かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

2021年05月

LIAR / 中森明菜

1989_05_LIAR_中森明菜



今回の1曲セレクトは、「LIAR」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    LIAR
・アーティスト  中森明菜
・作詞      白峰美津子
・作曲      和泉一弥
・編曲      西平彰
・リリース日   1989年4月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   27.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1989年5月8日〜6月26日付

「花の82年組」も、デビュー40年目に入りましたね。
来年は40周年という区切りというわけで、どうなんでしょうねぇ。やっぱり、アーティストによっては大々的なイベントとかやるんでしょうかねぇ。40周年ツアーとか。
それまでにコロナがいい塩梅に収束していればよいですが。。。

そんな82年組の中森明菜さんも、先日5月1日、40年目のデビューには、結構いろいろなネットニュースが上がっておりましたな。

依然としてリアルな活動再開の動きは見えないですが、未だに注目度は落ちないですね。 というか、それだけリアルな活動再開を待ち望んでいる方々が多いということなんでしょうね。
果たして、来年のデビュー「40周年」までには、活動再開という動きになるんでしょうか。

・・ということで、今回の1曲セレクトは、ひっさびさに中森明菜さんの曲を持ってきますか。

BUT、明菜さんの曲ってまだ残ってるんですかね。。。。

うんにゃ、まだ残っていましたぞ。

89年4月リリースの「LIAR」

おそらくこの曲で、1曲セレクトでは、80年代の明菜さんのシングルはコンプリートだと思うんだけどね。

最後まで残していた、この「LIAR」。

何で残していたか・・、やっぱ書けなかったんだよな。この曲。
いろんな意味で重くてさあ。

一つは、この曲のヒットが一段落した時に、例の「事件」を起こしちゃったでしょ。どうも、そのイメージがいまだに強い。

もう一つは個人的なことだけど、この曲がリリースされた頃に、「2浪目」がスタートしてさ。 とにかく背水の陣での2浪目をスタートさせた訳で、1年間は少し「音楽」の方はセーブしようと思ったんだよね。

・・というのは、まあ、表向きの言い訳ですけどね。

実際的なところ、この「LIAR」って曲は、曲想そのものが重かったんだよね。

時はバブル絶頂期。 みんな浮かれてた頃ですよ。

歌は世につれ、世は歌につれ・・というくらいでさ、そんなバブルの浮かれた空気を象徴をしているというか、89年の今頃の曲って、メジャー系の明るい曲がめちゃくちゃ多いんだよね。 ヒットチャート上位の半分以上はメジャー系の曲で占められていたと思う。
マイナー系の曲なんて数えるくらいじゃなかったかな。

その中にあっての、この重い曲調っていうのは、ちょっと時代とのズレを感じたわけですわ。

確かに80年代、「陽の聖子 陰の明菜」と言われたように、明菜さんらしい曲であったし、明菜さんじゃなきゃ歌えないような曲だと思った。

ただ、如何せん、時代には合ってないな・・・と。

当時のアーティストパワーから考えれば、オリコン1位は当然の結果だったろう。
けど、実際のところ、売り上げ枚数は「少女A」で大ブレイク後、最低だったわけで、同じように時代とのずれを感じてた方も多かったんじゃないのかなぁ。

如何に「陰の明菜」と言われていたとはいえ、シングルでは、デビュー曲の「スローモーション」からこの曲まで8年間、マイナー系で占められてたという所にも、飽きを感じてた方も多かったんじゃないのかなぁ。

曲としてはまったく隙が無い、完璧すぎるくらい完璧だと思う。ただ、完璧すぎるくらいなだけに、こちらとしても、ちゃんと聴かなきゃいけないな・・という気分になっちゃうんだよね。
気楽に聴けない・・というかさ。 その分、聴いてて肩筋が張るんだよね。 

こういうマイナー系な重い曲ではなく、そろそろメジャー系の曲で目先を変えても良かったんじゃないかという思いは、個人的に、この時点では強くなっていたなぁ。
肩の力を抜いた曲の方が、こちらとしては気楽に聴けるんだけねぇ・・・という思いですね。

でも、今から思えば、この曲のヒットが一段落した時に「事件」を起こしたこともからも、この曲をリリースするくらいの時期には、精神状態もかなり病んでいたのかもしれない。
もしかすると、この手の重い曲しか歌えなかったのかもしれない。

あるいは、この曲がありきで、精神を病んでしまったのかもしれない。
明菜さんのような繊細で、頑なな人は、物事をまっすぐに見てしまいがちだし、得てして感情が入み過ぎやすい。それで精神的に病んでしまったのかもしれない。

まあ、あくまで推測ではあるけど。。。。




考えてみれば、前年の「TATTOO」の時は、かなりきつめのメイクだったのに対して、この曲の時は派手さは少なくなってきていたんだよね。 スッピンとまではいかないけど、かなりナチュラルに近い。

ここからもこの曲のころの精神状態を読み取れたかもな。 まあ、今となってはだけど。。

「事件」から立ち直った、次の年1990年の、事実上の「復帰曲」となった「Dear Friends」で、シングルとしては「初」のメジャー系楽曲となるわけなんだけども、やっぱり遅かったよね。まあ、復帰曲、「大丈夫です、元気です」というのアピールするためにも、メジャー系の明るく軽い曲調になったんだろうけど。。。

明菜さんについては、あの手の、肩の力が抜けたメジャー系の曲を、「事件」を起こす前のどこかのタイミングで出せなかったのかというのが、今となっては、いつも思ってしまいますね。

結局のところ、あの「事件」が現在に至るまで尾を引いてしまっているわけで。。。


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筒美京平の世界 in コンサート

もしあの時、あの場所で君に出会わなかったら・・・ 

どっかで聴いたような文章(歌詞?)だよな。。
でも、もし2月、朝日新聞朝刊広告で、このコンサートの広告を見ていなかったら、 もしかしたら、ちょっと展開が変わっていたかもしれない。。。

ザ・ヒット・ソング・メーカー 筒美京平の世界 in コンサート 開催予告の一面ぶち抜き広告。

筒美京平のトリビュートコンサートだけでも凄いと言うのに、出演するアーティストの面々、だけでなく、バッグバンドの面々を見て、びっくらこいてしまった(・・・っていつの時代の表現だ

往年の超一流スタジオミュージシャンの名前がずらり。。 そして、音楽監督 兼指揮は船山基紀氏。

萩田光雄氏と並んで、70年代から80年代の筒美作品にはなくなてはならない、名アレンジャーですわ。

それでいて、チケット代は15,000円也。 

え? ですよ。 この面々を見れば、チケット代30,000円でもおかしくないのに15,000円。

以前、同じ東京国際フォーラムで開催された松本隆トリビュートの時、チケット購入をちょっと考えていたら、売り切れになってしまったという苦い思いをしていた事もあり、「やっべえ広告を見つけてしまった」と思うと同時に、早速「チケットぴあ」からチケット予約をする私が居た。。。。

そんな思いまでして、めちくちゃ楽しみしてもしていたし、 事実、実際のコンサートも素晴らしかったのに、なんでコンサートから3週間近く、ライブレビュー書いていなかったのか

これだけのコンサートでしたからね、デレビ・ラジオなど各メディアでもかなり取り上げられていたし、twitterなどのSNSでもかなり書かれていたんで、ちょっと躊躇していたとのうのが表向きな理由ではあるんだけども、本音を言えば、素晴らしいコンサートであったがゆえに、少し冷却期間を設けて、冷静にコンサートを再度見つめながら書こうと思ったからなんだよね。

鉄は熱いうちに打てとも言うし、ライブ終わりすぐに書けば臨場感も伝わるような内容も書けたかもしれないけど、歴史的なコンサートであったからこそ、ここは冷静に書きたいなと思ったのが実際のところでしたかね。
ちょっと冷静になって、もう一度、頭の中で整理して書こうかと。。。

ぢゃ、ここに来て書いているということは、頭の中整理できたの? と言われれば、正直、まだ整理しきれていないんだけども、あんまり時間置きすぎるとコンサート内容忘れそうなんで、このタイミングで書いてみたいと思います。




4/17(土) 16時過ぎ。 会場の東京国際フォーラム ホールA到着。 


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すでに人であふれている。さすがに年齢層はシニアの方々ばかり。ワタシよりも年上と思しき方が大半。 
行き慣れている野外ロックフェスとは全く客層が異なる。 いや、昨年の斉藤由貴さんのデビュー35周年コンサートとも、だいぶ異なるな。 あの時も年齢層は上だったけど、一見して私と同じくらいの年齢層と思えた。けど、今回はワタシよりも年上と思える方が大半ですね。
さすがは1960年代から音楽界を引っ張ってきた巨匠だけはある。 まあ、チケット代が15,000円ってのもありますかね。 個人的には安いと思ったけど、若い方には早々手が出そうもない金額とも思えるし。

コロナ対策ということで、出入り口は一か所に集約。 これにより、一か所の入り口に列ができる。
密状態。 大丈夫か ・・・少し心配になる。 
しかも外に向かって長い列が・・・・。 おまけに雨まで降ってきた。。 東京駅と直接つながっている国際フォーラムなんで外に並ばされるとは思っても見ず、傘持ってきてなかったのよ。泣きっ面に蜂。

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ただ、待たされることは少なく すぐに会場内に入ることが出来た。

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まずは公式サイトで確認していた、パンフレットを一部購入。なるほど、前評判通りに中身が濃いパンフレットだ。

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ちなみに、このパンフレット。ヤフオクでは現在も定価よりも高値で取引されている。まあ、一時よりは大分落ち着いてきたけども。。

指定された席に着く。 1F15列35番。

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事前に確認していた通り、舞台に対して「ど真ん中」。 前から15列ということで目の前が舞台・・と感じるような近さ。
さすがに予約開始直後にチケットを購入しただけあった。 こんな絶好の位置でのライブ鑑賞なんぞ、いままで味わったことないですわ。

ただ、コンサート開始後改めて気が付いたんだけども、 音の「芯」が頭の上をかすめて行くんだよね。後ろを振り向いてみれば、6列後ろに「PA」ブースがあった。

ライブでは「PA」を中心に音響設定をしているわけで、「PA」の位置から聴くのが一番音がいい・・・というのはライブの常識。 つまりさ6列後ろが一番音が良かったんだよね。
行き来自由の野外ライブでは、極力PA前に陣取るワタシだけど指定席のコンサートは運しだい。
しゃーない・・・と言うか、欲を出せばキリがない。。。
前から15列、しかも舞台に向かって「ど真ん中」なんて、早々当たらないわけで・・・と自分に言い聞かせて納得。

もう一点予想外だったのは、コロナ対策ということで、当然、座席は一つずつ開けての使用だと思っていた。昨年11月の「斉藤由貴35周年コンサート」の時もそうだったし。
東京国際フォーラムホールAの座席数は5000。 コロナ対策として当然前売りは1日当たり2500程度かと思ったんだよね。だから、すぐに売り切れ必至と思って販売直後にチケット予約を入れたということもあったんだけども。。。
でも、いざ会場に入ってみると、1つ飛ばしではなく全席使用であった。 
これは考えてなかった。コロナ対策として、大丈夫なんだろうか・・という一抹の不安も感じたのは本音のところですね。

でもまあ、考えてみればこれも苦肉の策ではあったんだろうね。 
なんせ、超一流のアーティスト、 超一流のバックバンド、 それでいて、チケット代が15,000円では、もしかすると5000人超満員でも儲けは出ないかもしれない。1つ飛ばしの2500ではとても開催できない・・というのは、冷静に考えればそうなんだろう。

だから「まん延防止」期間である17、18日開催でよかったのかもしれない。
これが1週遅く、「緊急事態宣言」が決まってからだったら、5000人規模のイベントなぞ開催できなかったと思う。


兎も角も・・・・。

17時。開演 さあ、いよいよ夢の世界へ

本来なら、1曲1曲細かく解説込みの感想を書くべきところなんだろうけど、SNSを読んでると、みんな1曲1曲細かい感想や解説を書いてたりするんでね。
私はあえて1曲ずつ細かい感想は割愛しようかと・・・・。その代わり総論的に、個人的に感じたことを書いていこうと思いまする。

まず、兎に角、音がいいんだよね。 まあ、「生」のライブでの音が、昨年11月の「斉藤由貴35周年コンサート」以来5か月ぶりということもあったのかもしれない。
でも、それを差し引いても素晴らしいものだった。 さすがに超一流のスタジオミュージシャンの面々ですわ。 どの曲もグルーヴ感が素晴らしい。

それと、音楽監督の船山氏が公言していた通り、レコードを忠実にアレンジということだったんだよね。
ワタシ、いちいち、指でカウントとりながら聴いていたんだけども、アレンジだけでなく、音の「間」や呼吸がレコード音源そのものなんですよね。 これは凄いと思った。

個人的には、1曲1曲かなり聴き込んだ曲ばかりだったんで、どの曲もどのタイミングで、どういう音が入ってくるというのは体にしみ込んだ曲ばかりだった。レコードを聴いてるのと、ほとんどジャストのタイミングで、音が入り込んでくる。
一流アーティストはやっぱり違うんだよね、と言うのをまざまざと感じてしまった。これだけでもチケット代払った価値があったなと感じましたね。

一流ミュージシャンの「本気」のセッションに、アーティスト側も本気でしたね。
いや、まさか、遊びでステージを行うアーティストは居ないと思いますが、バックがバックだけに、アーティスト側の本気度も違う。

いや、バックの演奏クオリティだけでなく、どの曲も「オリジナルキー」で演奏されたのも、アーティストを本気にさせたのかもしれない。

少し前に、小泉今日子さんの配信ライブで、どの曲もオリジナルキーで歌っていた。
そればかりでなく、昨年の斉藤由貴さんの35周年ライブも、全曲オリジナルキーで歌っていた。
 通常経年でアーティスト側も声のキーは変わってくるはずで、だから、リリースから時間が経っている曲はキーを下げることが普通。

でも、最近の傾向では↑で書いたように、昔の曲でもオリジナルキーで歌うアーティストが増えてきている。
先日配信リリースされた松田聖子さんの「青い珊瑚礁」だってオリジナルキーだったしね。かなり頑張って出していたように感じるけど。

そんなこともあって、今回の「筒美京平の世界 in コンサート」でも、全曲オリジナルキーでやるのかどうかと言うのも、見どころの一つだったのよ。

まあ、個人的にだけど・・・・。

やっぱりさ、聴いてるこちらとしてはリリース当時のイメージを崩したくないという思いが強いわけじゃん。
でも、そこでキーを下げちゃったりされると、なんだかなぁ・・・なんて残念な気分になっちゃうわけですよ。

結果的には、今回のコンサート実質、全曲オリジナルキーでの演奏だった。 
で、分かったことは、オリジナルキーでやるってことはアーティストにとっても奮起材料になるんじゃないかってこと。
最近、ライブでの演るときにオリジナルキーでプレイが多い理由も分かりますね。

これに加えて、一流のバックバンドによる一流の演奏。 これがさらに各アーティストの本気度を高め、素晴らしいグルーブ感を生んだんではなかったか・・ということ。これは大いに感じましたね。

なによりも、それぞれの曲は、オリジナルキーでの演奏が一番引き立つようにチューニングされているんだよね。 それは今回のコンサートで一番感じたことですね。


今回のコンサートでこれは・・と思ったアーティスト。
NOKKOさんなんかは凄かった。声質は全盛期のレベッカ時代から比べると細かったけど、声の伸びは全盛期を思わせるほどだった。

野口五郎氏も歌唱力と言う点では本気度感じた。文句なしに素晴らしかったな。

そうそう、当初、ホントに声が出るんだろうか・・・と危惧していた松本伊代さんが、結構ちゃんと歌っていたのにも、ちょっと驚きではあったな。

でも、考えてみれば、松本伊代、早見優、森口博子の三人で、今もちょくちょくコンサート開いてるんだよな。いわば「現役」で歌っているってこと、ずっかり忘れていたわ。


逆にオリジナルキーだったからこそ、苦しいなぁ・・・と思えるアーティストも見られたんだけども。

麻丘めぐみさん、ジュディ・オングさんはそんな感じに映りましたね。

いや、現役というならば、麻丘めぐみさんも、「夢」グループのコンサートで今もちょくちょく歌っているはず。
どうなんだろう? 他のステージでは原曲キーでは歌っていないのかしらん? 良くわからないけど、でも、原曲キーだった、このステージではちょっと厳しかったですね。

心配だった点と言えば、C-C-Bのリュウ氏は、少し前NHKで放送された筒美氏の追悼番組で体調が悪そうだったんで、大丈夫か? なんて思っていたんだけども、今回のコンサートでの全盛期同様のドラムプレイと、ドラムを叩きながらの歌唱を見せてくれ、心配を払しょくしてくれましたね。

個人的に一番感激したのは、公式サイトに事前に公表されていなかった曲も聴けたことかなぁ。
公式サイトでは「and more」になっていた曲ですね。

その「and more」の曲が悉く、個人的なツボにはまったりして。

・麻丘めぐみさん 「私の彼は左きき」
・太田裕美さん 「九月の雨」
・庄野真代さん 「モンテカルロで乾杯」
・野口五郎氏 「グッドラック」
・郷ひろみ氏 「裸のビーナス」

まさか、これらの曲が聴けるとは思っても見てなかったし。

特に庄野真代さんの「モンテカルロで乾杯」なんて、まったく予想もしていなかった。

太田裕美さん、郷ひろみ氏は、もしかしたら数曲、歌うのかな・・と言う予想もしなかったわけではないけど、庄野真代さんは、全然予想もしていなかったから。

そもそも「モンテカルロ〜」なんて、今からすれば、「死角」に入っているようにも思えるしさ。
何分、庄野真代さんと言ったら「飛んでイスタンブール」のインパクトがデカいですからね。

私としても、ヒット曲の世界には足を踏み入れた丁度、そのころのヒットだったんで、
期せずしてきけて「生」歌に、感激もひとしおだったな。

これ、野口五郎氏の「グッド・ラック」にも同じことが言えるんだけどさ。

コンサート全体を通して感じたのは、、今回のコンサートを一言でまとめれば「1978」というキーワードだったかな・・・と。

そう、1978年のヒット曲の割合が多かったんじゃないかと・・・。

・東京ららばい 
・リップスティック
・青い地平線
・グッド・ラック 
・時代遅れの恋人たち
・海を抱きしめて 
・たそがれマイ・ラブ
・飛んでイスタンブール
・モンテカルロで乾杯 

アンコールを含めて全42曲中、9曲が1978年のヒット曲だった。特に「グッドラック」から「モンテカルロで乾杯」まで6曲続けて1978年のヒットだったし。

偶然だったのかもしれないけど、やっぱり1978年と言う年は筒美京平氏にとっても特別な年だったんだろうね。
世間一般的には「ザ・ベストテン」が始まり、1970年代アイドルが成熟し、ニューミュージックが台頭した年。 そんなヒット曲界としては、ものすごく中身が濃い年であり、アイドル、ニューミュージック問わず、ジャンルを超えた幅広いアーティストに、文字通り大車輪の活躍だった年でもあったわけですわ。

ただ、逆に言えば、筒美氏の第2の黄金期ともいえる1980年代の曲は、やや層が薄かったんじゃないかな・・・というキライも感じたなぁ。

まあ、確かにC-C-Bの「Romantic〜」や松本伊代さん「センチメンタルジャーニー」、早見優さん「夏色のナンシー」、斉藤由貴さん「卒業」、トシちゃん「抱きしめてTONIGHT」などの、筒美氏の80年代の「代表曲」と言える曲は聴けた。

でも、「スニーカーぶる〜す」をはじめマッチの一連の筒美作品は聴けなかったし、船山基紀氏の代表アレンジ曲ともいえる少年隊の「仮面舞踏会」も聴けなかった。

筒美氏作曲、船山氏アレンジということで言えば榊原郁恵さんの「ロボット」や、沖田浩之氏の「E気持」、柏原芳恵さんの「ト・レ・モ・ロ」なども聴けなかった。

音楽監督が船山氏ということであれば、当然この辺の曲もやるんじゃないか・・という思いもあっただけに、これらの曲がセットリストから漏れたことはちょっと意外でしたね。

それらを含めて、今回のコンサートは1980年代が少し手薄だったような印象があるな。

でも、今回やらなかったってことは、もしかして、今回聴けなかった曲を含め1980年代中心の「筒美京平の世界コンサートVOL.2」も視野に入れているんでしょうかねぇ。

今回のコンサートの出発点は、「ブルー・ライト・ヨコハマ」だったけど、それ以前のヴィレッジ・シンガーズやジャガーズ、オックスなどのG.Sの曲も1曲もやらなかったし。
今後はそれらG.Sの曲中心のコンサートも考えられる。

そう考えると、第2弾、第3弾・・というのも期待できる・・いやいや、期待したくなるんですよね。

それだけ筒美氏のヒット曲は膨大だし、今回のコンサートで終わらせるのはいかにも勿体ない。
コロナ対策としての席の売り方など考えてほしい点はあったものの、是非とも第2弾、第3弾と続けてほしい、そう思わずにはいられないコンサートでしたわ。


蛇足。先日のマッチのジャニーズ退所。 これで先にジャニーズから抜けていたトシとのジョイントがかえってし易くなったんじゃないですかね。
もし、第2弾があったなら、80年代の旗手でもあるマッチ、トシ中心でやってほしい。
今回の、郷ひろみ氏、野口五郎氏という新御三家の二人がジョイントしたように。
期待は膨らむんだけどね。

しかしさ、野口五郎、郷ひろみという二人の大物が、今のこの時代に同じステージにいるとはね。奇跡に近いですよね。これで西城秀樹氏が居い新御三家がそろい踏みだったら、さぞかし盛り上がったろうなぁ・・・。筒美氏は新御三家三人とも曲提供してましたからね。



●筒美京平の世界 in コンサート 4/17セットリスト
▽第1部
1.
ブルー・ライト・ヨコハマ (原曲:いしだあゆみ)/伊東ゆかり 1969年
2.
誰も知らない / 伊東ゆかり 1971年
3.
雨がやんだら (原曲:朝丘雪路)   /夏木マリ 1971年
4.
真夏の出来事 / 平山三紀 1971年
5.
芽ばえ / 麻丘めぐみ 1972年
6. わたしの彼は左きき / 麻丘めぐみ 1973年
7. 赤い風船 / 浅田美代子 1973年
8. にがい涙 (原曲:Three Degrees) /AMAZONS 1974年
9. セクシー・バス・ストップ (原曲:浅野ゆう子)  / 野宮真貴 1976年
10. 木綿のハンカチーフ / 太田裕美 1975年
11. 九月の雨 / 太田裕美 1977年
12. 東京ららばい (原曲:中原理恵) / 森口博子 1978年
13. リップスティック (原曲:桜田淳子) / 森口博子 1978年
14. 青い地平線  / ブレッド & バター 1978年
15. 哀愁トゥナイト (原曲:桑名正博) / 大友康平 1977年
16. セクシャルバイオレットNo.1 (原曲:桑名正博) / 大友康平 1979年
17. ドラマティック・レイン / 稲垣潤一 1982年
18. センチメンタル・ジャーニー / 松本伊代 1981年
19 夏色のナンシー / 早見優 1983年
20. あなたを・もっと・知りたくて (原曲:薬師丸ひろ子) / 武藤彩未 1985年
21. 卒業 / 斉藤由貴 1985年
休憩20分 
▽第2部
22. Romanticが止まらない / C-C-B 1985年
23. Lucky Chanceをもう一度  / C-C-B 1985年
24. WAKU WAKUさせて(原曲:中山美穂) / AMAZONS 1986年
25. Oneway Generation(原曲:本田美奈子) / Little Black Dress 1987年
26. 抱きしめてTONIGHT(原曲:田原俊彦) / 藤井隆 1988年
27. 人魚 / NOKKO 1994年
28. AMBITIOUS JAPAN! (原曲:TOKIO) / ROLLY 2003年
29. 17才 (原曲:南沙織/森高千里) / 松本伊代, 早見優, 森口博子, 武藤彩未 1971年
30. 男の子女の子 / 郷ひろみ 1972年
31. よろしく哀愁  / 郷ひろみ 1974年
32. 甘い生活 / 野口五郎 1974年
33. グッド・ラック / 野口五郎 1978年
34. 時代遅れの恋人たち / 中村雅俊 1978年
35. 海を抱きしめて  / 中村雅俊 1978年 (「時代遅れの恋人たち」c/w)
36. たそがれマイ・ラブ / 大橋純子 1978年
37. 飛んでイスタンブール / 庄野真代 1978年
38. モンテカルロで乾杯  / 庄野真代 1978年
39. さらば恋人(原曲:堺正章) / 松崎しげる 1971年
40. 魅せられて / ジュディ・オング 1979年
アンコール
40. 雨だれ / 太田裕美 1974年
41. 裸のビーナス / 郷ひろみ 1973年
42. また逢う日まで (原曲:尾崎紀世彦) / 松崎しげる +全員でコーラス(原曲キー+1) 1971年


▼バックバンドメンバー
Co :  船山基紀
G : 土方隆行、増崎孝司
A.G :  吉川忠英
B :  高水健司
Dr :   山木秀夫
Key :  中西康晴、安部潤
Per  :  斉藤ノヴ
Tp :  ルイス・バジェ、竹内悠馬
Tb  : 鍵和田道男
Sax :  アンディ・ウルフ
Str  : 石亀協子Strings
Cho :  AMAZONS


  

瀬戸の花嫁 / 小柳ルミ子

1972_05_瀬戸の花嫁_小柳ルミ子


今回の1曲セレクトは、「瀬戸の花嫁」小柳ルミ子です。

まずはデータです。

・タイトル     瀬戸の花嫁
・アーティスト   小柳ルミ子
・作詞       山上路夫
・作曲       平尾昌晃
・編曲       森岡賢一郎
・リリース日    1972年4月10日
・発売元      ワーナーパイオニア
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    74.1万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年4月24日〜7月24日付

この1曲セレクトは、私の独断と偏見で書く曲をセレクトしているわけで、基本的にはリクエストされた曲を書いてはいないんだけども、今回引っ張ってきた曲は、じつは、ちょっと前にFacebookで、高校時代の友達からリクエストされてた曲なんだよね。

うーむ、リクエストにこたえる形で、引っ張ってきた曲は、昔、mixi時代に元同僚からのリクエストで書いた、風見慎吾の「僕笑っちゃいます」以来かもしれん

両者とも「女性」からリクエストなんだけどさ、 女性にはすこぶる優しい・・・・うーんにゃ「弱い」ワタシデス。

だからねぇ、今後も、もしかすると女性からのリクエストには応えちゃうかもなぁ〜。
野郎からのリクエストは・・・勘弁だけど。。。。


その曲は 小柳ルミ子「瀬戸の花嫁」。

1972年4月10日リリース。デビュー4作目のシングルは、デビュー曲「わたしの城下町」以来のオリコン1位獲得。売り上げ74.1万枚は「わたしの城下町」に次ぐ売り上げ枚数と、誰でも認める、小柳ルミ子さんの代表曲ですわ。

兎も角、70年代、この曲歌ってる、おじさん、おばさんって多かったよなぁ。
特に地方に行くほど、この曲ってよく聴いたような印象が強いなぁ。

ウチは、母方のおじいさんが、福島・鏡石町の地主農家の出で、子供の頃は良く遊びに行ってたんだけどさ、宴会が始まると、きまって、この曲を歌う、おじさん、おばさんがいたんだよねぇ。


だからか、どうも、この曲と言うと、田舎のおじさん、おばさんの曲っていう印象が強い。

最近、またシティポップスが流行ってきているけど、それらの曲に対しての完全なアンチテーゼに位置する曲っていうのかなぁ。
地方の大人のための曲と言うイメージがあったんだよね、悪く言えば。

いやだからこそ、日本の広く息づいている、心の中の1曲ということも出来るのだが。。。

でもさ、当時、子供の頃は、特にオヤジは向こうの曲の方が好きだったから、車の中でかかっている曲といえばいつも向こうの曲だったし、 だから、ワタシも「日本の心」的な歌謡曲よりは、外国の匂いのする曲の方が好きだった。

むしろ、田舎の匂いの強いこの曲のような歌謡曲は拒絶していたところがあったかもしれないな。

だから、長年この曲との接点はなかったんだよね。

たださあ、この曲オリコンで1位を取っていたということが分かってからは、ちょっと不思議な感覚があったけどさ。

80年代にオリコンに触れた当時は、オリコン1位って絶対的な曲っていうイメージがあったんだよね。寺尾聡氏の「ルビーの指環」とかさ。 
当時は、この「瀬戸の花嫁」って曲は、田舎臭いかっこ悪い曲っていう頭があったからさ、不思議だったね。 
「えーこの曲が1位だったの?」ってさ。 全く実感がわかなかったよなぁ。

でも、大人になって冷静に考えたら、やっぱ「日本人の心の唄」のような曲に勝る曲っていうのはないんだよな。

特に、70年代前半って、そういう日本人の心に刺さるような歌謡曲が多かったわけだし。 そういう歌謡曲がまだまだ強い時代だったんだよね。

昔、ソース顔、 ショーユ顔っていうのが流行ったけど、まさに、まだまだ「醤油」風味の曲の方が強かったのよ。

向こうの匂いが強いっていう筒美京平氏だって、70年代前半は、まだまだ醤油風味の歌謡曲的な曲が多かったですしね。 前回書いた、いしだあゆみさんの「あなたならどうする」とか、朝丘雪路さんの「雨がやんだら」なんてのは、もろそうだったわけだし。

特に平尾昌晃氏のメロディラインっていうのは、和テイストが強かったんだよね。70年代、平尾氏の曲が時代を席巻していたのも、当時の日本人の心をつかむような歌謡曲だったからなんだろうなぁ。

もっとも、この曲は森岡賢一郎氏の和の匂いが強いアレンジの効果も多分にあったわけなんだけどさ。

それにしても、クラシックの家系に生まれ、若い時にはロカビリー三人男という、向こうの曲かぶれな平尾氏が、和テイストな歌謡曲で時代を築いたというのも、面白い話ではあるんだけども。。。

たださ、「和テイスト」といっても、リズム体を聴くとマンボのリズムのコンガの音色、 いやいや、それ以上にスチールギターが入っていたりして、全く予備知識もなく聴いていると、一体どこの国の曲なの? なんて思ったりも出来たりしてね。

歌謡曲ってさ、日本的なメロディラインをベースに、向こうの曲のいいところを自由に取り入れるところがいいところではあるんだよね。
良く言えば無国籍料理みたいなもの。 その節操の無さが実に日本ぽいのだけれど。。。





これは、1972年、第3回日本歌謡大賞にて この「瀬戸の花嫁」で大賞を獲った時のVTRですね。

そそそ、この曲で小柳ルミ子さんは「日本歌謡大賞」を獲ってるんですよ。

♪瀬戸ワンタン 日暮れ天丼〜♪ なんて気安く歌えないんだよね、本来ならば

このVTRには映ってないけど、1988年の「歌謡大賞特別企画」で放送されたときの話では、大賞を発表される数秒前にバックバンドの「ダン池田」と目が合った時、ダン池田氏が指で「〇」という合図を送って来て「もしかして」と思っていたそうだ。

まあ、デビュー2年目での大賞受賞という快挙ではあったけど、この曲の次の「京のにわか雨」でも連続オリコン1位という時代に乗っていたとしでもあり、大賞受賞も頷けるところか。

ちなみに、第1回の歌謡大賞の藤圭子さん(ヒッキーママ)も、デビュー2年目での大賞受賞ということで、レコード大賞と違って歌謡大賞は比較的デビューからの年数が浅くても、年齢が若くても大賞受賞もありえたんですよね。
それいえ、レコード大賞よりも「権威」と言う点では、若干下だったかもしれないけど。

1983年にトシちゃんが大賞を取ってしまったことで、それが余計あらわになってしまいましたが。。。。。


曲をキチンと聴きたいという方は ↓の動画にて




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帰らざる日々 / アリス

1976_05_帰らざる日々_アリス


今回の1曲セレクトは、「帰らざる日々」アリスです。

まずはデータです。

・タイトル    帰らざる日々
・アーティスト  アリス
・作詞      谷村新司
・作曲      谷村新司
・編曲      篠原信彦
・リリース日   1976年4月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   31.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位

最近の曲で、歌詞の切り口でこれは凄いなぁ・・と思える曲って少なくなっちゃった気がするなぁ。
まあ、40年以上もヒット曲を聴き続けてくると、ほとんどのパターンの曲を聴きつくしたというか、頭の中に既にインプット済みのパターンのものが多くなって、ちょっとやそっとじゃ、これまで無かったようなパターンの切り口の曲に出会わなくなってきたというのもあるんだけども。

だけど、最近は、いわいるすでに亡くなった方を偲ぶような歌詞の曲、いわいる「挽歌」っていう曲って、少なくなったような気がするなぁ。これも時代の流れなんだろうな。

今回引っ張ってきた曲も、 そんな「挽歌」に当てはまる曲になるんでしょうかねぇ。。


アリス「帰らざる日々」

いや、この曲は、単にすでに亡くなった方を偲んだ曲ではない。 これから自ら「死」に向かう心情、情景を歌ったものだ。「挽歌」とはちょっと違うか。。。

♪ 夕暮れが近づいてくる 私の人生の
 Bye Bye Bye 私のあなた
   Bye Bye Bye 私の心
   Bye Bye  Bye 私の命 〜 ♪

失恋の末、思いつめたうえでの死の選択。
服毒なのか、刺殺なのかは、よくわからない。 けれど、確実に死に向かったことを歌った曲であることは間違いないわけで。

このシチュエーション、 いまじゃコンプライアンスだぁ、なんだぁ・・・とケチつけられて、もしかしたら出せないパターンかもな。

でも、当時にしても「斬新」な切り口ではなかったか

うーむ、ここ何回か「斬新」というコトバを使いまわしてるんで、今回は使いたくなかったけど、どうしても、この言葉しか思いつかないな。


いや、でもどうなんだろう? 考えてみれば70年代中盤、アングラ的な存在として「暗黒フォーク」と言うものがあった。

70年代中盤、それまでの高度成長期の終焉、オイルショックともに訪れた不況。 
若者の間では学園紛争もいつの間にか過去のものになり、代わり発生した「シラケ」ムード。

そんな時代の流れの中で発生した「暗黒フォーク」。 
文字通り人生の絶望をつづったフォークソングですわ。山崎ハコさんや、森田童子さんなどが代表的だろうね。
今を時めく、中島みゆき女史だって1980年の「うらみ、ます」などから、昔は「絶望のための唄」とか言われてた時代もあった。いわいる「暗いコ」のレッテルを張られているような。

それを考えると、↑では「斬新」と書いたけど、当時の世相を反映した、確立された歌のジャンルの一つだったとも言えるかもなぁ。

個人的に斬新と思えたのは、ワタシがヒット曲を聴き始めたころは、そういう「暗黒フォーク」の時代がすでに終わりを見せていて、リアルタイムでは、あまり耳にしなかったからもしれない。

いや、70年代中期でも暗黒フォークと呼ばれるジャンルの曲は、あくまでもアングラな存在であり、ヒット曲として一般にはなじみが薄かったただろうけど。。。

今回ひっぱってきた「帰らざる日々」は、そんな暗黒フォークのように「真っ暗」な曲内容であるのにアングラではなく30万枚以上の売り上げという、一般的な大ヒット曲として昇華させたっていうのが、すごいところなんだろうな・・と思うんだよね。

これには、当時のアリスの地道なコンサート活動による「口コミ」からジワリと広がったという部分も多分にあるんだろう。
いまもそうだけど、一過性ではなくジワリと広がる口こみほど強力な広がり方はないですから。

逆に言えば、そんな地道なコンサート活動から、一般的な見地が広がった効果がはっきりと表れたのがこの曲からとも言えるんだろうね。

たしかに、この曲の前年に「今はもうだれも」というオリコン11位まで行ったヒット曲はすでに出していたアリスではあるけど、この曲は1969年に「ウッディーウー」という谷村氏の先輩筋にあたる、佐竹俊郎氏が所属していたグループの、あくまで「カバー曲」であったわけでさ。
だから、自分たちのオリジナルのヒットしてはこの曲が最初でしたからね。


ただ、この曲が本当に一般的なヒットとして認知されたのは、77年にリリースされたあの大ヒット「冬の稲妻」の後だったんじゃないのかなぁ。

覚えている方は、もしかすると覚えていらっしゃると思いますが、1978年に藤田敏八監督作品「帰らざる日々」として映画化され、その効果もあって、この曲がリバイバルヒットしたんですよね。

個人的に、この曲を知ったのも、このリバイバルヒットによってだったと思う。

まあ、オリコン的に言えば、この曲の最高位を記録したのはリリースされた76年だったわけで、すでに76年から一般的に知られてはいたんだろうけども、78年のリバイバルヒットは、さらにこの曲の認知の裾野を広げたんぢゃないのかなぁ・・・と思うわけなんだよね。

少なくとも、当時小学3年のおこちゃまだった、ワタシでも78年のリバイバルヒットで、この曲を知ったくらいだからさ。




フジテレビ「ニューミュージックスペシャル1976」より

しかしさあ、前々から書いてるけど、「ニューミュージック・スペシャル」って今思えば、貴重なアーティストの、貴重な曲のVTRの宝庫だと思うんだよね。
是非、DVD化してほしいんだけどなぁ。
TVKの「ヤングインパルス」も同じような貴重な楽曲のVTRの宝庫だったけど、こちらは、最近少しずつDVD化されて来てるんでね。「ニューミュージックスペシャル」も是非・・と思うんだけども。。。
まあ、権利的に難しいんだろうねぇ。

・・・と思ったら、曲の途中で切れてる。。。

改めて動画を。。。



でもさ、一般的には、この曲「フォーク」に分類されることが多いけど、個人的には、やっぱ一般的なフォークぢゃないんだよなぁ。
 この谷村氏のこじゃれた曲想は、フォークと言うよりもシャンソンに近いイメージがあったりしますね。
もっとも、ストリングスを効果的に使用したアレンジが、そういう雰囲気を醸し出してくれるんだけど。
そもそもエレピやドラムを多用し、曲によってはエレキが前面に出てくる曲想は、一般的フォークの範疇を越えてるし、それらを含めて考えると、やっぱりニューミュージックなんだよなぁ、個人的な感覚では。
ニューミュージックって、最近言われてるシティポップスのようにイメージが限定されていないだけ、自由にとらえることが出来るところがいい。
まあ、逆に、そういう曖昧さを嫌う人も居るけどさ。




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