かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1970年

白い蝶のサンバ / 森山加代子

1970_04_白い蝶のサンバ_森山加代子


今回の1曲セレクトは、「白い蝶のサンバ」森山加代子です。

まずはデータです。

・タイトル     白い蝶のサンバ
・アーティスト   森山加代子
・作詞       阿久悠
・作曲       井上かつお
・編曲       川口真
・リリース日    1970年1月25日
・発売元      コロムビア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数   47.5万枚
・ベストテンランクイン期間:1970年2月16日〜4月27日付

奇抜な曲。一聴して「なんじゃこれ」って思える曲だよね。これは、昔も今も変わらずにあるよなぁ。

ただ、昔の奇抜な曲って、どこか可愛らしかったんだよな。いわいる「ギャグ」ってやつでさ。たしかに放送コードにひっかかるような「放送禁止」曲ってうのもあったけど、どこか笑ってごまかせちゃったりしたやん。
今の奇抜な曲っていうのは、ホントに奇抜だからさあ。どう解釈したらいいか理解不明・・というか。
これも時代の流れなんだろうけどね。

さてさて、今回引っ張ってきた曲も、奇抜っちゃ奇抜な曲だよね。

森山加代子さんの「白い蝶のサンバ」。

そもそも

♪ あなたに抱かれて私は蝶になる〜 ♪っちゅう メロディ出だしのAメロがさあ奇抜なんだよなぁ。

もろ中国音階ってやつでさ。

昔、某国営放送 でデーモン閣下が

ジョワーン(ドラの音)    「あなたに抱かれて、ワタシ蝶あるよ」 

なんて茶化してたけど、まさにそんな感じ。

そもそも、上の歌詞だけを見ても、よもや、この部分が「中国音階」のメロディがついてるなんて思えないしさぁ。

後年同じようなシチュエーションの歌詞で、秀樹の「君よ抱かれて熱くなれ」って曲があったけど、これはモロ、ヨーロッパ系な曲だったじゃん。

一体どこから「中華」なイメージが来るのか・・。奇抜だよなぁ。

ぢゃ、その後も全般にわたって、「中華」なイメージで攻めるのか・・というと、これまた、さにあらず。

サビで、 マイナー調からメジャー系、カンツォーネ風に一転。 マカロニウエスタンだよね。

なんじゃ、この変わり身の激しさは・・・。  

1曲中、場面場面で、まったく違う展開がある。 もしかすると、「1970年」って言う時代の歌謡曲の王道だったのかもしれない。 

例えば、同じ1970年にオリコン1位を獲得したヒデとロザンナの「愛は傷つきやすく」もそうだったじゃん。マイナー調のAメロから、サビでいきなりメジャーなカンツォーネに急展開するっちゅう。

まあ「愛は傷つきやすく」は、この「白い蝶のサンバ」ほどの「奇抜さ」は無いけど・・・。

で、「白い蝶のサンバ」の場合は、それだけに留まらない。 

メロディを追いかける。バックのトランペットのリフは、もろパート・バカラック、もしくは、ハーブ・アルパート、つまりはアメリカンな世界な訳ね。

ココまで来ると、いったい、この曲はどこの国の曲なんだ? なのよ。

確かに、時代的にマカロニウェスタンというイタリアンな文化が流行ってたし、バカラックもハーブ・アルバートもこの時代の象徴的な音楽だし、だから時代背景としはよく分かるけど・・・。


無国籍音楽。 

これなんだよね。 これが歌謡曲の王道なんだよね。 

歌謡曲のメロディは、向こうの音楽の官能的な部分を抽出し、日本人の感性にマッチさせたような独自なメロディっていわれるけど、メロディだけじゃ無く、サウンド的にもそう。

どこどこ風ではなく、世界中の「ヒット曲」のキャッチーな部分のごった煮なサウンド。
言ってみれば節操のない音楽。それが歌謡曲って訳ですわ。

でも、これが日本人の得意技であるし、明治維新以降の、日本文化の根幹なんだよね。

つまりさ、文化、産業、政治、学問なんでもそうなんだけど、一から物を作るんじゃ無く向こうのモノのいいところを、日本的にアレンジする。まあ、言ってみれば向こうの2次的産物であるわけだけど・・・。

だけど、時として、向こうのヒトには生み出せないような日本ならではのクオリティのモノが出来たりする。

歌謡曲っていうのも、その一つなんじゃないかな。

そもそも、外国にココまで「節操のない曲」なんてそうそうないと思うし。 アイデンティティが無いなんて笑われるのがオチだよね。

もっとも、「歌謡曲」っていうのは、向こうのヒトから見ると「サイケデリック」な音楽に感じるらしいけど。
要するに実態のない奇抜な音楽ってことなんでしょうね。

まさに、この「白い蝶のサンバ」ですね。

そもそも、どう聴いても「サンバ」ぢゃねーし、この曲。 今だったら「詐欺」って感じでネットで炎上してもおかしくないよなぁ。
あ、この曲だけぢゃなく、チェリッシュの「てんとうむしのサンバ」もそうだよね。 一体どこがサンバやねんってタイトル。

そういう節操のないところが1970年代っていう時代だったんよ。 そんなところで目くじら立てなかったのよ。

でも、そんな節操のない曲を平気でリリースして、しかもオリコン1位・・・つまり日本で最もヒットしてる曲・・・になるっていうのが、逆に言えば日本のスゴい所だったんじゃないのかなぁ。
日本独自の価値観ってやつですよ。
1970代っていうのは、日本国中、そんな独自の価値観、とりわけ音楽などの文化においても、花開いた時代なんじゃないのかな。

まあ、ヒトもみんな節操無かったんだよね、こういう音楽をなんの疑問も衒いも無く作れた訳だから。

だから、こんな節操のない無国籍な「歌謡曲」が黄金時代になり得たんだと思うし、だからこそ、「Japan As No.1」と言われるような国になり得たんだと思う。

今はさ、グローバル社会だぁ、なんだぁ・・と、兎角、世界的な協調性ばかり重んじられる社会になっちゃったでしょ。個性よりもコミュニケーションって言う名の下での協調性。個人的にはそこにツマン無さを感じてたりもするのね。
もっと無節操で、おおらかでいいんじゃねーのかなぁ、世の中。 



森山加代子さん、この時30才。
いやいや、でもカメラを引くと、30才とは思えないですね。お若い。
確かに、最近は30才なんて、見た目20代と変わらないのが普通だけど、1970年当時、30才なんて言ったら「オバチャン」だったよなぁ。 いや、そういう印象が強いけどなぁ。
さすがは、元々は「アイドル」としてデビューしただけありますね。

逆にカメラが寄ると「ツケマツゲ」の長さがスンゴイけど。。。 まあ、これも1970年代前半って言う時代だよなぁ。 ウチの母親もつけてたわ、長ーいツケマツゲ。逆さまつげかって感じのやつ。

だけどテカテカ光るリップがこの時代の流行りだったのかな? これはちょっと発見だった。
これを含め、全体的にキツメのメイクは、この後2000年代にもありましたよね。
時代は繰り繰り返すんだよね。



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圭子の夢は夜ひらく / 藤圭子

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今回の1曲セレクトは、「圭子の夢は夜ひらく」藤圭子です。


まずは、データです。

・タイトル      圭子の夢は夜ひらく
・アーティスト    藤圭子
・作詞        石坂まさを
・作曲        曽根幸明
・編曲        原田良一
・リリース日     1970年4月25日
・発売元       RCA
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数     76.5万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1970年5月18日〜8月24日付

 親子2代にわたって「歌手」・・・っていうと意外と多いんだよね。最近ぢゃ、2世タレントなんてザラにいますしね。
 
 BUT、親子2代にわたって、ヒットチャートで1位を取る。

 ・・・・となると途端に確率は低くなる。

 オリコンが始まって今年で47年。 その47年の歴史の中で、親子2代にわたって1位を獲得したアーティスト・・・って、なんとたった2組。

1組が、森山良子 森山直太朗 親子

で、もう1組が藤圭子 宇多田ヒカル 親子

となるわけ。

 あ゛、ひとつ加えておくけど、森山良子って1位とってるの? っていう方に・・・ハイ、しっかり1位獲得しているんだよね。
 1969年、禁じられた恋 という曲で7月14日〜9月1日付まで、8週連続1位獲得しておりまする。

 ただ、森山親子は、仲良く1曲ずつの1位獲得。1位の取り方まで親子で似ているわけね。

 それに対して、藤圭子、宇多田ヒカル 親子は、複数曲で1位を獲得しているのよ。

 まあ、ヒッキーについては、改めて説明するまでもないけど、母親の藤圭子さんは、この「夢は夜ひらく」のほかに「女のブルース」で1位を獲得しておりまする。

 当時、1位を複数曲で獲得していたアーティストは、珍しかったんですよ。今と1位の感覚・・そのまえにヒットチャートそのものの構造が違ってたからねぇ。
 「1位」は別の次元の曲だったわけですよ。それを複数曲獲得してたってことは、やっぱり、当時の「大スター」の証だよね。

 ブルースの女王・・・って書くと、とかくジャンルは「演歌」に入れられがちだけど、個人的な考えでは、決して演歌ではないんですよ。
 この「圭子の夢は夜ひらく」も、もろブルースなんだけど、ワタシは演歌には分類しないですね。
 これこそ、日本の元祖R&Bですよ。misiaとかUAと同一線上なんですよ。
 
 演歌の起源は浪曲でしょ。「和」のきわみから派生してるんだよね。でもさ、この曲には、浪曲の要素も匂いも入っていないもの。
 今じゃ、とかく、ブルース、ムード歌謡含めて演歌っていうカテゴライズされちゃいけど、実際は違うんだよね。
 

 しかし、藤圭子って、重い歌が多いよなぁ。

♪15 16 17とあたしの人生暗かった〜 ♪ だもんね。

 これは、少なからず、藤圭子自身を歌った歌なんだよね。実際、流しの親について、あちこち流浪の身の生活を送っていたそうですからね。
 「人生の切り売り」・・・。これが藤圭子のメイン戦略だったんですよね。

 この辺は、ヒッキーとは、全く対照的だよね。

 イメージからすると、蛍光色の宇多田。 暗黒の藤圭子・・っていうかね。

 ただ、あの時代は、「流行歌」というえば、「夜に向かって歌っているもの」という、いわいる「お水」系な歌が主流であって、いわいる「子供」向けのヒット曲はほとんど無かったわけだから、このイメージっていうのは、必然的だったのかもしけないよね。

 それと、もう一つ、藤圭子は、元祖「新宿系」なんですよね。新宿を主な拠点としてイメージされていたっていうかね。
 デビュー曲も「新宿の女」でしたからね。

 やっぱり、夜の混沌としたワイザツさ、ネオンのどぎつさとお水系といったら、新宿なんだよね。

 椎名林檎。このヒトものちのち自ら「新宿系」と語ってたけど、だから、このヒトが元祖ではないんだよね。厳密に言うと。

 ただ、椎名林檎も元をただせば、藤圭子に行き着くんだよね。曲のワイゼツさ、原色のどきつさは、ブルース、あるいはサイケデリックなんですよね。
 「歌舞伎町の女王」なんてのは、もろそうだよなぁ。



しかし、この堂々たる気構えはどこから来るんでしょうねぇ。藤圭子さん、この時19才ですよ、19才。
見えないよなぁ、この落ち着きからして。
最近のキャピキャピウルサイ、どっかのアイドルとは大違いだよなぁ。


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走れコータロー / ソルティシュガー

1970_10_走れコータロー_ソルティシュガー





今日の1曲セレクトは、「走れコータロー」(ソルティシュガー)です。

まずはデータから

・タイトル     走れコータロー
・アーティスト   ソルティシュガー
・作詞       池田謙吉
・作曲       池田謙吉
・編曲       池田謙吉
・リリース日    1970年7月5日
・発売元      ビクター
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    67.5万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1970年9月28日〜1971年1月25日付(うち1971年1月4日付で1位)



 昨日は、書きませんでした。風邪ひきましたです。。。。。プラス、寝不足でして・・・体にオモリつけたみたいな感じてさー、体が重たくてねぇ。 床に就いちゃいました。。。
 今になって、やっと、もとに戻ってきた感じですわ。
 

 明日は菊花賞。 ディープインパクトっちゅう「ウマ」が注目を集めますな。新聞でもスポーツ欄でなくて、一般社会面で、「シンボリルドルフ」以来、21年ぶりの「無敗」での3冠なるか!? っちゅうね。単勝1.0倍なんていう、とんでもない倍率が付いております。

 え? やけに詳しいやんけって?


そりゃアンタ、昔、一時期は、ワタシ、競馬オタクでしたからねぇ・・。あ、ワタシだけでなく、ウチのMotherもなんだけどね。
 正確に言うと、ワタシの場合は、1990年に大学に入ってからかなぁ、1990年の菊花賞、メジロマックイーンとホワイトストーンでとってから、ちょっとおかしくくなった(^^;; 、あ、いや、狂いだした。。。ワタクシ。
 ピークは、1994年頃かなぁ。丁度、社会人になった年。 あの時は、秋のG1 10レース、8勝2敗だったかな。

 ただね、ここをピークに徐々に熱は下がってったんだけどね。一時は、自宅投票用のモバイル投票機まで「当てて」毎週自宅から投票したりね。(今は、パソコン上から馬券買えます)


 ところで、ヒットチャート好きな人には「ウマ好き」なヒトは多いなぁ。あ、ウマ好きというより競馬好きね。
そもそも、ワタシが1990年に競馬にハマったのも、1990年に結成した、「オリコンチャート研究会」の連中に、競馬ずきがおおくてねー。 それで、ハマったのもある。
 余談だけど、当時のメンバーに、本当にケイバでメシ食ってた、プロの馬券氏とかいたもんね。たしか、なんかの雑誌で薀蓄書いてたりもしてたな。。。


 まあ、チャート予想と、競馬予想って、基本的に「考え方」、「使う脳みそ」が同じだかんねー。
結局、ウマの着順あてるのも、チャートの順位当てるのも、基本はそれまでのデータ、傾向、最近の動向・・・などなどの各種データ積み重ねと経験、センスが物を言うからねー。
 チャート予想とか、やって、初心者のヒトがスコーンと当てちゃうことあるけど、これも、競馬のビギナーズラックと同じだし。。

 そういうことから、ヒットチャート好きに競馬好きが多いのは、まあ、ある意味、必然的なのかなぁ・・と思ったりして・・。


 ・・ということで、明日の菊花賞に併せた曲を・・・というと、やっぱ、この曲しかないでしょう。

ソルティシュガー 「走れコータロー」

 んー、でも、実際は、この曲は「ダービー」のこと歌ってんだろよね。歌詞にもあるように

 ♪ 天下のサラブレット 4歳馬〜 今日はダービー めでたいな ♪

ですからね。

 ならば、ヒットしたのも、その時期? と思いきや、ヒットしてたのは、1970年の「秋」〜翌年の「冬」にかけてなのよ。
 なんていうかもね、折りしも秋のG汽掘璽坤鵑吠擦擦燭茲Δ縫戰好肇謄麁りして、翌年1月の1週目・・っつうことは、集計は、年末の「有馬記念」の頃に1位とってるなんで言う、めちゃくちゃ、競馬のシーズンに併せてヒットした曲なのですわ。

 あ、ちなみに、歌詞は、ダービーで「天下のサラブレット4歳馬」になってるけど、これは、「数え」で4歳ってことで、今は、馬の満年齢で数えるから、さしずめ ♪天下のサラブレッド 3歳馬」になるのよね。

 それと、G気覆鵑董当時はなかったわけで、さしずめ「秋の特別オープンレース」シーズンに併せてって感じですかね。


 しかし、楽しいウタですよね。 ソルティシュガーって、フォークグループなんですけど、メンバーには、いまや「キャスター」っていう感じになってしまった、山本コータロー氏と、のちにビクターのディレクターになった、高橋隆氏が中心のグループでした。

 歌詞に♪走れ 走れコータロー♪ ってあるじゃん。これは、山本コータロー氏が、いつもいつも練習に遅れてくるもんだから、皮肉で、曲をつくった池田謙吉氏がつけたそうですわ。

 それから、歌の途中で入る、高橋隆氏による、当時の「美濃部」都知事の物まね

 「え〜 このたび、公営ギャンブルを廃止するにあたり〜」〜「本日の第4レース・・・」っていうのは、当時、東京都条例にあった、「公営ギャンブル廃止条例」を皮肉ったギャグなんですよね。
このあたりは、当時の世相がわかんないと、何のことだからわかんないし、面白いのかなんなのかもわかんないですけど・・・。

 ちなみに、このころ「公営ギャンブル廃止条例」によって、当時 後楽園にあった「後楽園競輪場」が、そのまんま「後楽園プール」に変わったのよ。
 
 まあ、その辺も皮肉った内容なんですけどね。
 当時のフォークによくあった、社会風刺をちょっと皮肉ってパロディにした曲って感じなのかな。


 あー、ちなみに、この曲、後年、アニメ「マキバオー」の主題歌「走れマキバオー」になってたから、知ってるヒトは多いよね。
歌詞もちゃんと、「走れ走れコータロー」から「走れ走れマキバオー」になってたり、上の「美濃部」知事のセリフのところが、当時の「青島」都知事に代わってたり、結構、細かいところまで、変更してたりしたよね。


 それから、ソルティーシュガーの高橋氏は、上で書いたように、後にビクターのディレクターになられて、森進一「襟裳岬」などを手がけています。
 いわいる、ジャンルの「垣根」をこえた、異種混合ジャンル曲の発表、〜今でいったら、一種の「ミクスチャー」だよね〜を手がけた方です。
 つまりぃ、「襟裳岬」は、作詞 岡本おさみ 作曲 吉田拓郎 っていう、全くの「拓郎」チーム⇒完全なフォークのチームの作品なんですよ、
 それを「演歌」の森進一に歌わせる。という、それまで前例のない人をやられた方ですわ。

 そのころ、「演歌」と「フォーク」って水と油のような関係でしたからね。

 ワシよく、音楽業界を皮肉って、「あっち側」「こっち側」っていう表現使うけど、もともとは、ここから来たんですよ。
要はね、当時の演歌は「あっち側」⇒ゲーノー界、興行、パンチハーマ、ダブルのスーツ バックにワコイ方々の影・・・
という昔ながらの業界慣習、「こっち側」⇒音楽中心、ジーンズ、長髪・・・という、当時の若者文化を反映したような縮図だったんですよ。
 まあ、これは、今も変わんないですよね。

 で、「襟裳岬」で、「あっち側」と「こっち側」を初めて繋いだ方が、この高橋氏・・ということなんですよね。


 最近、CDウレナイけど、そろそろ、こういうことやんないとダメじゃないですかねぇ。つまりぃ、ジャンルの垣根をこえた異種混合ですよ。
 曲にしたって、バンド系だったら、自分たちで作っちゃうことがほとんどだけど、全く違う人に作ってもらうとかさぁ。

 B'zの曲をミスチル桜井が作るとか、これ、おもしろいでぇ。 本当にやんないですかねぇ。



 えーと、元に戻るけど、最近といったら、 競馬はですね、私はほとんど、足洗ったですねー。なんか、飽きちゃってねー。
 だから、明日の競馬も馬券買ったりはしませぬ。だけど、ミーハー心でレースだけは、見ちゃうかもなぁ。






※2005年10月に書いたものの再掲載です。


手紙 / 由紀さおり

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今日のオススメの1曲は、「手紙」由紀さおり です。

まずは、いつものようにデータから

・タイトル       手紙
・アーティスト     由紀さおり
・作詞         なかにし礼
・作曲         川口真
・編曲         川口真
・リリース日      1970年7月5日
・発売元        東芝EMI
・オリコン最高位    1位
・売上げ枚数      67.6万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1970年8月3日付〜11月2日付


 毎日、i-tunesを聴きながら、通勤してるのね。 あ、このあいだ、「STAR LIGHT」の時も同じようなこと書いたけどね。 いま、「ニューミュージック」編を入れてるんだけど、たまたま、今日聴いてたのが1970年前後の曲だったのよ。 そう、この曲も含まれてたんだけどね。
 で、「あ、そういえば、この曲って、今頃のヒットだったよなぁ」と思いまして、急遽、引っ張ってきました。
当初は、全く考えてなかったんだけどね。ホンとは、また「アイドル」の別な曲を考えてたんだけど、また、後日書きまする。

 しかし、この曲、いいよね。いまでは、考えられないような「まっすぐ」な曲でさ。 やっぱし、ボーカルのイメージかなぁ。どうしても、「由紀さおり」っていうと、ウチらの年代でも、文部省唱歌とか、「トルコ行進曲」っていう、感じだもんね。 どうしても、「流行歌歌手」というイメージでは・・。
 でも、正真正銘、オリコンで1位とってる、アーティストだかんね。 しかも、前年の「夜明けのスキャット」につづ
いて2曲めの1位獲得曲。 今で言ったら、浜崎とか、大塚愛ですよ。 


 この曲の聴きどころは、やっぱり、ベースラインの動きですね。めずらしいところですが、作曲、アレンジが川口真さんの場合は、ベースラインを注意して聴くっていうのが、「鉄則」・・・とまでは言わないけど、聞き耳立てるべきですよ。
 もののホン、「歌謡曲完全攻略ガイド」っていう本では、この曲「カーティス メイフィールドを思わせるような華麗な16ビートを展開していて〜」とあるように、この曲のベースライン、動きが激しい16ビートのベースラインなんですよね。
 最近は、このテのベースラインの曲は、あんまり聴かない。やっぱり、基本ロックやヒップホップにリズムが偏っちゃっ
てるからかなぁ。
 この曲は、同本でも紹介されているように、シャンソン、または、アレンチポップスに近い、ヨーロッパ系ポップスのイメージが多分にあるもんね。
 そういえば、フレンチポップスの名曲、シルヴィバルタンの「あたなのとりこ」もベースラインは、この曲のように動きがあるもんね。
 川口真氏による作曲の曲では、河合奈保子の「愛してます」も似たようなベースラインだね。 兎に角、川口真氏の曲はベースラインは注意して聴いてみるべし! ほんと、特徴的で、面白いですよ。

 でも、複雑なベースラインにしては、曲構成は、ものすごくシンプルだよね。

 A⇒A’⇒A⇒B(サビ)

 これだけ・・・・。 サビなんて、♪涙で つづりかけた お別れの 手紙 ♪ だけですよ。わずか4小説。
うーん、なんてシンプル。 それでいて、しっかりと印象づけられるメロディライン。 最近の「重箱の隅をつついたよう
な」複雑なサビとは、えらい違いだよね。
 やっぱ、シングルは、シンプルかつ、インパクトが理想なわけで・・・。


 だけど、この時期、東芝EMIさんは、時代の先端の音を出してましたよね。
 このころの曲の「音」をレーベル別で聞き比べると、ほんと、違いがよく分かりますよ。
 それぞれ、レーヘルで音の違いがよく分かる・・というかね。 老舗のコロムビアとか、ビクターなんて、音、ボコボコだもん。
 やっぱし、演歌主流ということで、音質にはあんまりこだわらなかったのかねぇ。

 そりに比べたら東芝さんの音は、まさにこの時代を象徴させるような音だったね。
 最先端の音、だけでなく、音楽も洋楽にインスパイアされていて最先端だったもんね。

 それに比べたら、最近の凋落は・・・。 これも時代の流れですかねぇ・・。

 ちなみに、この時の 由紀さおりさんってまだ、20代の前半だったんですけど・・・。
 ジャケ写見ると、メチャクチャ大人っぽいよねぇ・・。
20代にも見えないなですけど・・(失礼)




※2005年10月に書いたものの再掲載です。
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