かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

中森明菜

萩田光雄さん、船山基紀さん、及川眠子さんトークライブ

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15日、70〜80年代ヒット曲アレンジャーの巨匠、萩田光雄さん、船山基紀さん、80年代終盤〜 Winkをはじめ数々のアイドル作品からアニソンまで幅広く手がられている作詞家、及川眠子さんのトークライブにお邪魔しました。

場所は、渋谷Take Off 7。

クラブ・クアトロの隣。こんなところにライブハウスがあったんだ。。。クアトロまでは、これまでも何回かライブを見に来ているんだけども、いままで、全く気が付かなかった。

このトークライブ開催については、結構前から知ってたんだけども、この御三方ならすぐチケットなくなるだろうなと思いーの、スルーしてたのですよ。
でも、先週、意外にも、まだチケット余っていると知り、急遽購入。有休も取りーの、参加したわけです。

これまで船山さんのトークライブには、何度か参加したことがありましたが、萩田さん、及川さんは初めて。
書籍には書かれていないレアな「業界ウラ話」的な話が聴けるかな・・と期待していたところはあった。
ただ、正直、あまりレア話にはならなかったですが・・・。

ところで、この御三方ってどういう繋がりなんだろう・・と思ったりもしたんだけどね。
共通して手掛けたアーティストっていうのも、今一つピンとこなかったし。。。
Winkの一連の大ヒット曲は、作詞 及川眠子、 編曲 船山基紀 っていう組み合わせだったのは、すぐに浮かぶんですけどね。
御三方もどうも、今一つピンとこなかったようで、恐らく中森明菜さんだけじゃなかったか・・というお話。
「スローモーション」→ 編曲 船山基紀
「少女A」〜「禁区」 → 編曲 萩田光雄
「原始、女は太陽だった」→ 作詞 及川眠子
確かに、御三方が「ヒット曲作家」としてもっとも脂がのっている時期(特に80年代終盤頃)って、かぶってそうで、微妙にずれてたりしますから。。。

ただ、中森明菜さん以上に、一昨年亡くなられた広谷順子さんとは、御三方とも深いかかわりがあり、思い出話に花が咲きました。
広谷順子さん・・・・80〜90年代にかけて主に女性アイドルのレコーディングのための、仮歌(ガイド)ボーカリスト。
譜面が読めないアイドルのために、「仮」でレコーティングされる曲を歌い、曲のイメージを伝えるためのボーカリストですね。
それぞれのアイドルは、広谷さんのガイドボーカルで曲を覚えてレコーディングに臨んでいたわけですわ。
ボーカリストとしては、表には出てこない、完全な裏方の存在だけども、アイドルのレコーディングには欠かせない方だったわけです。

特に、浅香唯さん、Wink、南野陽子さんなどの80年代終盤以降のアイドルには深くかかわっており、したがって、萩田、船山、及川、御三方とは繋がりも深かったわけですね。

それと印象的だったのは、御三方とも、もっとも忙しい時期は、これ以上やったら死ぬという、ある種極限状態のなかで仕事をこなしていたこと。(松本隆氏いわく、いまよりずっとブラックな世界だったという事)
それでもこれまで仕事をこなせてきたのは、極限状態でも、どんなに時間的な制約があっても穴をあけずに「出来てしまったから」・・・という。

まあ、それだけ、御三方ともに才能の塊だったといえるエピソードなんだけども。。。

たださ、これは個人的に、片足「業界」に足を突っ込んでいるクリエイティブな仕事をしてきていたから、特に実感できることなんだと思うんだけども・・・・、「ディレクションする立場」から言えば、どんなに忙しくても、どんなに時間的な制約があっても、不平を言わずにきっちりと仕事を仕上げるクリエイターとは、仕事がやりやすいんですよ。
だから、仕事が手いっぱいだとわかっていても、次の仕事を頼みたくなる。

よくいるでしょ、仕事が手詰まりになってくると、不平不満ガラガラで、時間が足りないとか、酷いとギャラあげろとか文句言うひと。 ディレクションする側からとしては、こういう人とは仕事がやりにくいし、仕事を振りたくないわけですよ。時間が足りないならば、足りないなりに、自身で旨く時間調整するのがプロだろと思うんだけどね。
特に、ある程度実績を上げると、自分は偉い、才能がある・・と勘違いして、えらそうな態度に出るヒトっているからさあ。そういう人に限って期待するほどの仕事は出来ないからさ。

それに最近は、ギャラに見合った仕事しかしないヒトとか、時間外の仕事をやりたがらないサラリーマン的なヒトが増えてきたからさぁ。やりにくくなってきたわけよ。

長年、ヒット曲界の第一線で活躍されてきた御三方なので、才能あふれるというのは、言うに及ばずだけども、数々のヒット曲を手掛けた実績があるにも関わらず、謙虚で黙々と仕事をこなし、それぞれのディレクターの期待に応え続けてきたからこその今なんだろうなぁ・・・というのは、ライブ全般の話から感じましたね。

まあ、これって、どんな仕事でも通じることだとは思うんだけどさ。


終始、ゆるーい・・・うんにゃ、和やかな雰囲気のトークライブではあったけども、話の節々に、上記のような話もあり、個人的には楽しめた、2時間半余りのトークライブでしたね。

LIAR / 中森明菜

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今回の1曲セレクトは、「LIAR」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    LIAR
・アーティスト  中森明菜
・作詞      白峰美津子
・作曲      和泉一弥
・編曲      西平彰
・リリース日   1989年4月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   27.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1989年5月8日〜6月26日付

「花の82年組」も、デビュー40年目に入りましたね。
来年は40周年という区切りというわけで、どうなんでしょうねぇ。やっぱり、アーティストによっては大々的なイベントとかやるんでしょうかねぇ。40周年ツアーとか。
それまでにコロナがいい塩梅に収束していればよいですが。。。

そんな82年組の中森明菜さんも、先日5月1日、40年目のデビューには、結構いろいろなネットニュースが上がっておりましたな。

依然としてリアルな活動再開の動きは見えないですが、未だに注目度は落ちないですね。 というか、それだけリアルな活動再開を待ち望んでいる方々が多いということなんでしょうね。
果たして、来年のデビュー「40周年」までには、活動再開という動きになるんでしょうか。

・・ということで、今回の1曲セレクトは、ひっさびさに中森明菜さんの曲を持ってきますか。

BUT、明菜さんの曲ってまだ残ってるんですかね。。。。

うんにゃ、まだ残っていましたぞ。

89年4月リリースの「LIAR」

おそらくこの曲で、1曲セレクトでは、80年代の明菜さんのシングルはコンプリートだと思うんだけどね。

最後まで残していた、この「LIAR」。

何で残していたか・・、やっぱ書けなかったんだよな。この曲。
いろんな意味で重くてさあ。

一つは、この曲のヒットが一段落した時に、例の「事件」を起こしちゃったでしょ。どうも、そのイメージがいまだに強い。

もう一つは個人的なことだけど、この曲がリリースされた頃に、「2浪目」がスタートしてさ。 とにかく背水の陣での2浪目をスタートさせた訳で、1年間は少し「音楽」の方はセーブしようと思ったんだよね。

・・というのは、まあ、表向きの言い訳ですけどね。

実際的なところ、この「LIAR」って曲は、曲想そのものが重かったんだよね。

時はバブル絶頂期。 みんな浮かれてた頃ですよ。

歌は世につれ、世は歌につれ・・というくらいでさ、そんなバブルの浮かれた空気を象徴をしているというか、89年の今頃の曲って、メジャー系の明るい曲がめちゃくちゃ多いんだよね。 ヒットチャート上位の半分以上はメジャー系の曲で占められていたと思う。
マイナー系の曲なんて数えるくらいじゃなかったかな。

その中にあっての、この重い曲調っていうのは、ちょっと時代とのズレを感じたわけですわ。

確かに80年代、「陽の聖子 陰の明菜」と言われたように、明菜さんらしい曲であったし、明菜さんじゃなきゃ歌えないような曲だと思った。

ただ、如何せん、時代には合ってないな・・・と。

当時のアーティストパワーから考えれば、オリコン1位は当然の結果だったろう。
けど、実際のところ、売り上げ枚数は「少女A」で大ブレイク後、最低だったわけで、同じように時代とのずれを感じてた方も多かったんじゃないのかなぁ。

如何に「陰の明菜」と言われていたとはいえ、シングルでは、デビュー曲の「スローモーション」からこの曲まで8年間、マイナー系で占められてたという所にも、飽きを感じてた方も多かったんじゃないのかなぁ。

曲としてはまったく隙が無い、完璧すぎるくらい完璧だと思う。ただ、完璧すぎるくらいなだけに、こちらとしても、ちゃんと聴かなきゃいけないな・・という気分になっちゃうんだよね。
気楽に聴けない・・というかさ。 その分、聴いてて肩筋が張るんだよね。 

こういうマイナー系な重い曲ではなく、そろそろメジャー系の曲で目先を変えても良かったんじゃないかという思いは、個人的に、この時点では強くなっていたなぁ。
肩の力を抜いた曲の方が、こちらとしては気楽に聴けるんだけねぇ・・・という思いですね。

でも、今から思えば、この曲のヒットが一段落した時に「事件」を起こしたこともからも、この曲をリリースするくらいの時期には、精神状態もかなり病んでいたのかもしれない。
もしかすると、この手の重い曲しか歌えなかったのかもしれない。

あるいは、この曲がありきで、精神を病んでしまったのかもしれない。
明菜さんのような繊細で、頑なな人は、物事をまっすぐに見てしまいがちだし、得てして感情が入み過ぎやすい。それで精神的に病んでしまったのかもしれない。

まあ、あくまで推測ではあるけど。。。。




考えてみれば、前年の「TATTOO」の時は、かなりきつめのメイクだったのに対して、この曲の時は派手さは少なくなってきていたんだよね。 スッピンとまではいかないけど、かなりナチュラルに近い。

ここからもこの曲のころの精神状態を読み取れたかもな。 まあ、今となってはだけど。。

「事件」から立ち直った、次の年1990年の、事実上の「復帰曲」となった「Dear Friends」で、シングルとしては「初」のメジャー系楽曲となるわけなんだけども、やっぱり遅かったよね。まあ、復帰曲、「大丈夫です、元気です」というのアピールするためにも、メジャー系の明るく軽い曲調になったんだろうけど。。。

明菜さんについては、あの手の、肩の力が抜けたメジャー系の曲を、「事件」を起こす前のどこかのタイミングで出せなかったのかというのが、今となっては、いつも思ってしまいますね。

結局のところ、あの「事件」が現在に至るまで尾を引いてしまっているわけで。。。


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売野雅勇&芹澤廣明トークライブ「渋谷でおとなのレイディオショウVol.1.1」

ココのところ、ライブトピックスばっかりで恐縮なんだけど、昨日、作詞家・売野雅勇氏と作曲家・芹澤廣明氏のトークライブ「渋谷でおとなのレイディオショウVol.1.1」参加させていただきました。

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いや〜楽しかった 本当にあっという間の2時間でした。

売野氏、芹澤氏ご両人の作家人生のターニングポイントになった、中森明菜「少女A」の制作秘話から、チェッカーズの初期楽曲について、そして岩崎良美氏の「タッチ」について・・・etc

恐らくそう言う話題中心のトークライブになるんだろう・・と分かってはいても、やはり、両人から直接話を聴けると真実味が違いますね。リアリティを感じる。

例えば、「少女A」については、当初はあれほどの大ヒットになるとは全く思っても見ていなかった事。 ワーナーパイオニアのトイレで、「売れてもせいぜい数万枚」って言う話をしたっていうのは、昔、月刊明星のヤンソン84年11月号の人気作家インタビュー記事にも記されているけど、実際にそうだったこと。

チェッカーズのフミヤ氏、デビュー当時は大人しく芹澤氏の車を洗車したりしてたけど、売れて1年も経たないうちに「生意気」になった事、さらに3年もしないうちに「芹澤氏の曲なんか歌いたくねー」と言いだした事なん「赤裸々」に話していただけましたねぇ。

昔、高杢氏の著書「チェッカーズ」に書かれてた事って、あながち嘘じゃ無かったんだ・・って言うのが分かったりして。。

ただ、芹澤氏曰く、生意気な奴ほど、第三者には歌ごころが伝わるとのこと。2枚目で、性格が良くて真面目な奴は、いくら歌がうまくても、第三者には伝わらない。 この辺がエンターテイメントビジネスの不思議なところでもあり、かつ面白いところ・・・まあ要するに遠巻きに、フミヤの事を擁護してる訳ですね。
30数年前、ああいわれたけど、今じゃなんとも思っていない・・・と。

と言いながら、芹澤氏曰く、俺から離れて自分たちで作った曲は、ツマンねー曲だったと、会場を沸かせておりました。 (⇒多分「NANA」の事だとおもうけど・・・)


その他、これまで知識として知らなかった事
.船Д奪ーズの「ギザギサハートの子守唄」のイントロは、その昔、沖田浩之氏に書いて売れなかった曲の「焼き直し」だったこと。
⇒コレ、ウチに戻ってから確認してみたところ、82年リリースの「気絶するほど悩ましい」のB面の「ヒカル」の事と思われます。ようつべにあったんで聴いてみたら、たしかに似てる。。。

https://www.youtube.com/watch?v=svEzvb1WJg0


岩崎良美さんの「タッチ」は、なかにし礼氏作詞の「ホテル六本木」っって曲の焼き直しだったこと。
これは流石に本人から言われなきゃ知らないよなぁ。。。
でも、演歌じゃさすがに似あわないんで、疾走感が出るようポップス調にアレンジしたとのこと。
高校の時、野球応援で「いや」と言うほど吹いた「タッチ」の元曲は「演歌」だったとは。。。。
だけど「ホテル六本木」って曲も「タッチ」と同じ85年リリースだったんですね。ってことは、すぐ焼き直したって事になりますね。

ちなみに「ホテル六本木」って誰の曲? ・・・って思って調べてみたら、桂木佐和さんっていう、元ペドロ&カプリシャスの「4代目」ボーカリストだった方・・・とのこと。
うーむ、さすがに、これは知らんぞ〜。 ってか、「ホテル六本木」って聴いてみたいんだけども、ようつべにも載ってないなぁ・・・。一体どんな曲なんだろう
でも、ヤフオクには出品されてた・・・。なんかちょっと聴いてみたい。落札してみようか・・・・。

etc etc まだ書きたい事がいっぱいあるんだけども長文になりそうなんで・・・。

ちなみに、売野氏のトークライブ「おとなのレイディオショウ」。今回は第1回目・・ということで、年内に2回目、3回目を開く予定があるとのこと。
2回目は「あのアイドル」の参加もあるかも・・・とのことでしたが・・。

うーん、一体誰の事なんだろう  
荻野目洋子さんですかね〜

いずれにしても、第2回目が開催されるなら、また参加したいと思うワタシです。

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Blonde / 中森明菜

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今回の1曲セレクトは、「Blonde」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    Blonde
・アーティスト  中森明菜
・作詞      BIDDU, WINSTON SELA
・作曲      BIDDU, WINSTON SELA
・編曲      中村哲
・日本語詞   麻生圭子
・リリース日   1987年6月3日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 30.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月15日〜8月3日付

 久しぶりの1曲セレクトです。・・・・なんてここんところいつも書いてるような気がするなぁ。
ま、実際2週間ぶりなんだけど。。。
いやいや、ここんところ毎回かいてるように、持病の「痛風」発作の塩梅がよくなくてねぇ・・・。発症から1カ月も経つっていうのに、まだ痛みが引き切れない日々が続いておりまする。
今も、痛い箇所にロキソニンテープを貼りつつ書いてたりしてね・・・なんてね、体調が悪い日が続いておりまして、ここんところ書く機会が減りつつあるって感じですね。

でも、とりあえず、書いてみますわ・・・。

・・ということで、今回セレクトしてきた曲は・・・っつうと・・・うーむ、個人的にはキライな曲だったりしするんだよね。
なんで、ずっとほったらかしにしてた曲なんですが。。。

中森明菜「Blonde」

明菜の80年代の曲は、すでに大体書いたんだけど、ま、そんなわけでこの曲はずっと「放置プレイ」のまま、今に至って来た訳なんだよね。

なぜキライだったか?

ま、深い理由なんてないんですよ。 単に当時引っかかったっか、引っかからなかったのか・・・の差だけなんだわね。
で、この曲は引っかからなかった・・・と。

なぜ、引っかからなかったのか・・・っちゅうと、やっぱり「洋楽」だったからなんだろうね、この曲は。

そそそ、↑のこの曲の作詞、作曲者でも分かるように、もともとは作詞、作曲者とも「向こう」のヒトなんだよね。

だから、曲自体まるで「洋楽」なんですわ。 当時、個人的には洋楽はまるでダメでねぇ。 うん、知識的にというよりは80年代後半ごろの洋楽の曲自体、生理的にダメだったんだよね。

なんか軽いし、音が角ばってるし、色もそっけもないし・・・。 うーん、色もそっけもないって言うのが一番のダメだった所かなぁ。

当時、 イケメンを表すコトバとして、ショウユ顔、ソース顔ってあったじゃん。 あっさり系のショウユ顔に、コッテコテのソース顔って感じでさ。

その点から言えば、この当時の洋楽って、音からしてもモロ、ショウユ顔的なんですわ。 あっさりしてて味もそっけもない。

まあ、それが80年代後半、バブル前夜の無機質なアーバンな雰囲気にぴったり嵌まっていたのかもしれないけどさ。

でも、ここでは再三書いてるように個人的には、こってこてな味か濃い音が好きだったからさあ。
というか、日本人としての性というかねぇ。 どうしても向こうの抑揚のない無機質なサウンドにはなじめなんですわ。まあ、向こうの曲でもフランスとか北欧的な、「濃い」サウンドの音楽は好きなんだけどね。

明菜の曲って、80年代後半・・・そうだねぇ、85年の「SOLITUDE」あたりから、洋楽にコミットしていくんだよね。メロディ的にというよりはサウンド的に。 つまりさ、↑で言うならあっさり系であり、無機質なサウンドの曲が増えていくですよ。

そんなところから、個人的には明菜の曲から距離を置いて行くことになるんだけどさ。 その最たる曲がこの曲だったってことなんだよね。

この曲は、サウンドだけではなくメロディも全くの洋楽。抑揚もなく無機質感丸出しの曲だったから・・・。 そこがダメだったんだろうね。

今ですか? まあ、あれから30年経ったからねぇ。 ワタシも随分丸くなったし、一応はこの曲も聴くようにはなってるけどね。
ただ、未だに聴く特には抵抗は感じるんだよな。まあ、頭で感じる抵抗・・というよりも生理的な抵抗なんだけけどさ。


ちなみに、この曲、作詞作曲者が外人・・・ということもあり「原曲」があるんだよね。 まあ、他のヒトが歌っているカバーという訳じゃないんだけど。
 うん、元々のタイトルは「LOOK THAT KILLS」っちゅう100%英語詞の曲。  そそそ、明菜自身、この「Blonde」をリリースした少しあとにリリースしたアルバム「Cross My Palm」で、オリジナルの「LOOK THAT KILLS」として歌ってたりする

↓ コレ


・・・・つか、初めて聴いたんですけど。。。  87年クリスマスのMステで歌ったものらしいんですが。。。

へぇ〜・・・・。「Blonde」より全然いいじゃん。 ファルセットの明菜、めちゃくちゃ新鮮じゃん。
うん、これ聴いて分かったわ、「Blonde」が好きになれなかったのが。 
「Blonde」はキーを下げてるんだよね。Aメロとか低音で歌ったるじゃん。 それがどーも、もしゃもしゃしててさ、すっきりしてないんですよ。そんな所もダメだったんだろうな。





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SOLITUDE / 中森明菜

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今回の1曲セレクトは、「SOLITUDE」中森明菜です。

まずはデータですぞ。

・タイトル    SOLITUDE
・アーティスト  中森明菜
・作詞      湯川れい子
・作曲      タケカワユキヒデ
・編曲      中村哲
・リリース日   1985年10月9日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 33.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1985年10月21日〜12月2日付

寒みーーーーーーーっ まさか東京で11月に「積雪」とはねぇ。。。。11月の雪は54年ぶりだそうで。。。
もちろん、50年近く生きて来ているワタシにとっても、こんな季節での雪なんて、今まで経験した事無いぞよ。。

いつもは、季節季節の情景を、昔のヒット曲で結びつけるて書いたりするんだけど、さすがに今日の雪は、結びつけるモノがない・・・・。

ってことで、書く曲に困っちゃったんだけども。。。。

でもね、冷静に考えてみたら、こんな曲もまだ書いてなかった・・・って曲をみっけたワ 

中森明菜「SOLITUDE」

うむ、今日の雪とは直接関係ないけど、丁度今頃のヒットだったんだっけ。

明菜の曲、これまでも大分書いてきた・・・つもりなんだけども、まだ書いてない曲もちょぼちょぼあるんだよな。
まあ、ワタシの独断と偏見で書く曲を決めている訳で、だからワタシの好みの曲から書いてきている・・・ってところがあるんでさあ、だからね、まだ残ってるってことは・・・・。

そうなのよねぇ、個人的に、この曲は、ちょっとね・・・・って感じなんだよな。 この曲もそうだけど、次年秋の「Fin」も、同じく、ちょっとね・・・って感じで。。  あ、でも「Fin」は既に書いてたんだよな。。。

好みじゃない「Fin」はもう書いてて、この曲書いてなかった・・ってことは、うーん、よほど眼中になかったって事かなぁ。

明菜の曲の場合、どうしても口先中心の「もしょもしょ」っとしている曲が、どうも個人的にはダメなんだよな。
この曲もそうだったでしょ。

いや、その前に、そう言う感じの曲は、シングルではこの曲が初めてだったんだよな。

それまでの明菜の曲って、もっとスケール感があったでしょ。加えて、お得意のロングトーンを多用した曲調で。
このヒトの場合、ロングトーンの声質に「らしさ」が出るんだよね。 声が前に出てくる・・・というかさあ。
そこが良かったんだよな。

スケール感でいえば、例えば、2曲前が「ミ・アモーレ」でラテン調。前曲が「SAN BEIGE」で中東、西アジア系調・・と、ワールドワイドな世界を表現してきてたじゃん。

それがいきなり、♪25階の非常口で、風に吹かれて爪を切る〜♪ なんて狭い世界な曲になっちゃったの? っかんじだったんだよなぁ。そんな狭い世界だからこそ、口先だけのモショモショっとした歌い方になっちゃったわけで、インパクトも薄いんだよな。

まあ、簡単に言えば、これまでになかった明菜の曲調であったことで、完全に戸惑ったんだよね、きっと。

この曲、元ゴダイゴのタケカワユキヒデ氏ノ作曲ども、今一つらしさを感じなかったというかねぇ。確かに洋楽っぽい「平坦」なメロディラインは、「らしい」のかもしれないけど、ゴダイゴの時は、もっと土着的・・・というか、もっとフックがいっぱいある様なメロディラインだったんだけどなぁ。

ま、いずれにしても、やっぱり慣れない曲調には、どうも触手が伸びにくい・・って事だったのかもしれない。 プラス、まあ、生理的にこの曲調にあったか、あわなかったか・・って事なんだよね。

でも売り上げを見ると、そう言うヒトが如何に多かったか・・・ってことだよね。
この曲の累積売り上げは33.6万枚。 ま、パッと見、それでも30万枚以上売れてるし、当時の尺度から言えば、30万枚以上で「大ヒット」って感じだったから、充分大ヒットの部類だった訳だけど・・・。

でも・・・なんだよね。 前曲の「SOLITUDE」から、いきなり13万枚も売り上げがダウンした訳だから・・・。
いや、82年に「少女A」が大ブレイクして以来、この曲の売り上げが「最低」だったんだよね。
 なにせ、「ミ・アモーレ」のロングバージョンである、12インチシングル「赤い鳥逃げた」(35.4万枚)よりも、売り上げが低いんだから。。。。

そんな売り上げ傾向から見ても、この曲で戸惑ったヒトが如何に多いかが分かるな。


ただね・・・・。今にして思えば、この曲をこのタイミングで持ってきたのは、「戦略」だったのかも・・・なんでことも思えたりしてね。
 前曲の「SAND BEIGE」までのイメージから、次の「DESIRE」以降のNEW明菜への転換するための、いわば完全な「つなぎ」・・・それがこの曲だったんじゃないか・・・と。

次の「DESIRE」で、全く新たな一面を出すためには、全イメージを完全払拭する必要がある。
でも、いきなり新たなイメージを出すと、逆に引かれちゃう危険性もある。。。というこで、一つクッションを入れた。それがこの曲なんじゃないのかなぁ・・・なんてね。

案の定、次の「DESIRE」は、NEW明菜っていうイメージを定着させるほどのインパクトがあったしな。
うん、あれだけのインパクトを感じたのは、この「SOLITUDE」でインパクトがなかった分、より利いたんだよね。

なんてさ、まあ、ワタシの完全な想像だけど。。。。、でも、結構、戦略的にシングルをリリースして来ていた「明菜」チームだったからさ、その辺の前後と近い将来の計算は絶対していたはずなんだよね。


でもでも、やっぱり、この曲を歌ってた最中は、もしかしたら、これで明菜も終わりかも・・・なんて本気で感じたりもしたんだよなぁ。 
まさか、次に「DESIRE」みたいな曲が来るとは思っても見なかったからさ。





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Dear Friend / 中森明菜

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今回の1曲セレクトは、「Dear Friend」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル     Dear Friend 
・アーティスト   中森明菜
・作詞       伊東真由美
・作曲       和泉一弥
・編曲       和泉一弥
・リリース日    1990年7月17日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  54.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1990年7月30日〜9月24日付

ここ暫く殆ど常套句となってしまっているけど、週末も暑かったですわな。猛暑。
ワタシの住んでる所は、都心から比べると2〜3度は涼しいんだけども、それでも昨日は35℃近くあたりましたからねぇ。
とても家でメシ食う気にもなれず、ソバ屋で冷たいそばでも食おうと思って外出したものの、いつもの土日に比べるとホント人通り少なかったもんな。 こりゃ、クーラーが利いた家に居なきゃ、外に出たら熱中症になっちまうわ・・・って方が多かったんだろうね。

・・・ということで、これまで何曲も書いてきたけど、そんな猛暑を思い浮かんでしまう・・・って言う曲を今回も持って来ますか。

中森明菜「Dear Friend 」

今から丁度26年前。1990年の夏も、今年同様「猛暑」の夏だったんだよな。
この年大学に入ったワタシは、今頃は暑さにやられて外に出る気にもなれず、1日中クーラーガンガンかけた部屋で引きこもってた頃だ。

そんな折、この軽快なサウンドが耳に入ってきた・・・っていうのを覚えてるな。

確か、始めて聴いたのはミュージックステーションだった・・・と思う。
ただ、今wikipediaで調べたら、ミュージックステーションに出演したのは、8月13日とある・・・。

うーむ、そんなに遅かったかなぁ。。。。7月17日にリリースされたこの曲。なんか、もっと早い段階でこの曲、耳にしてたようなような気がするんだけどな。。。。

でもね、間違いなく全く予想外な曲調でさ、「唖然」としたのは、良く覚えてるんだよな。

まさかね、明菜嬢がメジャーキーの、こんな軽快な軽いポップスを持ってくるとはねぇ。
ちなみに、デビュー曲の「スローモーション」以来、この曲までのタイトル曲を調べてみたら、シングル24作目にして、初めての「メジャーキー」の曲なんだよね。
だからね、まさかね、メジャーな曲調で来るとは全く眼中になかったんだよね。

この曲の前が89年4月リリースの「LIAR」。この曲もご多分にもれずマイナーキーだったわけじゃん。デビュー初期・・少なくとも「ミ・アモーレ」位までの曲はべつとして、それ以降の曲は、どこか冷めたような感じの曲を淡々と歌うようなイメージが定着していたわけじゃん、明菜って。
だからね、この曲も、もちろんそう言う感じの曲だろうなんて思っていた訳なんだよね。
・・・というか、そう言う曲調しか、当時の明菜からは浮かんでこなかったんだよね。

それは、明菜のキャラクターなんだろうな。メジャー系を歌わせるだけの「陽」な部分が見えなかったっていう・・・。
 その昔、陽の吉田拓郎と陰の井上陽水  同じく 陽の桜田淳子と陰の山口百恵、・・なんて、ライバル同士、月と太陽のように比較される事がままあった歌謡界だけど、明菜も、陽の松田聖子と陰の中森明菜・・・って言う比較はあったしね。
 それは、やっぱり、このヒトが持ってるキャラクターがそう思わせてしまうんだろうな。だから、自然と曲もマイナー系中心になってしまう。
 それが、レコード大賞受賞以後、重圧から陰の部分がより多くなっていった・・ように感じたりしたんだよね
それに加えて、この曲がリリースされるまでの1年数カ月の間にいろいろあった訳でさ。 
そんないろいろあった中での「再出発」の曲・・ということで、それまでは無かったような曲⇒メジャー展開の曲・・・て、新たな門出をイメージングしたかったんだろうね。

 うーむ、なんか、ありきたりなことを書いてしまった感じだけど、でも、この曲の場合は、それしか感じられないんだよな。 
 兎に角、この曲がリリースされるまでの1年数カ月というものの、「陰」の部分しか表面に出てこなかったからな明菜って。

でもね、この曲でそんな部分は完全に吹っ切れたのかなぁ・・・・。そんな事を感じさせるような1曲であったことは間違いなかったな。

ただ、外見上はまだまだ、骨と皮だけってくらいやせ細っていたのが痛々しかった・・・っていう印象もあったのは拭えなかったけどな。だから、本当にこれが「復活」なのかな・・・っていうのは、疑問に思えたっていうのは、正直なところだったかもしれない。

いずれにしろ曲は文句なく良かった。 軽いスピード感のあるメロディ、清涼感のあるサウンドアレンジ、どこをとっても夏向けの良質なポップスとなっているしね。
 そそ、清涼感があるんだよな、この曲。だからね、個人的には、この曲と言うと、もちろん、あの夏の猛暑と言う事とともに、クーラーの清涼感をどことなく感じてしまうんだよな。
 恐らく、初めて聴いた時、そんなクーラーをガンガンかけてた部屋の中で聴いた・・・っていうあの空気感が脳裏に残っているんだと思うわ。


 


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ジプシークイーン / 中森明菜

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今回の1曲セレクトは、「ジプシークイーン」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル     ジプシークイーン
・アーティスト   中森明菜
・作詞       松本一起
・作曲       国安わたる
・編曲       小林信吾
・リリース日    1986年5月26日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  35.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1986年6月9日〜7月28日付

えー、最近1曲セレクトは、アイドルの曲が多いな・・・なんて思われるかもしれないけど、今回もアイドルです。
ま、単純にアイドルの曲の方が読んでくださる方々の「引き」が強い・・というか、「受け」がいいんだよね。
本当は、幅広いジャンルの曲を書きたい気持ちもあるんで、それじゃいかん・・・とは思っているんだけども
どうしても「お客さん」優先になっちゃうんだよねぇ お客様は神様です

とは言っても「過去曲」は「資源」が限られているわけで、あんまり書き過ぎると枯渇しちゃうんで、どっかで区切らざるを得ないんだけどさ。

・・・ということで、今回セレクトしてきた曲は、中森明菜さんの「ジプシークイーン」。

この間デビュー曲の「スローモーション」を書いたばっかりなんだけども、この曲もまだ書いてなかったんだよな。
しかも「今頃」がヒットのピークだったともあって、引っ張ってこない手はない・・・と思いーの引っ張って来ましたわ。

事に80年代中盤の明菜さんの曲って、他は大体書いてしまったいたのにこの曲は、いままで書いていなかったか・・・というと、理由ははっきりしてるんだよな。
忘れていた訳じゃなくて、個人的にこの曲、あんまり好きじゃなかったからなんだけどさ(爆)

昔mixiに1曲セレクトを書いてた頃は、よく書いてたんだけども、どうもねぇ86年くらいからの明菜って、今一つ好きになれないんだよなぁ。
 85年くらいまでの曲調と明らかに違ってたでしょ。明菜の良さって、このヒトの特有の「伸び」のある声質だと思うんだよね。
 でも、86年・・・いや、85年秋の「SOLITUDE」からかな・・・そんな伸びのあるメロディラインが陰を潜め、なーんか、もしゃもしゃっとしたメロディの曲が多くなってきたでしょ。
 サウンド的にニューウェイヴっぽくなってきたって言うのも、個人的に今一つ受け入れられなかったって言うのもある。

先日トシちゃんの「墜ちないでマドンナ」の時も言及したように、85年あたりからアイドル・・・特に80年代初頭から活躍してきたA級アイドルと言われてきたヒト達の曲調が、一斉に変わったんだよね。
 当時のニューウェイヴ系台頭の流れがアイドルにもって感じで、ニューウェイヴっぽい曲が多くなってくたんだよな。
 それは、明菜も同様で、↑で書いたように86年あたりから曲調がニューウェイヴッっぽいサウンドが多くなった訳よ。
 それは、作品の作家陣にもたんて気に表れて来ていた訳で、この曲も作詞 松本一起、作曲 国安わたる っていう当時は新鋭の作家陣だったもんなぁ。

 だから、本当は新しい「血」を吹き込んだっことで、新鮮さを感じるはすなんだけど、どうも、個人的には、それが裏目に出ていたような気がしてならなかったんだよなぁ。

まあ、こういう動きは時代の流れだけではなくて、明菜本人の年齢的なところもあったとは思うんだけどもね。
明菜はこの時、21才になる直前。
今の感覚から言えば、それでも若いって感じだけどさ。 今21才っていったら、もっとガキっぽいアイドルなんて掃いて捨てるほどいる訳じゃない
当時の感覚から言えば、アイドルとしてはかなり「大人」なイメージだったからなぁ。

だから、意識的にも変わって行かなくちゃいけない・・・っていう感覚もあったのかもしれない。

なんせ、「おニャン子」がガキっぽいアイドルだったからさ、少なくともそれと差別化するためには、変わらなくちゃいけなかったんだよね、少なくとも当時、何年かのキャリアを積んで来ていたアイドルはさ。

 その表れが、この曲にも出て来ているんじゃないかなぁ・・・なんてのは、今となってみれば思ったりもするんだけどね。流石にあれから30年経って、今では客観的に当時を見れるようになったからさあ。

でも、リアルタイムだった当時は、やっぱり「解せなかった」んだよな、この曲のような曲調は。
そもそも 冒頭の歌詞にあるように、 なんで「125ページ」で終わらなきゃいけなかったの? ・・・なんて腰を折るようなことを考えたりさ



好きキライは別として、やっぱり、今なっては、この曲を聴くと、丁度30年前の今頃。1986年の光景が脳裡に浮かぶよな。
 当時は、ワタシは高校2年。17才になる直前。 大学受験もまだ2年近く先の話だったし、将来の事などなーんも考えてなかった頃だ。
RCサクセションの「トランジスタラジオ」ぢやないけど、授業中、ずっと居眠りしてて目が小さくなっちまった・・・頃 。学校には勉強しに行ってた・・・というよりも部活しに行ってた感じ・・の頃。
そして当時好きだった女の頃の尻ばっか追いかけて、悶々としてた頃  
 当時、もうちっとまともに勉強してたら、その後の人生、随分変わっただろうになぁ。 この頃の生活態度が今の私を決めちゃったような気がするなぁ、今振り返ると。


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スローモーション / 中森明菜

1982_06_スローモーション_中森明菜


今回の1曲セレクトは、「スローモーション」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    スローモーション
・アーティスト  中森明菜
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      船山基紀
・リリース日   1982年5月1日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 30位
・売上げ枚数 17.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 28位

どうなんだろう? 今回セレクトしてきた曲も「なんで今まで書いてなかったんだろう?」っていう部類に入るのかなぁ。。。。

はい、今回セレクトしてきた曲は、中森明菜のデビュー曲、「スローモーション」ですわ。

そうだよなぁ、この位の曲になるとすでに書いていても全然おかしくなかったんだけどね。
いや、実は、昨年の今頃も、一瞬、書こうと思い立ったんだけども、昨年は、mixi時代に書いたものの「焼き直し」がメインで、中森明菜の他の曲も頻繁に出してたんでさあ、1年間待ってた・・・って言うのもあるんだよね。
で、いつ書くか、いつ書くか・・・なんて最近ジリジリしてたんだけど、そろそろ書いても良いよね・・・ってことで
ま、その前にmixi時代に書いとけよ・・・って感じもするんだけど。。。

今となっては、有名・・というか、当時を知る方は、ほとんどの方は知ってらっしゃるだろう、この曲だけど、そうは言ってもオリコン最高30位でしたらねぇ、やっぱり、次の「少女A」に比べると、やや格が落ちるかな・・・っていう気もしちゃうんだよね。
 
 ・・というか、オリコン最高30位っていうのも、今となっては信じられないんだけどさ。なんせ、30位までしか行かなくても売り上げは17.5万枚も行ってますからねぇ。
 それだけ、チャートに長くランクインしてたったて訳なんだけども、オリコンベスト100には、39週ランクイン。もちろん、これは、明菜の楽曲の中では最長ランクインとなる訳なんだけどね。

 「花の82年組」と言われた、昭和57年デビューの明菜だけど、なにせデビュー日が「5月1日」と他の82年組に比べると「後発」でしたからねぇ。
 どうしても「出遅れ」っという感じが当初は否めなかった訳で、チャートアクション的に言えば、最初はそれほどパッとしなかったんだよね。
初登場は、82年5月10日付で58位。 そこから「12週」もかかって、最高ランクの30位まで到達している。

通常アイドルのチャートアクションって、デビュー曲でも比較的早い段階で最高ランクを記録するもんなんだけどさ、12週もかけて最高ランクに到達するチャートアクションは、当時としても異例ともいえる動きだったよなぁ。

まあ、曲がね、アイドルらしからぬ・・・って言っちゃ失礼かもしれないけど、少なくとも他の82年組に比べると、全然大人っぽかったじゃん。だからね、、初めはアイドルと言うよりは、ニューミュージック的なアイドルなのかなぁ・・・なんていう印象もあったよなぁ。

 当時は、今では完全にニューミュージック系にカテゴリされるけど、アイドルっぽいヒトって割といたじゃん。杏里、竹内まりや、石川優子・・・とかさ。
 そんな部類のヒトなのかな・・・なんて言う印象が若干あってさ。 だって、曲が完全にニューミュージックって感じだったじゃん。 他のアイドルのコの曲に比べると大人だったよね。 
大体アイドルのデビュー曲というと、きゃぴきゃぴ感があったもんだけど、この曲は、そういうところが全然なかったしね。
それが、返って印象が地味に映ったのかもしれない。

正直、テレビに出ても、本当に最初の頃は印象に薄かったんだよね、明菜って。インパクトに薄いって言うかさ。

ちなみに、この頃、月刊「明星」で、82年デビュー組の各人が、事務所の先輩をおんぶするって言う企画があったんだけども、確か明菜は、当時同じ研音だった浅野ゆう子さんをおぶっていたのかな?
でもね、堀ちえみとか小泉今日子とかに比べると、確実に印象が薄かったもの。

だからね、ややもするとB級アイドルで終わるんじゃなかろうか・・・っていう感じもしたんだよね。

でも、分からないもんなんだよね、まさか第2弾が「少女A」で、あそこまでブレイクするとは、全く思えなかったしなぁ、最初は。

でも、ブレイクすると、あんなに地味に感じてた明菜がキラキラ「後光」が差したような印象を受けたし、と、共に途端に曲も良く聴こえてくるから不思議なもんでさ。 
うん、個人的に、この曲を改めてちゃんと聴く様になったは、「少女A」がブレイクした後だったんだよね。

だからか、個人的にはこの曲は、不思議と82年の今頃の匂いは感じ無い。むしろ、明菜を遡って聴いてた83年の頭頃の匂いを感じるんだよなぁ。



コレは83年頃の動画だけど、この頃は明菜ってホントに可愛かったよなぁ。ぽちゃぽちゃしててさ。
この後の「ホネカワ」だけの容姿になっちゃったのとは違って。やっぱし、人間痩せすぎるのも考えもんだよねぇ。
「スローモーション」だけじゃなく、「少女A」もついてるけど、おまけって事で。。。


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AL-MAUJ / 中森明菜

1988_02_AL-MAUJ_中森明菜








今回の1曲セレクトは、「AL-MAUJ」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    AL-MAUJ
・アーティスト  中森明菜
・作詞      大津あきら
・作曲      佐藤隆
・編曲      武部聡
・リリース日   1988年1月27日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 29.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1988年2月8日〜3月28日付

さてさて、今回もマクラ無しでいきなり行きますぞ。

中森明菜さんの「AL-MAUJ」。

明菜さんの曲も、これまで大分書いてきたんで、残りは少なくなってきているんだけど、そんな残り少ない曲の1曲がこの曲ですわね。

今まで書こうと思えば、今まで書ける機会はあった。昨年の今頃でも良かったんだけどね。

でも、この曲は、いままでどうも触手が伸びなかったんだよなぁ。
ま、単に自分の好みの曲じゃなかったから・・・・っちゅうのが大きいんだけどさ うーん、好みじゃないというよりは、期待はずれだった・・・って言った方がいいのかなぁ。

この曲の前が件の「難破船」。 
「難破船」は、もう言及しなくてもいい様な重〜い「暗黒曲」だったわけじゃん。 しかもああいう形で大ヒットし、ロングヒットにもなった。

もうね、明菜の暗黒曲はいいよ 腹いっぱいよ・・・・っていう気分だったんだよね 当時は。

そこに持ってきて、この「AL- MAUJ」のまたもや、重い曲じゃん。 もうねゲップが出そうだったんだよね。


考えてみれば、中森明菜ってデビューしてから、この曲までの間、メジャー系なキー曲ってないんだよな。一貫して、マイナーキーな曲ばっかりなんですよ。
 一見、メジャーのように聴こえる、ポップ系の「サザンウインド」だって、キーはFmだし、やっぱり、一見メジャー系に聴こえるデビュー曲の「スローモーション」だって、キーはF♯mだしね。

そう考える、デビュー以来、この曲まで一度もメジャーキー系のシングルがなかったんだよね。
まあ、その辺が、陽の聖子、陰の明菜って感じで対比される所以でもあるんだけどさ。

しかも、86年の「DESIRE」あたりから、「陰」の要素に加えて「重さ」も加わってきたじゃん。
へヴィーだったんだよね、当時の明菜ってさ。聴いてて疲れるんですよ。

曲そのものは、全然悪くないし、今、単体で聴くと、なかなかいいね・・・とは思えんるだけど、当時は、めちゃくちゃヘヴィーだった。

当時の明菜自身の後ろにある、「モヤモヤとした」って部分にも引っかかっていたことは確かにあった。
けど、それを差し引いても、どうして、メジャー系のポップスをやってくれないんだろう・・・とはずっと思っていたな。
まあ、恐らく、そういうメジャー系の曲は歌えないほど、当時、明菜の精神状態って悪かったんだろう・・・と今になってはそう思えるんだけどさ。


ちなみに、この「AL-MAUJ」は、作曲者の佐藤隆氏の87年のアルバムに収録されている「デラシネ」って曲のカバーなんだよね。 
まあ、詞は少しアレンジして、タイトルも「AL-MAUJ」に変更してあるけども。
 
 たださ、アレンジャーが武部聡氏だったことは、今の今まで気がつかなかった。 全然、そんなイメージが無いんでさ。
 当時の武部氏っちてったら、斉藤由貴に代表されるようなハーフトーン系の柔らかなアレンジって言うイメージが強いからさ、大津あきら−佐藤隆っていう、いかにもアクの強いラテン系の曲調のアレンジをやってるとは、全く思わなかったですねぇ。

・・・と、ここまで、今までこの曲書いてなかった、と思って書き進めてきたんだけど、どうも、昨年も書いてたみたいね(爆)

ま、いいか、ここまで書いちゃったしね。

・・・ということで、こちらへ差し替え。


 動画・・・でもですねぇ、なしてもこの曲の動画、ようつべに落ちてないの? 
「歌ってみた」は腐るほど上がってるんだけどさ、別に、他の方のカラオケき聴きたくないから。。。。
 しょうがないんで、他のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/xx9lzd_%E4%B8%AD%E6%A3%AE%E6%98%8E%E8%8F%9C-al-mauj_music

ヘビと蔦が絡んだ、マイクスタンド、気持ち悪かったねぇ。


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セカンド・ラブ / 中森明菜

1982_12_セカンド・ラブ_中森明菜






今回の1曲セレクトは、「セカンドラブ」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル     セカンド・ラブ
・アーティスト   中森明菜
・作詞       来生えつこ
・作曲       来生たかお
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1982年11月10日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    76.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1982年11月22日〜1983年2月28日付

 今回はしっとりと行きましょうか。
うーん、中森明菜ファンの方には、ようやく・・・って言う感じでしょうか。「セカンド・ラブ」です。

 いや、いままで忘れていたわけで書かなかったわけではないんだけど、この曲聴くと、いろいろと当時の辛かったことがいろいろと思い出されてさぁ、個人的には出来れば回避したいっていう想いが強かったんだよね。

 でも、まあ、いつかは書かなきゃいけないっていう思いもあったので、今回、書いてしまいましょう。

 今年の世相を反映するキーワードに「いじめ」っていうのがあったけどさ、これは、なにも今に始まったことじゃないんだよね。ウチらが中学生の頃も陰湿なイジメってあったわけよ。
 で、何回かここでも書いたことあるんだけど、ワタシがその標的になっていたんだよね。

 丁度、この曲がヒットしてた頃・・だから、1982年11月から年明けの1月ごろがピークだったかなぁ。
 ワタシは中1の時だわね。まあ、いろいろ今からか考えると、いじめる方も、いじめられる私のほうもかなりプリミティブな事が原因がなんだけどさ。
 それでも、やっぱり、いじめられている方は辛かったですよ。なにせ相手はクラス全員ですからねぇ。あ、いや、いじめっ子グループは数人なんだけど、他の人たちも同調させられていたってところがあるんだよね。ようは見てみぬふりってやつよ。
 もちろん、登校拒否にもなったし、精神的にかなりやられたなぁ。

 でも、ワタシの場合は、センセイに助けられたんだよね。担任でなくて部活の顧問のセンセイ。
 受け持ち学年は違ったんだけど、ワタシの不審な行動見て感じてくれたんだよね。
 学校全体の問題に取り立ててくれて、その年はクラス替えの予定がなかったのに、急遽、クラス替えしてもらったんですよ。それまでは新米教師が担任だったんだけど、学年主任のベテラン教師のクラスにわざわざ置いてくれたんだよね。

 で、まあ、救われたわけだけど・・・。まあ、クラス替えしてから、学年の番長グループと仲良しになったのもあるけど・・・。あ、これは、ワタシも仲間にはいったんではなくてね。番長グループっていっても結構、硬派連中で、弱いものイジメが大キライな連中だったのよ。それで、「盾」になってくれたってところもあるんだけど・・。逆に、そいつらに勉強教えてあげたりして・・・。
結局、イジメを行ってる連中って「ハンパ」な連中なんだよね。強い連中にはウダツが上がらないカッコ悪い連中なんだよ。番長張るくらいの本当の硬派は弱いものイジメなんてしないもの。
 そう考えると、いじめって言うのも廻りのヒト次第なんだろうね。幸いにしてワタシの場合は、最終的には分かってくれるヒトにめぐり合えたことはラッキーだったんだけど。。。


 でさ、そんなころにヒットしてたのが、この「セカン・ドラブ」ですわ。

 だからというわけでもないんだけど、この曲聴くと、いまでも精神的に辛くなるんだよねぇ。でも、当時のほかの曲ではあまり感じないんだよね。この曲で特に、そんな風に感じる。
まあ、そんなトラウマな1曲ですね。ワタシにとっては。

 おそらく当時、頭の中で鳴っている曲の大部分が、この「セカンド・ラブ」だったからだろうなぁ。


ただ、冷静に聴くと、あの「少女A」から全く一転してのソフィケートされたラブバラードっていう、予想ももつかなかった展開へと、中森明菜のスタッフの優秀さには舌を巻くんだけどさ。

 それとね、どうも、個人的には来生たかお氏が作る、この「濡れた」感じのメロディラインがどうも、今ひとつ生理的にシックリこなかったのかもしれないなぁ。
 それが、あの当時の「いじめ」体験のトラウマとすりかえられているような気もする。。。

 たださ、このころの中森明菜ってほんとにカワイかったんだよね。
 100%作ってんだろ・・・・っていうのがわかっていても、やっぱりかわいかったのよ。まだ、ちょっとポッチャリしてるころでさ。

 後年のガイコツみたいなスタイルになってしまったのとは好対照ですわ。

 まだ、怒鳴りもなく、素直な歌い方だったし、あれで優しく歌われたら、やっぱしビビビって来ちゃうかなぁ。



 はい、今回の1曲セレクトは、かじやんの暗い過去についてでした。ちゃんちゃん。




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