かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1976年

最後の一葉 / 太田裕美

1976_11_最後の一葉_太田裕美


今回の1曲セレクトは、「最後の一葉」太田裕美です。

まずはデータです。

・タイトル     最後の一葉
・アーティスト   太田裕美
・作詞       松本隆
・作曲       筒美京平
・編曲       萩田光雄
・リリース日   1976年9月21日
・発売元     CBSソニー
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  30.6万枚
・THE HITCHARTHOT30最高位 5位
・ベストテンランクイン期間:1976年10月11日〜11月15日付

つい1ヶ月くらい前まで、「暑い〜」なんて騒いでいたように思うけど、いつの間にか季節は「冬」支度ですわな。
ウチも朝晩は「ストーブ」が欠かせくなっちゃいましたわ。 ・・・ってか、今もストーブ、ガンガン効かせた部屋でこれ、書いてるんだけど。。。

ふむ、個人的にはエアコンの暖房風がダメなんで、未だに「石油ストーブ」ですわ。 石油ストーブのちょっと灯油臭い独特の温もりがいいんだよね。 ストーブの上にやかんのせれば乾燥はバッチリ防げるし。腹減ったらモチ焼けるし、やっぱストーブは冬の万能の暖房アイテムなのです。
まあ、最近は灯油代が高いのが痛いけど・・・・。

で、こんなストーブの季節になると、やっぱ「晩秋」なイメージの曲が聴きたくなるよなぁ。 今回は、そんな晩秋な1曲を一つ。

太田裕美「最後の一葉」。

秋は「別れ」の季節。 誰が言ったか分からないけど、そういうシミジミとした季節な訳です。特に冬まぎわの、「晩秋」ともなると、一段とシミジミとした気分になるものです。

最近・・というか、特に2000年代以降は、曲に「季節感」なんぞ、とんと無くなっちゃったけど、昔は、この時期、特に10月、11月ともなると、そんなシミジミとした別れの曲・・・、まあ、端的に言えば「失恋ソング」ですわな・・・、そんな曲、多かったよなぁ。

そんな失恋ソングを聴いて、よよよよ・・・と泣き崩れる方も多かったんでしょうか。

今回のこの曲も、タイトルからして、そんな分かれを予感させるということは、すぐにお分かりになると思いますが・・。
・・・というか、この曲はO・ヘンリーの「最後の一葉」をモチーフにされた・・っていうのは、よく知られた事実ですわね。

失恋というよりも、この詞の主人公の女性は病気なんでしょうね。
もうすぐ、死にゆく運命の自分、そんな自分であるとは別れた方が彼氏にとっては幸せなんじゃないか と思い悩む自分。

そして、冬、そんな自分に生きる勇気をくれた、林檎の木の枝葉も、最後の一枚になりました・・。

そんな悲しい内容を訥々と歌い上げる太田裕美さん、渾身の1曲・・・と言えるんじゃないのかなぁ・・この曲は。

なんて、如何にもヒット当時、この曲に入れ込んだように書いてるワタシなんですが・・・。

実は、ヒット当時は、まったくこの曲の存在すら知らなかったんだよね。

・・・と言うように、今となっては殆ど、埋もれてしまっている太田裕美さんの1曲じゃないのかなぁ。

いや、その前の2曲の存在感が、あまりにも大きいんだよね、1976年の太田裕美さんは。

なんせ、2曲前が太田裕美さんの「代名詞」と言うべき存在の「木綿のハンカチーフ」であり、次が「赤いハイヒール」ですからねぇ。  それを受けてのこの曲。

曲調としても、ポップな1曲ではない、ミディアムバラード。 どうしても存在感的としては、前2曲には勝てなかったわけです。

それは、チャートアクションにも如実に出て、前2曲がオリコンで連続最高2位だったのに、この曲では5位止まり。 売り上げも前曲「赤いハイヒール」の48.7万枚から、この曲では30.6万枚に落ちてしまっている。

30万枚売れれば大ヒットと言われた時代、それでも30万枚オーバーとしているということは、当時の太田裕美さんの人気を証明している訳なんだけども、チャートアクション的にはベストテン内には1カ月ほどしか留まれなかったし、だから、売り上げも急激に落ちたしね。

その辺りの最大の理由としては、この曲の存在感って言うのが大きかったんだろうね。


ちなみに、この曲は1976年9月リリース。 当時の感覚から言えばリリース時期として、ある意味「賞取り」用の曲とも言えたんですよね。 例えば、秀樹のこの年1976年の賞レース用の曲は、やっぱり9月リリースの「若き獅子たち」であったように。

そういう風潮もあって、太田裕美さんも、この年の賞取りレースは、この「最後の一葉」で行くものと思っていたらしい。 まあ、「木綿のハンカチーフ」は確かにヒットは76年だけど、リリースは前年の75年暮れって事もあり、「木綿〜」は前年の曲・・・って言う意識もあったようで・・・。

なので、どうも、今一つ76年の賞取りレースのノミネート曲も、紅白も「木綿のハンカチーフ」であることに納得がいかなかったらしく、だから、せめてもの反抗として、衣装は、この「最後の一葉」の衣装で出演したようですね。


たださ、あくまで、楽曲としての存在感の話であって、だから「駄作」であるのかと言うと、そうじゃない。

楽曲的には、デビュー曲の「雨だれ」の続編のようなイメージですね。 ショパンのエチュードを彷彿させるような美しくソフトなメロディラインとピアノ。

レコードでは、羽田健太郎氏が弾いていたようだけど、テレビでは、太田裕美さん自身が弾いてましたよね。
でも、「雨だれ」はそうでもなかったようでずか、この「最後の一葉」のピアノは相当難しかったらしく、かなり練習したとか。

・・・というか、本来がギターが本職で、ピアノを弾いた事が無かった萩田氏が、このピアノアレンジをしたっていうのが、スゴイんだけど。。。

でさ、アイドル曲の変遷を年代を下って聴いてると、この辺り(1975後半〜1976年)を境にサウンドが変わって行く事に気がつくんだよね。

なんていうのかなぁ、歌詞で言えば七五調の脱却、メロディラインでいえば四七調の脱却ってやつですよね。
いわい。それまでの「歌謡曲」臭からの脱却っていうのかなぁ。

より洋楽的・・とくに70年代中盤あたりは、ヨーロッパ系の匂いですよね、それにより近くなってきたような印象が強い。 特にサウンド面・・・実際の音質だよね、それはこの頃が劇的に変わったような印象が強いなぁ。

まあ、実際の録音面で、それまでの8チャンネルから16チャンネル、さらに24チャンネルへ・・・と日々進化して行ったのも大きいだろうけど。

特に、この「最後の一葉」あたりを聴くと、そんな印象があるなぁ。

もっともCBSソニーは、それ以前から音質面は、他のいわいる「老舗」メーカーに比べると良かったけど。。


それにしても、このピアノっていうアイテムは太田裕美さんの存在をワンランクグレードアップさせていたよなぁ。当時、ピアノを弾きながら歌う・・っちゅう、いわいるシンガーソングライタータイプの「アイドル」って居なかったから。

いや、正直、アイドルって言う範疇に入れてもいいんだろうか・・・なんて悩むんだよね。 かといってシンガーソングライターって言う訳じゃ無いしさ。

いずれにしても、ピアノが弾ける、清楚でかわいらしいお姉さんタイプの太田裕美さんって好きだったんだよなぁ、ワタシ。

キャンディーズも好きだったし・・。  

うーむ当時はナベプロ派だった・・・って言えるかもしれないな。


蛇足だけど、萩田氏は太田裕美さんをモチーフに、後年、南野陽子さんのアレンジを施したんじゃ無いのかなぁ。
その辺、自身の著書「ヒット曲の料理人」には記されていないけど、ヨーロッパ系の清楚なお嬢様タイプの曲調は、太田裕美さんの、この「最後の一葉」や「雨だれ」あたりが下敷きになってるんじゃないかな・・・なんて思えますねぇ。
特に、ナンノさんの「秋のIndication」とか「秋からもそばにいて」辺りを聴いてるとさ。。




この動画の番組、TBSの「トップスターショー〜歌ある限り〜」じゃ無いのかなぁ。
あの「ザ・ベストテン」の前番組。 ベストテンと同じく、木曜21時〜21時55分で放送してた。

いつも思うんだけど、よくVTR残してた方いらっしゃいますよねぇ。 1976年当時、もちろん、既に家庭用ビデオデッキはあったけど、ビデオテープはかなり高価だったはず。 よく取ってた方がいらっしゃるなぁ。普通は、上から被せちゃって残ってないですよ。
ホント、残してた方に感謝



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ねぇ!気がついてよ / 桜田淳子

1976_09_ねぇ!気がついてよ_桜田淳子


今回の1曲セレクトは、「ねぇ!気がついてよ 」桜田淳子です。

まずはデータです。

・タイトル     ねぇ!気がついてよ
・アーティスト   桜田淳子
・作詞       阿久悠
・作曲       大野克夫
・編曲       大野克夫
・リリース日    1976年8月25日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   28.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1976年9月6日〜10月25日付


久々に3日連荘の1曲セレクトです。
こんな書き方すると、なんか偶然に3日連続で書いてるような感じもするけど、結構、計画的だったりしてね。
そそそ、ちょっと前から、今回の3連休は3日連続で書こうか・・・なんて思ってたんだよね。
ま、最近、書く曲数も少なくなってきてるからなぁ。 休みの日くらいは書きたいしね。

ただ、昨日の石川秀美さん、その前の安室奈美恵さんは、この日にこの曲を書こうとは考えてなかったんだけどね。その日その日の雰囲気ですね。 まあ何でも「計画的」に・・・っていうのはニガテなんでね、子供の頃から。

よく、夏休みの宿題は、夏休み最終日にやる・・・っていうヒトいるじゃん。 あれ典型的だったからさ、ワタシ。
毎日日記をつける事・・っていう宿題なんて、8月20日にまとめて1ヶ月分書いてたもん。 
そそそ、小学校まで福島のいわきだったんだけども、夏休みは8月20日までだったんだよな当時は。関東よりも10日ほど短かったんだよ。

小学校4年の時なんて、もう絶対に終わんない・・・って、最後は開き直って宿題やんなかったりしてさ。
今日1日苦しむより、明日、学校で怒られて廊下に立たされた方が良いや・・・とか。 
変な性格なのよ。

兎に角、行き当たりばったりな性格なんだわ。 計画的にやんなくても人生なんとかなるさ〜な精神っちゅうの 
「アリとキリギリス」だったら、完璧な「キリギリス」な性格ってやつでさ。

これは未だに変わらない。 仕事でも計画的に進めるのが超苦手。 サラリーマンにゃ向いて無い性格ですね。


あー、話が脱線した〜。

でね、今回の桜田淳子さんの「ねぇ!気がついてよ」だけは、前々から書こうと思ってたんだよね。

この曲は、今から42年前、1976年のちょうど、今頃のヒット曲ですわ。

42年前  ワタシゃ7才、小学1年生。 

当然、リアルタイムでは聴いて無い。 っちゅうか、ヒット曲の世界に足を踏み入れてない頃だな。

でも意外な事に洋楽は聴いてたんだよなぁ、この頃。 ここでは何回も書いてるように、ポールモーリアに傾倒してたマセガキだったからさぁ。
オヤジの車のカーステがまだ「8トラック」の頃ですね。ポールモーリアの「グレイテストヒッツ」と、この当時の洋楽ヒットのテープがいつも積んであってさ。 当時、オヤジが仕事終わりに車で行きつけの喫茶店へ毎日のように通ってんだけど、いつも「やべ(行こう)」って連れてかれては、8トラテープを聴いてたからさあ。

この当時、ワタシが邦楽ヒットを聴いて無かったのも、オヤジの影響なんだろうな。兎に角、歌謡曲がキライなヒトだったからさ。テレビもウタ番組になると、チャンネル変えちゃうような。

ぢゃ、そんな頃のこの曲をなんで知ってるの?

まあ、自分がヒット曲にのめりこんだ後付っちゃ、後付なんだけどもね。 結構意外なところから知ったんだよな。

マイナーチューニング・バンドの「ソウルこれっきりですか」

これ知ってるヒトいる? ってか、40万枚以上の大ヒットになったから、当時のヒット曲を聴いてた方なら大抵覚えてますよね。

↓ これ

  
これ1976年のヒット曲をメドレーでつないだだけの曲なんだよね。 もちろん歌ってるのはそれぞれのオリジナルじゃないんだけどさ。
この中に、桜田淳子さんの「ねぇ!気がついてよ」も含まれているんだよね。
じつは、これで知ったんだよな。大学生の頃だったと思うけど。

「ねぇ!気がついてよ」って言うタイトルは、それ以前からオリコンの「チャートブック」で知ってたし、その前に自分で当時のランキングも作ってたから、桜田淳子さんの曲って事も知ってた。

でも、実際にメロディラインを聴いてみると、「ソウルこれっきりですか」で使われてるサビのメロディが、めっちゃキャッチーだったんでさ、全部聴いてみたい・・・っちゅうことで、音源を手に入れたんだよ。

たださ、実際にオリジナルの桜田淳子さんを聴いてみると、ちょっと印象が違ったんだよなぁ。

確かに、サビの部分は、初聴でも思わず刺さっちゃうようなキャッチーなんだけどさ。 続く、Aメロ、Bメロは、今一つ退屈なんだよなぁ。

そそそ、この曲は、メロディの始まりがいきなりサビっていう、いわいる「前サビ」なメロディ構成なんだよ。

だから、イントロににつづいて、ついつい食いついちゃったりするんだけど、その後が続かない・・っていうかさ、キャッチーのサビと、そのあとのAメロ、Bメロが上手く結び付かないんだよな。 

とりあえず、AメロとBメロをつけました・・・っていう感じもしたりしてさ。

あれ? これって、いつかも全く同じ事を書いた事があるな・・・。

そうそう、斉藤哲夫氏の「いまのキミはピカピカに光って」だわ。 あの曲も、例のCMで使われているサビがまずあって、その後にBメロが続くんだけど、CM部分のサビは超キャッチーだけど、Bメロになると途端にツマンなくなるんだよね。

結局は、CMありきの曲で、その後はむりくりつけ足したメロディって、あの時は書いたんだけども、それと同じような印象をこの曲でも感じたなぁ。

いや、この当時の曲って、意外とこういう感じの曲が多いような気がする。 サビはめっちゃキャッチーなんだけども、Aメロ、Bメロになるとツマン無くなっちゃうような曲。

この当時のヒット曲のフォーマットといっちゃえば、それまでなんだろうけど、その点が、80年代ポップスと大きな違いなんだよね、70年代ポップスの曲って。 なんて言うのかなぁ、1曲のうちの印象の落差があるっちゅうのかなぁ。

ちなみに、この曲、作詞 阿久悠氏 作曲 大野克夫氏 ・・・っちゅう、当時の沢田研二氏な面々なんだよね。




やっぱ、桜田淳子さんは、「メジャー」系の明るい曲に限りますわな。
陽の淳子と陰の百恵。 この曲の頃もそんな構図が浮き彫りになったんじゃないかなぁ。 
桜田淳子さんがこの曲を歌っているウラで、百恵さんは「横須賀ストーリー」でしたからねぇ。

ただ、メジャー系の曲は、裏返せば「コドモ」っぽくも聴こえる訳で、百恵さんが「菩薩」としてこの後、大スターの道を突き進むことになるわけだけど、淳子さんは頭打ち状態になっちゃいましたからね。
この曲ではオリコン2位まで行ったけど、これが最後のオリコン2位だったんだよね。 ここからは人気も下降線気味になって行く訳なんですわ。



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わかって下さい / 因幡晃

  1976_07_わかって下さい_因幡晃


今回の1曲セレクトは、「わかって下さい」因幡晃です。

まずはデータです。

・タイトル      わかって下さい
・アーティスト    因幡晃
・作詞         因幡晃
・作曲         因幡晃
・編曲         クニ河内
・リリース日    1976年2月5日
・発売元       ディスコメイト
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   65.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1976年4月5日〜8月2日付

ちょっと前まではロングヒットが出ない出ない・・・もう、そう言うヒットは永遠に出ないんじゃないか・・・なんて感じていたヒットチャートだけど、昨年あたりから、また昔ながらのロングヒットっていうのが、ぽつぽつと見られるようになってきましたわな。
まあ今年・・・というか、昨年後半からだけど、件の星野源「恋」が、異例のロングヒットを記録したりしたしな。

チャートマニアとしても面白くなってきましたわ。チャートアクションを見るにしても。

昔は・・というと、それこそロングヒットの宝庫だったわけで・・・。というか、チャートの上位に来る曲っていうのは、そう言う曲が多かったんだよね。 今と比べ物にならないくらい、1ランクの重みって言うのは違ったからさあ。

まあ、そう言うロングヒットっていうのは、今でも記憶に残ってている曲って言うのが多いんだけど、中には、「そうだったっけなぁ〜」と思える意外な曲がロングヒットだったこともあるんだよね。

今回はそんな曲をセレクトしてきましたぞ。

因幡晃 「わかって下さい」。

いやいや、個人的に言えばやっと持ってこれましたわ。この曲。 前々から書こう書こうと思ってなかなかこっぱってこれなかった曲。 まあ、なんとなしに通り過ぎてきたって事もあるし、書こうと思ってなかなか腰が上がらなかったこともあるし・・・。 

サウンドを語る前に兎に角、この曲で印象的だったのは、チャートアクションなんだよね。 トータルなレコード売り上げ、大ヒットにはなっているものの、それほど派手な売り上げがあった訳じゃない。
 でも、76年の自分のランキングを作っている時、その地味ながらも、めちゃくちゃ粘りのあるチャートアクションは驚きだったんだよな。落ちそうで落ちない。
まるで、昨年から今年にかけての星野源「恋」と似たようなチャートアクションだったのよ。 結局ベストテン内には丸4ヶ月チャートインしてたしな。

だからね、リリース日こそ冬なんだけども、夏になっていた今頃でも、まだベストテン内に留まっていたからねぇ。

冬の曲が、夏にまだヒットしているって言うのも結構異例だったし、 実際、夏に聴く冬の曲っていうのも、かなり違和感を感じたりするんだけどさ。


個人的にはね、この曲好きなんですよ。 

1976年の冬の日にリリースされたこの曲は、リリース時期からも分かるように、もろ冬枯れした重い曲。 それでもメロディアスな曲調は如何にも、ポプコン出身だよな・・一聴してわかる。 そして一度聴いたら耳から離れない。

そこからして個人的に好きな世界なんだけどさ。

なかなか書けなかったっていうのは、楽曲自体は好きなんだけども、肝心の音源を持っていなかったって言うところが大きかったかもしれない。

もちろん、この曲がヒットした76年って言う頃は、個人的にはまだヒット曲の世界に足を踏みいれてなかったわけで、だからリアルタイムで聴いては無かった・・・と思うんだけどねぇ。。。

この曲を意識的に聴いたのは、ヒットしてから随分経ってからだと思う。 たしか「ノエビア」化粧品のCMかなんかで使われましたよね。
その時聴いた印象が、かなり衝撃的だったんだよなぁ。一体誰の曲なんだろう? なんてすぐに思いーの、探し始めたのがきっかけだったと思う。

ただね、その時聴いた時も、すぐに時代は感じましたけどね。 これは、70年代の曲だってことが・・・・。

不思議なもんで、それぞれの曲には匂いがある訳なんだよね。各時代時代の匂いって奴が・・・・。

この曲からもやっぱり76年当時の匂いが感じるのよ。 初めて聴くのにあの頃の絵が浮かんでくる。 まあ、いつも書いてる表現だけど、だから音楽って不思議なんだよね。 永遠のノスタルジーなんだよね。だから音楽からは離れられないんだろうなぁ。

兎に角、個人的に言うと、この時代の「音」っていうのが強烈に懐かしいんだよな。 まだヒット曲をちゃんと聴いてなかったのにさ。 とはいえ、テレビから、そして、オヤジの車のカーステからたえず音楽は流れてたからさあ、無意識のうちに体に取り込まれていただろうな。 音と一緒に当時の空気感とかさあ。 

だからね、この当時の「音」を聴くと、無性に懐かしさを感じたりするんだろうなぁ。


ところでさ、この曲は、↑でも書いてるように、兎も角、冬枯れ色の重たい1曲だけど、イントロがめちゃくちゃ印象的なんだよな。
 荘厳なパイプオルガンで始まるイントロはまるでレクイエムを思わせるんですよ。個人的にはこういうドラマティックなサウンドって大好きだしさ。
 
まずもって絵が浮かんでくるんだよね。重苦しい灰色の世界観に、一筋の光がさしているような絵が浮かんでくる。そう、単なる音楽って言う枠じゃないんだよね。とても映像的であり 視覚的。 さこがこの曲の良さだと思うんだよな。

ちなみに、この年はパイプオルガンをフィーチャーしたドラマティックなイントロの曲がもう1曲ある。 そそそ、ユーミンの「翳りゆく部屋」ですわな。 あの曲も同じように映像的な曲だしね。

そう言う曲たちが同じ時期にヒットしてたっていうのところが、もしかしたら76年のヒット曲の特徴だったかもしれない。

いずれにしても、日本の音楽の進歩を感じたりする1年ではあったんだよな。




件のニューミュージック・スペシャルの時の映像だと思うんだけど、個人的に、この曲と言うと、この時の映像が浮かんでくるんだよな。
まあ、今聴くとギターのチューニングが気になったりするけどさ。。

ちなみに、こっちの動画は音がめちゃくちゃいいです。

https://www.youtube.com/watch?v=XPBtH1szqoo


最近でも、ステージでこの曲を歌い続けている因幡氏だけど、昨今ではすっかり歌い方を崩しちゃってて、ヒット当時の面影が薄くなっちゃいましたね。
 やっぱ、この当時のオリジナルの歌い方が一番、心に刺さりますな、この曲は。



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きみ可愛いね / 伊藤咲子

  1976_05_きみ可愛いね_伊藤咲子


今回の1曲セレクトは、「きみ可愛いね」伊藤咲子です。

まずはデータですよん。

・タイトル    きみ可愛いね
・アーティスト  伊藤咲子
・作詞      阿久悠
・作曲      三木たかし
・編曲      三木たかし
・リリース日   1976年3月5日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 9位
・売上げ枚数  21.2万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1976年4月19日〜5月10日付

曲のパクリ・・・・というと、どうもマイナスなイメージが付きまとう訳だけどさ。それは、やっぱり、ヒトのフンドシをチョロまかすズルさって言うのを感じるからなんでしょうかねぇ。
 その前に少し事務的な方には「著作権ドロボー」云々っていうのも思い浮かぶ方もいらっしゃるでしょう。
いずれにしてもオリジナル性が感じられないわけでマイナスなイメージが出てきちゃうんでしょうかねぇ。

まあ、そんな「パクリ」⇒マイナスなイメージが付きまとっていたのも今となっては「過去」の話になりつつあるのかなぁ。最近では「サンプリング」って言う手法も「普通」になり、昔の曲からバンバン、パクって、うんにゃサンプリングしてる曲も珍しくないもんね。

・・・・なんていつものごとく突如、訳分かんない「マクラ」を書いてたりするワタシなんですが・・・

なんで、今回セレクトしてきた、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」と曲のパクリが関係するねん・・・とお思いの方もいらっしゃるかなぁ。

でも、「ハハン」とピンと来た方は、結構ネット上の「噂」話を読んでますよね。

そそそ、伊藤咲子「きみ可愛いね」ってググると、ZIGGY「GLORIA」に結構引っかかるんだよね。

なぜに? 

答えは簡単、ZIGGY「GLORIA」のパクリ疑惑がネット上で結構な噂になってたからで

まあ、これについては、以前、当のZIGGY「GROLIA」を書いた時にも言及した・・・・ぷぷぷしてなかったwwww

うむ、仕切り直し。。。。

えーとね、そそそ、ZIGGYの「GLORIA」のAメロと、今回セレクトした伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」のAメロが瓜二つ・・・・っつか「全く同じ」なんだよね。

それでパクリだ・・・・と密かに騒がれていた訳でさ。

ちなみにZIGGY「GLORIA」 ↓ コレ




まあ、意図してこうなった訳・・なんて無いと思うけどね。。。 それとも作詞作曲者の森重氏は、その昔、伊藤咲子さんのファンだったのかしら。。。 とか思ったりもして。。。。

ちなみに、最近だと、これに加えて、NMB48の「らしくもない」のAメロが「GLORIA」のAメロと似てるっつうことでパクリ疑惑がネットで騒がれてたりして。。。
「GLORIA」のAメロに似てるってことは、伊藤咲子さんの「きみ可愛いね」にも似てる・・・っつうことですわな。。

↓ コレ



ウ〜ン、似てるかコレ? ビミョウ。。。。


・・・・ということで、前置きが超長くなった。。。本題。

正直言うとね、個人的には最近までこの曲、知らなかったのよ、ワタシ。
何分、自分でランキングを作っている訳で、1976年のチャートも作ったんで、当然、曲タイトル自体は知ってたし、気にはなってたんだけど、曲自体は長年聴いたこと無かったんだよな。。。

当時、ワタシは6才〜7才。 1976年(昭和51年)と言えば小学校に入学した頃ですわ。
まだ、ヒット曲の世界には足を踏み入れてなかったからなぁ。。。

なんでね、今回、これ書くんで改めて曲を聴いてみた。

今はググるとようつべの動画が出てくるんで便利な世の中になったわな。

なるほど・・・確かに、AメロはZIGGY「GLORIA」と全く同じだわ。。。   と、いうか、この曲の方が「GLORIA」より13年も前になるわけだから、こっちがオリジナルって訳になるのだが。。。。

ちなみに、この曲、この年1976年の暮れにリリースされた、マイナーチューニングバンドっちゅう「覆面」ソウルバンドの「ソウルこれっきりですか」に取り上げられているんでね。

そそそ、キメのコトバの ♪ きみかわいいね〜 ♪ って部分。

マイナーチューニングバンドの「ソウルこれっきりですか」は音源持ってるんでさ、だから、ここの部分だけは知ってたのよ、ワタシ。

で、その部分だけを聴いて、膨らませていた曲想とはちょっと違っていたな。 もうちょっとね、アイドルアイドルしているのかと思ってた。

・・けど、思ったよりもソフトな曲調なんだよな、全体的に。 

それ以前に、メロディライン、サウンドともに古いんだよね。 アイドルポップスというよりは、正統派な歌謡曲に近い・・・というかさ。

70年代って、日本の音楽の「高度成長期」だったわけよ。 うん、経済に10年遅れて・・・って感じの高度成長期。
サウンド、メロディライン・・・などなど日進月歩変わって行くって感じでさ。 だから、70年代初頭と末では、全く違う音楽に感じるんだよな。

そのもっとも大きな分岐点だったのが、75〜76年あたりで、この2年取ってみてもサウンドがだいぶ変わるのが分かるんだよね。この頃の曲を「通し」で聴いてみるとさ。

まあ、きっちりと線を引いたように変わる訳ではなく、曲によって、新しさを感じる曲、古さが残っている曲・・・とバラバラに変化して行っている訳だけど。。。

そういう時代の変化の中にあっては、この曲はどちらかと言えば、70年代でも「前半型」・・ということは、「古いほう」の70年代的な曲って感じなんだなあ。

例えば、♪ シャラランラン〜 ♪ っていうコーラスではじまるイントロにしたって、天地真理的だしさ。 それにつづくストリングス主体のサウンド、フルートのガイドメロディ・・・と全体的に古いんだよね、曲想が。

アイドルにしては「正当派」、ウタの上手さでは定評があった、伊藤咲子さんのボーカル自体が、当時としてもアナクロさを感じるようなところはあったのかもしれないけど。。。

そんじゃ、全体的に古さを感じる曲でした・・・で括ってしまっていいのかというと、完全には言いきれないんだよな。

うん、古さの中に新しさも感じる。 例えば、↑で書いた、 イントロのコーラスの部分のコード進行。Cで始まるのに、途中で転調したような動きを見せたり。 Aメロに入る前の ♪ Fu Fu Fu〜♪ っていうコーラスの響きがソウルっぽかったり、70年代前半にはなかった新しさも感じたりする。

それ以前に、ビート感だよね。16ビートなビートを刻み続けているベースライン、ギターカッティッング。 これは、70年代中盤〜後半っぽいよなあ。

・・ということは、いろんな要素を含んでいるんだよな、この曲。 この曲だけで、70年代前半から中盤までのサウンドを一気に聴けてしまう・・・というか。。。

なにより、このスピード感、温度感は、いかにも「春」から「初夏」を感じさせるんだよね。 今頃の季節にはピッタリの曲だと思うわ。




ところで、伊藤咲子さんといえば、70年代中盤のトップアイドルの一人・・・って言う認識で個人的には居たんだけどさ。
ヒットチャート的に見ると、意外と伸びてないんだよな。 今回セレクトしてきた「きみ可愛いね」が、オリコンでは2曲目のベストテン入り。
この曲の前にベストテン入りしたのが、1年ちょっと前にリリースされた「木枯らしの二人」。 この2曲だけなんですよ、ベストテンヒットっていうのは。

これはちょっと意外な結果なんだよな。 当時の状況をリアルタイムで経験してきた訳じゃないんで、何とも言い難いんだけどもトップアイドルというよりかは、どちらかと言えば「B級」に近かったような実績なんだよね、オリコンだけを見るとさ。


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北の宿から / 都はるみ

1976_12_北の宿から_都はるみ


今回の1曲セレクトは、「北の宿から」都はるみです。

まずはデータですね。

・タイトル    北の宿から
・アーティスト  都はるみ
・作詞      阿久悠
・作曲      小林亜星
・編曲      竹村次郎
・リリース日   1975年12月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 143.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1976年5月3日、5月24日〜1977年2月7日付

今年のレコード大賞も決定しましたね。西野カナさんということで。
まあ、顔ぶれからすると宇多田ヒカルかな・・・っていう線が一番強かったと思うんだけども、宇多田がアルバム大賞に選ばれてしまったんで、これは変化球で来るかな・・・と思ったらビンゴでしたね。

・・というか、今回の大賞候補のエントリーを見る限りではこれが妥当な線なんだろうな。

その前に、5日開かれていた有線大賞も西野カナだったんだよね。この事を知って、これはレコード大賞も西野カナかな・・・とは思ってたんだけどさ。
・・というのも、有線大賞を主催しているキャンシステムと、レコード大賞を放映しているTBSは「懇意」の仲ですからねぇ。 だから、ここんところずっとレコード大賞の「新人賞」って、キャンシステムのリクエストランキングで上位に来ているヒトたちばかりだし(今年も含めて)。 

 うん、新人賞ばかりでなく、大賞候補の10曲も大体がキャンシステムで強いヒト達ばっかなんだよね。
だからねぇ、レコード大賞なのか、有線大賞なのか、よく分かんない状態なのよ。

そこからすると、有線大賞をとった、西野カナが、レコード大賞も取るんじゃないか・・・とは思った訳なんだけどさ。


ところで、レコード大賞も今年で58回目ということで歴史が長くなりましたわな。
過去を振り返ると、やっぱり「栄光」と「権威」があったのは、70年代から80年代前半までって感じなのかなぁ。

まあ、変化球のレコード大賞っていうのは、何も今に始まった事ではなく、昔からそうなんだけどさ。
つまりは、レコード大賞と銘打ちながら、その年で「一番売れた」曲が、必ずしも大賞を取ると言う訳ではない事。

それでも、昔は大賞受賞曲は、それはそれで納得行ってたんだよな。 ・・・というのも、その年で一番売れた曲ではなくても、一番「ヒット」した曲であった事、または、それに準ずる曲であった事が多かったからなんだよね。

特に、「ザ・ベストテン」が幅を聴かせていた、1981年〜1984年までは、ザ・ベストテンの「年間1位」だった曲が、いずれもレコード大賞を受賞してたりするし。

つまりは、レコード大賞といいながら、実際は、「ヒット曲大賞」っていう意味合いが強かった時期があったんだよね。だから、見てたこちら側も、大賞曲に異論は感じなかったし。。。
(それ以前に、オリコンチャートは、まだ業界人向けの代物で、一般人が、どの曲が何枚売れてるかなんて、知ってるヒトの方が非常に少なかったのだが。。。)

そんな「権威」があった頃のレコード大賞だけど、その当時を含めて、今もそうだけど、大賞を取った時期と、ヒットのピークが重なった事・・・ つまり、レコード大賞を取った時期、まさに、ヒットの頂点だった曲って、少ないんだよなぁ。

今回は、そんな曲をピックアップ。 (あー、前置きが超長かった。。。。

都はるみ「北の宿から」。

なんだ演歌じゃん・・・・なんて言わないでね。

いや、書いてるこっちもそうだったんだけども、当時・・というか、ワタシが子供の頃は、演歌もまだ十分求心力があったし、ヒットチャートでも普通に上位にランクインしてたし、だから、普通にラジオでかかってたし・・・。
そう言う意味では、全然、違和感がなかったんだよな。

だから、演歌だから毛嫌いしてた事は無かったんだよな。 うん、この曲にしたって、普通に大ヒット曲っていう感覚で見てたし。。。 その辺は、もしかしたら、ワタシらよりも下の世代では、理解できない感覚かもしれないな。

なにせ80年代後半以降、演歌ってポップスから切り離されて、求心力を急速に失われて行ったからさ。

いずれにしても、この曲、1976年、第18回のレコード大賞、大賞受賞曲なんだけどもさ。この受賞か決まった頃、ヒットの「ピーク」だったんだよな。
ワタシのチャートでは、2位までしか行かなかったけど、オリコンでは、丁度1位を獲得してた頃だ。

リリースされたのは、前年の1975年12月だから、丁度1年越しで、ヒットのピークを迎えたことになる・・なんていう超ロングヒットだったんだよね。

Wikipediaにも書いてあるけどランクインしてから、44週かかって1位までたどり着いた・・・という。
ちょっと考えられないようなチャートアクションを展開した曲なんだよね。

リリースしたのが「冬」でしょ。 まあ、曲の内容とは完全にシンクロした時期のリリースではあったんだけども、何分、ただでさえ演歌ってチャートアクションが遅いからさ。 
 チャートアップしてきたころには、既に夏に差し掛かってきた頃なんだよね。

そんな夏場に「冬」の曲を聴かされてもなぁ、ピンとこないのは当然な訳で、そこで暫く足踏みしてしまう。 

ただ、この曲が凄いのは、そんな足踏みした状態でも、決してランクダウンの傾向を見せなかった事。
これはね、脅威的なことなんだよね。

なぜ、曲内容と季節感が相反していた、ぱっと見、厳しい時期に、ランクダウンしなかったのか? ・・・というのは、正直、当時、まだヒット曲の世界に足を踏み入れておらず、リアルタイムにヒット現象を感じていた訳ではないんで、よく分かんないんだけどね。それだけ、この曲が一般性を持った曲だったんだろうな。

で、秋が過ぎ、冬の足音が近づく頃、一気にチャートの頂点に駆け上がる。 うん、まだ再び、曲内容と季節がシンクロした訳なんだよね。

そこに、レコード大賞受賞が重なった・・・って訳なんだよね。 まさにドラマティックな展開での受賞・・・・そんな印象が、この曲では強いんだよな。

この1976年っていうのは、ヒットチャート史上特異な年で・・・。というのも、「およげ!たいやきくん」が450万枚なんて空前絶後な売り上げを記録したり、洋楽のダニエル・ブーン「ビューティ・フルサンデー」が15週連続で1位とったりね。

だから、そう言う意味では、本来の「売り上げベース」で考えると、この曲がレコード大賞をとるのはまずあり得ない状態だった訳なんだけども。。。

それでも、大賞を取ったということは、大賞を取るまでのヒットの過程が認められたって事なんだよね。
うん、派手に売れなくとも、地道にチャートの上位で粘りに粘っていれば、それだけ曲が一般に浸透していく、つまりは「ヒット」して行くって事なんだよね。 その典型的な例がこの曲だったってわけなのよ。

「売れた曲」と「ヒットした曲」は違うと言われるのは、ココの部分なんだよね。その曲がどれだけ一般的に「浸透」
していっているのか否か。

ワタシのチャートで、連続してベストテン内にランクインしてた期間は1976年5月24日〜翌年1977年2月7日までの37週間。
 これは、あれから40年経ったいまでも破られていない、1曲での連続ベストテン入り記録なんだけどさ。

でも、大部分は5位以下なんだよね。つまりは、チャート上位で派手に売れてた期間は少ないって事。 地道に売れてた曲なんですよ。 その間に、幅広く「大衆」の浸透して行って支持されてた曲って訳なんだよな。


ちなみに、レコード大賞受賞した時期が、その曲のヒットのピークと重なった曲って、この曲だけかと思ったけど、よくよく考えてみると、もう1曲あったんだよね。

第14回大賞受賞の、ちあきなおみ「喝采」。これが、大賞受賞と、ヒットのピークが重なってたんですよ。
無論、以前「喝采」をココで書いた時にも言及したんだけども、丁度、宮史郎とぴんからトリオの「女のみち」が16週連続1位なんてとんでもない記録を作ってた時期とパッティングして、11週連続2位なんて記録をひた走っていた途中の時期ですわ。

この2曲だけなんじゃないかなぁ。 大賞受賞とヒットのピークが重なった曲って。

無論、オリコンがスタートする前、1967年以前はよく分かんないですが。。。。


いずれにしても、記録にも記憶にも残る1曲であることは、間違いないんですよね。





それにしても、この曲と言ったら、ウチの死んだオフクロがよく歌ったんだよなぁ。
オフクロ、ずっとPTAの役員なんかやってたんで、家がPTAの溜まり場になってたりして、よく宴会やってたんだよ。
で、宴会が始まると、やっぱ、ウタでしょ。 当時はまだ、家庭用のカラオケもそれほど一般的じゃなかったんで、アカペラだよね。 よく、みんなでこの曲歌ってたんだよな。
 だから、この曲というと、あの頃、家で開いてた宴会を思い出すんだよな。

それと、また、手前味噌になっちゃうけど、ワタシのチャートで40年間君臨してた、オールタイムランキングの1位の座を、今年まさかSMAPの「世界に一つだけの花」に更新されるとはねぇ。。。
上で書いたように、ベストテン連続ランクイン記録を考えると、もう永遠に抜かれることは無いかも・・・と思ってたんだけどねぇ。
それだけSMAPの「世界に一つだけの花」って曲も凄いってことなんだよな。「記録にも記憶にも残る」ような曲と言う意味で。



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冷たい雨 / ハイ・ファイ・セット

1976_10_冷たい雨_ハイ・ファイ・セット


今回の1曲セレクトは、「冷たい雨」ハイ・ファイ・セットです。

まずはデータです。

・タイトル    冷たい雨
・アーティスト  ハイ・ファイ・セット
・作詞      荒井由実
・作曲      荒井由実
・編曲      松任谷正隆
・リリース日   1976年4月20日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 30位
・売上げ枚数  15.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 34位

土曜日も別途書いたんだけども、週末、ワタクシの不注意で、自サイトを置いてあるレンタルサーバーの契約が切れて、アクセス出来ないって事になっちゃったんだけどさ。
 まあ、すぐにサーバー屋に電話して、対応してもらったんで、アクセス不可も半日強で解消したんだけどもね。
ただ、すぐに対応するには、素早い代金振り込みと、振り込み完了の証明が必要・・ということでさ、通常平日なら振り込んだらすぐに振り込み確認が出来るものの、なにせ土曜日だったんでね、銀行ATMで振り込んで、振り込みの領収をファックスで送ってくれ・・・ということで。。。

雨の中街中を駆けずり回ってしまいましたわ。 土曜日は先週の暑さが嘘のように涼しくてさあ、まるでハイ・ファイ・セットの「冷たい雨」のごとく・・・。

そそそ、 ♪ 冷たい雨に打たれて 街をさまよったの〜 ♪  

・・・ってあれですわ。

そんな光景から、やっぱ、今回の1曲セレクトは、これしかないよな・・・

・・・っつうことで、 ハイ・ファイ・セット「冷たい雨」 

なんか、安直な考え・・と言う感じがしないでもないが。。。。

うん、丁度と言うかタイミングよく・・というか、今頃がこの曲のヒットのピークだったんだよね。
リリースは1976年(昭和51年)だから、今から丁度40年前ですわ。

当時、ワタシは7才。もちろん、まだヒット曲の世界には入ってきていない訳で、この曲をしったのも、実際に聴いたのも、かなり後になってからですけどね。

それでも不思議なもので、後年、初めて聴いた時も1976年の「匂い」が感じられたんだよなぁ。いつも書いてるように、そこが音楽の不思議なところでさ、音と時代性って、意外と一致するんだよね。
 まあ、1976年の匂いってどんな匂い・・・って言われると困っちゃうんだけどね。1976年のカラーっていうのかなぁ、個人的には、この年のイメージは、透明なんだよな。白っぽいっていうのかなぁ、はっきりとした鮮明な色ではなく、少し靄っているような・・・っていうイメージなんですよね。

そんなイメージと、この曲のイメージがシンクロするんだよなぁ。 そんな所から、後年、この曲を聴いた時、1976年っていうイメージがすぐ浮かんだんだと思う。

以前、大ヒット曲である「フィーリング」を書いた時に、元々、「赤い鳥」から分裂して、再編成した3人が「ハイ・ファイ・セット」・・・なんて書いたかもしれないけど、もともとはフォークグループの「赤い鳥」だったんだよね。
 そこから分裂して、ハイ・ファイ・セットは、フォークからポップス系のコーラスグループに変貌した・・と。

まあ、普通のポップス系コーラスグループなら、それまでも多くいただろうし、それほど注目されなかったんだろうけど、このヒト達の場合は、ハイソサエティーな匂いがしましたからねぇ。 そんな匂いが、丁度盛り上がってきた、ニューミュージックっていう新たなジャンルの音楽とマッチしたんだよね。

その最初が、この「冷たい雨」だった・・と。

まあ、この曲がデビュー曲という訳ではなく、これ以前にもユーミンの「卒業写真」をカバーしたりとユーミンに近いところで活動を始めて来ていたんだけども、初めてヒットチャート的なヒットになったのが、この「冷たい雨」だった訳なんだよね。

・・・と言っても、この曲もオリジナルではなく「カバー曲」なんだけども。。。

そそ、もともとオリジナルは、ばんばひろふみ氏が居た「バンバン」のあの大ヒット曲「いちご白書をもう一度」のB面だったんだよね。

うーむ、なんかイメージわかないけどな。。。。

ま、いずれにしても「いちご白書をもう一度」も、ユーミンの作詞作曲だったわけだしね。そのユーミン自身も、「冷たい雨」はセルフカバーしてるし、結局は、この曲もまだユーミン周辺の活動の一環から抜けていなかった訳なんだよね。

でもこの曲のヒットをきっかけに、独り立ち・・・って感じでしたねぇ、ハイ・ファイ・セットも。
この曲の次が、あの「フィーリング」。そそそモーリスアルバートのカバー。 そして、その曲を含むアルバム「ラブ・コレクション」が、オリコンアルバムチャートで1977年の年間1位・・・・と、人気もピークでしたよね。

いや、アルバムが1977年の年間1位だった・・・ってことは、意外と知られていないかもしれないけど。。。
1977年のヒット曲相・・というと、どうしても沢田研二、ピンク・レディー、山口百恵・・・って感じで、シングル重視になっちゃうかもしれないけどさ、実際的には、このヒトたちもそんな77年の顔だった事は知られていないかもしれないな。




ハイ・ファイ・セットの「冷たい雨」っていうと、今や、やっぱり、この動画になっちゃうんだろうな。
そそそ、当時、フジテレビで不定期に放送されていた「ニューミュージック・スペシャル」。
ここまでも何度も書いてきたけど、後年「19×× 僕たちのなつかしのメロディー」で使われてたVTRですね。
実際の所、ワタシもこの番組から、この曲を意識して頻繁に聴く様になったんだけどね。

中央が、紅一点、メインボーカルの山本潤子さん。右隣が旦那の故、山本俊彦氏 左隣が 大川茂氏。

この時のバックバンドも豪華で、キーボードが松任谷正隆氏、ギターが松原正樹氏。
まあ、この曲のアレンジャーが、松任谷氏なんで、キーボードが松任谷氏と言うのは分かるんだけども、ギターの松原氏は、この曲のリードギターが評価されて、超一流のスタジオミュージシャンへのステップを踏んだんですよね。
この曲が無かったら、後年の「カナダからの手紙」、松山千春「長い夜」、中森明菜「北ウィング」、まっち「愚か者」・・・などなど数々のヒット曲のギターワークも聴けなかっ訳ですね。
 そんな松原氏も、既に鬼籍に入られしまった訳で・・・。40年って言う月日は長いんだなぁ。


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河内のオッサンの唄 / ミス花子

1976_09_河内のオッサンの唄_ミス花子


今回の1曲セレクトは、「河内のオッサンの唄」ミス花子です。

まずはデータです。

・タイトル    河内のオッサンの唄
・アーティスト  ミス花子
・作詞      ミス花子
・作曲      ミス花子
・編曲      クレジットなし
・リリース日   1976年8月1日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 5位
・売上げ枚数  27.9万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 3位
・ベストテンランクイン期間:1976年8月23日〜10月18日付

世の中、「けったい」な曲って存在するんですよね。思わず「なんじゃ、コリャ」って言いたくなるような曲。
まあ、最近はほとんど絶滅しちゃいましたけど、「コミックソング」ですね。
その中でもひときわ「なんじゃコリャ」といいたくなる曲がある訳で

今回は、そんな曲を引っ張って来ましたわ

ミス花子「河内のオッサンの唄」

ハイハイ、この曲、知ってる方なら、「そうね、けったいな曲だよね」ってすぐに分かると思うけど、曲を知らない方でも「タイトル」を見ただけで雰囲気だけでも分かるでしょ

そうです、コテコテの「関西人」のおっちゃんの事を「河内弁」で歌った曲です

「関西弁」ちゃいまっせ〜 「河内弁」。 関西弁よりもより汚ったねぇコトバですわね。・・・・なんて書いたら、実際使ってらっしゃる方からクレーム来そうだな。。。 うむ関西弁の中でも「アク」が強いコトバですな。

そんな河内弁のオッサンの唄ですからねぇ、めちゃくちゃアクが強いんだわな。

リリースは、1976年8月。コロムビアから。 実はコロムビアからリリースされる前にテイチクからリリースされる予定だったのが、「品が無い」と会社の上訴部から一蹴され、やむなくコロムビアからリリースされたもの。

まあ、テイチクも、こんな「ケッタイ」な・・・・うにゃうにゃ、アクが強い曲が売れるわけがない・・・と思ったんでしょうなぁ。
それがふたを開けてみたら、約30万枚のヒットになっちゃう訳だから世の中分かんないもんなのよ。

もちろん、ヒット当時はワタシも知らなかったんだけどさ、この曲。 1976年8月って言ったら、ワタシゃ小学1年生だったからなぁ。まだ、ヒット曲の世界に入ってきていない訳で、知る由もなかったんだけど。。。。

でもね、自分でチャートを作るようになって、1976年のチャートを作っていた時から、めちゃくちゃ気になってたんだよな、この曲。

まあ、上で書いたように、タイトルからして一目で濃〜いコミックソングだよな・・・っいうのは想像出来たんだけどさ。
それから数年経ってからですね、この曲を実際に聴いたのは。

ちなみに、Wikipediaにもあるように、ダウンタウンのハマちゃんが、この曲大好きで、以前やってた「HEY HEY HEY」の第1回のゲストがミス花子さんだったっていうから、よっぽど好きだったんですねぇ。
 口悪く言えば、河内のオッサンそのものだもんな、ハマちゃんは。
まあ、尼崎出身のハマちゃんは、実際は河内弁じゃないわけで、歌詞に出てくるような「ワレ〜」なんてコトハじゃないけどさ。

個人的に聴いたのも、たしか「HEY HEY HEY」にミス花子さんが出演した頃ぢゃなかったかなぁ。。。

 想像以上のアクの強さでしたねぇ。 こういう「けったい」な曲なら、たとえヒット曲の世界に入ってなかったとはいえ、一度聴いたら、脳裏のどっかに残っていたもおかしくないんだけど、記憶にないってことは、当時ワタシが住んでた、福島では、それほどかかってなかったのかなぁ・・・・。

まあ、曲調的には、もろ1976年だよね・・・なんて一発で分かる70年代フォークロックちょうのフレーズに、アクのつよい河内弁のセリフが絡んでくるっていうスタイルですわな。


それにしても、最近はこういう「アク」の強い曲って、絶滅しちゃいましたね。まあ、コミックソング自体が絶滅だからなぁ。
 なぜか・・・って言えば、理由は簡単で、最初から「一発屋」と思える曲はリリースさえしてもらえなくなったからだわな。いわいる「利潤最優先」、「儲かんない音楽」売らないってやつですわ。

まあ、そういうしがらみが無くても、さいきんの若手のディレクターがそういう泥臭い音楽をどこまで拾えるか・・・っていうところにも関わって来るんだけどさ。
 なんせ、最近の「無菌状態」な音楽に慣れた世代だからなぁ。 こういう「野性味」ある、ばい菌がいっぱいいそうな音楽は、最初からオミットなんじゃないのかな。

でも、バイ菌がいそうだけだも、山の中の清流の水を飲んでみるとおいしい・・・のと同じで、こういう一見ドロ臭い音楽もちゃんと付き合えば面白さ倍増なんだけどね。

最近の音楽が面白くなくなったのは、こういう野性味あるドロ臭い曲、端から一発屋と分かる、ある意味「けったい」な曲がヒットチャートから消えたっていうのは、デカイだろうね。音楽の「幅」が無くなったんだよな。



ミス花子・・・っていうから、女のヒトじゃないんかいワレ〜 ・・・なんて言うヒトは・・・いないか
はい、関西のオッサンですわな。
途中、川谷拓三さんが出てくるけど、この曲がヒットしたことで、「河内のオッサンの唄」っていう映画が作られちゃったんだよね。 その主演が、川谷拓三氏だったわけで。。。 
音楽がヒットして映画化される・・・・時代ですなぁ。


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横須賀ストーリー / 山口百恵

1976_07_横須賀ストーリー_山口百恵


今回の1曲セレクトは、「横須賀ストーリー」山口百恵です。

まずはデータです。

・タイトル     横須賀ストーリー
・アーティスト   山口百恵
・作詞       阿木耀子
・作曲       宇崎竜童
・編曲       萩田光雄
・リリース日    1976年6月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 60.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1976年7月5日〜10月4日付

7月ですね。夏本番間近・・ってこともあるけど、のっけから蒸し暑い1日ですわ。週末って事もあるけど、「体力の限界」って感じですわ。
 ここ数年、クーラー何ぞつけたことないんだけど(電気代ケチケチ生活って言うのもある)、今日はちょっと無理。
クーラーをガンガンかけた部屋で書いておりまする。

さて、7月1発目の1曲セレクトは、百恵様で行きましょうかねぇ。

横須賀ストーリー。

うーむ、この曲もまだ書いたなかったんだな。 売り上げ的に言えば、山口百恵さん最大のヒットとなったこの曲ですね。
 そそそ、あの「いい日旅立ち」(売上げ53.6万枚)よりも、この曲の方が売上げは上なんだよね。

・・・・と言っても、60万枚強。

この売り上げ枚数を多いと見るか、「そんなもんなの}」と見るか・・・と言うところなんだけども、前から書いているように70年代アイドルの場合、売上げ50万枚というのが、一つの壁となっていて、50万枚以上売れた曲って言うのは、そんなに多くない。ましてや、60万枚強となると、さらに少ないんだよね。
 
 レコードの購買層の中心は、ティーンエイジャーというよりは、もう少し上の年齢と言う事もありーの、やっぱり時代は、まだ歌謡曲中心だったからね。

それから見ると、この曲は、百恵最大のヒットとしては相応しい売り上げだったんじゃないかな。

ま、売り上げ云々は別として、実際ベストテン内に3ヵ月間居座ったし、手前味噌で申し訳ないけど、ワタシのランクでは、8週連続1位でしたからねぇ。
そんな動きをみると、大ヒットだったって事は如実ですよねぇ。

でも、そんな大ヒットを出した、山口百恵さんですが、この曲にたどり着くまで、2年余りはそれほど突出した大ヒットは無かったんだよね。
まあ、・・とはいえ、平均30万枚近くの売上げは記録していた訳で、通常の「歌手」から見るとスーパースターだけどさ。

これと言った代表曲はなく、実際の所、百恵自身も悶々と過ごしていたらしいですね。

そんな中でのこの1曲。 百恵自身の意識も変えるほどのターニングポイントとなった曲だけど、そのウラでは、やっぱり、なんだかんだ言っても、阿木耀子、宇崎竜童夫妻の力が大きかったと言わざるを得ないだろうなぁ。
 
 そそそ、山口百恵と言えば、阿木耀子、宇崎竜童コンビの曲っていうのが、定番のように思えるけど、実際は、この曲からなんだよね。

宇崎氏曰く、この曲はシカケもなにも考えずに素直に作った・・と言う事なんだけども、そのシンプルさが返って良かったのかもしれない。 余計な全肉をそぎ落とした1曲・・というか、阿木さんのコトバ一つ一つが、ストレートに伝わって来ますよね。
それが、曲全体のインパクトに繋がってくる・・・というかね。兎に角曲全体がインパクトなんだよな。

もちろん、そこには、アレンジの萩田氏の力も忘れる訳には行かないんだけどさ。 うん、こちらに迫ってくるようなイントロはインパクトそのものだしなぁ。
それに続いて、 ♪ これっきり これっきり〜 ♪ っていう、一種変わった譜割りのメロディが続く訳で。

やっぱり、この曲の肝だよね、イントロからこのAメロの部分は。

いずれにしても、この曲から、阿木、宇崎コンビが、ラストの「さよならの向う側」まで続く訳で、百恵の本当の意味でのスーパースター伝説は、ここからスタートしたと言っても過言じゃないわけですよね。



えー、この時、百恵17才なんですが・・・・。まあ、なんて大人っぽいんでしょう。
今のアイドルなんてさあ、20才越えたいい年しても、一向にガキっぽい曲をガキっぽく歌ってんじゃん。このヒトの爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいよね。大人になれやってさ。
 それと存在感だよなぁ。スーパースターの条件だよなぁ。その点からすると、最近はスーパースターと呼べる人がほとんどいないっていうのが分かりますね。存在感がある人が少ないんだよね。
だから、グループに逃げるんですよ。存在感があればソロで充分な訳で、グループにする必要もないんだよね。



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君よ抱かれて熱くなれ / 西城秀樹

1976_03_君よ抱かれて熱くなれ_西城秀樹








今回の1曲セレクトは、「君よ抱かれて熱くなれ」西城秀樹です。

まずはデータでする。

・タイトル     君よ抱かれて熱くなれ
・アーティスト   西城秀樹
・作詞       阿久悠
・作曲       三木たかし
・編曲       三木たかし
・リリース日    1976年2月25日
・発売元      RVC
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   33.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1976年3月8日〜5月3日付

70年代の曲の面白さの一つは歌詞だろうね。現実のものとは到底思えないような、超デフォルメした大げさな内容の歌詞とかさ。
 最近は、そんなデフォルメした内容の歌詞ってほとんど見かけないからなぁ。大体が等身大な内容じゃないですか。あとは英語で逃げるとかさ。

 まあ、その要因の一つは、自分たちで詞を書いてる曲がかなりの割合になったからだろうな。いわいるシンガーソングライターってやつでさ。シンガーソングライターの方たちは、どうしても自分が経験してきた事、考えてき来た事っていう、割と狭い範疇の話を縦に深く掘り進めていく詞がほとんどで、「架空」の話をクリエイトするって言う作業は、あんまり見られないですからね。

でも、昔、70年代は、まだ「職業作家」が大活躍していた時代だったしさ。 職業作家の方々は、あくまで「プロ」だからさ、物事をいろんな角度からこねくり回したり、それこそデフォルメした世界で「詞」を書くってていう作業が多かったですからね。

・・・とは言っても基本は、「惚れた腫れた」の色恋ものが、そのほとんどなわけだけど。。。

今回の1曲セレクトは、そんな70年代の「デフォルメ」した色恋世界を歌った曲を持って来ましょうか。

西城秀樹「君よ抱かれて熱くなれ」。

うーむ、いまでもこの曲を覚えている方がどのくらいいるのか? っていうのは、ちょっと不安ではあるんだけどね。
なにせ、ヒットしたのが、今から丁度「40年前」の今頃。 1976年の「春」だったからなぁ。

だったからなぁ・・・なんて、如何にもリアルタイムで聴いてきたような書き方しちゃったけど、当時ワタクシは6才。
あ〜、ちょうど幼稚園を卒園して、小学校へ入学する頃だ。

・・・なんで、当然、リアルタイムじゃ聴いてないんだけどさ。。。

うん、この頃聴いてた曲って言ったら ♪1年生になったら〜 友達100人できるかな? ♪ っていうあれ・・・。
そそそ「1年生になったら」・・・は聴いてたけどな


あ〜、話がずれた。。。。

まあ、そんな時期のヒット曲なんだけど、ともかく歌詞が凄いんだよね。

しょっぱなから  

♪ 君は今 僕の胸で 蝶に変わるよ〜 
  蒼ざめたその羽をバラ色に染め
  これが幸せと泣きながら飛んでいける 〜 ♪ 

だもんね。 

いきなり凄い世界・・・っちゅうか、結局はリアルな話、「アレの最中」のストーリーな訳ですね。 
でも、ストレートに「あれ」やってまっせ・・・とは流石に、当時、トップアイドルであったヒデキは歌えない訳で。。
でも、流石は阿久悠氏。ウマくかわしたコトバで、恰も架空の世界の話のようにデフォルメさせる訳なんですよね。
しかも、そうすることで、めちゃくちゃファンタジックな世界に変わる訳だから、流石はコトバの魔術師の阿久悠氏だな・・・なんて感心したりしてね。

ただ、この曲に関しては、全てが飛躍しているかというと、そうではなく、それに続くBメロでは比較的、現実的なコトバが並んでいたりする。

でも、そうすることで、よりファンタジックな世界に引きずり込まれるような錯覚を感じるんだよなぁ。うん、ファンタジックな「エロ」な世界。

いや、あの時代、歌詞の世界だけじゃなく、例えば小説にしても、マンガにしても、かなり飛躍した内容のモノって多かったですよね。
 今は、情報多過なこともあり世間一般擦れたヒトが多くなっちゃったんで、そんな架空の世界はみんな「ケッ」と思うようになっちゃたけど、40年前は擦れてないヒトの方が多かったんだよね。純真のヒトが多かった・・というか。
 だから、こういうめちゃくちゃ大げさに飛躍したような歌詞でも、多くのヒトは受け入れていたんだろうな。


この曲は、歌詞だけじゃなく、メロディを初めてサウンド全般的にデォルメしたような、かなり大げさな展開だったよな。
 全般的には、ヨーロッパ系。 イントロはスパニッシュな展開で、そのまま進むのかななんて思いきや、実はカンツォーネに近いんだよね。
Aメロ、Bメロは、マイナー系なやや大人しめなメロディ展開、なんだけど、サビで、いきなり転調してヒデキお得意の「歌いあげ」系のメロディに変わる。

まあ、こういう「大げさ」な展開なメロディを歌える・・・というか、歌って「サマ」になるのは、ヒデキぐらいしかいなかったからなぁ。だから、ヒデキにピッタリな曲ではあったと思う。

ま、その辺は、聴いてる側にも伝わるもので、この曲は、前年の「恋の暴走」以来、1年ぶりで30万枚を突破。
その間、暫く、やや低迷気味だったヒデキだったけど、この曲で息を吹き返した・・・そんな1曲でもあったんだよね。

それにしても、やっぱヨーロッパ系のメロディは、聴いててグッと来るよなぁ。
まあ、ワタシだけかもしれないけど、やっぱりアメリカ的な乾いたメロディよりかは、このテのメロディの方が好きなんだよなぁ。
三木たかし氏は、その後の「歌謡曲」路線の方が一般的になっちゃったけど、70年代のポップスがいいんだよな。それこそヨーロッパ系なメロディが哀愁をそそる・・・というかさ。


動画、いきなり削除されちゃったじゃんか〜  むぅ



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ソウルこれっきりですか / マイナーチューニングバンド

1976_12_ソウルこれっきりですか_マイナーチューニングバンド






今回の1曲セレクトは、「ソウルこれっきりですか」マイナーチューニングバンドです。

 まずはデータです。

・タイトル     ソウルこれっきりですか
・アーティスト   マイナー・チューニング・バンド
・作詞       −−−−
・作曲       −−−−
・編曲       ヒーロー高田
・リリース日    1976年12月5日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  2位
・売り上げ枚数   38.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 2位
・ベストテンランクイン期間:1976年12月27日〜1977年2月14日付

 さて、大みそかですな。 毎度のことだけど、年末になると「今年1年を振り返る」・・・みたいな感じになりますな。
 ニュースにしても、音楽にしても、そうなんだけどね。 こと、音楽では、その年々の曲をまとめて振り返るって感じになるじゃん。
 うん、年間チャートにしてもそうだし、結局さ、さっきやってたレコード大賞にしてもそうなんだよね。

 でさ、ちらっと、考えるんだけど、いっそのこと、これら、その年曲を1曲にまとめっちめえば・・・なんてさふらふら 、考えることってないexclamation & question

 いやー、これって、今に始まったことぢゃないのよ、しかも、実際に、やっちゃったヒトがいたりするんだよねふらふら

 はいー、それが、今回ひっばってきた、「ソウルこれっきりですか」って曲っすよ。


 まあ、タイトルを見ると、あ、いかにも「あの時代」だよね・・・っていう雰囲気たっぷりなんだけどさ。

 あの時代ってのは、70年代中盤だよね〜。ディスコブーム真っ只中のころ、「ソウルなんちゃら」って曲が、やたら流行ってたじゃん。
「ソウルドラキュラ」とかさ、「ソウルフランケンシュタイン」とかさ〜ふらふらふらふら

 いま思うと、なんですかそれ? って感じだけど、まあ、もう少し、時代を降りれば、マイケルジャクソンの「スリラー」にたどりつくって考えれば、まずまず、なるほど・・・ってところですかねぇ。。

 ま、それをもじって来た・・ってところだよね、このタイトルは。

 でさ、中身は、↑で書いたように、この年、1976年のヒット曲をずらーっと、メドレーにして、まとめた・・・・ってだけの曲・・っすよ。
 たいそうなアーティスト名もついてたりするんだけどさ。

 まあ、「・・・だけ」っていうのは、ちょっと言い過ぎかもしれないけどさぁ。

 でもまあ、作詞、作曲の必要はなかったわけだからねぇ、うん、各曲を切り貼りして、うたは、いつもは、バックでコーラスとってるオネーさんたちに歌わせちゃっている、「だけ」なのですよ。
 あ、ただ、タイトルが「ソウル〜」ってついてるからさあ、それなりの雰囲気をとるために、「ディスコ」なアレンジにしてみました・・・って感じで。。。

そんな、一瞬、ゼニをかけないで、安上がりに作ってる曲なんだけどさぁ、でも、これが結構、いけてるんだよね。
 うん、それなりに、「歌謡曲」が「ディスコ」になっているもの。

 この曲、リリースされてから、一気に売れてきて、当時としては、ランキングをそれこそ、駆け上がってきたんだけど、まあ、それなりの理由はあったって感じなんだよなぁ。

 うん、概要はコミックソングなんだけど、作りとしては良くできてるんですよ。


 あ、考えてみれば、今も、同じような感じのモノがあったな。
シングルぢゃなくてアルバムだけど、「DJ KAORI'S J-MIX」とか、MIXモノだよね。
 あれよあれ。あれの40年前のもの・・・って考えればいいのかもね。

 結局のところ、同じこと考えて、しかもやっちゃうヒトが時代を問わずいるってことだよね。


これさ、多分、テレビではうたってないと思うんだよね。なにせ、「企画物」だからさ。アーティスト名にしたって、「架空」のものだからねぇ、言ってみれば。。

・・・・と思ってたら、デレビで歌ってた。。。。



画像は悪いけど、、よく40年前の映像を取ってたおいた方がいましたねぇ。そっちの方が驚きだったりして。。


 ちなみに、仕掛け人は、ビーイング総帥の長戸大幸氏って言われているけど、真相はいかに。。。

 あ、ちなみにちなみに、曲の中身は


・横須賀ストーリー  /山口百恵
・きみ可愛いね  /伊藤咲子
・春一番    /キャンディーズ
・春うらら   /田山雅充
・ねぇ 気がついてよ  /桜田淳子
・横須賀ストーリー  /山口百恵
・想い出ぼろぼろ  /内藤やす子
・およげ!たいやきくん  /子門真人
・ビューティフルサンデー /ダニエルブーン
・木綿のハンカチーフ   /太田裕美
・山口さん家のツトム君  /斉藤こず恵
・あなただけを   /あおい輝彦
・横須賀ストーリー  /山口百恵
・セクシーバスストップ  /浅野ゆう子
・横須賀ストーリー /山口百恵
・北の宿から  /都はるみ

の順に並んでまする。 なんて、曲を聴きながらメモっているワタシって。。。

まー全部1976年のヒット曲なんだけどね。
どの部分が、どの曲かあててみてくだされ。




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