かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて40数年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

日曜日の娘 / puffy

1999_04_日曜日の娘_Puffy


今回の1曲セレクトは「日曜日の娘」puffyです。

まずはデータなのら。

・タイトル   日曜日の娘
・アーティスト puffy
・作詞     奥田民生
・作曲     奥田民生
・編曲     笹路正徳
・リリース日  1999年4月1日
・発売元    エピックソニー
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数  4.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位
・タイアップ:ヤマハ発動機「Vino」CM曲。

いやー、天気のいい1日でしたね。 こういう日は、朝からどっかに出かけたい・・・と言う気分になるわけなんですが、現在、「生業」が超繁忙期真っ只中のワタシとしては、どこへも出かけられず、radikoで日本全国のラジオ局のカウントダウン番組を、タイムフリーで聴きながら、ひたすら仕事をしていたわけで。。。 今月はガマン。 

ところで、なんでradikoまで使って、日本全国のラジオ局のカウントダウン番組巡りをしているか・・というと、最近、関東地区はラジオでのカウントダウン番組ってほとんどなくなっちゃったんだよね。
昔は、AM、FMとも各局で、2つも3つもカウントダウン番組ってあったのにねぇ。
時代は変わるもんで。。。

でもさ、個人的に「新曲」を聴くスタンスとしてはカウントダウン番組は欠かせない・・と、最近改めて気が付いたんだよね。 
そもそも、この(ヒット曲の)世界に足を踏み入れたのも「ザ・ベストテン」という究極のカウントダウン番組からだったし、その後ラジオのカウントダウン番組も、毎週嫌と言うほど聞いて、逐一新曲情報を集めてましたんでね、1980年代は。
個人的には、カウントダウン番組を聴きながら新曲を仕入れるっていうのが、基本的なスタイルなんだよね、「今」の曲を聴く上ではさ。

ま、そんなわけで、「今」のヒット曲をちょっと本腰を入れて聴きたいと思って、全国のカウントダウン番組巡りを始めたわけです。

今回引っ張ってきた曲は、まだ関東地区のラジオ局でもカウントダウン番組が聴けた頃の1曲ですわ。

puffy 「日曜日の娘」。

この曲がリリースされたのは1999年4月1日。 今から22年前のちょうど今頃ですね。

あの頃は、地元千葉のbay fmで「パワーカウントダウンHOT30」っちゅうカウントダウン番組をバリバリ放送中だったからさあ、毎週土曜日15:00〜は聴いてましたねぇ。
90年代、新曲情報は「パワカン」から仕入れてたところが大きかったからねぇ。

22年前、ワタシは29才。 当然、すでに社会人だったわけで、某環境衛生管理会社の千葉の営業所で技術営業をやっていた頃だ。もちろん土曜日が仕事の時もあったんだけども、営業車で移動中は絶対にbay fmに合わせてたなぁ。

今回、引っ張ってきた「日曜日の娘」って曲も、会社の営業車で移動中に初めて聴いたような気がする。

モノラルの「ラウンジ風」ていう、それまでのpuffyにはなかった曲調に、はじめはちょっとびっくりしたけど・・・
その前の「たららん」って曲の、夏の終わり、秋風が舞い込んで来たかのようなフォーキーな曲調からは、想定も出来ないような曲調だったからさ。でも嫌悪感はなかったな。

それよか、これは懐かしい・・と言う気分のほうが大きかったですね。

このラウンジ感は、遥か昔に味わった、あの感じ。

そうそう、子供の頃、ごくたまーに連れていかれた、地元ではちょっと高級だったレストランのBGMで、かかっていたようなまさにラヴンジ系のあのサウンドだ。

・・と書いても、なかなか文章じゃ伝わらないよなぁ。。。。。

兎も角、1960年代のステータスを感じるような。 そう、今から見るとモノクロ・・・いやセピア色なホテルのラウンジの風景ですよ。
当時、子供だったワタシも優越感・・というか、大人になったような気分にさせられた。

そんな、風景がフラッシュバックしてくるような1曲でしたね。

特に、サビから聴こえてくる、エレクトーンの響きが、もろ、それっぽくてさ。

あ、関係ないけど、子供の頃、ラヴンジ系のエレクトーンの音色に惹かれて、小学校に入ってすぐ、エレクトーン習いにヤマハの音楽教室に通い始めたこともあったからなぁ。

そそそ、個人的には、このサウンドは音楽の原体験に近い感覚なんだよね。

だから、これは面白いなぁ。・・・と思ったものの、逆にヒットという面ではどうなんだろう・・とも思えたんだけどさ。

やっぱ、「アジアの純真」なんかに比べるとインパクトに欠けたしさ。 

まあ、前年の「たららん」を聴いていても、この時期のpuffyは、なにがなんでも「大ヒット」を狙っているようには感じられなかったわけで、その延長線上と考えると、この曲もありえたのかもしれないけどね。

ただ、それにつけても、この曲で売り上げが急降下したのは、ちょっと想定外だったなぁ。

オリコンでベストテン入りしなくなったのはもちろんのこと、売り上げが、この曲から10万枚にも達しなくなっちゃいましたからねぇ。

↑で書いたようにインパクトに欠けるといっても、それまでのPuffyのアーティストパワーから考えば、10万枚は行くだろう・・・とは考えていたんだけどもね。個人的に想定していた以上に受けなかったんだよなぁ。
やっぱり、puffyらしくない・・・と見られちゃったんでしょうかね。

まあ、99年当時、ラウンジという曲調は「イマ」くなかったのかもね。 その後、ラウンジ系の曲もJ-POPで受け入れられるようになったけど、ちょっと時代が先行しすぎたのかもなぁ。
ちょっとダイレクトにラウンジ系のサウンドが過ぎたのかもしれないな。





この曲のPVって初めて見たような気がするけど、「海浜幕張」で撮ってたんだねぇ。
頭から20秒くらいから出てくる、バックのビルですぐわかりますわ。海浜幕張公園ですね、これは。
この当時、海浜幕張でのロケって結構頻繁にあったのよ。

↑で書いた、某環境衛生管理会社の仕事、海浜幕張に、結構、お客さん持ってたからさ。
土日に仕事で海浜幕張周辺通ると、よくテレビなんかのロケにぶつかったもんよ。

GLAYが幕張メッセの駐車場で20万人ライブやったのがこの年の7月だったし、1999年当時、海浜幕張ってトレンドだったんだよね。

そういえば、↑で書いたbay fmの「パワカン」もこの頃は海浜幕張のWBG(ワールドビジネスガーデン)のスタジオから放送してたしな。

ちなみに、この「日曜日の娘」がリリースされた頃には、この会社を辞めようと心には決めてた頃ですわ。
この「日曜日の娘」がリリースされる1か月前、仕事さぼって本屋で立ち読みしてたら、田家秀樹さんの「読むJ-POP」って本に出合ってさ、「俺、こんな仕事してる場合じゃないわ」って思ったの。
で、この年いっぱいで会社辞めたんだよね(実際は、有給使ったんで退職は2000年2月末)。

そういう意味では、人生を変えるきっかけとなった時期だったかもなぁ、この頃って。
でも、会社辞めようと心では決めてたんで、気分的にはだいぶ楽になってた頃でさ、だから、気持ちよく音楽も聴けてた頃でもあったんだよね、1999年の今頃って。


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カウントダウン番組はしご

朝っぱらから、9日放送分のFM AICHI「Countdown friday」の後半戦タイフリーからのKBC「サタデーミュージックカウントダウン」昨日放送分タイムフリー・・とカウントダウン番組はしご。
このあと12時からはFM802「OSAKAN HOT100」本放送をエリアフリーで。
カウントダウン番組のはしご視聴なんぞ、何十年ぶりだろう?
80年代は、それこそラジオではカウントダウン番組の全盛期で、土日だけでカウントダウン番組6番組聴いてましたが、あれ以来かも。
やっぱ、個人的にはこの聴き方が「今」のヒットの聴き方の原点ですねぇ。 新曲は強制的にでも音楽を「注入」しないと、なかなか消化できないんだよね。 これは、昔っからそう。
すこし、本腰を入れて「今」の曲を消化したくなって、何十年ぶりかでカウントダウン番組はしごをしてみよう・・と。
ネットだと自分が興味がある曲とか目に留まった曲しか聴かないじゃん。そうじゃなくて、興味がなさそうな曲も強制注入。そうすることで、意外な発見もあったりするんだよね。
まあ、いつまで続くか分かんないけど、今はradikoっていう便利なものがあるんで使わないとね。
ところで、今聴いてるKBC「サタデーミュージックカウントダウン」のアシスタントMCの「真璃子」さんって、86年デビューのあの「真璃子」さんだったんだ。写真を見る限りでは全く分かんなかった。
今は福岡在住とのことで、KBCに出ているようですね。


昨今のシティポップス熱からは距離を置こうと思っています。

少し前にブログに「グローバルバイラルチャートで過去曲が上位に来ることはめでたいことなのか」ということで、半ば、昨今のシティポップス流行りを牽制するような・・というか、水を差すようなトピックスを書いたんだけども。
これ書いた本当のところは、いかにシティポップスが流行ってきているといっても、ヒットシーンのメインストリームまで昇華するのは難しいだろうなと言う、個人的な考えが大きいな。
たしかにシティポップスというジャンルの曲は音楽的には素晴らしいと思う。これは、誰にもケチをつけられない事実だと思いますよ個人的にも。
だからこそ、向こうの耳が肥えたDJには刺さったんだろうし、取り上げられたんだろうと思う。
でもね・・・。
いい曲と売れる曲は違うんだよね。 
これは、筒美京平氏のコトバでもあるんだけど、ワタシも全くそう思うんですよ。
例えば、井上陽水氏の「心もよう」と「帰れない二人」の例。
この2曲のうち、どちらをタイトル曲に出そうかと迷ったという話。
業界的には「帰れない二人」を推す声が高かった。理由は音楽的なクオリティは「帰れない二人」の方が高かったから。
でも、プロデューサーの多賀英典氏は、敢えて「心もよう」を推したという。 理由は「心もよう」の方が大衆性が高かったから。そうしたところの大ヒット。
多賀氏は、筒美京平さん同様、大衆力の重要性がわかっていたから、そういう判断が出来たんだろうね。
結局さ、音楽的に素晴らしい曲が必ずしも売れるとは限らないってことですよ。それよりも大衆性の方が強いという事。
ある意味の「下世話」性と言うべきですかね。
正直、最近いわれるシティポップスっていう音楽は、音楽クオリティ的には高いけど、下世話ではないんだよね、スマートすぎるんですよ。
果たして、そういう音楽が大衆的に大きく広まっていくかというのは、疑問なんだよね。だって昔からずっとそうだったもの。急に今の時代になって変わるとは思えない。
これは、日本に限らず向こうのヒット曲にも言えることだと思うし。
だから、例えば松原みきさんの「真夜中のドア」のようにバイラルチャートでは上がってきたとしても、BTSの「Dynamite」のようにビルボード的なヒットにはなれないと思うんですよ。
なので、個人的には最近のシティポップス熱からは、距離を置こうと思っているわけなのね。
個人的には、やっぱり「下世話」な曲が好きだし、大衆的なヒット曲を追いかけていきたいと思っているんで。

ちなみに、シティポップスっていうコトバは70年代の頃からあったけど、昔で言うところのシティポップスと、今言われるシティポップスは、同じ言葉でもちょっとニュアンスは違うと思う。
70年代、80年代でいわれたシティポップスって、いわいるニューミュージックと同意語的だったじゃん。だから、守備範囲もひろかった。
けど、最近言われているシティポップスって、よりスマートな音楽に限定されてきていると思う。ニューミュージックというよりもひところのAORだよね。昔よりも狭義的に感じるんだよね。 だから、よけい大衆的なところからは離れているように感じるわけなんだよね。


ultra soul / B'z

2001_04_Ultra Soul_B'Z


今回の1曲セレクトは「ultra soul」B'zでする。

まずはデータでする。

・タイトル     ultra soul
・アーティスト   B'z
・作詞       稲葉浩志
・作曲       松本孝弘
・編曲       稲葉浩志 松本孝弘 徳永暁人
・リリース日    2001年3月14日
・発売元      ルームス・レコーズ
・オリコン最高位  1位
・売り上げ枚数   87.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2001年3月29日〜5月3日 5月17日付
・タイアップ:世界水泳福岡大会2001テーマソング

これまでも、ヒットした当時、あまり聴いてなかった曲、積極的に聴いてなかった曲って、何曲も書いてきたけど、今回引っ張ってきた曲も、ヒットした当時、積極的には聴いてなかった曲の一つですね。

B'z 「ultra soul」

この曲がヒットした時期に開催された2001年世界水泳福岡大会のテーマソングに起用され、いまや、世界水泳のたびにテレ朝での世界水泳の中継のテーマソングに使用されてるこの曲。

♪ そして輝く ultra soul  ♪ という大サビのキメフレーズでは、だれでも否がおうにも盛り上がる。

そんな曲であるのに、ヒット当時、触手が動かなかった・・とは、「不感症」と思われても致し方ないかもなぁ。

でも、これは事実。

ま、確かにこの頃は、この曲に限らずB'zの曲に反応しなくなっていたのもあるな。

古くからワタシとお知り合いの方は、覚えているかもしれないけど、この頃、結構アンチ発言をしてたからさ、B'zに対して。

それも要因の一つだけど、こういう派手な曲調の曲は拒否したい気分でもあったんだよね、精神的に。

丁度この頃、前年から1年に及び、ぷー太郎な生活をしつつ、ネットワーク管理者養成講座の専門学校に通ってたんだけども、その講座が終了の頃にリリースされたんだよね、この曲。

でも、まともな転職口も決まっていなくて、かなり焦っていた頃だ。
それでも、当時は、まだITバブルが残っていた頃で、IT未経験者でも就職口はあり、1か月余りの転職活動でもホスティングサービス会社に就職先を得ることができた。で、転職したのが2001年4月。
でも、そこがブラックな会社だったのよ。いまでいうパワハラが凄くてさ。 進捗ミーティングが毎日のようにあり、作業の進捗が少しでも遅いと会議に出席している全メンバーからドヤされる。ターゲットになる方がいつも決まっていたんだけども、毎日のようにドヤされていたな。だれも弁護する人も居なくて見ていて可哀そうだった。
幸いワタシはターゲットにはならなかったんだけども、そういうブラックな会社の文化に耐えられなくてさ。結局、精神的に持たなくて、いわいる「5月病」から出社拒否になって、2か月で辞めることになるんだけどね。

そんな、転職→出社→退職 の一連の流れにリンクするかのようにヒットしていたのが、この「ultra soul」だ。

恰も、そんなつらい会社生活の中で、脳内ヘビロテしていたのが、この「ultra soul」だったと記憶しているな。

つらい記憶は消し去りたいもの とはよく言うけど、そんな状況下で脳内ヘビロテしていたこの曲も、消し去りたい記憶の一つになったんだよな。
まあ、この曲だけではないんだけどね、2001年の3月〜5月頃にヒットしていた曲って、ワタシの中では苦い記憶しか浮かんでこない時期で、長い事、記憶から消し去りたかったのよ。

今年はあれから20年だもんなぁ。昨日のように覚えているけど早いもんだよね。

そんな精神的にどん底状態の時期を経、その後の人生をある意味変えた、某C社に巡り合うのが2001年6月。

そんな「人生の変革期」が目の前に来ようとしていたのを、全く知らずに、毎日精神的につらい毎日を過ごしていたのが、丁度20年前の今頃だ。

もし今20年前に戻れたら、あと2か月後には人生変わるよ・・と言ってあげたいくらい。
ホント、すぐ先に何があるかわからない、これが人生ですね。 


ただ、そんなブラックな会社でも一つ分かったこと。 IT業界というところは、仕事のやり方から何もかも、手取り足取り教えてくれないということ。必要なスキルは自分で調べて見つける事ですね。
そもそも、当時のIT系の会社では転職初日に会社に行っても机にPCが置いてあるだけで、配線接続は自分でやんなきゃいけないし、PCの設定も自分でやんなきゃいけないのが当たり前だったしね。
少なくとも、PCスキルや知識はネット調べれば、自分の力である程度は解決できるわけで。
まあ、他の会社はどうなのか分かんないけど、今の生業の会社では、新たな方が就業するときは、就業前にPCもちゃんと設定してあげたりして、20年前とは大分変りましたね。
でも、初めから人を当てにしすぎない、まずは自分の力で問題を解決する努力をすることは、ブラックな風潮の中でも、暗黙で分かったし、20年経った今でも肝に銘じてますね。

・・・と、今回も曲内容とは、全く関係ないことをツラツラツラ・・・と書いてきちゃいましたが。。。

↑のように20年前は、「思い出したくない」曲の1曲だったこの曲も、今では全くそんなことはなく、普通に聴けるんだけども、細かい部分では、正直、この曲のどこが良いのか、悪いのか・・というのは、今になってもよくわかんない。。。

・・・・っていうのが、結局の結論だったりして。。。。

ただ一つ言えるのは、 

♪ そして輝く ultra soul  ♪ っていう大サビのフレーズは、やっぱ強烈に強いよなってこと。

このフレーズがある限り永遠に無敵だと思う。

この前曲「RING」から、売り上げで30万枚以上跳ね上がったこの曲だけど、 ここのインパクトだけで売上げが跳ね上がったといっても過言じゃないんぢゃないかなぁ。

・・・・と誰でもいえるような「感想」を書いたりして。。。。

もう一つは、シンプルにまとまっている事かなぁ。 尖がって居るけど誰が聴いても分かりやすいメロディライン。
シングルとして基本的なことではあるけども、そんな基本的な部分に忠実に沿った1曲だと思いますわ。






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今更ながらのradikoプレミアム

「今」のヒット曲を感じたくて、radikoプレミアムを登録してみた。まあ、今更・・という感じもするけど。。。
SpotifyのバイラルチャートもRelease Raderもいいんだけど、カウントダウン感がもう一つなので。。
以前も書いたように関東ではラジオでの「ヒットチャート」番組特に邦楽オンリーなカウントダウン番組はほぼ絶滅なので、リアルタイムで「今のヒット」をダイレクトにまとめて聴ける番組がほとんどない。

東京圏でカウントダウン番組は、J-WAVE の「TOKIO HOT100」くらいか。 でも、この番組は「洋楽」重視なんで、邦楽ファンとしては、ちょっと物足りない。
ニッポン放送「サンデーヒットパラダイス」は、バラエティ色が強いし時々全く今とは関係のないランクもやんで。。。

でも、名古屋圏、関西圏、福岡圏では従来のようなカウントダウン番組がいまだに残っているんで、ちょっと聴いてみたくなりまして。
ただいま、先週のFM802「OASAKAN HOT100」のタイムフリー視聴中。

https://funky802.com/hot100/

久しぶりで従来のオーソドックスなカウントダウン番組
当然ですが、CMが大阪圏のもので不思議な感じ。。。
時間があれば、そのほか
・FM FUKUOKA BUTCH COUNTDOWN RADIO
・FM 熊本 FMKTOP30
など聴いてみたい

モニカ / 吉川晃司


1984_03_モニカ_吉川晃司


今回の1曲セレクトは、「モニカ」吉川晃司です。

まずはデータでする。

・タイトル       モニカ
・アーティスト     吉川晃司
・作詞         三浦徳子
・作曲         NOBODY
・編曲         大村雅朗
・リリース日      1984年2月1日
・発売元        SMS
・オリコン最高位    4位
・売上げ枚数      33.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1984年3月19日〜5月28日付
・タイアップ:映画「すかんぴんウォーク」主題歌


少し前に、昔書いてたmixiの日記を読み返したら、このブログに、まだ「移植」していなかった1曲セレクトが何曲か見つかった・・・って書いたんだけども、実は、今回引っ張ってきた、この曲もそんな曲の一つなんだよねぇ。

吉川晃司「モニカ」

ここから読んだ方は、「え〜、なんで、こんな大ヒット曲まだ書いてなかったのぉ〜」と思われて当然・・・・ですよねぇ。。。。  

いや、ワタシもね当然、この曲は、すでにこのブログに移植していたものと思っていたの。。
(mixi時代に書いていた曲は、このブログを始めるときに移植してきてたんですよね)

どうも、どこかで漏れてしまったんだよなぁ。。。。

ちなみに、mixiには2006年4月、今から15年前に書いてんだけどね。
そのまま転記してもいいんだけども、この機に少し加筆しながら書いてみまする。


それにしても今日はいい天気ですわ。 外に出てみれば桜は満開だし、すっかり春ですね。 
もう、こう言う気候になるとソワソワですよ。
ただまだ3月なんだよね。 
3月でこの気候ねぇ。今年は暑くなるのかねぇ? 最近は、春、秋の季節が昔に比べたら異様に短くなっているような気もするんだけども、3月でこの気候であれば、今年の夏も暑くなるだろうね、きっと。

それはそうと この「モニカ」がヒットした1984年もそうだったんだよなぁ。この年の冬は異常なくらい寒かったのよ。で、逆に夏は猛暑。気候が猛烈に変わった典型的な年だったんだよね。

そんな1984年にリリースされた、「モニカ」。
ハイ、吉川晃司のデビュー曲です。
 
この曲は、そんな、さむーい冬の最中、1984年2月1日にリリースされたのですよ。

1984年の2月は、関東地方でも10年ぶりくらいに大雪が降った年で。ここ千葉でも一晩で40cmくらいの積雪になったんだよね。 それが一度だけではなく毎週のように積雪。 兎も角寒い2月だった・・ってこと、今でもよく覚えてますよ。

そんな中、この「モニカ」って曲は、ウエストコーストなテイストがいっぱいのストレートなロックポップな曲。完全なロックとはいえないけど、太陽の光をいっぱい浴びながら聴きたくなるような、軽快なロックでしたよねぇ。

近田春夫氏いわく、佐野元春氏をうーんと、素直にしたような曲調。

 ただね、ウエストコーストの太陽の光をいっぱいに浴びたような曲調だっただけに、最初はあんまり、動きがよくなかったんだよね。
そそそ、実際の気候は、めっちゃ寒かったからさ、当初は、どうも今ひとつピンとこなかったのも事実でしたね。

実際の気候と、ヒット曲傾向の関係って絶対あると思うのよ。 まあ、実際調べてみたわけぢゃないけど、長年の肌感覚として。
ネットを調べると、経済動向とヒット曲の傾向との相関関係を調べた方はいるみたいだけど。。。
誰か調べてみては

・・と話がずれた。。。

まあ、これがデビュー曲という新人ということで、知名度もなかったというのも、当初ヒット戦線に今一つ動かなかったのも事実だったろうし。。。
ナベプロのイチオシ大型新人であったとは思うけど、それほど、大々的なプロモーションは、最初はなかった・・・様な印象もあったなぁ。

曲に対する評価も最初は高くなかったんだよね。
近田氏も、月刊明星の「新曲激評」のコーナーでは、佐野元春のようで面白いが、まだ、固まっていない・・というなんとも歯切れの悪い評価。

 たしかに、まだ、このヒトならではの特徴ってなかったんだよね。強いて言えば、発音が悪かったって事ですかね〜。。。
 まあ、のちのち、これがこのヒトの持ち味になるわけだけど、あの当時は、字余りの発音不明瞭っていうアーティストは、ほとんどいなかったからねぇ。ほとんどサザンの桑田氏の専売特許みたいな感じだったし。
 だから、新人のくせに「生意気な」という雰囲気もあった様な気がする。今となって思い返せば。

 BUT、暖かくなるにつれて、評価がガラリと変わってきたんだよね。
やっぱり、太陽の下で聴くこの曲ってのが、一番しっくりくるわけで、本来の形に見えてくるんだろうなぁ。
曲のもつ温度感がさ、やっぱり、「初夏」のカラリとした空気感だもんねぇ。

 このあたりは、個人的にも納得なんだよなぁ。ワタシも初めのうちは、この曲、あんまりピンとこなかったのは事実だし。
 でも、今ごろの季節の空気の中で聴くといいんだよね。とくに今日のようにスカッと晴れた日にはあうのよ、この曲。

↑で1984年って、冬はめっちゃ寒かったけど、夏はめっちゃ暑かった・・と書いたけど、今考えると「春」は短く、あっという間に「初夏」になったようなイメージが強い。
だからなんだろうね、この年の「春ソング」って少なかったという印象もあるし。

まあ、いつかも書いたように、この頃になると季節先どりの曲がめちゃくちゃ多くなっててさ、4月には「夏の〜」「渚の〜」っという感じで、ヒット曲の世界は一気に夏モードに転換していたんだよね。

この年はさ、それにリンクするかのように4月に入ると一気に初夏めいてきてたんだよね。
だからなのか、1984年4月、5月のヒットってそんな初夏の風に似合う曲が多いんだよね。
それが、この「モニカ」って曲にも追い風になったんじゃないのかなぁ・・とも思ったりするのよ。

これが1年後の1985年だったら、ちょっと状況が違ったんじゃないのか・・とかさ。
1985年は4月になっても雨がちで肌寒い日が多かったからさ、印象が違ったと思いますね。



 


やっぱ、15年の月日は大きいよなぁ。あの頃と今の文章のノリってだいぶ違うんで、どうも今一つ、うまく加筆できなかったデスわ。 すみませぬ。。。。

ちなみに、この曲のサビの

♪ Thanks ThanKs Thanks Thanks モニカ〜  ♪ の部分

 同じ時期にブレイクしてきた、チェッカーズのフミヤ氏、曰く
かの「ザ・ベストテン」にて

♪ SEX SEX SEX SEX  もう二回〜 ♪ とのたもうておられました。(爆)

どうも、その印象が未だに強いんだよね、個人的に。。。。


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小泉今日子 唄うコイズミさん 筒美京平リスペクト編



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本配信はキョンキョンのデビュー日3月21日だったんだけども、当日は見られず。ようやく視聴。

配信ライブ、「唄うコイズミさん」としては、昨年8月に行われた「第1弾」に引き続いての「第2弾」。

当初、このライブ告知を何気なく見つけた時は、へえ、面白そうじゃん・・くらいの軽い気持だったんだんだけども、音楽系のネットニュースみると、当初から結構期待されていたんだな。 そのくらいいろんなメディアに取りあげられていたんだな・・というのが今更ながらに分ったりして。。。。

今回は、自身も多くのオリジナル曲を歌ってきた筒美京平氏の曲を「リスペクト」するという形で、フィチャー。 メドレーも含んだ全13曲。1時間余りのライブ。

当日のセットリスト

1. 今をいじめて泣かないで  (1984年 5thアルバム「Betty」より)
2. Kiss (1987年 21thシングル「水のルージュ」c/w)
3. 魔女 (1985年 16thシングル)

メドレー
4. 水のルージュ (1987年 21thシングル)
5. まっ赤な女の子 (1983年 5thシングル)
6. 半分少女 (1983年 6thシングル)
7. 迷宮のアンドローラ (1984年 10thシングル)
8. ヤマトナデシコ七変化 (1984年 11thシングル)
9. なんてったってアイドル (1985年 17thシングル)

10. 夜明けのMEW (1986年 19thシングル)
11. ガラスの瓶 (1995年 37thシングル「BEAUTIFUL GIRLS」c/w)
12. 夏のタイムマシーン (1988年 マキシシングル)
13. バナナムーンで会いましょう (1984年 5thアルバム「Betty」より)
 
all music by  筒美京平

まず思ったのが、バックは「今」の音なのに、コイズミさんのボーカルはあの頃のまんま。 
いや口パクと言うわけではなく、ちゃんと生で歌っているんだけども、あの頃〜80年代と全く変わらないんだよね。
これは、特に3曲目の「魔女」で感じましたね。
バックバンドの音は、紛れもなく今の音なんですよ。 でも、キョンキョンのボーカルは85年当時を、そのまま彷彿とさせる。
そんな時空のギャップに、どこか不思議な空気感が漂ってるんですよね。不自然ではなく、自然な雰囲気なのよ。それが良かった。

昨年11月にリアルライブで見た斉藤由貴さんもそうだったけど、30年前と声質もキーも全然変わらない。 
これは凄いな。
普通30年経てばキーも下がるもんですぜ。80年代アイドルのこういうところは恐るべしですね。
曲間のゆるいMCのしゃべり方はところどころ、50代のおばちゃん(失礼)っぽかったり、それ以前に当日の服装からして、隣のおばちゃん風であか抜けないのに、ボーカルだけは「現役」アイドルだった、あの時のまま。まるで時が止まったとのか錯覚してしまう。

やっぱり、歌番全盛期だった80年代を駆け抜けたアイドルならではの鍛えられ方の賜物なんでしょうかねぇ。
カメラの前で歌うことに関してはプロを感じるし、こちらとしても安心感がある。

最近のアーティストはカメラの前で歌うということに、今一つ慣れていないところがあるのか、歌番組に出ると歌い方が不安定だし、歌のクオリティが下がるように感じるけど。。。 


残念だったのは、主要なシングルがメドレーだったことですかね。確かにアコースティックでは少々無理な曲も在りましたが。。

でも、「水のルージュ」は意外とアコースティックな演奏に合いますね。これは意外だった。
オリジナルを考えるとこの曲が一番、無理があると思ってしまいますが。。。
少々ラテンぽいアレンジが斬新、かつ 新鮮だった。 
オリジナルは、もっと硬質で冷たい密度の濃いイメージなのに、まったく硬質感がない。アコースティックならではの自由で生の感覚。
この曲はメドレーではなくて、1曲丸まる歌ってほしかったな。
このアレンジだったらセルフカバーでも聴いてみたいと思いましたね。

1時間余りのライブは短かった。。。 
・・と言いたいところだけど、正直、配信ライブは、このくらいがちょうどいいのかもしれない。
これまでも何本か配信ライブを見てきたけど、2時間超えるとダレるんだよね。
リアルなライブではそんなこともないんだけど、やっぱり、画面越しに2時間凝視するのはダレてくるんだよね。
だから、腹八分な今回のライブくらいがちょうどいいのかもしれない。
「唄うコイズミさん」シリーズは、まだ続くのかもしれないわけで、お楽しみは、この後にもとっておくという意味でも。

でも、デビュー40周年となる来年は、リアルライブで見てみたいものですね。


news_photo03

♡じかけのオレンジ / 大滝詠一

1982_03_ハートじかけのオレンジ_大滝詠一


今回の1曲セレクトは、「♡じかけのオレンジ 」大滝詠一です。

まずはデータなのだ。

・タイトル    ♡じかけのオレンジ
・アーティスト  大滝詠一
・作詞      松本隆
・作曲      大瀧詠一
・編曲      CHELSEA
・リリース日   1982年3月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 70位
・売上げ枚数   1.8万枚

ここの所、ショートトピックスばかりアップしていたので、久々の1曲セレクト。

故・大滝詠一氏の不朽の名作「A Long Vacation」リリースから、今日2021年3月21日で丸40年ということで、ネット上やラジオをはじめとしたマスコミ各局では「ロンバケ」づいておりますなぁ。

一番の目玉は、やはり大滝詠一氏の曲の「サブスク」解禁ってやつでしょうか。なんか、これで、一段と火が付いたような様相があるような気もしますが。。。

たださ、もし大滝氏が生きていたら・・・、とにかく音質に煩かった大滝氏が、CDよりも音質が一段も二段も劣るサブスクリプションを許諾したかというと、ちょっと疑問ですわな。

山下達郎氏が頑なにサブスクリプションを許諾しない一番のネックはそこですから。師匠筋の大滝氏が許諾したかどうかというのは疑問だよね。

確かにサブスクリプションな世の中、恰も「ロンバケ」リリース40周年という話題に引っ掛ければ、ビジネス的な話題作りにはこれ以上にない目玉コンテンツであることは間違いないところだろうけど。。。。

ところで、ワタシが「A Long Vacation」と出会ったのは。。。 今でもよく覚えてますよ。
実は、リリースされた1981年じゃないんだよね。1981年当時、大滝詠一氏はまだ聴いてなかった。
出会ったのは、リリースから2年後、1983年の確か暮れだったと思う。

ワタシは当時14才 中2.

あのころ、クラス対抗の合唱コンクールがあって、その練習用にと、誰が持ってきたのか、教室にラジカセがあったのよ。アイワ製の真っ赤なWカセット。
で、本来は合唱コンクール用のカセットを聴くためにあったんだけども、実質は自分たちがダビングしたカセットを持ってきては、休み時間に流してたりしたわけよ。

そんなカセットの中に、この「A Long Vacation」があったんだよな。

持ってきたのは、当時、親友だった「お寺」の息子でさ 坊主頭の。。 
お寺の息子が大滝詠一氏・・・・。そのミスマッチングさによく覚えているのよ。

でも、実際聴いてみたら・・・・。 もうね、いっぺんで気に入っちゃった

一番の発見は、「カナリア諸島にて」でしたね。 この曲、リリースされた81年頃に、たしか紅茶のCMで使われていてさ。一発で気に入っちゃったんだ。

♪ 薄く切ったオレンジをアイスティーに浮かべて 海に向いたテラスで ペンだけ滑らす〜 ♪

絵が浮かぶじゃん。 いいなぁ、こういう体験したいなぁ・・・と。

でもさ、それまで誰の曲だか分かんなくて、ずっと探していたんだよね。 そしたらロンバケのこの曲だったんじゃん。

衝撃的だったよなぁ。

で、一もにもなく、その「お寺の息子」の家に遊びに行って、カセットをダビングさせてもらって、まあ、何度も何度も聴きましたね、「A Long Vacation」。

ウォール・オブ・サウンド という音楽にじかに触れたのもこの時が初めてだったんだけど、意外にも死んだオヤジが引っかかっちゃたんだよ、この大滝サウンドに。

オヤジ曰く、なつかしい、未だにこんな音楽やってるやつがいたんだ・・・ってことで。

意外にも古い向こうの音楽が好きで、50'S、60'Sオールディーズをタイムリーに経験していたオヤジにとっては、この60'sぽい、ウォール・オブ・サウンドは、自分の青春時代の音だったらしい。

なるほど、だからなのか、ワタシが初めて聴くのにどこか懐かしいと感じるのは・・・、なんて合点がいってしまったり。。。血は争えないんだよな。 
兎も角、それ以降、オヤジの車のカーステの必須アイテムになったことは言うまでもないわけで。。

もし、あの時、お寺の息子が、「A Long Vacation」のカセット持ってこなかったら、大滝氏本人の曲との出会いもずっと後になっていただろうな、きっと。


いや、逆を返せば、それまではそのくらい、大滝氏本人の曲って聴いてなかったのよ。

たしかに、「A Long Vacation」を聴く少し前に、 薬師丸ひろ子さんの「探偵物語」を聴いていたわけだし、それ以前に松田聖子さんの「風立ちぬ」で大滝氏の音楽には接していたはずなのに、どうも、大滝氏本人の曲には触手が動かなかった。 
アーティストというよりは、プロデューサー。 そんなイメージが強かったのかもしれないな。

だからね、今回、引っ張ってきた「♡じかけのオレンジ」っていう曲も、当時は全く聴いたことなかった。

ぢゃ、曲の存在を知らなかったのか・・・。 というとさにあらず、じつは、曲の存在自体は知ってたんだよね。

1982年の「ナイアガラトライアングルVol.2」。言わずと知れた、大瀧詠一、佐野元春、杉真理 3氏によるスペシャルユニット。 
この「♡じかけのオレンジ」は、このアルバム「ナイアガラトライアングルVol.2」の1曲として収録。アルバムがリリースされた同日、1982年3月21日にシングルカットと言う形でリリースされた曲ですわ。

ちなみに、シングルとしてのこの「♡じかけのオレンジ 」はオリコン最高70位 売り上げ1.8万枚しかなかったけど、、アルバム「ナイアガラトライアングルVol.2」としては、 オリコンLPチャート 最高位2位 売り上げ枚数31.4万枚を記録。
当時のアルバム売上水準を考えると、十分大ヒットの部類だ、

まあ、これじゃシングルは売れなくても当然。 ただ、逆に言えば当時、7インチシングル買ってた方は貴重かもなぁ。今となっては。


1982年当時、音楽情報誌といっても、月刊・明星くらいしか読んでなかったワタシだけど、「明星」の付録の歌本「Young Song」にも、「ナイアガラトライアングルVol.2」特集として、楽譜入りでこの「♡じかけのオレンジ」も掲載されていたからさ。

だから、楽曲の存在だけはリリース当時から知っていたんだよね。

でも、丁度小学校を卒業したばかりの「おこちゃま」には、まだ触手が伸びなかったんだよな。


♪ テキーラの夢のあと〜 ♪ っていう歌詞には、どことなく興味が行ったんだけどね。 うん「テキーラ」っていうアイテムに引っかかったんだよな。 

テキーラって、中南米の度が強いお酒っていうのは、どことなく当時から知ってたみたいなんだよね、ワシ。

だから、この曲、そういう中南米のラテン系の曲を、想像していたところはあったな。

で、実際聴いたのは、いつだったんだろ・・・・。 大分後、 大人になってからでしたね。

それまで想像していた曲調と全く違うんで、かなり拍子抜けしたのだけは覚えてる。

ただ、すでに「ロンバケ」とか「Each Time」で、大滝氏の曲を充分理解したうえで聴いたんで、実際聴いたときは何の抵抗もなかった。

なるほどね大滝さんらしい曲だな。 と思いましたね。

・・とともに、「あ、この曲・・・どっかで聴いてたぞ」 と言う感覚もあったんだよな。

1982年春 まだ千葉に引っ越してくる前、福島のいわきに居たころだ。

家から車で20分くらいったところにあったゴルフ練習場の喫茶コーナー。 あそこでレモネード飲んだ時の情景だ。

恐らく日曜日だったと思う。 天気がいい、レモン色の日光が振りそそいだ日曜日の午前中。 

・・と一瞬にしてイメージがフラッシュバック。

そうだ、特別に意識はしてなかったんだけど、あの時、有線のBGMで、この曲が流れてたんだ。

だからなのか、この曲タイトルには「オレンジ」と入ってるけど、ワタシの中のイメージは「うすいレモン色」だったりするんだよね。

この後、突然、千葉に引っ越すことになるとは全く思って見ず、 引っ越して来てからの大変な半年が待っていようとは 想像も出来なかった、幸せな日曜日の午前中のひとときだったんだよ。

ヒット当時は意識してなくても、後年きちんと聴いてみると、情景がフラッシュバックしてくる。
ここが音楽のいいところだし、素敵なところなんだよね。

まあ、他にもこういう曲がたまにあったりするんだけどさ、この曲は、そういう曲の中でも特に、はっきり情景がフラッシュバックしてきたんだよなぁ。

・・・ということで、個人的には、なんか忘れられない1曲だったりするんだよね。




Youtubeに動画が落ちてなかったんで、 久々にニコ動にリンク。
いつ消されるかわかんないけど、どうぞ。

ちなみに音が小さいので、ボリュームを上げてどうぞ。




ランクイン週数100週目前!

久しぶりの自分のランキングネタ。

先ほど最新ランキング集計が終了。
ヒゲダンの「Pretender」が再びベスト30入りして来た。

まあ、これは先日の「関ジャムSP」の影響なんだろうな・・というのは分かるんだけど、ちょっと目が行ったのはランクイン週数が今週で「99週」。

おう、もし来週もランクインすれば、「100週」の大台やんけ

・・・なんて思いーの、改めてここまでの長期ランクインランキングを見てみたくなって、ちょこっと集計してみた。
(集計期間 1976年1月12日〜2021年3月18日付 ALL TIMEランキングマスターデータから)

そのうち、上位25位までの結果は以下の通り

20210314_ランクイン週数

 これまでもちょくちょく「手」集計していたんで予想通りの部分が大きいのですが。。。今回は全期間のデータから機械的に一気に集計してみました。
その結果・・・、いやいや、中島みゆき「糸」と、ソナーポケットの「好きだよ。〜100回の後悔〜」は見落としていた。最高位が30位以下なんで、ここまで見落としていたようだ。
とはいえ、当然の結果か。。。

しかし、これを見ると、やっぱり、2018年以降は超ロングヒットの時代と言うのが良くわかりますわな。
いや、それ以前2015年あたりから、前触れは見えてたんだよね。再三言っているようにこれらの世代は楽曲の時代であり、一旦バズると超ロングヒットになるという構図がよく見えますね。
さらに、これらのヒットをけん引しているのはネット配信であり、ネットにおける音楽の広がりの裾野は広大ということなんだろうな。
70年〜80年代の演歌歌謡曲のしぶとさも特出すべき点。↑で上げた演歌歌謡曲系の曲、当時の事を振り返るとどの曲もエラいロングヒットだったという印象が強いんだけども、現在の超ロングヒットは、これをも凌ぐようになってきたことが分かりますね。
演歌歌謡曲の系統としての最長ランクインは、高山厳「心凍らせて」(92年)の75週。 この曲がここまでのロングヒットになった時は、もう、これ以上のロングヒットは出ないだろうな・・と一時は思ったもんですけどね。。。

ちなみに、これを見ると、Lisa「紅蓮華」、King Gnu「白日」も間もなく、ランクイン週数100週の大台が迫ってきている。
ただ、ここにきて「紅蓮華」はランク外へ消えてしまったこともあり、この後再度注目が無ければやや難しいか。
King Gnu「白日」はシブとくランクイン中(今週47位)。このままいけば来月には100週に到達しそう。

そして、またアーティストの時代がやって来る。。。と思う

この間の「楽曲の時代とアーティストの時代」というトピックスの中で、今は楽曲の時代、2006〜2015年くらいはアーティストの時代と書いたんだけども、レコード会社的に見ると、アーティストの時代の方がやりやすいんだよね。

なぜかといえば、この間書いたようにアーティストの時代は固定ファンが強いんで、収益の見込みを立てやすい。固定ファンは楽曲クオリティに関わらず、どんな曲でも食いついてくれますから。

だから、逆に今のような楽曲の時代は、レコード会社は大変でしょうね。楽曲が売れる売れないは浮動票の動き次第なんで、収益見込みがなかなか立てられないところがあるだろうし。

楽曲の時代の「今」は、どんなに大ヒットが出たとしても次、ヒットするかどうかの保証が出来ない。
個人的には楽曲クオリティ重視なんで、現在のような楽曲の時代推しではあるんだけども、楽曲の時代のネックはそこだろうな。 いわいる「一発屋」的なヒトが増えるってことですね。
だから、レコード会社寄りの人にしてみれば、浮動票はいらない・・っていう意見が多くなるわけんだよね。

そういうわけで、今の状況を憂いているヒトもいるだろうし、恐らくこの先、そういう方たちの「逆襲」により、再びアーティストの時代が来るんだろうな・・と予想ができるんですよね。

今までずっとそうだったからね。
顕著だったのは 

・78〜79年のニューミュージックの時代⇒80年〜の80年代アイドル時代への変化

・90年代前半のカラオケ発のビッグヒット時代 ⇒90年代後半の小室やつんくによるプロデューサー発のヒットの時代への変化
あたりでしょうか。

 今度アーティストの時代になるとしたら、どういう形でそうなるのかは、よくわからないけど。。。
でも「楽曲の時代」と「アーティストの時代」は二律背反。これらの時代をグルグルらせん状に回転しているわけなんで、いずれまたアーティストの時代が来ることは間違いないハズ。。
いつから? と言われても困ってしまうけど。。。
ワタシが毎週ランキングを付けているのは、こういう変化にできるだけ早く気が付くためというのもありますね。

そしてアーティストの時代がまた来たら・・・。 
きっとワタシは、また過去曲に逃げるんだろう・・・な、 きっと。。。
そのために、今、シコシコと音源集めをしている・・とも言えなくもないわけで。。。
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