かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1980年デビュー

青い珊瑚礁 / 松田聖子

1980_07_青い珊瑚礁_松田聖子







今回の1曲セレクトは、「青い珊瑚礁」松田聖子です。

 まずはデータです。

・タイトル    青い珊瑚礁
・アーティスト  松田聖子
・作詞      三浦徳子
・作曲      小田裕一郎
・編曲      大村雅朗
・リリース日   1980年7月1日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   60.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1980年8月18日〜10月20日付
タイアップ:グリコアイスクリーム「ヨーレル」CM曲

 今回の1曲セレクトは、松田聖子の「青い珊瑚礁」を持ってきたんだけど、こんなに有名な曲なのに、この曲も、まだ、書いてなかったんだよね。

 いや、書いてなかった・・・というより、意識的に書かなかった・・・って言うのが正しいんだけど。。。

 この曲有名すぎるじゃん。ほとんど誰もが知ってる曲だと思うし、逆にそういう曲って書くの難しいんだよね。
 なんて書いたらいのか、ちょっと迷っちゃうところがあるんだよなぁ。だから、意識的に書かなかったんだよね。

 でも、2年近く、1曲セレクトやってきて、そろそろ書きたい「ターゲット」の曲のネタのストックもだんだん少なくなってきたんで、そろそろ書かないといけんかな〜・・・と思いながら、引っ張ってきました。

 まあ、一般的に言って、松田聖子ってこの曲からベストテン入りしたわけで、完全ブレイクしたわけなんだけど、意外と、ベストテンに入るまでは苦労してるんですよ。

 松田聖子・・・・って言うと、「初登場1位」っていうイメージがあるかもしれないけど、この曲は、1980年の7月1日リリースで、オリコンでベストテン入りしたのが、8月11日付だから、1ヵ月半近くも要している。

 チャートアクションは、

1980年7月7日付で87位初登場。その後

 87位⇒29位⇒22位⇒17位⇒12位⇒9位 

なんと6週間もかかってるんだよね。

 大体において、初登場87位なんて、全盛期を考えると、ちょっと考えられないですよね。

 それだけ、当時のチャートというものに重みがあったわけで、つまりは、いくら有力な新人だからと言っても、「業界の力」だけでは、チャートの上位にそうそう、やすやすとランクされる状況ではなかったわけですよ。

 まあ、確かに、まだまだ、ニューミュージックに力があったわけで、アイドルが入り込む隙が少なかったっていうのも状況としてはあったんだけども。

 ただ、この曲のその後の影響力は大きかったわけで、この曲と、田原俊彦の「哀愁でいと」が、ニューミュージック全盛のヒットシーンに新たな風穴を開けた・・・って言っても過言ではなかったよね。

 うん、この夏を境に、ニューミュージック一辺倒のヒットシーンが一気にアイドル上位のヒットシーンに変わって行ったもの。

 それだけ、影響力があった曲だったんだよねぇ。


 ぢゃ、どこが良かったのか・・・っていうと、それが、個人的に良くわかんないんだよねぇ。。。

 いやいや、今のワタシとしては、よく分かんないってことなんだけど、たしかに、あの当時は、よく歌ったりしてたもんね。まだ、声の変性期前で、オリジナルキーで歌えたし

 特段、松田聖子が好きだったわけじゃないんだけどさ。でも、思わず歌っちゃったりしてたんですよ。

 それだけ分りやすい曲だったし、歌いやすい曲だったんだよね。


 それが良かったんだろうなぁ。

 あのころニューミュージック系は、成熟期を過ぎてて、思わず口ずさんじゃうような曲って、少なくなってきてたんですよ。曲も難解になりつつあったりしさ。何より新鮮味を感じなくなってきてた時期なんだよね、ニューミュージックという音楽に。

 だから、思うわず歌えるような、分りやすい曲ってみんな求めてたんだろうなぁ。今から思うとさ。

 これって大事なことだと思うんだよね、今でも。

 ブームが成熟してくると、曲って難解になってくるんですよ。これって今でも変わんない。

 だからね、ブームの終焉・・・とまでは言わないけど、曲が難しくなりすぎてきたら、あ、そろそろだよね・・・って言うのが、自ずから分ってきますよ。もちろん、一種の「勘」なんだけどさ。

 分りやすさと新鮮味っていうのは、ヒットの上では大事な要素なんだよね。これはいまでも変わんないですよ。



あれから35年経った今でも、この曲、ちょくちょく歌ってるけどさあ、やっぱ、この曲は、聖子の声がまだ、ハスキーになる前、高音域が良く通っていた、聖子ちゃんカットの頃の歌い方が一番、似合うよな。
後年の「青い珊瑚礁」の歌い方は、イメージが変わっちゃって。。。。


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涼風 / 岩崎良美

1980_07_涼風_岩崎良美







今回の1曲セレクトは、「涼風」岩崎良美です。


 まずはデータです。

・タイトル     涼風
・アーティスト   岩崎良美
・作詞       来生えつこ
・作曲       芳野藤丸
・編曲       大谷和夫
・リリース日    1980年5月21日
・発売元      キャニオン
・オリコン最高位  18位
・売上げ枚数    15.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 14位

 先週からずっと梅雨の長雨続きの上、肌寒い日が続いてた関東地方だけど、やっと、何日かぶりで「晴れ」ましたわ。
 その上、夏らしい気温も戻ってきて、「夏本番」っぽくなってきたなぁ。

ここのところセレクトする曲に困ってたけど、ようやく夏っぽい曲を引っ張ってこれそうですねぇ


っちゅうことで、今回はそんな夏の初めを連想する曲を持ってきますか。。。


 岩崎良美 「涼風」



 うんにゃ、そのままやんけ。。。ふらふらふらふらふらふら


  でも、いいじゃないの あせあせあせあせ



 はいはい、この曲は、岩崎良美のデビュー第2弾でもあり、デビュー同期の松田聖子と、いっしょに「ザ・ベストテン」のスポットライトで歌った歌でもありますな。

 えーと、資料によると、1980年7月3日放送ね。

 こんときは、岩崎良美が、この「涼風」。 松田聖子は7月1日に「青い珊瑚礁」をリリースしたのにも関わらず、「裸足の季節」を歌ってたりします。あせあせ


・・・で、2週おいた、7月17日には、この曲で10位にランクインされていたりします。


 ヒット曲の歴史から見ると、これって、結構意外な事実かなぁ。。。


 でもさ、あの当時からすると、なんか、自然な流れだと感じたけどなぁ。いま思うと・・・。


 なんていうのかな・・・、80年の今ごろは、まだ、ニューミュージック上位であり、アイドルは、70年代の面影を引きずっている空気があったよね。

 うん、既に、松田聖子であり、田原俊彦であり、河合奈保子・・っていう、80年代アイドルはデビューしていたんだけど・・・。

 でも、空気は、まだ70年代だった。 それから考えると、この「涼風」っていうのは、いかにも70年代を引きずっている、空気があるのよ。

 簡単に書けば、「まとも」な曲なんだよね。

 このヒト、ウタは、文句なしにうまいし、曲にしても、少なくとも、B級アイドルは、クリアしているような、ソツ無い仕上がりになってるし。。。


 逆に言うと、あの当時からすると、田原俊彦とか、松田聖子の曲の方が「異端」に映ったよなぁ。。。


 しかししかし、結果的にはどうだったか・・・っていうと、それは、もう歴史が語っているとおりでありまして・・・・。


 そんな、時代の、ちょうど「端境期」にあたる頃に、ヒットしてた1曲ですよ、この曲は。


 だけどさ、この「端境期」っていうのは、ヒット曲の世界では、ビミョウなもんだよね。
 実際、目に見えるような「ライン」が引かれてあるわけじゃないしね。

 ある日、起きてみたら、時代の空気が変わってた・・・っていっても過言じゃないものだからさ。。。

 後になって振り返ってみると、「あー、あそこがターニングポイントだったよな」・・・なんて、感じられるものなんだよね。

 もしかすると、「今」も時代の端境期かもしれんよ。 それは、後の時代になってから分かることよ。



 以前からそうなんだけど、どうも、この曲の動画、すぐに消される傾向にあるんだよね。
今回は一応見つかりましたが、これもすぐに消される可能性大。
見たい方は早めにどうぞ


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哀愁でいと / 田原俊彦

1980_07_哀愁でいと_田原俊彦






今回の1曲セレクトは、「哀愁でいと」田原俊彦です。

まずはデータでーす。

・タイトル      哀愁でいと
・アーティスト    田原俊彦
・作詞        ANDREW JOSEPH DI TARANTO、GUY HEMRIC
・作曲        ANDREW JOSEPH DI TARANTO、GUY HEMRIC
・日本語詞     小林和子
・編曲        飛澤宏元
・リリース日     1980年6月21日
・発売元       キャニオン
・オリコン最高位   2位
・売上げ枚数     71.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1980年7月14日〜9月29日付 

 なんか、やっとこの曲にたどり着いたような気がするなぁ。

 田原俊彦のデビュー曲、「哀愁でいと」


 しかし、最近のジャニーズはすっかり「おニャン子」化しちゃったねぇ。
 ええ チャート上でのことですよ。 要は毎週のそれぞれのユニットやソロでシングルをリリースし、毎週のように1位をとってる。
 もはや、1位はジャニーズの指定席やね。

 うーん、個人的にはこういう売り方は「好かん」けど、それでもまあ、最近はあんまりランキングに固執してこなくなってきたんで、まあ別にいいんぢゃない?

 とりあえず、「文脈」の上で、ここにきてジャニーズ黄金期を迎えたのであった!

・・・・・とでもしておきましょう

・・・と書いたのは、今から10年前。 これは、いまでもほとんど変わってないような気がするな。


 振り返れば、今のジャニーズ「黄金期」の礎になったのは、「たのきん」だわね。

 うん、まあ、たしかにそれいぜんにジャニーズ、フォーリーブス、郷ひろみ・・・などなど、創成期のジャニーズを支えたヒトたちはいるんだけど、何分70年代の後半、郷ひろみがジャニーズ事務所を抜けてから、この方暫くは、さすがのジャニーズ事務所も低迷期を迎えてたからね。


 もちろん、ヒットの趨勢がロック、ニューミュージック系に行ってたというところもデカイけど。

 そういう厳しい時期に例の「金八先生」っちゅうドラマがはじまって、たまたま、ジャニーズから出演してた「たのきん」に人気が集中したことから流れが変わってきたわけだ。

 以後25年以上、ジャニーズの勢いが劣えたことってないから、今の「ジャニーズ」人気の元をたどっていくと、直接は「たのきん」に行き当たるっていうのが、本筋なんぢゃないかなぁ・・とか思っちゃうわけなんだよね。


で、その「たのきん」でトップをきってデビューしたのが、トシだったわけだ。


・・といってもねぇ、80年のデビュー当時、ワタシは、ジャニーズにゃ全く疎くてねぇ、なんで、このヒトがベストテンに入ってきたのかって言うのが全くわかんなかったんですよ。

 うん、当時は「金八先生」も見てなかったし。。。(視聴率40%もあったのに!)
 話脱線しちゃうけど、当時見てたのはフジテレビの「ビックベストテン」よ。まあ、この話はまたいずれね。。。

 だから、「たのきん」っていうのも、このヒトたちがNHK「レッツゴーヤング」なんかで大人気になっていたのも全く露知らず・・・・。そう、ウタバングミって当時は「ベストテン」しか見てなかったかんね。

 そういう予備知識も何もない状況で「ザ・ベストテン」にランクインして来て、初めてこの曲聴いた時は、正直言って、なーんの感想も無かったなぁ。

 強いて言えば「うたへた」ってことだけ。。。。。

 うーん、また、とんでもないヒトが出てきたな・・っていう印象がまずは強かったなぁ。

 ウチのオヤジがバカ怒りしてたもんねぇ、「へたくそ」・・と。

 まあ、一発かな・・・・と率直思ったなぁ。

 でもま、たしかに、当時のニューミュージック勢がマンネリ化し始めてたところに、まったく違った「風」が吹き込んだ・・といういみで新鮮さは感じたけどね。

 ただ、ここから「アイドル」という時代に突入するっていう予感は、まだ、この時点ではしなかったんだよね。

 うん? これはすごいぞ・・・と思うようになってきたのは、この年の秋頃、このきょくの次の「ハッとして!Good」が出た頃からですね。

 たださ、修二と彰でもそうだけど、向こうのアーティストが書いた曲をデビューの頃にやると当たるようだね、ジャニーズは。
 この「哀愁でいと」も向こうの曲のカバーなんだよね。
レイフギャレットの「NEW YORK CITY NIGHTS」だっけ?

 でも、個人的には原曲のほうは知らんのですわ。ま、「哀愁でいと」を聴いてた当時の多くのヒトは知らなかっただろうけど・・・・だから、まあ、うまいところ突いてきたわなって言う感じはあったんですよね。

 うーん、このちょっとマイナー調な「硬派」な感じってどういう意図で持ってきたんだろうねぇ?
 正直言って、2曲目の「ハッとして〜」以降の「軟派」路線とは随分違うもんね。

 もともと硬派路線で行く予定だったんですかねぇ? それが「まっち」も硬派路線ということで、バッティングしないように、トシは、軟派路線に走ったのかねぇ?
 ま、いまとなってはイメージどおりってところはあるけどさぁ。



 それと、この曲のB面がいまとなっては笑える。。
曲が入ってるんではないんだよね。

「君に贈る言葉」っていうタイトルで、たのきんそれぞれがクサ〜イ「青春ど真ん中」的なセリフを延々としゃべってるっていうやつでさ。

↓ あーこれこれこれ




しかし、当時は、こういうもんでね「きゃーきゃー 」言ってたんだろうね。

 いや、言ってたんですよ。当時、親友が持ってたこの曲のレコードを、当時買ったばかりのステレオで聴いた覚えがある。
 もちろん、このB面も・・・

 さすがに、ワタシャ赤面物だったけど。。。。。





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裸足の季節 / 松田聖子

1980_04_裸足の季節_松田聖子






今回の1曲セレクトは、「裸足の季節」松田聖子です。
まずはデータです。

・タイトル     裸足の季節
・アーティスト   松田聖子
・作詞       三浦徳子
・作曲       小田裕一郎
・編曲       信田かずお
・リリース日    1980年4月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  12位
・売上げ枚数    28.2万枚
・タイアップ:資生堂「エクボ」CM曲

 1980年4月1日。その後の「80年代」のヒット曲界に新たな歴史の1ページを開く曲がリリースされたんですよね。

 裸足の季節 /松田聖子

 そうです! 松田聖子のデビュー曲。今から35年前ですわね。

 ここから歴史が変わったんだよね。うーん、歴史が変わった・・・というより、楽曲の空気が変わった・・・って言った方が言いのかなぁ。

 この時、すでに80年代も「3ヶ月」過ぎてたわけですが、それまでの曲は、あくまで「70年代」のフォーマットな曲なんですよね。サウンド、イメージ、雰囲気・・っていうのかなぁ。

 まあ、単純に言葉で言い表すのは難しいんだけど、うーん、そうねぇ、サウンドのミキシングの仕方ってイウのかなぁ。

 プラス、楽器の使い方ですね。

 それまでの70年代のアイドルポップスって、ストリングスとブラス、この2つはほとんど必須なアイテム(楽器)だったんですよね。ミキシングもこの2つの楽器が全面に押し出しているミクシングで・・・。

 80年代も3ヶ月をすきで、このころになると、それに「古さ」を感じてたのは確か。

 BUTですよ、この「裸足の季節」は違ったんですねぇ。
まず、ブラスが全く入ってない。代わりにキーボードが全面に出てきている。
 ストリングスは普通に入ってるけど、ミクシング的に、全体に後ろに下がってる。
 キーボードと同レベルってかんじかなぁ。逆に全体的にキーボードの比率が高くなってるんだよね。

 そうすることによって、全体的に音の質感が軽くなってるんだよね。

 うん、これは、アイドルポップスというよりも、当時のニューミュージックの質感、サウンドに近いんだよね。

 だから、全体的なイメージが、それまでのアイドルポップスとは全く違った空気感を漂わせているんだよなぁ。

 兎に角、この曲を境に、はっきりと「80年代」のスタートを感じ取ったのは確かですねぇ。

 作り手としても、「大学生がカーステレオで聴いても恥ずかしくないサウンド作り」を標榜にしてたわけで、うえにかいたようなことは、当初のコンセプト通りだったともいえるわけで、プラス、それが当たったって言うことなんだろうね。

 まあ、当時はニューミュージックの全盛期だったわけで、そういう作り方は、曲を当てるという上でも道理にかなっていたとは思いますね。

 ただ、ターゲットをあくまで「大学生」まで広げたところが新しかったと思うんだよね。
 それまで、アイドルっていったら。あくまで中高生中心で、大学生は、標榜から外れていたわけだもん。

 逆にいうと、大学生ともなると、大半はアイドルからは卒業してたはずなんですよ。

 そこを敢えてターゲットに入れた・・・ってことは、まあ、それだけ当時のニューミューク勢がヒット曲界に与えていた景況がでかかった・・・って言うことだろうけどさぁ。



 それと、この曲は資生堂「エクボ」っていう洗顔フォームのCM曲でしたね。

 サビの

♪ エクボの秘密あげたいわ もぎたての青い風 〜 ♪

っていう部分は、これは、完全にCMを意識しての内容だよね。

 でもそ、全くの新人が、大手化粧品メーカー「資生堂」の商品のCM曲を歌う・・・ってことも当時としては、破格の扱いだったよなぁ。

 もう、何回も書いているように、当時、化粧品メーカーのキャンペーンソング華やかなころだったけど、タイアップが着くアーティストは、実績云々は別として、それなりにステイタスがあったアーティストが担当してましたよね。

 全くの新人、しかも「正統派アイドル」が起用されたのは、これが始めてぢゃなかったかしらん?

 たしから、商品の「エクボ」って、当時のティーンをターゲットにしたものだったから、新人の初々しいみずみずしさって言うのが欲しかったんだろうけどさ。

 それにしても、CBSソニーも、そのそろ所属してたサンミュージックも、めっちゃ期待して送り出した、秘蔵っこだったんでしょうね。

 いずれにしても、この曲をきっかけにして、80年代アイドルシーンが幕を開けた・・・っていうのは、今さらいうまでもありませんね。

 ちなみに、この曲はベストテン入りは逃してます。
オリコンでも最高12位止まり。

 これは、当時の「ベストテン」の壁の厚さを物語っているものなんだよね。
 通常1万枚後半がベストテン入りラインだったことが多かった当時のオリコンチャートだったけど、この曲がヒットしてたころのベストテン入りラインは2万5千枚程度。

 通常よりもハードルが高くなってたんですよ。この曲もピークでは週間売上げが2万3千枚ってこともあったんだけども、それでも12位だったわけです。

 まあ、チャート上のあや・・というかね。不運だったんだよね。ただ、そういう状況下だったので、累積売上げは28万枚強と、当時のアイドルのデビュー曲としては、かなり高レベルになっています。




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帰ってこいよ

1981_01_帰ってこいよ_松村和子






今回の1曲セレクトは、「帰ってこいよ」松村和子です。

 まずはデータです。

・タイトル    帰ってこいよ
・アーティスト  松村和子
・作詞      平山忠夫
・作曲      一代のぼる
・編曲      斉藤恒夫
・リリース日   1980年4月21日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 5位
・売り上げ枚数  68.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位
・ベストテンランクイン期間:1980年12月15日〜1981年1月26日付

 年末効果って、今でこそマスコミでも一般的に使われるようになったけど、何も今に始まった事ではなく、結構古くから見られた現象ではあるんだよね。
 ただ、今でこそ、はっきりとした傾向がチャート上に現れてきてるからマスコミでも騒ぐようになったわけで。。うん、昔は、今ほどははっきりとチャートには出てこなかったからさあ。
 それだけ、毎週のチャートに「重み」があり、紅白、レコ大があるからといって、なかなか動いてくるような隙間がなかったんだよね。

 で、まあ、唯一、チャートが動いてきたのは、年末にリアルタイムでチャート上位にいた曲かなぁ。

 たとえば、都はるみの「北の宿から」とか、石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」なんかは、そうといえるかもしれない。

 まあ「演歌」系ばっかなんだけどさ。。。ふらふら
 

 さてさて、今回の1曲セレクトは、そんな「年末」効果があった曲といえるんではないですかねぇ。

 松村和子の「帰ってこいよ」


 え? なに? 演歌ぢゃん? って、 なになに? イロモノぢゃんって?

 まあ、いいじゃないの? 元気になるでしょ? なんか知らないけど、この曲聴くと。ふらふらふらふら

 この暗いご時世、明るく行きましょうや・・・ってことで。


 この曲なんかは、1980年の年末に一気に露出が増えて、年明け早々にベストテン入りしてきた、典型的な曲だったもんなぁ。

 でもさ、この曲、普通は「演歌」っていうジャンルにカテゴライズされちゃうわけだけど、今聴くと、ホントに単純に「演歌」ってところに分けただけでいいのかねぇ・・・とか思ったりして。

 当時も、どこかで、そう感じてたのかもしれないけど、今、動画をみると、この曲、なにげに「ファンキー」じゃん。

 単に、三味線抱えて、こぶし回してるから「演歌」なんであって、これぞ「ジャパニーズロック」じゃん・・・とか思ったりしてふらふら

 たとえば、演歌ってい、よく「四七抜き」のメロディっていわれるじゃん。つまりハ長調でいえば、ファとシの音を抜いたメロディラインっていうのが、基本っていうわけです

 でも、この曲は、果たして「四七抜き」なのかなぁ・・・と思うわけです。うん、ありきたりの「演歌」のメロディラインとも違うし。。。

 なにより、三味線をエレキのごとく弾きながら歌うっていうんだから、当時の演歌の「常識」から逸脱してた感じもするじゃん。

 いや、でもさ、これって、「今」の音楽業界にも必要なことかもよ。「脱・常識」→「非常識」ってやつ。
 とっぴおしもないことが、ファンキーってことが多いじゃん、エンターティナーってさ。うん、今でこそ、こんな松村和子みたいなスタイルのロックシンガーが出てきても、面白いと思うけどねぇ。
 三味線弾いて、マジでロックを歌う・・と。クィンクィンとチョーキングなんてやった暁には、マジでかっちょええと思うけどなぁ。

 大体において、津軽三味線って、ほとんど、ハードロックじゃん、よくよく聴いてると。

 まあ、そういう発想の転換も必要ぢやないですか・・・ってことですよ。

それとそうと、この曲、68万枚も売れてたってのは、意外なんじゃないかなぁ。
確かにヒットはしたけど、68万枚も売れるくらいもヒットしてたったけなぁ・・・って感じだよね、感覚的に。。。
そのあたりは、ジミーに売れ続けた演歌系の特権・・・とでも言うべきでしょうかねぇ〜




ワンコーラスしかなくて淋しいけど、まあ、ご愛敬・・ということで、、、、


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