かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2000年代ヒット曲

One Night Carnival / 氣志團

2002_06_One Night Carnival_気志團


今回の1曲セレクトは、「One Night Carnival」氣志團どぇす。

まずはデータだぜぃ。

・タイトル    One Night Carnival
・アーティスト  氣志團
・作詞      綾小路翔
・作曲      綾小路翔
・編曲      氣志團
・リリース日   2002年5月29日
・発売元     EMIミュージック
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   18.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位

この時期になると、脳裏に浮かぶ曲がある。
ま、普通は梅雨の時期なんでも「雨」にまつわる曲とかさあ。そうなるんかなぁ。ラジオ聴いてると、大体そんな感じだもんね。
あとは、無理やり入れれば、ジューンブライド・・・っつうことで、ウェディング・ソングとか。。。

あ、いや、これは、最近あんまり聞かなくなったのかなぁ。。。

でもさ、個人的にこの時期と言って、未だに脳裏にこびりついているのは、ケータイの新機種対応なんだよなぁ。

あー、またもや仕事関係の話で申し訳ないですが。。。

特に、docomoの新機種対応。 503i から504i へ、504iから505iへ っていう新機種リリースがいつも決まってこの時期だったのよ。 

ま、実際のリリース日は、もうちょっと前だったんだけどね。

でもねぇ、これら新機種対応で、ワタシら着メロ業界で何が大変だったかといえば、新機種に合わせた音源ファイルのカスタマイズ、いわいる再ミックスですわ。

503i の16和音から504iでは40和音へ  さらに505iでは64和音へ 音数も音色も進化するのに伴って、これらに合わせた音源ファイルの再チューニングを行ったからさあ。

とりわけ、初めて再チューニングを行った、2002年の503i の16和音から504i 40和音への作り替えは大変だった。

あの当時で、1万曲以上配信していたと思うんだけど、それら全曲に対して504全機種用のファイルを作るってことでさ。

まあ、ほとんどの曲は機械的にファイルコンバートしていくだけの作業だったんだけども、これが上手くコンバートしない曲かあったりしてね。。。

最終的にファイル数、数えてみたら機種によってファイル数が合わなかったりして・・・。
で、どの機種の、どの曲がエラーになっているか・・調べて作り直したりして。。。
結局、あの時も2日ばかり徹夜したような記憶がある。

そうそうそう、3日目の夕方、社長が気つかって、いっちゃん高いユンケル差し入れてくれたの覚えてるワ。。。 

それでも、3日ぶりに解放された、帰りの京葉線でつり革につかまりながら、半分気絶してたもん、ワタシ。

あの気絶する直前に、ウォークマンのイヤホンで流れていたのが、氣志團の「One Night Carnival」だったのは、やけに記憶にこびりついてるんだよな。

だから・・・というわけでもないんだけど、氣志團の「One Night Carnival」を聴くたびに、2002年5月の504i対応の時の光景とか、京葉線でつり革につかまりながら気絶する直前の光景が、いまだにフラッシュバックするんだよな。。。。

だけど、氣志團の「One Night Carnival」ってどこで、初めて聴いたんだろう・・・?

・・それが思い出せない。

CDリリースを調べなおすと、2002年5月29日とある。  いや、この時にはdocomoから504iシリーズは、すでに発売されていたはずだ。

・・ということは、もうすこし前だったハズなんだけども。。。 でも、私のウォークマンに曲が入っていたということは。。。

うーん、どこでこの曲の音源仕入れたんだ? ワシ。。。

さらに、初めてこの曲の存在を知ったのも、よく覚えていない。

この曲、EMIからリリースされる1年前に、インディーズから別バージョンでリリースされていたじゃん。 恐らく、初めに聴いたのはそっちのバージョンだったと思う。

あのころ、着メロの音源情報を仕入れるために、日ごろから、いろいろなサイト巡回していた時に、たまたま氣志團を見つけたんだったけなぁ。。。

まずもって、ビジュアルからインパクトだよね。 今どき時代錯誤なツッパリ ヤンキーグループですかい

ま、たしかに、80年代の横浜銀蝿よりも、当時のチーマー的なものほんのヤンキーっぽくは一瞬見えたけど。

あの頃、ヒップポップ系の兄ちゃんのなかには、ホントに怖そうな兄ちゃんもいたからねえ。 ついにロック界にもそういう輩が出てきたかと一瞬思ったりしたもんよ。

でも、曲を聴いてぶっ飛んだ。 演奏力がある。 各パートともにテクニシャンなのよ。
これだけのテクニックがあれば別にこんなビジュアルにしなくてもいいじゃん・・・と思えるほど。

それ以前に曲自体 キャッチーだし、一発で刺さったもの。

でも、これが、売れるための彼らなりの戦略だったんだよね。 

まあ、それまでのいろんなヤンキーがごっちゃになっているところがあったけど。。。

出だしの 「俺んところこないか」っていうセリフは、杉本哲太「On the machine」(1982年)から拝借したもの。

・・・かと思えば、 「とにかくもう 学校や家には帰りたくない」って、尾崎豊の「15の夜」(1983年)になったり。。。

さらにさらに、「行こうぜ ピリオドの向こうに」っていうセリフは、チェッカーズの「Jim & Janeの伝説」(1988年)からのパクリ・・・うんにゃ 引用だったりして。。

加えて、全体的にお茶らけたお祭りムードは、アラジンの「完全無欠のロックンローラー」っぽいよね。。

・・・ってな感じで、80年代のツッパリ方面の曲がごっちゃに引用されてる。

もろ、その世代のワシにとっては、一発でそれと分かるわけで、一気にノスタルジーな気分になったり。

逆に、ワシら世らよりも若いコたちには、あの変なパラパラ踊りと相まって、新鮮に映るんだろうな。。

そんな充分に計算された曲だし、バスるのも必然だったのかもしれないな、この曲。

加えて、丁度同時期に放送されていた、ドラマ「木更津キャッツアイ」で、木更津⇒ヤンキー っていう認識が再燃してたからなぁ。 そんな時期に、「房総ヤンキー」ってことで「氣志團」が現れたのは、めっちゃ、タイムリーだったっていうのもありましたよね。

氣志團、木更津から出てきた・・・ということもあって、急に親近感が沸いたりして。。。

え、だって、ワシも高校は木更津だもの。 同じ「JR内房線同盟」としては親近感ですよ。

・・と同時に、ツッパリヤンキーなビジュアルなのかが、すぐにわかった。この手のあんちゃん、多かったもんね、木更津周辺には。 

いや、少なくとも、ワシらが高校生の頃の木更津駅周辺には、この手のあんちゃん、いっぱいたむろしてたけどなぁ。

しかしね、綾小路君は、ワタシらより丁度10才年下ですわ。10才年下の頃でも、この手のあんちゃん多かったんですかね〜。 高校卒業以来、あまり木更津にはいかなくなったんで、何とも言えないんだけども。

それにしても、綾小路君、ワタシらと同世代? ってくらい、ワシらの世代の風俗とか、ヒット曲知ってるからな。最初は、ホントに同世代か・・・って思ったもの。


・・・なんて書いてたら、「One Night Carnival」の制作秘話なる動画が出てきた。

↓ コレ




うむ、もしかしたら、これ見てくれた方が、ワシがちまちま書くよりも、「One Night Carnival」については正確に分かるかもな。。。

・・・ということで、ワシはここいらで撤退。。。。







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Stand Up / 倉木麻衣

2001_Stand Up_倉木麻衣



今回の1曲セレクトは、「Stand Up」倉木麻衣です。

まずはデータです。

・タイトル    Stand Up
・アーティスト  倉木麻衣
・作詞      倉木麻衣
・作曲      徳永暁人
・編曲      徳永暁人
・リリース日   2001年4月18日
・発売元     GIZA Studio
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   47.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位  1位
・ベストテンランクイン期間:2001年5月3日〜5月31日付
・タイアップ:日本コカ・コーラ「爽健美茶 Natural Breeze 2001 happy live」CM曲

あー、ゴールデンウイークが終わっていく。。。 まあ、厳密に言えば今週、土日もゴールンデンウイークの範疇なんだろうから、まだ終わっていないんだろうけど、明日、普通に仕事だかんね。

個人的な中では、今日でゴールデンウイークも終わりだぁ〜 っていう意識なんだよなぁ。

あー、ユ・ウ・ウ・ツ。   

五月病なんてさあ、社会人なりたての若い方がかかるもんなんだろうけど、ワタシみたいな50過ぎのロートルおっさんでも、そういう気分になるもんなのよ。

特に明日は、普通に出勤しなきゃいけないしさあ。。 ここ3年、すっかりテレワークに慣れきってしまった身には、早起きして、満員電車に揺られなきゃいけないと思うと、出勤・・ということだけでもユ・ウ・ウ・ツなのよね。

これは、定年を迎えるまでは、毎年そういう気分が続くんだろうね。


・・・なんて、暗い話題のマクラになってしまったけど、今回は2001年ゴールデンウイーク明け頃のヒット曲を一つ。

倉木麻衣さんの「Stand Up」

アーカイブを調べてみたら、倉木さんの曲って1曲セレクトで、まだほとんど書いてなかったんだな。

うーむ、どうも、この年代あたりになってくると、本当に「昨日」な感覚なんだよね。
でも、冷静に見ると、20年以上経ってるんだよなぁ。 そろそろこの辺りの曲も書いていかないとね。

まあ、2001年は、すでに自分のサイトをオープンしてから1年過ぎてたし、恐らくこの曲なんかは、当時のBBS に「新曲」の寸評として、当時一度書いてたと思うんだけどさ。

そのBBS も既に過去の遺産。 ブログで再度残すのもいいしね。



個人的に、この曲好きだったのよ。 倉木さんにはしては珍しく、ギターを前面に出したラフなサウンドだったじゃん。

5月病の憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれるような・・・。まあ、そんな単純な理由からだったけど・・・。

いや、実際、あの年(2001年)のゴールデンウイーク明けは、個人的に大変な目に合った時期でさ。 まあ、あまりにも愚痴になってしまうから、詳しくは書かないけど、兎も角、精神的にはどん底だったのよ。

そんなどん底の気分を吹きとばしてくれた1曲ですね。この曲。

この曲までの数曲の倉木さんの曲って、個人的には、それほど触手が伸びなかったのよ。

具体的には、前年秋の「Simply Wonderful」なんかは、キラキラとした面白い音色の曲だな・・とは思ったけども、その後の「Reach for the sky」も「冷たい海」も今一つ、はっきりしない印象が先に立ってたし。。

そんな流れから倉木麻衣ってヒトは、「2000年」に限定した人で、2001年以降・・・というか2000年代をリードしていくヒトではないのかな・・とも思えて来ていたんだよね。

ここでもよく書いてるけど、その年、その年でヒット曲の傾向、カラーって変わってくるじゃない

倉木麻衣ってヒトは、2000年っていう時代のカラーにはドンピシャ嵌っていたけど、2001年っていう時代のカラーからは外れているんじゃないか・・・なんて思えてたんですよ。

そんな折、↑で書いたように、それまでの倉木さんの曲にはなかったようなラフなギターサウンドだったからさ。

そそそ、この乾いた空気感なのよ2001年のカラーって。
どこまでも続く青い空と、乾いた空気を思わせてくれる。まるで、カリフォルニアの乾いた空気なような。。。

そう思えたのは、やっぱLOVE PSYCHEDELICOとかが出てきたからなんだろうな。

向こうのアーティストで言えば、Sheryl Crowのような独特の乾いた空気感。

そんな時代の空気感に旨く嵌ったような手ごたえがあったんだよね、この「Stand Up」って曲。

でも、そう思えたのは、実際「爽健美茶」のCMが、そんなどこまでも続く青空だったから・・・と、ずっと記憶してたんだけども・・・。 どうも、実際は違ったみたいですね

↓ コレ


ウーン、この曲から浮かんでくる、あの青空と、乾いた空気感は、一体どこから連想したんだろうな。。。 


ところで、今回この曲を書くにあたって、ネット上を物色していたら、倉木麻衣の制作サイドはパロディ好きだ・・・って趣旨のブログに出くわしたりして

↓ コレ



なんか、いろいろと批判的なことが書かれたりするけど、本人はあくまで倉木さんファンのようですね。

その中にこの曲の下敷きにした曲ってのが書かれたりしてるけど

↓ コレ




なるほど、やっぱ下敷きにしてる曲があったのね。
まあ、いきなり曲調が変わったんで、なんかあるんだろうな・・とは当時から思えたけど。。。
個人的には、この曲が下敷きで間違いなさそうとは思えるけど、真相は如何に。。。


昔だったら、パクリだぁ・・・とワタシも騒いだだろうし、↑のブログが書かれた2009年頃も、まだパクリ疑惑があった頃でもあるから、記事にもそのように書かれたりするけどさ。
今や、サンプリングって言う概念も一般的になったし、J-POPって下敷きになっている曲が多いってことが、今となってはみんな知ってるようになりましたからね。特段騒ぎ立てる事でもなくなりましね。 






ところで、↑でこの曲がヒットしていた2001年のゴールデンウイーク明けは、個人的に大変な目に合った時期でさ・・・って書いたんだけども、この1か月後に、その後の人生に関わって行く、某C社の求人広告を目にすることになる。

もし、この曲がヒットしていた頃の自分に会えるとしたら、あと1か月後に人生変わるぞ・・と言ってあげたいですねぇ。。。

そんな人生のターニングポイントに差し掛かるほんの少し前ってことでも、印象に残ってる曲だな、この曲は。 

まあ、あくまで個人的なことですけどね。。。


蛇足だけどさ、倉木さんのwikipediaには、各シングルとアルバムの詳細売上げ枚数出てるけど、オリコンさんに怒られないんですかねぇ。
ボキは、昔、怒られたけどさ〜。


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ミチシルベ〜a road home〜 / オレンジレンジ

2004_03_ミチシルベ_オレンジレンジ_



今回の1曲セレクトは、「ミチシルベ〜a road home〜」オレンジレンジです。

まずはデータです。

・タイトル   ミチシルベ〜a road home〜
・アーティスト オレンジレンジ
・作詞     オレンジレンジ
・作曲     オレンジレンジ
・編曲    (クレジットなし)
・リリース日  2004年2月25日
・発売元    ソニーレコーズ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  27.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2004年3月11日〜4月8日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「FIRE BOYS 〜め組の大吾〜」主題歌

ここんところ、1曲セレクトをあまり書かなくなったのは、「生業」がめちゃくちゃ忙しくなったからなんですよね。 ・・・なんて、ちょっと言い訳がましくなっちゃうけど。。。
 会社的な事情もあってさ。ワタシのチームから別のチームにメンバーが移ることになったりして、人数が減ったのにもかかわらずクライアントの数が増えて、ニッチもサッチも行かない状態が続いてたんでね。

 以前だったら、1日1曲は義務って感じで書いてたんだけども、ここんところ、書くスピードが遅くなっちゃったんだよね。 昔だったら30分で1本かけたんだけども、最近は2時間くらいかかるのね。 
まあ、以前は自分の本当に好きな曲とか、かかわりが深い曲を書いてたからスラスラ書けたんだけども、最近は、あんまり個人的な趣味ではない曲も書いてるからね。前段階でいろいろ調べたり、書くまでが時間がかかるのよ。 

字数が昔よりも増えたってのもあるな。昔は本当に簡単なメモのようなコラムだったから、1曲セレクトも・・・。

そんなこともあって、さすがに仕事終わりに1本というわけにもいかず、なかなか書けないでいたっていうわけね。

 今日も平日の仕事終わりで、本当はちょっと書くのもつらいんだけども、明日から4月の繁忙期に入るんで、また暫く書けなくなるだろうから今のうちに書いとこうと思いーの、昨日に引き続いてPCに向かってたりします。



今回引っ張ってきた曲は、 オレンジレンジの「ミチシルベ〜a road home〜」。
2004年2月リリースの彼らの初のオリコン1位獲得ですわ。

オレンジレンジって、この前の年の夏、「上海ハニー」でいきなりブレイクしてきた、いわいるアイドルロックな人たちだよね。

なんか胡散臭かったんだよ、出てきたときは。  

今、当時のオリコン読み返してみると、「上海ハニー」でブレイクする前から、オリコンには取り上げられていたから、期待はされていたんだろうけどね。

でも、個人的にはそれほど注目はしてなかったのよ。正直言って。

ただ、当時、着メロサイトのセレクター兼、プロデューサーっていう立場だったんで、仕事がらみで聴いていたようなもんでさ。

あの頃、ロックではないけどヒップポップ系の人たちで、こんな感じで、見た目汚いナリの人たちがいろいたからさ。 そんな人たちの1組・・・っていう認識だった。

うん、「上海ハニー」は、ロックではあるけど、 Aメロからヒップポップっぽいフレーズが続くからさ、そっち方面人たちだと思ってたのよ。

・・まあ、個人的にはヒップポップってどうも苦手だったからさあ・・・。あくまで仕事という思いで聴いてたんただよね。

でも、この曲を聴いて、がらりと考えを変えたのを覚えてる。

まずもって、浮遊感の有るイントロのギターのアルペジオ。それに絡んでくる硬質で切れのあるドラム。

思わず引き込まれたんだよな。

まあ、メロディはもろティーン向けの易しく優しいラインで、これは、30過ぎのおっさんが聴く感じじゃないなと思ったけど、兎も角、イントロのギターの音色と切れのあるドラムロールに引き込まれてしまった。


あの頃、今と同じく仕事上で煮詰まっていたからねぇ。 トリプルブッキングの会議が果てしなく続いて居たりしたしさ。あの頃のグループウェアのスケジュール表みると、連日真っ黒で、ワシャ、ピンク・レディか・・・ってホントに思ったもの。

加えて、管理職にもなったからさ。 いや、たまたま成功したサイトのオープニングメンバーだったからってことで、「ご祝儀」で管理職にしてもらったようなもんで、別に本当の実力があったわけじゃないのよ。
むしろ、それまでの人生、「ダメ人間」っていうレッテルで生きてきたからさ。人の上に立つって分かんないのよ。 まあ、今でも分かんないけど、あの頃は、輪をかけて分かんなかった。
あの頃は八方美人だったからなぁ。チーム内をいい方向にまとめようとみんなにいい顔してたから。。
それが逆むしろ効果だったのよ会社行っても人間関係がギクシャクしてきてて。。。
人間関係がストレスだったのよ。

一方では、自分のサイトを、会社から帰って夜中から朝方まで更新したり、掲示板のコメント書いたりして。。。 ほとんど寝てる暇もなかったり。。。。 

いまだったら、別にいい関係じゃなくてもいいや・・とある程度は割り切れるんだけとね。あの頃は若かったから。
現に、今のチームでは、ワタシなんてダメオヤジの嫌われもんだから。 でも、それでいいと思ってる。リーダーなんてみんなから好かれちゃだめよ、自分の考えを通し続けるにはさ。

でもまあ、そんな状態が2年近く続いたんで、精神的に病んできちゃってさ、あの頃。

ホント、今考えても精神的に不安定だったのよ。 なんかいつもイライラしてたし。。。

そんな折、今の「M-ON」当時は Viewsic TVったっけな・・・日曜日の朝っぱらから昼過ぎまで、日中延々とやってた、Countdown 100。

あの番組を、うつらうつらしながら 見てたら、この曲のMusic ビデオが流れて来てさ。

↑に書いたように、南国の温度感、浮遊感が有るイントロのギターのアルペジオ。それに絡んでくる硬質で切れのあるドラムに一発で引き込まれた。

いやいや、癒されましたね。精神的に。

それで初めて、コイツラは、ちゃんと評価してやらなきゃいけないな・・っていう気になったんだよね。

現に、ドラマの主題歌というタイアップが付いてたいたとはいえ、この曲で初の1位を獲ったし。
次の「ロコローション」〜「花」と、急激にスターダムの階段を上ることになったわけなんだけどさ、オレンジレンジも。

その賭場口の曲で引っかかったっていうのも、まだ、あのころは、この先ホンモノになりそう(売れてきそう)だな・・って嗅覚はあったんだろうね。最近はすっかり鈍っちゃったけさ。。。


そういえばオレンジレンジの「花」が大ヒットしていた頃、当時運営していたBBSに、業界に対する当時の考えを長々と書いて、その筋の方に褒めてもらたっけ。一部引用したいとか言われて。。。

内容はすっかり忘れちゃったけど、日ごろのうっぷんが溜まっていたんだろうね。あの頃の個人的に感じてた業界に対する想いを叩きつけるように書いたような気がするんだよね。


まだ30代前半だったけども、今はもう、ああいう熱い文章は書けないな。

もっとも、最近は慢性的な寝不足で頭が回らないんで、まともな文章が書けなくなったていうのもあるんだけども。。。




いまは、当時のMVは、ようつべに上がってないんだな。
どうも、この手のライブ映像ばっかで、ちょっとつまんないんだけども、しょうがないですわな。



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キミノヒトミニコイシテル / 深田恭子

2001_10キミノヒトミニコイシテル_深田恭子


今回の1曲セレクトは、「キミノヒトミニコイシテル」深田恭子です。

まずはデータでするん。

・タイトル     キミノヒトミニコイシテル
・アーティスト   深田恭子
・作詞       小西康陽
・作曲       小西康陽
・編曲       小西康陽
・リリース日    2001年10月3日
・発売元      ポニーキャニオン
・オリコン最高位  8位
・売上げ枚数    4.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位
・タイアップ:コーセー「Facio」CM曲

うー、やっと、今月の「超繁忙期」から解放された。。。
1、4、7、10月の各四半期は「繁忙期」と分かってはいるけど、これらの月は全く動きが取れなく。特に今期は、精神的にもきつかったですねぇ。
そのあおりを受けて、「1曲セレクト」も暫く書けなかったりしたんだけども。。。

まあ、これは毎年の事なんでこれらの月のヒットの曲って、これまで結構1曲セレクト、手薄なんですよね。

今回の引っ張ってきた曲も、本来ならば、今頃はヒットチャートも下降線に入っていたわけで、本来ならば10月半ばには書きたかったんだけど。。。。 まあ、ご勘弁あれ・・ということで。。。

その曲は、 深田恭子「キミノヒトミニコイシテル」。

2001年10月リリース。 丁度20年前の今頃のヒット曲ですわ。

うーむ、この曲、以前一度書いたような気がしてたんだけどなぁ・・・。
過去に書いたアーカイブを見る限りではなさそうなので。。。。

以前一度書いたのは、まだ自分のサイトでBBS(掲示板)をやってた頃だったかなぁ。

少し前、三木道山の「Lifetime Respect」の時に、散々書いたんだけども、20年前と言えば、個人的には「着メロ」サイトの楽曲運用で業界に入った頃ですわ。
10月は、3か月の試用期間が終わって本採用になった頃ですね。 
それと共に、本格的に「昼夜区別なし」の生活が始まった頃ですわ。毎日終電は当たり前、土曜日曜区別なし。 加えて何かエラーが起これば夜中でも対応しなきゃいけないっていう、第三者から見れば「ブラック」そのものの生活が本格的に始まったのがこの頃だったなぁ。

でもそんな公私区別がないような生活でも個人的には「ブラック」とは思わなかったんだよねぇ。やっぱ好きなことやってたからなんだろうね。
ほぼ、毎日終電で帰ってきて、帰ってきてからは自分のサイトのアクセスログのチェック、ページ更新、当時やってた掲示板にレス書き・・・などなど明け方近くまでやって・・・っていう生活。

もっとも、当時在籍していた某C社は、スーパーフレックスで出社時間が決まってなかったんで、朝は10時くらいまで寝てて、当時午前中放送してた「太陽にほえろ」の再放送見て、13時半ごろ出社。。。
なんて、傍から見れば重役出社か・・・みたいな生活だったんだけども。。。。

で、この「キミノヒトミニコイシテル」を初めて聴いたのも、そんな生活が始まった頃ですわ。
今でも覚えてる、終電で帰ってきて最寄りの駅から家に向かっている車でのラジオの深夜放送ですわ。
番組は忘れちゃったけど、「オールナイトニッポン」の前番組だったと思うなぁ。

♪ 深田も〜 なんちゃら〜 ♪ なんて自分の名前を一人称として呼んでる歌詞にも、確かに刺さったんだけども、これは80年代にすでにキョンキョンがやってたことなんで目新しさは感じなかったな。

まあ、それも含めてなんか変な曲だな・・・・っておもったのは覚えるわ。

でも、もし音楽関係の仕事についてなかったら、「変な曲」だけで終わってたかもな。

当時、ワタシは32才。 さすがに30過ぎのおっさんが「アイドル」じゃねーだろ っていう意識はあったんだよね、それまでは。 一応世間体の目は気にしてたしさ。

今でこそ、30であろうが 40であろうが アイドルでも堂々と聴ける世の中になったけども、20年前は、まだそういう雰囲気でもなかったしね。

でも音楽の仕事を始めた訳だからさ、アイドルであろうがヒット曲を聴くのも「仕事」になったわけでさ。周りからなんか言われたら「仕事なんで・・・」と言えるからさ。

本音を言えば「これで堂々とアイドルの曲も聴ける」なんて思ったんだけどもね。。。

だからさ、この曲を聴いたときも「変な曲」と思ったとともに、変な曲でも引っかかんだから、ちょっとちゃんと聴いてみるか・・などと思っちゃったりもしたのよ。

で、すぐにレンタル屋でシングルCD借りたな。 そそそ、この曲と あややの「LOVE 涙色」。



この曲、小西康陽氏のプロデュースなんで、ベースは60年代のオールディーズなんだろうけど、あくまでベースの部分のみで、手触りは全く新しいものに感じたよなぁ。

ピチカートファイブとはサウンド的には似た部分も感じたけど、実際は別物でしたよね。

そそそ、この前の年にヒットした慎吾ママの「慎吾ママのおはロック」だっけ? あれと、全く同じ感覚。

でも考えてみれば、例えば同時期にヒットしたTommy feruary6の「EVERYDAY AT THE BUS STOP」とかさ、表層的にはユーロビートだったけど、根っこの部分はオールディーズっぽかったじゃん。
そう、この「キミノヒトミニコイシテル」もそんな感覚だったんですよ。

だから、あの時代、あくまでも根っこの部分なんだけども「オールディーズ」っていうのがトレンドだったのかもしれないな。今考えると。そういう音楽が時代とシンクロしてたのかもしれないですね。

2001年10月と言えば「9.11」直後の、世相としては暗い時期だったけど、だからこそ、この手の甘くて煌びやかなキャンディーのような曲をみんな欲していたのかもしれないですね。

いずれにしても、この甘ったるい感じのサウンドは、2001年の今頃を感じるんだろよなぁ、個人的には。

ちなみに、あややも、この後、小西康陽氏のプロデュースで「ね〜え?」(2003年)をリリースすることになる。
ただ、この曲にはあんまりオールディーズの匂いは感じなかったなぁ。 わずか2年後なんだけども、それは、やっぱ2001年と2003年という時代の匂いの差だったんだろうね。





↑で、この曲、小西康陽氏だけどピチカートファイブとは別物だよね・・・って書いたけど、MVはピチカートっぽい作りだったな。。。
それにしても、深きょんも20年前は、それなりに「いけいけねーちやん」っぽかったのね。
最近はすっかり落ち着いて、いいおねー様になりましたが。。。


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Lifetime Respect / 三木道三

2001_06_Lifetime Respect_三木道三



今回の1曲セレクトは、「Lifetime Respect」三木道三です。

まずはデータです。

・タイトル    Lifetime Respect 
・アーティスト  三木道三
・作詞      三木道三
・作曲      三木道三
・編曲      三木道三
・リリース日   2001年5月23日
・発売元     徳間ジャパン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   89.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2001年6月21日~8月16日 8月30日付

私事で恐縮なんだけど、音楽配信業界に携わって、今日で丸20年になるんだよね。

そそそ、某D社の子会社で、当時「16メロミックス」という着メロサイトを運営していた、某C社に
着メロ用の楽曲選曲をメインに、楽曲運用管理全般担当ってことで入社したのが2001年7月1日なんで。
某C社が「16メロミックス」をサービスインしたのが2001年6月。 なので、サイト立ち上げメンバーではないけど楽曲運用は僕から立ち上げたのよ。
あれから20年。 なんかあっちゅう間・・・だったような気もするし、長かったような気もする。

まあ、途中、バックレて音楽配信の世界から少し離れていた時期もあったんで、厳密に言えば、通して20年と言うわけじゃないんだけどね。

でも、兎に角濃密な20年だったと思う。 特に某C社(最後はD社に転属になったけど)にいた5年弱は、めっちゃ濃密な時間だったな。

そもそも某C社に入社したきっかけは、今から思えば冗談から駒のような話だったんだけども。。。

それまでの1年間、ぷー太郎をしながら、自分のサイト(THE HITCHART NOW AND THEN)を運営。 でも、それじゃ食えないから手に職をつけようと、1年間、UNIX系ネットワーク管理者養成の専門学校に通ってたんだけどさ。

それが修了して、就職先を探していたんだけども、なかなか見つからなくてね。 

兎も角、従業員数人の零細企業で構わないから、どっかIT系会社に潜り込もうと、mixiが運営してる「Find Job」っていう転職サイトを頻繁に見てたんだけどさ。

・・・と言っても、自分で音楽系サイトを立ち上げてたこともあって、出来れば音楽に関係する仕事がいいなぁ・・・と、思ってたら、あったのよ、某C社の求人広告が。

職種は、 着メロサイトで配信する楽曲の選曲と音源ファイル運用管理 。

なんか変な職種募集だな・・・とは思った。 

当時、着メロブームだったこともあってdocomoをはじめとした携帯キャリア公式の着メロサイトがボコボコ立ち上がってた頃で、Find Jobを見てると、音楽系サイト運営会社の求人募集って意外とあったんですよ、あの頃。

でも、音源ファイル制作とか、ユーザーサポート要員募集が大半。しかも大抵は契約かアルバイトで、正社員雇用ぢゃなかった。楽曲の選曲と音源ファイル運用管理なんて変わった職種の募集なんてC社くらいじゃなかったかなぁ。 しかも正社員での募集。

それまで楽曲選曲の実務経験なんてなかったし、募集年齢も過ぎてた(募集年齢は、確か30歳未満だったと思う。当時ボキは31歳)けど、正社員っていうのが魅力的だったし、ダメもとで応募してみたんだよね。
選曲に関しては、自分のサイトで、現在の1曲セレクトのような形で、楽曲レビューはしてたから、何とかなるべ・・とか思ってたりしたし。。。

でさ、面接に伺ったら、なんと、社長(・・といっても僕と同い年だけど・・・)が僕のサイトの常連だったんだよね。    

何でも始めてみることだよね。 もっとも、まだネット黎明期だったことも幸いしてたんだと思うし、いまじゃ、こんなことはまずありえないと思うけど。。。。

あん時のやり取り今でも覚えてるわ。

履歴書を渡して、いの一番に「もしかして、THE HITCHART NOW AND THEN やってるひと?」 
「そうです。」 
「やっぱり。。。。で、いつからこれる?」 

で採用  

ものの1分で決まっちゃった。 

ちょっと信じられなかったけどね。普通そんなことってありえないじゃん。

一瞬、ブラック企業か? ・・とか思ったりもしたけど。。。

あのころ、いや、今でもあるのかもしれないけど、ITブームということもあってIT系企業がやたらと立ち上がってたけど、ブラックな企業もかなりあったんだよね。
事実、通ってた専門学校で紹介されたIT系人材派遣会社もブラックだったしさ。本当はそこで、大手通信会社のデータセンターのネットワーク管理の仕事を紹介されてて、半ば決まってたんだけども、どうも話が胡散臭いんで、契約する直前に辞退してたのよ。

そんなこともあったんで、C社もヤバイかもなんて一瞬思ったんだけど・・・。 

でも、話をしていると、僕のサイトの常連だということがわかったのと、 僕のサイトを見てて、どうも僕と組んでみたいと思っていたようなんだよね。

楽曲の選曲の仕事として、楽曲の知識量が豊富な人はたくさんいる。 けど、知識量はさりながら音楽のトレンド、ヒットを予測し、長年にわたってヒット曲を追いかけてるヒトはあんまりいない。

着メロと言っても、重箱の隅をつつくようなマニア向けの曲ではなく、あくまでトレンドを「先読み」してこれからヒットする曲を確実に選曲できる人が欲しいってことで、どうも僕に注目してくれてたみたいなんだよね。

そんなところに僕の方から、のこのこやってきたんで、向こうも舞い上がっちゃったみたいで、即採用っていう運びになっちゃったみたいなんですよ。

嘘のような話だけど、実際こんなこともあるんだねぇ・・・。

いや、その前に、自分の見えないところで自分を見ていてくれる人って確実にいるんだな・・と
、こんときばかりは感じせずにはいられなかったな。


ちなみに、C社と並行して、同様に音楽配信の草分けの某M社の面接も受けることになっていた。
たしかC社の次の日じゃなかったかなぁ。
でも、C社に採用が決まったのと、M社は非正社員採用だったので、即日に面接を辞退した。
たださ、M社は、今の会社の直の「上司」が在籍してた会社なんだよね。
それを考えると、なんか不思議な縁を感じるというか、 業界内は狭いな・・と感じるというか。。。

結局、C社(D社)には5年弱しか在籍しなかったんだけどね。 
でも、濃密な5年だった。なんせ、サイト会員数が限りなく0に近いところから、500万近くまでの急拡大に携われたなんていうのは、IT業界広しと言ってもなかなかできる経験ではないですから。
喧嘩別れではないんだけどね。兎に角、5年間走り続けたんで疲れてたこともあった。
居心地はすごくよかった。とりあえず、仕事の成果は上げていたんで、みんな良くしてくれたし。
でも、当時まだ35才前だったし。。 このまま居心地がいいところにずっといたら、ダメになっちゃうような気もしたんだよね。 それで辞めたんだけどね。
 

あー、前置きがめちゃくちゃ長くなってしまった。

でも、20年前のあの時に、もっとも旬なヒットだったのが、今回引っ張ってきた「Lifetime Respect 」だ。

この曲は、最初どこで聴いたんだろう?  あんまり思い出せない。

でも、ぷー太郎で金もなかったあの頃、音楽との接点と言えば、bayfmの「パワーカウントダウン」くらだったんで、きっとパワカンで聴いたんだろう。

妙な曲だった思ったんだよなぁ。 関西弁のレゲェってところが。 でも、妙に引っかかる。

やっぱ、「結婚宣言」的な歌詞にも引っかかんだろうな。 さだまさし氏の「関白宣言」ほど上から目線ではないところが、2001年的でもあったし。

でもやっぱり、この手の「婚約宣言」的な曲っていうのは、嵌ると一気に火が付きますよね。

件の「関白宣言」もしかり、92年の平松愛理さんの「部屋とYシャツと私」しかり。

それと、この曲と。 3大「婚約宣言」ソングですわな。

まあ、そのほかにも、はしだのりひことクライマックスの「花嫁」とか、まともな結婚ソングはありましたが・・・。

やっぱり、結婚式で歌う、歌われる曲は、広く受け入れらけ安いんだろうね。


じつは、個人的にあの頃、「あ、いいな」と思える女性がいたのよ。 件のネットワーク管理者講座で、たまたま、僕の机と隣り合わせたコで。
その講座で何人かとウマが合って、その一人が経営していた電気工事会社にネットワーク部門を新設使用かみたいな話になったこともあった。その人の家に泊りがけで仮想ネットワークを作っていろいろサーバー立ち上げて遊んでいたときもずっと一緒にいたり。 もしかするとこれは、このまま一緒になるのかも・・・なんて思ったこともあった。

そんな折に聴いたこの曲だったからさ。 これは、この曲をあのコに捧げなければ・・・。とか思ったりして、関西弁でレゲェで、なかなかノリについていけない、この曲を必死こいて覚えたりしてね。

それこそ、♪ 一生 一緒にいてくれや~ ♪ なんて、あのコの前でかましたろか なんて本気で思ってたもの。

結局、その矢先に、↑で書いたような某C社に就職が決まって、すぐに忙しくなったもんでさ。すれ違いが多くなって、フェイドアウトしちゃったけどさ。

あれから、全く会ってないけど、今頃どうしてるんだろうなぁ・・・なんて、この曲を聴くたびに、未だに思ったりしてね。

僕と同い年だったんで、すでに「大台」は超えてるはずだけど。。。。。


まあ、兎も角、ぷー太郎で就職先も決まってなくて、不安だらけだった上半期から、180度世界が変わった下半期・・・という、個人的は大激動だった2001年の今頃。NO.1ヒット曲として、ワタシを見てくれていたような曲が、この曲。。。 なんて思えたりするんだよね。








そういえば、これの「女編」ってやつもあったな

↓ コレ



こっちのRSP版は 2007年だったか・・・。もっと前、D社にいたころだったと思ってたんだけどちがってたな。
体調崩して2回目のぷー太郎し始めたころだったか。。。。



ultra soul / B'z

2001_04_Ultra Soul_B'Z


今回の1曲セレクトは「ultra soul」B'zでする。

まずはデータでする。

・タイトル     ultra soul
・アーティスト   B'z
・作詞       稲葉浩志
・作曲       松本孝弘
・編曲       稲葉浩志 松本孝弘 徳永暁人
・リリース日    2001年3月14日
・発売元      ルームス・レコーズ
・オリコン最高位  1位
・売り上げ枚数   87.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2001年3月29日〜5月3日 5月17日付
・タイアップ:世界水泳福岡大会2001テーマソング

これまでも、ヒットした当時、あまり聴いてなかった曲、積極的に聴いてなかった曲って、何曲も書いてきたけど、今回引っ張ってきた曲も、ヒットした当時、積極的には聴いてなかった曲の一つですね。

B'z 「ultra soul」

この曲がヒットした時期に開催された2001年世界水泳福岡大会のテーマソングに起用され、いまや、世界水泳のたびにテレ朝での世界水泳の中継のテーマソングに使用されてるこの曲。

♪ そして輝く ultra soul  ♪ という大サビのキメフレーズでは、だれでも否がおうにも盛り上がる。

そんな曲であるのに、ヒット当時、触手が動かなかった・・とは、「不感症」と思われても致し方ないかもなぁ。

でも、これは事実。

ま、確かにこの頃は、この曲に限らずB'zの曲に反応しなくなっていたのもあるな。

古くからワタシとお知り合いの方は、覚えているかもしれないけど、この頃、結構アンチ発言をしてたからさ、B'zに対して。

それも要因の一つだけど、こういう派手な曲調の曲は拒否したい気分でもあったんだよね、精神的に。

丁度この頃、前年から1年に及び、ぷー太郎な生活をしつつ、ネットワーク管理者養成講座の専門学校に通ってたんだけども、その講座が終了の頃にリリースされたんだよね、この曲。

でも、まともな転職口も決まっていなくて、かなり焦っていた頃だ。
それでも、当時は、まだITバブルが残っていた頃で、IT未経験者でも就職口はあり、1か月余りの転職活動でもホスティングサービス会社に就職先を得ることができた。で、転職したのが2001年4月。
でも、そこがブラックな会社だったのよ。いまでいうパワハラが凄くてさ。 進捗ミーティングが毎日のようにあり、作業の進捗が少しでも遅いと会議に出席している全メンバーからドヤされる。ターゲットになる方がいつも決まっていたんだけども、毎日のようにドヤされていたな。だれも弁護する人も居なくて見ていて可哀そうだった。
幸いワタシはターゲットにはならなかったんだけども、そういうブラックな会社の文化に耐えられなくてさ。結局、精神的に持たなくて、いわいる「5月病」から出社拒否になって、2か月で辞めることになるんだけどね。

そんな、転職→出社→退職 の一連の流れにリンクするかのようにヒットしていたのが、この「ultra soul」だ。

恰も、そんなつらい会社生活の中で、脳内ヘビロテしていたのが、この「ultra soul」だったと記憶しているな。

つらい記憶は消し去りたいもの とはよく言うけど、そんな状況下で脳内ヘビロテしていたこの曲も、消し去りたい記憶の一つになったんだよな。
まあ、この曲だけではないんだけどね、2001年の3月〜5月頃にヒットしていた曲って、ワタシの中では苦い記憶しか浮かんでこない時期で、長い事、記憶から消し去りたかったのよ。

今年はあれから20年だもんなぁ。昨日のように覚えているけど早いもんだよね。

そんな精神的にどん底状態の時期を経、その後の人生をある意味変えた、某C社に巡り合うのが2001年6月。

そんな「人生の変革期」が目の前に来ようとしていたのを、全く知らずに、毎日精神的につらい毎日を過ごしていたのが、丁度20年前の今頃だ。

もし今20年前に戻れたら、あと2か月後には人生変わるよ・・と言ってあげたいくらい。
ホント、すぐ先に何があるかわからない、これが人生ですね。 


ただ、そんなブラックな会社でも一つ分かったこと。 IT業界というところは、仕事のやり方から何もかも、手取り足取り教えてくれないということ。必要なスキルは自分で調べて見つける事ですね。
そもそも、当時のIT系の会社では転職初日に会社に行っても机にPCが置いてあるだけで、配線接続は自分でやんなきゃいけないし、PCの設定も自分でやんなきゃいけないのが当たり前だったしね。
少なくとも、PCスキルや知識はネット調べれば、自分の力である程度は解決できるわけで。
まあ、他の会社はどうなのか分かんないけど、今の生業の会社では、新たな方が就業するときは、就業前にPCもちゃんと設定してあげたりして、20年前とは大分変りましたね。
でも、初めから人を当てにしすぎない、まずは自分の力で問題を解決する努力をすることは、ブラックな風潮の中でも、暗黙で分かったし、20年経った今でも肝に銘じてますね。

・・・と、今回も曲内容とは、全く関係ないことをツラツラツラ・・・と書いてきちゃいましたが。。。

↑のように20年前は、「思い出したくない」曲の1曲だったこの曲も、今では全くそんなことはなく、普通に聴けるんだけども、細かい部分では、正直、この曲のどこが良いのか、悪いのか・・というのは、今になってもよくわかんない。。。

・・・・っていうのが、結局の結論だったりして。。。。

ただ一つ言えるのは、 

♪ そして輝く ultra soul  ♪ っていう大サビのフレーズは、やっぱ強烈に強いよなってこと。

このフレーズがある限り永遠に無敵だと思う。

この前曲「RING」から、売り上げで30万枚以上跳ね上がったこの曲だけど、 ここのインパクトだけで売上げが跳ね上がったといっても過言じゃないんぢゃないかなぁ。

・・・・と誰でもいえるような「感想」を書いたりして。。。。

もう一つは、シンプルにまとまっている事かなぁ。 尖がって居るけど誰が聴いても分かりやすいメロディライン。
シングルとして基本的なことではあるけども、そんな基本的な部分に忠実に沿った1曲だと思いますわ。






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メリクリ / BoA

2004_12_メリクリ_BoA_


今回の1曲セレクトは、「メリクリ」BoAです。

まずはデータです。

・タイトル     メリクリ
・アーティスト   BoA
・作詞       康珍化
・作曲       原一博
・編曲       原一博
・発売元      エイベックストラックス
・リリース日    2004年12月1日
・オリコン最高位  5位
・売上げ枚数   13.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:2004年12月16日〜2005年1月13日付
・タイアップ 東芝「au CDMA 1X WIN W21T」CM曲

のっけから、BoAの「メリクリ」。
さっき近くのセブンに車で買い出しに行ったら、偶然にもFMから流れてて、思わず「いいじゃん」・・なんて、年甲斐もなく感動しちゃいまして。思わず引っ張ってきましたわ。

まあ、なんてイージー。。。

2000年代の「クリスマスソング」としては、定番曲と言ってもいいくらいの曲であるわけで、リリース以来のクリスマスとなると、よくかかるこの曲ではあるけど、これまでそれ程引っかかったことはなかった。

クリスマスソングの王道を行くようなソフィケートされたこのメロディに、思わず心がキュンとしてしまう方も多い事だろうね。

でも、なぜか、個人的にはそれほど引っかかってこなかったんだよなぁ。 なんでなんだろうねぇ。

ここ数年、クリスマスシーズンでも以前ほどは耳にしなくなったこの曲なんで、記憶から消えかけていたんだけども、この曲2004年のクリスマスシーズンのヒットなんだよな。

なるほどそうだったよな。 この曲に引っかから無かった理由が何となく、よみがえってきた。

うん、aちゃんには当時、不信感を持っていたワタシだけど、BoAっていうコは決して嫌っていたわけじゃないんですよ。
現にこの曲の前の「QUINCY」って曲までは音源そろえていたし。 でも、この曲から突然音源を持たなくなった。 うん、今も持っていないんだけどね。

かなり前に、この曲のほん僅か前にヒットした上戸彩の「ウソツキ」って曲を書いたときに、少し匂わせたんだけども、この当時、生業に行き詰っててさ。うん、精神的にですね、行き詰っていたのは。 どうにも気持ちの整理がつかなくなってたのよ、この時期。
今思えば、一種の「うつ病」だったんだろうな。

某D社の、あの頃はまだ子会社の「C社」だったのかなぁ。。兎も角、ここではたまに書いてる某「着メロ」サイトのプロデューサーだったんだけども、この頃どうも上手くいかなくてね。
2004年の後半ともなると着メロも一時期のブームが過ぎ、下火になり始めていたころだ。
代わって着うたが流行り始めて来てた頃ですね。
でも、あの頃は、個人的に着うたってモノになじめなくてねぇ。CD音源をそのまま切り取ったコンテンツにはクリエイティビティを感じなかった。

そもそもCD音源をそのまま使っているので、配信するにはレコード会社から著作隣接権の許諾を取らなきゃいけない。 着メロのように自由に作れないし、自由に編成を組んで配信ができない。自由にアレンジも出来ない。ここに苛立っていたんだよな。

この仕事もそろそろ潮時かな。。。なんて思い始めてた頃ですね。

そう思ったら、急に当時のヒット曲が色あせたように感じてきた。 うん、それは覚えている。

その中に、今回引っ張ってきたBoAの「メリクリ」も含まれていたんだよなぁ。

BoAなんで当然エイベックスからリリースされた曲だけど、aちゃんは当初から着うた配信には積極的で、この曲もCDリリース当初から着うた配信もOKだった・・と言う記憶がある。
なので、当然、関わっていた着メロサイトでも、「この曲」を始まったばかりの着うたで配信開始していたような記憶があるな。

当時着うたが好きになれなかったワタシは、これはワタシがディレクションする領域じゃない。。 当時、この曲を聴くとそう思えたんだよね。
本来クリスマスのイルミネーションのような煌びやかなイメージの曲であるはずなのに、急激にモノクロのくすんだ曲に思えて来たように思えて来てたんだよね。

まあ、今思うと、真面目に考えすぎていたキライはあるなぁ。物事まっすぐにしか見えなかったんだよ。若かった。 今だったら、一歩下がって考えることもできるけど、あの頃はそれも出来なかった。 ピュアだったんですよ。

まあ、ピュアだったからサイトプロデューサーなんて出来たのかもしれない。 いろいろ裏事情とか分かってくるとしり込みしてしまうことも多くなりますからね。

いずれにしても、以来、この「メリクリ」って曲は、開かない扉の中にこの曲自体閉じ込めていたようなところがあるように思えるんだよね。

あれから16年。 

これだけ時間が過ぎれば、あの頃の感情は記憶の奥底に消え去っているわけで。
不意に・・・と言うところはあるんだけども、さっき久々にこの曲を聴いたとき、新鮮に聴けたんだよね。

クリスマスイルミネーションのような煌びやかさ。この曲が本来持つイメージを素直に感じ取れたからこそ、さっきは引っかかったのかもしれないなぁ。




この曲、その後のクリスマスの定番曲のようなイメージが強いんだけども、↑のデータを見ていただいても分かるように、実際的にはそれほど爆発的にCDセールスがあったわけじゃないんだよね。
それは、CDリリース当初から着うたでも配信が始まっていたという影響もあったかもしれない。
まあ、あの当時はまだ、オリコンで着うたランキングとか始まっていなかったんで、実際的にリアルタイムではどの程度の影響があったのかは不明だけどさ。

今でこそ、CDと配信のハイブリッドリリースは当たり前。逆に配信のみと言う曲も多くなったこのご時世だけど、今から考えると、CDが下火になっていくその先駆的な曲でもあるんだよね。
 まあ当時は、まだネットスピードも遅かったしさ、現在のようなネット配信が主流の世の中になるとは考えてなかったけど。。。

ちなみに音楽著作権について、腰を据えて勉強するようになったのもこの頃ですね。着うたでは著作隣接権の許諾が必要になってきたからさ。。これはこの先著作権の知識が必要になってくるなって思えて来たんだよね。 うん、いかに「ちょんぼ」して音楽配信に関わって行くには、これからは著作権の知識は必要だって思えたのよ。なんて書くと怒られちゃうだろうけど。。。。
でもまあ、それで今も食い継げて行けてるんで、あながち間違いではなかったよな。



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traveling/ 宇多田ヒカル

2001_traveling_宇多田ヒカル


今回の1曲セレクトは、「traveling」宇多田ヒカルです。

まずはデータでする。

・タイトル    traveling
・アーティスト  宇多田ヒカル
・作詞      宇多田ヒカル
・作曲      宇多田ヒカル
・編曲      河野圭 宇多田ヒカル
・リリース日   2001年11月28日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   85.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位  1位
・ベストテンランクイン期間:2001年12月13日〜2002年2月7日付
・タイアップ:NTT docomo「FOMA」CM曲

さっきラジオを聴いてたら、今日12月9日は宇多田のデビュー日だったんだな。
1998年12月9日に「Automatic」でデビューしてから22年。
22年かぁ。。。。早いもんだよなぁ。 初めて「Automatic」を聴いたときの「衝撃」は、以前書いた「Automatic」に委ねるとして。。。。
今考えると、あの当時、個人的には宇多田のシングル曲と共に過ぎていたように感じるなぁ。
当時のシングルを聴くと、その時々に感じていた「絵」や精神状態がフラッシュバックするんだよね。すでに30過ぎたおっさんだったけど、それだけ身近にあったのかもしれない。

かといって、それほどヘビーローテーションで聴いてたわけでもないんだけどね。
それだけ、当時の宇多田の曲には、強烈な色彩、個性、インパクトがあったんだろうな。

今回引っ張ってきた「traveling」。
2001年初冬にリリースされた、宇多田の9枚目のシングルだ。

当時、ワタシは某D社の子会社C社にて、D社運営の公式着メロサイトの主に楽曲配信運用のディレクター兼プロデューサーだった。 
着メロサイトがローンチされてから半年、順調に会員数を伸ばした2001年12月、新たに「ボイスサイト」をローンチすることになった。

この時が大変だったんだ。

実際にサイトのページhtmlやコンテンツが納品されてきたのがローンチギリギリだったと思う。
で、早速テストサイトに上げてみたところ・・・・。 html、コンテンツ共にバグだらけで話にならない。 しかもローンチは目前。。。。
兎に角、ローンチまでには間に合わせなければならない・・ということで徹夜でバグつぶし。
でも「1徹」ぢゃ終わらなくてねぇ・・・。 結局私は「3徹」。 いや実際は「3徹」でも終わらなかったんだけども、当時、一番年長だった私は「3徹」で免除してもらったんだよね
若手は、もう「1徹」し〜の、「4徹」して、何とか公開できるようになったんだよな。
ただ結局、本来のローンチ日までに間に合わなかったんだよね。

あの時、ワタシの頭の中でグルグルと「ヘビーローテーション」で流れていたのが、この「traveling」だ。 突発的だったのかもしれないけど、あのとき「着メロ」のダウンロードNo.1だったのが、この「traveling」だったこともあり、ワタシの中でこの曲が大きく占めていたのもあったのかもしれない。

兎も角、以来というものの、この曲が聴こえてくると、真っ先にフラッシュバックするのが、あの時の「3徹」の時の情景だ。 情景ばかりではなく部屋の温度感も思い出すんだよね。 12月の寒い日でさ、室内のエアコン暖房をガンガンに付けていた湿気がある温度感。 それも思い出させるな。
「3徹」から解放された帰りの京葉線で死んだように爆睡したのは言うまでもない。

フラッシュバックというよりも、もはや半ばトラウマって感じですね。

ちなみに、この曲の後の「SAKURAドロップス」の時も大変だったんだよな。 
ちょうどdocomoの「504i」リリース対応の時で。この時も 徹夜だった。この時は「2徹」で済んだけど。。。

あ、でもこの時も帰りの京葉線で、つり革掴みながら死んだように爆睡したっけ。。。

で、やっぱり、今「SAKURAドロップス」を聴くと、あの時の情景がフラッシュバックするんだよな。

こんな感じで、当時は宇多田の曲がリリースされるごとに、何かしらの印象に残る出来事が起きていたような気がする。仕事の事であったり、生活の事であったり、個人的な病気であったり・・・。

だから、個人的にはあの頃は宇多田の曲と共に過ぎたように感じるんだろうなぁ。

特に今回引っ張ってきた「traveling」の時の「3徹仕事」は、ホント未だに強烈に印象に残っていますね。

たださ、だからと言ってあの時の仕事って決して嫌いだったわけじゃないんだよね。
「ブラック」「社畜」と思えるような拘束時間だったけど、今思えばそんな徹夜仕事も楽しかったのよ。なにより、2次著作物ではあったけども、モノをクリエイトしてるっていう充実感があった。
まあ、30代前半で若かったから出来たんだけども。 今「3徹」したら確実に死ぬだろうな。。。。





↑で書いたように、この曲を聴くと「トラウマ」のようにあの日がよみがえってくるんで、未だにこの曲、落ち着いて聴けなかったりするんだよな。
でも決してキライではないんだけどね。 単に落ち着いて聴けないという事で。。
むしろ、それまでの宇多田の曲の中では好きな部類だなぁ。

個人的には宇多田の曲は、スローな曲よりも、この曲のようなBPMが速い、アップチューンの方が好きだった。
セカンドシングルの「Movin'on without You」とか2000年4月の「Wait&See〜リスク〜」がお気に入りだったしね。 

もう一つ、この曲が良かったのは、それまでのR&Bの香りが大分消えてストレートに、よりポップになったことですね。
もっとも完全に消えたわけではなく底辺には、まだR&B臭が残っていたわけだけど、ポップになった分、聴きやすくなったし。

ただ、ポップになった分それまでのくどい様なインパクトは少なくなったかもしれない。 この曲がミリオンに届かなかったのはその辺りが大きかったかもな。


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桜坂 / 福山雅治

2000_05_桜坂_福山雅治


今回の1曲セレクトは、「桜坂」福山雅治です。

まずはデータです。

・タイトル    桜坂
・アーティスト 福山雅治
・作詞      福山雅治
・作曲      福山雅治
・編曲      冨田素弘
・リリース日  2000年4月26日
・発売元    ユニバーサルミュージック
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 229.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2000年5月11日〜7月20日付
・タイアップ:TBS系「ウンナンのホントコ」内「未来日記后廛董璽泪愁鵐

あ〜、超大型G.Wが行ってしまう。。。。 長いようで短い、充実してた様で、もうちょっとゆっくりしたい・・・そんないろいろと感じさせる大型連休でしたわな。
いずれにしろ、明日からまた日常生活〜と思うと、半分、「脱け殻」な今の気持ちですわ。

あ〜かったりぃ〜。。。。。


そんな事を書いている開けっ放しの窓からは、優しい風が入ってくる。

この優しい風こそが五月の風だね。

今回は、そんな「五月の風」を感じさせるような1曲を一つ。

福山雅治「桜坂」。

もうね、知らん人は居ないわな、この曲ぐらいになると。

ワタシが特段書かんでもええゃろ・・・って感じもしたりして。

だかこそ230万枚、ダブルミリオンなんちゅう、超特大ヒットなこの曲を今まで「1曲セレクト」で書いて来なかった所はある。

いやいや、違うな。 

2000年の今頃と言えば、ワタシメのサイト「THE HITCHART NOW AND THEN」は既に開設していて、当時、コミュニティの場としていた、「CHART BBS」っていう掲示板に、1度書いたんだよな、この曲。

なんて書いたのかはすっかり忘れたけど、今のこのブログの「キニナル曲」カテゴリーに当たる様な初聴の「新曲」レビューとして書いたような気がする。

そういうわけで、1度書いた曲をまた書くのもなんだよな・・・ってことで、その後改めては書いて来なかったんだ、確か。

でも、あれから19年も経ったからなぁ。 随分2000年の今頃当時とは、この曲の感じ方も変わってきたと思うんで、今回改めて引っ張ってきたりして。



この曲、今となっては数ある「桜ソング」の1曲として、春になると毎年のように取り上げられるけど、個人的には、「桜ソング」って言うイメージは全くない。

その一番の要因は、やっぱリリース日だよね。 リリースが2000年4月26日。

東京を含め、関東地方では、桜の季節はすっかり過ぎた頃のリリースですよ。

90年代後半以降、毎年のように雨後のタケノコのようにリリースされてきている「桜ソング」だけど、そのほとんどは、2月〜3月頃じゃん。遅くとも4月頭だよね。

東京を中心に全国的に桜が開花している頃のリリースっていうのが定番。 だからこそ、「桜」のあの淡いピンク色のイメージが曲に纏わりついているわけで。。

でもこの曲はそう言う時期を過ぎた頃のリリースだったんだよな。2000年のG.Wですよ。
ヒットのピークは、5月終わりから6月ですよ。

実際のところ全国的に、桜の花は散って、既に青葉の季節になっているわけじゃん。

そう言うイメージなのよ、この桜坂って曲は。  

そそそ、5月の優しい風に揺れている、青葉の桜並木。  そう言う絵面が浮かんでくる。

だからさ、この曲が「桜ソング」っていうことでセレクトされると、ワタシなんかはちょっと「ちげーんじゃね?」なんて思っちゃう訳なんだよね。

少なくとも、この曲を聴いて「満開」の桜並木の絵面っていうのは浮かんでこないんだよな。

2000年って言ったら、aikoの「桜の時」の方が桜満開っていうイメージだったし。
あの頃は、98年リリースの川本真琴の「桜」っていう曲が、ワタシの中では「桜ソング」として圧倒的に占めていた事もある。

ただ、そう言う事を抜きにしても、やっぱし実際のヒット時期を考えるとねぇ、桜ソングではないんだよな。

例えタイトルがそうであっても、実際のヒット時期っていうのが、そのまま曲のイメージに反映するって事が多いじゃん。
例えば、H2Oの「想い出がいっぱい」なんてさリリースは3月。歌詞の内容もあって「卒業ソング」として扱われる事が多い。 実際、今でもそうなんだろうけどさ。

でもね、ワタシの中ではヒットのピークだった夏の終わりって言うイメージが強い。 夏の終わり、プールから帰りがけでちょっと爽やかな疲労感が漂う夏の午後・・・。 そんなイメージなんだよな、ワタシの中では。

まあ、そんな事を言うと、絶対に「卒業ソング」って反論する人もいるんだけどさ。

同じようなイメージをこの「桜坂」にも感じるのよ。 ワタシの中では、少なくとも「桜満開ソング」ぢゃない。5月の風に揺れる青葉の桜並木のイメージ。

たしかに、 ♪ 揺れる木漏れ日薫桜坂 悲しみに似た薄紅色〜 ♪ っていう歌詞から、桜の花咲き誇っている印象はある。

そんな所から、絶対この曲は「桜ソング」って反論する人もいるんだろうけどさぁ。 感じるところ、曲のイメージっていうのは、個人個人で違ってくる訳だからさ。

いや、そんな事を書いてるワタシも、昔、某着メロサイトのセレクターをやってるとき、ご多分にもれず行った「桜ソング」って言う特集を組んだ時に、躊躇せず、この曲をセレクトしたような・・・気がする。。

いい加減ですね、ワタシも。。

いや、確かあん時は、語呂合わせ、ダジャレを含めて「桜」を連想する曲を片っ端から持ってきたんだよな。マジメな「桜ソング」だけじゃ無かったんだっけ。。



あれ? 1分30秒しかない。。。。
もー、サザンもそうだけど、アミューズのアーティストはイケずなんだからぁ。あれから19年も経ってるし、そろそろMVもフルで公開してもいいんじゃんか〜。

・・・ということで、他のフルの動画



こっちはすぐに消されるかも。。。。

蛇足だけど、2000年は新卒で入社した会社を退職して、1年間、ネットエンジニアの勉強と称してプー太郎をしていた時期だ。
まあ、実際的には自分のサイトの運営を軌道に乗せるべくオフ会を開いたり、オリコンの読者集会に参加したり、ネットワークエンジニア養成の専門学校に通ったり、いろいろと動いてた1年だったんだけど、決定的に「リーマン」に戻った今と違うのは自由だった事だなぁ。
会社と言う組織に束縛されない自由。
そんな自由を一番満期してたのが、この「桜坂」がヒットしていた時期だったかもしれない。

だからさ、この曲から感じるのは、↑で書いたように「5月の優しい風に揺れている、青葉の桜並木」と言う絵面もそうなんだけど、圧倒的に感じるのは「自由」なんだよな。
この曲を聴くと肩から力が抜けて行く感じが分かるんだよね。

もっとも、自由と引き換えに、お金は入ってこなくなった訳で、この自由も1年強で終わらざるを得なかったんだけども。。。。。


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Goodbye Yesterday / 今井美樹

2000_03_Goodbye yesterday_今井美樹


今回の1曲セレクトは、「Goodbye Yesterday」今井美樹です。

まずはデータでする。

・タイトル     Goodbye Yesterday
・アーティスト   今井美樹
・作詞       布袋寅泰
・作曲       布袋寅泰
・編曲       布袋寅泰
・リリース日    2000年2月9日
・発売元     ワーナーミュージックジャパン
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  50.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:2000年2月21日〜4月13日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「ブランド」主題歌

長年ヒット曲を聴いてくると癇に障る曲ってある。 なんていうのかねぇ、生理的に合わないっちゅうかさ。 
確かに、中学生の頃までは、耳に入る曲ってどの曲も新鮮に映ったんで、そう言う感覚はあんまり無かったんだけどね、大人になるにつれ生理的に合わない曲って増えてくるんだよな。

単純に曲調の好き嫌いって言うの出てくるし、曲そのものではなく曲周りの状況とか、ワタシの方の環境、心境の変化って言うのもあるな。

これって言うのは、ワタシだけではなく、みんなそんなもんだと思うんだけど、どうなんだろ?

子供の頃ヒット曲好きな方でも、大人になってヒット曲の世界から離れて行く・・これが普通の現象であるわけでさ、そう言うところから見てもそうなじゃないかな。

だからね、ワタシは嫌いな曲はありませーん・・・ってな感じで、やたらめったらCD集める方って時たまいるんだけど、個人的には信じられないんだよなぁ。

ま、曲の好き嫌い抜きで、CDをコレクションするのが生きがいって方もいるんで、一概には否定できない部分もあるんだけど。。
個人的には生理的に合わない曲・・・否、今考えれば、当時合わなかった曲になるのかな・・・は、音源を集めないヒトだからさ。


おーっと、また前置きが長くなったな、今回は、そんなヒット当時、今一つ、生理的に合わないな・・・と思った曲を一つ。

今井美樹「Goodbye Yesterday」

この曲は、今から19年前、ミレニアムで湧いてた2000年の今頃のヒット曲だ。

ただし、↑のデータから見ても分かるように、ランキング的にはそれほど派手なチャートアクションをしていたと言う訳ぢゃない。

2000年の今頃と言えば、サザンの「TSUNAMI」が1位を独走中であり、B'zの「今夜月の見える丘に」が連続1位になるかどうか・・と言う状況の頃だ。

そう言うチャートの頂点に君臨していた曲から見ると、ちょっと陰に隠れたようなジミな存在。 そんなイメージだったかもしれない。

いや、もしかすると、この曲、今となっては「知らねーな」って言う方もいるかもなぁ。それほど、ジミなチャートアクションを展開していた曲ですわ。

それでも、比較的長期間ベストテンをキープするロングヒット、売り上げも50万枚を上回る大ヒットだったんだよな。

ミレニアムっていう時代の流れとも相まって、2000年の今頃ってヒット曲も時代の動きって言う感じで、新たなアーティストがブレイクしてきたのもこの頃だ。
平井堅が「楽園」でブレイク。小柳ゆきの「あなたのキスを数えましょう」が有線から火が付き、ジワリとチャートを駆け上がりベストテンまで到達したのも頃だ。

そういった、ニューカマーの登場の中で、少し埋もれてしまったって言う印象が、この「Goodbye Yesterday」にはあったかもしれない。

まあ、でもそう思えるのも、個人的に、当時この曲、生理的に合わなかったからなのかもな。

いや、いい曲なんですよ。 今井さんらしいバラードで。

タイトルからも分かるように、根は失恋ソングなんですよね、きっと。
まあ、具体的にそう分かるところは無いんだけど、全体的な歌詞の流れで。

失恋ソングっていったら、昔はグチグチ引きずるのがオチだったじゃん。
演歌じゃないけど、酒場の隅で飲んだくれたり、泣いて泣いて泣きぬれて・・・。そんなダークなイメージが失恋ソングとしてのデフォルトだと思うし、そんな「負の感情」の部分が良いんだよね「失恋ソング」って。

でも、この曲って、失恋ソングでも、ポジティブなんだよな。

♪ Goodbye Yesterday and  Hello Tomorrow〜 ♪

割り切りが早い。

昨日までの事はすっぱり忘れて、さあ、明日から、また新たなワタシを歩いて行こう

っていうポジティブさ。

もしかすると、そういう「すぱっとした割りきり」の部分が、それまでの失恋ソングにはあんまりなかったしさ、だからこそ、そんな部分に個人的にはちょっと「違和感」を感じたのかもな。

そんなドライでいいの? 

人は変わって行く、次のステップに進むためには、それまでの自分を脱ぎ棄てて行かなくちゃいけない。 そう言うポジティブ志向は必要なんだろう。
でも、個人的にはいつまでもグチグチ「引きずる」タイプだからさ、そういうスパンとドライに割り切る心情ってよく分かんないんだよね。


っつうかさ、布袋寅泰氏と結婚して以来、今井さんの曲って大分変わっちゃったよな、っていう印象が強い。

布袋氏と結婚する以前、それこそ91年の「Piece Of My Wish」の頃までは、そんなドライな印象って無かったんだけどねぇ。
W浅野とは別に意味での「いい女」っていうかさ、ワタシらからしてみれば「いいお姉さん」ってイメージだったんだけどねぇ。

以前、96年の「PRIDE」の時にも、同じような事を書いたんだけども、布袋氏の理想の女性像というか、願望をこめた曲が目立つんだよな、布袋氏と結婚してからの今井さんの曲って。
「PRIDE」なんて、もろ布袋氏の願望だもんね、歌詞の内容は。
当時の近田春夫氏の「考えるヒット」では、そんな部分をかなりdisってたもんなぁ。もちろん、わたしも違和感だった。
でも、それを今井さんも受け入れたからこそ曲想が変わっちゃった。 そんな感じはするんだけどね。

この「Goodbye Yesterday」でも、それが出たような気がするなぁ。 初めて聴いて、まず、感じたのは「あ、PRIDEと同じだ」って言う感覚だったもん。


そんな訳で、生理的に合わなかったこの曲、本来だった手元には音源が無くてもおかしくないんだけども・・・・。

BUT、この曲、ヒット当時から音源が手元にあるんだよなぁ。たしか、当時、どなたかに音源いただいたんだよな。 で、何度も何度も聴いてるうちに、受け入れられた訳なんだよね。

キライキライっちゅうても、何回も聴いてるうちに、それも当時の「時代の曲」になるんだよな。 当時のワタシの心境を反映した曲っちゅうかさぁ。 それもワタシの中の時代の1ページだからさ。






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