かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

かじやんチャート

自主チャート開始30年!

書こう書こうと思ってたのに忙しさにかまけて書けないでいたんだけども、今年は自分のランキングを作り始めて、丁度30年なんですよね。作り始めたのが1991年1月なんで。

ごくごく一部の方には「かじやんチャート」と言われているアレなんですが。。。

このサイトのプロフィールにもちょろっと書いてあるんだけども、「ザ・ベストテン」が終了して1年。 その間、大学入学など環境の変化もあり、一時ヒットチャート熱が下がっていた。
でも、1990年9月に自主サークル「オリコンチャート研究会」結成をきっかけに、再度ヒットチャート熱が復活。
自主的にランキング作るのも面白いというところから、「もし、今もザ・ベストテンが続いていたら」という仮定でシミュレーション的に初めて作ったのが、今でも自分のランクに残る1991年1月14日付ですね。

「ザ・ベストテン」のランクの算出方法。
まあ、今ではネットを調べればいくらでも出てくるんだけども、あの頃はまだネットもなかったわけで。。
ただ、1986年のオリコンウイークリーの読者投稿ページに「ベストテンの得点の出し方」を投稿している人がいたのを覚えていたんで、それを参考に作ったんだよな。

いわいる、レコード・有線・ラジオチャート・はがきリクエストの4要素なんだけども、あの頃はオリコンウイークリーに有線チャートも、ラジオリクエストチャートも掲載されていたんで、オリコンウイークリー1冊と、「ベストテンの得点の出し方」さえ知ってれば、誰でも「仮想 ザ・ベストテン」を作れたんですよ。
もちろん、ハガキリクエストは出せないんで、この分の要素配点を、レコード売り上げ、有線、ラジオに均等割りで振り分けて3要素で作ったんだけども。。。
後は自主的にチャートを作る気があるかないかの違いなだけで。。

最初はあくまでシミュレーションで作ったんだけども、これがサークルの仲間内では評判が良くて、それから毎週作り始めることになったわけですわ。

1991年の今頃って、小田和正「ラブストーリーは突然に」や、夏にチャゲアスの「SAY YES」などのビックヒットが相次ぎ、特に「SAY YES」はオリコンで13週連続1位だったじゃん。 
もし「ザ・ベストテン」が今でも続いていたら、「ルビーの指環」の12週連続1位を更新できたか・・・というのが一時的に話題になったりもしたんだよね。そんな折にベストテン方式でつくっていた自分のランクは参考になったし、ちょうどそういう時流でもあっただよな。

この春番組が終了となるTBSの「CDTVサタデー」の前身番組「
COUNT DOWN100」がスタートしたのが1992年秋。
「ザ・ベストテン」終了以後、復活したランキング番組でもあったわけだけども、そんな当時の時流に乗ったからこそ出てきた番組なんだよね。

 
あー、話がずれた。
で、程なくして、国会図書館に1976年以降の「コンフィデンス」があるのを思い出して、これまた「シミュレーション」として本家・ベストテンが始まる以前の「ザ・ベストテン」を作ってみたら・・ということで、国会図書館通いが始まったりね。。

当初はあくまで「ベストテンが始まる以前の・・・」ということで始めたんだけども、自分のランクは「本家・ベストテン」とは要素と得点配分が異なるんで、これでは後々単純比較ができないな・・ということで、1978年以降も自分の要素で作り続けることにして、現在の形が出来たわけです。
(1990年以前の「過去」チャートと「現在」のチャートが繋がったのが1997年末だったと思う。大学卒業後も仕事の合間をみつけて国会図書館に通ってたんだよね。大分頻度は落ちたけど。。。 あの頃はまだPCもなかったんで集計はひたすら手作業というアナログ的作業だったんで、結局1976年以降のランクを作るのに足掛け7年かかりました)

以降、それまで自主サークル内だけで公開していたランクを2000年に件のサイトを作って一般公開を開始し、現在に至るまで毎週、ジミーにコツコツ作り続けてきたわけですわ。。。

まあ、当時は大学生で時間がいくらでもあっんたんで出来たことでしょうね。 
もし、1990年に「オリコンチャート研究会」なる自主サークルを結成しなかったら、併せて当時大学生で無かったら、恐らくこういう発想はしなかったんじゃないかなと思う。
いや、発想はしたかもしれないけど行動しないだろうな。めんどくさくて。
まだ、行動力があったあの頃だったから出来たことで。併せてサークルメンバーとの出会いが大きかった。
人生一期一会、これは、自分のチャートを通じて痛感したことですね。

P.S
昔、某C社にいたころ、当時のボスから、「なんでこんな膨大なデータコンテンツ持ってるのにビジネスにしないの? 俺だったらビジネスにするけどな」と言われたことがある。あの時は返答に窮して答えなかったんだけども、今考えてみると事業化に明るい意気投合できるパートナーと出会わなかったから・・と言うだけだったかもしれないな。私はそちら方面にはトンと疎いので、一人で事業化することはできない。
もし、経営化とか、事業化に明るい人に出会っていたら、もしかすると事業化に動いていたかもしれないけど。。。
でも、事業化せずに好き勝手にやってきたので30年も続けて来れたとも言えるんですけどね。。

さあ10月

気が付けば、もう10月じゃんか・・・。

・・・という事でもないんだけども、今、今週の自分のチャートを集計し終わり、ちょこっと、SMAPの「世界に一つだけの花」の、「今年」だけのトータル得点が気になったんで、集計してみた。



・・・・ぷぷぷ


今週のチャートで、「今年だけ」のトータル得点が8万点を突破 


うーむ、このまま行けば、今年の年間1位を取ってしまいそうな気配。 それだけでなくこのままのペースでいけば、今年だけで10万点の大台を突破しそう。

特に、今年の紅白に出るなんて決まったら、これから年末にかけてさらに盛り上がって来るだろうしな。

But But But

リリースから13年も経ってる曲が年間1位になる  

っていう前代未聞の異様な展開にちょっと戸惑っているワタシ。



まあ、それだけ、この曲が「国民的」って言う事なんだろうが。。。。

それよか、今年「2016年」リリースの曲はどうしたんだ ってことだよなぁ。


ちなみに、オールタイムでのトータル得点は、今週で344,263点。

先週のランキングで、ついに40年間「不動」の1位だった、都はるみ「北の宿から」の牙城を突破
1976年以降、40年間ランキングでも1位に躍り出ましたワ。。。

2000回!

このブログの「本店」として運営しています、ヒットチャートサイト「THE HITCHART NOW AND THEN」のランキングが、今週1月25日日付で、2000回目のランキングとなりました。

1976年1月12日付の第1回ランキングから数えて40年目、無事、2000回目のランキング発表とあいなりました!

 これもヒト様のご支援のおかげでございます! ありがとうございます!


この40年で、ヒット曲の形態も意義も、だいぶ様変わりしてしまいましたな。
あと10年で、このヒットチャートも、開始から「半世紀」となるわけだけど、果たして、10年後はどんなヒット曲情勢になってるんでしょうね。
 まあ、未来に期待を乗せつつ、ワタクシのランキングは、これからも続きます〜。


さて、「2000回目」のランキングを記念して、7年ぶりで、オールタイムランキングのTOP3000を、只今更新しました。

ちなみに、昨年の年間1位だった、松たか子「レット・イット・ゴー〜ありのままで〜」は、オールタイムランクに換算すると、935位ですwww


レベル低っexclamation ×2



なお、来年2016年は、ランキング開始「40周年」を迎えますねんでねぇ。その時は、今より拡大したオールタイムランクを載せたいですね。


よかったら、こちらも覗いてみてください。

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