かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

ばんばひろふみ

大村雅朗25th Memorial Super Live 1日目(9/23)


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偶然の出会いがあるとしたら、今回のライブ参戦も偶然の出会いなんだろうなぁ。

最近、radikoプレミアムで、全国各地ラジオ局のランキング番組を聴いてるんだけどね。
土曜日は、KBC(九州朝日放送)の「サタデーカウントダウン」(通称、サタカン)を聴いてるのね。

で、7月のある土曜日、いつもようにサタカンを聴きながら、持ち帰りの仕事をしていたら、
今年は大村雅朗氏没後25周年で、メモリアルライブを福岡で開催するとの告知CMが耳に飛び込んできまして。。。

すぐさまネットで調べたら

↓ この告知サイトが・・・。




ライブ開催はともかくとして、大村雅朗氏にまつわる出演者が豪華

9/23 ばんばひろふみ / 八神純子 / 渡辺美里 / 中川翔子
9/24 大澤誉志幸 / 川崎鷹也 / 槇原敬之 / 南佳孝

その上 バックバンドも豪華

山木秀夫(Dr) / 今剛(G) / 石川鉄男(Manipulator) / 斎藤有太(Key) / 佐橋佳幸(G) / 亀田誠治(B)

さらにトークゲストも至極豪華

松本隆(9/23 24)、 木崎賢治(9/24) ゲストDJ 砂原良徳

会場は、キャナルシティホール   

調べてみたら、キャパが1150人程度と必ずしも大きなホールではない。

これは、すぐにチケット売りきれてしまうかもしれん。参戦するかどうか、考えている余裕なし・・・・と判断して、2日通しで2万5千円也・・と、安くなかったけどその場でチケット購入を即決してしまったワタシ。。。。

程なくして、指定された席は  1階 B列24番

ぬおー、なんと、前から2列目ではないか〜 。。。 ライブ参戦を始めて以来、こんな前の席が当たったのは初めてだわ。。。。これは参戦するしかないっ・・・・。

・・・と、9/23(金) 千葉からはるばるやってきましたよ福岡。

福岡は何年ぶりだろ? 1999年の夏、夏休みで出雲から山陰線経由で福岡まできたのは覚えているが・・・・。もしかすると、それ以来23年ぶりかもしれん。

あの時からも、すっかり変貌した博多駅前にちょっと戸惑う。。。
駅前のホテルにチェックインし、すぐさま、会場のキャナルシティ劇場へ

博多駅から、徒歩10分程度ということだったけども、案の定、道に迷う。。。。 
23年前には、たしか、まだキャナルシティは無かったはず。。。。
やっとのことで到着してみると、キャナルシティのビルの複雑なこと。。。よくまあ、こだに複雑な建物を建てたものよのう・・・と思いながら、何とかキャナルシティ劇場に到着。

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久しぶりの福岡、おまけに初めての「ハコ」なので、道に迷うことを想定して、早めに動いて正解だったわ。


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早速、指定された 1階B列24番の席に着く。

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うわっ、ステージ近っ
1階2列目という事で、想定はしていたけども、予想以上にステージが近い。 下手したら、アーティストの唾が飛んできそうなくらい。。。

キャナルシティ劇場。 ↑でも書いたように、当然ながら初めての「ハコ」。 
1階 2階合わせて、1150席のキャパということで見た目、必ずしも大きくはない。 
ここんところ、5000人収容の東京国際フォーラムホールAなどの大ホールに慣れていただけに余計かもしれないけども、地方都市の市民会館の大ホールよりも規模は小さめ。渋谷のO-EASTなど中規模のライブハウスくらいの大きさと言ったら分かりやすいだろうかね。

まあ、もともと劇団四季公演用のホールとして作られただけあって、この程度の規模のキャパになったんだろう。

ただ、規模がそれほど大きくないだけに臨場感は感じられるだろうと思う。
入口の看板にあるように「福岡屈指のエンターテイナーシアター」というのも自信の表れだろうね。

実際、開演まで会場に流れていた、大村雅朗氏が手掛けた曲々の音質も、素晴らしいものだった。
これは期待できそう。

定刻の18時丁度。開演。

ゲストDJの砂原"まりん"良徳氏によるオープニング、
大村雅朗アレンジ曲メドレー からステージがスタート。

メドレー使用曲
No No サーキュレーション(吉川晃司)
晴れのちBLUE BOY(沢田研二)
その気×××(大沢誉志幸)
SOMEDAY(佐野元春)
そして僕は途方に暮れる(大沢誉志幸)

記憶している曲としては、この辺りではあるけど・・・・
キチンと記録していたわけではないので、もしかすると違っていたかもしれない。。。
(その場合は、申し訳ありません。。。)

うーむ、こうしてみると、「渡辺プロ系」な曲による硬派な曲メドレーだったな。。。。

いずれにしても、太くかつクリアな音質のサウンドが、会場いっぱいに響く。

うわぁ〜、これだけでも楽しめるわ・・・と感じたところで、今回ライブの司会役の
佐橋佳幸氏、亀田誠治氏が それぞれステージ 上手、下手から登場。
まあ、ミュージシャンでいて、もともと弁が立つお二人、司会役としては適役だった思う。
楽器持つまえにマイク持ったのは初めて・・・とか、そもそも上手、下手からの登場は、漫才師みたいやな・・・といった「マクラ」で会場を沸かせたところで、八神純子さん登場!

佐橋佳幸氏、亀田誠治氏と、大村氏の思い出話でひと時盛り上がり

・みずいろの雨
・ポーラースター
・Mr.ブルー〜私の地球〜

と、八神純子さんの楽曲の中でも大村雅朗氏アレンジの代表的な3曲を立て続けに披露。
八神さんのボーカルは、40数年前のヒット当時とまったく変わらない。

加えて、今回のライブは、大村雅朗氏のアレンジを忠実に再現するというコンセプトに加え、なにせ、超一流のバックバンドということもあって、レコードアレンジと、ほとんど遜色がないサウンド。

一気にヒット当時の空気に引きずり込まれ、あのころの映像が脳内フラッシュバックする。

「みずいろの雨」をベストテンで初めて聴いて、ヒット曲にのめりこんだことは勿論の事が一気にフラッシュバック。
それと、八神さんの代名詞となったねサンバホイッスルですね。
以前、1曲セレクトでも書いたけど、ワタシ、あのサンバホイッスルが好きでね。わざわざヤマハに行って、同じサンバホイッスル買ってもらったことあるもの。

リハーサルでは、サンバホイッスル無かったらしいんだけども、本番ではやってくれたこと。

次の「ポーラースター」には涙してしまったわ。

1979年夏 この曲がベストテン入りの兆しを見せていた8月。はじめて博多に来た。
折からのブルートレインブーム。ワタシもどうしてもブルートレインに乗りたくてね。
兎に角、チケットは連日満席の上に折からの夏休みということでチケットが取れなくてさ。親に無理言って、やっとのことでキャンセル待ちの切符を取ってもらって乗った「あさかぜ」。
あれで、はるばる博多までやってきたんだった。 

「ポーラースター」と「博多」となると、否が応でも、あの時のブルートレイン車内とか、博多の中州のネオンサインの光景がフラッシュバックしてくる。

43年の時を超えて、いま、また博多に居る自分を思うと、なんか涙が出てきちゃったりしてね。。。


そして、「
Mr.ブルー〜私の地球〜」。これは、「ポーラースター」の次の年、1980年夏、NHKで放送された「パノラマ太陽系」の主題歌だった曲。

「ポーラースター」もそうだけども、丁度、個人的に「宇宙」に興味を持っていた時期で、だから、どちらの曲も、本当に好きだったんだよね。

どちらの曲も、壮大なアレンジが、それこそ、広大で深い宇宙を彷彿させていたし。

そういう意味では、大村雅朗氏の最初の音楽性を認識した曲だったかもしれない。

・・・ということで、印象に深い2曲だったしね。

ただ、八神純子さんは、この3曲が感動的で、おなかがいっぱいなっちゃってさ、ワタシ。。。。
この他、2曲披露してくれたんだけども、その記憶が飛んじゃってるんだよね。。。

記憶にあるのは、ラストの「DAWN」で最後にいつまでも天を仰いている八神さんの姿。
恰も、天国の大村さんに向かっているような表情が印象的だったな。

※実際はもう1曲は「明日に向かって行け」
(1979年 2ndアルバム「素顔の私」より) だったようです。


続いて、ばんばひろふみさん 登場。
短いMCのあと ソロとしてのばんばさんの 初めての大ヒット曲でもあり代表曲でもある「SACHIKO」。
この曲も生で、しかも目の前で聴ける日が来るとはね。

やはり43年前、「ベストテン」の画面越しで聴いてた身としては、感慨ひとしおですわ。

この曲、レコーディング当日には、まだアレンジができていなかったとか。
御馴染みの、あのイントロは、レコーディング当日、ピアノのハネケン(羽田健太郎)氏がその場で作ったそうだ。 いやいや、実際に聴いてみないと、まだまた知らなかった事実があるもんですね。

ただし声がねぇ・・・・。出なくなってましたね。 ほとんど歌唱らしい歌唱になっていなかったのは残念。

ばんばさんは、もう1曲。「SACHIKO」の大ヒットで、ロスでのアルバム制作が出来たという話から、そのロス録音、大村雅朗氏プロデュース、1980年リリースアルバム「COAST」から「TENDERNESS」という曲を披露。

つづいては、ゲストコーナーとして
中川翔子さん登場。
松田聖子さんのナンバーを披露。

・天使のウインク
・ハートのイアリング

中川さんのアイドルオタクぶりは、承知の上だったし、だから、恐らく聖子さんのカバー演るんだろうなとは予想が付いていたけど、その通りでしたね。

あとは、どの曲をやるのか・・という所だったけど、シングルではあるけども、意外と「シブい」ところからの選曲だったなという印象。
もっと「代表曲」的な大ヒットナンバーをやるものとも思っていたし。。。
まあ、聖子さんナンバーを歌っている中川さんはテレビでも見たことがあるし、だから、全く違和感なく聴けましたね。

「ハートのイアリング」の後は、 松本隆氏を交えてのトーク。

もちろん、松本隆 大村雅朗といえば、数々の聖子さんの曲が中心になるわけだから、聖子さんの話が中心。
大村さんが亡くなった後の「櫻の園」の話題にもなった。

「櫻の園」は、もともと別の歌詞が付いていて、他の人のために作った曲だったこと。 その曲がボツ
になってしまったため、お蔵入りになっていた事。
ただメロディラインは良かったので、どうにかメロディは生かしたいと寝かせておいたところに、松田聖子さんの「永遠の少女」の企画が持ち上がって、新たに書いた歌詞が「櫻の園」になった事etc etc。。。

確か一昨年に放送された「風の譜」〜福岡が生んだ伝説の編曲家 大村雅朗〜によれば、「櫻の園」は別の人のために作った曲がお蔵入りになってしまい、その曲を寝かせておいたということは語られていたけど、、「別の詞」が付いていたというのは、今回、新たに語られた事実ではないのかな? 
松本隆氏本人から出た話なので事実だと思うんだけども、松本氏曰く、もともと付いていた歌詞はツマらないものだったらしい。

ただ、その他は「大村雅朗の奇跡」(DU BOOKS)や、「風の譜」で語られた内容と被る話題が大半で、あまりここだけのサプライズ的な話題がなかったのは残念。

もっとも、書籍やテレビの画面越しではなく、直に松本隆氏の話をこれらの話を語られたこと自体が新鮮だし、現実味を感じましたが。。。。


そして、中川さんの歌唱でもう1曲、聖子さんのカバー。

「セイシェルの夕陽」

この曲は、「
風の譜」では中島愛さんがカバーされた曲ですが、今回出演したミュージシャンたちからも、この曲が聖子さんの曲の中では一番好きという声が多かったようだ。
むろん、作詞した松本隆氏も同意見。

ただ、トークでも話題になった「櫻の園」や、これは絶対にやるだろうとおもっていた「SWEET MEMORIES」をやらなかったのは、意外だったな。
(これらの曲は、次の日槇原敬之氏がカバー)


そして、1日目のトリ、渡辺美里さん登場。
1曲目が「BELIEVE」だったのは、ちょっと意外だったが・・・。

「BELIEVE」の歌唱の後、司会の
佐橋佳幸、亀田誠治を交えての、大村雅朗氏の思い出話。
美里さんとしては、やはり、「My Revolution」での大村雅朗氏との出会いは強烈だったようだ。どうしても、この曲の制作秘話になりますね。

・君はクロール
・Lovin' you
・Rain (大江千里カバー)
・My Revolution

と立てつづけに4曲。

兎も角、八神さんに負けず劣らず、圧巻の歌唱力を見せてくれましたわ。 さすがに現役バリバリのシンガーという所ですね。

アルバム「Lovin' you」からの選曲が多かったのは、大村雅朗氏がサウンドプロデュースしたアルバムということが大きいんだろうけども、このアルバムには、今回のバックバンドメンバーである、ドラム 
山木秀夫氏、ギター 今剛氏、佐橋佳幸氏もスタジオーミュージシャンとして参加していたというのもあるんだろうな。

大江千里氏の「Rain」を演ったのは、美里さん自身のお気に入りだったということもあるだろうけど、この日出演しなかった、やはり大村氏が手掛けたアーティストでもある、大江千里さんへの配慮もあったのかなぁ・・・。

蛇足だけども、個人的には「Teenage Walk」なんかもやって欲しかったなぁ・・なんて思ったりしてね。。。


・・・以上で、ライブ1日目は終了。
トークを含め2時間半のライブは、あっという間でしたね。

兎に角、手を伸ばせば届きそうな位置から見る、各アーティストの歌唱とトークは、もちろんの事、バックバンドの演奏力のすばらしさを十分に堪能できた、1日目でしたわ。

さて、2日目のライブも楽しみですな。。。 (続く)



●大村雅朗25th Memorial Super Live 1日目(9/23) (不完全)セットリスト

・オープニング
▼砂原"まりん"
良徳DJ
大村雅朗アレンジ曲mash up(メドレー)
1. No No サーキュレーション(吉川晃司  1984年 2ndアルバム「LA VIE EN ROSE」より )
2. 晴れのちBLUE BOY(沢田研二 1983年 39thシングル)
3. その気×××(大沢誉志幸  1984年 4thシングル 資生堂夏のキャンペーンソング )
4. SOMEDAY(佐野元春 1981年 4thシングル )
5. そして僕は途方に暮れる(大沢誉志幸  1984年 5thシングル  日清カップヌードルCM曲)

▼八神純子
6.
明日に向かって行け(1979年 2ndアルバム「素顔の私」より)
7. みずいろの雨 (1978年 5thシングル)
8. ポーラー・スター (1979年 7thシングル)
9. Mr.ブルー〜私の地球〜 (1980年 10thシングル NHK「パノラマ太陽系」主題歌)
10. DAWN (1979年 2ndアルバム「素顔の私」より)

▼ばんばひろふみ
11. SACHIKO (1979年 4thシングル)
12. Tenderness (1980年 3rdアルバム「COAST」より)

▼中川翔子
13. 天使のウインク (松田聖子カバー 1985年 20thシングル)
14. ハートのイアリング (
松田聖子カバー 1984年 19thシングル)
15. セイシェルの夕陽 (
松田聖子カバー 1983年 7thアルバム「ユートピア」より)

▼渡辺美里
16. BELIEVE (1986年 7thシングル)
17.
君はクロール (1986年 2ndアルバム「Lovin' you」より)
18. Lovin' you (1986年 2ndアルバム「Lovin' you」より)
19. Rain (大江千里カバー 1988年 7thアルバム「1234」より)
20. My Revolution (1986年 4thシングル TBS系ドラマ「セーラー服通り」主題歌)



「いちご白書」をもう一度 / バンバン

1975_12_いちご白書をもう一度_バンバン


今回の1曲セレクトは、「「いちご白書」をもう一度」バンバンです。

まずはデータです。

・タイトル     「いちご白書」をもう一度
・アーティスト   バンバン
・作詞       荒井由実
・作曲       荒井由実
・編曲       瀬尾一三
・リリース日    1975年8月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   75.1万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年9月22日〜12月29日付

さて、暫くアイドル系が続いたんで、今回は久しぶりに70年代のニューミュージックに行きましょうかね。
まあ、アクセス数を稼ぐ・・・って言う意味ではアイドルの方が良いんだけどね。やっぱアクティブなユーザーって言う点で見ると新しい、古い問わずアイドルファンの方がアクティブだからさ。

でも、やっぱ「偏り」という点でアイドルばっかも書いてられないんからさ。

・・・ということで、今回は、バンバンの「「いちご白書」をもう一度」。

期せずして、昨日某FM聴いてたら、この曲が流れて来て、「そうだ、書こう」・・・と思ったのもあるけど、少し前から書こうとは思ってたんだよね。
でも、なぜか、この曲、書きだしのとっかかりが難しくてねぇ・・・。なかなか腰が上がらなかったのよね。うん、本当なら、一昨日書いてなきゃいけなかったんだけども。。

この曲といったら、やっぱり、今の50代後半から60代の方にとっては、「青春のバイブル」って方が多いんだろうな。
うん、今の40代後半のワタシらの世代から見るとちょっと世代が早いんだよね。なんせ、当時ワタシゃ、また6才だったからして。。。

だから当然、この曲リアルタイムでは聴いてない。 でもですねぇ、思い浮かぶのは75年の景色なんだよなぁ。
遠い昔の雨の日の景色。当時住んでた家は、借家なんだけども、東向きのため午後、ほとんど日が入らない部屋が一つあって、雨の日の午後は薄暗い部屋だったんですよ。
どこか、色味が薄れて白黒の世界のような感じがして。。。個人的に75年っていうと、雨の日のあの薄暗い部屋を感じるんだよな。
 それは、やっぱり、この曲の印象が一番強いたらなんだろうな。 いや、この曲の他に、甲斐バンドの「裏切りの街角」とかさあ、75年後半のフォーク・ロック系の曲には、そういう匂いがする曲が多いんだよね。

例えば、当時のドラマとかさあフィルムが多かったじゃん。ちょっと光度が落ちた、ちょっと薄暗い感じの・・・だから曇りの日は、余計暗く感じちゃうような・・・。そんな世界を感じるんだよね。


ま、個人的な印象はどうでもいいとして・・・・。

この曲と言ったら、やっぱり、タイトルにもなっている「いちご白書」って言う映画と、この曲をユーミンが作っているって言うことに尽きるだろうな。

「いちご白書」っていうのは、68年のアメリカのコロンビア大学で、実際に起こった学園紛争を描いた映画ですね。この当時、まだ高校生だったユーミンが見て、その印象をモチーフに、この曲を書いたというのは有名な話。

「学園紛争」と、その後の大人になる過程・・・これが、当時の20代のへヤング(⇒死語!)に大きな共感を得たんだよね。

特に 2番の ♪ 就職が決まって 髪を切ってきた時 もう若くないさと 君に言い訳したね〜 ♪ って言う部分。

この曲のキモは、この部分に集約されているのかもしれない。

学生運動で無茶をやってた時代。体制なんかに取り込まれてたまるか・・・と思っていたあの頃
自由に生きていきたいと思っていたあの頃。

でも、実際は、「就職」と言う体制への従順。 もう若くないんだと実感する現実。

若さのへの喪失感・・・っていうのかな。そんな現実社会が如実に表れた曲なんですよね。

それは、今も昔も変わらない部分であると思うけど、実際70年代安保闘争から、シラケ世代へっていう、70年代当時の方がリアリズムは大きかったんだろうな。

うん、悔しいかな世代的には、個人的には、そこまでリアルタイムで感じることが出来なかったからなぁ。

でもそういう、現実とリンクしたというか、世相と密着していたヒット曲があった・・・というのはよく分かるんだよな。リアルタイムで経験してなくても。
だからこそ、それだけ、多くのヒトに浸透したし、40年以上たった今でもエバーグリーンで残る曲になったんだろうな。


ちなみに、この曲は、オリコンでは6週連続1位。 2週置いて、ユーミンの「あの日に帰りたい」が1位獲得。

・・・・とユーミン人気が頂点だった頃ですわ。 うん、80年代に起こる第2次ユーミンブームに先んじた、第1次ユーミンブームね。
もちろん、まだ結婚前で、旧姓の「荒井由実」名義だけど。

そんなユーミンに曲制作を依頼したバンバンサイドも目が高かったんだろうな。 
ま、それまで泣かす飛ばずで、この曲が売れなかったら解散という覚悟で、ユーミンに依頼したシングルだったらしいけど。。。

ボーカルの ばんばひろふみ氏は、この曲からちょうど「4年後」、ソロとして「Sachiko」を大ヒットさせたけど、ヒットが4年間隔だったことから、オリンピックアーティストなどと自分で言ってましたよね。
(ただし、「Sachiko」から4年後、83年のシングル「速達」はコケたけど。。。)
 しかも、この「「いちご白書」をもう一度」と「Sachiko」の売り上げ枚数が、ほぼ「同じ」・・という。

うむ、オリコンを調べると、両者で450枚しか売り上げが違わない。。。 これも奇跡的な売り上げと言うか・・・。

まさか、ほぼ同じ人しかレコード買わなかった・・・って言う訳じゃなかろろうにねぇ 



たまに出てくるけど、フジテレビで70年代後半不定期でやってた「ニューミュージックスペシャル」ですな。
この時の、ギターはメンバーの今井氏のようですが、レコードでは後のSHOGUNのギタリスト、芳野藤丸氏。
「泣き」のギターに藤丸氏ありって感じでしたね。

ちなみに、90年代「心凍らせて」を大ヒットさせた高山厳氏も、元バンバンのメンバー。
・・・・だったけど、全く売れないのでメンバーから脱退した後、この曲が大ヒット。悔しい思いをした・・・っていうのは、有名な話ですわね。



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SACHIKO / ばんばひろふみ

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今回の1曲セレクトは、「SACHIKO」ばんばひろふみです。

 まずはデータです。

・タイトル    SACHIKO
・アーティスト  ばんばひろふみ
・作詞      小泉長一郎
・作曲      馬場章幸
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1979年9月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   75.1万枚
・ザ・ベストテン最高位 2位
・ザ・ベストテンランクイン期間:1979年12月6日〜1980年2月14日放送分

 一時期話題になってたキラキラネームってやつも、どうもブームが去ったみたいだね。まあ、一時的に「加熱」するんで、ブームって言う訳で、飽きっぽい日本人の性格からして、そんなに長くは続かないと思ってはいましたけどね。
 
 ところで、最近、女性の名前がタイトルになってる曲って、とんと見かけなくなったよなぁ。
 昔はさぁ、それこそ、なんでもありじゃないけど、いっぱいあったよなぁ。 「順子」でしょ、「洋子」でしょ、「ゆうこ」でしょ・・・・。

 うーん、どうして最近はないんだろうねぇ・・・。 演歌っぽいから?

ま、仮に、最近「女性」の名前がタイトルになった場合、「○○子」っていうのは、ないだろうなぁ・・・。
 最近は、あんま、「○○子」ってパターンも少なくなってるからねぇ。



・・・・っつうことで、今回は、もろ女性の名前の曲、どえす。

 ばんばひろふみの「SACHIKO」

 うーん、遅かったくらいだよね、書くの。 いや、でもさ、なかなか、いままで書くタイミングがなくてさぁ・・・、のびのびになってたんだよねぇ。

 この曲、当時、ワタクシ、好きでねぇ、よくウタってましたねぇ。歌詞の意味もわからずに。あせあせ

っつうか、今、思うと、完全に「歌詞」間違えて覚えてたんだよねぇ。

 当時は、もちろんネットなんかなかったし、レコードは高くて、小学生の小遣いじゃ変えなかったし、まだ、「明星」「平凡」は読んでなかったし・・・、唯一さ、テープレコーダーで歌っているところを録音して、「耳」で覚えるしかなかったんだよね。いわいる「耳コピ」よ。

 でもさ、レコーダーで録音・・・っつても、モノラルだからさあ、音が悪くて、だから、歌詞が聴きづらい曲も多かったのよ。

 でも、当時は、それでも全然、平気だったよなぁ。

 この曲なんかさ、2番の歌詞に

♪ 窓にひたいを押し当てて 家を出たいとつぶやいた〜 ♪

ってとろこがあるんだけど、ワタタシ

♪ 窓にひたいを押し当てて 家もでっかいとつぶやいた〜 ♪

だとずっと思ってたもんふらふらふらふら

 いや、そう聴こえたのよ、当時は。ふらふら

ま、そんなこともあってか、どうもイマイチ、自分でも意味がわかんない曲だよなー・・・なんて、思ってたりしたんだよねぇ。


 うん、もちろん、レコード音源を手に入れて、歌詞カードも手に入れ時からは、意味も通じるようになりましたけどね。

でもさ、今、歌詞を読むと、可愛らしいしだよなぁ。 


要は、「幸せを語ったら5分もあれば終わっちゃうけど、不幸せを語ったら1日でも足りないよ」ってところから、「SACHIKO」っていう自分の名前は「ヒニク」に感じるよ。

 っていう内容だよね。

 まあ、ティーンエイジャー特有の可愛らしい悩み・・・ってところからなぁ。

 でもさ、当時のニューミュジックって、この間、中島みゆきの「わかれうた」を書いたときにも、そう書いたけど、喫茶店に置いてあるような「なんでもノート」に書いてあるような、内容の曲ってのも、結構合ったんだよね。

 ま、その内容からして、女性向きの曲っていうのかなぁ・・・。

 この曲なんかは、もろそのパターンだったんじゃないかなぁ。うん、いま思うとだけどね。最初に書いたように、個人的には、この曲、当時は、好きだったからさあ。

・・・・あ、今は、ちょっと、聴きすぎ・・・ってのもあって、若干、食傷気味なんだけど。。。ふらふら

 ちなみに、この曲のヒットが1979年で、ばんばひろふみ氏のその前のヒット「いちご白書をもう一度」が1975年の丁度同時期なんだよね。 4年に1度ヒットを飛ばすってことで、オリンピックアーティストとか呼ばれてましたねぇ。
 しかも、この「SACHIKO」も、「いちご白書をもう一度」も売り上げがほぼ同じの「75.1万枚」。 何の因果かこうなっちゃってるんだよねぇ。。




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