今回の1曲セレクトは、「グッド・ラック」野口五郎です。
まずはデータです。
・タイトル グッド・ラック
・アーティスト 野口五郎
・作詞 山川啓介
・作曲 筒美京平
・編曲 高田弘
・リリース日 1978年9月1日
・発売元 ポリドール
・オリコン最高位 4位
・売り上げ枚数 22.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月16日〜10月9日付
心情的に「あー、書きたいわぁ」と思っても、なかなか腰が上がらない曲ってあるんだよね、個人的には。
ま、大体が、ヒット当時は、それほど「真剣」に聴いてなかったんだけど、後年になって「お、良いぞ」と心変わりした曲なんだけどさ。
そう言う曲が、最近溜まってきてるんだよなぁ。
まあ、自分本位でセレクトして行くと、どうしても自分の中でずっと引っかかりが強い曲を最初に書いちゃう訳で、逆に、あんまり引っかかりが少ない曲、あるいは、ヒット当時、引っかからず接点が少なかった曲って残ってきちゃいますからねぇ。
・・・なんて、今回は愚痴っぽいマクラで初めちゃいましたが。。。




今回は、そんな「当時」は、引っかからなかったんだけど・・・今は引っかかってますよ〜・・・って曲をひとつ。
野口五郎「グッド・ラック」
なんて書くと、「え?」なんて思う方も多いかなぁ。
この曲は1978年(昭和53年)の今頃ヒットのピークを迎えていた、野口五郎として、78年の「勝負曲」とも言える1曲ですね。
オリコンチャート的に言えば、前年10月の「風の駅」(ザ・ベストテンの第1回ランキングでの第10位。つまりはベストテンで最初に出演した曲として有名ですね)以来、3作ぶりにベスト5入りさせ、同時に20万枚オーバーを記録した曲。
ま、そんな所からも78年の勝負曲だったってことは覗える訳なんだけども、逆に、この曲が最後のオリコンベストテンランクイン曲だったんだよね。
・・・なんて書くと、うそやん、その後も「ザ・ベストテン」じゃ、ランクインしてたやん・・・とか、言われる方もいらっしゃると思いますがね。。。
まあ、ベストテンの場合、オリコンなどのレコード売り上げだけじゃなく、他にも有線、ラジオ、はがきの要素を合算した総合チャートでしたからねぇ。
レコード売り上げが低くても、他の要素で上位に来れば、充分にベストテン入り出来るまでの得点を補えたわけですわ。
とりわけ、野口五郎氏は、西城秀樹氏と並んで、「はがきリクエスト」がめっぽう強かったからなあ。
ちなみに、80年の「コーラスライン」なんて、オリコンじゃ、最高24位までしか行かなかったけど、「ザ・ベストテン」では、はがきリクエストと、ラジオチャートでベストテン入りさせていたんで、総合でもベストテン入りさせていたりします。
・・・・ととと、少し話がずれた。
というわけで、「グッド・ラック」ですが、この曲、大人っぽかったよなぁ。当時流行りだった、AOR(Adult Oriented Rock)、、つまりは大人向けのアダルトな雰囲気のロックって事なんだけど・・・。
まあ、当時の日本でのジャンルでいえば、「ニューミュージック」に当たるような音楽といったほうが簡単なんだろうけど、向こうじゃこういう名称か、あるいはアダルトコンテンポラリーって言われてましたからねぇ
ただ、日本的なAORと言うと、ニューミュージックよりも、もっと「大人びた」音楽だったような気がする。
例えば、この曲と同時期のAORだと、大橋純子の「たそがれマイラブ」とかね。とりわけ、「大人向け」の音楽でしたよね。
そんなAORに、当時はまだアイドル的な存在だった、野口五郎が挑戦する・・・ってことで注目されたんだろうな。この曲が当時売れた要因なのは。
なんて、推測的に書いちゃいましたけど、実は、個人的には、この曲の時点では、まだヒット曲の世界に入ってきていない。。。
・・・っちゅうのは、「ウソ」で、実は、既に片足入れてたんだけどね。
うん、初めて「ベストテン」を見た週の、第10位がこの曲だったんですよ





でーも、全く記憶が無いんだよな。。
ピンク・レディ、山口百恵、西城秀樹・・・あたりは記憶にあるんだけどなぁ。。。





・・・というのも、当時、ワタクシ、新御三家ではビテキ派でして、野口五郎氏も、郷ひろみ氏も、全く眼中になかったもので。。。。





まあ、それでなくても、この「大人」びたAORな1曲を、当時9歳のワタシが「ひっかかった」か・・っていうのは自信が無いな。
うん、曲としては、あんまり引っかかりが少ない曲でしたからね。
♪ ごめんよ〜 どうやら〜 別れの時間だ〜♪ からのサビの部分にしても、それほど強烈なフックとなる部分を感じないし。 そうね「歌謡曲」としてのフックとなるような部分ね。
だから、全体的は「ツルン」とした印象なんだよな、この曲は。 まあ、個人的な印象ではあるけど、当時の歌謡ポップスって、エグいくらいのフックがある曲が多かったですからね。 まあ、それがインパクトとなった訳なんだけどね、それから比べると、この曲は、大きなインパクトの部分は無かったからなぁ。
ただね、だからこそ、より洋楽的に聴こえたんだろうね。
考えてみれば、同時期、郷ひろみ氏は、「ハリウッド・スキャンダル」で、初めて洋楽的な「ショービス」にアプローチした曲を歌っていた訳だし、新御三家の3人はそれぞれ、より洋楽にアプローチしていた時期なのかもしれない。
↑で書いたように、郷ひろみ氏が「ショービス」な世界、西城秀樹氏は歌唱力を生かしたワールドワイドな世界、そこからみると、野口五郎氏がAOR路線を選んだのは、そのキャラクターを考えると正解だったのかもしれないな。
この間、twitterに別途、「78年のベストテンVTR」持ってるヒトっているんだ・・・って書いたのは、実は、この動画の事なんだよね。
「グッド・ラック」、2本入ってるけど、2分40秒過ぎからの画像は「ベストテン」になるんだよな。
この時、第10位なんだけど、実は、個人的に「ベストテン」を初めて見たのが、まさに「この週」なのよ(1978年11月2日放送分)。






だらね、うーむ、フルで見てみたい





でもねぇ、ホントよく、こんなVTR取ってたヒトがいるもんなんだよねぇ。
どうやって取っておいたんだろ? その前に当時、ビデオデッキって高かったんだよな。一般家庭に、まだそんななかったもの。 さらにそれ以前にビデオテープがねぇ、めちゃくちゃ高かったのよ。
以前、国会図書館で、当時の新聞に掲載されていた広告を見てたんだけど、120分テープで1本3000円くらいしてたんだよな。だから、そう何本も買えなかっただろうし、普通は1回見たら、上からダビングしちゃうのが常だったと思うんだよね。
だからねぇ、こんなふうに40年ちかくも画像を取ってあると思うと頭が下がる訳ですわ。
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