原俊彦

1981_10_グッドラックLOVE_田原俊彦






今回の1曲セレクトは「グットラックLOVE」田原俊彦です。

まずはデータですぅ。

・タイトル     グットラックLOVE
・アーティスト   田原俊彦
・作詞       小林和子
・作曲       小田裕一郎
・編曲       大谷和夫
・リリース日    1981年10月15日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  3位
・売上げ枚数    49.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1981年10月26日〜1982年1月11日付
・タイアップ:映画「グットラックLOVE」主題歌

 う〜、眠たい! いや、ほんとにマジで。。このまま寝たいところなんだけど、予定がつかえているので書きますぞ。。。。

 ・・ということで、先週書いたばっかなのに、またまたトシちゃんです。
今回は81年の今ごろのヒット「グットラックLOVE」。

 単純にシリアスな曲でしたよね、トシにしては珍しく。もしかしてデビュー曲以来のシリアスさかなぁ。
 いや、この曲の前の「悲しみ2ヤング」もマイナーシリアスな曲だったから、この当時は連続してマイナー路線だったんだよね。
 しかも、前曲と2ヶ月連続のリリースと、この当時としては異例のリリースパターン。
 まっちの「ギンギラギン〜」とからめて考えると、約2週間に1度のパターンでジャニーズ関係でリリースと、かなり頻繁なリリース体系を取ってましたよね。当時としては。

 まあ、この曲は、トシちゃん初の「たのきん」映画で主演を演じた同名映画「グットラックLOVE」の主題歌ということもあり、映画公開にあわせたところもありますけどね。


 たのきん映画か〜なつかしいな。当時の東宝のドル箱だったんではないかな、意外と。
 今から考えると中身は単純な「青春映画」であって、内容はない物に近いんだけど、それでも見に行ったなぁ。
 この「グットラックLOVE」までの3作品(「スニーカーぶる〜す」「ブルージーンズメモリー」あわせて)ともに映画館で見てたりする。

 単純に好きだったんだよね、当時、「たのきん」が。

 うーん、意外とジャニーズ側に踊らされていたなぁ、なんて、今となれば思うんだけど、まあ、それもいい思い出だよなぁ。

 曲は、最初にも書いたようにシリアス物なんだけど、いかにもっていう大げさなオーケストラアレンジがよかったよね。
 トシの場合、どうしても「にんじん娘」なんかの、企画物曲にとかく、目が行っちゃうんだけど、このてのシリアス物も割 りといいんだよね。
 いつもの不安定な歌い方ではあるんだけど、もともとこのヒトの声って淋しげに聴こえるところもあるんで、このテの曲も合うんだよね。

それが功を奏したのか、単に年末だったからなのか、映画効果もあったのか、よくわかんないですけど、この曲は、久々にセールスを伸ばした1曲になりましたよね。
 約50万枚セールスと、単純にこの当時の固定ファンの数から考えると、充分浮動票も集めたセールス枚数にもなりましたもんね。
 そのおかげで、久々に前曲をしのぐロングセールスも記録した1枚だったですわね。

 今からすると、比較的地味で、間に隠れた存在の曲っていうイメージもあるけど、それは、曲調のせいですかね〜?

 しかし、作曲の小田裕一郎氏も、この辺を境にヒットチャートの上位戦線から姿を消して行った気がするなぁ。
 複雑ながらキャッチーなメロディラインが面白い作曲家だったんだけどねぇ。 時代との折り合いがこのあとはなかなか付かなかったようだよね。




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CAT'S EYE / 杏里

1983_09_CAT'S EYE_杏里






今回の1曲セレクトは、「CAT'S EYE」杏里です。

 まずはデータです。

・タイトル    CAT'S EYE
・アーティスト  杏里
・作詞      三浦徳子
・作曲      小田裕一郎
・編曲      大谷和夫
・リリース日   1983年8月5日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   82.0万枚
・タイアップ:日本テレビ系アニメ「キャッツ・アイ」主題歌
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1983年9月12日〜11月28日付

 今回、引っ張ってきたのは、杏里の「CAT'S EYE」なんだけど、この曲、まだ、書いてなかったんだよね〜。
 今ごろ大ヒットした曲だから、すでに書いてた・・と思ってたんだけど・・・。なんかの都合で忘れてたんだよねきっと。
 そういうことで、丁度、ヒット期間も都合がいいので、引っ張って参りました。

 まあ、この曲は、言うまでもなく、当時、月曜日の夜7時から日テレ系で放送していた、アニメ「キャッツ・アイ」の主題歌だったわけだ。
 月曜日、夜7時の日テレアニメ枠の放送だったのね。まあ、いまでも続く、日テレアニメの黄金枠ね。。。

 私はというと・・・、当時はウラでやってた「クイズ100人に聞きました」をずっと見てましたあせあせ

 ・・・なので、「キャッツ・アイ」は見たことありましぇん
あせあせ あしからず。。。


 ところで、この1983年は、TVアニメ主題歌の最初の黄金期ともいえるんぢゃないかな。
 この曲の他に同時期には、H2Oの「想い出がいっぱい」もベストテン入りしてたしね。
 こちらは、フジテレビ系木曜19時30分〜 のアニメ枠。うん、これは、今は消滅しちゃいましたね。


 ところで、なんで、この時期、相次いで、アニメの主題歌がいわいる「一般チャート」でもランクされるようになったんだろ? って言うのが、長らくチャートを見て来て人にとっては、疑問の一つになってるんだよね。

 もちろん、「CAT'S EYE」にしても、「想い出がいっぱい」にしても、歌っているのは、「通常」のアーティストっていうこともデカイ。
 このころになると、いわいる声優さんとか、アニメ専門の歌い手さんではなく、「普通」のアーティストが主題歌を歌うようになってきた・・・って言うことなんだよね。

 逆に返せば、それまでは、普通のアーティストは、あまり、アニメの主題歌としてタイアップは取っていなかったともいえる。

 これは、あくまでもテレビアニメとしてですけどね。
アニメ映画としては、ここまでに、

・ヤマトより愛をこめて/沢田研二 (「さらば宇宙戦艦ヤマト」主題歌)
・銀河鉄道999/ゴダイゴ (「銀河鉄道999」主題歌)
・砂の十字架/やしきたかじん(「機動戦士ガンダム」主題歌)
・哀戦士/井上大輔(「機動戦士ガンダム?」主題歌)
・めぐりあい/井上大輔(機動戦士ガンダム?」主題歌)
・光の天使/ローズマリーバトラー(「幻魔大戦」主題歌)

などのオリコンランクイン作品があり、「砂の十字架」以外では、ベスト20入りを果たしている。

 でも、TVアニメとなると、極端に少なかったのですよ、オリコンのいわいる「一般チャート」にランクインしてた曲は。

・宇宙戦艦ヤマト/ささきいさお(日本テレビ系アニメ「宇宙戦艦ヤマト」主題歌)
・ラムのラブソング/松谷祐子(フジテレビ系アニメ「うる星やつら」主題歌)

ぐらいじゃないかしら・・・・。それまでオリコンチャートにランクインしてたのは。

 なぜか・・・っちゅうと、当時、オリコンには、アニメ/童謡 チャートというのがあり、TVアニメの主題歌はいっしょくたにそちらへ入れられてたから、って言うところが大きいんだよね。

まあ、その辺は、先日の「ヤマトより愛をこめて」でも、言及したことなんだけどね。
アニメ/童謡チャートは、ランクのみ発表されていて、実売売上げ枚数は公表されていなかったのです。

そういうことを含めて、今回引っ張ってきた、「CAT'S EYE」は、それまでの映画を含めて、アニメ主題歌では初の1位獲得曲ということになる。

 それまでの最高は、ゴダイゴの「銀河鉄道999」の2位だったからね。
 もっとも、アルバムの方では、「銀河鉄道999」のサントラ盤、「交響詩銀河鉄道999」が1位を獲得していたけど・・・。
でも、まあ、この曲をきっかけにして、アニメ主題歌も次第にオリコンにランクインしてくるようになる。
その礎となった曲でもあるわね。


 それにしても、当時、やったらと「CAT'S EYE」って聴いてたなぁ。
 まあ、それだけヒットしてたってことなんだけど、当時はラジオ小僧だったでしょ。土、日は、6つのラジオのベストテン番組をハシゴして聴いてたから、他の曲もそれなりに何回も聴いてたんだけど、それにもまして「CAT'S EYE」ってあっちこっちで聴いてたような気がする。
特に、この曲はフルコーラスでも3分そこそこなんで、大抵、フルコーラスで流すことが多かったんだよな。

 最後は、この曲のイントロ聴いただけでも「吐き気」がしてきたりしてさ。。。 あせあせ
 あ、これマジで・・・。あせあせ

 週末は1日に4回は聴いてたな。この曲。「不二家歌謡ベストテン」と「全日本歌謡選抜」。「歌謡選抜」なんて、ひどいときには、放送3時間の間で3回かかる事もあったからねぇ。。。
 オープニングで1回、ゲスト出演して1回。 ランクインして1回・・・・と。

 もう、いい加減にしてくれよ〜 って感じだったんですよ。

 だから、当時、このレコードは買わなかった。 買ったのは、大人になってからですよあせあせ
そそそ、ジャンク屋さんで100円で・・・あせあせあせあせ

 当時は「吐き気」がするくらい聴いてた曲でも、やっぱ、それから何年もたつと恋しくなったりするんだよね。

 案の定、レコード針落とした瞬間から新鮮でしたよ。


 ところで、この曲の作曲は、小田裕一郎さん。80年当初は飛ぶ鳥を落とす勢いの作曲家だったけど、この辺を境にいなくなっちゃったよなぁ。
 この年の暮れの田原俊彦の「エル・オー・ヴィ 愛・N・G」が最後の1位獲得曲でしたか・・・、もしかして。

 でも、なんとなく小田裕一郎って言う名前を見ると80年代初頭の匂いがするんだよね。





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アメリカン・フィーリング / サーカス

1979_08_アメリカン・フィーリング_サーカス






今回の1曲セレクトは、「アメリカン・フィーリング」サーカスです。

 まずはデータです。

・タイトル     アメリカン・フィーリング
・アーティスト   サーカス
・作詞       竜真知子
・作曲       小田裕一郎
・編曲       坂本龍一
・リリース日    1979年5月25日
・発売元      アルファ
・オリコン最高位  5位
・売上げ枚数    47.6万枚
・ザ・ベストテン最高位 5位
・ザ・ベストテンランクイン期間:1979年8月23日〜10月4日放送分
・タイアップ:日本航空「COME TO AMERICA'79」キャンペーン曲

 夏の終わり、秋風が吹いてくると、聴きたくなる曲ってまだ、あるんだよね。今回もそんな曲を持ってきました。

 サーカス「アメリカン・フィーリング」

 やっぱ、この曲自体のすがすがしさっていうのが、これからの季節に良いんだよね。 まだ、秋空のって言う感じじゃないけど、もう少し気温が下がってきて空が高くなってくるといいんだよな、この曲。
 
 時に、今は、このサーカスのような、ポップス系のコーラスグループっていなくなっちゃいましたね。

 近いのがゴスペラーズって感じなのかなぁ・・・・。でも、ゴスペラーズはあくまでも、R&B系っ感じじゃん。ポップスコーラスではないよね。

 そういう意味では、絶滅しちゃったような気もするなぁ。このころは、ハイファイセットとか、ポップスコーラス系のアーティストって他にもいたし、実際ヒットも飛ばしてたんだけどねぇ。

 逆に、新しいかもしれないんだけどね。今だったら。

 まあ、それだけ4〜5人が、肉声できれいにハモれるようなヒトが少なくなっちゃったんだろうね。
 だから、もし、今、そういうひとたちが出てきたら、逆に新鮮な気がするんだけどなぁ。。。


 この曲は、あえて、書かなかったんだけど、たしか、JALのアメリカキャンペーンソングでしたよね。

 ちょうど、作曲した小田裕一郎氏が、初めてのアメリカ旅行の帰路になんとか、この体験を曲にまとめようと思って、機内で書いた・・・っていう曲ですよね。

 だからなのかなぁ・・・、そのときの情感がよく伝わってくるよね。
 丁度、時期的に海外への一人旅っていうのも流行りだした時期だったから、時期的にもピッタリだったんだよね。

 ちょっと話がうますぎるような気もするけど、うまく時期が当てはまったという感じだよね。


 それと、アレンジが坂本龍一っていうのも、ちょっと驚きなんだよね。
 いや、正直言ってかなり驚きました、初めて知った時。

 あの頃の坂本龍一=イエローマジックオーケストラっていうイメージが強いから、まさか、ストリングスやブラスをふんだんに使ったオーケストラのアレンジがこのヒトだとは想像付かなかったですからねぇ。

 ただ、ところどころ、ポリフォニックシンセを絡ませて来ているあたりは、さすがに教授らしいなっというところを見せてますけどね。

 たぶん、ポリフォニックシンセを使って、ヒットチャートの上位に来た曲って、この曲からなんじゃないかなぁ。

 この時期は、まだ、Y.M.Oはメジャーな存在ではなかったし、ゴダイゴが使ってたのは、モノフォニックシンセ(単音しか出ないシンセ)だったですからねぇ。

 意外と気付かれにくいところなんだけど、この時期、確実に音楽は進歩してたんですよね。

 なお、全てがポリフォニックシンセだけでアレンジされてヒットした曲は、西城秀樹の「愛の園」ぢゃないかしら。
 もちろん、アレンジは坂本教授どぇす。

 この曲は、あの曲に比べると、かなりシンセの比率は低いわけで、大半が生のオーケストラだったわけだけど、だからこそ、ダイナミック感があったんじゃないかな・・・ということはいえるよね。




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