かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

千家和也

年下の男の子 / キャンディーズ

1975_03_年下の男の子_キャンディーズ







今回の1曲セレクトは、「年下の男の子」キャンディーズです。

 まずはデータです。

・タイトル    年下の男の子
・アーティスト  キャンディーズ
・作詞      千家和也
・作曲      穂口雄右
・編曲      穂口雄右
・リリース日   1975年2月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 9位
・売り上げ枚数  26.0万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1975年4月7日〜4月28日付

 いや〜、曲がない曲がない・・・なんて、いつも言っている割には、つい忘れちゃっている曲があったりするもんだねぇ。。。
 さっき、たまたま1970年代のアイドルの曲を聴いててさ、もちろんキャンディーズとかも聴いてたんだけどさ。
 当然、もう、今回引っ張ってきた「年下の男の子」は書いたもんだとばっか思ってたの。 いままで、結構、キャンディーズの曲書いたからさぁ。 で、一応、確認のために、過去の記事を検索してみたら、あーら、まだ、書いてねぇでねぇの。。。

 何回か「引用」には使ったんだけど、この曲メインでは書いてなかったのねぇ。。

 まあ、時期的にもちょうどいいし、この機会に引っ張ってきてみましたわ。


 いや、だけど、この曲について、いままでも書いてきたようにも思うんだけどなぁ。。。

 ま、キャンディーズといえば、これまでも何回か書いてきたように、70年代を代表する3人組アイドルグループっちゅう訳だけども、本格的にブレイクしたのは、この「年下の男の子」からなんだよね。
 デビューは1973年9月だったから、この曲のヒットまでの1年半っていうのは、意外にも「不遇」時代だったわけですよ。
 うーん、そういうイメージってないんだけどねぇ。「8時だよ!全員集合」のアシスタントで毎週出てたからなぁ。

 ただ、それ以前の曲は、たしかに知らないんだよね。 ちなみに、この曲の前は「なみだの季節」っていう曲なんだけど・・・。

 しらねーよなぁ。。。 オリコン最高40位。売上げ枚数5万枚っていうことだし。。。

 やっぱ、個人的にも、だいたいのヒトにも、キャンディーズといえば、この「年下の男の子」からだよねぇ。。

ま、成功(ヒット)した要因っていろいろ言われているけどさ、一つが、曲がポップに、ファン目線になったこと。
 それまでの曲は、けっこう小難しい曲が多かったようなんだよね。そこから、一歩目線を落として、ファン目線の曲に仕上げたこと。

 それと、センターをそれまでのスーちゃんからランちゃんに変えたこと、 うん、これが一番よく語られることからなぁ。

 人気的にはスーちゃんが一番だったんで、それまでセンターにしてたらしいけど、どうもバランス的・・・っつうか、リーダーシップという点では、今ひとつだったようなんだよね。
 で、この曲から一番年上のランちゃんをセンターにすえなおしら、あーら、バランス的にうまく行った・・・っちゅう訳ですわ。
 
 なかなか難しいですわね、3人組って言うことになると、その辺のバランスが。。。



 ときに、ワタシがこの曲を知ったきっかけってさぁ、ワタシが、この曲に出てくる「年下の男の子」っぽかったから・・・って言われたような気がする、 隣の農家の年上のおねーさんにふらふら

 ♪ さみしがりやで わがかままで 憎らしいけど〜 ♪

 とか

 ♪ボタンのとれてるポケット 汚れて丸めたハンカチ〜 ♪

ってところが、そのままだったんだってふらふらふらふらふらふら

 だからさあ、この曲って、自分のこと歌われているんだと思ってたもん、ワタシふらふら



いやー、やっぱワタシャ、ピンク・レディーよりかは、断然キャンディーズ派だよなぁ。
スーちゃんが好きだったぁ。
そんなスーちゃんがこんなに早く鬼籍に入られるとはなぁ。。。


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終着駅 / 奥村チヨ

1972_01_終着駅_奥村チヨ






今回の1曲セレクトは、「終着駅」奥村チヨです。

 まずはデータです。

・タイトル    終着駅
・アーティスト  奥村チヨ
・作詞      千家和也
・作曲      浜圭介
・編曲      横内章次
・リリース日   1971年12月20日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   37.9万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1972年1月31日〜4月10日付

 ここのところ、80年代の曲ばっかりで、70年代以前の曲って、あんまり書いてなかったのよね。
 どうもね、79年より前の曲って、引きが弱いかなぁ・・・なんて感じちゃって、最近はあんまり書かなくなってたってのがあってさ。
 
 うーん、ちょっと、ファンサービスしすぎかなぁ。

・・・なんて、感じたりして。。もうね、あんまりファンサービスばっかぢゃなくて、79年より前の曲でも、知ってるヒトしか知らない曲も引っ張ってきちゃいますぞ・・・。

 ってこともありーの、奥村チヨの「終着駅」なんぞ、引っ張ってきたりして。。。


 ・・といっても、まあ、この曲ぐらいの曲だったら、ここに来てくれている人たちは、ほとんど知ってますよね。
 60年代後半から70年初頭にかけて、今で言えば「超アイドル」だった奥村チヨさんだけど、70年後半から71年にかけての1年間は、「スランプ」状態だったんだよね。
 オリコンのベストテンからも遠くはなれ、これまでか・・・と思えた、71年暮れにリリースした、「起死回生」の1曲がこの曲だったわけですわ。

 まあ、売れてた時期の「アップテンポ」な曲を捨て、ぐっと「大人の女」路線で迫ったのが功をせいした・・・っていいますか、「大人の女」といっても、これが悲しい女なのですな、この曲の場合は。


 ♪ 落ち葉の舞い散る停車場は 悲しい女の吹き溜まり
   だから今日も一人 明日も一人 涙を捨てに来る ♪

 ですよ。

 なんて悲しいんでしょう。この光景は。

 後に山口百恵の一連のヒットを手がけることになる、作詞家の千家和也氏、乾坤一擲の出世作ですな。
 このとき、千家氏、26歳。 え? 26歳? それにしてはなんて大人な詩を書くんでしょ? 昔のヒトって、みんな大人だったんだよね、こうしてみると。


 BUT、実際、歌っている、当時の奥村チヨさんが、この悲しい情景なウタに実にマッチしているのですよね。
 69年に「恋の奴隷」が大ヒットしてたころの溌剌とした雰囲気から、一転、細身の、いかにも恋に破れた不幸な女な風貌に一転して・・。
 まさに、この曲を歌うために大胆にイメチェンしたような感覚で。。


 ただ、いったん下降線をたどり始めた時の「起死回生」の復活ヒットっていうのは、負担がでかく、その後が続かない・・・っていうのは、昔からのジンクスで、結局、この曲が最後のベストテンヒットとなってしまった・・・っていうのは、歴史が証明してたりしますな。



 時に、この曲がヒットした頃の社会って、ちょうど「あさま山荘事件」があったりして、世の中全体が停滞した暗ーい、雰囲気が漂っていたのよね。
 この曲のイメージって、そんな暗ーい停滞した世の中を、まさに反映してたりしてね。

 やっぱさ、ウタって世の中の世相を反映するんだよね。




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