1983_01_涙のペーパームーン_石川秀美






今回の1曲セレクトは、「涙のペーパームーン」石川秀美です。

まずはデータです。

・作詞       麻木かおる
・作曲       小田裕一郎
・編曲       大谷和夫
・リリース日    1983年1月1日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   13.2万枚

えー、またまたまた、「1月1日リリース」曲です。
・・・とここまで書いて、癇がいい方はお分かりかと思いますが、本日は「1月1日リリース」曲スペシャルで攻めておりまする。

その中でも、今回は「1983年」の1月1日リリース曲。

 とーとつですが、個人的にこの曲大好きなのね。
まあ、理由はいろいろあるんだけどね。

 前、ここで書いたかもしれないけど、この1982年後半〜1983年3月までは、ワタシの人生の中でも最も暗い時期「過去」だったのね。 まあ、理由はいろいろあったんだけどさ。
 まだ、生まれ故郷の「福島県人」から、引っ越してきた「千葉県人」に脱皮できない時期でねぇ、ヒット曲だけが、「友だち」だったな。
 まあ、いまも、そんな、大きくは変わらないけど・・

 特に、この曲がリリースされる前後は、精神的にも一番「どん底」の時期で、だからさぁ、この曲には心底、救われたんだよね。

 底抜けに明るい曲だったじゃん、この曲。

 石川秀美も、この曲で、なんか吹っ切れたよね。その前の2曲(「ゆれて湘南」「哀しみのブリザード」)が暗かったからねぇ。
 イントロからして面白かったな。勢いがあって、その勢いのまま曲に入ってく・・・ってかんじでね。
イントロから最後のインストまでその勢いが度切れないってのがいいね。小田裕一郎氏、最後の傑作って感じだな。

もともと、「元気はつらつ」さが売りの石川秀美だったじゃん。そのキャラクターに嵌った曲が、ようやく出てきた・・・そんな感じの曲だったよね。
 と、同時に、このやっとヒトの進むべき「路線」が定まった・・・っ感じじゃなかったのかなぁ。
いや、花の82年組って言われた、1982年デビュー組も、それぞれの路線が固まってきた時期だったんだよね、この曲の頃はさ。 
まだ固まっていなかったのは、早見優くらいでさ。その早見優も、この曲の3か月後、やっと起死回生の路線と出会うんだけどね。それについては、まだ後日にて。



当時TBSの夕方5時から、関東ローカルでやってた、「アップルシティ500」ですね。金曜日のアシスタントが石川秀美だったんだよね。
 それを目当てに、アップルシティ見に行ったこともあったなぁ。この動画は、池袋のサンシャインシティの噴水広場からの公開中継だった時期ですね。 
 まあ、サンシャインの噴水広場は、昔も今もアイドルの聖地ですわ。