かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1986年

君は流れ星 / 西村知美

1986_11_君は流れ星_西村知美


今回の1曲セレクトは、「君は流れ星」西村知美です。

まずはデータどぇす。

・タイトル    君は流れ星
・アーティスト  西村知美
・作詞      売野雅勇
・作曲      中崎英也
・編曲      武部聡志
・リリース日   1986年10月27日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  7.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 15位
・タイアップ:日本テレビ系アニメ「がんばれ!キッカーズ」オープニング曲

 風邪がなかなか抜けないですわ。罹ってから2週間も経つって言うのに、未だに鼻水がねぇ・・・。 流石に先週のような「ジュルジュル」って言う状態ではないけど、まだダメですね。 寝てても時々、気管支が狭くなって咳が出たりね。幸いに熱はでなかったけど、うっとおしくてしょうがないですわ。
やっぱり年を取るって来ると治りが遅くなってくるんでしょうかねぇ・・・。

ま、そんなこんなで、またまた1週間ぶりの「1曲セレクト」になる訳で・・・。 はたして、今回は何を持ってくるベ、
なんてねぇ・・・。最近は葛藤ですよ〜。 あまりに古かったり、マニアック過ぎるとねぇ・・・って言うのもあったりして。。

でぇ、いつものように昔のオリコンチャートをペラペラめくってたら、ありましたわ、今回は、丁度いいのが。。。

西村知美「君は流れ星」。

って書くと、恐らく大半の方は、「あ、キッカーズ」の曲だ・・・なんて思うんでしょうね、きっと。
要は、「キャププテン翼」の二番煎じ的なサッカーアニメでしたよね。
確か、これ、西村さん自身も「本人役」でチョイ役で出でませんでしたっけ あれ、違ったかな・・・。

まあ、アニメでしたからね、ワタシゃ、当時、その世界からは「卒業」してたんで見てませんでしたが。。。

っつうかさ、「キャプテン翼」をアニメで見て、ちょっと幻滅したんだよねぇ。 原作は当時「ジャンプ」で読んでたけど、アニメのあまりの動きのお粗末さにさあ・・・。

あ、そんなもんなんだろ・・・なんてタカをくくっていたところもある。 

でもさ、この曲って言ったら、結局は、そんなアニメのオープニング曲でしたねぇ・・っていうことで、終わっちゃうような気もするんだよなぁ。

だから、今まで、この曲書いて来なかったのかも。。。

いやいや、以前も西村さんの別の曲で書いたような気がするけど、このヒトの曲、難しいんだよ、レビュー書くの。

だってさあ、「ウタ」っていうより、ほとんど「空気」みたいなんだもん。 音楽としての実態がほとんどない・・・っていうかさあ。
たがら、今まで積極的に書いてこなかった訳でさ、いままで残ってたんだよね。

個人的に、この曲初めて聴いたの、実は「ベストテン」だった・・・んじゃないかなぁ。 うん、リリース前後を含め、当時、レコード音源で聴いた事無かったような気がする。

だから、余計「空気」みたいな感じだったんだよなぁ。 ま、兎も角、歌唱力は「スバラシイ」もんがあったしね 、このヒト。

それだけだったら、70年代に浅田美代子さんとか、能勢慶子さんっていう「前歴者」がアイドル界には居らっしゃったわけで、それほど珍しい訳でもない。

でもさ、このヒトの場合、語尾もはっきりしないんで、なに歌ってんだか、歌詞がほとんど分かんないんだよね、テレビで歌われると特に。そもそも存在感っていうのも希薄なアイドルだったしなぁ。

だから、ほとんど空気みたいに感じてたんだよね、ワタシ的には。 

ま、バックの演奏は分かるんで、そうだなぁ、リアルカラオケっていうか

この曲は特にそんな感じだった。 ベストテンで歌った時、ほんと、なに歌ってんだか、さっぱり分かんなかったんだよねぇ。。。
バックの演奏から、とりあえず曲については理解できた・・・って感じで。。



そそそ、この時初めて聴いたんだ。
うーむ、空気みたいな存在・・・というより、バックのオーケストラの音に、半ばかき消されて、なに歌ってんだかよく分かんないんだ。。。

たださ、不思議な事に、なぜか、曲自体は耳に残るんだよな、この曲。

このヒトの場合、シングルと言えど、引っかからない曲が多かったんだけど、この曲自体は引っかかった。

言える事は、やっぱり「ダサ」さだろうな、この曲のメロディの。 当時のアイドル系の楽曲から見てもアナクロだよね、まるで70年代のB級アイドルって感じで。

逆に言えばだからこそ、安心できるところがある。 引っかかるといえば、そこなんだよな。

そもそも、当時から見ても、このヒトってすぐ居なくなるだろうな・・・って思ってたんだよね。
だってさ、アイドルと言えど、ウタとしてどうなの? ってところと、希薄な存在感から、どう見ても2〜3年だよね、居ても・・・。って感じだったし・・・。 だからねぇ、今日に至るまで30年も、ゲーノー界に生きているっていうのはホント、奇跡だよなぁ。

だいたい楽曲提供者からして、第一級ぞろいだったし・・・。この曲にしても、作詞が売野氏で、アレンジャーが武部氏でしょ。そして、この後は、松本隆、筒美京平氏が担当して行くことになる。

今考えると、なぜに、この存在感が無いヒトにこれだけ、第一線級の人たちが、曲を提供して行ったんだろう・・・なんて不思議になる位豪華な作家陣だったしさ。

で、決まって印象に残る曲っていったら、「アナクロ」的な曲だったりしてね。

やっぱ、見た目は当時のアイドルアイドルしてても、中身は、宇部のおねーちゃんだったんだろうねぇ。その雰囲気が一番ぴったりしていた・・・と。



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トラ!トラ!トラ! / シブがき隊

1986_02_トラ!トラ!トラ!_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「トラ!トラ!トラ!」シブがき隊です。

まずはデータでするぞ。

・タイトル     トラ!トラ!トラ!
・アーティスト   シブがき隊
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       鷺巣詩郎
・リリース日    1986年1月22日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 9.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1986年2月3日〜2月10日付

今回はマクラ無しで、のっけから「本題」。

えーと、今回セレクトしてきた曲はシブがきの「トラ!トラ!トラ!」。 
これまで、ジャニーズ関係でも、たのきんのまっち先生、トシちゃんについてはかなり曲を書いてきたんだけども、その流れで次のシブがきの曲は、実は、まだ意外と残ってるんだよな。

いままで、「書けなかった」・・・って言う訳じゃないんだけども、なんとなく残っちゃったのね。 ま、一番の理由は、シブがきの曲って、動画が少ないんですわ。
うん、この1曲セレクトでは、最後に動画リンクを入れてるからさあ、だから、動画がない曲だと、ついつい飛ばしたくなっちゃうんだよね。

だから、結構久しぶりのシブがき・・・っていう気もするなぁ。

動画ないっていうのは、まあ、「元」ではあれジャニーズって事もあるんだろうけどね、 それよりはもそれだけ人気薄・・・っていうか、今となっては「記憶」に残る曲が少ない・・・って事なんだろうなぁ。

そんなこともありーの、正直、今回引っ張ってきた「トラ!トラ!トラ! 」が、どれだけの方が覚えてらっしゃるかは、不安ですねぇ。
 自分の中では、まあ、音源も持ってるし、しょっちゅう聴いてるし・・・ってところなんでね、つい最近の曲っていうイメージもあるんだけども、気がついてみれば、リリースから31年も経ってるんだもんな。

この曲、シブがきとしては、久々に「濃い曲」っちゅうかねぇ、ストレートなロック歌謡でしたね。 ヘビメタ歌謡ってくらい、「濃い味」の曲が、初期のシブがきの代名詞って感じだった訳だけど、 この曲の辺りになると、それまでの「ヘビメタ歌謡」調の曲は少なくなってきてたからなぁ。
 この曲の前が「KILL」っていうミディアム調の大人しい曲だったからなぁ。 っていっても、この「KILL」も今となっては知る人ぞ知る・・・って感じの陰が薄い曲だからさ、どれだけの方が覚えてらっしゃるかは不安だけども。。。

そんなミディアム調に続いて、久々にストレートなロック調が来た訳でさ、個人的には、「やっとシブがきらしい曲が戻ってきた」・・・なんて喜んだもんだよな。
 
うん、個人的にも、この曲は、比較的気に入ってたんだよな。 いまだにこの曲聴くと、86年の1月、2月・・・あの頃をしっかりと思いだすしさあ。
 例えば、部活の打ち上げをお好み焼屋でやった時に、こっそりと「酒」をしのばせて飲んだよな・・・この頃・・・とかさ そそそ、この曲聴くと、あん時の模様が脳裏に浮かんでくるんだよなぁ・・・因果なもんで
 

ところで、「トラ トラ トラ」っていうと、真珠湾攻撃の奇襲作戦に成功せり・・・っていう暗号電文ってことが有名な訳で、まあ、この曲自体も「恋の奇襲作戦」っていうところでの暗号にかけてるんだと思うんだけどもね。

 たださ、それとは別に、この前の年は「阪神タイガース」が日本一になった年ですよ。 例のバース、掛布、岡田、3人がそろった、史上最強メンバーだった時の。時は「トラフィーバー」だったんだよね。

だからさ、それにもかけてたんだろうね。 ま、その証拠に、ジャケ写からして「トラ」模様だったりするしさぁ。


動画、ない・・・・・とおもってたら、やっとみっけた・・・ と思ったらリンクで出来へんわー。

しょうがないんで、直リンク。 もし見たい方は、↓をどうぞ

https://www.youtube.com/watch?v=Req4zYMz4mk&list=PL5DKbuA2oN2IIFKrrfewhyu3mamWKwoHW&index=117


ちなみに、この曲がリリースされた10日後に、早くも次の曲がリリースされたんだよな。
それが「スシ食いねぇ」ですわ。 
まあ、この「トラ!トラ!トラ!」が定期のリリースで、「スシ食いねぇ」は、あくまで臨発なんだけどさ。
でも、後々「スシ食いねぇ」の方が認知度高くなっちゃったからなぁ。 臨時発売なのに、こっちの方が売り上げが上だったしさあ。。。
 そんな影響で、陰が薄くなってしまった「トラ!トラ!トラ!」だったりするんだよな。


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さよならのめまい / 南野陽子

1986_01_さよならのめまい_南野陽子


今回の1曲セレクトは、「さよならのめまい」南野陽子です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならのめまい
・アーティスト   南野陽子
・作詞       来生えつこ
・作曲       来生たかお
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1985年11月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 15位
・売上げ枚数   12.5万枚
・TH HITCHART HOT30最高位 22位
・タイアップ:フジテレビ系ドラマ「スケバン刑事 少女鉄仮面伝説」挿入曲


またもや、久々の1曲セレクトです。
毎回書いてるような気がするけど、ここのところ忙しくて週に2回くらい書ければいいかな・・・って言う感じになっちゃいましたねぇ。 できれば、以前のように毎日1曲ずつ書ければいいんだけどもね。。。
うん、まあ、暫くはしょうがないのかなぁ。。。

さてさて、ここ暫く「男性アーティスト」中心の男臭い1曲セレクトになっちまってたんで、今回は女性「アイドル」を持って来たい・・・と思ってたんだけどね。
 
これがなかなか思いつかないんだよなぁ。 今頃の時期の女性アイドルのヒットって既に大分書いちゃったからなぁ。。。。

まあ、いつもの事なんだけども、ない頭をひねりひねり・・・で絞って出てきたのが、この曲だったりして。。。

南野陽子「さよならのめまい」。

うわっ、この曲、個人的には「冒険」なんだよなぁ。。。  

・・・っつうのも、この曲、ヒット当時、あんまり聴いてなかったのよね。 南野陽子さんの「ベスト」盤はもってるんで、音源としては持ってるんだけども・・・。

 個人的には、ナンノちゃんは、「ザ・ベストテン」に初ランクインした、この曲の次の「悲しみモニュメント」からだったからなぁ。。
そんなナンノちゃんのデビュー2作目のシングルだったこの曲。

この曲は、もちろん、当時「主演」していたフジテレビ系ドラマ「スケバン刑事供廚料淨曲だった訳だけどもね。ここではもう何回も書いた事なんだけど、当時、「スケバン刑事」見てなかったからなぁ、ワタシ。

木曜19時30分なんて、まだ、家帰ってなかった事が多かったもん。部活やってたからさあ。

たしかに、当時は話題だったよな。学校でも結構みんな見てたし。。。 でも、個人的にはあんまり興味がそそられなかった・・というか。

まあ、元来の天邪鬼な性格なもんで、みんなが見てると興味がなくなる・・・と  そんな所があったかもしれない。

そんなこともあってか、この曲は、素通りだったんだよね当時は。 

ナンノちゃんについては、オリコンでも大分記事を読んでたし、当時は、まだ月刊「明星」買ってたしねぇ、だから、もちろん知ってましたけどね。 でも、他のいわいる85年デビュー組アイドル同様、それほど「曲」については興味がそそられなかったってのもあるかなぁ。

あ、85年組でもミポリンだけは、デビュー当時から曲はしっかり聴いて注目してましたけどね。 その他は・・・あーん、あんまり興味が向かなかったんだよな。

まあ、本田美奈子さんの「Temptation」とか、芳本美代子さんの「雨のハイスクール」あたりからは、徐々に85年組にも目を向けて行ったんだけどさ。

だからね、ナンノちゃんについても、そんな「その他大勢」の一人・・・って言うくらいしか認識なかったんだよね。

すくなくとも、この「さよならのめまい」の頃までは。

だからね、むしろ、後年なんだよね、この曲を聴くようになったのは。

で、すぐに思ったのが、「あ、85年だ」っていうこと。  この間書いた中村雅俊氏の「俺たちの旅」でも75年を感じると、同じような事を書いたんだけども、時代性だよね。空気感。

これがこの曲にもたたよってるんだよな、そそそ、85年って言う空気感が。

じゃ、どういう空気感よ?  って聞かれると、なかなかコトバにあらわせられないんだけどもさぁ。。。。

でも、当時、あんまり曲を聴いてなかったのに、この曲を聴いた途端、16才の自分に戻っちゃう・・・っていうかねぇ。。。

この当時の曲ってサウンドが特徴的でさ、例えばヤマハDX7のプリセット音が聴こえれば83年〜84年頃の曲っていうのが、一発で分かるんだよね、たとえ、当時聴いて無かった曲でもさあ。 
そういう、時代感の感じ方もあるんだけども、85年の後半あたりからは、もうちょっと違ったような感覚があったんだよな。アイドルの曲にもさ。

まあ、おニャン子の能天気さって言う感覚もあった事はあった。けど、もうちょっと違った感覚なんだよな。
どこか儚さを感じるっていうかさ。

特に、ナンノちゃんの曲って、この曲もそうだけども、他の当時の曲も、「スケバン刑事」の主題歌、挿入歌で使われてた曲って、どこか儚さを感じたじゃん。侘しさっていうかさ。

 少し大げさ気味な展開とストリングス。まあ、今聴くと、85年当時の曲としては全体的に、少しアナクロ的なところがあったかもしれない。80年代の・・・というよりは10年くらい遡ったような・・・っていうかさ。
 うん、70年代中盤の昼ドラのBGMにかかっていたような・・・って感じの。

その辺に懐かしさではないと思うんだけども、儚さを感じたのかもなぁ。

奇しくも、時代は「回顧系」に向かうところがあったしね。 そそそ、86年になるとネオGSが静かなブームになったのをはじめ、TBS系の「テレビ探偵団」が始まったりして、時代を回顧するっていうところが流行り始めたんだよね。
 それまでは、時代は進む、進化の方向、一辺倒で、一昔前のテイストのものはダサいって言われてたのが、回顧系が「イマく」なったのよ。それが86年頃。

そう考えるとこの曲は、その魁的な曲だったのかもしれないですよね。いま改めて聴いてみるとさ。
 


こうみると、ナンノちゃんは、かわいいというより美人さんなんだよな。
当時、金妻で大ブレイク中の篠ひろ子さんにそっくりだったし。

ただ、ウタがねぇ。。。。まだまだヘタだったよね。。。(爆)
・・・といっちゃ失礼か。。。

あ、だからだったのかもしれない。当時、曲を聴かないで素通りしてたのは。。。。。


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恋はくえすちょん / おニャン子クラブ

1986_11_恋はくえすちょん_おニャン子クラブ


今回の1曲セレクトは、「恋はくえすちょん」おニャン子クラブどぇす。

まずはデータどぇす。

・タイトル     恋はくえすちょん
・歌い手     おニャン子クラブ
・作詞       秋元康
・作曲       見岳章
・編曲       見岳章
・リリース日    1986年11月1日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   12.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1986年11月17日〜11月24日付
・タイアップ:フジテレビ系アニメ「あんみつ姫」主題歌

今回の頭のコトバ使い、ふざけてんな〜。  
・・・・っつうのも、今回セレクトしてきたのが、「久々」の「おニャン子クラブ」だからだったりして

だからね、↑のデータも、いつもは「アーティスト」て書く所を「歌い手」にしちゃったりして

だってさあ、「アーティスト」って感じじゃないじゃ〜ん、おニャン子クラブ。よく見積もって「歌い手」だよねぇ〜・・
ってことで。。

で、もって、今回セレクトしてきたのが、「恋はくえすちょん」。

「おニャン子」としては6枚目のシングル。リリースが1986年11月だから、ちょうど「30年」なんだよな、あれから。。。。なんか信じらんないわ〜。昨日・・・・うんにゃ、一昨日って感じだもの。

しかしね、おニャン子の曲を書くときってタイミングが難しいんだよな。・・・・と言うのも、おニャン子関連って、ヒット期間が「瞬間風速」的に短かったじゃん。ま、発売週は売れるけど、2週目ともなるとぱったりと売れなくなる。
まあ、「今」と同じような売れ方だよな。

そんな風に書くと、今の若いコなんか、「ちゃ昔は、違った売れ方してたの?」とか「時代を先取りしてたんじゃない?」とか言われそうだけども、こういう売れ方はヒット曲とは呼べないよね。ま、発売週に瞬間風速的に売れるからオリコン1位なんてとってるけどさ。。。

 ちなみに、この曲の初登場週の売り上げが6.6万枚で、最終的に12.3万枚の累積だから、累積に占める1週目の売り上げ割合が53%。 
この曲なんかはまだ良かった方だけど、曲によっては60%、70%占めてたたもんね。
まあ、最近のAKBなんかは、1週目の売り上げ割り合いは、もっと酷いけど。。。。うむ、今は1週目・・・ぢゃなくて、「1日目」なんてことになってけど。。。

とにかくね、こういう瞬間風速的な売り上げ傾向、この頃から、オリコンでも賛否両論を展開されてきてたよなぁ。もう少し後だけど、「オリコン質問箱」っていうコーナーでは、当時の社長、小池聰行氏も、こういう売れ方については各人考えて欲しい・・・っていう感じで反対に読者に問いかけしてたしな。
(まあ、そう言う口ぶりからして、こういう瞬間風速的な売れ方が良しとは思っていなかったんだと思うが)

そんな瞬間風速的ヒットの陰、うんにゃヒットチャートをダメにする現場には、いつも秋元康氏が居る・・・ってわけだわな


とか書いたりするけど、正直、個人的には、既に「おニャン子」から卒業してたんだねぇ、「あーら、またやってるわ〜」ぐらいしか、売れ方に関しては思わなかったなぁ。
 それよか、そんな瞬間風速的な売れ方の曲が多くなってきた中、逆にロングヒットの兆しを見せていた、荻野目ちゃんの「六本木純情派」とか、きょんきょんの「木枯らしに抱かれて」の方が曲的には好きだったしな。

・・・というかね、この曲ねぇ、あまりにも「コドモ」っぽ過ぎさあ、聴いてて恥ずかしくなったもの。
少なくとも、当時高校生だったワタシが聴く曲じゃないよなぁ・・・・とかさ

だってさ、しょっぱなから ♪ く く く く くえすちょん〜 ♪ だぜ〜。。。。

思いっきり「アホか〜って言いたくなる世界だったもの。

まあ、「あんみつ姫」っていう子供むけ「アニメ」の主題歌だったこともありこうなったのかもしれんけど。。。。


しかしさ、客観的に見て、「アイドル」の曲って、この頃からまーったく変わってないよねぇ。そもそも、この曲、そこらへんのアイドルグループの今度の新曲・・・なんて言っても、まーったく疑わないような・・・・。

それが良いか悪いか・・・・っつたら、やっぱ悪いな。だってさ、30年も全く進化してない・・ってことじゃん。超保守的な世界。
 ま、確かに「ビジュアル」的には3次元から、2次元へ・・・ってところも含めて変わってきたんだろうけど、こと音楽的には全く変化がない超保守的な世界。 そんなところは「演歌」と変わらないんだよね。
演歌っていつの時代も同じような節回しの曲ばっかじゃん。それと同じ。

どうしてなんだろうねぇ、もっと個性的に、いろんなジャンルの音楽を取り入れて、いろんな曲調の曲があっても良いと思うんだけどねぇ、アイドルの曲も。

まあ、「音楽」的に実験的に、いろんな音楽をやろうって言うヒト・・・これは、アイドル自身も、曲を作る作家、出し手であるレコード会社を含めて・・・が居なくなっちゃったからだろうな。

考えてみれば、この曲がリリースされた86年・・・あたりの80年代後半以降、新たな職業作家ってそれほど出て来ていないんだよね。
80年代中盤くらいは毎年のように、新たな職業作家のヒトたちがブレイクして来ていたのに。 そのあたりもアイドルの曲に進化が見られない要因なんだろうな。

やっぱり新しい血が入って事無いと進化は期待できないもんね。 しかも「音楽」を知ってる新たなヒト。
・・となるとやっぱりミュージシャン。うん、ミュージシャンでなくても少なくとも(生)楽器を通して音楽を理解している様なヒトだよね。そそそ「生」楽器を通して・・・ってところが重要。コンピューター(DTM)だけぢゃだめなんだよね、音楽の「本質」の部分は見えないよね、コンピューターでは。

この時代、今考えると勿体ない位の一流ミュージシャンがアイドルの音楽に関わっていたじゃん。この曲だって、作曲と編曲はも見岳章氏。元一風堂ですわ。
おニャン子クラブに曲を提供とは勿体ない位だったよなぁ・・・。ま、もう一人のおニャン子のサウンドブレーン、後藤次利氏もそうだけどさ。

そんな「音楽」をよく知ってるヒトが関わってきてから、80年代のアイドルの曲は毎年進化してきてたんだよね。

ちなみに、レコーディングの時のスタジオミュージシャンすごかったんだよね、おニャン子も。
超一流のスタジオミュージシャンの演奏をおニャン子がダメにする・・・・と





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ROCKDOM〜風に吹かれて〜 / アルフィー

1986_09_ROCKDOM〜風に吹かれて〜_アルフィー


今回の1曲セレクトは、「ROCKDOM〜風に吹かれて〜」アルフィーです。

まずはデータです。

・タイトル    ROCKDOM〜風に吹かれて〜
・アーティスト    アルフィー
・作詞      高見沢俊彦
・作曲      高見沢俊彦
・編曲      アルフィー
・リリース日: 1986年9月5日
・発売元    キャニオン
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 12.4万枚
・THE HITCHARTHOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1986年9月22日付

ここ暫くジメジメとした雨の日が続いているけど、少し前のようなあのうだるような暑さっていうのは陰をひそめましたよね。
あー、これでやっと秋かなぁ・・・なんて、センチメンタルな気分に浸っていたりします。
どうして、夏の終わりっていうのは、こう、どこか淋しい気分になるんでしょうねぇ。

今回は、そんなセンチメンタルな気分になった、夏の終わりにヒットした曲をひとつ。

アルフィー「ROCKDOM〜風に吹かれて〜」

いまから丁度30年前、1986年の今頃にヒットした曲ですな。

リリースは、86年の9月5日だけど、最初に披露されたのは、前月の8月、例の「10万人コンサート」のアンコールの時だ。
そそそ、以前「SWEAT&TEARS」の時にも書いたけど、当時は「13号埋め立て地」と呼ばれた、ただ、だだっ広い空き地だった場所での伝説の10万人ライブ。
そう、いまでは「お台場」になっているところですよ。

ただ、歌詞が

♪ 俺たちの時代を忘れないで 風に吹かれていたあの頃〜 ♪ 

っていうフレーズを連呼する内容だったんで、もしかして、この10万人ライブを最後にアルフィーは解散するんじゃないか・・・なんて噂が流れたんだよね。

まあ、歌詞の内容だけでなく、曲調もさ、どころか、祭りが終わった後の虚脱感のような虚しさ溢れるような感じだったし。
たしかにこの曲を最後に解散しても、全くおかしくないようなフェアウェル感もあった。

・・・なんて、さも、当時、アルフィーの解散を予感していた様に書いたけど、個人的には実際の所、この曲を聴いてアルフィーが解散 なんては思わなかったんだよね。

それよか 歌詞に

♪ When I Was Young 1969〜 ♪

なんて、自分が生まれた年が出てくるんで、なんか、それが嬉しかったりしてね

そんな単純な事で、この曲が引っかかってたりしたな。

まあ、本来は、1969年、70年安保を目前にした、当時の学生運動の頃の空気を回想している曲なんだよね。

個人的には、後年、「70年安保」に向けての学生運動と、当時の社会感に興味が生まれて、大分、本を読んだりしたんだけどさ、この曲がヒットしたころは、まだ、何のことやら理解してなかったからなぁ。

それでも自分が生まれた1969年と言う年が、何かしら、世の中の分岐点だったことは、生理的に分かっていたみたいだけどね。
 1969年、ロックアウトされたキャンパス・・・っていうキーワードが出てくると、深い理由は分かんなかったけど、どこかゾクゾクしたものを感じたしなぁ。

考えて見れは、曲調にしても、どこかボブディランですよね、この曲。
初めには「祭りが終わった後の虚脱感」って書いたけど、根っこの所はボブディランの「Blowin' The Wind」なんだよな、この曲。
まあ、サブタイトルが「風に吹かれて」なんて、そのものなんだけどさ

いや、そう言うところも、生理的に分かってたのかもなぁ。 だから、この曲を聴いて、アルフィーの解散とは思わなかったのかもしれない。

ま、いずれにしても、あの時の解散のうわさは、あくまで憶測でしかなかった・・・っていうのは、歴史が物語っている訳で
あれから30年経ったいまでも、アルフィーは「健在」ですからねぇ。
その方が凄い事なんだけどさ。。。



本来のバンドバージョンではなく、アコースティックバージョンを持ってきたりしたんだけど、アコースティックバージョンで聴くと、余計、根っこがボブディランだってことがわかるな。

ちなみに、1969年というと、アルフィーの3人ともまだ中学3年生だったわけで、70年代安保と学生運動には直接かかわっていなかった・・・っていうのは、Wikipediaに書いている通りだわな。


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プルシアンブルーの肖像 / 安全地帯

1986_08_プルシアンブルーの肖像_安全地帯


今回の1曲セレクトは、「プルシアンブルーの肖像」安全地帯です。

まずはデータです。

・タイトル    プルシアンブルーの肖像
・アーティスト  安全地帯
・作詞      松井五郎
・作曲      玉置浩二
・編曲      安全地帯 星勝
・リリース日      1986年7月1日
・発売元     キティ
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数  23.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1986年7月14日〜9月1日付
・タイアップ:映画「プルシアンブルーの肖像」主題歌

ここんところ週末は「アイドル」って決めてたんだけどね。 だから、今回も某アイドルの曲を書こうと思ってジャケ写をもってきたら、すでに昨年書いてた事が判明wwww

うーん、書こうと思って気持ちものってきたのにすでに書いてた・・・って事が分かると意外と凹むんだよな。
本来は事前に書いてたかどうか調べておくんだけど、今回は「まだ、書いてない」と決め打ちしちゃったからなぁ。。。

しぁーない・・・と、書こうと思ってた曲と同じくらいの時期のチャートを見てて目が止まった曲があった。

決まり、これ書こう

安全地帯「プルシアンブルーの肖像」。

むー、アイドルじゃないじゃん・・・なんて言われそうだけど、まあいいよね

この曲、前々から1986年夏のチャートを見る度、書こう書こう・・・うんにゃ、書かなきゃな・・と思ってて、でも筆を上げられなかった1曲なんだよな。

理由は、正直言って、この曲良く分かんなかったんですよ、当時。 いいのか、悪いのか。

個人的には、当時、安全地帯はキライなバンドではなかった。この曲の前曲の「碧い瞳のエリス」までは、シングル盤、買ってたしね。
でも、この曲は買わなかったんだよな。

 ♪ もう、離さない〜 ♪ からのサビは、キャッチーだし、それまでの「ウレセン」を継承してきている訳で引っかかっては来たんだけどね。

きっと、サウンドなんだろうなぁ、引っかからなかったのは。

前年の「熱視線」から、作詞に松井五郎氏が加わりニューウェイブ系なサウンドに変わってきていた安全地帯なわけなんだけどさ。
 ここでも、何回か書いたんだけど、個人的に当時のニューウェイヴ系の「音」にはちょっと同調出来ないところがあってさ。 
これが80年代中盤ころの「サウンド」だ・・・と言われれば確かにそうなんだけどね。 いわいるエッジが鋭い、輪郭がはっきりとした硬質なサウンドだよね。如何にも無機質で都会的な・・・という音だよな。
まあ、今か考えると生理的なところなんだけどさ、だから、そういう「音」の曲からは距離を置いてたんだよな。

それでも、85年までの安全地帯は、まだ聴いてた。 ニューウェイヴ系寄りにはなっていたものの、まだキャッチーさが勝ってたからなぁ。なにより、勢いがあったからねぇ、85年の安全地帯には。

でも、年が明けてからは、ちょっと様相が変わってきた居たのも事実。時代の「最先端」からは、ちょっと外れたようなポジションっていう印象でしたよね。
まあ、前曲から9カ月もシングルをリリースしてなかった・・・って事もあるけど。

そこに来て、生理的にちょっと苦手だった、ニューウェイヴ系な音だったんで、分かんなくなっちゃったんだよな、当時のワタシは。
そんなこともあって、この曲からはシングルを買わなくなっちゃったんだよな。

いや、サウンドはニューウェイヴ系だったのにもかかわらず、全体的なメロディラインは歌謡曲よりって言う、アンバランスさを感じたところもあったかもしれない。
 この頃から増えつつあったんだよね。このテの、音はニューウェイヴなのに、メロディラインは歌謡曲よりって言う曲が。例えば杉山清貴氏のソロになってからの曲とかさ。

 一見聴くと、先端を行っているように感じるんだけども、よくよく聴いてみるとどっかで聴いたような・・・なんていうメロディライン。たしかに、音もメロディも先端を行っているようなアーティストに比べると、聴いてて安心感はあった。でも、どこかアンバランスなんだよな。
当時、松井五郎氏が詞を書いてた曲にはそんな曲が多かったような気がするなぁ。

まあ、アンバランスさは否めなくても、安心感があるっていうところが、ヒット曲としての宿命だったのかもしれないけどさ。


だからという訳でもないんだけと、個人的にこの頃から、ヒット曲の最先端からちょっと外れた所に興味が移ってたってのもある。

以前も書いたけど、この頃ネオGSっていう、「GSフォーエバー」のようなブームが起こり始めて、ヒットストリームではなくアンダーグラウンドではあるけど、G.Sを見直す動きが起こり始めてたんですよ。
いわいるガレージ、サイケ系な音ですよね。
 当時の先端のニューウェイヴ系な音が生理的なダメだったワタシも、ガレージ的な音にはシンパシイを感じられたんだよな。
 そんなこともあって、ヒット曲についても60年代〜70年代へと自分の知らない時代へ遡る事を始めたんだよな。蒲田の中古専門店「えとせとらレコード」で過去の音源漁りを始めたのもこの頃からだったな。

だから、正直言って、個人的な所蔵音源としては86年の夏以降90年代に入る頃まで、未だに結構「穴」があるんだよね。 うん、未だに持ってないヒット曲音源も結構ある。
 あれから30年経って、流石に、この頃のニューウェイヴ系への生理的な嫌悪感も感じ無くなったんでね、遅ればせながら、この頃の音源集めを始めようかなぁ・・・なんて思っている近頃だったりしてね




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瞳に約束 / 渡辺美奈代

1986_07_瞳に約束_渡辺美奈代


今回の1曲セレクトは、「瞳に約束」渡辺美奈代です。

まずはデータでする。

・タイトル    瞳に約束
・アーティスト  渡辺美奈代
・作詞      秋元康
・作曲      後藤次利
・編曲      後藤次利
・リリース日   1986年7月16日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 20.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年7月28日〜8月11日付

 本来なら、昨夜のうちに書きたかった1曲セレクトだけど、前回も書いたように疲労がピークでして、昨夜はとてもPCに向かう気にもなれず。。。。 早々に寝てしまったワタシですが、逆に早く目が覚めちまったんで、こんな時間に書いてたりします。。(現在午前6時前。。。。)   うーむ、やっぱ年取ったんだよな。以前だったら、休みの日は昼近くまで寝てた訳で、朝早く目が覚める・・・なんてさあ、考えられなかったもんなぁ。

・・・ということで、1曲セレクト。
 ここのところ、ちょこっとジャニーズ関係に偏っちゃったんで、今回は少し目先を変えて、おニャン子どえす。。。
なんか、あんまり目先のベクトルが変わんないけど。。。

渡辺美奈代「瞳に約束」

個人的には、渡辺美奈代の曲って、おニャン子時代よりも、作詞が秋元康氏ぢゃなくなってからの方が好きで、
例えば、ムーンライダースの鈴木慶一氏がプロデュースしてた頃の曲とかさ、そちらのめぼしい曲はこれまでも書いては来てたんだけどね。
今回は正攻法、まだ、おニャン子時代の、ソロデビュー曲ですわ。

おニャン子の頃の曲のこのヒトの曲をあんまり書いてこなかったのは、以前も書いたように86年4月以降、一転して「アンチ」おニャン子となった身としては、意識的におニャン子関係の曲を聴いてなかった・・・ってのもある。
けど、まあ、これはタテマエかなぁ。
 本音を言うと、この曲の少しあと、例のTBS vs フジテレビ って言うのがあっておニャン子関係がベストテンに出演しなくなったっていうのが大きんだよな。

中学生時代は、週末ラジオのベストテン番組をむさぼり聴いてたワタシだけど、高校に入ると、そんなラジオ熱もぱったりおさまってしまい、ウタの情報源は「ベストテン」頼りになっちゃってたからさあ。
 だから、ベストテンに出演しなかった、おニャン子関連の曲は、正直86年の夏を境に、ベストテン出演解禁となった87年の春まで、若干の曲以外はほとんど知らないんだわ

無論、平日部活をやってたんで、「夕ニャン」なぞ見る訳もなく。。。。

だからね、この曲くらいまでかなぁ。まともに聴いてたのは。 

悪い曲ではないと思った。逆に言えば、特段良い曲とも思わなかったんだけど。。。。

当時の基準から言えば、「最新」というサウンドではなくアナクロなんだよね。
イントロは60年代のベンチャーズ and G.S風エレキサウンドだし、メロディにしたって70年代フォークっぽかったしな。例えば「岬めぐり」とか・・・あの当たりのイメージ。

ただ、毒は無かったよね。 これまでも何回か書いてきたように、この頃になると、おニャン子から派生したソロとか、グループの曲って「毒気」がある曲があったからなぁ。

おニャン子関連としては、まともなくらいまともな「80年代アイドル」の曲だったよな。
簡単でキャッチーなメロディにフリフリ衣装、全くの正攻法。

ま、だからよかったんだけどさ。安心感があったじゃん。 また、イロモノかよ・・・なんて構える必要もなかったわけで。
曲を聴くときって結構いろいろ考えながて聴く事って多いんだよね。少なくとも生理的にツマンねぇとか、フィットするとか・・・は感じるじゃん。 それに加えて面白いメロディだなとか、これは新鮮だよなとか、直感で感じるわけじゃん。そこから政治的な事とか、世論的な事とか、これはどのくらい売れそう・・・とかいろいろ考えちゃったりするんだけどさ。

 この曲は、聴いててなーんも考えなかった。 ・・・というか考えられなかった・・・というか。 そう言う安心感はあったんだよな。

とりあえず、耳に入ってくる「歌詞」から浮かんでくる情景をそのまま追っていくだけで良し・・・というかね。

例えば ♪ 夏の終わりの草原 今 あなたと二人きり〜 ♪ とか♪ 淡いブルーのサマーセーター〜 ♪ とか、そのまま浮かんでくるシチュエーションを追っていけば間違いないわけじゃん。
聴いてて楽なんですよね。

反面、政治的な事とか、世論の事とか、男女の深い人間関係とか、歌詞の行間から感じることはあんまりなかった訳で、その分曲に深みはなかったよね。表面的なお気楽さ・・・ということが第一で。

おニャン子関連の曲の功罪っていろいろあると思うんだけど、一番の「罪」は、こんな感じで「深み」のある曲を、少なくともヒットチャート上から無くした事だろうな。
それは、おニャン子だけでなく、特に80年代後半以降のアイドル曲全般に言える事なんだけどさ。
まあ、アイドルの曲にそこまで求めるってのも酷な話かもしれないけど。。。。



スミマセン、音がめちゃくちゃ悪いデス。。。。
でも、ウタよりも美奈代さん自身が映ってればいいんだよね、アイドルの曲は。
ハイ、ポニーテールな美奈代さんでした。  くっそ〜かわいいやんけ。
丁度30年前。 このヒト、1969生まれでワタシと同い年なんだよな。
当時17才になる直前ですね。

で、もってあれから30年。



未だにこの曲を歌ってる 46才の美奈代女史でした。。。
・・・つか、これは、先日のデビュー30周年ライブの映像ですな。
きっと、手前で「美奈代コール」を送ってる輩は、ワタシと同年代・・・のはず。。。

うーむ、あんまり変わってない・・・なんて思ってたけど、こう比較してみると、やっぱり30年の月日の流れは大きいかなぁ。
まあ、同い年でももっと「おばちゃん」になっちゃったヒトはいっぱいいるけど。。。。(爆)

それよりも30年もよくやってきたよなぁ。その間出て来ては消えてったアイドルは数知れず。
少なくとも↑の17才の時点で、この後30年もゲーノー界に残っているなんて全く考えても無かったよな。


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ダイヤモンド・アイズ / 少年隊

1986_07_ダイヤモンドアイズ_少年隊


今回の1曲セレクトは、「ダイヤモンド・アイズ」少年隊です。

まずはデータです。

・タイトル    ダイヤモンド・アイズ
・アーティスト 少年隊
・作詞      川田多摩喜 神田エミ
・作曲      長沢ヒロ 
・編曲      戸塚修
・リリース日  1986年7月7日
・発売元    ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 14.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年7月21日〜8月4日付

 長年ヒットを飛ばしているアーティストでも、時にはこの曲は一体なんだったんだろう なんて思う曲が良くあるんだよな。
 例えば、昨日書いたトシちゃんの「キミに決定!」なんかはその部類かもしれないな。 ただ、「キミに決定!」の場合は予想外に売れなかった・・・ってところもあると思うんで、まだ、その感じは薄いかもしれない。
うん、それ以上に「一体なんだったんだ」って思う曲が、ジャニーズにはあったんだよね。
今回は、そんな曲をセレクト

少年隊 「ダイヤモンド・アイズ」

うーむ、もしかして「なにそれ?」っなんて思うヒトも多いかもなぁ。
この曲、「デカメロン伝説」に続く、少年隊のデビュー3作目のシングルなんだけど、なにせ「あっ」と言う間にチャートを転げ落ちましたからねぇ。

 いや、ホント「あっ」というまですわ。オリコンでは初登場1位をとったものの、僅か2週でベストテン内から転落。
まあ、今のチャートではそんな動きが当たり前なんで、今のチャートに慣れている方には「フツウ」に映るかもしれないし、1986年当時も「おニャン子」の影響もあり、毎週首位が入れ替わる「猫の目」チャートではあったんだけど・・・。

 それにしても少年隊ほどのビッグアーティストでも、こんなチャートアクションになっちゃうんだ・・・っていうのは、全く予想外だったんだよな。
 少なくともさ、「ザ・ベストテン」ではデビュー曲「仮面舞踏会」が6週、前作「デカメロン伝説」では5週、1位獲得・・と、当時としてはロングヒットを続いていたからさ、少年隊って。

一体なんで、こうなっちゃったのか・・・  

まあ、やっぱり曲の出来だったんだろうな。

出だしサビの ♪ JAJA馬 JAJA馬〜 ♪ っていうフレーズは、なんか目新しかったしキャッチーだったんだけども、それに続く、Aメロ、Bメロが弱いんだよね。 ゴチャついててすっきりしてない。だからさあ、こちらに迫ってこないんだよな。だから、余計に分かりにくい曲になっちゃっているんだよね。
 簡単に言えば、シングル向きの曲じゃないんだよね。 シングルってもっと分かりやすくてキャッチーじゃなきゃね。
 例えば、アルバムの中では、尖がった存在の曲ってあるじゃない でも、それがシングル向きかと言えば、必ずしもそうじゃない訳でさ。 この曲はそんな感じの曲なんだよな。

 そもそも、なぜに、前作まで作曲だった筒美京平氏を外し、突然、長沢ヒロ氏の曲を持ってきたのか・・・っていうのもよく分かんなかったしさ。
 まあ、曲のコンペでは、この曲の方が良かった・・・っていう判断だったんだろうけどね。でも、失敗だったよな。
それとも、この曲は「臨発」的な実験曲だったのかなぁ。 でも、リリースパターンからすれば、前曲「デカメロン伝説」のリリースが3月24日で、約3ヶ月のインターバルでこの曲だったから、ローテーションの曲だったはずなんだけどね。 
結局は、この曲がリリースされた頃に上演されていた、ミュージカル「PLAYZONE MYSTERY」のための曲だった事なんでしょうかねぇ。
 でも、もし、そうだとしたら、そう言う曲を、「臨売」じゃなくローテーションシングルに入れちゃったのは、やっぱり失敗じゃなかったんじゃないかなぁ。
 少年隊肝入りのミュージカルとはいえ、所詮は「固定ファン」のためのイベントであり、一般的じゃなかった訳だから、そう言う曲ならコアファンとか買わないだろうしね。

まあ、いずれにしろ、この曲があまりにも「売れなかった」こともありーの、その反省からなのか、次の「バラードのように眠れ」から筒美京平氏作曲に戻ったんだね、 作詞 松本隆、編曲 馬飼野康二・・・という、当時のヒット曲請負人とも呼べる、超ゴールデントリオによる「ユーロビート歌謡」で立て直しを図る訳なんだけどね。
でも、結局はそれが功を奏し、その後の少年隊があるんじゃないかなぁ。





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Song for U.S.A / チェッカーズ

A_チェッカーズ


今回の1曲セレクトは、「Song for U.S.A」チェッカーズです。

まずはデータです。

・タイトル    Song for U.S.A
・アーティスト  チェッカーズ
・作詞      売野雅勇
・作曲      芹澤廣明
・編曲      芹澤廣明
・リリース日   1986年6月5日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 32.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1986年6月16日〜8月4日、8月18日付
・タイアップ:映画「Song for U.S.A」主題歌

個人的な事だけど、G.S(グループサウンズ)の勉強がしたくてねぇ、少し前にG.S研究の第一人者であった、故黒沢進氏が書いた「日本の60年代ロックのすべて」(シンコーミュージック刊)っちゅう本を買って読んでたんだよね。
 G.Sについては、いわいる「A級」って言われた、超有名ところなバンドについては以前から聴いては居るんだけども、G.Sは「B級」「C級」が面白い・・・なんて、まるで80年代アイドルのような事を言う人もいてさ、流石にそう言うマイナーとバンドは知らないんで、この本を買ってちょっと勉強してたわけなんだよね。
 この本、G.S研究の第一人者である黒沢氏が書いただけあって、マイナーなバンドまで、かなり詳しい解説があるからさ。

で、その中の「ザ・バロン」っていうグループの解説と、リーダーであった若子内悦郎氏のインタービューを読んでて、思わず「なに?」と思ってしまったのよね。

うん、このバンドで、サイドギターをやってたのが、何を隠そう、80年代にヒットメーカーとなる芹澤廣明氏だったんですよね。

うーむ、なるほどそうだったのか。。。と思わず唸ってしまったですわ。

芹澤氏といえば、確かに中森明菜の「少女A」が有名だけど、やっぱしチェッカーズ初期の一連のヒット曲ですわな。

・・・うーみゅ、前置きが超長くなってしまったけど、そんな事で、今回の1曲セレクトは、チェッカーズの「Song for U.S.A」をば。。。

↑でも書いたように、チェッカーズの初期の作品・・・。そう、デビュー曲の「ギザギザハートの子守唄」から、全てのシングルのタイトル曲は芹澤氏が作曲、プロデュースを行ってきた訳だけども、その蜜月の最後となった曲が、この「Song for U.S.A」・・・と言う訳ですわ。
そそそ、この曲の次が「NANA」になる訳だけど、「NANA」から後はメンバーの自作曲と言う事になるわけで。。

デビューから3年余り、ずっと続いてきた芹澤氏との蜜月が、突然切れた訳なんだけども、なぜ、このタイミングで切れたのか・・・っていうのは、まあ、30年経った今でも公式に公にはなっていないだけど・・・。
以前、有名になった高杢氏の暴露本「チェッカーズ」によると、藤井兄弟と芹澤氏との確執って事が書かれてはいたけど、どこまでが事実なのかは、よく分かんないしさ。

ま、確かに、この頃のチェッカーズの曲って、少し迷走して来て感があったのも事実だったけどね。
この曲の前の「OH!! POPSTAR」では、60年代のマージービートっぽい曲だったじゃん。正直ね、なぜに、このタイミングでこの曲なんだろう? ・・・とは当時から感じてたりしてね。チェッカーズもそろそろ、曲のネタが尽きてきたのかなぁ・・・っていう印象が強くてさ。

・・・それとともに、シングルの売り上げもジリ貧になってきてたしね。
「OH!! POPSTAR」が、おニャン子に負けて、オリコン1位獲れなかった・・・っていうのも、ちょっとインパクトあったしなぁ。

この「Song for U.S.A」でも売り上げのジリ貧は続き、売上げは32.6万枚。 この時点でのチェッカーズのシングルで「一番売れなかった」シングルになっちゃったわけだけどさ。


まあ、曲的な問題もあったのかもれしないけどね。
最初に書いたように芹澤氏って、G.Sのバロンっいうグループに居た訳だけども、このグループ、R&B志向が強かったようですから。まあ、チェッカーズ自体、R&B臭が強いかと言えば、そうではないけど、少なくとも50年代〜60年代の香りは、それまでのどの曲でも感じる訳だよね。
 でも、そういうオールディーズな傾向から、脱却したかったのかもな。そういう「縛り」がなく、もっと自由に音楽を作りたいって言う気持ちの方が強かったんだろう。

芹澤氏との蜜月の解消・・・っていうのは、その部分が強かったのかもしれないな。


たださ、個人的には、この「Song for U.S.A」っていう曲は、キライじゃなかったんだよな。
まあ、個人的に「3連」の曲が好きだってこともあるけど、曲自体切ないんだよね。
こういう切ない曲をチェッカーズがやってくれるんだったら、それはそれで歓迎だな・・・と。

ま、それよりも、前年の「神様ヘルプ」から、公然的に口にしてた「ゲ―ノー界」にたいしての反抗期っていう感じが、曲を聴く限りでは感じ無かったんだよね、この曲では。

音の荒みとか感じ無かったしさ、なにより曲を聴いて切なく感じるってことは、それだけ精神的に安定していたとも言えるしね。

でも、実際は、芹澤氏との蜜月解消が進んでいたって言う訳だからねぇ。
いや、逆言えば、そういう腹積もりを決心していたからこそ、音にも出て来ていたのかもな。




ちなみ、「Song for U.S.A 」とは、関係ない話だけど、芹澤氏との関係が解消し、50年代〜60年代縛りが無くなった頃、ネオG.Sって言う形で、G.Sにまたスポットが当たったのは、チェッカーズにとってはなんか皮肉だったよな。
 それと、芹澤氏の他にも、G.S・・・特にB級、C級のG.Sの元メンバーだった方が、この頃80年代の(音楽)業界にはホント多かったんだよね。売れる音楽とは何なのか・・・ってことを自分たちで体感し、分かっていたからこそ、80年代くらいの音楽は面白かったのかもしれないな。 その辺については、追々と言及して行きたいですね。


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さよならのオーシャン / 杉山清貴

1986_06_さよならのオーシャン_杉山清貴


今回の1曲セレクトは、「さよならのオーシャン」杉山清貴です。

まずはデータです。

・タイトル     さよならのオーシャン
・アーティスト   杉山清貴
・作詞       大津あきら
・作曲       杉山清貴
・編曲       佐藤準
・リリース日    1986年5月28日
・発売元      バップ
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  20.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1986年6月16日〜7月14日付
・タイアップ:ダイドードリンコ「ダイドージョニアンコーヒー」CM曲

少し前に、市川文化会館で行われた「ポプコン」同窓会コンサートについて書きまして。
その中でも、杉山清貴氏についてチラリと書いたんだけども、まさかね、今回セレクトしてきた、この曲をやるとは思わなかったんでね、不意を打たれてしまいましたね。

はい、今回の1曲セレクトは、杉山清貴氏のソロデビュー曲であった、「さよならのオーシャン」です。

でもさあ、気がついてみたら、この曲がヒットしてから30年が経つんだよな。 なんかビックリだよなぁ。マジでついこの間っていう感覚なんだけどなぁ。
1986年6月〜7月にかけてでしょ。 ワタシは高校2年。毎日放課後部活終了後、先輩たちとツルンで、フラフラしてた頃だよなぁ。
もう時効だから書いちゃうけど、部活の顧問の先生(当時独身)の部屋に、高校生なのに酒を持ちこんで飲んだくれててたりさあ。 やりたい放題だったもの。
お陰で、あの頃からの蓄積が今頃になって、「痛風」というしっぺ返しにあってますよ

この曲を聴くと、あのやりたい放題だった頃のワタシを思い出しますね。

でもね、正直言うと、当時はこの曲はあんまり好きじゃなかったんだよな。
まだ、杉山清貴&オメガトライブの残像が残ってた頃だったじゃん。 オメガトライブは好きだったんですよ、個人的にも。でも、この曲はなんかしっくりこなかったんだよなぁ。

パッと聴き、オメガトライブの頃とそんな大きく変わったところは感じ無かった・・・というばそうかもしれないけど、でも、なんか違うんだよね。
やっぱり、オメガトライブの頃の林哲司氏の作品と、杉山氏本人が作ったという曲調の差なのかなぁ。
サウンド的に大きく変わったところも無かったしね。 
なんていうのかなぁ、杉山氏のメロディって、ダサいんだよな。・・・・なんて書くとクレームが来そうだけど、うん、そうそう大衆的なんですよ。
 林哲司もメロディも大衆的だけど、若干、洋楽っぽい硬質感があるんだよな。 それが、オメガトライブっていう「シティポップス」のイメージにマッチしてたと思うんですよ。
でも、この曲は、そういう硬質感っていうところがあんまり感じられなかったからなぁ。

そこにギャップを感じたんだと思うな。

ちなみに、この少し前に、1986オメガトライブと言う形で、新生オメガトライブもデビューしてたけど、正直言えば、そちらもあんまりピンと来なかったんだよね、個人的には。

やっぱり、オメガトライブといえば、杉山清貴氏だと思うしね。

発展的解消と言う形で、1986オメガトライブと杉山清貴氏のソロデビューとそれぞれ分かれたはずだと思うんだけど、正直言えば、マイナス点の方が目だったような感じがしたな、当時は。
 サザンの桑田氏ど同じように、オメガトライブをやりながら、杉山氏のソロ活動っていう感じには出来なかったのかなぁ・・・・なんてね、今にしてみれば、そんなことも思ったりするんだけどね。

ただね、先日のポプコンコンサートで、久しぶりにこの曲を聴いたけど、当時のような違和感は感じ無くなってたんだよね。素直に聴けた・・・というかね。

やっぱ30年と言う時間が、当時の違和感を解消してくれましたかねぇ。
なんだかんだと言っても、あの青春の日々を思い出させてくれる1曲だからねぇ。
 



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