かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2021年11月

ラムのラブソング / 松谷祐子

1981_11_ラムのラブソング_松谷祐子



今回の1曲セレクトは、松谷祐子「ラムのラブソング」です。

まずはデータでーしゅ。

・タイトル    ラムのラブソング
・アーティスト  松谷祐子
・作詞      伊藤アキラ
・作曲      小林泉美
・編曲      小林泉美
・リリース日   1981年10月21日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 50位
・売上げ枚数   8.8万枚
・タイアップ: フジテレビ系アニメ「うる星やつら」テーマ曲

昨今のアニメソンの勢いは凄まじいものがありますわな。 もう、アニソンが無いとヒットチャートが成り立たないほどの勢いなわけで。。。(←忖度)

個人的には、アニメの曲とか意識して聴くのって好きじゃなくて、アニメの曲であろうが一般のヒット曲であろうが「音楽」で聴いているんで、昔っから現在に至るまで、どうもアニメ系と限定されるとめっちゃ弱いんだよね。

・・・それもあって、この1曲セレクトでは、アニメ系の曲として意識して書いたのは、あんまりないと思う。 
もっとも、アニメの曲ということは抜きにして、一般的なヒット曲となった曲はこれまでも書いてきたけどさ。


ところで、テレビアニメの主題歌って、その昔、オリコンでは一般のヒット曲とは別集計だったのって覚えてますかねぇ。
古いチャートファンの方だったら、昔、オリコンウイークリーのチャート誌面に「TVまんが&童謡ランキング」というのがあって、テレビアニメの主題歌は、一般のヒット曲とは別にそちらに集計されていたのを覚えているんじゃないのかな?

だから、キャンディ・キャンディの主題歌も、ドラえもんの主題歌も 通常のヒットチャート上には登場してこない。
一説によると、「キャンディ・キャンディ」の主題歌のレコードは100万枚上の売り上げがあり、もし、当時、一般のヒットチャートの対象になっていれば週間ランキングでさえ、ベストテン入りは確実だったっていう噂もあるんだよね。でも、実際のところオリコン上では公式記録として登場してこないのよ。



昨日、音楽・ヒットチャート面での古くからの友達と「ZOOM」ミーティング形式でおしゃべりしてて、その話題になったんだよね。

そんじゃ、いつからテレビアニメの主題歌が、一般のヒットチャートに登場してくるようになったんだっけね・・・という話で出てきたのが、 今回引っ張ってきた曲。

松谷祐子さんの「ラムのラブソング 」




この曲は、言うまでもなく、1981年からフジテレビ系で放送開始されたアニメ「うる星やつら」の初代テーマ曲ですわな。

まあ、アニメファンの方たちだったら、何をいまさら・・だと思うけど。。。。


恐らく、オリコンのシングルチャートで、テレビアニメの主題歌でチャートインしてきた曲ってこの曲が最初だったんじゃないかなぁ・・ということになったんだよね。


・・・と書くと、恐らくオリコンチャートに煩い方だったら、ちょっと待ったぁ・・だよね。

うむ、「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌が1977年にオリコンチャートにランクインしているだろうがぁ・・・とお叱りをいただくだろうなぁ。

ただ、1977年の「宇宙戦艦ヤマト」の場合は、「テレビアニメ」というよりは、大ヒットした「劇場版」の「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌としてランクインしたキライが高いんで、対象からは除外して考えたんだよね。

そそそ、あの頃はアニメでも「劇場版」の主題歌はオリコンチャート対象になっていたことが多かったからさ。
これは「銀河鉄道999」を例にするとわかりやすいよね。 ささきいさおさんが歌ったテレビアニメ版の「銀河鉄道999」は、オリコンチャート対象外だったのに対して、ゴダイゴが歌った「劇場版」の「銀河鉄道999」の主題歌はオリコンチャート対象として、オリコン2位まで行ってたりするわけでさ。

ややこしいのは、「宇宙戦艦ヤマト」の場合、オリコンチャート上のリリース年月日は、1974年11月10日。 テレビアニメがスタートした時にリリースしたモノになってたりする。
つまりは、1977年にオリコンチャートにランクインしてきたものとレコード品番が同じだったってことなんだよね。
・・ということは、厳密に言えばこれがテレビアニメの主題歌として最初にオリコンチャートに登場してきた曲と言えなくもない訳で・・・。その辺の判断が難しいんだよなぁ・・・。



それじゃ、なんで、70年代当時テレビアニメの主題歌はオリコンチャート対象外だったのか・・・これがハッキリとしないのよ。

一説によると、当時アニメの主題歌は一般のレコードとは別にソノシートでの配布があった。ただ、
ソノシートは図書扱いだったため、売り上げ集計ができなかったから・・・とか。

ソノシートっていうのは、紙みたいなペラペラの塩化ビニールでできたレコード盤で、ペラペラなので割れにくいということで雑誌の付録なんかによくついてきてたんだよね。それは、レコードというよりも図書として扱われていたのよ。

あとは、当時アニメ系のレコードを主にリリースしていたコロムビアさんやビクターさんの思惑とか。。。定かではないけど、あの当時、コロムビア学芸部、 ビクター学芸部所属、制作のレコードは、オリコン対象外だった。。。 なんて、昔聞いたような気もする。 

その他アニソンは、一般のヒット曲よりも下に見られていたから・・とか。。。。

まあ、いろいろ言われてたりするんだけども、今となっては真相は藪の中・・・という感じなんでしょうかねぇ。

いずれにしても、あの頃、アニメ主題歌がオリコンチャートの対象外だったのか、対象だったのかはというのは、恐らくは、当時の各レコード会社の思惑、アニメ制作会社の思惑が複雑に絡んだ上、さらに当時のオリコンのランキング集計規定も絡んでくるんだろうけどね。
なので、一概の線引きはできないのかもなぁ。。。

そんじゃ、この「ラムのラブソング」は? 

・・というと、まずもってリリースされたのがキャニオンからというのと、キティ・フィルムという、井上陽水氏や小椋佳氏などの「アーティスト」を育てて来ていた多賀英典氏がボスの会社制作というのが大きかったんだろうね。 だから、「テレビアニメの主題歌」という古くからのしがらみに縛られず、一般の楽曲という認識で、オリコンチャートに登場してきたと言えるんじゃないのかなぁ。。







まあ、堅いことをなんだかんだ言うても、この曲のリリースが、アニソンの一般認知の広がり、それと共に一般ヒットヒットチャート対象への布石になったことは間違いないんじゃないかのかなぁ。

少なくとも、オリコン最高50位で、この当時、売り上げが8.8万枚にも達した曲は、そうそうないですよ。

この後、1983年 同じキティフィルム制作で、アニメ「みゆき」の主題歌としてH2Oの「想い出がいっぱい」がベストテンヒット。 同じく1983年 アニメ「CAT'S EYE」主題歌、杏里「CAT'S EYE」が、テレビアニメ主題歌としては初のオリコン1位獲得と、急激にアニソンの認知が広がっていくことになるわけで・・・。

いずれの曲も、ぼかあアニソンというよりは、一般的なヒット曲という目で見てますけど。。。


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あー落ちちゃった。。

あー、落ちちゃった。
優里「ドライフラワー」
・・と言ってもワタシメのランキングの話で恐縮デス。

今年の1/7付以来連続でベストテン内をキープし続けてきたけど、ついに今週12/2付ランキングで、ベストテン外(11位)にランクダウン。
「連続ベストテンランクイン」記録は47週でストップ。

スクリーンショット (8)

もちろん、これはワタシメのランキングでは1976年以来史上最長のベストテンキープ記録。
毎週ランキングを集計してて、この曲、パワーが全く衰える傾向がない。・・というか、上昇する傾向も下降する傾向も、大きく見られず、ある一定のパワーのままずっと安定。
このペースだったら、この曲このままずっとベストテン内をキープするんじゃないか・・なんて思えたりもしたんだけどさ。。。
😅😅😅
今週も同じような傾向だったんだけども、ほかの曲との兼ね合いで、今週はベストテン内からは外れてしまったわけで。ある意味今週のチャートアクションは不運だったところはあるわな。
新曲「ベテルギウス」が上がってきて、そろそろ楽曲の入れ替えか!? とも見えるんだけども、急激にパワーが落ちてきたわけではないので、年末に向けて、まだベストテン内に返り咲くチャンスはありそう。
連続ベストテン記録は途絶えたけど、ベストテンランクイン週数は49週まで伸びてきている。
実は、今週ベストテンランクイン記録が50週に到達するものと心の準備をしていたんだけどねぇ〜。
 まあ、次週もしベストテンに返り咲いたらベストテンランクイン週数は50週に到達するわけだけど 。。もちろん、もし返り咲いたら、こちらも史上最長記録となります。


【キニナル曲】踊り子 / Vaundy

さらにさらに、間髪入れずに「キニナル曲」もう1曲〜 
Vaundy 「踊り子」

2021_11_踊り子_Vaundy


まずはデータから

・タイトル     踊り子
・アーティスト   Vaundy
・作詞       Vaundy
・作曲       Vaundy
・リリース日    2021年11月17日
・発売元      Vaundy Artwork Studio
・タイアップ :You tube Premium CM曲

先週配信開始した、今年7曲目のシングル。
昨年に続き、1年間に7曲のシングルリリースとは、いまどきのアーティストのリリースペースには舌を巻いてしまう。

少し前に あいみょんでも同じようなことを書いたような気がするけど。。 
 
配信が主流になって、浮き沈みのサイクルはさらに激しくなり、リリースし続けないと、すぐに忘れられてしまう・・ということから、今どきの若いアーティストは、短期間のウチにリリースし続けるんだ・・・ということなんだけども。。
果たして、こんなペースでリリースし続けていて「潰れ」ないんだろうか・・なんて、オジサンとしては心配になってしまうんだけど・・・。

70年代から80年代にかけては、3か月リリースローテーションっていうのがヒット曲の主流だった。
あの頃でさえ日本のリリース間隔はクレイジーと言われていたけど、今や毎月リリースっていうアーティストも珍しくないもんね。 
今年の紅白に出場する平井大なんかもそうだし、毎月リリースではないけどYOASOBIのリリースペースも早いしな。
兎も角、ほとんどの人たちが自作自演なんだから驚きだぁ。

そのくらいのタフさと、才能の埋蔵量の豊富さがないと、今のヒット曲界は渡り歩いていけないんだろうけど、正直、それは、ワタシなんかの想像をはるかに超えてますね。
でも、最近の若いコたちにとっては、このスピード感が今のデフォルトな感覚なんだろうな。

このヒト、個人的には、最初は今一つ受け入れがたかったんだけども、ここ数曲を聴いてると、若いコにしては、意外とわかりやすい、素直なメロディラインであることに気が付いてきましたね。簡単に言えばキャッチーなのよ。 今回の新曲もサビは分かりやすいし。
ただ、素直でアクが少ない分、もうひとつ抜け出せないのかも。
2曲前の「Tokimeki」なんてのはもろそうだけど、手触りとしては藤井風に比較的近いような気がする。けど、現在のところの藤井風との差はその辺なんだろうな。




MV出演は、今をときめく小松菜奈さん。これだけでも話題性充分だわな。

え? だれだ? 「踊り子」と聞いて、村下孝蔵、 フォーリーブスかと思った・・っていう方は。。。



【キニナル曲】神様 / アイナ・ジ・エンド

間髪入れず、次の「キニナル曲」は、コレだ!

2021_11_神様_アイナ・ジ・エンド


アイナ・ジ・エンド「神様」。

まずはデータです。

・タイトル    神様
・アーティスト  アイナ・ジ・エンド
・作詞      AiNA THE END
・作曲      AiNA THE END
・編曲      Singo Sekiguchi
・リリース日   2021年11月24日 (アルバム「THE ZOMBIE」より
・発売元     エイベックス・トラックス 

今週リリースされた、アルバム「THE ZOMBIE」のリード曲になるんですかね? この「神様」っていう曲は。

生業がリモートになってから1日中、家でFMをつけっぱなしにしながら仕事をしているんだけど、この間この曲が流れてきて、改めて、アイナ・ジ・エンドの魅力を感じた曲ですね。

さっき書いた、さとうもか さんとは別の意味で、このヒトの、「ハスキー」な声質にはどこか惹かれちゃうんだよな。

少し前に、今年のトレンドは「ハスキーボイス」ということを書いた。
確かに、Aimerさんや miletさんなどハスキーボイスな女性アーティストが、今年の一つの流れではあったし、このヒトもその中の一人なんだけど、なんか、このヒトのハスキーボイスは独特なんだよね。艶っぽいというか。

昔は「ハスキーボイス」と言ったら、♪ぼへみあーん♪ のような肉食系ハードチューンを、真っ先に思い出してしまったけど、このヒトには、必ずしもそういう所が当てはまらない

なにより、見た目のルックスからは、全く想像つかない。 ロック系だけどは無くポップスでも受け入れられそうな声質。これは、このヒトの最大の武器だと思うなぁ。

これは、今年のポカリスウェットのCM曲となったA_oの「BLUE SOULS」を書いた時も思ったことなんだけども。

え? あれ? 「BLUE SOULS」書いたのfacebookだけだったか。。。 


↓ コレ
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ミュージックステーション毎週見るのはキツイけど、たまに見ると、意外と発見があったりする。
A_o「BLUE SOULS」。 ポカリスウェットのCM曲だけど、なかなかいい。
今年は、ハスキーなボーカルがトレンドっぽいね。ちょっと前にいいと思った、Aimerの「地球儀」もそうだし。
なにより最近バズってきている女優の伊藤沙莉さんもドスの効いたハスキーボイスだったりするしな。
先が見えない不透明な時代に、なんか妙にフィットしてるんだよね。ハスキーな声質が。



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アイナ・ジ・エンドさん、もともとはアイドルグループ「BiSH」のメンバーなわけだけど、個人的には最近のアイドルにはとんと興味が沸かないんで、これからもソロ活動には期待していきたい、ワタシだったりします。
このヒトはもっと表に出て来なきゃ勿体ないと思うな。







【キニナル曲】Woolly / さとうもか

2021_11_Woolly_さとうもか



今回の「キニナル曲」はぁ・・・・コレ。 
さとうもか「Woolly」

まずはデータから

・タイトル    Woolly
・アーティスト  さとうもか
・作詞      さとうもか
・作曲      さとうもか
・編曲      さとうもかバンドfrom東京
・リリース日   2021年10月13日
・発売元     ユニバーサル

最近、さとうもか さんが気になる。
曲だけきくとaikoのフォロワーに聴こえる。 ぱっと聴きaikoの新曲かと思ったもの。

このヒト、なにより母音の声質が独特なんだよね。 大げさに言えばビロードの手触りというか、普通に居そうであまりお目に罹れないような声質。 まずはそこに引っかかるんだよね。
どことなく、ゲス乙女の川谷絵音っぽくも感じるし。まあ、川谷がゾッコンになるのも頷けると思う。
ただし、最新アルバムを聴いてみたけど、引っかかる曲は、まだアルバムのリード曲であるこの「Woolly」って曲だけなのは、ちょっと惜しい。
アルバム全般を聴く限り、まだ、方向性が固まっていないのかもしれないけど、イメージがとっちらがりがち。

このヒトは、この「Woolly」のような、少しR&Bっぽい曲の方が面白いと思うな。 R&Bとビロードの手触りの声質。 今まであったようでなかった感覚っていうが新鮮に感じますね。 まずは、そんな特徴を前面に出した曲でプッシュしても面白いと思いますね。

本人は、もともとR&Bに加え、ジャズ志向でもあるようで、wikiの影響を受けたアーティストを見るところでは、音楽的にはしっかりしたベースがありそうだ。
 併せて文字通りaikoファンということで、この曲のように、もろaikoフォロワーのようになっているんだろうね。

現在のところ、aikoと違うのは、曲がうんと素直だっていう事。 声の印象では一見、頼りなさそうにも思えるけど、aikoの初期の曲のように、普通は使わないような斬新なコード進行で、「なにこれ?」っていう主張やインパクトが出てきたら面白いだろうね。
川谷の他、このヒトのファンのミュージシャンも多いようだから、きちんとした方向性が定まれば、もしかするとこの先出てくるかも。 一応唾をつけておきたい一人ですね。

こういう人は、まずはライブを見てみたい気になるんだけど。。本来だったらCOUNTDOWN JAPANにでも出てくるんだったろうになぁ。。。



WHITE LOVE / SPEED

1997_11_WHITE LOVE_SPEED


今回の1曲セレクトは、「WHITE LOVE」SPEEDです。

まずはデータなのですら。

・タイトル    WHITE LOVE
・アーティスト  SPEED
・作詞         伊秩弘将
・作曲      伊秩弘将
・編曲      水島康貴
・リリース日   1997年10月15日
・発売元     トイズファクトリー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   184.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年10月27日〜1998年2月2日付
・タイアップ:資生堂「ティセラエンジェルドロップ」CM曲


クリスマが近づいてきましたね。 毎年この季節になると定番のようにクリスマスソングが巷・・・というか、特にラジオから流れてくるわけですが。。。
まあ、流れてくる曲は、毎年ほとんど決まっていますど。。。。
そそそ、マライアキャリーの「恋人たちのクリスマス」に、ワム!の「ラストクリスマス」、ジョン・レノン&オノ・ヨーコの「ハッピークリスマス」、日本勢だったらヤマタツの「クリスマスイブ」。

これらの曲は鉄板ですわな。

年によっては他の曲もかかったりするけど・・・。 去年だったらBand Aidの「Do They Know It's Christmas ?」あたりも頻繁にかかってた印象があるな。

ただ、今年は昨年までに比べると、これらのクリスマスソングがラジオから流れる頻度は、やや少ないかなぁ・・・という印象がありますね。恐らくはこれからが本番なんだろうけど。。

そもそも最近は、「新曲」としてのクリスマスソングのリリースも一時に比べると少なくなったような気がするなぁ。 一時期、20年くらい前までは、なんだぁかんだあ・・と毎年のように「新手」のクリスマスソングがリリースされていたもんだけどねぇ。

おかげで、「鉄板」なクリスマスソングは、いつまでたっても「鉄板」のままなわけで。。。

↑ で上げた曲、マライアキャリーの「恋人たちのクリスマス」でさえ、今から27年前っすよ。1994年だから。。。


今回引っ張ってきた曲も、一時クリスマスソングとして定番だった・・・ような気がするな。

SPEED 「WHITE LOVE 」。

うーむ、この曲、今まで何回か書いたような気がするんだけどなぁ。。。
過去のアーカイブを見てみたら、どうも、まだ書いてないようなので。。。 こんな大ヒット曲を。。


リリースが、1997年10月15日ということもあり、クリスマスソングとしては、いささかフライングなリリースでもあり、厳密に言えば、クリスマスソングっていうカテゴリーに入れるのもどうなの?

・・・という気もするけど、やっぱミディアムバラードという曲調と、楽曲の曲想からそういうイメージも強いんだろうなぁ。。。

ちなみに、この曲はSPPEDとしては、デビュー5枚目のシングルであり、売り上げ枚数184万枚というのは、SPEEDの最高売り上げのシングルとなる。

まあ、まずもってロングヒットになりましたからねぇ。 
オリコンで13週ベストテン入り(うち年末年始2週集計があり)というのは、SPEEDではシングル最長のベストテン入りではなかったかな。
加えて、週間売り上げ10万枚上も、7週(うち年末年始2週集計があり)というのも、SPPEDとしては最長。
高レベルの売り上げを長期間キープすることで、SPEEDとして最高の売り上げを記録したわけですわ。

まあ、SPEEDとして勢いが上がっている時に来て年末に向けてのリリースという、時期的な幸運も重なっていたんだろうけど。

今でもそうだけど、秋も深まり年末に向けてテレビの歌番組特番も多くなるわけで、それだけ露出も多くなるからねあ、コアなファンだけじゃなく、一般の人たちにも浸透しやすくなりますからね。

加えて何と言っても「紅白」という一大イベントがあるわけで。。。

紅白効果。 紅白出演後の週に売上げが再上昇するっていうのは、あの頃だではなく、今もありますからね。
もっとも、当時の方が効果は大きかったわけで。  

当時のオリコンチャートを見ると、この曲、1997年12月22日付で一度、ベストテンから落ちてるんだよね。
でも、次の12月29日付で再度ベストテン入りを果たし、1月19日付では4位まで再浮上している。

恐らくは、紅白見て、お年玉でCD買った方も多かったんだろうね。


ただ、SPEEDの場合は、顕著な紅白効果が見られたのはこの「WHITE LOVE」だけで、次の年の「ALL MY TRUE LOVE」では、顕著な紅白効果は見られなかった。 

1997年「WHITE LOVE」で紅白に出場した時は「初出場」ということと、それ以上に人気が上昇気流だったことも大きかったんだろう。
でも、それ以上に、やっぱり、キャッチーで分かりやすい曲調が、より多くの人たちに刺さったんだろうね。

だって、当時28才。さすがにSPEEDの曲を堂々と聴くには、年かさが行ってた私でさえ、この曲は刺さったもの、当時。

でも、正直当時、堂々とは聴けなかったのよ。 少し前にも書いたけど、あの頃は、少なくとも20代後半でアイドル・・っていうのは、立派なオタクだったからねぇ。 そそそ、一般的に冷ややかな目で見られる時代だったのよ、まだ。

だから、例えば当時の会社の同僚とも、そういうアイドルのヒット曲の話もできる雰囲気でもなかったんだよね。


個人的には、ちょうどこの曲がヒットの真っただ中だった、1997年12月に、自宅PCをインターネットにつないだのよね。今からちょうど24年前ですね。


当時最速だったISDN利用で。常時接続は高くて無理だったからさあ、もちろんダイアルアップで。
昼間は従量制で通信代がかかるんで、23時以降定額になるテレホーダイ利用というのは、あの頃ネットしてた方々にはデフォルトでしたよね。

考えることはみんな同じなんで、テレホーダイの時間になると、めちゃくちゃ回線が重くなったりして。。。

でも、ネットを始めようと思ったのは、当時のヒット曲や過去のヒット曲について語り合える人を探したいと思ったのが最大のきっかけだったかもしれないなぁ。

もっとも自分のランキングをネットを利用して作るためという理由もありましたけどね。
この頃になると、オリコンウイークリーに有線チャートもラジオチャートも掲載されなくなっていたからさあ。 自分のチャートを作るには、いちいち国会図書館に行ってコンフィデンスを見なきゃいけなくなっていたのよ。
さすがにそれは面倒なんで、なんとかネットで、これらの要素のランキングを作れないかということで始めたんだよね。
案の定、USENのチャートも、各ラジオ局のランキング番組のランキングもネットには出てたからね。
わざわざ国会図書館に行かなくても作れるようになったわけですわ。

ただ、そうやって作った自分のチャートをネットを使って公開しよう・・とは、まだこの時点では考えも無かった。あくまで自分用に作っていたのよ。

これを現在のように一般公開しようと思い立ったのは、もう少し後になってからですね。


あー、話がずれてきた。。。
この「WHITE LOVE」を聴くと、当時は、部屋に暖房がなかったんで、ブルブル震えながら設定したネット、なかなか設定がままならずネットに繋がらなくて悪戦苦闘したことや、初めてネットに繋がって感動した光景がフラッシュバックしてくるな。

もっとも、あの頃は、その後ネットの音楽関係の仕事に就くなんて思っても見なかったけど。。。
音楽については完全に一ユーザーだった頃ですね。
いずれにしても、個人的なネット人生に関わり始めた時の思い出の1曲なのよね。





初めにこの曲、すでに書いたつもりだったのに、まだ書いてなかった・・・っちゅうのは、やっぱ気恥ずかしさが先に立っちゃっうからなんだろうな。

だから、SPEEDの曲って、まだ、あんまり書いてないんだよな。 もっとも当時それほど聴き込む・・・という程は聴いてないっていうのもあるんだけども。

なんせ、SPEEDのメンバー全員、一回り以上年下だからさあ。
当時、新垣仁絵さん以外は中学生でしょ。 やばいよね当時28歳のおっさんがSPEEDなんて・・っていう強迫観念は未だにあるんだよね。

今は、おっさんでも一回り以上年下のアイドルの曲を聴いても、もうそういう目で見られることも少なくなっただろうけど、この曲がヒットしてた頃の「オタク」という冷ややかな目で見られるっていう感覚は、未だにあるからさあ。

それにしても、当時中学2年生だった今井絵理子さん、まさか今、参議院議員とはね。。。。 隔世の感ですよ。。。



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今ではすっかり忘れられた存在だけど自分のヒットチャートサイトの話デス。

今では、ほぼ忘れられた存在になっているけど、自分のヒットチャートサイト、その昔は、結構いろんな雑誌に紹介されたことがあるんだよね。「日経エンターテイメント」(2001年9月号)にも紹介されたことがあるし、YAHOOのトップページ(2005年8月 80年代特集)でも紹介されたことがあった。

そんなこともあって、当時は「商売にしないの?」って言われたことが何回かあったのね。

そもそも、当時関わっていた、某C社の着メロサイトでもランキングのコーナーやりたいんで、ワシが監修者になってランキングを使わせて欲しいみたいなことも言われたこともあったし。

だけど、いずれも実現しなかった・・というか実現させなかった・・というか、いつもお茶を濁してた。
まあ、確かに、あの時は自分のコンテンツを「公」にしてもらえる、またとないチャンスだったかもしれない。

某D社のゴリオシで万が一うまく事が進めば、今の「ビルボードジャパンチャート」位にはなっていたかもなとも思ったりするんだけども。(ネット上の総合ランキングサイトという意味では、ビルボードさんより、ワシの方が早かったし)、いや、大げさではなく。

でも、なんで、あの時あの話に乗らなかったかといえば、やっぱ、自分の手元に置いておきたかったからというのが一番大きいだろうな。
「公」にすれば、たとえ監修ということでも自分の手元からは離れてしまうだろうし。。。
手元から離れて商用となれば、人気が落ちてスポンサードがなくなれば、それまで・・ということだけど、個人でやってる限りは、そういう心配もないし。。。。
今から思えばそれは正解だったと思いますね。
本当に好きなことって、いつまでも手元に置いておきたいものなのよ。
確かに、あれから20年近く経って、今では知ってる人しか知らない存在まで陰に隠れたけど、大学の卒論資料に使わせてほしいみたいなことは、今でも連絡いただいているのね。。少し前に今の20代、30代の昭和歌謡好きの若いコたちと座談会したときも何人かサイト知ってくれていたし。
それでいいじゃんと思ってたりもするのね。
音楽ビジネスが続く限りは、終わりがないし、ずっと最終的な答えも出ないコンテンツでもあるんでね。
ランキング要素が手詰まりになって、ランクが作れなくなるまでは続けるつもり。

今くらいの認知度だったら、もう「商用にしない?」みたいな話は無いだろうし、そのつもりも無いですね。


・・・・でも10億くらい積まれたらグラっ・・と来るかもだけど。。。


んなこたあ1億%ないわな。

J-ROCK永遠のバイブル「風街ろまん」リリース50周年

うっ、しまった。。すっかり忘れていたけど、J-ROCK永遠のバイブルである、はっぴいえんど2ndアルバム「風街ろまん」リリースから、昨日11/20で50周年だった。。

1971_11_風街ろまん_はっぱいえんど

・タイトル   風街ろまん
・アーティスト ぱっぴいえんど
・リリース日  1971年11月20日
・発売元    URC
・オリコン最高位 -位
・売上げ枚数   -万枚

まあ、そんなこともあって、先週、東京FMの「THE TRAD」で、はっぴいえんどのリードギタリストだった鈴木茂氏の特集なんぞ組んでいたようだけども。。。
「風待ろまん」といったら、どうしてもCMにも使われたりして知名度が高い「風をあつめて」なんだろうけど、「THE TRAD」でかかった「はいからはくち」。 




ラジオを通りして改めて聞くと、いいなぁ。鈴木氏のギターソロに、今じゃ聴けない松本隆氏のドラムソロ。日本のロックはここから始まったというのも頷ける。
「はいからはくち」のイントロ、落語の出囃子から始まるけど、大瀧氏の遊び心よ。

いや、でも、のアルバムバージョンよりも、シングルバージョンのほうが、もっとストレートでロックしてるな



アルバムバージョンとシングルバージョンがこんなに違う曲も珍しい。。。
めっちゃストレートなロックンロールですね。

ワタシは、この時2才・・・なので、もちろんタイムリーで聴けるわけもなく、後付けで聴いたくち。

今では、J-ROCKの「祖」といわれている はっぱいえんどであり、、永遠のバイブルと言われているアルバム「風街ろまん」。
たしかに日本のロックは、はっぴいえんどではなく、カップスあたりのG.Sからという方もおられるけど
これを聴いちゃうと、やっぱり、はっぱいえんどが日本のロックの原点という気分になってしまいますね。

個人的には大瀧詠一氏ボーカルの「颱風」



とか

鈴木茂氏ボーカルの「花いちもんめ」が好きだなぁ。



やっぱり、鈴木茂氏は、日本のジョージ・ハリスンだぁ。 そう思わずにはいられないこの曲ですね。

ちなみに、大瀧詠一氏って一般的にはどうしても「ロンバケ」のイメージが強いけど、遊び心いっぱいのこのころの曲もよいのよね。
「颱風」のようなダークでハード、それでいて「颱風、来るよ。また来るよ。。。そーらきたぁ」のような遊びごごろは、「ロンバケ」の頃にはもう聴けなかったしなぁ。

ああ、でも「ロンバケ」の「FAN×4」は、遊びごごろがあったか。。。



ZUTTO / 永井真理子

1990_11_ZUTTO_永井真理子


今回の1曲セレクトは、「ZUTTO」永井真理子です。

まずはデータです。

・タイトル    ZUTTO
・アーティスト  永井真理子
・作詞      亜伊林
・作曲      藤井宏一
・編曲      根岸貴幸
・リリース日   1990年10月24日
・発売元     ファンハウス
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   54.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1990年11月12日〜1991年2月11日付
・タイアップ:フジテレビ系「邦ちゃんのやまだつてないテレビ」エンディングテーマ


この間から、書こう書こうと思って、なかなか筆が進まない曲がある。
自分では、理解していたつもりなんだけど、いざレビュろうと思うと、なかなか頭の中で整理が付かない。
結局は、まだ消化しきれていないんだろうな・・・。

それが今回引っ張ってきた曲。永井真理子さんの「ZUTTO」。

この曲は、今から31年前 1990年のちょうど今頃のロングヒット。 そして永井真理子さんにとっての最大のヒットでしたわね。

まあ、あの時代大人気だった、フジテレビ系バラエティ「邦ちゃんのやまだつてないテレビ」のエンディングテーマだったことも大きかったんだろうね。

なんせ、この曲と、ほぼ同時にこの番組からKANの「愛は勝つ」なんていう、ダブルミリオンが出たくらいだから、あの頃の番組の人気がうかがえる。

それなのにいまだに消化しきれていないっていうのは、31年前の今頃、個人的にあんまり真剣にヒット曲聴いてなかったっていうのもあるんだろうな。

31年前の今頃と言えば、大学1年の秋。大学生活も落ち着いてきて、ちょうど千葉の中央郵便局で深夜の仕分けのバイトを始めたころだ。
・・・それとともに、半ば昼夜逆転の生活サイクルになり始めた頃かなぁ。

朝方寝て、昼から学校に行って、夜バイト・・・なんていう生活サイクルの中で、ヒット曲まで頭が回んなかったんだよな、あの頃。

ただ、バイト先では、夜中ずっとラジオが流れてたんだよな。 覚えているのは3時ごろまで地元のbay fmで、3時過ぎるとオールナイトニッポンの2部が流れてた。
水曜日の真璃子さんと、木曜日の渡瀬マキさんのオールナイトは、よく覚えてますわ。

そんな真璃子さんとは、今facebookでつながっていたりして、なんか不思議な感覚なんだけどさ。

ただ、今回引っ張ってきた、永井真理子さんの「ZUTTO」も、あの頃よくラジオでかかってたんだよ。

だから、この曲を聴くと、あの時のバイトの風景がフラッシュバックするし、自分の中で消化していたつもりだったんだけどなぁ・・・。


ただ、今から思うと、音源はずっと手元に持ってなかったのね。 もちろん、今は、手元に音源持ってるけど。。。

なんせ31年前の事なんで記憶が不鮮明なんだけども、結局は、手元に音源を置いておきたいと思う程は刺さらなかったのかもしれない、当時は。

確かに、あの当時、この曲のようなミディアムバラード系の曲には、あまり触手が伸びなかった。

この曲だけでなく、同じごろヒットしていた森高千里さんの「雨」。この曲も当時の森高さんにしては珍しく、同じような正統派のミディアムバラードだったけど、触手が伸びなかったし、辛島美登里さんの「サイレントイブ」にも触手が伸びなかった。

うーん、どうなんだろうねぇ。

考えてみれば、当時のカラオケブームというのが、一つのネックになっていたのかもしれないな。

この手のミディアムバラードの曲って、あのころ、みんな競うように歌ってたじゃない? いや、みんなに歌われていたからこそ、ヒットしていたわけでさ。

そそそ、あの頃は、ヒットの最大の条件は、カラオケで歌われることだったからさあ。
その一番の条件として、キャッチーなミディアムバラードだったんだよね。

なんか業界の戦略に乗せられているような気がしてさあ。
天邪鬼なワタシは、そんな風潮に背を向けて、だから、あんまり積極的に聴けなかったのかもしれないな。

ただ、これを書くにあたって、譜面を見ながら再度聴いてみた。

たしかに、サウンド、特にエレピは、いかにも90年代前半な音色なんだよね。
なんていうのかなぁ、オルゴールのようなチャイムのようなコロンとした音色。 うーん、うまく言葉で言い表せないけど、最近だとJRの電車接近チャイムで使われているような。
そんなサウンドからして、紛れもなく90年代前半を彷彿とさせる。

ただ、メロディラインだけをとると、どことなく昭和な匂いがするんだよなぁ。

いつかも書いたと思うんだけども、90年代って、92年頃までは昭和へのオマージュなんだよね。全体的なヒット曲の傾向は。

チャゲアス、小田和正、サザン、ユーミン、中島みゆき、浜田省吾、長渕剛・・・・とあの頃のミリオンセラーを見ても、ずらりと「昭和」からの「大御所」アーティストが並んでいるわけで、まだ「平成」という匂いは薄かったわけじゃない?

そもそもこの頃、時代を仕掛けたビーイング系だって、90年のB・Bクーインズからして昭和的だったし、そこから派生したMI-KEは、もろ昭和のオマージュだったわけじゃん。

全体的なヒット曲のメロディラインにしてもしかりだったんだよね。 まあ、その走りは竹内まりやさんの89年の「シングル・アゲイン」あたりだったかもしれないけど。。。


昭和時代のミディアムバラード的なメロディライン。そうね。例えば欧陽菲菲さんの「ラヴ・イズ・オーヴァー」のような・・と言えばわかりやすいかなぁ。 あの手の昭和のエンターテイメント歌謡を彷彿させるような、メロディラインの曲。

それがこの90年あたりから復活しだしたのよ。 いわば平成の「昭和なエンターテイメント歌謡」的な曲。

今回引っ張ってきた「ZUTTO」にしても、そんなメロディラインに近いような気がするんだよね。

その根底は、やっぱりカラオケなんだろうな。

昭和のエンターテイメント歌謡は、飲み屋やスナックでのカラオケが主流だった。 だから、酒の匂いとタバコの匂いがきつかった。 それは大人の匂いでもあった。

90年代前半、カラオケの主流はカラオケボックスに変わった。カラオケと言う文化は同じだったけど、飲み屋から、カラオケボックスに変わったことで、カラオケはよりカジュアルになったんだよね。

カジュアルになったカラオケに合わせて、同じミディアムバラードのサウンドもよりカジュアルになった。 それが森高千里さんの「雨」であり、この「ZUTTO」だったんじゃないのかなぁ。

今思うとそんな風にも思えるんだよね。

その後、同じような、平成の「昭和なエンターテイメント歌謡」は、「会いたい」、「最後の雨」、「ロード」と受け継がれ、いずれも大ヒットを記録。
いずれの曲もカラオケではなくてはならない曲という点では共通だったしね。

そんな流れの最後の大ヒットが藤谷美和子・大内義昭の「愛が生まれた日」あたりだったんじゃないかなぁ・・。

でも、これを最後に平成の「昭和なエンターテイメント歌謡」は下火になる。
時は1994年。 結局、これを最後に、ヒット曲界は本当の「平成」の時代に入ったってことだったんじゃないかな・・・と個人的には思うんだよね。





↑では、この曲は昭和歌謡的だ〜・・・と何回も書いちゃったけど、 

♪ あなたがいれた エスプレッソ〜 ♪ っていう歌詞には、新時代・・というか90年代の香りを感じたな。

 少なくとも80年代には、まだエスプレッソと言うコトバは「イマく」なかった・・というか、メジャーじゃなかったよね。
個人的に知らなかっただけかもしれないけど。。。

ちなみに、スタバが日本で初めて出店したのは1992年。この曲の2年後ですわ。
当然、1990年の今頃はエスプレッソもカフェ・ラ・テも、一般的にはまだあまり馴染深い飲み物ではなかったんだよね。カフェ・ラ・テは、カフェ・オ・レだったし。。。



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悲しい夜を止めて / 河合その子

1986_11_悲しい夜を止めて_河合その子



今回の1曲セレクトは、「悲しい夜を止めて」河合その子です。

まずはデータです。

・タイトル    悲しい夜を止めて
・アーティスト  河合その子
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年10月22日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   12.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年11月10日〜11月17日付

少し前から「昭和歌謡」と言うカテゴライズで、「昭和時代」にヒットした曲が、巷で流行っていたりする。
ちょっと気取って言えば「ジャパニーズ・オールディーズ」ですかね。。 手っ取り早く言えば「過去曲」なんだけど。。。

なんで、みんな過去曲をそんなに重宝するのか・・・。 個人的にはちょっと疑問に思ってたりもしたりして。。。

・・・なんて書くと、過去曲のレビューしている野郎が何をぬかしやがる・・・と思われてしまうだろうけどさ。

でも、今の曲も聴こうよ、みんな 〜(というか同世代の方々)とは、マジメに思うなぁ。



まあ、ちゃんとしたアンケートをとったわけではないけど、今、過去曲にすがる理由としては

 〆の曲に自分にあった曲がない。 ピンと来る曲がない。

っていうのが一番大きいのかなぁ・・。 それとか

◆〆の曲を知らない

とかね。 うん、昔はテレビでの歌番組が多かったからさ、テレビをつけてりゃ自然と歌が耳に飛び込んできた。街に出れば、街頭のスピーカーからもヒット曲を中心とした音楽が流れて来ていたし。
いうなれば、音楽を「受動的に浴びてた」っていうかさあ。だから意識しなくても自然と覚えられたし、体に染みついたんだよね。
でも、今は、街に音楽が流れなくなっているし、テレビの歌番組も少ない。

今の曲にもいい曲はあるのよ。刺さる曲もたくさんあるのよ。
ただ、You tubeにしてもサブスクにしても、「能動的」にこちらから探しに行かなれば、今のヒット曲にもたどり着けない。。それでなくても新しい曲を受け入れて消化するにはいうのはエネルギーが要りますからねぇ。
結局、昔聴いてた頃の曲にすがってしまう。 そっちの方が楽だし、楽しいし。。。

そんな方も多いんだろうね。

あ、これは、あくまで私を含めた同世代に方々についてであって、今の若いコが聴いてる昭和歌謡感とは全く別物だと思う。
今の若いコは、少なくとも「いつのヒット」と言う先入観、区別とかなしに、今の曲と分け隔てなく「新曲」として昭和歌謡を聴いてるからさあ。
我々の世代が感じている昭和歌謡感とは、全く別物なんだよね。


・・・なんて、敢えて、最近の昭和歌謡について持ってきたのは、そんなこと書いてるワタシ自身、「今の曲」に物足りなさを感じると、過去曲に逃げるクセは昔からあったんでねぇ。
結局、最近の昭和歌謡ブームに疑問を持っていても、人のことは言えないんだよな。

今回引っ張ってきた曲は、そんな「今の曲」に物足りなさを感じて、過去曲に逃げていた頃のヒット曲ですわ。


河合その子「悲しい夜を止めて」。

この曲がリリースされたのは1986年10月。  

だからさ、この場合の「今の曲」っていうのは、1986年10月頃のヒット曲で、当時から見て過去曲に逃げてたってことですね。

正確に言えば、個人的には、この年の3月頃までは、きちんとヒット曲を追いかけていたんだよね。
おニャン子関係のリリースも、まだエスカレートする、ほんの少し前まで。

でも、4月以降、毎週、週替わりでおニャン子関係の曲がリリースされ、チャートが席巻されてからは、ほとんど惰性で追いかけてたな。

でも、それは、ワタシだけでなく、そういう方、多いんじゃないかなぁ。
 
オリコン1位の曲がヒット曲ではなくなる日。

そんな言われ方をし始めたのも、この頃だったと思う。

一部のファンの間では、熱狂的に受け入れられる曲でも、ファン以外の第三者のヒトはほとんど知らない。

あの頃はテレビでも、まだ歌番組はある程度あった。でも、そういう状況になってきたのは、結局、あの頃「ヒットチャート系に自分にあった曲がない」ということが多かったからなんだよね。
だから聴かない。 それどころか歌番組も見ない。

ジャンルの多様化ということもあった。 主流はアイドルだったけど、水面下ではインディーズと言う形で、いわいるラウド系のJ-ROCKが形成され始めて来たのもこの頃だし、ニューウェーブ系が元気になってきたのもこの頃ですわ。

ヒットチャート系の曲に頼らなくても、自分の好きなジャンルの曲を聴けばいいじゃん。そういうジャンルの多様化が加速したのもこの頃なんだよね。

そういう意味では過去の曲に逃げてるというのではなく、多様なジャンルに分散した。でも、時間軸のベクトルとしては、みんな未来に向かっていたというのが正しいかもしれないな。
いま、多くの方が昭和という「過去」の音楽に意識が向かっているのとは、その点が違うんだよね。

ただ、ワタシは、あの時点でも、意識は過去に向かっててさ。
前回のテンプターズ「おかあさん」をCDで聴いて、改めてG.Sづいたのもこの頃だったな。
G.Sを起点として60年代終盤から70年代の曲を掘り初め、中古レコード屋に足しげく通うようになったのもこの頃ですね。

逆にテレビの歌番組も見なくなってたし、ラジオのヒッとチャート系番組もあんまり聴かなくなっていた。
ちょうど、この頃、個人的にドラムに嵌っててさ。 中学生の頃、土日というと、ラジオのヒットチャート番組にかじりついてたけど、この頃、休みの日は、専らドラムばっか叩いていて、ヒットチャート系番組も聴かなくなっていたんだよね。

唯一毎週見ていたのは「ザ・ベストテン」くらいだったな。
でも、その「ベストテン」も、ランクを記録する方がメインになってきていて、肝心の曲はちゃんと聴いてなかったし。 オリコンとか明星の歌本とか見ながらの、いわいる「ながら」で見てたんで、画面ほとんど見てなかたんですわ。

だから、今、この当時のベストテンのVTRをみても、ほとんど見た記憶がないんだよな。
手元には、当時、ベストテンからメモったランキングのノートは残っているんで、確実に見てたはずなんだけども。。。。

そのベストテンも、このころ、いわいる「毛が三本」グループとTBSが喧嘩してて、おニャン子関連はベストテンには出なくなってたしさあ。

だから、今回引っ張ってきた、河合その子さんの「悲しい夜を止めて」も、当時キチンと聴いたことが
なかったのよ。

そんなわけで、この曲、オリコン1位獲得曲でありながら、1曲セレクトでも、ずっと保留してたんだよね。

でも、今はYou tubeという便利なサイトがあるからねぇ。 今回改めて引っ張ってきたわけですわ。


実際フルでこの曲を聴くと、確かに「おフランス」を感じさせる曲調ではあり、その点からすると2曲前の「青いスタスィオン」からとは同路線ではあるし、当時のその子さんの見た目のイメージにはあっていたと思う。

けど、如何せんこの曲のメロディラインは難しすぎる。「青いスタスィオン」の方がメロディラインは、まだシンプルだった。

この曲はメロディラインが取りづらい。 まあ、確かにサビの部分で転調するという所もメロディラインをとりづらくしているところもあるな。

けど、それを外しても、分かりずらいメロディラインだよなぁ。

河合その子さん。この曲の時点では、すでにおニャン子を卒業して、一人のソロアーティストにはなっていた。 恐らくCBSソニーとしても、一人のボーカリストとして期待してたんだろうな。

・・というのは、この曲を聴く限りは感じるな。

でも、この曲は当時の河合その子さんの「力量」では、ちょいと荷が重すぎたんじゃないか。
You Tubeを見ても、全然歌いきれてないし。





もっとも、この動画は「夜ヒット」のようだし。 「夜ヒット」はリリースして間もなく出演するのが普通だったから、きっとリリース間際で、まだ歌いこなしていなかったのかもしれない。

でも、そんな部分を差し置いても、果たして出し手側は、この曲くらいなら歌いこなせると思ってリリースしてたんだろうか。

もし、そうであれば、当時の彼女のボーカリストしての実力をちょっと買いかぶりし過ぎじゃなかったのか・・・。 
少なくとも、もう少しちゃんと歌いこんでからテレビには出演するべきじゃなかったのかなあ。

いま、この曲を聴くと、そんな印象を受けるなぁ。

まあ、2021年と言う今の時代だからそう思えるんだろうな。

あの頃は、「時代の流れは速い。歌いこんで・・・なんて待ってられない。 それよりも一刻も早くテレビに露出することが先決」 っていう時代だったからさ。

そういう所から見ると、80年代ってある意味乱暴な時代でもあったんだよね、今思うと。




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