今回の1曲セレクトは、「背中まで45分」沢田研二です。
まずはデータです。
・タイトル 背中まで45分
・アーティスト 沢田研二
・作詞 井上陽水
・作曲 井上陽水
・編曲 白井良明
・リリース日 1983年1月1日
・発売元 ポリドール
・オリコン最高位 20位
・売上げ枚数 8.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位
明けましておめでとうございます。 ことしもよろしくお願いします。
目ぼしい曲もだいぶ少なくなってきちゃいましたが、今年も行けるところまで行ってしまおうと思いまする。
今年も一つお付き合いいただけると幸いです。
さて、毎年新年の1発目は、「1月1日」リリースの曲を書き続けてきたんだよね。
そんな事を何年やってきたのかなぁ、「1月1日」リリースのヒット曲ってのも、大分書いて来ちゃったんだよなぁ。だから、めぼしい曲が・・・・・。
・・・と困ってしまうんだけども。。。
でも、前々から気にはしてたんだけども、ずっと書いて来なかった「1月1日」リリースの曲があるんだよな。
今回は、その曲をセレクト。
沢田研二 「背中まで45分」
この曲は1983年1月1日リリース。 時代的に言えばこの曲の前が「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」。
そそそ、 ♪ 毎日ボク 眠れない やるせない Ha Ha Ha〜 ♪ とデビットボウイよろしく、右手を突き上げてたあの曲ですわ。
この「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」は覚えてらっしゃる方も多いですよね。もちろんオリコンでもベストテン入りし、26万近くうれましたしね。「ザ・ベストテン」では3位まで行ったしね。
でも、さすがにこの「背中まで45分」を覚えてる方は、少ないんじゃないかなぁ。 なんせオリコンで20位までしか行かなかったし、売り上げも、いきなり8万枚強に急降下しちゃったからなぁ。
当時の感覚から言って、まあ、初めから、これは売れないだろうな・・・とは思った。 ただね、いくら売れないと思っても、ベストテン入り出来ないほどの急降下になるとは、正直思わなかったんだけどね、個人的には。
ジュリーほどのスーパースターともなれば、楽曲パワーが弱くても、それまでの実績・・・余熱でベストテン位はキープ出来るはず・・・・っていうのは、当時13歳のクソガキだったワタシでも生理的に分かってたんだよね。
生理的っていうのはおかしいか。。。


人気の尺度っていうのかなぁ。でも、実際は、予想をはるかに下回る結果だったからさあ、正直ちょっと焦ったな。
ま、結局さ、それくらいパワーが弱い曲だったんだよね。 うーん、これも表現がよろしくないかなぁ。
パワーが弱い・・・というか、「大衆」的に求心力が弱いんだよね、楽曲的に。
うん、簡単に言えば「難解」過ぎるんですわ。
曲は、作詞、作曲共に井上陽水氏。 正直、これにも面を食らったんだけどもね。
井上陽水氏の曲は、70年代の当初から、正直、凡人のワタシニャ、よく理解できない世界の歌詞だったわけじゃん。でも、曲が素晴らしかったこともあり、理解が難しい詞の世界でも、なぜか自分の中に入ってくる。
うん、引っかかる・・・という生易しいものではなく、入って来るんだよね、まるで心霊現象のように。
80年代に入ると、さらにエスカレートしたというかねぇ、81年の「ジェラシー」は、まだいいとしても、82年夏の「リバーサイド・ホテル」はさあ、これは難解の局地だったもんな。
いや、13歳のクソガキには、全く理解できない世界だった。すくなくとも身近には存在しえないような別の世界の物語のような・・・。 それに、それまではメロディ自体は理解しえたけど、「リバーサイド・ホテル」っていうのは、メロディでさえも、理解できなかったしなぁ。
いや、理解できなかったっていうのは、メロディを楽譜に置き換えた時、理解できないような譜面の羅列が想像できたからかもしれない。
言ってみれば、曲を左脳で理論的に聴いた場合、理解できないって事だったんだろうな。
それが、そのまんま、ジュリーのこの「背中まで45分」でも感じたんだよなぁ、きっと。
例えば、クラシックでジュゼッペ・タルティーニの「悪魔のトリル」っていう、超絶難関の曲があったりするでしょ。
でも超絶難関に思えるのは、おそらく、理論的な部分で左脳で考えてしまった場合に起こり得るんじゃないか・・・なんて思うんだよね。
ま、個人的にこの曲を弾いたことないから、あくまでも「想像」でしかないんだけどさ、例えとしてね。
でも、「悪魔」と言う部分では、共通してたかなぁ。陽水氏自信の「リバーサイド・ホテル」もそうだったけど、共通して、悪夢の世界というかねぇ、悪魔的なイメージがあったんだよね。
少なくとも、色鮮やかな世界の曲ではないじゃん。かといって暗黒の世界でもない。そうだね、暗いセピア色の世界と言うか。
実際に、当時の月刊・明星の付録の「ヤンソン」で、この曲の楽譜が掲載されてたけど、中1の自分からみても、正直、難解な譜面だったんだよね。で、譜面から感じる世界も、どこかモノクロや、ダークなセピア色の世界だったんだよな。
おそらく、そこから始まっているんじゃないかなと思うんだよな、この曲との付き合い方として。
やっぱり、そんなダーク世界の曲は積極的に聴きたいとはあんまり思わないからさ。 だから、ずっと、この曲を封印してきてたんですよ。 今の今まで。。。。
でも、これを書くにあたって、ひっさびさに聴いてみた。
うん、音源は持ってるんだよね、この曲の。。。 ま、ジュリーのベスト盤持ってるからさ。 でも、ずっと聴いて来なかったの。
でも、おや、当時感じた印象とは全く違うな。 そもそもイントロ最初のシンセの音からして、こんなに軽かったか

ま、たしかに、メロディライン自体は、変わらず難解だけど、でも、当時感じた悪魔的なセピアな世界は感じない。
うん、当時感じたダークな世界ではないな、今聴くと。 軽いんだよね、イメージが。
でも、どっかで聴いたようなイメージはある。 そうだ、ヒッキーの「Beautiful World」に似たイメージなんだ。
モノクロなんだけども、薄い靄がかかったような湿った感覚。
そうだ、その感覚から言うと、 当時のUKロックなんだよなこの曲は。 例えばイントロのシンセの音色なんてカルチャークラブっぽいし。。
そうだとすると、この曲も前曲の「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」の延長線上にあったと言えなくもないのかもな。前曲はデビットボウイだったわけじゃん。ただ、前曲がグラムロックだとしたら、この曲は、もっと軽い小悪魔的軽いロックのイメージだったのかねしれない。
ただ、その根っこには、「UK」っていうのがあったわけで。
世界的な音楽の流れで言えば、ちょうど、この頃からアメリカ発よりもイギリス発のUKポップスやロックが、アメリカンポップスやロックを凌駕し始めていた頃だ。
だから、当時のジュリーは、そんな世界的な音楽の流れに乗っかってたとも言える。
でもね、当時は、まだ、そこまで日本のオーディエンスは、ついて行けるような状況ではなかったんだよね。
あまりにも先を行き過ぎていたんですよ。
時代よりも半歩進んだ感じ。 ヒットの条件としては、これが大事だと言われるんだよね。
時代よりも「1歩」進んでも、1歩遅れてもダメ。 時代の潮流に乗り遅れるヒトのためにも「半歩って言うのが大事なんですよ。
それからいうと、この曲は時代よりも1歩も2歩も進んじゃっていたのかもしれないな。
当時の画像がなくてスンません。 まあね、34年前でベストテン入りしていない曲だからねぇ。
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