かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

TBS

情熱の薔薇 / THE BLUE HEARTS

1990_08_情熱の薔薇_THE BLUE HEARTS



今回の1曲セレクトは「情熱の薔薇」、THE BLUE HEARTSです。

まずはデータなのだ〜

・タイトル     情熱の薔薇
・アーティスト   THE BLUE HEARTS
・作詞       甲本ヒロト
・作曲       甲本ヒロト
・編曲       THE BLUE HEARTS
・リリース日    1990年7月25日
・発売元      エム・エム・ジー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   51.1万枚
・THE HICHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1990年8月6日〜10月15日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「はいすくーる落書Part2」主題歌

あ〜、あちぃあちぃ。 体がとけちまうよ〜 ・・・なんてボヤいていたのはいつの話か。
昨日までと打って変わって、今日は比較的涼しい1日でしたわな。

こう涼しくなると、あー、そろそろ夏も行ってしまうのか〜、なんて感傷的になったりして

いや、そもそも、個人的な夏は、先週のROCK IN JAPAN終了と共に、半ば行ってしまった・・・ような気分であった訳なんですが。。。

今年の夏フェス、ROCK IN JAPANと、サマソニが共に20周年という節目でしたね。 もうね、「夏フェス」っていうのも、ずっかり日本の夏の風物詩の一つになった感が今更ながらに強いな。

・・・というと、そんじゃ、夏フェスが始まる前はどうだったの? なんて言う方もいらっしゃるかと思うけど、今の夏フェスって言うスタイルではないにしろ、昔から、夏の野外ライブっていうのは、あったんだよね。

まあ、今ほど大規模ではないけど、南こうせつさん主催の「サマーピクニック」なんかは有名だし、それ以前に、中津川のフォークジャンボリーって言うイベントも70年代初頭にはあったわけだし。。。

いずれにしろ、1969年にアメリカで行われた「ウッドストック」がお手本となるイベントではありますな。

ちなみに、1969年のウッドストックの集客数は4日間で延べ40万人と言われているけど、今年のROCK IN JAPANの集客数は5日間で延べ33万人だとか。 わたしもその中の3人なんだけど(3日参戦したんで。。。)

いよいよウッドストックの集客数が見えてきた・・・と主催のロッキン・オンも鼻高々でしたね。 
いやはや、日本の夏フェスも巨大化したもんだ。。。。

だけどさあ、個人的にも約20年にわたって、夏フェスに参戦し続け、いろんなアーティストを見てきたけど、そう考えると、今の夏フェス以前の野外ライブにも参戦して、当時のアーティストを見てきたかったなぁ・・・なんて今更ながら思ったりするんだよな。

今回は、そんな「当時」、野外ライブで見たかったと今になって思う曲を一つ。


THE BLUE HEARTS「情熱の薔薇」。

この曲に限らず、やっぱブルハの野外、90年代当時見たかったよな。。。なんて今更ながら思ったりして

しかしね、この曲を聴くと、どうしても、あのめちゃくちゃ暑かった1990年の夏の日を思い出してしまう。

1990年と言ったら大学に入学した年だ。 この年、オヤジが寮長をしていた、某企業の寮が新しくなって、それまで住んでいたところから移転したんだよな。まあ、近くなんだけど。。。
それまでは、ポロんボロんの「あばら家」という表現がピッタリの建物だったのよ。当然、クーラーなんてなくてさぁ、夏場は扇風機だけでまんじりとした生活を余儀なくされてたんだけど、新装した寮は冷暖房完備。
その上、大学に入って、やることもなくてさあクーラーの下で1日を過ごす夏だったなっていう印象が強い。

たださ、同時に自分用の車も買ったんだよな。ココでも何回か書いた、中古の「カローラ供廖コイツがさあ、カーステのカセットはヘッドがいかれてて聴けない。おまけにサーモスタットもいかれてて、クーラー入れるとすぐオーバーヒートしてしまう・・・っちゅう、まあ、「きかん坊」な輩でね

それでも「学生の身分」で手に入れたマイカーだったんで、文句も言わずに乗り回してたな。

うん、この夏は車を転がしていたか、家の自分の部屋でクーラーに当たっているか・・どっちかの夏だった。

そんなカーステも聴けない「きかん坊」の車では、もっぱらAMラジオを流し、クーラーをかけるとオーバーヒートしちゃうんで、窓を全開にして汗でびしょびしょになりながら千葉県内を走りまわってたなぁ。

そんな時に流れてきたのが、このブルーハーツの「情熱の薔薇」ですわ。 

たしか、初めて聴いたのは、文化放送の「全日本歌謡選抜」だったと思う。

全開の窓から入り込んでくる熱風と、この曲から醸し出される「熱さ」。 この曲を聴くたび、あの時の独特な夏の匂いがいやがおうにも思い出せれるんだよな。

うん、ハードコアな音楽につきものの汗臭さではなく、夏特有のあの匂い。 この曲から感じたのはそんな夏そのものであり、必ずしも不快さは感じなかったな。

この頃になると、それだけ、のちにラウド系と呼ばれるようになるこの手のハードロックにも慣れて来てたんだろうね、個人的にも。
いや、それ以前に、この手の曲が普通にヒットチャートに上がって来るようになったって言う、「大衆音楽」の流れの変化も大きかったんだとろ思う。

一見、単にうっせーだけの音楽も大衆的になったと言うかねぇ。その証拠に、この曲、ベストテン内に2カ月も居座り続けてたんだよな。 これ書くまでワタシもすっかり忘れてたんだけども。。。

これより2〜3年前は、この手のハードロックは単にうっせーだけの音楽にしか感じなかったんだよ。
だから、全然触手が伸びなかったんだけどもね。

まあ、食わず嫌いっていうのもあったんだけどね。 特にブルーハーツなんかはさ、ちゃんと正面から聴いて無かったしな、このヒトたちが出て来て頃は。

完全に意識が変わったのは、やっぱり前年の「TRAIN-TRAIN」だよね。聴けば聴くほど沁みてくる、あの感じ。

それまで聴いてた、いわいるヒット系ロックとは違ったグルーヴ感から沁み込んでくる独特の感じ。そこにある種の新鮮味を感じたってのは大きかったんだろうね、当時の感覚からして。

昭和の時代とは違う、平成って言う新しい時代のグルーヴ感って言うのでしょうかねぇ。 

ま、ハードコアなんていう音楽は必ずしも当時の新しい音楽と言う訳じゃないんだけども、少なくともそれまで自分の中には無かった音楽だったしね、個人的に。


ちなみに、 この「情熱の薔薇」って曲は、曲構成が面白かったのよ。

サビがどこだか分かんない。

まあ、普通にみれば、最後の ♪ 情熱の真っ赤に薔薇を〜 ♪ って部分なんだろうけど、ここ、1回しか歌ってないんだよね。

普通、1番、2番 共に、Aメロ、サビっていうのはある訳なんだけど、この曲は、サビが1回しか歌われない。

いや、Aメロ、Bメロ・・って言う曲構成の区分けっていうのが、無いに等しいんだよね。

言ってみれば、曲全体がサビと言ってもいいような・・・。 

そんな「一筆書き」 な曲の作りが、この曲の面白さの一つかもしれないな。

いや、この曲に限らず、90年頃の曲って、それまでの形式にこだわらない曲って言うのが結構あったんだよ。
ユニコーンなんかもそうだったしね。 「働く男」とかさ。

そんな部分からも90年代って言う新たな時代が見えたような気がするなぁ。



 

これ1992年7月に開催された、「JR東日本」主催の「POP ROCKETs '92」という野外ライブだそうだ。

え?そんなイベントやってたの? ってところなんだけど。。。 うん、個人的には全然覚えてない・・・というか知らなかった。

動画を見ると、時々映る観客に、なぜにワタシがいないんだ・・・なんて思ったりして

当時、ワタシは23才。きっと同年代のヒトたちだよね。 

当時は、野外ライブ・・・どころか、ライブ自体、蚊帳の外だったからなぁ、個人的には。

うーむ、当時から、野外ライブの「面白さ」を知っていれば。。。  そそそ、個人的に野外ライブの面白さを知ったのは、30過ぎだったからなぁ。 20代の頃に野外ライブの面白さを味わっておきたかった。

それを思うと、今の20代のコたちは幸せだよなぁ。 こんなにいろんな巨大夏フェスが毎年開催されてさ。


ちなみに、この時の出演アーティストは、ブルーハーツの他には、DIE IN CRIES、BY-SEXUAL、ユニコーン、LINDBERG、LUNA SEA、LA-PPISH、長澤義塾。

めっちゃ、90年代前半だよなっちゅうメンツだけど。。。

場所は、湯沢町中央野球場だったそうな。。。 なんかジミーなところでやってたのね。。。。

それでも、個人的に、当時、すでに今の感覚だったら、当然ながら参戦してたよな、きっと。。

さすがに、現在はこの野外ライブは存在しないけど、場所から言えば、今のフジロックの前身といってもいいかもしれないな。


よろしかったら、ポチッと押してね。
にほんブログ村 音楽ブログ J-POPへ
にほんブログ村

桜坂 / 福山雅治

2000_05_桜坂_福山雅治


今回の1曲セレクトは、「桜坂」福山雅治です。

まずはデータです。

・タイトル    桜坂
・アーティスト 福山雅治
・作詞      福山雅治
・作曲      福山雅治
・編曲      冨田素弘
・リリース日  2000年4月26日
・発売元    ユニバーサルミュージック
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 229.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:2000年5月11日〜7月20日付
・タイアップ:TBS系「ウンナンのホントコ」内「未来日記后廛董璽泪愁鵐

あ〜、超大型G.Wが行ってしまう。。。。 長いようで短い、充実してた様で、もうちょっとゆっくりしたい・・・そんないろいろと感じさせる大型連休でしたわな。
いずれにしろ、明日からまた日常生活〜と思うと、半分、「脱け殻」な今の気持ちですわ。

あ〜かったりぃ〜。。。。。


そんな事を書いている開けっ放しの窓からは、優しい風が入ってくる。

この優しい風こそが五月の風だね。

今回は、そんな「五月の風」を感じさせるような1曲を一つ。

福山雅治「桜坂」。

もうね、知らん人は居ないわな、この曲ぐらいになると。

ワタシが特段書かんでもええゃろ・・・って感じもしたりして。

だかこそ230万枚、ダブルミリオンなんちゅう、超特大ヒットなこの曲を今まで「1曲セレクト」で書いて来なかった所はある。

いやいや、違うな。 

2000年の今頃と言えば、ワタシメのサイト「THE HITCHART NOW AND THEN」は既に開設していて、当時、コミュニティの場としていた、「CHART BBS」っていう掲示板に、1度書いたんだよな、この曲。

なんて書いたのかはすっかり忘れたけど、今のこのブログの「キニナル曲」カテゴリーに当たる様な初聴の「新曲」レビューとして書いたような気がする。

そういうわけで、1度書いた曲をまた書くのもなんだよな・・・ってことで、その後改めては書いて来なかったんだ、確か。

でも、あれから19年も経ったからなぁ。 随分2000年の今頃当時とは、この曲の感じ方も変わってきたと思うんで、今回改めて引っ張ってきたりして。



この曲、今となっては数ある「桜ソング」の1曲として、春になると毎年のように取り上げられるけど、個人的には、「桜ソング」って言うイメージは全くない。

その一番の要因は、やっぱリリース日だよね。 リリースが2000年4月26日。

東京を含め、関東地方では、桜の季節はすっかり過ぎた頃のリリースですよ。

90年代後半以降、毎年のように雨後のタケノコのようにリリースされてきている「桜ソング」だけど、そのほとんどは、2月〜3月頃じゃん。遅くとも4月頭だよね。

東京を中心に全国的に桜が開花している頃のリリースっていうのが定番。 だからこそ、「桜」のあの淡いピンク色のイメージが曲に纏わりついているわけで。。

でもこの曲はそう言う時期を過ぎた頃のリリースだったんだよな。2000年のG.Wですよ。
ヒットのピークは、5月終わりから6月ですよ。

実際のところ全国的に、桜の花は散って、既に青葉の季節になっているわけじゃん。

そう言うイメージなのよ、この桜坂って曲は。  

そそそ、5月の優しい風に揺れている、青葉の桜並木。  そう言う絵面が浮かんでくる。

だからさ、この曲が「桜ソング」っていうことでセレクトされると、ワタシなんかはちょっと「ちげーんじゃね?」なんて思っちゃう訳なんだよね。

少なくとも、この曲を聴いて「満開」の桜並木の絵面っていうのは浮かんでこないんだよな。

2000年って言ったら、aikoの「桜の時」の方が桜満開っていうイメージだったし。
あの頃は、98年リリースの川本真琴の「桜」っていう曲が、ワタシの中では「桜ソング」として圧倒的に占めていた事もある。

ただ、そう言う事を抜きにしても、やっぱし実際のヒット時期を考えるとねぇ、桜ソングではないんだよな。

例えタイトルがそうであっても、実際のヒット時期っていうのが、そのまま曲のイメージに反映するって事が多いじゃん。
例えば、H2Oの「想い出がいっぱい」なんてさリリースは3月。歌詞の内容もあって「卒業ソング」として扱われる事が多い。 実際、今でもそうなんだろうけどさ。

でもね、ワタシの中ではヒットのピークだった夏の終わりって言うイメージが強い。 夏の終わり、プールから帰りがけでちょっと爽やかな疲労感が漂う夏の午後・・・。 そんなイメージなんだよな、ワタシの中では。

まあ、そんな事を言うと、絶対に「卒業ソング」って反論する人もいるんだけどさ。

同じようなイメージをこの「桜坂」にも感じるのよ。 ワタシの中では、少なくとも「桜満開ソング」ぢゃない。5月の風に揺れる青葉の桜並木のイメージ。

たしかに、 ♪ 揺れる木漏れ日薫桜坂 悲しみに似た薄紅色〜 ♪ っていう歌詞から、桜の花咲き誇っている印象はある。

そんな所から、絶対この曲は「桜ソング」って反論する人もいるんだろうけどさぁ。 感じるところ、曲のイメージっていうのは、個人個人で違ってくる訳だからさ。

いや、そんな事を書いてるワタシも、昔、某着メロサイトのセレクターをやってるとき、ご多分にもれず行った「桜ソング」って言う特集を組んだ時に、躊躇せず、この曲をセレクトしたような・・・気がする。。

いい加減ですね、ワタシも。。

いや、確かあん時は、語呂合わせ、ダジャレを含めて「桜」を連想する曲を片っ端から持ってきたんだよな。マジメな「桜ソング」だけじゃ無かったんだっけ。。



あれ? 1分30秒しかない。。。。
もー、サザンもそうだけど、アミューズのアーティストはイケずなんだからぁ。あれから19年も経ってるし、そろそろMVもフルで公開してもいいんじゃんか〜。

・・・ということで、他のフルの動画



こっちはすぐに消されるかも。。。。

蛇足だけど、2000年は新卒で入社した会社を退職して、1年間、ネットエンジニアの勉強と称してプー太郎をしていた時期だ。
まあ、実際的には自分のサイトの運営を軌道に乗せるべくオフ会を開いたり、オリコンの読者集会に参加したり、ネットワークエンジニア養成の専門学校に通ったり、いろいろと動いてた1年だったんだけど、決定的に「リーマン」に戻った今と違うのは自由だった事だなぁ。
会社と言う組織に束縛されない自由。
そんな自由を一番満期してたのが、この「桜坂」がヒットしていた時期だったかもしれない。

だからさ、この曲から感じるのは、↑で書いたように「5月の優しい風に揺れている、青葉の桜並木」と言う絵面もそうなんだけど、圧倒的に感じるのは「自由」なんだよな。
この曲を聴くと肩から力が抜けて行く感じが分かるんだよね。

もっとも、自由と引き換えに、お金は入ってこなくなった訳で、この自由も1年強で終わらざるを得なかったんだけども。。。。。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ J-POPへ
にほんブログ村

面影 / しまざき由理

1975_09_面影_しまざき由理


今回の1曲セレクトは、「面影」しまざき由理です。

まずはデータですよん。

・タイトル    面影
・アーティスト  しまざき由理
・作詞      佐藤純弥
・作曲      菊池俊輔
・編曲      菊池俊輔
・リリース日   1975年7月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数 53.2万枚
・ベストテンランクイン期間:1975年8月25日〜10月20日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「Gメン'75」エンディングテーマ

えー、いつ以来なんだ・・・なんて自分でも思い出せないくらい久しぶりの「1曲セレクト」でございます。
ご無沙汰しておりました。

まあ、忘れていた訳ではなく、その間、持病の痛風発作が再発したりして体調不良が続いていたのと、それが治った・・と思ったら、北海道に放浪の旅に出てたりして、気が付いたら1カ月近くが経ってた・・・って次第なんですよね。うん、決して忘れていた訳ではないんだけど・・・。

ところで、先々週まで、レンタカーで北海道中を放浪してたんだけどね、その間、自分の音楽プレイヤー(ウォークマン)をカーステにつないで音楽を聴いてた訳なんだけども、それ以上に地元のラジオをもっぱら聴きながらのドライブだったんだよね。

でねー、いいんだよねぇ、地方のラジオって。昨年夏の東北放浪旅の時も思ったけど、牧歌的でいいのよ。
時代が40年前くらいで止まっているようでさぁ。かかる音楽も昭和のヒット曲が多いしさあ
一体、今は西暦何年なんだろ・・・なんて思ったりして。
でも、そんな昭和歌謡の調べに、風景がマッチするんだよね、地方の景色って。 今の曲だとダメなのよ。
これが不思議でね。
いや、だからこそ、ワタシなんか癒されるんだろうなぁ・・・。だから毎年、「地方」に放浪の旅に出かけたくなるんですよ。

上で書いたように今回の北海道の放浪旅でも、昭和のヒット曲がたくさんかかってたけどねぇ、いちばん印象的だったのが、今回の引っ張って来た、この曲だったんだよなぁ。

しまざき由理 「面影」。

果たして、このタイトルを持ってきて、一体どれだけのヒトが御存じなのか・・・・。 正直心配ではあるんだけど・・・。
いや、今50代以上の方には懐かしい曲なのかなぁ・・・。

そそそ、70年代中盤、TBSで放送されていたドラマ「Gメン'75」のエンディング曲・・・って言えば、思い出してもらえるかなぁ。

まあ、「Gメン'75」っつったら、オープニングが有名だけどね

↓コレ



ハードボイルドなオープニングに対して、意外っちゃ失礼かもしれないけど、エンディングのこの曲は、もろ「歌謡曲」だったりするんだよね。

初め、この曲を聴いた時は、「Gメン'75」のエンディングだったなんて、全く思えなかったもの。

そそそ、ワタシ的には「Gメン'75」は、特に初期の頃はリアルタイムじゃなかったんだよね。
土曜21時〜22時だったじゃん。 当時6歳だったワタシは、その前の「8時だよ!全員集合」までだったからなぁ、起きてられたのは・・・。だから長い間知らなかったんだよね。

この曲の存在を知ったのは、オリコンを買うようになってたからだから、中学生の頃だったと思う。
たしか、84年年末号に特集されていた、「昭和50年代」特集だったかなぁ。

この曲、ヒットが昭和50年だから一番最初に載ってたんだよな。売り上げが50万枚以上もあった訳なんだけども、曲自体知らなかったからさあ、逆にキニなる存在になったんだと思う。

で、ヒット曲を時代を遡って聴くようになった高校の頃、初めてこの曲を聴いたんじゃなかったかなぁ。

正直言って、最初に聴いた時は、あんまりピンと来なかった。逆に言えば「これで50万枚?」って感じだったかなぁ。 うん、それほどインパクトがある曲でもなかったしね。
まあ、もろ70年代中期の「歌謡曲」って言う感じで・・・。あの当時ラジオをひねれば、必ず流れて来てたような・・・。 そんな70年代歌謡曲としてはありふれたような曲調・・・って言うイメージだったんだよね。

インパクトという点では、同時期に大ヒットしてた、小坂恭子さんの「想いでまくら」の方が、同じ歌謡曲テイストな曲としては印象深かったしさあ。

でも、それでも50万枚以上売れたって事は、やっぱそれだけ当時の「Gメン'75」の人気あって事だったんだろうな。

ちなみに当時のTBSの土曜日ゴールデンタイムのラインナップは、

19時00分〜19時30分 まんがにほん昔ばなし
19時30分〜20時00分 クイズダービー
20時00分〜20時54分 8時だよ!全員集合
21時00分〜21時54分 Gメン'75

なんちゅう、すべて視聴率20%以上・・・っていう鉄壁の布陣。 他の局が束になっても全く叶わなかった・・・っちゅう。。。  TBSの黄金時代でしたね。  まあ、みんな見てたからなぁ・・・。


ところで、この曲を歌ってる、しまざき由理さんといえば、アニソンなんだよなぁ、個人的には。
「みつばちハッチ」の主題歌歌ってましたよね。

↓コレ



え? ワタシがアニソン? 似合わないって?
むー、これでも小学校に上がるまではアニメ見てたんですっ

だからねえ、そんな、「アニソン」だった方が、ハードボイルドなドラマの曲を歌ってたってことが、最初は信じられなかったんだよね。
この曲、確かに歌謡曲だけど、歌い方は結構セクスウィーな部分もあったりするしさ。イントロと最後のアウトロのスキャットの部分とかさ。

ちなみに、この時、しまざき由理さんは19才。 え?、19才でこのセクスウィーさはヤバいでしょ。


昔の方って、得てして早熟だったんだよねぇ・・・。
やっぱりさ、この「エロ」さが良かったんだよな、当時の歌謡曲って。
最近のヒット曲って「エロ」さが無くなったからなぁ。ある意味健全な世界・・それじゃツマンナイよなぁ。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

今夜月の見える丘に / B'z

2000_02_今夜月の見える丘に_B'z


今回の1曲セレクトは、「今夜月の見える丘に」B'zです。

まずはデータでする。

・タイトル    今夜月の見える丘に
・アーティスト  B'z
・作詞      稲葉浩志
・作曲      松本孝弘
・編曲      松本孝弘、稲葉浩志
・リリース日   2000年2月9日
・発売元     ルームスレコーズ
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 112.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:2000年2月21日〜3月20日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ビューティフルライフ」主題歌

ネット炎上商法っていうのも最近、あんまり聞かなくなったなぁ。
・・・とまたまた「とーとつ」に始めてしまいましたが。。。

SNSやブログ上で思わず口を滑られて「炎上」するってことは、今でもよくある話ですけどね。
「炎上商法」っていうのは、意図しないところから炎上するのではなく、「わざ」と炎上させる訳なんだよね。

確かに、炎上するとSNSとかブログの「持ち主」当人にとっては対応に苦慮する訳なんだけども、逆に言えば、それだけ第三者に注目され、それだけユーザーが集まるっていう「効果」もあるんだよね。

ま、そういう「逆手」をとった商法なわけでさ。 ただ、そうはいっても炎上元の当人は精神的なダメージも受けるし、なにより「逆手」を取った方法だからさ、一歩間違えると、効果どころかサイト閉鎖に追い込まれる危険もあるからねぇ、キワドイやり方なんだよね。

 そういうこともありーの、最近じゃネットの世界もコンプライアンスだか、何だかしらんけど、締め付けも強くなったからねぇ、以前に比べると少なくなったんだよな。
 うん、最近じゃ先日のパーマ大佐の「森のくまさん」事件くらいじゃないんかなぁ。


・・・なんて、今回引っ張ってきた曲とは、全く関係ないような「マクラ」になってしまいましたが。。。


はい、今回セレクトしてきた曲は、B'z「今夜月の見える丘に」ですわ。

なんで、この曲とネット炎上商法なの?   ・・・って事なんだけど、個人的に、この曲というと、ネットを使用して以来、初めて自分で書いた書き込みが「炎上」したからなんだよなぁ

その印象が強烈でねぇ、あれから17年経った今でも、この曲というと、あの時の「炎上」を思い出す。。。
因果な曲なんだよねぇ。。。。

炎上した原因・・・。 この曲、リリースは2月9日なんだけども、当初は1月26日だったんですよ。

2000年1月26日リリースってどうであったか、みなさん覚えてますかねぇ。

・サザンオールスターズ 「TSUNAMI」
・モーニング娘。「恋のダンスサイト」
・椎名林檎 「ギブス」
・椎名林檎「罪と罰」
・鈴木あみ「Don't need to say good bye」
etc etc

リリースリストを見ても分かるように、前代未聞、空前絶後・・・と言うべき、「超」強力曲同士が、同じ日のリリースだったんだよね。

当然、これらが初登場の週のランキングの売り上げ枚数は、空前絶後のレベルになる事は目に見えていた訳でさ。
ここにB'zが加わったら、一体どうなるんだろう  特に、サザン、モー娘。、B'zが三つ巴のチャート争いになったら、一体どうなるんだろう
・・・・そんな期待が、いやがおうにも事前に高まっていたんだよね。


でも・・・・ですよ。 リリース直前になって、突然B'zのこの「今夜月の見える丘に」のリリースが延期。。。

「逃げたな・・・B'z」

・・・っていう憶測が出た訳ですよ。 うん、ワタシも真っ先にそう思った。
併せて当時、B'zはオリコンでシングルでの連続1位記録を更新中でしたからねぇ。 サザンの「TSUNAMI」も事前の下馬評から高レベルの売り上げが期待されていたことから、もしサザンとの一騎打ちとなったら、さしものB'zも1位獲得は危ないか・・・って言う予想もあり、「逃げた」って憶測が現実味に思えたんだよね。

そこまでしてオリコン1位記録を更新したいか・・・・という足ひれまでついてさ。

それをさあ、ストレートに書いたのよ、ワタシ。

当時はBBS(掲示板)の全盛期で、でもまだ自分の掲示板持って無かったんで、知り合いの掲示板に書いたんだと思う。

叩かれましたねぇ。   大炎上。

実際は、直前になってC/Wの差し替えがあって、リリースが延期になった・・・・ようなんだけども。。。


でもねネットを始めて以来、初めての「炎上」だったんで、正直、精神的なダメージは感じたなぁ。 話し言葉ではなくダイレクトに文字での攻撃ってキツイんだよな。 それに執拗に攻撃する人もいるでしょ。鬼の首を取ったような。。。。ま、これは今の方が酷いんだろうけど。。。

ただね、炎上ということで、みんながみんなワタシを攻撃してきたのか・・・というと、そうじゃなかったんだよね。
中には冷静に事の成り行きを見守ってくれる人もいてさ、ウラから励ましてくれたりね。

ま、この炎上は、数日で終息したんだけどさ、でもこのコトで大分勉強させてもらいましたわ、ネットについてのさ。

そんなこともあったからさ、この曲、長い間まともに聴けないんだよな。
叩かれても、リリース日を「逃げた」・・・って言う思いは、ずっと感じてたからなぁ、自分の中では。

ここ数年ですね、落ち着いて聴けるようになったのは。

いや、正直、B'zの曲って90年代後半、好んで聴いてなかったんだよな。 個人的に気に入っていたのは、95年の「LOVE PHANTOM」。この曲以降は、もういいや・・・って感じだったんだよなぁ。

うん、簡単に言ってしまえば「飽きて」たんだよな。 でも、その傾向はワタシだけではなかったようで、さしものB'zも、この曲がリリースされるまで3年余り、ミリオンセラーが出てなかった。

全体的なCDの売り上げ傾向は右肩上がりだった90年代終盤にあって、ミリオンセラーが無かったと言う事は、相対的に見て、人気に陰りが出てきた・・と見ても当然でしたからね。

それでもオリコン1位は続いていた・・・。結局コアなファンだけに支持される傾向が強くなっていたわけなんだよな。

そんなことも、この曲のリリース延期で、個人的に強気にさせていたところだったのかもしれない。どうせ好きな人しか好きじゃないんだから、最近のB'zは・・・ってところでさ。

ただ、この曲は違ったんだよな。

やっぱ、超人気ドラマ「ビューフルライフ」の主題歌・・・ってところが大きかったんだろうな。 約3年ぶりでミリオンセラー復帰。(逆にB'zにとっちゃ、これが最後のミリオンセラー・・・・か)
なんせ視聴率40%超えのドラマだった訳だからねぇ・・・。 

そういう曲を敵に回しちゃ、ダメだわな。。。。

・・・なんて今ではすっかり大人になっちゃった感があるけど・・・。 

やっぱ、当時はまだ若かったんだよな。30そこそこだったし・・・。 
でも、あの頃のような「尖った」感情も再び欲しいとも思うんだけどさ。




曲ですか。 うん、今になってあらめて聴いてみるといい曲だよね。
B'zらしからぬ、感情に訴えるような曲で。。。 

ちなみに・・・・1月26日リリース曲の中で、オリコン初登場首位は、当然サザンの「TSUNAMI」。初登場の売り上げは65万枚。

対して、B'zのこの「今夜月の見える丘に」の初登場売り上げは67万枚。

・・・・っちゅうことは、リリース延期しなくても、1位は獲れた・・・ってことか。。。 
まあ、それでもサザンの「TSUNAMI」は300万枚近いお化けセールスに化け、「今夜月の見える丘に」の倍以上累積セールスになった訳だけど。。。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

優しい雨 / 小泉今日子

1993_02_優しい雨_小泉今日子


今回の1曲セレクトは、「優しい雨」小泉今日子です。

まずはデータです。

・タイトル     優しい雨
・アーティスト   小泉今日子
・作詞       小泉今日子
・作曲       鈴木祥子
・編曲       白井良明
・リリース日    1993年2月3日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   95.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1993年2月15日〜3月29日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「愛するということ」主題歌

前回は工藤静香さんの「慟哭」を書いたんだけども、「慟哭」を書いたならば、やっぱ、この曲も持ってこざるを得ないよなぁ・・・と思いーの、引っ張って来ました。

そうです、今回の1曲セレクトは、小泉今日子サマの「優しい雨」ですわ。

前回の「慟哭」では、この「優しい雨」があったからこそ、 工藤静香さんにとっての最高売り上げとなった・・・なんて書いたけど、そのくらい、この2曲のライバル関係は、当時大きかったですからねぇ。
まあ、逆に言えば、この「優しい雨」も「慟哭」に引っ張られる形で、約96万枚ものセールスになりましたからねぇ。
これは、91年5月の例の「あなたに会えてよかった」の105万枚に次ぐ、キョンキョンにとっては、2番目の売り上げなんだよね。

そそそ、前回の「慟哭」を読んて下さった方にはお分かりかと思うけど、80年代デビューのトップアイドルとして、工藤静香さんは、ミリオンセラーが1枚も無いのに対して、キョンキョンは、しっかりミリオンセラーを出しているんですよね。
 その他、ミポリンも「ただ泣きたくなるの」が105万枚のミリオン、松田聖子様は「あなたに逢いたくて」が110万枚のミリオン・・・とそれぞれミリオンセラーを出しているのに対して、工藤静香さんがミリオンが無いのは意外かもしれない・・・って事なんだよね。

ただねぇ、個人的には、前回の「慟哭」もそうだったんだけども、この「優しい雨」も今一つピンとこなかったんだよな、当時。 引っかからなかった。

「慟哭」は、中島みゆき作詞、後藤次利作曲っていう、工藤さんとって最強の組み合わせだったけども、時代を考えるとアナクロさを感じたって事だったけども、この曲は、少し違った意味で引っかからなかった・・・かなぁ。

まあ、一つ言える事は、どうも今一つはっきりとしなかったんだよね、この曲。
ジャケ写のトーンが、ブラウンがかったセピア色じゃん。 まさにそんなイメージなんだよね。モノトーンで今一つはっきりない世界。

まあ、「雨」の曲と言う訳で、こういうモノトーン系の、今一つはっきりしない世界なんだろうけど、個人的にはこういうイメージのキョンキョンはねぇ、ちょっと違うような感じがしたんだよな。
やっぱり、キョンキョンにはポップな曲が似合う。当時、80年代までのようなポップな曲が少なくなってきてたからねぇ、だから、そんなポップな曲が聴きたかったんだよね。

そんな個人的な感情に対して、予想以上に売れたんでさ、嫉妬ではないんだけどもギャップを感じていたんだと思う、当時。

そんな事に加えて、当時、個人的な精神状態もナーバスになってたからなぁ。
まあ、毎度毎度な理由なんだけども、 この曲がヒットした93年2月〜3月といえば、大学4年になる直前だったんだよな。

そそそ、巷では「就活」が始まっていた頃ですわ。 今ではもっと早い時期から就活ってやってるんだろうけど、今から24年前のうちらの時代では、今頃からだったよね、就活って始めたの。

当初、ワタシは学部卒で就職するつもりは無く、大学院に進むつもりでいたんだよね。だから、本来なら就活も気にせずに大学院入試のことだけ考えてればいいはずだった。。。。だけども。。。
所属した研究室に馴染めず、就活を始めた周りの友達に焦りを覚えたりして、急遽、就活を考え始めたんだよ、24年前の今頃。

別に請求した訳でもないのに、次から次へと送られてくるリクルートブックにもうんざりしながら聴いてたこの頃の曲。

そんなマイナスな精神状態の中で聴いてた曲だからこそ、この「優しい雨」のような、暗く沈んだ曲調の曲は特にダメージを感じたんだよね、当時。

でも、今でもこの曲を聴くと、当時のうんざりしていた事がフラッシュバックで甦るんだよなぁ。だからね、正直言うと今でもあんまり得意じゃないんだよな、この曲は。 



ミュージックステーションですな。画像も音もきれいに残ってますね。

 ちなみにこの曲が主題歌だった、ドラマ「愛するということ」は、TBSの93年1月期の金曜9時ドラマ。
ま、今は「金スマ」になったんでドラマ枠じゃないんだけども、当時は21時〜22時、22時〜23時と、TBSの金曜は連続してドラマ枠だったんだよね。
 で、この次の93年4月期の金曜21時〜22時は、「ダブルキッチン」。 そそそドタバタコメディの。これは個人的にも見てたなぁ。

 ちなみにちなみに、この93年1月期ドラマで、この「愛するということ」に続く、金曜22時〜23時枠は、あの「高校教師」だったんだよな。 これは見てたなぁ。




よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

ほっとけないよ / 楠瀬誠志郎

1992_01_ほっとけないよ_楠瀬誠志郎


今回の1曲セレクトは、「ほっとけないよ」楠瀬誠志郎です。

まずはデータでする。

・タイトル    ほっとけないよ
・アーティスト  楠瀬誠志郎
・作詞      並河祥太
・作曲      楠瀬誠志郎
・編曲      楠瀬誠志郎
・リリース日   1991年11月15日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数  61.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1991年12月9日〜2月3日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「ADブギ」主題歌

twitterで別途つぶやいたんだけども、今週のオリコンシングルチャートの週間売り上げ、酷いね。
1位で2万枚台。5千枚弱でベストテン入りだもんね。
まあ、曲の購入はCDパッケージからネット配信へ移行が進んでいるんで、こうなるのも当然と言えば当然の成り行き・・・・と頭では分かっているんだけども、80年代からオリコンチャートの推移を見続けているワタシからしてみれば、やっぱ違和感は感じるわな。

 オリコン見始めた頃といえば、週間売り上げで、大体2万枚前後がベストテン入り水準。5千枚前後で、いわいる業界用語で言う「左ページ」(50位)、2千枚前後で100位・・・って感じだったからさ。そう言う数字の並びが、頭にこびりついてるんだよね。

うん、だからね。オリコンの今週10位の曲なんてさ、そう言う基準からしてみると「50位」くらいの価値しか感じないんだよね。

まあ、これも時代の流れということで、だから、どうだ・・っていうことを言うつもりもないんだけどさ。

でも、逆に言えば90年代。 あの未曾有の「メガヒット」の時代も、違和感いっぱいだったのも間違いない。
なんせ、逆に週間5万枚前後売れないと、ベストテンに入れない・・・って言う時代もありましたからねぇ。
これはこれで、おかしな時代になったもんだ・・・と思ったもんなんだけどね。

昔、筒美京平氏が、自身が作家デビューした頃の60年代終盤を例えて、「どんなイモな曲でも10万枚売れた。こんな曲が10万枚!?」ってインタビューに答えていた事があったけど、まさにそんな感じでしたね、90年代のメガヒット時代は。

今回は、そんな「メガヒット」時代に突入した頃の1曲を持って来ますかね。

楠瀬誠志郎「ほっとけないよ」

この曲、覚えてますか?  うん、あの時代を知ってる方なら恐らく覚えてる方、多いですよね。

91年の10月期のTBS系金9ドラマ「ADブギ」の主題歌として、大ヒットしたあの曲ですね。
そそそ、永遠の「爽やかボーイ」な印象が強い、90年代前半特有のストレートなアッパーチューンポップスですわ。

メガヒットの時代・・・なんてことで、この曲選んじゃったけど、この曲自体は、売り上げは60万枚なんだよね。。
でもさ、そんなに売れてたのか・・・って言うイメージもあるんだよね。
ま、その辺がメガヒット時代と80年代までの感覚の差・・・なんだけどさ。


上で思わず「90年代前半特有の〜」って書いちゃったけど、あの時代、このテのなんのてらいも悩みも無いような、言ってみれば「能天気」なポップスって多かったですよね。サウンドも大体、キーボード主体の、やや硬質な音でさ。

91年暮れから92年初頭というと、経済では「バブル」が崩壊し不況に転落し始めていた頃だ。

そんな時代なんで、さぞかし「暗い曲」だらけだったんだろうな・・・と思いきや、世間一般的には、まだそんなにバブル崩壊っていう深刻な状況ではなかったように感じてましたよね。
現に、バブル崩壊・・・って言われても、それまでの数年間と、なにもかわったような実感はなかったもんな。この頃は。

だから、この曲とか、ZOOの「Choo Choo TRAIN」とか、能天気な曲が、まだまだ巷では流行っていたんだよね。

ま、それから1年後・・・・バブル崩壊の実感を感じるようになった93年の今頃は、THE虎舞竜の「ロード」とか森田童子の「ぼくたちの失敗」とか、「暗黒系」の曲が流行りだったりしたんだけども。。。。

ここでは何回も書いてるけど、「歌は世につれ 世は歌につれ」とはよく言ったもんで、ヒット曲の曲調と世間の栄衰って、リンクしてるもんなんだよね。


ところで、この「ほっとけないよ」、上で書いたように永遠の「爽やかボーイ」な印象が強い1曲なんだけども、歌ってる楠瀬誠志郎氏からして、永遠の爽やかボーイっていうイメージだったもんなぁ。

歌っているときに、いつも白い歯が覗いてた笑顔を絶やさない・・・というか。。。
うん、見方によれば、ちょっと怖かった・・・というか。。。
ま、このヒトにして、この曲あり・・・という印象が強かったよね。

この曲で突然、ヒットストリームに躍り出てきた、楠瀬氏だったわけで、当時は「新人」なのかな・・と思ってたけど、91年当時で、既にデビュー6年目と言うベテランアーティストだったんだよね。

だから、当然ワタシよりも年上なんだけど、当時は同年代? なんて思ったもんだよな。それだけ「爽やか」さがいっぱいだったもん。


ちなみに、この曲が主題歌だったドラマ「ADブギ」は、あの「加勢大周」が主演。浅香唯さんがヒロインでしたよね。 この二人は同年代・・・というか、二人とも同い年だったからさ。そんじゃ楠瀬氏も同年代なのか・・・と思ったもんなんだけどね。
ドラマは、「ママハハブギ」「予備校ブギ」に続く「ブギ」シリーズ第3弾でしたよね。
前作から引き続けて出演していたのは、的場浩司氏と、石田ひかりさんだけだったかな・・・。

うん、個人的には、このシリーズ大好きで、「ママハハ」も「予備校」も欠かさず見てたんだけども、この「ADブギ」だけは、あんまり見てなかったんだよな。

ま、この時期、91年末〜92年初頭にかけては、前年に引き続き、郵便局で夜間の仕分け作業のバイトやってたからなぁ。だから、見られなかったんだよね。
 でも、この「ほっとけないよ」を聴くと、あんときのバイトの様子が脳裏に浮かんできますわ。バイトと、新宿のカラオケバーと、ボーリングと・・・兎に角、ワタシにとっては「徹夜」のイメージなんだよな、この曲。

なんか、「爽やか」な曲のイメージとはまったく違うけど。。。 

いや、この91年暮れ〜92年頭頃のヒット曲って一律で、そんなイメージなんだよな。 それだけ、あのときのバイトと、カラオケバーと、ボーリングっていうのが強烈な印象だったのかなぁ。。。




少し画像が悪いけどメンゴ。
カラオケのバック映像っぽい作りだけど、これこの曲のPVらしいね。いや、初めて見ました。。
もちろん、歌ってるのは楠瀬誠志郎氏本人だけど、ほらね、歌ってる最中も笑顔と白い歯は絶やさないでしょ
これが爽やかでもあり、味方によってはちょっと「怖く」もあり。。。

ちなみに、楠瀬誠志郎氏って、トップドラマー、村上"ポンタ"秀一氏の、元ボーヤなんですよね。このPVでも分かるように、自身はピアノ弾いてたんで、ドラマ―のボーヤだったってのは意外だったし、全く知らなかったんだけどさ。
あ、いや、そう言えば、ポンタ氏の著書にも書いてあったっけな、楠瀬誠志郎氏が、元ボーヤだった事は。


よろしかったら、ぽちっと押してね
にほんブログ村

今を抱きしめて / NOA

1993_11_今を抱きしめて_NOA


今回の1曲セレクトは、「今を抱きしめて」NOAです。

まずはデータです。

・タイトル    今を抱きしめて
・アーティスト  NOA
・作詞      白鳥瞳
・作曲      YOSHIKI
・編曲      YOSHIKI
・リリース日   1993年11月3日
・発売元     ファンハウス
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 81.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1993年11月22日〜1994年1月31日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「徹底的に愛は・・・」主題歌

今まで何回か、昔はよくあったけど、最近あんまり見かけなくなった曲のパターンっということで曲をセレクトしてきた事があったけど、今まであんまり言及してこなかった中で、「男女デュエット曲」って言うのがあったよなぁ。

まあ、そう言う曲、今まで全く書いてこなかった訳ではないけど、あんまり「デュエット」と言う事を意識しては書いて来なかったかもしれない。

でも、考えてみると、最近このパターンの曲ってあんまり見かけなくなった様な・・・。いや、逆に言えば、最近あんまりそう言う意識で曲を聴いて来なかったからかもしれん。
うん、今でもあるよね。 そう言えば、最近でも、AIと久保田利伸のコラボっていうのも出たしな。これだって、以前で言えば、「デュエット」だもんな。

でもまあ、長年ヒット曲を聴いてきてると、たしかに昔は男女のデュエットってたくさんあった。70〜80年代が全盛だったよな・・・。っていう感覚があるんだけども、意外と90年代前半にもそう言う大ヒット曲があるんだよね。

今回はそんな90年前半の「デュエット」曲を。。。

NOA 「今を抱きしめて」

はいはいはい・・・と思った方、同世代ですねぇ、きっと

今から23年前の1993年の10月〜12月クールで放送されていた、TBS系金曜ドラマ「徹底的に愛は・・・」で主演していた、仙道敦子と吉田栄作、2人によるユニットですね、「NOA」って。

当時、個人的にはTBSの金曜ドラマ、ずっと見てたんだけどな。うん、このドラマの前が「誰にも言えない」(前年の「ずっとあなたが好きだった」の続編)、その前の前が「高校教師」・・・)で、それまではずっと見てたんだけどね金ドラは。このドラマはスルーしちゃったんだよな。。。。だから、内容はよく分かんないんだけども。

と言う事もあってか、この曲は、予期してなかったところから突然飛び出してきたヒット曲・・・って言う印象が強いんだよな、個人的に。

X JAPANの「YOSHIKI」による、まあ、ドラマティックな仕上がり、かつ、メロディアスな曲調のこの曲は、大ヒットしてたよなぁ。

まあ、それまでもTBSの金ドラから出てきた大ヒット曲って、数々あった訳で、これの前の「誰にも言えない」の主題歌だった、ユーミンの「真夏の夜の夢」だってミリオンだったわけで、この曲がヒットするのも何ら不思議ではないんだけどさ。でも、それまではドラマ見てたからさ、前もって予め、来るよな・・・って言うことは十分に予想が付いていたわけなんだよね。

でも、この曲のドラマは見てなかったからさ。


当時は、カラオケブームの真っただ中。 うん? 今でもカラオケ人気は続いているのか・・・  いや、でも、当時の盛り上がりから比べると、今は大分熱も下がってきているように感じるよね。

あの頃は、2人集まれば猫も杓子もカラオケだったもん。

当然、キャッチーな曲に人気が集まるわけで、この曲なんかもかなり人気あったよなぁ。男女2人集まれば・・・って感じで、当時この曲歌ってたヒトもいっぱいいるんじゃないかなぁ、これ読んでらっしゃる方の中にも。


ここでは何回も書いてるけど、当時、ワタシらが結成していた「チャート研究会」っちゅう自主サークルでもしょっちゅうカラオケやってたな当時。
 根城だったのが、新宿三丁目にあった「てあとろん'88」っていうカラオケパブ。 ここはボックスではなく、前面にステージがあって、リクエストした曲がかかると、このステージに上がって人前で歌う形式なのね。

当時、この曲も大分かかってましたねぇ。 何回聴いたことか・・・ってくらい。

X JAPANのYOSHIKI作曲ってことで、さぞ難しい曲なんだろうな・・・とはさにあらず。キャッチーなメロディラインは、シロートが歌うにもそれほど難易度が高くなかったしな。

まあ、そこは、本業が「歌手」ではなく「役者」だった、仙道&吉田が歌うって事もあって、予め、歌いやすいようなメロディラインで考えられていたんだろうけど。。。

うんにゃ、吉田栄作氏は、それまでも例の「心の旅」っちゅう、チューリップの名作カバーでヒットしてたり、その他
何曲もリリースしてたわけで、ウタはこれが初めてではなかったわけだけど、まあ、歌唱力は、スパ抜けてあった訳じゃなかったしな。

それよりも、仙道敦子さんが達者だったんだよね、ウタ。 
うん、ちょっとビックリするくらい。 
もうね、そのまま本業も歌手になっちゃったら・・・って感じでさ。

・・・なんて、恰もこの曲が初めての「ウタ」って感じで書いちゃったけど、仙道さんも、この曲以前に何曲かレコードリリースしてたからなぁ。
で、噂ではそれ以前から歌唱力はあるっていわれてたけど、何分、それまではヒット曲がなかったんでねぇ、個人的には、ちゃんと聴いたのは、この曲が最初だった・・・かもしれない。

いや〜、もしかすると、それ以前、中学生の頃「アイドル」っぽい感じでレコードをリリースしてた時に何回か聴いてたかもしれない。けど、記憶にないんだよな。
うむ、仙道敦子さんは子役から出てきたヒトで、中学生の頃は早くも演技派女優って感じだったんだよね。

ちなみに、吉田栄作、仙道敦子、共々1969年生まれ。ワタシとは同い年ってわけでね、だから、このコンビは、なんとなくくすぐったかったな、ワタシとしては。
まあ、吉田栄作は、早生まれなんで、実際、学年は一つ上なんだけどさ。 
そう言えば、福山雅治も、同じく1969年生まれだけど、早生まれなんで学年は一つ上なんだよな。うん、吉田栄作と同じなんだよね。

・・・うーむ、話が脱線した。。。。

ともかくも、当時はカラオケで「受けるかどうか」がヒットのカギとなっていたのは事実だったよなぁ。
この曲に引き続きいて、数か月後には、同じく「デュエット」で、藤谷美和子&大内義昭の「愛が生まれた日」が大ヒットしたでしょ。 くしくも同じようにドラマの曲として。
結局この曲も、カラオケでの人気が凄まじかったことが一番のヒット要因だったしな。

ただね、個人的には、この曲カラオケで歌ったことないんだよな。。うん、デュエットの相手がおらん。。。



うーむ、当時は吉田栄作ってウタ、ヘタって思ってたんだけどな、今聴くと、比較的まともに歌ってるなぁっていう印象。
それだけ、最近の歌手の(少なくとも歌番組における)歌の下手さ加減が際立ってきたって事なのかなぁ。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

とんぼ / 長渕剛

1988_10_とんぼ_長渕剛


今回の1曲セレクトは、「とんぼ」長渕剛です。

まずはデータです。

・タイトル     とんぼ
・アーティスト   長渕剛
・作詞       長渕剛
・作曲       長渕剛
・編曲       瀬尾一三 長渕剛
・リリース日    1988年10月26日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  103.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1988年11月7日〜1989年2月20日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「とんぼ」主題歌

うーむ、最近ちょこっと年代が偏ってるかなぁ・・・と思いつつ、またまた1988年の曲を持ってまいりました。
本来、年代関係なく幅広く書いていきたい・・・とは思っているものの、結局は自分が「一番」真剣に音楽を聴いていた80年代が一番多くなってしまっるんだけどさ。

ただ、その中でも80年代終盤って、実は、意外とまだ書いてない曲があるんだよね。

ま、個人的な環境もあって、80年代終盤は、音楽を聴くペースが、それまでよりは下がっていたっていうのが大きいかもしれない。だから振り返ってみても「いの一番」には浮かんでこないんだよね。

だから、こんな大ヒット曲も残っていたりする。

長渕剛「とんぼ」。

アナログレコードからCDへの移行に伴って、レコード売り上げが低迷していた80年代終盤にあって、83年の細川たかし「矢切りの渡し」以来、5年ぶりでミリオンセラーを記録したこの曲なのにねぇ。

個人的には、「オリコン」を買い始めて以来、「初めて」のミリオンがこの曲だったんだよな。
オリコンのチャート表で、累積売り上げ枚数が「6桁」になった時は感激したもんなぁ。

え? 100万枚だった7桁だろ? ・・・なんて言う方は、流石にいませんよね。

そそそ、今でこそ、オリコンも売り上げ枚数が「1枚」単位で表記してあるけど、当時は「10枚」単位だったんだよね。だから、10万枚で5桁、100万枚で6桁表記だったんですわ。

それまで、ミリオン確実といわれた、わらべの「もしも明日が」も、小林明子の「恋におちて」も、100万目前にしてランクダウンしてたからなぁ。 まあ、ぬか喜びが続いたんだよね。

だから、ワタシにとってはオリコンを買い始めてから「3度目の正直」だったわけですわ。


そんな想い出がある曲なら、当然、既に1曲セレクトを書いててもおかしくない・・・んだけど、どうも、この曲、レビューを書くって言うのが難しいんだよな。
上記のように5年ぶりで「100万枚」突破しました・・・・で、筆が止まってしまう。

だからかなぁ、今まで書いてこなかったのは。

曲としてキライだった訳じゃないんだよね。 まあ、容姿は、「ヤクザ」な長渕になって引いてたところはあったけど。

そそそ、その証拠に、この曲が収録されている、アルバム「昭和」も、レンタルじゃなくてレコード屋で買ったもんな、当時。

で、カセットに落として毎日のように聴いてたし。

うん、ヤクザだとか、なんだかんだ言っても、音楽屋としての長渕は好きだったんだよな当時。


当時、大学受験浪人で、予備校と家の往復だった毎日の、うるおいのひと時だったような気がする。

だからねえ、この曲を聴くと、未だに、あの暗くて重い浪人生活の日々が甦って来るんだよな。 

あ、今まで書かなかったのは、そのイメージが強いって言うのもあるのかもしれないな。

そんな最中に起こった、昭和天皇の崩御。

そうだ、昭和の「最晩」っていうイメージが、この曲にはあるんだよな。 
なんかさ、いろんなイメージ・・というか絵が浮かんでくるんだよな、この曲を聴くと。おろらく、それは、昭和の歴史の流れの絵かもしれない。そんなイメージがあるんだよね。

そんなところが、少なくとも「平成」の御世とのギャップを感じるんだよな。 うん、今の時代にはどうしてもしっくりこないんだよね。そんなところも今まで書いてなかった理由だったかもしれない。

あー、やっぱり、何書いてんだか分かんなくなってきた。

こういう時は、曲に行こ。


 

あ、ちなみに、この曲が主題歌だったドラマ「とんぼ」は、見てたな。全部ではなかったけど、なんか怖いもの見たさで、つい見ちゃってたような感じだったな。
最終回、長渕が殺されるシーンは壮絶だったよな。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

終わりのない歌 / 惣領智子

1978_09_終わりのない歌_惣領智子


今回の1曲セレクトは、「終わりのない歌」惣領智子です。

ますばデータです。

・タイトル    終わりのない歌
・アーティスト  惣領智子
・作詞      及川恒平
・作曲      惣領泰則
・編曲      惣領泰則
・リリース日   1978年7月5日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 21 位
・売上げ枚数 11.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 24位
・タイアップ:TBS系ドラマ「愛がわたしを」主題歌

ヒット当時は聴いた事が無いハズなのに、実際聴いてみると昔聴いた・・・よう曲っていうのはありますよね。
この1曲セレクトも、元々のコンセプトは、そんな曲を表に引っ張ってこようと思って始めたんですよね。

ま、曲を書いてくウチに、そう言ったコンセプトもだんだん薄れて来ちゃったんたけどさ。

今回は原点にもどって、そんなヒット当時は聴いていたはずが無いんだけど・・・っていう曲を引っ張って来ますかねぇ。

惣領智子「終わりのない歌」。

・・・・と書いて、曲をパッと浮かんでくる方は、40年近く前ヒット曲ファンだったか、そうじゃない方は結構なJ-POP通な方ですよね。
 リリースは今から38年前の1978年7月。
そそそ、連日、猛暑が続き、日本列島がピンク・レディー一色で染まっていた、あの暑い夏の頃ですわ。

でも、この曲はオリコン、最高21位までしか行かなかったですからねぇ。 それほど一般的ではないし、当時も少しJ-POPをかじったような人しか耳にしてなかったんじゃないかなぁ。

・・・なんて「推定」的に書いちゃったんだけどさ。

まあ、当時、ワタシは、まだヒット曲の世界に入ってきてなかったからなぁ。 
だから、もちろん、この曲を「能動的」に聴いてた記憶が無いし、どのくらい一般的だったのかも体験してないしね。

それでも売り上げは、10万枚強と、いわいる「スマッシュヒット」の領域の売り上げは見せていたんだけどね。

これは、この曲がTBS系のドラマの主題歌だったって事も大きいんだろうな。

当時、木曜22時〜っていう「ベストテン」の後に放送していた「木曜座」っていうドラマ枠で、78年6月〜9月クールで放送されていた「愛がわたしを」っていうドラマの主題歌。

主演は、大原麗子さんと近藤正臣氏 

・・・とさも見てたような書いちゃいましたけど、はい、完全に「ウケウリ」です。


でも、そんな当時見ても無かったドラマの主題歌をなんで書いんの?  言われそうではあるけど。。。。

うん、なんかね、ずっと引っかかってきた曲ではあるんですよね。この「終わりのない歌」タイトル。

当時は聴いてなかった・・と思うんだけど、オリコンを見るようになって、当時の過去チャートを見てると、なぜか引っかかって来るんですよ。

最初は、作詞、及川恒平、作曲 惣領泰則 音楽の教科書に載ってたんだったけなぁ・・なんても思ってたんだけどさ。

だから、いつか実際聴いてみたい・・と思ってたんですよね。

で、実際聴いたのは・・・。 実は、意外と最近なんだよなぁ。 たしかここ10年以内だったと思う。

うん、ずっと想像していた曲とは、大分違ったんだよね。

アーティストの惣領智子さん、ジャケ写の印象では、美人だしもっと声の線が細い方だとばっかり思ってたんだよな。その想像イメージからもっとソフトな曲だとばっかり思ってたんですよね。

でも、実際は、めちやくちゃブルージーだし、惣領さんの声も太く、はっきりとした声質なんですよね。
うん、想像とは、全く違ったんでびっくりしたんだよね。

惣領智子さんは、この曲の作曲者の惣領泰則氏の、当時の「奥さん」ですね。当時26歳。
ちなみに、惣領泰則氏といえば、海援隊の「贈る言葉」のアレンジャーだったりして、当時のフォークロック系畑の方でしたよね。

え? 26才で、このウタの上手さは何? 
wikipediaによると、国立音大出身、在学中にアメリカ留学とある。
なるほど、どおりでウタはしっかりしてるはずですね。

でもそれを置いても、今聴いても魅力的な声の持ち主だよなぁ
兎に角、これほど線が太くて、はっきりとした声質で、これほどブルージーな曲が合う女性アーティストって当時もそれほど多くなかったと思うし。

曲もめちゃくちゃよかった。

ブルージーと書いたところからも、曲調は都会的ではないし、どこかカントリーを思わせる長閑さも感じるんだけども、それだけにスケールが大きいんだよね。
都会の片隅のシミッタレタ・・・・っていうところが無い。曲を聴くと、どこか広々とした風景が広がるんだよな。

でもね、その広がる風景っていうのが、どころ自分の田舎(福島・いわき)だったりするんだよなぁ。

うーん、なぜかいなぁ   なんて、ずっと思ってたりするんだけど、もしかして、当時、無意識のうちの、この曲聴いてたのかなぁ・・なんても思ったりして。

特に サビ終わりの  ♪ 私はここに いるわ〜 ♪ の少しスローダウンする部分から見える風景ってそうなんだよな。

 
いずれにしても、この曲は「当たり」な曲ではあったことは間違いないなぁ。
今回セレクトしてきたのも、そう言う曲だからこそ、駄曲が多い、今の時代にもっと多くのヒトに知ってもらえたら・・・って部分が大きいんだよね。






よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

格好悪いふられ方 / 大江千里

1991_09_格好悪いふられ方_大江千里


今回の1曲セレクトは、「格好悪いふられ方」大江千里です。

まずはデータです。

・タイトル    格好悪いふられ方
・アーティスト  大江千里
・作詞      大江千里
・作曲      大江千里
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1991年7月18日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  50.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1991年7月29日〜10月21日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「結婚したい男たち」主題歌

広島カープがセ・リーグを制覇しましたな・・・って本当は昨日書くべきだったんだけどね。
昨日は、書こう書こうと思いながらウトウトしてしまい、そのまま夢の中へ・・・って感じになってしまいーの、だから、1日遅れで書いてたりします

ところで、広島カープ「25年ぶり」優勝ってことで、ネットニュースなんかで、「25年前は・・・」なんて25年前を振り返る特集があちこちに出てますねぇ。

25年前ね、1991年。 ワタクシは22才でしたねぇ。

本来・・というか大学受験をストレートでクリアしていれば、大学4年で就職活動期だったろうけど、ワタシゃ、入試に2年「躓いた」んで、まだ大学2年。なーんも考えてなかった頃
強いて言えば若かった。自分のチャート作成で、国会図書館に入り浸ってた「夏休み」だったな。

・・・・ということで、今回は1曲セレクトも「1991年」の今頃のヒットを持って来たい・・・。

とは思ったものの・・・、1991年の今頃の「めぼしい」ヒット曲は、すでに大体書いちゃったんだよな。。。。

チャゲアスの「SAY YES」、槇原の「どんなときも。」。バブルガムの「WON'T BE LONG」、チューブの「さよならイエスタディ」・・・。サザンの「ネオブラボー」、キョンキョンの「あなたに会えてよかった」、ミポリンの「Rosa」・・・・。

みんな既に書いちゃったじゃんか。。。。

さて、どうすべ・・・と思っていたら、1曲まだ書いてなかった曲が残ってた。。。

大江千里「格好悪いふられ方」

よし、この曲で決まり


・・・・と思ったものの、うーむ、この曲はどう書くべーな。。。

今までスルーしていた曲だけに、とっかかりが難しい。 いや、逆にとっかかりが見つからなかっただけに今までスルーしていたんだが。。。。

個人的に言って、必ずしもキライな曲ぢゃなかったしシングルCDも、91年当時買ってあるんだけどねぇ。

なんていうのかなぁ、レビューを書くと言うほどの掴みどころが無いん曲なんだよね。

正直言って、大江千里さんの曲良く分かんなかったんですよ。ウナギイヌのようにつかみどころが無くってね。
それでいて、全体的な曲の雰囲気に引っかかってしまう。 それが不思議と言えば不思議なんだけどさあ。

掴みどころが無い・・・っていうのは、恐らくメロディラインの不安定さにあるんだろうね。

例えば、この曲にしても、AメロとBメロのつながりが今一つ不自然だったりしてさ。全体的に4 7抜き的な中国音階っぽいメロディラインに不安定さを感じたってところもあるかもしれない。
・・・・かと思えば、サビの ♪君が欲しい〜 ♪からはキャッチーになったりするじゃん。 なんかね、最初はこの複雑な展開にちょっと泡を食ったよなぁ。
 
まあ、サウンドはね当時のウレ線って感じだったからなぁ。 ビーイングが出てくる前夜のカラオケ全盛期を彷彿させる様なキーボードが前面に出てくるサウンドね。
 キーボードと言ってもシンセではなく、アナログ的なエレピ(エレクトリックピアノ)ね。 そそそ大江千里氏はキーボーディストでしたからねぇ。

でも、考えてみれば、エレピが前面にフィーチャーされたサウンドって、この頃が最後だった・・・・ような気がするよね。
これ以後はキーボード言えば、シンセばっかになっちゃったからなぁ。

ただ、個人的には、ヒット曲の世界に入ってきたからエレピサウンド慣れ親しんでたからねぇ、この頃のまでのサウンドが安心して聴ける最後の頃だったかもしれないな、今から考えると。

それとともに、和製エルトン・ジョン、ビリー・ジョエルとも言える、キーボード弾き語り系の男性アーティストも、少なくなったよね。 ヒットチャート的には、この頃の大江千里、もうちょっと後の楠瀬誠志郎、「Get Along Together」の山根康広あたりまでなのかなぁ。

最近は、 キーボード弾き語り・・・というよりも、みんなギターになっちゃったもんな弾き語りと言えば。バンドにしたって、キーボード無しの3ピースって形が多いし。 だから、サウンドも自ずからラウド系になってしまうわけで。。。

でも、そう言う時代だからこそ、エレピ弾き語り系のヒトが出て来ても面白いんだけどなぁ。
ラウド系サウンドが当たり前の今だからこそ、エレピの弾き語り系サウンドは新鮮なんだけどね。



この曲のPV。初めて見たような気がする。
もちろん、当時も流れてたんだろうけど、PVは、まだ家庭的には一般的じゃなかったからなぁ。
ちなみに、この曲のコーラスは、渡辺美里さんですね。
まあ、これは有名か。 同じエピックソニーで、互いにコーラスやったりしてたからなぁ。

ちょうど、この曲がヒットしてた頃のヒットチャートは、恐らく日本のヒットチャート史上、一番「最強」でしたよね。
なにせ、1位 SAY YES(ちぉげあす)、2位 どんなときも。(マッキー)が、約3ヵ月もの間、石膏のごとく、全く動かないチャートアクションで。
 そんなチャートアクションで、3位に絡んできた、この曲は大したもんだったし、当時の多くの曲同様、この曲もロングヒットだったもんなぁ。 ベストテン内に3ヵ月も居座ったもんね。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村
記事検索
livedoor プロフィール

かじやん

読者登録
LINE読者登録QRコード
QRコード
QRコード