かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

タケカワユキヒデ

渚のファンタシィ / 酒井法子

1987_06_渚のファンタシイ_酒井法子


今回の1曲セレクトは、「渚のファンタシィ」酒井法子です。

まずはデータです。

・タイトル   渚のファンタシィ
・アーティスト 酒井法子
・作詞     竹花いち子
・作曲     タケカワユキヒデ
・編曲     新川博
・リリース日  1987年5月21日
・発売元    ビクター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  6.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月8日付

今回の1曲セレクト、引っ張ってきた曲から、なんで今まで書いてなかったんだろう? シリーズに入るんかなぁ。。。。

のりぴーの「渚のファンタシィ」。

80年代でベストテン入りした曲は、もう、大分書いたしなぁ。この曲なんかは当然書いててもおかしくないよなぁ・・・。

・・なんて思われかもしれないな。。。

でもさ、ワタシ、のりぴーって、まだ、ほとんど書いてなかったんだよな。。。。

現状、自分のところに音源がある曲・・・をこれまで優先的に書いて来たっていうのもあるんだろうな。

そこから見ると、ワタシ、いまだにのりぴーの曲って音源、ほとんど持ってないのよ。。

なんでなんだろうねぇ・・・って、これは理由が簡単。当時、音源購入するのが恥ずかしかったから。。

今でこそ「アイドル」っていう存在って、一般認知されて、我々のような大人でさえ、躊躇なく購入できるようになったけどさ。
1987年当時は、高校生にもなってアイドルかよ・・・って思われるような時代だったのよ。

・・・って、同年代の方じゃなきゃわかんないか。。。

1987年といったら、ワタシゃ17〜18歳。高校3年。

いや、根っからのアイドルファンならば、割り切っていただろうけども、どうも、ワタシは割り切れなかったんだよな、あの頃。

あの頃、ワタシの周りでは、当然のようにみんな音楽って好きだったけども、大半はロック系派だった。アイドル系派だった友達って居なかったのよ。

中学生の頃には、大半がアイドル系派だった友達も、高校生にもなると、みんなロック系に行っちゃってたからねぇ。
前にも書いたけども、1987年、周りはみーんな「BOOWY」だった。 あとは「ブルハ」とか、「渡辺美里」。 浜田省吾の「J BOY」なんか聴いてる人も多かったな。

高3にもなって、まだアイドル系にはまってた人って、ごく少数。 

大抵、マジメで、暗くて、いつも教室の端の方にいて、友達がすくなそーな「オタク」って相場が決まってたような。。。

そそそ、あの頃でいえば「宅八郎」みたいな。。。

そういえば、あの当時、オリコンウイークリーにも「暗い子クラブ」ってオタクの集いのような書き込みコーナーがあったじゃん、あんな感じ

あ、あくまで、ワタシの周りではよ。 全国的にはそうじゃなかったかもしれんけど。。。
でも、あの後、バンドブームが本格化してきてことを見ると、全国的にそうだった・・・とみてもいいのかもしれないな。


で、アイドル系の曲を聴いてると、みんなに馬鹿にされたもん。

だから、アイドル系の曲って、少なくとも外では聴けなかった。

もっとも、家でもアイドル嫌いなオヤジが「いい年こいて・・・」ってバカにするし、、家でも聴けなかったんだけども。

まあ、個人的にも、アイドル系の曲からは、ちょっと距離を置いていたところはある。
オリコンは毎週読んでたけどね。

何分、前年の「おニャン子」旋風に辟易し、アイドルに食傷してたのは大きいですね。

それよりも、時代を遡って、それまで知らなかった曲を掘っていく・・・っていう作業のほうが面白くなってたんだよねぇ、あの頃のワタシは。

小遣いも限られていたわけだから、あれもこれも音源を買う訳にもいかず、何を削るか・・・って考えた時に、当時のアイドル系を削ったわけよ、ワタシは。

アイドル系の曲は「ベストテン」からウタの部分を録音したやつでいいや。。。って感じでさ。


そんなわけで、のりピーも、音源は当時から買ってなかった。

正直、あの当時のヒットチャート上位に行った曲でさえアイドル系の音源を集めるようになったのなんて、ごく最近だもの。
ただ、まだ、のりピーの曲まで手が延ばすることが出来てない・・・っていう状況で、いまだに音源がほとんど手元にないのよ。


もちろん、本音を言えば当時からキライではないんだけどさ。

正直1987年は、新人賞は、のりぴーの年に間違いない・・・とデビューで出てきたときから思ってましたよ。

・・・っつうか、この頃から、自分よりも「年下」のアイドルが普通に出てくるようになったんだよね。なんか変な感じだったな。
のりぴーは、ワタシらよりも1学年下になる。


デビュー曲の「男のコになりたい」も、悪くはなかったと思うけども、真の勝負は第2弾のこの曲だろうな・・というのは、リリースされる前から分かってたんだけどね。

もう、この頃になると、デビュー第2弾で売れたヒトはビッグになる・・・っていうシングスは分かってたからね。

そそそ、聖子さんにしかり、明菜にしかり、頂点を極めたアイドルって、デビュー第2弾で爆発した人が多かったから。

それで出てきたデビュー第2弾が、この「渚のファンタシィ」。

正直、悪い曲とは思わなかったんだよね、あの当時も。ただ、これでブレイクが「決まり」とも感じなかったな。

たしかに、初夏を思わせる爽快感は、コンパクトにまとまった「男のコになりたい」よりは、あの当時のアイドルポップとしては出来は良かったと思うし、ヒットしそうな予感はあった。

ただ、だからと言って、大ヒットに繋がりそうなといえば今一つ弱いのよ。なにより、フックになりそうなフレーズがないし、その分インパクトが弱い。
これでは、並のアイドルソングの域を出してないな・・・っていうイメージなんだよね。

・・かといって、それじゃ、どうすれば、もっと大ヒット狙いできたのか・・というと、今一つはっきりとした答えも出てこない。

結局のところ、のりぴーっていうタレント性のポテンシャルの大きさだったんだろうな。

たしかに、かわいらしいい、ウタも他の同期アイドルの中では、まずます巧い。
だからといって、強烈に引き付けられるカリスマ性を感じるかというと、そういうわけではないしさ。


80年代前半に確立した「80年代アイドル」の成功で、80年代後半は、アイドルの数は飛躍的に増えた。
あの頃一番重要だったのは、強烈な個性とかタレント性よりも素人性だったわけじゃん。

そそそ、となりのクラスの「〇〇ちゃん」という。。

そんなわけで、結局曲も強烈な個性とかインパクトというよりも、誰でも歌えそうな素人性の方が重要になってきてたんだろうね。

インパクトが薄い曲では、売り上げがなかなか上がらないのも当然。結局みんな、個性的で強烈なインパクトな曲を買いたくなるわけだからさ。

それを考えると、あの当時レコードが売れなくなって来ていたのも当然だと思うんだよね。

当時は、アナログレコードからCDに切り替わる端境期。 だから、レコードは売れなくなってきてたのよ。。。っていうのが今までの通説だったけども、必ずしも、それだけの理由じゃなかったんじゃないか・・・とも思うわけなのよ。

だってさ、このちょっと後、光GENJIが出てきて、明菜が「難破船」を出したころからレコード売り上げが少し回復傾向にあったわけじゃん。

底だったのは、この「渚のファンタシイ」が出た87年のちょうど今頃でさ。
ぢゃ、なんで「底」だったの? と言ったら、たしかに季節的な物もあるとは思うけども、結局は強烈なインパクトの曲が少なかったからと思うわけなのよ。

それにしても、このころ、タケカワユキヒデ氏は、頻繫に曲提供してましたね。
そそそ、ゴダイゴのボーカルのタケカワユキヒデ氏。

この年の頭には、浅香唯の「STAR」、で、この曲でしょ。 同時期に池田聡の「Jealousy」なんてヒットもあったな。 まあ、長年、他の方に提供し続けているタケカワ氏だけども、特に1987年っていう年はヒットが集中してたな、

タケカワ氏にとっては当たり年だったのか、タレントの巡りあわせがよかったのか、本気で小銭稼ぎをしていたのか・・・・理由はよくわからないけどさ。





むむむ、この曲「PV」作ってあったんだな。

PVっていっても、今でいう「Music Video」というよりは、文字通りの販促プロモーション用のVTRって感じですね。

どこで流してたんだろ? って感じだけども、そういえば、この頃、地元の新星堂にプロモーション用のモニターが置いてあって、定期的にプロモーションビデオ流してたな・・・っていう記憶がありますね。そういうレコードショップでの販促用に作ってあったんだろうな。

確かに原宿、表参道ってことで、いかにもアイドル向けのPVって感じだけども、そもそも、ビクターの「近所」だし。。。。金かかってねぇな。。。。

ただ、1987年(昭和62年)の原宿、表参道の様子はよくわかりますね。 
「昭和好き」な今の若い子には、結構刺激的なんじゃないかなぁ。。。

時折通る、学生服のお兄さん、お姉さん、きっと私らと同年代に違いない。。。
今頃は50代になっていると思われ、あれからどういう人生を送っているんだろう・・・とか。。。
余計なお世話だけど。。。。


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渚のファンタシィ / 酒井法子

    1987_06_渚のファンタシィ_酒井法子


今回の1曲セレクトは、「渚のファンタシィ」酒井法子です。

まずはデータでする。

・タイトル    渚のファンタシィ
・アーティスト  酒井法子
・作詞      竹花いち子
・作曲      タケカワユキヒデ
・編曲      新川博
・リリース日   1987年5月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 6.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月8日付

いやー、いつ以来でしょうねぇ「1曲セレクト」。。。3週間ぶりの「更新」となりまする。
いや、サボッてた訳ぢゃないんですけど。。。 その間、前回更新した時にも書いた、「痛風」の発作が悪化してしまいまして。。。 歩行困難ですよ。歩けない・・の前に足をつくだけで激痛が。。。
久々に、トイレまで「這って」行くハメになってしまっておりました。
それもようやく落ち着きーの・・・と思ったら、先週は、ワタクシ主催の「合宿」形式で「ヒット曲」をオールナイトで観賞するオフ会を開催いたしまして・・・。

そんなこんなで、暫くずっと更新できない日々が続いていたんですよね。 久々の完全(でもないが。。)オフ日ということで、ようやく1曲セレクトを書いておりまする。

その間に書きたい・・と思ってた曲も少し溜まってきたんでね、ちょっと間髪いれず書いて行けたらな・・・なんて思ってるところです。。。

・・・っつうことで、今回はそんな書こうと思った1曲。

酒井法子「渚のファンタシィ」

1曲セレクトも結構曲数を書いてきたけど、これまでノリピーの曲って、それほど書いて来なかったんだよな。
まあ、例の「クスリ」事件で心証悪くしてた時期も長かったし、なによりヒット当時からそれほど真剣に聴いてなかったってのもあるかなぁ。

この曲はデビュー2作目のシングルですわな。 数多くの「アイドル」がデビューした87年デビュー組の中では、頭一つ抜けてるかな・・・なんて印象が個人的には、このヒトにはあったんだよね。

でもって、アイドルの場合、件の通りデビュー第2弾がブレイクすると、その後「化ける」っていうジンクスがあったからさあ、ある意味この曲は「勝負曲」だったんじゃないかなぁ。

・・・とは、当時から思ってましたね。曲的にモロ「夏」をイメージした曲だったじゃん。 路線的に言ったら、松田聖子女史が、デビュー曲の「裸足の季節」⇒第2弾「青い珊瑚礁」と辿った路線に似ていた訳ですわ。

なるほどぉ、松田聖子に去られた、サンミュージックとしては、ポスト聖子として期待されている訳ですわな・・・っていうのが見え見えだったりしてさ。

だからね、この曲はそこそこ行く(売れる)んじゃないかなぁ・・・なんて個人的には思ってたんだけどねぇ。

BUT、今一つ上手く行きませんでしたねぇ。

オリコンでは最高4位まで行ったし、「ザ・ベストテン」でも3位・・・なんて上位まで行ったものの・・・。
後が続かなかったんだよねぇ。チャート的に言えば、超短期ヒットって言うのかなぁ。まあ、今の曲で普通に見られるチャートアクションだよね。

うーん、なにが行けなかったんでしょうかねぇ・・・。

やっぱりね、以前も何回か書いたけど、季節的なもんだよね、5月にモロ「夏」のイメージの曲と言われても、今一つピンと来なかったのは確かだしなぁ。
そそそ、最近でこそ5月で真夏日とか普通にあったりするけど、30年前はまだそんなことは「稀」だったしさあ。
「梅雨寒」っていうコトバもあったくらい、5月、6月っていうと、まだ肌寒い日が多かったのよ。

実際、この曲のイメージってさあ、なんか寒さで震えてる海・・・って言うイメージだったりしてさ。

いや、季節的なところ以外にも、実際、曲調的にも、「夏」の太陽を感じさせる温度感が今一つなんだよな。
たしかにアレンジ的には「夏」を感じさせるような「施し」はしてあるけどさあ、 全体的に言えば今一つ「抜けて」来ないって言うかさあ。

ノリぴー自身の歌唱力ってのもあったな。まだまだ安定感がなかったよな、この曲の頃は。まずもって、腹からじゃなくて、ノドから声が出てる感じだったんだよね。だから、まだまだ歌唱力に安定感が無くてさあ。
その辺だったのかなぁ。

このヒトが本当の意味で、抜けてきたな・・・って感じたのは、この曲の1年後の「1億のスマイル」位からかなぁ。

まあ、アイドルとしての営業スマイルはピカ一だったけど。 っつうか当時はアイドルも供給過多だったんでさあ、営業スマイルだけじゃ、人気は取れない時代になってたんだよね。

この曲の作曲は、ゴダイゴのタケカワユキヒデ氏。 この当時はよくアイドルに曲を書いてたよなぁ。
この曲の直近では、浅香唯さんの「STAR」とかさ。
ただ大体がヒットと言う意味では、もう一つだったんですよね。 この曲もそうだけど、ポイントがもう一つ絞れていない・・・っていうかねぇ。どこか弱いんだよねインパクトが・・・。
ゴダイゴで大ヒットを出してた頃のようにはなかなか行かなかったんだよなぁ。




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SOLITUDE / 中森明菜

1985_11_SOLITUDE_中森明菜


今回の1曲セレクトは、「SOLITUDE」中森明菜です。

まずはデータですぞ。

・タイトル    SOLITUDE
・アーティスト  中森明菜
・作詞      湯川れい子
・作曲      タケカワユキヒデ
・編曲      中村哲
・リリース日   1985年10月9日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 33.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1985年10月21日〜12月2日付

寒みーーーーーーーっ まさか東京で11月に「積雪」とはねぇ。。。。11月の雪は54年ぶりだそうで。。。
もちろん、50年近く生きて来ているワタシにとっても、こんな季節での雪なんて、今まで経験した事無いぞよ。。

いつもは、季節季節の情景を、昔のヒット曲で結びつけるて書いたりするんだけど、さすがに今日の雪は、結びつけるモノがない・・・・。

ってことで、書く曲に困っちゃったんだけども。。。。

でもね、冷静に考えてみたら、こんな曲もまだ書いてなかった・・・って曲をみっけたワ 

中森明菜「SOLITUDE」

うむ、今日の雪とは直接関係ないけど、丁度今頃のヒットだったんだっけ。

明菜の曲、これまでも大分書いてきた・・・つもりなんだけども、まだ書いてない曲もちょぼちょぼあるんだよな。
まあ、ワタシの独断と偏見で書く曲を決めている訳で、だからワタシの好みの曲から書いてきている・・・ってところがあるんでさあ、だからね、まだ残ってるってことは・・・・。

そうなのよねぇ、個人的に、この曲は、ちょっとね・・・・って感じなんだよな。 この曲もそうだけど、次年秋の「Fin」も、同じく、ちょっとね・・・って感じで。。  あ、でも「Fin」は既に書いてたんだよな。。。

好みじゃない「Fin」はもう書いてて、この曲書いてなかった・・ってことは、うーん、よほど眼中になかったって事かなぁ。

明菜の曲の場合、どうしても口先中心の「もしょもしょ」っとしている曲が、どうも個人的にはダメなんだよな。
この曲もそうだったでしょ。

いや、その前に、そう言う感じの曲は、シングルではこの曲が初めてだったんだよな。

それまでの明菜の曲って、もっとスケール感があったでしょ。加えて、お得意のロングトーンを多用した曲調で。
このヒトの場合、ロングトーンの声質に「らしさ」が出るんだよね。 声が前に出てくる・・・というかさあ。
そこが良かったんだよな。

スケール感でいえば、例えば、2曲前が「ミ・アモーレ」でラテン調。前曲が「SAN BEIGE」で中東、西アジア系調・・と、ワールドワイドな世界を表現してきてたじゃん。

それがいきなり、♪25階の非常口で、風に吹かれて爪を切る〜♪ なんて狭い世界な曲になっちゃったの? っかんじだったんだよなぁ。そんな狭い世界だからこそ、口先だけのモショモショっとした歌い方になっちゃったわけで、インパクトも薄いんだよな。

まあ、簡単に言えば、これまでになかった明菜の曲調であったことで、完全に戸惑ったんだよね、きっと。

この曲、元ゴダイゴのタケカワユキヒデ氏ノ作曲ども、今一つらしさを感じなかったというかねぇ。確かに洋楽っぽい「平坦」なメロディラインは、「らしい」のかもしれないけど、ゴダイゴの時は、もっと土着的・・・というか、もっとフックがいっぱいある様なメロディラインだったんだけどなぁ。

ま、いずれにしても、やっぱり慣れない曲調には、どうも触手が伸びにくい・・って事だったのかもしれない。 プラス、まあ、生理的にこの曲調にあったか、あわなかったか・・って事なんだよね。

でも売り上げを見ると、そう言うヒトが如何に多かったか・・・ってことだよね。
この曲の累積売り上げは33.6万枚。 ま、パッと見、それでも30万枚以上売れてるし、当時の尺度から言えば、30万枚以上で「大ヒット」って感じだったから、充分大ヒットの部類だった訳だけど・・・。

でも・・・なんだよね。 前曲の「SOLITUDE」から、いきなり13万枚も売り上げがダウンした訳だから・・・。
いや、82年に「少女A」が大ブレイクして以来、この曲の売り上げが「最低」だったんだよね。
 なにせ、「ミ・アモーレ」のロングバージョンである、12インチシングル「赤い鳥逃げた」(35.4万枚)よりも、売り上げが低いんだから。。。。

そんな売り上げ傾向から見ても、この曲で戸惑ったヒトが如何に多いかが分かるな。


ただね・・・・。今にして思えば、この曲をこのタイミングで持ってきたのは、「戦略」だったのかも・・・なんでことも思えたりしてね。
 前曲の「SAND BEIGE」までのイメージから、次の「DESIRE」以降のNEW明菜への転換するための、いわば完全な「つなぎ」・・・それがこの曲だったんじゃないか・・・と。

次の「DESIRE」で、全く新たな一面を出すためには、全イメージを完全払拭する必要がある。
でも、いきなり新たなイメージを出すと、逆に引かれちゃう危険性もある。。。というこで、一つクッションを入れた。それがこの曲なんじゃないのかなぁ・・・なんてね。

案の定、次の「DESIRE」は、NEW明菜っていうイメージを定着させるほどのインパクトがあったしな。
うん、あれだけのインパクトを感じたのは、この「SOLITUDE」でインパクトがなかった分、より利いたんだよね。

なんてさ、まあ、ワタシの完全な想像だけど。。。。、でも、結構、戦略的にシングルをリリースして来ていた「明菜」チームだったからさ、その辺の前後と近い将来の計算は絶対していたはずなんだよね。


でもでも、やっぱり、この曲を歌ってた最中は、もしかしたら、これで明菜も終わりかも・・・なんて本気で感じたりもしたんだよなぁ。 
まさか、次に「DESIRE」みたいな曲が来るとは思っても見なかったからさ。





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赤い狩人 / 町田義人

1978_09_赤い狩人_町田義人






今回の1曲セレクトは、「赤い狩人」町田義人です。

 まずはデータです。

・タイトル    赤い狩人
・アーティスト  町田義人
・作詞      三村順一
・作曲      タケカワユキヒデ
・編曲      ミッキー吉野
・リリース日   1978年7月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 86位
・売上げ枚数   0.7万枚
・タイアップ:映画「キタキツネ物語」主題歌

 ねーねーねー、テレビで放送された映画で、これまでの最高視聴率ってどの映画だか知ってます?

 ・・・なんて、質問されて、即座に答えられる方・・・かなーりのテレビ通・・・というか、マニア。


 なになに? ジョーズ? スターウォーズ? ET? もののけ姫? タイタニック?

 チッチッチッチッ、ノンノンノンノン ほっとした顔

 どれも、ちゃいまっせ。。。

 実はですねぇ、2003年に放送された「千と千尋の神隠し」なんですよね。これが46.9%。

うーん、まあ、映画での興行収入300億以上なんていう、「お化け」映画の、初地上波放送の時なんで、当然といえば、当然の結果なのかなぁ。

で「千と千尋の神隠し」が放送されのまで、24年も長き間、ずっと視聴率1位を守り続けてた映画が、なんと「キタキツネ物語」なんですねぇ。 1979年8月10日に44.7%っちう、視聴率を記録しております。

 えーっ、うそー・・・って、思わず、聴こえてきそうだけど、これが事実なのですねぇ。

 しかし、今となっては、知ってるヒトしか知らないような、この映画が、映画では最高視聴率・・・っていうのは、知らなければ、全く出てこないと思いますけどね。

 今から36年前ですか。 そのころは、人気あったんですねぇ。このテの動物モノのドキュメンタリー映画って。

 ちなみに、ムツゴロウ王国がフジテレビで特番組むようになったのは、この映画の後でしょ? たしか。。。うん、やっぱり、視聴率とれたからなぁ。。

 それだけ、人気あったのよ、動物ものは。


 ちなみに、映画本編は、調べたら1978年7月15日公開ってことだから、今から37年前だ。

 実は、この映画、ワタシ、映画館で見てるんですねぇ。ロードショーで。 まだ、福島の田舎に居たから、東京より1ヶ月くらい遅れだったかなぁ。

 考えて見れば、まだ、「ヒット曲」の世界に入ってきていない頃だけど、なぜか、この主題歌は、忘れもしない。よーく、覚えてるんだよなぁ。

 もちろん、歌っていた、町田義人なんてヒトは、知らなかったけどさ。でも曲は、忘れもしないよ。それだけ、印象に深かったんだよね。 ドラマティックなのよ、兎に角。

 ちなみに、町田義人さんといえば、以前1曲セレクトで書いた「白い珊瑚礁」のズー・ニー・ブーというグループでボーカルを担当されていた方ですね。 そそそ、もともとはグループサウンズ出身なんですよね。
 グループ脱退後、ソロになり10年目でこの曲に出会う。 で、この年は、年末に角川映画「野性の証明」の主題歌「戦士の休息」を歌い、ベストテンにまでランクインさせていたりするんだよね。
 
 この方、声質が独特なんだよな。歌い方は、やや文部省系・・・というか、「まっすぐ」な歌い方なんでけど、声質が独特なために、ただの真っすくな歌ではなく、ワイルドなイメージにもなるんだよな。 そんな感じが、この映画にはピッタリだったんだろうなぁ。


当時、ワタシと言ったら9才になったばっかの頃ですわ。
え? 9才だったら「東映マンガ祭り」だろうって? チッチッチッ ノンノンノン。
 ワタシねぇ、当時から「子供向け」のモノはキライでしたからねぇ。 「お子様ランチ」とかも食べた事無いのよ。・・というか、母親がねぇ、コドモ扱いしてなかったから、ワタシの事。だから、食べるものも、エンターテイメントも大人のモノを与えてくれてたんだよな。 マセガキだったのは、その影響が多分にあるんだろうな、きっと。

おっと、話がずれた。
 この映画の、楽曲担当は、ゴダイゴのタケカワヒデユキ氏と、ミッキー吉野氏。 たしか、ゴダイゴも挿入曲をやってたよな。
・・・ということは、「ガンダーラ」で、一躍、時のヒトになるほんの少し前の話だ。

 ・・・ということは、ベストテンでゴダイゴを見る以前から、知ってたことになる。

 あれれ、そうだったっけなぁ・・・。 うーむ、さすがに37年も月日が経つと、記憶なんてあいまいだわ。
でも、まさか、その半年後にゴダイゴフリークになっている自分なんて、この映画を見た時点では、全く予想もしてなかったよな。。。ってか当たり前だけど。。。。




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ハピネス / タケカワユキヒデ

1979_05_ハピネス_タケカワユキヒデ






今回の1曲セレクトは、「ハピネス」タケカワユキヒデです。

 まずはデータです。

・タイトル    ハピネス
・アーティスト  タケカワユキヒデ
・作詞      奈良橋陽子
・作曲      タケカワユキヒデ
・編曲      ミッキー吉野
・リリース日   1979年5月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数   20.1万枚
・タイアップ:サントリー「純生」CM曲

 えー、どうしよう、今回は、どういうマクラで入ろうかな。。。う〜む。。。


 えー、今回引っ張ってきた、曲は、ゴダイゴのボーカル、タケカワユキヒデ氏のソロ名義の曲、「ハピネス」なんだけど、特に、理由もなく引っ張ってきたんだよね。

 ・・・なんで、マクラに困る。。。こう言うときは、とーとつに入るに限る・・・か。

 この曲さ、ゴダイゴ好きだった、ワタシも当時は、ほとんど聴いた記憶がないんだよねぇ・・・。

・・・というか、「ザ・ベストテン」にランクされていたことも、最終回の「さよならザ・ベストテン」で紹介されるまで、記憶になかったから、よっぽど印象に薄かったんだろうなぁ。

 サビの部分なんかは聴けば、あー、はいはい・・・って思い出したりするんだけど。。。

 サビは、ほとんど全部「英語」詞だったじゃん。

 ♪ ●×▼$#☆◇ ハピネス ハピネス〜 ♪

って感じでふらふら、「ハピネス」の部分だけ、分かったりしてふらふらふらふら


(ちなみに正しい歌詞は・・・
 ♪ We are hoping for peace and freedom Hapiness Hapiness〜 ♪)



 どーもね、この曲、「邦楽」っていうよりも、「洋楽」なイメージが強かったんだよね、当時は。

 だから、個人的にはあんまり引っかからなかったのかもしれない。

 もちろん、洋楽ではなく、れっきとした「邦楽」なんだけどさ、パッと聴き、イントロから全般にわたって、邦楽っぽくないんだよね。

 まあ、ゴダイゴってもともと、「邦楽」というより、当時としては、かなり「洋楽」よりに影響が強かったアーティストだったけど、それでもシングルヒットについては、キャッチーでありフックが強い曲を出してたからなぁ。

 でも、この曲は、「ソロ名義」ということもあってか、あくまでゴダイゴとは別路線で、もともとの洋楽色を強く押し出したってところもあったんでしょう。

 ・・・というところもあって、長い間、個人的には、引っかからなかったんだろうね。


 うん、レコード買ったの、つい最近ですよふらふらふらふら

 36年前のレコードを最近買うっていうのも、珍しいだろうけど・・・。

 あ、もちろん中古屋で・・・。

 なんか、突然、無性に気になってねぇ〜。。。 実際、今聴くと、すんなり聴けるんだよなぁ。

 ま、それなりにオトナになったのと、やっぱ、それだけ、J-POPも洋楽に近づいたって事でしょう。ほとんどコトバの違いだけで、「壁」はなくなった感じるするしなぁ。

 コトバにしたって、タイトルから詞にいたるまで、ほとんど横文字が並んでる世界なわけだし、もう、洋楽との違いなんて微々たるもんだよね。

 だけど、36年前は、まだ、邦楽と洋楽には、完全な見えない壁があったわけですよ。

 この曲なんかを聴くと、当時の、その見えない壁を感じたりするんだよねぇ。


あ、、たぶん、今の若いコが聴いても、その壁は、よく理解できないかも知れないけど・・・。
 何分、、小さい頃から、「壁」はなくなってたりするしなぁ。



ちなみに、この曲、当時のサントリー「純生」のCM曲だったんだねぇ・・・。今、知ったっす。



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STAR / 浅香唯

1987_02_STAR_浅香唯






今回の1曲セレクトは「STAR」浅香唯です。

 まずはデータでーす。

・タイトル     STAR
・アーティスト   浅香唯
・作詞       有川正沙子
・作曲       タケカワユキヒデ
・編曲       鷺巣詩郎
・リリース日    1987年1月21日
・発売元      ハミングバード
・オリコン最高位  9位
・売上げ枚数    8.2万枚
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「スケバン刑事掘彈臑蟆

 さてさて、今回、引っ張ってきた曲は、おなじみ「スケバン刑事」のパート靴亮臑蟆里世辰拭STAR」ですね。浅香唯主演のシリーズ。風間三姉妹ですね。
 当時、ワタシャこのシリーズを全く見てなかったんだよね。木曜日の19:30 〜だったでしょ。当時、部活でこの時間は、まだ家に帰ってなかったからなぁ。
 だから、全く内容は知らなかったんだけど、以前、スカパーの「ファミリー劇場」で放映してたんで、何気に見たんだけどさ
 今見ると、鼻血でるほど、笑えますね(爆) とても現実離れしてて

 だけど、当時は高校生でも真剣に見てたんだからねぇ。朴訥とした世の中だったんだねぇ、今考えると。


 たしかに、今でも「萌え系アニメ」っていう、とっても現実離れした世界はあるわけだけども、そこに嵌っている比率が違うもんね。
 まあ、嵌り具合の濃淡はあるわけだけども、昔は「コア」なファンだけでなく、これが一般的だったもんなぁ。
「時代」だったんだよねぇ。

 しかし、「スケバン刑事」は、主演の抜擢の仕方が大胆だったよね。まあ、初代の斉藤由貴の場合は、その前に「卒業」が大ヒットしてたから、まずまず「あり」かな・・ってところだけど、パート2の南野陽子にしたって大抜擢だろうし、それよか、このパート3の浅香唯なんてのは、もっと大抜擢だった気がするなぁ。

 なんせ、「スケバン」の前は、B級ならぬ、ほとんどC級アイドルだったんよ。
 新曲出しても100位にも入らないし、ドンクサイし・・・とってもダメダメちゃんタイプのアイドル・・・っていうイメージがそれまではあったんだよなぁ。個人的には。

なんせ、この曲までの5枚のシングルで、オリコンのTOP100に入ったのが、この曲の前の「10月のクリスマス」、ただ1枚。。。しかも最高位88位という・・・。


 だからこそ、この抜擢には驚いたわけで・・・。

 でも、これ経験してから変わったもんなぁ。まずもってドンクサイ・・・っていうイメージが変わった。歌もどんどんうまくなっていったもんね。これは驚き。
 やっぱしアイドルは売れてナンボの世界なんですねぇ・・・。


 それはそうと、今考えると、そのきっかけとなった「STAR」っていう曲は良かったんですよ。

 うーん、なんだろ、でも、ストレートなアイドル的な曲ではなかったかな・・・っていう気もする。
 ちょっとクセがあるっていうのかな。引っ掛かりがあるようなメロディラインなんだよね。

 サビの

 ♪ 追いかけて 私の SHOOTING STAR 〜 ♪

この部分なんだけどさ、メロディとバックの対旋律のコンビネーションがすごくいいんだよね。

 どちらもフックになっているというか引っ掛かりがある流れでさ、だからダブルで引っかかってくるんだよね。それが余計印象に残るんだよなぁ。

 まあ、イントロからして、引っ掛かりがある流れになっているけどさ。鷺巣氏のアレンジのなかでも、かなり音の輪郭のはっきりとした流れになってますよね。

 引っ掛かりがあるっていう点では、元ゴダイゴのタケカワ氏も、こういう引っ掛かりがある焦点がハッキリした曲を書くのも珍しいんじゃないかなぁ。

 これは、ほとんど有川女史の詞がハッキリしてるからだよね。きっと。
 アイドルのコの曲としては、軟弱じゃないんだよね。いいたいことはっきり言っている・・っていうか・・。

 何分、「おニャン子」全盛期とあって、軟派な詞がヒット曲の主流だったからさ。それと比べると、まだ、ヒット曲がなかったアイドルのコの曲としては、はっきりしてる曲だなぁ・・っていう印象はあったね。
 
 まあ、いずれにしても、この曲をきっかけにして、このヒトは大ブレイク。C級アイドルから一躍トップアイドルの座に駆け上がったわけですわ。


あー、またまたかんけーないけど、浅香唯も同学年なのだ・・。ワタシと。



・・・・ということで、今日は1日アイドルな「1曲セレクト」でした。。。




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ガンダーラ / ゴダイゴ

1979_02_ガンダーラ_ゴダイゴ







今日の1曲セレクトは、「ガンダーラ」ゴダイゴです。

まずは、データです

・タイトル     ガンダーラ
・アーティスト   ゴダイゴ
・作詞       奈良橋陽子
・作曲       タケカワユキヒデ
・編曲       ミッキー吉野
・リリース日    1978年10月1日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位  2位
・売上げ枚数    88.8万枚
・ザ・ベストテン最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1978年12月21日〜1979年4月5日放送分
・タイアップ    日本テレビ系ドラマ「西遊記」主題歌


 えー、1曲セレクトを始めて半年・・・ようやっと、「ガンダーラ」まで、たどり着いたかってかんじですねぇ。
道のりは険しい。。。
 なんて、わざとらしく書きましたが、この曲はそうです、日本テレビ系で78年〜79年に放送された、「堺正章」主演の
「西遊記」の主題歌ですねぇ。

 ようやっと〜たどりついたってわざとらしく書いたのは、

♪ 誰も皆 行きたがるが 遥かな世界 〜 ♪ 

を言いたかったからですねぇ〜。。。

 
 さっきは、ツイストの「性(さが)」を紹介したわけですが、このころの売れっ子バンドの頂点、ゴダイゴ、ツイスト、
サザンオールスターズ、まとめてBIG3って言われてたなぁ。なんだ、そのままやんけ・・・・って感じなんだけど・・。

 で、そのBIG3バンド

 「実力」の ゴダイゴ
 「ルックス」の ツイスト
 「笑い」の サザンオールスターズ

 なんて、キャッチフレーズまであったりしてね。
 つまりぃ、さっき、「性(さが)」を書いた時にも含んだけど、ツイストの世良氏はカッコよかったのよぉ。ルックスもワイルドかつ甘いマスクだったし・・(⇒どんな顔?)
サザンは、サザンで、あのころは、ほとんど「コミックバンド」ののりだったかんねぇ。まだ、「いとしのエリー」をリリースする前で、とかく「勝手にシンドバッド」の「ハチャメチャ」さが、一般的印象だったし、それと、このころはベストテンでは、画面に向かって「ノイローゼ ノイローゼ」って叫んでましたかんね。桑田氏。
 
そんななか、一番、まともでテクニックが一番あったのがゴダイゴだったわけね。ルックスが言い訳でもない、キャラクターが濃いわけでもないっていう部分を演奏テクニックでカバーしたって言うかね。

 そんな感じで、どのバンドも「個性」は強かったな。

 で、当のワタシも、この3つのバンドの中で当時はというと、「ゴダイゴ」が一番のお気に入りだったんですよねぇ。
一番まともだったって言うの強いかなぁ・・・・。一番歌いやすかったってのもあるかもしれない。

 あのころは、兎に角、歌覚えるのに夢中だったかんね。 もちろん、英語の部分はテキトーに・・・。
なんせ、ゴダイゴは、あの当時としては珍しく、英語詞が多かったかんね。


♪ In Gandhara Gandhara They say it was India 〜 ♪

 え?  敵性言語ですよ。。。。ってそんなに古くないッて。。。

もうね、聴こえたままうたってな。。。


 それともうひとつ、これらのバンドの中で、「ガンダーラ」が一番、素朴だったっていうのもあるかも知れないかなぁ。
うーん、田舎臭いっていうかね。
 あー、いや、正直言うと、BIG3の曲って今考えると、都会っぽくないんだけど、そのなかでも、さらに、ダサイのが、
「ガンダーラ」かもしれないなぁ。

 「西遊記」のテーマ曲だったからねぇ。。西遊記って、要は中国の「田舎」を旅していくようなもんでしょ・・。そのイメージとこの曲が、ベリーマッチなのね。 だからかんも知れないけど、曲調が田舎っぽいのね。

 で、この当時、福島の「いなかー」で、ワルガキしてた私には、ベリーマッチョな曲だったわけですねぇ。
イメージ的にどうしても、山とか、川が浮かんでくるしね。

 うん、だから、必ずしも演奏が「うまかったから」では、最初はなかったんだよね。

 ただ、そうは言っても一番、バタ臭かったのは、ゴダイゴだったかもしれないなぁ。このころ同時に出た「西遊記」のサントラを聴くと、これが「アメリカンロック」なんですわ。 
 メンバーもドラムのトミー、ベースのスティーブは、向こうのヒトだったしね。
 
 バタ臭いけど、この曲とか、「モンキーマジック」なんかの「西遊記」物は、妙に中国っぽい・・・。これも不思議な取り合わせだったよね。
 だから・・というわけでもないかもしれないけど、ベストテンで、「ヨコハマ」からの中継で「ガンダーラ」歌ったときが、なんか、一番キマってた気がするな。
 たしか、「氷川丸」か「山下公園」からの中継の時。



 でさー、「今」の月9の「西遊記」の主題歌を歌っているのは「Monkey Majik」。 このバンド、妙にゴダイゴっぽいよなぁ・
その辺に関しては、またのちのち「モンキーマジック」を書くときにでも。。



※2006年2月に書いたものの再掲載です。

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