かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

佐野元春

FUJI ROCK FESTIVAL 2025 3日目(7/27)

7/27(日)  FUJI ROCK FESTIVAL 2025  最終日。

さあ、今年のFUJI ROCKも今日が最終日だぁ
と思うと、どこか解放感が。。。 

なんかねぇ、フェス参戦も最近「義務」のように感じるところがあったりするんだよな。
フェスは「義務」で参戦しているわけではなく、単に好きで参戦してる訳だし、これだって好きで書いてる訳で、お金になる訳ぢゃないんだけどねえ。。。

今回は、昨日のヤマタツ氏がメインっていう意識で参戦しているところが大きいからかもしれん。 だから、メインは昨日で終了。今日は自由に参戦しようっていう意識が強いからかもしれん。

いや、それよりも、昨日の雨が嘘のようにいい天気になり、気分的に楽だったのが大きいかなぁ。

シャトルバス乗り場の越後湯沢駅には、昨日よりも1時間ほど早く11時前に到着。
昨日同様、バス待ち渋滞が出てきていたけども、どうも昨日同様にすぐには行列が捌けそうにもなかったので、今日はすぐにバス待ちの行列に並ぶ。 ただ、昨日同様バスに乗り込むまで1時間近く。

昨日は、日差しがギラギラと刺すように痛かったけども、今日は少し薄雲に隠れ日差しもマイルド。風が気持ちいい。 バス待ちも昨日ほどは苦にならない。

会場のシャトルバス乗り場には12時30分過ぎに到着。
越後湯沢駅同様、会場も「晴れ」。しかも乾いた風が吹いてる。これなら雨は大丈夫そう。

でも、山の天気は何とやら、なんでねえ・・・。 この後、突然、降ってくる可能性もないわけではない。 今日は降らないでくれ・・・・と願う。

そのまま、Green Stageへ。

Green stageは、森山直太朗がアクト中。 

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森山直太朗氏とは、これまで何度もフェスの場でニアミスしていた。
ただ、実際のライブを見るのは、もしかするとこれが初めてだったかもしれないな。 
いや、もしかする見てたかもしれないけども、今考えても記憶がない。

だから、フォークアーティストだけに、ロックフェスの場で、どんなステージを展開するんだろう? という期待はあった。

もしかして、本当にアコギ1本のライブ? そんな想定もしていたんだけども・・・。

Green Stage についてみると、バンジョー、フィドルも入ったカントリーバンドスタイル。
うんにゃ、ブルーグラススタイル ・・と言った方がいいですかね。

この時には、知らなかったんだけども、FUJI ROCKから帰宅後、調べてみたら、どうやらブルーグラススタイルの新曲、「あの海に架かる虹を君は見たか」「バイバイ」のためのブルーグラスバンドだったようだ。

↓ コレ




へェ〜、面白いねえ。 これまでの森山直太朗の、フォークシンガーならではの実直さ、まっすぐさ・・・な感じは感じられない。
肩の力が抜けたラフさ。 これがさ、あの時の吹いていた優しい、乾いた風の空気感とうまい具合に調和してて、なんとも言えない空気感が、Green Stageを包み込む。
思わず、ステージに見入ってしまう。

こっちは、完全な「フォークシンガー」として頭があるんで、ちょっと想定外だったけども、ブルーグラススタイルの森山直太朗は、新たな一面が見られて新鮮。面白いと思いましたよ。

もっとも、MCが面白いライブを展開したのは、フォークシンガーならではだよなぁ・・・と。
うん、これは、吉田拓郎氏、アリス、さだまさし・・・といった70年代から脈々とつながる伝統だよね。


ところで、森山直太朗と言うと、僕にとっては辛い思いがまず立ってしまう。
・・というか、00年代の曲は、ほとんどの曲がそうなんだけども。。。。
90年代以前、それまでは音楽に関してはアマチュアだった。
でも、2001年に某公式着メロ、着うたサイトのプロデューサーという立場になってからは、間接ではあるけども「仕事」として音楽に関わるようになったから。いわいる「業界」に片足を突っ込んだ形で端席に座ることになったわけで。 立場上サイトの売り上げのことが24時間、365日ずっと頭にあった。

直太朗が件の「生きとし生ける物へ」が大ヒットした頃は、着メロサイトの会員数がちょうど最高潮に達したころであり、同時に頭打ちが見えてきたころでもあった。

どうあがいても、それまでのような勢いからは陰りが見えてきていて。。。。 
個人的に焦ってたし、ずいぶん悩んでた時期だったんだよな。 
それまで3年にわたる徹夜に次ぐ徹夜という超ブラックな無茶ぶり生活で、かなり疲労も蓄積も進み、今思うと精神的にも来てたんだよね。

今、直太朗のあの頃の大ヒット曲を聴くと、あの精神的につらい日々が条件反射的にフラッシュバックされるし。

うん、アーティストに全然非があるわけじゃないんだけども・・・ 因果なもんだよね。

今回、件の「生きとし生ける物へ」もやったようだけども、会場に到着前でライブで見ることはできなかった。

今回もし聴いてたら、やっぱりあの辛い日々がフラッシュバックされたんだろうかね? それが追体験できなかったのはちょっと残念だったな。



●森山直太朗セットリスト

1.    桜(独唱)    (2003年 2ndシングル)
2.    生きとし生ける物へ   (2004年 5thシングル)
3.    君のスゴさを君は知らない    (2009年 9thアルバム「嗚呼」より)
4.    すぐそこにNEW DAYS     (2022年 11thアルバム「素晴らしい世界」より)
5.    夏の終わり        (2003年 3rdシングル)
6.    あの海に架かる虹を君は見たか  (2025年 配信シングル)
7.    バイバイ         (2025年 配信シングル)
8.    どこもかしこも駐車場  (2013年 7thアルバム「自由の限界」より)
9.    生きてることが辛いなら  (2008年 16thシングル)


↓  どこもかしこも駐車場




何気に、この曲好きやねん、個人的に。
へんな歌詞だけども、みょーに引っかかる。

でも、今改めて聴いてると、もろ、ボブディランだな、この曲。



森山直太朗、終了後、そのままGreen Stageに留まる。
昨日、山下達郎氏を見た、ステージ上手側の「一本木」の斜め後ろにスペースを見つけ、折りたたみイスを広げる。 Creepy Nutsまで待ち。うつらうつら。。。。

周辺、先ほどまではスペースに余裕があったけども 気が付いたら、いっぱいに詰まっていた。
昨日のヤマタツ氏は、比較的年齢層が高かったが、さすがにCreepy Nutsは若者のグループが目立つ。

まあ、そりゃそうか。。。

15時過ぎ、DJ 松永、 R-指定がステージに現れ、ライブスタート!

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R-指定のあおりからオープニングの「よふかしのうた」が始まると、周りは一斉にヒートアップ!
周りのノリについて行けないワタシ。 それでも、私なりにアクトを楽しむ。

Creepy Nutsはフェスでは3回目のワタシ。 まあ、毎回、ついて行けねー・・と居心地の悪さを感じながら、ついつい見ちゃうんだけども。

いや、この人たちこそ「今」だからさ。 「今」から降り落とされねーぞーと、必死なオッサンですよ。

それでも、「のびしろ」は、私みたいなオッサンでも刺さるキャッチーさだし、実際、この曲聴いて、ライブみたいと・・昨年の「あらばき」に参戦した位だからさ。

昨年の「ROCK IN JAPAN HITACHINAKA」で、トイレ探してて最初から見れなかった「Bling-Bang-Bang-Born」、今回はフルで見ることが出来た。 あ、これだけでも満足ですわ。

でも、今回はCreepy Nutsの後、White Stageで佐野元春氏が控えていたんで、今一つ落ち着かない。

佐野元春氏はたしか16時からで 20分ぐらいしかインターバルがないはず。
Green Stageから移動を考えると、途中で切り上げてWhite Stageへ向かわねば。。。

そんなわけで、個人的に一番好きな「のびしろ」を見届け、White Stageへ向かう。。。


●Creepy Nuts   セットリスト

1.     よふかしのうた    (2018年 3rd配信シングル)
2.   堕天                                (2022年 2ndシングル)
3.     ビリケン                          (2023年 13th配信シングル)
4.     doppelganger                   (2025年 17th配信シングル)
5.     ちゅだい                          (2025年  4thアルバム「LEGION」より)
6.    Bling-Bang-Bang-Born     (2024年 3rdシングル)
7.    はらぺこあおむし              (2025年   4thアルバム「LEGION」より)
8.    風来                                  (2021年 2ndアルバム「Case」より)
9.    Mirage                              (2025年 18th配信シングル)
10.  のびしろ         (2021年 2ndアルバム「Case」より) 
11.   二度寝                              (2024年 3rdシングル)
12.  オトノケ                            (2024年 4thシングル)
13.   かつて天才だった俺たちへ    (2020年 2ndEP 「かつて天才だった俺たちへ 」より)
14.   合法的トビ方ノススメ     (2018年 アルバム「INDIES COMPLETE」より)




White Stageには、16時少し前に着く。
しかし、White Stageはガラガラ。。。 あれ?  

さすがの佐野元春氏も、FUJIROCKでは分が悪いのかなぁ。。。なんて頭をよぎる。

ロッキンオン社主催の年末フェス「COUNTDOWN JAPAN」。
開始当初から佐野元春氏もよく出演してるけども、最近はいつも、一番小さなステージでのライブだ。しかも、それでも満杯にはならず常に余裕がある。

さしもの佐野氏も、COUNTDOWN JAPAN参戦メインの世代とは大分ギャップが出来てきてるな・・と思わずにはいられない状態だったんで。。。 

FUJI ROCKも同じかあ・・・。なんて感じたり。。。

BUT、16時を過ぎても、一向にライブが始まらない。

あれ?   ・・・とタイムテーブルを見返したら・・・ ぬぬ 16時20分〜 の間違いではないか。。。

むー。 これならCreepy Nuts、もう少しゆっくり見とくんだった・・・。 と思ったところで、すでに遅し。

それでも16時を過ぎると、さっきまでガラガラだったらWhite Stageが一気に埋まり始まる。
そんなおり、やおら、佐野元春氏とCoyote Bandのメンバーがステージに登場。自らサウンドチェックを行う。

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気が付いたら、White Stage内は、ほぼいっぱい。
周りを見渡すと先程のCreepy Nutsとは一転、やはり平均年齢が高い。
一見して、私と同世代か、それ以上が・・という方々が大半。 いったい、今までどこにおられたんだろう? とか感じたり。。。まあ、ワタシも同類項なんだけども。。。。


そして、16時20分 佐野元春氏&Coyote Band   スタート!

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いきなり、「君をさがしている」「Young Bloods」「つまらない大人になりたくない(ex ガラスのジェネレーション)」 と3曲連続、初期作品でスタート!

バックのモニターには、「あの頃」のライブ、MV映像がシンクロして流れる。
いやがおうにも盛り上がる。


先程↑で、森山直太朗の曲を聴くと、実際に「仕事」として聞いていたのでいまでも苦しくなると書いた。
佐野氏の曲は、これとは全く逆だ。
何の疑いも衒いもなく純粋に音楽を聴いていた80年代。
僕にとっては、もう遠い昔となってしまった「中学」「高校」の頃が瞬時に脳裏にフラッシュバックする。

佐野元春氏の存在を知ったのは、僕が中学生だった、83年か84年の頃。
件のベストアルバム「No Damage」がオリコンで1位を獲得し、同時に新しい音楽を模索するため無期限に活動を休止、ニューヨークに渡った後だったと思う。
兄貴の影響で、あの頃のニューウェーヴ系の楽曲をいち早く聴いてた、友達に教えられたのが最初だったと思う。

当時中二、当然、あの頃のヒットチャート系、アイドル系が主流だったワタシには全く理解できなかった音楽。  しかもあの頃から元春氏のライブに行ってたんだよな、あいつ。

同じ中二なのに、めちゃくちゃ大人に感じた。

個人的に元春氏を意識したのは、それから2年余り「Young Bloods」が、元春氏いわく、シングルとしては初めて「商業ベース」にのった85年だったと思う。意識したというか理解できた・・というか。

それでも、元春氏のライブ参戦までたどり着いたのは、あれから30年近く経ってから
件の「COUNTDOWN JAPAN」に参戦するようになってからだ。

中高生だった80年代、ライブ、コンサートに参戦するっていうのは、僕にとってはとてつもなく高い壁だったから。

当然、インターネットなんてなかったから、街のプレイガイドまでチケット購入に行かなきゃなんないし。
それよりなにより、あの頃のチケット料金は、中高校生には高いハードルだったから。。。。
あの頃のことを思うと、今は本当に幸せだ。

FUJI ROCKは、ライブの尺がCOUNTDOWN JAPANよりも長いこともあり、ロッキンよりも本格的にライブを堪能できる。 
特にCOUNTDOWN JAPANの一番小さなステージは1ステージ30分なので、セットリストもせいぜい5〜6曲。 なので、これも聴きたいという曲がなかなか聴けない。

今回のFUJIROCKは1時間、12曲のステージ。 
まあ、今行われている全国ツアーのセットリストからピックアップされた・・という形だったけども、それでも、「Young Bloods」「ガラスのジェネレーション」といった、もろ「世代」の初期の曲も大分やってくれたのはうれしかったですね。

個人的には、84年のアルバム「Visitors」に収録されている「NEW AGE」が最もよかったけども。。。 
核が使用され、不毛の地となった地球が再生されていく様を描いたバックモニタービデオと楽曲が、完全にシンクロしてて、思わず動けなくなった。

それでも、会場全体が盛り上がったのは、「約束の橋」から 「SOMEDAY」「アンジェリーナ」と続く、佐野氏の代表曲チューンを立て続けに披露したラスト3曲でしたが。

もちろん、初期の曲であれば、もっと聴きたい曲もあるけども、ここまでやってくれれば御の字。
ネットニュースを見ると、前日の山下達郎氏を称賛する記事が多いけども、佐野元春氏も同じくらい称賛してもよいのではないか。
個人的にはそのくらい満足するライブでしたわ。





●佐野元春with Coyote Band セットリスト

1.     君をさがしている    (1981年 2ndアルバム「Heart Beat」より)
2.     YOUNG BLOODS   (1985年 15thシングル)
3.     つまらない大人になりたくない(ex ガラスのジェネレーション)    (2025年 23rd配信シングル ex ガラスのジェネレーション → 1980年 2ndシングル)
4.     植民地の夜 (2022年 20thアルバム「今、何処」より)
5.     La Vita e Bella  (2012年 7th配信シングル)
6.    エンタテイメント (2020年 16th配信シングル)
7.    水のように  (2022年 20thアルバム「今、何処」より)
8.    大人のくせに  (2022年 20thアルバム「今、何処」より)
9.    NEW AGE  (1984年 4thアルバム「VISITORS」より)
10.  約束の橋 (1989年 6thアルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」より)
11.   SOMEDAY   (1981年 4thシングル)
12.   アンジェリーナ (1980年 1stシングル)




佐野元春氏が終了後 足のライブの余韻に浸る間もなく、Red Marquee
40分のインターバルで、今回のお目当ての1組「kanekoayano」がスタートするんで。

混雑する移動通路をかき分け30分ほどでRed Marquee

BUT  kanekoayano待ちの方々が、すでにいっぱい。。。。  Red Marqueeのテントの中にはすでに入れないくらい。

いやいや、ヒトをかき分ければ、まだ入れる余地はあったと思う。 けど、この後、まだまだ人が増えそうだし。。。   なによりも22年前、 ここでモッシュ、ダイブの渦中に巻き込まれて、死ぬ思いをしたトラウマがあるんでね。。。。

今回は、テントの外からライブを見ることにする。。。

それにしても、kanekoayanoは人気があるな。
ヒットチャートには出てこない人なので、第三者的にはその人気ぶりが見えにくいんだけども。。。 
ライブとなると、いったい、この方たちはどこでkanekoayanoを知ったんだろう? と不思議になるくらいヒトが集まってくる。

まあ、昔からそんなヒットチャートには顔を出さないが、ライブでは超人気のアーティストは少なからずいた。だけども、最近はそういう人たちが以前よりも、より増えたような印象があるな。
もっとも、ヒットチャートという物差し自体、昔・・・少なくとも1990年代以前・・に比べ、アーティストの人気を図る上での絶対的な物差しではなくなってきているが。。。

逆に、ライブ自体は独自の盛り上がりを見せてきているし。。。そんな流れの中でヒットチャート的には顔を出さないがライブは異様に人気があるアーティストが増えてもおかしくないのかもしれない。

まあ、その辺は、ネットを見てるだけぢゃ分かんないし、実際にライブ会場に足を運ばなければ実感できないけど。。。


むしろ、そういうアーティストは商業的な匂いが少ないし、本来の意味での「アーティスト」というところも強いような気はする。
本当に「音楽」が聴きたい人たちにとっては、そういうアーティストの方がシンパシイを感じるんだろうな。

だから、他の夏フェスよりも「音楽」に目ざとい方々がより多く集まるFUJIROCKでは、kanekoayanoなんかは、一昨年のWhite Stageでもそうだったように、お客さんでいっぱいになるんだろうな。


Red Marqueeのテントの外では、すでに曲を割と大きな声で歌ってる若い兄ちゃんもいる。
そういえば、こんなヒト、4月の「アラバキROCK FEST」でも見かけたな。 結構熱狂的なファンも多いのも、kanekoayanoに集まってくる人たちの特徴かもなあ。

そんなわけで、ソロとしてのカネコアヤノさん共々、ワンマンライブのチケットもなかなか取れない。 最も大きな会場ではあまりやらないということもあるんだろうけども。。。。
そんなこともあり、フェスがこの人たちを見れる数少ないチャンスなのよ。少なくとも私にとっては。


それ以上に、ライブを見に来ている人たちの服装、街中のライブハウスにでも行くかのような普段着ファッションの方とか、いったいどうやってこの山ん中まで、この格好で来たんだろう? って感じの奇抜なファッションの方も目立つ。
まあ、通常の夏フェスではそれほど奇異ではないのかもしれないけども、登山に行くような装備の方たちの方が目立つFUJI ROCK なんでね、余計に目立つのよ。

これひとたび雨降ったら大変よ・・・ なんて思ったりして・・・。余計なお世話だけども。。。

テントの外まで超満員と化した18時ちょうど ライブスタート!

今年リリースのアルバム「石と蝶」タイトルナンバー「石と蝶」から




ソロ名義の「カネコアヤノ」同様、「今」の最前線をゆくようなサウンドでは決してない。それがこの人たちの特徴。
それでも・・なんていうのかなぁ・・・。 ソロとしてのカネコアヤノがソフトロックに対して、濃密なサウンド。


「サイケな曲はよりサイケに、クラウトロックやダブに接近した曲はよりエクスペリメンタルに進化/深化を果たし、コンガやスティールパンも織り交ぜて、曲ごとに様々な風景を描き出していく」

↑の動画には、こう説明されているけども、 正直、一言で、コレとなかなかいい表せないサウンドなのよ。 サイケであり、パンクであり、ハードコアであり。

なんていうんだろう? 音像的というよりも、色彩的、映像美的 ・・・と言うんだろうか。
耳に入ってくる音すべてがビジュアル的に見えるような。。。
恰もドラックでもやってるような感覚にもなる刺激的なサウンドなのよ。
ぱっと聴き、分かりにくい難解な曲たちだけども、嵌ると抜け出せなくような。

兎に角、ゴルゴンゾーラチーズのようにメチヤクチャ、クセが強い。。
分かる方にはわかるし、分からない方には全く分からない世界かもしれない。

↑で 奇抜なファッションの方も目立つ と書いたけども、 まあ、だから、そういう志向の人たちには支持されるのは理解できるのよ。

ソロとしてのカネコアヤノの時も、その傾向は見られた。 けども、バンド形式のkanekoayanoとなって、より濃い色彩、 より深い映像美なサウンドに深化し、より難解になったのは否めない。

それは、4月の「アラバキROCK FES.」でも感じたし、 今回再度ライブを見て、少しでも理解できればと思ったんだけども、 今回も理解できるところまでは至らなかったな。ちょっと消化不良のままライブ終了

うーむ、この人たちを「攻略」するのはなかなか。。。。

それよりも、ソロとしてのカネコアヤノも聴きたい。  

オジサンとしては、代表曲「光の方へ」のような、分かりやすいソフトロックなカネコアヤノさんも聴きたいんだが。。。

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●kanekoayano  セットリスト

1.    石と蝶    (2025年 kanekoayano名義 1stアルバム 「石と蝶」より)
2.    アーケード          (2018年 3rdアルバム「祝祭」より)
3.    太陽を目指してる  (2025年 kanekoayano名義 1stアルバム 「石と蝶」より)
4.    僕と夕陽               (2025年 kanekoayano名義 1stアルバム 「石と蝶」より)
5.    さびしくない        (2025年 kanekoayano名義 1stアルバム 「石と蝶」より)
6.    気分                       (2023年 6thアルバム 「タオルケットは穏やかな」より)
7.    ラッキー                (2025年 kanekoayano名義 1stアルバム 「石と蝶」より)
8.    わかりやすい愛 丈夫なからだ  (2017年 1st EP 「さよーならあなた」より)
9.   さよーならあなた   (2017年 1st EP 「さよーならあなた」より)
10.   WALTZ                  (2025年 kanekoayano名義 1stアルバム 「石と蝶」より)
11.   難しい                  (2025年 kanekoayano名義 1stアルバム 「石と蝶」より)





本来は、この後「羊文学」を見にWhite Stageに戻ろうと考えていたんだけども。。。
ここにきて左足裏にできたマメがつぶれそうになったのと、昨日、帰りがけに滑って膝打ったところが炎症して少し熱持ってきたので。参戦もここで終了。帰宅の途につくことに。。。。

入退場ゲートは、最終日の「お決まり」、SEE YOU IN 2026 !!  の文字に代わっている

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SEE YOU IN 2026 !! の下には世界最速であろう来年の開催日程が。。。
来年は7/24、25、26  開催だそうです。
来年はカレンダーの並びから 7/31、8/1、8/2と踏んでたんだけども1週早まるんですね。。。。 なんかだんだん開催日程が早くなるんですけど。。。。。

夏の暑さを考慮して? うーん、1週早くなっても変わんないよ・・・って個人的には思うんですけど。。。。


(終)






FUJI ROCK2025 アーティストラインナップ第1弾発表!

今年のフジロック、アーティストラインナップ第1弾発表。




山下達郎に佐野元春。。。。。

もう一つおまけで TOMOOさん。


アカン!  これは行かな。。。。

・・・おもわず、衝動的に、早割チケットを申し込んだ私がいた。。。

ヤマタツさん、デビュー50周年の今年は、どういうツアーで来るのか。。と思ったらこう来たか。。。

しかしなぁ・・・先行販売の3日通し券で54,000円とは。。。
宿泊代とガソリン代、高速代入れたら、限りなく10万円コースなんですけど。。。。

他のフェスもチケット代高騰の予感もするし、今年の夏フェスは、「フジロック」と「SWEET LOVE SHOWER」に集約するしかないか。

本当は、去年参戦した福井の「One Park Fes」に今年も行こうかなぁ・・と思っていたんだけども。。。予算を考えるとちょっと難しそうだなあ。

「ロッキン」は今年は千葉だけなので最初から参戦予定なし
「サマソニ」、ヒゲダンが出るけども、5月に日産スタジアムワンマンライブに参戦するので、そっちを見れば良しで参戦予定なし。

また散財の季節が始まる。。。。


そんなフジロック会場の苗場スキー場、現在の積雪は400cm、「豪雪」。



これ見てると、夏、ここでフェスをやる・・・ていうのが不思議なくらい。
この間テレビで、シャトルバスの拠点となる越後湯沢駅前の模様も映したけども、夏とは全く景色が違うし。。。


約束の橋 / 佐野元春

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今回の1曲セレクトは、「約束の橋」佐野元春です。

まずはデータです。

・タイトル    約束の橋
・アーティスト  佐野元春
・作詞      佐野元春
・作曲      佐野元春
・編曲      佐野元春
・リリース日   1992年10月28日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   70.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1992年11月16日〜1993年1月25日付
・タイアップ:フジテレビ系 月9ドラマ「二十歳の約束」主題歌

トレンディドラマ・・・。我々世代にとっては、80年代終盤から90年代前半にかけての「バブル」絶頂期を思い起させるキーワードの一つでしょうかねぇ。
この期間、ドンピシャで「大学生」という「青春と快楽」な時間を過ごしてきた、我々世代にとっては特にそんな思いを起こさせるんじゃないのかなぁ。。。

ワタシは・・というと、トレンディドラマが出てきた当初の2年間は、「バブル」の世の中を尻目に、「浪人」という暗黒時代を過ごし、それを抜け出した、後半も、青春を謳歌するっていう大学生生活でもなかったんで、正直、「バブル」の恩恵を受けたっていう記憶はほとんどないんだよなぁ。

まあ、今となったら、つまんない青春時代を送ったような感じもするけど。。。

ドラマも、トレンディドラマの「祖」、フジの「月9」はほとんど見てなかった。 うん、91年の「101回目のプロポーズ」くらいじゃないのかな? 見てたの。

いや、これも、最初は、面白そうなんで見ようと思ったわけじゃなくて、 夕飯後、ベッドで寝落ちしちゃって。。。目が覚めたら、つけっぱなしだったテレビでたまたまやってて、半分ぼーっとしながら見てたら、なんとなく嵌っちゃった・・・って感じだったしなぁ。

あのころは、TBSの金ドラの方が、「月9」よりは、もっと心理面を深堀してて個人的には面白かったんで見てたな。


・・・なんてトレンディドラマの話をしたいわけぢゃなくて。。。。

今回引っ張ってきた、佐野元春氏の「約束の橋」ですわな。

この曲、もともと89年リリースアルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」の先行シングルとしてリリースされた曲。 で、後年、92年10月期の「月9」ドラマ「二十歳の約束」の主題歌として、再リリースされたわけですな。
今回は、時期的に、その「再発」のシングルについて、ちょいと書いていこうかと。。。


アルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」については、ちょっと失敗したな・・・って思うのよ。

佐野元春氏を意識したのは、中学生の頃だったか。。。 同じブラスバンドでトランペットを吹いてた、同級生で親友だったやつが、元春好きだったんだよ。

音楽的に優れてた奴とは思わなかったけども、3つ上の兄貴の影響か、ブルース・スプリングスティーンとか、明らかに私なんかよりも大人びた曲を聴いてんだよな。
で、日本のアーティストでは、元春氏だった。

あの頃から、なかなかチケット取れないといいながら千葉でのコンサートにも行ってたしな。

でも、当時、ヒット曲中心、当然アイドル中心のワタシには、元春氏の良さは分からなかったんだよな。

そもそも、いつもここで書いているように、80年代初期から中盤にかけては、いわいる「ニューウェイブ」系の音は、生理的にダメだったんだよね。

80年代の元春氏は尖がってたしね。 84年の「VISITORS」では、時代に先がけてヒップホップを取り入れたり、サウンドそのものが尖がってた。 「ニューウェイブ」系の寵児的な存在だったじゃん。

ダメだったんだよね。時代にコミットしていないとは言わないけども、時代の先端を行く「音」って。
それよりも、一歩引いて、フォーマットが確立して聴いてて安心・・っていう音楽が個人的には好きだった。うん、おこちゃまだったのよ。

はじめて、元春氏にコミットしたのは、86年のアルバム「カフェ・ボヘミア」だった思う。

それまで、あんなに時代の先端の音がダメだったのに、「カフェ・ボヘミア」で元春氏にコミットしたくなったのは、よくわかんないんだけども。。。

まあ、「VISITORS」よりは、とっつきやすいアルバムだったことはありますね。

それと、以前、ここで何回も書いたけども、86年って、個人的に時代を遡って音楽を掘りだしたころ。
そそそ、1978年以前、リアルタイムで接していなかった時代の曲を掘りだしたころですわ。
その反動だったのかもしれないな。

もちろん、最初は抵抗があったんだけども、何度もアルバムを聴いていくうちに、徐々に理解できるようになった。 理解してくると、その良さも分かった来たりしてね。
徐々に次のアルバムも聴いてみたいと思うようになった。

で、3年の時を超えて、ようやくリリースされたのが「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」。

ここで、迷ってしまったのよ。 ちょうど同じころ、長渕剛氏のニューアルバム「昭和」のリリースもあってさ。

あの頃アルバム1枚3000円っていうのは、19歳だった若造のワタシにはデカかったですから。

浪人の身だったし、バイトもしてなかったから、まだ小遣いをもらう立場ったし。。なんで、まずはどちらか1枚買おうと思ったわけで。。 結局買ったのが長渕剛氏の「昭和」。
「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」は、またいずれ・・と思っていたんだけども、あの頃、他にも欲しいと思える音源が次から次と出てきて、いつの間にか立ち消えになってしまった。。

そんな時にシングルととして再リリースされたのが、今回の「約束の橋」だった。

うん、もちろん、アルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」に収録されていた曲っていうのは、あの頃から知っていた。

なんか、忘れ物を思い出したような気分だったな。

ただ、この曲が「月9」の主題歌に採用されたのには反発もあったのよ。

↑でも書いたように、ワタシにとっての元春氏は時代の先鋭だった。 テレビという「大衆娯楽」にはコミットしない存在だったのよ。

それがいきなり、「月9」っていう当時の大衆娯楽の極みのコンテンツの主題歌なんだもの。

いやいや、元春氏だけじゃなかったんだけどね、これの前に、浜田省吾の「悲しみは雪のように」が、ドラマ「愛という名のもとに」の主題歌に起用された時も同じような感覚だったな。

80年代の「大物」アーティストが、90年代のドラマ主題歌で再ブレイクする。

初めの頃、例えば、小田和正氏が、「東京ラブストーリー」の主題歌として「ラブストーリーは突然に」が起用される・・ってころは、まだよかった。 まだ新鮮味があったから。

でも、同じような手法で、チャゲアスが、米米が、中島みゆきが、浜田省吾が、・・なんて続くとさ。。。
しかも、いずれも、80年代の自身の曲とは比較にならないほどのメガヒット。

これって良いことなの?  なんて、だんだんと、このやり方に懐疑的になってきたりしてね。

ついには、佐野元春氏もか・・・という気分だったな。

特に、浜田省吾氏の「悲しみは雪のように」とか、元春氏のこの「約束の橋」は「新曲」ではなく、80年代の再リリースだったわけだから。。

wikipediaに、

『なんで最初にこの曲に気付いてくれなかったの?』って感じですよね。『ドラマの主題歌にならないと聴いてくれないんですか?』

・・・(当時は) 怒ってました

と、元春氏のコトバが掲載されているけども、ワタシも同じような感覚だった。

もちろん、今は、「これがあったから今でも歌ってこれたのかもしれない」・・と考えているようですが。。。


結局、今考えてみると、1992年頃の音楽って、まだ「90年代」を象徴するような確固たるフォーマットが確立されていなかったのかもしれない。
・・と同時に、90年代をけん引していけるようなアーティストも、ようやく揃い始めてた頃だったしね。

WANDSの「もっと強くきみを抱きしめたなら」が大ブレイクし、 ZARDが「眠れない夜を抱いて」「IN MY ARMS TONIGHT」の連続ヒットで一躍注目を浴びだしたのがちょうど、1992年のちょうど今頃。

先行していた「B'z」とともに、「ビーイング系」のコマが揃い、時代を席巻するのは翌年のことですわ。

それとともに、70年代、80年代の「大物」アーティストがドラマの主題歌に・・・という機会も徐々に減っていった訳なんだよね。
70年代、80年代の「大物」アーティストや、楽曲の焼き直しによるドラマ主題歌の顕著な大ヒットは、翌年1993年4月期の月9ドラマ「ひとつ屋根の下」の主題歌、財津和夫氏の「サボテンの花」あたりが最後だったような気がする。
・・・・あ゛、まだ大瀧詠一氏がいたか。。。。
もちろん、サザン、ユーミン、中島みゆき嬢は、その後も孤軍奮闘していったわけだけども。





余談だけども、↑で書いたように、中学校の時の元春好きの親友の話から、元春氏のコンサートは、チケットが取れない・・・ってずっと思い込んでいたのよ。

それは、大人になってからもそうで・・・、もしかしたら、頻繁にライブに行くようになった今でもそうかもしれない。

でも、そんな元春氏も、最近ではロキノン系、特に「COUNTDOWN JAPAN」には頻繁に出演するんだよね。

ずっとチケットが取れない・・と思っていた元春氏のライブを「COUNTDOWN JAPAN」で見る、80年代では、考えられなかったことかもしれないな。

実際、「COUNTDOWN JAPAN」ではこれまで何度も元春氏のライブを見た。
もちろん、30分程度のライブだけども。。。それでも昨年の「COUNTDOWN JAPAN」のラストで「アンジェリーナ」が聴けたのは、やっぱりトリ肌でしたね。


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A面で恋をして / ナイアガラトライアングル

1981_A面で恋をして_ナイアガラトライアングル






今回の1曲セレクトは、「A面で恋をして」ナイアガラトライアングルです。

 まずはデータです。

・タイトル   A面で恋をして
・アーティスト ナイアガラトライアングル
・作詞     松本隆
・作曲     大滝詠一
・編曲     多羅尾伴内
・リリース日  1981年10月21日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数  19.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位
・タイアップ:資生堂81年冬のキャンペーンソング 

 アナログレコードが衰退して、CDが主流になってから、随分時間が経つよなあ。
 もしかしたら、今の若いコの中にゃ、アナログレコードの存在すら知らないヒトも居たりする?

 ワシらは、まだアナログ世代だからさぁ・・・。シングルレコードは「ドーナツ盤」って呼んでた世代ですよ。

 え? なんでドーナツ盤って言うのか?

 それはですねぇ、真ん中がドーナツのように穴が開いてるからですよ。うん、45回転のEP盤ってやつね。

 アナログ盤を知らないとしたら、A面、B面っていうのも知らなかったりするかなぁ・・・。さすがにそれはないかねぇ。。


・・・・ハイハイハイ、それって、もしかして、今回、引っ張ってきた曲の「前振り」ですか? ってその通りデスあせあせ

・・・つか、ドーナツ盤とかA面 B面って知らないとさあ、曲の中身が伝わらないもので。。。

 はい、今回引っ張ってきたのは、ナイアガラトライアングルの「A面で恋をして」っす。

そう言えば、今日12/30は、大滝詠一氏の命日だったんですよね。そう言う意味でも、この曲をセレクトするのが一番いいんじゃないかなぁ。

 正確に言えば、この時は「ナイアガラトライアングルvol.2」なんだけどね。

メンバーは、大滝詠一、佐野元春、杉真理 の三氏による、今で言えばユニットですよ。
(ちなみに「vol.1」のメンバーは、大滝詠一、山下達郎、伊藤銀次の三氏  1976年)

 今でこそ、上の三氏が並ぶと、うわ、至極豪華exclamation となるけど、当時は、まだ佐野元春も杉真理も、本格ブレイクする前で、「通」なヒトでなければ、一般には、あまり知られていない時代だったからねぇ。

 そんな、当時の「若い」2人を引っ張ってきた大滝詠一センセーは、やっぱし先見の明があったわけですな。

 ちなみに、ナイアガラトライアングルvol.2ということは、「vol.1」もあった訳で、76年の「大滝詠一、伊藤銀次、山下達郎」によるユニットがそれに当たるわけね。

 そーいえば、ナイアガラトライアングルって、当時の言葉からすれば、6年ごとに結成する「予定」だったはずで、だとしたら、そのあと88年、94年、00年、06年・・・・にも結成していなければならなかったはずだけど・・・・ふらふら

 何分、ワタシと同じで、仕事がキライな大滝センセーのこと、このあと、ナイアガラトライアングルのプロジェクトは立ち消えになっているんですが・・・。



 ところで、曲の方は、サビの部分は、まあ、有名なフレーズな曲だわね。

 そそそ
 
♪A〜めんで こいをして〜 ♪

ってやつですよ。。

 当時、資生堂のキャンペーンソングとして、丁度34年前の今ごろ、ガンガン、CMで流れてたからさ。
 ・・・ってか、覚えてるってヒトは、既に「アラフィフ世代」だよなぁ、きっと。。ふらふら

↓ コレ


うむ、聴けば、わかるでしょ、この曲。 「あ、あの曲か」・・・と。


ただ、サビ以外の部分っていうと、あれどんな曲? って感じですかねぇ。

 まあ、大滝ワールド全開な曲ですわ。ご多分に漏れず、フィルスペクターなオーケストレーション全開で。。

 81年は大滝氏にとって、「LONG VACATION」の大ヒットにはじまって、フル回転な年だったけど、いま思えば、このサウンドこそが、まさに81年っていう感じもするなぁ。

 あ、いや、これと寺尾聰と・・。

 まさにサウンド重視な年ってところか。個人的にも、81年っていうのが、一番好きなわけで、またさ、こういう感じの年が来ないか・・・って思ってるんだけどねぇ。




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ハートのイアリング / 松田聖子

1984_11_ハートのイヤリング_松田聖子






今回の1曲セレクトは「ハートのイアリング」松田聖子です。

まずはデータです。

・タイトル    ハートのイアリング
・アーティスト  松田聖子
・作詞      松本隆
・作曲      Holland Rose
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年11月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   37.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1984年11月12日〜1985年1月14日付

 しゃてしゃて、このところ1週ごとに松田聖子様の曲をセレクトしてきている訳ですが、
今回引っ張ってきた曲は、1984年の

ハートのイアリング

あ゛、この曲「ハートのイヤリング」ぢゃないの? 31年間ずっと間違って覚えてた(爆)

 うーむ、まあ、今回も、困った時の・・・って感じですね。別にこの曲ちゃなきゃいけない・・っていうのはないんだけど、どうも、この11月の下旬っちゅうのは、ちょっと空白域なんだよなぁ。

この曲、どうなんだろ? 個人的には好きなんだけど、いまいち印象が薄いかしらねぇ?

その前に、実は、この曲ってクリスマスのイメージが強かったんだよね。だから、11月下旬にリリースだったかしらねぇ・・・なんて思ってたんだけど、実際はリリースが11月1日だったんだよね。
 うーむ、人間の記憶なんて当てにならないですよ。30年も経つとイメージだけで、すっかり忘れてるわけで。。。

 84年の松田聖子って、たぶん神田正輝と結婚するまでのアイドルとしての「全盛期」の中では一番、楽曲に恵まれた年って勝手に思っているんだけど、この曲も例外にもれずだったですよね。

 楽曲に恵まれたという他に、松田聖子の独特のハスキーでキュートな甘い声質が完成されてた年っていうんですかねぇ。
 楽曲はもとより、このヒトの声にノックダウンだったのかも知れんなぁ。

 特にこの曲は、ちょこっと複雑なメロディとコード進行でメロディラインの印象が薄くなっている分、このヒトの天性の声質でカバーしているような気がするのね。

 ♪ やさしくしかってよ妬いてもくれないの〜 ♪ っていうサビの部分の声質にこのヒトの天性が見え隠れしてるんじゃないかなぁ・・と大げさに書くと思ってたりしてさ。

 ところで、ハートのイアリングってティファニーのオープンハート? うーん、たしかにバブル全盛時には大変人気があったアイテムだけど、84年当時では、まだ一般的ではなかったよな。。さすがに松本隆氏、お目が高い。流行りそうなアイテムにはいち早く目をつけてますね。

 それと、この曲の作曲者のHolland Rose氏? うん? この曲って外人が書いたの?
 なんて、思った諸氏・・・は、さすがにここをお読みになっている方の中にはいねーかな・・・・
はい、Holland Roseは、佐野元春氏のペンネームですね。

 この当時、結構ニューミュージック系のヒトたちってペンネームつけるの流行ってたんだよね。

 それでは、問題・・・下記の名前は、すべてペンネームです。どなたのペンネームだか当ててみてね。

1 多羅尾伴内
2 呉田軽穂
3 嘉門雄三
4 江戸門弾鉄
5 宇野主水
6 矢倉銀

 答えですか・・・えーと、オリコンウイークリーの1983年4月22日号に出てるんですが・・・・。
なんて書くのは、大変不親切ですよね。

答えは以下の通りです

1 大滝詠一
2 松任谷由実
3 桑田佳佑
4 松本隆
5 細野晴臣
6 来生たかお

まあ、今はインターネットっていう便利なものがあるんで、ググれば答えはいくらでも出てくるんですが。。。。




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アンジェリーナ / 佐野元春

1980_05_アンジェリーナ_佐野元春






今回の1曲セレクトは、「アンジェリーナ」佐野元春です。

 まずはデータです。

・タイトル   アンジェリーナ
・アーティスト 佐野元春
・作詞     佐野元春
・作曲     佐野元春
・編曲     大村雅朗
・リリース日  1980年3月21日
・発売元    エピックソニー
・オリコン最高位 ランクインせず
・売上げ枚数  0枚


 さて、今回は「マクラ」なしにのっけから本題。
 佐野元春の「アンジェリーナ」を持ってきたんだけど、取り立てて、持ってきた理由はない。
 なんかね、今頃〜・・・って、いつものとおり頭悩ませていたら、たまたま、この曲のメロディが浮かんできたんで。ふらふら

・・・リリースは1980年の3月21日と、今の時期よりは、ちょっと前なんだけども、如何せん、全く売れなかったからねぇ、この曲、当時は。

 ということで、季節も特に問わないか・・ということもありーの。

 ただ、ヒットはしなかったものの、30年前の今頃、業界の間では話題沸騰になっていたことは間違いない。


 この曲、オリコンにもランクインしてこなかったこともあり、当然、当時は、ワタシ、全く知らなかったんだよね。
 初めて聴いたのは、ずっと後だ。うん、「Young Bloods」で初めてシングルのベストテンヒットを記録してから、アルバム「No Damage」を聴いたんだよね。だから、高校生になってからだなぁ。

 ただ、初めて聴いたとき、地団駄をふんだんだよな。


 なしても、もっと、早くこの曲にめぐり合ってこなかったんだろう。。。

 って即座に思ったもんよ。

 とにかく、目からウロコだった。


 サウンド自体は、たしかに「1980年」のものだ。うん、音の匂いからして「1980年」の匂いなんですよ、この曲。

 違うのは、それまで・・・1980年以前には、絶対なかった「音楽」だよな・・・っていう点。

 なにより驚いたのは、曲の疾走感。佐野氏自身がよく使う言葉に「ジェットマシーン」ってあったけど、まさに、ジェットマシーンに乗っているような疾走感と爽快感。

 これはさあ、まさに「80年代」の幕開けの曲だと思ったのよ。

 少なくとも70年代には、絶対、この手の疾走感あふれる曲は無かったはずだ。
 70年代のロック・ニューミュージックシーンは、もっと泥臭かった。唯一、ユーミン周辺のサウンドは、オシャレで洗練されていたけど、こんな「疾走感」はなかった。

 とにかく、この曲だけで、それまでの日本のミュージックシーンのすべてが変わったような感じを受けたんですよ。

 やっぱ、時代の変わり目っていうのはあるんだよな。

 いや、少なくとも、音楽シーンの面からみると、「79年と80年の差」というのは絶対にでかい。見えない壁があるかのように、80年を境にそれまでの音楽とは、違う、新しい音楽がスタートしたような感じを受けるし、実際そうなんだよね。

 それを感じさせる1曲がまさにこれ。 あとは、Y.M.Oもそうだし、山下達郎の「Ride On Time」なんかもそうだろうな。

 そういう曲を、タイムリーに聴いてこなかった・・・っていうのが、なんか悔しくてさあ。しかも、その時代、すでにワタシ、ヒット曲にどっぷり浸かっていた時代なのにさあ。。。

 
・・・・まあ、そういう曲なんだよね。

 とかく、オリコンにランインしてないと、なかなか耳にする機会も少ないことは事実なんだけど、オリコンにランクインして無くても、こういう時代を変えるような「すごい曲」は実際、存在するんだよね。




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グッドバイからはじめよう / 佐野元春

1983_03_グッドバイからはじめよう_佐野元春






今回の1曲セレクトは、「グッドバイからはじめよう」佐野元春です。

 まずはデータです。

・タイトル    グッドバイからはじめよう
・アーティスト  佐野元春
・作詞       佐野元春
・作曲       佐野元春
・編曲       佐野元春
・リリース日   1983年3月5日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 34位
・売上げ枚数   5.5万枚

 ここのところ、なんか納得する「卒業ソング・別れの歌」を引っ張ってこれなかったなぁ・・・って、ずっと引っ張ってたんだよね。ここ何日か。
 この間セレクトしたユーミンの「卒業写真」ぢゃなあ・・・。なんか「選曲屋」の名が泣くよね。。
 って思いが、頭のどっかに引っかかっててさ。。

 そんでもって、この間書いた、河合奈保子の「ストロータッチの恋」を引っ張るために、当時のオリコンのチャートみてたら、たまたま、この曲が目に飛び込んできたの。

 グッドハイからはじめよう  /佐野元春

 ・・・あったじゃんexclamation ×2 今や、陰に隠れちゃった存在の「別れの曲」が。。。あせあせ

 ま、卒業ソングでは、必ずしもないけど、少なくとも「別れの曲」ではあるよね。

♪ちょうど 波のようにサヨナラが来ました 言葉はもう何もいらない ただ見送るだけ〜 ♪

・・と来るわけだから。。

 でも、なぜか、この季節、この曲を聴くことは、めったにないぞよ。なんでだろーねぇ、「卒業写真」とか「贈る言葉」は、飽きるほど流れるのに。。

 まあ、知ってるヒトが少ないってのもあるんだろうけど。。。そんじゃ、この機会に、引っ張りあげて見ましょうよ・・・なんつぅ、下心もあったりしてねあせあせ

 この曲、当時(1983年)から気になってたんだ。明星のヤンソン(歌本ね)にも、楽譜掲載で載ってたりして。
 一体どんな曲なんだろう? やっぱし、ポップな感じなんだろうな・・・。

 とずっと、思ってたんだけど。。。

・・・で後に、コンセプトアルバム「No Damage」を聴いた時、驚きましたよ。まさか、ヨーロッパ系のミディアムバラードだとは。。。

 しかも、バックは、バイオリン、ビオラ、チェロっていう弦楽4重奏とハープだけの、めっちゃバロックな雰囲気なんだもの。
 予想もつかないですよ。でも、音楽的には凝ってるよね。さすがに佐野元春。

 だけど、この曲ライヴの時は、どうやって演奏するんだろう?

 ・・・もちろん、ワタシはライブで、この曲きいたことないんだけど。。。うーむ、まあ、おそらくアコギ1本でやるんだろうね。

 それとタイトルがいかしてるような・・・

 普通「さよなら」とか「グッパイ」って、さっぱり別れるタイトルの曲は多いけど、「グッドバイからはじめよう」だもの。

 まあ、曲にも出てくるけど

♪ 終わりは始まり ♪

なんだよね。

 卒業が来ても、月が変われば、新たに進学や就職が控えているわけで・・。終わりの次には、また新たな始まりが来る・・・と。

 それでも3月のうちは、まだ「グッドバイ」の季節。・・・っていう気持ちを内面から表現した曲だとは思うね。

 まあ、そういうこともあって、この間、佐野元春を書いたばっかなのに、また持ってきたりして・・・。

 ほほほ、幾分、選曲屋としての気持ちが晴れたぞよ。




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YOUNG BLOODS / 佐野元春

1985_03_YOUNG BLOODS_佐野元春







今回の1曲セレクトは、「YOUNG BLOODS」佐野元春です。

 まずはデータです。

・タイトル    YOUNG BLOODS 
・アーティスト  佐野元春
・作詞      佐野元春
・作曲      佐野元春
・編曲      佐野元春
・リリース日   1985年2月1日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   17.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位
・タイアップ:国際青年年キャンペーンソング

 いや、記憶には自信あったんだけどさぁ、最近、その自信が揺らいできたね。
・・・っていうのも、今日引っ張ってきた、佐野元春の「Young Bloods」。
この曲、もちろん当時、好きだった曲の1曲なんだけど、当時、佐野元春フリークだった、同じ吹奏楽部でトランペット吹いてた奴と、某S高校の受験に行く時に、この曲がオリコン7位に入った・・・って喜んだ記憶があったんだけど・・・・。

 今、調べてみたら、この曲がオリコンに7位に初めてランクインしたのが、1985年2月18日付。

 高校受験の日が1985年2月13日、14日。。。

 あれれれ・・・、日にちが合わないぞ。。。

・・・う〜ん、オリコン7位にランクインしたって喜んだのは、記憶違いだったのかなぁ。。。。

 何分、既に30年前の「遠い記憶」なので、定かぢゃなくなった。。

 いや、絶対、国鉄(当時)木更津駅の東口に通じる通路で、そんな話した記憶があるぞ・・・。遠い記憶だけど・・・。ふらふら


 なんて、わけわかんないマクラで入った今日の1曲セレクトだけど、正直、この曲を聴くまで、個人的には、佐野元春っていうヒトは、積極的に聴いてなかったんだよね。
 このテの「ニューウェイブ」系は、どうも、まだ、なじめない頃でさ。

 まあ、やっぱし、主流はアイドル系だったからなぁ、まだ、あのころは。

 だから、既に邦楽は佐野元春、主流は洋楽に移ってた、そのトランペットの彼は、随分大人っぽく感じたけどねぇ。(まあ、そいつの場合、アニキの影響が強かったようだけど。。。)

 この曲からだね、佐野元春ってヒトを聴きだしたのは・・・。というか、ニューウェイブ系を聴きだしたのは。

 この85年ってのは、音楽業界的にも転機でさあ、まあ、一つアイドル系が爆発ふらふら (←まあ、言及しなくても、ご想像のとおりデス)、それともう一つは、ニューウェイブ系の台頭だよね。

 それまでアルバムでは実績があった佐野元春が、シングルでヒット狙いに来るとは、それまでだったら考えられなかったことだし。
 これをきっかけに、ニューウェイブ系がどっとヒッチャートになだれ込んでくるようになったわけで・・・。

 とりわけ、エピックソニー勢が元気だったよな。佐野元春を筆頭に、渡辺美里がブレイクの兆し・・・。あとLOOKもそうだったよね。
 プラス、レベッカのソニー勢か。。。 いずれにしてもソニーグループのニューウェイブ系が元気だった年だったよね。

 佐野元春って、単に新しいだけでなく、バックにホーンセクション入れてたじゃん。あれがカッコよくてね。
 サックス、あってもトランペットまでは、それまでもあっても、トロンボーンまで入ってるのがカッチョよかっんだな。

 あ、はい、ワタシがトロンボーンやってたからってのもあるわあせあせ

 ・・・ということで、高校の文化祭で、この曲をレパートリーに選曲したのもいうまでもない・・・。あせあせ


 ところで、この曲、当時の「国際青年年」のイメージソングだったことを覚えてるヒトってどれくらいいるんだろ?
 NHKで毎日のように流れてたな、この曲。 それがまた、違和感があってね〜あせあせ

 あのころは、何年かに一度「国際●×年」っていうキャンペーンやってたよね。

 ・1979年 国際児童年⇒キャンペーンソング、「ビューティフルネーム」ゴダイゴ

 ・1981年 国際障害者年⇒キャンペーンソング、「地球の仲間」トランザム

で、1985年が国際青年年だったわけですわ。

 で、まあ、そのたびにNHKがキャンペーンを張ってたんだけどさ。
それぞれ取り上げてたアーティストが、結構、シブイんだよね、当時のNHKとしてはさあせあせ

 この「Young Bloods」の代々木公園で撮影したPVもカッコよかったしなぁ。・・・っていうか、この曲、生で歌っているところをワタシャ、見たことないんだけど。。。

 当時のライヴでは歌ってたんだろうけどねぇ。
COUNTDOWN JAPANでは、何回か佐野元春見てるんだけどねぇ、まだ、一度もこの曲に遭遇してない。。。
 
ちなみに、「ザ・ベストテン」では11位止まりだったんだよねぇ。。あれが惜しくてねぇ。
 たしか11位で6100点台(1985年4月11日放送分)。。。通常なら、楽々ベストテン入りだったのにな。

 もし、10位内にランクインしてたから、出演してたんだろうか。。。いや、まあ、まず、出演してなかったろうな。。。
 とか、思いながらも、やっぱし、惜しかったよなぁ。。





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Christmastime in blue / 佐野元春

1985_12_Christmastime in blue_佐野元春







今日の1曲セレクトは、「Christmastime in blue」佐野元春です。

 まず、データです。

・タイトル    Christmastime in blue
・アーティスト  佐野元春
・作詞      佐野元春
・作曲      佐野元春
・編曲      佐野元春
・リリース日   1985年11月21日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   13.4万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1985年12月2日〜12月30日付

 いやー、今日は寒かった! 日中でも、「夜か」と思わせる寒さで、ほとんど1日フトンに包まって過ごしたワタクシですわ。ワタシの部屋、8畳なのにハロゲンストーブ1台しかないので、富に寒いのよ。。。 ここのところ、ずっと暖冬だったのと、PCの熱で、結構あったまるんで、それほど、暖房がいらない年が続いていたんで、ハロゲンストーブしかないんだけど、今年は兎に角「寒い」。。。 正月は「冬眠」する予定です(^^;;;;

 さてさて、寒さとともに、本格的にクリスマスっていうイメージが強くなってきましたね。
 今日からは、本命的なクリスマスソングと参りますかね。

 まずは、佐野元春氏の「Christmastime in blue」です。

 でも、この間、甲斐バンドの「安奈」でも書いたように、個人的には、土臭い曲が好きなんですわ。不器用というかね。
 佐野元春って、それとは、全くの正対象ない位置に居るっていうイメージが強かったんだよね。

 つまりぃ、性格的にスマートなら、曲もスマート、都会的っていうイメージが強くてね。サウンドからして、「すきっ」としてるでしょ。ムダがないっていうか、効率的っていうか・・。
 最初、なんか、そういうイメージの部分が個人的に取っつきにくくてねぇ。多分、佐野元春っていう、意識を初めて持ったのは、83年春のコンセプトアルバム「No Damage」の時だったと思うけど、最初は、全く触手が伸びなかったな。

 でも、83〜84年ごろから、サウンドの傾向が変わってきたんだよね。日本のヒット曲全体のさ。
 それまでは、土臭い、ダサめの音が主流だったんだけど、より、都会的なハイセンスな音が主流になってきたわけで、個人的にもこの2年間で、随分、そういう音に慣れたんだよね。

 で、初めて、佐野元春の「音楽」が抵抗なく聴けたのは、この「Christmastime in blue」の一つ前の「YOUNG BLOODS」からだろうな。
 佐野元春ってバンドにブラスセクション入れてだゃん。あれが、結構カッコよくてね、ワタシもずっとブラスやってたから、意識するようになったんだなぁ。

 で、この曲、「Christmastime in blue」。

 とにかくね、、次の年のアルバム「カフェボヘミア」を聴くまで、最初の入りの

♪雪のメリークリスマスタイム 揺れる街のキャンドルライト
 道ゆく人の 波に流れるまま Christmas Time In Blue ♪

のところだけしか、印象になくてね。セミバラードのメロディの美しい、ラブバラードか・・っていうイメージだったんですよ。

 でも、ちゃんと聴いて、180度変わりましたね。イメージが。
 この曲、おおよそ、クリスマスのイメージとは、思いつかない、レゲェなんだよね。全体的な曲の流れは。
 それに気付いた時には、ちょっと衝撃的だったですわ。

 それと、単なるラブバラードっていう枠を超えてるんだよね。実際は。

 
♪ 愛している人も 愛されている人も
  泣いている人も 笑っている君も
  平和な街も 闘っている街も

  メリー・メリー・クリスマス
  Tonight's gonna be alright ♪


ってあるように、兎に角、どんなヒトにもクリスマスは、平等にやってくる。そんなクリスマスに、みんなで歌おう、「メリークリスマス」って感じの、強烈なメッセージソングだったんだよね。

 そのあたりは、ジョンレノンの「ハッピークリスマス」なんかに共通してるのかなぁ・・と思いますけどね。

 それまでの日本のヒット曲ってさあ、クリスマスっていうと、とかく、カップルで過ごすクリスマスか、一人で過ごすクリスマスってどちらかだったぢゃない? 
 まあ、これは、今の曲もほとんどそうなんだけどさ、こういうメッセージ性のあるクリスマスソングってなかった気がするんだよね。
 そこに、メスを入れた、最初の曲だったんではないかなぁ。

 レゲェの一種、軽薄なリズムの裏では、結構強烈なメッセージが含まれてる曲って感じで、それはそれで、衝撃的だったな。


 それと、もう一つ、忘れてならないのは、この曲、「12インチシングル」だったんだよね。
 
 って書いてね「なつかしい」って思えるのは、やっぱ、同世代の方たちなのかなぁ。
 知らない方のためにちょっと説明すると、アナログレコード
の場合、通常12インチのLP盤と、7インチのEP盤があったんだけど(正確には、ずっと昔には、12インチのSP盤もあったけど)、通常は12インチは「アルバム」で、7インチが「シングル」だったんだけど、それをわざわざ12インチで収録曲をおさえた、「12インチシングル」っていうのが、流行った時期があったんだよね。

 要は、いまでいう、「バージョン違い」っていうのかなぁ。通常とは、異なるバージョンを収めたシングルって感じなんだけど、もともと、アルバム用の盤だから収録時間が長いんだよね。
 だから、12インチシングルってのも、得てして、1曲あたりの時間がなかったですよねぇ。1曲、10分越えるのもざらだったし・・。
 あとは、今と同じで、マスタリング、音質の問題も追ったんではないかな。これは、どっちかというと、音にこだわりをもったアーティストに12インチ盤って多かったですよね。
 佐野元春の場合は、完全な後者のタイプって感じで、このころ、12インチシングルをかなり出してましたよね。

 ヒット曲界全体を見ても、84年、85年って12インチシングルが全盛期で、アイドルもこぞって出してたよなぁ。
 有名どころでは、中森明菜「赤い鳥逃げた」(シングル「ミ、アモーレ」別バージョン)、松田聖子「ダンシングシューズ」、小泉今日子「ハートブレイカー」、チェッカーズ「ハート オブ レインボー」あたりかな。
 これ全部85年リリースなんだけど、全盛期はやっぱ、85年になるな。

 ただ、このころは、いつの世にもある粗製濫造っていうところもはなはだしくてねぇ。小泉今日子の「ハートブレイカー」なんて、さいしょの4〜5分、ただの雑音が入ってるだけなのよ。よくさ、シロートがラジカセの録音ボタン押しっぱなしにしてて、わけのわかんない、雑音が録音されてたってことあるじゃん。 あれと同じような、全く意味がない音が、4〜5分永遠に流れるっていう、めちゃくちゃ、意味なし、アバンギャルドな「レコード」で。実際の曲なんかは、別に12インチにしなくて良いじゃんっていう長さなんですよ。

 あとは、むりくり意味なしのアレンジを加えて12インチにしたって言う曲とかね。ほとんどが、この「12インチ意味なし」レコードだった気がするな。


 そういう、風潮のなかで、この曲は、もともとコンセプトからして、しっかり作られた、12インチシングルとして、必然的な曲でしたね。

 ちなみに、12インチシングルが最初ポピュラーになったのは、1979年の

 親父の一番長い日 / さだまさし

では、ないかねぇ・・。これは、12分30秒って言う長さいえ、普通の7インチに収まりきれなかったんで、12インチシングルにせざるをえなかった・・という、逆にある種、必然的に12インチになった曲でして・・・。(^^;;;;;;;

 まあ、曲はそれぞれいろいろあるわな。。。。




※2005年12月に書いたものの再掲載です。

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かじやん