かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

1968年

天使の誘惑 / 黛ジュン

1968_07_天使の誘惑_黛ジュン


今回の1曲セレクトは、「天使の誘惑」黛ジュンです。

まずはデータです。

・タイトル    天使の誘惑
・アーティスト  黛ジュン
・作詞      なかにし礼
・作曲      鈴木邦彦
・編曲      鈴木邦彦
・リリース日      1968年5月1日
・発売元     東芝音工
・オリコン最高位 3位
・売上げ枚数 46.8万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年5月27日〜8月12日付

えー、只今部屋の室温計は32.0℃を指しておりまする。。。うヴぇ〜暑ちぃよー。 これでまだ梅雨明け前だって言うんだから。。。。梅雨が明けたらどうなってしまうんでしょ・・・。って連休を過ごして居たりして。。。。

今年は「老体」にムチうって 2年ぶりに「ROCK IN JAPAN」と、超地元の「氣志團万博」 2つの夏フェスに参戦する予定なんで、今から「暑さ」に慣れておきたい・・・と、出来るだけクーラーを使わないで2日過ごしてたんだけどね。。。

ちなみに、件の痛風の痛みは今日になって、大分引けまして・・・おかげ様で通常の生活に戻れましたわ。
あとは、ぶり返さないように留意しないと・・・。高い金を払った夏フェス参戦が・・・・。。。

で、流石にこの暑さの中では「1曲セレクト」書けないよ〜・・・とクーラーを入れて書いてまする。

さて、今回の1曲セレクトは、どうするベか・・・。 ここんところヒット当時、「好きぢゃなかった」80年代アイドルの曲が続いたからなぁ。。。

今回は時代を一気に飛び越えて「60年代アイドル」の「夏」の曲と行きますか。。。

黛ジュン「天使の誘惑」なぞどうだ!


なんか勢い誤って「60年代アイドル」なぞと表現してしまいましたが・・・。 うむ、60年代には、まだ「アイドル」などと言う表現のコトバは、少なくとも「音楽界」では使われていなかった訳で・・・。

いや、idol⇒偶像という単語は昔からある訳で、厳密に言えば使わけていたかもしれないけど、現在の音楽ジャンルとしての「アイドル」と言うカテゴリーは、まだ無かったって事なんですけどね、60年代には。

でも60年代にも10代の「歌手」は居た訳でね、弘田三枝子さんにしろ、伊東ゆかりさんにしろ、そうそう忘れてはいけない、吉永小百合さんにしろ・・・みんな最初は、今でいえばアイドルだったわけじゃん。

まあ、今のように「アイドル」と言うカテゴリーが当時あったならの話なんだけど・・・。


で、黛ジュンさんは今回セレクトしてきた「天使の誘惑」の前年1967年にデビュー・・・。

・・・・なんて書くとクレームが来るよな、きっと。。。 そそそ、実は16才だった64年に一度本名の「渡辺順子」でデビューしてるんだよな。でも、その時は全く売れず・・・、19年になった前年67年に再デビュー・・・という経歴を持ったアーティストなんだよね。 
ちなみに、亡くなった作曲家の三木たかし氏は実兄・・・ってことは有名? うむ、でもそうなんだよね。


どーでもいいことだけど、この曲、作詞がなかにし礼氏で、作曲が鈴木邦彦氏だけど、ワタシが通ってた千葉の某私立S高校の校歌も、作詞、なかにし礼氏、作曲 鈴木邦彦氏・・・ そそそこの曲の組み合わせと全く同じなんだよなぁ。。だれがいつ依頼したのか分かんないけどさあ。
 だからという訳じゃないけど、この曲を聴くと、どうも高校の校歌を思いだしちゃったりして・・・因果なもんだわぁ・・・。
あ、曲想は全く違うけど。。。。


で、この「天使の誘惑」は、この年1968年のレコード大賞、大賞受賞曲。 

・・・ということはデビュー2年目、若干20歳の時に、既にレコード大賞を受賞してるんですねぇ。

そう、60年代も終盤に差し掛かった当時は押しも押されぬ「トップアイドル」だったわけですわ。

当時、ライバルとされていた「アイドル」には、伊東ゆかりさん、弘田三枝子さん、いしだあゆみさん、奥村チヨさん・・・等々のトップアイドルがひしめいていた中でも、特にレコード売り上げに於いてはトップクラスだったんだよね。・・というか安定していたと言うかね。

やっぱ曲調なのかなぁ。特に今回セレクトしてきた「天使の誘惑」って曲。今聴いても「ポップ」でしたからねぇ。

当時の曲といえば、どこかジャズの影を引きずっていたり、歌謡曲のを引きずっていたり・・・って兎角「夜に向かった」と言う匂い・・・つまりはティーンエイジャーが歌っても「大人」向けの曲が圧倒的に多い中、この曲は、あくまで「昼間の」・・・って言うイメージなんでね。そこに安心感があるって言うのかなぁ。

アイドルと言うジャンルが確立された70年代以降、アイドルソングといえば、夜の匂いから、遅くとも「門限」は夕方までと言われるように「昼」に向かった曲が基本、つまりさ「健全さ」がアイドルソングの基本・・・ということであれば、この曲なんてのは、その「元」と言ってもいいんじゃないかな。

まあ、その辺が、その後、70年代、80年代、90年代、それ以後も、この曲が多くの「アイドル」たちによってカバーされているところなんだろうね。

ちなみに個人的には、やっぱ、牧瀬理穂がCMで歌ってた、あのバージョンかなぁ

↓ コレ (後半の30秒のバージョンのやつ)


そそそ、タケダの「HI-C」のCMね。 最後に自らスカート、 ばひょーんとめくるやつ。

とは言うものの、これより前にオリジナルの黛ジュンさんバージョンの方を知ってたんだけどね。





これ、1968年当時の画像ですよね?
それにしては、画質も音もめちゃくちゃ良いんですけど。。。 とても49年前・・・約半世紀前の画像とは思えないわぁ。 
もちろん当時はステレオ放送もしてるはずが無く・・・。でも、ちゃんとハイファイになってるじゃないですか。。。
どうもBS-TBSで放送されたやつのようだけど・・・。

・・・・とおもったら、リンク弾かれちゃってる。 申し訳ないですが、みたい方はYou Tubeのサイトに飛んでくだされ。。。。

ちょっと調べてみたら、当時TBSは、他の局のように2インチのビデオテープを使って無かったんで、かさばらずに済み、その後も当時のビデオテープを上書きせずに保管出来たようですね。
でもって、最近TBSは、当時の画像のデジタルリマスターを行っていますから。。。
ベストテンもデジタルリマスターを行っているらしいですね。
なんで、こんなに画像も音もきれいに残っているようなんですよね。

しかしさあ、20歳にしては大人っぽいよね。10才位サバよんでんじゃね? なんて言われてもおかしくないような・・・。
でも、当時はみんな大人っぽかったんだよな、今から比べると・・・。いや、逆に言えば今がコドモっぽくなっちったんじゃないのかねぇ。

まあ、実際曲を限り、ジャケットにもクレジットがあるように、「ハワイアン・ロック」ですねぇ、この曲。
バックのバンドにスチールギターの人もいたりして。
ってか、ハワイアン・ロックってなんじゃらほい? ・・・って感じなんだけどワタシら世代からすると・・・。
根がハワイアンだけど、リズム体はロックってことでしょうか。 ま、ロックというよりも完全なポップスなんですけどね。今からすると。
当時としては、「エレキ」を使われるとロックってというイメージだったんだろうなぁ。 

でもさ、パーカッションを多用しているところから、ハワイアンというよりはラテンだよね・・・なんても思ったりしてね、個人的には。


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恋の季節 / ピンキーとキラーズ

1968_10_恋の季節_ピンキーとキラーズ


今回の1曲セレクトは、「恋の季節」ピンキーとキラーズです。

まずはデータなのだ。

・タイトル    恋の季節
・アーティスト  ピンキーとキラーズ
・作詞      岩谷時子
・作曲      いずみたく
・編曲      いずみたく
・リリース日   1968年7月20日
・発売元     キング
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 207.7万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年9月16日〜1969年2月24日付

昨日の中村雅俊の「ふれあい」で、オリコン史上、初のデビュー曲ミリオンセラー・・・とか書いたんだけど、よくよく考えてみると、それ以前にも居たんだよな。デビュー曲ミリオンセラーを達成したヒトって。
 その辺の事情を知ってる方だったら、もしかしたら、クレームが来るかと思ったんだけども、とりあえず来ませんでしたねぇ・・・と胸をなでおろしているところだったりします

ネットの住人は、厳しいからねぇ・・・。ちょこっと間違えたりでもしたら、鬼の首を取ったようにクレーム入れてくる「輩」も多い訳で。。。
 普段から「誤植」が多い、ワタシとしては、そんなクレーム攻撃に耐えて、はや20年近く・・・。。。なんて感じだったりするんだけどさ。
 それでも、未だに誤植が治らないのは、これは性格ですね〜 ケケケケケ と、自分の間違いを、全く反省しないワタシだったりします。。。

ウム、オリコン最初のデビュー曲ミリオンセラー達成は、ザ・フォーククルセダースの「帰ってきたヨッパライ」ですわな。 ちなみに、これがオリコン最初のミリオンセラー達成曲でもある訳で。。。

次にデビュー曲で、ミリオンセラーを達成したのが、今回引っ張ってきた、ピンキーとキラーズの「恋の季節」と言う訳なんだけど。。

・・・と書いておいて、ここで、「ははんまた誤植してやがる」・・とピンと来た方は、かなりの歌謡曲通ですな。

ふむ、ピンキーこと今陽子さんは、ピンキーとキラーズ、結成前に「ピン」(ソロ)で既にレコードデビューしてたんですよね。だから、厳密に言えばデビュー曲ではないんだけど、「ピンキーとキラーズ」としては、この曲がデビュー曲というわけで、一応「デビュー曲ミリオンセラー」っていう記録には含むんだろうな、恐らく。

ただね、この曲の場合は、そう言う記録の他にも「オリコン記録」を持ってるからなぁ。
まずは、オリコン史上初の「ダブルミリオン」達成曲。そそそ200万枚を突破したのはこの曲がオリコンでは初めてなのですわ。

ま、とは言っても、オリコンがチャート発表を開始してから、1年も経っていない頃の出来事なんでね。それ以前にもダブルミリオンはあったはずですけどね。

それとなんと言っても、シングル1位獲得週記録ですわな。1位獲得週が17週。 これは48年経った今でも破られていない空前絶後な記録になっていますね。
 ま、もっとも17週連続ではなく、1968年9月23日付から、12週連続1位を獲得したのち、1週、12月16日付で2位に後退。 ただ、その次の12月23日付に返り咲き、再度5週連続で1位を獲得というチャートアクション。計17週1位獲得した訳ですわ。

ちなみに、「連続」1位は、72年〜73年にかけての宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」の16週連続・・っちゅう記録が、こりも未だに破られずに君臨してますな。

さらに、ちなみに、アルバムを含めた、全作品でのオリコン1位獲得週記録は、井上陽水のアルバム「氷の世界」の35週。なんせ1位返り咲きが5回なんて「アホ」としか思えないチャートアクションを展開した訳で。。。


チャートまにあとしては、どうしても、そういう「記録」の面でこの曲を見てしまいがちなんですが。。。

ま、個人的には、この曲がヒットしていた頃は、まだ生まれていないんで、もちろん「後付」で聴いた曲になってしまうんだけど、でも、この曲を聴くと、どうしても60年代後半の混沌としたような世相を感じるなぁ。

なんて言うのかな、サイケデリックな気分になるんだよな。
・・・てか、サイケデリックってどういう気分? って言われてもコトバではウマく説明できなんだけど、うーむ、兎に角、あの60年代終盤の空気感ですよ。
なんて言うのかなぁ、あの時代って、良い意味でも悪い意味でも、どこかグツグツと煮えたぎったような空気感がありましたよね。猥雑というか、ベトナム反戦、安保反対っていう世相の中で、すくなくともクリアな空気感ではなかったと思う。

そんな雑然とした猥雑とした匂いを感じるんだよな。この曲からは。

特にサビの ♪ 恋は ワタシの恋は〜 ♪ からは特にサイケデリックを感じるなぁ。

まあ、悪い意味で書いている訳ではなく、ある意味憧れなんだよね、この時代の空気を吸えなかったモノにとってはさ。

作曲は、いずみたく氏。 奇しくも昨日書いた中村雅俊の「ふれあい」も同じ、いずみたく氏の作品だったけど、このヒトは、この時代・・・60年代後半から70年代にかけて、ヒット曲の顔でしたよね。象徴って言うのかなぁ。

で、この曲もそうだけど、次年の由紀さおりの「夜明けのスキャット」も、やっぱりサイケデリック感満載でしたよね。

なんかね、この方の作品を聴くと、不思議な・・奇妙な気分になる曲が結構あるんだよなぁ。

そうだ、サイケデリック感って、ウマくコトバでは表せない・・・ってかいたけど、敢えてコトバで書くと、「奇妙で不思議な感覚」なんだ。空調に浮遊しているような・・・。
 なんでいうのかなぁ、ちょっとワルいクスリを飲んでハイになった気分・・って言うかね。

そそ、個人的に60年代終盤というと、こんな感覚なんだよな。 そう言う意味でも、いずみたく氏っていうのは60年代終盤の象徴的な存在だったような感じが強いなぁ。




ピンキーとキラーズって、コーラスグループっていう印象が強いかもしれないけど、れっきとした「バンド」なんだよね。ま、それは、この動画でも分かると思うけど。
そそそ、三枚目キャラだった「パンチョ(加賀美)」さんがドラム叩いてたのよ。
 ソロ時代の今陽子さんは、全く売れなかった訳だけども、「ヒンキーとキラーズ」になった途端、大ブレイク・・・って言う流れは、後年のLINDBERGの渡瀬マキさんと同じ・・と見てもらえれば分かりやすいかな。

 ちなみに、今陽子さん、当時17才。 うーむ、高校生には見えないよなぁ。
どう見ても20歳は超えてるような・・・・ってくらい大人っぽい・・というか色気があるよな。

 
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エメラルドの伝説 / ザ・テンプターズ

1968_07_エメラルドの伝説_ザ・テンプターズ


今回の1曲セレクトは、「エメラルドの伝説」ザ・テンプターズです。

まずはデータでする。

・タイトル    エメラルドの伝説
・アーティスト  ザ・テンプターズ
・作詞      なかにし礼
・作曲      村井邦彦
・編曲      川口真
・リリース日   1968年6月15日
・発売元    ビクター
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 46.2万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年6月24日〜9月9日付

今回の1曲セレクトは、またまた時代を遡り、昭和43年、1968年の今頃の大ヒットを持って来ましょうか。

ザ・テンプターズ「エメラルドの伝説」。

少し前にゴールデンカップスの「長い髪の少女」を書いたんだけども、今一つアクセスが伸びなかったんですよね。
G.Sの中でもカップスは「A級」と呼ばれるG.Sグループではあるし、「長い髪の少女」も有名な曲ではあるけども、こと実際のレコード売り上げとなるとそれほどの大ヒットと呼べる訳じゃなかった訳で、アクセスが伸びないのもしょうがなかったかなぁ・・・とは思うとこがあったんたけどもね。
 今回セレクトしてきた、テンプターズの「エメラルドの伝説」は、レコード売り上げ的にも大ヒットの域に達している曲出し、なにより、オリコンで1位を獲得してますからねぇ。
さすがにもこの曲くらいになるとコアなG.Sファンじゃなくても、みなさんご存知ですよねぇ。

ちなみに、当時「G.Sブーム」と呼ばれていたなかで、オリコン1位を獲得しているグループってさ、このテンプターズの他では、ザ・タイガースしかいないんだよね、実は。
 当時、業界を席巻していた一大ブームだった「G.S」だけども、その割にはオリコン1位を獲得するくらいの超大ヒット曲と言える曲は意外と少ないんだよね。
それだけ当時のオリコン1位は、獲得自体が難しかった訳で、特別な順位だった訳なんですよね。

だからこそ、ザ・タイガースとテンプターズは、G.Sの中でも「東西の雄」と呼ばれるくらい超A級なグループだった訳なんだけどもさ。
 京都出身、西の雄「タイガース」に対して、大宮出身、東の雄「テンプターズ」っていう構図でしたよね。
さらに言えば、タイガースのジュリーこと沢田研二氏に対して、テンプターズの萩原健一氏って言う人気争いって言うの構図でもあったかなぁ。

ただし、オリコンって、この1968年に始まっているんで、例えば、150万枚売れたって言われるブルーコメッツの「ブルーシャトウ」なんかは、ヒットのピーク時は対照外になっているから、あくまでも暫定的な見方なんだけどもさ。

ちなみに個人的な好みから言えば、正直、タイガースよりはテンプターズのかなぁ。 うん、音楽的な好みという点ではね。
 例えば、この曲の前の「神様お願い」なんてさあ、アウトロー的な雰囲気があったじゃん。

よく、タイガースvsテンプターズの構図を、ビートルズvsローリングストーンズになぞる事があるんだけども、その点からしてみれば、個人的にはローリングストーンズなんだよね。

 どちらも「黒っぽい」点が似てるって言うかさあ、やっぱり、なんか「品がある」ダイガースに比べれば、アウトローな方が好きなんだよなぁ。

ただね、この「エメラルドの伝説」については、そんなアウトローな雰囲気からは離れ、どちらかと言えばメルヘンチックな「歌謡曲」寄りになってしまいましたよね。

まあ、当時のウレ線と言うかね、G.S的な「大衆路線」が、この路線だったんだよね。
だからこそオリコン1位を獲得出来んだろうし、テンプターズにとって最大のヒットになったんだろうけどさ。

前曲で見せたようなアウトローな雰囲気は陰を潜め、一転してヨーロッパ系なイメージでしたよね。

そそそ、当時はこのヨーロッパ系っていうのが、一番のトレンドだったんだよね。北欧系とかフレンチポップス的な雰囲気の曲ですね。

 いつかも書いたような気がするんだけども、北欧系とかフレンチポップスって、日本の歌謡曲と相性がいいんだよね。一番相性がいいのは、どちらともメロディ的にも、サウンド的にも喜怒哀楽がはっきりしてるじゃん。
そのメリハリの良さが日本人って好きだからなぁ。
 それと、北欧的なイメージの一種の憧れって日本人にはあるからなぁ。少なくともエスニックなアジアにはないメルヘンの世界を感じるじゃん。
 今でこそネットでもテレビでもヨーロッパ的な風景はすぐ見られる訳で、当時に比べれば全然身近になったと思うけど、60年代当時は、遠い世界でしたからね、今とは比べ物にならないくらいの憧れはあったんだよね。

そんなメルヘンの世界が、この曲でも展開されている訳ですわ。

でも、曲的にも、この曲いいよなぁ・・って感じたりするんだよね。

タイガースには、すぎやまこういちっていう天才コンポーザーがサウンドプロデューサーとして付いていた訳で、だから、音楽的には良かったんたげども、同様にテンプターズには、村井邦彦氏っていう、こちらも天才プロテューサーが付いてましたからねぇ。

 村井氏は、この辺りを起点に、70年代に向かってニューミュージックを展開していくことになる訳で。
もともと、ヒット曲の世界にはニューミュージックをきっかけに入ってきたワタシなんで、だからね、個人的に音楽的には村井氏の音楽の方が、すぎやま氏よりは、馴染みが深いし、好きなんだよなぁ。

タイガースより、テンプターズの方がしっくりくる・・・っていうのは、その辺りも大きいかもしれないな。

それと、この曲のアレンジャーは川口真氏。 川口氏が作曲・編曲の時には、ベースラインを聴け・・って言うけど、この曲のベースラインも然りですねぇ。

Bメロの ♪ 遠い日の 君の幻を〜 ♪ の部分のシェイク気味に細かく動くベースライン、サビの ♪ あいたい 君に会いたい〜 ♪ の高音でのシンコペーションなベースラインは、流石に川口氏だよな・・・なんて感じ入っちゃたりね。

そんな音楽的にも面白い1曲だな・・・と感じてしまう、テンプターズの最大ヒット曲だったりするんだよね。






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長い髪の少女 / ザ・ゴールデンカップス

1968_06_長い髪の少女_ザ・ゴールデンカップス


今回の1曲セレクトは、「長い髪の少女」ザ・ゴールデンカップスです。

まずはデータです。

・タイトル     長い髪の少女
・アーティスト   ザ・ゴールデンカップス
・作詞       橋本淳
・作曲       鈴木邦彦
・編曲       鈴木邦彦
・リリース日        1968年4月1日
・発売元      東芝音工
・オリコン最高位 14位
・売上げ枚数  19.2万枚

本来やりたいと音楽と、売れるための音楽のせめぎ合い。
プロのバンドマンにとっては、ここが一番頭が痛いところだろうね。本当はもっとマニアックな音楽をやりたいのに、「食うため」には、「大衆音楽」もやらなくちゃいけない・・・と。
 ま、最初から売れなくていいから自分たちのやりたい音楽を・・・と腹くくって、ずっとインディーズでやれる人たちはいいけど、こと、メジャーレーベルの「売れっ子」になればなるほど、その辺りがネックになってくるんじゃないかなぁ。
それは、今だけの話じゃなく、昔からある事なんだよね。 

今回は、そんな本当はやりたくなかったんだけど・・・・っていう、G.Sの曲をひとつ

ザ・ゴールデンカップス「長い髪の少女」。

G.Sでもっとも「硬派」なポジションに君臨し、こと、音楽についても「ホンモノ」を追求してきたカップスの、3枚目のシングルであり、一番売れたこの曲。。。

・・・だけど、本人たちは当初、かなり渋ったらしいですね。この曲をリリースするの。

なぜか・・・というと、最初に書いたように、本来自分たちがやりたかった音楽とのギャップが大きいから。

メンバーのほとんどがハーフであり、向こうの特にR&Bを得意とし、演奏テクニックも他のG.Sに比べ抜きんでてた「本物志向」の彼らにとっては、「歌謡曲」イズムなこの曲は、どうしても陳腐に映ったんだろうねぇ。

 当時、東芝音工の意向もあったのか、オリジナルのシングル曲は、基本、歌詞は日本語だったけど、どうも、それも陳腐に映る一つだったのかもね。

当時は、まだ、ロックに日本語は乗らない・・・って言うのが通説で、本物志向を目指すミュージシャンにとっては日本語ってたけで「ニセモノ」っぽん感じられたんだよね。
 だから、当のゴールデンカップスも、ステージではほとんどオリジナルのヒット曲はウタをなかったっていうんだからさ。

そそそ、シングルはあくまでTVなどのプロモーション用。本当の自分たちの音楽は別にあるって感じだったんだよね。


まあ、確かに聴いてみるとギャップを感じるんだよな。本来、このヒトたちのテクニックって、当時のレベルからすれば、超絶的だったんたけど、そんなテクニックも必要ない平坦な曲だし、なんと言っても歌謡曲テイストっていうのがね。。。バックにストリングが絡んでくる・・・っていうのは、R&Bをやってる彼らを聴いてると、ちょっと違うよなぁ・・・って思わずには居られないんだよね。
 
 どうも、当時のキャバレーとか、大衆酒場的な下世話な感じがしちゃってさあ。

でも、これが当時のウレセンだったからさあ、ウレセンを狙うとしたら、この路線に行くしかなかったんだろうなぁ。
だから当たった・・・って言うのもあるんだよね。

それでも、本来はメインボーカルだったはずのデイブ平尾氏は、どうしようもなく抵抗があったのか、この曲、メインボーカルじゃないんだよな。
 サビの部分で、 ♪ どうぞ〜 ♪ とか ♪ つらい〜 ♪とか掛け声的なコーラスを歌ってるだけ。
メインボーカルは、ドラムスのマモル・マヌー氏でしたね。

まあ、当たったと言っても、オリコンでベストテン内に入った訳じゃない訳で、超がつく程の大ヒットではなかったのは数字が表しているかな。
 
後の80年代アイドルと同じで、A級、B級、C級といった相対的な格付けがあるG.Sだけど、もちろんゴールデンカップスは、A級なG.Sな訳だよね。
 それでも、実際の売り上げ的には、こんなもんだったんだよね。 この曲がリリースされた1968年はG.Sブームの頂点の年だった訳だけども、相対的なレコード売り上げとしては、「歌謡曲」路線が絶対的だったけでさ、G.Sは、ほとんどが売り上げ枚数的には意外に少ないんだよね。

もっともアイドル的な人気だった、タイガースやテンプターズは別として。

ただ、カップスの場合、あくまで音楽的な本格志向として、こののち本格的にニューロック路線に移行。その後の日本のロック路線の礎となっている訳だよね。 


本当はヒット当時の映像があれば、リンクしたかったんだけど、なんせ50年近く前の曲だからなぁ、ある方が奇跡か。。。後年の再結成後の「オヤジ」になったころのは結構あるんだけどな。
でも、なんか違う・・・んで、レコード音源にリンク

http://www.dailymotion.com/video/x82qss_%E3%82%B6-%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3-%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B9-%E9%95%B7%E3%81%84%E9%AB%AA%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%A5%B3_music

やっぱりバックにストリングが絡んでくるアレンジは、彼らの曲としてはちょっと違うよなぁ・・・っていう感じがしますね。
まあ、だからこそ聴きやすいって言うのもあるし、60年代っていう時代背景的な匂いがするんだけど。。。


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花の首飾り / ザ・タイガース

1968_05_花の首飾り_ザ・タイガース








今回の1曲セレクトは「花の首飾り」ザ・タイガースです。

まずはデータです。

・タイトル    花の首飾り
・アーティスト  ザ・タイガース
・作詞      菅原房子
・補作詞     なかにし礼
・作曲      すぎやまこういち
・編曲      すぎやまこういち
・リリース日   1968年3月15日
・発売元     ポリドール
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 67.6万枚
・ベストテンランクイン期間:1968年4月8日~7月8日付

G.Sの曲についても書きたい・・・なんて前々から書いてたりするんだけど、これまでなかなか足を踏み入れられなかったんだよな。
個人的にヒット期間とかリリース日が曖昧な曲があったりしてちょっと躊躇してた部分と、悔しいけど、自分がリアルタイムで経験してこなかった時代なんでどうしても腰が遠のいてしまっていた部分とがあったりするからかなぁ。
 そそそ、G.Sの曲って、自分の中では「後付」な曲が多いからねぇ。やっぱりリアルタイムで聴いてきた曲の方が筆が進みやすい訳でね。

今回セレクトしてきた曲、ザ・タイガースの「花の首飾り」。

言わずと知れた、タイガースの中で最もヒットし、売り上げ枚数も多かった曲な訳で、ほとんどの方は曲をご存じだと思いますが、この曲も、個人的には「後付け」に聴いた曲なんだよなぁ。
 1968年のヒットだからねぇ、ワタクシは「-1」才。 そそそ、まだ生まれてなかった訳ですよ~。生まれる1年前の話ですね。だからし、リアルタイムで経験したくても経験できないわけですよ~。

でも、この時代を経験できなかった・・・っていうのは、個人的には、ちょっと悔しいんだよなぁ。
昭和元禄っていうコトバが広まり、70年安保に向けて良しにつけ、悪しにつけ、世の中がグラグラと沸き立っていた時代。「後付け」世代にとっては、なんかワクワクしちゃうんですよね。
音楽業界では、66年頃から火がついてきた「G.S」がブームの頂点になった年ですね。

そんな「G.S」ブームも頂点を迎える中、この「花の首飾り」がリリースされた訳なんですよね。
売り上げ枚数67.6万枚は、タイガースの中でも最高売り上げを記録した訳でさ。

え? そんなもんなの? なんて思われるかもしれないけど、そんなもんだった訳です。
何分、時代が時代だった訳でさ、まだレコードプレイヤー持っていた人は限られていた訳でさ、しかも、タイガースといったら、今のジャニーズ以上のアイドルだったわけじゃん。
 アイドルなだけにファンの中心は低年齢層な訳でさ、余計レコードプレイヤーを持っていたヒトなんて限られていたに違いないですよね。
 そんな中での67万枚と、当時からいえばかなり売れた曲と言えるんだよね。
現に、オリコンのチャートアクションで言えば、当然のごとく最高1位を獲得。しかも4/15~5/27付まで、7週連続でロングラン1位獲得。ベストテン内には3ヵ月間ランクインと、G.Sの中でも段違いなヒット傾向を見せていたりする。だからこそ、G.Sの雄とも言えたタイガースな訳だけどさ。

ま、とは言っても、オリコン自体は、この年1968年からスタートした訳なんで、前年までの曲については「未調査」なんだけどさ。
 だから、G.Sの中で一番売れたと言われる、ブルーコメッツ「ブルー・シャトウ」の正式な売り上げ枚数も分からないんですけどね。

それでも、オリコン開始以降では、この曲が、G.Sの中では段違いな売り上げを見せていた事は間違いない訳なんですよね。

それじゃ曲の方は・・・昔はさあ、個人的には好きだったんだよね。
でも、今聴くと、なんか違うんだよなぁ。決してキライになった訳ではないんだけど、どこか違和感を感じるんですよ。

それは、やっぱり、曲自体が歌謡曲に近いからなんだろうね、きっと。 グループサウンズと言っても守備範囲はめちゃくちゃ広い訳で、それぞれのグループの個性によって、歌謡曲系、ロック系、ポップス系、演歌系・・・とかなりはっきりとマトリックス区分けが出来るんだけどさ。
 個人的には、最近では、この後70年代のはっぴいえんどに続く、ニューロック系的なG.Sに興味がシフトしちゃったからさあ。
 歌謡ポップス系のG.Sはちょっと違うな・・・なんて最近は思えるようになっちゃったんだよね。だから、、このタイガースとか、同68年ではオックスとかさあ、歌謡ポップス系なG.Sのサウンドはちょっと違うんだよなぁ・・・なんて思っちゃったりするんだよね。
 同じ、歌謡ポップス系でも、タイガースと人気を二分した、テンプターズは良いんですよ。品行方正なタイガースより、ちょっとヒネテルようなところや、なにより音が黒っぽいところが、よりロックを感じるしね。

それから見ると、特にこの曲なんかは、より「アイドル」を感じちゃったりするんだよなぁ。 まあ、楽器をやりながら歌っている訳で、G.Sなんだけどさ、本質的にはアイドル。
 その後、70年代のレイジー、80年代のチェッカーズ、C-C-Bと続く系譜だよね。
昔は、この手のサウンドが一番安心できたんだけどねぇ、最近は。。。。

でも、この手の、よりアイドルに近い音楽の方が、売り上げ的には一番売れてる訳でさ。そう言う意味では、今も昔も日本人ってアイドル好きなんだよね・・・なんて言うのが分かりますねぇ。






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水虫の唄 / ズートルビー

1968_08_水虫の唄_ズートルビー






今回の1曲セレクトは、「水虫の唄」ザ・ズートルビーです。

 まずはデータです。

・タイトル     水虫の唄
・アーティスト   ザ・ズートルビー
・作詞       山田真一 
・作曲       山田真一 
・編曲       ありたあきら
・リリース日    1968年7月1日
・発売元      東芝音工
・オリコン最高位  30位
・売上げ枚数    6.9万枚

 「なんじゃ?、これ」って思う曲ってあるよねぇ、時々。最近でこそ、業界の体質も「マジメ」・・・っていうか、かなり「常識」が通じる業界になったんで、あんまり「遊びゴコロ」な曲って、少なくなってきたんだけど、昔は、それこそ、いい意味で無法地帯でしたから・・・ふらふら 音楽業界って。

 だから、「なんじゃ? これ・・・」っていう曲もアリだったんだよね。「潮吹き小唄」とかさふらふらふらふらダッシュ(走り出す様)衝撃


 今日引っ張って来た、曲も、そんな曲の1曲じゃねーのかなぁ。。

 「水虫の唄」・・・・・・・・・・・・・なんじゃ〜こりゃ〜exclamation ×2



 BUT、れっきとした、オリコン30位までランクした、ヒット曲なのでございます。。ふらふら


 しかも、歌っているのが、「ザ・ズートルビー」・・・・と。 なんじゃ〜こりゃ〜exclamationふらふら


 内容はといいますと、「夏になるとうずきだす水虫は、僕とあなたの愛のしるし・・・」なんていう、とってもラブロマンスな曲ですふらふらダッシュ(走り出す様)衝撃 どこがや〜exclamation ×2ふらふらあせあせ(飛び散る汗)


 メロディはですねぇ・・・・、イントロは、ベートーベンの交響曲第6番「田園」第1楽章の冒頭部分、サビはメンデルスゾーン「春の歌」のあの、めっちゃ有名なメロディ、そのまんまです。

 しらなーいっていう方は、えーとー、よくさ、文化放送とかの「百万人の英語」とか、「大学受験講座」・・みたいな教育番組に流れている奴・・・って余計わかんないか。。。ふらふら



 うん、今風に書けば、完全な「MAD」物だね、これは。 パクリではなく、そのまんまのメロディに「おちょくり」を入れて、勝手に編曲しちゃったんだから。。ふらふら


 いや、それもありだったのよ、この1968年っていう時代では。
 当時は学園紛争の真っ只中だったでしょ。大学はロックアウトされちゃってた時代、行き場を失った、暇人学生たちが、遊び感覚で作った曲が、時代を作ってた・・・そういう時代だったんだよね。


 ちなみに、歌っているのは、「帰ってきたヨッパライ」の「ザ・フォーククルセダーズ」の方たちどえす。
 え? ビートルズじゃねーよ。 これも「MAD」なの、一種の。

 フォークルって、ビートルズと同じ東芝レコードだったでしょ。だから、こんなおふざけも通ったのよね。


 この位の、軽いおふざけなら、いまの時代もいいんじゃないかねぇ。 
 でも、今のMADものって、おふざけを通り越してるものも多いからなぁ。それは、やっぱ自主規制もんだと思うよ。
 少なくとも、もともと作った著作者の借り物だしね、MAD物は。 その辺は、考えて作るべきだね、やるほうも。
 もしかすると、オリジナルに対しての2次利用だって主張する輩も出てくるもしれないけど。。今の時代、やたらと重箱の隅をつつきたがるヒトが多いからなぁ。JASRACのデーベース上では立派な「オリジナル」曲となってるけど。。。。


ちなみに、個人的にこの曲知ったのは、中学校の時に音楽の時間に配られた合唱曲集だったと思う。音楽の時間に歌うような「マジメ」な曲の混じって、60年代後半のフォークソングも掲載されてたやつ。
 でもさ、初めは、ギャグだと思ってたんのよ。こんな曲、実際にあるなんて知らなかったからさあ。
実際にこの曲があって、しかもオリコンにランクしてたくらいの曲だって知った時は、ちょこっとカルチャーショックだったけどさぁ。




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キサナドゥの伝説 / ザ・ジャガーズ

1968_07_キサナドゥの伝説_ザ・ジャガーズ






今日の1曲セレクトは、「キサナドゥの伝説」ザ・ジャガーズです。

 まずはデータです。

・タイトル    キサナドゥの伝説
・アーティスト  ザ・ジャガーズ
・作詞      ALAN TUDOR BLAIKLEY, KENNETH CHARLES HOWARD
・作曲      ALAN TUDOR BLAIKLEY, KENNETH CHARLES HOWARD
・日本語詞    なかにし礼
・リリース日   1968年6月15日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 20位
・売上げ枚数   7.6万枚

 しかし、昨日も暑い日が続きましたのぅ。ただ、風があった分、ややすごしやすかったかな。
ま、いずれにしても、まとわり付くようなベタベタ湿気が、すこぶる気分が悪い・・・って事には変わりなかったけど。。。ふらふら まるで、「熱帯」やね。


・・・・っつうことで、今回は、気分は「熱帯」って気分にさせる1曲を持ってきますか。。。

 ザ・ジャガーズの「キサナドゥの伝説」


 どーだ〜、大概の方は知らないだろう〜 わーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)

 47年も前の曲だもんね。。 知らなくてとーぜんといえば、とーぜんなんだけど。。

 歌っている、ジャガーズ。。こっちも、みんな知らないかなぁ。


 6年前にお亡くなりになっちゃったけど、岡本信さんって方がリーダー兼ボーカルをつとめてた、いわいる「G.S」(グループサウンズ)ですわ。


 で、この「キサナドゥの伝説」は、もともと、あちらの曲のカバーでして。。。
 ふむ、イギリスのディブディ・グループって人たちが歌ってたんですな。

 それが コレ ↓



原題は「The Legend Of Xanadu」・・・・。ま、そのまんまですな。
曲的には、もろ「ラテン」っていうのは、ジャガーズと同じなんだけど、温度感的には、「熱帯」というよりは、「スパニッシュ」に近いかなぁ。。

 ジャガーズで感じるような、今日のような「熱帯」的な温度感はあんまり感じない。
 うーん、どーしてなんだろうねぇ、ジャガーズのは、しょっぱなから「OLE!」なんて叫び声が入ってたりして、もろ「スパニッシュ」を意識しているように装っていて、そのイメージがまるでない。。。

 ここが面白っていえば、面白いところかもしれない。

 それでも、イメージ的には「南太平洋」なんだよなぁ。

 この熱帯感は、やっぱ、この曲のサウンド的なもんなんだうなぁ、まずもって、しっぱなのギターの音色とか、エレクトーンの感じね。ここで、一気に気分は熱帯・・・な世界に引き込まれちゃうもんなぁ。 


 ところで、「キサナドゥ」ってどこのことよ・・・・って、素直な疑問。。

 いや、てっきり、曲のイメージどおり、南太平洋の・・・って思ってたら、中国のことなんだってねぇ・・・。
「上都」っちゅう、モンゴル自治区にある都のこと。いわいる「桃源郷」のことなんたけど、マルコポーロが「東方見聞録」であらわしたのが起源らしい。
 日本語では、「キサナドゥ」だけど、英語読みでは「ザナドゥ」。
そーいえば、オリビアニュートンジョンにも、そんな曲がありましたな。


 だけんどぉ、どう聴いても、この曲のイメージは「中国」ぢゃねーよなぁ。。
 百歩譲っても、「南太平洋」ですよ〜・・個人的なイメージでは。

・・・・っつうことで、ジャガーズの「キサナドゥの伝説」を聴いてみますか



ねねね。やっぱし、熱帯なイメージでしょ。

 ちなみに、この曲、オリコンでは、最高20位だったのに対して、オリジナルのディブディ・グループは、最高位11位。売上げ枚数16.7万枚と、オリジナルの方が全然売れたのよね。。。。

 ちなみに、ディブディ・グループの方は、自国、本家UKチャートでは、68年に1位を取ってたりします。。。
 
 まあ、オリジナルの方が、ぜんぜん有名なわけで。。。。


 しかし、このてのラテン系の曲って、今は絶滅しちゃったねぇ。
個人的には、それこそ、とぉーーい昔、ワタシの根っこにあるようなタイプの曲だよなぁ。
 とおーーい昔、身の回りにこのテの曲、よく流れてたんだよ。オヤジが好きだったんだろうな、このテのラテン系の曲が。


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神様お願い! /ザ・テンプターズ

1968_03_神様お願い!_ザ・テンプターズ






今回の1曲セレクトは、「神様お願い!」ザ・テンプターズです。

 まずはデータです。

・タイトル     神様お願い!
・アーティスト  ザ・テンプターズ
・作詞       松崎由治
・作曲       松崎由治
・編曲       クレジットなし
・リリース日   1968年3月5日
・発売元     フィリップス
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   43.1万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1968年3月25日〜6月10日付

 えー、昨日47年前にタイムスリップしたら、戻れなくなってしまいまして・・・あせあせ ・・・というのは方便でして、幅広いGSっていうジャンルを1曲で折り返しちゃうのは、ちょっと目先が狭いかな・・・ってことと、やっぱし、47年前の今ごろがGSの「最盛期」ってこともあるかな。。

・・・っていうことで・・・、昨日は、GSのなかでも「お坊ちゃま」系のヴィレッジシンガーズを持ってきましたが、今日は、縦軸に不良⇔お坊ちゃま、横軸に音楽系⇔ゲーノー系 って持ってきたら、対抗軸上にあると思われる、テンプターズを持ってきましたぞ。

 テンプターズ。そーそー、ショーケンですわ。萩原健一氏がボーカルね。
 GS広といえど、人気の上でNO.1だった、ジュリーこと沢田研二のタイガースと競り合ったグループって言えば、やっぱしテンプターズでしょう。

 なにせ、当時の「セブンティーン」とか「明星」っつう雑誌を見ると、大々的にタイガース VS テンプターズっつう特集が毎月号のように組まれてたりして・・・。

 今で言えば、ジャニーズ系な扱いですよ。

 他方では、貴公子のビートルズをタイガースに置き換え、ワイルドなローリングストーンズをテンプターズに置き換えて、完全に対バン扱いしたりして。

 あたかも、大阪出身のタイガースに対して、埼玉出身のテンプターズということで、「東西対決」のような様相もあったりして、何かと比較の対象になってしまった、両バンドなんだよね。

 音楽性的にも、そのイメージの通り、完全にヨーロッパの貴公子をイメージしたタイガースに対して、R&B寄りの黒っぽい、骨のある曲で出てきたテンプターズと、これまた、完全な対抗的な位置にあったりしてね。

 それは、今日持ってきた、テンプターズの「神様お願い!」で、一番よく現れてるんじゃないかなぁ。

 この曲、今聴いても、黒っぽいんだよね。骨があるっていうか、ちょっと不良ぽい雰囲気がかっこいい。

 対して、同じ時期にタイガースが放った曲は、最大のヒットとなった「花の首飾り」ですよ。
 もろ、ヨーロッパのノーブルな王子様・・・っていう雰囲気じゃん。

 これは、マスコミのみなさん、いろいろ煽って下さい・・・と言わんばかりの徹底した対抗作。。。

 っていうか、まあ、作為的なものではなく、たまたま、そうなっちゃったんだろうけどね。

 なにせ、テンプターズは、この曲が「初のヒット」だったわけで。。。

 それがたまたま、マスコミが喜びそうな構図だったわけで。。。


 ちなみに、オリコンでは、タイガースの「花の首飾り」が1位を獲得したのに対して、テンプターズのこの「神様おねがい!」は、「直接対決」の末、タイガースの前に2位に甘んじてたりする(1968年5月13日付)。

 次のテンプターズ最大のヒットとなった「エメラルドの伝説」では1位を獲得したんだけどね。
 ただ、自分たちのオリジナルの「神様お願い!」に対して、作られた「エメラルドの伝説」で1位を獲得したのは、当時の心中としては、如何ばかりのものだったんでしょうねぇ。
(ちなみに「タイガース」は、当時は、すべてプロの作家が作ったものでオリジナルはシングルとしては後期までなし)

 そういう意味では、完全なるゲーノー系だったタイガースに対して、テンプターズは本意的には、音楽系をめざしていたのかもしれない。

 上で書いたように、ショーケンっていう、目玉のボーカリストがいたから、たまたまタイガースの好敵手にされてしまっただけで。。。


 個人的に言っても、今聴く分には、タイガースよりテンプターズだなぁ。
 タイガースの曲って、なんか、気恥ずかしいんだよなぁ。だいたい、王子様ってガラぢゃないしふらふら
 テンプターズは、今聴くと、カッコいいんだよね。いまでも通用するよ。
 特に、この「神様お願い!」なんて、下北沢系あたりのコアメロ系バンドなんて、やったら、絶対いまでも受けるって。3ピースで充分に雰囲気出るもの。


 ところで、タイガースの「花の首飾り」は、後年いろんなヒトがカバーしてるけど、テンプターズの、この「神様お願い!」は、あんまりカバーされないな。

 うんにゃ、一人だけいた。ぬわんと、KUWATA BANDがカバーしてたのよ。うん、シングル「MERRY X'MAS IN SUMMER」のC/W。

 で、参考にちょっと聴いてみた。



 うーん、桑田氏には申し訳ないけど・・・、これは、完全にオリジナルのテンプターズの方がいいわ。

 イントロの ♪ アー アアアー アー アアアー〜♪の部分が、ショーケンの方がセクシーだすよ。

 ギターは、完全にガレージっぽいし、↑の♪アー アアアー〜♪の部分でうねうねうねるベースもかっちょいいしね。

まあ、桑田氏も、ショーケンに対するオマージュってことで、カバーしたまでて、対抗意識は全くなかったんでしょう。

 桑田氏って、今もそうだけど、結構GSの影響受けてるんだよね。で、なかったら「チャコの海岸物語」なんて書かないって。
 
 それにドラムの松田氏が完全なGSフリークだったりするからなぁ。

 まあ、それを抜きにして、この曲のカバーおすすめだす。



 なお、タイトルからして、なーんかチェッカーズの「神様ヘルプ!」と類似性を感じちゃうんだけど・・・・ふらふら
 チェッカーズの方がパクリだよね、きっと。。。。
 曲も、パクリではないけど、かといって、雰囲気は遠からず・・・というか。。。。あせあせ


しかしさあ、なぜにこの曲の動画、You Tubeにはないのだ
で、探してみたら、別の動画サイトにあった。

http://www.dailymotion.com/video/x7t0wb_%E3%82%B6-%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA-%E7%A5%9E%E6%A7%98%E3%81%8A%E9%A1%98%E3%81%84_shortfilms

是非、聴いてみてくだされ。
 最近、ガレージっぽいバンドってたくさんいるけど、今のバンドに全然引けを取ってないよね。
47年も前に、このグルーヴと、音圧を出していたテンプターズって圧巻だと思うなぁ。



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亜麻色の髪の乙女 / ヴィレッジシンガーズ

1968_03_亜麻色の髪の乙女_ザ・ヴィレッジ・シンガーズ

 




今回の1曲セレクトは、「亜麻色の髪の乙女」ヴィレッジシンガーズです。

 まずはデータです。

・タイトル      亜麻色の髪の乙女
・アーティスト  ヴィレッジシンガーズ
・作詞      橋本淳
・作曲      すぎやまこういち
・編曲      すぎやまこういち
・リリース日   1968年2月25日
・発売元     コロムビア
・オリコン最高位 7位
・売上げ枚数  18.6万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1968年3月18日〜4月22日付

 今回の1曲セレクトは、一挙に時代を遡りますぞ。今から47年前へタイムスリップ!
 
 ハイ、時は1968年3月。オリコンもまだ、創刊して間もない頃ですね。
 時はGS全盛期。なに? ガソリンスタンド? ・・・なんて、思うヒトは、よもや、ここに来ている方にはいないでしょ。。あせあせ
 グループサウンズね。

 まあ、グループサウンズといっても、そのジャンルは幅広うございまして、ひとことでは、なかなか言い表せないんだよね。まあ、今でいう「バンド」ですよ。
 その中には、ゲーノー系なのもいれば、反対に、もろ音楽系もいる。
かつ、歌謡曲系もいれば、ロック系もいる。 不良系もいれば、おぼっちゃま系もいる。。。

・・・・と、なかなか、これだ〜exclamation ×2 といえないのも、GSっていう「ジャンル」の面白さの一つなんだよね。


 そういうことで、今日は、上の書き方で言えば、おぼっちゃま系のグループの一つであるねヴィレッジシンガーズ最大のヒット、「亜麻色の髪の乙女」を引っ張ってきたりしましたぞ。

 まあ、日本のポップス史を振り返ると、1960年代までは、「おぼっちゃま系」は、欠かせない存在だったのですよ。
 ハイ、慶応、青学、立教、学習院あたりの、いいとこの「ご子息」です。

 なんせ、バンドやるには「金がいる」っちゅうことは、今も昔も変わらないわけで・・・。
 ましてや、楽器が今ほど、ぜんぜん普及していない60年代。まだまだ、一般家庭はビンボーだった時代に、音楽なぞに「ウツツ」を抜かせるのは、いいとこの「おぼっちゃま」ぐらいなもんだったわけですよ。

 ・・・と言う事もあり、当時は「おぼっちゃま」が流行の先端をいけたわけですね。

 もちろん、ヴィレッジシンガーズも「成城大」出身の「おぼっちゃま」グループ。

 育ちのよさは、やってる音楽には、もろ反映されたりするわな。

 だってさ、曲のタイトルからして、品のよさを感じるぢゃないの。
「亜麻色の髪の乙女」だものね。「乙女」なんて、一般庶民は、なかなか使わない単語ですぞ。

 曲は・・・・、みなさん、ご存知でしょう。 ハイ、あの曲ですね〜。

島谷ひとみが、2002年にカバーして、大ヒットしたアレ・・・です。

フォト 


・・・と、書くと、「え〜、あんなハイパーな曲、47年前にあったの?」なんて、いわれそうだけど、島谷バージョンは、かなーり、今風にアレンジさせてるわけですよ。

 オリジナルは、あんなにbpmも早くないし、ビートもきつくないですよ。
 グループサウンズだもんね、もともとは。
 オリジナルは、もっと、今で言えばガレージっぽいアレンジなんですわ。

 ボーカルの清水氏も、今で言えば歌謡曲っぽい歌い方だしね。そんなところも、おぼっちゃまの片鱗なんですかねぇ。

・・・・書くと、ヴィレッジシンガーズが、この曲のオリジナルって思われがちだけど、それが違うんですねぇ。
ヴィレッジシンガーズも、実はカバーなんですよ。

オリジナルは、ヴィレッジシンガーズからさらに遡ること2年前。青山ミチさんって方が1966年11月にリリースしたシングル。
 もっと、こちらは「風吹く丘で」というタイトルらしいですけどね。
しかも、すぐに発売中止になって、回収されちゃった(本人が覚せい剤で捕まった)らしいので、一般には広まらないうちにお蔵入りになったようです。


 ところで、この曲は、林哲司氏著の「歌謡曲」っていう本にも、取り上げられているんだけど、どうも、ボーカルメロディが、作曲した、すぎやまこういち氏のイメージと違う部分があるらしい。

Aメロの部分の出だし

♪ 亜麻色の 長い髪を 風がやさしく包む〜 ♪

の部分の ♪ やさしく包む ♪ の部分。

 この「やさしく」の部分、島谷ひとみさんの場合は、完全に「同じ音」で歌ってるけど、じっさい、すぎやまこういち氏は、「〜しく」の部分を半音上げて・・・っていうイメージだったらしい。

 まあ、オリジナルのヴィレッジシンガーズの清水氏のボーカルもやや、怪しいんだけど・・・。

 それでも、作曲のすぎやまこういち氏は、あれから47年経った今でも、ここの「音」の違いにこだわっているそうですね。

 うーん、作曲者の感性っていうのかなぁ、コダワリだよね。単純に聴いてる方からすると、言われて見ないとわかんないんだけどさ。

 それでも、すぎやま氏らしい、こだわりかな・・・とも思えるね。

 なんせ、ファイナルファンタジーの着メロの音を、全社分、丹念に確認して「ダメだし」したりしてる方だったりするから。。。ふらふら

 でも、作者の「こだわり」っていうのは、いくら「商業音楽」でも必要だと思うのよ。だからして、面白いわけで。。。

 これ、画一になっちゃったら、面白くもなんともなくなっちゃいますよ。硬ーくいえば、「著作人格権」ね。

 まあ、2次使用する側とすれば、これがあるから、厄介なんだよな。。。って部分もあるんだけどさ〜。。。 





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帰ってきたヨッパライ / フォーククルセダース

1968_01_帰ってきたヨッパライ_フォーククルセイダース






今日の1曲セレクトは、「帰ってきたヨッパライ」フォーククルセダースです。

 まずはデータでーす。

・タイトル     帰ってきたヨッパライ
・アーティスト   フォーククルセダース
・作詞       フォーク・パロディ・ギャング
・作曲       加藤和彦
・編曲       クレジット無し
・リリース日    1967年12月25日
・発売元      東芝EMI(東芝音工)
・オリコン最高位  1位
・売上げ枚数    131.3万枚
・オリコンベストテンランクイン期間:1968年1月11日〜3月18日付

 えー、長年ランキングってもんを見てくると、ヒットが出る日、時期って案外まとまっていることに気付いてくるもんなんですよね。
 まあ、昔から、レコード会社の慣例なのか、四半期毎の最終月(3月、6月、9月、12月)っつうのは、そのころの「旬」といえる、アーティスト、あるいは楽曲をリリースする傾向にあるみたいですね。
 もちろん、これは、制作側、その他、云々の絡みがあるわけで、一概にこれが全てとは言えないけど、大まかの傾向を見ると、こんな傾向が見られるんだよね。

特に12月っていうのは、昔から結構、大ヒットの曲が多いように思えるね。
 冬ってのは、いつの時代でも、家の中で、静かに音楽でも・・って考えるのは、時代を問わずなんでしょうねぇ。
 ま、忘年会、新年会シーズンでもあるし、ガキんちょは、クリスマス、お年玉っていう季節で、他の季節よりレコードを買ってくれる率が高いんで、各社、力を入れるんでしょうけど・・。

 でもって、今日も昨日に引き続き、12月25日、クリスマスリリースでの、ミリオンヒットです。

 帰ってきたヨッパライ / ザ・フォーククルセダース

 実に46年前の曲なので、曲はご存知でも、タイムリーに聴いてた方は、さすがに少ないかなぁ。
 実際、ワタシもまだ、生まれてないっすからねぇ、もちろん、タイムリーには聴いておりません!

 だけど、曲は永久不滅、エバーグリーンですよね。

 だからこそ、タイムリーに知らないワタシらでも、興味があるわけで、とりあえず、私なりの解釈している事を、今日は書いていきましょう。。。(←自慢げ??)

 歌っているのは、フォーククルセダースっていう、京都発の3人組。加藤和彦氏、はしだのりひこ氏、北山修氏。

 ただ、この3人組、オリジナルのメンバーではないのよね。もともとは京都の学生中心のフォークサークルで、コピーを中心に活動していたらしいですワ。

 で、大学卒業を前にフォークルを解散することになり、その解散記念に、自主制作LP「ハレンチ」を制作することになり、この「帰ってきたヨッパライ」は、その中の1曲だったんですよね。
 今、調べたら、このアルバムのリード曲でもなかったみたいで、アルバムB面の2曲目に「ひっそり」収録されています。

 それだけに、全く自由な発想で、曲が作れたっわけですねぇ。まあ、そもそもが「自主制作盤」なわけで、営利を目的にしているわけではなかったわけで、全てが自由な発想なわけですが、とくに、この曲は、「プロ」では思いも着かないような、コペルニクス的発想の転換な曲だよねー。

 「テープの早回し」

 こんなの、いつも「まとも」に音楽作っている、プロには、「絶対」というほど、思いも着かない発想だわなぁ。
 いや、当時は、まだ、「アーティスト絶対主義」の時代。アーティストの「声」にエフェクトをかけるなんて、「タブー」だったんじゃないかねぇ。発想したくても発想できない状況ではなかったかな。 
 美空ひばりのボーカルトラックにエフェクトなんぞかけたら、まず間違いなく「切腹」だったでしょ? あの時代。

 そういう時代に、なんの疑いもなく、こういう発想をし、実際に曲にするってのが、とんでもない発想の転換だったんだよね。 まさに実験音楽の局地。
 まあ、これも、営利主義外の自主制作盤だったから出来た「技」だけどねぇ。

 ちなみに、この発想、あの時代、普及し始めた「カセットテープ」では思いつかなかったって言われているんですよね。
 「オープンリール」ならではの発想。

 え? また、ジェネレーションギャップ? オープンリールテープねぇ。。。
 2つの円盤の間に磁気テープをまいた、カセットよりでっかいテープですよー。
 46年前は、まだ、こっちのほうが主流だったのよね。

 そうねぇ、いまだったら、CD-Rがオープンリールで、MDがカセットって感じかなぁ?

 ワタシらの年代は、すでにカセットが主流だったけど、実は、ワタシは、オープンリールも扱ったことあるんだよね。
 小学生の頃、ワタシ、放送部でさぁ、なにせ、田舎の学校だったからさぁ、機器が古かったんだよね。
 で、カセットなんてなくて、テープはオープンリールだったのよ。
 片方のディスクに巻き戻した磁気テープを「にゅー」と手動で引っ張って、ヘッドに通して、もう片方のディスクにテープを固定して再生するんだよね。
 結構な手間なんだ、これが。その手間の時間を考えててないと、放送時間に遅れちゃったりしてね。

 でも、今の「選曲」っていうお仕事と、「サイト運用」っていうお仕事は、意外とあの時代の経験が「ベース」になっていることが多いですね。


 ありゃりゃりゃ、またまた、話がそれた。。。。

なんで、オープンリールで早回の発想ができるかっていうと、このオープンリールっていう代物、テープの進行速度を変えて録音できたんだよね。
 テープの進行速度、通常の速度と、半分の速度だったかな ぁ。半分の速度で録音すると、当然、より長くテープに録音できるってことだよね。
 これは、当時、まだ、磁気テープが高かったための手段だったようだねぇ。

 ただ、半分の速度で録音した音を通常の速度で再生すると、当然、倍速で音が聴こえるってことだよね。
 なんで、あんなふうな、へんちくりんな声になっちゃうわけ。

 ここから、来てるんだよね。この「帰ってきたヨッパライ」って。


 逆に、通常の速度で録音した音を、半倍速で再生すると、逆にとんでもなくゆっくりに聴こえる。音も下がって聴こえるんだよね。
 これを利用したのが、昔、東京12ch(現テレビ東京)で放送していた「プレイガール」のタイトルバック音声ぢやないかなぁ。

 「プレイガ〜〜〜ル」って、とんでもなく低い声のタイトルバック効果音。


  だからねー、おそらく、加藤和彦氏って、発想がめっちゃ鋭いんだろうなぁ。普通だったら「速度が間違ってら」で終わりですよ。

 でも、曲としては、通常のBPMだよね、この曲。 だから、逆に考えると、もともとは、めっちゃ「ゆっくり」録音したことになる。

 まだ、4チャンネルの時代だろうから、レコード聴くと、ボーカルトラックと、もう1チャンネル、多分ギタートラックと、ピアノなのかな? のトラックを半倍速で録音して、そのまた上に通常の速度でバックボーカル(コーラス)やら、他の楽器のトラックをかぶせて、この曲が出来てるんだよね。

 しかも、テンポが変わらないようにしようしたメトロノーム
の音まで、オマケに入ってたりして・・(^^;;;;;

 当時のアマチュアが考えたにしては、かなり緻密な作りになっているわけです。

  この曲が収録されたアルバム「ハレンチ」は、最初に書いたように「自主制作盤」なので、当然、全国の放送局には回っておらず、関西の放送局のみに配布されたようなんだよね。
 で、最初に書けたのは「関西ラジオ」。
 ところが、1度かけたところで、リクエストが爆発的に押しかけたワケです。

 まあ、そうでしょうなぁ、それまで、全く「耳にしたこと」もない「音楽」だったわけですから・・・。

 ここに目をつけた、大手レコード会社が、こぞって、この曲の原盤権を買い付けて、結局、東芝音工(今の東芝EMI)が獲得し、その年の暮れ、12月25日に「臨発」状態でリリースされたようですね。

 だから、この曲のジャケットは、本人たちは写ってない。アルバム「ハレンチ」のジャケットをそのまま使ってるんですわ。

 逆に、それも、この曲同様、謎めいてて良かったんだろうねぇ。

 そして、「オールナイトニッポン」でのOA。これが、この曲の超大ヒットを決定付けたっていうかね。

 だから、このタイムラグもあり、チャート上では、最初からベストテン入りではなかったんだよね。

1968年1月4日付、記念すべきオリコン第1回ランキングでは、33位初登場
 翌週1月11日付3位、翌18日付も3位、翌25日付で1位。ここから4週連続の1位となっている。

 でも、いえることっていうのは、無欲の勝利って言うかねぇ。とにかく、面白く、興味深く曲を見せるっていうかね。
 固定観念外の勝利だと思うんだよね。

 これは、今でも通じることなんだよね。特にアマチュア、インディーズの方々に言いたいのは、オリジナリティを作れって事ですね。
 自分で曲をつくるから、詞をつくるから、いわいるシンガーソングライターだからオリジナリティっていうのは、絶対に違うと思うのよ。これは、完全な履き違い。

 自分(達)にしかできない、音(色)であったり、メロディラインであったり、詞であったり、するのを表現できるから、オリジナリティなわけで・・。
 既存のものにとれられずに発想の転換・・、しかも、大事なのは、時代に即した発想の転換っていうのかなぁ・・。
 それまでの流れとは全く超越した発想の転換っていうことは、時にはそれもありだけど、大抵は、「奇人変人」で片付けられちゃう。
 大事なのは、いかにオーディエンスをふりむかせることが出来る発想の転換なんだよね。
 これは、かなり難しいこと。

 それは、意外と足元に転がってかもしれないわけ。
上で書いたように「帰ってきたヨッパライ」だってそうぢゃない? テープの早回しなんてのと、当時、オープンリールを使っていた方なら、ほとんど誰でも知ってたと思う。そこに気付くか気付かないかの差だよね。

 要はいつも見慣れてる風景なんだけど、みんなの死角になっている部分の風景ってあると思うんでよね。ある方向からは陰になっている部分っていうの?
 そういう部分を、うまく引き出すことだと思うのね。

 いまヒット曲界に必要なことは、その部分ぢゃないかなぁ。
サウンドにしても、メロディにしても、だれだれ風とかぢゃなくてさ。「元祖」っていう部分。


 この曲聴くと、いつもそう思いますわ。





※2006年1月に書いたものを再掲載しました。
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