かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1980年代ヒット曲

KID / 田原俊彦

1987_02_KID_田原俊彦


今回の1曲セレクトは、「KID」田原俊彦です。

まずはデータでする。

・タイトル    KID
・アーティスト  田原俊彦
・作詞      阿久悠
・作曲      井上ヨシマサ
・編曲      清水信之
・リリース日   1987年1月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   6.5万枚
・THEHITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1987年2月2日〜2月16日付

昨夜、NHKBSプレミアムで放送された「田原俊彦“還暦前夜!”スぺシャルワンマンライブ」、なかなか良かった。
90分にわたって、久しぶりにデビュー曲「哀愁でいと」からの数々のヒット曲を聴けたし。 なにより、今日2月28日で、トシも60才になったんですねぇ。
デビュー当時から「赤」が似合っていたトシではあるけど、まさか、「赤いちゃんちゃんこ」を着る年齢になってしまうとは・・・。
デビュー当時のトシから思うと、全く想像がつかなかったよなぁ。
BUT、昨日のライブでは、そんな年齢−還暦−には、全く思えないような「踊り」を披露。
「哀愁でいと」のサビ前の♪I SAY〜!♪の足上げポーズや、「原宿キッス」の、♪一度お願いしたい〜♪の開脚もみごとでしたね。
ま、確かに本人自ら指摘していたように、ターンのスピードとか、踊りの「切れ」は、20代のピーク時に比べると少し落ちていたように思えたけど。。。でも60才でここまで踊れるのは、素直にスゴイと思いましたわ。

・・・ということで、トシちゃん還暦〜60才〜を記念して、今回の1曲セレクトはトシちゃんの曲を持ってきたい。。。

・・・と意気込んだものの、さっすがに、トシの曲・・・特に今頃の時期にヒットしていた曲は、すでに大体、書いちゃったんだよな・・・・

・・・と言い訳しようかと思っていたら、1曲ありましたわ、まだ書いてない曲が。。。

「KID」 

1987年1月にリリースされ、今の時期にかけてヒットしていたこの曲、覚えてられる方、どのくらいいらっしゃるでしょうねぇ。

ま、当時、トシちゃんファンであった方には、常識的な曲ではあると思いますが、トシちゃんファン
以外の方は、すでに死角に入られている方も多いかもなぁ。

前年から4作続けて、阿久悠氏作詞、プロデュースのもと、アイドルから脱皮、大人のアーティストへのアプローチを試みたプロジェクトの最後の曲、それがこの曲になるわけですね。

デビュー7年目を迎え、アイドルから大人のアーティストへの脱皮と言うこの試みは、今となっては理解できるけど、当時は、今一つピンとこなかったな。

理解しようと思う前に、ヒット規模が以前にもまして縮小していたし、なにより、86年当時のおニャン子旋風の前に、今一つ時代との折り合いがついていないようにも映っていたんだよね。

もしかすると、このままトシちゃんはフェイドアウトしていくのかもしれない。。。なんて感じてたなぁ。

そんな中でのこの「KID」のリリース。

通常だったら、このまま引っかからなかった今間通り過ぎていたのかもしれないけど、どういうわけか、この曲にはひっかかった。

なんでなんだろう?・・・ってところなんだけど、 やっぱりジャニーズでの盟友、まっち先生と久々にヒット時期が重なったっていうのも大きかったんだろうね。

そそそ、まっち先生の「愚か者」のリリースが1987年1月1日。しかも、まっち先生にとっても久々の大ヒットだったからさ。これは、トシも一つ、久々に大ヒットで、まっち先生とのヒットチャート上の共演を・・と言う気分になった様に思いますね。

まあ、それ以前に、この曲の音の分厚さ、音圧のすごさ、ただ疾走感あふれる曲調だけに、重すぎない独特な重量感についつい耳が行っちゃったんだよな。

トシの曲って、ここまで音が厚くて音圧が凄い曲、それまでのシングルではあんまり感じたことなかったからさあ。 
イントロ最初のファンクベースに続いて、ブラス隊の分厚い音の運び。 これにやらちゃったところもあるな。
ま、当時、個人的にもブラスをやっていたこともあってブラスには耳が行っちゃってたところはあるけど、ここまでの分厚いブラスは、少なくともアイドルソングではあんまりないしね。

あ、ダークなラテン風なイントロの流れにも引っかかったと思う。
作曲の井上ヨシマサ氏による、ダークで小悪魔的、かつ音圧の高いイントロ、サウンドというと、個人的には、どうしても、91年のミポリンの「Rose」を思い浮かべてしまうんだけども、そこに至るまでの最初の曲と位置付けてもいいんじゃないのかなぁ・・なんても思ったり。


確かに82年の「原宿キッス」のイントロでの分厚いファンクベースなど局所的には音圧を感じた曲がそれまでもあったことはあった。

けど、ここまで曲全般にわたって音が厚い曲って、それまで無かった・・に少なくとも当時の時点では感じたんだよね。


兎も角、この頃になると、おニャン子のお気楽な曲調に個人的には辟易していて、もっと刺激のある曲を聴きたい・・そういう気分になっていたんだよね。
そこに持ってきて、この曲のような刺激のある分厚い曲が来たわけでさ。 引っかかったのも当然だったかもしれないな。





ちなみに、この曲って、作曲者 井上ヨシマサ氏による、曲、アレンジ同じ、歌詞違いの別曲が存在するんだよね。

↓ コレ 「赤と金のツイスト」



リリースは、この「赤と金のツイスト」の方が1か月後だけど、楽曲作成はこちらの方が早かったため、「赤と金のツイスト」の方がオリジナルだそうですわ

なんてかいてるワタシも、今回、初めてこの曲の存在を知ったんだけども。。。。

ちなみに、著作権上は「赤と金のツイスト」と「KID」は別曲扱いIになってる
(「赤と金の〜」作詞者の川村真澄女史、「KID」作詞者の阿久悠氏いずれもJASRAC会員なんで著作権使用料分配のために別曲扱いになっているんじゃないかな)けど、楽曲管理はいずれもジャニーズ事務所になってたりして。。。ちょっと変わったパターンの曲ですな。

それにしても、井上ヨシマサ氏も長いですね。 未だにAKBグループなどに曲を書かれているし。。。



ところでさ、1986年あれだけ全盛を誇っていた、おニャン子関係も、年が明けて1987年になると、やや求心力が落ちて来てたんだよね。

まあ、今考えると、時代の流れなんだけどさ。
そんなタイミングで、今回のトシちゃんの「KID」をはじめ、まっち先生の「愚か者」とか、明菜さんの「TANGO NOIR」、キョンキョンの「水のルージュ」とか、マイナー系ではあるけど音圧が高い、おニャン子とは毛色が違う、対極的な曲が相次いでリリースされて来てたじゃん。 

今考えると、おニャン子の他の陣営も仕掛けて来ていたんだな・・というのがよくわかるんだけども、当時は、そこまでは見えてなかったんだよね。

まあ確かに1987年っていう年はレコード売り上げは底だったんだけど、これはあくまでシングルCD化が遅れた代償であってさ、今になってみると、次のステップへの「種」は確実に蒔かれていたんだな・・っていうのが分かりますね。

そういう意味もこめて、1987年の曲については、今一度見直してみようかなぁ・・なんて思っているんですよね、個人的には。


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ぶりっ子Rock'n Roll /紅麗威甦

1982_02_ぶりっ子ロックンロール_紅麗威甦


今回の1曲セレクトは、「ぶりっ子Rock'n Roll」紅麗威甦です。

まずはデータでするぅ〜。

・タイトル   ぶりっ子Rock'n Roll
・アーティスト    紅麗威甦
・作詞     翔
・作曲     翔
・編曲     T.C.R.横浜銀蠅.R.S      若草恵
・リリース日  1982年1月20日
・発売元    コロムビア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  16.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1982年2月22日〜3月1日付

Adoの「うっせぇわ」。ワタシのランクでも1位を取っちゃったりして、ヒット曲と言う意味ではホントにホンモノになっちゃったなあ。
この曲は、表向きの顔と、ウラの顔と二面性について歌われているわけじゃん。 よく言えば「ホンネ」と「タテマエ」というかさ。
まあ、だれでも持ち合わせてるといえば、そうなんだろうね。だから、これだけ広く共感を持たれて刺さった方が多いんだろうなぁ。

でもさ、今からしてみれば80年代に見られた「ぶりっ子」っていうのも、もしかすると、そんなホンネとタテマエとしての表現の一つだったんだろうね・・・とトートツに書いちゃったりして。。。

・・・なんて今回引っ張ってきた曲の「前フリ」だったりして。。。

はい、今回引っ張ってきた曲は、紅麗威甦「ぶりっ子Rock'n Roll」。

紅麗威甦としてのデビュー曲ですね。

その前に紅麗威甦  だれじゃい、一体・・・。

なんて方は、ここ読みに来てる方には、・・・居ないですかね〜。

1980年代前半 時代を味方に一世を風靡した「横浜銀蝿」の弟分としてデビューした「バンド」ですね。
今や、性格俳優としてNHKの大河ドラマにまで出演してしまうような大物になった、杉本哲太氏がボーカル、ギターだったあのバンドですわね。

横浜銀蝿の弟分ということで、当たり前のように「ツッパリリーゼント」に黒の革ジャンという、いでたち。しかも全員、当時高校生・・・だったのかな? 杉本氏の最終学歴は中退になっているけど、この当時は・・・。

同じく横浜銀蝿の弟分として、このすぐ後に、嶋大輔氏がソロデビューをすることになるわけだけど、同期のような存在でしたよね。

あの頃、リーゼントに、ドカンに、短ラン、長ランの、トッポそうな、見た目にツッパリの方ですよね・・・と分かるお兄さん、お姉さん、いっぱいいたよなぁ。

いや、正確には、この曲がリリースされた頃は、個人的には、まだ福島にいたんで、身近にはこのような「いでたち」の方たちは居なかった。 なんせ、中学生は男子は強制的に全員「坊主」だったんで、リーゼントなんて考えられなかったから。。

でもさ、すぐ後に千葉に引っ越して来たら、強制「坊主」ではなかったんで、居ましたねぇ、うちらの中学校にもツッパリファッションの方々が。。
特に、うちらの中学校と、俳優・石丸幹二氏が卒業した隣の中学校は、共にマンモス校で荒れてましたからねぇ。 まるで金八先生第2シリーズの「荒屋二中」みたいな感じで、しょっちゅうガラスが割られたり、トイレの個室に仕切りが無かったり、警察が介入してきたり・・・という感じで。。。

いずれにしても、そういう中学校だったんで、見た目この「紅麗威甦」のようなチリチリリーゼントのお兄さんや、長ーいスカートひきずったお姉さんがいっぱいいたわけよ。

ワタシゃ、平和だった福島からそういう環境にいきなり放り込まれたんで、ある意味カルチャーショックだったよなぁ。。。


あー、話がすれてきた。

そんな「紅麗威甦」のメンバーのなかでも、個人的には杉本哲太氏って怖かったんだよなぁ。
このヒト、当時は目が笑ってなかったからさ。
例えば嶋大輔氏なんかは、確かに喧嘩させたら強そうだよなぁとは感じたけど、意外と優しい目をしてたりするんだよ。

ツッパリのファンシイ化。 「歌謡界 一発屋伝説」で著者の宝泉薫氏は、当時のツッパリのフッション化をそう例えているけど、嶋大輔氏なんかは、まさにそんな感じだったんだよね。

でもさ、杉本哲太氏はちょっと違ったような印象があったんだよなぁ。このヒト、怒らせたらマジでヤバイ様な雰囲気があったのよ。
下手するとマッポ(警察)の「お世話」になってもおかしくなかったような。。。

だから、40年後の今、「相棒」シリーズで警察官僚役をやってる杉本氏を見てると、隔世を感じるよなぁ。

でもまあ、中学校の時ことを振り返ると、そんなツッパリファッションのお兄さん、お姉さんたちって、実際接してみると、見た目に反していいやつが多かったんだよ。
まあ、ワタシの周りでは偶然にもそうだったのかもしれないけど、でも、当時、めっちゃ強面でヤンチャしてた方で、今やいいオッちゃんやオバチャンになってる人って、結構多いじゃん。

それを考えると、杉本哲太氏も、同じなのかもなぁ。。。 若気の至りってやつでさ。



だけんどさあ、この曲にしたって若気の至り感、満載だよなぁ。
なんすか ♪ブリブリ ブリッ子ROCK'N ROLL〜 ♪っていう出だしは・・・
今となっては、ほとんどギャグでしかないような曲だったりもするんだけども。。。 

いやいや、個人的には当時からして、ほとんどギャグにしか思えなかったんだけども。。。

・・というか、少し前の銀蠅の「ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編)からして、ギャグだったりしたからなぁ。 この曲はその延長のように感じたし。

それ以上に「歌謡曲」だよね、この曲は。たしかに表面的な形式はロックンロールではあるけども。

若草恵氏という歌謡ポップスの王道のアレンジャーが絡んできていたわけで、そうなるのも必然なんだろうけどね。

若草恵と銀蠅というと、前年、西城秀樹氏に贈った「セクシーガール」のアレンジが若草氏だった関係もあり、そこからの流れなんだろうけど、なぜこの曲で若草氏だったのかと言うのは、ちょっと理解が難しいんだよな。

銀蠅ってストレートな3コードのロックンロールがバイクでぶっ飛ばしているような疾走感があってサイコーっていうところから、族の連中を中心に、ツッパリの方々とかに受けて出てきた人たちじゃん。

それから見ると81年の「羯徒毘薫'狼琉」なんてのは、サイコーな1曲だと思うんだけどさ。

でも、そういうストレートな3コードのロックンロール一本やりでは、この後きつくなるのはわかり切っていたわけでさ。
それとツッパリお兄さん、お姉さんたちだけではなく、一般のお客さんを取り込むには、ある程度の歌謡曲化もやむなしと考えていたのかもしれないけど。。。。

ただ、杉本氏なんて、当時はこの曲どう思って歌ってんだろ?  ・・・・なんて、思えてしょうがないんだよな。
「やってらんねぇよ」とは思わなかったのかねぇ・・とかさ。 まあ、それ以上に銀蠅の嵐さんや、事務所社長の大坂氏がおっかない存在だったんだろうけどね。

それにしても、それまで、ツッパリって硬派だと思ってたところがあるのよ、個人的には。
族って組織的なタテ社会なところから硬派っていうイメージが強かったし。でも、「ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編)」につづく、この曲をみると、どうしてもナンパなイメージしか出て来なかったんだよな。
まあ、この曲あたりの時点では、まだ銀蠅一家のツッパリイメージに嘘臭さまでは感じてなかったけどさ。
でも、この年1982年の年末ごろになってくると、だんだん嘘臭さを感じたりしてね。 それとともに銀蠅一家の人気も急激に衰えていくんだけど。。。


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リバイバル / 五輪真弓

1981_11_リバイバル_五輪真弓


今回の1曲セレクトは、「リバイバル」五輪真弓です。

まずはデータです。

・タイトル    リバイバル
・アーティスト        五輪真弓
・作詞      五輪真弓
・作曲      五輪真弓
・編曲      Michel Bernholc
・リリース日   1981年9月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 24位
・売上げ枚数   12.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 20位

長年ヒット曲を追いかけてくると、いったいどこでこの曲に出会ったんだろう? と思える曲があったりする。初めて聴いたときのことを全く覚えていないって曲ですね。
少し間前に書いた、ジュリーの「ロンリーウルフ」でも同じようなことを書いたと思うんだけども、今回引っ張ってきた曲もそんな1曲だよなぁ。

五輪真弓「リバイバル」。

いや、引っ張ってきたのはいいけど、ここ読んでくださってる方で、一体どの程度この曲を覚えていらっしゃるだろう・・・・っていうのは、いささか不安だったりもするんだけど。。。。

リリースは、今から39年前、1981年の9月だけど、丁度今頃ヒットのピークだった曲だ。
時代的には、あの超大ヒット曲「恋人よ」から、丁度1年後という事になる。

とはいうものの、何せオリコン最高位24位ですからねぇ。今となっては五輪さんのファンとか、1981年と言う時代をこよなく愛している方でもなければ、すでに死角に入っててもおかしくない曲ですわ。 
ま、売り上げ的には一応10万枚オーバーで、当時のスマッシュヒットではあったんですけどね。

・・・なんていつものごとく、さぞ当時から、よく知ってました・・のように書いてるんだけども。。。最初に書いたように、この曲を当時、何処で初めて聴いたのか、と言うのは全く覚えてない。

たださ、当時の月刊「明星」付録の「Youn Song」には新曲として載ってたなっていうのは、覚えてたりして、曲の存在は当時から知ってたんですけどね。(実際1982年1月号では楽譜入りで載ってたりする)

確実に覚えているのは、1983年秋、新聞広告で見て購入した、ソニーファミリークラブから発売した通販の「ニューミュージック大全集」に収録されていたことだなぁ。
そう、この曲の音源は、あの時に手に入れたものなんだ。だから、かなり古くから音源はあったわけで、通常であればあの時、この曲を初めて聴いたんだ・・・と思うのが普通だと思うんだけど。。。

でも、どうもイメージが違うんだよね。 あの時(1983年秋)初めて聴いたものならば、この曲を聴くときは、1983年のカラーがフラッシュバックされてもおかしくないのに、 聴くたびに、ヒット当時、1981年秋のカラーが浮かんでくる。

1981年の秋ちょうど今頃の時期のヒット曲って、ワタシの中では一様に紅葉カラーなイメージなんですよね。
いつだったか、松田聖子さんの「風立ちぬ」の時にも書いたと思うんだけど、1981年秋は、紅葉狩りを兼ねたドライブに頻繁に出かけた年だ。 まだ、福島のいわきに住んでいたころで、紅葉狩りのドライブに裏磐梯に行ったり、霊山に行ったり。 めっちゃ紅葉シーズンの頃でさ、夕日に真っ赤に染まったモミジとか、黄金色に染まった銀杏の木の光景が、39年経った今でも、未だに浮かんでくるんだよね。

で、この「リバイバル」を聴くといつも決まって浮かんでくる光景が、霊山の帰り、国道6号線を走っていた、夕日に黄金色に染まった銀杏並木。あの光景だ。

この曲、アレンジャーがフランス人である、Michel Bernholcということもあり、フレンチポップスの様相が強い。 ややアコースティック色が強く全体的に濡れていて、フレンチポップス特有のサウンド。

まあそれを言ったら、あの大ヒット曲である「恋人よ」も同じフレンチポップスの色は濃い。 イントロのストリングスのフレーズもどこかクラシック的で。
それでも、この「リバイバル」よりも安心感がある。安心感と言うのは、やっぱり日本人である船山基紀氏のアレンジと言うところもあるのかもしれない。
フレンチポップス的ではあっても、どこか日本人ならではの味付けがある。そこに安心感を感じたりしてね。

例えば、フランス料理であっても、本場のフランス人シェフが作った料理よりも、日本人シェフが作った料理の方が安心できる。。という事と同じように。

同じフレンチポップス風な曲調であっても、両者で売り上げ大きく差が開いたのは、この辺りが大きかったかもしれないな。

ま、もちろん、それだけではなく、楽曲のアクの強さ、弱さという違いも大きいとは思うけど。
この曲は、「恋人よ」に比べると、やっぱりインパクトの面で弱いですからね。


・・・・ととと、なんか話がずれた。。。 
この曲を初めて聴いたのは・・・って話でしたね。

そうそう、この曲を聴くと福島の
霊山の帰り、国道6号線を走っていた、夕日に黄金色に染まった銀杏並木の光景がフラッシュバックするって話ですね。
そんな風景が、もろフレンチっぽかったんですよね。 この曲にぴったり当てはまるような。。。

・・・ということは、恐らく、1981年11月頃、霊山にドライブにいったころは、この曲すでに聴いてたのかもなぁ。
ベストテンには入ってなかったので、「ザ・ベストテン」ではなかったはず。

もしかするとTBSラジオの「ザ・ヒットパレード毎日がベストテン」で聴いたのかもなぁ。 
そそそ、1981年11月、テレビだけでなくラジオにも進出というわけで、TBSラジオで月〜金曜の21時〜21時45分に毎日放送していた、「ザ・ヒットパレード毎日がベストテン」を聴き始めたのが丁度この頃だ。
その中の月曜日の「ニューミュージックベストテン」。きっとここで初めてこの曲を聴いたんだ。
総合ではベストテン入りはしてなくても、「ニューミュージックベストテン」にはランクインしてたと思えるしね。
うん、これなら納得するな。

  

初めに書いたように、今から39年前、オリコン最高24位ってことで、当時の動画はさすがに残ってないですねぇ。
・・というか、この曲、ヒット当時テレビで歌っていたのかなぁ・・・という疑問は残るが・・・。
そんなこともあってこの曲自体の動画が少ない。。。
しょうがないんで、一番レコードのアレンジに近い動画を引っ張ってきましたわ。

でもさ、妙なもんで、こう、テレビで歌っている音を聴くと、「恋人よ」よりも、こちらの曲の方が「歌謡曲」っぽいなぁ・・・なんて思えたりしますね。
レコード音源では、もっとフレンチポップスっぽく聴こえるんだげなぁ。

ちなみに、レコード音源は、もっと鼻にかかったようなボーカルなんだよね。
そそそ、鼻かぜをひいてたのかわからないですけど鼻声気味なのよ。 でも、個人的にはそこに引っかかっちゃったりする。 どこか、肩の力が抜けたように感じたりしてさ。
特にサビの
♪ アー 繰り返すだけの思い出は〜 ♪ の 「繰り返すだけの」の「の」が「ぬ」に聴こえたりして、なんとなくセクシーなんだよね。

ただ、今からして思えば、そんな方の力が抜けていた分、インパクトがかけてしまったのは否めなんだろうなぁ。


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Dance With You / TUBE

1987_09_Dance With You_チューブ


今回の1曲セレクトは、「Dance With You」TUBEです。

まずはデータから。

・タイトル    Dance With You
・アーティスト       TUBE
・作詞      亜蘭知子
・作曲      栗林誠一郎
・編曲      長戸大幸
・リリース日   1987年8月26日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   11.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1987年9月14日〜10月12日付

昨日、夏の終わりを感じさせる曲ということで、C-C-Bの「不自然な君が好き」を書いたんだけども、本当は、今日引っ張ってきた、この曲が本命だったのね。

TUBE 「Dance With You」

正確には「夏の終わりを感じさせる」というよりも、「秋を感じる」というほうが正しいんだけども。

なぜにこの曲が「秋を感じさせる」のか・・と言ったら、やっぱり、ザ・ベストテンでの黒柳さんの「秋でも売れるチューブになってよかったですね」っていうコメントに尽きますね。

前年の「シーズン・イン・ザ・サン」のブレイク以来、「チューブ=夏」っていうイメージが定着して・・・うんにゃ、んな生易しいもんじゃなく、夏以外は活動してないようなイメージになっちゃったじゃん。

まあ、現実に前年の86年については冬はシングルリリースしてなかったしな。 いや、正確に言えば
9月に「ビコーズ アイ ラブ ユー」っていうバラードをリリースしてたんだけども、ベストテン入りできずに、今一つ不発だったために、一層「チューブ=夏」っていうイメージが強くなっちゃったんだよね。

そんなわけで、翌87年は、秋にリリースしたこの「Dance With You」も、めでたくベストテン入りし、件の黒柳さんのコメントに繋がったんだろうね。

たださ、やっぱり、私的には勘違いしてたんだよなぁ。 

「秋でも売れるチューブ」ということで、やっぱり9月リリースの10月のヒット曲とずっと思いこんでたんだよなぁ。

そしたら、実際はリリースが1987年8月26日の、9月のヒットだったんだよね。

うーん、そうだったかなぁ。 やっぱり昨日書いたC-C-Bの「不自然な君が好き」同様、この曲と言ったら、スズムシの鳴き声っていうイメージが強いんだけどねぇ。。。

そそそ、当時、この時期になると毎年、おふくろがどこかからか貰ってきて飼ってたスズムシ。

その証拠に、ベストテンから録音したカセットの後ろにスズムシの鳴き声も入ってたんだけどなぁ。。

いや、あれは、徳永英明の「輝きながら」だったかなぁ・・・・。

ただ、今、この曲のベストテン入り期間を改めて調べたら、確かにランクインしてきたのは、1987年9月14日と、丁度33年前の今頃だったわけだけど、それから1か月間ランクインしてたわけで、やっぱり10月までベストテン入りしてたんだよな。

恐らく、ワタシの中では、そんなベストテン入り終盤の頃の記憶が残っていたのかもしれないな。

昨日のC-C-B「不自然な君が好き」はニューウェーブっぽくて、当時は引っかからなかったと書いたんだけども、この「Dance With You」は好きだったな。

まさか、TUBEがこんなダンサブルなポップチューンをやってくるとは思っても見なかったし、これがダンスナンバーが合うんですわ。

デビュー曲からそうだったけど、この人たちはもっと土臭い曲の方があってるようなイメージだったんだけどね。

その証拠に、前年秋にリリースした「ビコーズ アイ ラブ ユー」は、いわいるシティポップっぽいバラードだったじゃん。どこかオメガトライブを意識したかのような。
だからあんまり売れなかったのか・・とも思えちゃったりするし、 そうなるとやっぱり土臭い、どこかダサい曲の方がこの人たちには合ってるのか・・ともますます思えたりしてたんだよね。

そこにきて、このダンスチューン。 でも、予想に反してこの人たちにもあってたんだよなぁ。

やっぱり、オメガトライブになり過ぎてなかったのがよかったんだろうな。 つまりダンスチューントイッテもシティポップにより過ぎなかったところかよかったんではないかってこと。

作詞 亜蘭知子  アレンジ 長戸大幸 っていうのは、「ビコーズ アイ ラブ ユー」と同じ布陣だけど、勉強したんだろうね。 同じ轍は踏まないってところは、さすがはビーイングの中心メンバーというところですかねぇ。

ただですよ・・・。オリコン最高位は前曲の「サマードリーム」と同じ3位まで行ったものの、売り上げが半減なんだよなぁ。
うーむ、このあたりがちょっと個人的には納得しがたいんですけどねぇ。。。。

秋でも、ベストテン入り、売れてよかった・・というても、やっぱりTUBEは「夏」っていうイメージが俄然強いって事だったんだろうね。




「ザ・ベストテン」の初登場の時のだ。
うーん、スタジオで歌った時があったんだな。 どうも、この曲って野外で歌っているイメージが強かったんでね、ちょっとこれは意外だった。
しかも、キーが半音低いよな。 だからなのかレコードで聴いたときのスピード感、独独のドライブ感も今一つですねぇ。

それでも高々2分半のワンハーフ(TV用)でも、ここまで生演奏でノせてくれるとはね。メンバー一人一人は、まだまだみんな若かったけどテクニックはあったんだよね。
さすがはビーイング系というべきですかね。


関係ないけど動画の冒頭は、年末にジャニーズ退所を発表した少年隊のニッキ。「君だけに」でランクインしてた時ですね。


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不自然な君が好き / C-C-B

1986_09_不自然な君が好き_C-C-B


今回の1曲セレクトは、「不自然な君が好き」C-C-Bです。

まずはデータなのだ

・タイトル    不自然な君が好き
・アーティスト  C-C-B
・作詞      松本隆
・作曲      関口誠人
・編曲      大谷和夫 C-C-B
・リリース日   1986年8月27日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   14.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年9月8日〜10月20日付

涼しくなってくると、脳裏をかすめる曲がある。 うん、1曲や2曲ではないですね。 各年にそんな曲があるからもう何十曲もあるわけで。 それらの曲を聴いただけで、それぞれの年の夏の終わりの風景がフラッシュバックするな。同じ夏の終わりでも、それぞれの年によって風景が変わるからねぇ。

まあ、これも年を重ねてきたせい・・・いやいや、これは年を重ねなきゃ味わえない風景ですな。

今回は、そんな夏の終わり、うん、1986年の夏の終わりを感じさせてくれる1曲を引っ張ってきますか。

C-C-B   「不自然な君が好き」。

まあ、夏の終わりを感じると言っても、当時、この曲を好んで聴いていたわけでもないんだけどね。
むしろ、あんまり聴いてなかったんじゃないのかなぁ。

あの当時、毎年今頃になると決まっておふくろがどこかからスズムシをもらってきて水槽で飼ってたんですよ。これが夜になると一斉に鳴きだしてさ。秋を感じたものですよ。

いつだったか詳しい日時は覚えてないけど、たしか「ベストテン」でこの曲が流れてた時、件のスズムシが一斉に鳴きだしてさ、一気にシミジミとした気分になったのを未だに覚えてるんだよね。

その記憶のせいなのかなぁ、この曲を聴くと夏の終わり〜秋を感じるのは。

いや、正確に言えば夏の終わりじゃないんだよね。時期的にもう少し秋が深まってたような記憶があったんだんだけどね。

逆に言えば、この曲が9月の今頃のヒットだったとは思ってなかったんだよね。10月のヒットだったような・・・って記憶してたんだけど。。。

あ、いや、でもベストテンランクイン期間をみるとあながち間違ってもいないのか。。。

C-C-Bという、一時代を築いたバンドの曲なのに、今まで1曲セレクトで残っていたのは、やっぱり、当時、個人的にあんまり引っかからなかったというのが大きいな。


この曲、ブレイク後初めて筒美京平氏から離れ、メンバーの関口氏が作曲。
だから、どうしてもメロディに戸惑うんだよね。特にAメロのメロディラインの流れは尖ってるし、それでいて無機的でね。当時は違和感いっぱいだったなぁ。

この頃になると、特にバンド系の曲ってエッジが効いた無機質なサウンドが増えたんだよね。
いわいるニューウエイブ系な音。 簡単に言えば80年代以降の洋楽、特に当時のブリティッシュ系っぽい音っていうのかなぁ。

当時、個人的にはこれが生理的にダメでね。ま、それもあって当時ヒット曲から意識的に距離を置いてたんだよね。 
ニューウェイヴ系なロックサウンドばかりじゃなく、おニャン子一辺倒な状況に加えて、急激にオタク的マニアック化したアイドル系にも辟易して、86年のちょうど今頃からヒット曲そのものに距離を置いてたわけなのよね。

もちろん、当時オリコンは定期購読してたし、ベストテンも毎週見てたんたんで、完全に距離を置いてたというわけではないけど。

まあ、オリコンもベストテンもこの頃「惰性」で見てたんだけどね。 ベストテンは毎週ランクを記録してたのもあって、やめるにやめられない状態だったし。
そそそ、歌を聴くというよりもランクを記録するのが一番の目的になってたのよ。。。  
だからね、この当時以降、ベストテンでの実際の歌の場面ってほとんど覚えてないんですよ、ワタシ。

歌の場面になると、オリコンの記事やランキング、あと、明星の歌本読んでたりして、テレビほとんど見てなかったんで。。。


 ニューウェーヴ系には引っかからなかったけど、この「不自然な君が好き」と同時期にベストテン入りしてたアルフィーの「ROCKDOM〜風に吹かれて〜」って曲には引っかかったんだよな。
曲そのものというよりも、歌詞の内容に。
いや、それ以前にこの曲で歌われていた1969年、新左翼運動、学園紛争、ロックアウトっていう、ちょうど私が生まれた当時の世相に。

恰も、当時17歳になったばかりのワタシには、私はいったい何者なのだ? っていうアイデンティティも生まれて来ていたのかもしれない。
それと、アルフィーの「ROCKDOM〜風に吹かれて〜」で歌われていた、ワタシが生まれた時代という世界観が丁度リンクして引っかかったのかもしれないけど。

丁度この年の10月からTBS系で「テレビ探偵団」が始まったりして、時代を回顧すること自体が流行りのようになってきたようなところもあった。
 そんな機運にのっかったというのもおかしいけど、いずれにしろ個人的に1960年代っていう時代に傾倒してたんだよね。

もちろんヒット曲への興味も時代をさかのぼり始めたわけで、東京・蒲田の中古専門店「えとせとらレコード」に足しげく通いだしたのもこの頃だったと思う。
そんな流れの中で音楽に関してはG.Sが見直されて来ていて、ちょっとしたブームになってたんですよこの頃。いわいる「ガレージ」なサウンドだよね。 
個人的には80年代のニューウェーブな音よりも、60年代のガレージのほうが生理的に合ったんだよなぁ。
どこか不良っぽいし、なにより夜に向かった音じゃん、ガレージなサウンドって。
この間のゴールデン・カップスでも書いたように、酒とタバコと・・・っていう夜の匂いと不良な音楽が個人的に音楽の記憶の原点だったりするんでさ。 そこにはガレージなサウンドがあったんだろうね。だからさ、初めて意識してG.Sを聴いたときは「これだ」と思ったのよ。これが私の原点だと。
生理的に嵌ったのも当然だったかもしれないな。
そんなわけで、最新ヒットについては、すっかり疎かになっていましたね、この頃。

1986年の後半、特に今頃で一番記憶にあるのはそんな時代の流れなんだよね。


あ、話がかなりずれたな。。。。メンゴ 




件の「ザ・ベストテン」。
この時も絶対に見てた(ハズ)なんだけども、↑のように理由で、今動画を見ても全く記憶になかったですわ。。。。
この曲、ベストテンでは一度「中継」で歌ったことがあったと思うんだけど、その時の記憶はあるんだけどなぁ。

たださ、当時、聴き込んでなかったこともあり、今聴くと結構新鮮だったりしますね。
例えば「Romanticが止まらない」なんてのは、「懐かし番組」ぢゃ未だに頻繁に流れるし、だから新鮮味は感じないけど、この曲なんか、いまとなっちゃまず流れないしな。その分、新鮮なんだよね。

当時、あれだけ嫌だった、ニューウェーヴ系の音も、今は全く違和感なく聴けるしね。


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ねじれたハートで / 桃井かおり 来生たかお

1982_09_ねじれたハートで_桃井かおり 来生たかお


今回の1曲セレクトは、「ねじれたハートで」桃井かおり 来生たかおです。

まずはデータです。

・タイトル    ねじれたハートで
・アーティスト  桃井かおり 来生たかお
・作詞      来生えつこ
・作曲      来生たかお
・編曲      星勝
・リリース日   1982年7月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数   16.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位

いやいや、久々の「1曲セレクトですわ」。書き方忘れてしまっていそうですねぇ。
ここの所、リアル仕事が詰まっていて、週末も「自主的」に仕事しててなかなか1曲セレクトを書く時間がなかったわけなんですが。 たまたま今週末は時間が空いたんで、久々にPCに向かってたりします。

食べ物でもそうなんだけど、子供の頃は嫌いだったけども、大人になるとおいしく感じる食べ物ってありますよね。
音楽も同じなんだよなぁ。
子供の頃嫌いだった曲でも、大人になるとなぜか受け入れられる曲ってありますよね。 まあ、演歌の世界なんてのはそういう曲が多いかな。
この世に生を受けてから数十年。紆余曲折しているうちに、好みの音楽も変わってくるってやつですかねぇ。

今回引っ張ってきた曲も、そんな1曲ですね。

桃井かおり 来生たかお 「ねじれたハートで」

この曲、子供の頃(と言ってもヒット当時、すでに中学1年になっていましたが)、どうもキライだったのね。キライというか、生理的に受け付けたくなかった・・というか。

今考えると、どうしてだったんだろう? なんて首をひねりたくなったりもするんだけど。。。

あの頃、大人の世界に反感があったんですよ。 まあ、反抗期ってやつですね。
小学生の低学年の頃、あんなに早く大人になりたいなんて大人の世界に憧れがあったのがウソみたいに嫌だったんだよな、あの頃。

1982年夏。 ここでは、もう何度も書いてるけど、それまで住んでいた福島から千葉に越してきたという大きな環境変化があったころですわ。
親父が勤めていた会社の寮暮らしという、急に周りが大人ばかりの環境に放り込まれたというのが大きかったのかもしれない。

兎に角、一時、大人の世界が煙たくてしょうがなかった時期があった。

転校生という事ですぐには友達も出来ず、千葉の生活にもなじめず、水も合わずずっとおなかの調子も悪い・・1982年の夏。

そんなイライラもたまっていたのもあるんだろうな。兎に角、このころ、大人の世界が煙たくてしょうがなかったんだよな。

そんな中、流れてきた、4ビートのジャジーな調べが、この「ねじれたハートで」だった。
4ビートのジャジーな曲は、詞の内容からして大人の世界そのものだった。

鬱陶しかったかったんだよな。 この曲が醸し出す大人の世界観が。

そんな個人的感情とはウラハラに、この曲はヒットし、ラジオのヒットチャートを含め頻繁にかかるようになったのが、38年前の丁度今頃だったと思う。

来生たかおさんがキライだったわけじゃないんだよね。この年の年頭に大ヒットした「夢の途中」なんて大好きだったし。 
デュエット相手の桃井かおりさんは、大人の女の色気ムンムンで、当時13歳の私にはちょっと近寄り難い雰囲気ではあったけど。

でもまあ、アダルトと言っても、今の私の年齢から見ると、当時の2人は全然年下なんですけどね。

ちなみに、当時、来生たかお氏 桃井かおりさん 共に31歳。
いやー、あの時の私からは、もっともっとアダルトに見えましたけどねぇ。。。。。

プロデュースは、CBSソニーの酒井政利氏。
 
たださ、キライキライというても、今から思うと本心からではなかったんだと思う。 
うん、どっか引っかかってはいたんだよね。

結局さ、今から思うと大人の世界を拒否したかっただけなんだよ。曲に罪はなかったんだよ。

これは、ちょうど同じ時期に同じようにヒットしていた、五木ひろし氏の「契り」にも同じような感情を覚えてたなんだよね。やっぱり、アダルトな路線を拒否したかったという一時の感情だったんだと思う。


それにしても、来生たかお氏の実姉の来生えつこさんの詞っていうのは、ホント性的だよね。
この曲のちょっと前に大ヒットした大橋純子さんの「シルエットロマンス」の「モロ」性行為ってところから見ると、この曲はまだマシではあるけど。
男と女の色恋物語であることは違いないわけで。。

まあ、当時13歳だったワタシは、まだ「性」に目覚め切っていなかったころだったけど、もう少し後に、この曲なんてヒットしてたら、この曲だけでご飯2杯くらい食えたかもなぁ 

え? エロ話のことですよ。。。。

いまは、こういう性的な色気があるヒット曲って、ホント少なくなっちゃったですからね。
最近のヒット曲に魅力が少なくなったと感じるのは、やっぱりこの部分−エロエロ−を感じる曲が少なくなったからなんだろうな。


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お先に失礼 / おニャン子クラブ

1986_08_お先に失礼_おニャン子クラブ


今回の1曲セレクトは、「お先に失礼」おニャン子クラブです。

まずはデータです。

・タイトル    お先に失礼
・アーティスト  おニャン子クラブ
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年7月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   16.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1986年8月4日〜8月18日付
・タイアップ:映画「おニャン子ザ・ムービー危機イッパツ!」主題歌

長梅雨が明けたと思ったら、一気に「夏」がやってきましたね。 先週1週間はずっと晴れ。
それまでずっと雨が続いていたわけで、ようやく気分も盛り上がってきました。
でも、時すでに遅しってところなのかなぁ。 早くも「立秋」を迎え、暦の上では、すでに「秋」ですわ。。。。
今週はお盆週間。 天気も関東地方はずっと晴れのようで、暫くは「残暑」が続きそうですな。

・・・・ということで、今回は「お盆」の頃のヒットを持ってきますか。

おニャン子クラブ「お先に失礼」。

なんで、お盆なのに、わざわざこの曲持ってきたんでしょうねぇ。。。。もっと他にあるんぢゃないの

なんて思ってしまいますが、ここんところ、結構「真面目」に書いてきた1曲セレクトなんで、たまにはぶっちゃけたい・・・と思いまして。。。


この曲、 1986年の夏休み初日リリースでしたわな。で、ちょうど今頃ヒット期間中でしたわ。

たださ、個人的にはおニャン子関係にも興味が薄くなっていた頃で、この曲も素通りだったんだよな。

いや、それは今となっては「タテマエ」だったような気がする。 本当は気になってたんだよ。
この曲、おニャン子の映画の主題歌だったけど、同時に、フジテレビ「キャンペーンCM」にも使われてたじゃん。 さすがに映画まで見るほどではなかったけど、キャンペーンCMは気になったりしてね。

なぜに「タテマエ」として、正面から曲を聴かったのかと言えば、やっぱおニャン子に興味あるってことに「恥ずかしさ」が出てきてたんだよね当時。

34年前のちょうど今頃。高校2年。17歳になったばかりの頃だ。

さっすがにね、高2にもなってアイドルを追いかけてんのかよ・・・なんて周囲から思われる恥ずかしさ。あの頃は、そういう雰囲気があったんだよね。
いや、少なくとも私の周辺ではそういう雰囲気だったんだよな。

高2にもなってアイドル追っかけてる⇒オタク ⇒ネクラ っていうような周囲の雰囲気がさ。

今でこそオタクも社会認知され、20歳になっても、30歳になってもアイドルを追いかけてる人なんて普通にいるけど、あの当時は「オタク⇒ネクラ⇒キモい人」っていう見られ方だったじゃん。
あのころ「オリコンウイークリー」の読者投稿ページにも、「オタク」を称して「暗いコクラブ」なんてコーナーもあったりして。

わたしゃ、オタクじゃない〜   ネクラじゃない〜 

なんて、必死で思ってたりしたのよ、あの当時。

だから、この曲を横目で見ながら、Kuwata Bandの「NIPPON NO ROCK BAND」聴いてたり。

あとは、さんま、しのぶの件の「男女7人夏物語」に嵌って「あんな恋愛したい〜」なんて思ったり。

今から思うと、背伸びしてまで「大人の階段」を登りたいなんて思ってのかもしれない。本心に対して素直じゃなかった。

まあ、おニャン子についても興味があったのは、メンバーに対してで、少なくともこの曲自体はそんなに興味はわかなかったんだけどさ。

この曲のメインボーカルの一人の富川春美。 個人的にあの人がちょっと気になってたんだよね。
ちょうどあの頃、好きだったコに似てたの。好きだったコっていうのが1つ年下だったから、姉妹? って感じかなぁ。 とにかく似てたんだよね。
富川春美っておニャン子加入当時は当初は全く気にならなかったんだけど、そんなことがあった、ある時から「あれ?」って思い始めちゃったんだよなぁ。それでですね、この曲意識してたの。

曲自体は、ホント「下世話」の一言でしたね。まあ、夏という事もあって、サーフィン&ロカビリーっていうノリも分かんないことはなかったけど、だからなに? って感じだったしさ。

以前も書いたんだけど、おニャン子関係の曲って86年の3月までは認めてたんですよ、個人的に。

でも、メインボーカル全交代になってからは、ダメですね。 曲があまりにも下世話になりすぎちゃって。

そもそも、おニャン子関係の曲って、特に毎週リリースになった86年4月頃からは「やっつけ仕事」の中の1曲って感じだったじゃん。
出し手側も、歌い手側も、やっつけ仕事的流れ作業の中の1曲。だから曲に対しての愛情もへったくれも感じられなかったわけでさ。音楽的な感動ってものが無かったしさ。

いつまでもそんなんでいいのかな。

っていうジレンマは、あったよね。

そんなジレンマから逃げるように、86年の夏の終わりごろから、個人的な興味はネオG.Sをきっかけとして60年代G.Sに移るんですよ。 並行して、当時はブラスに一番熱中してた頃でさ、吹奏楽オリジナル楽曲を物色してましたね。中学校の頃は曲は先生が探して来てたけど、高校では自分たちで探してたから、ずいぶんLPも購入して曲を探してたな。そそそ、まだCDじゃなくてLPね。
吹奏楽関係のLPとか楽譜とか探しにわざわざ銀座のヤマハまで行くようになったりしてね。
その類の音源ばっか聴くようになって、リアルタイムのヒット曲への興味が急激にしぼむんだよね。

おかげで、リアルタイムのヒット曲への興味から離れていた、86年夏〜88年にかけてのヒット曲の持ち音源って少ないんだよねぇ。




まあ、興味が薄くなっていたこの頃のヒット曲の音源も、最近少しずつ買い足してはいるんだけどね。
で、買い足した音源はすべて、24ビット、96KHzのハイレゾにアップグレードしてる。

あの当時はレコードはなかなか買えなかったんで、専らカセットで聴いてたわけじゃん。 でもね、ハイレゾにアップグレードすると、あの当時聴こえなかった音が聴こえるようになったりするのよ。
そうすることで、曲に対しての印象も当時とは大分変りますね。
これは、当時「下世話」と思えた、おニャン子関係の曲もしかりでさ。 

まあ、おニャン子とかアイドルの曲をCDクオリティからわざわざハイレゾにアップグレードしてる人もあんまりいないと思うけどさ。自分で音源をカスタマイズできる環境にある方は、騙されたと思ってやってみるのもいいかも。 音圧とか音の厚さとかCDクオリティとは全然違うし、結構目からうろこに感じたりするんだよね。

あの頃もカセットではなく、少なくともレコードで聴いてれば、もしかしたら当時感じてた印象も違っていたのかもしれんね。

もっとも、あの頃のような「17歳なのにアイドルかよ」なんていう周囲の目もなくなって・・・うんにゃ、気にならなくなって、本音であの頃の曲に向き合えるようになったっていうのが一番大きいんだろうな。あの頃と違った印象を受けるのは。



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GET BACK IN LOVE / 山下達郎

1988_05_Get Back In Love_山下達郎


今回の1曲セレクトは、「GET BACK IN LOVE」山下達郎です。

まずはデータです。

・タイトル    GET BACK IN LOVE
・アーティスト  山下達郎
・作詞      山下達郎
・作曲      山下達郎
・編曲      山下達郎
・リリース日   1988年4月25日
・発売元     ムーン
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数   18.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1988年5月30日~7月18日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「海岸物語 昔みたいに・・・」主題歌

既に書いててもおかしくないのにまだ書いてなかった曲。 
いや、実質15年も書いてる1曲セレクトなんで、最近書いてる1曲1曲、すべてにおいて「既に書いててもおかしくない曲」と言ってもいいわな。
もちろん、今回引っ張て来た曲も、そういう曲の1曲だわなぁ。

山下達郎 「GET BACK IN LOVE」

オリコン的に言えば、実質的な達郎氏のブレイク曲、あの「RIDE ON TIME」以来のシングルベストテン入り曲。

・・・って書くと、きっと噛みついてくる方がいるかもなぁ。。

Wikipediaの「山下達郎作品一覧」の「シングル」を見ると、この「GET BACK IN LOVE」よりも前にあの「クリスマス・イブ」があり、オリコン最高位1位とある。
これは、オリコンから発行されている「チャートブック」でもそうですね。

ところがどっこい、「クリスマス・イブ」は発売こそ、「GET BACK IN LOVE」よりも前(83年12月)ではあるものの、「GET BACK IN LOVE」がリリースされた88年4月時点では、まだベストテン入りしていない。88年4月時点では、86年12月に記録した21位が最高位だった。

だから、年代順に追いかけてくると、この「GET BACK IN LOVE」が、シングルとしては「RIDE ON TIME」の次のオリコンベストテン入り曲となる。

ついでに言えば、「ザ・ベストテン」での初のベストテン入り曲でもあったわけですね。

・・・と書くと、またまた「RIDE ON TIME」は? と噛みつかれそうだけどねぇ。。。
「RIDE ON TIME」はザ・ベストテンでは最高11位止まり。 ベストテン入りしてなかったのですよね。
オリコン最高3位まで行ったこの曲が、「ザ・ベストテン」ではなんでベストテンか入りできなかったのか。たしかに謎っちゃ、謎なんだけど(一説によると、はがきリクエストが弱かったからのようだが。。)、ここでは詳しい話は割愛しますわ。

それにしても、80年代がリアルタイムで経験されていなかった方には、この曲が2曲目のシングルベストテン入りっていうのは、もしかすると意外に映るかもしれない。

確かに、アルバムではリリースのたびに大ヒットを記録していたわけだし、そういう意味ではすでに超一流のアーティストでしたからね。

その辺が、80年代という時代の、いわいるヒットチャート的な特殊性が分かったりするかもなぁ。

いわいるゲーノー的なあっち側陣営と、アーティスト的なこっち側陣営の差。

80年代は、ヒットチャートはまだ「あっち側」的なものという性格が強かったんだよね。

そんな状況だがゆえ、達郎氏本人もしても、シングルはあまり重視してなかったんじゃないか。 自身はアーティストであり、ゲーノー人ではないという意識とでもいうのかなぁ。

それは、当時のワタシでも感じましたね。 だから、この曲がベストテン入りしてきたときは逆に、驚いたくらいで。

なぜもこのタイミングでオリコンベストテンなんだろう? と。

まあ、そんなことを書くまでもなく、やっぱりドラマ主題歌だったのが大きかったよな。
TBSの「海岸物語 昔みたいに・・・」っていう、いわいるトレンディドラマの走りような、おしゃれなドラマの。

ドレンディ・ドラマとおしゃれなシティ・ポップスという組み合わせ。 ヒット条件としては鉄板だったからなぁ。
シングルを重視してなかった達郎氏といえども、ベストテン入りは必至だったわけなんだよね。

ちなみに、達郎氏のドラマ主題歌としては、この曲の6年前に同じTBSドラマ主題歌だった「あまく危険な香り」があるけど、こちらはベストテン入りを逃している。
それだけ6年間の間でドラマ主題歌の注目度が上がってたわけですね。

もちろん、ヒット必至のドラマ主題歌だからといって、曲のクオリティが下がっているわけではない。
ただ、この手のシティポップスって、当時の私は、あまり得意じゃなかったんだよね。

得意じゃなかったというよりも、解釈できなかったといった方がいいのかなぁ。 88年時点から見てこの曲のサウンドってもろ洋楽的だったじゃん。いや、個人的には、そう感じたんだよね。
洋楽的AORっていうのかなぁ。

もしかすると、あの頃が一番洋楽的サウンドを解釈できなかった・・というか、体が拒否ってたような記憶があるな。

今思えば、まだまだ子供だったんだよね、私自身。 19才前っていう、大人でも子供でもない微妙な頃だったしなぁ。 まだまだ子供でいたいなんて思ってたのかもしれない。
だから、聴く音楽といったら、分かりやすい曲に走りがちだったし。

この曲を聴いて、体が拒否ってたっていうのも、大人になりたくない・・・っていうワタシ自身の思いからだったのかもな。

もちろん、今はそんなことなんて全くない。むしろ、この手の「大人」の香りのするポップスをもっと聴きたい気分でいっぱいですよ 
と、同時にあの当時、もっときちんと聴いてこなかったのか、あの当時の私に「喝」を入れたいと思えたり。。。




これ、アメリカのDJがアップしてきてる動画なんだよね。
ここのところ達郎氏や竹内まりやさんがシティポップとして、向こうで人気が出てるっていうのは、こういうところでも分かるな。
音楽的クオリティが高い曲であれば、日本の曲であろうと向こうでも支持される。それがこの動画のアップ主からもわかりますね。
ただ、ジャンルがFunk、Soul Popとなっているのがちょっち笑えるが。。。 
向こうの人には、Funk、あるいはSoulっぽく聴こえるんだねぇ、この曲。

いずれにしても、この間【キニナル曲】で書いた、Official髭男dismの「パラボラ」同様、今後のJ-POPのグローバリズムに向けての足掛かりとなっている1曲なんじゃないかな。この曲も。


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素直になりたい / ハイ・ファイ・セット

1984_03_素直になりたい_ハイファイセット


今回の1曲セレクトは、「素直になりたい」ハイ・ファイ・セットです。

まずはデータでするんるんるん。

・タイトル    素直になりたい
・アーティスト  ハイ・ファイ・セット
・作詞      杉真理
・作曲      杉真理
・編曲      井上鑑
・リリース日   1984年1月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 19位
・売上げ枚数   11.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 26位
・タイアップ:シチズン「19才リピエール」CM曲

いやー、いつ以来の1曲セレクトだろう? ってくらい久しぶりに新たな「文章」を書こうとしています 
ここのところずっとリアル仕事が立て込んでいまして、毎週のように締め切りがあったりして、土日も持ち帰りでの仕事が続き、なかなか「文章」を書くまでの余裕がありませんでしたわ。
でも3連休の本日、ちょっとだけ時間に余裕ができてきたんでPCに向かってたりします。

世間はコロナウイルス一色の自粛ムード一ということもあり、仕事がしたくても休みという方もいらっしゃるという中、リアル仕事で余裕がないというのは、ありがたいことなんだろうか・・・、いや、やっぱりありがたいことなんだろうな。

ところで80年代半ばのヒット曲で、未だに頭がこんがりそうになる曲がある。

ポリスの「見つめていたい(Every Breath You Take)」(1983年)に対して、フィルコリンズの「見つめて欲しい(Against All Odds(Take A Look At Me Now)」(1984年)

リアル仕事で音楽配信楽曲の著作権調査をしている関係上、未だにこれらの曲の著作権コードや権利者について調べることが時々あるんだけどさ。 「原題」で来るときはまだいいんだけど、上記のような「邦題」でくると、「あれ? どっちだっけ」なんて一瞬迷っちゃったりすることがある。

ちょっと前まではそんなこともあんまりなかったんだけども、ワタシも50を過ぎて、頭の回転がすっかり鈍くなっちゃってたんでねぇ、こういう事って最近増えてきたような気がするなぁ。

上記の2曲もそうだけど、今回引っ張ってきた、この曲もそうだったりするんだよなぁ。

ハイ・ファイ・セット「素直になりたい」

え? この曲、どの曲と混同しそうになるの? 

シカゴの「素直になれなくて(Hard to Say I'm Sorry)」(1982年)

だったりして。。。

まあ、シカゴは「洋楽」だし、ハイ・ファイ・セットは「邦楽」なんで、どうまちがえるの? っても思えるんだけど、実際、仕事で著作権調査するときは、一度に数千件、多いときは数万件、調査楽曲が来たりするわけで、それを1週間、2週間のうちに調査しなきゃいけない。1曲当たり長くても数分しかかけられない、ある種の流れ作業なんでさ。
通常時ならば「なんで間違えるの?」っていう曲もついつい、見間違えちゃったりしたりするんだよね。

ちなみに、これら混同しやすい曲

・ポリス「見つめていたい」⇔ フィルコリンズ「見つめて欲しい」
・シカゴ「素直になれなくて」⇔ハイ・ファイ・セット「素直になりたい」

いずれも「対比」的なタイトルになってたりするのが面白かったりして 

どの曲も82年〜84年の曲であったりするけど、特に対比タイトルとなるフィルコリンズ「見つめて欲しい」、ハイ・ファイ・セット「素直になりたい」いずれも84年の曲。
どうなんだろ? はっきりとはわからないけど、84年頃のタイトルって意外と遊び心があったんでしょうかねぇ。 うーん、ややこしくなっただけととも思えたりますが。。。。。


ところで、今回引っ張ってきたハイ・ファイ・セット「素直になりたい」、個人的には正直言って、ヒット当時は、あんまり引っかからなかったんだよなぁ。
まあ、だから、今まで1曲セレクトで書かないでずっと残ってたとも言えるんだけどさ。。

この曲、シチズンのCM曲だったんで、レコード音源を聴くよりもCMで耳にした方が先だったと思う。

裏から入るメロディラインがちょっと変拍子っぽくて、ちょっと変わった手触りの曲だなっていうのが印象に残り、面白い曲だな・・・。

CMで耳にしたときはそう思ったものの、少し後にレコード音源を聴いたときは、今一つピンとこなかったんだよねぇ。

たしかにCMで使われてたAメロは、印象に残るし面白かった。 でもサビがちょっとねぇ。

インバクトに富んだAメロに対して、サビが弱いっていうわけではない。 Aメロとサビの繋がりが今一つ弱い・・・そんな印象が残るんだよね。
裏から入るちょっと変わったAメロに対して、サビのメロディラインって意外と素直じゃん。その代わり様っていうのかなぁ・・・うーん、やっぱ繋がりだよね・・・がちょっと不自然かなぁ。。。

まあ、CM曲にはよくありがちなパターンではあるんだけども。 つまりさCMで使用されるフレーズは先にできてて、そのほかは後付けでメロディをつけたり。だから、CMで使用される部分とそのほかの部分では繋がりが悪い曲。
昔、1曲セレクトで書いた斉藤哲夫氏の「いまのキミはピカピカに光って」は典型的なこのパターンだよね。

この「素直になりたい」が本当にそのパターンなのか・・というのはよくわからないけど、でもそんな風にも思えたりはするんだよな。


・・・っていうのは、後付けの印象。 当時14才のワタシとしてはそこまで深く曲を聴いてなかったわけでさ

それよりも、ホーンセクションが表に出て、ビートが効いたこの曲、ハイ・ファイ・セットらしくない・・・っていうのが当時の印象だったと思う。

ハイ・ファイ・セットといえば、ユーミンの「卒業写真」「冷たい雨」であり、モーリス・アルバートの「フィーリング」であり・・・っていう印象がまずあるわけじゃん。
それ以前、赤い鳥時代には「翼をください」とかさ。

兎に角、ボーカルの山本潤子さんを中心とした、コーラスグループというイメージが真っ先に立つわけで、この曲のようなビートが効いたアップチューンっていうのは、当時のイメージからするとどうしても「想定外」だったんだよね。

聴き手っていうのは、保守的なところが強いからさあ。 一度、ある「色」に染まってしまうと、別の「色」の曲が来たときに戸惑ってしまう。

当時としては、まさにそんな印象であったわけで、なかなか受け入れられなかったんだよね、自分としても。

だださ、↑に書いたシカゴの「素直になれなくて」。
シカゴってそれまでは、ホーンセクションをフィーチャーしたブラスロックが特徴だったわけじゃん。
それが、この「素直になれなくて」では、コーラスワークをフィーチャーしたスタイルに変化した。

これらをハイ・ファイ・セットと比べてみると、真逆のスタイルに変化した・・とも見えるんだよね。

つまりさ、作品タイトルが対比になっているとともに、楽曲のスタイルも逆に意味で対比しているとも言えるわけでさ。
その辺が面白いなぁなんて思えたりしてね。

まさか、そこまで計算してホーンセクションを前面に押し出したアレンジになったのかなぁ。
そこまで計算していたならば、アレンジャーの井上鑑氏恐るべし・・・なんだけども。。。


あ、でも、個人的にそんなことに気が付いたのは最近なんだよね。。
当時、あまり触手が伸びなかった分、今になって改めて聴くと新鮮味を感じたりしてさ。
だから、タイトルと作品内容がシカゴの「素直になれなくて」と対比しているっていうのに気が付いたのも、実は最近だったりしてね。




それにしても作曲の杉真理さんっていう方は、CMタイアップとなると、面白いメロディ書くんだよね。
この曲もそうだし、この曲の前はグリコ「セシルチョコレート」のCMタイアップとして自ら歌った「バカンスはいつも雨」。最近は、石川さゆりさんの例のサントリーCMの「ウイスキーがお好きでしょ」とかさ。
非凡なメロディーメーカーですよね。 ま、だからこそ大滝詠一氏に見染められてナイヤガラトライアングルvol.2に抜擢されたんだけどさ。



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テンダー・レイン / 高井麻巳子

1988_01_テンダーレイン_高井麻巳子


今回の1曲セレクトは、「テンダー・レイン」高井麻巳子でーす。

まずはデータでする。

・タイトル     テンダー・レイン
・アーティスト   高井麻巳子
・作詞       森本抄夜子
・作曲       山口美央子
・編曲       チト河内
・リリース日    1987年12月16日
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   5.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位

トートツなんだけど、今の今までre:minder、2月用の原稿書いてたりしたんだよね。
掲載希望までまだ1か月近くあるんだけど、リアル仕事が今月は超繁忙期で、来週書ける確約もできないし、だから3連休のうちに・・と思って机に向かってたんだけどさ。
re:minder用にセレクトした曲、この1曲セレクトで昔書いたものを下敷きにしてアレンジして原稿書いたんだけど、以前1曲セレクトで書いた文章がめっちゃ、はっちゃけてて、アレンジするのが難しいかったのよ。
結局今日1日使っちゃいました。。。

この1曲セレクトは、自分のサイトなんでテメーの責任だし、だから全く気を使わないんだけど、re:minderは僕のサイトじゃないからさ、気使うんだよねぇ。

今日は成人式。 最近は、成人式に7割近くの方が参加するんだってね。 ワタシの頃はどうだったんだろ?
さっきラジオで今の50代が成人式の頃は、式に参加するのは「ダサい」っていう風潮があって、参加率は低かったようですね。
・・・なんてかくいうワタシも成人式には参加しなかったんだけど。。。。
もっとも、ワタシの場合は、大学受験浪人中で、試験が目の前に迫った今頃、成人式どころぢゃなかったんだけどさ。。。

・・ということで、今回の1曲セレクトは、ワタシが成人式だったころの曲を一つ。

高井麻巳子「テンダー・レイン」

あー、正直言うと、ワタシが成人式だった1年前の曲なんだけどね、この曲。 
そそそ、まだ高校3年生。卒業式間際だったころだ。

・・・と言っても、大学受験が目前に迫っていたのは、次の年と変わりなく・・・。 

・・いや正確に言えば、次の年よりは大分、落ち着いてたような気がする。。  ・・というのも、いつかも書いたと思うけど、大学受験「現役」の時は、、すでにあきらめムードだったからなぁ。 それでも悪あがきで、今時分は勉強机に向かってた気がする。

・・ということもあり、正直言うと88年の今頃のヒット曲って意外と疎いんだよね、ワタシ。

今回引っ張ってきた高井麻巳子さんの「テンダー・レイン」って曲。 正直言うとヒットした頃、そんなに聴いた記憶がないんだよね。

ただ、唯一、「ザ・ベストテン」の「月間ベストテン」で聴いた・・・とずっと思ってたんだけども、いま改めて調べたら「ザ・ベストテン」には88年1月7日放送分に1回だけランクインしてたんですね。

そうか、ワタシが唯一聴いたのはその回だったんだよね。

でも長年音源を持ってなかったし、ベストテンからも録音してなかったんで、ずーっと記憶の彼方だったんだのよ、この曲。

ただ、なーんか引っかかるものはずっとあったりしてさ。

当時、すでにおニャン子クラブは解散してたし、だからソロとして活動してた高井さんだけど、遡っておニャン子の関連の曲って、いっとき封印してたんだよね、ワタシの中で。

若さの至り  ・・・ということもあるんだけど当時、おニャン子関係の曲聴くの、どこかこっばずしくてねぇ。

あの頃、「オタク」っていう目で見られたくなかったっていうのが大きかったんだろうな。 そそそ「アイドルオタク」っていう目で見られたくないっていう。
もっともチャートマニアなんちゅう趣味は、充分に「オタク」の部類だったんだけどさあ。

だから、この曲をきちんと聴くようになったのは、ここ10年くらいぢゃないのかな。

40にもなってアイドルの曲を聴くほうが、あの当時聴いてるより、よっぽどこっばずかしいんだけどもね
今は10代、20代の頃に比べて全然割り切れてるからさあ。 それに「仕事の一環」としても聴いてるし。


で、真っ先に思ったのが、なんで、あの頃もっとこの曲をちやんと聴いてなかったんだろう・・っていう後悔ですねぇ。

この曲、いい曲なんじゃん。

イントロのギターのアルペジオと、バックのシンセのからみは完全に向こうの曲の手触りですね。全然アイドルの曲っぽくない。
まっさに浮かんできたのが、KIM CARNESの「Bette Davis Eyes」かなぁ。E.GUITERのアルペジオとシンセのカラミのあの曲のような手触りなんだよね。

イントロだけでなく、曲全体的にある意味無機的であり、ある意味宇宙的なはかなさを感じたり。
それは、エレキのアルペジオばかりだけではなく、イントロや、サビに向かうブリッジのコード進行にも感じたりしてね。

音質的にも88年当時っぽいのかなぁ。硬質的で、やや高音に偏ったミクシングで。 でも、それらを含めて洋楽的な手触りなんだよね。

いや88年っていうのは、そういう手触りの曲が多かった時代だったと思う。 今思うと、1年を通りして洋楽っぽい無機的な曲が多かったんだよね。この曲はその先鋒的な曲だったかもなぁ。

そんな無機的なサウンドに、高井さんの優しい声質がマッチしてるんだよね。 この人の声って、ウタはうまくないんだけど有機的なんだよね。 だからこそ、無機的なバックのサウンドにマッチするんだろうな。
なんか優しい気分になれるのよ。 まさにテンダーレイン⇒優しい雨 の匂いが漂う曲なんだよね。



この曲のジャケ写の高井さん、表情がいいなぁ。
めっちゃかわいい。
まさか、この数か月後、「秋元」夫人になっちまうとはな。。。。

いや、今考えれば伏線はあったんだよね。
・・というのも、高井さんのソロ曲ってタイトル曲については秋元氏、1曲も作詞してないんだよね。
ソロであっても元おニャン子の曲は高割合で作詞してた秋元氏なのにさ。
やっぱり、さしもの秋元氏も照れがあったんだろうな。 そのあたり事前に察知するんだった。

それにつけても、やっぱり悔しいのう。
ワタシも高井さんは結構タイプだったんだよね。


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