かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2021年05月

伝説の少女 / 観月ありさ

1991_05_伝説の少女_観月ありさ


今回の1曲セレクトは、「伝説の少女」観月ありさです。

まずはデータですら。

・タイトル   伝説の少女
・アーティスト 観月ありさ
・作詞     尾崎亜美
・作曲     尾崎亜美
・編曲     佐藤準
・リリース日  1991年5月15日
・発売元    コロムビア
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  22.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1991年6月3日〜6月10日 6月24日付
・タイアップ:キリン「シャッセ」CM曲

ここんところYAHOOニュースとか、ネットニュースみてると、観月ありさ、14歳「伝説の少女」から30年・・・なんて記事が目に飛び込んできますね。
そうかあ、全然意識してなかったんで、すっかり忘れてたけど、今年は1991年から30年なんだよな。

ホント、月日が流れるのは早い。月並みな表現だけど、1991年なんてホントつい最近のように感じるけどねぇ。。。

30年前。ワタシゃ大学2年。 
大学生活にも慣れ、かといって就職のことも、まだ頭になく、一番「だらけてた」時期かなぁ。
そろそろ、大学には「実験」(理系だったもので。。。)と語学などの出席を取る授業くらいしか顔を出さなくなってきてた頃ですね  

いまでも覚えてるけど、月曜1限目の「生化学機廖1年通しての必修科目だったけど、出席を取らないことを良い事に、1年間で3回くらいしか授業出なかったもの

バイトと、ボーリングと、カラオケと、件の自主サークル「オリコンチャート研究会」、これらに没頭してたころですわ。 

週末は、ボーリング、カラオケ、それにサークル活動で、「終電」ってことも多かったんで、月曜日のしかも「1限」なんて「朝早く」にゃ、起きられるわけも無く

試験は友達から過去問を借りてびゃーっとコピーして、前日に解答を必死に暗記。
これで乗り切ったりして。。 しかもヤマが全部当たって、年間3回しか授業出なかったのに「優」をもらったりして。。  大分、チョンボしてた頃だなぁ。

それなりに「充実」(?)したキャンパスライフを送っていたわけね。

ちなみに、今も続く自主チャートの76年〜の過去チャートの作成に、平日、大学の授業がない日には、ずっと国会図書館通いしてましたね。このころ。

うむ、全く勉強もせず、遊び呆けてたわけではないのよね。

もっとも、本来の「生物」の勉強ではなく、全く畑違いの「ヒットチャート」の勉強をしてたわけだけど。。。



そんな充実したキャンパスライフを送っていた30年前の今頃。
・・・と来れば、今回の1曲セレクトは、この曲しかないわなぁ・・・

観月ありさ「伝説の少女」

なんか、30年前の今頃、さぞかしこの曲に注目してたような書き方になっちゃっいましたが・・・。

実際は、全く逆で。 正直、あんまりこの曲には深入りしてなかったんだよね。

正直、オリコンで何万枚売れて、最高位が何位まで行った・・・っていうのは、後付けて知ったような気がする。

おいおい、当時はオリコンチャートの研究をしてたんぢゃなかったのかい?

なんて言われそうだけど、あの頃の時点での「今」、つまり1991年当時のランクは、あんまり追ってなかったんだよね。
たしかに、オリコンウイークリーは毎週購入してたけど、ランキング自体は、ちゃんと見ないで眺めてたっていう感覚かなぁ。。。


過去の自主チャートを作成していたということもあり、むしろ70年代、80年代の「過去」を掘り下げてたというところが大きかったのよ、当時は。

件の自主サークル「オリコンチャート研究会」でも、当時のヒットチャートとかヒット曲を追いかけるということよりも、70年代、80年代のヒットチャートやヒット曲を掘り下げるってことがメインだったし。

1991年って、今でこそ振り返ってみると、「ラブストーリーは突然に」とか「SAY YES」などの超メガヒットに湧いた年と言えるけども。
それとは別の流れとして、平成と言う新たな時代に入り、過去(昭和)を総括するといえば聞こえはいいけど、70年代、80年代を振り返るっていう流れも盛んだったんだよね。

まあ、今となっては、これについては忘れてる人も多いだろうけど。。。 
TBSの「テレビ探偵団」が一番象徴的でしたよね。
歌番組では、例えばフジテレビの夜中にやってた「19××」とか「カノッサの屈辱」とかさ。特番でも「懐かしのアニメ主題歌」とか「アイドル〇〇年史」のような「過去」を振り返る番組。 これは、今でも続いているけど、この手の番組が出てきたのも、この頃からだったのよ。
「良き昭和」と言う時代を振り返る・・っていう番組ですわ。

あれから30年、いまだに「良き昭和という時代を振り返る」という番組が続いているのは、なんだかなぁ・・・と思ったりもするんだけども。。。 
でも、ついつい見ちゃうからなぁ・・・。あんまり強く言えないけど。。。。 
まあ、ついつい見ちゃう人が多いから、未だに続いているんだろうけどね、この手の番組。

で、個人的にも・・というか、関わっていた自主サークル「オリコンチャート研究会」としても、そういう「70年代、80年代を振り返る」と言う動きにコミットしてたところが大きかったんだよね。

確かに、当時、テレビ番組的にそういう動きが出て来ていたところもあるけど、昨今の「昭和歌謡ブーム」として70年代、80年代を振り返るというのが流行ってきているところを考えると、かなり時代を先行してたかな・・というのはあるかな。

で、今回の「伝説の少女」と言う曲。

この曲は、そんな当時の「良き昭和という時代を振り返る」という流れの延長線上にある曲だったな・・今になってみるとそんな感じがするんだよなぁ。

尾崎亜美さんっていう、70年代から活動してきていた、いわいる大御所の作品だったし。 そういうこともあって70年代的な匂いも強い作品。

90年代という新たな時代を予感させるような作品ではなかったですよね。

いや、今考えてみると1991年っていう年は、全体的なヒット曲的な流れとしてそういう時代だったんだよね。
ヒット曲としても70年代、80年代の残像を追いかけていた年・・とでも言いますかね。1990年代という新たな時代を彷彿とさせる年ではなかったんだよね。

いつか80年代を振り返って、1982年までは1970年代の後追い。本当の1980年代は1983年以降と書いたことがあった。

1990年代も同じで、個人的には、80年代末からのバンドブームが一段落し、ビーイング系が台頭してきた1992年以降が本当の1990年代と思っていたりするんだけどね。 1990年、1991年は1970年代、1980年代の後追いの時期でさ。

この「伝説の少女」っていう曲なんかは、まさにそんな匂いがする1曲ではなかったかなあ・・なんて思ったりするのよ。


曲に対して、1976年生まれ、当時14歳観月ありささんって、 今から思えば、異星人から来た宇宙人のようなイメージがあった。

超大げさな表現だけど、 いや、ホントにそういうイメージがあったのよ。 すらりとした長い脚。14歳とは思えない大人びたマスク。

ホントに14歳? って感じでしたよ。 中学生でこれはヤバイでしょ。

80年代アイドルにはなかった、90年代の新たなアイドル像っていうのかなぁ。 

それ以上に1976年生まれ、 昭和50年代生まれかよ〜 ・・・。 っていう衝撃は大きかったのよ。

昭和50年代生まれ・・っていう、「昭和年代」が、ワタシよりも一つ下のアイドルが出てきたのは、このヒトが最初だったような気がするのよ。

なんか一気に老けたような感覚になったりして・・・

昭和51年っていったら、ワシゃ小学校に上がってたぞ〜 ・・・っていうところに大きなジェネレーションギャップを感じた・・っていうのが、一番デカかったんだよね。

自分の年よりも年下のアイドルの子たちが、 この数年前からボチボチと出て来てはいたけど、正直、どう接していったらいいものか・・というのも分からなくなってきていた時期ではあった。

それまでアイドルと言えど、自分より年上とか同年代っていう人の方が多かったですからね。年下のアイドルって、どうもよく分かんなかったのよ。 「宇宙人」を扱うかのような感覚があったのね。

そんな「宇宙人」なニュージェネレーションの観月ありささんが、尾崎亜美さんっていう、70年代の「大御所」の曲を歌う。。

うーむ、まあ、前例がない事だったりするし、1976年生まれの観月ありささんが、 1976年デビューの尾崎亜美さんの曲でデビューするってこと自体、話題性があったのかもしれないけど、個人的にはあんまりピンとこなかったのは、正直なところなんですよね。

ニューヒロインと言う割には、曲的に「ニュー」なところは少なかったですし。
90年代のアイドルと言うからには、もっと斬新な新しい切り口があったんじゃないのか・・とも思ったりしたし。

個人的には、観月ありささんバージョンよりも、尾崎亜美さんが、1992年にアルバム「POINT-3」でセルフカバーしたバージョンの方が刺さったし、しっくり来たんだよね。





やっぱり、この曲は70年代の匂いの曲なんだ・・観月さんバージョンが刺さらなかったのは、ジェネレーションギャップだったんだ・・・というのが、改めて確認できたわけなんだよね。

その点から見ると、次の年1992年にリリースされた「TOO SHY SHY BOY!」は、90年代という新たな年を時代を彷彿させるような曲でしたしね。。
さすがはTK氏。時代感覚が新しい・・なんてこの時は素直に思いましたね。 





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夏のフォトグラフ / 石川秀美

1984_05_夏のフォトグラフ_石川秀美


今回の1曲セレクトは、「夏のフォトグラフ」石川秀美です。

まずはデータでする。

・タイトル     夏のフォトグラフ
・アーティスト   石川秀美
・作詞       竜真知子
・作曲       小田裕一郎
・編曲       入江純
・リリース日    1984年5月3日
・発売元      RVC
・オリコン最高位  8位 (1984年5月14日〜5月21日付)
・売上げ枚数    11.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 15位

長年ヒット曲を聴いてくると、例えばリリースされた頃はあんまり聴いてなくても、今改めて聴いてみると、曲調やサウンドによって、その曲がいつヒットしたのか、時代が大体わかる。 

うん、事前にいつヒットしたかという知識なしに・・・という前提ですけどね。

昔、オリコンヒットチャート研究会っていう自主サークルを組んでいた時、よくこんな遊びをしてましたねぇ。

リーダーの家に遊びに行くと、いきなりマニアックなアイドルのカセットをかけて、この曲のリリース年は?  なんて聞いてくるのよ。

普段、ベストテン級の、いわいる「A級」もしくは「B級」アイドルくらいしか聴かない私は、ほとんど分かんなかったんだけども、あてずっぽうで言って見ても、大体当たってたりしたなぁ。
曲調とかサウンドで、大体いつ頃の曲か分かったのね。

特に、80年代中盤、そうね、84年、85年、86年頃のアイドルの曲って、例えばシンセの音色だったり、メロディラインだったり、はたまたバックの合いの手のフレーズだったり、似た曲が多かったからさ。

いつかも書いたんだけども、例えばYAMAHA「DX7」のプリセット音が聞こえてきたら、ほぼ高確率で84年か85年の曲・・・とかさ。
まあ、よく言えば80年代を象徴するような特有のサウンドだったわけですね。


今回の1曲セレクトは、そんな80年代アイドル独特なサウンドの1曲を一つ。


石川秀美「夏のフォトグラフ」。

石川秀美さんの84年くらいまでの、いわいる初期の曲は、これまでに大体書いた。
まあ、まだ書いてない曲も何曲かは残っているけど。。。。 でも、まあ残っている曲は、当時あんまり刺さらなかったか、あんまり聴いてなかった曲なわけで・・・。

そこから見ると、まだ書いてなかったこの曲も、リリース当時はあんまり刺さらなかった1曲なんだよね。

最も、先日、渡辺典子さんの「晴れときどき殺人」の時も書いたように、84年の今頃は、高校受験対策のため、日曜日「塾」に通うようになって、ラジオのカウントダウン番組をあまり聴けなくなったわけで。。。
その影響でこの曲もリアルタイムで、それほど耳にしてなかったというのもあるかもしれないな。

オリコンでは最高8位と健闘したものの、総合ランクが多かったラジオのベストテン番組では、この曲ベストテン入りしなかったのも多かったし、同じ理由で「ザ・ベストテン」でもベストテン入りを逃していたことも、より耳にする機会が少なくなったんだけども。

ただ、それを差し置いても、あんまり刺さらなかったんだよなぁ、この曲。

80年代アイドル曲として、オーソドックス過ぎた・・・というのが一番大きかったかもしれない。
月刊・明星のヤンソンで、近田春夫氏も指摘しているように、インパクトが弱いんだよね。

♪ 夏のフォートグラフ〜 ♪ っていう出だしは、掴みがあるとは思ったんだけども、それだけって感じがしてさ。

やっぱり、作詞・竜真知子、 作曲・小田裕一郎 っていう作家陣から生み出される曲調が、84年と言う時代から見ると古臭くなってきていたことも否めなかったと思う。

これも、当時近田氏がよく使っていたフレーズだけど、「5年前の・・・」っていうイメージなんだよね。 

・・・ってか、同じようなことを以前、同じ石川秀美さんの「バイバイサマー」の時も書いたような記憶があるんだけども・・・

お二人が紡ぎだす曲調って、80年代のそれ・・・というよりも70年代なんだよね。 84年当時から見ても古臭いような感じがしたのよ。 時代とシンクロしてない感覚があったんだよなぁ。

それでいて、アレンジャーの入江純氏が織りなすサウンドが、いかにも80年代アイドルっぽくてさあ。今聴いても、なんとなくバランスが悪いなぁ・・なんて印象を感じたりして・・・。


個人的には、この曲一つ前の「めざめ」って曲は好きだったんだよね。
ブラコンっぽいサウンドが、石川秀美っていうヒトの曲としては、新しかったし。

84年って、アイドルを含め、全体的にヒット曲ってニューウェイブに向かう傾向があったじゃない?
そういう流れにうまく乗ったな・・・なんて思ってたのよ。

そこに来て、時代を逆流してしまったようなこの曲だったんで、ちょっとがっかりした・・・と言うのが、一番の理由だったかもしれないなぁ。

さらに言えば、そのまた一つ前の「スターダストトレイン」って曲も個人的には好きだった。
メジャー系の明るい、アップチューンなポップス、この曲調がこのヒトにはフィットしてるよなぁ・・・って感じたんだよね。

まあ、このことは、それ以前、例えば83年元日にリリースされた「涙のペーパームーン」の時からも思ってたんだけども。。。

逆に、マイナー系の曲になると、途端につかみどころがない、古臭いイメージになっちゃっうんだよね、このヒト。 

当時、石川秀美さんの曲は掴みどころがない、まずは方向性を決めてから曲を作るほうがいいんじゃない? なんて、近田春夫氏からも指摘されてたわけだけど。

で、「スターダストトレイン」、「めざめ」っていうシングルから、やっとこのヒトにフィットしたような方向性が見えて来た矢先だったらさ。 個人的ながっかり感は、大きかったんだよね。




これを書くにあたって、当時のオリコンチャートを改めてひも解いてみた。
石川秀美さんの当時のチャートアクションを見てみると、この「夏のフォトグラフ」の前年の「恋はサマーフィーリング」から、ずっと、初登場時、初動は2万枚台で推移していたりするんだよね。

ただ、意外だったな・・と思ったのは登場2週目も2万枚台をキープしていたこと。
「スターダストトレイン」「めざめ」では2週目は逆に売上げを伸ばしていたりするし。。

まあ、当時は発売日が、今のようにほとんどが水曜日と曜日固定されていたわけではないんで、オリコン集計期間が、曲によってまちまちだったこともあり、一概には言えないんだけども、意外と登場2週目も健闘していたんだな・・・なんて印象を感じましたね。

後のおニャン子などと同様、初動だけ・・っていう印象が強かったんだけどもね。

逆に言えば、それ以上の週間売り上げが上積みされた曲もなかったし、結局は固定ファンだけだったんだよね・・っていう印象も改めて持ったりしたけど。。。。

これは、83〜84年にかけて累積売り上げにほとんど大きな変化が見られないっていう所からも分かりますね。

まあ、よくいえば安定した人気があったともいえるんだけども。。。。

ただ、このヒトの場合、突出したヒットが出なかったわけで、代表曲は何? と言われると困っちゃったりするんだよね。

このヒトとか堀ちえみさんとか、花の82年組の中でも、シブがき、キョンキョン、明菜に続く、第2グループに位置する人たちはそうですね。松本伊代さんだって、もし「センチメンタルジャーニー」がなかったらそうだったろうし。。。



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【キニナル曲】地球儀 with Vaundy / Aimer

202105_地球儀_Aimer


久々に引き続いての「キニナル曲」だっ
今回引っ張ってきた曲は、Aimerの「地球儀 with Vaundy」

まずはデータです。

・タイトル   地球儀 with Vaundy
・アーティスト Aimer
・作詞       Vaundy
・作曲       Vaundy
・編曲       Vaundy
・リリース日 2021年4月14日 (アルバム「Walpurgis」)
                          2021年3月16日   (ネット配信)
・発売元  SMEレコーズ

少し前に、ここでもトピックスを上げたかと思うんだけども、遅ればせながらradikoプレミアムを契約して、エリアフリーで日本全国のラジオ局のカウントダウン番組を聴きまくっている今日この頃なんですね。

何で、今更ながらradikoプレミアムで日本全国のラジオ局のカウントダウン番組を聴きまくっているのか。

「今」の時代のヒットをリアルで感じたいからっていうのが一番の理由かなぁ。

そうであればSpotifyのプレイリストを聴きまくってもいいし、You tubeのランキングから最新動画を見まくってもいい。いまはいろんな手段があるわけで、他にも手段があるんぢゃないの?・・と思われるかもしれないけど。。。

でも、カウントダウン番組なんですね。ワタシにとっての最新曲の「情報源」は。

やっぱりテレビ・ラジオを通じての「ベストテン番組」全盛期に育ってきた、世代だからさあ。 
能動的に情報を集めるのがヘタなんだよね。 どうしても受動的に耳に入ってきた曲だよりのところがあるのよ。

それに、SpotifyとかYoutubeだと、自分に興味がありそうな曲しか聴かないじゃん。 
そうじゃなくて、本来なら自分で進んで聴きそうもない曲でも、ラジオから偶然に流れてくることによって「刺さる」ってこともあるからさ。

そう意味でも、やっぱradikoを活用したくなるわけです。

おかげで、最近の「ヒット曲」にも付いていけるようになってきましたね。 

「今」を感じるには、やっぱり実際に曲を聴かなきゃ分からないですから。
・・・なんて至極当たり前のことなんだけど、長年ヒット曲を追っかけると、ろくに曲を聴かずに頭で
理解しようとしてるところもあったんでね。

今の若いコのように、ところどころ「ぱっと聴き」で理解できるんだったら、違ったやり方もあるのかもしれないけど、ワタシ、それぞれの曲を理解する・・というか消化するのに、えらい時間がかかるんだよね。

これは、今に始まったことじゃなくて、昔っからそう。 

兎に角、1曲を何度も何度もリピートして聴いて、初めて「ああ、そうか」と分かるタイプ。
だからこれまで覚えた曲数も、持っている音源曲数もいわいる音楽好きを自認している人たちよりも全然少ないと思う。

radikoプレミアムを通して、日本全国のカウントダウン番組を聴き倒すことは、1曲を何度も聴くことになるからさ、曲を消化するためにも有効なんだよね。

80年代、ランキング番組全盛の頃は、兎に角ありとあらゆるランキング番組を聴きまくって、当時のヒット曲を消化してたからさ。それを再現しているわけなんだよね。


・・というわけで、最近radikoで全国のカウントダウン番組を聴いてて、気になっている曲が今回引っ張ってきた曲。

Aimer「地球儀 with Vaundy」。


先月リリースされた、フルアルバム「Walpurgis」のリード曲として、3月にネットでは先行配信されているこの曲。

まあ、リード曲ということと、ネットダウンロードでも配信されているということで、カウントダウン番組の対象となっているわけですね。

しかも、FMを中心にここの所、各カウントダウン番組の上位に軒並みランクしてきており、だから、耳にすることも多い。 それで引っかかったわけなんだけども。


ただね、どこに引っかかったのか・・っていうが、正直言って、まだ分かんないんだよね。

・・・・なんじゃそれ  いいかげんだなぁ・・・と思われちゃうかもしれないですけど。。。


ラジオを聴いてると、掴みどころがないんだけども、なんか引っかかる曲だなぁ・・と言う曲ってありません?

つかみどころがないんなら、本来はスルーしたくなるところなのに、妙に引っかかる・・と言う曲。

個人的には、まさにこの曲がそうなんだよな。

恐らく、この曲は、まだ私の中にないようなタイプの曲なんだろうね。 自分の中に無いから直感的には理解できない。 もし、私の中にあるような曲だったら、直感的に理解できるからさ。

今年に入ってこういう曲が多いんだよねぇ。 良くわからないけど、なんか妙に引っかかるような曲。
少し前にヒットしたヨルシカの「春泥棒」なんかもそうだったな。

きっと、今年に入って、ヒット曲の、曲としてのタイプが変わってきているのかもしれない。
すくなくとも昨年までのヒット曲の傾向にはなかったような新しいタイプのヒット曲。


ここ数年、ネット配信を中心とした、いわいる超ロングヒットが次々に生まれてきているけども、それらの曲って、概して分かりやすい曲が多いんだよね。 わかりやすいというか、とっつきやすい曲。

昨日書いたヒゲダンにしても、あいみょんにしても、 昨年大ブレイクしたYOASOBIや、瑛人の「香水」にしても、聴いた瞬間、「あ、これ・・・」って思う曲が多いんだよね。 
これは、これまで長年ヒット曲を聴いてきて、自分の中にあるような曲の感覚・・・タイプの曲だからなんだと思う。だから、逆に言えば安心して聴けるわけでさ。超ロングヒットしている理由も分かるんですよ。

今年に入っても、Adoの「うっせぇわ」とか、優里の「ドライフラワー」なんかはその類だな。
まあ、それぞれの曲の好き嫌いは別にしてさ。


その点から言えば、だからこそ最近・・・今年に入ってのヒット曲は、また一つ進んだ新たなタイプの曲が増えて来たんじゃないのか・・とも思ったりしているところなんですよ。


正直、50過ぎて、これまで自分の中になったようなタイプの新曲を聴き込んで、理解して、消化するってのは、エネルギーが要りますわ。頭が固くなってきている分理解するにも余計時間がかかるし。
10〜20代のころは、それが全く苦にならなかったし、柔軟だったんでどんどん「新曲」を覚えて行けたけどさ。

だから同年代の方々が、最近は「新曲」には向かわないで過去曲に向かうってのは、よくわかるんだよね。
よくキャリアの着地点とか言われるけど、音楽の聴き方にもそういう着地点があると思う。
あの時代の曲のほうが、今の曲より聴いてて楽しいし、シックリ来るよね。。っていう。

でも、個人的には、まだそれを許さないんだよね。だから、新しい曲にも、まだ目を向けていきたい。
確かにワタシも、過去曲聴いてるほうが聴いてて楽だし、気分的にも楽しいしんだけどさ。 どうもそれだけでは満足しない自分もいたりするんだよなぁ。まだ新曲も聴いていきたいっていう思いも強いんだよね。 
天邪鬼。厄介な性格ですわ。

あ、だからと言って、通常「1曲セレクト」で書いてるような過去曲を否定するわけではないんだけどさ。 そこは誤解しないで欲しいなぁ。




でも、なんだかよく分かんけど、引っかかる曲・・・で終わったんじゃ、あまりにも酷いんで、今の時点での引っかかるところ、キニナル点は書いておきますわ。

まずもって、MVのAimerさん本人から、この声質は想像できないなぁ・・という点。

そそそ、個人的にはAimerさんについて、よく分からないで書いてるんでさ。 

ハスキーとは少し違う、少々「がさついた」ような声質、 おおざっぱな歌い方、MVの丸眼鏡に童顔のAimerさんからは、ちょっと想像がつかないんだよなぁ。

曲調は、表面上はR&Bのような少々黒っぽさを感じたりするんだけども、純粋なR&Bとも違う。
ファンキーなベースとギターカッティングが織りなすリズム体の上に、おおざっぱな歌い方のAimerさんのボーカルが乗っかってる。

特に ♪ どうしようなんて MOTION〜 ♪ っていうサビのフレーズとかさ。

なんか不思議な脱力感を感じたり。これが今まで感じたことないような感覚なんだよね。
そこがこの曲の面白いところであり、引っかかるところなんだよなぁ。

もっと聴き込んでくれば、さらに分かってくる部分もあるかもしれないですが。。。。

ただ、言えることは単純にどういう傾向の・・と言うんではなく、この曲はいろんなタイプの曲要素が、複雑に絡み合った曲ではありますね。

wikipediaにも書いているように、かなり多岐にわたったジャンルのアーティストが好きなようだし、そんな傾向がこの曲にも出て来ているんだろうな。

まあ、このジャンルにこだわらず多岐にわたったアーティストを好み、曲を聴いてきた・・っていうのは、今の若いアーティストの特徴だと思うし、そういう幅広いフィルターを通した楽曲だからこそ、これまでかったようなタイプの曲が出てくるんだろうな・・・・というのは、この曲を聴いてると、なんとなくわかるような気がしますね。


だけども、この曲が収録されているアルバム「Walpurgis」、この曲と、intro、outroの曲以外は全曲にタイアップが付いてるんだな。これはスゴい罠。
残念ながら、個人的にはこの曲のほかは、まだ聴いてないんだけども全曲、捨て曲無しってことなんだろうな。



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ビューティフルエネルギー / 甲斐バンド

1980_05_ビューティフルエネルギー_甲斐バンド


今回の1曲セレクトは、「ビューティフルエネルギー」甲斐バンドです。

まずはデータです。

・タイトル    ビューティフルエネルギー
・アーティスト  甲斐バンド
・作詞      甲斐よしひろ
・作曲      松藤英男
・編曲      甲斐バンド 椎名和夫
・リリース日   1980年3月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   25.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1980年5月19日付
・タイアップ:カネボウ化粧品 '80夏のキャンペーンソング

年代の分かれ目を境に時代の空気が変わるというのは昔からよくある話。

1959年→1960年
1969年→1970年
1979年→1980年

単なる数字上の話にも見えるけど、これらを境に時代の空気はガラッと変わったという印象が強い。
もっとも、1959年→1960年には、ワタシゃまだ生まれていないんで、あくまでも「現代史」的教科書上で知っている範囲内の事でしかないけども。。。

1959年、1969年については、「安保闘争」とその批准という政治的な時代の空気の変化というのが、大きく影響していたんだろう。

ただ、そんな政治的な時代の変化に追随するかのように、「流行音楽」の世界も年代の分かれ目を境に変化してきたようにも思える。

ここでは、以前からよく使う言葉だけど、「歌は世につれ、世は歌につれ」とっていうのは、このことからも全く当てはまる言葉なんじゃないかなぁ・・と実感するわけです。

ただ、1979年→1980年への変化。 この年代の境については政治的な変化よりも、音楽的な時代の変化というほうが大きかったんじゃないか。そう思えるんだよね。

1979年→1980年の時代の境、この時個人的には、すでにヒット曲の世界に両足を突っ込んでいたわけで、リアルタイムでそんな時代の変化の空気を感じたから、余計にそう思うんだろうな。



今回は、そんな時代の境目、1980年の今頃のヒットを引っ張ってきましたわ。

甲斐バンド「ビューティフルエネルギー」

この曲は、カネボウ化粧品「80年夏のキャンペーンソング」として、41年前の今頃は大量スポットが打たれ、頻繁にCMで流れていましたね。

↓ コレ



80年と言えば化粧品会社のキャンペーン戦争が激化したころですわ。 
この直前の「春のキャンペーン」では、カネボウが渡辺真知子さんの「唇よ熱く君を語れ」、資生堂が竹内まりやさんの「不思議なピーチパイ」、これに加えてポーラ化粧品が庄野真代さんの「Hey Lady〜優しくなれるかい〜」と、ヒットチャート上でも史上まれる見る三つ巴の激戦を演じたわけで。

当時、テレビの歌番組には「出ない」甲斐バンドのこの曲を、個人的に知ったのもCMからだったと思う。
そういえば、やはり少し前、80年明けの一発目のCMとして話題になった、財津和夫氏の「Wake Up」を知ったのも、「SEIKO」のテレビCMからだった。
逆にこのすぐ後、山下達郎氏の「RIDE ON TIME」も、マクセルカセットテープのCMから知った。

テレビの歌番組には出ないアーティストたちの曲をテレビのCMで知る。そういう意味では当時のCMは、良質な情報源だったんだよね。

もっとも、ワタシがもう2〜3年早く生まれていたら、これらの曲はラジオから知ったんだろうけど、1980年、10〜11才だったワタシは、まだラジオは聴いてなかったわけで。。。

そんなカネボウのキャンペーンCMで耳にしたこの曲、「え? これが甲斐バンド?」というのが、最初の印象だったのを覚えてるなぁ。

個人的に甲斐バンドと言ったら、前年の「HERO〜ヒーローになる時それは今」であり「安奈」と言うイメージだったんだよね。

口悪く言えば、泥臭い土着的なロック。
それが甲斐バンドと言う人たちの個性だとも思えたんだけど。。。

当時ロックBIG3と言われた、ゴダイゴ、ツイスト、サザンという、ロックの中でも、よく言えばソフィケートされた、悪く言えば大衆的なロックとは対極的な位置にあったような。

でも、この曲はそんな「土着的」なイメージが一層され、むしろ爽快なポップチューンのように感じた。 要するにイメージの変化に驚いた・・・いや、戸惑ったといった方がいいのかなぁ。

いずれにしても大分、イメージが変わったなと言う印象が強かったんだよね。

まあ、この曲については、ボーカルが通常の甲斐よしひろ氏ではなく、ドラムの松藤英男氏という、変化もあったわけで。 土着的な泥臭いイメージは、甲斐よしひろ氏のボーカルによるところも多分にあったわけで、松藤氏にボーカルが代わったことでの、イメージの変化も大きかったんだろう。


田家秀樹氏の「読むJ-POP」によると

1979年暮れの甲斐バンド武道館公演。 甲斐よしひろ氏は「79年のドラマはすべて終わりました。俺たちは80年代に行きます」と発言。

70年代の終わり 80年代をどう迎えるか。新しい時代の予感がしていた。

とある。

そんな時代の変化に対する、イメージの変化の答えの一つが、この曲だったのかもしれない。
今思えば、そんな風にも思えたりもするんだよね。

もっともオリジナルメンバーだった、ベースの長岡和弘氏が抜け、3人体制になった甲斐バンドの最初のシングルということもあり、新たな甲斐バンドを模索していたというところから、この曲に繋がったとも思えるんだけど。

ちなみに、この時抜けた長岡和弘氏は、キャニオンレコードのディレクターとなり、この後、斉藤由貴さんをはじめとした数々のアイドルをプロデュースすることになる。





ところで、↑に引き合いに出した、財津和夫氏「Wake Up」、山下達郎氏「RIDE ON TIME」、いずれもオリコンでは、ベスト3入りしていたにもかかわらず、「ザ・ベストテン」ではいずれも11位止まり。 確かにベストテンの特定配分はレコード売り上げの配分比率が低めで、逆にハガキリクエストが高かったことを考えれば、こういう結果だったこともやむを得なかったのかもしれない。

・・けど、いずれもレコード売り上げと併せてラジオチャートでもベスト10内に入っていたこれらの曲でもあったわけで、少し腑に落ちないところもあることはあるんだけど。。。
両者ともランクインしても、出てくれないだろうし・・・なんて、最初からあきらめていたんじゃないか・・とか。。個人的に少し疑問も感じたりするんですけどね。

・・なんて、あんまり深入りすると、この辺りを深く研究している方たちから突っ込みが入りそうなんで、この辺にしますが。。 
恐らく最も比率が高かったハガキリクエストが全く振るわなかったため、こういう結果だった・・ということで。

かくいう、甲斐バンドの方たちも、ベストテン入りしても出ない人たちの一つでしたね。
もっとも、「HERO〜ヒーローになる時それは今」の時に一度出演しましたが。。。



これを見ると、当時の歌番組側の考えと、甲斐よしひろ氏の考え、さらには視聴者の間にかなりの齟齬があったようですね。 いや、甲斐よしひろ氏だけではなく、多くのニューミュージック系アーティーストが感じていたのは、そこなんですよね。

でも、後年、甲斐よしひろ氏から、本当は「安奈」の時は出演しても良かった、出演オファーを待っていたけど、オファーが来なかったとジョークまじりの発言もあったりしてね。
まあ、どこまで本気で、どこまでが冗談かはよくわからないけど。 

でも、もし、本当だとしたら「安奈」もベストテンで聴きたかったなというのは、個人的には本音で思いますね。

・・・と最後は「ビューティフルエネルギー」とは関係ない話になってしまいましたわ・・・メンゴ。




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【キニナル曲】Cry Baby / Official髭男dism

202105_Cry Baby_official髭男dism



久々のキニナル曲、今回はこの曲だ  
Official髭男dism「Cry Baby」

まずはデータです。

・タイトル    Cry Baby
・アーティスト  Official髭男dism
・作詞      藤原聡
・作曲      藤原聡
・編曲      Official髭男dism
・リリース日   2021年5月7日
・発売元     ポニーキャニオン
・タイアップ:MBS、テレビ東京アニメ「東京リベンジャーズ」主題歌

久しぶりの「キニナル曲」。
それにしても最近、「キニナル曲」といえばヒゲダンばっかやな・・・。と思われている方もいるかもしれないですが。。。  大目に見てね。

ヒゲダンは、ブレイク前、まだインディーズ時代だった頃に刺さって、ずっと追っかけているヒトたち。
ROCK IN JAPANでも初登場の2017年。 まだ一番小さなHILL SIDE STAGEの頃から見て来ていたわけで。
その頃からブレイクして欲しいと思っていたものの、まさか、こんなビッグバンドにまで成長するとは思っても見なかった。 それだけに思入れがひとしおなんですよね。

そんなわけで、今でも新曲が出るたびにキニなってしまうわけです。

前曲「Universe」では、「いつものヒゲダンでほっとした」と書いたわけなんだけども、正直に言えば、それとは裏腹に、若干の物足りなさも感じた。

クオリティは、これまでと変わっていないんですよ。これまで通りの安定感がある楽曲だし。

いや、だからこそ物足りなさなさを感じたのかもしれない。

そろそろ、これまでの安定感をぶち壊して、次のフェーズに進んで欲しい・・・という希望もあったんだよね。

今回の新曲「Cry Baby」

そんな物足りなさをぶち壊してくれましたね。 この曲はいい。 いや凄いね。

緊張感たっぷりのマイナー路線のヒゲダン。これもいい。

まずもってこの曲で刺さったのはこの点ですね。 

ここの所ずっと、メジャーポップス系の曲調が続いてたじゃない  

個人的にはそこに、若干物足りなさを感じてたんだよね。はっきり言えば飽きてきていたのよ。

ここの所、以前に比べれば、若干、勢いが止まってきているようにも見えるヒゲダンだけど、同じような感じてる方もいるんじゃないのかな?

この曲は、そんな杞憂を打破してくれる。 前曲とは180度異なる曲想。
だからこそ新鮮味を感じる。

楽曲全編にわたってのインパクト。気合が入ってるな。 そう感じさせてくれる1曲ですね。

それ以上に、転調の嵐にも耳が行ってしまう。

昔から転調が多い曲はあった。 例えば松田聖子さんの「天国のキッス」とかさ(ここに来てしまうのはやっぱり世代か。。。

でも、昔は転調が多いと曲想が不安定になり、イメージがばらつく曲が多かったんだよね。 まとまりがなくなるんですよ。転調に逃げたとみられることもあったし。
だからなのか、とかく評価が低くなることが多かったんだけども。。。

この曲は、うまくまとめている。
改めて、藤原聡というヒトのソングライティング能力の高さには舌を巻いてしまうな。

マイナー系を軸とした転調を多用し目まぐるしく場面が変わる。そんな不安定な曲調にすることによって、コロナ禍以降の先の見えない不安定な日常を表現しているのではないか。 そんな風にも思えてくる。

日々状況が変わる不安定な日常と、それによっての生まれる不安定な精神状態。

そう、この曲は、「今」の世の中をタイムリーに表現した曲なんだ。  

実際には今話題のアニメ「東京リベンジャーズ」の主題歌ということで、アニメの内容に沿った曲内容なんだと思うけど。 ただ、個人的にアニメ内容が良くわからないので、本当にそうなのかどうか・・というのは、何とも言えないんだけども。。。

ただ、個人的にこの曲に感じたのはそういうことですね。 それは、この曲の「MV」にも表れていると思う。



今をタイムリーに表現する曲ということで、個人的には、今、イチオシのこの曲。

ただ、実際のところ、リリース以来ここまでの動きを見ると、必ずしも多くの方に支持されてきているな・・という実感は、今一つなんだよなぁ。

確かに、現在You Tubeでは「人気急上昇NO.1」となっているし、Spotifyバイラルチャートや各ラジオ局のヒットチャートでも軒並み急上昇して来ている。

傍から何も考えずに見ると予想通りの動き・・・とも見えるんだけども、どうも今一つ物足りなさも感じるんだよね。

これは恐らく、今週のオリコン「合算チャート」で初登場19位。という、予想以上の低ランキングからの発車という印象が大きいだろうな。

これは、まだダウンロードチャートのみ対象という所からの動きであり、サブスクリプションも対象となる次週にはランクを上げて来るんだろう。

・・・というのは、左脳では分かってるんだけども、どうも、物足りなさの方が先行してしまう。

やっぱり2019年の「Pretender」や、昨年の「I LOVE...」のような圧倒的に強いヒゲダンを見てしまっているだけに、まだ「初登場」段階とはいえ、19位という順位に物足りなさを感じるのは、どうしても否めないわけです。

まあ、冷静に考えれば、やはり昨年に比べると「勢い」に陰りが見えてきているところは、認めなきゃいけないのかもしれないけれど。。。。

ただ、そもそもは、これまで続いてきたメジャー系ポップスという安定感を打破した「NEW」ヒゲダンを魅せてくれた佳曲であるのに、CDリリースが無いというとろこに、物足りなさを感じちゃうんだよね。

前曲「Universe」がCDシングルリリースの1曲だっただけに、今回の曲が配信のみというのは既定路線なんだうろけども、この曲だけはシングルCDに切ってほしかったと思うのよ。

↑で書いたように、全編にわたってたのインパクトというのは、まさに「シングル」と思わせてくれる1曲だと思うんだよね。 だからこそシングルCDに切って欲しかった。
昨年の「HELLO EP」のように、いつか「EP」という形で切ってくるのかもしれないけど。。。



蛇足だけど、「東京リベンジャーズ」ってアニメは、放送局がかなり多様ですね。
MBS(大阪・関西)であるならば、東京・関東はネット局のTBSであるはずなのに、テレビ東京(東京・関東)だし。 さらにBS朝日ってくると、全く持ってどういう繋がり? なんて思っちゃいますよ。
おっさんのワタシからすると。
いまは、以前のようなネット局にこだわらないんですねぇ。なんか新しい発見のようで新鮮。

ちなみに、大昔(〜1975年3月)は、関西MBS(毎日新聞系)に対して、関東テレビ朝日(当時NET   朝日新聞系)がネットという「腸ねん転」状態だったのは、古い方によく知られた事実ですね。

MBSに対して、BS朝日が放送なんて、いまでもその古い「しきたり」が残っている? なんてことはないですよね。。。




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LIAR / 中森明菜

1989_05_LIAR_中森明菜



今回の1曲セレクトは、「LIAR」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    LIAR
・アーティスト  中森明菜
・作詞      白峰美津子
・作曲      和泉一弥
・編曲      西平彰
・リリース日   1989年4月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   27.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1989年5月8日〜6月26日付

「花の82年組」も、デビュー40年目に入りましたね。
来年は40周年という区切りというわけで、どうなんでしょうねぇ。やっぱり、アーティストによっては大々的なイベントとかやるんでしょうかねぇ。40周年ツアーとか。
それまでにコロナがいい塩梅に収束していればよいですが。。。

そんな82年組の中森明菜さんも、先日5月1日、40年目のデビューには、結構いろいろなネットニュースが上がっておりましたな。

依然としてリアルな活動再開の動きは見えないですが、未だに注目度は落ちないですね。 というか、それだけリアルな活動再開を待ち望んでいる方々が多いということなんでしょうね。
果たして、来年のデビュー「40周年」までには、活動再開という動きになるんでしょうか。

・・ということで、今回の1曲セレクトは、ひっさびさに中森明菜さんの曲を持ってきますか。

BUT、明菜さんの曲ってまだ残ってるんですかね。。。。

うんにゃ、まだ残っていましたぞ。

89年4月リリースの「LIAR」

おそらくこの曲で、1曲セレクトでは、80年代の明菜さんのシングルはコンプリートだと思うんだけどね。

最後まで残していた、この「LIAR」。

何で残していたか・・、やっぱ書けなかったんだよな。この曲。
いろんな意味で重くてさあ。

一つは、この曲のヒットが一段落した時に、例の「事件」を起こしちゃったでしょ。どうも、そのイメージがいまだに強い。

もう一つは個人的なことだけど、この曲がリリースされた頃に、「2浪目」がスタートしてさ。 とにかく背水の陣での2浪目をスタートさせた訳で、1年間は少し「音楽」の方はセーブしようと思ったんだよね。

・・というのは、まあ、表向きの言い訳ですけどね。

実際的なところ、この「LIAR」って曲は、曲想そのものが重かったんだよね。

時はバブル絶頂期。 みんな浮かれてた頃ですよ。

歌は世につれ、世は歌につれ・・というくらいでさ、そんなバブルの浮かれた空気を象徴をしているというか、89年の今頃の曲って、メジャー系の明るい曲がめちゃくちゃ多いんだよね。 ヒットチャート上位の半分以上はメジャー系の曲で占められていたと思う。
マイナー系の曲なんて数えるくらいじゃなかったかな。

その中にあっての、この重い曲調っていうのは、ちょっと時代とのズレを感じたわけですわ。

確かに80年代、「陽の聖子 陰の明菜」と言われたように、明菜さんらしい曲であったし、明菜さんじゃなきゃ歌えないような曲だと思った。

ただ、如何せん、時代には合ってないな・・・と。

当時のアーティストパワーから考えれば、オリコン1位は当然の結果だったろう。
けど、実際のところ、売り上げ枚数は「少女A」で大ブレイク後、最低だったわけで、同じように時代とのずれを感じてた方も多かったんじゃないのかなぁ。

如何に「陰の明菜」と言われていたとはいえ、シングルでは、デビュー曲の「スローモーション」からこの曲まで8年間、マイナー系で占められてたという所にも、飽きを感じてた方も多かったんじゃないのかなぁ。

曲としてはまったく隙が無い、完璧すぎるくらい完璧だと思う。ただ、完璧すぎるくらいなだけに、こちらとしても、ちゃんと聴かなきゃいけないな・・という気分になっちゃうんだよね。
気楽に聴けない・・というかさ。 その分、聴いてて肩筋が張るんだよね。 

こういうマイナー系な重い曲ではなく、そろそろメジャー系の曲で目先を変えても良かったんじゃないかという思いは、個人的に、この時点では強くなっていたなぁ。
肩の力を抜いた曲の方が、こちらとしては気楽に聴けるんだけねぇ・・・という思いですね。

でも、今から思えば、この曲のヒットが一段落した時に「事件」を起こしたこともからも、この曲をリリースするくらいの時期には、精神状態もかなり病んでいたのかもしれない。
もしかすると、この手の重い曲しか歌えなかったのかもしれない。

あるいは、この曲がありきで、精神を病んでしまったのかもしれない。
明菜さんのような繊細で、頑なな人は、物事をまっすぐに見てしまいがちだし、得てして感情が入み過ぎやすい。それで精神的に病んでしまったのかもしれない。

まあ、あくまで推測ではあるけど。。。。




考えてみれば、前年の「TATTOO」の時は、かなりきつめのメイクだったのに対して、この曲の時は派手さは少なくなってきていたんだよね。 スッピンとまではいかないけど、かなりナチュラルに近い。

ここからもこの曲のころの精神状態を読み取れたかもな。 まあ、今となってはだけど。。

「事件」から立ち直った、次の年1990年の、事実上の「復帰曲」となった「Dear Friends」で、シングルとしては「初」のメジャー系楽曲となるわけなんだけども、やっぱり遅かったよね。まあ、復帰曲、「大丈夫です、元気です」というのアピールするためにも、メジャー系の明るく軽い曲調になったんだろうけど。。。

明菜さんについては、あの手の、肩の力が抜けたメジャー系の曲を、「事件」を起こす前のどこかのタイミングで出せなかったのかというのが、今となっては、いつも思ってしまいますね。

結局のところ、あの「事件」が現在に至るまで尾を引いてしまっているわけで。。。


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筒美京平の世界 in コンサート

もしあの時、あの場所で君に出会わなかったら・・・ 

どっかで聴いたような文章(歌詞?)だよな。。
でも、もし2月、朝日新聞朝刊広告で、このコンサートの広告を見ていなかったら、 もしかしたら、ちょっと展開が変わっていたかもしれない。。。

ザ・ヒット・ソング・メーカー 筒美京平の世界 in コンサート 開催予告の一面ぶち抜き広告。

筒美京平のトリビュートコンサートだけでも凄いと言うのに、出演するアーティストの面々、だけでなく、バッグバンドの面々を見て、びっくらこいてしまった(・・・っていつの時代の表現だ

往年の超一流スタジオミュージシャンの名前がずらり。。 そして、音楽監督 兼指揮は船山基紀氏。

萩田光雄氏と並んで、70年代から80年代の筒美作品にはなくなてはならない、名アレンジャーですわ。

それでいて、チケット代は15,000円也。 

え? ですよ。 この面々を見れば、チケット代30,000円でもおかしくないのに15,000円。

以前、同じ東京国際フォーラムで開催された松本隆トリビュートの時、チケット購入をちょっと考えていたら、売り切れになってしまったという苦い思いをしていた事もあり、「やっべえ広告を見つけてしまった」と思うと同時に、早速「チケットぴあ」からチケット予約をする私が居た。。。。

そんな思いまでして、めちくちゃ楽しみしてもしていたし、 事実、実際のコンサートも素晴らしかったのに、なんでコンサートから3週間近く、ライブレビュー書いていなかったのか

これだけのコンサートでしたからね、デレビ・ラジオなど各メディアでもかなり取り上げられていたし、twitterなどのSNSでもかなり書かれていたんで、ちょっと躊躇していたとのうのが表向きな理由ではあるんだけども、本音を言えば、素晴らしいコンサートであったがゆえに、少し冷却期間を設けて、冷静にコンサートを再度見つめながら書こうと思ったからなんだよね。

鉄は熱いうちに打てとも言うし、ライブ終わりすぐに書けば臨場感も伝わるような内容も書けたかもしれないけど、歴史的なコンサートであったからこそ、ここは冷静に書きたいなと思ったのが実際のところでしたかね。
ちょっと冷静になって、もう一度、頭の中で整理して書こうかと。。。

ぢゃ、ここに来て書いているということは、頭の中整理できたの? と言われれば、正直、まだ整理しきれていないんだけども、あんまり時間置きすぎるとコンサート内容忘れそうなんで、このタイミングで書いてみたいと思います。




4/17(土) 16時過ぎ。 会場の東京国際フォーラム ホールA到着。 


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すでに人であふれている。さすがに年齢層はシニアの方々ばかり。ワタシよりも年上と思しき方が大半。 
行き慣れている野外ロックフェスとは全く客層が異なる。 いや、昨年の斉藤由貴さんのデビュー35周年コンサートとも、だいぶ異なるな。 あの時も年齢層は上だったけど、一見して私と同じくらいの年齢層と思えた。けど、今回はワタシよりも年上と思える方が大半ですね。
さすがは1960年代から音楽界を引っ張ってきた巨匠だけはある。 まあ、チケット代が15,000円ってのもありますかね。 個人的には安いと思ったけど、若い方には早々手が出そうもない金額とも思えるし。

コロナ対策ということで、出入り口は一か所に集約。 これにより、一か所の入り口に列ができる。
密状態。 大丈夫か ・・・少し心配になる。 
しかも外に向かって長い列が・・・・。 おまけに雨まで降ってきた。。 東京駅と直接つながっている国際フォーラムなんで外に並ばされるとは思っても見ず、傘持ってきてなかったのよ。泣きっ面に蜂。

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ただ、待たされることは少なく すぐに会場内に入ることが出来た。

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まずは公式サイトで確認していた、パンフレットを一部購入。なるほど、前評判通りに中身が濃いパンフレットだ。

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ちなみに、このパンフレット。ヤフオクでは現在も定価よりも高値で取引されている。まあ、一時よりは大分落ち着いてきたけども。。

指定された席に着く。 1F15列35番。

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事前に確認していた通り、舞台に対して「ど真ん中」。 前から15列ということで目の前が舞台・・と感じるような近さ。
さすがに予約開始直後にチケットを購入しただけあった。 こんな絶好の位置でのライブ鑑賞なんぞ、いままで味わったことないですわ。

ただ、コンサート開始後改めて気が付いたんだけども、 音の「芯」が頭の上をかすめて行くんだよね。後ろを振り向いてみれば、6列後ろに「PA」ブースがあった。

ライブでは「PA」を中心に音響設定をしているわけで、「PA」の位置から聴くのが一番音がいい・・・というのはライブの常識。 つまりさ6列後ろが一番音が良かったんだよね。
行き来自由の野外ライブでは、極力PA前に陣取るワタシだけど指定席のコンサートは運しだい。
しゃーない・・・と言うか、欲を出せばキリがない。。。
前から15列、しかも舞台に向かって「ど真ん中」なんて、早々当たらないわけで・・・と自分に言い聞かせて納得。

もう一点予想外だったのは、コロナ対策ということで、当然、座席は一つずつ開けての使用だと思っていた。昨年11月の「斉藤由貴35周年コンサート」の時もそうだったし。
東京国際フォーラムホールAの座席数は5000。 コロナ対策として当然前売りは1日当たり2500程度かと思ったんだよね。だから、すぐに売り切れ必至と思って販売直後にチケット予約を入れたということもあったんだけども。。。
でも、いざ会場に入ってみると、1つ飛ばしではなく全席使用であった。 
これは考えてなかった。コロナ対策として、大丈夫なんだろうか・・という一抹の不安も感じたのは本音のところですね。

でもまあ、考えてみればこれも苦肉の策ではあったんだろうね。 
なんせ、超一流のアーティスト、 超一流のバックバンド、 それでいて、チケット代が15,000円では、もしかすると5000人超満員でも儲けは出ないかもしれない。1つ飛ばしの2500ではとても開催できない・・というのは、冷静に考えればそうなんだろう。

だから「まん延防止」期間である17、18日開催でよかったのかもしれない。
これが1週遅く、「緊急事態宣言」が決まってからだったら、5000人規模のイベントなぞ開催できなかったと思う。


兎も角も・・・・。

17時。開演 さあ、いよいよ夢の世界へ

本来なら、1曲1曲細かく解説込みの感想を書くべきところなんだろうけど、SNSを読んでると、みんな1曲1曲細かい感想や解説を書いてたりするんでね。
私はあえて1曲ずつ細かい感想は割愛しようかと・・・・。その代わり総論的に、個人的に感じたことを書いていこうと思いまする。

まず、兎に角、音がいいんだよね。 まあ、「生」のライブでの音が、昨年11月の「斉藤由貴35周年コンサート」以来5か月ぶりということもあったのかもしれない。
でも、それを差し引いても素晴らしいものだった。 さすがに超一流のスタジオミュージシャンの面々ですわ。 どの曲もグルーヴ感が素晴らしい。

それと、音楽監督の船山氏が公言していた通り、レコードを忠実にアレンジということだったんだよね。
ワタシ、いちいち、指でカウントとりながら聴いていたんだけども、アレンジだけでなく、音の「間」や呼吸がレコード音源そのものなんですよね。 これは凄いと思った。

個人的には、1曲1曲かなり聴き込んだ曲ばかりだったんで、どの曲もどのタイミングで、どういう音が入ってくるというのは体にしみ込んだ曲ばかりだった。レコードを聴いてるのと、ほとんどジャストのタイミングで、音が入り込んでくる。
一流アーティストはやっぱり違うんだよね、と言うのをまざまざと感じてしまった。これだけでもチケット代払った価値があったなと感じましたね。

一流ミュージシャンの「本気」のセッションに、アーティスト側も本気でしたね。
いや、まさか、遊びでステージを行うアーティストは居ないと思いますが、バックがバックだけに、アーティスト側の本気度も違う。

いや、バックの演奏クオリティだけでなく、どの曲も「オリジナルキー」で演奏されたのも、アーティストを本気にさせたのかもしれない。

少し前に、小泉今日子さんの配信ライブで、どの曲もオリジナルキーで歌っていた。
そればかりでなく、昨年の斉藤由貴さんの35周年ライブも、全曲オリジナルキーで歌っていた。
 通常経年でアーティスト側も声のキーは変わってくるはずで、だから、リリースから時間が経っている曲はキーを下げることが普通。

でも、最近の傾向では↑で書いたように、昔の曲でもオリジナルキーで歌うアーティストが増えてきている。
先日配信リリースされた松田聖子さんの「青い珊瑚礁」だってオリジナルキーだったしね。かなり頑張って出していたように感じるけど。

そんなこともあって、今回の「筒美京平の世界 in コンサート」でも、全曲オリジナルキーでやるのかどうかと言うのも、見どころの一つだったのよ。

まあ、個人的にだけど・・・・。

やっぱりさ、聴いてるこちらとしてはリリース当時のイメージを崩したくないという思いが強いわけじゃん。
でも、そこでキーを下げちゃったりされると、なんだかなぁ・・・なんて残念な気分になっちゃうわけですよ。

結果的には、今回のコンサート実質、全曲オリジナルキーでの演奏だった。 
で、分かったことは、オリジナルキーでやるってことはアーティストにとっても奮起材料になるんじゃないかってこと。
最近、ライブでの演るときにオリジナルキーでプレイが多い理由も分かりますね。

これに加えて、一流のバックバンドによる一流の演奏。 これがさらに各アーティストの本気度を高め、素晴らしいグルーブ感を生んだんではなかったか・・ということ。これは大いに感じましたね。

なによりも、それぞれの曲は、オリジナルキーでの演奏が一番引き立つようにチューニングされているんだよね。 それは今回のコンサートで一番感じたことですね。


今回のコンサートでこれは・・と思ったアーティスト。
NOKKOさんなんかは凄かった。声質は全盛期のレベッカ時代から比べると細かったけど、声の伸びは全盛期を思わせるほどだった。

野口五郎氏も歌唱力と言う点では本気度感じた。文句なしに素晴らしかったな。

そうそう、当初、ホントに声が出るんだろうか・・・と危惧していた松本伊代さんが、結構ちゃんと歌っていたのにも、ちょっと驚きではあったな。

でも、考えてみれば、松本伊代、早見優、森口博子の三人で、今もちょくちょくコンサート開いてるんだよな。いわば「現役」で歌っているってこと、ずっかり忘れていたわ。


逆にオリジナルキーだったからこそ、苦しいなぁ・・・と思えるアーティストも見られたんだけども。

麻丘めぐみさん、ジュディ・オングさんはそんな感じに映りましたね。

いや、現役というならば、麻丘めぐみさんも、「夢」グループのコンサートで今もちょくちょく歌っているはず。
どうなんだろう? 他のステージでは原曲キーでは歌っていないのかしらん? 良くわからないけど、でも、原曲キーだった、このステージではちょっと厳しかったですね。

心配だった点と言えば、C-C-Bのリュウ氏は、少し前NHKで放送された筒美氏の追悼番組で体調が悪そうだったんで、大丈夫か? なんて思っていたんだけども、今回のコンサートでの全盛期同様のドラムプレイと、ドラムを叩きながらの歌唱を見せてくれ、心配を払しょくしてくれましたね。

個人的に一番感激したのは、公式サイトに事前に公表されていなかった曲も聴けたことかなぁ。
公式サイトでは「and more」になっていた曲ですね。

その「and more」の曲が悉く、個人的なツボにはまったりして。

・麻丘めぐみさん 「私の彼は左きき」
・太田裕美さん 「九月の雨」
・庄野真代さん 「モンテカルロで乾杯」
・野口五郎氏 「グッドラック」
・郷ひろみ氏 「裸のビーナス」

まさか、これらの曲が聴けるとは思っても見てなかったし。

特に庄野真代さんの「モンテカルロで乾杯」なんて、まったく予想もしていなかった。

太田裕美さん、郷ひろみ氏は、もしかしたら数曲、歌うのかな・・と言う予想もしなかったわけではないけど、庄野真代さんは、全然予想もしていなかったから。

そもそも「モンテカルロ〜」なんて、今からすれば、「死角」に入っているようにも思えるしさ。
何分、庄野真代さんと言ったら「飛んでイスタンブール」のインパクトがデカいですからね。

私としても、ヒット曲の世界には足を踏み入れた丁度、そのころのヒットだったんで、
期せずしてきけて「生」歌に、感激もひとしおだったな。

これ、野口五郎氏の「グッド・ラック」にも同じことが言えるんだけどさ。

コンサート全体を通して感じたのは、、今回のコンサートを一言でまとめれば「1978」というキーワードだったかな・・・と。

そう、1978年のヒット曲の割合が多かったんじゃないかと・・・。

・東京ららばい 
・リップスティック
・青い地平線
・グッド・ラック 
・時代遅れの恋人たち
・海を抱きしめて 
・たそがれマイ・ラブ
・飛んでイスタンブール
・モンテカルロで乾杯 

アンコールを含めて全42曲中、9曲が1978年のヒット曲だった。特に「グッドラック」から「モンテカルロで乾杯」まで6曲続けて1978年のヒットだったし。

偶然だったのかもしれないけど、やっぱり1978年と言う年は筒美京平氏にとっても特別な年だったんだろうね。
世間一般的には「ザ・ベストテン」が始まり、1970年代アイドルが成熟し、ニューミュージックが台頭した年。 そんなヒット曲界としては、ものすごく中身が濃い年であり、アイドル、ニューミュージック問わず、ジャンルを超えた幅広いアーティストに、文字通り大車輪の活躍だった年でもあったわけですわ。

ただ、逆に言えば、筒美氏の第2の黄金期ともいえる1980年代の曲は、やや層が薄かったんじゃないかな・・・というキライも感じたなぁ。

まあ、確かにC-C-Bの「Romantic〜」や松本伊代さん「センチメンタルジャーニー」、早見優さん「夏色のナンシー」、斉藤由貴さん「卒業」、トシちゃん「抱きしめてTONIGHT」などの、筒美氏の80年代の「代表曲」と言える曲は聴けた。

でも、「スニーカーぶる〜す」をはじめマッチの一連の筒美作品は聴けなかったし、船山基紀氏の代表アレンジ曲ともいえる少年隊の「仮面舞踏会」も聴けなかった。

筒美氏作曲、船山氏アレンジということで言えば榊原郁恵さんの「ロボット」や、沖田浩之氏の「E気持」、柏原芳恵さんの「ト・レ・モ・ロ」なども聴けなかった。

音楽監督が船山氏ということであれば、当然この辺の曲もやるんじゃないか・・という思いもあっただけに、これらの曲がセットリストから漏れたことはちょっと意外でしたね。

それらを含めて、今回のコンサートは1980年代が少し手薄だったような印象があるな。

でも、今回やらなかったってことは、もしかして、今回聴けなかった曲を含め1980年代中心の「筒美京平の世界コンサートVOL.2」も視野に入れているんでしょうかねぇ。

今回のコンサートの出発点は、「ブルー・ライト・ヨコハマ」だったけど、それ以前のヴィレッジ・シンガーズやジャガーズ、オックスなどのG.Sの曲も1曲もやらなかったし。
今後はそれらG.Sの曲中心のコンサートも考えられる。

そう考えると、第2弾、第3弾・・というのも期待できる・・いやいや、期待したくなるんですよね。

それだけ筒美氏のヒット曲は膨大だし、今回のコンサートで終わらせるのはいかにも勿体ない。
コロナ対策としての席の売り方など考えてほしい点はあったものの、是非とも第2弾、第3弾と続けてほしい、そう思わずにはいられないコンサートでしたわ。


蛇足。先日のマッチのジャニーズ退所。 これで先にジャニーズから抜けていたトシとのジョイントがかえってし易くなったんじゃないですかね。
もし、第2弾があったなら、80年代の旗手でもあるマッチ、トシ中心でやってほしい。
今回の、郷ひろみ氏、野口五郎氏という新御三家の二人がジョイントしたように。
期待は膨らむんだけどね。

しかしさ、野口五郎、郷ひろみという二人の大物が、今のこの時代に同じステージにいるとはね。奇跡に近いですよね。これで西城秀樹氏が居い新御三家がそろい踏みだったら、さぞかし盛り上がったろうなぁ・・・。筒美氏は新御三家三人とも曲提供してましたからね。



●筒美京平の世界 in コンサート 4/17セットリスト
▽第1部
1.
ブルー・ライト・ヨコハマ (原曲:いしだあゆみ)/伊東ゆかり 1969年
2.
誰も知らない / 伊東ゆかり 1971年
3.
雨がやんだら (原曲:朝丘雪路)   /夏木マリ 1971年
4.
真夏の出来事 / 平山三紀 1971年
5.
芽ばえ / 麻丘めぐみ 1972年
6. わたしの彼は左きき / 麻丘めぐみ 1973年
7. 赤い風船 / 浅田美代子 1973年
8. にがい涙 (原曲:Three Degrees) /AMAZONS 1974年
9. セクシー・バス・ストップ (原曲:浅野ゆう子)  / 野宮真貴 1976年
10. 木綿のハンカチーフ / 太田裕美 1975年
11. 九月の雨 / 太田裕美 1977年
12. 東京ららばい (原曲:中原理恵) / 森口博子 1978年
13. リップスティック (原曲:桜田淳子) / 森口博子 1978年
14. 青い地平線  / ブレッド & バター 1978年
15. 哀愁トゥナイト (原曲:桑名正博) / 大友康平 1977年
16. セクシャルバイオレットNo.1 (原曲:桑名正博) / 大友康平 1979年
17. ドラマティック・レイン / 稲垣潤一 1982年
18. センチメンタル・ジャーニー / 松本伊代 1981年
19 夏色のナンシー / 早見優 1983年
20. あなたを・もっと・知りたくて (原曲:薬師丸ひろ子) / 武藤彩未 1985年
21. 卒業 / 斉藤由貴 1985年
休憩20分 
▽第2部
22. Romanticが止まらない / C-C-B 1985年
23. Lucky Chanceをもう一度  / C-C-B 1985年
24. WAKU WAKUさせて(原曲:中山美穂) / AMAZONS 1986年
25. Oneway Generation(原曲:本田美奈子) / Little Black Dress 1987年
26. 抱きしめてTONIGHT(原曲:田原俊彦) / 藤井隆 1988年
27. 人魚 / NOKKO 1994年
28. AMBITIOUS JAPAN! (原曲:TOKIO) / ROLLY 2003年
29. 17才 (原曲:南沙織/森高千里) / 松本伊代, 早見優, 森口博子, 武藤彩未 1971年
30. 男の子女の子 / 郷ひろみ 1972年
31. よろしく哀愁  / 郷ひろみ 1974年
32. 甘い生活 / 野口五郎 1974年
33. グッド・ラック / 野口五郎 1978年
34. 時代遅れの恋人たち / 中村雅俊 1978年
35. 海を抱きしめて  / 中村雅俊 1978年 (「時代遅れの恋人たち」c/w)
36. たそがれマイ・ラブ / 大橋純子 1978年
37. 飛んでイスタンブール / 庄野真代 1978年
38. モンテカルロで乾杯  / 庄野真代 1978年
39. さらば恋人(原曲:堺正章) / 松崎しげる 1971年
40. 魅せられて / ジュディ・オング 1979年
アンコール
40. 雨だれ / 太田裕美 1974年
41. 裸のビーナス / 郷ひろみ 1973年
42. また逢う日まで (原曲:尾崎紀世彦) / 松崎しげる +全員でコーラス(原曲キー+1) 1971年


▼バックバンドメンバー
Co :  船山基紀
G : 土方隆行、増崎孝司
A.G :  吉川忠英
B :  高水健司
Dr :   山木秀夫
Key :  中西康晴、安部潤
Per  :  斉藤ノヴ
Tp :  ルイス・バジェ、竹内悠馬
Tb  : 鍵和田道男
Sax :  アンディ・ウルフ
Str  : 石亀協子Strings
Cho :  AMAZONS


  

瀬戸の花嫁 / 小柳ルミ子

1972_05_瀬戸の花嫁_小柳ルミ子


今回の1曲セレクトは、「瀬戸の花嫁」小柳ルミ子です。

まずはデータです。

・タイトル     瀬戸の花嫁
・アーティスト   小柳ルミ子
・作詞       山上路夫
・作曲       平尾昌晃
・編曲       森岡賢一郎
・リリース日    1972年4月10日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    74.1万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年4月24日〜7月24日付

この1曲セレクトは、私の独断と偏見で書く曲をセレクトしているわけで、基本的にはリクエストされた曲を書いてはいないんだけども、今回引っ張ってきた曲は、じつは、ちょっと前にFacebookで、高校時代の友達からリクエストされてた曲なんだよね。

うーむ、リクエストにこたえる形で、引っ張ってきた曲は、昔、mixi時代に元同僚からのリクエストで書いた、風見慎吾の「僕笑っちゃいます」以来かもしれん

両者とも「女性」からリクエストなんだけどさ、 女性にはすこぶる優しい・・・・うーんにゃ「弱い」ワタシデス。

だからねぇ、今後も、もしかすると女性からのリクエストには応えちゃうかもなぁ〜。
野郎からのリクエストは・・・勘弁だけど。。。。


その曲は 小柳ルミ子「瀬戸の花嫁」。

1972年4月10日リリース。デビュー4作目のシングルは、デビュー曲「わたしの城下町」以来のオリコン1位獲得。売り上げ74.1万枚は「わたしの城下町」に次ぐ売り上げ枚数と、誰でも認める、小柳ルミ子さんの代表曲ですわ。

兎も角、70年代、この曲歌ってる、おじさん、おばさんって多かったよなぁ。
特に地方に行くほど、この曲ってよく聴いたような印象が強いなぁ。

ウチは、母方のおじいさんが、福島・鏡石町の地主農家の出で、子供の頃は良く遊びに行ってたんだけどさ、宴会が始まると、きまって、この曲を歌う、おじさん、おばさんがいたんだよねぇ。


だからか、どうも、この曲と言うと、田舎のおじさん、おばさんの曲っていう印象が強い。

最近、またシティポップスが流行ってきているけど、それらの曲に対しての完全なアンチテーゼに位置する曲っていうのかなぁ。
地方の大人のための曲と言うイメージがあったんだよね、悪く言えば。

いやだからこそ、日本の広く息づいている、心の中の1曲ということも出来るのだが。。。

でもさ、当時、子供の頃は、特にオヤジは向こうの曲の方が好きだったから、車の中でかかっている曲といえばいつも向こうの曲だったし、 だから、ワタシも「日本の心」的な歌謡曲よりは、外国の匂いのする曲の方が好きだった。

むしろ、田舎の匂いの強いこの曲のような歌謡曲は拒絶していたところがあったかもしれないな。

だから、長年この曲との接点はなかったんだよね。

たださあ、この曲オリコンで1位を取っていたということが分かってからは、ちょっと不思議な感覚があったけどさ。

80年代にオリコンに触れた当時は、オリコン1位って絶対的な曲っていうイメージがあったんだよね。寺尾聡氏の「ルビーの指環」とかさ。 
当時は、この「瀬戸の花嫁」って曲は、田舎臭いかっこ悪い曲っていう頭があったからさ、不思議だったね。 
「えーこの曲が1位だったの?」ってさ。 全く実感がわかなかったよなぁ。

でも、大人になって冷静に考えたら、やっぱ「日本人の心の唄」のような曲に勝る曲っていうのはないんだよな。

特に、70年代前半って、そういう日本人の心に刺さるような歌謡曲が多かったわけだし。 そういう歌謡曲がまだまだ強い時代だったんだよね。

昔、ソース顔、 ショーユ顔っていうのが流行ったけど、まさに、まだまだ「醤油」風味の曲の方が強かったのよ。

向こうの匂いが強いっていう筒美京平氏だって、70年代前半は、まだまだ醤油風味の歌謡曲的な曲が多かったですしね。 前回書いた、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」とか、朝丘雪路さんの「雨がやんだら」なんてのは、もろそうだったわけだし。

特に平尾昌晃氏のメロディラインっていうのは、和テイストが強かったんだよね。70年代、平尾氏の曲が時代を席巻していたのも、当時の日本人の心をつかむような歌謡曲だったからなんだろうなぁ。

もっとも、この曲は森岡賢一郎氏の和の匂いが強いアレンジの効果も多分にあったわけなんだけどさ。

それにしても、クラシックの家系に生まれ、若い時にはロカビリー三人男という、向こうの曲かぶれな平尾氏が、和テイストな歌謡曲で時代を築いたというのも、面白い話ではあるんだけども。。。

たださ、「和テイスト」といっても、リズム体を聴くとマンボのリズムのコンガの音色、 いやいや、それ以上にスチールギターが入っていたりして、全く予備知識もなく聴いていると、一体どこの国の曲なの? なんて思ったりも出来たりしてね。

歌謡曲ってさ、日本的なメロディラインをベースに、向こうの曲のいいところを自由に取り入れるところがいいところではあるんだよね。
良く言えば無国籍料理みたいなもの。 その節操の無さが実に日本ぽいのだけれど。。。





これは、1972年、第3回日本歌謡大賞にて この「瀬戸の花嫁」で大賞を獲った時のVTRですね。

そそそ、この曲で小柳ルミ子さんは「日本歌謡大賞」を獲ってるんですよ。

♪瀬戸ワンタン 日暮れ天丼〜♪ なんて気安く歌えないんだよね、本来ならば

このVTRには映ってないけど、1988年の「歌謡大賞特別企画」で放送されたときの話では、大賞を発表される数秒前にバックバンドの「ダン池田」と目が合った時、ダン池田氏が指で「〇」という合図を送って来て「もしかして」と思っていたそうだ。

まあ、デビュー2年目での大賞受賞という快挙ではあったけど、この曲の次の「京のにわか雨」でも連続オリコン1位という時代に乗っていたとしでもあり、大賞受賞も頷けるところか。

ちなみに、第1回の歌謡大賞の藤圭子さん(ヒッキーママ)も、デビュー2年目での大賞受賞ということで、レコード大賞と違って歌謡大賞は比較的デビューからの年数が浅くても、年齢が若くても大賞受賞もありえたんですよね。
それいえ、レコード大賞よりも「権威」と言う点では、若干下だったかもしれないけど。

1983年にトシちゃんが大賞を取ってしまったことで、それが余計あらわになってしまいましたが。。。。。


曲をキチンと聴きたいという方は ↓の動画にて




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帰らざる日々 / アリス

1976_05_帰らざる日々_アリス


今回の1曲セレクトは、「帰らざる日々」アリスです。

まずはデータです。

・タイトル    帰らざる日々
・アーティスト  アリス
・作詞      谷村新司
・作曲      谷村新司
・編曲      篠原信彦
・リリース日   1976年4月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   31.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位

最近の曲で、歌詞の切り口でこれは凄いなぁ・・と思える曲って少なくなっちゃった気がするなぁ。
まあ、40年以上もヒット曲を聴き続けてくると、ほとんどのパターンの曲を聴きつくしたというか、頭の中に既にインプット済みのパターンのものが多くなって、ちょっとやそっとじゃ、これまで無かったようなパターンの切り口の曲に出会わなくなってきたというのもあるんだけども。

だけど、最近は、いわいるすでに亡くなった方を偲ぶような歌詞の曲、いわいる「挽歌」っていう曲って、少なくなったような気がするなぁ。これも時代の流れなんだろうな。

今回引っ張ってきた曲も、 そんな「挽歌」に当てはまる曲になるんでしょうかねぇ。。


アリス「帰らざる日々」

いや、この曲は、単にすでに亡くなった方を偲んだ曲ではない。 これから自ら「死」に向かう心情、情景を歌ったものだ。「挽歌」とはちょっと違うか。。。

♪ 夕暮れが近づいてくる 私の人生の
 Bye Bye Bye 私のあなた
   Bye Bye Bye 私の心
   Bye Bye  Bye 私の命 〜 ♪

失恋の末、思いつめたうえでの死の選択。
服毒なのか、刺殺なのかは、よくわからない。 けれど、確実に死に向かったことを歌った曲であることは間違いないわけで。

このシチュエーション、 いまじゃコンプライアンスだぁ、なんだぁ・・・とケチつけられて、もしかしたら出せないパターンかもな。

でも、当時にしても「斬新」な切り口ではなかったか

うーむ、ここ何回か「斬新」というコトバを使いまわしてるんで、今回は使いたくなかったけど、どうしても、この言葉しか思いつかないな。


いや、でもどうなんだろう? 考えてみれば70年代中盤、アングラ的な存在として「暗黒フォーク」と言うものがあった。

70年代中盤、それまでの高度成長期の終焉、オイルショックともに訪れた不況。 
若者の間では学園紛争もいつの間にか過去のものになり、代わり発生した「シラケ」ムード。

そんな時代の流れの中で発生した「暗黒フォーク」。 
文字通り人生の絶望をつづったフォークソングですわ。山崎ハコさんや、森田童子さんなどが代表的だろうね。
今を時めく、中島みゆき女史だって1980年の「うらみ、ます」などから、昔は「絶望のための唄」とか言われてた時代もあった。いわいる「暗いコ」のレッテルを張られているような。

それを考えると、↑では「斬新」と書いたけど、当時の世相を反映した、確立された歌のジャンルの一つだったとも言えるかもなぁ。

個人的に斬新と思えたのは、ワタシがヒット曲を聴き始めたころは、そういう「暗黒フォーク」の時代がすでに終わりを見せていて、リアルタイムでは、あまり耳にしなかったからもしれない。

いや、70年代中期でも暗黒フォークと呼ばれるジャンルの曲は、あくまでもアングラな存在であり、ヒット曲として一般にはなじみが薄かったただろうけど。。。

今回ひっぱってきた「帰らざる日々」は、そんな暗黒フォークのように「真っ暗」な曲内容であるのにアングラではなく30万枚以上の売り上げという、一般的な大ヒット曲として昇華させたっていうのが、すごいところなんだろうな・・と思うんだよね。

これには、当時のアリスの地道なコンサート活動による「口コミ」からジワリと広がったという部分も多分にあるんだろう。
いまもそうだけど、一過性ではなくジワリと広がる口こみほど強力な広がり方はないですから。

逆に言えば、そんな地道なコンサート活動から、一般的な見地が広がった効果がはっきりと表れたのがこの曲からとも言えるんだろうね。

たしかに、この曲の前年に「今はもうだれも」というオリコン11位まで行ったヒット曲はすでに出していたアリスではあるけど、この曲は1969年に「ウッディーウー」という谷村氏の先輩筋にあたる、佐竹俊郎氏が所属していたグループの、あくまで「カバー曲」であったわけでさ。
だから、自分たちのオリジナルのヒットしてはこの曲が最初でしたからね。


ただ、この曲が本当に一般的なヒットとして認知されたのは、77年にリリースされたあの大ヒット「冬の稲妻」の後だったんじゃないのかなぁ。

覚えている方は、もしかすると覚えていらっしゃると思いますが、1978年に藤田敏八監督作品「帰らざる日々」として映画化され、その効果もあって、この曲がリバイバルヒットしたんですよね。

個人的に、この曲を知ったのも、このリバイバルヒットによってだったと思う。

まあ、オリコン的に言えば、この曲の最高位を記録したのはリリースされた76年だったわけで、すでに76年から一般的に知られてはいたんだろうけども、78年のリバイバルヒットは、さらにこの曲の認知の裾野を広げたんぢゃないのかなぁ・・・と思うわけなんだよね。

少なくとも、当時小学3年のおこちゃまだった、ワタシでも78年のリバイバルヒットで、この曲を知ったくらいだからさ。




フジテレビ「ニューミュージックスペシャル1976」より

しかしさあ、前々から書いてるけど、「ニューミュージック・スペシャル」って今思えば、貴重なアーティストの、貴重な曲のVTRの宝庫だと思うんだよね。
是非、DVD化してほしいんだけどなぁ。
TVKの「ヤングインパルス」も同じような貴重な楽曲のVTRの宝庫だったけど、こちらは、最近少しずつDVD化されて来てるんでね。「ニューミュージックスペシャル」も是非・・と思うんだけども。。。
まあ、権利的に難しいんだろうねぇ。

・・・と思ったら、曲の途中で切れてる。。。

改めて動画を。。。



でもさ、一般的には、この曲「フォーク」に分類されることが多いけど、個人的には、やっぱ一般的なフォークぢゃないんだよなぁ。
 この谷村氏のこじゃれた曲想は、フォークと言うよりもシャンソンに近いイメージがあったりしますね。
もっとも、ストリングスを効果的に使用したアレンジが、そういう雰囲気を醸し出してくれるんだけど。
そもそもエレピやドラムを多用し、曲によってはエレキが前面に出てくる曲想は、一般的フォークの範疇を越えてるし、それらを含めて考えると、やっぱりニューミュージックなんだよなぁ、個人的な感覚では。
ニューミュージックって、最近言われてるシティポップスのようにイメージが限定されていないだけ、自由にとらえることが出来るところがいい。
まあ、逆に、そういう曖昧さを嫌う人も居るけどさ。




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