かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1987年

リンダリンダ / THE BLUE HEARTS

1987_06_リンダリンダ_THE BLUE HEARTS


今回の1曲セレクトは、「リンダリンダ」THE BLUE HEARTSです。

まずはデータだぞっ・・・と。

・タイトル     リンダリンダ
・アーティスト   THE BLUE HEARTS
・作詞       甲本ヒロト
・作曲       甲本ヒロト
・編曲       THE BLUE HEARTS、浅田孟
・リリース日    1987年5月1日
・発売元      メルダック
・オリコン最高位 38位
・売上げ枚数  6.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 ランクインせず。。

既に書いたつもりでまだ書いてない曲があったりする。 
やおら、トートツ気味に入った、今回の1曲セレクトだけど、昨日、帰宅の際、いつものように「ボロボロ」のヘッドホンのウォークマンで87年の曲を聴いてて、ちょっと気になった曲があった。

いや、実は、今回の1曲セレクトは87年の他の曲を引っ張って来るつもりで聴いてたんだけどさ、「あれ? この曲って書いたっけな? 」なんて気になった曲があったもんで・・・。

帰宅ってから、ブログの過去のアーカイブを検索してみたら、あーら、まだ書いて無いぢゃないの・・・ということで、急遽この曲に変更。

その曲とは・・・・THE BLUE HEARTS「リンダリンダ」。

うーむ、なんともはや、これはちょっと不覚だったな。 ・・というか、これまで書いた曲のアーカイブを調べてみたら「ブルーハーツ」の曲は、まだ「TRAIN-TRAIN」しか書いてなかったワイ。

一番売れた、しかもオリコン1位まで取った「情熱の薔薇」さえ、まだ書いて無かったとは。。。。

まあ、それぐらい、ブルーハーツとは、すれ違いだったんだよな、当時は。

すれ違いっちゅうのは、まあ、簡単に言えば眼中になかった・・というか、好みぢゃなかった・・・というか。

それは、今回引っ張って来た、「リンダリンダ」にしても同じ・・・いや、この曲がリリースされた頃は、「一般的認知」として大ブレイクした89年の「TRAIN-TRAIN」よりも、生理的嫌悪感は強かったかもしれない。

この曲は、87年の5月に「メジャー」デビューとしたリリースされた曲・・と言う事になっている。

・・・けど、実際は、これはブルーハーツにとってはあくまで形式的な通過点であって、これ読んでくださってる方の多くは既にご存じであるように、それまでインディーズでは、めちゃくちゃ実績上げてきた訳ですわ、ブルーハーツって。

でもさ、当時のインディーズって、いまのインディーズとちがって、本当にアンダーグラウンドな世界だったわけじゃん。間口がめちゃくちゃせまい・・というか。。 そんなこともあってか、いまでいうラウド系なハードロックなアーティストが殆どだったわけなんですわな。

言ってみれば、メジャー⇒「営利的」なロックのアンチテーゼな世界だった訳ですわ。 巷で言われている「産業ロック」に対してのアンチテーゼと言うところですか?

まあ、ロックの起源からすると、本来のロックは「反体制」であり、自由を追求する非営利的なところから広がった音楽だから、当時のインディーズ系の音楽っちゅうのは、本当の意味でのロックに近いんだけどさ。


でもねえ、個人的なロックとの接点の起源は「ニューミュージック」であり、それは、すでに「体制」に取り込まれた後のロックだったんだよね。そそ、すでに「産業ロック」寄り志向だった訳ですよ。

だってさあ、産業ロックの方が、より音楽的に「ステキ」だったし、なによりもキャッチーで聴いてて気持ちいいんだもん。

というか、逆に当時のインディーズの曲って、やかましい・・・だけにしか感じなかったんだよな。単純にデカイ音量でガナリ続けている音楽。 しても音楽的に高度とか、ステキとは思える音楽ぢゃないように思えたのよ。
そんなところが個人的に響いて来なかったんだろうな。

この曲もねぇ、当時のワタシにとっては、そんな単純に「やかましい」と思える曲の1曲に過ぎなかったんだよなぁ。

うん、そこまでだったんですよ。 きちんと聴いて理解しようとか、そんなことまで思えなかった。


BUT BUT BUT BUT、、、ヒトって変わるんだよね、30年も経つと。。。

上で書いたように、あの当時、とことん生理的に拒否していた、この手の「ラウド」系の曲を、今は普通に聴いている自分が居たりするんだもんな。

正直言って、あの当時の自分からすると、15年後、「FUJI ROCK」とか「ROCK IN JAPAN」なんかの夏フェスに参戦してる自分なんて、全く想像出来ないもの。

うん、今でこそ、夏フェスって一般的に成りきって、アイドルもお笑いも出たりする「五目御飯」のようなアーティストラインナップになっちゃったけど、始まった当初は、それこそ、ラウド系ロックやHIPHOP系アーティスト中心の結構ディープな世界だったからさ。

そんな個人的な音楽志向・・・というか、このテのラウド系も受け入れられた音楽的志向の変化は、2000年代に某着メロサイトの配信楽曲のセレクターを担当した経験が、やっぱでかかったな。
あん時は、自分よりも一回りも下のヒトたちと一緒に曲セレクトやって、大分刺激を受けたからねぇ。 逆に彼らも、こちらの事をリスペクトしてくれてたし。 そんなお互いの刺激し合ったところっていうのが、個人的な音楽の間口を広げてくれたんだよな。




やっぱね、音楽的に聴くと、テクニックが素晴らしいとか、メロディラインが新しいとか、それまでには無かった新しい事をやってる・・・とかは無いんだよ、この曲。

でもさ、きちんと聴くと、引っかかって来るものがあるんだよなぁ。 

なにかっちゅうと「パッション」なんだよね。 うん、そこが、この曲・・・というか、この手のラウド系の曲の一番の「キモ」なんだよね。
「人間臭さ」というかさあ、すくなくとも、初音ミクなんかじゃ、こんな人間臭い、人間が醸し出すグルーヴ感のある曲なんて、絶対出来ないわけじゃん。 そもそも人間が歌ってないし。

この時代、80年代後半以降、この手のラウド系ロックが、アンダーグラウンドからオーバーグウンドに大きく広がって来たのは、この「人間臭さ」って言う部分を求めているヒトが、それだけ増えているっていう現れなんだろうな。 逆に言えば、人間力の無い無機的な曲がそれだけ増えてるっていう現れでもあると思うんだけどさ。

最近、音楽が売れない要因の一つとして、こんな感じで、音楽から「人間臭さ」を感じる曲が減ってきているっていう部分は大いにあるよな、なんて個人的には思ったりするんだよね。


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時の河を越えて / うしろ髪ひかれ隊

1987_05_時の河を越えて_うしろ髪ひかれ隊


今回の1曲セレクトは、「時の河を越えて」うしろ髪ひかれ隊です。

まずはデータなのら

・タイトル    時の河を越えて
・アーティスト  うしろ髪ひかれ隊
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1987年5月7日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数  11.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1987年5月18日〜6月1日付
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「ハイスクール!奇面組」オープニングテーマ

先週の西城秀樹氏の死去に伴い、この「1曲セレクト」も、先週末から過去に書いた秀樹氏の曲にアクセスが集中しておりましたが、今日になってようやく落ち着いてきたかなって感じですね。
特に「ブルースカイブルー」(1978年)へのアクセスが凄かったですわ。
うーむ、どこかで記事が引用されたかなぁ。。

テレビのワイドショーでも秀樹氏への追悼が続いているし、本来だったら今回の1曲セレクトも秀樹氏の、まだ書いてない曲を持ってきた方が良いんだろうな。。。

うむ、商売として本気で書いてるなら、ここは「たたみかける」CHANCEってところなんだよな。

でもね、今のワタシ的には好きで書いてるし、ここで秀樹氏の曲を持ってきたら先に進めないなぁ・・という思いもあったんで、敢えて、今回の1曲セレクトは、秀樹氏の曲を回避。


・・・・なんて、もっともらしい理由なんだけど 、実際のところは、過去のチャートを振り返ると、これまで書いてない曲で「今」の時期にヒットしていた曲がないんだよね。

いや、リリース日的には、もうちょっと後で、まだ書いて無い曲があるんだけど・・・。 その曲は、近々、改めて書こうと思います。


・・ということで、その代わり・・・って言うのもなんだけど今回1曲セレクトは、何にすべーな・・と思いつつ、ちょっと前からツバをつけてた曲があるんだよね。 
今回はその曲をひっぱりーの。

「時の河を越えて」 うしろ髪ひかれ隊

日曜日、関東地区でニッポン放送の「土田晃之 日曜のへそ」を聴いてる方には、まあ、未だにお馴染みですわな。 そそそ、この番組の「なつかしいと叫びたい」コーナーのオープニングで流れてる、「あの曲」ですわな。

うーーーむ、この曲、まだ書いてなかったんだな。 とーっくの昔に書いたような気がしてたんだが。。。。

ここんところ「男性」アーティストの曲が続いていたし、久々に女性アイドルもいいでしょ ってことでいろいろと物色してて、たまたま気がついたんだよな。

この頃の曲・・・特におニャン子を初め、アイドル関係の曲ってヒット期間が軒並み短かったんだよ。リリースしてもあっという間にチャートから消えてたし。 そそそ、ヒットといっても今と同じく初動だけって言うチャートアクション。
だから、「あの頃」のヒット期間で書いてるここでは、「ピンポイント」でこれまで引っ張ってこれなかったっていうのが大きいだろうな。今まで書いてなかったのは。


さて「うしろ髪ひかれ隊」。言わずと知れた「おニャン子」からの派生グループですわな。そのファーストシングル。

そそそ、工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子 というモロ、ワタシと同世代の3人グループ。

まあ、同世代とはいうものの生稲さんが、ワタシより一つ年上で、工藤さん、斉藤さんが共に一つ下・・・と、ワタシと「同級生」は居ないんだけど。。。。


今まで書いてなかったのは・・・・、もうさ、この頃・・・1987年6月・・・ともなると、おニャン子も「末期」だったしな。
夕ニャンも、視聴率的に末期症状であと3カ月で終わり・・・という頃だったし、正直、完全、おニャン子関係にに興味が薄れてた・・・っちゅうのが大きいかなぁ。

 ヒット曲のトレンドとして、80年代型アイドル全盛もピークを過ぎた頃、それ代わってロック勢に勢いが付き始めて来ていた頃。当時17才っていういっちゃん「多感」な時期だったし、それいえにそんなヒットトレンドの空気の動きも微妙に感づいてきていたんだろうね。 正直アイドルそのものに食傷気味だったんだよな、この頃。

そもそも、当時、一番目を通してた「オリコンウイークリー」自体が、単なるアイドル雑誌に成り下がってたからなぁ。そこからして食傷だったんだよね。 それでも、買うのやめなかったのは、やっぱ根っからのチャート小僧だったからなんだろうな。

だからね、当時も、殆ど聴いてなかったんだよねぇ、この曲。
モチのロン、曲自体は知ってましたよ。まだ、あの頃は興味が薄い曲でもベストテンに入ってる曲ぐらいはチェックしてたからさあ。




たしかにね、今曲を聴くと、それまでのおニャン子派生グループとはちょこっと毛色が違うかな? っていう匂いはするんだよね。
少なくとも、曲に「おちゃらけ」は入っていないし、真面目に曲に向き合っている。その辺は評価できるところではある。
曲調的にも、少し大人っぽさを感じるしね。 うーん、でもさ、そこは工藤さんのソロデビューっていうのをそろそろ見据えていたのかもしれないけど。

でも、この時点では、まだそんな事は見えてなかったし、そもそも工藤さんが本格的なアーティスト的な志向でソロデビューするってのも分かってなかったからさ。 この曲を聴く限りでは、それまでのおニャン子とはちょっと毛色が違う曲だな・・・・としか思ってなかったと思うな。

まあ、この曲から「新しさ」は感じないけどね。 サウンド的にもメロディライン的にも。 マイナーちょうのメロディラインは80年代後半・・・というよりは70年代後半的のB級アイドルっぽいそれだしさ。
そそそ、もろアナクロなんだよね。そう言う意味で保守的な曲だなぁ・・・とも思えたような気がするな、当時。


ちなみに、生稲晃子さん、タイプだったあ、顔がさぁ 

・・・なんて書いたら、なんでぇ結局は好きだったんじゃん・・・なんて思われますかね。。。。。



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さよならの果実たち / 荻野目洋子

    1987_07_さよならの果実たち_荻野目洋子


今回の1曲セレクトは、「さよならの果実たち」荻野目洋子です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならの果実たち
・アーティスト   荻野目洋子
・作詞       売野雅勇
・作曲       筒美京平
・編曲       武部聡志
・リリース日        1987年6月21日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   16.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月29日〜7月27日付

3月にリリースされた「ニッポンの編曲家」の続編とも言える「作編曲家 大村雅朗の軌跡」を読んでるのね。
まあ、いわいる「業界本」ともいえるアレンジャーにスポットを当てた1冊ですね。 楽曲作成の上でウラ方の要でもあり、かつ、これまでほとんどスポットが当たって来なかった、アレンジャーに初めてスポットを当てたって言うだけでも画期的な1冊であり、だからこそ、ここに来ても売れてる1冊なんだけどさ。
(いまや業界的には「必携」の1冊どぇす 業界の方で読んでなかったらモグリよ

その続編とも言える、今回の「作編曲家 大村雅朗の軌跡」。ま、読んで字のごとく97年に若くして夭折された、ヒット曲アレンジャーとして超一流だった大村雅朗氏にスポットを当てた1冊。

まあね、内容詳細は事は別トピックスを立てるとして、率直な感想としては、そうだな、亡くなられて今年で20年ということで、こういう企画だったんだろうけど、どうしてもあの時を振り返る・・・のような感じなんだよな全体的に。
とくに、アレンジャーとしてだけでなく、コンポーザー(作曲者)として、未だに業界内外にも一目をおかけている松田聖子さんの「SWEET MOMERIES」についての記述割合が多くなってしまう。 
それはそれで仕方が無い事なのかもしれないけど、どうしても「後ろ向き」な内容であるのは、どこか引っかかってしまったワタシなんですよね。

じゃーよ、昔の曲ばっか書いてる、この「1曲セレクト」はどーなんだよ、後ろ向きの内容ばっかじゃんかよ・・っていわれれば、元も子もないんだけど。。。

ただ、現在も御健在であり、現在進行形なアレンジャーやプレイヤーの紹介の部分が多い、「ニッポンの編曲家」と比べると、どうしても後ろ向きに感じてしまった。って言うところは否めなかったですね。


あー、前置きが長くなった・・・。

今回の曲セレクトは、そんな「大村雅朗」氏がアレンジをしてたもの・・・と勘違いしてた1曲をひとつ。

荻野目洋子「さよならの果実たち」。

先週まで、ヒットしてた当時は、あんまり好きじゃなかった曲ということで80年代アイドル曲を書いてきたけど、今回の「さよなららの果実たち」も、そういう中の1曲になるのかなぁ・・・。

ま、少なくとも今まで残っていた・・・ってことは、進んで聴いてた曲ではなかったんだよな。

この曲は荻野目ちゃん自身、初のオリコン1位獲得。 あれから丁度30年。今となっては完全に忘れ去られてるような事実だけど、そうなんだよね。
大ブレイクとなり自身の代表曲でもある「ダンシング・ヒーロー」も、ロングヒットとなった「六本木純情派」もオリコン1位とはなっていない。
この曲が初の1位獲得なんですよ。 まあ、チャート上のあやと言ったらそれでおしまいなんだけど、今となってはそれほど有名ではない、この曲が初の1位獲得曲っていうのも不思議な感じはするけどさ。

ちなみに、荻野目ちやんは、この曲を含め、88年の「ストレンジャーTonight」「スターダスト・ドリーム」と3作のオリコン1位曲をもっているけど、それも今となっては忘れ去られた事実かもなぁ。

当時も今と同じように、ヒットチャートの「1位」の重みはほとんど無くなっていたからさ。そう言う時期のヒットチャートなんて、時間とともに忘れ去られるのが一般的ですからね。


↑で、当時、この曲を進んで聴いてなかった・・というのは曲の好みもある。 当時、大学受験を控え精神的に不安定でヒット曲どころではなかったこともある。
たださ、ヒットチャートの重みの無さから、楽曲自体に魅力を感じ無くなっていたってのもあるな。

不思議なもので、ヒットチャート時代に重みがあるときっていうのは、ヒット曲自体に面白さを感じるんだよね。
まあ逆に言えば、ヒット曲時代が面白いからヒットチャートに重みが出るんだろうけどさ。

それとは全く、真逆的な現象 、それは、今もそうなんだけど、当時も曲自体に魅力を感じ無くなっていたんだよね。

いつかもかいたけど、それはワタシだけではなく、古くからのチャートマニアの間でそう感じる方も少なくなく、それの時期にチャートマニアから離れて行った方も少なくない。
それは、楽曲自体に魅力を感じ無くなったからたと思うんだよな。

それは、この曲からも感じてたんだよなぁ。
正直言って、色合いが良く分かんなかったんだよね、この曲。 当時、荻野目ちゃんのシングル曲って、ちょっとドギツクなってきてたんだよな、全体的に。 それはこの曲からも感じた。

昨日書いた、黛ジュンさんの「天使の誘惑」の「昼間に向かったポップス」という表現を借りれば、この曲は、真逆に「夜の」匂いがプンプンしてたりね。
 それを考えると、おおよそ「ポップス」って言う匂いを感じなかったんだよね。 ポップスというよりはより歌謡曲の匂いを感じていた・・・というかさ。

そんな「夜の匂い」に、夏の暑さが余計堪えた・・・、そんなイメージがあるんだよなぁ、この曲には。

この曲、筒美京平さんなんだよね、作曲は。

うーむ、全体的に見て、87年・・・特にこの年の夏から秋にかけての京平さんの曲って、未だによく分かんない曲が多いんだよなぁ。
 この曲に然り、C-C-Bの「2 Much I love U」に然り、守谷香の「予告編」にしかり、マッチ先生の「泣いてみりゃいいじゃん」に然り・・・・。

今ひとつスコンと「抜けた」生理的に気持ちいい曲が少ない。 どこかにモノが挟まっているような不快感のようなものを感じたりね。
 あ、少年隊の「君だけに」は別・・・。この曲だけはこの時期としても良かった。 パワーが落ち気味でもちゃんと結果を残すところが筒美京平氏の凄さなんだよな。


メロディラインはよく分かんなくても、サウンドだけは、やけにはっきりしていたりするんだよね、この曲。
その辺が、この曲のアレンジが、大村雅朗氏と勘違いしてたところなんだけどさ。
作詞 売野氏、作曲 筒美氏ね アレンジ、大村氏っていうと、どうしても音の輪郭がはっきりした「濃い」味付けの曲を連想しちゃうからさ。
例として、河合奈保子さんの「エスカレーション」「UNバランス」とかさ。

この曲も、それらと同じような匂いを感じたんだよね、初めは。

だから、この曲のアレンジが、武部聡志氏って知ったときは、かなり意外に感じたけどなぁ。

武部氏のアレンジというと、どうしても斉藤由貴さんの、あの「ふんわり」としてやさしく上品なアレンジを想像するからさぁ。 そそそ、松任谷正隆氏の流れを汲む、いわいるハーフトーン系ってやつね。 山の手のお嬢さん的な上品さ。

それがこの曲では一切感じられないからさ。 この曲は下町の猥雑さなんだよね、感じるのは。

きっとね、その辺りもこの曲に、今一つ魅力を感じなかったひとつなのだと思う。

おニャン子以降の一連のアイドル曲に感じてたのは、猥雑さなんだよな。 下町的な猥雑さだったからこそ、ある種のパワーがあったのかもしれない。 けど、個人的に当時、欲していたのは、もっと音楽的な上品さだったのかもしれない。 その辺がのギャップがヒット曲から一歩引いてた部分があるっていのは否めないんだよね、当時振り返ると。


動画・・・昨日に引き続き、どうもリンクが弾かれちゃうなぁ・・・・っつうことで、ようつべへ直リンク

https://www.youtube.com/watch?v=VugGgZsF8xw



そーいえば、昨日書いた黛ジュンさんって、初めは本名の「渡辺順子」でデビューしたけど売れずに、のちに黛ジュンとして「再デビュー」・・って書いたんだけど、荻野目ちゃんも「再デビュー」だったんだよね。

ってか、その辺は有名か・・・。 そそそ、初めは「ミルク」っていう小中学生3人ユニットでデビュー。
荻野目ちゃんが小学5〜6年の頃って言うから1979〜1980年ですね。

↓ コレ


小学生なのに、妙に歌がしっかりしてたりして・・・。
どうりでアイドル時代も歌はしっかりしてた訳でね。


Blonde / 中森明菜

1987_07_BLONDE_中森明菜


今回の1曲セレクトは、「Blonde」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    Blonde
・アーティスト  中森明菜
・作詞      BIDDU, WINSTON SELA
・作曲      BIDDU, WINSTON SELA
・編曲      中村哲
・日本語詞   麻生圭子
・リリース日   1987年6月3日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 30.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月15日〜8月3日付

 久しぶりの1曲セレクトです。・・・・なんてここんところいつも書いてるような気がするなぁ。
ま、実際2週間ぶりなんだけど。。。
いやいや、ここんところ毎回かいてるように、持病の「痛風」発作の塩梅がよくなくてねぇ・・・。発症から1カ月も経つっていうのに、まだ痛みが引き切れない日々が続いておりまする。
今も、痛い箇所にロキソニンテープを貼りつつ書いてたりしてね・・・なんてね、体調が悪い日が続いておりまして、ここんところ書く機会が減りつつあるって感じですね。

でも、とりあえず、書いてみますわ・・・。

・・ということで、今回セレクトしてきた曲は・・・っつうと・・・うーむ、個人的にはキライな曲だったりしするんだよね。
なんで、ずっとほったらかしにしてた曲なんですが。。。

中森明菜「Blonde」

明菜の80年代の曲は、すでに大体書いたんだけど、ま、そんなわけでこの曲はずっと「放置プレイ」のまま、今に至って来た訳なんだよね。

なぜキライだったか?

ま、深い理由なんてないんですよ。 単に当時引っかかったっか、引っかからなかったのか・・・の差だけなんだわね。
で、この曲は引っかからなかった・・・と。

なぜ、引っかからなかったのか・・・っちゅうと、やっぱり「洋楽」だったからなんだろうね、この曲は。

そそそ、↑のこの曲の作詞、作曲者でも分かるように、もともとは作詞、作曲者とも「向こう」のヒトなんだよね。

だから、曲自体まるで「洋楽」なんですわ。 当時、個人的には洋楽はまるでダメでねぇ。 うん、知識的にというよりは80年代後半ごろの洋楽の曲自体、生理的にダメだったんだよね。

なんか軽いし、音が角ばってるし、色もそっけもないし・・・。 うーん、色もそっけもないって言うのが一番のダメだった所かなぁ。

当時、 イケメンを表すコトバとして、ショウユ顔、ソース顔ってあったじゃん。 あっさり系のショウユ顔に、コッテコテのソース顔って感じでさ。

その点から言えば、この当時の洋楽って、音からしてもモロ、ショウユ顔的なんですわ。 あっさりしてて味もそっけもない。

まあ、それが80年代後半、バブル前夜の無機質なアーバンな雰囲気にぴったり嵌まっていたのかもしれないけどさ。

でも、ここでは再三書いてるように個人的には、こってこてな味か濃い音が好きだったからさあ。
というか、日本人としての性というかねぇ。 どうしても向こうの抑揚のない無機質なサウンドにはなじめなんですわ。まあ、向こうの曲でもフランスとか北欧的な、「濃い」サウンドの音楽は好きなんだけどね。

明菜の曲って、80年代後半・・・そうだねぇ、85年の「SOLITUDE」あたりから、洋楽にコミットしていくんだよね。メロディ的にというよりはサウンド的に。 つまりさ、↑で言うならあっさり系であり、無機質なサウンドの曲が増えていくですよ。

そんなところから、個人的には明菜の曲から距離を置いて行くことになるんだけどさ。 その最たる曲がこの曲だったってことなんだよね。

この曲は、サウンドだけではなくメロディも全くの洋楽。抑揚もなく無機質感丸出しの曲だったから・・・。 そこがダメだったんだろうね。

今ですか? まあ、あれから30年経ったからねぇ。 ワタシも随分丸くなったし、一応はこの曲も聴くようにはなってるけどね。
ただ、未だに聴く特には抵抗は感じるんだよな。まあ、頭で感じる抵抗・・というよりも生理的な抵抗なんだけけどさ。


ちなみに、この曲、作詞作曲者が外人・・・ということもあり「原曲」があるんだよね。 まあ、他のヒトが歌っているカバーという訳じゃないんだけど。
 うん、元々のタイトルは「LOOK THAT KILLS」っちゅう100%英語詞の曲。  そそそ、明菜自身、この「Blonde」をリリースした少しあとにリリースしたアルバム「Cross My Palm」で、オリジナルの「LOOK THAT KILLS」として歌ってたりする

↓ コレ


・・・・つか、初めて聴いたんですけど。。。  87年クリスマスのMステで歌ったものらしいんですが。。。

へぇ〜・・・・。「Blonde」より全然いいじゃん。 ファルセットの明菜、めちゃくちゃ新鮮じゃん。
うん、これ聴いて分かったわ、「Blonde」が好きになれなかったのが。 
「Blonde」はキーを下げてるんだよね。Aメロとか低音で歌ったるじゃん。 それがどーも、もしゃもしゃしててさ、すっきりしてないんですよ。そんな所もダメだったんだろうな。





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渚のファンタシィ / 酒井法子

    1987_06_渚のファンタシィ_酒井法子


今回の1曲セレクトは、「渚のファンタシィ」酒井法子です。

まずはデータでする。

・タイトル    渚のファンタシィ
・アーティスト  酒井法子
・作詞      竹花いち子
・作曲      タケカワユキヒデ
・編曲      新川博
・リリース日   1987年5月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 6.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月8日付

いやー、いつ以来でしょうねぇ「1曲セレクト」。。。3週間ぶりの「更新」となりまする。
いや、サボッてた訳ぢゃないんですけど。。。 その間、前回更新した時にも書いた、「痛風」の発作が悪化してしまいまして。。。 歩行困難ですよ。歩けない・・の前に足をつくだけで激痛が。。。
久々に、トイレまで「這って」行くハメになってしまっておりました。
それもようやく落ち着きーの・・・と思ったら、先週は、ワタクシ主催の「合宿」形式で「ヒット曲」をオールナイトで観賞するオフ会を開催いたしまして・・・。

そんなこんなで、暫くずっと更新できない日々が続いていたんですよね。 久々の完全(でもないが。。)オフ日ということで、ようやく1曲セレクトを書いておりまする。

その間に書きたい・・と思ってた曲も少し溜まってきたんでね、ちょっと間髪いれず書いて行けたらな・・・なんて思ってるところです。。。

・・・っつうことで、今回はそんな書こうと思った1曲。

酒井法子「渚のファンタシィ」

1曲セレクトも結構曲数を書いてきたけど、これまでノリピーの曲って、それほど書いて来なかったんだよな。
まあ、例の「クスリ」事件で心証悪くしてた時期も長かったし、なによりヒット当時からそれほど真剣に聴いてなかったってのもあるかなぁ。

この曲はデビュー2作目のシングルですわな。 数多くの「アイドル」がデビューした87年デビュー組の中では、頭一つ抜けてるかな・・・なんて印象が個人的には、このヒトにはあったんだよね。

でもって、アイドルの場合、件の通りデビュー第2弾がブレイクすると、その後「化ける」っていうジンクスがあったからさあ、ある意味この曲は「勝負曲」だったんじゃないかなぁ。

・・・とは、当時から思ってましたね。曲的にモロ「夏」をイメージした曲だったじゃん。 路線的に言ったら、松田聖子女史が、デビュー曲の「裸足の季節」⇒第2弾「青い珊瑚礁」と辿った路線に似ていた訳ですわ。

なるほどぉ、松田聖子に去られた、サンミュージックとしては、ポスト聖子として期待されている訳ですわな・・・っていうのが見え見えだったりしてさ。

だからね、この曲はそこそこ行く(売れる)んじゃないかなぁ・・・なんて個人的には思ってたんだけどねぇ。

BUT、今一つ上手く行きませんでしたねぇ。

オリコンでは最高4位まで行ったし、「ザ・ベストテン」でも3位・・・なんて上位まで行ったものの・・・。
後が続かなかったんだよねぇ。チャート的に言えば、超短期ヒットって言うのかなぁ。まあ、今の曲で普通に見られるチャートアクションだよね。

うーん、なにが行けなかったんでしょうかねぇ・・・。

やっぱりね、以前も何回か書いたけど、季節的なもんだよね、5月にモロ「夏」のイメージの曲と言われても、今一つピンと来なかったのは確かだしなぁ。
そそそ、最近でこそ5月で真夏日とか普通にあったりするけど、30年前はまだそんなことは「稀」だったしさあ。
「梅雨寒」っていうコトバもあったくらい、5月、6月っていうと、まだ肌寒い日が多かったのよ。

実際、この曲のイメージってさあ、なんか寒さで震えてる海・・・って言うイメージだったりしてさ。

いや、季節的なところ以外にも、実際、曲調的にも、「夏」の太陽を感じさせる温度感が今一つなんだよな。
たしかにアレンジ的には「夏」を感じさせるような「施し」はしてあるけどさあ、 全体的に言えば今一つ「抜けて」来ないって言うかさあ。

ノリぴー自身の歌唱力ってのもあったな。まだまだ安定感がなかったよな、この曲の頃は。まずもって、腹からじゃなくて、ノドから声が出てる感じだったんだよね。だから、まだまだ歌唱力に安定感が無くてさあ。
その辺だったのかなぁ。

このヒトが本当の意味で、抜けてきたな・・・って感じたのは、この曲の1年後の「1億のスマイル」位からかなぁ。

まあ、アイドルとしての営業スマイルはピカ一だったけど。 っつうか当時はアイドルも供給過多だったんでさあ、営業スマイルだけじゃ、人気は取れない時代になってたんだよね。

この曲の作曲は、ゴダイゴのタケカワユキヒデ氏。 この当時はよくアイドルに曲を書いてたよなぁ。
この曲の直近では、浅香唯さんの「STAR」とかさ。
ただ大体がヒットと言う意味では、もう一つだったんですよね。 この曲もそうだけど、ポイントがもう一つ絞れていない・・・っていうかねぇ。どこか弱いんだよねインパクトが・・・。
ゴダイゴで大ヒットを出してた頃のようにはなかなか行かなかったんだよなぁ。




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シンフォニーの風 / 西村知美

  1987_04_シンフォニーの風_西村知美


今回の1曲セレクトは、「シンフォニーの風」西村知美です。

まずはデータでするぅ〜。

・タイトル    シンフォニーの風
・アーティスト  西村知美
・作詞      麻生圭子
・作曲      中崎英也
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1987年3月11日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  7.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月30日付
・タイアップ:ハウス食品「ゼリエース」CM曲

個人的な事だけど、サザンのファンクラブに入ってましてね
桑田氏が「ソロ」として「悲しい気持ち」でデビューして今年で30周年なんだよね。そんなこともあって今年は攻めますよ〜って言う告知がファンサイトに出てたりしてね。
その第一弾が、4月から始まるNHK朝ドラの主題歌って訳ですわな。さてさて、今後はどういう活動となって行くやら、注視の1年になりそうですわ。

それはそうと、1987年って年からもう30年も経つんだよな。
なんか最近、早ぇなぁ〜・・・って事ばっか書いてるような気がするけど、ホント早いですよ。30年前、ワタシゃ高校3年。マジであっという間でしたね。ワタシの中では「昨日」って言う感覚でもおかしくないもの。

例えばさ、先週終わった大相撲中継とか見てると、懐かしの名場面とかやるじゃん。 そういうとき最近、千代の富士 VS〜」とかのVTR流れる事が多いけど、30年前って言ったら、もう「リアルタイム」で相撲中継見てたよな・・・とか思ったりして。。。その感覚で言えば、ホントつい昨日のようなんだよね。

あ〜、このままあっというまに「ジジィ」になって行くのか・・・なんて考えたら背筋が「ゾゾゾッ」ですよ。。。。


・・・・と言う事でもないけど、今回はそんな30年前の今頃の「アイドル」の曲をひとつ。

西村知美「シンフォニーの風」。

上に書いたように「30年、あっという間よ」って言う感覚から言えば、
「うわっ、この曲から30年も経つんか・・・・。」ですわ、まさに。

昨日だよね、この曲って。ってマジで言っても「そうね」なんて言ってしまいそうな。。。。

良く言えば、それだけ未だに「新鮮」に感じたりする。 悪く言えばそれだけ「聴いて来なかった」っていう感じな曲なんだよね、個人的に。

西村知美さん。 ま、未だにタレントとして残っている1人だけども、正直言って30年前のあの頃、たれが30年後まだタレントして残っているだろう・・・なんて思えたか。。。
って感じだったもんね。 いや、個人的にはそう思ってたのよ。

そのくらい、「歌手」としては希薄なイメージだったし、ま、それ以前に、歌唱力がね・・・・ってところでさあ、どう考えても、あの時点で「良くてあと2〜3年だよね」って感じだったんだよな。

確かにアイドルは歌唱力はどがえしっていう風潮は、30年前当時は強かった。なので歌がヘタかどうかはタレント生命には関係なかったと言えばそうなんたけどね。

だからねぇ、あれから30年、タレントとして生き延びて来ているってことは、ホント「奇跡」って感じですよ。

でも、「トロリン」って言う愛称のように天然ボケなキャラクターではあったけども、裏では芯の強さがあったんだろうね。そうじゃなきゃ、タレント業を30年も続けられる訳もない訳で。。。

ただ、そうは言っても当時のアイドル誌なんかでは、かなり人気があったからな西村さんは。
この当時、すっかり「アイドル誌」然となってしまった「オリコンウィークリー」でも西村さん人気あったからなぁ。
いまで「オタク」のはしりでもある「同人」的なアイドル同好会では、西村さんの故郷、山口県宇部市をピックアップしたりして。。。

そんな感じでレコード売り上げ枚数では見えない部分での人気がたしかにあった事はあった。
結局は、そんな熱狂的な固定ファンの支えっていう部分も生きたんだろうね、30年タレント続けてこれたって言うのは。


ところで、曲なんだけども。。。。 今まで西村知美さんの曲はあんまり書いて来なかったワタシなんだよな。
ま、確かに当時もあんまり聴いてなかったって言うところはある。 けど、それ以上に、このヒトの曲って、ほとんどみんな同じように感じるんだよねぇ・・・

当時から、早くも「ジジイ」傾向が始まっていたって言われればそれまでって感じだよな。うん、年取って来るとヒット曲がみんな同じような聴こえてくるんだわ。。。今、まさにそんな感じだもの。

なんで、どうも筆が進まなかったって言うところはある。 でも、そろそろ手を付けなきゃね・・・ってことで、今回この「シンフォニーの風」を引っ張ってきた訳なんだけども。

うん、この曲は、同じように聴こえる西村さんの曲の中でも、「なんとなく」他の曲と間違いが分かるんで

いやそれでも、サビに行くまでのAメロ、Bメロは、他の曲との区別がつかないワタシなんだけども。。。

♪シンフォニーのような シレッシェンドの風〜 ♪ っていうサビはね、さすがに聴いてましたねぇ。

そそ、この曲、なんかのCMで使われていたんだよな。。。CMでよく聴いてたような・・・なんて調べたら、ハウスの「ゼリエース」のCMだった。

「あれ? そうだったかな。。。」 これはちょっとイメージが違ってたけど。。。


ただね、結構漠然としてるでしょ。 「シンフォニーの風」ってタイトルは。

コトバのイメージとリリース日からして、春の心地よい風をイメージさせるし、実際そう言う曲なんだけども、そのイメージどおりのサビに持って行くまでの繋ぎに苦労したのか、2番のAメロの

♪ L 角度変えれば
  Bang!  ピストルに似てる
  そんな悲しい事は教えないで あなた〜 ♪

って言う歌詞に、これと「シンフォニーの風」っていう春の微風のイメージとどう繋がりがあるの? なんて不自然さを感じたりしてさ。

うん、唯一、この曲で引っかかったのは、この部分の歌詞の不自然さだったりしてね。

その他は、サビのメロディライン以外は、めちゃくちゃオーソドックスなんだよね、当時のアイドルソングとしては。

筒美京平氏がシングルは「尖って」いないと・・とおっしゃっているように、それまでのヒット曲って好きキライに関わらず、アイドルの曲にもどこかしら引っかかる部分があった。
でも、この辺のアイドル曲から、そういう「トゲ」の部分を感じ無くなってきたんだよなぁ。

楽曲の個性よりもアイドルのキャラクター・・・。 そう言う時代になっていたんだよね、この頃は。

いやいや、レビュー書き泣かせの曲ですわ。。。。






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Free Ballon / 島田奈美

    1987_03_Free Ballon_島田奈美


今回の1曲セレクトは、「Free Ballon」島田奈美です。

まずはデータでする。

・タイトル     Free Ballon
・アーティスト   島田奈美
・作詞       松本隆
・作曲       林哲司
・編曲       新川博
・リリース日        1987年2月11日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   4.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位

えー、ここんところずっと、曲のセレクトに苦慮しているワタシでありますが、今回もいつもながら、あーでもないこーでもない、どの曲を書くベか・・・と言う事を考えていただけで1日が終わってしまった感じだよなぁ。

今回は「アイドル」を持って来たい・・・っていう思いはあるものの、これまで大分書いちゃったからなぁ。。。
困った時は、自分の持ち音源から目ぼしい曲を見つけたりもするんだけども、それも大分底をついて来まして。。。

しょうがない・・・持ち音源以外から探して来るか・・・と思っていたところ、ふと、どこからか流れてきた曲が、これ。

島田奈美「Free Ballon」


いや、別にラジオやテレビで流れていた訳じゃないんだけどね、完全に思いつき。

80年代アイドルで、意外と書いてない年・・・それが1987年だったりするんだよね。 そこから3月頃ヒットしてた曲ねぇ・・・なんて、考えていたら、記憶の奥底から浮かんできたんだよな、この曲が。

たださ、↑で書いたように、この曲音源持ってないのよ。

・・・・いや、その前にヒット当時から、ほとんどまともに聴いてない。

たしか、この曲、「ザ・ベストテン」で1週だけランクインしたんだよな。 そう、島田奈美さんって、このきょくが初めてのベストテン入りだったんだよ。

だから、ベストテンでは見てたはず・・・だけど、なぜか、この曲、ベストテンに初ランクインしたときに録音してたカセット集にも録音されていない。
うーむ、ヒット当時、あんまり興味無かったのかもな。

そんなわけで、曲自体まともに「知らない」状態で書かなきゃならない。。。 


いや、全く知らない訳じゃないんだけどね、 サビの ♪ Free Ballon  想い出の糸が〜 ♪ ってところは覚えているぞ・・・

でも、それだけ。。。。


それでレビューを書くのは、あまりにも無責任・・・っつうわけで、You Tubeで曲を聴いてみた。
いやいや、いい時代だよね、知らない曲でもすぐに聴けちゃう訳だから。。。

まずもって・・・。。イントロからAメロにかけての印象が、全く持ってサビとかけ離れてる。

あれ? こんなにマイナータイプの曲だったっけな? サビの部分とはまるでイメージが違う。

ただ言えることは、めちゃくちゃ「あの時代」を彷彿させる曲調。 全体のサウンド、メロディ、コード進行、音の色合い・・・すべてが、いかにも86〜87年・・・・というイメージね。
曲聴いた事無かった訳だけども、イントロ聴いただけで、いやがおうにも「87年」にタイムスリップしてしまう 


曲調は、そうだなぁ「Broken Sunset」以降の菊池桃子。 イントロは、やっぱり86年頃の中山美穂っていうイメージかなぁ。
 作曲は林哲司氏だけど、84〜85年頃の、だれでも一発で分かるような「林哲司」節っていうメロディラインとは少し異なるな。

むしろ、作詞の松本隆氏に合わせたような曲調。 そこが中山美穂っぽいイメージも浮かんでくるんだよな。

そんなイントロ〜Aメロだけど、サビでイメージがからっと変わる。

そそそ、覚えていたあのメロディだ。 それまでのマイナーチェンジの曲から、一転して、思い切り明るいメジャー展開に「転調」。

このイメージは、翌年の同じ春にリリースした「タンポポの草原」に引き継いだようなイメージだな。
今一つインパクトに乏しいAメロに比べると、サビの部分のインパクトはまずまず強いわな。


全体的な印象としては、まとまりがある曲であるとは思う。
だけども少し当たり前すぎっていうキライも感じたりして。。。もうすこし突飛押しも無いところも無いと、がっちりと食いつくような引きは難しいよね・・・そんなイメージもある曲なんだよね。

このヒトは、見た目可愛らしかったし、松本隆氏も入れ込んでたヒトだったんでね、もう少しメジャーになってもよかった・・・って言う気もするけどね。
結局は、この曲が「一番売れた」曲に留まってしまいましたね。

そもそも、このヒトは、将来的にどうしたいのか・・・そんなビジョンも今一つよく見えなかったんだよね。
まあ、80年代後半以降にデビューしたアイドルの大部分は、そんな感じだったんだけどさ。
仮に80年代前半にデビューだったら、河合奈保子さん位のメジャー級にはなっていたかもな。

歌い方がね、デビュー当時の河合奈保子さんにやや似てたんだよね。 うん、ウタは必ずしもうまくなかったけど、一生懸命に歌ってる・・・ってところは伝わってくる歌い方だし。。
その辺りに河合奈保子さんとの共通点も感じたんだよな。

現在はというと、アイドルをやめた後も「音楽ライター」として現在も活躍中とのこと。 うん、分からないもんなんだよね。
アイドル時代は、まさかその後ライターになるとは、全く思いもよらなかったし。






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愛しき日々 / 堀内孝雄

1987_02_愛しき日々_堀内孝雄


今回の1曲セレクトは、「愛しき日々」堀内孝雄です。

まずはデータです。

・タイトル     愛しき日々
・アーティスト   堀内孝雄
・作詞       小椋佳
・作曲       堀内孝雄
・編曲       川村栄二
・リリース日    1986年10月25日
・発売元      ポリスター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   21.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1987年2月9日〜3月23日付
・タイアップ:日本テレビ系年末時代劇「白虎隊」テーマソング

ここのところ気分が晴れない日が続いてるんだよな。やたらと今後の人生の事を考えたりして。
このまま今の仕事を続けていていいのか、今後どう生きて行ったらいいのか・・・って言うところを頭の中で自問自答してる日々が続いていたりして。 でも、まだ明確な答えが出せない。

そもそも自分が本当にやりたい事・・・それは、ここで書いてるように、今ではうずもれて死角になっている「いい曲」をこうして引っ張り上げて、もう一度、みなさんに伝えていきたいってところなんだよな。

ま、ここでは「昔」の曲を中心にかいてるけど、本来はそれに限定するものではなく・・・。

これを本格的に実現するためには、どうすればいいのか・・・ってところを考えてはいるんだけど。。。


振り返ってみれば、こういった今後の人生の生き方について自問自答する期間が出てくるのは、今が初めてぢゃない。 大体10年に1度は出てくる。
 しかも、決まって年代が変わる2〜3年前に出てくるんだよな。17才の時も27歳の時も37歳の時もそうだった。
そして、47歳の今、やはり同じような「自問自答」が出てきた訳なんだよね。

これを打破するためには、答えが出ようが出まいが、実際に動くしかない・・・っていうのは、これまでの経験から分かってはいるんだが・・・・。実際に動くまでが遠いワタシなのです。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、今と同じような「自問自答」の日々が続いていた、17才の頃のヒットをひとつ。

堀内孝雄「愛しき日々」。

そうなんだよね、この曲を聴くと、高校2年、17才だった今頃、ひたすら悶々として日々を少して居た頃を思い出す。

兎に角、毎日がスカッと晴れない、悶々とした日々だった、あの頃。
普通、17才と言ったら、一番青春を謳歌している頃の時代だよな、きっと。でも、ワタシ的には気分が晴れなかったんですよ、あの頃。

1年後の大学受験、今後やりたい事、進むべき道・・・全てが漠然としてて、全く霧の中だったあの頃。反面、女の子と「やりてぇ」って下半身が熱くなってばっかりしたあの頃。

この「愛しき日々」を聴くと、そんな事ばっかりが浮かんでくるんだよなぁ。

この曲は、当時、日テレが年末「大型」時代劇を毎年放送してたんだけども、その第1弾となった「白虎隊」のテーマソングでしたね。
 生まれが「福島」のワタシにとっては、なじみ深い「白虎隊」の物語だった事から、もちろん、このドラマは見たけども、そんな悲しいドラマに見事なくらいマッチしてたんだよな、この曲は。

そんな事が印象深く残っていたこともあって、当時、この曲が、ワタシの頭の中ではグルグルとヘビーローテーションで鳴ってたんですよ。
 
そんなことと相まって、この曲となると、あの時代、1987年の今頃の霧の中状態のワタシがフラッシュバックするわけです。





あー、だめだ、やっぱり、この曲を聴くと30年前のあの「悶々とした日々」が走馬灯のように甦って来るな。
ところで、ベーヤン(堀内孝雄氏のニックネームね)も、この曲あたりを境に、ニューミュージックから、歌謡曲色が
強くなってきた頃ですよね。
 オリコンでは、当時この曲は、まだ「ロック・ニューミュージック」に分類されていたけど、実際のところはすでに歌謡曲でしたからねぇ。
 
でも、そんなことはどうでもいい。やっぱり良い曲は良いんだよな。

それはそうと、この曲、未だに音源持ってないんだよ、ワタシ。

当時から買おう買おう・・・と思ってて、30年も経ってしまった・・・という。
それだけ、この曲聴くと、当時を思い出して、沈んだ気分になってしまう訳なのです。



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ホワイトラビットからのメッセージ / 渡辺満里奈

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今回の1曲セレクトは、「ホワイトラビットからのメッセージ」渡辺満里奈です。

まずはデータです。

・タイトル      ホワイトラビットからのメッセージ
・アーティスト    渡辺満里奈
・作詞        秋元康
・作曲        山川恵津子
・編曲        山川恵津子
・リリース日    1987年1月1日
・発売元      エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   17.4万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1987年1月12日〜2月2日付

前回は、「1月1日リリース」曲として、ずっと引っかかってた曲ということで、ジュリーの「背中まで45分」を書いたりしたんだけども、今回も同じような境遇の曲と言えるかなぁ。
 引っかかっていた・・・というよりも、「1月1日リリース」曲として、いつかは書かなきゃ行けんだろうなぁ・・・と思ってた曲ですね。

渡辺満里奈「ホワイトラビットからのメッセージ」。

この曲は、86年10月のソロデビュー曲「深呼吸して」に続く、第2弾シングルだったわけなんだけども。。
いつかは書かなきゃ行けんだろうなぁ・・・と思いつつも今まで書いて来なかった・・・ということは。。。。

そうなんですねぇ、個人的には引っかからなかったんですねぇ、この曲。
ま、ここでは前から書いているように、当時、おニャン子クラブに引っかからなかったからなぁ。ましてや、おニャン子からのソロ曲である、この曲に引っかかるはずも無く。。。

・・・・というのは表向きのはなしで、実際は、まともに聴いても無かったんだよな。

当時、おニャン子って、例のTBS VS フジテレビっていう、いわいる「各方面の折り合い」っていう「大人の事情」で「ザ・ベストテン」には一切出演してなかったからさあ。

「大人の事情」・・・まあ、今から考えれば子供の喧嘩のようなしょーがない事情なんだよ。
「業界人」ご用達サイト、「MUSIC MAN.NET」の「MUSIC MAN'S Reley」っていう、業界有名人をリレーして行くコラムの、当時夕ニャンのプロデューサーだった「石田弘」氏の回によると、オリコンではいつも1位だったのに、ザ・ベストテンでは、いつもベストテンの下の方だったから。そんなに出る必要はない・・・とのことだったらしい。

しょうもない事情だったんだよね。  おいおい、もっと大人になれよ・・・って感じで。

だったら、レコード売り上げだけじゃなく、有線なり、ラジオチャートなり、リクエストなり、他の要素を上げる努力しろよ・・・なんて、思っちゃったりするんだけどね。

まあ、30年前の事を今更どうのと言ったところで、それこそしょうがない話ではあるんだけども。。。

まあ、それはそうとして、当時、オリコンは定期購読で毎週読んではいたものの、心情的には「ザ・ベストテン」第一主義ってところがあったワタシなんで、ベストテンに出ないヒトの曲を聴いてもしゃーない・・・って思っていた向きもあったんだよな。

だから、このころのおニャン子の曲は聴いてなかったし、いまだによく分んなかったりするのよ。

まあ、そんなこともあって、「いつかは書かなきゃいけない」と思いつつも、今まで聴いても来なかったんだよな。
(ちなみに、ソロデビュー曲の「深呼吸して」は音源を持ってたりするwwww )

ちなみに、この曲オリコンでは「2週」1位と言う事になってるんだよな。 ま、もっとも初登場した週が、正月休みを挟んだ「2週集計」ということで、便宜的に2週1位と言う事になってるんだけどさ。
 でも、「初登場」だけしか売れない、おニャン子関係にあって、2週連続1位は、前年4月の新田恵理様の「恋のロープをほどかないで」以来と、比較的珍しい売れた方もしたし、渡辺満里奈としては、「一番売れた曲」になってたりもするんだけどさ。


・・・ということで、「ようつべ」を曲を聴いてみた。

なるほど、曲調的には、デビュー曲の「深呼吸して」の延長線にあるようなかんじだわな。いわいる「ハネ」系って言われるような。。。
 さすがに、「音楽」そのものを大事にしている「エピックソニー」からのリリースと言うだけあって、曲そのものはしっかりしてたりする。

例の「ニッポンの編曲者」によると、この曲は収録されていないけど、直近のアルバム「ever green」のには、涙が出るくらいの一流スタジオミュージシャンがレコーディングに参加していることになってる。

うん、バッキングを聴く限りでは、カラオケを聴いてるだけでも充分と思えたるかもしれない。

そんな一流の演奏を渡辺満里奈さんが台無しにして行く   うーん、いつかも全く同じような事を書いたけども、その通りなんだもの

兎に角、このヒト、ウタがねぇ・・・・。  

もし、当時、今の私の年齢でこの曲を聴いてたらバカ怒りしてたと思うわ。。うん、ウタに関しては全てが間違っているとしか思えないんで。。。
 
でも、可愛かったから許す・・・。 となっちゃうんだよな、きっと。 なんか、しっくりとは来ないんだけども。。。





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想い出の冬休み / 西村知美

1987_12_想い出の冬休み_西村知美


今回の1曲セレクトは、「想い出の冬休み」西村知美です。
まずはデータでする。

・タイトル     想い出の冬休み
・アーティスト   西村知美
・作詞       松本隆
・作曲       筒美京平
・編曲       武部聡志
・リリース日    1987年11月16日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数   3.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 20位



気がついてみれば、朝4時。眠れないまま、1曲セレクトを書いてるワタシは、完全に休みモードだわな。
・・・と思ってたら、新聞屋が朝刊配り出し始めた。もう朝だねぇ。 今晩はこのまま起きていようか。

今年もあと2日を残すのみ。昨日は、今年はここまで長かった・・・なんて書いたんだけども、あれはあくまで「仕事」が長かった・・・ということで、プライベートでは、やっぱ1年、「あっという間」って感じでしたよねぇ。
さっきも池上彰の「今年のニュース総ざらい」を見てたけど、今年の1月、2月あたりのニュースは、てっきり去年だと思ってたのもあったりしてね。ますます、加速度的に時間が過ぎて行くようになってきてますわ。

それはそうと、学生の皆さんは、ちょうど冬休みだよなぁ。 そう言えば、学生の頃の冬休み・・・特に、まだ年が明ける前の時期、12/30とか31って、なんかワクワクしてたよな。 新しい年に向かってのカウントダウンが、なんか新しい世界への扉をあけるような、どっか異次元の世界に行くような感じに思えてね。ワクワク感があったんだよね。
ま、今となっちゃ、そんなワクワク感も無くなっちゃったけどさ。。。 年越しは年越しじゃんよ・・・とか

うーん、ワタシもすっかり枯れて来ちゃいましたね。。。。


ということで、今回の1曲セレクトは、そんな学生時代のワクワクした「冬休み」を歌った歌をひとつ。

西村知美「想い出の冬休み」。

う〜む、果たして、この曲を覚えている方がどの位いらっしゃる事やら。。。。 今から29年前、しかもオリコンでベストテンにも入らなかった、この曲なんで。。。
うんにゃ、その前に、オリコンベスト100に、わずか「3週間」しか入らなかったこの曲なんで。。。

ま、今なら、オリコンの100位以内に3週間しか入らない曲もザラなんで、感覚的にそんなに珍しとは思わなくなった、完全に感覚がマヒしたワタシが居たりするんだけどね。

たしかに29年前当時も、「レコード」不況と、アイドル全盛の流れの中で、相対的にチャートは流動的で、ランクイン期間が短くなっていた傾向はあったけども、さすがに「3週」で100位から姿を消していた曲は、そんなに無かったんだよな。

でもね、この西村知美さんは、そんな曲が多かったんだよな。「初登場」のときだけ、そこそこ売れて2週目以降はぱったり売れなくなるっていう。

結局は、一般的には広がらず、トロリン(西村さんの愛称ね)の熱烈なファンだけがレコードを買うっていう傾向だよね。

だからね、熱烈なファン以外は、曲をほとんど知らない・・・という。

 ただ、ウタ以外で、テレビにはよく出てたからな、このヒト。 うん、あのヒトより「2歩、3歩遅れた」反応のトボケタキャラクターが受けてたし、ま、とりあえず発売した週だけは、ザ・ベストテンにも入ってたからさ。

そんな感じだったんで、個人的にも曲は、そんなに覚えてないんだよな、このヒトの曲は。ま、そもそも、ウタはね、「アレ」なんで・・・。 え? 分かんない? うん、ウタはね「ヘタ」なんでさ、このヒト。
どの曲も同じような聴こえちゃったりするんだよな。

あー、老化現象。。。。 と今では言えるんだけども、当時、ワタシは18才でしたからねぇ。さすがに老化現象ではなく、実際のこのヒトの曲ってどれも同じような聴こえたのよね。
まあ、よく言えば、どの曲にも見られたようなホンワカしたイメージの他にないキャラクターだった事、実際的に言えば、やっぱり、基本となる「ウタ」がね、まともに歌えなかったんで、同じようなイメージの曲しか歌えなかったんだろうな。

そんな同じような曲が並んでいる中で、なぜかこの曲は、よく覚えてるんだよな。

ここでは何度も書いてるように、1987年の冬というと、個人的には大学受験直前ってことで、訳が分からなくなってた頃ですわ。現役で受かんなきゃいけない・・・って言うプレッシャーと、(まともに勉強してなかったんで)ダメだろうな・・・なんていう諦めとが、頭ん中で交差してる毎日でさ。

そんな日々の中、頭ん中でグルグルとヘビーローテーションしていたのが、この曲だったんですよ、なぜか分かんないけど。。。。。

この曲の「牧歌的」な雰囲気に、非日常性を感じてたのかもしれない。

いやいや、逆だ。 当時の訳分かんなくなってた日々が非日常的で、この曲に本来の日常性をかんじてたんだよな、きっと。

だってさ、本当は、こういう牧歌的な日常を送りたかったんだもん。まあ、一種の逃げ口上なんだけどさ。

それが羨ましかったんだよね、きっと。

そもそも、セーラー服姿のジャケ写からして牧歌的じゃん。 うん、時代は一世代遡るけど、壷井むつ美さんの「自転車通学」っていう、本当に知ってる人ししらないような曲のジャケ写に似てるような。。。

img_2[1]


実際曲的に、80年代というよりも70年代なんだよね。原田知世の「撫子純情」って言うタイトルじやないけど、センパイに向かって、純な感情を歌っている曲なんて、87年当時でも既に絶滅してましたからねぇ。

こんな一世代前のアイドルの曲を提供したのは、一体誰?  ・・・と思ったら、

作詞 松本隆   作曲 筒美京平  編曲 武部聡志

なんちゅう、超ゴールデントリオぢゃないの。 もろ斉藤由貴さん布陣の。。。

それにしては、なんてアナロクな曲なんでしょ。
純情というか、田舎的・・・というかさ。。。。上で書いたように、87年当時、既にこんなに純粋な女子高生なんて、少なくとも都会周辺には居なかったょナァ・・・。 とか丁度、高校生だったワタシ思ったりしたもんだけどさ。

ただ、松本隆氏って、「田舎」の女の子像を書くのが上手かったからなぁ。 うん、その昔、太田裕美さんの一連のヒット曲に出て来る女の子って、大体が「田舎もん」だっだしゃん。
「木綿のハンカチーフ」にしても「赤いハイヒール」にしても。

そう言うイメージに似てるんだよね、この曲のイメージって。

そういう「田舎もん」な女の子像を書くとき、必ずコンビを組んでいるのが筒美京平氏・・・って言う感じで、そんな田舎の女の子像を「音楽」として表現するのが筒美氏って抜群にうまいんだよね。
 思わず、田舎の景色が浮かぶんですよ。うん、福島の田舎出身の、田舎もんのワタシが言うんだから

ちなみに、両者とも東京出身であり、本来は「田舎もん」じゃないわけで・・・、不思議なんだよね。
本来なら、めちゃくちゃシティポップスな筈の二人なのに。

この曲もそうだけど、次の「さくらが咲いた」もこの曲と同じ「トリオ」の作品だけど、やっぱり田舎くさかった。

でも、個人的には、やっぱり引っかかった。

結局さぁ、西村知美さん時代が牧歌的なんだよね。そそそ、田舎の撫子純情なイメージなんですよ。
そんな訳で、都会の女の子・・・というよりは、こういう田舎くさい曲の方が合ってたんだろうなぁ。

でも結果としては、売れませんでしたけどね。。。

その辺は、トロリンの熱狂的なファンとの意識がずれていたのかなぁ。。。いくら曲が本人と合っててもファンの好みとズレでるとねぇ。。。そこが難しいところではあるんだよな。

  

 

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