かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1991年

太陽の行方 / ribbon

1995_03_太陽の行方_ribbon


今回の1曲セレクトは、「太陽の行方」ribbonです。

まずはデータなのだ〜

・タイトル     太陽の行方
・アーティスト   ribbon
・作詞       原真弓
・作曲       清岡千穂
・編曲       西脇辰弥
・リリース日     1991年3月3日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 12位
・売上げ枚数  5.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 18位

久々に、なんの予定のない「休日」
・・・ということで、久々に「真昼間」から1曲セレクトを書いてるワタシだったりして。。。

今回は「アイドル」の曲を持って来たい・・・っていうのがちょっと前から頭にあって、さていつ書くか・・・なんて、時を測ってたりしたんだけど、丁度お誂え向きでしたね。

その曲というのが ribbon「太陽の行方」 

さざーん

ってか、果たしてこの曲をどくらいの方が覚えているのか・・・っていうのは全く持って自信が無いんだよなぁ。

「この曲をどの位の方が覚えているのか」・・・っちゅうのも、ココのところの1曲セレクト書く時の「常套句」になって来ちゃってるけど、この曲はホント自信ない。

まあ、タイトルを見て、このページにアクセスしてくださってる方は、少なからず「あの曲だ〜」ってことでアクセスしてくださってるんだと思うんで、そのつもりで書こうかと思うんだけど。

この曲、最初に聴いた時はぶったまげたんだよな。 

サルサ歌謡。

ラテン系のサルサのリズムにのっかってアイドルポップスを歌う・・・っちゅう。 なんちゅうミスマッチな組み合わせ。

もちろん、それまでのアイドルポップスにゃ、こんな曲は無かった・・・・ような気がする。

それ以前にリズムを重視した、もろダンス系の女性アイドルポップっていうのも当時はそれほど多くは無かったんだよね。
もちろん、荻野目洋子やWinkなど、ユーロビート系やディスコ系はあったものの、少なくともラテンのリズムにノッカッたアイドルポップスっていうのはあんまり記憶にない。
しかしも、サルサって言うのもな。

その代わり、かなり「ゴーイン」な作りだったんだよな。この曲。

まずもって、バックのサルサのリズムと、メロディラインがシンクロしていないんだよね。

意外とゆったり流れるメロディラインに対して、バックのサルサのリズム、特にAメロなんかずれまくりだったりしてさ。

ホント、初めの頃は、「なんじゃこりゃ」って思ったもんなぁ。 

まちがって録音したんじゃねぇの とかさ

いつかも書いたかと思うんだけど、この曲がリリースされた90〜91年頃、ラジオのニッポン放送の交通情報って、バックでアイドルの曲が流れてたんだよ。

もち、フジサンケイグループのニッポン放送だから、同じフジサンケイの「ポニキャ」(ポニーキャニオン)のアイドルばっかだったんだけどさ。

そんな訳で、このribbonもバンバン流れてたし、もちろん、この「太陽の行方」もめっちゃ流れてたんだよな。
交通情報だからさぁ、朝夕なんか1時間に何回もやるじゃん。その度にこの曲が流れてくるんだもの。。。FMのヘビーローテーション以上の頻度ですよ。 それが毎日でしょ

当時、FMが入らず、カーステもヘッドがダメになっててカセットも聴けず、サーモスタットが壊れててクーラー入れるとオーバーヒートしちゃうようなボロいカローラ兇望茲辰討織錺織靴磧⇒蠅澆旅砲AMだけだったんで、そりゃ、もう何回も聴いたよな、この曲。

で、その度に、メロディとバックのサルサのリズムがずれまくってるこの曲に違和感を感じちゃったりしてさ

いやでも覚えちゃったもんなぁ。

もう、体に染みついちゃってる感じで、この曲を聴くと、そんなボロいカローラ兇捻鷯茲蠅靴討榛△鮖廚そ个垢鵑世茲福 当時はまだ大学。春休みで暇だったんで、時間だけは余ってたからなぁ、あの頃。

ただ、この頃のアイドルポップスって、この曲のようにリズム的にはちょっと変わった傾向に走ったようなキライはある。
例えば、田村英里子の「誘惑のチャチャ」は同じくラテンのマンボ系だったし、和久井映見の「アキラが可哀想」は4ビートなジャズ・・・と変則的なリズムを強調した曲が多かったのも91年のアイドルポップスの特徴だったかもしれない。

普通なアイドルポップスじゃ売れない・・・っていうのが作り手の方も身に染みて来てたのかもしれない。 
それでも、強力なカンフル剤にはならなかったっていうのは、時代が証明してるんだけどさ。



それにしても、この曲の5.8万枚っていうオリコン公式の売り上げ枚数が、ribbonにとってデビュー曲の「リトルデイト」に次ぐ売り上げだったんだよね。 これって意外かなぁ

↑で、なんか変な曲・・・って書いた割には、そこそこ売れてたんで個人的には意外だったんだけどなぁ。。。 まあ、どの曲も売り上げ的にはドングリの背比べ的ではあったけど。。。。

ただ、ランキング的には、それまでの4枚はいずれもベストテン入りしてたのに対して、この曲からはベストテン入りならず。 まあ、ベストテン入りと言っても、4枚いずれともベストテン下位ギリギリでのベストテン入りだった訳で、いわいる「大ヒット」と言うような曲は持っていなかったribbon。

その辺りからも、「アイドル冬の時代」って言われてた当時のヒット曲トレンドがよく分かるよな。 

当時はロック・ニューミュージックな時代だったからねぇ。 91年〜92年頃って言うのはアイドルポップスにとってはもっとも「氷河期」だったころだ。

後に国民的アイドルとなるSMAPがデビューしたのも91年だけど、さしものSMAPもデビュー後1〜2年は目立って売れてなかったからねぇ。 そんなところからも当時の音楽のトレンドが見て取れる訳ですわな。

結局さ、80年代型アイドルっていう「くびき」が取れないまま90年代に突入したっていうのが一番のネックだったんだろう。ribbonにしてもそうだったじゃん。
時代は90年代に入り音楽のトレンドも変わりつつあったっていうのにさ。

そんな80年代型っていうくびきが取れ、90年代型の新しい形の「アイドル」が登場するのは、もう2〜3年後になる。



それにしてもribbonの3人は、そこそこ「ウタ」うまかったんだな。
当時は、そんな感じ無かったんだけども。
声の発音の仕方が意外としっかりしてる。
普通アイドルのコたちって、発音がきちんとしてない事が多いじゃん。だから、何歌ってんだか歌詞が聴きとりにくい事も多い。
このコたち(っちゅうか、もういいお年ですねぇ3人とも)はキチンとしてたねぇ。

ちなみに、松野有里巳がよかったな。個人的に。


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ヒゲとボイン / ユニコーン

1991_11_ヒゲとボイン_ユニコーン


今回の1曲セレクトは「ヒゲとボイン」ユニコーンです。

まずはデータです。

・タイトル    ヒゲとボイン
・アーティスト   ユニコーン
・作詞      奥田民生
・作曲      奥田民生
・編曲      ユニコーン
・リリース日   1991年10月25日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 23位
・売上げ枚数  5.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 30位

またまた、「2週間ぶり」 の1曲セレクトです
あー、やっとここまで来れた・・・。そんな気分ですねぇ。 ずっと書こう書こう・・と気ばっかり焦って、いざPCの前に座ると、「ま、明日でいいか・・・」ってなんて萎え萎えになること2週間。
ようやく、ここまで筆を進めてきましたわ。

どうもねぇ、「書かなきゃ」っちゅうのも強迫観念のようにもなってきてるんだよなぁ。 なら、ちょっと時間を置けばいいのに・・・とも思うんだけど、ブログのアクセス数の変化を見ると「書かなきゃ」って言う気分にもなる。
だから、ネットっちゅうのは「麻薬」なんだよなぁ。こうやって中毒になる訳ですわ。
まあ、自分のサイトを開設して以来19年。 ずっとそんな感じなんだけども。。。

さてさて、いつもながら今回なに書くべーな、と悩んで絞り出してきたのが、この曲。

ユニコーン「ヒゲとボイン」。

変なタイトル・・・っちゅうのは、まあ、リリース当時から感じていた訳だど、Wikipediaらよると小島功氏のマンガ「ヒゲとボイン」からとったわけね。 その関係で、この曲のシングルのジャケ写も、小島功氏の「ヒゲとボイン」のイラストになっていね訳ですわね。

タイトルも変だけど、歌詞の内容も変なの・・・とか思ったなぁ

ユニコーンのシングルって、「会社」物・・・っちゅうかサラリーマン物が多いじゃん。 ブレイク曲の「大迷惑」にしかり、「働く男」にしかり。

なんちゅうのかな、そそそ最近で言えば「サラリーマン川柳」ですよね。 サラリーマンの悲哀な曲。

その中でも、一番分かりやすかったのが、この「ヒゲとボイン」でしたね。

曲調とメロディラインが、一番分かりやすい・・・というか、キャッチーなんだよ、だから、歌詞の内容がスッと入ってくる。

ただ、そうであるが故、「なんじゃこれ」感が、それまでの2曲に比べると、いっそう深くなる。

そんな感じだったかなぁ。

ま、兎も角、個人的には、リリース当時、どうにも気になる1曲だったんだよなぁ、この曲。

それまでユニコーンってなんとなくキライだったの。 ・・・というか、あんとき、平成初期のバンドブームでブレイクしてきたヒトたちって、どうも好きになれなかった。

お茶らけてて、歌詞も表層の部分だけで深みも感じられないものが多かったし。なにより煩いのがね。ただノレれば良い・・・って感じだったじゃん、あの時のバンドブームって。 まあ、それは今でもたいして変化は無いのだけれど。。。

だからね、この曲の前までは、積極的には聴いて無かった。 ラジオで流れてきて「変な曲・・・」で素通りしちゃったんだよな。 つまりは引っかかりもしなかったんだよな、当時のワタシの中では。

それでも、この曲は引っかかった。

タイトルも、歌詞の内容もそうなんだけど、サウンドとメロディだよね。 

特にイントロのインパクトもそうだけど、♪ ああ  男には〜 ♪ って言うサビのメロディラインだよね。 

なんだ、この壮大さと、キャッチーさは

以前も何回書いたけど、ワタシ、この当時、千葉中央局で郵便物振り分けの夜間バイトをやってたんだけど、一晩中、ポータブルのラジオから FMが流れてるような環境だった。

よくかかったんだ、この曲。 ヘビロテになってたのかいな・・・と思うくらい。

その度に、この曲のイントロとサビに引っかかっては、壮大な風景を夢想してたりしたな。 

なんかさ、宇宙的規模な壮大な儚さを感じちゃったりするんだよ、この曲。

それと、ヒゲとボインってどういう関係があるの? っていう表層の部分で一見、なんの関係も無さそうなところがこの曲の面白さなんだろうねぇ。

ただ、♪ ああ 男にはつらくて長い二つの道が ああ永遠に深いテーマさ〜 ♪ っていうサビの歌詞、深層的なところでは、宇宙規模的な儚さを表しているんだろうな・・

まあ、勝手に解釈すると・・・だけど。。。


それより、なにより、当時、この曲を聴くたびに、 タイトル、歌詞以上に、なーんか引っかかったんだよなぁ。
「うーむ、この曲」のこの感じどっかで聴いた事があるよな・・・。 

・・ってところから、この曲の「下敷き」がある事に気がついたんだけども、その元曲が思い出せなかった。

・・・って言う事をずーっと引きずったまま10数年。 ドラマ「電車男」でこの謎が解けたんだよな。

そそそ、「電車男」の主題歌だった Electric Light Orchestraの「Twilight」、これなんじゃん。。。

↓ コレ


この宇宙的壮大さ儚さ。・・・というか、イントロから、サビから「お借りしました〜」ってくらい、まんまなんたけどさ。。。

Electric Light Orchestraの「Twilight」は81年リリースだから、当然91年リリースの「ヒゲとボイン」の頃はすでにあった。

いや、「Twilight」も、それ以前に聴いた事はあった。それなりに引っかかってた。

Vagelisの「Chariots of Fire(炎のランナーテーマ曲)のように、宇宙的な規模感を感じるような、当時の壮大な「エレクトロミュージック」って好きだったんだよ、個人的に。 

でも、当時、洋楽にはとんと疎かったワタシにゃ、結びつかなかったんだよなぁ。

それにしても奥田民生ってヒトは「E.L.O」好きなんだよね。 この曲を皮切りに 自らプロデュースしたPuffyの「アジアの純真」もE.L.Oだもんね。 ユニコーンの活動休止前のラストシングルとなった「すばらしい日々」も、メロディラインは言うまでもなくエフェクトのかけ方とか系統的にはそんな感じだったしな。



うーむ、今改めて聴くと、たしかに表層的には「E.L.O」だけど、間奏部のエフェクトをかけたボーカルは、Y.M.Oの「Behind Mask」だし、最後のInst部分もY.M.Oっぽいなぁ。
さしずめ80年代の日英、エレクトロミュージックの共演ってところか。
超大げさに書くと。。

ところで、この動画は2009年の武道館ライブのものだけど、音はカラオケ
ドラムの川西氏、スネア叩いて無いのにスネアの音すっぞ〜


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アキラが可哀想 / 和久井映見

1991_07_アキラが可哀想_和久井映見


今回の1曲セレクトは、「アキラが可哀想」和久井映見です。

まずはデータです。

・タイトル    アキラが可哀想
・アーティスト  和久井映見
・作詞      康珍化
・作曲      小倉博和
・編曲      門倉聡
・リリース日   1991年7月1日
・発売元     ポリスター
・オリコン最高位 39位
・売上げ枚数  1.6万枚

「秀樹」効果・・といいますか、西城秀樹氏が亡くなった直後にアクセス数が急激に増えた「1曲セレクト」ですが、それも一時、最近はあの時に比べたら、アクセス数も大分落ち着いてきた感じですねぇ。

まあ、最近は週に1〜2曲書くか書かないか・・・って言う更新頻度も少ないしさ。そうなるのも、当然かなぁ・・・なんて、長年ネットサイトを運営していると当たり前のように思えたりするんだけど。。

いや、それ以前に、最近書く曲がちょっとマニアックに走ってるかなぁ・・というキライも否めない。 うん、いわいる「大ヒット」した曲は大分書いて無い気がする。。。といっても、特に80年代、大ヒットと言われた曲は、演歌以外は、もうほとんど書きつくしちゃったんでねぇ・・・。

・・と言ってて何なんですが、今回セレクトしてきた曲も大分マニアックな曲になっちゃったなぁ・・・。


和久井映見 「アキラが可哀想」

この曲、覚えてらっしゃる方、どのくらいいるんかなぁ・・・。それ以前にヒット当時聴いてた方すら、あんまり居ないかもしれない。

オリコン最高位39位と、一応の「左ページ」には入ったものの。売り上げ枚数が1.6万枚ですからねぇ・・・。 ベスト100にも僅かに3週間しかランクされていない。

CDの普及で相対的な売り上げ枚数が急激な右肩上がりに差し掛かって来た91年当時、売り上げ1.6万枚なんてさあ、全く売れなかったのと等しかったし。。。

いわいる「ヒット曲」と呼ばれる曲を主にターゲットに長年追い続けているワタシだったりするわけで、この程度の売り上げの曲は、通常だったらターゲットに聴いたりする事って殆ど無いんだよな。

いや、本来だったら、この曲も全く耳にしないで終わっちゃっていただろうと思う。

でも、知ってるんだよね、 しかも手元に8cmのシングルCDもあったりする。

なぜ?

1991年夏。 まだ大学生だったワタシゃ、夏休み終わりに北海道旅行に行こうと思っててさ、それまでの2カ月はバイトに明け暮れてたんだよねぇ。

場所は千葉中央郵便局。いわいる郵便物の「仕分け」作業のバイト。なんかジミーなバイトだったけど、深夜勤務だったんで時給は良くてさ、一晩働いて残業1〜2時間やれば日給1万越えてたな、この当時。
学生にとっては比較的割がいいバイトだったと思う。 逆に昼間は睡魔で辛いんで休みの時しかできなかったけど。。

でさ、深夜勤だったんで、当然職員はあんまり居なかったし、夜中で眠くなるんで、誰かがポータブルのラジオ持ちこんで来てて、一晩中ラジオが流れてたんだよね。 

大体はbay fmだったな。それか午前3時過ぎるとオールナイトニッポン第2部。

で、さあbay fmで、今回引っ張って来た「アキラが可哀想」が、まあ、良くかかったんだよな。いわいるヘビーローテーションってやつで。。。

そんな訳で、自然と覚えちゃったんだよ、この曲。

初めは、和久井映見さんが歌ってるってことすら知らないで、「だれ? これ?」って感じだったんたけど。。。でも、ジャジーロックっうのかな、4ビートな曲調がなんか斬新だったんだよな。 当時、このテのジャジーな曲って、少なくともヒット曲路線では少なかったしさ。

あ、いや、そう言えば、この曲の2年前の少年隊の「まいったね、今夜」は、これに近い路線だったか。ビッグバンド風4ビートで。 でも、そのくらいだったんじゃないかな。

ましてや、アイドル路線なんかじゃさ、まず聴かなかったしな。。。  だから、・・と言う訳でもないんだろうけど、徐々にこの曲に嵌まっちゃったワタシが居たりしてさ。
バイト現場で、早くこの曲かかれ・・・なんて思うようになっちゃったり。。。


今のアイドル・・とくに女性アイドルでは、この手のある種特殊な緊張がある曲はほぼ絶滅って感じだよな。 最近は本当に毒が無い感じだものアイドルの曲って。 安心感があると言うか。。。

まあ、アイドルの曲に安心感がある曲が多いっていのうのは今に始まった事ではなく昔からあるんだけどさ。
ただ、アイドル「冬の時代」と言われた、この91年頃っていうのは、逆に結構斬新な曲も多かったのよ。

うん、リズム的に斬新だったっていうのかな。 ribbornの「太陽の行方」はサルサ、田村英里子の「誘惑のチャチャ」はラテン・・・って感じでさ。 ただ、いずれも大ヒットとは呼べない曲だったんたけどさ。 
兎に角、普通にやってたんじゃ売れない時代だったからさアイドルは。 いろいろと試行錯誤したんだろうねぇ。
この系統の曲はそれなりにインパクトはあったんだけどね。

リズム的に斬新なインパクトがあって、しかも大ヒットしたっていのうは、ミポリンの「Rosa」ぐらいだったんじゃないかなぁ。

そんな当時の斬新系なアイドル曲のひとつが、この曲だったかもしれない。

うーむ、今でこそ女優で「母親」役っていうのが定番になっちゃった、和久井映見さんも、当時はアイドル路線だったんだよね。 ただ、当時から大人っぽかったことは大人っぽかった。 たしか年はワタシより1つ下なんだけどさ、どう見ても年上に見えたもの。





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ALONE / B'z

1991_12_ALONE_B'z


今回の1曲セレクトは、「ALONE」B'zです。

まずはデータです。

・タイトル     ALONE
・アーティスト   B'z
・作詞       稲葉浩志
・作曲       松本孝弘
・編曲       松本孝弘 明石昌夫
・リリース日    1991年10月30日
・発売元      BMGビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   112.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1991年11月11日〜1992年1月20日付
・タイアップ:関西テレビ系ドラマ「ホテルウーマン」主題歌


やっぱりというか、昨日書いた上戸彩さんの「ウソツキ」は、今一つ反応が悪かったですな。
90年代以前の曲では、いつもそこそこのアクセスをいただいている1曲セレクト、、そろそろ2000年代の曲も本格的に書いていきたいと思っているんですが、なかなか難しいですねぇ。

やっぱり、2000年代以降の曲は、みんなで聴く・・というよりは、よりパーソナルになり、ホント知ってる人しか知らない曲が多くなっている事で、今なっては知ってる人しか知らないっていうのが、なかなかアクセスとして伸びない理由なんだろうねぇ。

そんなこともありーの、今回は90年代に遡りますわ。

B'z  「ALONE」

うーむ、B'zなんて書くの、めっちゃ久しぶりなんですけど。。。 個人的に、B'zの曲、大好きかっていうと、正直言えば、曲によるんだよね。好き嫌いがはっきりしてるっちゅうのかなぁ

 B'zに関しては、個人的に昔いろいろありましたからね。 そそそ、例の「今夜月の見える〜」でのリリース「逃げ」事件とか  それによって、掲示板(BBS)が「炎上」した事があったりさ。
それもこれも、B'zの1位連続記録ってのが、発端ではあるんだけど。 いやね、オリコンでの1位連続記録が途切れないんでねぇ、飽きちゃってたんだよね、個人的には。 特に2000年代以降は。。

個人的にはB'zは、95年くらいまでなんだよなぁ。 95年の「LOVE PHANTOM」。この曲で完全に昇華しちゃってるんだよね。だから、その後はどの曲も一緒・・・なんて書くから「炎上」しちゃうんだよな

でもね、それ以前はキライじゃなかったんだよ。90年の「Easy Come Easy Go」からは毎曲音源も買ってたしさ。 

ただね、そうは言っても、最初、「太陽のKomachi Angel」でブレイクしてきた時は胡散臭かった。 どう聴いてもTM NETWORKの二番煎じって感じで。。。

ま、ギターの松本孝弘氏は、昔TM NETWORKのサポートメンバーとしてギターを弾いてた訳でさ。
そそそ正式メンバーでギターの木根尚登氏が「ギター」弾けなかったからさ

そんなわけで、初期のB'zがTM NETWORKの二番煎じっぽくなるのも無理は無かったのかもしれないけどさぁ。

そんな「TM臭」を感じ無くなった最初の曲が、今回の「ALONE」ぢゃなかったかなぁ。 まあ、次の「BLOWIN」で、再度 TMにコミットしたような曲に戻るわけで、だから「TM臭」が完全に無くなった訳ではなかったんだけど。

確かに、ロックバラード調の曲には、最初、驚いたけどさ。

けど、なるほど、本当はこういう事がやりたかったんだな・・・っていうのは理解できたし、後年にわたる本来の「B'z」を見せてくれた最初のシングルだったんだよね、この曲が。

ただ、前曲の「LADY NAVIGATION」で見せて来ていた、ポップで、それこそTMっぽい曲に慣れて来ていた身としては、初めは、今一つ取っつきにくかったんだけどさ。

それでも、なんていうのか、アメリカ南部を彷彿させる様な、骨太のサウスロックは、個人的にも嫌いじゃなかったんでね、馴染むのも早かったような気がする。

それよりも何よりも、この曲を吸収できたことで、完全に80年代と決別できたような気がしたんだよなぁ。これからが本当の90年代だ〜。そんな気分になれたんだよね。 だってさ、この曲の前の1位が長渕剛氏の「しゃぼん玉」で、その前がチャゲアスの「SAY YES」で・・・って感じで、80年代を引きずっているような感じだったんですよ。アーティストの顔ぶれ的にも、曲調的にも。

でもB'zはブレイクが前年の90年だったし、この「ALONE」なんかは曲調的にも80年代の、少なくとも邦楽ヒットを引きずったような感じではなかったからさ。まあ洋楽的に見れば全然新しいサウンドでは無かったけど、邦楽では、この手のサウンドって少なくともヒット曲としてはなかったからさ。

そんな意味で、本当の意味で新たに90年代がスタートした・・・そんな気分になれた1曲なんだよな、この「ALONE」って曲は。




それにしても、この曲を聴くと、当時、しょっちゅうやってたボーリング場とカラオケボックスの匂いを感じるんだよなぁ。当時はまだ大学生。
あの頃は、ボーリング良くやってたからなぁ。 ボーリングの後は、朝までオールでカラオケって言うのがお決まりのコース。
・・・と言っても途中で声が出なくなって、朝4時ごろカラオケ屋出て、「マイアミ」なんかの深夜営業の喫茶店で一番電車を待つのが定番だった。 深夜割り増しで1杯1000円位もする、「ぼったくりかよ」なんて思えるコーヒー頼んだりしたりしてさ。

中島みゆきの「悪女」の一節ぢゃないけど、 ♪ 夜明けを待って 一番電車 凍えて帰れば〜 ♪の世界ですよ。

そそそ、この曲を聴くと、その頃の光景がフラッシュバックするんだよな。 辛い事なんかまるで考えてなかったあの頃の自分が甦ってきたりしてさ。。。いい時代だったよな。



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格好悪いふられ方 / 大江千里

1991_09_格好悪いふられ方_大江千里


今回の1曲セレクトは、「格好悪いふられ方」大江千里です。

まずはデータです。

・タイトル    格好悪いふられ方
・アーティスト  大江千里
・作詞      大江千里
・作曲      大江千里
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1991年7月18日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  50.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1991年7月29日〜10月21日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「結婚したい男たち」主題歌

広島カープがセ・リーグを制覇しましたな・・・って本当は昨日書くべきだったんだけどね。
昨日は、書こう書こうと思いながらウトウトしてしまい、そのまま夢の中へ・・・って感じになってしまいーの、だから、1日遅れで書いてたりします

ところで、広島カープ「25年ぶり」優勝ってことで、ネットニュースなんかで、「25年前は・・・」なんて25年前を振り返る特集があちこちに出てますねぇ。

25年前ね、1991年。 ワタクシは22才でしたねぇ。

本来・・というか大学受験をストレートでクリアしていれば、大学4年で就職活動期だったろうけど、ワタシゃ、入試に2年「躓いた」んで、まだ大学2年。なーんも考えてなかった頃
強いて言えば若かった。自分のチャート作成で、国会図書館に入り浸ってた「夏休み」だったな。

・・・・ということで、今回は1曲セレクトも「1991年」の今頃のヒットを持って来たい・・・。

とは思ったものの・・・、1991年の今頃の「めぼしい」ヒット曲は、すでに大体書いちゃったんだよな。。。。

チャゲアスの「SAY YES」、槇原の「どんなときも。」。バブルガムの「WON'T BE LONG」、チューブの「さよならイエスタディ」・・・。サザンの「ネオブラボー」、キョンキョンの「あなたに会えてよかった」、ミポリンの「Rosa」・・・・。

みんな既に書いちゃったじゃんか。。。。

さて、どうすべ・・・と思っていたら、1曲まだ書いてなかった曲が残ってた。。。

大江千里「格好悪いふられ方」

よし、この曲で決まり


・・・・と思ったものの、うーむ、この曲はどう書くべーな。。。

今までスルーしていた曲だけに、とっかかりが難しい。 いや、逆にとっかかりが見つからなかっただけに今までスルーしていたんだが。。。。

個人的に言って、必ずしもキライな曲ぢゃなかったしシングルCDも、91年当時買ってあるんだけどねぇ。

なんていうのかなぁ、レビューを書くと言うほどの掴みどころが無いん曲なんだよね。

正直言って、大江千里さんの曲良く分かんなかったんですよ。ウナギイヌのようにつかみどころが無くってね。
それでいて、全体的な曲の雰囲気に引っかかってしまう。 それが不思議と言えば不思議なんだけどさあ。

掴みどころが無い・・・っていうのは、恐らくメロディラインの不安定さにあるんだろうね。

例えば、この曲にしても、AメロとBメロのつながりが今一つ不自然だったりしてさ。全体的に4 7抜き的な中国音階っぽいメロディラインに不安定さを感じたってところもあるかもしれない。
・・・・かと思えば、サビの ♪君が欲しい〜 ♪からはキャッチーになったりするじゃん。 なんかね、最初はこの複雑な展開にちょっと泡を食ったよなぁ。
 
まあ、サウンドはね当時のウレ線って感じだったからなぁ。 ビーイングが出てくる前夜のカラオケ全盛期を彷彿させる様なキーボードが前面に出てくるサウンドね。
 キーボードと言ってもシンセではなく、アナログ的なエレピ(エレクトリックピアノ)ね。 そそそ大江千里氏はキーボーディストでしたからねぇ。

でも、考えてみれば、エレピが前面にフィーチャーされたサウンドって、この頃が最後だった・・・・ような気がするよね。
これ以後はキーボード言えば、シンセばっかになっちゃったからなぁ。

ただ、個人的には、ヒット曲の世界に入ってきたからエレピサウンド慣れ親しんでたからねぇ、この頃のまでのサウンドが安心して聴ける最後の頃だったかもしれないな、今から考えると。

それとともに、和製エルトン・ジョン、ビリー・ジョエルとも言える、キーボード弾き語り系の男性アーティストも、少なくなったよね。 ヒットチャート的には、この頃の大江千里、もうちょっと後の楠瀬誠志郎、「Get Along Together」の山根康広あたりまでなのかなぁ。

最近は、 キーボード弾き語り・・・というよりも、みんなギターになっちゃったもんな弾き語りと言えば。バンドにしたって、キーボード無しの3ピースって形が多いし。 だから、サウンドも自ずからラウド系になってしまうわけで。。。

でも、そう言う時代だからこそ、エレピ弾き語り系のヒトが出て来ても面白いんだけどなぁ。
ラウド系サウンドが当たり前の今だからこそ、エレピの弾き語り系サウンドは新鮮なんだけどね。



この曲のPV。初めて見たような気がする。
もちろん、当時も流れてたんだろうけど、PVは、まだ家庭的には一般的じゃなかったからなぁ。
ちなみに、この曲のコーラスは、渡辺美里さんですね。
まあ、これは有名か。 同じエピックソニーで、互いにコーラスやったりしてたからなぁ。

ちょうど、この曲がヒットしてた頃のヒットチャートは、恐らく日本のヒットチャート史上、一番「最強」でしたよね。
なにせ、1位 SAY YES(ちぉげあす)、2位 どんなときも。(マッキー)が、約3ヵ月もの間、石膏のごとく、全く動かないチャートアクションで。
 そんなチャートアクションで、3位に絡んできた、この曲は大したもんだったし、当時の多くの曲同様、この曲もロングヒットだったもんなぁ。 ベストテン内に3ヵ月も居座ったもんね。


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ネオ・ブラボー!! / ササンオールスターズ

1991_08_ネオブラボー_サザンオールスターズ


今回の1曲セレクトは、「ネオ・ブラボー!!」サザンオールスターズです。

まずはデータです。

・タイトル     ネオ・ブラボー!!
・アーティスト   サザンオールスターズ
・作詞       桑田佳佑
・作曲       桑田佳佑
・編曲       サザンオールスターズ
・リリース日    1991年7月10日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   43.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1991年7月29日〜9月16日付
・タイアップ:TBS系「筑紫哲哉NEWS23」エンディングテーマ

今回はマクラなしでストレートに行ってみますかね。
えー、久々のサザンどぇす。

「夏はサザン」なんて言われて久しいサザンオールスターズだけに、本当は今の季節サザンの曲を引っ張って来たい・・・なんては思っているのに今一つ引っ張りきれていないのは・・・。
まあ、単純にいつも最後にリンクを入れてる動画が、ネット上に落ちてないから・・・ってのが大きいんだよなぁ。

サザンに限らず、ユーミン、中島みゆき、竹内まりや、山下達郎・・・と、いわいるロック・ニューミュージック系の「大御所」と言われる方たちは概してネット上に動画が落ちてないんだよね。
まあ、「著作権対策」と言う名の「ガード」が硬いっていうかね。
なので、どうしても手を伸ばさなくなっている・・・っていのうが、本音の部分なんですよね。

まあ、書いてるこちとらも、著作権侵害をしようと思ってる訳じゃ無いんだけどさ。
一応レビューと言う形で書いてる「1曲セレクト」だけど、どうしても文章だけじゃ本来伝えたい事が100%は伝わらない。やっぱ音を聴くのが一番・・・って言う事で、最後に動画リンクを張らしてもらっている訳なんだけどさ。

でも、無いものはしょうがないんでね。 今回のサザンもそのつもりで書きまするぞ。


さてさて、今回セレクトしてきたのは、1991年「夏」のサザンのナンバー、「ネオ・ブラボー!!」。

ただ、この曲は、前曲・・・と言っても前年夏の「真夏の果実」と、次年夏の「涙のキッス」という、両大ヒット曲に挟まれた形になっている訳で、今となっては、やや地味な印象の曲かなぁ。

ま、実際、オリコンでは1位を獲得したものの、売り上げは43万枚・・・と、この頃のサザンとしては若干、売り上げも伸び悩んでいますしね。

しかも、91年のサザンはアルバムもリリースしていない訳で、唯一この曲だけポツンとリリースされていたんだよね。

ただね、この曲は、その後・・・というか、次年92年にリリースされたアルバム「世に万葉の花が咲くなり」を予見するような曲調であったことは間違いないんだよな。

 それまでのサザンって比較的ストレートな曲が多かったんだけどさ。まあ、90年あたりはラテンだとかスパニッシュだとか、ワールドテイストなきょくがあった事はあったけど、色で例えると原色的なストレートなイメージが強かったんだけどさ。
 
 でも、この曲は少しねじ曲がったようなサウンドになりつあったんだよな。 なんて、分かりにくい表現しちゃったけど、要はサイケデリックのようなねじ曲がったサウンドの要素が入りつつあったわけですわ。

 そう言う意味では、サザンのサウンドも、この曲からまた新たな変革が見えつつあったんだよね。
ここから発展して、92年のアルバム「世に万葉の花が咲くなり」は全編にわたってサイケデリックなアルバムだったからさ。

でも、この「ネオ・ブラボー!!」については、「世に万葉の花が咲くなり」ほど、ディープな程の湾曲は、まだしてなかったな。 あくまでシングルとして耐えうる範囲のストレートさは残ってたしさ。

 ・・・というか、この曲は、ビートルズの香りも強いんだよね。 ビートルズがサイケに走った頃の香りがするっていうかさ。
 出だしの、Aメロ ♪ 愛の夏が来れば皆 高温ブラボー 〜 ♪ あたりのメロディラインなんて、もろビートルズだったもんな。

ちなみに、この曲で言いたかったのは、当時勃発していた湾岸戦争に対する反戦でしたよね。 
この曲のタイアップは、当時TBSで放送していた「筑紫哲哉NEWS23」のエンディングだったけど、そう言う影響もあったんでしょうかね。
 
でも、当時はTBSの「ニュースワイド」のタイアップだったけど、現在は、対抗馬の「フジ」のニュースワイドのエンディングとして、最新シングル「ヨシ子さん」に収録されている「百万本の赤い薔薇」がタイアップになっている・・というのは、なんかの因縁でしょうかねぇ。

それにしても最近のサザンは、エロやセックスネタよりも、こういった社会ネタ的な曲が多くなっているような印象があるけど、それは、この辺りから増えてきたような気がするな。90年代以降のサザンの傾向かもしれないな。


・・・・ということで、いつもだったらこの辺で、動画・・・と行きたいところだけど、最初に書いたようにサザンの場合、ネットに動画が落ちてないんで・・・
・・・といって引き下がるワタシじゃないっ! ・・・なんて言いきったりして。。。
某国のサーバーに「音」だけ落ちてたんで、そちらへリンク。

http://y.qq.com/webplayer/player.html

まあ、「某国」なんで、もしかしたらうまく繋がらないかもしれないけど。。。
もしよろしかったら、どうぞ。 
とりあえず、こちらからは繋がりました。。。。



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さよならイエスタディ / TUBE

1991_07_さよならイエスタディ_チューブ

今回の1曲セレクトは、「さよならイエスタディ」TUBEです。

まずはデータです。

・タイトル    さよならイエスタディ
・アーティスト  TUBE
・作詞      前田亘輝
・作曲      春畑道哉
・編曲      TUBE
・リリース日   1991年7月1日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  57.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1991年7月29日〜10月7日
・タイアップ:コニカ「撮りっきりコニカ」CM曲

 さて、今回の1曲セレクトも「夏」っぽい曲を持って来ましょうかねぇ。
ただ、ここ数日関東地方は、あんまりぱっとしない天気が続いており、思いっきり「夏」!っていう感じは、今んところしてないんだけどね。なんせ、まだ「梅雨」明けてないし。。。。

そんな訳で、今回は夏っぽいけど、「太陽サンサン」っていう感じの曲ではない曲を。。。。

TUBE「さよならイエスタディ」。

少し前に頻繁にTUBEの曲を書いてたんだけど、少しインターバルを置いたんでTUBE祭り第2弾・・・ってところかなぁ、また少し頻繁に書くような予感。

まあ、長年ヒットチャートを見て来ている方には常識だろうけど、90年代入ってからTUBEって夏場に2枚のシングルを出すようになったんだよね。
 80年代は、「初夏」に1枚出して、それを夏まで引っ張る形だったけど、90年代に入ってからは、5月頃に1枚、ミディアムテンポの曲をリリースし、7月の初めに「夏本番」のアップチューンをリリース・・・ってのがパターンになったんだよね。

90年代でも例外だったのが、1990年で、この年だけは5月21日に「あー夏休み」、1枚だけをリリースだったな。
だから、上に書いたようなパターンになったのが、今回引っ張ってきた「さよならイエスタディ」をリリースした1991年からでしたね。

この年は5月に「夏だね」っていうミディアムテンポの曲をリリース。 ただね、この「夏だね」は、個人的には今一つだったんだよなぁ。「こんな大人しい曲でひと夏を過ごすのか」みたいなことを思って記憶があるなぁ。

だからね、この「さよならイエスタディ」をリリースしてきた時は、「やっぱこうじやなくちゃ」なんて気分になったもんだよなぁ。
 しかも曲調がね、それまでのTUBEには見られなかったような「ラテン」調だったしさ。これが如何にも夏っぽいんだよね。
 一歩間違えると、リズム歌謡になっちまいそうな、ダサイ曲調でさ。でも、だから良かったんだけどね。 

前年の「あー夏休み」も一歩間違えると歌謡曲になっちゃいそうなダサい歌詞内容が、如何にも「日本の夏」を思い起こしてくれたけど、この曲は、それよりもエスカレートしてたもんなぁ。

ダサいことがカッコイイ・・・もしかするとそんな時代だったのかもしれないな、あの年は。
その前にTUBEってヒトたちも、何年かのキャリアを重ねて自分たちのポジションがはっきり分かった来たのかもしれないよね。ダサいギリギリのラインがTUBEのスタイルってことがさ。
リズムはラテンだけども、向こうの匂いよりも、土着的な歌謡曲ギリギリのラインっていうスタイルだよね。

この曲、爆発的なヒットではなかったんだけども、かなりのロングヒットになったのは、結局さ、そんな土着的な匂いの所が受けたんだろうね。

ロングヒットと言えば、ちょうど、この曲がヒットしてた頃ってさあ、ほとんどの曲がロングヒットだったんだよな。
1991年って、今から思えば特異的な年だったよなぁ。
この曲と、槇原敬之の「どんなときも。」と、チャゲアスの「SAY YES」。 この年の夏の間、この3曲だけでベスト3が全く動かなかったんだもの。 今じゃ考えらにれない様なチャートアクションを展開した年でしたね。

まあ、カラオケブームの頂点でもあったんだけど、それだけあの年は「楽曲の年」だったんだろうね。

たださ、それにしては、売り上げはそれほどでもなかったんだよね。57.5万枚でしょ。個人的には、もっと売れてた様な感覚だったんだけどなぁ。
次の年92年の「ガラスのメモリーズ」の方が売れるんだけども、感覚的に逆だったような気がするんだよね。
それだけ、この曲はロングヒットしてたんだよなぁ。

あとは、「撮りっきりコニカ」のCMかなぁ
↓ コレ


山口弘美さんかわいかったな。
フィルム撮り終わったら、このままカメラ屋に持ってって現像・・・っていうお手軽カメラでしたね。
デジカメが当たり前になった今では、すっかり忘れられた商品だけどさ。






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あなたに会えてよかった / 小泉今日子

1991_06_あなたに会えてよかった_小泉今日子


今回の1曲セレクトは、「あなたに会えてよかった」小泉今日子です。

まずはデータです。

・タイトル     あなたに会えてよかった
・アーティスト    小泉今日子
・作詞       小泉今日子
・作曲       小林武史
・編曲       小林武史
・リリース日       1991年5月21日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 105.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1991年6月3日〜9月16日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「パパとなっちゃん」主題歌

前回書いた中森明菜の「ジプシークイーン」もヒット当時は個人的に好きになれなかった曲だったんだけども、今回セレクトしてきた、この曲もヒット当時は、なんか今一つピンとこなかった曲なんだよなぁ。

小泉今日子「あなたに会えてよかった」

この曲がピンと来なかった・・・なんて書くと、一斉にブーイングが聴こえてきそうなんだけどさ。。。
なにせ、キョンキョン最大のヒットであり、唯一のミリオンセラーを記録した、この曲ですからねぇ。そんな曲をピンと来なかったなんてねぇ。。。

でも、どーも今一つキョンキョンの曲としては刺激が足りなかった・・・って言うかさあ。
少し前に書いた「Fade Out」もそうだけど、キョンキョンと言ったら、あんまり他のアイドルはやりそうもない、キョンキョンならではの曲世界があった訳じゃないですか。
独自路線っつうの?

だからこそ、キョンキョンであったわけでさ、聴いてるこちらも、納得できたんだよねぇ。

でも、この「あなたに会えてよかった」は、そこから見るとキョンキョンぽくないなぁ・・・っていうのが、当時の率直な感想だったんだよね。

しかもそう言う曲が、キョンキョン最大のヒットになったっていうのも、ちょっと納得できなかった・・・って言う部分もあったんだよな。


まあね、曲自体が悪いって言う訳じゃなと思うんですよ。
小林武史ならではの、昭和30年代〜40年代を彷彿させる様な哀愁漂うメロディ、サウンド。 そそそ、このヒトのサウンドってさ、例えば夕方5時になると、近所の集会所とかのラッパスピーカーから流れてくる「夕焼け小焼け」のような独特の哀愁感があるじゃん。
 それは、この曲にもバッチリ現れている訳で、そう言う意味では小林武史ワールド全開な曲ではあるんだよね。

あくまで、そう言う世界観が、キョンキョンに合っていたか・・・というと、個人的には物足りなさを感じてたって訳なんだよな。
 うん、このテの音楽であれば、キョンキョンじやなくても成り立つような気もするしさ。 その辺の物足りなさだと思うんだよな。


ところで、この曲のバッキングは、ギターが佐橋佳幸氏 ベースが根岸孝旨氏、キーボードはもちろん小林武史氏だけど、ちょっと前、佐橋佳幸氏がtwitterで暴露してたところによると、 この曲の編曲は小林武史氏となっているけど、実際は、ほとんどが、佐橋氏と根岸氏が行ったそう。
 だけど、実際のクレジットは小林武史氏になった挙句に、この曲で小林氏がレコード大賞、「編曲賞」を受賞したもんだから、根岸氏共々ブチぎれた・・・・そうな。。。

私自身の当時の感想もそうだけど、何かと曰くつきの曲ですわね。

ちなみに、主題歌となっていたドラマ「パパとなっちゃん」も見てなかったんだよな、ワタシ。
確か、田村正和氏が、キョンキョンのパパ役で、ダウンタウンのはまちゃんも出てたんだけども、その辺の出演者のTBSのドラマに飽きちゃってたってのが大きかったな。



実を言うとこの曲、「生」で歌っているところってあんまり見たような気がしないんだよな。
当時は、すでに歌番組も少なくなっていた訳で、レギュラーの歌番組と言えば「Mステ」ぐらいだったか
でも、その「Mステ」でも見た記憶が無いんだよな。
それにしても、キョンキョンの声、ザラザラですな。


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太陽と埃の中で / CHAGE&ASKA

1991_02_太陽と埃の中で_CHEGA&ASKA











今回の1曲セレクトは、「太陽と埃の中で」CHAGE&ASKAです。

まずはデータです。

・タイトル    太陽と埃の中で
・アーティスト CHAGE&ASKA
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      飛鳥涼 J.BAILEY
・リリース日   1991年1月30日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  50.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1991年2月18日付
・タイアップ:日清食品「カップヌードルレッドゾーン」CM曲 フジテレビ系「TIME3」エンディングテーマ

 今となっては、完全に死角に入っちゃってる曲って、結構あるんだよね。・・・・って前にも書いたような気がするけど。。。
 ってか、今回も、そんな今となっては「死角」に入ってるよな・・・なんて思える曲をセレクトして来ましたわ。

CHAGE&ASKA「太陽と埃の中で」

うーん、もしかすると、チャゲアスのファンしか、今じゃ覚えてないかなぁ。 リリース順から言うと、あの「SAY YES」の1曲前なんだよね。

でも、↑のデータを見ても分かるように、この曲からいきなり売り上げが伸びたんだよなぁ、チャゲアス。

86年にワーナーパイオニアからキャンオンに移籍して、それまでのフォーク臭から、俄然ポップさとヘヴィーさを前面に押し出してきたチャゲアスだけど、移籍1弾の「モーニングムーン」こそ売れたけど、そこから暫くシングルと必ずしも大ヒット的な売り上げに結びついたなかったんだよね。なにせ10万枚に届いた曲すらなかったんだから。。。

 それがいきなり、この曲で「50万枚」に跳ね上がったんだから。。。一体何があった? って感じだけど、正直、周辺的な所で売り上げに結びついたことって、今考えると思いつかないんだよね。
 
 この曲カップヌードルのCM曲だったけど、正直、個人的にも今まで忘れてたくらいそれほど話題になった訳でもなかったし、最初に書いたように、今となっては死角に入ってしまっているような曲なんでさ、全然、派手さを感じないんですよ。

でもさ、90年代には入って曲調は変わったよね。チャゲアス。
この曲の前が「DO YA DO」って曲なんだけど、最初聴いた時、チャゲアスって分かんなかったもの、80年代のチャゲアスのアクの強さがすっかり影を潜めちゃってたしさ。
 でも、めっちゃメロディアスなんだよな。そこに引っかかった。でも、その時点では、その後、超大ヒットに結びつくとは思っても無かったんだけどね。

でも、ジワリと浸透して来ていたんだろうなぁ。「DO YA DO」で魅せた、メロディアスさがこの曲に来て人気にも結びついてきたんだろうね。

まあ、この曲は、「DO YA DO」に比べると、若干、強さを感じるけど、それでもミディアムなメロディアスな曲には変わりない。
 
 邦楽というよりは、洋楽的な肌触りを感じるんだよね。 まあ、その辺は、アレンジャーに迎えた、J.BAILEY氏の影響が強かったんだろうな。
 
 80年代終盤頃から、イギリスに傾倒した飛鳥氏が、J.BAILEY氏によって、ようやく楽曲として結びついてきたのが、「DO YA DO」であり、この「太陽と埃の中で」なんだよね。

ただ、この曲は確かにCDは売れたけど、有線等の他メディアでは、それほど支持があった訳じゃなかったんだよね。
だから、ワタシのチャートでは最高位10位だったし、今となっては死角に思えるような地味さを感じるのは、まだまだ広く支持されるだけの人気は無かったからなんだろうなぁ。


そして、この曲から「SAY YES」へと繋がるわけだけど、そのメロディアスさが大爆発する訳ですわ。

この曲は、そんな大爆発を予感させつつあった、1曲であった・・・ってわけですね。






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僕はこの瞳で嘘をつく / CHAGE&ASKA

1991_12_僕はこの瞳で嘘をつく_CHAGE&ASKA






今回の1曲セレクトは、「僕はこの瞳で嘘をつく」CHAGE&ASKAです。

 まずはデータです。

・タイトル   僕はこの瞳で嘘をつく
・アーティスト CHAGE&ASKA
・作詞     飛鳥涼
・作曲     飛鳥涼
・編曲     十川知司
・リリース日  1991年11月21日
・発売元    ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  81.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1991年12月2日〜1992年2月10日付
・タイアップ:パナソニック「オーディオ HALF コンポ」CM曲

さて、年明け1発目の「1曲セレクト」です。
・・というわけで、年初めにご連絡させていただこうと思いまして・・・。
えー、昨年は1曲セレクトも、1日当たり「3〜4曲」アップしてたんですが、今年から「1日1曲」ペースに戻そうかと思っております。
 実は、昨年アップしてた曲は、昔1度書いた曲を「ブログ移設」のために再度アップしてものでして、本来は一度に一気に移設しようかと思ったんですが、せっかくなので、少しずつ小出しに出していたんですね。
 ただ、昨年1年で、以前書いた曲はほぼ移設し終わったんで、今年からは、「1日1曲」と、当初のペースに戻そうかと思っております。
 ただし、今年の分からは、逆に以前書いてなかった、新たに書く曲がメインとなります。
これまでは80年代中心だったけど、まだ70年代とか90年代で書いてない曲もあるんでね。その辺りを今後は書いていきたいと思いますんで、今後ともよろしくお願いします。


 閑話休題。
 そーいえば、最近「ボーリング」を全然やんなくなったなぁ。いつ以来やってないだろ? 
 ムカシは、随分やったよなぁ。高校から大学・・・? いやいや、社会人になってもやってたな。
 大学のころ、ちょっとした、ボーリングブームだったことがあるんだよねぇ。 ちょうど得点計算が、「手計算」から「コンピューター」に変わって、レーンの上に表示される頃かなぁ。 うん、それが丁度1990年くらいだったんだよね。
 
 いや、あの頃は、マジで随分やった。 

 オリコンチャートの研究(!?)の自主サークル、「オリコンチャート研究会」のメンバーでは、マジに随分やったよなぁ。毎週のようにやってた気がする。都内のあっちこっちのボーリング場で。

 ピークは、1991年末〜1992年にかけてだったかなぁ。まあ、大体、「オリコンチャートの研究」の名目で集まっては、ボーリングやってカラオケ・・・っちゅうパターンが毎度毎度だったな。
 なっつかしいな。

 しかし、あれから、既に24〜25年の月日が過ぎ・・・。早いもんだね。

 え? ボーリングの腕ですか? 

 うーん・・・、あのころはねぇ、毎週のようにやってたから、スコアはホドホドによかったっすよ。 ハイゲームが204だったかなぁ。アベレージが150くらいだったと思うな。

・・・なんて、書くと、ウソウソ・・・とか思われちゃうよなぁ。
 いや、あの頃も、そう、思われてたんで、証拠に「204」取った時のゲームのスコア持ち歩いてたもんね。
 たしかねぇ、浅草の「楽天地」のボーリング場っすよ。
 
 だけど、1ゲーム「200」っていうのは、マジで難しいねぇ。その後も何回か、チャンスはあったんだけど、結局、いずれも190台までしか伸びなかったしな。少なくともターキーを2回はとらなアカン。もちろんオープンフレーム作っちゃうと、難しくなるし。。。


・・・おっとっと、ボーリングの話じゃないね。 

・・・というわけで、いっちん、ボーリングにのめりこんでた頃のヒット曲、チャゲアスの「僕はこの瞳で嘘をつく」でも持ってきますか。

 うん、そーいえば、この曲も随分ボーリング場で聴いたよなぁふらふら

あの頃、PVが見られるジュークボックスがあったんだよね。ボーリング場とかに置いてあったんだよ。
上で書いたように、あの頃ボーリング頻繁にやってたからさ。 この曲、頻繁に流れてたんだよね。

 そう言えば、1992年、最初に聴いた曲もこの曲だった。当然ボーリング場で。
いやいや、あの頃、上記の「オリコンチャート研究会」メンバー、大みそかに決まって私の家に集まって「レコ大」(あの頃はまだ大晦日放送だった)と「紅白」を見て、その後、オールナイトでチャート談義するのが毎年のイベントだったんだよね。
 で、朝方までなんだかんだくっちゃベって、ヒト寝入りしたあと、決まって地元のボーリング場で一投げして、カラオケっていうのが「ルーティン」だったのよ。(体力あったよな。。。。)

で、その元日ボーリングで、最初に聴いた曲がこの曲ですわ。

だからねぇ、この曲って言ったら、「ボーリング」って連想しちゃうわけですね、未だに。



だけども、この曲は、91年10月リリースのアルバム「TREE」からのシングルカットなわけで、アルバムを先に聴いてたヒトからすると、新鮮味はなかったかもなぁ。
 まあ、そういうところもあってか、売上げ枚数的には、81万枚と、当時のチャゲアスにしては、それほど驚く数字でもなかったのよね。

 ・・・・なんて、書くと、今のCD売上げとの「格差」の大きさに、自分でも戸惑っちゃったりするんだけど。。ふらふら

 でもさ、この曲の前のシングルが、あの「SAY YES」よ。「SAY YES」の売上げが283万枚だった事を考えると、高々1/3以下だからねぇ、この曲の売上げは。 ま、その辺は、だから、シングルカットっていうところが強かったってわけよ。

 ちなみに、アルバム「TREE」の売上げは235万枚ですわ。

 「格差」というてんでは、曲調の格差も大きかったよなぁ。 

なんせ、「SAY YES」がご存知のように、あれたけのメロディアスバラードだったのに対して、この曲のスピード感と、ノリノリ感・・ときたら。

 いや、あの時代、チャゲアスほど、曲調の差が大きかったヒトたちはいなかったねぇ。

 ただ、共通しているのは、バラードでも、ノリノリな曲でも、キャッチーだってことだねぇ。
 ま、一つは、よく言われるように、あの時代の「カラオケ」対策ってのもあったんだろうけど、いま考えれば、果たして、それだけだったんかね? 
 とも思えるんだよね。

 少なくとも、「今」のこの「腐りきった」業界の体質からみると、もっと「きっちり」と「音楽」を作ってるような気がする。あの頃は。

 少なくとも、「安い」「早い」・・・みたいな、吉野家の牛丼てきな作りではないでしょ? 

 アーティスト側も本気で作っているんだよね。で、出して(マネージメント側)も、きちんとマーケティングを行ってたりする。

 その両輪の歯車がきっちりと噛み合ってたと思うんだよね。だから、あれだけのメガヒットになったんじゃないかねぇ。

ま、結局は、それも、このあたりを中心とした、2〜3年っていう、つかの間だったけど。。。


 それにしても、この曲のスピード感はめっちゃ速いんだよね。譜面を見ると ♩=210 つまりBPMが210よ。これは、めっちゃ、速いですよ。
 通常、「普通」の速さの曲で、♩=120だからさ。

  だから、この曲、譜面追いかけながら、聴いてると、時どき、どこだかわかんなくなっちゃってたりしてねふらふら 追いかけていくのが大変でさ・・・。

 ちなみに、♩=200以上で、あと、ヒットした曲って言ったら、山下久美子の「宝石」くらいなんじゃないかなぁ。
 ♪ 大好きよ 好きよ 好きよ〜 ♪ って奴。 あ、以前、ここでも書いたな、あの曲が♩=208だったからさあ。

 だから、この曲は、それよりさらにスピードが速い曲だったってこっちゃな。




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