かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2021年07月

君に会いたい / ザ・ジャガーズ

1967_07_君に会いたい_ザ・ジャガーズ


今回の1曲セレクトは、「君に会いたい」ザ・ジャガーズです。

まずはデータなのだ。

・タイトル   君に会いたい
・アーティスト ザ・ジャガーズ
・作詞     清川正一
・作曲     清川正一
・リリース日  1967年6月1日
・発売元    フィリップス
・オリコン最高位 - 位
・売上げ枚数   - 万枚

今回はマクラなしで、のっけから本題。
久々にG.Sなど持ってきましょうか。

ジャガーズの「君に会いたい」

この曲、ずっと持ってこようと考えていたんだけども、今一つきっかけを思いつかなかったんで、ずっとストックしてた曲なんだけども、前回の、吉田拓郎氏の「イメージの詩」を書くにあたって、いろいろネットみてたら、なぜか、この曲にあたったんだよね。

この曲がリリースされたのは1967年6月。 まだ、オリコンは始まっていないんで、実際のヒット時期というのが分からないんだけども、あの頃は少なくとも「初動のみ」のヒットということは、ないだろうからさ。
・・ということは、1967年夏にかけてヒットしていただろうという「推定」で引っ張ってきたんだけどね。

もっとも、黒沢進氏著「日本の60年代ロックのすべて」によると、

爆発的なヒットではなかったが、67年夏から秋にかけてヒットした

・・とあるので、もしかすると、実際のヒット時期は、もう少し後だったかもしれないけど。。。


うん、1967年(昭和42年)といえば、ワタシゃ、−2才。 まだ生まれておりません。。。

なので、リアルタイムでは聴いてないし、実際にヒットしていた時期も体験していないので、、資料がない限りは推定で考えなきゃいけないんだけども。。。。

・・・ということで、この曲がヒット当時してた頃は、まだ生まれていなかったわたしが、初めてこの曲を知ったのは、実は1981年だったりするんだよね。

なぜ?

覚えてないですかねぇ、1981年夏、サントリーミニ樽のCMでこの曲が使われていたのを

↓ コレ




そういえば、真行寺君枝さんっていましたねぇ。いまはどうなさっているんだろう?
それよりも、風間杜夫、平田満の「蒲田行進曲」コンビでこのCMに出てたのは、知らなかったわ。
ちなみに映画「蒲田行進曲」が公開され、一大ブームを巻き起こすのは、この次の1982年になる。

まあ、いずれにしろ、なんか知らないけど、81年当時、このCMら引っかかっちゃったんだよな。
CMだけでなく、BGMの「君に会いたい」にも引っかかった。

なんで、当時、この曲に引っかかっただろうねぇ・・とも思ったりしたんだけども、考えてみれば、時代はG.S回帰だったんだよね。 1981年って。

G.Sの一大ブームを作った、いわいる「A級」のG.Sグループが相次いで解散、ブームの終焉を迎えたのが1971年。

それから丁度10年・・ということで、G.S回帰の動きを見せたのが1981年だったわけなんだよね。

ワイルドワンズが、夏限定で再結成したのが1981年だったし。 そもそも、ジュリーが「G.S I LOVE YOU」というアルバムをリリースし、これを契機にタイガース再結成に向けて動き出したのも1981年だったし。

ま、初めは1981年の1月に、数々のG.Sグループが出演した、「ウエスタンカーニバル」の舞台となった有楽町の「日劇」(日本劇場)が閉館したのが1981年1月。と同時に「さよならウエスタンカーニバル」という特別公演が1981年1月にあり、それを受けて、夏にかけて一時的ではあるけど、G.Sが盛り上がったわけなんだよね。

実際のヒット曲の傾向としても、ジュリーの「おまえがパラダイス」をはじめとした、50's〜60'sのオールディーズっぽい曲とか、それこそG.Sの頃のガレージっぽい曲とか、今考えると、結構多いんだよね、1981年って。

それを考えるとさ、この年1981年の「顔」である、「ルビーの指環」をはじめとした一連の寺尾聰ブームっていうのも、あながち偶然ではなかったような気がするんだよね。

うん、寺尾氏も、もともとは「サベージ」っていうG.Sのベーシストだったわけだしさ。G.Sとは切っても切れない訳じゃん。


そんな傾向にあったからさ、G.Sをリアルタイムには経験していなかったワタシは、このテのガレージっぽい音が、逆に新鮮、 先端の曲のように思えたんだよね。

だから、↑のサントリービア樽のCMで使われていたこの「君に会いたい」って曲が、まさか、
あの時点で10数年前の曲とは知らなかったからさ。新曲だと思ってたの。

いつリリースされるんだろうな。。。とか。。。

まあ、その前に、あの当時曲名すら知らなかったんだけども。

今、昭和歌謡が若いコたちの間で流行っているけど、、恐らくは、1981年頃、ガレージっぽいG.Sの曲を聴いて新鮮に思えるのと、同じような感覚なんだろうな。

まあ、1981年の時のG.S熱は、実際に「タイガース」が再結成したことで一旦終焉したんだけども、その後1986〜1987年にかけて、ネオG.Sという形で、再度、ガレージブームが来たじゃん。

あのとき、ワタシも本格的にG.Sに嵌って、CD集めてたら、この曲が収録されててさ。
そのとき、「あの曲だ」と思うとともに、初めて、曲名、アーティスト名、いつのリリースだとか、もろもろ知ったわけなんだけどもね。



いまでも、G.Sのガレージっぽい音って好きなんだよなぁ。
なんでなのか、よくわかんないけど、血が騒わぐというかさぁ。 

考えてみれば、死んだオヤジが、「ベンチャーズ」か好きでさあ、車のカーステでよく聴いてたからなぁ。 その影響なのかしらん!?

なにより無国籍な音楽っぽいところがいい。 洋楽と言えば洋楽だし、 歌謡曲と言えば歌謡曲だし、ロックといえばロックだし。。。
どう解釈しても、あながち間違いではないというがいい。 節操がないんだよね。
それが、実に日本っぽいじゃん。

このジャガーズの「君に会いたい」って曲にしても、ぱっと聴きは、歌謡曲っぽいけど、100%歌謡曲とも言えない。かといってロックでもない。
バックのギターのリフはアラビア風だったり、口笛の旋律が怪しげだったり、一見よくわかんない世界なんだよね。それでいてメロディが刺さってきたりしてさ。

そんな一見バラバラな世界観が混ざり合うと、あーら、不思議。 いいじゃないの? って曲になる。 
これこそがG.Sの真骨頂だったりするんだろうな。 

ジャガーズとしては、デビュー曲のこの曲は違うけど、3枚目シングル「マドモアゼル・ブルース」からは主に筒美京平氏が作曲を担当するようになる。

それによって、ややガレージ感が薄れてきたように感じるのは、私だけでしょうかねぇ。。。。




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イメージの詩 / よしだたくろう

1970_07_イメージの詩_よしだたくろう


今回の1曲セレクトは、「イメージの詩」よしだたくろうです。

まずはデータです。

・タイトル    イメージの詩
・アーティスト  よしだたくろう
・作詞      吉田拓郎
・作曲      吉田拓郎
・リリース日   1970年6月1日
・発売元     エレック
・オリコン最高位 - 位
・売上げ枚数   - 万枚

東京五輪が開幕しましたね。これだけのビックイベントなわけで、本来ならば、今日あたりの1曲セレクトも「五輪」に引っ掛けた曲を持ってきたほうがいいんだろうな。。。

・・・・と思いつつ、それも、なんか当たり前だな。。。と思ったりする私が居たりして。。

ちょっと、心の葛藤を思いつつ、五輪とは全く関係ない曲を引っ張ってきましたわ。


よしだたくろう「イメージの詩」。

最近、さんまプロデュースの映画「漁港の肉子ちゃん」の主題歌として、若干10歳稲垣未來さんがカバー・・・なんてことで、にわかに再注目されてますね。

若干10歳の女の子が、50年も前の、しかもフレーズに収まり切れないほど字余りいっぱいのメッセージ・フォークを歌う。これが結構嵌ってるんだよ・・・。

なんて感じで、ネットをはじめテレビでも大分賞賛されてますね。

まあ、個人的には、その辺についてはノーコメントなんですけどね。若干10歳の女の子の歌唱だもの。まだまだ評価のしようがないしさ。

ただ、評価している人たちってワタシの世代の一回り上、 つまりは吉田拓郎フリーク世代に多いっていうのはよくわかるんだよね。

自分たちの「孫」と言える世代の女の子が、自分たちの世代のフォークの神様吉田拓郎氏の、しかも、今や知る人ぞ知る、シングルデビュー曲を歌うってことがウレシイんだろうな・・とか思ったりして。


ただ、そんな話題を抜きにしても、個人的にもちょっと注目していたのが、この吉田拓郎氏の「イメージの詩」ですわ。

この曲は、もともと吉田拓郎氏が、広島フォーク村に「年寄り」として在籍していた頃にリリースされたアルバム「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」に収録されていた曲ですわ。

そのアルバムから、当時、拓郎氏が所属していたエレックレコードが、拓郎氏の承諾も得ずに、無許可でシングルリリースしたのが、この「イメージの詩」。

でも、アルバムから編集しリリースされた音自体があまりにも雑で、後に改めて再録音してリリース。正式には、こちらのバージョンがデビューバージョンということになっていますね。

なので、シングルレコードとしては、アルバムから編集した旧盤と、新たに録音しなおした新盤が存在するらしい。

もっとも旧盤の方は、すぐに回収されてしまったようで、現在、世にはあまり出回っていないようだが。。。

ただ、バージョン的にはアルバム「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」に収録されているバージョンなので、、聴きたい方は、このアルバムから今でも聴くことはできますが。。。




あー、少し話がずれた。

で、今、個人的にこの曲には、少し注目してた・・・っていうのは、個人的には、この時代の曲をリアルタイムで聴いてなかったというのが大きい。

いや、生まれてなかったわけじゃないんですよ。

1970年6月と言えば、ワタシゃ、生後10か月。  さすがにリアルタイムじゃ聴けてないわけで。。。

でも、少なくともあの時代の空気は吸っていた訳でさ。
・・そんなこともあってか、あの時代の空気感を改めて感じてみたい・・なんて思っていたわけなんですよ。

少し前から、中津川のフォークジャンボリーについて堀り始めてたりしてたしさ。
現在に至る野外ロックフェスの祖ともいえる、このイベントについては、また改めて書こうと思いますが。

まあ、直接的な引き金となったのは、少し前に東京FMの村上春樹の「村上RADIO」で、拓郎の曲が流れていたことがきっかけだったりするんだけどさ。

その時流れてた曲がなんだったのか、ちょっと、ど忘れしちゃったんだけども、モロ、ボブ・ディランだった。

個人的にそれまで知っていた、拓郎氏・・・「結婚しようよ」であり、「旅の宿」であり・・・とは違っていたんだよね。

で、そんなボブ・ディランな吉田拓郎氏を少し掘っていたら、この「イメージの詩」にぶち当たったわけですわ。

いや、この曲の存在自体をそれまで知らなかったわけではない。
田家秀樹氏の「読むJ-POP」にも、その存在は書かれていたし。 でも、実際に耳にする機会は、ごくごく最近まで無かったわけなんだよね。

1970年6月といえば、時代背景的に、まだ70年安保での学生運動や過激派闘争がくすぶっていた頃だ。

この「イメージの詩」も、そんな、学生運動的な反戦フォークの匂いのする曲なのか思っていた。

いや、確かに ♪ これこそはと信じられるものが この世にあるだろうか〜 ♪

から始まる、この曲の歌詞を読む限りでは、まだそういうに匂いはする。

でも、メロディが、それまでのいわいる反戦フォークとは違うんだよね。

もろ、ボブディランと言ってしまえば、それまでだけど、匂いとか、感じる風とかが、それまでの反戦フォークとは明らかに違う。

そこには、それまでの日本のフォークにはなかった、新しい風を明らかに感じる。

ここではよく書いてるような気がするけど、1960年代と 1970年代、単なる数字上表記ではあるけど、不思議と、この時代の表記が分かる頃には、時代の転換点が来るようになってるんだよね。

そんな風に思えるほどの新たな風を感じるんですよ。この曲には。

まあ、確かに、フレーズに収まり切れないほどの字余りの歌詞には、美意識のかけらも感じないしさ、だから毛嫌いする人があるのもよく分かるんだけどね。

少し前だったら、ワタシも毛嫌いしてたかも。。。 そもそも、メロディ、サウンド重視のワタシなんで、歌詞重視のメッセージフォークって、あんまり得意じゃなかったし。。。。

ただ、そんな新しい風を感じるといっても、、1970年のこの時点では、まだ時代を動かすだけの力はなかったんだと思う。

それがムーヴメントとして時代の転換点まで昇華するのは、次の年1971年の第3回中津川フォークジャンボリーまで待たなくてはならない。



ところで、この「イメージの詩」のハイライトといえば、もともとの収録アルバム「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」にかけて、

♪ 古い船には 新しい水夫が乗り込んでいくだろう 古い船を 今 動かせるのは古い水夫じゃないだろう〜 ♪

・・・っていう一連のフレーズですよね。

これ、個人的に50を過ぎたころから、めちゃくちゃ感じたりしてるんだよね。

趣味においても、リアルな仕事においても。

リアルの仕事においては、いつまでもこのままのさばってていいのか、下の世代に道を譲るべきなんじゃないじゃないのか・・とか。

それに拍車をかけたのが、先日の松本隆氏の「もう僕には居場所はないよ」っていうネットニュースだったりしたんだけど。

時代の流れと世代交代ってあるわけで、時代の流れと共に若い世代に次の時代を託す、というのも必要と、最近、私もつくづく思うようになったんですよね。 いつまでも古い人間がでしゃばる時代じゃない。政治の世界を見ればよくわかるじゃん。
エンタメの世界もそうなんじゃないかと思う。 いつまでも過去に縛られていては新しい時代は訪れませんわ。

それを思ったときに、一番初めに浮かんできたのが、この「イメージの詩」の

♪古い船には 新しい水夫が乗り込んでいくだろう 古い船を 今 動かせるのは古い水夫じゃないだろう〜 ♪

っていう一説だったりしたんだよね。





これは、↑で書いた「旧盤」バージョンだそう。

これに対して、「新盤」バージョンは↓



むむっ、Youtube上以外では、再生無効にされてしまっている。。。。もし聴きたい方は「YouTubeで見る」をクリックしてみてくだされ。

とりあえず、こちらのバージョンの方が、現状では正式なデビュー曲と扱われているようですね。


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風が通り抜ける街へ / ZARD

1997_07_風が通り抜ける街へ_ZARD


今回の1曲セレクトは、「風が通り抜ける街へ」ZARDです。

まずはデータですよ

・タイトル    風が通り抜ける街へ
・アーティスト  ZARD
・作詞      坂井泉水
・作曲      織田哲郎
・編曲      徳永暁人
・リリース日   1997年7月2日
・発売元     ビーグラム
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   28.1万枚
・THE HITCAHRT HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1997年7月14日〜7月21日付
・タイアップ:JRA 夏競馬CM曲

少し遅くなってしまいましたが、梅雨が明け「夏本番」! それと共に、猛暑の到来。
皆様、お暑ございます。

つい先日の1曲セレクトで今年は長雨の夏か!? なんて書いたような気がするけど、昨年同様、どうやら猛暑の夏になりそうですね。

ヒット曲の世界でも、この曲を聴けば「夏本番」って思える曲が、昔から毎年のようにリリースされてますな。
個人的には、古くは天地真理の「恋する夏の日」(1973年7月1日リリース)、松田聖子の「白いパラソル」(1981年7月21日リリース)、岩崎良美「バカンス」(1982年7月21日リリース)、堀ちえみ「青い夏のエピローグ」(1983年7月7日リリース)なんかは、夏本番を連想させる曲だったりするな。
大体は、7月リリースのポップスですね。で、これらの曲でそれぞれの年の夏のイメージが出来上がったりしてね。

リリースローテーションから、第1四半期末月の6月リリースにも「夏」の曲が多かったりするけど、どういうわけか6月リリースの曲は、たとえタイトル「夏〜」とついても、今一つ「夏本番」を感じさせる曲は少なかったような気がする。

曲調的には、河合奈保子の「夏のヒロイン」(1982年6月10日リリース)あたりですかね。

たしかにモロ夏を感じさせるようなサンバ調のアップチューンだけど、リリース時期と1982年の長雨の影響もあって、今一つ「夏本番」の感じは出し切れなかったようなイメージがあるな。

やっぱり、6月リリースは、梅雨の時期と重なり、夏本番と言うには少し早かったし、アイドルの場合、昔はプロモーション開始・・・ラジオで曲を書けるタイミング・・・時期って早かったですからね。6月リリースの曲でも、早い曲では5月中にはラジオで流れたりしたから、まだ「夏」っていうのは、ちょっとピンぼけだったりしたんだよね。

まあ、そんなこともあって、夏「本番」を感じる曲は7月リリースが多かったんだろうな。


今回引っ張ってきた曲、ZARDの「風が通り抜ける街へ」。

この曲のリリースは1997年7月2日。  個人的には1997年の夏本番を感じさせた曲は、この曲だでしたねぇ。 この曲と、吉村由美(Puffyの片割れ)の「V.A.C.A.T.I.O.N.」。この2曲ですね。

いずれも、当時ニッポン放送の朝のワイド番組「高嶋ひでたけのお早よう!中年探偵団」でかかったのを聴いて、ビビビッと来ちゃったんだよね。

当時、千葉市内の会社に勤務してたワタシは、毎日、車通勤してたのよ。 今はFMの方をよく聴いてるワタシだけど、当時はAMオンリーの人だったんでね。

良く晴れた緑のまぶしい朝。兎に角 すがずかしい夏の朝でさ、窓全開にして、この曲を聴いたのを覚えてるなぁ。

緑がまぶしい夏の朝ってイメージは、天地真理さんの「恋する夏の日」と被るんだけども、この曲を聴くと未だにの日の朝の光景がフラッシュバックしますわ。


90年代も後半に入り、ビーイング系には飽き飽きしていたワタシだけど、この曲は一発で気に入りましたね。ビーイングの夏の曲を気に入ったのは、94年の「瞳そらさないで」(DEEN)以来だったような気がするな。共にすがすがしさから気に入っちゃったんだけども。

ただ、気になったのは、この曲、音がスカスカだった事。
それまでZARD・・・というか、ビーイング系の曲って、一聴でそれと分かるような独特なサウンドと音圧が、ほとんどの曲であったじゃん。

まあ、個人的にはそこに飽きを感じていたんだけども。。。。

この曲は、そんなピーイング特有の「音圧」がなく、音がスカスカなのよ。 サウンドはビーイング特有でしたけどね。

夏本番ということで、聴きやすさを優先したのかしらん!? そこは分からないけど、音がスカスカなのは気になった。
音数が少なかったということもあってか全体的なインパクトも薄かったし、だから、これはあんまり売れないかもな・・・とはリリース当初から思ったな。

まあ案の定、 前曲「君に逢いたくなったら・・・」の64万枚から、この曲では28万枚セールスに一気にダウン。

そんなセールスの動きから、さしものZARDもここまでか・・・と思ったら、この曲の1か月半後にリリースされた「永遠」では63万枚にV字回復したわけだけど。。。

「風が通り抜ける街へ」とは逆に、ZARDの曲の中でも音圧が高い「永遠」でセールスが回復・・ということで、やっぱりビーイングには、独特のサウンドと音圧が必要なのか・・とは、当時思ったりしたな。

もっとも、「永遠」は当時、社会現象化してたドラマ「失楽園」の主題歌だったこともあったけど。。。 逆に言えば、だから、もっと売れても良かったとも思えたりもしたんだけどね。

でも、そんな不安は的中したようで、「永遠」のセールスV字回復を最後に、売り上げは下降線となったわけだけどね。




それにしても、この頃って、ZARDと、MY LITTLE LOVERが交互にシングルリリースしてたイメージが強いんだよね。

ZARDのこの曲の少し前にマイラバは「ANIMAL LIFE」をリリース。 で、この曲を挟んで、8月にマイラバが「Shuffle」をリリースしたと思ったら、ZARDが「永遠」をリリース・・・と。
両者リリース間隔が、ほぼ同じになっていたんだよね、この時期。

ZARDの「永遠」以外の3曲は、いずれもスマッシュヒット止まりということもあり、今となっては死角に入ったような曲ではあるけども、個人的にはいずれの曲も好きなんだよなぁ。

これは、スマッシュヒット止まりということもあって、未だに手垢が少ないということも含めてだけど。。。

97年の音源っていまだに、持ってる曲数が少ないんだけども、この4曲の音源は当時から手元にありますね。


で、この4曲を最後に、個人的には暫くヒット曲の世界から少し距離を置くことになるんだよね。

まあ、当時の仕事が忙しくなった事もあるんだけども、将来的なことを考えだしたのもこの頃だったと思う。
特にインターネットに急速に興味を持ち始めて、いろいろと調べ始めたのが97年夏ごろだったな。
で、97年の秋にISDN回線を導入し、インターネットにつないだのがこの年の年末。

それと共に、暫く曲を置いていたヒット曲の世界に、再びコミットすることになるんだけどね。



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ブルースカイ / チューリップ

1977_07_ブルースカイ_チューリップ


今回の1曲セレクトは、「ブルースカイ」チューリップです。

まずはデータです。

・タイトル     ブルースカイ
・アーティスト名  チューリップ
・作詞       財津和夫
・作曲       財津和夫
・編曲       チューリップ
・リリース日    1977年6月5日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  25位
・売上げ枚数    12.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 20位

ここ暫く梅雨空が続いていたけど、昨日、今日は、比較的カラっと晴れましたわな。
おかげで、溜まってた洗濯物が乾きましたわ。
そんな天候に誘われ、ひっさびさに散歩に出たりして。 

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もろ「夏」の空を思いうかけべるような、広がるスカイブルーの空。気持ちいいですな。

今日、南九州が梅雨明けしたというニュースが流れていたけど、関東の梅雨明けも、もしかするともうすぐかもしれないですね。


・・・・ということで、今回の1曲セレクトは、今日の広がる青空のような、こんな曲を持ってきましょうか。

チューリップ「ブルースカイ」。

そのまんまやん。。。。。


あざとい方ならば、前回がオフコースの「Yes-No」だったんで、今回はチューリップですかい

・・・とか思われるかもしれないけど、当たりです。。。。

70年代終盤から80年代前半にかけて、比較的近い位置にいたような、チューリップとオフコースだったんで、オフコース書いた後、チューリップを持ってこよう・・・なんて、ちょっと前から機会をうかがっていたわけなのよ。。。

前回のオフコース「Yes-No」では、無駄なところをはぎ取り、計算された無機的な曲調が当時は苦手だった。。

・・・と書いたんだけども、チューリップのこの曲は好きなんだよなぁ。

前回でも対比的にチューリップ、いや財津和夫氏の紡ぎだす、有機的で優しいメロディが好きだ・・・と書いたんだけども、この曲でもそんなところが感じられるのがいいんだろうな。個人的には。

でも、この曲って、ちゃんと聴いたの、ごくごく最近なんだよね。


チューリップ12枚目のシングルとして、1977年6月にリリース。 

ワタシは、まだヒット曲の世界に足を踏み入れていない頃ですわ。

存在を知ったのは、実は、自分のランキングを作って居る時なんだよね。 1992年くらいだったと思う。
自分のランキングで、1977年夏ごろのランキングを作っている時、チューリップでそれまで知らなかった曲が、チャートを上がってきたのよ。 それがこの「ブルースカイ」。

当時の時点ではチューリップと言ったら、「心の旅」「虹とスニーカーの頃」「サボテンの花」「青春の影」くらいしか知らなかったんだけど、そんな所にいきなり「ブルースカイ」って曲が、オリコンで30位圏内に上がり、結果的にワタシのランクでも最高20位まで上がったんで、ずっと気になってたんだよね。

そそそ、1992年時点では、まだ曲を聴かずじまいで、ずっと保留のままになってたんだよね。

あくまで個人的な趣味だけど、ランキング作成と並行して、1966年以降、つまりはG.S以降の、ロック、ニューミュージック系のヒット曲の音源集めと、音源のヒット順への整理も進めていて、それが一段落した、つい最近、そういえば、この曲があったよな・・・ということで、改めて音源を集めたわけなんですよ。

なんで、ちゃんと曲を聴いてから、まだ10年も経っていないと思う。

でも、初めて聴いたときも、ちゃんと1977年を感じたんですよねぇ。 
まあ、それ以前に1977年のランキングでこの曲を見てるし、だから、初めて音源を聴いたときも、どこかその頭があったからかもしれないけど。

正直、1978年頃からの記憶は、比較的はっきり覚えてるんだけど、それ以前の記憶は、今となっては飛びとびにしかない。

なので、正確ではないと思うんだけども、VTRではなくフィルムドラマのような、セピアではないんだけども、少し色あせたような色彩と、しゃりっとした乾いた空気の夏だったような記憶がある。

この曲を初めて聴いたときに、音質がさあ、当時の匂いだったの。 これは1977年の匂いだ・・・そんな感じがしたんだよね。

・・・なんて書くと、そんな馬鹿な・・とか思われるかもしれないんだけどさ。いつかも書いたことがあるんだけど、不思議なもので、年によって、それぞれの年の色合いがあるんだよね。独特のにおいというか。。。

あの当時は、録音技術も録音機器も日進月歩で進化していってた時代だから、そんな風に年によって、独特の音質っていうのがあったんだろうね。

そこからみると、この曲の音は、紛れもなく1977年の音を感じるんですよ。1978年でも、1976年でもない。


この曲のキモといったら、やっぱり、

♪OH! Blue Sky    Blue Sky  この空の明るさよ〜

っていう、サビ始まりの出だしのフレーズでしょうね。 

この下図のようにフレーズのコード進行に、個人的には刺さっちゃいましたね。


スクリーンショット (5)



この曲キーはGであるのにサビの2つの目フレーズである

♪ なぜ僕の〜 ♪ で、Cmにマイナー転調するコード進行と、

♪ 映してはくれない〜 ♪ で Cdimっていうテンションコードに行くコード進行がいいんですわ。

特に個人的には、このディミニッシュコードの響きって好きなんですよね。

どことなく厳かな雰囲気になるでしょ。 教会で賛美歌を聴いているような。

チャゲアスの「SAY YES」の 

♪ 愛には愛で 感じ会おうよ〜 ♪ っていうサビの部分で A♭maj7から Bdimに行くコード進行の響きなんてさ、厳かさを感じるじゃん。

まるで、クラシックを聴いてるような、賛美歌を聴いてるような、ちょっと不思議な感覚になる。
そこに楽曲の深みを感じたりするのよ。

それは、この「ブルースカイ」も同じで、このフレーズのこのコード進行があることによって、曲に深みを持たせてくれていると思う。

なんていうのかなぁ、このフレーズの歌詞の通り 空の明るさ、空の青さを際立たせてくれている・・というかね。

これに対して、サビに続く、Aメロ、Bメロは平易で、インパクトにちょっと乏しい。 まあ、ポップではあるけどね。

この曲、1975年2月リリースの、あの「サボテンの花」以来の10万オーバー、オリコンでベスト30入りというスマッシュヒットとなったのに、それ以上のヒットにならなかったのは、一重に、Aメロ、Bメロの平易さにあるんじゃないのかなぁ・・・と思ったりして。

ここ、もうちょっとキャッチーだったら、もう少しヒットしてたんじゃないか・・とか思ったりしてね。

そんなところから、この曲は「サビ」の曲である、と言い切れるんじゃないかな。

曲全体を通してサビの繰り返しが多いのは、財津さん自身、それが分かってて、そういうメロディ構成にしてるのかもなぁ。

まあ、そういいたくなるほど、抒情的なサビのメロディ、コード進行は刺さるし、この曲のキモだと思いますわ。




いや、まてよ、リリースの時期的に、ジグソーの「スカイハイ」とタイトルのイメージがかぶるな・・・ってことはないかなぁ。。。
それとか、ヒデキの「ブルースカイブルー」とか。。。

んな人はいないか。。。。





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アーティストの時代への揺り戻りの兆し

ヒゲダン、あいみょん、King Gnuなどの「楽曲の時代」の台頭で一時低迷していた、アイドル系だけど、どうも、ここんところの動きを見ていると、やや息を吹き返してきているように感じますね。
件のAKBグループ、坂道グループのリリースのうごきも持ち直してきているし。
ヒットチャート的にも、ここ1年ばかり、「楽曲の時代」の特徴であるロングヒットが少なくなってきているわけで。 私のランキングでも1位ロングランと言う曲が少なくなってきましたね。
毎週ラジオのランキング番組を聴いてると、毎週、新しい曲が次々にランクインしてくるようになってきているし。
余談だけどラジオの各ランキング番組でも、1位ロングランの曲が少なくなってきているというのが、最近の専らの話題になってきているし。
少し前から、時代は動きつつあるって書いてるけど、そういう意味では、「楽曲の時代」から「アーティストの時代」に再び揺り動きつつあるのかもしれないな。
過去を振り返ると、78〜80年ニューミュージック全盛期とか、88〜90年にかけてのバンドブームなどでもそうだったけど、得てして「楽曲の時代」は短い傾向があるんだよね。
まあ、理由はいろいろあるんだろうけど、楽曲先行の時代の曲って、キャッチーな曲が多いけど、なんせ「濃密」な曲が多いですからね。これは曲のインパクトやクオリティを含めてだけど。
キャッチーで濃い味付けの食べ物って旨いものが多いし、すぐに飛びつきやすくなるけど、逆に飽きるのも早い・・・。っていうのと全く同じで。。。
・・ということで、今の「楽曲の時代」、仮に2018年〜 と考えると、すでに3年経つわけで過去の事例から考えると、賞味期限が来てもおかしくないとも言えるわけでさ。
以前も書いたように 楽曲の時代とアーティストの時代は二律背反なわけで、これらを考えると、またアーティストの時代に揺り戻っていくだろうなぁ・・とは思いますね。
個人的には、このままずっと「楽曲の時代」が続いてほしいんだけどさ。 こればっかりは一人の力ぢゃどうにもならないわけで。。。

そして、私はまたしばらくアンダーグラウンドで冬眠する時代が来るのかなぁ。

ほんと最近のアイドル系には興味がわかないんですよ。 ・・というか、そもそもダンスに興味がわかないんだよね。最近のアイドルって音楽と踊りとセットっていうのがデフォルトだし、ややもすると踊りがメインで音楽は添え物って感じもするし。そういうフォーマットに飽きたんだよね。
・・・ぢゃなくて踊り無しで音楽だけで勝負するようなアイドルが出てきたら興味が出るかも。 むしろ新鮮なんだけどなぁ。

松田聖子さんや中森明菜さんのような「楽曲」そのもので勝負できるようなアイドルが、令和のこの時代に
出て来てほしいんですよね。
しかも70〜90年代などの過去曲のカバーではなく、オリジナルで勝負し、ヒットチャートを賑わすようなアイドル。

・・・なんて書くと、今はそんな時代ぢゃない・・・とか言われるのも重々承知の上だけど。

まあ、妄想するのは自由だしね。





今年のトレンドはハスキーボイス!?

ミュージックステーション毎週見るのはキツイけど、たまに見ると、意外と発見があったりする。

A_o「BLUE SOULS」。 ポカリスウェットのCM曲だけど、なかなかいい。




今年は、ハスキーなボーカルがトレンドっぽいね。ちょっと前にいいと思った、Aimerの「地球儀」もそうだし。
なにより最近バズってきている女優の伊藤沙莉さんもドスの効いたハスキーボイスだったりするしな。
先が見えない不透明な時代に、なんか妙にフィットしてるんだよね。ハスキーな声質が。

まあ、トレンドと言っても、今のところ大ヒットの兆しがあるわけではなく、あくまでそんな傾向があるね・・と言うまでではありますが。

ただ、昨年、一昨年のようなヒゲダン、あいみょんを筆頭にKing Gnu、LiSAなどのアーティストがヒット曲界を牽引し、一時代を形成していた時に比べると、これらのアーティストのパワーも落ち着いてきている所がある。
時代は動きつつあるように感じられるわけでさ、いまは、次のトレンドを見極める時期でもあるんじゃないかな。


Yes-No / オフコース

1980_7_Yes No_オフコース


今回の1曲セレクトは、「Yes-No」オフコースです。

まずはデータです。

・タイトル     Yes-No
・アーティスト   オフコース
・作詞       小田和正
・作曲       小田和正
・編曲       オフコース
・リリース日    1980年6月21日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位  8位
・売上げ枚数    35.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1980年7月28日〜9月8日付

今週末は大雨で大変でしたね。
まあ、梅雨の時期なので雨続きと言うのは当たり前なのかもしれないけど、今年は天候があまりよろしくない日々か続きますね。このまま、長雨続きの夏になるんですかねぇ。。うーむ。

長雨続きと言えば、個人的には1980年、 1982年、1988年、1993年あたりの夏を思い出すなぁ、いずれも「寒い夏」だったんだけどね。ぐずついた日が続き、雨も多かったんだよな。
今年も、今んところは、↑に書いたような年の天候と似てるなぁ・・・と思ったり。。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、そんな天候不順な夏だった1980年夏のヒットを持ってきますか。

オフコース  Yes-No

この曲、多分、1980年のヒット当時って聴いてなかったと思う。

いつぞやも書いたけど、あの頃、ヒット曲の情報源と言ったら、「ザ・ベストテン」が全てだったわけで。 でも、オフコースは、当然のようにベストテンには出演しなかったからなぁ。
ベストテン入りはしてましたけどね。確か最高位9位で、ベストテン入りぎりぎりだったような記憶があるけど。。。

でも、出演しかなかった・・という規定路線だったわけでさ。 

だから、当然曲も聴いてなかった・・・ハズなんだけど。。。

でも、なぜか知ってたりしたんだよな、この曲。

後年、きちんと、この曲を聴いたとき 確かにAメロ、Bメロは記憶になかったけど、

件の ♪ 君を抱いていいの 〜 ♪ というサビを聴いたとき、 この曲か・・・とピンときたからさ。当時どっかでは聴いてたんだよね。

もっとも、サビの部分を聴いてもタイトルが「Yes-No」とは出てこなかったし、ドラマの主題歌で聴いたような気もしたり、どうも、違う曲とごっちゃになって覚えていたような気がする。


あの当時、オフコース同様、チューリップも好きじゃなかったんだよね。 理由は、どちらもテレビに出なかったから・・

まあ、当時、小学生らしいめっちゃシンプルな理由からだったんだけども、後年、レコード音源として、きちんと、チューリップもオフコースも聴くようになってからも、オフコースはどうも苦手なんだよなぁ、個人的に。チューリップは、好きになったんだけどね。

きっちりと計算されているメロディライン、サウンドがどうも生理的に合わないのかなぁ。
チューリップの、財津さんの紡ぎだすメロディラインってどこか優しいでしょ。人間的というか・・。
バントとしてのサウンドからしてそうなんだけども。有機的と言うかさ、親しみやすいじゃん。

それに対してオフコースっていかにも計算されてる音楽だなぁ・・・って感じるんだよね。
サウンドからしてスッキリしてるし、無駄がないし。。。メロディラインもしかり。
さすがは理系出身の小田和正氏だけあるけど。ただその分、無機的でちょっと冷たいようなイメージが個人的にはあったりするんだけどね。

特にこの「Yes-No」って曲はそんなイメージが強かったなぁ。

たしかに、ウレセンでキャッチーなメロディラインであるとは思う。 けど、サウンドを含めて全体的な印象としては、そんな無機的なイメージが強いんだよな。

まあ、イントロのシンセの音色からそういうイメージがあるのかもしれない。。。 いや、やっぱり曲全体からだな。

当時、1980年夏。 方や、Y.M.Oが大ブレイクし、テクノサウンドが世間を席巻し、シンセサウンドが急激に広まった頃。

この「Yes-No」は、決してテクノではないんだけども、無機的なイメージからテクノに近いようなイメージはあったな。

そそそ、きっとね、生理的にダメだったのは、そのせいかもしれない。 

テクノとかニューウェイブ系の無機的な音って、どうも苦手だったからさあ。80年代の頃は。

無機的なサウンドという面では、今はやりのシティポップスに近い「音」であるかもしれない。
さすがにチューリップはシティポップスとは言われにくい音だしなぁ。

ただね、オフコースでも、「さよなら」とか「Yes-Yes-Yes」は好きだったのね。確かにコード進行とか計算して作ってるな・・という印象はあったけどサウンドは有機的だったからさ。





それにしても、当時、この曲、どこで聴いたんだろ? 謎だ。。。。

考えると、夜も寝れなくなる。。。

・・・それは、この当時大流行していた、春日三球・照代の「地下鉄漫才」ですわ。。。


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