今では、ほぼ忘れられた存在になっているけど、自分のヒットチャートサイト、その昔は、結構いろんな雑誌に紹介されたことがあるんだよね。「日経エンターテイメント」(2001年9月号)にも紹介されたことがあるし、YAHOOのトップページ(2005年8月 80年代特集)でも紹介されたことがあった。

そんなこともあって、当時は「商売にしないの?」って言われたことが何回かあったのね。

そもそも、当時関わっていた、某C社の着メロサイトでもランキングのコーナーやりたいんで、ワシが監修者になってランキングを使わせて欲しいみたいなことも言われたこともあったし。

だけど、いずれも実現しなかった・・というか実現させなかった・・というか、いつもお茶を濁してた。
まあ、確かに、あの時は自分のコンテンツを「公」にしてもらえる、またとないチャンスだったかもしれない。

某D社のゴリオシで万が一うまく事が進めば、今の「ビルボードジャパンチャート」位にはなっていたかもなとも思ったりするんだけども。(ネット上の総合ランキングサイトという意味では、ビルボードさんより、ワシの方が早かったし)、いや、大げさではなく。

でも、なんで、あの時あの話に乗らなかったかといえば、やっぱ、自分の手元に置いておきたかったからというのが一番大きいだろうな。
「公」にすれば、たとえ監修ということでも自分の手元からは離れてしまうだろうし。。。
手元から離れて商用となれば、人気が落ちてスポンサードがなくなれば、それまで・・ということだけど、個人でやってる限りは、そういう心配もないし。。。。
今から思えばそれは正解だったと思いますね。
本当に好きなことって、いつまでも手元に置いておきたいものなのよ。
確かに、あれから20年近く経って、今では知ってる人しか知らない存在まで陰に隠れたけど、大学の卒論資料に使わせてほしいみたいなことは、今でも連絡いただいているのね。。少し前に今の20代、30代の昭和歌謡好きの若いコたちと座談会したときも何人かサイト知ってくれていたし。
それでいいじゃんと思ってたりもするのね。
音楽ビジネスが続く限りは、終わりがないし、ずっと最終的な答えも出ないコンテンツでもあるんでね。
ランキング要素が手詰まりになって、ランクが作れなくなるまでは続けるつもり。

今くらいの認知度だったら、もう「商用にしない?」みたいな話は無いだろうし、そのつもりも無いですね。


・・・・でも10億くらい積まれたらグラっ・・と来るかもだけど。。。


んなこたあ1億%ないわな。