かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1972年

ひとりじゃないの / 天地真理

1972_07_ひとりじゃないの_天地真理


今回の1曲セレクトは、「ひとりじゃないの」天地真理です。

まずはデータです。

・タイトル     ひとりじゃないの
・アーティスト   天地真理
・作詞       小谷夏
・作曲       森田公一
・編曲       馬飼野俊一
・リリース日    1972年5月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数   60.1万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年6月5日〜8月21日付

あぢぃ〜ですわぁ、え〜 ホントに梅雨明け前なんですかい、これで。。。 どうも今年一番の暑さだったらしく。。。 さすがにねぇクーラーに強くないワタシも、この暑さぢゃ、クーラー無しは堪えますわい・・・っちゅうことで、今日は1日中クーラー三昧。
あー、来月の電気代がコワイ・・・なんて相変わらずケチケチな性格は治らず・・・なんだけど、熱中症になると思えばね・・・。

・・・ということで、今回の1曲セレクトは、夏っぽい曲を・・と思ったんだけども、ここんところ80年代アイドルばっか書いてたんで、今回は時代を遡ってみますかい。

そーさねぇ、今から45年前、1972年の今頃のヒットをひとつ。

天地真理「ひとりじゃないの」

45年前の今頃、一番売れてた曲ですわ。当時のオリコンをひも解いてみると、1972年6月12日付から6週連続で1位を獲得したこの曲。 今頃は4週目の1位って頃でしたわな。 まさにヒットのピークって言う時期ですか。

ま、如何にも見てきたように書いてるけど、ワタシゃ当時2才10ヶ月。うーむ、まだまだ物心ついてない時期ですねぇ・・・。 ってわけで、流石にこの曲がヒットしてた頃はリアルタイムでは聴いてなかったですけどね。

もちろん、後付けでこの曲の存在は知った訳だけど、ま、当時のトップアイドル、天地真理さんの3枚目のシングルであり、最大のヒット曲っていうことになりますわね。 そそそ、この曲、売り上げは60万枚だけど、これが最大だったんだよね。

うーん、これが、こんなに売れてたのか・・・と取るのがいいのか、思ったほどでもない・・と取るのがいいのか・・・ちょっと迷うところなんだけど。
 個人的には、こんなに売れてたのか・・・っていう感想なんだよなぁ。 いつかも書いたけど、70年代アイドル、そうね。70年代前半のいわいる「第1次アイドルブーム」の頃は、アイドルって言われる人たちの場合、50万枚って言うのが一つの壁だったんだよね。
当時は、大ヒット曲も数あるけど50万枚以上のヒットとなると極端に数が減るんだよね。いわんや60万枚以上は数えるほどしかなかった訳でさ。その中の1曲が、この曲だった訳なんだよね。

 当時シングル盤1枚、500円。ちょっと調べてみたら、この72年から400円から500円に値上がりしてたんだよね。 ちなみに当時の大卒初任給は平均で5万2千円。 
今の時代に置き換えてみれば、シングルレコード1枚2000円位の「価値」なんですわ。 高けぇわなぁ〜。

それに加えて、当時はレコードプレーヤー持っているヒトって、今と比較にならないくらい限られていたんだよね。
当然、アイドルのメインの支持層である10代の人たちでレコードプレーヤーもってる人なんて限られてただろうし、仮に持ってても個人的な・・・というより「家」に一台・・・つまりは家族全員の共有物だったろうし・・・。

そんな時代なわけで、当時のアイドルのヒット規模で、50万枚が壁になっていたのもある意味納得できるところなんだよね。 つまりは、第一に当時のティーンエイジャーにとってはシングル1枚にしろ高かった事、それと、かりに買えたとしてもプレイヤーがあるヒトは限られていた事・・・っていう壁だよね。

まあ、そんな時代の60万枚だからさあ、これは、数字以上に売れた曲・・・って言えるんじゃないかなぁ。



・・なんてマーケティング的な話は置いといて・・・。

肝心の曲だよね。
うーん、どーなのかなぁ・・・・。正直言って、個人的には、やっぱり古さは隠せないんだよなぁ、この曲。
うん、いい曲なんだけどね、ところまでも素直だし、明るいし・・・。一点の染みもないような純白さって言うの?
「ソニーの白雪姫」って言うキャッチでデビューした天地真理さんには、これ以上なないような曲ではあるんだけどね。

でも、個人的には、今一つスッキリしないものを感じちゃったりするんだよなぁ。

いやー天邪鬼かなぁ。普通なら、これはこれでいいじゃんって言うべきなんだろうけどさぁ。 どうしてなんだろうねぇ。

ま、その主な原因は↑で書いたように「古さ」を隠せないって事なんだろうな。 楽曲自体のBPMもその一つなんだけどさ。 ヒット当時、この曲のポップと思えたのかどうか・・っていうのは、リアルタイムで経験していないんで何とも言えないんだけど、個人的な感覚から言えば、かなりゆっくりな曲・・って言う印象なんだよなぁ。 だから、ポップスなのかって言われるとちょっと躊躇しちゃったりね。
 それと、メロディラインですね。もう一つナチュラルじゃないって言うのかなぁ。この曲より前の歌謡曲にはよく見られた、いわいる4-7抜きのメロディとまでは言わないけど、それに近いような印象があるんだよなぁ。どこか中国音階の匂いがするって言うかさ、うん、香港とか台湾あたりのヒット曲には良くあるよねって感じの・・・。

そう言う意味も含めて、1972年って言う時代は、まだまだポップスも発展途上だったんだなぁ・・・って言う印象を強く感じちゃったりね。 これが次の73年になると、もう少しナチュラルになるんだよね、ヒット曲のメロディラインが。

この曲を聴くと、そんな事が頭をよぎるワタシだったりするんだよねぇ・・・。 あーやっぱり天邪鬼か。。。

ちなみに、この曲の作詞者の小谷夏さんとは、ドラマ演出家の、かの久世光彦氏のペンネームですね。
・・・ってか、ここ読んでる方は、そのくらい、既にご存じかなぁ、今さら書かなくても。

ま、丁度、TBSドラマ「時間ですよ」で隣のマリちゃん役で出演してたこともあって、この曲を書いたんだよね。





それにしても、今見るとオバちゃん風に見えちゃったりするけどさあ、当時はトップアイドルだったんだよね、天地真理さん。丁度人気絶頂の頃ですね、72年〜73年にかけては。
やっぱり髪型のせいもあるんでしょうかねぇ。 おばちゃんパーマ風で・・って、当時はこれが流行りだったんだよね。
この頃の私の母親の写真見ても、やっぱ同じような髪型してるもの。 おばちゃんパーマにつけまつげ。
やっぱ天地真理さんを意識してたのかなぁ。
当時、既に30を超えてた筈なんだけど、若造りだったんだよな、ウチの母親。



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あの鐘をならすのはあなた / 和田アキ子

1972_04_あの鐘をならすのはあなた_和田アキ子


今回の1曲セレクトは、「あの鐘をならすのはあなた」和田アキ子です。

まずはデータでする。

・タイトル    あの鐘をならすのはあなた
・アーティスト  和田アキ子
・作詞      阿久悠
・作曲      森田公一
・編曲      森田公一
・リリース日   1972年3月25日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 53位
・売上げ枚数 4.1万枚

最近は「ヒット」という概念が完全に変わってしまいましたね。
ヒット=CDが売れる事がすべてであり、大衆的にどの程度認知されているのか、支持されているのかっていうのは、ほとんど考慮されなくなってしまいました。
リリース直後にCDさえ売れれば「正義」、売れなかったから「敗北」っていうイメージになってしまっているじゃないですか。

まあ、確かに「商業音楽」と言う世界、「商売」な訳ですからCDが「売れる」ことは道義上最も大切な事ではあるでしょうね。

でもねぇ、エンターテインメントって言う世界、それですべを括っていいものなんだろうか・・・っていうと、そうじゃないよね・・・っていうのは、「売れた曲」好きなワタシにもあるんだよね。

そもそも、ヒット曲と売れた曲っていうのは、完全同義語じゃない事は、ヒット曲の世界に入った頃から分かっていたんでね。
いや、すぐにではなかった。 昔は、レコードが売れるってことが、その曲をより広く知られる大衆的な曲ってことであり、そういう意味でレコード売り上げとヒットは、ほぼ正の相関があったんだよね。 いわいるヒットチャートのチャートアクションも、今とは比べ物にならないくらい緩やかな動きを見せており、その間により多く「大衆」に広がりを見せたために起こり得た現象なわけだ。

でもね、売れた曲全てがそうだったのかというと、そうではない。 それほど爆発的な売れ方をしなかった曲でも、大衆的に認知された曲は昔はいくらでもあった。

その違いに気がついたのは、やっぱ「ベストテン」と「オリコン」のランキングに差があることに気がついてからだろうな。 つまりは、オリコンではそれほど上の順位に行かなかった曲でも、ベストテンでは結構高順位に行く曲があるって事。 それは週間順位ではなく、年間単位になるとさらに顕著になる事って事が分かってからなんだよね。

つまりさ、世の中、週間単位として爆発的に売れなくても、大衆的になれる曲はあるんだってことですね。


今回は、それが顕著に分かる曲をひとつ。

和田アキ子「あの鐘をならすのはあなた」。

この曲、和田アキ子さんの曲のなかでは、大抵の方が知ってらっしゃる曲だよね。

通常の感覚からみれば、それじゃさぞかし売れたんだろう・・・と思われがちなんだけどもね。 でもね実際は、業界的に俗に言う「左ページ」にも入ってないんだよね。

つまりは、オリコンで50位にも入っていない。 最高位53位、売り上げ枚数4.1万枚。

全く売れなかった訳ではないけど、ヒット規模で言えば、スマッシュヒットにも値しない、かなり小規模なヒットだったって事。

それでも、今では和田アキ子さんの代名詞的な曲になっているんだから。

それは、後年、例の「アッコにおまかせ」とか「レコード大賞30周年記念」で、これでもかって言うくらい流された、72年の「レコード大賞」最優秀歌唱賞をこの曲で受賞した時の、号泣シーン、いわいる「和田ゴンの雄たけび」と、「黒い涙」のシーンという、めちゃくちゃ強いインパクトシーンが、話題になったって事も大きかったんでしょう。

でもさ、それだけで、今でも認識されるような代名詞的な曲になるかというと、そんなに世の中甘くは無いと思うんだよね。

結局はさ、この曲自体のインパクトなんですよ。

個人的に72年というと、まだ3歳だからさ、この曲、リアルタイムでは聴いてない(と思う)し、当時、どういう扱いをされていて、大衆的にどの位の支持をされていたのかっていうのは、分からない。

だから、あくまで推測になるんだけど、おそらく、ほとんどの方は「後付」でこの曲を知ったんじゃないのかなぁ。
つまりさ、例の「インパクト」なあるシーンの後に流れる、この曲にビビビッ・・と初めて知った・・・と。

まあ、そうじゃなきゃ、72年当時、小ヒットって終わってしまった・・・って事も無かったろうしね。

ただ、言えることは、ヒット曲としての売れ方って、一つじゃないんだよね。 リリースした当時は売れなくても、後年になってから、改めて売れる曲もある。

売れる売れない・・・っていうのは、時代時代で変わって行くもの。そそそ、時代とどう折り合いがあるのかって言うのも大事な要素の一つなんですよ。
 リリースした当時は時代との折り合いがつかず売れなかった曲でも、後年、時代の空気が変わると突然売れる曲もあるって事。

だからねぇ、リリースした曲は1曲1曲大事にすべきだと思うんだよね。 最近の曲ってさあ、リリースされるまでは大量にプロモーションを打つけど、リリースされた瞬間に「はい、さよなら」っていう曲が多いでしょ。まるで使い捨てのように。 それじゃ曲が可哀想ですよ。もっと1曲1曲を大事にせにゃ。 その時は売れなくても、後年、どうなるか分かんないんだから。

ちなみに、和田アキ子さんの曲って、不思議なもんで、それほど売り上げ枚数が高くない曲で「有名」な曲が多い。
この「あの鐘をならすのはあなた」と同じように代表曲といわれる、「笑って許して」にしても「古い日記」にしても、「どしゃぶりの雨の中で」にしても、いずれもオリコンでベストテン入りしてない。

じや、オリコンでベストテン入りしてる曲って1曲もないの? っていうとさにあらず。
71年6月の「天使になれない」は最高8位。、同じく71年12月の「夜明けの夢」では最高10位まで行ってる。
でも、どちらも今となってはほとんど聴かれない曲だったりしてさ。



この曲で特出すべきところは、やっぱ、スケール感だよね。 よくモノの本に「天文学的スケール感」があるなんて書かれたりするけど、まさにそんなイメージだよね。

確かに、歌謡曲全盛の当時、結構大げさなイメージのデカイ曲もあった。例えば、尾崎紀世彦氏の一連の大ヒット曲とかさ、いかにもショービス的なスケールがデカイ曲があったりたじゃん。

でも、この曲、それと比べてもスケールのでかさは飛びぬけるもんなぁ。 

なんて言うのかな、空間認識的な広さっていうのかなぁ。 出だしの ♪ あなたにあえて〜 ♪ はメゾピアノで、比較的、狭い空気感であるのが、 ♪ つまづいて〜 ♪のBメロでは、やや力が入ったメゾフォルテ、 それから、♪街はいま〜 ♪っていうサビで力強いフォルテに移行する。

そして、最後の最後 ♪ あの鐘を鳴らすのはあなた〜 ♪っていうクライマックスでフォルテシモに持って行く。
間口の広い空間を感じるんだよね。 その間口っていうのが通常の曲の幅ではなく、とてつもなくデカイ空間に感じるんですわ。

そんな間口がでかい曲に、全く負けていない和田アキ子さんは流石な訳だし、このヒトじゃなきゃ、この曲のこのスケール感は伝わってこないわな。


それと印象的なのは、この曲のベースラインですねぇ。 そそそ、単純にコードの「根音」を追っていくベースラインではなく、ウネウネウネとまるで蛇がのたうち回っているように目まぐるしく動きまわるベースライン。
これですよ、この曲の真骨頂は。

というか、当時の歌謡曲には、こういうベースラインの曲ってあるんだよね。 それが70年代歌謡曲の大きな特徴でもあるんだけどさ。

当時のスタジオミュージシャンって「ジャズ」バンド上がりの方が多かった訳でさ。だからベースにしても、コードのルート音を単にペンペン弾くのではなく、ジャズのアドリブよろしく、勝手にアドリブをかけちゃうヒトも多かった訳よ。

この曲にしたって、こんなうねうね動き回るベースライン、きっちりと指定音符で譜面に書いてある訳が無いからさ、ほとんどアドリブだと思う訳よ。 でも、そこに「味」を感じる訳よ。曲を程良く締まらせているし。

いや、これも70年代歌謡曲を聴く上での楽しみの一つでもあるんだよね。 80年代になるとジャズ系出身のスタジオミュージシャンも少なくなって、この手のアドリブを利かせたベースラインの曲って少なくなるからさ。


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哀愁のページ / 南沙織

1972_10_哀愁のページ


今回の1曲セレクトは、「哀愁のページ」南沙織です。

まずはデータでする。

・タイトル     哀愁のページ
・アーティスト   南沙織
・作詞       有馬三恵子
・作曲       筒美京平
・編曲       筒美京平
・リリース日        1972年9月21日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数  27.3万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年10月9日〜11月20日付

この間、twitterで別件的にツイートしたんだけど、今、我が家は外壁と屋根の塗り替え工事の真っ最中でして。。。
当然ながら、家の外周は足場とフェンスに囲まれ、窓と雨戸には養生シートが張られてるんで、日中でもほとんど光が入ってこない・・・なんて、まあね不自由な生活を送っておりまして。。
 光が入ってこないって言うのは難儀ですねぇ、1日中薄暗い部屋で電気つけっぱなしだし、なにせ洗濯物を干すことが出来ない。しょうがないんで、ここんところコインランドリー生活ですわ。
しかも、晴れてるのか曇ってるのか雨降ってるのか・・・もよく分かんない。
この間、3日の日も、あんなに、気持ちの良い「秋晴れ」って言うのも分かんなくてさ、昼過ぎに、所用で外に出たん、地団駄を踏んだもんな。こんな気持ちいい日ならどっか行けば良かった・・・と。。。

そんな不自由生活も、あと2週間ばかしかかりそうで・・・。うーむ、はやく工事終わんないですかねぇ。。。。

ところで、上で書いたように、「秋晴れ」の空のもととなると、どうしても「秋」を感じさせる曲を聴きたくなる。
まあ、同じような事、ちょっと前に天地真理さんの「想い出のセレナーデ」の時も書いたんだけどもね。

でも、気持ちの良い秋の日差しを浴びてると、マジでそう思うんだよな。

なんで、今回も、そんな「秋」を思い浮かんでしまう曲をセレクト。

南沙織さんの「哀愁のページ」。

この曲は、南沙織さんの5枚目ののシングルなんだけども、リリースされたのが、1972年9月ということで、まさに「秋」を思い浮かべさせる様な曲。

まあ、歌詞に ♪ 秋の風が吹いて〜 ♪ なんてダイレクトに「秋」を連想させてしまうキーワードから始まっている曲なんですけどね。
 それにもまして、曲調が「秋」っぽいよなぁ。スローナンバーと言う事ころもそうだけども、サウンドが「秋」っぽいんだよね。

 秋って言う気候は、しっとりとしてるじゃないですか。丁度いい塩梅の湿度感というかね。夏のようなジメっと纏わりつくような湿度感ではなく、肌にうるおいを感じると言うか・・・。

そんなしっとり感を感じるんだよな。この曲。 全体的にかかるリバーブ、そしてバックのストリングスの濡れ具合が、そんな秋の空気感を演出しているんですよね。

作詞は有馬三恵子女史、作曲が筒美京平氏・・・という、デビュー曲の「17才」以来の、南沙織さんのブレーンの曲であり、だから基本の部分は「17才」から大きな変化はないんだけどね。
 でも、この曲は、アメリカンな部分はそれほど感じない。 まあ、イントロの部分の英語のセリフは、アメリカンなんだけどね、でも、サウンドは、上で書いたような「濡れ具合」からして、アメリカンポップスというよりも、むしろフレンチポップスを感じさせるんだよな。

特にストリングスの使い方は、後年、筒美氏の体表的な「引用」サウンドにもなる、ポールモーリアサウンドを連想させるしね。

ただ、メロディにたいして合いの手的に挟まってくる、女声コーラスは歌謡曲的なんだよな。なんて言うのかな、ちょっと下世話な感じがしたりしてさ。 

ま、その辺は「70年代前半」っていう時代性なのかなぁ。サウンドがアメリカ的だ、ヨーロッパ的だ・・・といっても、それ以前に歌謡曲っていうのが表にあった時代でしたからね、1972年位だとさ。

これが翌73年あたりになると変わってくるんだよね。歌謡曲よりもポップス性が表に出てきたりして。

まあ、(70年代)アイドルポップスが確立されたのも73年の特徴だったからな。 72年の今頃は、まだ、その前段階だったですからね、どうしても歌謡曲にコミットしてる部分が強かったんだろうね。
 それをかんがえると、時代を先取りしてた1曲とも言えるんじゃないかなぁ。少なくとも、イントロの部分で英語詞を乗せるっていう部分は、当時としては画期的だったろうし。

それとともに、この曲あたりが、後年の筒美氏が手掛けた「バイリンギャル」・・・・早見優、西田ひかる・・・の曲にも引き継がれていますよね。

例えば、早見優の84年秋の「哀愁情句」とかさあ。 ま、曲調は全く違うけど、サウンドの濡れ具合とかさ。この曲あたりを参考にしてるな・・・っていうのが分かりますねぇ。


動画・・・。 う〜む、You Tubeには適当な動画かないな・・・しょうがないんで、別の動画サイト。

http://www.dailymotion.com/video/x24xy7u_%E5%93%80%E6%84%81%E3%81%AE%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8-%E5%8D%97%E6%B2%99%E7%B9%94-photo-to-movie_music

音は良いです。


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傘がない / 井上陽水

1972_07_傘がない_井上陽水


今回の1曲セレクトは、「傘がない」井上陽水です。

まずはデータです。

・タイトル     傘がない
・アーティスト   井上陽水
・作詞       井上陽水
・作曲       井上陽水
・編曲       星勝
・リリース日   1972年7月1日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 69位
・売上げ枚数 6.3万枚

前回のkiroro「未来へ」は、これまで書こうと思っていたんだけどもなかなか筆を上げられなかった1曲・・・と言う事だったんたけども、今回の1曲セレクトも、前回同様に、セレクトしたかったんだけども、ちょっと躊躇してた1曲ですね。

「傘がない」 井上陽水

この曲をなかなかセレクト出来ないで居たのは、その歌詞の内容がワタシにはちょっと重い内容だったから・・・ってことが大きかったんですよね。

♪ 都会では自殺する若者が増えている
 今朝来た新聞の片隅に書いていた
 だけども、問題は 今日の雨 傘がない〜 ♪

という一節で始まるこの曲。 今の50代以上、特に団塊の世代方々には、知らない方がないくらいの曲ですよね。

当時の世相を説いた本だかと、まあ、ネット上でもそうなんだけど、これは当時の世相を表した曲・・・って言う事が通説になっていますよね。

時は70年代安保闘争が下火になり、その余波から「シラケ」という風潮が広がっていた時代。

他人の事より、世間で起きている事より、今の自分の問題の方が大事

そういう、如何にもシラケ世代を表ししているようなメッセージソング。・・・として捉えられている向きが強い訳で。。。

ただね、ワタシ自身、そう言う世相を実際に体験してきた訳じゃないから、そんなワタシがあたかも見てきたようにエラソーには書けないよな・・・っていうのが正直なところで、だから、今までなかなか書けなかった1曲だったんだよね。
 当時、3才になる直前だったワタシは、当時の「空気」は吸っていても、まだ世相を感じるほど物心は付いてなかった訳だし。
 
でも、そうは言っても、あの時代の停滞している空気っていうのは、物心がついてなかったけどもどこか感じるところがあるんですよね。 だから、後付ではあるけどもこの時代を、当時の世相を含め掘り返すのが好きなんですわ。

 ここでもよく書く事だけど、 歌は世につれ、世は歌につれ ・・・ってコトバもあるように、当時の世相から、当時の歌が分かるってことは よくある事で、だからね、最初にこの曲を聴いた時は、ナルホドな・・・って言う感想だったな。
 実際は違っていた部分も多いのかもしれないけど、この曲を聴く分には、やっぱり、当時、シラケという時代があったんだ・・・という事が良く分かるですよね。

その前に、ちょっと衝撃的でしたけどね。

重ーい、印象的なイントロに続いて

♪ 都会では自殺する 若者が増えている〜 ♪

っていう出だしは、軽いおちゃらけた歌を主に聴いてきた世代にとっては、やっぱり衝撃的だったんだよね。

だから、兎に角この曲は印象に残った。

・・・と同時に、この1〜2年の間に、時代が動いている・・・っていうのも感じ取れたりね。

例えば 井上陽水氏の対極にあった、よしだたくろう氏が♪ にんげんなんて ラララ〜ラララ〜♪と、第3回フォークジャンボリーで伝説の2時間もの「人間なんて」を熱唱したのが、前年1971年。
 
まだ、ウタに「政治的」な匂いが強くしてた時代。

そこから1年で、この曲が出てきた訳ですわ。この変化が、そのまま当時の世相の変化を表しているように、少なくとも第3者的立場にあるワタシとしては感じ取れるんだよね。

でも、そんな第3者的な立場にワタシとしては、正直、あと数年早く生まれたかったとはいつも思ったりするんだけどさ。あの時代の大変動期を物心ついた立場から感じ取りたかったよな・・・っていうのは強く思ったりしてるんでさ。


ちなみに、最初に今の団塊の世代以上の方なら、誰でも知っている曲という書き方をしたけども。実際の所、当時のオリコンのシングルチャートでは、最高69位。売り上げ枚数は7万枚弱・・・・と、数字だけを見る限りでは、とても大ヒットと言うは呼べないんだよね。

それでも、みんな知ってる・・・。

それにはワケがあり・・・。そもそも、この曲は、最初からシングル曲であった訳ではなく、ファーストアルバム「断絶」からのシングルカットであった事。
ちなみに「断絶」は、アルバムチャート最高8位だったのにもかかわらず、売り上げは51.1万枚。
10万枚売れれば大ヒットと言う時代に51万枚も売れた訳だから、大変なものだったわけです。

あわせて、当時のラジオからの口コミ効果は絶大だったわけで・・・。

このような効果もあり、シングルは売れなくてもだれでも知っている・・・と言う事になった訳ですね。 




うーむ、今一つ上手くまとめられなかったな。やはり難しいなこの曲は。


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太陽がくれた季節 / 青い三角定規

  1972_05_太陽がくれた季節_青い三角定規


今回の1曲セレクトは、「太陽がくれた季節」青い三角定規です。

まずはデータ です。

・タイトル    太陽がくれた季節
・アーティスト  青い三角定規
・作詞      山川啓介
・作曲      いずみたく
・編曲      松岡直也
・リリース日   1972年2月25日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 50.2万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年4月10日〜6月26日付
・タイアップ:日本テレビ系ドラマ「飛び出せ!青春」主題歌

最近はあまり効果も無くなってきたけど、一時期は「ドラマ主題歌」と言えば無条件で大ヒットしていた時期がありましたよねぇ。
特に80年代後半から90年代にかけては「ドラマの時代」と言えるほど、各ドラマから大ヒット曲が誕生したもんなぁ。
 今回は、そんなドラマの主題歌から誕生した大ヒット曲をひとつ。

青い三角定規「太陽がくれた季節」。

はいはいはいはい、今の50代以上の方には懐っかしい曲じゃないですかねぇ

そうです、「Let's Begin!」の村野武範氏主演の「飛び出せ!青春」の主題歌ですね。 このドラマは、この「太陽がくれた季節」がリリースされた1972年2月から1年間放送されたドラマですが、日本テレビお得意の「青春ドラマ」ですわ。
日曜20時〜21時・・・ていうNHK大河ドラマの「裏」っていう不利な条件ながら、大人気を博していた一連の青春物の1つですね。
 ちなみに、この一連の青春物・・・・というか日曜20時〜のドラマは、この後、脈々と10年にわたって続くことになるんだよね。その中には「西遊記」もあったりしたけどね。

ところで、この「太陽にくれた季節」はドラマ主題歌というタイアップがついた作品だけど、ドラマ主題歌でオリコン1位を獲得した最初の曲なんだよね。

 この曲を発端として、この後何十年にわたって続く、ドラマ主題歌オリコン1位獲得曲の先駆けとなった、歴史的1曲と言っても過言ではないんじゃないかなぁ。

まあ、だからこそ、未だに小学校・中学校の音楽の教科書にも取り上げられ、幅広いヒトに知られている1曲になっているとも言えるんだろうけどなぁ。

ちなみに当時は、ドラマ主題歌としては日テレのドラマが強くて、この曲のすぐ後に、ドラマ「2丁目3番地」の主題歌だったビリーバンバンの「さよならをするために」もオリコン1位を獲得している。
 
ドラマと言うと、昔はTBSって言うイメージが強いけど、ドラマといえど音楽については日テレが強かったんだよね昔は。流石は在京局の中で音楽班が一番強かった日テレだけのことはあるか。

ところで、72年と言うと、ワタクシは2才〜3才だったわけで、まだ物心もろくについていない頃だけど、この曲は、その後、物心ついたあとに改めて聴いた時も、覚えてましたねぇ。
 物心はついてなかったけど、どっかでちゃんと聴いてたんだろうね。その辺の詳細は全然覚えてないんだけどさ。

作曲は、いずみたく氏。
いずみたく氏のメロディって独特なんだよなぁ。独特の引っ掛かりって言うのかなぁ、カラーがあるんだよね。
例えば、この曲だったAメロの

♪ 君は何を今 見つめているの〜 ♪ の♪見つめているの♪ ってフラットがかかったメロディ展開になる部分とかさ。
 コトバでは、ウマく説明できないんだけど、少なくとも「あれっ?」って思わせるフックになる部分があるんですよね。 
 それは、例えば筒美京平氏だったらバタ臭さがきわだってる匂いがしたりするんだけど、いずみたく氏はバタ臭さの中に日本的な匂いもミックスされているっていかさあ、なんか独特の匂いがするんだよな。
例えば、パスタに明太子ソースを絡ませてたっていう和洋折衷っていう独特のセンスっていうのかなぁ。
それは、この曲でも、生かさせているよね。 まあ、オリコン1位を取るくらいだから、プラス大衆性っていうのも充分にあるんだけど。

それと、この曲のアレンジャーって、松岡直也氏だったんだってねぇ。
実は、これは私も今知った  うん、これ書くにあたって、ちょこっとネットで資料を探してたら出てきたんだよね。
 松岡直也氏といったら、中森明菜の「ミ・アモーレ」の作曲・編曲者って事は有名だけど、まさかこの曲も手掛けていたとはねぇ。てっきり、ずっとラテン系なジャズピアニストだと思ってたですわ。
 でも、もともとは、いずみたく氏直系のヒトだったんだらしいですね。

まあ、たしかに言われてみれば、イントロのプラスの使い方とか、「ミ・アモーレ」のイントロのプラスの使い方に似てるかな・・・・って感じはするけどさ。
でも、曲本編からは、全然、想像がっ無かったな。

いやいや、いまでも知らない事っていろいろあるわなぁ。1曲セレクト書いてると改めて勉強になることも多いわぁ。

件の青い三角定規は、ボーカルの西口久美子さん、ギターの高田真理氏、岩下茂氏の今で言えば3人ユニット。そそそ、今の「いきものがかり」と全く同じ編成ですわね。
松岡直也氏と同じく、いずみたく氏人脈のヒト達だったんだけど、いわいるヒットチャート系の大ヒット曲は、この曲、1曲のみ。
いわいる「ワンヒットアーティスト」⇒「一発屋」ってわけで、この曲で各音楽祭の新人賞を受賞するも、僅か3年で解散してるんですよね。





それにしても今の曲に比べると短い曲だよね。フルサイズで2分30秒ほどしかない。
当時、ウタは3分間の旅って言った人がいたけど、まさにそうだったよなぁ。
ちなみに1曲3分っていうのは、昔々、レコードが78回転のSP盤が主流だった頃、片面3分程度しか録音できなかったんでそうなったらしいですね。
でも、尺は2分30秒でもメロディも歌詞も余分な贅肉が無く、焦点がはっきりしてるんでがちっと引っかかるんだよね。
最近の曲は余分な部分が多いし、歌詞も説明的。だから曲の焦点がはっきりしないんだよね。
その辺りを見直した方がいい様な気がするな、今の曲は。


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そして、神戸 / 内山田洋とクールファイブ

1972_12_そして、神戸_内山田洋とクールファイブ






今回の1曲セレクトは、「そして、神戸」内山田洋とクールファイブです。

 まずはデータです。

・タイトル     そして、神戸
・アーティスト   内山田洋とクールファイブ
・作詞       千家和也
・作曲       浜圭介
・編曲       森岡賢一郎
・リリース日    1972年11月15日
・発売元      RVC
・オリコン最高位  6位
・売上げ枚数     30.7万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年12月11日〜1973年1月29日付

 また、変な曲持ってきたな・・と思われちゃうかなぁ。

 そして、神戸   / 内山田洋とクールファイブ

またまた演歌? うんにゃ、演歌ではないですゾ。
なんて、書いているワタシも、昔は、このテの曲は完全に「演歌」だと思ってたの。
 でもさ、いろいろものの本を読んでいくと、必ずしも、このヒトたちは演歌ではないんだよね。 うん、ミュージシャンヒトたちでは、このテの曲は演歌と分けていないヒトが多いんだよね。
 近田春夫氏しかり、小西康陽氏しかり、桑田佳祐氏しかり・・。

 桑田氏なんて、中学〜高校のころは、このヒトたちの大ファンで、レコードを買いあさっていたなんて逸話まであったりして・・・
桑田氏、自伝の「ロックの子」では、前川清はブルースロックの異端児って言い切っちゃってるし・・・。
 どうも、ミックジャガーと同一線上に合ったらしいですわ

 そう、クールファイブは、ジャパニーズブルースロックあるいはR&Bなのですよね。

 本来演歌ってさ、前にも書いたけど、「浪曲」が起源でしょ? 三味線の世界に安っぽい太鼓がからんでくる世界が演歌な訳で・・・。

 それを考えるともムード歌謡はどう考えても演歌ぢゃない。だってさ、もとを辿ればハワイアンじゃん、ムード歌謡って。

 それが、何で「演歌」にカイゴライズされちゃったのかは、ワタシャよくわかんないんだけどさ。
 
 特に、前川清っていうヒトの歌い方は、これは、ゴリオシのロッカーですよ。このアクの強さは・・。 そう思いません?

 まあ、直立不動な歌い方は、東海林太郎だけど・・・。


 さてさて 「そして、神戸」。

 ワタシは、個人的には、このヒトたちの曲の中では、この曲が一番好きなんだよね。

 どうしなんだろう? うーん、もしかすると、歌謡曲度が高いからかなぁ。
 ほら、ロックなアーティストでも、もろロックっていう曲よりも、やや「歌謡曲」に近いほうがキャッチーだったりすることがあるじゃん。まあ、あれと同じ。


♪ああああ〜〜〜 ながさきぅわぁ〜〜〜 今日も〜〜あめだった〜〜〜♪

よりも、ややソフトに

♪そして一つが終わり そして一人が生まれ〜 ♪

っていわれた方がよりキャッチーなんぢゃないかなぁってところなんだね。

 あ、たしかに、出だしの

♪こうべぇ〜〜 泣いてどうなるのくわぁ〜〜 ♪ 

はアクが強いけど・・


なんて、いろいろ御託並べてきたけど、単純に言うとね、この曲、ガキの頃、カラオケとかに行くと、必ずだれかうたっててさ、そんなで好きになっちゃったんだよね

 あ、だれか歌ってて・・っていっても、私の友達ぢゃないですよ・・・。オヤジの友達とか知り合いだよね。
 そのむかし、うちのオヤジもオフクロも、飲みに行くの好きだったからさぁ、よくスナック(て言葉も最近きかないよね)連れまわされてさぁ、スナック行くと8トラのカラオケセットで歌ってるヒトが多かったもんね。

 だからね、ワタシ意外とこの手の曲も抵抗なく聴けるんだよね。

 ただ、この手の曲を聴くと、あのころのスナック独特の匂いとか、ダバコの匂いを鼻腔から仄かに漂ってきたりしてね。


うーん、なんか、わけわかんないかきこになっちゃったけど、要するに、これまで「演歌」ってみんな思ってきた「ジャンル」曲も、よくよく聴いてみると、ホントは違うんだよってことですね。
 よくよく聴いてみると、ファンキーだし、単に表面だけに留まらない深さもあるし。。。


 このヒトたちが演歌で、和田アキ子が演歌じゃないってのは、やっぱ、おかしいじゃん。





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ケンとメリー〜愛と風のように〜 / BUZZ

1972_11_ケンとメリー_BUZZ






今回の1曲セレクトは、「ケンとメリー〜愛と風のように〜」BUZZです。

 まずはデータです。

・タイトル     ケンとメリー〜愛と風のように〜
・アーティスト   BUZZ
・作詞       山中弘光
・作曲       高橋信之
・編曲       高橋信之
・リリース日    1972年11月25日
・発売元      キング
・オリコン最高位  19位
・売上げ枚数    14.6万枚
・タイアップ:日産「スカイラインGT」CM曲

 いまや、CMタイアップとヒット曲っていうのは、切っても切れない関係になっちゃったけど、そんな流れが本格的になってきたは、例の資生堂とカネボウのキャンペーンソングが流行りだした、70年代後半からなんだよね。

 その昔は、CMに使われる曲は、CMオリジナルって言うのが「普通」だったわけで・・・。

 その流れに風穴を開けたのが、今回引っ張ってきた、「ケンとメリー」、略して「ケンメリ」だね。
 BoAの「メリクリ」と同じね。。。ふらふら

 うん、当時、青春時代をすごされていた方には、懐かしいんじゃないですか〜 日産「スカイラインGT」のCM曲で、当時、大ヒットした曲ですね。

スカイラインGT、、かっけよかったなぁ。。。
 ワタシ、車の免許とったら、最初はスカG乗りたかったんんだよねぇ。ホントは。

 やっぱ、若い時って、ちょっとかっとんで見たい衝動に囚われるじゃん。でも、値段的に手が届かなかった。

 そいと、オヤジがTOYOTA派だったから・・・ふらふら 「日産? ケッぷっくっくな顔」とか言われて、カローラ兇茵C羝鼎妊櫂鵐灰張泪縫絅▲襪痢
 それでも、このポンコツ、カローラ兇癲10万キロ以上走ったよな。


  話もどるけど・・・、フィルムCMっていうのも、いまじゃ考えられないし、それよか「1分CM」っていうのも、今ぢゃなくなったよね。通常15秒か30秒で。
 
 でも、当時は1社提供の番組とか、結構あったから、独自の1分CMっていうのも出来たんだよね。おそらく、そういうときに、このバージョンは流されていたんでしょう。。(すいません、詳細はよく知りませんふらふら

 ところで、曲のほうも、時代を感じるかなぁ。

 72年っていったら、メジャーところでは「歌謡曲」が中心。で、ちょっとアングラな部分にフォークがあったんだけど、それとは、また亜流な流れがあったんだよね。

 ソフトロック路線。
 当時ロックって言ったら、ギンギンのギター中心、「不良の音楽の代名詞」見たいな位置にあり、決してメジャーな音楽ではなかったんだけど、それとはちょっとかけ離れたところで、ソフトでおとなしめなロックって言うのが登場し始めたんだよね。それが丁度、72年ごろなのかなぁ。
 どの水脈由来の音楽なのか・・・っていうのは、ワタシもやや不明な部分があるんだけど、そういう音楽の流れがあったことは、すくなくとも間違いない。

 それの代名詞のような曲が、今日引っ張ってきた「ケンとメリー」でもあるんだよね。

 ↑の動画聴いてもらえれば、分ると思うんだけど、ヘビーなギンギンなロックではない。

 ちょっと南部っぽい匂いもしつつ、カントリーな匂いもしつつ、スローなロックっぽいナンバーっていうの?
 加えて、後ろでストリングスもなっちゃってるような・・・。

 ただし、歌謡曲ほどダサくなく、AORほど洗練されてなく、適当に垢抜けている。


 うーん、言葉では表しにくいんだけど、そんな感じ。 それまでのフォークとも違うし、かといってロックでもない。カテゴライズしにくい曲。まぁ、とってもビミョーな路線の曲ね。


 一時は、これらをまとめて「ネオGS」とも呼ばれていたようだけど、そんな総称は、一般に広がる前に廃れてしまう。

・・・・かといってニューミュージックっていう言葉は、まだ一般的ではなく、その中間地点で「ソフトロック」っていうジャンルがあったようなんだよね。

 うん、この曲のような曲。後は、初期の頃紹介した、猫っていうグループとか、メジャーなところではガロなんかもそうですね。

  チューリップは、よりバンドサウンドに近かったから、ネオGSって呼ばれていたようたけど、曲調的には、ソフトロックにカテゴライズされてもいい感じもするな、個人的には。

 ちなみに、「ソフトロック」っていうジャンルは、正式な音楽ジャンルには認められていない。うん、総称だね。


 今だったらなんだろうなぁ・・・・、オルタナっぽい音楽は、これに近いかもしれない。

 あとは、日本で言ったら、山崎まさよし とか・・・あんな感じの音楽。


 だからさ、何年か前に山崎まさよしが、カバーアルバム「COVER ALL HO!」で、この「ケンとメリー」カバーしたじゃん。

 これはビンゴ!とおもったなぁ。 さっき試聴してみたんだけど、このアルバムの中では、やっぱり、一番、山崎まさよしにあってると思う。絶対、これはオススメexclamation ×2

 オリジナルと瓜二つですよ、ウン。雰囲気、イメージ、全て含めて。


 でもさ、時代は繰り返すではないけど、最近、ヒットチャート全体的に見渡して、こんな様なソフトロック路線な曲が、流行っているような感じがするんだよね。

 家でスカパーのスターデジオ聴いてるじゃん。そうすると、よくわかるんですわ。

 一時は、猫も杓子もHIPHOPかR&Bだったけど、すでにほぼなり潜めたねぇ。

 それに変わって、ソフトロックに類似するような、全体的にソフトな曲が大勢を占めてきてるようなきがする。

 まあ、いいか悪いかはよくわかんないんだけどね・・・。ただ、誰かが右を向くと、一斉に右を向くような、今の業界スタイルは考えもんだよね。


・・・・という訳で、やっぱり、この曲を語るには、スカGのCMじゃなきゃね。。。




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喝采 / ちあきなおみ

1972_11_喝采_ちあきなおみ






今回の1曲セレクトは、「喝采」ちあきなおみ です。

 まずはデータです。

・タイトル    喝采
・アーティスト  ちあきなおみ
・作詞      吉田旺
・作曲      中村泰士
・編曲      高田弘
・リリース日   1972年9月10日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   80.7万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年11月6日〜1973年2月26日付

 曲のジャンル分けって難しいわけで・・・。だから、個人的には、曲をジャンル別に分ける作業って、無意味な気もするんだよね。

 でも、最近、事細かにジャンル別にわけてるサイトって結構あるじゃん。あれって意味あるんでしょうかねぇ。

 例えば、ある曲がロックのジャンルに入ってたとしても、もし、聴き手が、その曲がポップスだと思ってたら、永遠にたどり着かないわけじゃん。

大別して、邦楽と洋楽だけでいいんじゃないの・・・って思ってる主義なヒトです、ワタクシ。

 さてさて、今回ひっぱてきた、ちあきなおみの「喝采」という曲。

 これも、聴くヒトによって、分けたくなるジャンルってバラバラなんぢゃないですかねぇ。

 ヒトによっては歌謡曲。今の世の中では、一律に「演歌」に入れられちゃうかもしれない。

 でも、最近、J-POP通の間では、この曲は「ソフトロック・AOR」あるいは「アシッドジャズ」に分類するヒトが多い。 ソフトロック・・・ジャパニーズAOR、あるいはジャパニーズアシッドジャズの走りの曲って言うわけですわ。
今で言ったらJUJUあたりに近い・・・っていうイメージだったんだよね。
っつうか、JUJUがこの曲あたりの、ちあきなおみに似せてるような感じなんだよな。

 その通り、バックではオルタナ風のオルガンが永遠と流れたりしてる。ストリングスも、もろ「歌謡曲」なチープな取ってつけたようなストリングスとは違い、きちんとまとまったオーケストレーションを展開してたりする。

 まあ全体的な雰囲気からすると、純AORというよりも、ジャケ写に映っている様な「コンガ」のリズムも似合いそうな、ちょっとラテン的な雰囲気はある。

 さっき、椎名林檎のアルバム「無罪モラトリアル」を聴いた後で、この曲を聴いてみた。全く違和感がない。なんか、続きを聴いているような錯覚に陥ってしまいましたよ。

・・・ということは、少なくとも、90年代後期のJ-POPSと同化するようなサムシングが、この曲に潜んでいるんぢゃないか・・・なんて、思っちゃいました。

 そんなわけで、ワタシャ、この曲を、フォークニューミュージックのジャンルにまとめて保管しております、音源を。

 いや、絶対に、この曲は「歌謡曲」ぢゃないって。

 あのころの歌謡曲って、ちょっと誤解されている部分が多いかもしれないんだよね。

 まあ、それこそ、70年代頃って、細かなジャンル分けなんてしてなかったじゃん。ヒット曲は、一まとめに「流行歌」だったわけで・・・。

 それでいいんじゃん・・・っていう気もするんだけどね。

 だから、今の時代、レコード屋さんなんかで、「ちあきなおみ」がJ-POPの並びに入ってなくて、演歌・歌謡曲の棚に陳列しているのを見ると、なんか、ちがうんぢゃね? 

 ・・・と思っちゃたりするワタシです。

 ちなみに、最近はJUJUだけじゃなくて、大雑把に見ても、この時代あたりの曲調・・・というか「雰囲気」の曲が多くなってきたよな。
 まずもって、今年に入ってChayなんかがそうだし、サカナクションの新曲「新宝島」なんかも、雰囲気は70年代ですよね。ま、PVからして「ドリフ大爆笑」からのパロディなんで、そう言うイメージが余計に強いんだけど。
 それと、西野カナは、日本的ではないけど、時代背景的には、この「喝采」の頃の洋楽だし。まあ、ルネッサンスって感じなんだよな。


 それにしても、この曲は、悲劇な#2曲としても有名ですな。
まあ、曲内容として、亡くなった「恋人」を主題にした曲ではあるんだけど、チャート上でも悲劇な曲だったわけです。

 この曲の最高位は2位です。しかも「11週連続2位」 なんていう、単独曲としては、もっとも長く2位に留まりながら、1位を取れなかった曲として、あれから42年経った現在までも、未だに、抜かれておりません。

 これは当時、ぴんからトリオの「女のみち」(売上げ325万枚。歴代第2位)が16週連続1位の真っ最中で、抜くに抜けなかったわけですね。
 なにせ、11週間、「女のみち」とのガチンコ勝負が続いていたわけですから・・・・。

 ちなみに、「女のみち」は、この「喝采」の前に、三善英二の「雨」の1位獲得も阻止してます。

 うん、16週連続1位って言うのは、連続1位記録としては、シングルでは、未だに抜かれていない記録。
(ちなみに、単曲の1位獲得記録は、ピンキーとキーズの「恋の季節」の17週1位獲得。この時は12週連続、プラス5週連続1位)

まあ、「ネコの目」のようなチャートアクションが普通になってしまった今では、、もう、これらの記録は永遠に抜かれないでしょうね。



 それと、この曲で、ちあきなおみは、1972年度、第14回日本レコード大賞を受賞。

 この時、まさに、「大ヒット」の最中の受賞だったわけだけど、こういうパターンって、意外と珍しいよね。

 この曲と、あと、1976年 第18回日本レコード大賞の、都はるみ「北の宿から」くらいじゃないかしら、まさに大ヒット中の受賞・・・っていうのは。




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旅の宿 / 吉田拓郎

1972_09_旅の宿_吉田拓郎






今回の1曲セレクトは、「旅の宿」吉田拓郎 です。

まずは、データでーす。

・タイトル     旅の宿
・アーティスト   吉田拓郎
・作詞       岡本おさみ
・作曲       吉田拓郎
・編曲       クレジットなし
・リリース日    1972年7月1日
・発売元      CBSソニー
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    70.0万枚
・ベストテンランクイン期間:1972年7月17日〜10月23日付

 この間、井上陽水を書いたんで、ここいらで70年代のライバル、吉田拓郎の曲を持ってきたいな・・と思ってまして。 
・・・・ということで、今回の1曲セレクトは吉田拓郎氏の曲で決まり!
で、できれば、「人間なんて」がいいな・・と思ってたんだけど、この曲リリースは11月なんだよねぇ・・ちょっと時期ハズレ・・。

なので、吉田拓郎氏としての「シングル」の最大のヒットの「旅の宿」を持ってきましたわ。

オリコンの1位を獲得したこの曲なわけで、もう、みなさんご存知の曲かなぁ・・とおもわれるから、詳しい所はなくてもいいかなと思うんだけど、この曲のシチュエーションがね、さすがに今はあんまりないかなぁと時代を感じるんですよね。

 旅の宿・・・、今みたいに「ホテル」ぢゃないよ。旅館ですよ〜。
 旅の旅館に、若い2人がシケこんで、月をみながら、一杯やる・・・。

 いやいや、いいぢゃないですか!  

 ・・と思うようになった、オヤジかな・・最近の感覚では。

でも、あの時代は、若くても旅館にシケこんで一杯・・っていうのが、大人の証だったみたいですね。

 なんていうのかな、いっぱしの大人になった・・・つもり・・というかね、まだ、あの時代は「大人になる」ということは、ある種のステータスだった・・・ようなんですよね。


 うーん、さすがに、ちょっとこの辺の感覚は、ワタシでは分からないので、あくまで、もののほんの受け売りなんだけどね。

 でも、このころは、みんな考え方が大人だったようなきがする。少なくとも今よりは・・。
 それが、なんとなく、ワタシにしてみれば、うらやましかったりしてね。

ちなみに、吉田拓郎氏のシングルとしては、この曲が唯一の1位獲得曲なんだよね。当時「フォークの神様」と崇められ、もっとも売れてたアーティストの一人なんだけど、その割にシングルでは1枚しか1位をとってない・・・ってのは、意外かもなぁ。
 まあ、シングルアーティストというよりはアルバムアーティストの側面が大きかったですからね。それに、当時は1位って言うのは特別な存在でしたから、そうそう何曲も取れるものではなかったんだよね。




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芽ばえ / 麻丘めぐみ

1972_07_芽ばえ_麻丘めぐみ






今回の1曲セレクトは、「芽ばえ」麻丘めぐみです。

 まずはデータです。

・タイトル    芽ばえ
・アーティスト  麻丘めぐみ
・作詞      千家和也
・作曲      筒美京平
・編曲      高田弘
・リリース日   1972年6月5日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数   42.0万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1972年7月17日〜10月2日付

 個人的には、メインは80年代なんで、正直いうと70年代アイドルには、それほど詳しくなんだけど、それでも、一応ね大ヒットした曲くらいは、押さえている・・・って感じかなぁ。
 というわけで、今回は、そんな70年代アイドルの大ヒット曲、麻丘めぐみの「芽ばえ」。 

麻丘めぐみって、ま、今では女優さんになっちゃいましたけど、れっきとした70年代前半のトップアイドルですね。
・・・なんて、当時を知ってる方からしてみれば、何をいまさら言ってんだ? ってところだろうなぁ。

 で、もって、今日引っ張ってきた、この「芽ばえ」がデビュー曲ですな。次の年の「私の彼は左きき」でピークだったんたけど、そうしてみると、なぜか「夏場」にリリースした、いずれの曲がこのヒトの代表曲となっているわけですねぇ。夏場が勝負と踏んでいたんでしょうかねぇ。まあ、細かい事情はなくわかんないですけど・・・。なんせ、当時、わたしゃ、2〜3歳ですからぁ。まだ、完全に物ごころついてなかったしなぁ。
 
 もちろん、今日引っ張ってきた、「芽ばえ」だって、麻丘めぐみの「オリジナル」ではなく、その10年後、水谷絵津子がカバーした「芽ばえ」の方で知った・・・っていうのが、現状だったりしてね。

 これがさあ、今聴くと、とっても素晴らしいのよ。歌がヘタすぎてふらふらふらふら

 以前は、動画が落ちてたんだけど、今は無くなっちゃったみたいですね・・・。なので割愛ですが、だけど、なぜか、当時のワタシ、この曲に引っかかったんだよなぁ。今聴くと、ぜんぜん80年代っぽくないんだけど、ちょうど82年の今ごろって、カバーブームで、70年代アイドルの曲をみなさん、必死になってカバーしてましたからねぇ。まあ、流行だったんだよね。だから、82年の今ころのアイドルの曲は、総じて言えば、あんまり曲の「進化」は見られない。どっちかというとアナクロな時期だったのよ。
 ま、その反動もあって、83年に入ると一気に変わっていくんだけどさ、アイドルの曲想も・・・。



・・・・・ととと、今日は水谷絵津子ではなくて、本家の麻丘めぐみの「芽ばえ」なんだけど、まず、時代背景的には、よくわかんないんだけどさ。筒美京平氏の曲といっても、それほど目新しいところは感じない。 その代わりにめっちゃ素朴だよね。ポップスというよりも、ほんの少し歌謡曲よりなイメージなのは、次の年の浅田美代子につながっていくような流れか。まあ、その前に、アレンジャーが高田弘氏っていう歌謡曲畑の方が担当していたっていうのも存分にあるだろうな。現に、次の年の「私の彼は左きき」では、筒美氏本人が自らアレンジしたことによって、よりポップス度が増していた印象が強いし。

 ただ、その当たりが、レコード大賞の選考委員には気に入られたんですかねぇ、この年のレコード大賞の最優秀新人賞は、レコード売上げの実績からみても、圧倒的な下馬評だった天地真理を押さえ、このヒトがとっちゃったんだからさぁ。

あ、個人的には、天地真理さんよりも、麻丘めぐみさん派なのね。
正当派・・・というよりもお嬢さん派ってところも、真のトップアイドルっていうよりも、「2番手」って言うのもいいのよ。70年代アイドルといったら、トップに天地真理さんが居て、このヒトは、それを追随するっていうイメージじゃないですか。
 同じように80年代では、トップの松田聖子よりも、それを追随する、河合奈保子派だったしさぁ。

それと、ちょっと鼻にかかった声がいいんだよね。如何にも、筒美京平氏好みって感じで。
筒美氏って、ホント、鼻にかかる声質の人が好きなんだよね、平山みきさんにしても、松本伊代さんにしてもそうでしょ。 それと、このヒトと・・・。

 それにしても、この曲の全編にわたる、大げさくらいの「リバーブ」(エコーね)は、いかにも、70年代! っていうイメージが強いなぁ。

 当時は、アイドルは「うんこはしない」「かすみ食って生きてる」(んなわけねーだろ!)なんて、まるで「仙人」な存在だったわけだけど、この大げさのリバーブが、そんな「おとぎ話」なイメージもまことしやかな感じにさせてくれたりするから、不思議なもんですわ。


 ちなみに、当時の印象として、「芽生え」っていうと、幼児雑誌の「めばえ」を連想しちゃう私は、やっぱ70年代初頭は、まだ物ごころついてなかった世代かなぁ。。。




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