かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1991年

ALONE / B'z

1991_12_ALONE_B'z


今回の1曲セレクトは、「ALONE」B'zです。

まずはデータです。

・タイトル     ALONE
・アーティスト   B'z
・作詞       稲葉浩志
・作曲       松本孝弘
・編曲       松本孝弘 明石昌夫
・リリース日    1991年10月30日
・発売元      BMGビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   112.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1991年11月11日〜1992年1月20日付
・タイアップ:関西テレビ系ドラマ「ホテルウーマン」主題歌


やっぱりというか、昨日書いた上戸彩さんの「ウソツキ」は、今一つ反応が悪かったですな。
90年代以前の曲では、いつもそこそこのアクセスをいただいている1曲セレクト、、そろそろ2000年代の曲も本格的に書いていきたいと思っているんですが、なかなか難しいですねぇ。

やっぱり、2000年代以降の曲は、みんなで聴く・・というよりは、よりパーソナルになり、ホント知ってる人しか知らない曲が多くなっている事で、今なっては知ってる人しか知らないっていうのが、なかなかアクセスとして伸びない理由なんだろうねぇ。

そんなこともありーの、今回は90年代に遡りますわ。

B'z  「ALONE」

うーむ、B'zなんて書くの、めっちゃ久しぶりなんですけど。。。 個人的に、B'zの曲、大好きかっていうと、正直言えば、曲によるんだよね。好き嫌いがはっきりしてるっちゅうのかなぁ

 B'zに関しては、個人的に昔いろいろありましたからね。 そそそ、例の「今夜月の見える〜」でのリリース「逃げ」事件とか  それによって、掲示板(BBS)が「炎上」した事があったりさ。
それもこれも、B'zの1位連続記録ってのが、発端ではあるんだけど。 いやね、オリコンでの1位連続記録が途切れないんでねぇ、飽きちゃってたんだよね、個人的には。 特に2000年代以降は。。

個人的にはB'zは、95年くらいまでなんだよなぁ。 95年の「LOVE PHANTOM」。この曲で完全に昇華しちゃってるんだよね。だから、その後はどの曲も一緒・・・なんて書くから「炎上」しちゃうんだよな

でもね、それ以前はキライじゃなかったんだよ。90年の「Easy Come Easy Go」からは毎曲音源も買ってたしさ。 

ただね、そうは言っても、最初、「太陽のKomachi Angel」でブレイクしてきた時は胡散臭かった。 どう聴いてもTM NETWORKの二番煎じって感じで。。。

ま、ギターの松本孝弘氏は、昔TM NETWORKのサポートメンバーとしてギターを弾いてた訳でさ。
そそそ正式メンバーでギターの木根尚登氏が「ギター」弾けなかったからさ

そんなわけで、初期のB'zがTM NETWORKの二番煎じっぽくなるのも無理は無かったのかもしれないけどさぁ。

そんな「TM臭」を感じ無くなった最初の曲が、今回の「ALONE」ぢゃなかったかなぁ。 まあ、次の「BLOWIN」で、再度 TMにコミットしたような曲に戻るわけで、だから「TM臭」が完全に無くなった訳ではなかったんだけど。

確かに、ロックバラード調の曲には、最初、驚いたけどさ。

けど、なるほど、本当はこういう事がやりたかったんだな・・・っていうのは理解できたし、後年にわたる本来の「B'z」を見せてくれた最初のシングルだったんだよね、この曲が。

ただ、前曲の「LADY NAVIGATION」で見せて来ていた、ポップで、それこそTMっぽい曲に慣れて来ていた身としては、初めは、今一つ取っつきにくかったんだけどさ。

それでも、なんていうのか、アメリカ南部を彷彿させる様な、骨太のサウスロックは、個人的にも嫌いじゃなかったんでね、馴染むのも早かったような気がする。

それよりも何よりも、この曲を吸収できたことで、完全に80年代と決別できたような気がしたんだよなぁ。これからが本当の90年代だ〜。そんな気分になれたんだよね。 だってさ、この曲の前の1位が長渕剛氏の「しゃぼん玉」で、その前がチャゲアスの「SAY YES」で・・・って感じで、80年代を引きずっているような感じだったんですよ。アーティストの顔ぶれ的にも、曲調的にも。

でもB'zはブレイクが前年の90年だったし、この「ALONE」なんかは曲調的にも80年代の、少なくとも邦楽ヒットを引きずったような感じではなかったからさ。まあ洋楽的に見れば全然新しいサウンドでは無かったけど、邦楽では、この手のサウンドって少なくともヒット曲としてはなかったからさ。

そんな意味で、本当の意味で新たに90年代がスタートした・・・そんな気分になれた1曲なんだよな、この「ALONE」って曲は。




それにしても、この曲を聴くと、当時、しょっちゅうやってたボーリング場とカラオケボックスの匂いを感じるんだよなぁ。当時はまだ大学生。
あの頃は、ボーリング良くやってたからなぁ。 ボーリングの後は、朝までオールでカラオケって言うのがお決まりのコース。
・・・と言っても途中で声が出なくなって、朝4時ごろカラオケ屋出て、「マイアミ」なんかの深夜営業の喫茶店で一番電車を待つのが定番だった。 深夜割り増しで1杯1000円位もする、「ぼったくりかよ」なんて思えるコーヒー頼んだりしたりしてさ。

中島みゆきの「悪女」の一節ぢゃないけど、 ♪ 夜明けを待って 一番電車 凍えて帰れば〜 ♪の世界ですよ。

そそそ、この曲を聴くと、その頃の光景がフラッシュバックするんだよな。 辛い事なんかまるで考えてなかったあの頃の自分が甦ってきたりしてさ。。。いい時代だったよな。



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格好悪いふられ方 / 大江千里

1991_09_格好悪いふられ方_大江千里


今回の1曲セレクトは、「格好悪いふられ方」大江千里です。

まずはデータです。

・タイトル    格好悪いふられ方
・アーティスト  大江千里
・作詞      大江千里
・作曲      大江千里
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1991年7月18日
・発売元     エピックソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  50.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1991年7月29日〜10月21日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「結婚したい男たち」主題歌

広島カープがセ・リーグを制覇しましたな・・・って本当は昨日書くべきだったんだけどね。
昨日は、書こう書こうと思いながらウトウトしてしまい、そのまま夢の中へ・・・って感じになってしまいーの、だから、1日遅れで書いてたりします

ところで、広島カープ「25年ぶり」優勝ってことで、ネットニュースなんかで、「25年前は・・・」なんて25年前を振り返る特集があちこちに出てますねぇ。

25年前ね、1991年。 ワタクシは22才でしたねぇ。

本来・・というか大学受験をストレートでクリアしていれば、大学4年で就職活動期だったろうけど、ワタシゃ、入試に2年「躓いた」んで、まだ大学2年。なーんも考えてなかった頃
強いて言えば若かった。自分のチャート作成で、国会図書館に入り浸ってた「夏休み」だったな。

・・・・ということで、今回は1曲セレクトも「1991年」の今頃のヒットを持って来たい・・・。

とは思ったものの・・・、1991年の今頃の「めぼしい」ヒット曲は、すでに大体書いちゃったんだよな。。。。

チャゲアスの「SAY YES」、槇原の「どんなときも。」。バブルガムの「WON'T BE LONG」、チューブの「さよならイエスタディ」・・・。サザンの「ネオブラボー」、キョンキョンの「あなたに会えてよかった」、ミポリンの「Rosa」・・・・。

みんな既に書いちゃったじゃんか。。。。

さて、どうすべ・・・と思っていたら、1曲まだ書いてなかった曲が残ってた。。。

大江千里「格好悪いふられ方」

よし、この曲で決まり


・・・・と思ったものの、うーむ、この曲はどう書くべーな。。。

今までスルーしていた曲だけに、とっかかりが難しい。 いや、逆にとっかかりが見つからなかっただけに今までスルーしていたんだが。。。。

個人的に言って、必ずしもキライな曲ぢゃなかったしシングルCDも、91年当時買ってあるんだけどねぇ。

なんていうのかなぁ、レビューを書くと言うほどの掴みどころが無いん曲なんだよね。

正直言って、大江千里さんの曲良く分かんなかったんですよ。ウナギイヌのようにつかみどころが無くってね。
それでいて、全体的な曲の雰囲気に引っかかってしまう。 それが不思議と言えば不思議なんだけどさあ。

掴みどころが無い・・・っていうのは、恐らくメロディラインの不安定さにあるんだろうね。

例えば、この曲にしても、AメロとBメロのつながりが今一つ不自然だったりしてさ。全体的に4 7抜き的な中国音階っぽいメロディラインに不安定さを感じたってところもあるかもしれない。
・・・・かと思えば、サビの ♪君が欲しい〜 ♪からはキャッチーになったりするじゃん。 なんかね、最初はこの複雑な展開にちょっと泡を食ったよなぁ。
 
まあ、サウンドはね当時のウレ線って感じだったからなぁ。 ビーイングが出てくる前夜のカラオケ全盛期を彷彿させる様なキーボードが前面に出てくるサウンドね。
 キーボードと言ってもシンセではなく、アナログ的なエレピ(エレクトリックピアノ)ね。 そそそ大江千里氏はキーボーディストでしたからねぇ。

でも、考えてみれば、エレピが前面にフィーチャーされたサウンドって、この頃が最後だった・・・・ような気がするよね。
これ以後はキーボード言えば、シンセばっかになっちゃったからなぁ。

ただ、個人的には、ヒット曲の世界に入ってきたからエレピサウンド慣れ親しんでたからねぇ、この頃のまでのサウンドが安心して聴ける最後の頃だったかもしれないな、今から考えると。

それとともに、和製エルトン・ジョン、ビリー・ジョエルとも言える、キーボード弾き語り系の男性アーティストも、少なくなったよね。 ヒットチャート的には、この頃の大江千里、もうちょっと後の楠瀬誠志郎、「Get Along Together」の山根康広あたりまでなのかなぁ。

最近は、 キーボード弾き語り・・・というよりも、みんなギターになっちゃったもんな弾き語りと言えば。バンドにしたって、キーボード無しの3ピースって形が多いし。 だから、サウンドも自ずからラウド系になってしまうわけで。。。

でも、そう言う時代だからこそ、エレピ弾き語り系のヒトが出て来ても面白いんだけどなぁ。
ラウド系サウンドが当たり前の今だからこそ、エレピの弾き語り系サウンドは新鮮なんだけどね。



この曲のPV。初めて見たような気がする。
もちろん、当時も流れてたんだろうけど、PVは、まだ家庭的には一般的じゃなかったからなぁ。
ちなみに、この曲のコーラスは、渡辺美里さんですね。
まあ、これは有名か。 同じエピックソニーで、互いにコーラスやったりしてたからなぁ。

ちょうど、この曲がヒットしてた頃のヒットチャートは、恐らく日本のヒットチャート史上、一番「最強」でしたよね。
なにせ、1位 SAY YES(ちぉげあす)、2位 どんなときも。(マッキー)が、約3ヵ月もの間、石膏のごとく、全く動かないチャートアクションで。
 そんなチャートアクションで、3位に絡んできた、この曲は大したもんだったし、当時の多くの曲同様、この曲もロングヒットだったもんなぁ。 ベストテン内に3ヵ月も居座ったもんね。


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ネオ・ブラボー!! / ササンオールスターズ

1991_08_ネオブラボー_サザンオールスターズ


今回の1曲セレクトは、「ネオ・ブラボー!!」サザンオールスターズです。

まずはデータです。

・タイトル     ネオ・ブラボー!!
・アーティスト   サザンオールスターズ
・作詞       桑田佳佑
・作曲       桑田佳佑
・編曲       サザンオールスターズ
・リリース日    1991年7月10日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   43.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1991年7月29日〜9月16日付
・タイアップ:TBS系「筑紫哲哉NEWS23」エンディングテーマ

今回はマクラなしでストレートに行ってみますかね。
えー、久々のサザンどぇす。

「夏はサザン」なんて言われて久しいサザンオールスターズだけに、本当は今の季節サザンの曲を引っ張って来たい・・・なんては思っているのに今一つ引っ張りきれていないのは・・・。
まあ、単純にいつも最後にリンクを入れてる動画が、ネット上に落ちてないから・・・ってのが大きいんだよなぁ。

サザンに限らず、ユーミン、中島みゆき、竹内まりや、山下達郎・・・と、いわいるロック・ニューミュージック系の「大御所」と言われる方たちは概してネット上に動画が落ちてないんだよね。
まあ、「著作権対策」と言う名の「ガード」が硬いっていうかね。
なので、どうしても手を伸ばさなくなっている・・・っていのうが、本音の部分なんですよね。

まあ、書いてるこちとらも、著作権侵害をしようと思ってる訳じゃ無いんだけどさ。
一応レビューと言う形で書いてる「1曲セレクト」だけど、どうしても文章だけじゃ本来伝えたい事が100%は伝わらない。やっぱ音を聴くのが一番・・・って言う事で、最後に動画リンクを張らしてもらっている訳なんだけどさ。

でも、無いものはしょうがないんでね。 今回のサザンもそのつもりで書きまするぞ。


さてさて、今回セレクトしてきたのは、1991年「夏」のサザンのナンバー、「ネオ・ブラボー!!」。

ただ、この曲は、前曲・・・と言っても前年夏の「真夏の果実」と、次年夏の「涙のキッス」という、両大ヒット曲に挟まれた形になっている訳で、今となっては、やや地味な印象の曲かなぁ。

ま、実際、オリコンでは1位を獲得したものの、売り上げは43万枚・・・と、この頃のサザンとしては若干、売り上げも伸び悩んでいますしね。

しかも、91年のサザンはアルバムもリリースしていない訳で、唯一この曲だけポツンとリリースされていたんだよね。

ただね、この曲は、その後・・・というか、次年92年にリリースされたアルバム「世に万葉の花が咲くなり」を予見するような曲調であったことは間違いないんだよな。

 それまでのサザンって比較的ストレートな曲が多かったんだけどさ。まあ、90年あたりはラテンだとかスパニッシュだとか、ワールドテイストなきょくがあった事はあったけど、色で例えると原色的なストレートなイメージが強かったんだけどさ。
 
 でも、この曲は少しねじ曲がったようなサウンドになりつあったんだよな。 なんて、分かりにくい表現しちゃったけど、要はサイケデリックのようなねじ曲がったサウンドの要素が入りつつあったわけですわ。

 そう言う意味では、サザンのサウンドも、この曲からまた新たな変革が見えつつあったんだよね。
ここから発展して、92年のアルバム「世に万葉の花が咲くなり」は全編にわたってサイケデリックなアルバムだったからさ。

でも、この「ネオ・ブラボー!!」については、「世に万葉の花が咲くなり」ほど、ディープな程の湾曲は、まだしてなかったな。 あくまでシングルとして耐えうる範囲のストレートさは残ってたしさ。

 ・・・というか、この曲は、ビートルズの香りも強いんだよね。 ビートルズがサイケに走った頃の香りがするっていうかさ。
 出だしの、Aメロ ♪ 愛の夏が来れば皆 高温ブラボー 〜 ♪ あたりのメロディラインなんて、もろビートルズだったもんな。

ちなみに、この曲で言いたかったのは、当時勃発していた湾岸戦争に対する反戦でしたよね。 
この曲のタイアップは、当時TBSで放送していた「筑紫哲哉NEWS23」のエンディングだったけど、そう言う影響もあったんでしょうかね。
 
でも、当時はTBSの「ニュースワイド」のタイアップだったけど、現在は、対抗馬の「フジ」のニュースワイドのエンディングとして、最新シングル「ヨシ子さん」に収録されている「百万本の赤い薔薇」がタイアップになっている・・というのは、なんかの因縁でしょうかねぇ。

それにしても最近のサザンは、エロやセックスネタよりも、こういった社会ネタ的な曲が多くなっているような印象があるけど、それは、この辺りから増えてきたような気がするな。90年代以降のサザンの傾向かもしれないな。


・・・・ということで、いつもだったらこの辺で、動画・・・と行きたいところだけど、最初に書いたようにサザンの場合、ネットに動画が落ちてないんで・・・
・・・といって引き下がるワタシじゃないっ! ・・・なんて言いきったりして。。。
某国のサーバーに「音」だけ落ちてたんで、そちらへリンク。

http://y.qq.com/webplayer/player.html

まあ、「某国」なんで、もしかしたらうまく繋がらないかもしれないけど。。。
もしよろしかったら、どうぞ。 
とりあえず、こちらからは繋がりました。。。。



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さよならイエスタディ / TUBE

1991_07_さよならイエスタディ_チューブ

今回の1曲セレクトは、「さよならイエスタディ」TUBEです。

まずはデータです。

・タイトル    さよならイエスタディ
・アーティスト  TUBE
・作詞      前田亘輝
・作曲      春畑道哉
・編曲      TUBE
・リリース日   1991年7月1日
・発売元     ソニーレコーズ
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  57.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1991年7月29日〜10月7日
・タイアップ:コニカ「撮りっきりコニカ」CM曲

 さて、今回の1曲セレクトも「夏」っぽい曲を持って来ましょうかねぇ。
ただ、ここ数日関東地方は、あんまりぱっとしない天気が続いており、思いっきり「夏」!っていう感じは、今んところしてないんだけどね。なんせ、まだ「梅雨」明けてないし。。。。

そんな訳で、今回は夏っぽいけど、「太陽サンサン」っていう感じの曲ではない曲を。。。。

TUBE「さよならイエスタディ」。

少し前に頻繁にTUBEの曲を書いてたんだけど、少しインターバルを置いたんでTUBE祭り第2弾・・・ってところかなぁ、また少し頻繁に書くような予感。

まあ、長年ヒットチャートを見て来ている方には常識だろうけど、90年代入ってからTUBEって夏場に2枚のシングルを出すようになったんだよね。
 80年代は、「初夏」に1枚出して、それを夏まで引っ張る形だったけど、90年代に入ってからは、5月頃に1枚、ミディアムテンポの曲をリリースし、7月の初めに「夏本番」のアップチューンをリリース・・・ってのがパターンになったんだよね。

90年代でも例外だったのが、1990年で、この年だけは5月21日に「あー夏休み」、1枚だけをリリースだったな。
だから、上に書いたようなパターンになったのが、今回引っ張ってきた「さよならイエスタディ」をリリースした1991年からでしたね。

この年は5月に「夏だね」っていうミディアムテンポの曲をリリース。 ただね、この「夏だね」は、個人的には今一つだったんだよなぁ。「こんな大人しい曲でひと夏を過ごすのか」みたいなことを思って記憶があるなぁ。

だからね、この「さよならイエスタディ」をリリースしてきた時は、「やっぱこうじやなくちゃ」なんて気分になったもんだよなぁ。
 しかも曲調がね、それまでのTUBEには見られなかったような「ラテン」調だったしさ。これが如何にも夏っぽいんだよね。
 一歩間違えると、リズム歌謡になっちまいそうな、ダサイ曲調でさ。でも、だから良かったんだけどね。 

前年の「あー夏休み」も一歩間違えると歌謡曲になっちゃいそうなダサい歌詞内容が、如何にも「日本の夏」を思い起こしてくれたけど、この曲は、それよりもエスカレートしてたもんなぁ。

ダサいことがカッコイイ・・・もしかするとそんな時代だったのかもしれないな、あの年は。
その前にTUBEってヒトたちも、何年かのキャリアを重ねて自分たちのポジションがはっきり分かった来たのかもしれないよね。ダサいギリギリのラインがTUBEのスタイルってことがさ。
リズムはラテンだけども、向こうの匂いよりも、土着的な歌謡曲ギリギリのラインっていうスタイルだよね。

この曲、爆発的なヒットではなかったんだけども、かなりのロングヒットになったのは、結局さ、そんな土着的な匂いの所が受けたんだろうね。

ロングヒットと言えば、ちょうど、この曲がヒットしてた頃ってさあ、ほとんどの曲がロングヒットだったんだよな。
1991年って、今から思えば特異的な年だったよなぁ。
この曲と、槇原敬之の「どんなときも。」と、チャゲアスの「SAY YES」。 この年の夏の間、この3曲だけでベスト3が全く動かなかったんだもの。 今じゃ考えらにれない様なチャートアクションを展開した年でしたね。

まあ、カラオケブームの頂点でもあったんだけど、それだけあの年は「楽曲の年」だったんだろうね。

たださ、それにしては、売り上げはそれほどでもなかったんだよね。57.5万枚でしょ。個人的には、もっと売れてた様な感覚だったんだけどなぁ。
次の年92年の「ガラスのメモリーズ」の方が売れるんだけども、感覚的に逆だったような気がするんだよね。
それだけ、この曲はロングヒットしてたんだよなぁ。

あとは、「撮りっきりコニカ」のCMかなぁ
↓ コレ


山口弘美さんかわいかったな。
フィルム撮り終わったら、このままカメラ屋に持ってって現像・・・っていうお手軽カメラでしたね。
デジカメが当たり前になった今では、すっかり忘れられた商品だけどさ。






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あなたに会えてよかった / 小泉今日子

1991_06_あなたに会えてよかった_小泉今日子


今回の1曲セレクトは、「あなたに会えてよかった」小泉今日子です。

まずはデータです。

・タイトル     あなたに会えてよかった
・アーティスト    小泉今日子
・作詞       小泉今日子
・作曲       小林武史
・編曲       小林武史
・リリース日       1991年5月21日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 105.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1991年6月3日〜9月16日付
・タイアップ:TBS系ドラマ「パパとなっちゃん」主題歌

前回書いた中森明菜の「ジプシークイーン」もヒット当時は個人的に好きになれなかった曲だったんだけども、今回セレクトしてきた、この曲もヒット当時は、なんか今一つピンとこなかった曲なんだよなぁ。

小泉今日子「あなたに会えてよかった」

この曲がピンと来なかった・・・なんて書くと、一斉にブーイングが聴こえてきそうなんだけどさ。。。
なにせ、キョンキョン最大のヒットであり、唯一のミリオンセラーを記録した、この曲ですからねぇ。そんな曲をピンと来なかったなんてねぇ。。。

でも、どーも今一つキョンキョンの曲としては刺激が足りなかった・・・って言うかさあ。
少し前に書いた「Fade Out」もそうだけど、キョンキョンと言ったら、あんまり他のアイドルはやりそうもない、キョンキョンならではの曲世界があった訳じゃないですか。
独自路線っつうの?

だからこそ、キョンキョンであったわけでさ、聴いてるこちらも、納得できたんだよねぇ。

でも、この「あなたに会えてよかった」は、そこから見るとキョンキョンぽくないなぁ・・・っていうのが、当時の率直な感想だったんだよね。

しかもそう言う曲が、キョンキョン最大のヒットになったっていうのも、ちょっと納得できなかった・・・って言う部分もあったんだよな。


まあね、曲自体が悪いって言う訳じゃなと思うんですよ。
小林武史ならではの、昭和30年代〜40年代を彷彿させる様な哀愁漂うメロディ、サウンド。 そそそ、このヒトのサウンドってさ、例えば夕方5時になると、近所の集会所とかのラッパスピーカーから流れてくる「夕焼け小焼け」のような独特の哀愁感があるじゃん。
 それは、この曲にもバッチリ現れている訳で、そう言う意味では小林武史ワールド全開な曲ではあるんだよね。

あくまで、そう言う世界観が、キョンキョンに合っていたか・・・というと、個人的には物足りなさを感じてたって訳なんだよな。
 うん、このテの音楽であれば、キョンキョンじやなくても成り立つような気もするしさ。 その辺の物足りなさだと思うんだよな。


ところで、この曲のバッキングは、ギターが佐橋佳幸氏 ベースが根岸孝旨氏、キーボードはもちろん小林武史氏だけど、ちょっと前、佐橋佳幸氏がtwitterで暴露してたところによると、 この曲の編曲は小林武史氏となっているけど、実際は、ほとんどが、佐橋氏と根岸氏が行ったそう。
 だけど、実際のクレジットは小林武史氏になった挙句に、この曲で小林氏がレコード大賞、「編曲賞」を受賞したもんだから、根岸氏共々ブチぎれた・・・・そうな。。。

私自身の当時の感想もそうだけど、何かと曰くつきの曲ですわね。

ちなみに、主題歌となっていたドラマ「パパとなっちゃん」も見てなかったんだよな、ワタシ。
確か、田村正和氏が、キョンキョンのパパ役で、ダウンタウンのはまちゃんも出てたんだけども、その辺の出演者のTBSのドラマに飽きちゃってたってのが大きかったな。



実を言うとこの曲、「生」で歌っているところってあんまり見たような気がしないんだよな。
当時は、すでに歌番組も少なくなっていた訳で、レギュラーの歌番組と言えば「Mステ」ぐらいだったか
でも、その「Mステ」でも見た記憶が無いんだよな。
それにしても、キョンキョンの声、ザラザラですな。


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太陽と埃の中で / CHAGE&ASKA

1991_02_太陽と埃の中で_CHEGA&ASKA











今回の1曲セレクトは、「太陽と埃の中で」CHAGE&ASKAです。

まずはデータです。

・タイトル    太陽と埃の中で
・アーティスト CHAGE&ASKA
・作詞      飛鳥涼
・作曲      飛鳥涼
・編曲      飛鳥涼 J.BAILEY
・リリース日   1991年1月30日
・発売元     ポニーキャニオン
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  50.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1991年2月18日付
・タイアップ:日清食品「カップヌードルレッドゾーン」CM曲 フジテレビ系「TIME3」エンディングテーマ

 今となっては、完全に死角に入っちゃってる曲って、結構あるんだよね。・・・・って前にも書いたような気がするけど。。。
 ってか、今回も、そんな今となっては「死角」に入ってるよな・・・なんて思える曲をセレクトして来ましたわ。

CHAGE&ASKA「太陽と埃の中で」

うーん、もしかすると、チャゲアスのファンしか、今じゃ覚えてないかなぁ。 リリース順から言うと、あの「SAY YES」の1曲前なんだよね。

でも、↑のデータを見ても分かるように、この曲からいきなり売り上げが伸びたんだよなぁ、チャゲアス。

86年にワーナーパイオニアからキャンオンに移籍して、それまでのフォーク臭から、俄然ポップさとヘヴィーさを前面に押し出してきたチャゲアスだけど、移籍1弾の「モーニングムーン」こそ売れたけど、そこから暫くシングルと必ずしも大ヒット的な売り上げに結びついたなかったんだよね。なにせ10万枚に届いた曲すらなかったんだから。。。

 それがいきなり、この曲で「50万枚」に跳ね上がったんだから。。。一体何があった? って感じだけど、正直、周辺的な所で売り上げに結びついたことって、今考えると思いつかないんだよね。
 
 この曲カップヌードルのCM曲だったけど、正直、個人的にも今まで忘れてたくらいそれほど話題になった訳でもなかったし、最初に書いたように、今となっては死角に入ってしまっているような曲なんでさ、全然、派手さを感じないんですよ。

でもさ、90年代には入って曲調は変わったよね。チャゲアス。
この曲の前が「DO YA DO」って曲なんだけど、最初聴いた時、チャゲアスって分かんなかったもの、80年代のチャゲアスのアクの強さがすっかり影を潜めちゃってたしさ。
 でも、めっちゃメロディアスなんだよな。そこに引っかかった。でも、その時点では、その後、超大ヒットに結びつくとは思っても無かったんだけどね。

でも、ジワリと浸透して来ていたんだろうなぁ。「DO YA DO」で魅せた、メロディアスさがこの曲に来て人気にも結びついてきたんだろうね。

まあ、この曲は、「DO YA DO」に比べると、若干、強さを感じるけど、それでもミディアムなメロディアスな曲には変わりない。
 
 邦楽というよりは、洋楽的な肌触りを感じるんだよね。 まあ、その辺は、アレンジャーに迎えた、J.BAILEY氏の影響が強かったんだろうな。
 
 80年代終盤頃から、イギリスに傾倒した飛鳥氏が、J.BAILEY氏によって、ようやく楽曲として結びついてきたのが、「DO YA DO」であり、この「太陽と埃の中で」なんだよね。

ただ、この曲は確かにCDは売れたけど、有線等の他メディアでは、それほど支持があった訳じゃなかったんだよね。
だから、ワタシのチャートでは最高位10位だったし、今となっては死角に思えるような地味さを感じるのは、まだまだ広く支持されるだけの人気は無かったからなんだろうなぁ。


そして、この曲から「SAY YES」へと繋がるわけだけど、そのメロディアスさが大爆発する訳ですわ。

この曲は、そんな大爆発を予感させつつあった、1曲であった・・・ってわけですね。






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僕はこの瞳で嘘をつく / CHAGE&ASKA

1991_12_僕はこの瞳で嘘をつく_CHAGE&ASKA






今回の1曲セレクトは、「僕はこの瞳で嘘をつく」CHAGE&ASKAです。

 まずはデータです。

・タイトル   僕はこの瞳で嘘をつく
・アーティスト CHAGE&ASKA
・作詞     飛鳥涼
・作曲     飛鳥涼
・編曲     十川知司
・リリース日  1991年11月21日
・発売元    ポニーキャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  81.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1991年12月2日〜1992年2月10日付
・タイアップ:パナソニック「オーディオ HALF コンポ」CM曲

さて、年明け1発目の「1曲セレクト」です。
・・というわけで、年初めにご連絡させていただこうと思いまして・・・。
えー、昨年は1曲セレクトも、1日当たり「3〜4曲」アップしてたんですが、今年から「1日1曲」ペースに戻そうかと思っております。
 実は、昨年アップしてた曲は、昔1度書いた曲を「ブログ移設」のために再度アップしてものでして、本来は一度に一気に移設しようかと思ったんですが、せっかくなので、少しずつ小出しに出していたんですね。
 ただ、昨年1年で、以前書いた曲はほぼ移設し終わったんで、今年からは、「1日1曲」と、当初のペースに戻そうかと思っております。
 ただし、今年の分からは、逆に以前書いてなかった、新たに書く曲がメインとなります。
これまでは80年代中心だったけど、まだ70年代とか90年代で書いてない曲もあるんでね。その辺りを今後は書いていきたいと思いますんで、今後ともよろしくお願いします。


 閑話休題。
 そーいえば、最近「ボーリング」を全然やんなくなったなぁ。いつ以来やってないだろ? 
 ムカシは、随分やったよなぁ。高校から大学・・・? いやいや、社会人になってもやってたな。
 大学のころ、ちょっとした、ボーリングブームだったことがあるんだよねぇ。 ちょうど得点計算が、「手計算」から「コンピューター」に変わって、レーンの上に表示される頃かなぁ。 うん、それが丁度1990年くらいだったんだよね。
 
 いや、あの頃は、マジで随分やった。 

 オリコンチャートの研究(!?)の自主サークル、「オリコンチャート研究会」のメンバーでは、マジに随分やったよなぁ。毎週のようにやってた気がする。都内のあっちこっちのボーリング場で。

 ピークは、1991年末〜1992年にかけてだったかなぁ。まあ、大体、「オリコンチャートの研究」の名目で集まっては、ボーリングやってカラオケ・・・っちゅうパターンが毎度毎度だったな。
 なっつかしいな。

 しかし、あれから、既に24〜25年の月日が過ぎ・・・。早いもんだね。

 え? ボーリングの腕ですか? 

 うーん・・・、あのころはねぇ、毎週のようにやってたから、スコアはホドホドによかったっすよ。 ハイゲームが204だったかなぁ。アベレージが150くらいだったと思うな。

・・・なんて、書くと、ウソウソ・・・とか思われちゃうよなぁ。
 いや、あの頃も、そう、思われてたんで、証拠に「204」取った時のゲームのスコア持ち歩いてたもんね。
 たしかねぇ、浅草の「楽天地」のボーリング場っすよ。
 
 だけど、1ゲーム「200」っていうのは、マジで難しいねぇ。その後も何回か、チャンスはあったんだけど、結局、いずれも190台までしか伸びなかったしな。少なくともターキーを2回はとらなアカン。もちろんオープンフレーム作っちゃうと、難しくなるし。。。


・・・おっとっと、ボーリングの話じゃないね。 

・・・というわけで、いっちん、ボーリングにのめりこんでた頃のヒット曲、チャゲアスの「僕はこの瞳で嘘をつく」でも持ってきますか。

 うん、そーいえば、この曲も随分ボーリング場で聴いたよなぁふらふら

あの頃、PVが見られるジュークボックスがあったんだよね。ボーリング場とかに置いてあったんだよ。
上で書いたように、あの頃ボーリング頻繁にやってたからさ。 この曲、頻繁に流れてたんだよね。

 そう言えば、1992年、最初に聴いた曲もこの曲だった。当然ボーリング場で。
いやいや、あの頃、上記の「オリコンチャート研究会」メンバー、大みそかに決まって私の家に集まって「レコ大」(あの頃はまだ大晦日放送だった)と「紅白」を見て、その後、オールナイトでチャート談義するのが毎年のイベントだったんだよね。
 で、朝方までなんだかんだくっちゃベって、ヒト寝入りしたあと、決まって地元のボーリング場で一投げして、カラオケっていうのが「ルーティン」だったのよ。(体力あったよな。。。。)

で、その元日ボーリングで、最初に聴いた曲がこの曲ですわ。

だからねぇ、この曲って言ったら、「ボーリング」って連想しちゃうわけですね、未だに。



だけども、この曲は、91年10月リリースのアルバム「TREE」からのシングルカットなわけで、アルバムを先に聴いてたヒトからすると、新鮮味はなかったかもなぁ。
 まあ、そういうところもあってか、売上げ枚数的には、81万枚と、当時のチャゲアスにしては、それほど驚く数字でもなかったのよね。

 ・・・・なんて、書くと、今のCD売上げとの「格差」の大きさに、自分でも戸惑っちゃったりするんだけど。。ふらふら

 でもさ、この曲の前のシングルが、あの「SAY YES」よ。「SAY YES」の売上げが283万枚だった事を考えると、高々1/3以下だからねぇ、この曲の売上げは。 ま、その辺は、だから、シングルカットっていうところが強かったってわけよ。

 ちなみに、アルバム「TREE」の売上げは235万枚ですわ。

 「格差」というてんでは、曲調の格差も大きかったよなぁ。 

なんせ、「SAY YES」がご存知のように、あれたけのメロディアスバラードだったのに対して、この曲のスピード感と、ノリノリ感・・ときたら。

 いや、あの時代、チャゲアスほど、曲調の差が大きかったヒトたちはいなかったねぇ。

 ただ、共通しているのは、バラードでも、ノリノリな曲でも、キャッチーだってことだねぇ。
 ま、一つは、よく言われるように、あの時代の「カラオケ」対策ってのもあったんだろうけど、いま考えれば、果たして、それだけだったんかね? 
 とも思えるんだよね。

 少なくとも、「今」のこの「腐りきった」業界の体質からみると、もっと「きっちり」と「音楽」を作ってるような気がする。あの頃は。

 少なくとも、「安い」「早い」・・・みたいな、吉野家の牛丼てきな作りではないでしょ? 

 アーティスト側も本気で作っているんだよね。で、出して(マネージメント側)も、きちんとマーケティングを行ってたりする。

 その両輪の歯車がきっちりと噛み合ってたと思うんだよね。だから、あれだけのメガヒットになったんじゃないかねぇ。

ま、結局は、それも、このあたりを中心とした、2〜3年っていう、つかの間だったけど。。。


 それにしても、この曲のスピード感はめっちゃ速いんだよね。譜面を見ると ♩=210 つまりBPMが210よ。これは、めっちゃ、速いですよ。
 通常、「普通」の速さの曲で、♩=120だからさ。

  だから、この曲、譜面追いかけながら、聴いてると、時どき、どこだかわかんなくなっちゃってたりしてねふらふら 追いかけていくのが大変でさ・・・。

 ちなみに、♩=200以上で、あと、ヒットした曲って言ったら、山下久美子の「宝石」くらいなんじゃないかなぁ。
 ♪ 大好きよ 好きよ 好きよ〜 ♪ って奴。 あ、以前、ここでも書いたな、あの曲が♩=208だったからさあ。

 だから、この曲は、それよりさらにスピードが速い曲だったってこっちゃな。




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Choo Choo TRAIN / ZOO

1991_12_Choo Choo TRAIN_ZOO



今回の1曲セレクトは、「Choo Choo TRAIN」ZOOです。

まずはデータです。

・タイトル    Choo Choo TRAIN
・アーティスト  ZOO
・作詞      佐藤ありす
・作曲      中西圭三
・編曲      岩崎文紀
・リリース日   1991年11月7日
・発売元     フォーライフ
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   105.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1991年12月23日〜1992年4月6日付
・タイアップ:JR東日本「Ski Skiキャンペーン」CM曲

 時代の変わり目ってあるよね。「今」もそうなのかも知れないけど、その割には、次世代を感じさせるような「これっ」っていう決定的な曲が出てこない。
 まあ、そういう強力な曲なりアーティストなりが出てこない限り、時代は進んでいかないんだけどさぁ。

 今回、引っ張ってきた「Choo Choo TRAIN」これは、素直に、あ、違う時代の曲が出てきたって当時思ったなぁ。

何? EXILEの「Choo Choo TRAIN」? あれはニセモノ。。。 って書いたら、またクレームが来るんだろうね。。  

そそそ、今回は本家本元「ZOO」の「Choo Choo TRAIN」ですぞ。。 

1991年冬当時、それまでの2〜3年は「メロディ」の時代だったんだよね。まあ、そのまえが、例の「バンドブーム」のあまりにも「シロート」な音楽に飽き飽きしていたところのベテラン勢の逆襲っていう時代、それがカラオケブームともあいまって、「メロディ」重視な時代を作り上げていたって感じなんだけどさ。

 この曲は、全くそれがなかった。要はリズムとノリ、これがすべてな曲なんだよね。

 まず、それが当時としては、めっちゃ新鮮だったな。
うん、正直いって、ワタシを含め、音楽ユーザー全体的に、そろそろ「メロディアス」な時代に「飽き」が来ていたところに、全くタイミングよく、飛び込んできたって言う感じがしたなぁ。

 まあ、だから、これだけ「ウケ」たんだろうなぁ。なにせ、ベストテン内に4ヶ月もいたんだからね。
 これは並大抵なことではないですよ。うん、まず「固定ファン」だけでは、こういうチャートアクションは出来ないしね。
 浮動票がからまないと絶対にムリ。それだけ、いろんな人がこういう曲を「渇望」してたんだろうね。

 でさ、それだけで終わってんなら「点」で終わっているだけなんだけど、この曲を境に「リズム重視」な時代に変わって行きました世ねぇ。

 うん、例のジュリアナが出てきたのもこの曲の後だもんね。
 ま、それ以前からも「ユーロビート」はあったんだけど、上で書いたようにメロディの時代が続いていたんで、時代の「表」に出てきたのは、これ以降だったし・・・。
 で、それに従って小室系が出てきたわけだ。うん、エイベックスさんの台頭ね。

 まさに、この曲を境にして時代が動いたような気がするんだよね、振り返ると。
 まあ、それだけ影響力が強かったともいえるんだけど。

 そういう点からすると、本来なら、この「Choo Choo TRAIN」なんてのは、今だったらエイベックスから出てて、全くおかしくない曲だよね。

 でも、実際はフォーライフっちゅう、考えてみれば、このテのダンス系とは似ても似つかないレーベルから出ているところがこの曲の面白さだったりもして。。。


 それと、中西圭三氏という、いまでは、全く名前が挙がってこなくなってしまった方が、この曲を作っていたのもおもしろいですねぇ。
 まあ、たしかに当時は時代の真ん中にいたっていう存在で、次の年には自身「Woman」で大ヒットを飛ばしましたけどね。
 
 でも、この曲の頃は、何にも縛られないフリーなノリがよかったんだよね。

それにしても、この曲、約5カ月もベストテン内に居座ってたんだよね。今じゃ考えられないようなロングヒットだったのよ。兎に角、91〜92シーズンのこの冬は、この曲、めちゃくちゃ聴いてたもんな。 お陰でヒットチャートを下降する頃はすっかり食傷気味になってたのも確か。 もういいわ・・・って感じで、暫くは聴きたくなかったもんなぁ。
でも、また冬が来ると、不思議と聴きたくなるんですよ。

 あれから、24年かぁ。まさにワレワレの時代って感じがするもん。このころは。

 酒をかっくらって新宿あたりを闊歩してたこのころが懐かしいですわ。。。。




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冬がはじまるよ / 槇原敬之

1991_12_冬がはじまるよ_槇原敬之






今回の1曲セレクトは、「冬がはじまるよ」槇原敬之です。

 まずはデータです。

・タイトル    冬がはじまるよ
・アーティスト  槇原敬之
・作詞      槇原敬之
・作曲      槇原敬之
・編曲      槇原敬之
・リリース日   1991年11月10日
・発売元     ワーナーミュージック
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   76.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1991年11月25日〜1992年2月10日付
・タイアップ:サッポロ「冬物語」CM曲

 すでに1週間過ぎちゃったけど、12月ですねぇ。 
 今年は早い。。。去年の年末年始がついこの間のようですわ。そして、また冬がやってきましたなぁ。  
 ま、この間も書いたように、今年は、今のところ、とりあえず、風邪もひかずに調子もええし、ひさびさにええ12月の入りですねぇ。 このまま年末を迎えたい、ワタシですが・・・。

・・・つうことで、とりあえず、無事に冬がはじまったようなので、今回の1曲セレクトし、ちと能天気な、槇原敬之の「冬がはじまるよ」・・・・、そのまんまやんけふらふら

 この曲、メガヒットの「どんなときも」の次の曲なんだけど、やっぱ、「曲」っていうより、サッポロ「冬物語」のCMっていうイメージが強いわな。

 もともと

 ♪ ふゆがはじまるよ ホラ僕のそばで すごくうれしそうに ビールを飲む 横顔がいいね ♪

の部分だけだよね、あったのは。

 ・・・っていうか、ここだけだもんなぁ、CMで使われてたのは。

 他の部分は、後から、つぎはぎで足したっていうのが、みえみえだったりして。
 だってさ、特に詞の流れがないんだよね。ワタシがよくつかう表現だと「とっ散らかってる」んですわ、詞の内容が・・・。

 というか、↑のサビの部分だけあれば、充分、曲として完成しちゃっているんだもの。
 他の部分は、あってもなくてもいいような気がするんだよなぁ。個人的には。

ま、そんなような曲なんだよね。個人的な印象としては・・・。

・・・っつうか、やっぱ「どんなときも」が良く出来すぎてたんですよ〜。 だから・・っつうか、どうしても、それは越えられないよな。

 とは分かっているものの、なんか、ぎこちなさを感じちゃうんだよねぇ、この曲を聴くと。

 そういえば、この曲で ♪ 去年のクリスマスはケーキを売ってたけど〜 ♪ なんて、バイトの歌詞が出てくるけど、ワタシもこの曲がヒットして頃はバイトしてたよなぁ。夜間の郵便物の仕分けのバイト。
 現場にかけてあった簡易ラジオから、この曲、よく流れてたっけ。 だから、この曲と言えば、ワタシャ、あの頃のバイトの事とか、しょっちゅうやってたボーリングの事なんかを思い出すんだよな。


うーーーん、今日の文章、30点やね。 どーも、うまくまとまらないわ〜。。。






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誘惑のチャチャ / 田村英里子

誘惑のチャチャ_田村英里子






今回の1曲セレクトは、「誘惑のチャチャ」田村英里子です。

 まずはデータです。

・タイトル    誘惑のチャチャ
・アーティスト  田村英里子
・作詞      森雪之丞
・作曲      辻畑鉄也
・編曲      荻田光雄
・リリース日   1991年10月9日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   2.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 23位

 前回の「ギンギラギンにさりげなく」では書きすぎて長文になっちゃったんで、今回はいきなり本題に入っちゃおうかな。

 田村英里子の「誘惑のチャチャ」

 この曲、今までも、書こう書こう・・・と思っているうちに時間が経っちゃったな。ヒット時期を過ぎないうちに書いときましょう。

 何分、ランクインしてた期間がめっちゃ短いもんで・・・。オリコンのベスト100に3週間しかランクインしてなかったの、この曲。
 ロングヒットが多かった1991年にしては、最高18位だったのに、異例な短さだよなぁ・・。

 まあ、それだけ、あの年は「アイドル冬の時代」だったって言えるんだけどね。

 でもさ、ワタシ、この曲好きなんだ。エロっぽいじゃん。あの清純派アイドルだった、田村英里子も、売れなくなったら、こうなっちゃうのね。。。。って想わせる様な曲。

 のっけから ♪やめて アンアンアン 誘惑のチャ〜チャ ♪ よ。

 これは、正直言って、まったく想定外な流れの曲だったよなぁ。森雪之丞氏も、気合入ったでしょう。こういう路線で行くと決まった時は。

 たださ、あの当時の田村英里子ぢゃ、ちょっと艶っぽさが、もうちょっとだったかな・・・とくに♪アンアンアン〜♪ の所は。

 それでも、充分だったのです、当時は。「夜食」のおかずになりました。ふらふらあせあせ(飛び散る汗)ダッシュ(走り出す様)衝撃


 詞だけじゃなくて、マイナー系のラテン調のサウンドが、これまた、意外とやらしいんだよね、雰囲気が。
 昭和40年代のキャバレーexclamation & question って感じで。(というアンタは行ったことあんのか・・・ってとこだけど。。。)

 プラス、ジャケ写も胸の辺りに目が行っちゃう感じじゃん。あらら、意外と谷間が大っきいんだな。。。なんてダッシュ(走り出す様)衝撃

 
 しかし、なして、こんな曲調の曲を歌うことになってしまったのか・・・っていうのも、ちょっと謎なんだけどさ。

 この、つい1年前まで、清純お嬢さん路線だったぢゃないですか。
 松田聖子なきあとのサンミュージックの「期待の星」だったぢゃないですか。


 うーん、やっぱ、ゲーノー界、売れなくなったら、あっちに売っとばしちゃうんだぞ〜・・・。

 なんて、「見せしめ」的な発想なのかなぁ。


 そんな、アイドル「晩年」の田村英里子さんですが、何年も見かけなくなったななんて思ってたら、いまや、ロスでセレブ生活だそうで・・・。
 しかし、アイドル失敗の後、ロスに渡って成功なんて、うーん、人間の人生なんてわかんないもんだな。。。




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