かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

売野雅勇

涙のリクエスト / チェッカーズ

1984_02_涙のリクエスト_チェッカーズ






今回の1曲セレクトは「涙のリクエスト」チェッカーズです。

 まずはデータです。

・タイトル     涙のリクエスト
・アーティスト   チェッカーズ
・作詞       売野雅勇
・作曲       芹澤廣明
・編曲       芹澤廣明
・リリース日    1984年1月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    67.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年2月27日〜6月4日付

 今まで書いてきた曲を振り返ってみると、意外と「超有名」っていう曲で書いてきてない曲があるなぁ。
 今回引っ張ってきた曲も、まだ書いてなかったんだよね・・・。
 
 ・・ということで、

 涙のリクエスト  /チェッカーズ

流石に、ここ読みに来ていただいている方は、この曲はみなさん御存じですよね〜


 この曲を最初に聴いた時のことは未だに覚えてる。
たしか、ニッポン放送の1984年1月当時、19時30分〜21時で放送していた番組だ。
 ただね、番組名が思い出せないwww

 でもね、少なくとも発売日の前に聴いてたのは確か。84年明けてすぐの頃だったと思うなぁ。

 84年が明けて、晴れて(?)「(高校)受験生」の身となったワタシは、平日は夕飯食った後19時30分ごろから夜中までラジオをかけながら勉強机に向かうのが日課になったんだよね。
 そんな矢先の出来事だったから、よく覚えてるんだなぁ、きっと。

この番組、結構「あたりそう」な曲をヘビーローテーションで毎日のように流してたのだけは覚えてる。
 この「涙のリクエスト」もそうだったなぁ。余談だけど、このすぐ後、中原めい子の「君たちキウイパパイヤマンゴーだね」にヘビーローテーションが変わって、これも大ヒットしたもんね。

 でもさ、確かにヘビーローテーションでかかっていたんだけども、それより何より、最初に聴いた時から引っかかったんだよね。この曲には。
 リリースされて、すぐに買ったなぁ、このシングル。

 
 まあ、曲的には簡単なメロディなんだけど、なんていうのかなぁ、懐かしさを感じたんだよなあ。この曲に。
 
 たしかに当初のチェッカーズの根本のところにはオールディーズの香りっていうところがあったんだけど、それがモロ出てたっていうかねぇ。オールディーズの刹那さ見たいなところがひしひしと感じたんだよねぇ。

 ただ、曲調が曲調だけに結構年上のバンドなのかな?・・って最初思ったところはあった。
 でも、まさか、当時メンバーも20歳そこそこだったとはねぇ・・・。

 でさ、何回か聴いてるうちに、また、聴きたくなってる自分がいたりしてね・・・。

「これ売れねーかなぁ・・・」とも思ってたし、逆に「いや、絶対売れる」っていう確信のようなもんも感じたりしてさ。

 この「確信の感覚」は、あみんの「待つわ」を最初に聴いた時以来だったかもしれないなぁ。
 まあ、一種のカンって言ったらカンなんだけどさ。


 だけど、案の定、来たんだよね、これが。 

リリースは1984年1月21日。ベストテン入りが2月の終わりだったから、リリースから1ヶ月かかったけどさ。

 ただ予想が付かなかったのは、一度「火」がついたら、加速が止まらない、天井知らずの「人気者」になっちゃったこと・・・。

 うん、ベストテンは予想してたけど、まさか、そのまま「ザ・ベストテン」で1位を取ってしまうとは・・・。
(ちなみにオリコンでは最高2位止まり)

 いやいや、そんな生易しいものではなくてね、空前の「チェッカーズ旋風」までもたらしてしまうとは!

 さすがにここまでは予想もしてなかったですよ。

 もちろん、曲が良かったこともあったけど、ビジュアル的にも良かったんだよね。チェッカーズフッションに髪型ね〜。

 当時、あの髪型は絶対真似できなかったもん。ガッコの頭髪検査で100%引っかかっちゃう(爆)


 それに加えて、時代が丁度、新しいヒーローを求めていたってのもあったと思う。

 確かに聖子 明菜っていう2大巨頭が時代を引っ張っていたけど、男性アイドルがやや翳りが見えてきていた時期だったし・・・。
 そこにタイミングよく、出現したのがチェッカーズだったわけね。


 たださ、もともとアイドルになるべくして出てきたヒトたちではなかったわけで、かなり戸惑ってはいただろうね・・・。

 ・・と思いきや・・・、元メンバーの高杢禎彦著「チェッカーズ」によると実際はそうでなかったらしい。

 逆に「天狗」になっていた部分が大きかったようですね。

 それが後年のメンバー同士の不和、そして解散につながって行ったようですわ。

 ちなみに、後年自分たちで曲を作るようになったのも、結局は自分たちの力を過信していたところがあったらしく、デビュー時からプロデュースしてきた芹澤氏の了解もないままだったらしい。

 つまり、黙殺だったようで、以来、芹澤氏との関係もよくなかったようですね。

 そういうこともあり、仮にこの先再結成ということがあったも、初期の頃の作品は永遠に演奏されることはないようです。

 もっとも現在にわたってのメンバー間の分裂、それ以前にドラムのクロベエ氏の死去で永遠にオリジナルメンバーでは再結成が不可能となってしまいましたが・・・。



 そんなことが全く夢の出来事であるかのようなピュアな気持ちで音楽に望んでいた時期の「涙のリクエスト」。
 だから、聴く方にも素直に刺さったんだろうなぁ。今考えると。

 音楽はテクニックだけではないんだよねぇ。伝えるべき事をピュアに伝えられるかどうか・・・ここにかかってくるんじゃないかなぁ。

 いまとなっては当たり前なことと思うんだけど、そんな事を改めて気付かせてくれた曲だったと思うなぁ、この曲は。



もう、永遠に不可能となってしまった、「オリジナルメンバー」での「涙のリクエスト」です。


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最後のHoly Night / 杉山清貴

1986_12_最後のHoly Night_杉山清貴






今日の1曲セレクトは、「最後のHoly Night」杉山清貴です。

まず、データでっす。

・タイトル     最後のHoly Night
・アーティスト   杉山清貴
・作詞       売野雅勇
・作曲       杉山清貴
・編曲       笹路正徳
・リリース日    1986年11月6日
・発売元      バップ
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    25.3万枚
・THE HIT CHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1986年11月24日〜1987年1月17日付


 いやいや、このところ、マジで文章下手やねー。あとで自分で読んでイヤになっちゃうねー。 
 昨夜書いた、「年間チャート」についての文章は最悪や。小学生の文章やね。 誤字は酷いし。。。
 読んでくれた皆さん、あいすいませぬ。
 とりあえず、自分で読んで「変」と思った表現と気付いた誤字は修正いたしましたです。

 「年間」でことで、ちょっと「構えた」のがマズかったかなぁ・・・というのは、「言い訳」です


 ・・ということで、本日の1曲セレクトですが、

 最後のHoly Night 杉山清貴    どえす。

 この曲は、オメガトライブを解散して、ソロになった、杉山清貴、2枚目のシングルなんだよね。
 このあいだ、菊池桃子の時も書いたけど、オメガトライブっていったら、それこそ、80年代中盤のトップバンドの1つだけど、曲調は特徴的だったよなぁ。ほとんど、どの曲も同じジャンと思わせるくらい、よく言えば統一的、悪く言えば没個性なバンドだったなぁ。
 強いて言えば、キーボードか「オメガドライブ」特有っていうかね。YAMAHAのDX7のプリセット音を目いっぱいフィーチャーしたリゾートミュージックだったわな。

 そのリゾートミュージックっていう部分は、ソロになった杉山清貴は、引き継いだわけで、だからねー、正直言うと、絶対的なワタシの好みの曲調ではなかったんだよね。
 リソードミュージックって言う具合だから、都会的で、音もスマートで、こぎれいで・・・。
 私ゃ土臭い曲が好きなんで〜って何回も書くけど・・。 

 なんんかさー、ターゲットは20代のOLです ってはっきり言ってるような音楽じゃん。これより一時代前だったら、山本達彦とか、あとは、同じ時代の角松敏生とか・・・。
 なんか、聴く人を限定しているようにも聴こえるんだよね。

 とは言うものの、ソロになった杉山清貴の中では、個人的には唯一、「あ、いいね」って思ったのが、この「最後のHoly Night」ですね。
 一言で言うと、クセのない「クリスマス用」の楽曲だものね。
 ヤマタツの「クリスマスイブ」が出てくるまでは、クリスマスソングっつったら、この曲って感じはしてたんだけどね。


 それから、ストーリーがハッキリしてるでしょ。タイトルからして、「最後のHoly Night」っつうぐらいだから、文字通り、二人で過ごす、最後のクリスマスイブっていうシチュエーションなわけですよ。
 そこで、出会った最初の年のクリスマスイブはこうだったね、去年の夏はこうだったね・・・・と、せつせつせと想い出に浸ってる・・・っていう曲ですわね。

 でもさ、普通、このテの曲って、「最後」ってことで、ジメーと重い曲が多いじゃん。
 この曲は、思いのほかサラッとしてるんだよね。明るくバイバイってことなのか、クリスマスっていう雰囲気からなのか、その辺はよく分からないですが・・・

♪Last Christmas Eve For You 本当に好きなヒトと最後のイヴは過ごしたいといったね ♪

と、文字通り、本当に好きなヒトと最後のイヴは過ごしたいんだよ〜。 って、これがね一番言いたいところなんだろうね。

 うーん、でも、よくよく考えたら、ちょっと「調子いい」んでない?

 今は、完全に女性上位な時代って言ってもいいんぢゃないかなぁと思うんだけど、もう、すでにこの頃から傾向は始まっていたんだよね。

 まあ、最初にも書いたように、ターゲットは、OLなわけで、そのへんは、都合よく書いてるんだろうなぁ・・・とか、いまとなっては、詮索したりして。。。

 あのころは、まだガキだったから、そんなところまで全然考えないで聴いてたけどねぇ。

 しかし、最近は、完璧にOLに向けた曲って、考えてみたら、ほとんどなくなった気がするな。
 まあ、OLって言葉自体、すでに「死語」に近いけど・・。

 OLに限らず、ターゲットを完全に社会人に向けた曲っていうもの自体が少なくなっているんだよね。

 こうしてみると、これも80年代っていう、無節操な時代特有の曲だったんだねぇ。




※2005年12月に書いたものの再掲載です。

微妙なとこネ / 松居直美


1983_03_微妙なとこネ_松居直美


今回の1曲セレクトは、「微妙なとこネ」松居直美でーす。 

まずは、データでーす。 

・タイトル     微妙なとこネ 
・アーティスト   松居直美 
・作詞       売野雅勇 
・作曲       井上大輔 
・編曲       井上大輔 
・リリース日   1983年3月3日 
・発売元      フィリップス 
・オリコン最高位  25位 
・売上げ枚数    8.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 28位

 
 画期的な曲だったよねぇ、この「微妙なとこネ」っちゅう曲。
・・・なんて、いきなり始めた今回の1曲セレクトだったりして。。

この曲、一度書いた曲なんだけども、ブログを始めた時にmixiからそのまんま移植したんで、ブログの奥底に沈んでいたわけで、引っ張り出してきました。

え? なんでこのタイミングで?

いやね。この曲、この間、ラジオで流れてて、「あ、懐かしい」・・・と思っちゃったもんで。。。

シングルレコードは持ってるんだけども、プレイヤーが埃をかぶった状態なんで、久しく針を落としてない。。。。なので、聴いたの久しぶりなんだよね。。。

ラジオからとはいえ、久々聴いたんで、新鮮に感じて、思わず、ブログの奥底から引っ張り上げてきてしまいました。。。

しかし、この曲リリースされてから、この間の3月3日で、40年経つんですねぇ。。。。いやはや。
月日の流れるのは早いもんで。。。。


一体、この曲は、ポップスなのか、演歌なのか、はたまた、歌謡曲なのか・・・、うーん、どうでもいいや・・って気にさせてくれるって感じなのよね。

 まずもって、サウンド的には、井上大輔氏がプロデュースしているように完全な「アイドルポップス」。しかも、あの頃・・・1983年・・・にしても、ちょっと古めって感じ。 

でも、コトバの感触が新しいんだよね。

出だしからいきなり 

♪ ビミョー ビミョー ビミョー ビミョー〜 ♪ 

 なんていう、「微妙〜」な感触が、まずたまらんわね。 

・・・なんて感傷に浸ってたら、 

♪ そんなアナタが・・・・♪  

で、いきなり、「都はるみ」風の「うなり節」になる。。。 


やおら、最初に聴いた時は、全く予想外の展開にビックリを越えて、あっけに取られましたね。これは。 

この曲の生命線は、この2つですわ。 

ほんと、この2つだけで充分。あとの部分は、正直つまんないんだよね。 
・・・なんて書いたら怒られるかしら。。。。

それでも、「ビミョー」と「うなり」だけで満足ですよ。 

この当時、松居直美さんって、フジテレビ系の「欽ドン 良い子悪い子普通の子」の「良いOL悪いOL普通のOL」コーナーに出てたよね。
この曲がリリースされたころは、すでに「欽ちゃんファミリー」として定着したころだけど、もともとは「演歌歌手」としてデビューしてたのって・・・・、みんな忘れてるよなぁ。。。
だから、都はるみの「唸り」は得意なんだよね。 

それを逆手にとって、ポップス調の曲にはめ込んだっちゅう発想は、画期的だわね。 

だけど、だれが考えるんだろう? こういうのって。
井上大輔氏? ・・・だとしたら、あなどれないよなぁ。 
ポップスの王道って感じだもんね。井上大輔氏って。 
  
あ、でも、「ブメコメ」時代に美空ひばりのバックをやってたか・・「真っ赤な太陽」で。 意外と、あの辺がヒントになってるのかもなぁ。。。 

それと、このころ、売野氏と井上氏のコンビと、欽ちゃんファミリーって年に1度、「みょー」な曲を出してるんだよね。 

この「微妙なとこネ」が83年でしょ。次の年には、欽どこにでてた、「わらべ」の倉沢淳美のソロデヒュー曲、「プロフィール」がやっぱし、このコンビだもん。 
この曲も「みょー」に画期的だし、ヘンな曲だったもんね。

 だけど、これだけ「画期的」な曲にしては、オリコン最高位25位なんだよなぁ。。。

うーむ、そうだったけね。。。。個人的には、も、ちょっと上まで行ってたような気がしたんだけどね。。。。 

あのころ、ラジオのベストテン番組では、よく聴いてたからさあ。まあ、ベストテン内には入ってないという認識はあったんだけども、少なくとも20位以内には入ってたような感覚だったんだよね。





・・・・ということで、件の「欽ドン!良い子悪い子普通の子」より。
もろ、1983年の今頃っていう気分になりますわね。

さすがに松居直美さん、若いですね。この時15才。
私より2つ学年が上だから中学3年ですわ。
中学生がOL役?  ・・ってのもへんな話だけども、あんまり違和感がなかったような気がするな。




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売野雅勇&芹澤廣明トークライブ「渋谷でおとなのレイディオショウVol.1.1」

ココのところ、ライブトピックスばっかりで恐縮なんだけど、昨日、作詞家・売野雅勇氏と作曲家・芹澤廣明氏のトークライブ「渋谷でおとなのレイディオショウVol.1.1」参加させていただきました。

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いや〜楽しかった 本当にあっという間の2時間でした。

売野氏、芹澤氏ご両人の作家人生のターニングポイントになった、中森明菜「少女A」の制作秘話から、チェッカーズの初期楽曲について、そして岩崎良美氏の「タッチ」について・・・etc

恐らくそう言う話題中心のトークライブになるんだろう・・と分かってはいても、やはり、両人から直接話を聴けると真実味が違いますね。リアリティを感じる。

例えば、「少女A」については、当初はあれほどの大ヒットになるとは全く思っても見ていなかった事。 ワーナーパイオニアのトイレで、「売れてもせいぜい数万枚」って言う話をしたっていうのは、昔、月刊明星のヤンソン84年11月号の人気作家インタビュー記事にも記されているけど、実際にそうだったこと。

チェッカーズのフミヤ氏、デビュー当時は大人しく芹澤氏の車を洗車したりしてたけど、売れて1年も経たないうちに「生意気」になった事、さらに3年もしないうちに「芹澤氏の曲なんか歌いたくねー」と言いだした事なん「赤裸々」に話していただけましたねぇ。

昔、高杢氏の著書「チェッカーズ」に書かれてた事って、あながち嘘じゃ無かったんだ・・って言うのが分かったりして。。

ただ、芹澤氏曰く、生意気な奴ほど、第三者には歌ごころが伝わるとのこと。2枚目で、性格が良くて真面目な奴は、いくら歌がうまくても、第三者には伝わらない。 この辺がエンターテイメントビジネスの不思議なところでもあり、かつ面白いところ・・・まあ要するに遠巻きに、フミヤの事を擁護してる訳ですね。
30数年前、ああいわれたけど、今じゃなんとも思っていない・・・と。

と言いながら、芹澤氏曰く、俺から離れて自分たちで作った曲は、ツマンねー曲だったと、会場を沸かせておりました。 (⇒多分「NANA」の事だとおもうけど・・・)


その他、これまで知識として知らなかった事
�.船Д奪�ーズの「ギザギサハートの子守唄」のイントロは、その昔、沖田浩之氏に書いて売れなかった曲の「焼き直し」だったこと。
⇒コレ、ウチに戻ってから確認してみたところ、82年リリースの「気絶するほど悩ましい」のB面の「ヒカル」の事と思われます。ようつべにあったんで聴いてみたら、たしかに似てる。。。

https://www.youtube.com/watch?v=svEzvb1WJg0


��岩崎良美さんの「タッチ」は、なかにし礼氏作詞の「ホテル六本木」っって曲の焼き直しだったこと。
これは流石に本人から言われなきゃ知らないよなぁ。。。
でも、演歌じゃさすがに似あわないんで、疾走感が出るようポップス調にアレンジしたとのこと。
高校の時、野球応援で「いや」と言うほど吹いた「タッチ」の元曲は「演歌」だったとは。。。。
だけど「ホテル六本木」って曲も「タッチ」と同じ85年リリースだったんですね。ってことは、すぐ焼き直したって事になりますね。

ちなみに「ホテル六本木」って誰の曲? ・・・って思って調べてみたら、桂木佐和さんっていう、元ペドロ&カプリシャスの「4代目」ボーカリストだった方・・・とのこと。
うーむ、さすがに、これは知らんぞ〜。 ってか、「ホテル六本木」って聴いてみたいんだけども、ようつべにも載ってないなぁ・・・。一体どんな曲なんだろう
でも、ヤフオクには出品されてた・・・。なんかちょっと聴いてみたい。落札してみようか・・・・。

etc etc まだ書きたい事がいっぱいあるんだけども長文になりそうなんで・・・。

ちなみに、売野氏のトークライブ「おとなのレイディオショウ」。今回は第1回目・・ということで、年内に2回目、3回目を開く予定があるとのこと。
2回目は「あのアイドル」の参加もあるかも・・・とのことでしたが・・。

うーん、一体誰の事なんだろう  
荻野目洋子さんですかね〜

いずれにしても、第2回目が開催されるなら、また参加したいと思うワタシです。

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ラ・ヴィアンローズ / 吉川晃司

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今回の1曲セレクトは、「ラ・ヴィアンローズ」吉川晃司です。

まずはデータです。

・タイトル     ラ・ヴィアンローズ
・アーティスト   吉川晃司
・作詞       売野雅勇
・作曲       大沢誉志幸
・編曲       大村雅朗
・リリース日    1984年9月10日
・発売元      SMS
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   19.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年9月24日〜10月29日付

苦手なタイプ曲がある。 
まあ、ここでもこれまでもチョポチョボと書いてきてるんだけど、少なくとも80年代で最近書いてる曲は「苦手」だった部類の曲って言うのかなぁ。 うん、当時好んで聴いてた80年代の曲はあら方、既に書いちゃったからさあ。
だから、当時苦手、あるいはレビュるのが難しい曲が残っちゃってるんだよな。

・・・と初めに言い訳がましく、書いといて・・・

今回セレクトしてきた曲は

吉川晃司「ラ・ヴィアンローズ」。

吉川、デビュー第3弾シングルですわな。 デビュー時の吉川は、キライじゃ無かったんだよ。ま、確かにフテブテシイ奴だな・・・なんてちょこっと鼻にはついてたけど。 でも、それと曲とは別の話でさ。

この曲の前の「サヨナラは八月のララバイ」なんてのは、好きだった。イントロの出だしのガラスの割れる音が派手だったし、何より無機的なイメージがある84年夏を象徴するような曲に感じてたし。

でも・・・、この曲は、正直言って、良く分かんなかったんだよね。 掴みどころが無いって言うのかなぁ。

ツルンとした抑揚の無いメロディラインっていうのか。 確かにそんな所は無機的な84年らしいメロディラインだったのかもしれない。

それにつけても、この曲は、掴めなかったんだよな。 作曲の大沢誉志幸氏も、非常に日本語が乗りづらいメロディと言っているのが象徴的なんだけど、まあ、それが、聴いてるこちらとしても掴みどころが無いように感じちゃったんだろうな。

まあ、肯定的に言えば洋楽的なメロディって言う事なんだろう。

いや、それが私個人としても、今一つ生理的に引っかかりきれなかったところなのかもしれない。

昨日の「人形の家」でも、洋楽のキャッチーな部分や、官能的な部分が凝縮されたのが歌謡ポップス、でも、それだけじゃ日本人には刺さりきれないわけで、日本人の「感性」をプラスしたメロディが歌謡ポップス・・・

つまりあんまりバタ臭いのではなく、バターに醤油をかけたような・・・そんな音楽が歌謡ポップス・・・って書いたんだけど。

たしかに、80年代初頭までは、その通りだったんだよね。如何に表向き「ロック」だぜ! っていうニューミュージック勢だって、結局のところメロディラインは、日本人好みの「和」の感性が入ったものだったわけで。

いや、それこそがワタシ個人としても「J-POP」の原点だったんだよね。

でもさ、80年代も中盤、事にこの84年くらいになって来ると、「醤油」をたらさずにダイレクトに「洋楽」的なメロディ、サウンドが増えてきたんだよ。

いわいるニューウェーブ系サウンドってやつですね。 硬質、かつ鋭角的無機質なサウンド。余計なリフや音は、極力排除されている。 それいえ、すっきりとした都会的なサウンド。 いわば当時の先鋭的な楽曲ですね。

BUT、いつもここでは書いてるように個人的には、ダサい、もっと土臭いサウンドと、ごちゃっと音で埋め尽くされているような曲が好みだったもんでさ。 そそそ。メロディとメロディに音の隙間があると許せない・・って感じで。

だから、同じ84年でも、大瀧詠一氏の「Each Time」のような、ウォール・オブ・サウンドの方が何倍も安心するし、メロディとメロディの合間を面白い音で埋めると提唱した筒美サウンドの方が、この当時でもしっくり来てたんだよな。

あ、この志向は、今でも基本は変わらない。まあ、当時よりはやっと慣れてきたって言うかねぇ、当時よりも音数が少ない曲が多いからさ今は、強制的にでも慣らされたって感じですわな。

いずれにしろ、だから、この84年当時は、この手のスッキリとした掴みどころのないサウンドには、引っかかりきれなかった訳なんだよね。

まあ、前曲の「サヨナラは八月のララバイ」も、サウンド的にはこの曲と大きな違いがあった訳じゃないんだけど、イントロの出足のガラスの割れる音と、サビの前のコード進行には引っかかったからなぁ。
そんな部分があったのか無かったのかだけの違いっちゃ、そうなんだけど。。。






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夏のクラクション / 稲垣潤一

1983_08_夏のクラクション_稲垣潤一


今回の1曲セレクトは、「夏のクラクション」稲垣潤一です。

まずはデータです。

・タイトル     夏のクラクション
・アーティスト      稲垣潤一
・作詞       売野雅勇
・作曲       筒美京平
・編曲       井上鑑
・リリース日    1983年7月21日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 25位
・売上げ枚数   8.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 27位

個人的な「夏のイベント」が終わっちゃったなぁ・・・。そう、「ROCK IN JAPAN」っすね。
毎回参戦する度に終演後、「ああ、終わっちゃったなぁ」って言う脱力感に襲われたりするんだけど、今回は大トリのサザンがめっちゃ凄かったからさあ、例年以上に脱力感がきたりしてね。

今は、夏の終わり・・・

そんな気分ですね。

今回は、そんな「夏の終わり」を感ずる1曲を一つ。

稲垣潤一「夏のクラクション」

夏の終わりを彷彿させる曲は、多々あるけど、個人的には、この曲もその一つだなぁ。

1983年の夏の終わり間近。 当時、ワタシは中2。 自由だった、あの夏。

この曲を聴くと、決まってあの夏の光景が夢想される。 自由だった、あの夏・・・って↑では書いちゃったけど、実際、自由だったのは2週間ぐらいだったんだけどさ。 

うん、部活やってたからなぁ。、吹奏楽部。 ワタシが通っていた中学校は夏のコンクールは出てなかったものの、毎年9月に定演(定期演奏会)をやってたんで、全く練習が無い日は夏休み中でもそんなに無かった。

それでもお盆前後の2週間位、部活も休みがあった。 それだけでも、とてつもなく自由を感じた夏の終わり近くだった夏休み。

8月の午後の白い光、乾いた空気、独特の夏の匂い。 その下で描いてた夏休みの宿題の風景画。 

そんな光景がフラッシュバックする。

不思議なもので、夏休みのカラーって、7月と、8月ではガラッと変わる。 7月はもっと色が夏色でももっと色が濃いイメージ。 でも、8月に入った途端、そのカラーが白っぽく感じるんですよ。

そうだなぁ、1日に例えると、7月は午前中の日差し。 8月は午後の白っぽい日差し・・・そんなイメージかな。

この曲は、後者なんだよね、午後の陽ざしを感じるんだよね。 まあ、実際ヒットのピークは、今頃8月の中旬過ぎだったわけで、ヒットの時期的にそう言うイメージが強かったんだろう。


個人的に、この曲好きだったんだよな。 ↑のデータのように、必ずしも大ヒットした訳でもない。いわいるスマッシュヒットで終わった曲なんだけど・・・。

シャレてたんだよね。 それまでのニューミュージックとは、ちょっと違った空気感。 うーむ、今一ついいコトバが出てこないんでまどろっこしいんだけど・・・。

いや、確実に、前年の1982年までには感じられなかった、カラッと乾いた空気感っていうのかなぁ・・・。

そうそう、例えば、扇風機で暑さをしのいだ1982年、それに対して、クーラーの中で過ごす1983年・・・っていう違いかなぁ。

つまりさ、1982年の夏の曲って、めっちゃ湿気感があったんだよね。そそそ、熱帯感っちゅうのかなぁ。 まあ、実際、82年の夏は「長雨と冷夏」だったんだけとも、ヒット曲のイメージね。

対して83年夏、特にニューミュージック界に於いては、カラッとした空気感の曲が多かった。 そう感じたのは、この曲のイメージが大きかったから・・・って言っても過言じゃないんじゃないかなぁ。

中流階級志向。 これは70年代にユーミンが言った言葉だけど、このコトバに現実味があらわてきたのが83年頃だったと思う。 
まだバブルな時代ではなかったけど、確実に生活のステータスは上がったよね・・・って実感できた頃って言うのかなぁ。
そんな時代感覚に間髪をいれず、ヒット曲にも変化があったんだよね。 いわいるシティポップス的なオシャレ感覚な音への変化、それが83年だったんだよね。

いや、個人的にはそう感じてたりするんだよな。

兎も角、70年代の残像が完全に払拭され、完全に80年代のカラーに移行された年、それが83年だったんですよ。

まあ、それとなんと言っても、ワタシは中2だったからさあ。 いわいる「中2病」って言われる年代だったじゃん。大人っぽく背伸びしてみたい年頃でもあったんだよな。
 本当に意味が分かってんだか分かってないんだか、この曲シャレてんじゃん・・・なんて、リリース早々、シングル買っちゃったりしたもんなぁ。 



この曲と言ったら、 ♪ 夏のおうおうお〜 ♪っちゅうサビの譜割りだったするんだろうな。やっぱり、このメロディラインはどうしても耳に行っちゃったりするもんね。

一見、歌詞とメロディがシンクロしてないんじゃん・・・なんても思えたりするけど、そうじゃない。やっぱりこのメロディラインありきだったんだろうなと思えるもんね。

ただ個人的には、ここもそうだけど、 この後の ♪ ベイビィ もう一度〜 ♪ の ♪ ベイビィ〜 もう一度〜 ♪から ♪ In my Heart〜 ♪ のメロディラインに、ピンと来ちゃったんだよな。 なんて事無い譜割りだし、コトバなんだけどセクシィなんだよね。 
このフレーズだけで、シングル買っちゃった・・と言っても過言じゃ無かったりして・・・。

ちなみに、さっき、ラジオ日本の「続きの続き」で、売野氏が出演されていて、この曲について言及してたけど、この曲のモチーフは、湘南の国道134号沿いだとか。

出だしの ♪ 海沿いのカーブを きみの白いクーペ〜 ♪ って部分だよね、モロ。

ああ、やっぱりそうなのか・・・。 ナットク。

このオシャレな感覚は、やっぱりあのあたりのイメージだよなぁ。 
チバにも、例えば内房沿いの127号にも海沿いのカーブはあるけど、 チバの海じゃ、こうオシャレにはならんもんなぁ。。。

そもそもチバの海に「白いクーペ」なんてアイテムはねぇ・・・・。 なんて書いたら元も子もないが・・・千葉県人のワタシとしては。。。



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サムライ・ニッポン / シブがき隊

  1984_02_サムライニッポン_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「サムライ・ニッポン」シブがき隊です。

 まずはデータです。

・タイトル   サムライ・ニッポン
・アーティスト シブがき隊
・作詞     売野雅勇
・作曲     後藤次利
・編曲     後藤次利
・リリース日  1984年1月15日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  22.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年1月23日〜2月27日付

今回の1曲セレクトは、のっけから、シブがき隊exclamation  どえす。。

これまでも、何曲かシブがき隊の曲を取り上げてきたんだけど、今聴くと、なぜか、シブがき隊の曲がよい。
まあ、個人的な感想なんだけどね、新鮮なんだよね。

 きっと、「たのきん」の曲に比べると、ヒット当時はあんまり聴いてこなかったっていうせいもあるかな。
音源を手に入れたのが、かなり後になってからっていうのもあるな。
 「たのきん」の曲は、ヒット当時から随分、持ってたもんなぁ。だからさ、あまりに聴いてきたんで、ちょっと新鮮さが失われているっていうのはあると思うわ。

 で、今回セレクトしたのは、1984年の今頃のヒット「サムライ・ニッポン」よ。

 なに? 「侍ニッポン」の間違いぢゃないかって? サッカーぢやないんだから。。

 ってか、この曲の動画探してたら、やたらと「侍ニッポン」で引っかかってきた。。。 むー、やっぱ、今の時代はサッカーなんだろうねぇ。


 ところで、この曲、タイトルだけみると「演歌か?」なんて、思わず、思いたくなるけど、まさかまさかだよな。

 実際は、全く異なる「ファンキー」な曲よ。 
 ベースは作曲の後藤次利氏が自分で弾いていると思われるけど、イントロからいきなり「ジャングル」っぽいリズム。黒っぽさいっぱいのファンキーなベースを展開してたりして。
 
 このころって、このテのジャングルっぽい、「黒っぽい」ビートが一時的に流行ってたのかねぇ。。 考えてみれば、サザンのアルバム「綺麗」に収録されている「All Star JUNGO」もこんな感じのファンキーなインストだったりしたもんな。
 恐らく、「ファンキー」ってコトバがキーワードとして出てきてのも、この頃だと思うな。

 ま、リズム的に言えば、それまでの、もろロックな「ヘビメタ歌謡」から、この曲で、ずいぶん変わったんだよね。
なんせこの曲の前作が「挑発∞」だもんなぁ。この曲のクサさったら無かったからねぇ。もう行きつくところもまでいったか・・・ってくらいで。
それに比べたら、この曲は大分軽かったしな。 うん、サウンド的にってところで。音がスカスカって訳ではないんだけど、音圧は前曲に比べたら薄かったしさ。
まあ、それもこの曲だけだったけど。。
 だから、この曲だけは、シブがきの中でも、やや「異色」な匂いがする曲っていえるかもな。

 たださ、当のシブかぎの3人は、リズム的に乗り切れてないっていうか、歌いきれてないっていうか、かなりショボイ、ボーカルになってたりしてふらふら、それかネックかもなぁ。 ビシッと決まってれば、もっとかっこよかったのにねぇ。

 ・・・というか、歌いきれてないほうが、シブがきっぽくていいって言うのもあるけどさ。。 やっぱ、ジャニーズはウタがうますぎるのもバツだろうし。。。



最初にシブがきの曲を聴くと「新鮮」なんて書きながら、今まで「1曲セレクト」であんまり書いて来なかったのは、落ちてる動画が少ないって言うのもあるんだよね。
 この曲にしても、今回引っ張って来たのしか落ちてなかったのよ。本当はベストテンとかトップテンとか落ちてればよかったのにね。 まあ、その辺りに当時のシブがきの人気と、現在の認知度に表れてるんかなあ、
決して、シブがきがジャニーズだったからって言う訳じゃないと思うんだよな。
・・・っつか、ジャニーズだったことを忘れてる方も居たりして。。。


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君は流れ星 / 西村知美

1986_11_君は流れ星_西村知美


今回の1曲セレクトは、「君は流れ星」西村知美です。

まずはデータどぇす。

・タイトル    君は流れ星
・アーティスト  西村知美
・作詞      売野雅勇
・作曲      中崎英也
・編曲      武部聡志
・リリース日   1986年10月27日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  7.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 15位
・タイアップ:日本テレビ系アニメ「がんばれ!キッカーズ」オープニング曲

 風邪がなかなか抜けないですわ。罹ってから2週間も経つって言うのに、未だに鼻水がねぇ・・・。 流石に先週のような「ジュルジュル」って言う状態ではないけど、まだダメですね。 寝てても時々、気管支が狭くなって咳が出たりね。幸いに熱はでなかったけど、うっとおしくてしょうがないですわ。
やっぱり年を取るって来ると治りが遅くなってくるんでしょうかねぇ・・・。

ま、そんなこんなで、またまた1週間ぶりの「1曲セレクト」になる訳で・・・。 はたして、今回は何を持ってくるベ、
なんてねぇ・・・。最近は葛藤ですよ〜。 あまりに古かったり、マニアック過ぎるとねぇ・・・って言うのもあったりして。。

でぇ、いつものように昔のオリコンチャートをペラペラめくってたら、ありましたわ、今回は、丁度いいのが。。。

西村知美「君は流れ星」。

って書くと、恐らく大半の方は、「あ、キッカーズ」の曲だ・・・なんて思うんでしょうね、きっと。
要は、「キャププテン翼」の二番煎じ的なサッカーアニメでしたよね。
確か、これ、西村さん自身も「本人役」でチョイ役で出でませんでしたっけ あれ、違ったかな・・・。

まあ、アニメでしたからね、ワタシゃ、当時、その世界からは「卒業」してたんで見てませんでしたが。。。

っつうかさ、「キャプテン翼」をアニメで見て、ちょっと幻滅したんだよねぇ。 原作は当時「ジャンプ」で読んでたけど、アニメのあまりの動きのお粗末さにさあ・・・。

あ、そんなもんなんだろ・・・なんてタカをくくっていたところもある。 

でもさ、この曲って言ったら、結局は、そんなアニメのオープニング曲でしたねぇ・・っていうことで、終わっちゃうような気もするんだよなぁ。

だから、今まで、この曲書いて来なかったのかも。。。

いやいや、以前も西村さんの別の曲で書いたような気がするけど、このヒトの曲、難しいんだよ、レビュー書くの。

だってさあ、「ウタ」っていうより、ほとんど「空気」みたいなんだもん。 音楽としての実態がほとんどない・・・っていうかさあ。
たがら、今まで積極的に書いてこなかった訳でさ、いままで残ってたんだよね。

個人的に、この曲初めて聴いたの、実は「ベストテン」だった・・・んじゃないかなぁ。 うん、リリース前後を含め、当時、レコード音源で聴いた事無かったような気がする。

だから、余計「空気」みたいな感じだったんだよなぁ。 ま、兎も角、歌唱力は「スバラシイ」もんがあったしね 、このヒト。

それだけだったら、70年代に浅田美代子さんとか、能勢慶子さんっていう「前歴者」がアイドル界には居らっしゃったわけで、それほど珍しい訳でもない。

でもさ、このヒトの場合、語尾もはっきりしないんで、なに歌ってんだか、歌詞がほとんど分かんないんだよね、テレビで歌われると特に。そもそも存在感っていうのも希薄なアイドルだったしなぁ。

だから、ほとんど空気みたいに感じてたんだよね、ワタシ的には。 

ま、バックの演奏は分かるんで、そうだなぁ、リアルカラオケっていうか

この曲は特にそんな感じだった。 ベストテンで歌った時、ほんと、なに歌ってんだか、さっぱり分かんなかったんだよねぇ。。。
バックの演奏から、とりあえず曲については理解できた・・・って感じで。。



そそそ、この時初めて聴いたんだ。
うーむ、空気みたいな存在・・・というより、バックのオーケストラの音に、半ばかき消されて、なに歌ってんだかよく分かんないんだ。。。

たださ、不思議な事に、なぜか、曲自体は耳に残るんだよな、この曲。

このヒトの場合、シングルと言えど、引っかからない曲が多かったんだけど、この曲自体は引っかかった。

言える事は、やっぱり「ダサ」さだろうな、この曲のメロディの。 当時のアイドル系の楽曲から見てもアナクロだよね、まるで70年代のB級アイドルって感じで。

逆に言えばだからこそ、安心できるところがある。 引っかかるといえば、そこなんだよな。

そもそも、当時から見ても、このヒトってすぐ居なくなるだろうな・・・って思ってたんだよね。
だってさ、アイドルと言えど、ウタとしてどうなの? ってところと、希薄な存在感から、どう見ても2〜3年だよね、居ても・・・。って感じだったし・・・。 だからねぇ、今日に至るまで30年も、ゲーノー界に生きているっていうのはホント、奇跡だよなぁ。

だいたい楽曲提供者からして、第一級ぞろいだったし・・・。この曲にしても、作詞が売野氏で、アレンジャーが武部氏でしょ。そして、この後は、松本隆、筒美京平氏が担当して行くことになる。

今考えると、なぜに、この存在感が無いヒトにこれだけ、第一線級の人たちが、曲を提供して行ったんだろう・・・なんて不思議になる位豪華な作家陣だったしさ。

で、決まって印象に残る曲っていったら、「アナクロ」的な曲だったりしてね。

やっぱ、見た目は当時のアイドルアイドルしてても、中身は、宇部のおねーちゃんだったんだろうねぇ。その雰囲気が一番ぴったりしていた・・・と。



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俺たちのロカビリーナイト / チェッカーズ

1985_08_俺たちのロカビリーナイト_チェッカーズ



今回の1曲セレクトは、「俺たちのロカビリーナイト」チェッカーズです。

まずはデータです。

・タイトル     俺たちのロカビリーナイト
・アーティスト   チェッカーズ
・作詞       売野雅勇
・作曲       芹澤廣明
・編曲       芹澤廣明
・リリース日   1985年7月5日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  44.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1985年7月15日〜9月16日付

果たしていつ以来の1曲セレクトだろうか・・・なんて、この前書いたのが忘れてしまった位、間が空いてしまいましたわ。。暫くは「土日」に書いてたけど、その間隔も崩れちゃっいましたねぇ。。。
うーむ。書く曲が無くなってしまった訳ではないんだけど、7月は「生業」が繁忙期ということもありーの、それが終わった・・・と思ったら、持病の「痛風発作」が再発。。。。
 今度は「膝」に来ちゃいましてねぇ。。。 これが辛いんですわ。膝関節に激痛が走り、パンパンに腫れちゃったんで膝は曲がらないし。。。。 まあ、こりゃアカン・・・っつうことで、いざという時にしか飲まないように隠しておいた、最後の切り札「ボルタレン」が効いたのか、今日になって、腫れはまだあるものの、ようやっと痛みが引いてきた。

・・・・つうことで久々に筆を進ませてたりしまする。。。

ところで、今日は8月12日。 ニュースでも頻繁に流れているけど8月12日というと、「日航機墜落事故」の日なんだよな。
まあ、これについては、以前にも85年8月12日、あの日はこうだった、ああだったって書いてるんだけども、個人的にはどうしても1985年のあの日を思い出してしまう。

なので、今回の1曲セレクトも1985年8月12日にヒットしていた曲を持って来たい・・・・と真っ先に思い浮かんだ訳なんだけども。

でもねぇ、流石に85年の今頃のヒットって大分書いちゃったんだよな・・・。 

さてどうするベか・・・とおもってたら、まだ書いて無い曲があった。

チェッカーズ「俺たちのロカビリーナイト」

コレは不覚だったなあ。 こんな大ヒット曲をまだ書いたなかったんだ。。。。。

いい機会だから、今回はこの曲に決定!


だけど、今までチェッカーズの曲は随分書いてきたのに、なんでこの曲はずっと書いてこかなかったんだろう

うーん、タイミングのずれだったのかなぁ。 ヒット当時も決してこの曲がキライだった訳じゃない。


ただ、チェッカーズのリーダーの武内氏もコメントしているように「印象に薄い」曲だったっていえば、確かにそうだったかもなぁ。

84年に「涙のリクエスト」で大ブレイクしてから1年半。 この曲の半年前の「ジュリアで傷心」でブームの頂点を迎えたチェッカーズだけども、その後は・・と言えば、徐々にではあるけど一時のブームも「沈静化」に向かっていたんだよね。ちょうど、そんな頃のヒットだったわけだ、この曲は。

その証拠に、「涙のリクエスト」以来、「大ヒット」の目安である50万枚を切った事が無かったチェッカーズだけど、この曲ではオリコンで1位は取ったものの、50万枚割れ。

そんなチャートアクションに、個人的にも「あー、落ちてきたなぁ」って言う印象が強かったな。 丁度さ、安全地帯の人気が最高潮の頃だったからさ。余計時代の流れを感じちゃったりしてね。

まあ、元々バンド系の人気は「水もの」であり、「絶頂期」は1年、長くて2年っていうのが、それまでの「ルーティーン」だったからねぇ、さしものチェッカーズもそんな時代の流れには逆らえないよな・・・っていう思いもあったな。

ただね、個人的に言うと、この頃のチェッカーズ曲って意外と好きなんだよな。やっぱさあ「涙のリクエスト」とか前年の「チェッカーズブーム」の頃の曲に比べると、なんとなしに手垢が少ないからかなぁ。。

曲調はモロ50年代だよね。それまでもオールディーズっぽいところを前面に出していたチェッカーズだけど、この曲あたりから「50's」って言う部分をより強調してきたように思えるんだよな。

まあ、音自体ダークなんだけども。 うん暗いよね。 まあ、フミヤも以前からカミングアウトしているように、この頃はチェッカーズ自体精神的に追い込まれていた頃で、ゲ―ノー界に対して「反感」を抱いていた頃なんだよな。

それがストレートに「音」にも出ていたような気がする。 この曲にしても、次の「神様ヘルプ!」にしても。

音がさあ、粗いんだよな、この頃のチェッカーズって。 まあ、その辺が当時の個人的の気分とシンクロしてたのかもしれない。

うん、今思うと、当時、どこかいつもモヤモヤしてたんだよな精神的に。 個人的には16才になるかならないかの頃で、まあ大人への階段を上り出していた頃なんだろう。なんて勝ってに書いたりして・・・。 でも、そうだったんだよな。いつもモヤモヤ、気分がすっきりしない日が続いていた・・・ような気がする、この曲の当時は。

少なくとも、前年・・、まだ中学3年生だった頃・・・の夏休みの「純」な気分ではなかったんだよな、この年の夏休みは。

そんな当時の気分と、この粗くダークな「音」とシンクロしたんだろうな、きっと。

たださ、当時のチェッカーズのメンバーの心情を、いま考えれば同情も出来たりね。 
もともと「アイドル」として出てきた訳じゃないわけじゃん。ヤマハのライトミュージックコンテストから出てきたヒトたちだったけだからさ。

それがアイドルバンドとして「頂点」を極めてしまったばっかりに、本来自分たちがやりたかった音楽が出来ない。 それが2年近く続いた訳なんだから精神的ストレスも溜まるよな。

・・・なんてことは、あれから32年経ちーの、個人的にも色々と人生経験を積んできたからこそ理解出来る事なんだけどさ。






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さよならの果実たち / 荻野目洋子

    1987_07_さよならの果実たち_荻野目洋子


今回の1曲セレクトは、「さよならの果実たち」荻野目洋子です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならの果実たち
・アーティスト   荻野目洋子
・作詞       売野雅勇
・作曲       筒美京平
・編曲       武部聡志
・リリース日        1987年6月21日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   16.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月29日〜7月27日付

3月にリリースされた「ニッポンの編曲家」の続編とも言える「作編曲家 大村雅朗の軌跡」を読んでるのね。
まあ、いわいる「業界本」ともいえるアレンジャーにスポットを当てた1冊ですね。 楽曲作成の上でウラ方の要でもあり、かつ、これまでほとんどスポットが当たって来なかった、アレンジャーに初めてスポットを当てたって言うだけでも画期的な1冊であり、だからこそ、ここに来ても売れてる1冊なんだけどさ。
(いまや業界的には「必携」の1冊どぇす 業界の方で読んでなかったらモグリよ)

その続編とも言える、今回の「作編曲家 大村雅朗の軌跡」。ま、読んで字のごとく97年に若くして夭折された、ヒット曲アレンジャーとして超一流だった大村雅朗氏にスポットを当てた1冊。

まあね、内容詳細は事は別トピックスを立てるとして、率直な感想としては、そうだな、亡くなられて今年で20年ということで、こういう企画だったんだろうけど、どうしてもあの時を振り返る・・・のような感じなんだよな全体的に。
とくに、アレンジャーとしてだけでなく、コンポーザー(作曲者)として、未だに業界内外にも一目をおかけている松田聖子さんの「SWEET MOMERIES」についての記述割合が多くなってしまう。 
それはそれで仕方が無い事なのかもしれないけど、どうしても「後ろ向き」な内容であるのは、どこか引っかかってしまったワタシなんですよね。

じゃーよ、昔の曲ばっか書いてる、この「1曲セレクト」はどーなんだよ、後ろ向きの内容ばっかじゃんかよ・・っていわれれば、元も子もないんだけど。。。

ただ、現在も御健在であり、現在進行形なアレンジャーやプレイヤーの紹介の部分が多い、「ニッポンの編曲家」と比べると、どうしても後ろ向きに感じてしまった。って言うところは否めなかったですね。


あー、前置きが長くなった・・・。

今回の曲セレクトは、そんな「大村雅朗」氏がアレンジをしてたもの・・・と勘違いしてた1曲をひとつ。

荻野目洋子「さよならの果実たち」。

先週まで、ヒットしてた当時は、あんまり好きじゃなかった曲ということで80年代アイドル曲を書いてきたけど、今回の「さよなららの果実たち」も、そういう中の1曲になるのかなぁ・・・。

ま、少なくとも今まで残っていた・・・ってことは、進んで聴いてた曲ではなかったんだよな。

この曲は荻野目ちゃん自身、初のオリコン1位獲得。 あれから丁度30年。今となっては完全に忘れ去られてるような事実だけど、そうなんだよね。
大ブレイクとなり自身の代表曲でもある「ダンシング・ヒーロー」も、ロングヒットとなった「六本木純情派」もオリコン1位とはなっていない。
この曲が初の1位獲得なんですよ。 まあ、チャート上のあやと言ったらそれでおしまいなんだけど、今となってはそれほど有名ではない、この曲が初の1位獲得曲っていうのも不思議な感じはするけどさ。

ちなみに、荻野目ちやんは、この曲を含め、88年の「ストレンジャーTonight」「スターダスト・ドリーム」と3作のオリコン1位曲をもっているけど、それも今となっては忘れ去られた事実かもなぁ。

当時も今と同じように、ヒットチャートの「1位」の重みはほとんど無くなっていたからさ。そう言う時期のヒットチャートなんて、時間とともに忘れ去られるのが一般的ですからね。


↑で、当時、この曲を進んで聴いてなかった・・というのは曲の好みもある。 当時、大学受験を控え精神的に不安定でヒット曲どころではなかったこともある。
たださ、ヒットチャートの重みの無さから、楽曲自体に魅力を感じ無くなっていたってのもあるな。

不思議なもので、ヒットチャート時代に重みがあるときっていうのは、ヒット曲自体に面白さを感じるんだよね。
まあ逆に言えば、ヒット曲時代が面白いからヒットチャートに重みが出るんだろうけどさ。

それとは全く、真逆的な現象 、それは、今もそうなんだけど、当時も曲自体に魅力を感じ無くなっていたんだよね。

いつかもかいたけど、それはワタシだけではなく、古くからのチャートマニアの間でそう感じる方も少なくなく、それの時期にチャートマニアから離れて行った方も少なくない。
それは、楽曲自体に魅力を感じ無くなったからたと思うんだよな。

それは、この曲からも感じてたんだよなぁ。
正直言って、色合いが良く分かんなかったんだよね、この曲。 当時、荻野目ちゃんのシングル曲って、ちょっとドギツクなってきてたんだよな、全体的に。 それはこの曲からも感じた。

昨日書いた、黛ジュンさんの「天使の誘惑」の「昼間に向かったポップス」という表現を借りれば、この曲は、真逆に「夜の」匂いがプンプンしてたりね。
 それを考えると、おおよそ「ポップス」って言う匂いを感じなかったんだよね。 ポップスというよりはより歌謡曲の匂いを感じていた・・・というかさ。

そんな「夜の匂い」に、夏の暑さが余計堪えた・・・、そんなイメージがあるんだよなぁ、この曲には。

この曲、筒美京平さんなんだよね、作曲は。

うーむ、全体的に見て、87年・・・特にこの年の夏から秋にかけての京平さんの曲って、未だによく分かんない曲が多いんだよなぁ。
 この曲に然り、C-C-Bの「2 Much I love U」に然り、守谷香の「予告編」にしかり、マッチ先生の「泣いてみりゃいいじゃん」に然り・・・・。

今ひとつスコンと「抜けた」生理的に気持ちいい曲が少ない。 どこかにモノが挟まっているような不快感のようなものを感じたりね。
 あ、少年隊の「君だけに」は別・・・。この曲だけはこの時期としても良かった。 パワーが落ち気味でもちゃんと結果を残すところが筒美京平氏の凄さなんだよな。


メロディラインはよく分かんなくても、サウンドだけは、やけにはっきりしていたりするんだよね、この曲。
その辺が、この曲のアレンジが、大村雅朗氏と勘違いしてたところなんだけどさ。
作詞 売野氏、作曲 筒美氏ね アレンジ、大村氏っていうと、どうしても音の輪郭がはっきりした「濃い」味付けの曲を連想しちゃうからさ。
例として、河合奈保子さんの「エスカレーション」「UNバランス」とかさ。

この曲も、それらと同じような匂いを感じたんだよね、初めは。

だから、この曲のアレンジが、武部聡志氏って知ったときは、かなり意外に感じたけどなぁ。

武部氏のアレンジというと、どうしても斉藤由貴さんの、あの「ふんわり」としてやさしく上品なアレンジを想像するからさぁ。 そそそ、松任谷正隆氏の流れを汲む、いわいるハーフトーン系ってやつね。 山の手のお嬢さん的な上品さ。

それがこの曲では一切感じられないからさ。 この曲は下町の猥雑さなんだよね、感じるのは。

きっとね、その辺りもこの曲に、今一つ魅力を感じなかったひとつなのだと思う。

おニャン子以降の一連のアイドル曲に感じてたのは、猥雑さなんだよな。 下町的な猥雑さだったからこそ、ある種のパワーがあったのかもしれない。 けど、個人的に当時、欲していたのは、もっと音楽的な上品さだったのかもしれない。 その辺がのギャップがヒット曲から一歩引いてた部分があるっていのは否めないんだよね、当時振り返ると。


動画・・・昨日に引き続き、どうもリンクが弾かれちゃうなぁ・・・・っつうことで、ようつべへ直リンク

https://www.youtube.com/watch?v=VugGgZsF8xw



そーいえば、昨日書いた黛ジュンさんって、初めは本名の「渡辺順子」でデビューしたけど売れずに、のちに黛ジュンとして「再デビュー」・・って書いたんだけど、荻野目ちゃんも「再デビュー」だったんだよね。

ってか、その辺は有名か・・・。 そそそ、初めは「ミルク」っていう小中学生3人ユニットでデビュー。
荻野目ちゃんが小学5〜6年の頃って言うから1979〜1980年ですね。

↓ コレ


小学生なのに、妙に歌がしっかりしてたりして・・・。
どうりでアイドル時代も歌はしっかりしてた訳でね。


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