かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

Johnny

ドキドキHeartのバースディ・パーティ / 岩井小百合

  1983_03_ドキドキハートのバースディパーティ_岩井さゆり


今回の1曲セレクトは、「ドキドキHeartのバースディ・パーティ 」岩井小百合です。

まずはデータでする。。。

・タイトル     ドキドキHeartのバースディ・パーティ
・アーティスト      岩井小百合
・作詞       翔
・作曲       Johnny
・編曲       馬飼野康二
・リリース日    1983年3月9日
・発売元      キング
・オリコン最高位 20位
・売上げ枚数   6.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 22位


1週間ぶりのご無沙汰でした。。。 などと、まるで「ロッテ歌のアルバム」での玉置宏氏のような書き出しになってしまいましたが。。。
うむ、1曲セレクトもすっかり「週末更新」の様相になっちゃいましたねぇ。。。うーむ、平日も更新したい・・・っていう頭はあるんですけどねぇ・・・。 相変わらず腰が重いワタシだったりします。。。
 ま、世間は3連休ですからねぇ、この期間は出来るだけ、更新したい・・・と頭では思っているワタシです。。

さてさて、今回は何を書くべーな。。。
・・・などと思ってたら、今BS日テレで、1983年のベストテンなんぞやってる。。。 日テレで「ベストテン」ってコトバはねぇだろ・・・日テレっちゃ「トップテン」だろ。。。。なんて文句言いながら見てるんだけども。。。

ああ、そうだ、丁度いい ちょっと前に思いついた曲を持って来ますか。

岩井小百合「ドキドキHeartのバースディ・パーティ 」

ふむふむ、1983年の今頃のヒット曲  いつものごとく、至極発想は安易なワタシどぇす。。


・・・などと、書き始めたのは良いですが。。。  今となっては、この曲を覚えている方ってどの位いらっしゃるんでしょうかねぇ・・・。 うーむ、疑問だ。。。

・・・といっても、目ぼしい曲が減りつつある今となっては、オリコンベスト20に入ったこの曲も「貴重」な曲なので。。。

ふむ、この曲は岩井小百合さんにとって、デビュー第2弾シングル。

・・・とか書いて、もしかして岩井小百合さんも知らない方も多いかなぁ。 
最近でもたまにレポーターとして、テレビに出演してたりするんだけどさ。 1983年、昭和58年、期待の新人として、1月に「ドリーム・ドリーム・ドリーム」でデビュー。
いきなり、オリコンで最高19位。売り上げも10万枚突破と、期待の新人として、まずは成功だったわけですわな。

・・・つか、「ドリーム・ドリーム・ドリーム」は昔書いてたんだけどさ
↓ コレ
http://livedoor.blogcms.jp/blog/kajiyan0777/article/edit?id=52012914

ま、このデビュー曲続く、第2弾シングルつうわけで。。。

ただ、当時シングルは、いわいる「3ヵ月ローテーション」でリリースするのが「通例」の音楽業界・・・つうか、レコード業界にあって、この曲、前曲から2カ月で、早くもリリースされたんだよね。
 しかも、次の「いちごの片想い」は、この曲の次月の4月リリース・・・と、 当時の感覚で言えば、まあ、なんて「矢継ぎばや」にリリースするんだ〜・・・って感じだったよな。それだけ期待の新人って事だったんでしょうね。

というか、リリースされた83年3月の時点では、まだ、デビュー曲の「ドリーム・ドリーム・ドリーム」の頭でいましたからねぇ、当時のラジオのチャート番組では。

だからなのか、正直、当時、この曲はあんまり真剣に聴いたような記憶が無い。

確かにラジオでは聴いてたような気がする。うん、例の「決定!全日本歌謡選抜」では、結構流れてた・・・ような記憶がある。

でも、真剣に聴いてなかった・・・っていうのは、もしかしたら「ドリーム・ドリーム・ドリーム」より、引っかからなかったのかもな、この曲。

ウラを返せば、「ドリーム・ドリーム・ドリーム」は、結構好きだったんだよね、個人的に。
なんと言っても、このヒトの声質がねぇ、当時としては新鮮な感じだったし、古臭い曲調とマッチしていたし・・・。

この「ドキドキHeartのバースディ・パーティ」はと言えば、曲調がさあ・・・・。ダサいんだよね。

いや、本来、ダサい曲、大好きなワタシなんだけども、それでもどうも引いちゃうんだよな・・・。

まあ、タイトルからして、思わず引いちゃったんだけどね。

それに加えて、銀蝿のアニキたちが、あの「ダミ声」で、 ♪サユリちゃ〜ん♪ って親衛隊よろしくコール入れちゃったりしてるじゃん。

思わず 「うわっ ダサッ」って感じだったんだよなぁ。

このダサさ、シングルのA面というよりもB面・・・って感じだったんだよね。 曲調的に「ココ」という見せ場がないし、インパクトも今一つ弱いしね。

あ、そそそ、岩井小百合さんって、「横浜銀蝿」の「マスコットガール」としてデビューしたアイドルだったんでね、当然、曲も当初は銀蝿のアニキたちがとっかえひっかえ書いてたんだよな。

まあ、どういう顔して「アイドル」だった、岩井小百合さんに「ツッパリ」銀蝿のアニキたちが曲を書いてたのか・・・って想像すると、ちょっと笑えるんだけども。。。
ただ、銀蝿解散後、Johnnyはキングレコードでアイドルの原石の発掘、TAKUも日音(音楽出版社)で同じような仕事をしていると言う事を考えると、この辺りから「その道」の勉強はしてたんだな・・・って言うのも分かったりしてね。


で、そんなインパクトの弱い、岩井小百合さんの第2弾シングルだけど、なぜか、今、手元に音源があるんだよな。
いつ買ったんだ  って感じなんだけどさ。。。

この曲ね 出だしAメロからいきなり 

♪ Shake hand  もじもじ しないで〜 ♪ っていうサビから始まるんだけどもね。

デビュー曲と同じく、舌たらずのベイビーボイスなんだけどもね、サビの ♪ Shake hand  〜 ♪ ってところの発声がところどころ「オバちゃん」っぽいんだよな

うちのオフクロも、ばあちゃんもそうだったんだけども、息を吐き終わるくらいの発声って、どこか詰まったような感じになるじゃん。 アレっぽいのよ、この♪ Shake hand  〜♪って部分。

いや、それに気がついたのは、最近なんだよね、うん、ここ数年前。

それがなんかねぇ、妙に引っかかったんだよな。 それで、この曲の音源買っちゃった・・・ような気がする。。曲自体がいいとか悪いって言う感じではなくて。。。

こう文章に書いてみると、我ながら無駄にお金使ってるかなぁ・・とも思えたりもするんだけどさ。。。。




こうしてみると、今もコノテのアイドルって、よく見かけるような気がするなぁ。
これ34年も前なんだけど、そうしてみるとアイドルって30年来、変わってないんだよな。



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暗闇をぶっとばせ / 嶋大輔

1982_09_暗闇をぶっとばせ_嶋大輔






今回の1曲セレクトは、「暗闇をぶっとばせ」嶋大輔です。

 まずはデータです。

・タイトル    暗闇をぶっとばせ
・アーティスト  嶋大輔
・作詞      嵐ヨシユキ
・作曲      Johnny
・編曲      横浜銀蝿
・リリース日   1982年8月11日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   28.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1982年9月6日〜9月20日付

 今回の1曲セレクトは、「オリコン1位」獲得曲です。 

 暗闇をぶっとばせ /嶋大輔

・・・・え? 超メジャーじゃないって? 知らないって? こんな曲。 って言う方、意外と多いんじゃないかなぁ。今となっては。

 うーん、そうかもなぁ・・・・。 なにせ、オリコン1位をとりながら、なかなかCD化されなかったのが、この曲と、近藤真彦の「泣いてみりゃいいじゃん」って言う時期があったからね。

 まあ、なんかの都合も合ったんだろうけど、すでに忘れ去られていた可能性もないわけではない。まあ、断言は出来ないけど。
 なにせ、オリコン1位を獲得しながら、累積枚数が30万枚に届かなかった曲は、この曲以前には、1972年のニューシーカーズ「愛するハーモニー」の28.1万枚以外、1曲もない。
 
 つまり、この曲が1位を獲得した時点では、オリコン史上、「最低売上げ」の1位獲得曲だったわけだ。

 オリコンの1位を獲得すれば、少なく見積もっても30万枚以上は必ず「約束される」。それが1982年当時の当然の見方だったんだよね。言ってみれば「大ヒット」を約束される特別な位置だったわけだ。

 しかしながら、この曲を皮切りに、その見方が崩れはじれる。。。・・・っていう時代に突入したきっかけの曲って言っても良いんじゃないかなぁ。

 よく、「オリコン1位がヒット曲じゃなくなる日」とかの、論評では、「おニャン子クラブ」がいつも題材に上がるんだけど、そういう形でみると、必ずしもそうとも言い切れないんだよね。

 銀蝿一家って、横浜銀蝿を筆頭にして、目標は「武道館満杯」と「オリコン1位獲得」っていうことをよく口にしてたんだけど、「武道館満杯」って言う目標は、すでに達成してたわけで、後は、オリコン1位って言うところだったんだよね。

 それも、この曲の少し前に、Johnnyの「$百萬BABY」で達成される。

 そのノウハウを生かして、リリースされたのが、この曲っていえるんじゃないかなぁ。

 まあ、たしかに、銀蝿の人気も成熟してたところがあったし、嶋大輔も前曲の「男の勲章」で一躍メジャーになってたところもあった。

 タイミング的にはいい時期だったんだよね。

 でもさ、銀蝿一家って、口先だけかと思われがちだけど、意外と緻密な計算の上で、リリース日設定をしてたんだよね。

 まず、オリコンの集計期間を初動からいっぱいに使える日にちをリリース日にする。

 まあ、これは、今では当たり前のやり方なわけだけど。つまり、通常水曜リリースってやつですね。

 この曲は、当時から水曜リリース・・・ってやつをやっていた。

 ここでも何べんも書いてるけど、当時は、まだ発売日はオリコンの集計期間など考えないのが一般的だった。大体、毎月五十日か、21日リリースって言うのが一般的だったんだよね。

 当時、オリコンの集計期間を利用してリリース日を設定していたのは、ジャニーズぐらいじゃなかったかな。他には。
(ただし、レコード会社側からしてみれば通常リリース設定日ではないため、「臨発」扱いになっていたことが多かったが)

 それと、8月11日っていうリリース日設定ね。

 この前の週には、田原俊彦の「NINJIN娘」がリリースされている。
 その前には、松田聖子の「小麦色のマーメード」がリリース。

 つまり、当時、強力人気アイドルだった彼らの、売上げが落ちてきそうなところを狙って、リリースしたってところ。

 まあ、これが、結果的には功を奏して初登場1位を獲得する訳だけど・・・。

 ただし、1週ずれてたら、あみんの「待つわ」が急激な売上げアップになってたんで、ちょっと危なかったんだけど・・。

 タイミングが良かったわけだ。。


 ただし、戦略的な1位狙いな曲は、概して短命に終わるような流れになる。
 結局さ、初動でファンはほとんど買っちゃうから、後が続かないんだよね。
 これは、今でも全く変わらない。

 ただ、当時は今ほど初動集中傾向はなかったから、それでも、ベストテン内を6週キープしている。
 ただし、その後は転がるようにランクは転落してったけどね。


 曲の方はなんていったら良いのかなぁ。なんかさ、このころになると、詩の内容が道徳的になってくるんだよね。
 単なるツッパリでぢゃなくて・・・。「人のみち」を解いてるような・・・・。

 ♪ 男の勝負はいつでもマジだぜ Do Your Best ファイナルカウントまで〜 ♪

 とかさ。

 なんか、当初の銀蝿の傾向とはちょっとずつズレてきてたような・・・・。

 まあ、その辺は、当初からのファンも気付いていたんだろうね。嶋大輔もこの曲を頂点に、次の曲では、いきなり売上げがダウンしたのよ。

 この落差は、結構凄かったけどね。

 83年に入ると、早くも「ツッパリ」っていうコンセプトも「ダサい」モノになってたんだよね。


でもさ、1位を獲得しながら、「短命」に終わった曲は、何年かたつと忘れら去られちゃうもんなんですよね。この曲がいい見本じゃん。
 それを考えたら、現在の曲は、あと10年も経たないうちに、忘れられちゃう曲ばっかなんだろうな。

 これ、作り手はどう思ってるんだろうね。それでも「今」売れればいいんでしょうかね。



どうも、本人が歌っている動画が無かったんで、レコード音源のモノを。。


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ジェームスディーンのように / Johnny

1981_11_ジェームスディーンのように_Johnny







今日の1曲セレクトは、「ジェームスディーンのように」Johnnyです。

まずは、データでーす。

・タイトル    ジェームスディーンのように
・アーティスト  Johnny
・作詞      Johnny
・作曲      Johnny
・編曲      T.C.R.横浜銀蠅.R.S
・リリース日   1981年11月18日
・発売元     キング
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   50.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1981年12月7日〜1982年2月8日付
・タイアップ   TBS系ドラマ「茜さんのお弁当」主題歌


 さて、久しぶりに1981年の曲を引っ張って来ました。
 これまで、あんまり、引っ張っては来なかったけど、81年っていったら、「ツッパリ」ブームだったんですよねぇ。
 前、夏に「なめんなよ」を紹介した時も書いたけど、「ツッパリ」って言うのは、「ブーム」を通り越して、「ファンシー」にもなってたんだよね。
 それだけ、既に一般にも入り込んでいたって言うかね。
時に、全国的な校内暴力が荒れてたわけで、まあ、みんな欲求不満が溜まってたんでしょうねぇ。
 同世代・・・正確には、若干、ワタシらよりは、年上の世代なんだけど、まあ、ヒトの事は言えない世代ですわね。ワタシらも。

 その中心グループだったのが、横浜銀蝿ですわね。この年の1月にリリースした、「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)が大ヒット。一躍、ツッパリブームが広まったわけですわ。
 曲は、今聴くと、どうってことない、3コードの単純なロックンロールなんですよね。
 でも、たしかに、シンプルでスピード感はあるんですよ。バイクで飛ばしているあの感覚っていうのかな?
 車でも同じですね。この曲聴きながら、車運転してると、ついつい飛ばしたくなっちゃうもんねぇ。

で、その横浜銀蝿のリードギターが、このJohnnyだったんですよね。
 グラサンしてるから、よくはわからないけど、甘いようなマスクは女性人気が高かったですよねぇ。
 で、どういう経緯で、ソロに踏み切ったのは、よく分からないけど、この「ジェームスディーンのように」のリリースとなったわけです。
 
 この曲、銀蝿関係としては珍しく、ドラマの主題歌なんだよね。TBS系の「茜さんのお弁当」。
 ワタシも実際、あんまり見たことないんだけど、たしか、このドラマで銀蝿一家の嶋大輔とか、杉本哲太がデビューしたんだよね。
 まあ、両者とも地のままのツッパリ役だったけどさ。
 でも、後年っていうか、今、嶋大輔がリバイバルになったり、杉本哲太なんて、大河ドラマにも出演するくらいの大物役者だもえねぇ。 
 変われば変わるもんだよなぁ。あの時分、こんなになるとは思ってもなかったし・・。ウタだめになったら、ただのチンピラにしかなれないと思ってましたよ。

・・・と前置きはこのくらいにして、「ジェームスディーンのように」ですが、確かに、基本はロックンロールの流れを汲んでるんだけど、もっとロックというか、大衆性に富んでるんですよね。
 銀蝿は、いかなる場合でも3コードのロックンロールを貫いていたけど、この曲は、そのようなこだわりは一切なし。
 シンプルなんだけど、キャッチーなメロディラインが印象的だったんだよね。

しかも、サビから始まる構成も、結構斬新だったしね。

♪ おいで     Come On Come On Come On
暗い目をして  Come On Come On Come On
  すねていないで Come On Come On Come On
  走り出そうぜ  Come On Come On Come On  ♪

ってところが核でしたよね。
 最後の ♪Come On  Come On  Come On ♪のところのハーモニーが個人的には一番、好きなところだな。
 こう、文字でかいても、構成的には、すごくシンプルなんですよね。
言って見れば、子供でもかけそうな詞なんだけど、でも、実際やるところが銀蝿らしいんだけどね。  

 こう書くと、いかにもシンプルなロックンロールしか書いていないかっていうと、そうでもないんだよね。
 例えば、この年1981年の7月にリリースされた、西城秀樹の「セクシーガール」なんてのは、横浜銀蝿の作詞、作曲だしね。ああいう、歌謡曲っぽいメロディも書けるんだよね。
 このヒトたち。

 うーん、どちらかというと、この「ジェームスディーンのように」もあのメロディラインにちかいかもなぁ。
 それだけ、ロックでありながら、歌謡曲よりのキャッチー路線だったって言うわけです。


 ああ、そうそう、個人的に、この曲で思い出すことが一つあるんだよねぇ。
 丁度、同じ時期に、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」がバーッと大ヒットしてきたんですよ。
 例の「ザ・ベストテン」では、この曲と、「セーラー服と機関銃」の1位争いだったんだよね。

 今でも覚えてる1982年1月14日放送。
1位 セーラー服と機関銃     9156点
2位 ジェームスディーンのように 9019点

その差がわずかだったんですよ。。
 で、当時の友だちと「賭け」をしたんですねぇ。次の週、どっちが1位取るか、当たったほうが500円出す・・ってねえ。
 当時、私ゃ小学6年で、500円っていうのは、結構な大金だったのよ。まあ、時代が時代で、今だったら、1000円以上だよね。

 ワタシは、粘りの様相を見せてた「ジェームズディーンのように」を推したんだよね。
 だから、友だちは、「セーラー服と機関銃」だよね。

 結果は・・・・

1982年1月21日放送

1位 セーラー服と機関銃     8876点
2位 ジェームスディーンのように 8649点

にゃんと、逆に、「セーラー服と機関銃」が粘っちゃったのよ。。

 もちろん、私ゃ500円払いましたよ。。。

 でも、これが、親にバレてこっぴどく怒られたなぁ。 子供のくせして「賭け事」なんて・・ってねぇ。

 でも、私ゃ、そんなことより、自分の予想が外れたことがショックだったなぁ。
 あれ以来、ヒットチャートの動きをもっとよく見るようになったんだよね。
 今の、仕事は、あの時のショックの延長線上にあるような気がするんだよねぇ。

 まあ、何の因果か・・という感じもするけど、ガキの頃のちょっとした出来事が、いまに繋がっているような気がするなぁ

なんかね、「ジェームスディーンのように」を聴くと、いつもあの時のことを思い出すんだよねぇ。

 反面、だからといってはなんですが、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」は未だにキライです。。。。
 
 ウソのようでホントの話。





※2005年11月に書いたものの再掲載です。
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