かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1997年

a walk in the park / 安室奈美恵

1997_01_a walk in the park_安室奈美恵


今回の1曲セレクトは、「a walk in the park」安室奈美恵です。

まずはデータです。

・タイトル    a walk in the park
・作詞      小室哲哉
・作曲      小室哲哉
・編曲      小室哲哉
・リリース日   1996年11月27日
・発売元     エイベックストラックス
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  106.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1996年12月9日〜1997年2月10日付
・タイアップ:日立マクセル「maxell UD2」CM曲

先週のサプライズの一つで言ったら、金曜日。小室氏の突然な「引退」宣言でしょうかねぇ。
一体何なのよ・・・って感じだったし。
本人曰く「不倫疑惑」のケジメと言う事も理由の一つということなんだけどさ、これについては、別途Facebookに「友達」向けに書いて不評だったんで、ここでは割愛するけど・・・

もう一つの理由としては、「才能の枯渇」という点。 まあ、これについては分からないでもないんだけどね。
そりゃ、まあ、90年代あれだけ「馬車馬のごとく」作品を発表すれば、誰でも枯渇するってもんですわ。

本人曰く、「時代はもう小室哲哉を必要としなくなったんじゃないか」というのも引退の理由の一つらしいけど。
まあ、自分の曲が受けない時は、たれでもそう思うもんだよね。
90年代のあの飛ぶ鳥を落とす勢いの小室氏から考えれば、そんな事を考えるなんで想像も出来ない事だけど・・・。

同じ日本のヒットメーカーの巨人、筒美京平氏の昔のインタビュー記事にもこうある。

「ぼくのカラーじゃないヒトが元気な時ってある。でも、そう言う時って、元気なヒトの一生懸命マネをする訳。そうしているうちに、また自分のカラーが時代に必要とされてくる時がする訳」

つまりさ時代は常に動いている訳で、小室カラーが必要とされない時期もある。そりゃ時代と折り合わなくなる時期もあるのよ。

でも、そんな時元気なヒトに近づこうと頑張ってみる。 そうしているうちに、また時代は自分に近づいて事があるんだよ。

・・・って事。

恐らくこれは、70年代後半から終盤かけてニューミュージック全盛の頃、歌謡ポップス側である、さしもの筒美氏も苦戦していた頃と、80年代、見事なV字回復を見せた頃の事を振り返っての意見なんだけけどね。

それを鑑みてみるとさ、なんで、もうちょっとカンパれなかったのかなぁ・・・なんて思うのよ。
上の筒美氏の例で言えば、今、時代に受け入れらけないと感じるなら、今時代のメインストリームの音楽に近づこうとしなかったんだろうって事。

まあ、ここが小室氏ならではの「プライド」なんだろうけどさ。
なにせこれまで、「自分の音楽」が時代を動かしていたわけでさ。なかにし礼氏のコトバを借りると、自分の音楽こそが「時代の巫女」だったわけじゃん。そのプライドを曲げてまで音楽はしたくない・・・って事。

 結局さ、そこが「職業作家」の筒美京平氏と、「アーティスト」の小室氏との大きな違いなんだろうけどさ。

意地悪な言い方をすれば、時代を見極める柔軟な考えの筒美氏と、あくまで「自分の才能」にこだわる小室氏の違いって言うのかなぁ。
でも、そこで挫けて欲しくなかったよなぁ。まあ、これは第三者として言える意見なんだけどさぁ。

ちょっと考えを広ければ例えばアイドルへの曲提供なんかも出来た訳だし。 80年代はアイドルへの曲提供もしてた訳だしさ。
例えば「坂」グループに曲を提供してみるとかさ。やろうと思えば出来るわけじゃん。
どうしてそういう方向も模索しないで、引退というコトバを使ってしまったのか・・・っていうのは、やっぱ残念なんだよな。


あ〜、今回の1曲セレクト前置きがめちゃくちゃ長くなっちまった。。。  
小室氏への「提言」の場ぢやないよなぁ、1曲セレクト。

でもまあ、小室氏の引退をかけて、やっては、今回は小室氏の曲だろうな・・・ってことで、この曲を引っ張って来ましたわ。

安室奈美恵「a walk in the park」。

まあ、小室氏の音楽について、ここでは、これまでも何度も書いてるけど、個人的にはそんなに影響が無かったんだよね。引っかからなかったっていうのが正しいか。
このヒトのメロディって、感情むき出しっていう「喜怒哀楽」なところがあんまりないじゃん。 よく言えば「ドライ」。
無機質ってところだよね。
そこが個人的にはあんまり引っかからなかったんだと思う。

だから、当然、小室プロデュースになってからの安室さんの音楽も殆ど触手が伸びなかった。

うん、小室氏プロデュース以前、まだ「スーパーモンキーズ」の一員だった頃の安室さんには興味があったんだけどね。そそそ「TRY ME〜私を信じて〜」でブレイクしてきた頃の安室さん。

これは凄いヒトが出てきた・・・ってさ。 でも、そのすぐ後、東芝EMIからエイベックスに移籍して、小室氏プロデュースになったじゃん。 その途端に興味が無くなった・・・っちゅうかねぇ。。

あー、こんな書き方するから「敵」を作るんだよなぁ。 
でも、個人的な本音の部分であり、だから「天邪鬼」なんて言われるんだけどさ・・・。

いや、個人的に好きだった安室さんは、もっと「ストレート」なポップを歌う安室さんだったんだよな。
「TRY ME」なんてのはリズム体と複雑だけどユーロビートじゃん。ストレートなんですよノリが。いってみれは分かりやすい。 ココが良かったのよ。

でも、「TK」化されてからは分かんなくなったんだよな。
確かにエイベックスに移籍することで国民的なアーティストヘ大ブレイクしたことは間違いないんだけど・・・。

そんな安室さんの曲だったけど、エイベックスに移籍して以来、個人的に納得できたのが、今回の「a walk in the park」だったなぁ。

初めて聴いたのは、確か、ミュージックステーションだったかなぁ。

Aメロはいつもの小室節っぽくて、「あ、またか」・・・と思ったものの、2分音符を多用する、サビへのブリッジとなるBメロの ♪ 想いが届けば〜 ♪ のところから考えが変わったんだよな。

細かい譜割りが特徴的な小室メロディにあって、2分音符を多用するメロディって、あんまりなかったからさ。

で、そのまま、♪ A Walk in the Park〜♪っていうサビに入って行く。

この流れがね自然だっんたですよ。恐らくそんな所に反応したんだろうねぇ。

それにサビの♪ A Walk in the Park〜♪ ってところを中心に聴いてて絵が浮んで来るんだよな。 その浮かんでくる絵がね、シカゴの「Saturday in the park」だったりしてね。
つまりさあ、シカゴの「Saturday in the park」を彷彿させるくらいの自然な流れのポップスだったって事なんだよね。




ちなみに、97年の頭頃のミュージックステーションって「あ、これは」っていい意味で裏切られる曲に出会う事があったんだよな。 昔書いたけど河村隆一の「I love you」もそうだったもの。




ちなみ、この曲マクセルの「カセットテープ」のCM曲だったんだよね。
当時、音楽録音用メディアとしては「MD」が主流で「カセットテープ」なんて、すでに時代遅れの感じだったんだけどね。
そんなカセットのCMで使われていたのが、時代の「最先端」だった安室の曲っていうのも、なんかアンバランスな感じでしたよね。



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YOU ARE THE ONE / TK PRESENTS こねっと

1997_01_YOU ARE THE ONE_TK PRESENT こねっと


今回の1曲セレクトは、「YOU ARE THE ONE」TK PRESENTS こねっと どぇす。

まずはデータどぇす

・タイトル     YOU ARE THE ONE
・アーティスト   TK PRESENTS こねっと
・作詞       小室哲哉 MARC DJ KOO and hitomi
・作曲       小室哲哉
・編曲       小室哲哉
・リリース日    1997年1月1日
・発売元      こねっとプラン事務局(クラウン)
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   122.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年1月13日〜2月17日付

えー、この間から、新年恒例()の「1月1日」リリースの曲を書いて来ましたが、そろそろお開き・・・のつもりでいたんだけどもね。
 でも、昨夜風呂入りながら、次、何書くべ・・・といろいろ思考していたら、まだ書いてなかった「1月1日」リリースの曲が浮かんできてしまった。。。

TK PRESENTS こねっと「YOU ARE THE ONE」

この曲、覚えてます?  まあ、アーティスト名から「小室哲哉」氏のプロジェクトだったよな・・・っつうのは一目瞭然なんだけども。。。
 そそそ、「小学校にインターネットを普及させよう」キャンペーンと題し、小室ファミリーが一同に会したコラボレーション企画の1枚ですわな。
まあ、日本版「ミニ」、「WE ARE THE WORLD」っていう感じですな。

この曲がねぇ、1月1日リリースだったんだよね。 さすがにそこまで覚えてた方も少ないだろうなぁ・・・。現に書いてるワタシも記憶の蚊帳の外だったんだけどさ。。

1997年というから、今から丁度20年前だよね。 というか、その方が衝撃だったりして。。97年から20年経つんだよな。。。 え? 早えーよなー・・・。って思う方も多いんじゃないんですかねぇ。

この曲上で書いたように、「小学校にインターネットを普及させよう」キャンペーンソングというくらいだから、当時は、まだインターネットもそれほど普及していなかった時代ですわ。
 総務省統計のインターネット普及率推移をみると、日本でのインターネット普及率は1997年末時点で、まだ人口比の9%強、実数としても1000万人にも達してなかったんだよね、当時のインターネットの普及率。

ネットと繋がっているのが、「デフォルト」の昨今からみると、ちょっと想像もつかないような状況だったわけだけど、実際にそうだったんだよな。
正直、こんな事書いてるワタシでさえ、この曲がリリースされた1997年1月の時点では、まだネットをやってない。
うん、この年の12月だからさ。ネットを始めたの。 だから、人口比で、ギリギリ1割程度普及した所から始めたって感じなのかな。(それでも某IT系D社に居た頃は、始めたのがかなり遅かった部類ですが。。。)

まあ、そもそも、ネットへのアクセス速度も、今からするとめちゃくちゃ「貧弱」だったんだけどもさ。 
なんせ、一番普及していたのが「28.8kbps」の「アナログモデム」だったからさあ。

覚えてます? モデムって。 そそそ、通常の電話回線はデジタルではなくアナログだったからさあ、当時は。パソコンと通信させるためにPCのデジタルをアナログに変換させる必要があったんだよね。そのためのデジアナコンバーターですわな。
 その通信速度が、当時一番普及してたので、28.8Kbps。 当然、音楽のやり取りや。ましてや動画のやり取りなんて出来ないくらいのよ。
1枚の「静止画」受信するのだって、まあ、イライラするくらい遅かったし。。。。

そんな状況、当時勤務してた会社での状況を知ってたんで、ワタシは、アナログモデムは使いたくなかったんだよね。 なので、当時「最速」だった、ISDN(64kbps)の普及を待つべく、個人的にネットを始めるのを、少し我慢していた時期でもあるんだよな。
そそそ、ISDN回線は、一般のアナログ回線とは別回線だったからさ、この回線が自宅周辺まで引っ張ってこられるまでは契約できなかったからさ。 それわまってたら、結局、この97年の末になっちゃったってわけで。。。


・・・・いやいや、曲とは全く関係ない個人的なネットの話になっちまった。。。。

と言うかね、20年前、この曲がヒットしていた最中は、この曲、全く認めてなかったんだよね。正直言って。。
いや、この曲だけではなく、いわいる「小室系」っていう音楽を認めていなかった・・・と言うのかなぁ。
・・・なんてはっきり書いちゃうと、「反論」が来ちゃうかもしれないけどさ。
まあ、それも覚悟の上で書くけどね。

最初のうち、うん95年くらいまで・・・具体的に言えば、 globeが「Departure」を出すまで・・・だから、96年1月か・・・までは、認めてたんだよな。

でも、96年に入って、どうも耳触りになってきたんだよなぁ。。。
まあ、ヒットチャートのほとんどが「小室系」に占領されつつあったこともあった。

個人的に、そういう「独占」的なチャートになるとダメなんだよね。突然「アンチ」になってしまうのよ。 90年代前半の「ビーイング」系の時もそうだったしさ。

やっぱりね、ヒットチャートたるもの、いろんな色合いのアーティストが種々雑多な状態で競い合うからこそ良いんだよね。
独占禁止法ではないけど、一人のプロデューサーで似たような音楽が並んでいるチャートってツマンナイのよ。
飽きちゃうんだよな。

そんなこともあって、96年くらいから少しひっと曲から距離を置くようになっていたんだけども、この「YOU ARE THE ONE」って曲を聴いて、それも決定的になっちゃったような感じだったんだよな。

モチーフを「WE ARE THE WORLD」に求めた事は良い。 でもさ、やるんだったら、もう少し、きっちりとやって欲しかったんだよな。

・・・あ、主語が抜けたね。。。

うん、最初に書いたように小室ファミリーのヒトたちが一同に会して、少しずつ、数フレーズずつ、リレーしてうたっていくんだけど、ほとんどのヒトが歌いきれてないんだよな。
 まあ、それぞれの方で「キー」が違うって事もあり、歌いきれない部分もあったんだろうけど、それにしても、なんか聴いてて痛々しいんだよね。

肝心の曲にしても、掴みどこがなく、淡々と流れて行くような感じだし。 

そう言う掴みどころがない曲が、小室ファミリーだからと言って、簡単にミリオンセラーになってしまうって言う現実に、やっぱり、なんかおかしいよな・・・っていうところは感じたんだよな。
96年頃からヒットチャートから距離を置き始めていたっていうのは、この部分も大きいかもしれない。

80年代のミリオンセラーが出ない時代、いや、それ以前に「ミリオンセラー」っていうものが特別だった時代からヒットチャートを見てきた者にとって、時代感のずれ・・・っちゅうのかなぁ。
ミリオンセラーになる曲って、他のヒット曲とは別の特別なものがあるように感じているんだよね。

曲が持つオーラっていうのかなぁ、普遍性っていうのかなぁ・・・うまいコトバが出てこないんだけども。。

この曲からは、そういう、それまでのミリオンセラーになる楽曲が持つ「オーラ」を感じなかったんですよ。
曲としては、あくまで「中途半端」さだけでさ、感じるのは。

それでいいのかなぁ・・・って言う疑問が、先に立っちゃうんだよね。 それがいやで、この時期、ヒット曲から距離を置いてたんだよな。
(単純に、個人的に好みの曲がヒット曲には無かったというのも大きいか。。。)

そんな感じで90年代終盤までのヒット曲には「疑問」を持つようになったワタシだけど、その本格的な始まりは、この曲から始まった・・・なんて言っても過言ぢゃないかもなぁ。


・・・と言ってもですよ、あれから20年経ちーの、いまや、ヒット曲クロニクル的見ても、「90年代後半」という歴史になったこの当時の曲を、「今」も毛嫌いしている訳ではないんだけどね。

曲として「中途半端」な時代として、この時代〜90年代後半〜は、それはそれで認めるようになったんでね。

だから、当時あれだけ絶対に認めない・・・なんて、音源を持つのも持ってのほか・・・って思ってたこの曲だけど、今は、音源手元にあるしなぁ。

とは言っても個人的な好みだから・・というよりは、ヒット曲の時代を語る上での「資料」って言う感じで音源があると言った方がいいんだけども。





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硝子の少年 / KinKi Kids

1997_08_硝子の少年_KinKi Kids


今回の1曲セレクトは「硝子の少年」KinKi Kidsです。

ますはデータです。

・タイトル    硝子の少年
・アーティスト  KinKi Kids
・作詞      松本隆
・作曲      山下達郎
・編曲      山下達郎
・リリース日  1997年7月21日
・発売元    ジャニーズエンタテインメント
・オリコン才最高位 1位
・売上げ枚数 178.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年8月4日〜10月20日付

 不安定な天気ですなぁ。晴れ間が出てきたと思ったら、いきなり土砂降りになったり。。。あ、晴れ間が出てきたと言っても基本「雨」の時間が多い今日ですが・・・。
それにしても蒸し暑い。ここホントにニッポン・・・なんて歌が居たくなるほど「熱帯」的な天気だよな。

ま、熱帯的な蒸し暑いのは置いておいて、この時期「雨」と言うと、浮かんでくる曲がいくつかあるんだよな。

今回はそんな曲をひとつ。

KinKi Kids「硝子の少年」

ふむ、KinKi Kidsのデビュー曲にして、これまでKinKi Kidsの中で最高売り上げを記録しているこの曲は、まあ、ここ見に来ていただいている方だったら、誰でも知っている曲ですよね。

個人的には、この曲と言ったら、真っ先に「雨」・・という情景が浮かんでくるんだよな。

まあ、♪ 雨が踊るバスストップ〜♪ ・・・なんて「雨」で始まる歌詞のおかげか、当時歌番組では「雨」のセットが多かったからかもしれないんだけどさ。
 正確には、今日のような「蒸し暑い」熱帯な雨・・・ではなく、シトシト降る「九月の雨」のような情景なんだろうけどね。だから、正確にはちょこっとイメージからずれてるかもしれないけど・・・。ままいいか

この曲と言ったら、なんと言っても、作曲の山下達郎氏だよなぁ。
アメリカンポップスを書かせたら右に出るものは居ない・・・って言うくらいの洋楽的センスが光る山下達郎氏なわけで、業界を含め、恐らく多くのヒトは、そう言った洋楽的なポップスを期待していたんだよね、KinKi Kidsのデビュー曲には。まあ、80年代ならともかく、90年代のこの時期のジャニーズは、基本「踊り」と言うモノは外せない雰囲気があったからな。

でも、実際出てきた曲といったら、これが、当時の感覚から言うとアナクロ・・・80年代「初頭」・・・の雰囲気なダサダサポップス。

当時、週刊「文春」に掲載されていた、近田春夫氏の「考えるヒット」によると、
イントロのコード進行が Em→Am→D7 ときたんで、いやな気がした所、案の定 Gm7に行く循環コード・・・・と、まるで、まっち先生の「スニーカーぶる〜す」の頃のヒット曲のようなコード進行に、ほとほと愕然としたとのこと。

まさかね、洋楽的センスが光る、山下達郎氏がねぇ、こんなダサダサ歌謡ポップスなコード進行の曲を持ってくるとは、予想もしていなかったようなんだよね。

ま、当の山下達郎氏によると、こういう曲調になったは、ジャニーズ、作詞、松本隆・・・と言う陣営から考えて、仮想 筒美京平を意識したとのこと。
 KinKi Kidsのデビュー曲、作詞が松本隆氏・・と来れば、どういう楽曲を持ってくるのか・・・と言うところを意識した時、やっぱり、こういう歌謡ポップスの王道的な曲で来るのではないか・・・と想定したようなんだよね。

90年代当時・・・というよりも、70年代、80年代にかけて、ニューミュージック側のアーティストにとっては、筒美京平氏は仮想敵な存在でしたからねぇ。
 特に、ニューミュージックアーティストがアイドルに曲を提供するようになってからは、ニューミュージックのアーティストにとっては、筒美京平って言う名前はとてつもなくでかいぞんざいだった訳で。

だから、筒美氏を仮想敵・・・と思っていたヒトも多かったようなんだよね。まあ、逆に言えば、筒美氏も、これらのニューミュージックアーティストは、怖い存在だったらしいけどね。

でも、実際に「仮想敵」として、筒美氏だったら、どういう曲を持ってくるか・・・と想定して曲を作っていたヒトは、意外と少ないんだよね。
 まあ、曲を分析し、それに近い曲を作るっていう技量がある人も数少ない訳で、恐らく、山下氏、大瀧詠一氏、桑田佳佑氏くらいしか居ないんじゃなかろうか・・・と思いますけどね。
 結局、仮想敵といいながら、筒美氏をいかにリスペクトし、曲を聴きこんでいるか・・・ってところにも寄りますしね。

はっきりと筒美氏を仮想敵として曲を発表し、結果的にオリコン1位を獲得した曲なんてのは、この曲が最初じゃなかろうかね。

山下達郎氏の場合、KinKi Kids以前にも、ジャニーズでは、まっち先生の「ハイティーンブギ」を書いてたりする。この時も作詞は、松本隆氏で、この「硝子の少年」と状況は同じだった訳だけども、「ハイブギ」の時は筒美京平臭は感じなかったんだよな。それほど意識もしてなかったんじゃいのかなぁ。
むしろ、c/wの「MOMOKO」なんて、まるで山下達郎氏っぽい曲だったしな。

まあ、当の山下達郎氏も、この曲はまんざらではなかったようで、後にセルフカバーしたものね。

↓ コレ


あらら、本人が歌っていると、やっぱし、筒美京平というよりは達郎・・・っていう気になって来るな。
まあ、達郎節が凄いですが。。。


でもさ、ダサダサ曲が大好物なワタシとしては、この曲は「ビンゴ!」だと思ったなぁ。
こういう耳馴染んだ80年代初期的なサウンドには安心感があるんだよな。
その点では、やっぱり近田氏とは、意見が異なるんだけどさ。

・・・・というか、やっぱり、初めの頃は、この曲、山下達郎氏なんて知らなくてね、筒美京平氏と勘違いしてたもの。


ただ、売り上げを見る限りでは、こういうダサい曲を持ってきて正解だったんだろうね。
最初に書いたように、売上げ178万枚はここまでのKinKiの中でも最高売り上げなんだけども、これも、この「ダサい」曲のお陰なんじゃないのかなぁ。
 ワタシらの世代のヒト達は、なんだかんだ言っても、こういうダサい80年代初期的なポップスっていうのが、一番しっくりきますからねぇ。 それだけ幅広い世代に受けた・・・っていうことが言えるんだろうね。
 ま、当時のKinKi人気って言うのもあるだろうけど、幅広い世代に受けたっていうところが大きかったんじゃないのかなぁ。




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LOVE LOVE SHOW / THE YELLOW MONKEY

1997_05_LOVE LOVE SHOE_THE YELLOW MONKEY








今回の1曲セレクトは、「LOVE LOVE SHOW」THE YELLOW MONKEYです。

まずはデータです。

・タイトル       LOVE LOVE SHOW
・アーティスト     THE YELLOW MONKEY
・作詞         吉井和哉
・作曲         吉井和哉
・編曲         THE YELLOW MONKEY
・リリース日      1997年4月19日
・発売元        ファンハウス
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    47.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1997年5月5日〜5月26日付

昨日からイエモンの「復活」ライブツアーが始まってますねぇ。
正直、ライヴに行きたい・・・と言う気持ちが「半分」くらいあったんだけど、今回は東京公演が「平日」っていうこともありーの、チケット申し込みを「回避」しちゃったワタシなんですよね。
 
 今まで、ROCK IN JAPANとかCOUNTDOWN JAPANで、「吉井和哉」ソロのライヴは、何度か見てるんだけど、イエモンとしては、ライブ見てないんだよね。 なので、一度見たい・・・という気持ちも強いんだけどね。

まあ、半分は、8月の「ROCK IN JAPAN」に出ることを期待して・・・っていう目論みもあるんだけどさ。
ツアースケジュールを確認すると、8月の夏フェス期間にはライブの予定が入っていないし。 ・・・・ということは、各夏フェスへの参戦もあるんじゃないかなぁ・・・なんてのも、密かに思ってたりするもんでね。
まあ、今のところ、ROCK IN JAPANを初め、サマソニ、RISING SUNへの出演予定は出ていないけど・・・。

とりあえず、明日のROCK IN JAPANの出演アーティスト第2弾発表を見たいと思っているところです。

・・・・ということで、今回はイエモンの曲をセレクト。

イエモンの曲で、「今頃」のヒットといえば、やっぱ「LOVE LOVE SHOW」だよね。

・・・っつうことで。。。   ここんところ、毎日のように頭を悩ませている曲セレクトも、今回はすんなりと決まったわ。。。というか、安易に決めた・・・というか

その前に、イエモンの曲っていままであんまり書いてきてなかったんだよな。 かなり前に「JAM」を書いて以来・・・って事になるんかなぁ。

まあ、イエモンも人気のピークは90年代後半ということで、今までレビューをあんまり書いてこなかった「時代」だからねぇ、必然的に書いてなかった・・・って言うのもあるんだけどさ。

 積極的に触手を伸ばそうと思っていたアーティストが極端に少なくなっていた90年代後半にあって、個人的にはイエモンっていうヒト達は、キライじゃなかった。 
 いや、やってる音楽が結構ダサ坊だったからさ、それが良かったんだよな。ダサい音楽が好きなワタシにとっては。 
 
今手元に「歌謡曲完全攻略ガイド」っていう本があるんだけど、この中で、吉井和哉が、自身曰く、「歌謡曲」が好きだってカミングアウトしているんだよね。
 しかも、70年代〜80年代前半の歌謡曲「LOVE」ってことを力説してたりして。

なるほど、「波長」が合うはずだよなぁ・・・なんてシンパシイを感じたりしたってのもあるなぁ。
・・・うん、「よっ同年代」って感じなのよ。 まあ、吉井氏は、ワタシらより3つ年上なんだけど。。。

今回の「LOVE LOVE SHOW」にしても、外見からして「ダッタダサ」なロックじゃん。いわいる「ラウド」系って言う感じでもないし、本来は「グラム系」なロックをやっているはずなのに、そんなに洗練もされてないし、かといってビジュアル系でもない。

んじやなんなの? っていうとやっぱり「歌謡ロック」っていうネーミングが嵌まっちゃう気がするんだよなぁ。

メロディラインもいわいる「ウレ線」だしね。 ロック系なヒトたちが通常キラうような路線をあえてやっている・・・って言うような。 その辺に潔さも感じたりしてね。

もう少し線が太くて土着っぽい音楽だったら、一昔前の甲斐バンドに近かったかもしれない。 そう言う意味では90年代じゃなくても、80年代でも、70年代でもこのヒト達は通用したんじゃないのかなぁ。
 たまたま、このヒト達の年齢的に90年代に流行ったって言うだけどさ。



これは、イエモンじゃなくて、2006年に吉井和哉氏がソロで出演したROCK IN JAPANですね。
うん、こんとき、ワタシもこのステージ見てるんだけど、この曲が始まるまでは、ステージ周辺は、かなり空白が目立ったんだよね。
 でも、この曲のイントロが流れた瞬間、「どーっ」大勢のヒトたちがステージ周辺に大挙してきたのを覚えてる。
やっぱ、みんなイエモンを聴きたがってるんだ・・・ってのが、分かった一瞬だったな。
 ただ、この次の出番が矢沢の「エーちゃん」だったんで、吉井氏は大分きつそうだったのを覚えてる。
なんせ、天下の「エーチャン」の前座的な位置だったから。。。


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渚にまつわるエトセトラ / Puffy

1997_04_渚にまつわるエトセトラ_PUFFY














今回の1曲セレクトは、「渚にまつわるエトセトラ」Puffyです。

まずはデータです。

・タイトル    渚にまつわるエトセトラ
・アーティスト    Puffy
・作詞      井上陽水
・作曲      奥田民生
・編曲      奥田民生
・リリース日   1997年4月16日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  88.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年4月28日〜6月9日付
・タイアップ:キリンビバレッジ「天然育ち」CM曲

この間書いたばっかなんだけど、またまたPuffyです。

「渚にまつわるエトセトラ」。

うーむ、この間書いた「サーキットの娘」の時は、アクセス数悪かったからなぁ。。。
今回はリベンジのつもりで。。。  ってか、「サーキットの娘」よりかは、今回の「渚にまつわる・・・」の方が認知度は高いんで、前回のリベンジはなるかな

ま、じっさい、リリース間隔が無かったですからねぇ、「サーキットの娘」と、今回の「渚にまつわるエトセトラ」では。2カ月連続のリリースということで。

「サーキットの娘」は、それまでのpuffyと若干毛色が違ったかな・・っというところもあり、思ったほどの売り上げも記録しなかったんたけど、この「渚にまつわる・・・」は、売り上げを戻しましたからねぇ。
まあ、どらかと言えば、2カ月連続リリースといっても、こちらの方が「売り手」としても本命だったんでしょうね。

個人的には、逆にこっちの曲の方が売れないなぁ・・・なんて最初は思ったりもしてたんだけどさ。

だってさ、もろ西城秀樹の「Young Man(Y.M.C.A)」のパクリじゃん。 うーん、民生くん、堂々としてるなぁ。
同郷の大先輩の秀樹をパクリとは。・・・なんてさ。

加えて、井上陽水氏の、まったく意味不明な歌詞がね・・・。 初めは、悪ノリしすぎじゃねーか・・・なんてところもあったんだよね。

それに時代は90年代も後半だった訳じゃないですか。そんな時代に、70年代ディスコなノリってどうなの? 感じもしたし・・・・。


BUT BUT、そう言ったマイナス面は、全くの杞憂でしたね。

まあ、このヒト達は理屈じゃねーんだなぁ・・・っていうのが、この曲でよく分かりましたわ。

それとともに、なんか「時代」がよく分かんなくなって来たってのもあったかなぁ、個人的に。


それにしてもさあ、ROCK IN JAPANなんかのフェスでは、もう何回もPuffy見てきてるけどさ、この曲は、未だに「鉄板」ですね。 もうね、この曲と「アジアの純真」はやんないと許さない・・・みたいな空気があったりして。
これまで何回見てきたか分かんないくらい見たよなぁ。事実、この曲が一番盛り上がるんだよね、未だに。
もう19年も前の曲だし、そろそろ、この曲をリアルタイムで聴いたことない・・・って世代もフェスに参戦して来ているのにねぇ。
やっぱ、ノリが全てな曲ってことなんだろうね。歌詞の意味なんて無くたっていい、気持ちよくノレれば・・・
って感じの曲なんだよね。





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サーキットの娘 / Puffy

1997_03_サーキットの娘_Puffy










今回の1曲セレクトは、「サーキットの娘」Puffyです。

まずはデータでする。。。

・タイトル     サーキットの娘
・アーティスト   Puffy
・作詞       奥田民生
・作曲       奥田民生
・編曲       奥田民生
・リリース日    1997年3月12日
・発売元      エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   70.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年3月24日〜4月28日付
・タイアップ:ヤマハ スクーター「Vino」CM曲

あー、今日は書きたくないよう・・・と、いつもながらもう一人のワタクシが、ずっと囁いていまして、さっきも今日は1回休もうか・・・と思ってたんだけどねぇ。。。
でも、うんにゃ、やっぱり、書いとこう・・・・と奮起しまして、どうにかPCに向かってたりしてまする。。。

こんな「ふざけた」()状況じゃ、「マジメ」な曲は気分的にムリだなぁ・・・・と思いまして、「ふざけた」曲をひっぱってまいりましたぞ

Puffy 「サーキットの娘」

あ、やばい、この曲のどこがふざけてんだよ ・・・っていうPuffyファンの怒りの声がどこからか聞こえてくる。。。。

いや〜、でも、眉間にしわを寄せて聴くような「マジメ」な曲じゃ、少なくともないでしょ 

でも、そこがPuffyらしいんですよね。 このヒトたちの曲は、なにも考えないでもいいところがいいですわ。


さて、そろそろマジメに書きましょかね。

この曲はデビュー3曲目なんだけど、前曲の「これが私の生きる道」から、曲調が60年代調に遡ったりして、この曲もその流れを踏襲しましたね。
うむ、「これが私の生きる道」は、完全にビートルズのパロディだったけど、この曲はさらに遡って、50年代のロックンロールですわね。
 しかも、かなり純粋なロックンロール。こんなに純粋なノリのロックンロールなんて、ヒット曲では、横浜銀蝿以来じゃないんがなぁ。

まあ、前曲が60年代っぽい雰囲気で大成功だったんでね、次もそんな流れで来るんだろうな・・・なんては思ってたりしたんで、この曲の路線は、ある程度は「想定内」だったかもしれない。
だから、この曲を初めて聴いた時は、それほど驚きはしなかったなぁ。
 
ま、その辺は、リスナーも同じように思ったのか、前曲が157万枚なんて、Puffy最大のヒットになったのに比べると、この曲はその半分以下だったもんね。 これは、ちょこっと想定「外」だったどね。

ただ、「あっさり」はしてたよね、曲自体は。ロックンロールっていうとアクが強い曲があったりするけど、この曲は全然アクは強くないしな。その分インパクトも弱かったかもしれない。 その辺が売り上げにダイレクトに繋がってきたんだろうね。

それよりも、詞がねぇ、ふざけてますねぇ。奥田民生氏っぽいですねぇ。

♪ あせってエンストこかないでね〜 ♪

だもんね、ヤマハのスクーターのCM曲なのにさ  民生、堂々としてるなぁ。。。

まあ、♪ ころんで骨おったりしないように〜 ♪ ってのは、この曲をリリースするちょっと前に自転車でころんで骨折った、吉村由美への「オマージュ」なんですが。。。

それと、1番後のインストから最後まで、バックで延々と流れている「ギロ」が笑える。

そそそ、よく聴くとずっと、「ギロチチ〜」とギロがなってるのが聴こえたりして

なんで、ロックンロールに「ギロ」がなってるんだ? なんて普通だったら考えちゃうんだろうけど、まあ、その辺は民生らしいちゃ、らしい「ミスマッチ」だったりするんだけどさ。

50年代、ロックンロールの前にマンボブームがあった訳で、もちろん、そんなラテンなリズムにゃギロも使われていた訳で。。。。そんなブームを一色多に混ぜてみました・・・なんてぇ、事までは考えてないよね、民生氏も。





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CAN YOU CELEBRATE ? / 安室奈美恵

1997_02_CAN YOU CELEBRATE_安室奈美恵













今回の1曲セレクトは、「CAN YOU CELEBRATE ?」安室奈美恵です。

まずはデータです。

・タイトル      CAN YOU CELEBRATE ?
・アーティスト    安室奈美恵
・作詞        小室哲哉
・作曲        小室哲哉
・編曲        小室哲哉
・リリース日     1997年2月19日
・発売元       エイベックストラックス
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    229.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1997年3月3日〜4月21日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「バージンロード」主題歌

 ここ何日か70年代の曲を続けたので、今回の1曲セレクトは{90年代」に戻って来ましょうかね。。。
ちなみに、この先も暫くは70年代の曲が中心になりそうな予感なんだよね。 って事を予め書いとこうかしらね


・・・っつうことで、今回おもむろにセレクトしてきた曲が、

安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE ?」

おお、久々にダブルミリオンの超大ヒットじゃんか〜

・・・っつか、いままで、この曲書いてなかったのね。。。

・・と、突っ込まれそうなほど90年代を代表する曲ですよねぇ。
いや、それ以上に、オリコン史上、ソロの女性アーティストとしても最高セールスを記録した曲なわけでね。

なんで、そんな曲を今まで書いてこなかったのか?

まあ、答えはいつも同じような理由なんだけど、一つは、リアルタイムのヒットから、まだ、それほど時間が経って無かった事。
もう、一つは、ヒット当時、この曲、あんまり聴いてなかったのよ、個人的に。

・・・・なんて書くと、ヒット曲ウォッチャーのくせに信じらんない・・・なんて思われるかなぁ。

まあ、1997年当時の仕事の状況とか、個人的な環境もあったんだけど、1997年〜1998にかけて、ほとんどヒット曲を聴いてなかったんだよね。
 だから、この2年間の所有音源は未だに少ない。 もちん、この「CAN YOU CELEBRATE ?」も未だにシングル盤などの音源を持ってない。 200万枚オーバーの曲なのにね。
もしかすると、オリコンで200万枚以上の曲で、音源持っていないのは、この曲だけかも知れん。
そのくらい当時は音楽聴いてなかったんだよなぁ。

でもね、当時、あまりヒット曲を聴いてなかった最大の理由は、例の「小室ブーム」だった・・・んだよね。いや、これは確実に。

trfのブレイクから一気に加速した「TKブーム」は、この年にピークを迎えることになるんだけどね。
前年からこの年にかけて小室がプロデュースしたCDの総売り上げ枚数が、「演歌・歌謡曲」のカテゴリーに分類される曲の総売り上げ枚数よりを越えたと分かった時、これは異常事態と思ったのよ。

確かに、この頃時代の寵児だったといえば否定はしないんだけど、小室一人で、演歌の総売り上げを超えるっていうのは、音楽業界全体の市場構造としては、やっぱ歪だと思うのよ。

目先の事しか見えないヒトは、「勝てば官軍」って感じで「売れれば勝ち」って言うけど、そうじゃない。
確かに売れることは悪い事じゃなけど、それは、いろいろな人たちがいて、その中で切磋琢磨しての売れることに意義があるんだよね。そそそ、市場の多様性ですよ。 それがこの頃は完全に崩れてましたよね。

 個人的に、大学は生物の「生態学」を専攻してたんで、無意識にそう感じたのかもしれないけど、例えば生物の種が繁栄するには「多様性」っていうのは重要なファクターなんですよ。いろいろな多様な種が切磋琢磨、競争してこそ種の繁栄が維持できる。一つの種だけが抜きん出てる種は、逆に絶滅が近い種なんだよね。

 それは、市場経済にも言えることで、それはヒット曲の世界でも同じことなんですよ。

だから、小室が一人勝ちしていたこの時代は、ヒット曲の市場経済上、歪な時代だったんだよね。

まあ、そんなこともあって、96年の前半までは小室の曲は、暗黙のうちに支持していたワタシは、小室の独り勝ち状態に将来的なヒット曲界全体への危機を感じて、一転してアンチ小室になったわけなんですわ。

小室の曲は聴かない、CDは買わない。

って無意識のうちに決めてたんだよね。 

この「CAN YOU CELEBRATE ?」、当時ほとんど聴いてなかった・・・っていうのは、そんな所があったからなんだよね。

まあ、この曲のちょっと前に伏線もあった。 TK presents こねっと名義でリリースされた「YOU ARE THE ONE」って曲。
ワタシねぇ、この曲は失敗作だとおもったのね、一度聴いて。まあ、確かにチャリティ用の曲として、ありがちなんだけど、みんな歌いきれてないし、これはヒドイ曲だな・・と感じたんだけど、それでも軽くミリオンを突破したでしょ。
これはねぇ、絶対に間違ってると感じたんだよね。 うん、ここからですね完全に「アンチ小室」になったのは。
 

とはいうものね、あれから19年の月日が流れ、件の「TKブーム」も遠い過去の話となったわけで・・・。
今になって、この頃の曲を掘り返しているって感じてのワタシなんだよね。


で、肝心の「CAN YOU CELEBRATE ?」ですけど、今聴くと、なるほど、この曲はいい曲だ・・・とようやく思えるようになりましたねぇ。
 なるほど、当時の女子中高生が、この曲聴いて、ウルウル来ちゃってたのも分かるわな・・・というか、ダブルミリオンまで行ったのも分かる。

 TKの曲としてはこの曲は分かりやすいんだよね。正直、TKの曲を避けていた要因の一つが、このヒトの曲って、今一つ分かんない所があったんだよね。華原朋美とか鈴木あみの曲は特に。
抑揚が少ないし、掴みどころが分かんない。「で、一体何なの?」で終わっちゃうんですよ。
でも、この曲は、イントロの最初からして、がっちりと掴まっちゃうんだよね。曲全体がキャッチー。

まあ、フジの「月9」の主題歌と言う効果もデカかったんだけどね。 仮にタイアップが無かったとしても、この曲は相当売れただろうね。




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白い雲のように / 猿岩石 

1997_02_白い雲のように_猿岩石






今回の1曲セレクトは、「白い雲のように」猿岩石です。

まずはデータでする。

・タイトル     白い雲のように
・アーティスト   猿岩石
・作詞       藤井フミヤ
・作曲       藤井尚之
・編曲       松浦晃久
・リリース日   1996年12月21日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  113.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1997年1月20日〜3月3日付

今回はマクラ無しでいきなり、本題。

猿岩石「白い雲のように」

いや〜、でもね、どう書こうか。 正直、個人的にこの曲あんまり好きじゃないんだよね。だから、未だに音源も持ってなかったりする。。。 

なので、この曲ディティールまで、覚えてなかったりしてね   うわっ、むちやくちゃですねぇ。。。

もちろん、当時、ラジオから流れてくるこの曲を「ながら」では聴いていたわけで、だから、全く知らない訳じゃない。
 
まあ、図らずもミリオンセラーになったような曲を、全く聴いてなかったというんじゃね、長年、ヒット曲を追いかけてきた「自称」ヒット曲ウォッチャーの名が廃るわけで。。。。

じゃ、なんで、ミリオンセラーにもなったこの曲を、当時は、好きじゃなかったのか。

ま、最大の理由は、このヒトたち、もともと「お笑い」なわけじゃん。それなのに、少しばかり歌が上手いからと言って、アーティスト然として歌っていた事に「かちん」と来たんだろうね。

いや、それまでにもお笑いのヒトがレコードをリリースしたことは多々あった。ビートたけしだって、明石家さんまだってレコードリリースしてたわけだしね。
でも、みんな「お笑い」って言う本業の中の、余技、言って見ればシャレだったわけじゃん。

だけども、このヒトたちは、本業のお笑いの方はサッパリだったのに、例の「電波少年」のヒッチハイク企画で、ちょいと人気が出て、その余波でリリースした歌が、たまたま当たったわけで。。。。
キミたちは、お笑いだよね? それなのに、どうしてアーティスト然としているの? っていうところに不信感があったんだよな。

で、もって、この曲に続けてリリースされた曲も、まあ、尻つぼみにはなって行ったけども、連続してそこそこ売れたじゃん。
 そこも不信感だったんだよなぁ。 シャレでリリースして、シャレで売れたなら分かるけど、なんで続けて売れるの? のがさあ、分かんなかったんですよ。

 兎に角、当時はCDが売れまくってたからねぇ、なんか安易にリリースして、安易に売れてるよな・・・っていう不信感がつのって来て居た頃なんだよな。

 折角、90年代前半まで積み上げてきたJ-POPのレベルがガラガラと壊れてきたようなイメージがあったんですよ。売れるからと言ってお笑いでも何でもアリ・・・っていう曲が増えてきたのがこの頃だしさ。

そう言う不信感の延長線上に、この曲があったもんだから、どうしても触手が伸びなかったんだよな、今振り返るとさ。


そう言うしがらみは脇に置いといて、改めて曲を聴いてみた。

まあ、曲自体はいい曲だよね。藤井フミヤ、尚之兄弟の傑作の一つだと、素直に思う。
なにより、曲を聴いて途端、「あ、藤井兄弟」だって分かるところがいい。

 フミヤは、この曲のちょっと前に「Another Orion」っていう大ヒット曲も飛ばしていた頃で、チェッカーズ解散後、第2の波に乗っていた時期ですね。

 蛇足だけど、今、コレ書くのにwikipediaを見てたら、プロデュースが秋元康ってなってるんですけど、そうなの?
うーむ、やっぱり、このヒトは、売れそうなサムシングがあるところには必ずいますねぇ。。。




永遠 / ZARD

1997_09_永遠_ZARD






今回の1曲セレクトは「永遠」ZARDです。

 まずはデータです。

・タイトル    永遠
・アーティスト  ZARD
・作詞      坂井泉水
・作曲      徳永暁人
・編曲      徳永暁人
・リリース日   1997年8月20日
・発売元     ビーグラム
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   62.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1997年9月1日〜10月20日付
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「失楽園」主題歌

 夏のあのギラギラする太陽が一段落し、秋風が吹いてくると、脳裏に浮かんでくる曲っていうのをこの間から何曲か書いてきたけど、今回セレクトしてきた曲も、そんな曲の1曲だなぁ。

ZARD  「永遠」

じつは、この曲を1曲セレクトで、最初に書いたのは、2007年5月に坂井泉水さんが急逝されたときに、「追悼」という形で書いたんですよ。
 今回、その時書いた文面を、ほぼ、そのまま転載しているので、内容が若干、それらしい内容になっていますが、予め、ご了承いただけますかねぇ

 ワタシがZARDを初めて聴いたのは、デビュー曲の「Good-bye My Loneliness」でしたね。たしか、クラリオンのCMで使われていましたね。いい声でしたね。いわいる美人声。
 でも、普通は美人声でも実際、美人じゃないことが多い。でも、このヒトの場合、その声と顔がピッタリ一致したんですよ。それで、一発でファンになったな。

 曲で最初に好きになったのは、本格ブレイク曲の「眠れない夜を抱いて」からだったろうか。

 とにかく、ビーイング商法、タイアップによる確実なヒット・・という方法論を確立して、成功したヒトのひとりだったですし、そういう意味でも90年代を代表するアーティストといって、誰も異論はないでしょう。

 でも、そのやり方と曲想から、個人的には一時は、辟易してたところがあるんですよね。

 それを再び、ぐぐっと引き寄せられたのが、今日セレクトした「永遠」だったなぁ。

 この曲は、97年当時、社会現象にもなり、「不倫」ブームの火付け役にもなったドラマ「失楽園」の主題歌としても耳なじみなかたも多いことでしょう。
ただ、個人的には、ドラマとは別のところで、楽曲自体好きだったんだよね。

 ZARDとしては、珍しい、やや重めの黒っぽい、若干ヘヴィーな「ゴスペル」の匂いがする曲。これが良かった。
ZARDのそれまでの曲って、それほどヘヴィーな曲がなかったんだよね。ロックというよりはポップスに近いサウンドを歌っていた訳だから。
 特に、この曲の前の「風が抜ける街へ」なんかは、完全にポップスでしたからね。

そういうイメージが定着していたところに、いきなり180度転換して、初めて、この曲のようなヘヴィーな曲が、突然きたんで、最初は、かなり不意を打たれた感じがしましたねぇ。
 
 でも、曲自体はヘヴィーなサウンドとはいえメロディアスだったし、すぐに「いいね」に変わったんだけどさ。

 坂井泉水の声って、兎角、「負けないで」とか「揺れる想い」などの、「メジャー調」の曲では、ほんとに明るい表情を出していたわけで、みんなに慕われてる代表曲も多いんだけど、個人的には、この曲のような「暗い、重い」曲の坂井泉水のほうが、本当の坂井泉水なんぢゃないか・・とも思ってたんですよね。

 明るい中にも、どこか淋しさがある・・・

 このヒトの写真での表情もそうなんだけど、本当はどこか淋しいところがあったんじゃないか・・・なんて、想うんだよね。

この曲の歌詞にあるように

♪ あの日から淋しかった 想像以上に Just Fallin' Of The Rain ♪ 

って、なんか、本音のような気がする。 


 ♪ 君と僕との間に永遠は見えるのかな この門をくぐりぬけると 安らかなその腕にたどり着ける また夢を見る日まで ♪

今となっては・・・・という前提だけど、若くして亡くなる予感ってずっとあったんでしょうかねぇ。そんなことを暗示しているかのような内容にも感じるんだよね。今聴くと。
それだけに、印象にのこるし、だからこそ忘れられない1曲になりそうですね。

 享年40歳。ほんとに若いのに残念だったよなぁ。


YOU TUBEには適当な動画が無いので、他のサイトにリンク

http://www.dailymotion.com/video/x4e7kp_zard-eien_music


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V・A・C・A・T・I・O・N / 吉村由美

1997_07_VACATION_吉村由美






今回の1曲セレクトは、「V・A・C・A・T・I・O・N」吉村由美です。

 まずはデータです。

・タイトル    V・A・C・A・T・I・O・N
・アーティスト  吉村由美
・作詞      小西康陽
・作曲      小西康陽
・編曲      小西康陽
・リリース日   1997年7月9日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数   28.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1997年7月28日〜8月4日付
・タイアップ:ソニー「パスポートサイズ ハンディカム」CM曲

 ♪ V・A・C・A・T・I・O・N たのしいな・・・ ♪

・・・っつうことで、学生さんは本格的な夏休みですな。いいよなぁ〜。昨日までみたいにピーカンな青い空がソロがると、なんで、こんな日に仕事せにゃいかんのや〜・・・と思ってしまうワタシです。
・・・かといって、休みになっても特にやることもないんですけどねぇ〜。この間の3連休も、特に何もしないまま終わってしまったワタシです。ふらふらふらふら


 まあ、それにしても、とんでもなく暑い日が続くよなぁ。。。本格的な「ナッツー」の到来ですな。


 そんな、今日は、やっぱし、弘田三枝子の「V・A・C・A・T・I・O・N」をば・・・


 ・・・・・もとーい・・・・


 吉村由美の「V・A・C・A・T・I・O・N」をば・・・



 なに? 弘田三枝子ぢゃないの?  第一、吉村由美ってだれじゃい、それ?


・・・という声が、聴こえてきそうですな。。


あー、あのPUFFYの片割れ・・・、その昔、西川貴教と結婚して、離婚した方・・って言えば、分かりますか。。。


なんでぇ〜、そんな曲、しらねぇよ・・・とも聴こえてきそうですな。。


あー、でも、これが、ノリノリなこの季節にピッタリな曲なんですっexclamation ×2


 まあ、元ネタは、コニー・フランシスなんですが。。。ふらふらふらふら

若干、ビーチボーイズも入ってますか。。 あ〜、若干というより、ずいぶん入ってますな。
 いわいる「Swim」ってやつが・・・。


 うん、その辺の60'sテイストを、小西康陽氏が、J-POP風に落とし込んだ・・・って感じの曲ですか。

 90年代の曲なのに、気分は60'sになること請け合いよ。


 まあ、もう少し、有名だとよかったのにねぇ。だから、引っ張って来たってこともあるけど。

 なにより、こんな60'sとかを感じさせる、自由な空気がよいのよねぇ。
 夏は、永遠に「古きよき時代」なままの雰囲気が一番、フィットするのよ。




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