1979_11_真夜中のドア_松原みき






今回の1曲セレクトは、「真夜中のドア」松原みきです。

 まずはデータです。

・タイトル    真夜中のドア
・アーティスト  松原みき
・作詞      三浦徳子
・作曲      林哲司
・編曲      林哲司
・リリース日   1979年11月5日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 28位
・売上げ枚数   10.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 33位

 今日から12月。東京は昼間はまだ過ごしやすいけど、朝晩はすっかりひんやりとした空気が入るようになってきましたね。
こう、ひんやりした空気が入ってくると、なぜか、シティポップスが恋しくなる・・・・ってことはないかふらふら

 でも、シティポップスのあの冷たい肌触りは、やっぱし、こう、キーンと寒い空気のイメージなんだよね。

 ところで、シティポップスなんて書いたけど、これは正式なジャンルではないのよね。
 ま、あくまでAORなアーバンな雰囲気を醸し出している、「硬質」な音系の音楽よ。

 さて、日本ではいつ頃から出てきたんだろ? っていうと、これは定かじゃないんだけどさ。ま、80年代の前半〜中盤あたりが全盛だったよね。

 林哲司氏の作る音楽が、その雰囲気なんだよねぇ。 で、まあ、考えてみたら、多分、この曲くらいからじゃないかなあ・・・と思った曲を、引っ張ってきましたわ。

 松原みき 「真夜中のドア」

松原みきさんのデビューシングルですね。

 林哲司氏によれば、この曲は完全に意識的に洋楽風な「邦楽」(なんじゃそれ・・・)を作った曲ということで、たしかに、それまでの邦楽には、あんまりなかったような曲調ではある。

 ま、一言で言ってしまえば、完全なAORですわ。あの当時でいえば、完全なニューミュージック系なんだけど、そういう意味では、それまでの日本の音楽界にはなかったような雰囲気の曲ではある・・・という意味でも、「ニューミュージック」だったのかもしれない。

 考えて見れば、そんな新しい音楽が、次から次へとでてきたのが、ちょうど、この時期なんだよね。まさに「ニューミュージック」全盛期っていうのに相応しい時期だったよな。

 やっぱ、なんだかんだいっても、この時期の音楽が一番、音楽らしい音楽だと思うわけで。。。そんな時期の1曲だね。


 ただ、そういう割には、売上げ的には、それほど爆発的に売れたわけではないのよ。
 ま、このテの音楽は、それほど「商業的」じゃなかったからねぇ。テレビに頻繁に出演するわけでもなかったし、まあ、聴くヒトを選ぶ曲・・・っていう感じで、オリコン最高28位ってところだったかねぇ。

詞は、またまた三浦徳子さん。いやぁ、こまっちゃいますね。あ、この詞面白いと思うと、三浦徳子さん。
三浦徳子さんの詞は分かりやすいんですよね。分かりやすいんだけども時には強烈にインパクトがあるでしょ。
女性なのに男よりも強烈な言葉が並んでたりして。
70年代後半〜80年代にかけては、松本隆氏とは双璧でしたね。作詞家のヒットメーカーとしては。
 この曲は、そんな三浦徳子さんの詞の中でもソフトタッチな部類でしたね。


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それにしても、松原みきさんも若くして逝ってしまいましたね。 
艶っぽい声質を持った方だったんですよね。 ワタシとは丁度10才違いなので、この曲の時、20歳。
え? 20才ですよ。 最近の20歳のアイドルのクソガキみたいな声質とは全然違うやんけ。
享年44歳。あまりにも若すぎた。 これからますます円熟味がでてくるという時期だったのにね。
日本の音楽界、惜しいヒトがどんどん居なくなっていますよね。


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