かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1984年

騎士道 / 田原俊彦

1984_05_騎士道_田原俊彦


今回の1曲セレクトは、「騎士道」田原俊彦です。

まずはデータですよ〜。

・タイトル     騎士道
・アーティスト   田原俊彦
・作詞       阿久悠
・作曲       つのだひろ
・編曲       船山基紀
・リリース日    1984年5月23日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   25.8万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年6月4日〜7月9日付

えー、平日の1曲セレクトですら。
本当はねぇ、昨日書こうかと思ってたんだけども、ここんところ、持ち帰りの仕事が終わんなくてねぇ、結局、昨日は書けなかったのよね。 ま、そんな事で、平日の月曜日に書いてたりします。

今回引っ張ってきた曲は、初めから決めてたんだよね。

トシちゃんの「騎士道」

トシちゃん・・・なんて懐かしい響きやなぁ、いつ以来なんだろう、トシちゃんの曲を引っ張って来たのは・・・・。
一連のヒット曲の大半は、もう、とっくの昔に書いちゃったからねぇ。

でも、そんなヒットを続けていた最中の84年のこの曲、まだ、書いてなかったとは・・・・。

まあ、理由はいくつかあるんだけどね。

一つは、個人的にヒット時期を間違えて記憶していた事。。。 うーむ、これは厳密に言えば間違えては無かったんだけども、若干ズレてたんだよなぁ、記憶が。
うん、個人的には、この曲、「5月1日リリース」って記憶してたの。だからさ、ヒットは、ゴールデンウイークの頃だよなぁ・・・なんて長年勘違いしてたんだよな。
実際は、リリースは5月23日だったんだよね。 ベストテン入りしたのは6月だ。 

うーん、そうだったかなぁ・・・・。 34年も経つと記憶もあいまいになるわなぁ。

いや、間違いなく84年のゴールデンウイークには、この曲聴いてた記憶がある。 そそそ、文化放送の「全日本歌謡選抜」で聴いてた記憶が鮮明に残ってるだよな。

いつぞやも書いたけど、この番組、新曲紹介がやったらと早くて、リリースの1か月前には、既に、いまでいうヘビーローテーションだったんだよな。そのおかげで、リリース時になるとすでに、聴き飽きて、「もういいよ」・・・って感じだったりもしたんだけども。。。

まあ、そんな影響で、リリース時期を1ヶ月くらい早いものと間違って記憶してたんだよ。

で、この曲を今まで書いて来なかった理由、その2は、書こうと思うと、動画がようつべに落ちてなかったりね。。。
破門になったとはいえ、曲がりなりも元ジャニーズっすからねぇ、意外と動画も落ちてなかったりするんだよね。

ここんところ、今まで書いて来なかったのは、ヒット当時、あまり好きぢゃ無かったから・・・って曲が多いけど、この「騎士道」に関しては、決してそうじゃ無かったんだよね。

むしろ、個人的には気に入ってたな、当時。

トシのこの曲の前が「チャールストンにはまだ早い」っちゅう、文字通りチャールストンをベースにしたダンスチューンだった訳だけども、どっちかというと、ナンパ的な曲だったじゃん
だけどもこの曲は、打って変わって、久々に硬派なトシちゃんだったしな。 

そそそ、トシちゃんを書くたびに言及しているような気がするけど、トシの場合、1曲1曲の曲の変化が大きいんだよね。あんまり同じような曲調が続く事が無い。そこが「まっち先生」とは大きく違うところであり、トシも魅力の一つなのよ。
変化大きいってことは、飽きないって事でもあるしね。

この曲、硬派な曲と言っても、それまでのトシ には無かったような曲調だったしな。 タイトルからも想像できるようにスパニッシュ。 そそそ、「闘牛士」なあのイメージですな。
このイメージには、当初はちょっとビックリだった。 まあ、この曲で初めて阿久悠氏が詞を書いたっていうのも、
ビックリだったけどね。

でも、トシにはあってたような気がするなぁ。 この曲の後86年に、本格的に阿久悠氏とタッグを組むようになるトシだけど、ジュリーとは別な角度でトシを大人に導いたような気がする。

だってさ、この曲には、「ニンジン娘」なイメージはかけらも見えないじゃん。

それと、船山基紀氏のアレンジですねぇ。 まあ、タイトルからスパニッシュなイメージっていうのは、「モロ」っていうところは強いんだけども。

でも、トシには、船山氏のアレンジがいちばんフィットするって感じるんだよなぁ。 トシのもつナイーブさを最も引き出すようなアレンジっていうのかなぁ。
 
トシのアレンジャーブレーンのもう一人、大谷和夫氏とは、違った角度からトシを引きだすっていうのかなぁ。
大谷氏のアレンジからは、よりソフィケートされたトシ、船山氏のアレンジからは、時には少年っぽく、時にはダイナミックにトシをサポートしていた訳なんだよね。

昨日、東京FM「五線譜の解体新書」の船山基記特集で紹介されていた「ハッとして!Good」は別格として、個人的には、81年の「悲しみ2ヤング」が一番好きなんだけどさ。この「騎士道」もいいんだよね。 

この頃の船山氏といえば、どうしても柏原芳恵さんとか、キョンキョンなどのフェアライトを駆使したシンセサウンドの新たな地平的な曲っていうイメージが強いんだけども、それよりもこの曲「騎士道」のようなアナログサウンドもいいのよ。 なんて言ってもダイナミックなストリングスとブラスが織りなす調和。そこから引きだされるトシのナイーブなボーカル。このコントラストが、この曲のキモなんじゃないかなぁ。

正直言って、この曲はそこそこ、売れるんじゃないかなぁ・・・・とは、リリース当初は思いましたよ。
実際のところオリコンでも1位獲れたしね。 でも1位取った後が続かなかったんだよな。 シングルでは初めての売り上げ30万枚割れ。
・・・って書くと、83年の「ラブシュプール」も30万に届いてないじゃんって突っ込まれそうだけども、あれは「30万枚限定」だったしな。
結局のところ、シングルの右肩下がりの売り上げは、この曲でも止まらなかった・・・って訳なんだよな。




むむむむ、動画の直リンがはじかれてしまったわい。。。。 
申し訳ないんですが、動画を見たい方は「この動画はYou Tubeでご覧下さい」をクリックしてくだされ。。。。

ところで、この曲、作曲は「つのだひろ」氏なんだよね。
・・・って、この間から、つのだひろ氏作曲の曲を何曲か書いてきたんだけども、とどのつまりは、この曲に繋げたいがためだったんだよねぇ・・・
そそそ、つのだひろ氏作曲の曲って、なぜか5月、6月頃にヒットした曲が固まってる・・・ってことでさ。 


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サムライ・ニッポン / シブがき隊

  1984_02_サムライニッポン_シブがき隊


今回の1曲セレクトは、「サムライ・ニッポン」シブがき隊です。

 まずはデータです。

・タイトル   サムライ・ニッポン
・アーティスト シブがき隊
・作詞     売野雅勇
・作曲     後藤次利
・編曲     後藤次利
・リリース日  1984年1月15日
・発売元    CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  22.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年1月23日〜2月27日付

今回の1曲セレクトは、のっけから、シブがき隊exclamation  どえす。。

これまでも、何曲かシブがき隊の曲を取り上げてきたんだけど、今聴くと、なぜか、シブがき隊の曲がよい。
まあ、個人的な感想なんだけどね、新鮮なんだよね。

 きっと、「たのきん」の曲に比べると、ヒット当時はあんまり聴いてこなかったっていうせいもあるかな。
音源を手に入れたのが、かなり後になってからっていうのもあるな。
 「たのきん」の曲は、ヒット当時から随分、持ってたもんなぁ。だからさ、あまりに聴いてきたんで、ちょっと新鮮さが失われているっていうのはあると思うわ。

 で、今回セレクトしたのは、1984年の今頃のヒット「サムライ・ニッポン」よ。

 なに? 「侍ニッポン」の間違いぢゃないかって? サッカーぢやないんだから。。

 ってか、この曲の動画探してたら、やたらと「侍ニッポン」で引っかかってきた。。。 むー、やっぱ、今の時代はサッカーなんだろうねぇ。


 ところで、この曲、タイトルだけみると「演歌か?」なんて、思わず、思いたくなるけど、まさかまさかだよな。

 実際は、全く異なる「ファンキー」な曲よ。 
 ベースは作曲の後藤次利氏が自分で弾いていると思われるけど、イントロからいきなり「ジャングル」っぽいリズム。黒っぽさいっぱいのファンキーなベースを展開してたりして。
 
 このころって、このテのジャングルっぽい、「黒っぽい」ビートが一時的に流行ってたのかねぇ。。 考えてみれば、サザンのアルバム「綺麗」に収録されている「All Star JUNGO」もこんな感じのファンキーなインストだったりしたもんな。
 恐らく、「ファンキー」ってコトバがキーワードとして出てきてのも、この頃だと思うな。

 ま、リズム的に言えば、それまでの、もろロックな「ヘビメタ歌謡」から、この曲で、ずいぶん変わったんだよね。
なんせこの曲の前作が「挑発∞」だもんなぁ。この曲のクサさったら無かったからねぇ。もう行きつくところもまでいったか・・・ってくらいで。
それに比べたら、この曲は大分軽かったしな。 うん、サウンド的にってところで。音がスカスカって訳ではないんだけど、音圧は前曲に比べたら薄かったしさ。
まあ、それもこの曲だけだったけど。。
 だから、この曲だけは、シブがきの中でも、やや「異色」な匂いがする曲っていえるかもな。

 たださ、当のシブかぎの3人は、リズム的に乗り切れてないっていうか、歌いきれてないっていうか、かなりショボイ、ボーカルになってたりしてふらふら、それかネックかもなぁ。 ビシッと決まってれば、もっとかっこよかったのにねぇ。

 ・・・というか、歌いきれてないほうが、シブがきっぽくていいって言うのもあるけどさ。。 やっぱ、ジャニーズはウタがうますぎるのもバツだろうし。。。



最初にシブがきの曲を聴くと「新鮮」なんて書きながら、今まで「1曲セレクト」であんまり書いて来なかったのは、落ちてる動画が少ないって言うのもあるんだよね。
 この曲にしても、今回引っ張って来たのしか落ちてなかったのよ。本当はベストテンとかトップテンとか落ちてればよかったのにね。 まあ、その辺りに当時のシブがきの人気と、現在の認知度に表れてるんかなあ、
決して、シブがきがジャニーズだったからって言う訳じゃないと思うんだよな。
・・・っつか、ジャニーズだったことを忘れてる方も居たりして。。。


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リトル・プリンセス / 岡田有希子

1984_07_リトル・プリンセス_岡田有希子


今回の1曲セレクトは、「リトル・プリンセス」岡田有希子です。

まずはデータなのだ〜。

・タイトル    リトル・プリンセス
・アーティスト  岡田有希子
・作詞       竹内まりや
・作曲      竹内まりや
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年7月18日
・発売元     キャニオン
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数  9.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 19位

 ここんところ、ほとんど書いてなかった1曲セレクトなんで、↑のデータ項目の並びを忘れてしまってたワタシがいた ・・・なんてことはどーでもいい事でして。。。。
この間久しぶりに書いた、しまざき由理さんの「面影」はちょこっと「引き」が弱かったな。 まあ、ヒット当時50万枚の大ヒットと言っても今となっては知ってる人しか知らない・・・って感じの曲だから、しょうがないと言えばしょうがないか・・・

・・・・と言う事で、今回は「引き」が強いであろう・・・と思われる曲を引っ張って来ましたぞ。

岡田有希子さんの「リトル・プリンセス」。

過去の「今の時期」のヒット曲をセレクトする・・・って言うコンセプトで書いてる1曲セレクトだけど、そのコンセプトからすると、この曲はちょこっと時期がずれてるんじゃね?

・・・・なんて指摘してくる人もいるかなぁ・・。 当時、オリコンでランキングをチェックしてたチャート小僧で、「細かい」所をついてくるような方はさ。

まあ、正確に言えば、84年7月リリースだったこの曲から、84年9月当時はオリコン的には既にランクも下降線に入ってた時期ではあるんだよね。だから厳密に言えば「ヒット」の時期から過ぎて来てた頃と言ってもいいかもしれない。

ただね、細かく・・・といっても「自分のチャート」だけど・・・を基準してみると、最高位を記録したのは、実は今頃だったんだよな。

つまりね、オリコンでは既にヒットの下降線に入っていたこの時期、他のチャート要素で総合的にはランクを上げていたんだよね。それが84年の今頃。

ただねぇ、どの要素でランクを上げていたのか・・・当時の各要素順位を記録した「紙」を廃棄してしまった今となってははっきりしないんだけどねぇ・・・・。まあ、当時アイドル系は概して有線が弱かったことは明白なんで、ラジオチャートが跳ね上がったのがこの時期だったんだと思うけど・・・。

レコード売り上げのチャートから遅れて、他のランク(この場合ラジオチャートね)が上がってくる・・・っていうチャート要素によってチャートの動きに「時間差」があった事・・・・実は、これが実際的な岡田有希子さんの人気バロメーターが当時、上がって来ていた事の表れだったんじゃないかなぁ。

 今も傾向は変わらないけど、レコード売り上げっていうのは、特にアイドルの場合、初動の動きが早いんですよ。っというのも、レコードの場合、初動は「固定ファン」が買うモノって相場が決まってるから。 ちょっと「浮動票」側に居るヒトは、初めレコード買うのは見送りますよね。
 他のメディア・・・例えば当時で言えば、ラジオだとかテレビで曲を聴いて、気に入ればレコードを買うっていう流れがあったんだよね。 つまりさ人気が上昇中のヒトの中には、ラジオチャートはレコード売り上げよりも動きが遅いこともあった。
岡田有希子さんの場合は、そのパターンだったんだよね。 その証拠に累積売り上げで10万枚に届かなかったこの曲だけど、次の「恋はじめまして」では、それまでの3枚のシングルで最高の売り上げを記録している。
つまりは、人気が右肩上がりだった訳ですわ、この時期。

 この時期、8月の「日本テレビ音楽祭」を皮切りに「賞レース」が始まっていたからさ、新人賞争いってことでテレビで歌う機会も増えてたっていうのも、「浮動票」をとりこんで人気バロメーターを上げるには大きかったかもしれないな。
ま、とは言ってもレコード売り上げが10万枚そこそこで止まっていたのは、ちょこっと解せなかったけどさ。


当時、岡田有希子さんの「対抗軸」として、菊池桃子さんがいた訳じゃない 
桃子さんが、この曲とほぼ同時期にリリースした、デビュー第2弾の「SUMMER EYES」がオリコンでベストテン入りしたのに対して、この曲は最高14位だったわけでさ。

この差はなんだろ? なんて思ってたなぁ。 

ビジュアル的からして「アイドルらしさ」って言うところで言えば、菊池桃子さんよりも岡田有希子さんだったからさあ。 正直言って解せなかった部分もあったなぁ。

でもよくよく考えてみれば、「下世話性」だったんじゃないかなぁ・・・。 あ、ちょっと分かりにくい表現か。。。
「シロート性」って言った方がいいのかなぁ。

時代は動いてきていたんだよね。 それまでの既存のアイドルらしさから、もっとシロート性の強い下世話なアイドルへ・・・っていう時代の動き。

それが、まだ捉え切れてなかったんだよな、当時のワタシは。 

80年代アイドルの、まさに時代の転換期だったんだよな、この時期が。

その時代転換期って言う動きが、急加速して表面化するのが次の85年なんだけどね。

そう言う点から言えば、岡田有希子って言うヒトは、今からして思えばちょっと遅れて出てきたアイドルだったんだよね。 うん、「正当派」な80年代アイドルとしてね。
この84年の前年の83年は「ニュー」アイドルの不作の年だった。 例えばさ83年にこのヒトが出て来ていたら、アイドル勢力は少し変わってたかも・・・なんて今となっては思ったりするな。
 
実際、このヒトのレコード売り上げの低さからみて、そう思えるんだよなぁ。 うん、このヒトの「正当派」としての80年代アイドルの「アイドル性」からみてさ、もっとレコード売れてしかるべきだと思ったもの。



これPVなんだけどさ、いつも思うんだけど当時のアイドル系のPVってどこで流してたんだろう? なんて思ったりさ。
当時、テレビ神奈川のミュートマ(ミュージック・トマト)など、PVを流すテレビ番組も出て来ては居たけど、アイドル系は流さなかったと思うし・・・。レコード店の店頭用だったのかなぁ。 
かすかな記憶だけど、新星堂の店頭のモニターではこの手のアイドル系もビデオも流れてたような気がするしな・・・。


ところで、↑でいろいろ書いちゃったけど、PV見ながら、改めてこの曲を聴くとさ、「プリンセス」っていうコンセプトは、岡田さんに良く合ってたと思う。

・・・けど、84年当時からしてみてもちょっとアナクロだったかなぁ・・・と。 

以前、何回も書いたけど、70年代アイドルは「ウンコしない」、「霞を食って生きてる」・・・などなどまさに「偶像」扱いだったけど、80年代はそこまで極端じゃなかったわけじゃん。 でも、この曲を聴いてるとコンセプト的に70年代アイドルに戻っちゃったんじゃないかなぁ・・・なんて感じたな。

 それは、曲的にもそうで、竹内まりやさん的には、コニー・フランシスとかドリス・デイとか、60年代オールディーズのアメリカンポップスアイドルを意識してたんだろうな・・・とは思うモノの、実際的には70年代アイドル的な曲になっているのがインパクトに出て来ているかなぁ。

この辺のギャップは、次の「恋はじめまして」で、よりオールディーズっぽくなったことで解消されましたけどね。。

まあ、この辺は、この曲のアレンジャーだった大村氏と、「恋はじめまして」のアレンジャーだった萩田光雄氏の解釈の違いだったんだろうな。


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コントロール / 河合奈保子

  1984_07_コントロール_河合奈保子


今回の1曲セレクトは、「コントロール」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル    コントロール
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      売野雅勇
・作曲      八神純子
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1984年6月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数  15.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1984年6月18日〜6月25日付

まあ、蒸し暑い1日でしたわ。クーラーはあんまり点けないたちなんで(と言うか電気代ケチってるだけですが・・)、本日もほとんどクーラーをつけず、汗をだらだらかいて過ごしましたわ。
まあ、寝る時も暑いとしんどいんで、今になって寝るまでの間クーラーをつけてるけど。。。
ただね、暑かったおかけで血液のめぐりがよくなったのか、昨日ほどの痛風の痛みは無くなってきたような気がしますね。うーむ、やっぱり「自然」治癒っていうのが一番の治療なんでしょうかねぇ。
さてと、後は水をガバガバ飲んでプリン体を外に出さなくては・・・。

昨日は、個人的にキライだった曲ということで、中森明菜さんの「Blonde」を書いた訳だけど、今回セレクトしてきた曲もねぇ、ヒット当時はあんまり好みじゃなかった曲なんだよね。

河合奈保子「コントロール」

いやね、河合奈保子さんは当時好きだったし、この曲を作曲した八神純子さんもデビュー時からのファンだった訳で、本来ならこの曲だって好みになって当然・・・の筈なんだけどねぇ。

でも、実際は触手が伸びなかったんだよなぁ、この曲。

きっとね、個人的にはもっと「ポップ」な曲を期待してたんだと思う。 そそそ、八神純子さん作曲ということで、「パープルタウン」「Mr.ブルー」・・はたまた「みずいろの雨」とかね。
ソフィケイトされたメロディと、高音域でのロングトーン・・・そんな良質なポップあたりをね。

でもさ、実際のところ、確かにアップテンポなポップスではあったものの、サウンドがさ硬いんだよね。 メロディラインも以前の八神さんらしさを感じなかったし、いや、むしろ、もろ「84年」的でしたよね。

そう言う曲調になんかさガッカリしちゃったんだよな。期待してた曲とあまりに違うんで。

当時、河合奈保子さんのシングルもちょっとパワーを失っていたような気がしてたんだよね。 前曲の「微風のメロディ」なんてのは、決して嫌いではなかったけど、今一つ勢いを感じなかったし。

だからね、この曲には期待してた部分があったんだよね。八神さんのソフィケイトされた、かつ伸びのあるメロディラインは、河合奈保子さんにも嵌まりそうな気がしたからさあ。

でも、実際はそんな期待してた曲調と全く違ったからなぁ・・・。ガッカリだったんだよな。

そう言う事もあってか、この曲未だに音源持ってないんですよ、ワタシ。 河合奈保子さんのこの頃のシングル音源は殆ど揃ってるんだけどさ、この曲は当時も買わなかったんだよね。
ま、そんなこともあって、この1曲セレクトでも今まで書いて来なかったんだけど。。。

硬質で角ばったサウンドは、八神さんらしさというより、むしろ作詞の売野氏が得意にしてたようなサウンド・・・そそそ、だから一聴して84年、85年的なんだよな。

80年代の曲って「年」によって特徴がはっきりしてるからさ。 このテの硬質かつ角ばったサウンドなのが、84年、85年の特徴。
 だから、知らない曲でも曲聴いただけである程度年代が分かっちゃったりね。 この曲なんてぇのはその最たるところじゃないかなぁ。

正直今となっては、河合奈保子さんの一連のヒット曲の中では死角に入っちゃってるような曲だと思う。でも曲を聴けば、「あー、84年頃の曲だよね」っていうのがすく分かっちゃうんだよな。

まあ、それはそれで凄い事なんだろうけど、だから何? って感じもするしな。




まあ、たしかに奈保子さんのパンチの効いた歌い方は、ある意味アイドルの一線を越えたような感じはするんだけどね。 でも、個人的に当時求めていたのは、こういうパンチの利いた曲調ではなかったんだよね。
もっと伸びのある曲が聴きたかったんだよな。


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やったね!春だね!! / ソフトクリーム

1984_04_やったね春だね_ソフトクリーム


今回の1曲セレクトは、「やったね!春だね!!」ソフトクリームです。

まずはデータだっちゃ!

・タイトル     やったね!春だね!!
・アーティスト   ソフトクリーム
・作詞       森雪之丞
・作曲       後藤次利
・編曲       後藤次利
・リリース日    1984年2月21日
・発売元      フォーライフ
・オリコン最高位 109位
・売上げ枚数   -  枚

すっかり暖かくなりましたね。おかげで、なかなか咲かなかった家周辺の桜も、まだ満開ではないけど大分咲いて来ましたわ。

本当だったら、今日あたりは「春です!」と景気よく行きたかったんだけど、こぬか雨に濡れておりますわ。

でも、まあ、今回の1曲セレクトは「春です!」と叫びたかったために、少し前から当たりをつけていた曲をひとつ。

ソフトクリーム「やったね!春だね!!」

ざざーん! みなさん覚えてますかぁ〜 ソフトクリームですよぉ〜

と叫んで、返答がある方は、そこそこ気合が入った80年代アイドルファンですよねぇ。
あるいは、ワタシと同年代の方ってところかなぁ。

ま、いずれにしても、80年代中期の「B級アイドル」⇒マイナーアイドル ですわ。

いや、「B級」と書いたけども、オリコンの売り上げ実績からすると「C級」アイドルと言っても過言じゃない。 なにせ、7枚のシングルをリリースして、1枚も「ベスト100」に入らなかったんだから。。。。

とりあえず、今回引っ張ってきた「やったね!春だね!!」がオリコンではランクが一番上ってことなんだけども、それでも最高109位ですヨ。

普通、オリコン100位以下なんてしらねーよなぁ・・・って感じなんだけどさ

とりあえず当時の「オリコンウイークリー」は、シングルの101⇒200位も載ってたんでね。当時のチャート小僧はそこそこチェックしてたんだよね。

ただ、今でこそ101位以下も売り上げ枚数を公表しているけど、当時は100位までしかカウントしてなかったんでね。 最高109位だと、売り上げ枚数は不明。

・・・・っつうことで、↑のデータも「−」にしてありまする。。。。


まあ、今でいえば、完全にインディーズアイドルだよね。あるいは地方アイドルとか。

その割には、当時、結構テレビには出てたんだよな、このコたち。

メンバー

・遠藤由美子
・天野千英
・大塚真美

の3人。

レコードは売れなかったけど、結構テレビに出てた・・・っていうのは、まあ「ナベブロ」所属だったってところが、多分にありますわな。

曲はねぇ、今聴くと、なるほどな・・・と理解できる部分が多いけど、84年当時は、ぶっ飛びましたわな、この曲には。

一体、なんなんだ? って感じでさあ。

言ってみれば「イロモノ」ですよね。 アイドル特有の「軽〜い」サウンドに、森雪之丞氏特有のぶっとんだコトバ遊び風の歌詞が乗っかってる。

簡単に言ってしまえば、ウナギのように掴みどころが無いんだよね。 「そうか」と思えばスルスルスルッと逃げて行ってしまうと言うか。

個人的に、よくシングルは「刺さらなぎゃ行けない」って書いてるけどさ。 84年当時、シングルっていうのは、そう言うモノだったんだよね。シングルってアーティストのとっては名刺のようなもんだから、より多くのヒトにどう刺さるかっていうのが、重要だし、そう言う「ココ」って言うインパクトがキャッチーな曲が多かった。

この曲はねぇ、そういうところを感じないんだよね。 ぬるぬるぬると逃げて行くっていうかさあ、実態を感じない・・・というか。

例えば、S級アイドル、中森明菜が「北ウィング」で ♪ LOVE IS THE MYSTERY〜 ♪ なんて「気合」が入った歌を聴かせていた時代ですよ。

それなのに、このコたちと来たら

♪ 野原いっぱい揺れるつくしんぼ (むっくむく)〜 ♪   なんてさあ   思わず「ばかやろー」なんて叫びたくなる世界観な曲なわけじゃん

84年当時、オリコン100位に入らなったっていうのは、そう言う部分が多分に影響していたんだろうね。


個人的に、B級アイドル物ってあんまり聴かないし、だから正直詳しくないんだけど、ただね、なぜかこの曲は音源が手元にある。

オリコン100位にも入らなかった曲のシングルを持っているのね個人的にもほとんどないんだけどさぁ。

↑で掴みどころがない・・・なんて書いてるくせにムジュンなんだけどさあ、結局はどこかに耳に残っちゃってたんだろうな。

いや、いい曲云々の前に、84年の春って言うの考えた時に、どうも切り離せなかった・・と言うかねぇ。
ブツブツ文句言いながらでも、それだけ耳にしてたって事なんだよね当時。


ただね、そういう「実態」を感じない曲⇒アイドルっていう存在も、84年1年間を通して境に急速に一般的になって行く。

あ〜、分かりにくく書いてしまった。 簡単に言えばシロート的なアイドルが一般的になって行く。
それが顕著に表れたのが、85年のおニャン子クラブって訳なんだけども、このヒトたち⇒ソフトクリームなんかは、おニャン子的なんだよね。

Wikipediaなんかみると、おニャン子のプロトタイプなんて書いてあるけど、まさにそうで、ウタがウマい訳でもないし、さして美人ぞろいでもない。 どこにでもいるようなコたちがアイドルとしてテレビで歌ってるっていう感じで。

しかも、曲が、おニャン子たちに怒涛に曲を書いて行くことになる後藤次利氏だったりして、今見ると、まるでおニャン子って感じなんだよな。

でも、おニャン子がデビューするのと、入れ違いにこのヒトたちは解散。
結局、「シロートアイドル時代」を経験することなく、表舞台を去ることになる。

そう考えると、このコたちは、ちょっと早くデビューし過ぎたのかもしれないな。 もし、85年以降のデビューだったら、少なくとも1枚もオリコンベスト100に入らなったって事は無かったろうし。

この曲にしたって、そこそこランクは上がっていたかもしれないな。



なに「ウンコ」もって歌ってんの? とか思われる(・・・思わないか)かもしれないけど、これソフトクリーム型のマイクカバーですわな。
如何にも「アイドル」っぽい演出。

それにしても、当時を知らないヒトからすれば、ほとんど「おニャン子」だよね。
曲にしても、シロートっぽい歌いかたにしても。
でも、実際は、おニャン子出現の1年前なんでね。

こと「オンガク」には厳しいといわれるナベプロらしからぬ・・・とでも言いますかねぇ。








一番野郎 / 近藤真彦

1984_04_一番野郎_近藤真彦

今回の1曲セレクトは、「一番野郎」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル    一番野郎
・アーティスト  近藤真彦
・作詞      売野雅勇
・作曲      筒美京平
・編曲      松下誠
・リリース日   1984年3月1日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 29.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1984年3月12日〜4月23日付

この前も書いたけど、やおら、1週間ぶりのご無沙汰でした・・・っとていう挨拶から始まってしまった「1曲セレクト」です。
土曜日と言えど「4月1日」。新年度の始まりですわな。ウチの会社は「零細」企業で支店もなにもないんで、転勤や部署移動何ぞは無いんで、いままでの業務を引き続き淡々とこなす生活が続く訳ですわ。
ただ、某"みんなから嫌われてる"著作権管理団体から「出向」って言う形で、何人か来ていて、その方たちはこの春も異動がありーの、なんで、ここ何日は送別会やら何やらでバタバタ。
そうでなくても4月早々「繁忙期」がやってくると言うのに。。。。
暫くは、このバタバタが続きそう。 なんで、1曲セレクトも暫くは「週末のみ」更新になりそうな予感ですね。

・・・・ということで、今回は、そんなバタバタしていた4月初めの頃ヒットしていたこの曲をセレクト。

まっち先生の「一番野郎」。

この曲は1984年(昭和59年)の今頃ヒットのピークを迎えていた曲だけど、昭和59年って言ったらワタシャ中学3年になった年ですわ。
なので、正直、そんなにバタバタしていた訳じゃないんだけどね、個人的には。
いや、それでも高校受験に向けてカウントダウンは始まっていた頃かなぁ。受験対策で地元の進学塾、某K学院に入ったのもこの頃でしたわ。

あ、個人的には「オリコンウイークリー」を毎週買い始めたのもこの頃。なんで、ヒット曲の「付き合い」方としては、今に続く「革新」的な出来事が始まった頃なんだけどさ。

そんな頃ヒットしていた。この曲。

いや、正直、それほどヒットしていた・・・って言う実感を感じなかった・・・って言った方が正解なのかなぁ、この曲の場合。

確かにこの曲もオリコンでは1位を獲得し、81年の「ブルージーンズメモリー」以来続けてきた、連続1位獲得記録も更新出来た訳なんだけども、手ごたえからすると1位を獲得⇒ヒットしたっていう印象を感じないんだよね。

1位獲得が初登場の週1週だけだったっていうのもあるんだろうけど、決定的な印象は、やっぱ「ザ・ベストテン」で、ベスト3に入れなかったって事が大きかったよな。
 そそそ、この曲は、ザ・ベストテンでは最高4位でしたからねぇ。ついで言えば、僭越ながらワタシのチャートでは最高5位。 ま、ベストテンでも4位は1週だけで、5位に居座っていた事が多かったですからね。

たしかにこの曲がヒットしていた当時のベストテンの得点は、4位、5位、6位あたりが概していつも以上に高く、いつもなら7500〜7900点程度が4位であったのが、8700点で4位と言う週もあった。
通常で言えば8700点ってのは、2位か3位、状況によっては1位が取れてもおかしくない得点でしたから。
そう考えれば、充分「大ヒット」に値したのかもしれない。

だけども、今一つヒットした印象が薄い・・・っていうのは、「時代の流れ」っていうのもあったんだろうな。
1984年の今頃と言えば、吉川晃司が「モニカ」でヒット戦線に踊りだし、チェッカーズが「涙のリクエスト」で本格ブレイク。また、安全地帯が「ワインレッドの心」がヒットのピークを迎えたりしていて、ベストテン内の上位を見ると、1年前と比較してかなりメンバーが入れ替わっていた頃ですわ。

時代は常に動いている。 っていうのを実感できた・・・って言うかさ、ヒット曲の傾向も大きく変わってきていた時期なんだよな。
やっぱ、吉川の「モニカ」、チェッカーズの「涙のリクエスト」、安全地帯「ワインレッドの心」なんかからは、勢いも感じたし、なにより新鮮さを感じたからなぁ。 それまでのヒットチャートの曲になかったような新しい息吹って言う感覚ですよね。

逆に言えば、それまでヒットチャートを牽引して来ていた、まっち先生、トシちゃんなどのジャニーズ勢、その他の、いわいる80年デビュー組アイドルにヒット戦線での「陰り」の色が顕著になったのもこの時期ってわけでさ。

だから、この「一番野郎」だけじゃないんだよね。ヒットの印象が薄かったのは。 トシちゃんの「チャールストンにはまだ早い」(84年2月リリース)だって、「ザ・ベストテン」では最高4位と、ベスト3入り出来なかったし、だから「一番野郎」と同じような印象もあったしな。


いや、それ以前にこの「一番野郎」っていう曲自体に新鮮味を感じなかったんだよなぁ。
当時、トシちゃんよりまっち先生派だったワタシは、毎回新曲が楽しみだった。
ま、十中八九、文化放送「全日本歌謡選抜」で、一番最初に新曲は聴いてたんだけどね。 

でもねぇ、この曲は初めて聴いて、なんかガッカリしたんだよな。 まずもって新鮮味を全く感じなかった。
新曲って感じがしなかったんだよな。 去年か一昨年あたりの「お蔵入りしてた曲?」って感じがしてさ。

当時は、いつも斬新かつ新鮮な切り口な新曲を聴かせてくれていた、筒美京平氏らしからぬ曲って言うのがまずもって感想だったし、それは、今でも変わらないな、この曲に関しては。

確かにそれまでの「やんちゃ」な所も継承しているけども、加えて、この曲から「硬派」「男臭さ」っていうところも見え始めて居たじゃん。
どうもね、その部分がピンとこなかったんだよな。 まっち先生には、もっと「やんちゃ」だけを続けて欲しかったんだろうな。

だから、この曲の次にの「ケジメなさい」ってぶっ飛びなまっち先生を見せた時は、逆に嬉しかった部分はあるんだよね。 以前書いたように確かに「頭がおかしくなったのか」とも思ったところもあったけど。

いずれにしても、この「硬派」「男臭さ」って言う路線は、この曲から、後年の「大将」「愚か者」と続く事になる訳で。。。 その点から傍から見れば、ここから後の「歌謡大賞」そして、「レコード大賞」に繋がる訳で、結局はよかったんじゃないか・・・とも思えるけど、でも、やっぱり個人的には、その曲以前のような「やんちゃ」路線をもう少し続けて欲しかった・・・っていうのは大きいな。



ベストテンですね。 得点にご注目。本文でも書いたようにこの頃得点高いんだよね。
7位で7900点ですから。。。
えー、ただ、この動画はおそらく、「速攻」で消されると思うんで、もし消されてたら ↓を見てみてください

http://www.dailymotion.com/video/x20ugan_%E4%B8%80%E7%95%AA%E9%87%8E%E9%83%8E-%E8%BF%91%E8%97%A4%E7%9C%9F%E5%BD%A6_music

まあ、こっちもいつまで上がってるか分かんないですけど。。。
なんせ天下のジャニーズですから。。。


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北駅のソリチュード / 河合奈保子

1984_12_北駅のソリチュード_河合奈保子


今回の1曲セレクトは、「北駅のソリチュード」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル    北駅のソリチュード
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      売野雅勇
・作曲      筒美京平
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1984年12月5日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 6位
・売上げ枚数 11.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1984年12月17日〜12月24日付



今年の仕事も今日まで。先ほど納会が終わって帰宅したんですが、ここまで長かったですわ。
時間の経過は、年を取るごとに早くなるんだけど、こと、仕事となると長いですねぇ。やっと年末年始休暇だぁ・・って感じですよ。
 ここんところ、この1曲セレクトも、仕事の忙しさにかまけて、間が空いてますからねぇ、この休み中は出来るだけ更新するようにしたいですわね。

ところで、ワム! のマイケル・ジョージが亡くなってしまいましたね。 
今年は、ミュージシャンの訃報が本当に多い。まさか、この暮れになって、ビックアーティストの訃報が届くとは。。。

まあ、個人的には聴く音楽といえば、圧倒的に 「洋楽 ≪ 邦楽」 なんで、それほど接点があった訳ぢゃない。
そんなワタシでも、ワム!くらいは、耳にしてたからなぁ。84年〜85年にかけて。
時代はアメリカンロックよりも、UKシーンが元気だった頃だ。

「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」「フリーダム」そして「ラスト・クリスマス」。 

この位は、いくら圧倒的に邦楽よりなワタシでも、聴いてましたからねぇ。 特に「ケアレス・ウィスパー」だよね。

日本では84年の丁度今頃ヒットのピークだったよなぁ。 本家「ワム!」だけぢゃなく、西城秀樹氏も郷ひろみ氏もこぞってカバーしてたしさぁ。

やっぱ、あのイントロのブリブリのサックスが堪らんのよね。 あのブリブリ、せくすうぃーなサックスからエロチックとも思える世界が広がって行く。これが堪らなかったのですよ。年齢的に「性」の目ざめま頃だったしね。

ま、そんなこともあり、やっぱジョージ逝去のニュースには驚きだったんだよな。 まだ53歳でしょ、若すぎるよな。


とろこで、↑で、84年の今頃、日本では「ケアレスウィスパー」付いていたって書いたんだけども、なにも、「本家」のカバー曲ばかりだった訳じゃない。
「疑似的」ケアレス・ウィスパーな曲もあったんだよね。 こんな回はそんな曲をセレクト。

河合奈保子「北駅のソリチュード」。

まあ、この曲に関しては、以前から「ケアレス・ウィスパー」に似てると言われている訳で、恐らく他のヒトのブログでも同じような事が書かれているかもしれない。けど、まあいいよね。。。って前回も同じような事書いたよな

この曲が、「疑似」ケアレス・ウィスパーって言われているのは、やっぱ、イントロだよね。

「本家」と同じような、ブリブリな泣きのサックスが際立った。 しかも、フレーズが「ケアレス・ウィスパー」そっくりなんだよね。

これ、パクリだよね・・・。ってだれでも気がついてしまうような。 

まあ、全く同じフレーズではなく、「似たような」なので、完全な「パクリ」とは言えないんだけども。

だけど、当時、これを聴いて、「筒美氏、仇といなぁ」と思ったよなぁ。
どう聴いても「ケアレス・ウィスパー」だしさ。 

で、一方では、この曲と同時期、松本伊代の「ビリーヴ」では、ボニータイラーの「ヒーロー」だったわけじゃん。
うん、84年のアイドルに大人気だった「ヒーロー」

こうみると、この時期って、同時期にヒットしていた洋楽のパクリ的曲が人気だったんだよな。
ま、パクリだけでなく、小林麻美の「雨音はショパンの調べ」、MIEの「NEVER」、 麻倉未稀の「ヒーロー」と実際の向こうのカバーも大人気だったしさ。

そう見ると、84年って洋楽にコミットした年だったんだよね、邦楽ヒットも。

だけど、ヒットさせるにはどうすればいいか・・・ということで、向こうのヒット曲のいいとこどりが、すなわち歌謡曲・・・という概念から見ると、正攻法だし、如何にも筒美氏らしい切り口だったんだろうな。
 それだけ、「ケアレス・ウィスパー」のイントロが、セクシーさを際立たせると言うところで、印象的だったって事なんだろうな。

ま、確かに、アレンジャーは萩田光雄氏だけど、これは、作曲の筒美氏からの指示っていうのは手に取りように分かるしなぁ。

そんな、「ケアレス・ウィスパー」なイントロに比べると、本編のメロディは、正直あんまし面白くないんだよな。
ま、あ、個人的な印象ではってところだけどさ。

以前も、河合奈保子さんの他の曲でも書いたんだけど、この頃、「ポップス」さっていうのが感じ無くなってきてたんだよね。 この曲なんてのは、ほとんど「歌謡曲」っていう印象だったしなぁ。

当時から筒美フリークだったワタシなんだけど、この曲はちょっと違うんじゃないかなぁ・・・って思ってたんだよね。
河合奈保子さんは、歌謡曲路線じゃない、このヒトは絶対にポップスって思ってたからさあ。

確かに、デビュー5年目ということで、「コドモ」なアイドルからアダルト路線への脱皮っていうところは分かる。
けども、その脱皮の仕方があまりにも急だったし、個人的に合わないと思っていた「歌謡曲」路線な感じが強かったし。
なんかね、奈保子さんが、急に高田みづえ見たいに思えてきちゃったりしたんだよな。 

それは違うだろう・・・ってさ。

だから、この曲は、当時からほとんど聴いて来なかった。
丁度、高校受験の切羽詰まった時期でもあったんで、気分的にヒット曲って言うどころぢゃなかった所もあるけど。。
無論、音源も持ってなかった(最近、リリースから32年にしてやって手に入れたけど。。。)

でも、今聴くと、32年前、当時15才だったワタシが聴いた感じとは、ちょっと違うんだよな、印象が。

うむ、これはこれでありなのかも。。。と。 うーむ、やっぱそれだけ年取ったって事なのかなぁ、歌謡曲路線に寛容になったところはあるわな、ワタシも。

それよか、今聴くと、80年代中盤頃のオーソドックスとも言える、メロディラインなんだよな。 イメージ的に85年の秋〜冬って言う感じなのかなぁ。しっとりとこぬか雨に濡れたような・・・。
このイメージ、84年のこの曲がヒットしてた頃には、無かったイメージなんだよな。
84年は、確かに秋から冬にかけてはダークで暗いイメージになって来てはいたけども、こういうしっとりと濡れたイメージは無かったんだよな。

もしかしたら、この曲がヒットしてた頃は、まだ違和感を感じてたのかもしれない。その違和感が「ちょっと違う」って感じたのかもしれないなぁ。

 例えば、この曲が1年後の85年の同じ頃にリリースされていたら、それほど違和感は感じなかったのもかもしれないな。
 
まあ、1年後、中森明菜が、この間ここで書いたように「Solitude」って同じようなタイトルをリリースしちゃってたけどさ。



まあ、ごちゃごちゃ書いて来ちゃったけどさ、実際にVTRみてみると、この当時の河合奈保子さんの圧倒的な歌唱力が、やっぱり目に付いちゃうよね、結局のところ。
 いろんなウタ番組に出てたけど、個人的には、やっぱ、このVTRの「ベストテン」のオーケストラとの相性が一番しっくり来るな。


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永遠に秘密さ / 近藤真彦

1984_09_永遠に秘密さ_近藤真彦


今回の1曲セレクトは、「永遠に秘密さ」近藤真彦です。

まずはデータです。

・タイトル      永遠の秘密さ
・アーティスト    近藤真彦
・作詞        松本隆
・作曲        山下達郎
・編曲        山下達郎
・リリース日    1984年9月13日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   23.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1984年9月24日〜10月22日付


えー、久々()の1曲セレクトです。
ここ数日、「書きたくないよー」病が出まして 、ちょっとセーブさせていただいていました。
・・と言うかね、この先も、少しセーブして行きたいなぁ・・・なんて思ってるんですよね。
 最初のうちは、やっぱねブログを広げたい一心でガツガツと書いてきたんだけども、書き始めて1400曲過ぎるとねぇ、流石にちょっと文章書くことに疲れが出てきましたね。

・・・・というわけで、これまでは1日1曲を目標に続けてきたんだけども、この先は、もう少しペースを下げて行きたいなぁ・・と思っている次第です。

まあ、書く曲が無くなってきたんで書くの止めるって訳ではなくてね、逆に言えば、出来るだけ長く続けていきたい・・・って思いからのペースダウンと思っていただけたら幸いですね。

・・・というわけで、今回の1曲セレクトは、まっち先生ですわ

「永遠に秘密さ」

うーむ、この曲も、今となっては少し「死角」に入りかけている曲なのかなぁ。

少なくとも「まっち」先生」の曲としては、メジャーな曲ではないですよね、今となっては。

まっち先生独特の破天荒なインパクトが無いんだよね、この曲は。 その点、今となっては忘れられかけている曲となっているんだと思うけど。

だけんどねぇ、この曲は、山下達郎氏のプロデュースなんだよね。 あ、その点は有名なのかな。

作詞、松本隆  作・編曲、山下達郎 ・・・っていう布陣は、この曲の2年前の「ハイティーン・ブギ」以来ですね。

初め、2年ぶりでヤマタツがまっち先生の曲をやる・・・って事を知った時、また「ハイブギ」の再来を期待してたんだけどね。
 当時、まっち先生も曲に恵まれていた・・・って感じじゃなかったしなぁ。デビュー5年目を迎え、そろそろ行き詰ってた感が見えてきてたんだよな。

そんな状況を打破するためにも、再度「ハイブギ」路線で原点回帰を・・・なんて期待してたんだけども、出てきたた曲がこの曲で・・・・しかも、ミディアムバラードだったしなぁ。。。

正直ね、完全に期待外れだったんだよな、個人的には。

それでも、ヤマタツの独特のテイストは、この曲の方が感じられましたけどね。

「ハイブギ」は、ヤマタツの作曲ではあったけども、あくまで、仮想・筒美京平・・・ってな感じで、筒美氏を意識したような曲だったからな。
 その点は、後年作曲することになる、KinKi Kidsの「硝子の少年」と同じような感じなんだけどもね。

でも、この曲は、そんな「くびき」は一切感じられない。純粋にヤマタツを感じさせる曲だよなぁ。

その点では、ヤマタツファンも安心して聴ける曲かもしれない。

ま、そもそもバックコーラスでヤマタツ自身が歌っているのがミエミエの曲だったりもするけどね。


で、まっち先生は、この曲を最後に長年所属してきたRVCから、CBSソニーへ移籍することになるんだよね。
RVCの時は、ヤマタツと同じレーベルメイトだったし、当時のディレクターだった、小杉理宇造氏との繋がりもあって、ヤマタツ自身から曲の提供・・・ってのも可能だった訳だけど、CBSソニーへ移籍となるとそうも行かなくなりますからね。

そんなこともあり、移籍前にヤマタツの曲を・・・ってことで、このタイミングでヤマタツの曲を持ってきたんだろうけどね。
いわば、RVCレコードとの惜別って言う意味だったんだろうな。


ただ、今から思えばRVCからの移籍はどうだったんだろう  なんて疑問符なんだよな。
まあ、確かにレコード売り上げも下がって来ていたし、この辺で方向転換を・・・と言うのも分からないではなかったけど、結局のところCBS移籍後の路線も良く分かんなかったしね。
・・・というか楽曲自体、良くなったとは思えない。RVC時代の方があかぬけていたんだよな。






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唇のプライバシー / 河合奈保子

1984_09_唇のプライバシー_河合奈保子


今回の1曲セレクトは、「唇のプライバシー」河合奈保子です。

まずはデータです。

・タイトル    唇のプライバシー
・アーティスト  河合奈保子
・作詞      売野雅勇
・作曲      筒美京平
・編曲      鷺巣詩郎
・リリース日   1984年8月28日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数 12.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 7位
・ベストテンランクイン期間:1984年9月10日〜9月24日付


えー、ずっと1曲セレクトを見ていただいている方はすでにお分かりだと思いますが、この1曲セレクトは、書いてる時点とほぼ同じ時期にヒットしていた「過去」の曲をセレクトしているんだよね。
 まあ、セレクトする曲は、ワタクシの独断と偏見で決めている訳で。過去の同じ時期にヒットしていた曲っていうのも、ま、自分でもヒットチャート作ってるし、オリコンの過去のランキングも持ってるんで、その辺はぬかりない・・・・はずなんだけどねぇ

意外と、事前にちゃんと調べないで、自分の記憶だけで、曲を決めちゃったりする事があるんだよね。
まあ、いざ「書く」と言う時点で、過去のチャートを引っぱり出して「確認」はしてるんだけどさ。

ところがね、いざ書こうと思って、過去のチャートを確認したときに、実際にヒットしてたのと時期が「ズレ」てる事ってあるんだよなぁ。
まあ、ヒットしてからだいぶ時間が過ぎてる曲もあったりするんでねぇ・・・、っていうのは言い訳になっちゃうけど、自分の記憶も当てらならないんだよな。

今回の1曲セレクトは、そんな自分の記憶と、実際のヒット時期がズレていた曲をひとつ。

河合奈保子「唇のプライバシー」。

この曲は、河合奈保子さんにとっては、1984年の「勝負曲」だったわけで、秋にかけて各音楽祭で、頻繁に歌ってた曲ですわ。

ただね、個人的には、この曲「夏」の曲だった・・・っていう印象が強いんだよね。

ま、確かに、リリースは8月29日なわけで、夏の曲に違いはないんだけど、実際にベストテン入りしてたのは9月だったんだよなぁ。。。

うーむ、でも、そういう印象はなくて、この曲と言うと、1984年の夏休み・・・って言う印象が強いんだけどなぁ。

だからね、最初は8月に書こうと思ってたんだよね、この曲。

でも、オリコンの過去チャートで、実際は9月だったことを改めて確認して、今まで待ってたんだけどね。


だけど、この1カ月のズレはなんで何なんだろう・・なんて思ったんだけどさ。

まあ、結局は、当時聴いてたラジオの影響・・・というか印象が強く残ってるんだろうな。
特に、以前も書いたように、文化放送の「決定!全日本歌謡選抜」。 あの番組は兎に角、新曲情報が早くて、リリース1カ月以上前からバンバンかけてましたからねぇ。
早い時は、白盤(プロモーション用のレコード盤)が出来る前、マスターテープの段階で流しちゃってた事もあったからなぁ。

リスナーのこちらとしては、情報が早いって言う事は非常にありがたかったんだけどさ、反面、いざ、リリースされる時期には、すでに聴き飽きてたりしてね

今振り返ってみると、この曲もそんな曲の一つだったんだよなぁ。 うん、確か8月中に、この曲良く聴いてたんだよ、ラジオで。でも、実際のリリース時には、すっかり飽きてたんですよ。。。。

その記憶がそっくり今に残っちゃってるんだよなぁ。 だから、この曲というと、8月のイメージが強いんだよな、未だに。

まあ、それだけ、ラジオでもこの曲、推してたんだろうなぁ、今考えると。 まあ、この年の「勝負曲」でしたからねぇ。

個人的にも、この曲はシングルっぽくて良いと思った。

この曲の河合奈保子さんというと、3月に尾崎亜美さんの「微風のメロディー」、6月に八神純子さんの「コントロール」と立て続けにニューミュージック系アーティストの曲を歌ってきていたけど、今一つ盛り上がらなかったんだよね。
それは、やっぱり、シングルとしてのインパクトが今一つ足りなかったんじゃないんかなぁ。

でも、この曲はシングルっぽかったですよね。 シンプルかつキャッチー、それでいてインパクトがあるメロディライン。
さすがは筒美京平氏としか言えなかったんだけどさ、当時も。

ま、全体的なイメージとしては、前年の「UNバランス」の続編のような曲調ではあったけどね。

そそそ、下敷きとしてドナ・サマーの「情熱物語」があって・・・って感じのメロディライン。。特にラッパの使い方がねぇ。
・・・というか、個人的には、この年流行りだった、ボニータイラーの「ヒーロー」の匂いがしたんだけどね、この曲には。とくにラッパの使い方が。

まあ、兎に角、この年の夏から秋にかけてのアイドルポップス・・・特に女性アイドルは、「ヒーロー」一色だったからなぁ。

この曲も、そんな「ヒーロー」な曲の一つ・・・だと思ってたんだけど、モノの本によると、どうも、それよりも、やっぱり「情熱物語」の延長戦・・・って言う見方が強いようですね。つまりは、前年「UNバランス」の延長ですね。

まあ、「UNバランス」よりも、スピード感があり、しかもヘヴィーな所がありますけどね。 
そそ、このヘヴィーってところが、この頃の河合奈保子さんの一つの要素になって来るんですよね。
ヘヴィーな部分でも地声で乗り切るっていう力強さが、この頃の奈保子さんには身についてたんだよなぁ。
デビュー5年目にして、本格的な歌唱力開眼っていうかさあ。

でも、反面、個人的には、そんな本格的な女性シンガーになりつつあった奈保子さんにちょっと寂しさも感じてたんだけどね。
 このヒトには、例えばこの年だったら春の「微風のメロディー」のような、ソフトで永遠の少女って感じの曲を歌ってて欲しい・・・なんて願望があったからなぁ。

まあ、そんなこと永遠には無理な訳で、この曲曲のような曲こそ、シンガーとして成長するには必要って、片方では分かってはいたんだけどさ。




「ベストテン」かあ。それにしては音も映像もきれいだなぁ。32年前とは思えないですわ。
こりは、すぐに消されてしまうかも。。。
みたい方は、早めにどうぞ。


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夢伝説 / スターダスト・レビュー

1984_08_夢伝説_スターダストレビュー


今回の1曲セレクトは、「夢伝説」スターダスト・レビューです。

まずはデータでする。

・タイトル    夢伝説
・アーティスト  スターダスト・レビュー
・作詞      林紀勝、根本要
・作曲      根元要
・編曲      スターダスト・レビュー
・リリース日      1984年5月25日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 40位
・売上げ枚数 5.3万枚
・タイアップ:カルピスCM曲

ヒット曲ウォッチャーとして、個人的には音楽と言えば「ヒット曲」中心の生活なんだよね。
うん、ヒット曲と言うと、まあ、大体は、オリコン30位程度の曲・・・と言う事なんだけどね。
だからねぇ、ほかの「音楽好き」と称している方に比べると聴いてる音楽はかなり「浅い」ですよ。まあ、聴き方はかなりディープで、兎に角何千回と聴きますけどね。所有した音源については。
だからねぇ、逆に言えば、何万曲も音源所有出来ないんだよね。そんなにたくさん、何千回も聴けないし。。。
ただ、それが何十年と溜まって来ると、それでも結構な曲数になって来るんだけどね。

でも、そうは言っても、オリコン30位外の曲でも、個人的に「刺さった」曲は勿論聴きますけどね。 今回は、そんなオリコン30位外だったけど、個人的に刺さった曲をひとつ。 

スターダスト・レビュー「夢伝説」。

もしかすると、タイトルだけでは曲が浮かんでこない方もいらっしゃるかもしれないですけどね、実際に曲を聴けば、大体の方は知ってらっしゃるんじゃないのかなぁ。

1984年夏、うん、今から32年前の夏、カルピスのCM曲として、かなりヘビーローテーションで流れてましたもんね、この曲。

もちろん、ワタシもご多分にもれず、「カルピス」のCMからこの曲を知ったんだけどさ。

CMで使われている Aメロの ♪ 遠い 昔の事さ〜 夢で見たんだ〜 ♪ の部分もさることながら、サビに至るまで、全てがキャッチーなんだよね、この曲。

逆に言えば、オリコン最高40位っていうのが不思議なくらいなんだよなぁ。

もっと上位に行っても全然おかしくなかったんだけどね。

まあ、当時としては、スタレビも、まだまだ一般的に知られていない存在だったしね。
レコードデビューは1981年。でも、この曲が出るまでの3年間は、チャート的には全く振るわず、この曲が初めてのベスト100入りだったわけだからね。

今からしてみれば、歌詞の通り「遠い昔の事」っていう永遠のノスタルジーっていうのかなぁ、当時も聴くたび、キュンとしたけど、年を経るごとに、この曲聴くと、ますますキュンとして来るんだよなぁ。
 曲自体は1984年のままだけど、時間だけはどんどん、あの1984年の夏から遠くなっていく・・・っていうのが、実感として感じるんだよね、この曲聴くと。

・・・ということで、カルピスのCM



・・・・そそそ、このCM。
当時は大分見た記憶があったけど、「氷カルピス」っていうキャッチだったっけなぁ・・・。それは忘れてたな。
でも、このCMに出てるお姉ちゃんたちも、大分大人になっただろうねぇ。
ってか、ワタシも、当時中3だったから、同じくらいの年になってると思うんだけど。。。

・・・ということで、フルで曲を聴いてみますか。



↑でサビに至るまで全てがキャッチーって書いたけど、実際に曲を聴くと、やっぱり、♪ Somebody's Watchin' You 〜♪ から始まるサビだよなぁ。 この部分を聴くと、いつもいい意味でトリハダが立ってしまう。

CMで使われているAメロの部分ではどうしても、CMの風景に限定されるんだけども、サビの部分は、それとはまた別の風景というか、もっと広がりのある情景が一気に広がるんだよね。
 普遍性のある、コード進行っていうのかなぁ、キーはDメジャーなのに、Dメジャーに捉われないコード進行。ここにより壮大な景色が見えるんだよね。それでトリハダが立っちゃうんだよなぁ、きっと。



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