かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

光GENJI

太陽がいっぱい / 光GENJI

1989_08_太陽がいっぱい_光GENJI


今回の1曲セレクトは、「太陽がいっぱい」光GENJIです。

まずはデータだよん。

・タイトル     太陽がいっぱい
・アーティスト   光GENJI
・作詞       大江千里
・作曲       大江千里
・編曲       中村哲
・リリース日    1989年7月20日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    69.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1989年7月31日〜10月9日付

ここ2回ばかり、すでに1曲セレクトに書いていておかしくないのに、まだ書いてなかった曲・・ということで、曲をひっぱってきているけど、そういういみでは、今回ひっぱってきた曲もそういう曲になるのかなぁ。

光GENJI   「 太陽がいっぱい」

バブル絶頂期の1989年夏。計5週にわたりオリコンシングルチャート1位を獲得し、89年の年間チャートでも4位に輝いたこの曲を、よもや、まだ書いてなかったとは。。。。

・・・・なんてね。

でも、この曲は書いてなかった・・んぢゃなくて、書けなかったのね、今まで。

この曲、たしかに当時よく聴いた・・・いやいや、厳密に言えば、「テレビサイズ」ではよく聴いた記憶がある。 

ウラの「とんねるずのみなさんのおかげです」の急成長で、視聴率がだだ下がり、この曲の時点では、「打ち切り」が決まっていた「ザ・ベストテン」。

当時「とんねるず」が嫌いだった私は、それでも「ベストテン」は見続けていたからさ。
視聴率が下がろうが、光GENJIは毎週ベストテンには出てたから、毎週のようにこの曲は耳にしていたわけだ。 だから・と言うわけでもないけど、テレビバージョンでは耳に染みついているんだけどさ。

ただ、シングルバージョンとしてのフル尺でのこの曲の印象がまるでない。

どうなんだろうなぁ・・・。 たしかに80年代初め、あれだけあったラジオのベストテン番組も、80年代も終わりが近づいたこの頃は大分淘汰されて来て、大分少なくなってきていたこともある。

それ以前に、浪人2年目の「夏」を迎え再度、尻に火が付き始めてたワタシは、ヒット曲どこではなくなっていたこともある。 

そんないくつかの理由が重なって、ラジオのベストテン番組は、このころあんまり聴いてなかったんだよな。だから、この曲、フル尺での記憶がほとんどないんだ。

だから、今まで書けなかった・・と言うのはあるな。

ただ、もっと大きな理由としては、 この曲、未だによくわかんないんですよ。 いいのか悪いのか。
確かに、この曲を聴くと1989年夏の記憶がフラッシュバックするんだけども、それだけなんだよね。 
あの時をイメージは出来るんだけども、曲としての印象が、今一つ薄い。

今考えると、光GENJIの曲ってそんな曲が多いような気がする。 曲を聴くと、当時の記憶がフラッシュバックはするんだけども、曲内容についての細かい印象は今一つ薄いんだよね。

まあ、この曲がヒットのピークを迎えていた頃、20才となったワタシは、もうジャニーズっていう年ぢゃねーだろ・・・と意識的に離れようとしていたところはある。
だから、曲自体、突っ込んでは聴いてなかったところはある。表面的にしか聴いてなかったんで、今となっては印象に薄くなっているところはあるな。 これが当時、小学生とか中学生だったら、もっと印象は違うんだろうけどね。


それとは、丁度この曲がヒットしていた頃、当時フジテレビの、月曜深夜に放送していた「マーケティング天国」っていう番組を見始めたんだよね。
この番組、CDセールス、映画興行ランキング、テレビ視聴率、本売上げ、など、いろいろなエンターテイメントのランキングの紹介と、マーケティング的な分析を行う番組。

この頃、オリコンウイークリーでも、毎週のランキングのチャートアクションについてマーケティング的な分析を行ったページがあったんだよね。

当時、音楽だけでなく、いろいろなエンターテイメントのマーケティングについて興味があったワタシは、「マーケティング天国」は毎週VTRに録画して食い入るように見てたなぁ。

今回引っ張ってきた「太陽がいっぱい」は、↑で書いたようにオリコンでは5週1位を獲得。
これは、光GENJIとしては、「ガラスの十代」「パラダイス銀河」に並ぶ1位獲得週数となる。
(もっとも「ガラスの十代」は1週年末年始の合算ランクとなるが)

あの当時、「勢い」いうことでは、どの曲も1位を獲得していた光GENJIは飛ぶ鳥も落とす勢い・・・のように映るけど、実際のところ「パラダイス銀河」以降は、やや勢いは落ちて来ていたんだよね。
前作の「地球をさがして」では、累積50万を割ってきていたし。

そこに来て、この「太陽はいっぱい」で、ふたたびの5週1位獲得と、累積枚数70万枚近くの持ち直し。

初めは、やっぱり素直なメロディラインなのが良かったのかなぁ・・・とか思ってたんだけどけどさ。
「マーケティング天国」を見るようになって、このカラクリが分かっちゃったのよ。

当時からマーケティング的なところが興味があった方はご存じだと思うけど、「7週連続して週替わりのジャケ写リリース」ですわな。 

↓ コレ

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しかも、週替わりのジャケットにはメンバー1人ずつのメッセージ付のワンショットカードが封入してあり、7枚すべて購入すると光GENJI7人全員のカードが揃うっていう仕掛けですわ。

熱心な光GENJIファンであれば、7枚すべてのジャケ写を集めようとするわけで、その結果、オリコンで5週1位を獲得できたというわけですわ。

ちなみに、初登場からすべてのジャケ写が出そろった、リリース7週目までの週間売り上げ枚数は、

13.5万枚⇒10.2万枚⇒8.1万枚⇒6.8万枚⇒5.2万枚⇒5.0万枚⇒5.3万枚

初動週から週ごとに売り上げが落ちるのは、今も昔も変わらない現象。コアなファンもライトなファンもリリース直後に飛びつきますからね、普通。

でも、この曲がちょっと違うのは、2週目以降の落ち込みが極端に少ない事。

そりゃそうだよなぁ。毎週ジャケ写をとっかえひっかえしてリリースしていれば、毎週のように飛びつくファンもいるわけでさ、売り上げも落ちない訳よ。

ここから見ると、この曲あたりでは「熱心」な光GENJIファンは、おおざっぱな見て5万人くらいは居たんではないかな。 この数字が多いか少ないか。。。 どうなんだろう? でも、かなり減ってきていたんじゃないかと思う。

まあ、この辺のカラクリも「マーケティング天国」では、当時ちゃんと分析してたんだよね。

オリコンランキングを表から見ているだけでは見えない「ウラ」の部分っていうのが、面白く思えて来たのがこの頃ですね。

ちなみに、リリースから7週目の売り上げが、少し上がっているのは、この週にリリースされたジャケ写に封入されていたワンショットカードが「諸星」だったから。

やっぱり、なんだかんだ言っても「カーくん」が一番人気だったわけです。

でも、冷静に見るとこの売り方は、あくまでも「おまけ」の力が強いわけで、「曲の力」でここまで売り上げを伸ばしたとは言い難いんだよな。これを考えると、少し寂しくなったりしてね。

こんな「おまけ」商法は、この後、いろいろなアーティストに受け継がれ、結果的に後年のAKBグループの「握手券」に到達するわけで。。。。

そもそも、初動の売り上げを見ると、 前々作「剣の舞」が24.3万枚、前作「地球をさがして」が17.6万枚。 そしてこの曲が13.5万枚。 ・・・と初動は徐々に鈍くなってきており、その動きはこの曲でも止められていなかったわけでさ。アーティストパワー縮小の動きは明らかになってきていたんだよね。

そして、こんな危惧は、この曲の次の「荒野のメガロポリス」で、累積売り上げが26.4万枚への急落と言う結果になってあらわれる。

もっとも、この間に「ザ・ベストテン」は終了。「歌のトップテン」も間際に終了と、テレビの一時代を築いたベストテン番組の相次ぐ終了という、テレビの歌番組の縮小というのも大きかったんだけども。

今もってそうだと思うんだけども、 ジャニーズ勢はテレビの露出があってこそ「ナンボ」なんだよね。 その割をくった最初の人たちが「光GENJI」なんじゃないかな。

この曲での「おまけ」戦略は、テレビの歌番組の縮小と言う「危機」をいち早く悟っての戦略であったのか?
・・・それは、よくわかんないけども、結果的には、そんなテレビの歌番組での露出の縮小の割を食う前、最後の「光」を放ったのが、この「太陽がいっぱい」だったんじゃないかな。 
なんて、個人的には感じたりしてますね。



第20回日本歌謡大賞受賞時の「夜ヒット」ですね。
この時の夜ヒットは見てた記憶があるな。 この頃、ベストテン終了して、見る歌番組がなくなって、一時的に「夜ヒット」に鞍替えしてたような気がする。 


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地球をさがして / 光GENJI

1989_04_地球をさがして_光GENJI








今回の1曲セレクトは、「地球をさがして」光GENJIです。

まずはデータです。

・タイトル     地球をさがして
・アーティスト  光GENJI
・作詞       吉澤久美子
・作曲       都志見隆
・編曲       佐藤準
・リリース日   1989年3月6日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   47.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1989年3月20日〜5月1日付

ここんところアイドルに傾いてるなぁ・・・・と思いつつも、今回もアイドルです。。。
しかも、この間中山美穂さんの「ROSE COLOR」を書いたばっかなのに、またまた1989年です。。。

うーむ偏ってるなぁ・・・・っていうのは重々承知の上で、引っ張ってきちゃいました。。。

光GENJI「地球をさがして」

ジャニーズですが、この辺になると曲の好きキライもあると思うんで、興味がある方だけ読んでくだされ。

まあ、そう書いてるワタシも、光GENJIくらいになると、好んで聴いてたわけでもないんだけどね。
ただ、当時、ベストテン番組を見てると嫌でも聴いてましたからねぇ。 と・・・なると、どうしても曲も覚えちゃう訳で、そのうち、「時代」を語る上でのパーツの一つになっちゃったりするんだよね。

この曲も、正直、好きキライって言うのは別にして、なんか聴いてるうちら覚えちゃってたりした曲だな。

当然、長年、音源も持って無かったし。。。 当時、19才のワタシでしたが、流石に19才になってジャニーズじゃねえだろ・・・って感じだったしなぁ。 

 まあ、恥じらいの季節といいますか、ちょっと大人っぽく見られたい時期じゃん、この位の年代って。 だからね、一時アイドル・・・特に男性アイドルからは距離を置いてたんだよね。

大人になってたらよ、この曲の音源を購入したのは。年を取って来るとだんだんそんな「恥じらい」も無くなってくるしさ、なにより、チャートマニアの方たちと交流を持つようになると、意外と、みんないい年してアイドル聴いてたりするんで、ワタシもなんか心を許したっていうか。。。。

この曲は、マーチというか、行進曲っぽい曲調だったよな。間奏部分には、手旗信号の振りもあったし。

そうそう、その手旗信号の振りの時、バックにジャニーズジュニアが大勢出てきて、全員で手旗信号の振りをやったこともあったよな。

 後年、その中にSMAPのメンバーが居たかどうか・・・なんて、聞かれた事があったっけ。
うん、2002年のベストテン特番の時だわ。 実は前年の2001年のベストテン特番の時も、番組制作からいくつも質問が来て回答してやったんだよな。で、そんときの視聴率が良かったからかなんかしらないけど、次の年にも質問が来たのよ、しかも、前年に比べてかなりエスカレートした質問が。。。

で、上の質問も中にあったんだけど、分かる訳ねーよなぁ。 個人的に録画してたベストテンのVHSビデオも全部処分しちゃってた後だし。。。。(あ、でも今、ネットで探してみると実際に居たらしいね。。。)

この曲って言うと、なんか、そんなことがまずは頭に浮かんできたりして。。。。

ところで、ジャニーズと「地球〜」ってくると、なぜかフォーリーブスの「地球はひとつ」が頭に浮かんできちゃったりするワタシなんだけども、この曲はそのフォロワーって感じなんでしょうかねぇ。
 曲調は、フォーリーブスというよりかは、西城秀樹の「ホップ・ステップ・ジャンプ」の焼き直しって言うイメージなんだけども。。。

それと、前曲の「剣の舞」に引き続きいて、この曲もテレビバージョンと、レコードバージョンじゃ、曲の構成が違うんだよねぇ。
 
 ワタシは、テレビでこの曲を覚えた後、レコード音源を聴いたんで、この曲も最初戸惑うんだよな。なんか全然聴いたこともない歌詞で始まるぞ・・・とかさ。。。

「剣の舞」の時も書いたことなんだけど、やっぱし、この頃になると、レコードというよりもテレビ優先だったんでしょうかねぇ。 だからか、この曲あたりからレコード売り上げも下がってきた訳でね。流石に光GENJIもピークを過ぎたか・・・っていうイメージを感じたな、この曲では。
 ただ、ジャケ写を1週間ごとに替えて発売なんていう、今のAKBに通じるような「商法」でレコード売り上げを稼いだのは、この曲の次の「太陽がいっぱい」だったりするんだけどさ。。。
 


この時は、完全にバックがSMAPだったな。。。
・・・っつうか、ウタの前に「SMAP」紹介されてるし。。。
中居も木村も、ただのガキじゃんか。。。
いまじゃ、「ずぇったい」、見られない光景ですわな。。。。
(注、こんな事書いてたら、すぐに消されるかもしれないけど・・・この動画)


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ガラスの十代 / 光GENJI

1987_12_ガラスの十代_光GENJI






今回の1曲セレクトは、「ガラスの十代」光GENJIです。

 まずはデータです。

・タイトル     ガラスの十代
・アーティスト   光GENJI
・作詞       飛鳥涼
・作曲       飛鳥涼
・編曲       佐藤準
・リリース日    1987年11月26日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    68.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年12月7日〜1988年3月14日付

今回は、久しぶりにジャニーズを持ってきますか。
そそそ、ジャニーズと言っても、マッチ、トシちゃん以外のジャニーズ。久しぶりに光GENJIなぞ。

「ガラスの十代」なんてどぉ?

しかしねぇ、あの頃の栄光と超人気ぶりを考えると、ここ数年の元光GENJIのメンバーのダメダメぶりはないよな。大沢は離婚騒ぎ。山本の借金騒動。赤坂に至ってはクスリでゲーノー界追放・・・と。まあ酷いもんですわね。
 ついでに、この曲書いてる、ASKA氏までクスリで逮捕・・・と。 まあどこまでスキャンダルが付きまとうかね・・・ってくらいクダクダになってしまいましたな。スーパーアイドルグループの辿った末路ってところですかねぇ。

まあ、得てして若くして、栄光の絶頂に立つと後々こういう事になる・・・ってことはゲーノー界ではよくある話で。結局、社会を知らないで頂点に立ってしまうと・・・ってやつなんだろうね。

で、一番問題を起こしそうだった、諸星がじつは一番しっかりしてた・・・と。
ジャニーズを出奔してから、完全に「干されて」わけだけど、「地力」で復活してきたのは、凄いことだけどね。

 ワタシ、彼は絶対ジャニーズは辞めないと思ってた・・・。けど、本当にやりたいこと、一番持ってたんだな。

 ウタも当時、一番ヘタクソでクチパク、バレバレのやんちゃ坊主だったけど、芯はしっかりしてたんだな。 N.Yで本場のエンターテイメントを学んできて、ウタも本格派に変身しちゃったしね。


・・・・と関係ない話に行ってしまいそうなんで、「ガラスの十代」ね。

だけど、今、改めて考えてみると、この曲がもっとも、光GENJIの中では、「まとも」な・・と書くと変だけど、内容的にもしっかりした曲ではなかったですかね。

 なんかさ、光GENJIって、歌うディズニーランドっていうイメージだったじゃん。
 1曲1曲がエレクトリカルパレードとかテーマパークであってさ。まあ、もともと「スターライトエクスプレス」っていうミュージカルの企画から誕生したグループだから、どの曲も、そんなテーマパークのような華やかな曲であったのも頷けるんだけどさ、この「ガラスの十代」だけは、ハイティーン時代特有の、「壊れやすい繊細な心」な内容の曲だったわけじゃん。

 担当は、デビュー曲の「STAR LIGHT」に続いて、チャゲアスの飛鳥涼氏だったわけだけども、「テーマパーク」のような曲もいいけど、それよりも、彼ら自身の等身大の気持ちも歌って欲しい・・・ってことで書かれた曲なんだよね。

 その部分はストレートに表れた曲だとは思う。そのぶん、同年代に刺さった大きさは、「STAR LIGHT」の比じゃなかったもんね。

 この証拠に、ベストテン内にランクインした期間は、この曲がもっとも長い。オリコンで15週連続ベストテン内ランクイン。(正月分2週集計も含む)

 初期の光GENJIって、それまでの並居るジャニーズ系にもまして、長期間ベストテン入りしてた傾向が強いんだけども、この曲が88年〜89年にベストテン入りしてた「剣の舞」と同じく、15週連続でベストテン入りの最長ベストテン入り曲なんだよね。

 最近のジャニーズ系と比べると、チョット考えられないようなチャートアクションを見せてたんだけどさ。 まあ、それだけ「スーパー」な人気だったわけだわな。

・・・と書いてるワタクシも、「ガラス」(?)の十代でしたよ、この頃は。。 大沢と同い年だからさ。




バックで踊ってる中に、今も活躍しているだけかがいるか・・・探してみる。
いつだったか、光GENJIのバックで踊ってるSMAPのメンバーを探してください・・・なんて依頼が来た事があったな。分かるわけないじゃんか〜。後ろはチラチラしん映らないし。。。。




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剣の舞 / 光GENJI

1988_11_剣の舞_光GENJI






今回の1曲セレクトは「剣の舞」光GENJIです。

まずはデータだっぺ

・タイトル    剣の舞
・アーティスト  光GENJI
・作詞      康珍化
・作曲      馬飼野康二
・編曲      椎名和夫
・リリース日   1988年10月10日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   60.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1988年10月24日〜1989年1月23日付

 久々に光GENJIです。
 どうもね、長年、この「剣の舞」って言う曲が気になっていたのね。
 うん、クラシックのあの「剣の舞」と同タイトルっていうのもあるけど、この曲、CD、レコードの類で聴いた事がずっと無かったんですよ。

 まえにも書いたけど、この88年って、ワタシ浪人してたからさぁ、CDとかレコードとか、ほっとんど聴いて無かったし、テレビのウタバングミも「ベストテン」しか見てなかったから。

 うん、この当時の情報源は唯一「ベストテン」だけだったわけね。

 だから、何気にずっと素通りしちゃってたんだけどさ。

 で、先日、ラジオ聴いてたら、たまたまこの曲がかかったんだよね。

 最初は、「おー、剣の舞か なっつかしいね〜」とか、思いながら聴いてたんだけど、聴いてるうちに、ちと違和感が・・・・。

「ん、なんか違うぞ・・・・・・・」


・・・と・・・・。そう、この曲、テレビバージョンと、レコードでは、まるで曲構成が違うんだよね。

 で、ワタシは、レコードバージョンをそれまで聴いてなかったわけで、テレビで歌ってた曲の構成がそのままオリジナルだと思ってたから、違和感じたんですよ。

 でね、率直な感想。 

 レコードのバージョンは曲構成がつまんない。


 なんか、流れていっちゃう・・というか、盛り上がりに欠けるんだよなぁ。

 この曲は、やっぱテレビの曲構成あってこそだと思うんだよね。


 でもさ、冷静に考えてみると、これ、ジャニーズの戦略じゃねーかな。

 要するに、光GENJIってテレビあってこそ、テレビで歌ってこそだったんじゃないかってことですよ。
 だから、テレビで歌う事を前提に曲が構成されていたんぢゃないかってことですね。

 レコードはさ、添え物なんですよ。 うーん、一アイテムって感じですか。
 そそ、うちわとかステッカーと同じ類なんじゃないですかね、このヒトたちにとっては・・というか、ジャニーズサイドの見かたとしては。

 なんか、そんな感じを受けたなぁ。 そういえば、次の「地球をさがして」もレコードバージョンとテレビバージョンでは、曲構成が違うけど、やっぱり、レコードバージョンの曲構成はツマンナイだよね、これが。
 それを考えると確信犯的にそんな感じにしたんぢゃないかなぁ。

 テレビで歌う事を前提に・・・っていう証拠にさ、89年〜90年にかけて、この時代の代表的な歌番組って相次いで消えていったじゃん。
ベストテンしかり、夜ヒットしかり、トップテンしかり・・・・。
 それにしたがって、光GENJIって急激に失速してったもんね。パワーが。
 ようは、テレビで歌うことが前提なのに、その「場」がなくなっちゃったんじゃ、これはどうしようもないわな。


で、その「テレビ」が前提っていうのは、この曲が一番示しているんじゃないかなというわけですね。


 あの時代は、そういうことは考えなかったんだけどね。個人的には。いつまで続くんだ? この人気は・・としか考えなかったなぁ。
 
 この曲もかなり粘ってたしね、上位で。 考えてみれば、年末にかけて、テレでの露出が多かったからだろうなぁ。
 そういうところからも、光GENJIってテレビっていうメディアの「最後にして一番親和性があった」申し子だったんだよね。きっと。


えー、動画・・・。サイトに直リンクじゃないとはじかれちゃうんで、直リンク

https://www.youtube.com/watch?v=u040Hy_3HUs


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パラダイス銀河 / 光GENJI

1988_03_パラダイス銀河_光GENJI







今回の1曲セレクトは、「パラダイス銀河」光GENJIです。

 まずはデータでーす。

・タイトル    パラダイス銀河
・アーティスト  光GENJI
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      佐藤準
・リリース日   1988年3月9日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   88.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1988年3月21日〜6月20日付

 えー、ヒットチャートを40年近くも見てくると、ちょっとやそっとじゃ、ランクの「記録」には驚かなくなるよねぇ。
 これが、この世界に入った頃は、いちいち、記録に驚いてたりしたもんだけどさぁ。
 やっぱし、いつになってあの頃の新鮮な気持ちは忘れちゃいけない・・・って言うもんだよなぁ。


 なーんて、まくらを持ってきた・・・っちゅうことは、今日引っ張ってきた曲では、そのランキング記録にビックリこいた! ・・・っちゅう訳ですよ〜。

 ハイハイハイ、光GENJI /パラダイス銀河

・・・って書いたら、あの頃からのヒットチャートファンにはすぐ、ピント来ますよね。

 忘れもしない、1988年3月21日付チャート

パラダイス銀河 /光GENJI 週間売上げ枚数 338,690枚!!

 この衝撃は、丁度27年経った、という今でも忘れられないなぁ。

 うん、まあ、たしかに90年代以降、ヒットチャートの世界に入ってこられた方には、この衝撃は理解できないかもしれないですけどねぇ。
 90年代以降では、週間売上げ枚数34万枚なんていう世界は、普通に起こりうるレベルなわけで・・・。CD売れなくなった今でも、「強力曲」では、起こりうるレベルだからねぇ。

 BUT、80年代までは、週間売上げ枚数30万枚なんていうのは、「夢」の世界だったんですわ。
 30万枚どころか20万枚も夢の世界。それどころか10万枚以上で高レベルって言われていた時代。

 しかも時代は、レコードからCDへの移行時期。88年3月に「シングルCD」というシロモノが発売されたばかりという時期だから、まだ、この「パラダイス銀河」のリリース時は、ほぼ100%が「レコード」でリリースされた時代の週間売上げ34万枚ですわ。

 今で言ったら週間売上げ150万枚位の衝撃があったんじゃないかなぁ・・・。
(まあ、これもアルバムでは夢の数字ではないけど・・・)

 ちなみに、これ以前、80年代では週間売上げ30万枚越えた曲は1枚もない。それどころか20万枚越えた曲も1曲もない・・。

 次点は、1982年9月20日付の あみん「待つわ」の173,910枚。

 いや、これでさえ、当時は驚異的な週間売上げ枚数・・・って言われてたんだからねぇ。

 この時の「パラダイス銀河」がいかに凄まじかったかお分かりでしょうかねぇ・・・。


ちなみに、この時の2位は、

 GOOD MORNING-CALL /小泉今日子 で 50,270枚・・・。

 「パラダイス銀河」の1/6以下・・・って言う具合だったわけですね。


 まあ、それだけ当時の光GENJI人気の凄まじさ・・・っていうのもあったんだけどさ、曲自体の完成度としても、やっぱり、この曲が頂点だったんじゃないか・・・って思いますね。

 光GENJIの原点って、前年に行われた「スターライトエクスプレス」じゃん。
 でも、コンセプトは、プラス、ディズニーランドって言うところもあったと思うんだよね。
 ディズニーランドのアトラクションのような、華やかでワクワクする世界。

 そういうコンセプトにピッタリ嵌った曲・・・って言うと、やっぱり、この曲なんだとおもうな。

 チャゲアスの飛鳥の作詞、作曲もこれで3曲目ってことで、最初は戸惑いが感じられた曲調だったけど、最ものびのび、全く迷いのない! っていう作品に仕上がっていますもんね。

 この曲以降、いろいろ曲をリリースした光GENJIだけど、曲のコンセプト、楽曲パワー、それと、アーティストパワーが三位一体になった曲は、これ以降出てこなかったと思うなぁ。

 だからさ、まあ、確かにアーティストパワーの賜物ではあるんだけど、この曲以上に売れた曲がでてこなかったんだよね。

 そう、デビュー3曲目にして光GENJIってパワーの頂点だったんですよ。

 この当時は、このままどこまでも行くんじゃないか・・・って思えた光GENJIも早くも次の「Diamondハリケーン」からレコード売上げは下降線を辿るんだもんね。

 時代を振り返ると、長いようであっという間だったんだよね。光GENJIのブームも。

 「熱しやすく冷めやすい」・・・っていうジャニーズファン心理をまともに受けたグループと言えるんじゃないかなぁ。
 あれから30年近くたって見るとさ。。。



忘れてたけど、そういえば、この曲も「レコード大賞」取ってたんだよね。
先ほどの、森進一「襟裳岬」とつながってたな。
相変わらず、落差は凄いけど。。。。



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STAR LIGHT / 光GENJI

1987_10_STAR LIGHT_光GENJI





今日の1曲セレクトは、「STAR LIGHT」光GENJIです。

まずは、データから

・タイトル      STAR LIGHT
・アーティスト    光GENJI
・作詞        飛鳥涼
・作曲        チャゲ&飛鳥
・編曲        光GENJI
・リリース日 1987年8月19日
・発売元       キャニオン
・オリコン最高位   1位
・売上げ枚数     48.9万枚
・THE HIT CHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年8月31日〜11月9日付

 45歳のオヤジが「光GENJI」を語る。いいですねぇ、この構図。

滅多にいないと思いますよ。i-podに光GENJI入れて、通勤電車の中、まわりの迷惑を顧みず結構な音量で聴いてるオヤジって・・。 
 
 え? 私のことです!!


 この間、日曜日にTBS50周年番組見てて、ジャニーズの変遷など流してましたけど、やっぱり、光GENJI、男闘呼組までは、「おお、同年代」って感じで、気持ち許せるって言うかね。
 たしかに、当時は、どうも生理的にくすぐったいところはあったんだけどね。今となっては、そんな感じはないな。

 やっぱさ、永遠のノスタルジーなんだよね。ジャニーズって。 一時期、うざいと思ったこともあったけど、ようやくそんな感じに思えるようになってきたな。

 この曲、STAR LIGHTは、1987年の夏の日、8月19日、奇しくも、私の18回目の誕生日の日にリリースされたんだよね。
しっかし、もう18年前か・・・。私、すでに倍、生きちゃったのね。。。。。

 当時、「スターライトエクスプレス」っつう、やっぱりローラースケート履いて、所狭しと動き回るミュージカルが大人気で、そのキャンペーンの一環なんだよね。光GENJIの結成って。 そもそも、最初は、「光」っていう、年長の2人(大沢 内海)と、「GENJI」5人を別々なところでデビューさせて、ある日突然、「光GENJI」として一体化させるっていう構想があったらしいんだけど、時間がなかったのか、 分かりにくかったのか、いつのまにか、最初から「光GENJI」として、デビューさせるに変わっちゃったらしいね。

 で、デビュー曲の「STAR LIGHT」は、たしかに、「スターライトエクスプレス」に引っ掛けたところもあるんだろうけど、物のホンによると、これは、作詞の飛鳥涼氏がつけたらしいですね。
 なにせ、アイドル、しかもジャニーズの曲なんぞ作るとも思っていなかったらしいので、かなり悩んだ末にひねり出したタイトル、それと、詞だったらしいね。

 曲は、この曲に関しては、チャゲとの共同作業なんだけど、最初は、サビの♪夢はFREEDOM FREEDOM シャボンのように〜♪のところが出来たそう。
 チャゲっていうヒトは、引っかかりがあるサビをつくるのは得意のようで、あの♪ナツ ナツ ナツ ナツ ココナツ♪も、あの部分が最初に浮かんだって言うからね。 天性のヒットメロディメーカーだよね。
 だけんども、そのほかの部分は飛鳥がかなり苦心して作曲したらしい。

 でも、共同作業とは思えないようなまとまった作品に仕上がったと思いますね。

 この曲の命は、なんっても、ジェットコースターに乗っているようなあのスピード感ね。この辺から、アイドルの曲のスピード感って変わってきたように思えるんだよね。
 今は、さらにBPMが速くなっているから、そんな風には感じないけど、カラオケやってて、今の曲やった後に、87年以前の曲をやると、めちゃくちゃノスタルジック、ものすごくゆっくり感じるもんなぁ。
 もちろん、当時は、ぜんぜんそんなふうには感じなかったんだけどね。 この曲が、その先鞭をつけたんだと思いますよ。

 でも、あのスピード感が、当時の「若者」(⇒俺たちのことか。。)のスピード感にマッチしてたんだろうね。
 あの人気は、そこにあるような気がするな。

 それにしても、すんごい人気だったよなぁ。このヒトたちが、当時のレコードセールスを再度底上げをしたって言っても過言じゃないもんねぇ。
 この年、1987年の最高セールスは、公式では、瀬川瑛子「命くれない」の42万枚だったんたけど、「STAR LIGHT」は、最終的には、これを上回ったわけで・・。さらに第2弾の「ガラスの十代」では67万枚。 第3弾の「パラダイス銀河」では88万枚・・・。と、これは、CDの枚数は入ってないからねぇ。
 CDシングルは、「パラダイス銀河」が発売になった、1988年3月から発売されたんだけど、時代はいわば、レコードからCDへの移行期だったんだよね。だから、初期の光GENJIは、CDではなく、レコードだったわけで・・。
 「レコード」を売った、最後のアイドルとも言えるだろうね。

 ともあれ、このときを境に、90年代前半のメガヒット期へと、急激にセールスは拡大傾向に向かうんだよね。
 この当時(87年)には、まさか数年後にそんなことになるとは、夢にも思ってなかったんだけどさ。



この動画、「STAR LIGHT」の「PV」らしいんだけど、この曲にPVが存在してたなんて、今の今まで全く知らなかったわ。
今の時代、PVなんてインディーズのヒトまで当たり前に作るけど、当時は、アイドルにゃPVが存在しないの当たり前だったからねぇ。
いやいや勉強になるね。


※オリジナルは2005年10月に書いたものですが、若干、加筆しました。




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