かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1978年

時代遅れの恋人たち / 中村雅俊

1978_12_時代遅れの恋人たち_中村雅俊


今回の1曲セレクトは、「時代遅れの恋人たち」中村雅俊です。

まずはデータですよ〜

・タイトル     時代遅れの恋人たち
・アーティスト  中村雅俊
・作詞       山川啓介
・作曲       筒美京平
・編曲       大村雅朗
・リリース日   1978年11月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 18位
・売上げ枚数   17.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 26位
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」主題歌

私事なんだけど、先週知り合いが主催する「イントロクイズ」参加しましてね

↓ コレなんですけど
https://peatix.com/event/455948?fbclid=IwAR21C4P1k-sIGHo0Kre4tXxvAX2PbFFDb2YAs_fNeP4annMv2jInavc0gEA

「80年代 イントロ十番勝負」   

サザン

じつは、6月に別主催のチーム戦のイントロクイズにも出たんですけど、そんとき優勝したんですよ。
で、今回もその時の優勝メンバーで出ましょうよ・・・というお誘いがありまして。。

まあ、80年代縛りなら良いかな・・・と思いーの参加したんですが・・・

結果・・・・

なんとなんと、まさかまさかで「優勝」してしまいました  

今回は総勢100名の「歌謡曲・イントロクイズ」フリークが参加・・と言う本格的なイベント。 
今回も5人1組、20組でのチーム戦だったんですけどね。 6月で一度組んだ、気心の知れた仲間でチーム組んだのが良かったのか抜群のチームワーク功を奏したのか、予選、準決勝と圧倒的な強さを発揮
でも決勝戦は崖っぷちでした。
他の組にリーチをかけられ、絶体絶命の危機から、ワタシ以外のメンバーの猛烈な追い上げで劇的逆転優勝!... 盛り上がりましたねぇ!

僕ですか・・・僕ぁ、よかったのは準決の時だけですね。決勝戦は1問も答えられませんでしたよ〜。 優勝できたのはホント僕以外のメンバーのおかげですっ

分かる問題は何問かあったけど、悉く押し負けるんだよね。まだまだ未熟なワタシデス・・・。

と言っても、ワタシ的には特段、イントロクイズ対策はやっては居ないんだよね。
あくまで、昔の曲を頻繁に聴くくらいかなぁ。

とりあえず、60年代以降のヒット曲を、ヒット順に並べた音源をウォークマンに入れてあるからさあ。 それは、通勤時の帰りにほぼ毎日のように聴いてはいるんだけどね。 そのくらいですね。

ただ、今はあんまりやってないけど、昔、小学〜中学生の頃、明星の付録の歌本(Youn Song)とか月刊・歌謡曲の楽譜を見ながら曲聴くのが好きでさあ。 
その頃は自分で音源あんまり持ってないからラジオのベストテン番組を聴きながら譜面を見る訳ですよ。
で、出来るだけ曲の最初から譜面見たいからさ、イントロが出た瞬間、当該の曲ページを猛然と探すのよ。 そんな事をやってたら自然とイントロに強くなっちゃったんだよね。
中学生の頃は「ドレミファドン」のイントロクイズも回答者より先に大体分かっちゃってたし。。。25年くらい前にアーケードゲームで対戦型のイントロクイズがあったのよ。 それでも負けたこと無かったな。

とは言うものの、あれから30年近く経ってる訳で、流石にあの時に比べると頭の回転も反射神経も悪くなってるのは自覚としてあるんからさ。 
うん、瞬間的に曲としては分かるんだけども、曲名が出てこない・・とかさ
プラス、最近はクイズとして「イントロクイズ」専門に対策を立ててる方も多いんでね。
そんなわけで、今自分がどれだけ実力があるのか・・・って言うのは全く自身が無かったんだよね。
だから、今回の優勝はホント嬉しかったわ。 もっともワタシだけの実力ではないけどさ。



・・・ということで、今回の1曲セレクト、そんな「イントロ」のまつわる曲を持って来たい・・・っちゅうことで。。。

中村雅俊「時代遅れの恋人たち」

なんで、この曲がイントロクイズと関係あるの? ・・・って感じなんだけども。

いや、実はさあ、つい昨日なんだけども、買い物行く時に、いつものようにカーステで昔の曲を聴いてたのよ。
たまたま78年の今頃のヒットの並びだったんだけども・・・。 自分で曲順を並べたんで次はどの曲・・・って分かるはずなんだけども・・・・。
この曲のイントロが出た瞬間・・「あれ?」って考えちゃったんだよね。

そそそ、曲が分かんなかったの。 自分で入れた曲なのにねぇ。。。

ま、たしかに、曲がマンネリ化してきたんで、少し前に新たに曲を足したんだけどさ、その中にこの曲が含まれていた事を忘れてたんだよなぁ・・・。

いずれにしても、イントロが出た瞬間、曲が分かんなかった事で、「未熟」とか思っちゃったりして、引っ張ってきちゃいました。。。


あー、前振りが長っ

この曲は、日本テレビ系ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」の主題歌でしたねぇ。 

そそそ、中村雅俊氏主演の学園ドラマっすよ。 一時、柳沢慎吾がマネしてたよなぁ。

ワタシ、このドラマ好きだったぁ。 ・・・とは言っても、本放送の時はまだ小学3〜4年だったからさ、本放送では見てない。 後年、夕方4時ごろから頻繁に再放送してたじゃん。 「太陽にほえろ!」とかと繰り返しで。
そん時だよね、見てたのは。 中学生の頃だったかなぁ・・・。

なんか羨ましかった、青春してるんで。 高校生になったらこんな青春出来るんか なんて思っちゃりして。。

まあ、実際的に、あんな生徒思いの「熱い」先生なんて、そうそうは居ない訳でさ。。。

で、この曲は、そのオープニングテーマですね。

↓ コレ


オープニングフイルムでも気がついた方も多いと思うけど、いろんな「才能」が集まっているんですよね。
ドラマ脚本の畑嶺明氏は、後にTBS系ドラマの「うちの子にがきって」「毎度おさわがせします」の脚本で大ブレイク。
劇中曲 作曲の小六禮次郎氏は、後にNHK大河ドラマのオープニングテーマや、吹奏楽のオリジナル曲作曲を手掛けるなど、今や劇番作曲の大御所ですわ。


そんな今や大御所となられた才能の若かりし頃、てがけられたドラマってわけですね。


で、肝心の主題歌の「時代遅れの恋人たち」はというと・・・

詞は山川啓介氏。 まあ、これはなんとなくわかるんですけどね。 後年、火曜サスペンス劇場の件の「聖母たちのララバイ」など、日テレ系のドラマテーマ曲の詞を何本か書いてたし。

ただ、意外だったのは、作曲が筒美京平氏なんだよね。 いや、これは全くの意外だった。
ぱっと聴き、筒美京平氏っぽくないしさ。 時代的には、大橋純子さんの「たそがれマイラブ」とか、庄野真代さんの「飛んでイスタンブール」「モンテカルロで乾杯」など一連のヒットの頃ですわ。
つまりは、あの頃の筒美氏の曲ってバタ臭かったんだよね。 この曲のように「汗飛び散る」っていう青春群像な曲のイメージは無かったからさ。

それ以上に意外だったのは、、アレンジが大村雅朗氏なんだよね。 そそそ、時期的には八神純子さんの「みずいろの雨」と同じ頃ですわ。
 つまりは、アレンジャーとして大ブレイクした、丁度そのこのろって言う訳なんだけども。。。 
だからなのか、後年、松田聖子さんや、一連のニューウェイブ系作品を手がけた80年代の、あの洗練されたイメージはまだない。
そもそも、大村氏の、こんなカントリーミュージック的なアレンジってのも、80年代の一連の大村作品からすると、想像つかないしなぁ。 ちょっと雑っぽいアレンジが初々しいっちゃ、初々しいんだけどね。
だから、近年までこの曲のアレンジが大村氏だったことは、全く気がついて無かったんだよね。

いずれにしても、ドラマのヒットもあって、この曲自体もそこそこのヒットとなりましたよね。オリコンでは最高18位ながらも、売り上げが約18万枚のスマッシュヒット。
累積の売り上げだけ見たら、瞬間的にベストテン入りしてもおかしくなかったですからね。


動画・・・どうもうまく貼れなかったんで、ようつベのサイトの直リンク
https://www.youtube.com/watch?v=_6qEYiRV8x4



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

ブルー / 渡辺真知子

1978_11_ブルー_渡辺真知子


今回の1曲セレクトは、「ブルー」渡辺真知子です。

まずはデータです。

・タイトル     ブルー
・アーティスト   渡辺真知子
・作詞       渡辺真知子
・作曲       渡辺真知子
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年8月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 10位
・売上げ枚数   33.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月18日、10月2日〜10月30日、12月4日付


ここんところ、リアル仕事が忙しくてねぇ。 FBには書いたんだけども、上役に挟まれ、下にも挟まれ・・っちゅうサラリーマン中間管理職の悲哀(?)っちゅうかねぇ、金曜日はガタガタニ疲れた頭で中森明菜の「難破船」を聴いてたらシミジミとなったことをグチグチと書いたりしてさ。。。

まあ、そんな事ですっかりと忘れていたんだけども、週末の11月2日で、ワタシが、ヒット曲の世界に足を踏み入れて、丸40年となったんですねぇ。

なんで、そんな事が分かるのか? って思われる方もいらっしゃるかもしれないですが、その辺の経緯は、ワタシのサイトのプロフィールに書いてたりするんだけどね。

忘れもしない、1978年11月2日ですよ。 この日は木曜日だったんですねぇ。 次の日が文化の日で祝日じゃ無いですか。 なんで、ワタシ、同級生の友達の家に泊まりに行ったんだよね。 ほら、ガキのころ、やったヒトも多いと思うけど、いわいる「お泊まり会」ってやつね。 当時ワタシは9才。小学校3年だったな。

その当時、ワタシ、ヒット曲なんて聴いて無くてさ、もちろん歌番組も見たこと無かった。 

いつか、ここでも書いた事があったと思うけど、オヤジが歌謡番組がキライでさあ。 「8時だよ!全員集合」なんかもコントのところは見るんだけども、歌が始まると、チャンネルまわしちゃったりね。 

うん、当時はテレビは当然、家に1台、チャンネル権はオヤジが持ってたからなぁ。

だから、むしろヒット曲には同級生に比べると疎かった。

でもさ、泊まりに行った友達には2つ上のアニキがいて、当時から歌番組見てたんだよ。 で、木曜って事は「ザ・ベストテン」も当然見てて、付き合いがてらについつい見ちゃったんだよなぁ。

これが今に続く「顛末」の始まりだったんだ。

衝撃でしたねぇ。 世の中にこんなに面白い番組があるんか・・・ってぐらいの衝撃。  まあ、当時ランクインしてた曲も良かったんだよね。 サザンもそうだったけど、ツイストとかさ。 歌謡曲とは明らかに一線を画した、それまで聴いた事が無いような曲だったから。

ワタシねぇ、それまではヒット曲は聴いたなかったけど、ポールモーリアはずっと聴いてたんだよね。ガキのくせして。 オヤジも歌謡曲は嫌いだったけど、ポールモーリアは好きだった。 っつか、誰かからポールモーリアの「8トラ」のテープ譲ってもらって来たのも、オヤジだったし。 その他、当時の洋楽ヒットも聴いてたな。 その頃流行りだった、フィラデルフィアサウンドな洋楽ヒットね。 その辺はオヤジも好きだったんだよ。

いわいる、ストリングスありーの、ブラスサウンドありーの、分厚いサウンドな音楽ですわな。

まあ、そんな影響で、そう言うサウンドがワタシ的も好きだった・・というか、ワタシの原点なサウンドですね。特にストリングスが好きだったんですわ。 フィラデルフィアサウンドでは、高音系のさんざめくような、それていて澄んだストリングスの動きが特徴だったじゃん。 これははポールモーリアでも共通してたしね。

こういう音は、日本のヒット曲には無いと思ってたんだよな。日本の曲の音はもっとチープだと思ってたの。

でもねぇ、件のベストテンを見て、目からうろこでしたねぇ。 自分が思ってたようなサウンドとは全く違ってたし。
特にツイストの、分厚い音と、独特のグルーヴ感だよね。 これに参っちゃたんだよな。

以来・・というか、次の週から自分の家でも見まくりましたよ〜、ベストテン。 

それまで家では、ウラ番組のドラマ見てたのかなぁ、ワタシは夜9時には寝てたし。 
でも、ワタシが「ベストテン」見たいっていったらシブシブ見せてくれたな。 恐らく、オヤジもその1回だけだと思ったんじゃないかなぁ。 でも、毎週毎週見るようになって、それまで自分が見てたドラマが見れなくて、ブーブー言い始めたんだけども、オヤジも久米さんと黒柳さんのやり取りが気に入ったんだろうね、シブシブだけど、ベストテンを見せてくれるようになったんだよね。

以来、木曜夜9時と言ったら、何があってもずーっと「ベストテン」だったし、 終了後もずーっとヒット曲を追い続け、あれから40年も経っちまったって訳だね。

あー、またまた、前置きが長くなっちまった。

で、今回の1曲セレクトは、そんな、ワタシがヒット曲の世界に足を踏み入れた頃、丁度ヒットしてた曲を一つ。

渡辺真知子「ブルー」。

ウム? この曲、まだ書いて無かったんだ。。。   ワタシがヒット曲に足を踏み入れた頃のベストテンヒットな曲って、すでに書いた・・とばかり思ってたし、個人的に、それ以前から渡辺真知子さんの曲って好きだったから。

いや、個人的に好きだった・・・っていうか、オフクロが好きだったんだよね。 真知子さんのデビュー曲の「迷い道」。 これ、まあ、良く、よく口ずさんでたもの。 で、知らず知らずのうちに覚えちゃったんだよな、ワタシ。

次の「かもめが翔んだ日」もそう。オフクロ好きだったんだよな。 だから、知らず知らずのうちに覚えちゃってたし・・・。

でもさ、今回引っ張ってきた「ブルー」って曲は、口づさんでなかったんだよね。

だからなのかなぁ・・・今まで、1曲セレクトで書いて無かったの。

オフクロがこの曲、口づさんでなかったのは、きっと、この曲が難しかったからなんだと思う。

特に ♪ あたなは 優しい目〜 ♪ っていう出だしのところ

♪あたなは〜♪ がウラから、変拍子気味に入るメロディじゃん。 入るタイミングが難しいんだよね。  

それにも増して、 ♪ とりとめのない心〜 ♪から先に続く、ファルセットの部分。

きっと、なかなか口づさみづらかったんだろうね、オフクロも。

そんなこともあって、家で、あんまり流れていなかったことありーの、個人的にも長い事記憶の外のところがあったような気がする。

決して、この曲がキライだったんじゃないんだよ。  いや、むしろ個人的には、この曲の方が好きだった。

前2曲よりも手垢が少なかった・・・ってのもある。 けど、難しい曲だからこそ引っかかるってのもあったな。

オフクロが口づさめなかった、ウラから入るAメロ出だしも変わってて面白かったし、 それよりもサウンドだよね。

北風が吹きこむような冷たいサウンドっていうのかなぁ。秋から冬へって言う温度感にマッチしてたし。 まあ、リリースしたのが8月だった訳で、だから、リリース当時は暑苦しかったのかもしれないけど、 ヒットのピークだった、今頃にはピッタリの温度感と重量感だったように思う。

そうそう、この冷たい温度の手触りと重量感が、ポールモーリアの「雪が降る」と類似してるような感じがしたんだ、この曲。 

いや、イントロの駆け上がりから出てくるチェンバロ。

Bメロの ♪ 呼びたしたのに〜 ♪ から絡んでくるストリングスなどを含め、 どこかホールモーリアサウンドを彷彿としたんだよね。

でね、だから、こういう曲だったら、日本の曲でも聴いてもいいな〜。 なんて、当時9歳のガキだったワタシは、クソ生意気にも思ったんだよな。


いずれにしろ、インパクトはあるものの、前2曲に比べると華やかさと言う点では劣るのは否めないところですね。 まあ、楽曲のテーマがテーマなんで、「華やか」部分を前面に出すのは難しんだけど。。。

でも、「華やか」ではないからこそ、長い間、より多くの方に支持される・・・っていう場合もある。
これは、今年の米津玄師の「LEMON」が超典型的な例だと思うけど、 この曲もそうだったんだよね。

オリコンでは最高10位に留まったものの、「ザ・ベストテン」では2回、僭越ながらワタシメのランキングでも2回、ベストテンに返り咲き、と言う感じで、約3ヵ月間もベストテンギリギリでのチャートアクションを維持している。

いつまり、楽曲内容同様、華やかなチャートアクションではなかったものの、ジミに、その分、息の長いヒットとなった訳なんだよね。


 


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

モンテカルロで乾杯 / 庄野真代

1978_09_モンテカルロで乾杯_庄野真代


今回の1曲セレクトは、「モンテカルロで乾杯」庄野真代です。

まずはデータです。

・タイトル     モンテカルロで乾杯
・アーティスト   庄野真代
・作詞       ちあき哲也
・作曲       筒美京平
・編曲       筒美京平
・リリース日    1978年7月10日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数   31.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1978年8月28日〜9月25日付

昨日も「暑ーね」ってことで、森口さんの「恋はタヒチでアレアレア」なんて引っ張ってきたんだけども、あれは、自分の中では「前座」のつもりだったのね。
で、本来ひっぱって来たかった曲が、別にあって本当は昨日2曲書くつもりだったんだけども・・・。萎えた。

うーむ、最近はダメっすねぇ、1日2曲書くのかなりキツイですわ〜。 以前は湯水のごとく文章が浮かんできてたんだけども、最近は結構、考えながらじゃ無いと文章浮かんでこないんだよな。うん、昔は「右脳」でかいてたけど、今は「左脳」で書いてるようで。。。だからねぇ、疲れるのよね。 ワタシ、考える力が無いんで・・・。

ま、愚痴はこの辺にしといて、本来引っ張ってきたかった曲。

庄野真代「モンテカルロで乾杯」

そそそ、庄野さんのブレイク曲「飛んでイスタンブール」の次なんだけども、連続で大ヒットした曲ですわ。

タイミングが良かったんだよね。 ・・・というか「飛んでイスタンブール」がロングヒットだったんだけどもね。
「〜イスタンブール」は、リリースがこの年の4月1日だったわけだけども、 得てしてブレイクには時間がかかるってことで、ベストテン入りするまで3カ月かかってましたからねぇ。

ベストテン入りまで3カ月かかったってことは、この「モンテカルロで乾杯」がリリースされた頃に、「〜イスタンブール」がベストテン入りした訳なんですわ。

まあ、そんなヒットタイミングだったことで、「〜イスタンブール」のヒットが落ち着いてきた頃に、入れ替えでこの曲がベストテン入りしてきた・・・。

っつうことで、見た目には、まさに「連続ヒット」っていう形になった訳なんだよね。

ま、いずれにしても、庄野さんにとっては、78年の夏っていうのは「大当たり」だったわけだよね。


個人的にも、もちろん「〜イスタンブール」も、ヒット当時から知ってはいた。 けど、なぜか、この「モンテカルロで乾杯」の方が記憶が深いんだよな。

・・というか、長い事音源持って無かったんで、正直言うとずっと忘れてたんだよね、この曲。
でも、いつだったか、おそらくラジオで流れてるのを聴いて、めっちゃ、懐かしい気分になったのを覚えてるなぁ。

まあ、この曲がヒットしてた頃が、ワタシがヒット曲に足を踏み入れた頃の原点って言うこともあるかもしれない。

でも、それ以上に、記憶の奥深くに留まっていたものがあるような気がするんだよなぁ。

恐らくね、当時、この曲を聴いて、その曲調に刺さったんだろうなぁ。 

なんていうんだろうねぇ、なかなかコトバで表すのが難しいんだけど、筒美京平氏独特のバタ臭さっちのうかなぁ、筒美氏ならではのグルーヴ感、独特の温度感なんだよな。 夏場に聴くとかなり湿度が高いよな・・・っていうウェット感。 そうそうそう、常磐ハワイアンセンターの内部の、あの独特のジメッとした湿度感。 それなんだよ。

1曲前の「飛んでイスタンブール」との違いは、そこなんだろうなぁ。 うん、「〜イスタンブール」のアレンジは、船山基紀氏でしたからね。
 ここまでウェットじゃないんだよね。 カラッとしてる。 まあ、そこが地中海性気候の「イスタンブール」っていう地名にフィットしてるんだけどさ。

でも、この独特の湿度感が、意外と日本の夏場のフィットするんだよな。 サウンド的にはバタ臭いんだけども、日本の夏場特有のウェットな感覚もあるっちゅうかさ。

そそそ、同時期に同じような感覚になった曲が、もう1曲。 大橋純子さんの「たそがれマイラブ」。この曲も、筒美京平氏だったじゃん。
しかも、アレンジも筒美氏っていうのがミソなんだよね。

この独特のウェット感は、どこから来るんだろう・・・って思うけど、きっと楽器の使い方が独特なんだよね、筒美氏自身のアレンジって。特に弦楽器の使い方がおおよそ「歌謡曲」って言う感じじゃ無いんだよね。オーケストラに近いっちゅうかさ。

まあ、77〜78年頃の筒美氏は、一方ではフィラデルフィアサウンドに傾倒して居たりね かと思えば一方では、ポールモーリアに傾倒して居たり・・って感じでしたからね。
 ただ、いずれにしてもストリングスの使い方に特徴があった訳でさ、そんな影響も、この辺の曲には出て来てるんだろうな・・・と思うわけでさ。

でも、だからこそ、個人的には刺さったともいえるんだよね。 っちゅうのも、ここでも何度も書いてるけど、当時のワタシャ、ポールモーリアに超ハマリの、マセガキだったからさあ。この曲のようなサウンドには、親和性があったんだよね。

まあ、そういうところが記憶の奥底に未だに深く刺さっているんだろうなぁ。


ところでさ、インタンブールの時もそうだったけど、モンテカルロってのも、一体どこにあるねん・・・なんて、調べたりしませんでした

ワタシは調べたなぁ。 当時はインターネットなんてもちろん無かったし、頼りは、ウチにあったでっかい地球儀。
うん、小学校に入学する時、勉強机は近所の兄ちゃんのお下がりをもらってきたくせに、なぜか地球儀はめっちゃデカイのを買ったのよ。 それで、調べたの覚えてるわぁ。

ちなみに、モンテカルロも、インタンブールと同じく地中海に面してるんだよね。 
・・・ということは、地中海性気候であり、この曲のようなウェットな感じじゃないんだけどなぁ・・・・。

・・・なんて今になって思ったりして。。。






よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

泣き上手 / 野口五郎

1978_06_泣き上手_野口五郎


今回の1曲セレクトは、「泣き上手」野口五郎です。

まずはデータです。

・タイトル     泣き上手
・アーティスト   野口五郎
・作詞       岡田冨美子
・作曲       佐藤寛
・編曲       クニ河内
・リリース日    1978年5月10日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  17.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1978年5月29日〜6月12日付

えー、今回はマクラなしで、のっけから行きますね。

野口五郎 「泣き上手」

先週、秀樹の曲を書いたんで、次も「新・御三家」の曲だよね・・・って、自分の中では決めてたんだよね。なんで、郷ひろみか、野口五郎か・・・ってなる訳だけど、ちょっと前から時期が来たら引っ張って来るか・・・って考えてた曲があったんで・・・・

それが、今回引っ張ってきた「泣き上手」ですわ。

考えてみれば、最近、野口五郎氏の曲、頻繁に書いてるような気がするんだけどさ・・・ このきょくの1曲前の「愛よ甦れ」もちょっと前に書いたしなぁ〜。

いや、逆に言えば、これまで殆ど書いて来なかったんだよな、野口五郎氏の曲は。
新・御三家の中でも、ワタシがまだヒット曲世界にのめりこむ前に、一番早く少し落ち目になっちゃったのが、野口五郎氏で、だから、正直言うと、タイムリーで聴いてた曲ってのが少ない・・・っちゅうこど、これまであんまり書いて来なかった一番の理由なんだけどさ。

ときに、今回引っ張って来た「泣き上手」も、まだ「ヒット曲」の世界に足を踏み入れる前のヒットなんですわ。

うん、ほんのちょっと前なんだけどね。この曲の次の「グッド・ラック」からだからさ、ワタシがタイムリーで聴いた野口五郎氏の曲って。

でもさ、「泣き上手」の頃は、既に「ザ・ベストテン」は始まっていたし。だから、ベストテンの「懐かしの名場面」とかでも、ダイジェストでは見たことはあったし、どんな曲なのか・・・ってのも興味はあった。

ただ、実際に曲を耳にするまでは、大分かかっちゃったんだよなぁ。 ホント最近なんだよね、この曲ちゃんと聴きだしたのは。

個人的に所有している、昔のヒット曲の音源。とりあえず70年代以降のクロニクル的な流れはとりあえず出来ているんだけど、まだまだちょぼちょぼ抜けてる曲があるんですわ。

その一人が野口五郎氏、もう一人が桜田淳子さんだったりするんだよね。 だ、もんで、最近、このお二人の音源を重点的に集めてたりしたわけなんですわ。

で、最近集めた音源の一つが、前回書いた「愛よ甦れ」だったり、今回ひっぱってきた「泣き上手」だったりするんだですわ。

そんな流れでここんところ、頻繁に引っ張ってきてるところが大きいかな。 

でも、とりあえず、「ベストテン」が始まって以来の、音源はこれで一応は集まったんでね、以前ダイジェストでしか聴いてなかった曲もちゃんと聴けるようになったんだけどさ。


そんな中でのこの曲の第一印象・・・・ うーん、「もろ歌謡曲ですねぇ」っちゅう印象。

「愛よ甦れ」の時も書いたような気がするんだけど、これがさ70年代中盤・・・そうだなぁ、75年くらいまでであれば、これはこれで「アリ」だと思うんだけどさ。この曲がリリースされたのは78年だったわけでさぁ。

うん、これも以前書いたんだけども、ヒット曲の曲調って、78年くらいから劇的に変わってくるんだよね。
ヒット曲でも、洋楽的なメロディやサウンド色が俄然強くなってきた訳なのよ。 その中で「歌謡曲」的なサウンドっちゅうのは、ひと時代前の・・・っていうイメージが出てきた頃なんだよね。

保守的、いわいる「アナクロ」的な色合いだよね。  この曲を聴くと、まずはそこに耳が行ってしまう。

つまりは78年っていう時代の色合いに合っているのか・・・っちゅうと、やっぱりズレてるんだよなぁ。
78年のヒット曲の先端は、もっとバタ臭いからさあ。こういう「醤油」系の匂いじゃないんだよね。

だから、うーん、どう考えても「大ヒット」な曲って言う感じではないよね・・・ってなっちゃうんだよね。

まあ、実際、前曲「愛よ甦れ」で落ち込んだ売り上げ枚数が、V字回復にはなっていないし、オリコンでの最高位も前曲同様に「9位」とベストテン入りギリギリのラインで落ち着いてしまってたりする。

だから、全般的にダメな曲なのか・・っちゅうと、正直最初はねそう思ったの。  メロディに字足らずの歌詞があったりして、なんとなしにアンバランスに感じちゃったりもしてさ。

でもさ、何回か聴いてると、どうも引っかかってくるフレーズがあるんだよな。

うん、サビの ♪ そこがいい そこがいい〜 ♪ って部分。

なんちゅうのかなぁ、「そこがいい」っていうコトバが纏わりついて来るんだよねぇ。 

なるほど、この曲の「キモ」はここか・・・・。 なんて、いうのを最近気が付いてきたりしてね。


それとさ、レコード音源で聴くのと、「ようつべ」なんかで動画で見るのと、印象が大分違うんだよな。
動画で見ると、レコード音源で聴くよりも良いんだよ。 音がしっかり1978年のサウンドになってるし。。。

っちゅうか、そりゃ1978年の歌番組の動画なんだから、当時のサウンドであって当たり前なんだけど。。。

なんちゅうのかな、「ウタ番組」ありきで作られた曲っちゅうのかなぁ。 そそそ、テレビの「ウタ番組」で歌われるのを「前提」で作られた曲っちゅうのかなぁ。 そういう印象が強い。

いや、でも、当時のヒット曲ってそう言う曲って多いんだよな。 レコードで聴くとなんかイメージが違う曲って。

うん、テレビの方が断然かっちょいいの。 音が太くて華やかで独特のグルーヴ感があって。。。

そそそ、この「独特のグルーヴ感」、ここにやられちゃったんだよな、当時のワタシは。 それが「ヒット曲の道」に嵌まった最大の要因なんだよなぁ。

いつか、ツイストの「燃えろいい女」を書いた時も同じような事書いたんだけどさ。あの曲もテレビとレコードじゃ、大分イメージが違うんだよな。ワタシは、テレビ、特に「ベストテン」で歌ってた時の「燃えろいい女」が一番好きなんだよな。

もしかすると、この曲もヒット当時例えば「ベストテン」で聴いてたら同じような印象があったんぢゃないか・・・そんな風に思える1曲ですねぇ。




「夜ヒット」、毎度毎度の事ですが、演奏がねぇ・・・やっぱ下手なんだよねぇ。 とりあえずはミストーンをなんとかして欲しい・・・っては、いつも書いてるような気がするんだけど。。。。



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

愛よ甦れ / 野口五郎

1978_03_愛よ甦れ_野口五郎


今回の1曲セレクトは、「愛よ甦れ」野口五郎です。

まずはデータです。

・タイトル     愛よ甦れ
・アーティスト   野口五郎
・作詞       藤公之介
・作曲       平尾昌晃
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年2月21日
・発売元      ポリドール
・オリコン最高位   9位
・売上げ枚数   15.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1978年3月13日、3月27日

えー、昨日に引き続きいての1曲セレクトです。 えー、今度いつ書くか・・っていうのもちょっと不安なんで、書ける時に書いておこうか・・と思い、連ちゃんで筆を取りましたわ。

今回セレクトしてきた曲は、野口五郎「愛を甦れ」。

この曲ねぇ、ちょっと前に目に留まって、「あ、書こう」・・・と思ってたんだけど、ちょっと間空いちゃったんだよね。その間に「ヒット期間」が進んじゃいまして、今書かないと、ヒット期間が過ぎちゃう・・・って事もありまして、昨日に引き続いて筆を取った・・・っていのうが、一番の理由かなぁ。

うん、今書いとかないと、また来年まで書けないんでねぇ・・・。

なんで、この曲が目にとまったか・・・って言うと、新御三家の一人として、長らくトップアイドルの座についていた野口五郎氏だけど、この頃からちょっとパワーダウンし始めるんだよね。

そのターニングポイントとなった曲が、実は、まさにこの曲だったりするんだよなぁ。

この曲の1曲前が、77年10月にリリースされた「風の駅」って曲。 そそそ、「ザ・ベストテン」フリークだった方には、お馴染みの曲ですな、「ザ・ベストテン」第1回の10位だった曲。 つまりは初めてあのミラーゲートをくぐって歌った曲が「風の駅」だったわけですわ。

あ、ちょっと話が本題と外れてきたね。。。  でね、この「風の駅」まで4年近く、野口五郎氏ってリリースする曲でオリコンベスト5を外してなかったんだよね。
 以前も、何かの折で書いたかもしれないけど、新御三家で一番売り上げが安定していたのは、実は野口五郎氏だったんですよ。

 この辺は、ヒット曲をリアルタイムで経験したのが78年以降なワタシにとっては、ちょっと信じがたい感覚なんだけど、昔の資料からすると事実は事実なんだよね。 個人的な感覚ではヒデキが一番売れてたような感覚があるんだけどさ。

「風の駅」にしても、オリコン最高5位、売り上げが25万枚。

で、そこから次の、この「愛よ甦れ」では、売り上げが15万枚と、いきなり10万枚近くも減。オリコン最高位も9位とベストテンギリギリまで落ちてしまう。
 ちなみに、五郎氏で売り上げ15万枚そこそこだったのは、デビュー3作目の「雨に消えた恋」以来6年ぶりだったわけなんだよね。


なぜに、いきなり売り上げが下がったのか・・・。

 この曲、野口五郎氏にしては珍しく、平尾昌晃氏なんだよな。調べてみると、シングルのA面としては、この曲が初めてなんだよね。 野口五郎氏と平尾昌晃氏の組み合わせは。 野口五郎氏というと、どうしても筒美京平氏と、そのブレーンって言うイメージが強いからさ。

で、本来ならば、新鮮味を感じるところなんだけど、どうも、この曲に関して言えば新鮮味が感じない。

やっぱり曲調なんだろうなぁ。 平尾昌晃氏って、丁度この曲がヒットしている時に、並行して自身が歌った、「カナダからの手紙」が大ヒットしてたんだけども、どうも曲調が78年って言う時代にしてみると古いんだよね。

この時点で、5年前の・・・・っていうイメージだったんだよな。 うん、どうしても70年代前半の匂いが取れないって言うかさ。ポップスではあるんだけども、より「和」の匂いがするっていうかね。 そそそ、より「歌謡曲」の匂いが強いんですよ。 
78年、時代のメインストリームはロック・ミュージックでしたからね。

歌謡曲の匂いっていうのは、ボーカル中心の曲って感じなんだよね。 ちょっと前に太田裕美さんの「雨だれ」の時も書いたんだけども、70年代前半までのヒット曲は「ボーカル中心」。でも、時代を下るごとにボーカル以外のサウンドも重要になりトータルで聴ける音楽が中心変わっていく・・・って書いんだけど℃、そう言う意味では、この曲なんかは、その流れに逆抗して行くような曲だったんだよね。そんな時代の流れどのギャップっていうのが、この曲ではモロ出ちゃったんじゃないか・・・。 そんな印象が強いんだよな。 

ちょうどこの78年の前半って、ヒット曲においては、サウンドの変化の流れがより加速して来ていた時代でしたからねぇ。

 丁度、78年の春ごろの曲って、ここの曲を聴き比べてみると、一時代前のサウンドの曲と、先端サウンド曲の差っていうのが、かなりでかいんだよね。 で、この流れに乗り切れなかったヒトたちは、ヒットのメインストリームからも置いてけぼりを食らってしまう・・・そんな流れが出てきた、ヒット曲って言う側面から見ると結構厳しい時期だったんだよね。

野口五郎氏の他にも、桜田淳子さんも、そんな時代の流れの時流に乗りきれず、人気が後退してきたヒトの一人ですね。



個人的には、この「愛よ甦れ」がヒットしていた時期は、まだ、ヒット曲の世界に足を踏み入れていない。 ほんの少し前ですね。
 だから、実は最近までこの曲、よく知らなかったんだよね。 ま、オリコンなんかで存在は知ってたけどさ、実際に聴いことは無かった。

 で、これを書くにあたって、ちょこっと掘り返して曲を聴いてみたら・・・、 うーむ、本音を言うと、 ↑で書いたように78年って言うイメージじゃないんだよなぁ。 75年って言うか・・・その位のイメージ。

 そそそ、ジュリーがフレンチポッフプスというかヨーロッパ系ノの曲をやっていた頃の・・・って言うイメージなんだよな。 うん、いわいるカンツォーネなんだよね。ひしひしと真面目に歌い上げる形式の。
そこからしてギャップなんだよね。78年っていう色合いとのギャップっていうかなぁ。

 たしかに、この曲のちょっと前に、松崎しげる氏の「愛のメモリー」っていう超絶的なカンツォーネ系の歌い上げる曲が大ヒットしてたりする。
 でも、両者のリリース間隔はたかだか半年くらいだけど、この半年の間でも時代とヒットの色合いっていうのは、大分変わってきてたしな。
 なにより、同じカンツォーネ系といっても、「愛のメモリー」の絶唱とも言える盛り上がりはインパクトの塊だったからなぁ。 この「愛よ甦れ」はそこまでのインパクトはない。 その差が大きいんだよね。
 

とはいうものの・・・これ書くのに何回もこの曲を聴いてたら、どうも引っかかっちゃうんだよな。 耳に残ってしまう。 まあ、個人的にこの手のカンツォーネ系の、いわいる「歌い上げる」タイプの曲って嫌いじゃないからさ。



よろしかったら、ポチッと押してね。
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へ
にほんブログ村

巡恋歌 / 長渕剛

1978_11_巡恋歌_長渕剛


今回の1曲セレクトは、「巡恋歌」長渕剛です。

まずはデータでする。

・タイトル    巡恋歌
・アーティスト  長渕剛
・作詞      長渕剛
・作曲      長渕剛
・編曲      鈴木茂
・リリース日   1978年10月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 100位以内ランクインせず
・売り上枚数   −枚

えー、今回はマクラなしで直接行きますか。
久々に、「変則」曲と行きますか。変則曲っていうのもちょっとおかしいけど、後年大ヒットした曲の中で、オリジナルは全くかすりもしなかった・・って曲ですね。

長渕剛 「巡恋歌」 

どうもね、「筋肉マッチョマン」になったしまった後の長渕の印象が強いだけに、ヒトによって好ききらいが激しいアーティストでしょ、長渕って。

だから・・・って言うこともありーの、ここでもあんまり書いて来なかったアーティストの一人かもしれない。

でもね、個人的には、キライじゃないんだよなぁ、長渕って。
昔、某着メロサイトで配信曲のセレクターやってるとき、ゴーインに当時のニューアルバムの全曲特集なんてやっちゃったくらいなんで。。。
まあ、プロデューサーっていう権限で半ばゴーインにやっちゃった・・・ってのもあるけど。。。
(でもそこそこのダウンロード数を稼げて、一応面目躍如だったんだよな。。。)

・・・・ってくらいだからさ。

とは言っても、個人的にも、まだ「筋肉マッチョマン」や「ヤクザ」になる前、「やさ男」だったころの長渕が好きだったんだけどね。

今回、持ってきた「巡恋歌」はデビュー曲。 まだ、もろ「やさ男」だったころの曲ですわ。

うん、そもそも↑の「ジャケ写」の写真からして、今の長渕しか知らない方には「別人」にしか思えないかもしれないもんな。
 もしかしたら、誰かの「カバーか?」なんて思われるかもしれないけど、正真正銘、今から39年前の長渕本人なのよ。

線が細くてナイーヴで、それでいて、当時から少しひねくれていて・・というか、ヒトを信用していないようなところがありましたよね。

それでも、当時の長渕が好きだったんだよな。 なぜって言われると困るけど、古いようでなんか新しい匂いがしたっていうかね。

この「巡恋歌」。 初めて聴いたのも恐らくは、リリースされてそんなに月日が経っていない頃だと思う。
うん、いつ、どこで聴いたかっていうのは、全く覚えていないんだけど、少なくとも80年代の最初の頃だったと思う。
「順子」で大ブレイクしたのと同じくらいの頃かなぁ。 「乾杯」(と言っても80年にリリースされた「オリジナル」の方ね)と同時に聴いたのかなぁ。

どっちもね、いい曲や〜・・・って思ったのだけは覚えてるんだよな。

なんちゅうのかねぇ、簡単に言えばキャッチーの一言なんだけど、でも体に染みてくるんだよな。

ほら、ウイスキーをチビチビ飲ってるとき、体に染みてくる感じっていうかなぁ・・・。いい意味でトリハダが立つっていうか震えが来るんだよね。 

まあ、吉田拓郎氏に憧れ、拓郎フォロワーだっただけに楽曲の形式も拓郎氏そのものだし、曲自体はそれまでいくらでもあったフォークにちょいと音を厚くしたような、いわいるフォークロックやつで。
音的には全く目新しいところは無いんだけども、でも耳に入って来ると新鮮。

これが印象的だったんだよな、デビューの頃の長渕って。

まあ、デビュー曲といっても、「2回目」のデビューなんだけどね。

・・・って書くと、「なんじゃらほい?」って感じなんだけど。。。 

うん、知ってるヒトは知ってる事だけど、実際、長渕って、この曲の前に、一度、ビクターからデビューしているんだよね。 そそそ「雨の嵐山」って曲で、アーティスト名も「長渕剛(ごう)」っちゅう、本来の読みとはも少し変えられて・・・。

本人としては、アーティストとして地道にライブハウス周りをしたかったようだけど、実際は本人の思惑とは全く違い、事務所としては「芸能人」として売り出したかったらしく、デパート屋上でのキャンペーン周りの日々。

しかも、これが全く売れなかった訳で。。。。 挫折。

そんな日々に嫌気がさして、博多に戻ってしまう。 

でも1年後、「再起」をかけ、再度、1978年第15回ヤマハ「ポプコン」に応募し、本選入賞したのが、この「巡恋歌」。

そのときの画像が ↓ コレ




今聴くと、めちゃくちゃシンプル。だけど、ギターの弾き方は、後年と変わんないんだよな。当時から長渕スタイル。

それにしても甘いんだよね、声が。当時から言えば、引っかかったのはここなのかもしれないし、拓郎フォロワーを自認してたけど、一番違ったのもそこかもしれない。

そして、今と一番変わってのも、体型だけじゃなく、そこかもしれないな。

今聴くと、ホントいい曲だと思うけど・・・・でも、それでも売れなかった。 

オリコンでは100位にも入らなかった。 今でこそオリコンは101位以下も売り上げ枚数をだしているけど、昔は101位以下は売り上げを公表していなかったわけで。。。
だから、この曲の売り上げは、オリコン的に言えば「0枚」と言う訳なんだよな。

やっぱり時代と折り合いがつかなかったんだろうな。 たしかに時代はニューミュージック全盛の時代にはなっていた。
でも、時代が求めていたのは、新しい形の音楽。 

一時代の前のスタイルの長渕は、見た目上、アナクロな存在だったんだろうな。


ところで、2度目のデビューなんて今では、ほとんど聞かないけど、昔は結構いたんだよね。 再起をかけた再デビュー、再再デビューなんてさ。

五木ひろし氏なんて有名だし、フォーク・ニューミュージック系では「アルフィー」も再デビュー組として有名だよね。

その後「大御所」となって、未だに現役を続けて来ているアーティストには、こんな風に「苦節何年」なんて浪花節ぢやないけど、苦労してきているヒトたちは多い。

そして、長渕も、そんな挫折を経験したなかで、アーティストとして大きくなってきたんだよね。

でも、そんな苦節を味わってきた中での経験からなのか、「愚痴」っぽい歌詞の曲も、この頃は多かったんだよな。

まあ、この「巡恋歌」からして、愚痴っぽい曲ではあるんだけどさ。

2番の歌詞にある 

♪タバコを吸うなとか 酒を飲みなとか ワタシの勝手じゃないの〜 ♪ とかさ。

これ捉え方によっては、再デビュー前に味わった、自分の思惑とは違い、事務所に言われるがままの「営業」の日々に対する愚痴にも聴こえたりするんだよね。

いや、この曲だけに限らず、他にもあるんだよな。

例えば、80年のアルバム「乾杯」に収録されている 「暗闇の中の言葉」なんかはまさに、そんな苦い時代を吐露しているような曲だしね。

でも、そんな苦い時代を糧に長渕はビッグになって行く。 

この「巡恋歌」は、その出発点になった曲なんだよね。



つづく



よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

追いかけてヨコハマ / 桜田淳子

  1978_03_追いかけてヨコハマ_桜田淳子


今回の1曲セレクトは、「追いかけてヨコハマ」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル     追いかけてヨコハマ
・アーティスト   桜田淳子
・作詞       中島みゆき
・作曲       中島みゆき
・編曲       船山基紀
・リリース日    1978年2月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 11位
・売上げ枚数   16.4万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 8位
・ベストテンランクイン期間:1978年3月20日〜4月3日付

それぞれのアーティストにはターニングポイントってあるんだよなぁ。
特にビックヒットを連発していた、いわいるトップアーティストになればなるほど、そのターニングポイントっていうのは顕著になってくるんじゃないかなぁ。
あれがあったからトップアーティストにブレイクした。逆に、あれを境にヒットから遠ざかった・・って言う境ですね。

要因としては、特によく見られるのが時代との折り合いですよね。 楽曲が時代と折り合わなくなったとかさ。それと、単純にアーティストパワーが弱くなってきたっていうのかな。 まあ、この2点が複合的に絡み合うっていところが一番多いかもしれない。

ヒット曲クロニクルの時代的なターニングポイントとして、振り返ってみると、その一つとして1978年って言うのがある。
 70年代アイドル時代の終焉と、反面、ニューミュージックの台頭って言う時代の流れですね。 その中間的な役割として「ザ・ベストテン」があったもするんだけどさ。

今回は、そんな1978年がターニングポイントとなった方の曲をひとつ。

桜田淳子「追いかけてヨコハマ」。

この曲覚えてる方、いらっしゃいますかぁ〜。 いや、あの時代を知ってる方は、まだ、知ってらっしゃる方も多いかな。

この曲の前が、「しあわせ芝居」っていう中島みゆき、作詞作曲で話題になった曲。 それまで暫く「中だるみ」的な売り上げとなっていた、桜田淳子さんだけど、この「しあわせ芝居」で、再び息を吹き返した・・・という。

で、今回の「追いかけてヨコハマ」それにつづく、中島みゆきさん作詞作曲の第二弾シングルですね。

でもですね、約36.5万枚の売り上げを記録し、オリコンで3位まで行った「しあわせ芝居」に対して、この「追いかけてヨコハマ」は、売り上げ16.4万枚。オリコンではベストテン入りも逃す・・・という、トップアイドルの座について以後、初めてと言ってもいいほどの低レベルの売り上げに終わってしまう。

まあ、要するに「柳の下にドジョウは2匹」居なかった・・・って事になる訳なんだけどもね。

だけんども、なぜに、急にこれだけ売り上げが下がったのか・・・って言うのもあるんだよね。

なにせ、前作からいきなり半分以下の売り上げ。 それだけでなく、オリコンではベストテン入りも出来なかった・・・と。

ま、そこが最初に書いたような時代の流れ、時代のターニングポイントだったんじゃないか・・・そんな風に感じる訳なんだよね。

同じような傾向にあったトップアイドルが、もう一人。 そそそ野口五郎氏もそうなんだよな。

まあ、桜田淳子さんも、野口五郎氏も、オリコンは別として、「ザ・ベストテン」では、78年中はベストテン入りしてたし、野口五郎氏なんかは、78年秋に「グッドラック」のヒットで息を吹き返したように思えたんで、あの時点では、それほどのダメージは感じなかったかもしれない。

でもさ、今振り返ってみると、それ以前、数年の「全盛期」に比べると、確実に売り上げは下がってきてたからなぁ。
その傾向が富に現れたのが78年なんだよね。

特に桜田淳子さんは、この「追いかけてヨコハマ」を皮切りに、次の「リップスティスック」でぎりぎり、オリコン10位に食い込んだものの、それが「最後」のベストテン入りとなってしまう。
明らかなアーティストパワーダウン・・・そう言う傾向の時期だったんですよね。


まあ、上で再三書いたように時代の流れとアーティストパワーというのは大きな要因ではあるんだけども、曲調の変化っていうのも大きかったんじゃないかなぁ。

この「追いかけてヨコハマ」って曲。 今聴くと、ほぼ「歌謡曲」なんだよね。前年まで見られた「ポップス」的な曲調とは明らかに違う。

ま、その過渡期となった、前曲の「しあわせ芝居」もそれまでの曲調とは違った。 けど、この曲はそれまでのアイドルには無かったような曲調が新鮮だったんだよね。
 メロディラインがクラシック的でさ。 いや伝統的なクラシックというよりは、イージーリスニング的というかね。そんなメロディラインが新鮮だった。それに加えて中島みゆきさんがアイドルに曲提供したっていう話題性も加わったしね。 

でも、この「追いかけてヨコハマ」って言う曲は、おなじ中島みゆきさんの曲でも、それほど新鮮味がないんだよね。もろ歌謡曲的。
 時代は歌謡曲からニューミュージックへ・・・っていう曲調の変革期。いかにそれまで無かったような新しい楽曲が出てくるか・・・って言う期待があった中、時代を逆行して行ったかのような感じが強いんだよな、今聴いても。
そそそ、78年の曲と言うよりは、75年くらいの匂いがするんだよね。

当時、桜田淳子さんはまだ19才だったはずなんだけど、それにしては大人びた・・・いや、老けた感じの曲だよな・・・って言う印象も拭えなかったりもしてさ。

まあ、それらの要因が色々と絡み合っての売り上げだったんだろうな。

ただね、色々と書いたけど、個人的には、意外とこの曲印象に残ってたりするんだよね。 
当時、まだ、ヒット曲の世界には足を踏み入れてなかったワタシだけど、この曲は覚えてたりしたもんな。
むしろ、この曲の次の最後のオリコンベストテン入りとなった「リップスティック」の方が印象に無い。

本来なら、松本隆−筒美京平っていう、個人的に大好物路線である「リップスティック」の方が印象に残りやすそうに思えるんだけどね。

やっぱ、中島みゆきさんの曲っていうのは、時代性を超えたアクの強さっていうのがあるんだろうな。 だから、それが洋楽的だろうと、歌謡曲的だろうとアクの強さで印象に残ってしまう・・・と。

そんな所を感じさせる1曲だったりしてね。



ちなみに、この曲と全く同時期にヒットしていたのが、木之内みどりさんの「横浜いれぶん」。
奇しくも、同じ「横浜」を舞台にしたヒット曲だったしたけど、印象としては、やっぱこの「追いかけてヨコハマ」がひとつ上だったかな。

それにしても、この後も「横浜」を舞台にしたヒット曲って多いよね。
「歌謡曲」っていう音楽のイメージが、横浜と合うんだろうねぇ。
どこか異国情緒を感じる趣と、日本的な趣が交差する街って言う雰囲気が差。 
歌謡曲も、向こうの音楽の官能的な部分と、日本情緒が交差した音楽だからさ。そんな異種交流的な雰囲気がシンクロするんだろうな。


よろしかったらポチッと押してね
にほんブログ村 音楽ブログ 懐メロ邦楽へにほんブログ村

グッド・ラック / 野口五郎

1978_09_グッド・ラック_野口五郎


今回の1曲セレクトは、「グッド・ラック」野口五郎です。

まずはデータです。

・タイトル    グッド・ラック
・アーティスト  野口五郎
・作詞      山川啓介
・作曲      筒美京平
・編曲      高田弘
・リリース日   1978年9月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 4位
・売り上げ枚数  22.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 9位
・ベストテンランクイン期間:1978年9月16日〜10月9日付

心情的に「あー、書きたいわぁ」と思っても、なかなか腰が上がらない曲ってあるんだよね、個人的には。
ま、大体が、ヒット当時は、それほど「真剣」に聴いてなかったんだけど、後年になって「お、良いぞ」と心変わりした曲なんだけどさ。

そう言う曲が、最近溜まってきてるんだよなぁ。

まあ、自分本位でセレクトして行くと、どうしても自分の中でずっと引っかかりが強い曲を最初に書いちゃう訳で、逆に、あんまり引っかかりが少ない曲、あるいは、ヒット当時、引っかからず接点が少なかった曲って残ってきちゃいますからねぇ。

・・・なんて、今回は愚痴っぽいマクラで初めちゃいましたが。。。

今回は、そんな「当時」は、引っかからなかったんだけど・・・今は引っかかってますよ〜・・・って曲をひとつ。

野口五郎「グッド・ラック」

なんて書くと、「え?」なんて思う方も多いかなぁ。

この曲は1978年(昭和53年)の今頃ヒットのピークを迎えていた、野口五郎として、78年の「勝負曲」とも言える1曲ですね。

オリコンチャート的に言えば、前年10月の「風の駅」(ザ・ベストテンの第1回ランキングでの第10位。つまりはベストテンで最初に出演した曲として有名ですね)以来、3作ぶりにベスト5入りさせ、同時に20万枚オーバーを記録した曲。

ま、そんな所からも78年の勝負曲だったってことは覗える訳なんだけども、逆に、この曲が最後のオリコンベストテンランクイン曲だったんだよね。

・・・なんて書くと、うそやん、その後も「ザ・ベストテン」じゃ、ランクインしてたやん・・・とか、言われる方もいらっしゃると思いますがね。。。

まあ、ベストテンの場合、オリコンなどのレコード売り上げだけじゃなく、他にも有線、ラジオ、はがきの要素を合算した総合チャートでしたからねぇ。
 レコード売り上げが低くても、他の要素で上位に来れば、充分にベストテン入り出来るまでの得点を補えたわけですわ。

とりわけ、野口五郎氏は、西城秀樹氏と並んで、「はがきリクエスト」がめっぽう強かったからなあ。

ちなみに、80年の「コーラスライン」なんて、オリコンじゃ、最高24位までしか行かなかったけど、「ザ・ベストテン」では、はがきリクエストと、ラジオチャートでベストテン入りさせていたんで、総合でもベストテン入りさせていたりします。


・・・・ととと、少し話がずれた。

というわけで、「グッド・ラック」ですが、この曲、大人っぽかったよなぁ。当時流行りだった、AOR(Adult Oriented Rock)、、つまりは大人向けのアダルトな雰囲気のロックって事なんだけど・・・。

まあ、当時の日本でのジャンルでいえば、「ニューミュージック」に当たるような音楽といったほうが簡単なんだろうけど、向こうじゃこういう名称か、あるいはアダルトコンテンポラリーって言われてましたからねぇ

ただ、日本的なAORと言うと、ニューミュージックよりも、もっと「大人びた」音楽だったような気がする。

例えば、この曲と同時期のAORだと、大橋純子の「たそがれマイラブ」とかね。とりわけ、「大人向け」の音楽でしたよね。

そんなAORに、当時はまだアイドル的な存在だった、野口五郎が挑戦する・・・ってことで注目されたんだろうな。この曲が当時売れた要因なのは。

なんて、推測的に書いちゃいましたけど、実は、個人的には、この曲の時点では、まだヒット曲の世界に入ってきていない。。。
・・・っちゅうのは、「ウソ」で、実は、既に片足入れてたんだけどね。

うん、初めて「ベストテン」を見た週の、第10位がこの曲だったんですよ

でーも、全く記憶が無いんだよな。。

ピンク・レディ、山口百恵、西城秀樹・・・あたりは記憶にあるんだけどなぁ。。。

・・・というのも、当時、ワタクシ、新御三家ではビテキ派でして、野口五郎氏も、郷ひろみ氏も、全く眼中になかったもので。。。。

まあ、それでなくても、この「大人」びたAORな1曲を、当時9歳のワタシが「ひっかかった」か・・っていうのは自信が無いな。

うん、曲としては、あんまり引っかかりが少ない曲でしたからね。 

♪ ごめんよ〜 どうやら〜 別れの時間だ〜♪ からのサビの部分にしても、それほど強烈なフックとなる部分を感じないし。 そうね「歌謡曲」としてのフックとなるような部分ね。
だから、全体的は「ツルン」とした印象なんだよな、この曲は。 まあ、個人的な印象ではあるけど、当時の歌謡ポップスって、エグいくらいのフックがある曲が多かったですからね。 まあ、それがインパクトとなった訳なんだけどね、それから比べると、この曲は、大きなインパクトの部分は無かったからなぁ。

ただね、だからこそ、より洋楽的に聴こえたんだろうね。

考えてみれば、同時期、郷ひろみ氏は、「ハリウッド・スキャンダル」で、初めて洋楽的な「ショービス」にアプローチした曲を歌っていた訳だし、新御三家の3人はそれぞれ、より洋楽にアプローチしていた時期なのかもしれない。

↑で書いたように、郷ひろみ氏が「ショービス」な世界、西城秀樹氏は歌唱力を生かしたワールドワイドな世界、そこからみると、野口五郎氏がAOR路線を選んだのは、そのキャラクターを考えると正解だったのかもしれないな。




この間、twitterに別途、「78年のベストテンVTR」持ってるヒトっているんだ・・・って書いたのは、実は、この動画の事なんだよね。
「グッド・ラック」、2本入ってるけど、2分40秒過ぎからの画像は「ベストテン」になるんだよな。
この時、第10位なんだけど、実は、個人的に「ベストテン」を初めて見たのが、まさに「この週」なのよ(1978年11月2日放送分)。
だらね、うーむ、フルで見てみたい

でもねぇ、ホントよく、こんなVTR取ってたヒトがいるもんなんだよねぇ。
どうやって取っておいたんだろ? その前に当時、ビデオデッキって高かったんだよな。一般家庭に、まだそんななかったもの。 さらにそれ以前にビデオテープがねぇ、めちゃくちゃ高かったのよ。
以前、国会図書館で、当時の新聞に掲載されていた広告を見てたんだけど、120分テープで1本3000円くらいしてたんだよな。だから、そう何本も買えなかっただろうし、普通は1回見たら、上からダビングしちゃうのが常だったと思うんだよね。
だからねぇ、こんなふうに40年ちかくも画像を取ってあると思うと頭が下がる訳ですわ。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

終わりのない歌 / 惣領智子

1978_09_終わりのない歌_惣領智子


今回の1曲セレクトは、「終わりのない歌」惣領智子です。

ますばデータです。

・タイトル    終わりのない歌
・アーティスト  惣領智子
・作詞      及川恒平
・作曲      惣領泰則
・編曲      惣領泰則
・リリース日   1978年7月5日
・発売元     RVC
・オリコン最高位 21 位
・売上げ枚数 11.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 24位
・タイアップ:TBS系ドラマ「愛がわたしを」主題歌

ヒット当時は聴いた事が無いハズなのに、実際聴いてみると昔聴いた・・・よう曲っていうのはありますよね。
この1曲セレクトも、元々のコンセプトは、そんな曲を表に引っ張ってこようと思って始めたんですよね。

ま、曲を書いてくウチに、そう言ったコンセプトもだんだん薄れて来ちゃったんたけどさ。

今回は原点にもどって、そんなヒット当時は聴いていたはずが無いんだけど・・・っていう曲を引っ張って来ますかねぇ。

惣領智子「終わりのない歌」。

・・・・と書いて、曲をパッと浮かんでくる方は、40年近く前ヒット曲ファンだったか、そうじゃない方は結構なJ-POP通な方ですよね。
 リリースは今から38年前の1978年7月。
そそそ、連日、猛暑が続き、日本列島がピンク・レディー一色で染まっていた、あの暑い夏の頃ですわ。

でも、この曲はオリコン、最高21位までしか行かなかったですからねぇ。 それほど一般的ではないし、当時も少しJ-POPをかじったような人しか耳にしてなかったんじゃないかなぁ。

・・・なんて「推定」的に書いちゃったんだけどさ。

まあ、当時、ワタシは、まだヒット曲の世界に入ってきてなかったからなぁ。 
だから、もちろん、この曲を「能動的」に聴いてた記憶が無いし、どのくらい一般的だったのかも体験してないしね。

それでも売り上げは、10万枚強と、いわいる「スマッシュヒット」の領域の売り上げは見せていたんだけどね。

これは、この曲がTBS系のドラマの主題歌だったって事も大きいんだろうな。

当時、木曜22時〜っていう「ベストテン」の後に放送していた「木曜座」っていうドラマ枠で、78年6月〜9月クールで放送されていた「愛がわたしを」っていうドラマの主題歌。

主演は、大原麗子さんと近藤正臣氏 

・・・とさも見てたような書いちゃいましたけど、はい、完全に「ウケウリ」です。


でも、そんな当時見ても無かったドラマの主題歌をなんで書いんの?  言われそうではあるけど。。。。

うん、なんかね、ずっと引っかかってきた曲ではあるんですよね。この「終わりのない歌」タイトル。

当時は聴いてなかった・・と思うんだけど、オリコンを見るようになって、当時の過去チャートを見てると、なぜか引っかかって来るんですよ。

最初は、作詞、及川恒平、作曲 惣領泰則 音楽の教科書に載ってたんだったけなぁ・・なんても思ってたんだけどさ。

だから、いつか実際聴いてみたい・・と思ってたんですよね。

で、実際聴いたのは・・・。 実は、意外と最近なんだよなぁ。 たしかここ10年以内だったと思う。

うん、ずっと想像していた曲とは、大分違ったんだよね。

アーティストの惣領智子さん、ジャケ写の印象では、美人だしもっと声の線が細い方だとばっかり思ってたんだよな。その想像イメージからもっとソフトな曲だとばっかり思ってたんですよね。

でも、実際は、めちやくちゃブルージーだし、惣領さんの声も太く、はっきりとした声質なんですよね。
うん、想像とは、全く違ったんでびっくりしたんだよね。

惣領智子さんは、この曲の作曲者の惣領泰則氏の、当時の「奥さん」ですね。当時26歳。
ちなみに、惣領泰則氏といえば、海援隊の「贈る言葉」のアレンジャーだったりして、当時のフォークロック系畑の方でしたよね。

え? 26才で、このウタの上手さは何? 
wikipediaによると、国立音大出身、在学中にアメリカ留学とある。
なるほど、どおりでウタはしっかりしてるはずですね。

でもそれを置いても、今聴いても魅力的な声の持ち主だよなぁ
兎に角、これほど線が太くて、はっきりとした声質で、これほどブルージーな曲が合う女性アーティストって当時もそれほど多くなかったと思うし。

曲もめちゃくちゃよかった。

ブルージーと書いたところからも、曲調は都会的ではないし、どこかカントリーを思わせる長閑さも感じるんだけども、それだけにスケールが大きいんだよね。
都会の片隅のシミッタレタ・・・・っていうところが無い。曲を聴くと、どこか広々とした風景が広がるんだよな。

でもね、その広がる風景っていうのが、どころ自分の田舎(福島・いわき)だったりするんだよなぁ。

うーん、なぜかいなぁ   なんて、ずっと思ってたりするんだけど、もしかして、当時、無意識のうちの、この曲聴いてたのかなぁ・・なんても思ったりして。

特に サビ終わりの  ♪ 私はここに いるわ〜 ♪ の少しスローダウンする部分から見える風景ってそうなんだよな。

 
いずれにしても、この曲は「当たり」な曲ではあったことは間違いないなぁ。
今回セレクトしてきたのも、そう言う曲だからこそ、駄曲が多い、今の時代にもっと多くのヒトに知ってもらえたら・・・って部分が大きいんだよね。






よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

シンデレラ・ハネムーン / 岩崎宏美

1978_09_シンデレラハネムーン_岩崎宏美


今回の1曲セレクトは、「シンデレラ・ハネムーン」岩崎宏美です。

まずはデータです。

・タイトル     シンデレラ・ハネムーン
・アーティスト   岩崎宏美
・作詞       阿久悠
・作曲       筒美京平
・編曲       筒美京平
・リリース日    1978年7月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 13位
・売上げ枚数  14.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 11位

さてさて、昨日のLINDBERGに続いて、複数のオリコン1位獲得曲を持っているアーティストの小ヒットだった曲どえす。

岩崎宏美「シンデレラ・ハネムーン」。

う〜む、この曲まだ書いてなかったんだ。昨年書いたとばっかり思ってたんだけども。。。

まあ、未だに時々巷に流れているし、恐らく知っている方も多いであろうこの曲を「小ヒット」なんて呼ぶのもちょっとおこがましいけど、ま、ヒットチャート上の記録では、オリコンでベストテン入り出来なかったし、売り上げも15万枚弱と、お世辞にも大ヒットとは呼べない状況なんでね。
そそそ、俗に言う「スマッシュ・ヒット」ってやつですね。

まあ、この曲がリリースから38年経った今でも、巷に流れ、知っている方も多いっていうのは、やっぱ「コロッケ」の「ものまね」によるところが大きいよな。 それに最近じゃ高橋真麻も歌ってるからな。
 
wikipediaによると、コロッケのものまねがあまりに強烈なんで、本人がこの曲を歌うと失笑が飛ぶってことで、一時期この曲を封印していた事もあったけど、でも、コロッケや高橋真麻の影響もあって、最近では本人もまた歌うようになって喜ばしい事ではあるよね。

作詞は阿久悠、作曲は筒美京平・・・っちゅう70年代の黄金コンビは、岩崎宏美さんでは前年の「想い出の樹の下で」以来6作振りってことなんだけど、そうか、そんなに離れてたんだ。
 作詞の阿久悠氏は、その間も岩崎宏美さんへの詞の提供をしていたけど、筒美京平氏がずっと離れてたんだよね。

・・・そんな岩崎宏美さんへの黄金コンビ復活と言う事もあってか、曲調も初期のディスコサウンドが復活。
まあ、初期の「ロマンス」あたりは、ディスコと言っても当時流行だったフィラデルフィアサウンドの匂いが強く、ディスコというよりもソウルっぽいテイストだったんたけども、この曲は「正調」なディスコでしたよね。

まあ、当時は「サタデーナイトフィーバー」を軸とした超ディスコブームな時代。猫も杓子もディスコでフィーバってる時代でしたからねぇ。
 流行り物を下敷きにするのがウマい筒美氏としたら、当然の路線だったろうな。 しかも、この曲はディスコに若干ロックテイストもプラスして、全体的に激しさもあったしね。 その辺が今でも通じる所以なのかもしれないですね。

ちなみに、下敷きにした曲は、Donna Summer 「Once Upon A Time 」・・・ということで。。。
↓コレ


なるほど、モノの本で言われているようにイントロやリフは、この曲からいただいているようですねぇ。。。
似てる。。。

筒美氏ってドナ・サマー好きなんだよね。後年、80年代に入ってから、河合奈保子さんの「UNバランス」もドナ・サマーの「情熱物語」だったもんね。

プラス 間奏とCメロの ♪ワタシは一人爪など切りながら〜♪ の部分がVillage Peopleの「San Francisco」

↓コレ


この2曲が下敷きになってるんですよね。
ふむふむ、筒美京平氏の場合、大体は下敷きになってる曲が存在するんで、それらを発掘しながら聴くのも面白いんだよな。

ま、いずれにしても当時のディスコですよ。

いつも岩崎宏美さんとディスコって、今一つ結びつかないなぁ・・・なんても思うんだけど、そう言うところを微塵も見せず、躊躇なくディスコサウンドを提供した筒美氏って、一体、岩崎宏美さんのどういうところを見てたんでしょうねぇ。

岩崎宏美さんというと、「すみれ色の涙」とかどうしても「日本的」な匂いが先に立つもんなんだけどなぁ。

その辺が普通のヒトとは見るところが違うんでしょうね、筒美氏は。



えー、冒頭に久米さんと黒柳さんが映ってるんで「ベストテン」のようにも感じるけど、「レコード大賞」ですね。
そそそ、1978年のレコード大賞は、ベストテンの成功もあって、久米さんと黒柳さんの司会だったんだよね。

ところで、Aメロの ♪シンデレラハネムーン〜 ♪の部分のヘンチクリンな振りは、いつからやってたんでしょうねぇ。この曲リリースした頃は、こんなヘンチクリンな振りは無かったような気がするんだけどなぁ。
でも、レコード大賞の時にやってるんだから最初から振りはあったんですかねぇ。。。

このヘンチクリンな振りを見る度、何か曲とあってねぇな・・なんて違和感を感じるワタシデス。。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村
記事検索
livedoor プロフィール

かじやん

QRコード
QRコード