かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1987年

さよならの果実たち / 荻野目洋子

    1987_07_さよならの果実たち_荻野目洋子


今回の1曲セレクトは、「さよならの果実たち」荻野目洋子です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならの果実たち
・アーティスト   荻野目洋子
・作詞       売野雅勇
・作曲       筒美京平
・編曲       武部聡志
・リリース日        1987年6月21日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   16.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月29日〜7月27日付

3月にリリースされた「ニッポンの編曲家」の続編とも言える「作編曲家 大村雅朗の軌跡」を読んでるのね。
まあ、いわいる「業界本」ともいえるアレンジャーにスポットを当てた1冊ですね。 楽曲作成の上でウラ方の要でもあり、かつ、これまでほとんどスポットが当たって来なかった、アレンジャーに初めてスポットを当てたって言うだけでも画期的な1冊であり、だからこそ、ここに来ても売れてる1冊なんだけどさ。
(いまや業界的には「必携」の1冊どぇす 業界の方で読んでなかったらモグリよ

その続編とも言える、今回の「作編曲家 大村雅朗の軌跡」。ま、読んで字のごとく97年に若くして夭折された、ヒット曲アレンジャーとして超一流だった大村雅朗氏にスポットを当てた1冊。

まあね、内容詳細は事は別トピックスを立てるとして、率直な感想としては、そうだな、亡くなられて今年で20年ということで、こういう企画だったんだろうけど、どうしてもあの時を振り返る・・・のような感じなんだよな全体的に。
とくに、アレンジャーとしてだけでなく、コンポーザー(作曲者)として、未だに業界内外にも一目をおかけている松田聖子さんの「SWEET MOMERIES」についての記述割合が多くなってしまう。 
それはそれで仕方が無い事なのかもしれないけど、どうしても「後ろ向き」な内容であるのは、どこか引っかかってしまったワタシなんですよね。

じゃーよ、昔の曲ばっか書いてる、この「1曲セレクト」はどーなんだよ、後ろ向きの内容ばっかじゃんかよ・・っていわれれば、元も子もないんだけど。。。

ただ、現在も御健在であり、現在進行形なアレンジャーやプレイヤーの紹介の部分が多い、「ニッポンの編曲家」と比べると、どうしても後ろ向きに感じてしまった。って言うところは否めなかったですね。


あー、前置きが長くなった・・・。

今回の曲セレクトは、そんな「大村雅朗」氏がアレンジをしてたもの・・・と勘違いしてた1曲をひとつ。

荻野目洋子「さよならの果実たち」。

先週まで、ヒットしてた当時は、あんまり好きじゃなかった曲ということで80年代アイドル曲を書いてきたけど、今回の「さよなららの果実たち」も、そういう中の1曲になるのかなぁ・・・。

ま、少なくとも今まで残っていた・・・ってことは、進んで聴いてた曲ではなかったんだよな。

この曲は荻野目ちゃん自身、初のオリコン1位獲得。 あれから丁度30年。今となっては完全に忘れ去られてるような事実だけど、そうなんだよね。
大ブレイクとなり自身の代表曲でもある「ダンシング・ヒーロー」も、ロングヒットとなった「六本木純情派」もオリコン1位とはなっていない。
この曲が初の1位獲得なんですよ。 まあ、チャート上のあやと言ったらそれでおしまいなんだけど、今となってはそれほど有名ではない、この曲が初の1位獲得曲っていうのも不思議な感じはするけどさ。

ちなみに、荻野目ちやんは、この曲を含め、88年の「ストレンジャーTonight」「スターダスト・ドリーム」と3作のオリコン1位曲をもっているけど、それも今となっては忘れ去られた事実かもなぁ。

当時も今と同じように、ヒットチャートの「1位」の重みはほとんど無くなっていたからさ。そう言う時期のヒットチャートなんて、時間とともに忘れ去られるのが一般的ですからね。


↑で、当時、この曲を進んで聴いてなかった・・というのは曲の好みもある。 当時、大学受験を控え精神的に不安定でヒット曲どころではなかったこともある。
たださ、ヒットチャートの重みの無さから、楽曲自体に魅力を感じ無くなっていたってのもあるな。

不思議なもので、ヒットチャート時代に重みがあるときっていうのは、ヒット曲自体に面白さを感じるんだよね。
まあ逆に言えば、ヒット曲時代が面白いからヒットチャートに重みが出るんだろうけどさ。

それとは全く、真逆的な現象 、それは、今もそうなんだけど、当時も曲自体に魅力を感じ無くなっていたんだよね。

いつかもかいたけど、それはワタシだけではなく、古くからのチャートマニアの間でそう感じる方も少なくなく、それの時期にチャートマニアから離れて行った方も少なくない。
それは、楽曲自体に魅力を感じ無くなったからたと思うんだよな。

それは、この曲からも感じてたんだよなぁ。
正直言って、色合いが良く分かんなかったんだよね、この曲。 当時、荻野目ちゃんのシングル曲って、ちょっとドギツクなってきてたんだよな、全体的に。 それはこの曲からも感じた。

昨日書いた、黛ジュンさんの「天使の誘惑」の「昼間に向かったポップス」という表現を借りれば、この曲は、真逆に「夜の」匂いがプンプンしてたりね。
 それを考えると、おおよそ「ポップス」って言う匂いを感じなかったんだよね。 ポップスというよりはより歌謡曲の匂いを感じていた・・・というかさ。

そんな「夜の匂い」に、夏の暑さが余計堪えた・・・、そんなイメージがあるんだよなぁ、この曲には。

この曲、筒美京平さんなんだよね、作曲は。

うーむ、全体的に見て、87年・・・特にこの年の夏から秋にかけての京平さんの曲って、未だによく分かんない曲が多いんだよなぁ。
 この曲に然り、C-C-Bの「2 Much I love U」に然り、守谷香の「予告編」にしかり、マッチ先生の「泣いてみりゃいいじゃん」に然り・・・・。

今ひとつスコンと「抜けた」生理的に気持ちいい曲が少ない。 どこかにモノが挟まっているような不快感のようなものを感じたりね。
 あ、少年隊の「君だけに」は別・・・。この曲だけはこの時期としても良かった。 パワーが落ち気味でもちゃんと結果を残すところが筒美京平氏の凄さなんだよな。


メロディラインはよく分かんなくても、サウンドだけは、やけにはっきりしていたりするんだよね、この曲。
その辺が、この曲のアレンジが、大村雅朗氏と勘違いしてたところなんだけどさ。
作詞 売野氏、作曲 筒美氏ね アレンジ、大村氏っていうと、どうしても音の輪郭がはっきりした「濃い」味付けの曲を連想しちゃうからさ。
例として、河合奈保子さんの「エスカレーション」「UNバランス」とかさ。

この曲も、それらと同じような匂いを感じたんだよね、初めは。

だから、この曲のアレンジが、武部聡志氏って知ったときは、かなり意外に感じたけどなぁ。

武部氏のアレンジというと、どうしても斉藤由貴さんの、あの「ふんわり」としてやさしく上品なアレンジを想像するからさぁ。 そそそ、松任谷正隆氏の流れを汲む、いわいるハーフトーン系ってやつね。 山の手のお嬢さん的な上品さ。

それがこの曲では一切感じられないからさ。 この曲は下町の猥雑さなんだよね、感じるのは。

きっとね、その辺りもこの曲に、今一つ魅力を感じなかったひとつなのだと思う。

おニャン子以降の一連のアイドル曲に感じてたのは、猥雑さなんだよな。 下町的な猥雑さだったからこそ、ある種のパワーがあったのかもしれない。 けど、個人的に当時、欲していたのは、もっと音楽的な上品さだったのかもしれない。 その辺がのギャップがヒット曲から一歩引いてた部分があるっていのは否めないんだよね、当時振り返ると。


動画・・・昨日に引き続き、どうもリンクが弾かれちゃうなぁ・・・・っつうことで、ようつべへ直リンク

https://www.youtube.com/watch?v=VugGgZsF8xw



そーいえば、昨日書いた黛ジュンさんって、初めは本名の「渡辺順子」でデビューしたけど売れずに、のちに黛ジュンとして「再デビュー」・・って書いたんだけど、荻野目ちゃんも「再デビュー」だったんだよね。

ってか、その辺は有名か・・・。 そそそ、初めは「ミルク」っていう小中学生3人ユニットでデビュー。
荻野目ちゃんが小学5〜6年の頃って言うから1979〜1980年ですね。

↓ コレ


小学生なのに、妙に歌がしっかりしてたりして・・・。
どうりでアイドル時代も歌はしっかりしてた訳でね。


Blonde / 中森明菜

1987_07_BLONDE_中森明菜


今回の1曲セレクトは、「Blonde」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    Blonde
・アーティスト  中森明菜
・作詞      BIDDU, WINSTON SELA
・作曲      BIDDU, WINSTON SELA
・編曲      中村哲
・日本語詞   麻生圭子
・リリース日   1987年6月3日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 30.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月15日〜8月3日付

 久しぶりの1曲セレクトです。・・・・なんてここんところいつも書いてるような気がするなぁ。
ま、実際2週間ぶりなんだけど。。。
いやいや、ここんところ毎回かいてるように、持病の「痛風」発作の塩梅がよくなくてねぇ・・・。発症から1カ月も経つっていうのに、まだ痛みが引き切れない日々が続いておりまする。
今も、痛い箇所にロキソニンテープを貼りつつ書いてたりしてね・・・なんてね、体調が悪い日が続いておりまして、ここんところ書く機会が減りつつあるって感じですね。

でも、とりあえず、書いてみますわ・・・。

・・ということで、今回セレクトしてきた曲は・・・っつうと・・・うーむ、個人的にはキライな曲だったりしするんだよね。
なんで、ずっとほったらかしにしてた曲なんですが。。。

中森明菜「Blonde」

明菜の80年代の曲は、すでに大体書いたんだけど、ま、そんなわけでこの曲はずっと「放置プレイ」のまま、今に至って来た訳なんだよね。

なぜキライだったか?

ま、深い理由なんてないんですよ。 単に当時引っかかったっか、引っかからなかったのか・・・の差だけなんだわね。
で、この曲は引っかからなかった・・・と。

なぜ、引っかからなかったのか・・・っちゅうと、やっぱり「洋楽」だったからなんだろうね、この曲は。

そそそ、↑のこの曲の作詞、作曲者でも分かるように、もともとは作詞、作曲者とも「向こう」のヒトなんだよね。

だから、曲自体まるで「洋楽」なんですわ。 当時、個人的には洋楽はまるでダメでねぇ。 うん、知識的にというよりは80年代後半ごろの洋楽の曲自体、生理的にダメだったんだよね。

なんか軽いし、音が角ばってるし、色もそっけもないし・・・。 うーん、色もそっけもないって言うのが一番のダメだった所かなぁ。

当時、 イケメンを表すコトバとして、ショウユ顔、ソース顔ってあったじゃん。 あっさり系のショウユ顔に、コッテコテのソース顔って感じでさ。

その点から言えば、この当時の洋楽って、音からしてもモロ、ショウユ顔的なんですわ。 あっさりしてて味もそっけもない。

まあ、それが80年代後半、バブル前夜の無機質なアーバンな雰囲気にぴったり嵌まっていたのかもしれないけどさ。

でも、ここでは再三書いてるように個人的には、こってこてな味か濃い音が好きだったからさあ。
というか、日本人としての性というかねぇ。 どうしても向こうの抑揚のない無機質なサウンドにはなじめなんですわ。まあ、向こうの曲でもフランスとか北欧的な、「濃い」サウンドの音楽は好きなんだけどね。

明菜の曲って、80年代後半・・・そうだねぇ、85年の「SOLITUDE」あたりから、洋楽にコミットしていくんだよね。メロディ的にというよりはサウンド的に。 つまりさ、↑で言うならあっさり系であり、無機質なサウンドの曲が増えていくですよ。

そんなところから、個人的には明菜の曲から距離を置いて行くことになるんだけどさ。 その最たる曲がこの曲だったってことなんだよね。

この曲は、サウンドだけではなくメロディも全くの洋楽。抑揚もなく無機質感丸出しの曲だったから・・・。 そこがダメだったんだろうね。

今ですか? まあ、あれから30年経ったからねぇ。 ワタシも随分丸くなったし、一応はこの曲も聴くようにはなってるけどね。
ただ、未だに聴く特には抵抗は感じるんだよな。まあ、頭で感じる抵抗・・というよりも生理的な抵抗なんだけけどさ。


ちなみに、この曲、作詞作曲者が外人・・・ということもあり「原曲」があるんだよね。 まあ、他のヒトが歌っているカバーという訳じゃないんだけど。
 うん、元々のタイトルは「LOOK THAT KILLS」っちゅう100%英語詞の曲。  そそそ、明菜自身、この「Blonde」をリリースした少しあとにリリースしたアルバム「Cross My Palm」で、オリジナルの「LOOK THAT KILLS」として歌ってたりする

↓ コレ


・・・・つか、初めて聴いたんですけど。。。  87年クリスマスのMステで歌ったものらしいんですが。。。

へぇ〜・・・・。「Blonde」より全然いいじゃん。 ファルセットの明菜、めちゃくちゃ新鮮じゃん。
うん、これ聴いて分かったわ、「Blonde」が好きになれなかったのが。 
「Blonde」はキーを下げてるんだよね。Aメロとか低音で歌ったるじゃん。 それがどーも、もしゃもしゃしててさ、すっきりしてないんですよ。そんな所もダメだったんだろうな。





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渚のファンタシィ / 酒井法子

    1987_06_渚のファンタシィ_酒井法子


今回の1曲セレクトは、「渚のファンタシィ」酒井法子です。

まずはデータでする。

・タイトル    渚のファンタシィ
・アーティスト  酒井法子
・作詞      竹花いち子
・作曲      タケカワユキヒデ
・編曲      新川博
・リリース日   1987年5月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 6.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月8日付

いやー、いつ以来でしょうねぇ「1曲セレクト」。。。3週間ぶりの「更新」となりまする。
いや、サボッてた訳ぢゃないんですけど。。。 その間、前回更新した時にも書いた、「痛風」の発作が悪化してしまいまして。。。 歩行困難ですよ。歩けない・・の前に足をつくだけで激痛が。。。
久々に、トイレまで「這って」行くハメになってしまっておりました。
それもようやく落ち着きーの・・・と思ったら、先週は、ワタクシ主催の「合宿」形式で「ヒット曲」をオールナイトで観賞するオフ会を開催いたしまして・・・。

そんなこんなで、暫くずっと更新できない日々が続いていたんですよね。 久々の完全(でもないが。。)オフ日ということで、ようやく1曲セレクトを書いておりまする。

その間に書きたい・・と思ってた曲も少し溜まってきたんでね、ちょっと間髪いれず書いて行けたらな・・・なんて思ってるところです。。。

・・・っつうことで、今回はそんな書こうと思った1曲。

酒井法子「渚のファンタシィ」

1曲セレクトも結構曲数を書いてきたけど、これまでノリピーの曲って、それほど書いて来なかったんだよな。
まあ、例の「クスリ」事件で心証悪くしてた時期も長かったし、なによりヒット当時からそれほど真剣に聴いてなかったってのもあるかなぁ。

この曲はデビュー2作目のシングルですわな。 数多くの「アイドル」がデビューした87年デビュー組の中では、頭一つ抜けてるかな・・・なんて印象が個人的には、このヒトにはあったんだよね。

でもって、アイドルの場合、件の通りデビュー第2弾がブレイクすると、その後「化ける」っていうジンクスがあったからさあ、ある意味この曲は「勝負曲」だったんじゃないかなぁ。

・・・とは、当時から思ってましたね。曲的にモロ「夏」をイメージした曲だったじゃん。 路線的に言ったら、松田聖子女史が、デビュー曲の「裸足の季節」⇒第2弾「青い珊瑚礁」と辿った路線に似ていた訳ですわ。

なるほどぉ、松田聖子に去られた、サンミュージックとしては、ポスト聖子として期待されている訳ですわな・・・っていうのが見え見えだったりしてさ。

だからね、この曲はそこそこ行く(売れる)んじゃないかなぁ・・・なんて個人的には思ってたんだけどねぇ。

BUT、今一つ上手く行きませんでしたねぇ。

オリコンでは最高4位まで行ったし、「ザ・ベストテン」でも3位・・・なんて上位まで行ったものの・・・。
後が続かなかったんだよねぇ。チャート的に言えば、超短期ヒットって言うのかなぁ。まあ、今の曲で普通に見られるチャートアクションだよね。

うーん、なにが行けなかったんでしょうかねぇ・・・。

やっぱりね、以前も何回か書いたけど、季節的なもんだよね、5月にモロ「夏」のイメージの曲と言われても、今一つピンと来なかったのは確かだしなぁ。
そそそ、最近でこそ5月で真夏日とか普通にあったりするけど、30年前はまだそんなことは「稀」だったしさあ。
「梅雨寒」っていうコトバもあったくらい、5月、6月っていうと、まだ肌寒い日が多かったのよ。

実際、この曲のイメージってさあ、なんか寒さで震えてる海・・・って言うイメージだったりしてさ。

いや、季節的なところ以外にも、実際、曲調的にも、「夏」の太陽を感じさせる温度感が今一つなんだよな。
たしかにアレンジ的には「夏」を感じさせるような「施し」はしてあるけどさあ、 全体的に言えば今一つ「抜けて」来ないって言うかさあ。

ノリぴー自身の歌唱力ってのもあったな。まだまだ安定感がなかったよな、この曲の頃は。まずもって、腹からじゃなくて、ノドから声が出てる感じだったんだよね。だから、まだまだ歌唱力に安定感が無くてさあ。
その辺だったのかなぁ。

このヒトが本当の意味で、抜けてきたな・・・って感じたのは、この曲の1年後の「1億のスマイル」位からかなぁ。

まあ、アイドルとしての営業スマイルはピカ一だったけど。 っつうか当時はアイドルも供給過多だったんでさあ、営業スマイルだけじゃ、人気は取れない時代になってたんだよね。

この曲の作曲は、ゴダイゴのタケカワユキヒデ氏。 この当時はよくアイドルに曲を書いてたよなぁ。
この曲の直近では、浅香唯さんの「STAR」とかさ。
ただ大体がヒットと言う意味では、もう一つだったんですよね。 この曲もそうだけど、ポイントがもう一つ絞れていない・・・っていうかねぇ。どこか弱いんだよねインパクトが・・・。
ゴダイゴで大ヒットを出してた頃のようにはなかなか行かなかったんだよなぁ。




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シンフォニーの風 / 西村知美

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今回の1曲セレクトは、「シンフォニーの風」西村知美です。

まずはデータでするぅ〜。

・タイトル    シンフォニーの風
・アーティスト  西村知美
・作詞      麻生圭子
・作曲      中崎英也
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1987年3月11日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  7.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月30日付
・タイアップ:ハウス食品「ゼリエース」CM曲

個人的な事だけど、サザンのファンクラブに入ってましてね
桑田氏が「ソロ」として「悲しい気持ち」でデビューして今年で30周年なんだよね。そんなこともあって今年は攻めますよ〜って言う告知がファンサイトに出てたりしてね。
その第一弾が、4月から始まるNHK朝ドラの主題歌って訳ですわな。さてさて、今後はどういう活動となって行くやら、注視の1年になりそうですわ。

それはそうと、1987年って年からもう30年も経つんだよな。
なんか最近、早ぇなぁ〜・・・って事ばっか書いてるような気がするけど、ホント早いですよ。30年前、ワタシゃ高校3年。マジであっという間でしたね。ワタシの中では「昨日」って言う感覚でもおかしくないもの。

例えばさ、先週終わった大相撲中継とか見てると、懐かしの名場面とかやるじゃん。 そういうとき最近、千代の富士 VS〜」とかのVTR流れる事が多いけど、30年前って言ったら、もう「リアルタイム」で相撲中継見てたよな・・・とか思ったりして。。。その感覚で言えば、ホントつい昨日のようなんだよね。

あ〜、このままあっというまに「ジジィ」になって行くのか・・・なんて考えたら背筋が「ゾゾゾッ」ですよ。。。。


・・・・と言う事でもないけど、今回はそんな30年前の今頃の「アイドル」の曲をひとつ。

西村知美「シンフォニーの風」。

上に書いたように「30年、あっという間よ」って言う感覚から言えば、
「うわっ、この曲から30年も経つんか・・・・。」ですわ、まさに。

昨日だよね、この曲って。ってマジで言っても「そうね」なんて言ってしまいそうな。。。。

良く言えば、それだけ未だに「新鮮」に感じたりする。 悪く言えばそれだけ「聴いて来なかった」っていう感じな曲なんだよね、個人的に。

西村知美さん。 ま、未だにタレントとして残っている1人だけども、正直言って30年前のあの頃、たれが30年後まだタレントして残っているだろう・・・なんて思えたか。。。
って感じだったもんね。 いや、個人的にはそう思ってたのよ。

そのくらい、「歌手」としては希薄なイメージだったし、ま、それ以前に、歌唱力がね・・・・ってところでさあ、どう考えても、あの時点で「良くてあと2〜3年だよね」って感じだったんだよな。

確かにアイドルは歌唱力はどがえしっていう風潮は、30年前当時は強かった。なので歌がヘタかどうかはタレント生命には関係なかったと言えばそうなんたけどね。

だからねぇ、あれから30年、タレントとして生き延びて来ているってことは、ホント「奇跡」って感じですよ。

でも、「トロリン」って言う愛称のように天然ボケなキャラクターではあったけども、裏では芯の強さがあったんだろうね。そうじゃなきゃ、タレント業を30年も続けられる訳もない訳で。。。

ただ、そうは言っても当時のアイドル誌なんかでは、かなり人気があったからな西村さんは。
この当時、すっかり「アイドル誌」然となってしまった「オリコンウィークリー」でも西村さん人気あったからなぁ。
いまで「オタク」のはしりでもある「同人」的なアイドル同好会では、西村さんの故郷、山口県宇部市をピックアップしたりして。。。

そんな感じでレコード売り上げ枚数では見えない部分での人気がたしかにあった事はあった。
結局は、そんな熱狂的な固定ファンの支えっていう部分も生きたんだろうね、30年タレント続けてこれたって言うのは。


ところで、曲なんだけども。。。。 今まで西村知美さんの曲はあんまり書いて来なかったワタシなんだよな。
ま、確かに当時もあんまり聴いてなかったって言うところはある。 けど、それ以上に、このヒトの曲って、ほとんどみんな同じように感じるんだよねぇ・・・

当時から、早くも「ジジイ」傾向が始まっていたって言われればそれまでって感じだよな。うん、年取って来るとヒット曲がみんな同じような聴こえてくるんだわ。。。今、まさにそんな感じだもの。

なんで、どうも筆が進まなかったって言うところはある。 でも、そろそろ手を付けなきゃね・・・ってことで、今回この「シンフォニーの風」を引っ張ってきた訳なんだけども。

うん、この曲は、同じように聴こえる西村さんの曲の中でも、「なんとなく」他の曲と間違いが分かるんで

いやそれでも、サビに行くまでのAメロ、Bメロは、他の曲との区別がつかないワタシなんだけども。。。

♪シンフォニーのような シレッシェンドの風〜 ♪ っていうサビはね、さすがに聴いてましたねぇ。

そそ、この曲、なんかのCMで使われていたんだよな。。。CMでよく聴いてたような・・・なんて調べたら、ハウスの「ゼリエース」のCMだった。

「あれ? そうだったかな。。。」 これはちょっとイメージが違ってたけど。。。


ただね、結構漠然としてるでしょ。 「シンフォニーの風」ってタイトルは。

コトバのイメージとリリース日からして、春の心地よい風をイメージさせるし、実際そう言う曲なんだけども、そのイメージどおりのサビに持って行くまでの繋ぎに苦労したのか、2番のAメロの

♪ L 角度変えれば
  Bang!  ピストルに似てる
  そんな悲しい事は教えないで あなた〜 ♪

って言う歌詞に、これと「シンフォニーの風」っていう春の微風のイメージとどう繋がりがあるの? なんて不自然さを感じたりしてさ。

うん、唯一、この曲で引っかかったのは、この部分の歌詞の不自然さだったりしてね。

その他は、サビのメロディライン以外は、めちゃくちゃオーソドックスなんだよね、当時のアイドルソングとしては。

筒美京平氏がシングルは「尖って」いないと・・とおっしゃっているように、それまでのヒット曲って好きキライに関わらず、アイドルの曲にもどこかしら引っかかる部分があった。
でも、この辺のアイドル曲から、そういう「トゲ」の部分を感じ無くなってきたんだよなぁ。

楽曲の個性よりもアイドルのキャラクター・・・。 そう言う時代になっていたんだよね、この頃は。

いやいや、レビュー書き泣かせの曲ですわ。。。。






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Free Ballon / 島田奈美

    1987_03_Free Ballon_島田奈美


今回の1曲セレクトは、「Free Ballon」島田奈美です。

まずはデータでする。

・タイトル     Free Ballon
・アーティスト   島田奈美
・作詞       松本隆
・作曲       林哲司
・編曲       新川博
・リリース日        1987年2月11日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数   4.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 16位

えー、ここんところずっと、曲のセレクトに苦慮しているワタシでありますが、今回もいつもながら、あーでもないこーでもない、どの曲を書くベか・・・と言う事を考えていただけで1日が終わってしまった感じだよなぁ。

今回は「アイドル」を持って来たい・・・っていう思いはあるものの、これまで大分書いちゃったからなぁ。。。
困った時は、自分の持ち音源から目ぼしい曲を見つけたりもするんだけども、それも大分底をついて来まして。。。

しょうがない・・・持ち音源以外から探して来るか・・・と思っていたところ、ふと、どこからか流れてきた曲が、これ。

島田奈美「Free Ballon」


いや、別にラジオやテレビで流れていた訳じゃないんだけどね、完全に思いつき。

80年代アイドルで、意外と書いてない年・・・それが1987年だったりするんだよね。 そこから3月頃ヒットしてた曲ねぇ・・・なんて、考えていたら、記憶の奥底から浮かんできたんだよな、この曲が。

たださ、↑で書いたように、この曲音源持ってないのよ。

・・・・いや、その前にヒット当時から、ほとんどまともに聴いてない。

たしか、この曲、「ザ・ベストテン」で1週だけランクインしたんだよな。 そう、島田奈美さんって、このきょくが初めてのベストテン入りだったんだよ。

だから、ベストテンでは見てたはず・・・だけど、なぜか、この曲、ベストテンに初ランクインしたときに録音してたカセット集にも録音されていない。
うーむ、ヒット当時、あんまり興味無かったのかもな。

そんなわけで、曲自体まともに「知らない」状態で書かなきゃならない。。。 


いや、全く知らない訳じゃないんだけどね、 サビの ♪ Free Ballon  想い出の糸が〜 ♪ ってところは覚えているぞ・・・

でも、それだけ。。。。


それでレビューを書くのは、あまりにも無責任・・・っつうわけで、You Tubeで曲を聴いてみた。
いやいや、いい時代だよね、知らない曲でもすぐに聴けちゃう訳だから。。。

まずもって・・・。。イントロからAメロにかけての印象が、全く持ってサビとかけ離れてる。

あれ? こんなにマイナータイプの曲だったっけな? サビの部分とはまるでイメージが違う。

ただ言えることは、めちゃくちゃ「あの時代」を彷彿させる曲調。 全体のサウンド、メロディ、コード進行、音の色合い・・・すべてが、いかにも86〜87年・・・・というイメージね。
曲聴いた事無かった訳だけども、イントロ聴いただけで、いやがおうにも「87年」にタイムスリップしてしまう 


曲調は、そうだなぁ「Broken Sunset」以降の菊池桃子。 イントロは、やっぱり86年頃の中山美穂っていうイメージかなぁ。
 作曲は林哲司氏だけど、84〜85年頃の、だれでも一発で分かるような「林哲司」節っていうメロディラインとは少し異なるな。

むしろ、作詞の松本隆氏に合わせたような曲調。 そこが中山美穂っぽいイメージも浮かんでくるんだよな。

そんなイントロ〜Aメロだけど、サビでイメージがからっと変わる。

そそそ、覚えていたあのメロディだ。 それまでのマイナーチェンジの曲から、一転して、思い切り明るいメジャー展開に「転調」。

このイメージは、翌年の同じ春にリリースした「タンポポの草原」に引き継いだようなイメージだな。
今一つインパクトに乏しいAメロに比べると、サビの部分のインパクトはまずまず強いわな。


全体的な印象としては、まとまりがある曲であるとは思う。
だけども少し当たり前すぎっていうキライも感じたりして。。。もうすこし突飛押しも無いところも無いと、がっちりと食いつくような引きは難しいよね・・・そんなイメージもある曲なんだよね。

このヒトは、見た目可愛らしかったし、松本隆氏も入れ込んでたヒトだったんでね、もう少しメジャーになってもよかった・・・って言う気もするけどね。
結局は、この曲が「一番売れた」曲に留まってしまいましたね。

そもそも、このヒトは、将来的にどうしたいのか・・・そんなビジョンも今一つよく見えなかったんだよね。
まあ、80年代後半以降にデビューしたアイドルの大部分は、そんな感じだったんだけどさ。
仮に80年代前半にデビューだったら、河合奈保子さん位のメジャー級にはなっていたかもな。

歌い方がね、デビュー当時の河合奈保子さんにやや似てたんだよね。 うん、ウタは必ずしもうまくなかったけど、一生懸命に歌ってる・・・ってところは伝わってくる歌い方だし。。
その辺りに河合奈保子さんとの共通点も感じたんだよな。

現在はというと、アイドルをやめた後も「音楽ライター」として現在も活躍中とのこと。 うん、分からないもんなんだよね。
アイドル時代は、まさかその後ライターになるとは、全く思いもよらなかったし。






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愛しき日々 / 堀内孝雄

1987_02_愛しき日々_堀内孝雄


今回の1曲セレクトは、「愛しき日々」堀内孝雄です。

まずはデータです。

・タイトル     愛しき日々
・アーティスト   堀内孝雄
・作詞       小椋佳
・作曲       堀内孝雄
・編曲       川村栄二
・リリース日    1986年10月25日
・発売元      ポリスター
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数   21.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1987年2月9日〜3月23日付
・タイアップ:日本テレビ系年末時代劇「白虎隊」テーマソング

ここのところ気分が晴れない日が続いてるんだよな。やたらと今後の人生の事を考えたりして。
このまま今の仕事を続けていていいのか、今後どう生きて行ったらいいのか・・・って言うところを頭の中で自問自答してる日々が続いていたりして。 でも、まだ明確な答えが出せない。

そもそも自分が本当にやりたい事・・・それは、ここで書いてるように、今ではうずもれて死角になっている「いい曲」をこうして引っ張り上げて、もう一度、みなさんに伝えていきたいってところなんだよな。

ま、ここでは「昔」の曲を中心にかいてるけど、本来はそれに限定するものではなく・・・。

これを本格的に実現するためには、どうすればいいのか・・・ってところを考えてはいるんだけど。。。


振り返ってみれば、こういった今後の人生の生き方について自問自答する期間が出てくるのは、今が初めてぢゃない。 大体10年に1度は出てくる。
 しかも、決まって年代が変わる2〜3年前に出てくるんだよな。17才の時も27歳の時も37歳の時もそうだった。
そして、47歳の今、やはり同じような「自問自答」が出てきた訳なんだよね。

これを打破するためには、答えが出ようが出まいが、実際に動くしかない・・・っていうのは、これまでの経験から分かってはいるんだが・・・・。実際に動くまでが遠いワタシなのです。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、今と同じような「自問自答」の日々が続いていた、17才の頃のヒットをひとつ。

堀内孝雄「愛しき日々」。

そうなんだよね、この曲を聴くと、高校2年、17才だった今頃、ひたすら悶々として日々を少して居た頃を思い出す。

兎に角、毎日がスカッと晴れない、悶々とした日々だった、あの頃。
普通、17才と言ったら、一番青春を謳歌している頃の時代だよな、きっと。でも、ワタシ的には気分が晴れなかったんですよ、あの頃。

1年後の大学受験、今後やりたい事、進むべき道・・・全てが漠然としてて、全く霧の中だったあの頃。反面、女の子と「やりてぇ」って下半身が熱くなってばっかりしたあの頃。

この「愛しき日々」を聴くと、そんな事ばっかりが浮かんでくるんだよなぁ。

この曲は、当時、日テレが年末「大型」時代劇を毎年放送してたんだけども、その第1弾となった「白虎隊」のテーマソングでしたね。
 生まれが「福島」のワタシにとっては、なじみ深い「白虎隊」の物語だった事から、もちろん、このドラマは見たけども、そんな悲しいドラマに見事なくらいマッチしてたんだよな、この曲は。

そんな事が印象深く残っていたこともあって、当時、この曲が、ワタシの頭の中ではグルグルとヘビーローテーションで鳴ってたんですよ。
 
そんなことと相まって、この曲となると、あの時代、1987年の今頃の霧の中状態のワタシがフラッシュバックするわけです。





あー、だめだ、やっぱり、この曲を聴くと30年前のあの「悶々とした日々」が走馬灯のように甦って来るな。
ところで、ベーヤン(堀内孝雄氏のニックネームね)も、この曲あたりを境に、ニューミュージックから、歌謡曲色が
強くなってきた頃ですよね。
 オリコンでは、当時この曲は、まだ「ロック・ニューミュージック」に分類されていたけど、実際のところはすでに歌謡曲でしたからねぇ。
 
でも、そんなことはどうでもいい。やっぱり良い曲は良いんだよな。

それはそうと、この曲、未だに音源持ってないんだよ、ワタシ。

当時から買おう買おう・・・と思ってて、30年も経ってしまった・・・という。
それだけ、この曲聴くと、当時を思い出して、沈んだ気分になってしまう訳なのです。



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ホワイトラビットからのメッセージ / 渡辺満里奈

1987_01_ホワイトラビットからのメッセージ_渡辺満里奈


今回の1曲セレクトは、「ホワイトラビットからのメッセージ」渡辺満里奈です。

まずはデータです。

・タイトル      ホワイトラビットからのメッセージ
・アーティスト    渡辺満里奈
・作詞        秋元康
・作曲        山川恵津子
・編曲        山川恵津子
・リリース日    1987年1月1日
・発売元      エピックソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   17.4万枚
・THE HITCHART HOT30 最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1987年1月12日〜2月2日付

前回は、「1月1日リリース」曲として、ずっと引っかかってた曲ということで、ジュリーの「背中まで45分」を書いたりしたんだけども、今回も同じような境遇の曲と言えるかなぁ。
 引っかかっていた・・・というよりも、「1月1日リリース」曲として、いつかは書かなきゃ行けんだろうなぁ・・・と思ってた曲ですね。

渡辺満里奈「ホワイトラビットからのメッセージ」。

この曲は、86年10月のソロデビュー曲「深呼吸して」に続く、第2弾シングルだったわけなんだけども。。
いつかは書かなきゃ行けんだろうなぁ・・・と思いつつも今まで書いて来なかった・・・ということは。。。。

そうなんですねぇ、個人的には引っかからなかったんですねぇ、この曲。
ま、ここでは前から書いているように、当時、おニャン子クラブに引っかからなかったからなぁ。ましてや、おニャン子からのソロ曲である、この曲に引っかかるはずも無く。。。

・・・・というのは表向きのはなしで、実際は、まともに聴いても無かったんだよな。

当時、おニャン子って、例のTBS VS フジテレビっていう、いわいる「各方面の折り合い」っていう「大人の事情」で「ザ・ベストテン」には一切出演してなかったからさあ。

「大人の事情」・・・まあ、今から考えれば子供の喧嘩のようなしょーがない事情なんだよ。
「業界人」ご用達サイト、「MUSIC MAN.NET」の「MUSIC MAN'S Reley」っていう、業界有名人をリレーして行くコラムの、当時夕ニャンのプロデューサーだった「石田弘」氏の回によると、オリコンではいつも1位だったのに、ザ・ベストテンでは、いつもベストテンの下の方だったから。そんなに出る必要はない・・・とのことだったらしい。

しょうもない事情だったんだよね。  おいおい、もっと大人になれよ・・・って感じで。

だったら、レコード売り上げだけじゃなく、有線なり、ラジオチャートなり、リクエストなり、他の要素を上げる努力しろよ・・・なんて、思っちゃったりするんだけどね。

まあ、30年前の事を今更どうのと言ったところで、それこそしょうがない話ではあるんだけども。。。

まあ、それはそうとして、当時、オリコンは定期購読で毎週読んではいたものの、心情的には「ザ・ベストテン」第一主義ってところがあったワタシなんで、ベストテンに出ないヒトの曲を聴いてもしゃーない・・・って思っていた向きもあったんだよな。

だから、このころのおニャン子の曲は聴いてなかったし、いまだによく分んなかったりするのよ。

まあ、そんなこともあって、「いつかは書かなきゃいけない」と思いつつも、今まで聴いても来なかったんだよな。
(ちなみに、ソロデビュー曲の「深呼吸して」は音源を持ってたりするwwww )

ちなみに、この曲オリコンでは「2週」1位と言う事になってるんだよな。 ま、もっとも初登場した週が、正月休みを挟んだ「2週集計」ということで、便宜的に2週1位と言う事になってるんだけどさ。
 でも、「初登場」だけしか売れない、おニャン子関係にあって、2週連続1位は、前年4月の新田恵理様の「恋のロープをほどかないで」以来と、比較的珍しい売れた方もしたし、渡辺満里奈としては、「一番売れた曲」になってたりもするんだけどさ。


・・・ということで、「ようつべ」を曲を聴いてみた。

なるほど、曲調的には、デビュー曲の「深呼吸して」の延長線にあるようなかんじだわな。いわいる「ハネ」系って言われるような。。。
 さすがに、「音楽」そのものを大事にしている「エピックソニー」からのリリースと言うだけあって、曲そのものはしっかりしてたりする。

例の「ニッポンの編曲者」によると、この曲は収録されていないけど、直近のアルバム「ever green」のには、涙が出るくらいの一流スタジオミュージシャンがレコーディングに参加していることになってる。

うん、バッキングを聴く限りでは、カラオケを聴いてるだけでも充分と思えたるかもしれない。

そんな一流の演奏を渡辺満里奈さんが台無しにして行く   うーん、いつかも全く同じような事を書いたけども、その通りなんだもの

兎に角、このヒト、ウタがねぇ・・・・。  

もし、当時、今の私の年齢でこの曲を聴いてたらバカ怒りしてたと思うわ。。うん、ウタに関しては全てが間違っているとしか思えないんで。。。
 
でも、可愛かったから許す・・・。 となっちゃうんだよな、きっと。 なんか、しっくりとは来ないんだけども。。。





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想い出の冬休み / 西村知美

1987_12_想い出の冬休み_西村知美


今回の1曲セレクトは、「想い出の冬休み」西村知美です。
まずはデータでする。

・タイトル     想い出の冬休み
・アーティスト   西村知美
・作詞       松本隆
・作曲       筒美京平
・編曲       武部聡志
・リリース日    1987年11月16日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数   3.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 20位



気がついてみれば、朝4時。眠れないまま、1曲セレクトを書いてるワタシは、完全に休みモードだわな。
・・・と思ってたら、新聞屋が朝刊配り出し始めた。もう朝だねぇ。 今晩はこのまま起きていようか。

今年もあと2日を残すのみ。昨日は、今年はここまで長かった・・・なんて書いたんだけども、あれはあくまで「仕事」が長かった・・・ということで、プライベートでは、やっぱ1年、「あっという間」って感じでしたよねぇ。
さっきも池上彰の「今年のニュース総ざらい」を見てたけど、今年の1月、2月あたりのニュースは、てっきり去年だと思ってたのもあったりしてね。ますます、加速度的に時間が過ぎて行くようになってきてますわ。

それはそうと、学生の皆さんは、ちょうど冬休みだよなぁ。 そう言えば、学生の頃の冬休み・・・特に、まだ年が明ける前の時期、12/30とか31って、なんかワクワクしてたよな。 新しい年に向かってのカウントダウンが、なんか新しい世界への扉をあけるような、どっか異次元の世界に行くような感じに思えてね。ワクワク感があったんだよね。
ま、今となっちゃ、そんなワクワク感も無くなっちゃったけどさ。。。 年越しは年越しじゃんよ・・・とか

うーん、ワタシもすっかり枯れて来ちゃいましたね。。。。


ということで、今回の1曲セレクトは、そんな学生時代のワクワクした「冬休み」を歌った歌をひとつ。

西村知美「想い出の冬休み」。

う〜む、果たして、この曲を覚えている方がどの位いらっしゃる事やら。。。。 今から29年前、しかもオリコンでベストテンにも入らなかった、この曲なんで。。。
うんにゃ、その前に、オリコンベスト100に、わずか「3週間」しか入らなかったこの曲なんで。。。

ま、今なら、オリコンの100位以内に3週間しか入らない曲もザラなんで、感覚的にそんなに珍しとは思わなくなった、完全に感覚がマヒしたワタシが居たりするんだけどね。

たしかに29年前当時も、「レコード」不況と、アイドル全盛の流れの中で、相対的にチャートは流動的で、ランクイン期間が短くなっていた傾向はあったけども、さすがに「3週」で100位から姿を消していた曲は、そんなに無かったんだよな。

でもね、この西村知美さんは、そんな曲が多かったんだよな。「初登場」のときだけ、そこそこ売れて2週目以降はぱったり売れなくなるっていう。

結局は、一般的には広がらず、トロリン(西村さんの愛称ね)の熱烈なファンだけがレコードを買うっていう傾向だよね。

だからね、熱烈なファン以外は、曲をほとんど知らない・・・という。

 ただ、ウタ以外で、テレビにはよく出てたからな、このヒト。 うん、あのヒトより「2歩、3歩遅れた」反応のトボケタキャラクターが受けてたし、ま、とりあえず発売した週だけは、ザ・ベストテンにも入ってたからさ。

そんな感じだったんで、個人的にも曲は、そんなに覚えてないんだよな、このヒトの曲は。ま、そもそも、ウタはね、「アレ」なんで・・・。 え? 分かんない? うん、ウタはね「ヘタ」なんでさ、このヒト。
どの曲も同じような聴こえちゃったりするんだよな。

あー、老化現象。。。。 と今では言えるんだけども、当時、ワタシは18才でしたからねぇ。さすがに老化現象ではなく、実際のこのヒトの曲ってどれも同じような聴こえたのよね。
まあ、よく言えば、どの曲にも見られたようなホンワカしたイメージの他にないキャラクターだった事、実際的に言えば、やっぱり、基本となる「ウタ」がね、まともに歌えなかったんで、同じようなイメージの曲しか歌えなかったんだろうな。

そんな同じような曲が並んでいる中で、なぜかこの曲は、よく覚えてるんだよな。

ここでは何度も書いてるように、1987年の冬というと、個人的には大学受験直前ってことで、訳が分からなくなってた頃ですわ。現役で受かんなきゃいけない・・・って言うプレッシャーと、(まともに勉強してなかったんで)ダメだろうな・・・なんていう諦めとが、頭ん中で交差してる毎日でさ。

そんな日々の中、頭ん中でグルグルとヘビーローテーションしていたのが、この曲だったんですよ、なぜか分かんないけど。。。。。

この曲の「牧歌的」な雰囲気に、非日常性を感じてたのかもしれない。

いやいや、逆だ。 当時の訳分かんなくなってた日々が非日常的で、この曲に本来の日常性をかんじてたんだよな、きっと。

だってさ、本当は、こういう牧歌的な日常を送りたかったんだもん。まあ、一種の逃げ口上なんだけどさ。

それが羨ましかったんだよね、きっと。

そもそも、セーラー服姿のジャケ写からして牧歌的じゃん。 うん、時代は一世代遡るけど、壷井むつ美さんの「自転車通学」っていう、本当に知ってる人ししらないような曲のジャケ写に似てるような。。。

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実際曲的に、80年代というよりも70年代なんだよね。原田知世の「撫子純情」って言うタイトルじやないけど、センパイに向かって、純な感情を歌っている曲なんて、87年当時でも既に絶滅してましたからねぇ。

こんな一世代前のアイドルの曲を提供したのは、一体誰?  ・・・と思ったら、

作詞 松本隆   作曲 筒美京平  編曲 武部聡志

なんちゅう、超ゴールデントリオぢゃないの。 もろ斉藤由貴さん布陣の。。。

それにしては、なんてアナロクな曲なんでしょ。
純情というか、田舎的・・・というかさ。。。。上で書いたように、87年当時、既にこんなに純粋な女子高生なんて、少なくとも都会周辺には居なかったょナァ・・・。 とか丁度、高校生だったワタシ思ったりしたもんだけどさ。

ただ、松本隆氏って、「田舎」の女の子像を書くのが上手かったからなぁ。 うん、その昔、太田裕美さんの一連のヒット曲に出て来る女の子って、大体が「田舎もん」だっだしゃん。
「木綿のハンカチーフ」にしても「赤いハイヒール」にしても。

そう言うイメージに似てるんだよね、この曲のイメージって。

そういう「田舎もん」な女の子像を書くとき、必ずコンビを組んでいるのが筒美京平氏・・・って言う感じで、そんな田舎の女の子像を「音楽」として表現するのが筒美氏って抜群にうまいんだよね。
 思わず、田舎の景色が浮かぶんですよ。うん、福島の田舎出身の、田舎もんのワタシが言うんだから

ちなみに、両者とも東京出身であり、本来は「田舎もん」じゃないわけで・・・、不思議なんだよね。
本来なら、めちゃくちゃシティポップスな筈の二人なのに。

この曲もそうだけど、次の「さくらが咲いた」もこの曲と同じ「トリオ」の作品だけど、やっぱり田舎くさかった。

でも、個人的には、やっぱり引っかかった。

結局さぁ、西村知美さん時代が牧歌的なんだよね。そそそ、田舎の撫子純情なイメージなんですよ。
そんな訳で、都会の女の子・・・というよりは、こういう田舎くさい曲の方が合ってたんだろうなぁ。

でも結果としては、売れませんでしたけどね。。。

その辺は、トロリンの熱狂的なファンとの意識がずれていたのかなぁ。。。いくら曲が本人と合っててもファンの好みとズレでるとねぇ。。。そこが難しいところではあるんだよな。

  

 

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キスを止めないで / 小泉今日子

1987_11_キスを止めないで_小泉今日子


今回の1曲セレクトは、「キスを止めないで」小泉今日子です。

まずはデータです。

・タイトル    キスを止めないで
・アーティスト  小泉今日子
・作詞      秋元康
・作曲      野村義男
・編曲      米光亮
・リリース日   1987年10月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 12.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1987年11月2日〜11月23日付

ここのところは「秋」っぽい曲を中心に書いてきた1曲セレクトだけど、今回はまったく季節とは関係ない曲を持って来ますか。

きょんきょんの「キスを止めないで」。

いやー、でも、この曲覚えてる方ってどのくらい居りますかねぇ。1987年の丁度今頃、ヒットのピークだった曲なんだけども、何分、陰が薄い曲だからな。

・・・なんて思っているのはワタシだけかな  うむ、少なくともワタシは、この曲、当時あんまり「好み」ぢやなかったんだよね。だからそれほど熱心に聴いてなかったこともあり、今となっては、印象的に薄いんだよな。

 当時は大学受験の追い込み期ということもありーの、ほとんど受験には諦めを感じてたワタシでさえ、ヒット曲からは少し距離を置いてたからな。
 まあ、諦めてたと言っても、一応、「推薦」を取ってもらえたんで、そちらかばかりが気になっていた時期だったな、今頃は。(と言ってもその推薦さえ落ちちゃったんだから、よほどのダメダメボーイだったのだが。。。

いや、でも当時、大学受験だったっていうのは、言い訳かもしれないな。 そんな状況下でも、桑田氏の「悲しい気持ち」とか、当時大ヒットしてた、森川由加里の「SHOW ME」なんかは随分聴いてたしなぁ。

結局のところ、この曲、あんまり好みじゃなかったってことなんだろうな。

まずもって、イントロの「サウンド」からしてチープっぽい感じたんだよな。 なんか薄っぺらい音だったじゃん。
ちょっと間違えば、「デモテープ」 とか思えちゃうような。。
一応、ブラスなんかは生演奏なんだろうけど、打ちこみっぽいチープな音に感じたしね。そこからして、今一つ引っかからなかったんだよな、個人的には。

ま、一般的にもそんな感じだったのか、この曲売り上げも低調だったしな。一応オリコンで1位は獲得したものの・10万枚そこそこだったしね。ほとんどおニャン子のような売れ方だったんだよな。

そういえば、この曲、作詞が秋元氏だったんだっけ・・・。

ただ、詞に関して言えば、むしろ分かりやすかったような気がする。今に比べると全然ストレートだったし。
逆に、毒を感じない分、秋元氏の作詞っていうのが見えにくいかもしれないけど。。。

作曲は 元たのきんのヨッちゃんこと、野村義男氏

この組み合わせは、どこからどうひねり出しんだろ? みたいに、この組み合わせは少し話題になってましたけどね。

ま、野村のヨッちゃんについては、この曲の少し前にやってたオールナイトニッポン繋がりもあったし、秋元氏とも、同じくオールナイトから繋がりがあった(というか、それ以前に「なんてったってアイドル」も書いてたしな)わけで、だから、まったくの畑違いから組み合わさった・・・っていうわけぢゃなく、むしろ、当時のきよんきょん近辺のブレーンだった人たちで作られた曲だった訳なんだけどさ。

ただ、そんなキョンキョンブレーンだった人たちの曲が、個人的には引っかからなかった・・・ってことなんだよね単純に言えば。

やっぱり、ニューウェイヴの匂いが入ってきてたからなぁ、このころからのキョンキョンって。

いつも書いてるように、個人的には、当時、ニューウェイヴ系のサウンドって生理的にダメでねぇ、ちょっと引いてたところがあったんだよね。

 この曲の前の「スマイルアゲイン」からして、サウンド的にはそういう「気」があったんたけども、「スマイルアゲイン」も素直だったし分かりやすかったからなぁ。

でも、この曲は今一つ分かりにくかったんだよね。 ただ単に取っつきにくい・・・って言うのが前に来ちゃってたんだよな。



あれ? テレビのときはいつも「カラオケ」だったのに、こん時は、「生演奏」っぽいですね。
初めて聴いたような気がする。 音、厚くでいいじゃん。
そそそ、あの「カラオケ」が音がショボくて、個人的にダメだったんだよね。


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CATCH ME / 中山美穂

1987_10_CATCH ME_中山美穂


今回の1曲セレクトは、「CATCH ME」中山美穂です。

まずはデータです。

・タイトル    CATCH ME
・アーティスト  中山美穂
・作詞      角松敏生
・作曲      角松敏生
・編曲      角松敏生
・リリース日   1987年10月7日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 21.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1987年10月19日〜12月7日付
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「おヒマなら来てよネ!」主題歌

うーむ、何日ぶりの1曲セレクトなんだ? ・・・なんて分かんなくなる位間が空いたかな。 もしかして今週初めての1曲セレクトだったかな。。。
まあ、いいや。
ともかくも、ようやっと週末。今週もなんとか乗り切った感じのワタシです。。。

・・ということで、久々の1曲セレクト、最近書いてなかったヒトをと思って、ちょこっと掘り返していたんだけど、目にとまったヒトがいまして。。。

ミポリン。。。

うーむ、この曲の曲も、今まで結構書いてきてたつもりだったんだけど、意外と、まだ「抜け」があったりするんだよな。。

丁度いいんで、こういう時に書いてこうか・・・と思いまして、引っ張って来ました。

「CATCH ME」

この曲、まだ書いてなかったんだな。。。なんかねえ、むかーし、書いてたような気がするんだけどなぁ。うーむ。
恐らくね、いろいろと引き合いには出してたんだよな。でも、改めて「CATCH ME」という曲タイトルでは書いてなかったのかもしれない。

なにせ、この曲、ミポリンにとってはレコードデビュー3年目にして、初めてオリコン1位を取った曲でしたからねぇ。。。

・・・・なんて、改めて書くと、そうか、そうだったよな・・・なんて自分でも納得したりして

デビュー2作目以降、毎曲ベストテン入りしてた訳で、だからそれまでにも何度かオリコン1位を取っていておかしくない実力はあったんだけどもねぇ。リリースタイミングに恵まれてなかったんだろうな。
デビュー11作目にして、ようやく掴んだオリコン1位だった訳ですわ。

ただね、個人的には、ちょっと納得行かなかったんだよなぁ、この曲での1位・・・ってのはさ。

やっぱりね、このヒトには、松本隆−筒美京平っていう黄金コンビラインの曲で1位を取って欲しかった。

この曲、どうもしっくり来なかったんだよな、当時は。

ま、今考えると、松本−筒美っていう黄金ラインから、新しい展開を見せるということで、角松敏生なんていう、気鋭のソングライターを起用して、ダンサブル路線っていう新たな路線を開拓しようとしたんだけどさ。

でも当時は、この路線が、このヒトに合っているのかどうか・・って言うの疑問に感じたんだよな。

・・・というか、まずもって、この曲で、歌い方が全く変わっちゃってたのに、違和感を感じたんだよな。
このヒトの歌い方ってもっとナチュラルだったのにねぇ、そのやや、舌足らずの歌い方に魅力があったと思うんだけど、この曲でははっきりとした発声に変わってたでしょ。

ま、角松敏生氏が、肝入りで、発声法を変えたらいんだけどさ、その変化に、やっぱり違和感だったんだよね。

その発声法が、ミポリン本人にとってよかったのか、悪かったのか、この曲を境に声が出なくなったのは確かだよなぁ。

もともと、このヒト、それほどノドは強い方ではなかったと思うんだよな。それまで舌足らずな発生だったのもそのせいだったと思うし。

そんなこともあって、この曲は、当時、積極的に好きになれなかったんだよな。 だから、当時、あんまり聴いてなかったんだよな、この曲。
まあ、当時、大学受験を控えてた身としてヒット曲ばっか聴いてられなかったっていうのもあるけどさ。(と言いつつ、受験に失敗したけど。。。)

今聴くと、このカチッとした硬質かつダンサブルなノリが、いかにもバブルが始まってた80年代後半の雰囲気だよなぁ・・・なんて思うけどね。




うーむ。この曲もバックバンドは、「Liberty Club」だったんだな。
そうすると、ベースは、現ドリカムの中村正人氏か
チラッと写ってるけど、ちょっとイメージが違うかな。
前曲の「50/50(フィフティフィフティ)の時は、一発で中村氏っていうのが分かったんだけどね。今とベースの弾き方が全く変わってなかったんでさ。


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