かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

うっ、やられた。

うっ、やられた。
ちょっと前に、Adoがフェスに出たら面白いってことで、年末の「COUNTDOWN」出演希望的なことを書いたんだけども、その前にドワンゴさんの「超パーティー」出演が決まっちゃいましたね。


あ、いやいや、Adoがフェスに出たら面白いって書いたのは、ここのブログぢゃなくて、Facebookだったっけな。。。

いずれにしても少し前にそんなこと書いたんだけども、ドワンゴさんに先手を打たれてしまいましたね。
(・・つか、元いたカイシャに「さん」付けするのもなんか、くすぐったいのですが。。。😅😅)
さて、この動きで、ロッキン・オンさんはどう出るか。
まあ、Ado本人は、年末から全国ツアーが始まるんでCOUNTDOWNは難しくなってきた感じだけども。。。


その他、ここに来て「yama」ってヒトの「くびったけ」をきいてたら、俄然面白くなってきた。




80年代にどっかで聴いたようなイントロからvaundyのトリッキーなメロディラインが続き、思わず刺さるのよ。

いや、80年代ぢゃなくて、90年代かなぁ。 いずれにしても、必ずしも新しい手触りの曲ではないんだけども、今のこの時代に聴くとどこか新鮮ですわ。

こちらは夏のロッキンにも出たんで、当然「COUNTDOWN」にも出てくるだろうけど。。。
・・・・っつか、8/6のロッキンでニアミスしてたんじゃん。なんで見なかったのか、ちょっと地団駄。。。
 まあ、まだ、東阪のFM局くらいしか「推し」でないし、ワタシのランキングでも30位以内に入ってきていないけど、全国区になれば面白いと思う。

・・・とおもったら、新曲「色彩」がアニメ「SPY×FAMILY」の第2クールエンディングテーマに抜擢というニュースが飛び込んできた。 これは、いやがおうにも全国区になってきそうだな。

涙をふいて / 三好鉄生

1982_09_涙をふいて_三好鉄生



今回の1曲セレクトは、「涙をふいて」三好鉄生です。

まずはデータでーす。

・タイトル    涙をふいて
・アーティスト  三好鉄生
・作詞      康珍化
・作曲      鈴木キサブロー
・編曲      鈴木キサブロー Jバクスター
・リリース日   1982年8月5日
・発売元     アルファ
・オリコン最高位 17位
・売上げ枚数   11.9万枚
・タイアップ:中外製薬「新グロモント」CM曲
・THE HITCHART HOT30最高位 18位

前回書いた、まっちの「Baby Rose」は、mixi時代を含めて、まだ書いてなかった曲ということだったんだけども、今回引っ張ってきた曲は、mixiで1度書いてんだよね。
2006年だから、今から16年前に。。。 

でも、ここのブログにはないから、この曲も移植し忘れたんだろうなぁ。。。。

それか、後々のためにとってあったか? 。。。

三好鉄生さんの「涙をふいて」

この曲、覚えてますか?

そうです、「ガンバリマース」の雄たけびが入る、「新グロモント」のCMで流れてた曲ですよ。
 ・・・って書いて、分かる人は、けっこう同年代以上だよね




1982年。丁度40年前の今頃ですよ、CMが流れ、曲もヒットしていたのは。


歌ってた三好鉄生さん。あの「ガンバリマース」の張本人ですね。
当時30歳。 で、この曲がデビュー2作目という当時のバリバリの新人だったんですよ。
 
そう、花の82年組・・・・シブがき隊、中森明菜、小泉今日子、堀ちえみ、早見優、石川秀美・・・などと、デビューは同期になるわけです。。

これ当時でもかなりの異色だったなぁ。

それにしては30歳にしてのデビューは、超遅咲きでしたわね。

 北海道出身で、それまでは炭鉱夫として働いていたというから、デビューも遅くなってしまったようでけどね。

当時はそういうパターンもあったんだよね。

「おやじの海」の村木賢吉氏も同じパターンでしたしね。まあ、三好鉄生氏の場合は、もっと若い段階でデビューでしたが・・。

 
 この「涙をふいて」って曲。
 日本の曲としては珍しいくらい、カントリーっちくな曲。
うんにゃ、普通、カントリーっていったら、バンジョー、ペケペケって感じで、明るい曲が多いけど、この曲は、ブルースっぽい、モロ黒いんだよね。間奏では、ゴスペルも感じる。
 夕陽に向かって歌ったら最高やね。いずれにしても、雰囲気的にはテキサスあたりの(アメリカ)南部のイメージですわ。

これ最初に書いた時には、全く意識してなかったんだけどもカントリーブルース。 モロですね。

その後のヒット曲には、この手のカントリーブルースを彷彿させるような曲もあることはあるんだけども、あの当時では・・・・うーん、どうなんだろう、少なくとも「ヒット曲」には少なかったと思う。

とはいうものの、当時聴いたときも、それほど強烈に新鮮さは感じなかった。。。
・・・ということは、あの当時から、この手のカントリーブルースっぽい曲は他に聴いてたんだろうな、どっかで。

まあ、このヒト自体、垢抜けないっていう雰囲気があったからですかねぇ、いや、イメージ的には、これほどピッタリなヒトはなかなかいないと思いますよ。

それに、けっこう巨漢なコノヒトの歌いっぷりはダイナミックだったしね。

 サビの ♪ 涙をふいて 抱きしめあえたら 〜 ♪は、やっぱり、インパクトは充分だったしね。

 でも・・・かなしいかな、やっぱりそれでも、あの「ガンバリマース」が先行して売れてたっていうところは拭いきれなかったわけで・・・、ヒットチャート的にはこの曲だけでしたね。

 この曲のジャケ写みても「濃い」もんね。やはり、あまり「濃い」のも・・ってところかなぁ。
 丁度時代はシティポップスっていう薄味の時代になりつつあったからね。


  

だけども、いま改めて発売元を確認すると、この曲「アルファ」からのリリースだったんですねぇ。
それこそ、ユーミン、ハイファイセットなど、シティポップスを多く輩出した、「オシャレ」なレーベルですわ。

それを考えると、シティポップスとは真逆な、カントリーブルースなこの曲が、アルファからリリースされていたっていうことも、異色だったような気がするな。

この曲から5年後、やはりCM曲だった「すごい男の歌」(サントリー生ビール)が、ロングヒットになった。
この曲はクラウンからリリースされたけど、どちらかといえば、そういうイメージだったんですけどね。 

ちなみに70才を越えた今でも、現役のシンガーです。



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Baby Rose / 近藤真彦

1986_09_Baby Rose_近藤真彦



今回の1曲セレクトは、「Baby Rose」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル   Baby Rose
・アーティスト 近藤真彦
・作詞     織田哲郎
・作曲     織田哲郎
・編曲     織田哲郎
・リリース日  1986年9月10日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  9.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位

一人ぶりに、まったくフリーな休日。・・・ってなんか変な表現。。。
休みの日は、通常フリーぢゃないのかい?  ・・・ってところなんだけども、通常の土日は持ち帰りの仕事をやってるからなぁ。。。 休みのようで休みぢゃないのよ。今日のように3連休だと最後の1日は休めるペースになるんだけども。。。

たださあ、ここんところ、睡眠が不規則で・・・・。夜、テレビ見ながらちょっと横になっていると、そのまま寝落ちしちゃうんだよね。 で、気が付くと1時とか2時で・・・。そこから風呂入って、さあ、ちゃんと寝ようと思うと、今度は眠れない。

まるで、井上陽水「西へ東へ」状態。

♪ 昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういうわけだ〜 ♪ ってあれですわ。

昨日も、この状態に陥って、夜、眠れなくなっちゃってさ。夜中、仕事しちゃいましたわ、朝まで。

おかげで、今日1日、頭ボー。 これまで貯めといたビデオ見ながら、うつらうつら。。。

まあ、台風が接近してきているとあって天気が悪い休日だったんで、いいっちゃ、いいんだけどね。。。 まだ、頭ボーッとする。

いけんねえ、規則正しい生活に戻さなければ。。。。


さて今回引っ張ってきた曲。

まっち先生の「Baby Rose」

この曲は、1986年9月にリリースされた、まっち先生21枚目のシングルですわ。

この曲、まだ書いてなかったんだよねぇ。。。、すでに書いたと思ってたんだけどなぁ。。。。

件のmixi時代に書いて、今のブログに移植し忘れ? ・・とも一瞬思ったんだけども、mixiでも書いてない。まだ、一度も書いてなかったんだよな。ちょっと不覚。。。。

まっち先生としては、上記のように、デビュー曲から数えて21枚目のシングルだけども、前年にCBSソニーに移籍してからは6枚目のシングルとなる。

それまでRVC時代は、オリコン13作連続1位の輝かしい記録を打ちたてた、まっち先生も、CBSソニーに移籍してからは、すっかり迷走状態に入ってましたよね。

たしかに、前年1985年には、「日本歌謡大賞」を取ったりもしたけど、楽曲的には、今一つ方向性が定まらないような曲が増えて来てましたからね。

そんなこともあり、CBSソニーの移籍した時の「ヨイショ!」こそ、1位を獲得したけど、その後はヒットチャート的には低迷が続いていましたからね。

この「Baby Rose」もオリコン最高位6位と、ベスト5にも入れない状態が、すっかり続いてからなぁ。。

ただ、個人的には、この曲、この時期のまっち先生の曲としては、好きな曲だったんだよなぁ。

久々に、それと分かるロックテイストな1曲だったし。

なんやかんや言っても、まっち先生は、ロック傾向の曲が似合うのよ。 ポップス志向のトシちゃんとは、そのあたりできっちりと線引きをされていたわけでさ。

ただ、あの頃のまっち先生は、そのあたりが曖昧だったからなぁ。。。

当時、この曲を・・・どの番組ではじめて聴いたんだっけなぁ・・・。多分、文化放送「決定!全日本歌謡選抜」だと思うんだけども、「この曲は行ける」って、久々にまっち先生の曲に引っかかったのを覚えてるワ。

だけど、ランキングだけを見ると、そこまでの求心力は感じられず。。。そこまで、まっち先生のアーティストパワーは落ちたのか・・・と感じたな。

・・とはいうものの、この曲の前の「青春」よりも、わずかながら売上げを伸ばしたわけだし、やっぱ、まっち先生はストレートなロック路線だよね・・・っていうそれなりの成果はあったんだよね。

この曲を足場として、次の「愚か者」に繋がったわけでもあるし。


ところで、この曲の作詞・作曲者は、織田哲郎氏。  

織田哲郎氏は、いまでこそ、後のビーイング系の最大の立役者の一人と言えるし、この後、膨大の数のヒット曲を世に出していくことになるわけだけども、この曲あたりからでしたよね、頻繁に名前を聴くようになったのは。

もっとも、この年1986年としては、この「Baby Rose」以前にチューブ、大ブレイク曲「シーズン・イン・ザ・サン」の作曲もしているし、この曲が最初というわけではないけど、本格的に名前が売れ出したのは、この曲あたりからだったと思う。

ちなみに、この「Baby Rose」は、もともと、前年1985年リリースの織田氏のソロアルバム「NlGHT WAVES」の1曲目に収録されていた曲ですわ。

まっち先生が、この曲のお気に入りで、コンサートでカバーしたところ大評判になり、シングルとしてカバーした・・という経緯なんだよね。

織田哲郎氏曰く、1985年にこのアルバムをリリースしたころは、精神的にはどん底だったそうだ。

そんな精神状態の時、絞り出したのがこの「Baby Rose」だったようで。

サビの ♪ Everythings gonna be all right  大丈夫さ うまくやれるぜ〜 ♪ というのは、その時のどん底の精神状態を鼓舞するかのように出てきたコトバだったようですね。


その辺りは、織田哲郎氏のブログ「T'sブログ」にも書かれてあったり

↓ コレ




うんにゃ、このブログ内容の動画もあった




いずれにしても、まっち先生にこの曲をカバーしてもらったおかげで、織田哲郎という名前も全国区で知れ渡るようになり、ここから、後年のビーイング系に繋がるって行く事は、間違いないですね。

「曲の人生」・・・わからんもんだな   ・・・というのは、織田氏本人の弁。






この曲がヒットしていた、1986年の今頃は、個人的には「おニャン子」旋風に飽き飽きしていて、当時のヒット曲路線からは、気持ちが離れつつあった頃ですわ。

かわりに、60年代のG.S(グループサウンズ)のガレージさに刺さり始めていて、そっち方面を掘り返し始めていた頃。並行して、70年代のニューミュージック系も本格的に掘り返し始めて、頻繁に蒲田の「えとせとらレコード」に通ってた頃ですね。

だけど、この曲を聴くと、あの当時(1986年今頃)の空気感を感じるわけで、この曲に関しては、↑で書いたように本当に刺さってたんだろうな。

その割には、この曲のレコード音源を手にするのは、これから大分後だったけども。。。。。
ヒット当時は、「ベストテン」から録音したカセットで満足してたんだよね。 

なので、この曲と言えば、レコード音源の「音」よりは、↑の動画のような「歌番組」の音の方がしっくり来たりするんだよね。


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萩田光雄さん、船山基紀さん、及川眠子さんトークライブ

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15日、70〜80年代ヒット曲アレンジャーの巨匠、萩田光雄さん、船山基紀さん、80年代終盤〜 Winkをはじめ数々のアイドル作品からアニソンまで幅広く手がられている作詞家、及川眠子さんのトークライブにお邪魔しました。

場所は、渋谷Take Off 7。

クラブ・クアトロの隣。こんなところにライブハウスがあったんだ。。。クアトロまでは、これまでも何回かライブを見に来ているんだけども、いままで、全く気が付かなかった。

このトークライブ開催については、結構前から知ってたんだけども、この御三方ならすぐチケットなくなるだろうなと思いーの、スルーしてたのですよ。
でも、先週、意外にも、まだチケット余っていると知り、急遽購入。有休も取りーの、参加したわけです。

これまで船山さんのトークライブには、何度か参加したことがありましたが、萩田さん、及川さんは初めて。
書籍には書かれていないレアな「業界ウラ話」的な話が聴けるかな・・と期待していたところはあった。
ただ、正直、あまりレア話にはならなかったですが・・・。

ところで、この御三方ってどういう繋がりなんだろう・・と思ったりもしたんだけどね。
共通して手掛けたアーティストっていうのも、今一つピンとこなかったし。。。
Winkの一連の大ヒット曲は、作詞 及川眠子、 編曲 船山基紀 っていう組み合わせだったのは、すぐに浮かぶんですけどね。
御三方もどうも、今一つピンとこなかったようで、恐らく中森明菜さんだけじゃなかったか・・というお話。
「スローモーション」→ 編曲 船山基紀
「少女A」〜「禁区」 → 編曲 萩田光雄
「原始、女は太陽だった」→ 作詞 及川眠子
確かに、御三方が「ヒット曲作家」としてもっとも脂がのっている時期(特に80年代終盤頃)って、かぶってそうで、微妙にずれてたりしますから。。。

ただ、中森明菜さん以上に、一昨年亡くなられた広谷順子さんとは、御三方とも深いかかわりがあり、思い出話に花が咲きました。
広谷順子さん・・・・80〜90年代にかけて主に女性アイドルのレコーディングのための、仮歌(ガイド)ボーカリスト。
譜面が読めないアイドルのために、「仮」でレコーティングされる曲を歌い、曲のイメージを伝えるためのボーカリストですね。
それぞれのアイドルは、広谷さんのガイドボーカルで曲を覚えてレコーディングに臨んでいたわけですわ。
ボーカリストとしては、表には出てこない、完全な裏方の存在だけども、アイドルのレコーディングには欠かせない方だったわけです。

特に、浅香唯さん、Wink、南野陽子さんなどの80年代終盤以降のアイドルには深くかかわっており、したがって、萩田、船山、及川、御三方とは繋がりも深かったわけですね。

それと印象的だったのは、御三方とも、もっとも忙しい時期は、これ以上やったら死ぬという、ある種極限状態のなかで仕事をこなしていたこと。(松本隆氏いわく、いまよりずっとブラックな世界だったという事)
それでもこれまで仕事をこなせてきたのは、極限状態でも、どんなに時間的な制約があっても穴をあけずに「出来てしまったから」・・・という。

まあ、それだけ、御三方ともに才能の塊だったといえるエピソードなんだけども。。。

たださ、これは個人的に、片足「業界」に足を突っ込んでいるクリエイティブな仕事をしてきていたから、特に実感できることなんだと思うんだけども・・・・、「ディレクションする立場」から言えば、どんなに忙しくても、どんなに時間的な制約があっても、不平を言わずにきっちりと仕事を仕上げるクリエイターとは、仕事がやりやすいんですよ。
だから、仕事が手いっぱいだとわかっていても、次の仕事を頼みたくなる。

よくいるでしょ、仕事が手詰まりになってくると、不平不満ガラガラで、時間が足りないとか、酷いとギャラあげろとか文句言うひと。 ディレクションする側からとしては、こういう人とは仕事がやりにくいし、仕事を振りたくないわけですよ。時間が足りないならば、足りないなりに、自身で旨く時間調整するのがプロだろと思うんだけどね。
特に、ある程度実績を上げると、自分は偉い、才能がある・・と勘違いして、えらそうな態度に出るヒトっているからさあ。そういう人に限って期待するほどの仕事は出来ないからさ。

それに最近は、ギャラに見合った仕事しかしないヒトとか、時間外の仕事をやりたがらないサラリーマン的なヒトが増えてきたからさぁ。やりにくくなってきたわけよ。

長年、ヒット曲界の第一線で活躍されてきた御三方なので、才能あふれるというのは、言うに及ばずだけども、数々のヒット曲を手掛けた実績があるにも関わらず、謙虚で黙々と仕事をこなし、それぞれのディレクターの期待に応え続けてきたからこその今なんだろうなぁ・・・というのは、ライブ全般の話から感じましたね。

まあ、これって、どんな仕事でも通じることだとは思うんだけどさ。


終始、ゆるーい・・・うんにゃ、和やかな雰囲気のトークライブではあったけども、話の節々に、上記のような話もあり、個人的には楽しめた、2時間半余りのトークライブでしたね。

ひまわりの小径 / チェリッシュ

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今回の1曲セレクトは、「ひまわりの小径」チェリッシュです。

まずはデータです。

・タイトル   ひまわりの小径
・アーティスト チェリッシュ
・作詞     林春夫
・作曲     筒美京平
・編曲     筒美京平
・リリース日  1972年5月25日
・発売元    ビクター
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  41.2万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年8月7日〜10月9日付

音楽のジャンル付け。 これほど曖昧なもんは無いですよね。
正直、聴くそれぞれの方で見方は変わるし、だから正解なんてないんですよ。
ロック、ポップス、ジャズ、クラシック・・・それぞれにはっきりとした境界線なんてないし。

モノの本によっては、それらしく境界線を引いてるものもあったりするけど、すべて著者の主観でしょ。

だから、ものの本にロックと書かれてても、自分はポップスと思えばポップスでいいのよ、音楽のジャンルなんて。 それで反論されたら、反論する方が間違っているわけでさ。

・・・なんて、訳の分からない書き方で始めた、今回の1曲セレクトだけども、今回引っ張ってきた曲は、そんな感じで、果たしてこの方たちの曲のジャンルは、何に属するんだろう・・・といつも迷ってしまう方たちの曲ですわ。

チェリッシュ「ひまわりの小径」

今回の「マクラ」に従うと、チェリッシュって、フォークなんだろうか、歌謡曲なんだろうか・・・って頭がいつももたげてしまうわけなんだけども。。。。

そもそも、チェリッシュって、「バイタリス・フォーク・ビレッジ 全国フォーク音楽祭全国大会」に中部地区代表として出場した、5人組のフォークグループなんだよね。

その頭があるから、この人たちは、フォークの人たちっていつももたげてしまうのよ。

ただ、この回引っ張ってきた「ひまわりの小径」にしたって、どう聴いても「歌謡曲」だしね。

加えて、先週の、東京FM「松任谷正隆の変なこと聞いてもいいですか」にゲスト出演した吉田拓郎氏の、

「アメリカで言われるフォークと、日本でいうフォークは別物。フォークってもっと明るくて楽しいもの。 日本の四畳半フォークとかさ、ああいうのは本来は、歌謡曲の一部で、ああいうのをフォークとしたのはマスコミの虚像。アコギ持たせて歌わせれば、何でもかんでもフォークっていうのは違うと思う」

っていうコメントを聴くと、チェリッシュって人たちも、やっぱ「歌謡曲」なんだろうな・・・なんて、ますます思ったりもしてさ。

今回、このタイミングで、この曲を引っ張ってきたのは、丁度50年前のオリコン(1972/9/11付)の週間ランキングで、最高位3位を記録したから・・・っつうのもあるんだけども、実は、↑の吉田拓郎氏のコメントを聴いて・・っていうのは大きいな。

正直、それまで、個人的には、「
全国フォーク音楽祭全国大会」から出てきた人たちっていう事実のイメージが大きくてさ。 曲調は「歌謡曲」でも、この人たちは「フォーク」っていう頭の方が強かったんだよね。

まあ、そんな風に思う人の方が「稀有」なのかもしれないけどさあ。 だって、この曲をはじめとしてチェリッシュの一連のヒット曲・・・「てんとうむしのサンバ」にしても、「白いギター」にしても、これらをフォークって思える方の方が少ないだろうしね。

・・・っつうことで、今回引っ張ってきた「
ひまわりの小径」。

わたしねぇ、正直、この曲って最近まで知らなかったのよ。

1972年の今頃、丁度半世紀前のヒットでしょ。 ワタシゃ当時3歳。 まだ物心つくか付かないかの頃だからなんですかねぇ。

少なくともリアルタイムで聴いた記憶はないんだよね。

てんとうむしのサンバ」とか「白いギター」はリアルタイムで聴いた記憶はあるんだけどね。
特に「白いギター」は、当時から大好きだった。

この曲と、フィンガー5と、小坂明子の「あなた」が一緒くたになってになってるんだよね。
自分の中の最古の音楽の記憶としては。

3才と4才の間の1年間っていうのは、やっぱりデカいんだよなぁ。ものごころが付くか付かないか、記憶の固定っていう所では。

ただ、チェリッシュの曲としては、これらの曲じゃなく、今回引っ張ってきた「ひまわりの小径」が一番売れた曲なんだよね。
唯一の売上げ40万枚オーバーの曲。

個人的には、これが不思議でね。 いつかは聴きたい・・・と、まだYOU TUBEがなかった頃は、ずっと思ってたのよ。

もっとも、ラジオで流れているのを聴いてたけど、気が付かなかっただけの事なのかもしれないけど。。。

でも、実際曲を聴いて見ると、「うーん、なんかよくわかんないなあ」っていうのが、正直な感想。

少なくとも一発では受け入れがたい曲調・・というか。 
タイトルから想像していた曲調とは大分違うなぁ・・・っていうのが第一印象ですね。

「ひまわり〜」っていうところから、もっと快活なサマーソングをイメージしていたんだけども。
そんな感じのしっとりした曲調とはね。。。。

まあ、最近では、秦基博の「ひまわり約束」なんかも、「ひまわり〜」ってつくけどもしっとりした曲だしな。 いや、そんなに時代を飛ばなくても、この曲の2年後の、伊藤咲子の「ひまわり娘」にしても、切ない曲だしな。

「ひまわり」とタイトルに付くからといって、快活なサマーソングをイメージするのも、ちょっと短絡過ぎたかな・・と今となっては思うけど。。。




ところで、↑で書いたように、もともとチェリッシュってメンバー5人のフォークグループって書いたけど、この曲から、今に至るような松崎好孝、松崎悦子夫妻によるデュエットとなる。

この曲のジャケ写のイラストは5人になっているけど、これは、その名残ですね。

まあ、そういう経緯もあり、前曲「だからわたしは北国へ」のフォーキーな曲調から比べると大分歌謡曲的なメロディラインへシフトされてきているんだよね。
特に悦子さんの特徴である高音域をフィーチャーするようなメロディラインにこの曲なんかは変化しているな

「だからわたしは北国へ」も同じ筒美氏の作品だけども、5人フォークグループという意識があるからか、かなりフォーク寄りの曲調。
「白いギター」あたりから知るワタシから見ると、逆に大分イメージが違いますね。
まあ、結果的には、そんな曲調のシフトが大ヒットへとつながったんだろうけどね。


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たまにゃ、これまでつかってきたPCネタでも。。。

たままにゃ、音楽の話を離れて、これまでつかってきたPCネタでも。。

あ、そんなの読みたくない

だよね・・・。

まあ、興味がある方だけどうぞ。。。


10年以上前に使ってた、↓のタイプのvaio

g151354081.1


これから取り出したHDDを入れたHDDケース。
ずっとほったらかしになってたんで、何が保存されてんだろうと思って、中身見たけど、特にお宝と思えるファイルは無かった。。。
そんじゃ、なんでHDDケースに入れたんだろう? 🤔🤔
全く覚えてない。。。
当時としては「大容量」の方だった200GBのHDDだし、まだ使えるんで、捨てるの勿体なくて取っといたのかもしれんが。。。。
強いて言えば、YOU TUBEから落としたヒット曲の動画ファイルが多数。
なんで、こんなもん落としたんだろ? これまた不明。
いまは表向きはYOU TUBEからファイル落とすことは出来ないことになっているけど。。。(実際は出来るけど。。。) この頃はまだ出来たんだな。 そういう意味では貴重かもしれんが。。。
ちなみに、このvaioくんがこれまでつかってきたPCの中では一番使いやすかったかもなぁ。
8年くらい使ったけども電源が逝っちゃって。。直すよりも買い替えたほうが早そうだったんで取り換えたんだけども。。。
SONYには、また、こんなマルチメディアタイプのデスクトップPC再開して欲しいよなぁ。再開してくれれば多少高くても買うんだけども。。。

で、もって、Vaioの前に使っていたのが、↓のタイプのGatewayデスクトップ。
gateway1


そそそ「牛のマーク」の。
CPU Pentium掘OS Windows2000のやつを買ったんだよな。
あの頃、手持ちのCD音源が溜まり続けてて山のようになってて・・・そいつを整理したいと常々思ってたのよ。
そうだ、PCに音源を取り込んじゃえばいいんじゃん・・・と、持ち音源のmp3化をやりたくて買ったんだよね。
まあ、そう思い始めたのは、これの前に使っていたIBMのCPUが「AMD Athlon」のaptivaの頃でさ。
自分のサイトは、この「aptiva」で作ったんだけどね。。。
でもさあ、CD音源からmp3へのエンコって、当時はPentium 350MHz以上のCPUしかサポートしてなくて、「Athlon」はだめだったのよ。
いまじゃ、スマホで動画編集できるようになってるし、高々CDからmp3へのエンコっていう作業だけども、当時としては結構PCスペックが必要だったんだよね。
それを知らないで、音源ボードをやたら買い込んでは、エンコに失敗したりして。。。「Athlon」だとエンコ始めて数秒でPC固まっちゃうのよ。。。
おかしいなおかしいな・・・と思いーの、ちょいと調べたら、CDからmp3へのエンコはPentium供350MHz以上しかサポートしてない・・と。要するにスペック不足。
そいで、当時、新卒で入社した会社辞めて「プー」だったんで、金も無かったんだけども、清水の舞台から飛び降りてこいつを買ったな。
2000年の夏頃だっと思う。
まあ、そんなことやってたおかげで、次の年に某C社に拾ってもらえたんで、無駄な出費ではなかったんだけどもね。
あれ以来、CDとかアナログレコードから音源をPCに取り込む作業がずっと続いてるのよね。
ちなみに、このPCで使われていたwindows2000。これまでつかってきたOSの中では、個人的に一番好きでしたねぇ。
それまでサーバー用のOSだったWindows NTのカーネルから統合されただけあって、サクサクと安定感があって。それも購入の決め手だったような気がする。
まあ、それまでのWindows98が、やたら固まるOSで、いつもイライラしてたってのもあるんだけども。。。。
いずれにしても、こいつを使い始めてからというものの、自分のサイトが雑誌に取り上げられて注目されたり、「ザ・ベストテン2001」の監修をやらせてもらったり、件の某C社に拾ってもらえたり・・・、運が向いてきたのよ。
そういう意味でも、私にとっては「あげマン」PC。
いい印象しかないんだよね、Gatewayには。
・・・・なんて、言うものの、件の「vaio」の魅力には勝てず。。。😅😅😅  
3年あまりで手放すことになるんだけども。。。。

【キニナル曲】光の方へ / カネコアヤノ

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カネコアヤノ「光の方へ」

・タイトル   光の方へ
・アーティスト カネコアヤノ
・作詞     カネコアヤノ
・作曲     カネコアヤノ
・リリース日  2019年9月18日
・発売元    1994
※アルバム「燦々」より

これまで主に「新曲」書いてきた【キニナル曲】シリーズ。
なんで、「ちょっと」前リリースの曲をここに書くのもどうなのか・・とも思ったんだけども。。。
まあいいですよね。。。。

ラジオをきいてたら、この曲が流れてきて、思わず仕事の手が止まってしまったわ。
一瞬、新曲? とおもったけど、曲自体はちょうど3年前リリースされた「燦々」というアルバムに収録された1曲。
このアルバム、2020年の「CDショップ大賞」もとったというから知ってる方も多いだろう。
とにかく、なんて懐かしいサウンドなんだろう。
・・といっても歌謡曲ぢゃない。

それは、この曲の公式YOU TUBE動画へのコメントのほとんどが「外人」からのコメントっていうことからも分かるだろう。

日本語のボーカルを覗くと、サウンドとしては、もろ洋楽的なテイストな1曲。

最近のシティポップと言われる曲が、洋楽に対して日本特有のフィルターを通した曲であるならば、この曲なんかは、もろその定義は満たしているんじゃないか。

でも、なぜかシティポップと言われる曲は、昭和時代の曲ばかりなんだよね。
平成の時代、いや最近の令和の曲にだって、無機質で都会を連想させる、シティポップ的な曲もあるのに、なぜかシティポップって言われない。 不思議なことに。

もっとも、この曲で無機質な都会を連想するかといえば、全くの真逆で、田舎のゆったりと流れる時間を連想させる訳で、いかに洋楽的な曲といえども、シティポップと呼ぶのもおかしいんだけども。。。

それにしても、この曲の、この感じ、遥か昔に感じた感触なんだよな。 このアルバムに関してのリリース資料を見ると、レイド・バックサウンドだとか、サイケデリックでチルアウトな1曲・・とか言われているけど。。。
いやいや、でも、一般的にサイケデリックという言葉に象徴されるようなアバンギャルドな感触ではない。 カントリーにソフトロックをプラスしたような、優しい風のような感覚。

はるか昔にヒットしたドラマ「水もれ甲介」の主題歌のような

・・って書いてどのくらいの人が納得してくれるんだ? 

↓ コレ




いやでも、時代的には、あの頃(1970,年代中盤)のソフトロックな感触ですわ。
時代は巡るとは言うけども、ルネッサンスだよね。




それにしても、このアルバムジャケットの、ねこちゃん、ブスだよねぇ。。。
でもインパクトあるよ。

【キニナル曲】新時代(ウタ from ONE PIECE FILM RED) / Ado


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今一番キニナル曲はこれだ

Ado「新時代(ウタ from ONE PIECE FILM RED)」

・タイトル    新時代(ウタ from ONE PIECE FILM RED)
・アーティスト  Ado
・作詞      中田ヤスタカ
・作曲      中田ヤスタカ
・編曲      中田ヤスタカ
・リリース日   2022年8月10日(アルバム「ウタのうた(ONE PIECE FILM RED」
         2022年6月8日 (ネット配信)
・発売元  ユニバーサルミュージック
・タイアップ:映画「ONE PIECE FILM RED」主題歌

映画「ONE PIECE FILM RED」主題歌。
今、一番勢いがある曲と言えば、この曲だわな。
興行収入100億円突破と超大ヒットの映画主題歌ということもあり、あ、当然といえば当然というところか。
・・ただ、映画の主題歌という所を差し引いても、この曲はいいね。
映画の大ヒットそのままに、曲にも勢いがあるし、高揚感がある。

なんといっても、Adoの歌唱がすばらしいんだよね。
たしかに以前からこの年齢の割には歌唱力はあるAdoだけども、この曲を初めて聴いたとき、まず感じたのは「あ、ホンモノ」になってきた・・・ってこと。
昨年から一番変わったのは、高音域での地声の太さですね。いまだにファルセットで逃げるところはあるけど、少なくとも、昨年よりは、声は太く、通るようになってきたと思う。

「うっせえわ」で出てきたときはもっと雑だったんだよね。

まあ、それがいいという見方も出来るんで、一概に「雑」なのは間違っているというわけではないけど、少なくとも、あれから大分成長したように感じる。

正直「うっせえわ」からというもの、 尻つぼみ気味だったところもあり、やっぱ生き残るのは難しいか・・と思ったけど。。。その間、ボイトレで、喉を鍛えていたんであれば、この曲を聴く限りでは無駄ではなかったんじゃないかと思う。
この曲を筆頭に「ONE PIECE FILM RED」の他の曲も、現在ヒットチャートを席巻しているわけで、れから年末にかけてどうなっていくのか、ちょっと恐ろしい存在になりつつありますな。

これは、今年の頭の段階では、こういう展開になるとは全く考えもしてなかったわけだけども。。。。

作詞、作曲は、中田ヤスタカ。
これまでの「なんとかP」って人たちよりも、きちんとポイントを押さえたプロな曲を作ってきますね。さすがの実績ですわ。

というか、これまでのPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅの中田ヤスタカの一連のヒット曲よりも、格段にパワーアップしているように思える。その位のスケールを感じる。
最初、中田ヤスタカとは気が付かなかったもの。

このヒトの曲って、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅの一連のヒット曲のように、生身の人間というよりもアンドロイド感が先感じてしまうことが多かったんだけども、これまでは。
Adoっていうヒトは、強烈な人間臭さを感じるわけで、そこに引っ張られているっていうところもあるんだな。、件の中田ヤスタカ氏も。


Deep / 渋谷哲平


1978_08_DEEP_渋谷哲平



今回の1曲セレクトは、「Deep」渋谷哲平です。

まずはデータです。

・タイトル    Deep
・アーティスト  渋谷哲平
・作詞      松本隆
・作曲      都倉俊一
・編曲      都倉俊一
・リリース日   1978年7月10日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 52位
・売上げ枚数   4.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 40位(1978年9月18日付)

またまた、以前「1曲セレクト」で書いたことあったような気がするんだけども、ブログに上がっていない曲シリーズ。

で、今回は渋谷哲平の「Deep」なぞをひとつ。。。

いや、この曲、昔、絶対書いたような気がしたんだよね。

・・・と思って、mixiのアーカイブを探してみたら、やっぱりありましたわ。

ここのブログを始める時に、以前書いた曲は全曲移植したと思ったんだけどなぁ。。。。

抜けがあるようですね。

・・・あ、そうそう、ここのブログを始めたのが2015年の正月で、正月休みを利用して移植したんだけども、どうも季節感が出ないよなぁ・・・って思った曲は、移植を見送ったような気がする。。。

この曲、夏っぽいからなぁ。。。 それで移植を見送ったのかもしれない。。。 それかめんどくさかったか。。。

いずれにしても、この曲を書くには絶好の時期なんで、以前書いた内容を移植しつつ、加筆したいと思います。


この曲、以前mixiにかいたのが、2007年のちょうど今頃で、当時のmixiの「日記」を読み返すと、どうも、売れなかったんだけど、「いい曲」って言うのを引っ張り出す仕事の依頼があって、いろいろと曲を物色していたらしい。。。。

今となっては、えー、そんな仕事したっけなぁ。。。全然覚えてないんだけども。。。。。

そん時の日記の内容を「まんま」引用すると、

------------------------------------------------------------------------------------

 最近、ちょっとした仕事の依頼がありまして、昔の売れなかったんだけど、「いい曲」って言うのを引っ張り出して、いろいろ聴いてるんだけど、結構あるんだよね、なんで、この曲が売れなかったの? っていう曲が。
 最近の「安い うまい 早い」の吉野家方式で安直に作られた曲より、全然いい曲がねぇ、いっぱいあるんですよ。
 
-------------------------------------------------------------


ってことで、今回の渋谷哲平「Deep」を書いたらしい。。。。

 まあ、この曲も確かに「売れなかった」といえば、売れなかった曲ではありますが・・・
なんせ、オリコン最高位52位。左ページに入らなかったですから。

それでも4万枚のセールスがあったっていうんだから、78年当時は、レコードの売上げは景気良かったんですよね。4万枚売れれば、確実に「黒字」ですから。

いずれにしても、この曲が、いい曲であるかどうかは、それぞれの方々にお任せするとして・・・

この曲知ったのって、「とんねるずのみなさんのおかけです」で・・・っていうヒトが結構多いんぢゃないかなぁ?

一時期、「DEEP隊」だっけ? あれでとんねるずが真似してたじゃん。この曲の「フリ」の・・・

そそそ、あのイントロの部分の奇妙なフリっすよ〜。 




 まあ、とんねるずの場合、特に石橋がけっこうオーバーにやってたところもあるけど、実際、この曲、本人(渋谷哲平)が歌ってたときも、似たようなもんだったんだよね。


今、YOU TUBE見ても笑える

・・・というか、今だから笑える・・・って言った方がいいのかな。

ちょうど「DEEP隊」が流行ってた頃、われわれの「オリコンチャート研究会」のメンバーの間でも、流行ってたのよ。あのフリが。

メンバーの三宅さんが、なんかの飲み会の時にギャグったのかなぁ・・・。
まあ、石橋の「大げさ」なフリに対してなんだけどね。。。

一時期、集まるたびに踊ってたような気がする。


フリもそうなんだけど、この曲のAメロのバックコーラスも笑えるんだよね


♪ Deep (Deep) 青い海 (うみうみ) 〜
  Deep(Deep) ヨットから (からから)〜 ♪

とか


♪ Deep (Deep) 蒼ざめた(めためた)〜 ♪

とか、究極は

♪ Deep(Deep) サーフィンで(んでんで)〜 ♪


※( )内バックコーラス部分


 なんなんだよ「めためた」とか「んでんで」っつうのは・・などなど、突っ込みどころ満載の曲ですわ。
とにかく、最後まで聴いてる方を飽きさせない曲なんだよなぁ

 まあ、だから、とんねるず もネタに使ったんだろうけどさ。

 
 でも、今から44年前は、テレビで真剣に歌ってたんだから、のどかな時代だったんだよね。まだまだ。

 いやいや、真剣に歌ってるから、今になってみると、余計笑えるんだけどさ。


 この曲は、都倉俊一氏の作品だけど、あのころピンクレディーで手一杯だったんだろうね。。。
 だってさぁ、バックコーラスは笑えるもん。まあ、手抜きとは言わないけどさ。

 サビの

♪ ブルーになっちまうよ〜 ♪

からは、ピンクレディーの「透明人間」になっちゃったりして・・・。
 ちょっとパクッてきました・・・ってかんじ?

 いやいや、ともに都倉氏の作品だから、パクリとはいわないですね・・・引用してきました
ってところでしょうか。。。

 うーん、いや、「透明人間」の方が後だから、「透明人間」が引用してきました・・・って感じなのかな?

 同じようなメロディラインでも売上げは全然ちがったけど。。。。




うーむ、どうも画像が悪いな。。  ということで、

 


ところで、この曲、作詞は松本隆氏なんだよね。

松本氏も、自ら書いた詞が、↑にかいたように「めためた」とか「んでんで」なんてコーラス入れられて、どう思ったんだろうなぁ・・・なんて感じたりして。。。

それにしても、都倉俊一氏と、松本隆氏の組み合わせって珍しいよなぁ・・・と思ってJASRACのデータベースみたら25曲あった。

25曲が多いか少ないかだけども、膨大な曲を書いている両氏のキャリアの中で25曲っていうのは、やっぱり少ないよなぁ。

調べてみると岡田奈々さんの曲ではアルバムを含めて、多数の曲でコンビを組んでいたようだ。

あとは、高田みずえさんの「パープルシャドウ」とか、「花しぐれ」。
まあ、どちらとも、この「Deep」と同じ1978年だけども。

渋谷哲平氏の曲としては、この「Deep」とC/Wの「ファイヤー」のみだったようだ。

いずれにしても、やっぱ、都倉俊一氏といえば、1978年たったんだよな・・・。なんて今更ながら思えたりしますね。



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人魚姫 / 中山美穂

1988_08_人魚姫_中山美穂


今回の1曲セレクトは、「人魚姫」中山美穂でする。

・タイトル    人魚姫
・アーティスト  中山美穂
・作詞      康珍化
・作曲      CINDY
・編曲      ROD ANTON
・リリース日   1988年7月11日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   36.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1988年7月25日〜10月17日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「若奥さまは腕まくり」主題歌

既に書いてても書いててもおかしくないのに、まだ書いてない曲。
最近、そんなシチュエーションで、主に書き進めている1曲セレクトだけども、探してみると、まだまだあるんだよなぁ。

当然、書いてておかしくないのに、まだ書いてない「大ヒット」曲。

書こうと思って忘れている曲、個人的にあまり好みじゃないんで書いてない曲・・・まあ、理由はいろいろあるわけなんだけども。。。

あ、結構あるのが、過去に書こうと思っていたんだけども、その時点で、最上段に必ず掲示しているジャケ写がネット上になかったり、You tubeに動画がないんで、書くのを断念したりしていた曲も、意外とあるんだよな。

今回、引っ張ってきた曲は、たしか、過去に書こうと思った時点で、ジャケ写かYou tube動画か無かったんで、書くのを断念していた曲・・・・・だったと思う(すんません、その辺、あやふやです。。。)


中山美穂さんの「人魚姫」。

「人魚姫」と書いて「mermaid」と読ませる。 サイトとか著書によっては「人魚姫mermaid」と連記してあったりするんだけどね。

とりあえず、ここではオリコンでの表記を持ってきて「人魚姫」と表記しておきます。

しかしねえ、この曲の売り上げ36.5万枚は、この曲がリリースされるまでの、ミポリンの曲では最高売り上げ。

オリコン1位獲得は、前々曲の「CATCH ME」、前曲の「You're my only shinin' star」に引き続き3作目。

・・・・という大ヒットにもかかわらず、今まで書いてなかったとは。。。。

いや、だからね、昔書こうと思ったときに、まだYou tubeに動画がアップされていなかったんじゃなかったかなぁ。。。。

さすがに、あの当時の最高売り上げであったし、しかも「ザ・ベストテン」でも首位を獲得したこの曲を、よもや忘れていたわけではないよなぁ。。。。


ただ、当時を振り返ってみれば、この曲をゼッサンしていたわけではないんだよね、ワタシの中では。

以前「CATCH ME」の時にも、どうも今一つしっくりこないんだよな・・って書いたけど、この曲も、どうも今一つしっくりこなかったんだよな、当時は。

ミポリンと、まるで洋楽なダンスビートっていうのが、個人的にはどうもね。。。。

まあ、この曲なんか3か月近くベストテン入りした、いわいるロングヒットになったし、結果的には成功したわけでね。結果がすべての業界にあっては、この路線に進んだのは、間違いではなかったわけなんだけどね。

個人的には、どうしてもデビュー当時の「C」をはじめとした、松本−筒美 っていう黄金コンビの頭がこの時も抜けてなかったからな。

ビートが前面に出て来ている曲でも大村雅朗氏アレンジの「ツイてるねノッてるね」とか船山基紀氏アレンジの「WAKU WAKUさせて」のような、「職人」が紡ぎだすビートのほうが、個人的にはしっくりと来てたからなぁ。 
なんていうのかな、サウンドとしては当時の先端ではあったど、基本的なビートとしては、少し時代を遡るような。
「WAKU WAKUさせて」にしても、サウンド自体は当時の流行りだった、ユーロビートだったけども、実際のビートはディスコだもんね。70年代っぽい。
そういう、日本独特のフィルターがかかった、一種のミクスチャー的な曲の方が個人的には好きだった。


この「人魚姫」なんか、ほとんど洋楽だもんね。もっとも、作曲はハーフのCINDY、アレンジャーがROD ANTONっていう「外人」なんで、そういう「音」になるのは必然的というか、当然なんだけども。

抑揚、起伏のあまりないメロディラインに、ある一定のフレーズの繰り返し。 それに絡んでくる、エッジが効いたいかにも80年代後半を彷彿とさせる硬い音質のビート。

うーん、最近だったら、NIGHT TEMPO氏をはじめとして、「シティポップ」として、リバイバルさせてきているようなサウンドですわ。

ただ、ここまで書いたように個人的には、当時からシックリこなかったこともあってさ。だから、最近のシティポップとして再評価してきている曲たちも、当時からあまり触手がのびなかった曲が多いんだよね。勿論、すべてではないけど。。。

最近、海外でのシティポップブームを、個人的にはそんな騒ぐほどすげえことなんか?・・・なんて冷めた目でみている一つの原因はそこにあるかもしれないな。

うん、あくまで洋楽寄りであって、日本独特のフィルターにかけた曲調ではないという事ですね。

洋楽を日本独特のフィルターにかけずに、あくまで洋楽寄りの曲であるからこそ、シティポップとして向こう(外国)で受けるのは、ある意味、当然と言えば当然なんだよね。なんせ彼らからすれば親和性が高いんだうろしさ、聴きなれたサウンドであるんだから。

もっとも、クオリティの高い音楽であるからこそ、耳が肥えている向こうの人達にも受け入れられていることは認めますけどね。

・・・なんて、シティポップについてになると、ついつい熱くなってしまいマス。。。。





この曲PVがあったんだな。。。ってか1988年くらいならば、すでにPVあってもおかしくないか。。。



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