かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

HEARTS

情熱の薔薇 / THE BLUE HEARTS

1990_08_情熱の薔薇_THE BLUE HEARTS



今回の1曲セレクトは「情熱の薔薇」、THE BLUE HEARTSです。

まずはデータなのだ〜

・タイトル     情熱の薔薇
・アーティスト   THE BLUE HEARTS
・作詞       甲本ヒロト
・作曲       甲本ヒロト
・編曲       THE BLUE HEARTS
・リリース日    1990年7月25日
・発売元      エム・エム・ジー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   51.1万枚
・THE HICHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1990年8月6日〜10月15日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「はいすくーる落書Part2」主題歌

あ〜、あちぃあちぃ。 体がとけちまうよ〜 ・・・なんてボヤいていたのはいつの話か。
昨日までと打って変わって、今日は比較的涼しい1日でしたわな。

こう涼しくなると、あー、そろそろ夏も行ってしまうのか〜、なんて感傷的になったりして

いや、そもそも、個人的な夏は、先週のROCK IN JAPAN終了と共に、半ば行ってしまった・・・ような気分であった訳なんですが。。。

今年の夏フェス、ROCK IN JAPANと、サマソニが共に20周年という節目でしたね。 もうね、「夏フェス」っていうのも、ずっかり日本の夏の風物詩の一つになった感が今更ながらに強いな。

・・・というと、そんじゃ、夏フェスが始まる前はどうだったの? なんて言う方もいらっしゃるかと思うけど、今の夏フェスって言うスタイルではないにしろ、昔から、夏の野外ライブっていうのは、あったんだよね。

まあ、今ほど大規模ではないけど、南こうせつさん主催の「サマーピクニック」なんかは有名だし、それ以前に、中津川のフォークジャンボリーって言うイベントも70年代初頭にはあったわけだし。。。

いずれにしろ、1969年にアメリカで行われた「ウッドストック」がお手本となるイベントではありますな。

ちなみに、1969年のウッドストックの集客数は4日間で延べ40万人と言われているけど、今年のROCK IN JAPANの集客数は5日間で延べ33万人だとか。 わたしもその中の3人なんだけど(3日参戦したんで。。。)

いよいよウッドストックの集客数が見えてきた・・・と主催のロッキン・オンも鼻高々でしたね。 
いやはや、日本の夏フェスも巨大化したもんだ。。。。

だけどさあ、個人的にも約20年にわたって、夏フェスに参戦し続け、いろんなアーティストを見てきたけど、そう考えると、今の夏フェス以前の野外ライブにも参戦して、当時のアーティストを見てきたかったなぁ・・・なんて今更ながら思ったりするんだよな。

今回は、そんな「当時」、野外ライブで見たかったと今になって思う曲を一つ。


THE BLUE HEARTS「情熱の薔薇」。

この曲に限らず、やっぱブルハの野外、90年代当時見たかったよな。。。なんて今更ながら思ったりして

しかしね、この曲を聴くと、どうしても、あのめちゃくちゃ暑かった1990年の夏の日を思い出してしまう。

1990年と言ったら大学に入学した年だ。 この年、オヤジが寮長をしていた、某企業の寮が新しくなって、それまで住んでいたところから移転したんだよな。まあ、近くなんだけど。。。
それまでは、ポロんボロんの「あばら家」という表現がピッタリの建物だったのよ。当然、クーラーなんてなくてさぁ、夏場は扇風機だけでまんじりとした生活を余儀なくされてたんだけど、新装した寮は冷暖房完備。
その上、大学に入って、やることもなくてさあクーラーの下で1日を過ごす夏だったなっていう印象が強い。

たださ、同時に自分用の車も買ったんだよな。ココでも何回か書いた、中古の「カローラ供廖コイツがさあ、カーステのカセットはヘッドがいかれてて聴けない。おまけにサーモスタットもいかれてて、クーラー入れるとすぐオーバーヒートしてしまう・・・っちゅう、まあ、「きかん坊」な輩でね

それでも「学生の身分」で手に入れたマイカーだったんで、文句も言わずに乗り回してたな。

うん、この夏は車を転がしていたか、家の自分の部屋でクーラーに当たっているか・・どっちかの夏だった。

そんなカーステも聴けない「きかん坊」の車では、もっぱらAMラジオを流し、クーラーをかけるとオーバーヒートしちゃうんで、窓を全開にして汗でびしょびしょになりながら千葉県内を走りまわってたなぁ。

そんな時に流れてきたのが、このブルーハーツの「情熱の薔薇」ですわ。 

たしか、初めて聴いたのは、文化放送の「全日本歌謡選抜」だったと思う。

全開の窓から入り込んでくる熱風と、この曲から醸し出される「熱さ」。 この曲を聴くたび、あの時の独特な夏の匂いがいやがおうにも思い出せれるんだよな。

うん、ハードコアな音楽につきものの汗臭さではなく、夏特有のあの匂い。 この曲から感じたのはそんな夏そのものであり、必ずしも不快さは感じなかったな。

この頃になると、それだけ、のちにラウド系と呼ばれるようになるこの手のハードロックにも慣れて来てたんだろうね、個人的にも。
いや、それ以前に、この手の曲が普通にヒットチャートに上がって来るようになったって言う、「大衆音楽」の流れの変化も大きかったんだとろ思う。

一見、単にうっせーだけの音楽も大衆的になったと言うかねぇ。その証拠に、この曲、ベストテン内に2カ月も居座り続けてたんだよな。 これ書くまでワタシもすっかり忘れてたんだけども。。。

これより2〜3年前は、この手のハードロックは単にうっせーだけの音楽にしか感じなかったんだよ。
だから、全然触手が伸びなかったんだけどもね。

まあ、食わず嫌いっていうのもあったんだけどね。 特にブルーハーツなんかはさ、ちゃんと正面から聴いて無かったしな、このヒトたちが出て来て頃は。

完全に意識が変わったのは、やっぱり前年の「TRAIN-TRAIN」だよね。聴けば聴くほど沁みてくる、あの感じ。

それまで聴いてた、いわいるヒット系ロックとは違ったグルーヴ感から沁み込んでくる独特の感じ。そこにある種の新鮮味を感じたってのは大きかったんだろうね、当時の感覚からして。

昭和の時代とは違う、平成って言う新しい時代のグルーヴ感って言うのでしょうかねぇ。 

ま、ハードコアなんていう音楽は必ずしも当時の新しい音楽と言う訳じゃないんだけども、少なくともそれまで自分の中には無かった音楽だったしね、個人的に。


ちなみに、 この「情熱の薔薇」って曲は、曲構成が面白かったのよ。

サビがどこだか分かんない。

まあ、普通にみれば、最後の ♪ 情熱の真っ赤に薔薇を〜 ♪ って部分なんだろうけど、ここ、1回しか歌ってないんだよね。

普通、1番、2番 共に、Aメロ、サビっていうのはある訳なんだけど、この曲は、サビが1回しか歌われない。

いや、Aメロ、Bメロ・・って言う曲構成の区分けっていうのが、無いに等しいんだよね。

言ってみれば、曲全体がサビと言ってもいいような・・・。 

そんな「一筆書き」 な曲の作りが、この曲の面白さの一つかもしれないな。

いや、この曲に限らず、90年頃の曲って、それまでの形式にこだわらない曲って言うのが結構あったんだよ。
ユニコーンなんかもそうだったしね。 「働く男」とかさ。

そんな部分からも90年代って言う新たな時代が見えたような気がするなぁ。



 

これ1992年7月に開催された、「JR東日本」主催の「POP ROCKETs '92」という野外ライブだそうだ。

え?そんなイベントやってたの? ってところなんだけど。。。 うん、個人的には全然覚えてない・・・というか知らなかった。

動画を見ると、時々映る観客に、なぜにワタシがいないんだ・・・なんて思ったりして

当時、ワタシは23才。きっと同年代のヒトたちだよね。 

当時は、野外ライブ・・・どころか、ライブ自体、蚊帳の外だったからなぁ、個人的には。

うーむ、当時から、野外ライブの「面白さ」を知っていれば。。。  そそそ、個人的に野外ライブの面白さを知ったのは、30過ぎだったからなぁ。 20代の頃に野外ライブの面白さを味わっておきたかった。

それを思うと、今の20代のコたちは幸せだよなぁ。 こんなにいろんな巨大夏フェスが毎年開催されてさ。


ちなみに、この時の出演アーティストは、ブルーハーツの他には、DIE IN CRIES、BY-SEXUAL、ユニコーン、LINDBERG、LUNA SEA、LA-PPISH、長澤義塾。

めっちゃ、90年代前半だよなっちゅうメンツだけど。。。

場所は、湯沢町中央野球場だったそうな。。。 なんかジミーなところでやってたのね。。。。

それでも、個人的に、当時、すでに今の感覚だったら、当然ながら参戦してたよな、きっと。。

さすがに、現在はこの野外ライブは存在しないけど、場所から言えば、今のフジロックの前身といってもいいかもしれないな。


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リンダリンダ / THE BLUE HEARTS

1987_06_リンダリンダ_THE BLUE HEARTS


今回の1曲セレクトは、「リンダリンダ」THE BLUE HEARTSです。

まずはデータだぞっ・・・と。

・タイトル     リンダリンダ
・アーティスト   THE BLUE HEARTS
・作詞       甲本ヒロト
・作曲       甲本ヒロト
・編曲       THE BLUE HEARTS、浅田孟
・リリース日    1987年5月1日
・発売元      メルダック
・オリコン最高位 38位
・売上げ枚数  6.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 ランクインせず。。

既に書いたつもりでまだ書いてない曲があったりする。 
やおら、トートツ気味に入った、今回の1曲セレクトだけど、昨日、帰宅の際、いつものように「ボロボロ」のヘッドホンのウォークマンで87年の曲を聴いてて、ちょっと気になった曲があった。

いや、実は、今回の1曲セレクトは87年の他の曲を引っ張って来るつもりで聴いてたんだけどさ、「あれ? この曲って書いたっけな? 」なんて気になった曲があったもんで・・・。

帰宅ってから、ブログの過去のアーカイブを検索してみたら、あーら、まだ書いて無いぢゃないの・・・ということで、急遽この曲に変更。

その曲とは・・・・THE BLUE HEARTS「リンダリンダ」。

うーむ、なんともはや、これはちょっと不覚だったな。 ・・というか、これまで書いた曲のアーカイブを調べてみたら「ブルーハーツ」の曲は、まだ「TRAIN-TRAIN」しか書いてなかったワイ。

一番売れた、しかもオリコン1位まで取った「情熱の薔薇」さえ、まだ書いて無かったとは。。。。

まあ、それぐらい、ブルーハーツとは、すれ違いだったんだよな、当時は。

すれ違いっちゅうのは、まあ、簡単に言えば眼中になかった・・というか、好みぢゃなかった・・・というか。

それは、今回引っ張って来た、「リンダリンダ」にしても同じ・・・いや、この曲がリリースされた頃は、「一般的認知」として大ブレイクした89年の「TRAIN-TRAIN」よりも、生理的嫌悪感は強かったかもしれない。

この曲は、87年の5月に「メジャー」デビューとしたリリースされた曲・・と言う事になっている。

・・・けど、実際は、これはブルーハーツにとってはあくまで形式的な通過点であって、これ読んでくださってる方の多くは既にご存じであるように、それまでインディーズでは、めちゃくちゃ実績上げてきた訳ですわ、ブルーハーツって。

でもさ、当時のインディーズって、いまのインディーズとちがって、本当にアンダーグラウンドな世界だったわけじゃん。間口がめちゃくちゃせまい・・というか。。 そんなこともあってか、いまでいうラウド系なハードロックなアーティストが殆どだったわけなんですわな。

言ってみれば、メジャー⇒「営利的」なロックのアンチテーゼな世界だった訳ですわ。 巷で言われている「産業ロック」に対してのアンチテーゼと言うところですか?

まあ、ロックの起源からすると、本来のロックは「反体制」であり、自由を追求する非営利的なところから広がった音楽だから、当時のインディーズ系の音楽っちゅうのは、本当の意味でのロックに近いんだけどさ。


でもねえ、個人的なロックとの接点の起源は「ニューミュージック」であり、それは、すでに「体制」に取り込まれた後のロックだったんだよね。そそ、すでに「産業ロック」寄り志向だった訳ですよ。

だってさあ、産業ロックの方が、より音楽的に「ステキ」だったし、なによりもキャッチーで聴いてて気持ちいいんだもん。

というか、逆に当時のインディーズの曲って、やかましい・・・だけにしか感じなかったんだよな。単純にデカイ音量でガナリ続けている音楽。 しても音楽的に高度とか、ステキとは思える音楽ぢゃないように思えたのよ。
そんなところが個人的に響いて来なかったんだろうな。

この曲もねぇ、当時のワタシにとっては、そんな単純に「やかましい」と思える曲の1曲に過ぎなかったんだよなぁ。

うん、そこまでだったんですよ。 きちんと聴いて理解しようとか、そんなことまで思えなかった。


BUT BUT BUT BUT、、、ヒトって変わるんだよね、30年も経つと。。。

上で書いたように、あの当時、とことん生理的に拒否していた、この手の「ラウド」系の曲を、今は普通に聴いている自分が居たりするんだもんな。

正直言って、あの当時の自分からすると、15年後、「FUJI ROCK」とか「ROCK IN JAPAN」なんかの夏フェスに参戦してる自分なんて、全く想像出来ないもの。

うん、今でこそ、夏フェスって一般的に成りきって、アイドルもお笑いも出たりする「五目御飯」のようなアーティストラインナップになっちゃったけど、始まった当初は、それこそ、ラウド系ロックやHIPHOP系アーティスト中心の結構ディープな世界だったからさ。

そんな個人的な音楽志向・・・というか、このテのラウド系も受け入れられた音楽的志向の変化は、2000年代に某着メロサイトの配信楽曲のセレクターを担当した経験が、やっぱでかかったな。
あん時は、自分よりも一回りも下のヒトたちと一緒に曲セレクトやって、大分刺激を受けたからねぇ。 逆に彼らも、こちらの事をリスペクトしてくれてたし。 そんなお互いの刺激し合ったところっていうのが、個人的な音楽の間口を広げてくれたんだよな。




やっぱね、音楽的に聴くと、テクニックが素晴らしいとか、メロディラインが新しいとか、それまでには無かった新しい事をやってる・・・とかは無いんだよ、この曲。

でもさ、きちんと聴くと、引っかかって来るものがあるんだよなぁ。 

なにかっちゅうと「パッション」なんだよね。 うん、そこが、この曲・・・というか、この手のラウド系の曲の一番の「キモ」なんだよね。
「人間臭さ」というかさあ、すくなくとも、初音ミクなんかじゃ、こんな人間臭い、人間が醸し出すグルーヴ感のある曲なんて、絶対出来ないわけじゃん。 そもそも人間が歌ってないし。

この時代、80年代後半以降、この手のラウド系ロックが、アンダーグラウンドからオーバーグウンドに大きく広がって来たのは、この「人間臭さ」って言う部分を求めているヒトが、それだけ増えているっていう現れなんだろうな。 逆に言えば、人間力の無い無機的な曲がそれだけ増えてるっていう現れでもあると思うんだけどさ。

最近、音楽が売れない要因の一つとして、こんな感じで、音楽から「人間臭さ」を感じる曲が減ってきているっていう部分は大いにあるよな、なんて個人的には思ったりするんだよね。


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