かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2022年05月

春うらら /田山雅充

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今回の1曲セレクトは、「春うらら」田山雅充です。

まずはデータです。

・タイトル    春うらら
・アーティスト  田山雅充
・作詞      最首としみつ
・補作詞     中里綴
・作曲      田山雅充
・編曲      船山基紀
・リリース日   1976年2月25日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 16位
・売上げ枚数   21.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位

 すべてのメロディは覚えていたわけではないけど、一部のメロディは頭のどこかにこびりついているっていう曲。
そんな曲って、これ読んでくださってる方にもあるんじゃないかなぁ。
Aメロ、Bメロは忘れちゃってるけど、サビのメロディは強烈に覚えてる曲とかさあ。 いや、そうじゃなくても断片的に覚えるとか。。。

ワタシも、断片的にしか覚えてなくて、たまたまラジオで聴いて、「あ、こういう曲だったんだ・・」さて思う曲は未だにありますねぇ。

今回引っ張ってきた曲なんかも、そんな1曲だなぁ。

田山雅充「春うらら」

この曲リリースは1976年2月というから、ワタシは6才。 丁度、幼稚園から小学校に上がるころだ。
リリースは2月だったけど、ヒットのピークはこの年の6月。
オリコンでは1976年6月21日付で最高位16位を記録。
そんなロングヒットだったこともあり、最高16位までしか行かなかったけども、売上げは20万枚のスマッシュヒット。


まあ、いずれにしても そんな時代のヒット曲なんで、リアルタイムでは聴いてない。

・・・はずなんだけどもね。 でも、曲自体はずっと知ってたのよ。

いや、最初に書いたように、この曲の全篇を覚えていたわけではなくて、断片的に覚えてた感じで。

そそそ、 ♪ アゥ〜 アゥ〜  春うらら〜 ♪ っていう、 地声から一気にファルセットに上がる例のサビの部分だよね。

あそこだけは、強烈に記憶に残っていたのよ。

もちろん、オリコン的には最高位16位だったのにも関わらず、売上げ20万枚以上のスマッシュヒットを記録したこの曲だったから、存在自体はオリコンチャートを見始めた当時から知ってた。

だけど、長い事、例のサビの部分以外、この曲のAメロ、Bメロのメロディって知らなかったのよ。

正直、つい最近よ、この曲の「全貌」知ったの。 うん、ここ10年くらい。

この「1曲セレクト」のネタ探しに、改めて60年代以降のヒット曲の音源を掘り返していた時に改めて全部聴いてみたってところですね。

全篇聴いてみて「あ、これ」っていう聴き覚えがある感覚。 やはりでしたね。 
サビを覚えていたってことは、当時、この曲、一通りは聴いてたんだよ。

でも、覚えてなかったってことは、当時はサビ以外は刺さらずに、記憶の奥底に沈んでいたんだろうね。 

当時、刺さらなかったのは、日本の土着的匂いのするフォークに近いメロディラインだったからなのかもな。

70年代終盤のロック・ニューミュージックブーム前夜のミュージックシーンでは、より洋楽的な音楽は、オシャレな音楽として確かに盛り上がりつつはあったけど、 まだ前衛的な音楽という感覚でしたよね。
それよりもこの手の土着的な匂いのするフォーク路線っていうのが、まだウレセンだったわけで。。

ただ、個人的には、この手の土着的な匂いのする音楽よりは、当時から、より洋楽的な匂いのする音楽の方にシンパシイを感じてたのよ。

・・・なんて、当時6才のガキンチョが、なにがシンパシィじゃ・・・だよな。

うん「刺さった」のよ。

土着的な匂いのするフォーク・・、あの頃で言えば、かぐや姫とかNSPとかですよね。さだまさしさんなんかもそうだったかな。 ほんの少し時代を下れば、松山千春さんとか・・。

それよりも、やっぱり、ユーミンとか、井上陽水さん、チューリップなどの方が音楽的には刺さったし。。

今回引っ張ってきた「春うらら」は、どちらかといえば、前者よりの匂いが強い曲だったわけじゃん。
特にAメロ、Bメロなんかは。 それは、メロディラインの他、歌詞にも感じたりね。

♪ 二人コタツにくるまって 触れ合う素足が ほてりほてり〜 ♪ とかさ、いかにも日本的な情景じゃん。

そもそも 「春うらら」っいうタイトルからして、日本の土着的な田舎の風景を思い浮かべたりして。

個人的には、タイトルから浮かんでくる風景は、春、田植え前の水の張った田んぼと、周りの菜の花と、田んぼの畔の水路のカエルの卵、 そこに吹きぬける、春の優しい風ですわ。

当時、この曲と全く同時期にキャンディーズの「春一番」が大ヒットしていたわけだけども、あの曲のようなアグレッシヴで動的な春の情景とは、ちょっと違った感じで。。。

ただ、そんな土着的であるからこそ、安心もあるのも確かで。。だからこそ、当時は、そういう曲の方が、洋楽寄りで都会的な曲よりもウレセンだったんだろうな。 
・・っていうのも分かりますね。

少し前にも書いたんだけども、70年代中盤、生活の欧米化の波は進行していた・・とは言えども、まだまだ日本独自の文化や風景が残っていたのも事実なわけで

当時ユーミンが言っていた「中産階級」っていうのは、あくまで都会の一部の層の意識だったんじゃないか・・なんて思うわけなのよ。

当時、福島・いわきに住んでたワタシだけどさ。76年といえば(常磐)炭鉱が閉山した年で、まだ、いわいる「炭鉱長屋」があちこちに残っていた頃なんだよね。
繁華街でも一本裏通りに入れば、昭和30年代、40年代初頭の高度成長期以前の匂いがそのまま残っていたし。。。

ワタシの家は炭鉱長屋ではなかったけど、あの頃の記憶としては、そういう生活環境の記憶が強くて、とてもユーミンがいう中産階級の生活環境とは言えなかったし。そういう中産階級的な生活は、まだ憧れの中の存在だったわけよ。

まあ、いわき以外でも、当時の地方都市は、ほぼそういう状況だったんじゃないのかな。

だからこそ、こういう日本特有の土着的な匂いのするフォークのほうが、安心感を感じる・・っていうか、より生活に近い感覚があったわけでさ。だからこそ、当時はまだウレセンだったんだろうね。

そそそ、当時、個人的に、この手の曲よりもユーミンなどの、より洋楽的な匂いのする曲に、個人的にシンパシイを感じたのも、現実の生活にはなかった、あの頃の「憧れ」だったんだろうな・・と。今、振り返れば思えますね。




Youtube上では、当時の映像としては、これが唯一の映像のようだけども、77年のNHKフォークフェスティバル。

でもさ、この時の「フォークフェスティバル」って




を見ると、↑で対抗的な立ち位置として出した、ユーミンも出演していた模様。





いや、逆にユーミンがメインのコンサートだったようだ。

※蛇足だけども、コンサートは1977年8月19日とある。 ワシの8歳の誕生日だ。

その他の出演アーティストは、大橋純子&美乃屋セントラルステーション、ハイ・ファイ・セットで、番組タイトルのような「フォーク」とはとても思えない出演アーティスト。純粋なフォークシンガーは、田山雅充氏だけだったようですね。

でも1977年と言えば、ニューミュージックブームの賭場口の年だったし、音楽シーンもフォークからニューミュージックに完全に意識が変わっていた頃。

「春うらら」がヒットした1976年だったら、出演アーティストも大分違っただろうけどね。
それだけ、急激に音楽シーンの主流が変化してた頃とも見て取れるんだよね。



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オリコンウイークリー通巻400号(1987年6月8日号)

またまた、凝りもせず、オリコンウイークリー記念号!
今回は通巻400号(1987年6月8日号)

●表紙 荻野目洋子さん
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前回の300号同様、一目で「記念号」と分かる表紙でしたね。
300号の時は、オリコンウイークリー創刊号の復刻掲載が「目玉」だったけど、400号での目玉は、何と言っても筒美京平氏のスペシャルインタビューだったろうなぁ。

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マスコミには出ない・・と公言し、当時マスコミのインタビューはほとんど断り続けていた筒美京平氏でしたからねぇ。
その筒美京平氏がオリコン誌のインタビューに登場する。これだけでもスゴいことだったしね。まあ、筒美京平氏の作曲家デビュー20周年と、オリコンウイークリー400号というタイミングがうまい具合に重なったことと、あの頃はバブルが始まっていたし、お金をかけることも出来たこともあったんだろうね。そういうことで、こんな豪華インタビューが実現したんだろうなぁ。
一時は、「幻」なんじゃないか、何人かで構成されるゴーストライター集団の総称なんじゃないか・・なんてささやかれていた筒美氏だったし、ご尊顔を拝見して感激しましたねぇ。

もう一つの、スぺシャル特集はこの当時時点までの、オリコン歴代売上げランキングの掲載でしたね。シングルについては、それまでも何度か目にしていたものの、アルバムの歴代売上げランクについては、この時がはじめて目にしたような気がする。
併せて、1968年のオリコンスタート以降の年度別の年間ランキング、シングルTOP20&アルバムTOP10の年間売り上げ枚数入りでの掲載と、データについては大盤振る舞いしてくれましたね。


●今週のランキング
えー、毎度毎度のことですが、週間ランキングの写真掲載はメンゴ。
▼シングル
1位は、おニャン子クラブ「かたつむりサンバ」が初登場首位。

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表紙の見出しにもなっているように、おニャン子クラブとして6作目の1位。
とはいえ、次の週は9位に急降下。ベスト100位内にわずか5週しかとどまれない・・というように、1位獲得したものの、この頃になると人気も完全に「一般性」を失っていた訳よ。
件の「夕ニャン」の視聴率もだだ下がりで、これから2か月後の8/31を持って終了。同時に、おニャン子クラブは解散。
・・というわけで、この曲がおニャン子クラブとしては最後のシングル1位獲得曲というわけですな。

その他ベストテン内を見ると

3位 サマードリーム チューブ
7位 IT'S TOUGH 渡辺美里
8位 モノトーンボーイ レベッカ
9位 Get Wild TM NETWORK
10位 Strangers Dream ジャッキーリン&パラビオン
と半分はロック、ニューミュージック勢と、再びロック・ニューミュージック勢の躍進が目立ってきていた頃。 
まあ、ジャッキーリン&パラビオンをロック、ニューミュージック勢の範疇に入れていいかは微妙だと思うけど、昨今で言えばシティポップスなので。。。
いずれにしても70年代終盤〜80年代初頭にかけてのニューミュージックブームの頃の、ロック第2次世代とはまた違う、ダンスビートや鋭角的で独特なグルーヴが特徴のロック第3世代の台頭が本格的になってきていたのよ。
逆にアイドルはマニア向け化が進行。いわいるB級、C級といったマニア向けアイドルの拡大が進んできていた頃ですな。
そんな音楽トレンドの変化がランキング上でも目に見えて分かるようになってきた頃ですね。

▼アルバム
1位は、 松田聖子「Strawberry Time」が前週からの1位を堅持。

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この週 
2位 SUMMER DREAM チューブ
3位 JOY AND PAIN 池田聡
4位 Mr.ASIA チャゲ&飛鳥
といったいずれも強力ラインナップの「初登場」勢を抑え、2週連続での首位。
これは、結婚以来一時活動休止していた、聖子さんが本格活動再開した際にリリースされたアルバムですわな。
前回300号の時の「The 9th Wave」でも書いたけど、聖子さんはアルバム強かったんだよね。
ちなみに、シングルの「Strawberry Time」は、前週までの1位は死守できずにこの週は2位
なお、ここに書いたのは「LP」ランキングだけども、他にCD、カセットチャートでも1位。 いわいる「3冠」達成週というわけですな。

1987年6月第1週時点では、アルバムチャートは、まだ、LP、CD、カセット、それぞれ個別のチャートとして掲載されていたけど、この年の10月からは、これら3チャートの合算ランキングとして新たにアルバムチャートがスタートすることになる。
この頃になると、LPよりもCDの売り上げの方が確実に高くなっていて、いわいるアナログレコードの下火が顕著になってきていましたしね。
ただし、シングルCDは、この時点ではまだリリースされていない。なので、シングルは、この時点ではすべてアナログの売り上げ。
CDの売り上げが拡大している中で、全体的なシングル売上げ低下が進んでいるのも当然で、一時はこのままシングルCDの発売が無ければ、そのうちシングルは無くなるんじゃないか・・なんて個人的には思っていたなぁ。
そんな危惧も、翌年2月末のシングルCDリリース開始で一気に解決しましたが。。。

でも、あの頃のアナログレコードが置かれた状況を知っているだけに、昨今のアナログレコード復権の兆しは不思議な現象・・・に感じるんだよね。
まあ、これも時代の流れなんだろうけどね。


●その他のトピックス
前回の300号でも書いたように、いわいるオリコン読者向けのための、「オリコン通信」のページ数が多くなっている時期ですね。 

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その中からオリコン読者有志による「読者集会」なるイベントが盛んになってきていたのがこの頃。今で言えば「オフ会」だよね。
まあ、ほとんどがアイドルファン同士の交流の場であったこともあり、チャートファンだったワタシは参加したことは無い。
ただ、これら「読者集会」を取りまとめていた一人である、当時奈良県在住だった「THE CHARTER☆7」さんとは、件のオリコンチャート研究会を通して、この後、知り合うことになる。
ハンドルネームでも分かるように、もともとはアイドルファンというよりは、チャートマニアでオリコンを読み始めていたこともあり、うちらのグループにも接触してくれたとの事だったかなぁ。
もう久しくお会いしていないけど、元気でしょうかね。 

ちなみに、ワタシは、この時17才 高校3年。
半年後には大学受験というのに、まだのほほんとしていた頃。
そりゃ、受験失敗するよなぁ〜。

オリコンウイークリー通巻300号(1985年6月24日号)

性懲りもなく・・・またまた
オリコンウィークリー通巻300号!
(1985年6月24日号)
〇表紙 とんねるず

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とんねるず、「一気!」で大ブレイクした少し後で、まさに上昇機運だったからなぁ、この時。
オリコンも300号を祝うには、とんねるず起用っていうのはもってこいのキャスティングだったんだろうね。
とんねるずは、この頃丁度放送していた「夕焼けニャンニャン」を足掛かりにさらにビッグになっていく。
極めつけは、やっぱ、この年秋のベストテンin静岡 での大暴れ事件だろろうなぁ。 そそそ、「雨の西麻布」の時の。
そりにしても、見ての通りのお祭りムードな表紙と巻頭特集。
オリコンの記念号の大々的なお祭り騒ぎは、ここから始まったんだよね。
300号記念特集での極めつけは、やっぱ1979年8月第2週の「創刊号」の復刻掲載だろうなぁ。
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これには、ワタシもびっくりしたし、穴が開くほど見入っちゃたもの。 
写真の冊子は、当時リアルタイムで購入した「私物」だけども、おかげでこの号はボロボロよ。
創刊号「復刻」掲載の後ろページに、「創刊号」持ってます・・っていう読者特集があり羨ましかったなぁ。
個人的に定期的に購入し始めたのは、1984年4月の長山洋子さん表紙の通巻241号から。 
あわよくば、遡って昔のオリコンを手に入れたい・・と思い始めたのも、この読者ページを見てからですね。


〇今週のランキング
例の如く、週間ランキングを写真掲載するとオリコンさんに怒られちゃうので、テキストのみで。。
(っつうか、↑の創刊号もやばいんだけど。。。)

・シングル 1位は「今だから」松任谷由実・小田和正・財津和夫

1985_06_今だから_松任谷由実 財津和夫 小田和正


前週に引き続き2週目の首位。
これは、あれよ。国立競技場で開催された「ALL TOGETHER NOW」っていう世紀のイベントのテーマソング。
吉田拓郎氏を頂点に、はっぴいえんど、サディスティック・ミカバンド、松任谷由実、オフコース、チューリップなど1970年代前半デビューの第1世代、
サザン、佐野元春、ラッツ&スター、白井貴子、山下久美子など70年代後半〜80年代初頭デビューの第2世代、 
チェッカーズ、それ以降デビューの第3世代・・・と、いわいるロック・ニューミュージック系アーティストが世代を超えて集結した超大型イベントでしたね。
まあ、はっぴいえんどの細野氏のようにニューミュージックの葬式だという趣旨の方もいらっしゃって、必ずしも、出演者全員の意識が一枚岩のイベントでは無かったですが・・・・。
ちなみにこのイベントで注目されたのは、白井貴子さんでバックコーラスをしていた、デビュー直後の渡辺美里さん。
悔しいのは、当時、高校1年だったワタシは、このイベントのチケットが取れなくてね。 オリコンの読者伝言板に掲載された「チケット売ります」の応募にも外れて、結局参加できなかったのよ。 確か開催された1985年6月15日は土曜日で、ガッコさぼって行こうとしてたんだけどさ。。。。
今だったら、チケットサイト総動員してでもチケットとりに行くんだけどなぁ。。。あの当時はネットなぞあるわけもなく、ハガキ応募かプレイガイドの「窓口」に並ぶのが普通だったからねぇ。
2位が、まっちの「夢絆」。

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3rdシングル「ブルージーンズメモリー」から続いていたオリコン連続1位記録が14作で途絶えた瞬間でしたねぇ。
前作「ヨイショ!」から急激に売り上げが下がって来てましたからね。RVCからCBSソニーへの移籍は裏目に出たかんじだったよな。 この曲で日本テレビ音楽祭のグランプリを受賞したけど、たんなる箔付けにしかならなかった気がする。

・LP  The 9th Wave 松田聖子さんが初登場1位。
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週間売り上げ枚数 11.3万枚は、 2位の「We are the World」の約5倍とぶっちぎりのトップ。
まあ、兎も角、この頃、聖子さんのアルバムは強かったのよ。片や、中森明菜さんのアルバムも強力でしたけどね。
売上げ的に両者甲乙つけがたく、当時のアイドル2大巨頭の構図は、完全に出来上がっていましたね。

ちなみに、この週は同時に1985年上半期ランキング発表にもあたってましたね。
シングル1位 チェッカーズ「ジュリアに傷心」
アルバム1位 井上陽水「9.5カラット」
結局、この両者が、そのまま年末の年間ランキングの首位でもありましたね。
これから見ても、レコード売り上げの縮小は徐々に進んでいたのが分かるな。


〇その他のアラカルトランキング
この頃になると、アラカルトランキングはさらに縮小が進み、テレビ視聴率は月1回の掲載に・・・。 この週は掲載週に当たらなかったんで掲載無し。。。。

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そんなアラカルトランキング縮小に対して、「オリコン通信」という、いわいる読者ページが増ページと、幅を利かせて来ていたのもこの頃ですね。

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それとともに、チャート情報誌・・というよりもアイドル誌的な面が顕著になってきていたのもこの頃からだな。
それは、このすぐ後、「おニャン子クラブ」のレコードデビューで決定的に。。。。
ランキングや、アーティストなどの「情報」を手に入れるために購入していた方々のオリコン離れが始まってきていたのも、この頃からじゃないかなぁ。




Stand Up / 倉木麻衣

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今回の1曲セレクトは、「Stand Up」倉木麻衣です。

まずはデータです。

・タイトル    Stand Up
・アーティスト  倉木麻衣
・作詞      倉木麻衣
・作曲      徳永暁人
・編曲      徳永暁人
・リリース日   2001年4月18日
・発売元     GIZA Studio
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   47.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位  1位
・ベストテンランクイン期間:2001年5月3日〜5月31日付
・タイアップ:日本コカ・コーラ「爽健美茶 Natural Breeze 2001 happy live」CM曲

あー、ゴールデンウイークが終わっていく。。。 まあ、厳密に言えば今週、土日もゴールンデンウイークの範疇なんだろうから、まだ終わっていないんだろうけど、明日、普通に仕事だかんね。

個人的な中では、今日でゴールデンウイークも終わりだぁ〜 っていう意識なんだよなぁ。

あー、ユ・ウ・ウ・ツ。   

五月病なんてさあ、社会人なりたての若い方がかかるもんなんだろうけど、ワタシみたいな50過ぎのロートルおっさんでも、そういう気分になるもんなのよ。

特に明日は、普通に出勤しなきゃいけないしさあ。。 ここ3年、すっかりテレワークに慣れきってしまった身には、早起きして、満員電車に揺られなきゃいけないと思うと、出勤・・ということだけでもユ・ウ・ウ・ツなのよね。

これは、定年を迎えるまでは、毎年そういう気分が続くんだろうね。


・・・なんて、暗い話題のマクラになってしまったけど、今回は2001年ゴールデンウイーク明け頃のヒット曲を一つ。

倉木麻衣さんの「Stand Up」

アーカイブを調べてみたら、倉木さんの曲って1曲セレクトで、まだほとんど書いてなかったんだな。

うーむ、どうも、この年代あたりになってくると、本当に「昨日」な感覚なんだよね。
でも、冷静に見ると、20年以上経ってるんだよなぁ。 そろそろこの辺りの曲も書いていかないとね。

まあ、2001年は、すでに自分のサイトをオープンしてから1年過ぎてたし、恐らくこの曲なんかは、当時のBBS に「新曲」の寸評として、当時一度書いてたと思うんだけどさ。

そのBBS も既に過去の遺産。 ブログで再度残すのもいいしね。



個人的に、この曲好きだったのよ。 倉木さんにはしては珍しく、ギターを前面に出したラフなサウンドだったじゃん。

5月病の憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれるような・・・。まあ、そんな単純な理由からだったけど・・・。

いや、実際、あの年(2001年)のゴールデンウイーク明けは、個人的に大変な目に合った時期でさ。 まあ、あまりにも愚痴になってしまうから、詳しくは書かないけど、兎も角、精神的にはどん底だったのよ。

そんなどん底の気分を吹きとばしてくれた1曲ですね。この曲。

この曲までの数曲の倉木さんの曲って、個人的には、それほど触手が伸びなかったのよ。

具体的には、前年秋の「Simply Wonderful」なんかは、キラキラとした面白い音色の曲だな・・とは思ったけども、その後の「Reach for the sky」も「冷たい海」も今一つ、はっきりしない印象が先に立ってたし。。

そんな流れから倉木麻衣ってヒトは、「2000年」に限定した人で、2001年以降・・・というか2000年代をリードしていくヒトではないのかな・・とも思えて来ていたんだよね。

ここでもよく書いてるけど、その年、その年でヒット曲の傾向、カラーって変わってくるじゃない

倉木麻衣ってヒトは、2000年っていう時代のカラーにはドンピシャ嵌っていたけど、2001年っていう時代のカラーからは外れているんじゃないか・・・なんて思えてたんですよ。

そんな折、↑で書いたように、それまでの倉木さんの曲にはなかったようなラフなギターサウンドだったからさ。

そそそ、この乾いた空気感なのよ2001年のカラーって。
どこまでも続く青い空と、乾いた空気を思わせてくれる。まるで、カリフォルニアの乾いた空気なような。。。

そう思えたのは、やっぱLOVE PSYCHEDELICOとかが出てきたからなんだろうな。

向こうのアーティストで言えば、Sheryl Crowのような独特の乾いた空気感。

そんな時代の空気感に旨く嵌ったような手ごたえがあったんだよね、この「Stand Up」って曲。

でも、そう思えたのは、実際「爽健美茶」のCMが、そんなどこまでも続く青空だったから・・・と、ずっと記憶してたんだけども・・・。 どうも、実際は違ったみたいですね

↓ コレ


ウーン、この曲から浮かんでくる、あの青空と、乾いた空気感は、一体どこから連想したんだろうな。。。 


ところで、今回この曲を書くにあたって、ネット上を物色していたら、倉木麻衣の制作サイドはパロディ好きだ・・・って趣旨のブログに出くわしたりして

↓ コレ



なんか、いろいろと批判的なことが書かれたりするけど、本人はあくまで倉木さんファンのようですね。

その中にこの曲の下敷きにした曲ってのが書かれたりしてるけど

↓ コレ




なるほど、やっぱ下敷きにしてる曲があったのね。
まあ、いきなり曲調が変わったんで、なんかあるんだろうな・・とは当時から思えたけど。。。
個人的には、この曲が下敷きで間違いなさそうとは思えるけど、真相は如何に。。。


昔だったら、パクリだぁ・・・とワタシも騒いだだろうし、↑のブログが書かれた2009年頃も、まだパクリ疑惑があった頃でもあるから、記事にもそのように書かれたりするけどさ。
今や、サンプリングって言う概念も一般的になったし、J-POPって下敷きになっている曲が多いってことが、今となってはみんな知ってるようになりましたからね。特段騒ぎ立てる事でもなくなりましね。 






ところで、↑でこの曲がヒットしていた2001年のゴールデンウイーク明けは、個人的に大変な目に合った時期でさ・・・って書いたんだけども、この1か月後に、その後の人生に関わって行く、某C社の求人広告を目にすることになる。

もし、この曲がヒットしていた頃の自分に会えるとしたら、あと1か月後に人生変わるぞ・・と言ってあげたいですねぇ。。。

そんな人生のターニングポイントに差し掛かるほんの少し前ってことでも、印象に残ってる曲だな、この曲は。 

まあ、あくまで個人的なことですけどね。。。


蛇足だけどさ、倉木さんのwikipediaには、各シングルとアルバムの詳細売上げ枚数出てるけど、オリコンさんに怒られないんですかねぇ。
ボキは、昔、怒られたけどさ〜。


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