かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

麻生圭子

Blonde / 中森明菜

1987_07_BLONDE_中森明菜


今回の1曲セレクトは、「Blonde」中森明菜です。

まずはデータです。

・タイトル    Blonde
・アーティスト  中森明菜
・作詞      BIDDU, WINSTON SELA
・作曲      BIDDU, WINSTON SELA
・編曲      中村哲
・日本語詞   麻生圭子
・リリース日   1987年6月3日
・発売元     ワーナーパイオニア
・オリコン最高位 1位
・売上げ枚数 30.1万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 1位
・ベストテンランクイン期間:1987年6月15日〜8月3日付

 久しぶりの1曲セレクトです。・・・・なんてここんところいつも書いてるような気がするなぁ。
ま、実際2週間ぶりなんだけど。。。
いやいや、ここんところ毎回かいてるように、持病の「痛風」発作の塩梅がよくなくてねぇ・・・。発症から1カ月も経つっていうのに、まだ痛みが引き切れない日々が続いておりまする。
今も、痛い箇所にロキソニンテープを貼りつつ書いてたりしてね・・・なんてね、体調が悪い日が続いておりまして、ここんところ書く機会が減りつつあるって感じですね。

でも、とりあえず、書いてみますわ・・・。

・・ということで、今回セレクトしてきた曲は・・・っつうと・・・うーむ、個人的にはキライな曲だったりしするんだよね。
なんで、ずっとほったらかしにしてた曲なんですが。。。

中森明菜「Blonde」

明菜の80年代の曲は、すでに大体書いたんだけど、ま、そんなわけでこの曲はずっと「放置プレイ」のまま、今に至って来た訳なんだよね。

なぜキライだったか?

ま、深い理由なんてないんですよ。 単に当時引っかかったっか、引っかからなかったのか・・・の差だけなんだわね。
で、この曲は引っかからなかった・・・と。

なぜ、引っかからなかったのか・・・っちゅうと、やっぱり「洋楽」だったからなんだろうね、この曲は。

そそそ、↑のこの曲の作詞、作曲者でも分かるように、もともとは作詞、作曲者とも「向こう」のヒトなんだよね。

だから、曲自体まるで「洋楽」なんですわ。 当時、個人的には洋楽はまるでダメでねぇ。 うん、知識的にというよりは80年代後半ごろの洋楽の曲自体、生理的にダメだったんだよね。

なんか軽いし、音が角ばってるし、色もそっけもないし・・・。 うーん、色もそっけもないって言うのが一番のダメだった所かなぁ。

当時、 イケメンを表すコトバとして、ショウユ顔、ソース顔ってあったじゃん。 あっさり系のショウユ顔に、コッテコテのソース顔って感じでさ。

その点から言えば、この当時の洋楽って、音からしてもモロ、ショウユ顔的なんですわ。 あっさりしてて味もそっけもない。

まあ、それが80年代後半、バブル前夜の無機質なアーバンな雰囲気にぴったり嵌まっていたのかもしれないけどさ。

でも、ここでは再三書いてるように個人的には、こってこてな味か濃い音が好きだったからさあ。
というか、日本人としての性というかねぇ。 どうしても向こうの抑揚のない無機質なサウンドにはなじめなんですわ。まあ、向こうの曲でもフランスとか北欧的な、「濃い」サウンドの音楽は好きなんだけどね。

明菜の曲って、80年代後半・・・そうだねぇ、85年の「SOLITUDE」あたりから、洋楽にコミットしていくんだよね。メロディ的にというよりはサウンド的に。 つまりさ、↑で言うならあっさり系であり、無機質なサウンドの曲が増えていくですよ。

そんなところから、個人的には明菜の曲から距離を置いて行くことになるんだけどさ。 その最たる曲がこの曲だったってことなんだよね。

この曲は、サウンドだけではなくメロディも全くの洋楽。抑揚もなく無機質感丸出しの曲だったから・・・。 そこがダメだったんだろうね。

今ですか? まあ、あれから30年経ったからねぇ。 ワタシも随分丸くなったし、一応はこの曲も聴くようにはなってるけどね。
ただ、未だに聴く特には抵抗は感じるんだよな。まあ、頭で感じる抵抗・・というよりも生理的な抵抗なんだけけどさ。


ちなみに、この曲、作詞作曲者が外人・・・ということもあり「原曲」があるんだよね。 まあ、他のヒトが歌っているカバーという訳じゃないんだけど。
 うん、元々のタイトルは「LOOK THAT KILLS」っちゅう100%英語詞の曲。  そそそ、明菜自身、この「Blonde」をリリースした少しあとにリリースしたアルバム「Cross My Palm」で、オリジナルの「LOOK THAT KILLS」として歌ってたりする

↓ コレ


・・・・つか、初めて聴いたんですけど。。。  87年クリスマスのMステで歌ったものらしいんですが。。。

へぇ〜・・・・。「Blonde」より全然いいじゃん。 ファルセットの明菜、めちゃくちゃ新鮮じゃん。
うん、これ聴いて分かったわ、「Blonde」が好きになれなかったのが。 
「Blonde」はキーを下げてるんだよね。Aメロとか低音で歌ったるじゃん。 それがどーも、もしゃもしゃしててさ、すっきりしてないんですよ。そんな所もダメだったんだろうな。





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シンフォニーの風 / 西村知美

  1987_04_シンフォニーの風_西村知美


今回の1曲セレクトは、「シンフォニーの風」西村知美です。

まずはデータでするぅ〜。

・タイトル    シンフォニーの風
・アーティスト  西村知美
・作詞      麻生圭子
・作曲      中崎英也
・編曲      萩田光雄
・リリース日   1987年3月11日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 4位
・売上げ枚数  7.7万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 10位
・ベストテンランクイン期間:1987年3月30日付
・タイアップ:ハウス食品「ゼリエース」CM曲

個人的な事だけど、サザンのファンクラブに入ってましてね
桑田氏が「ソロ」として「悲しい気持ち」でデビューして今年で30周年なんだよね。そんなこともあって今年は攻めますよ〜って言う告知がファンサイトに出てたりしてね。
その第一弾が、4月から始まるNHK朝ドラの主題歌って訳ですわな。さてさて、今後はどういう活動となって行くやら、注視の1年になりそうですわ。

それはそうと、1987年って年からもう30年も経つんだよな。
なんか最近、早ぇなぁ〜・・・って事ばっか書いてるような気がするけど、ホント早いですよ。30年前、ワタシゃ高校3年。マジであっという間でしたね。ワタシの中では「昨日」って言う感覚でもおかしくないもの。

例えばさ、先週終わった大相撲中継とか見てると、懐かしの名場面とかやるじゃん。 そういうとき最近、千代の富士 VS〜」とかのVTR流れる事が多いけど、30年前って言ったら、もう「リアルタイム」で相撲中継見てたよな・・・とか思ったりして。。。その感覚で言えば、ホントつい昨日のようなんだよね。

あ〜、このままあっというまに「ジジィ」になって行くのか・・・なんて考えたら背筋が「ゾゾゾッ」ですよ。。。。


・・・・と言う事でもないけど、今回はそんな30年前の今頃の「アイドル」の曲をひとつ。

西村知美「シンフォニーの風」。

上に書いたように「30年、あっという間よ」って言う感覚から言えば、
「うわっ、この曲から30年も経つんか・・・・。」ですわ、まさに。

昨日だよね、この曲って。ってマジで言っても「そうね」なんて言ってしまいそうな。。。。

良く言えば、それだけ未だに「新鮮」に感じたりする。 悪く言えばそれだけ「聴いて来なかった」っていう感じな曲なんだよね、個人的に。

西村知美さん。 ま、未だにタレントとして残っている1人だけども、正直言って30年前のあの頃、たれが30年後まだタレントして残っているだろう・・・なんて思えたか。。。
って感じだったもんね。 いや、個人的にはそう思ってたのよ。

そのくらい、「歌手」としては希薄なイメージだったし、ま、それ以前に、歌唱力がね・・・・ってところでさあ、どう考えても、あの時点で「良くてあと2〜3年だよね」って感じだったんだよな。

確かにアイドルは歌唱力はどがえしっていう風潮は、30年前当時は強かった。なので歌がヘタかどうかはタレント生命には関係なかったと言えばそうなんたけどね。

だからねぇ、あれから30年、タレントとして生き延びて来ているってことは、ホント「奇跡」って感じですよ。

でも、「トロリン」って言う愛称のように天然ボケなキャラクターではあったけども、裏では芯の強さがあったんだろうね。そうじゃなきゃ、タレント業を30年も続けられる訳もない訳で。。。

ただ、そうは言っても当時のアイドル誌なんかでは、かなり人気があったからな西村さんは。
この当時、すっかり「アイドル誌」然となってしまった「オリコンウィークリー」でも西村さん人気あったからなぁ。
いまで「オタク」のはしりでもある「同人」的なアイドル同好会では、西村さんの故郷、山口県宇部市をピックアップしたりして。。。

そんな感じでレコード売り上げ枚数では見えない部分での人気がたしかにあった事はあった。
結局は、そんな熱狂的な固定ファンの支えっていう部分も生きたんだろうね、30年タレント続けてこれたって言うのは。


ところで、曲なんだけども。。。。 今まで西村知美さんの曲はあんまり書いて来なかったワタシなんだよな。
ま、確かに当時もあんまり聴いてなかったって言うところはある。 けど、それ以上に、このヒトの曲って、ほとんどみんな同じように感じるんだよねぇ・・・

当時から、早くも「ジジイ」傾向が始まっていたって言われればそれまでって感じだよな。うん、年取って来るとヒット曲がみんな同じような聴こえてくるんだわ。。。今、まさにそんな感じだもの。

なんで、どうも筆が進まなかったって言うところはある。 でも、そろそろ手を付けなきゃね・・・ってことで、今回この「シンフォニーの風」を引っ張ってきた訳なんだけども。

うん、この曲は、同じように聴こえる西村さんの曲の中でも、「なんとなく」他の曲と間違いが分かるんで

いやそれでも、サビに行くまでのAメロ、Bメロは、他の曲との区別がつかないワタシなんだけども。。。

♪シンフォニーのような シレッシェンドの風〜 ♪ っていうサビはね、さすがに聴いてましたねぇ。

そそ、この曲、なんかのCMで使われていたんだよな。。。CMでよく聴いてたような・・・なんて調べたら、ハウスの「ゼリエース」のCMだった。

「あれ? そうだったかな。。。」 これはちょっとイメージが違ってたけど。。。


ただね、結構漠然としてるでしょ。 「シンフォニーの風」ってタイトルは。

コトバのイメージとリリース日からして、春の心地よい風をイメージさせるし、実際そう言う曲なんだけども、そのイメージどおりのサビに持って行くまでの繋ぎに苦労したのか、2番のAメロの

♪ L 角度変えれば
  Bang!  ピストルに似てる
  そんな悲しい事は教えないで あなた〜 ♪

って言う歌詞に、これと「シンフォニーの風」っていう春の微風のイメージとどう繋がりがあるの? なんて不自然さを感じたりしてさ。

うん、唯一、この曲で引っかかったのは、この部分の歌詞の不自然さだったりしてね。

その他は、サビのメロディライン以外は、めちゃくちゃオーソドックスなんだよね、当時のアイドルソングとしては。

筒美京平氏がシングルは「尖って」いないと・・とおっしゃっているように、それまでのヒット曲って好きキライに関わらず、アイドルの曲にもどこかしら引っかかる部分があった。
でも、この辺のアイドル曲から、そういう「トゲ」の部分を感じ無くなってきたんだよなぁ。

楽曲の個性よりもアイドルのキャラクター・・・。 そう言う時代になっていたんだよね、この頃は。

いやいや、レビュー書き泣かせの曲ですわ。。。。






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疑問 /立花理佐

1987_04_疑問_立花理佐








今回の1曲セレクトは、「疑問」立花理佐です。

まずはデータでする。

・タイトル     疑問
・アーティスト   立花理佐
・作詞       麻生圭子
・作曲       伊豆一彦
・編曲       中村哲
・リリース日    1987年4月1日
・発売元      東芝EMI
・オリコン最高位 2位
・発売元      8.6万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 13位
・タイアップ:TBS系ドラマ「毎度おさわがせします PART掘彈臑蟆

 ゴールデンウイーク後半3連休もあっという間に終わりですねぇ。 毎度毎度の事なんだけども、どーして休みの日はこうもあっという間に過ぎますかねぇ。
 まあ、明日1日出勤すれば、また2日休みなんでね、いまのところ、それほど「憂鬱」な気分にはなってないんだけどさ。これが日曜日になると、憂鬱になるんだろうなぁ、「あー、連休が終わっちまった」と言う気分で。。

さてと、どーでもいい話はこの位にして、今回の1曲セレクトです。
ここ暫くニューミュージックを続けてしまったんで、久しぶりにアイドルです。

立花理佐「疑問」

うーむ、またまた1987年になっちまった。。。。偏ってるなぁ・・・っていうのは重々承知なんだけども、特に80年アイドルとなると他の年のめぼしい曲は大体書いちゃったんで。。。。
 でも、いままでなぜか87年の曲は、あんまり書いてこなかったんだよね。 まあ、大ヒット曲が少なく、「こんまい」曲が多かったからだろうな。

・・・ということで、今回の立花理佐も、まだ書いてなかったんだよね。。。なんで、丁度いいわ・・とセレクトして来ましたわ。

ま、実際ヒットのピークは4月中で、87年のゴールデンウイークあたりは、すでにチャートも下降線にあったんだけども、まあいいですかね。

この曲、立花理佐の「デビュー曲」と言う事だったんだけども、で、いきなり、オリコン初登場2位・・・ということで、上々の滑り出し・・・・なんて、マスコミでは絶賛されてた・・・・ような気がするけど、今となって見れは、全然記憶に残って無かったりするんだよね。

初登場2位といっても、累積売り上げは10万枚にも満たなかった訳だし。
デビュー曲で8万枚も売れれば、当時のマスコミのように上々の滑り出しだったのかもしれないけど、なんか腑に落ちないものを感じたんだよなぁ、当時のワタシとしても。奥歯にモノが挟まったようなスッキリしない気分・・・というかね。

それは、当時、すでに80年代アイドルの「質」に疑問を感じてきたのかもしれないんだけどさ。
以前にも書いたけど、87年ごろになると80年代アイドルも数的にオーバーフロー気味だったんだよね。
それでも、毎年、数多くのアイドルがデビューしてくる。
 そんな状況の中でデビューしてくるアイドルってさあ、1,2歩譲歩して言っても、クオリティが下がってるよなぁ・・・とかしか感じなくなってきてたのは、事実なんだよね。

結局さ、新たなアイドルが出てきた・・と言っても、それまでいたアイドルとの「差別化」っていうのかなぁ、「新しいサムシング」を感じなくなっちゃったんだよね。だから、新鮮さを感じられなくなっちゃってたし。。。
 もう、「規定」の80年代アイドル路線はお腹がいっぱいだったんだよね。 アイドルメインのヒットチャートにも正直飽きてきてた頃だし。。。。
そろそろ別の路線のヒット曲が聴きたい・・・なんて本気で思ってましたね、個人的には。

ま、実際にはそう言うムーヴメントは地下で起こり始めていたんだけどね。 
今でこそ、日本の3大野外フェスとなった、Rock In Japanの「母体」誌である、「ROCKIN' ON JAPAN」が創刊されたのは1986年10月。 そこから小さな火がついて、少しずつではあるけど、「Rock」が再度、次のニュームーヴメントとなりつつあったのが1987年だったんだよね。 

個人的には、まだ、そんな動きは知らずにいた訳で、相変わらず「オリコンウイークリー」を買い続けていたんだけどさ。
ただ、当時のオリコンって、もう9割がたは「アイドル誌」だったからさあ、正直、買うのは勇気が要ったりしたな。
「チャート情報誌」のころのオリコンから買ってた知り合いの多くは、アイドル雑誌然になったことで飽きれて次々と買うの止めてったしさ。
それでも、個人的に買うのを止めなかったのは「意地」ですね、半ば

それに、後々、こういう(酷い)時代もあったって言う記録を手元に残したたかったし。あ、それは、今も同じ。
こういう酷い時代があったってことで、後々の時代に残したいんで、今も自分でチャートを作ってる訳で


あーーーー、話が大幅にずれた。。。。修正・・・

今回セレクトしてきた「疑問」ってさ、陰がある女の子の歌ジャン。
でも、どうして、このヒトのキャラで、「不良」とまでは言わないけど、「陰」があるような女の子について歌わなきゃ行けないのか? ・・・っていうのがどうも、今一つ見えてこなかったんだよね。
歌番組でも、歌う前のインタビューでは、エクボ顔の屈託のない笑顔でしべってるこのコが、、ウタになると、いきなり「陰のある」女の子なわけでしょ・・・。 どうもねぇ、今一つピンと来なかったんだよなぁ。

うん、どうしても、どこまでも、山口百恵や中森明菜路線の亡霊を追いかけてるよな・・・って感じちゃうんですよ、「陰」ある女の子って言う路線は。
 それを凌駕するものをこのコが持っていたなら、そう言う路線でもマッチするんだろうけど、どうもねぇ、このコとの実際の(見た目上の)性格とのギャップを感じちゃったんだよなぁ。

その前に「ウタ」がね。。。。やっぱり、「陰」ある女の子を歌うには、ウタはウマくなくちゃ。。。。な
まあ、よく声がひっくり返ってましたな。

そんな感じで、どうも今一つギャップを感じるのに、オリコンで2位まで行っちゃったでしょ。
そんな動きにも、この曲のタイトルぢゃないけど「疑問」を感じちゃったワタシだったんだよね。

そんなこんなで、この曲については、いろんな意味で、当時、すっきりしないものを感じたんだろうな。

まあ、この曲が当時、オリコンの2位まで行ったのは、「毎度おさわがせ〜」のPART3に使われたのと、ロッテのアイスのCMで使われたのが大きかったんだろうけどさ。
(実際、ワタシもロッテのアイスのCMで、この曲の存在を知ったな)




もしかして、これって「Mステ」? 
たしか、この時期に司会になったんですよね。まだまだ毒舌キャラが冴えてましたね。
そして件の立花理佐さん、声がひっくり返りまくりですな・・・。



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最後の言い訳 / 徳永英明

1988_11_最後の言い訳_徳永英明






今回の1曲セレクトは、「最後の言い訳」徳永英明です。

 まずはデータです。

・タイトル     最後の言い訳
・アーティスト   徳永英明
・作詞       麻生圭子
・作曲       徳永英明
・編曲       瀬尾一三
・リリース日    1988年10月25日
・発売元      アポロン
・オリコン最高位  4位
・売上げ枚数    23.3万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 4位
・ベストテンランクイン期間:1988年11月7日〜12月12日付

 秋もどんどん押迫って来ると、淋しい気分が押し寄せてきますな。 こう、シンミリしちゃうものです。

 ま、こういう秋の日は、やっぱり、それらしい曲が聴きたくなる・・。

 なんてことで、それらしい曲を持ってきましたわ。


 徳永英明の「最後の言い訳」。


 この曲、最近、良く耳にするんで、どーも、昔の曲っていうイメージって少ないんだけど、27年前の曲なんだよね。

 いや、あの頃は、あんまり聴いてなかったからかなぁ。 うん、正直言うと、当時は、聴いてなかった、この曲。

 どーも、当時の徳永ってさ、同じような曲が続いてたせいもあって、正直、飽きてたんだよね。
 前の年の「輝きながら」が大ヒットしたせいもあって、ずっと、その路線が続いてたじゃん。
 いわいるバラード路線。 まあ、それは、今でも変わってないんだけど・・・基本的には。。ふらふら

 それでも、「輝きながら」⇒「風のエオリア」ときて、この「最後の言い訳」と、3作続けてバラードでこられると、これはこれでツライものよ、聴いてる方は。

 ま、このヒトのファンならいいんだろうけどさぁ、第3者にとっては。。。

・・・と言う事もあって、あんまり聴いてなかったんだな、当時は。


 そういうこともあってか、なぜか、最近、この曲が新鮮なんだよなぁ。

 何年か前の「SONGS」が良かったせいもあるかもしれない。 四半世紀以上経って、味が出てきたっていうのかなぁ、このテの曲って、なかなか寂れないじゃん、曲自体は。だから、歌えば歌うほど味が出てくるもんなのよね。いわいるスルメソングってやつでさあ。
 それを考えたら、また、当時は、それほど「味」を感じてなかったのかもしれない。
 まあ、当時、ワタシャ、19才。まだまだ、「歌の味」を感じることができるほどぢゃなかったしなぁ。 ガキだったし。
 
 あれからそれなりに人生経験を積んできて、ようやく、歌の味も分かってきた・・・っていうのかしらね。

 なんか、そんな事を感じのですよね、最近この曲を聴くと。

 ま、これだけ、バラードを歌ってくると、そのバラードの中にもね幾つかの形が出てきてる徳永氏だけど、この曲なんかは、その後の「LOVE IS ALL」に続く、ような何かを感じるんだよね。
 たしかに、マイナー系とメジャー系っていう違いはあるけど。力の入れ具合っちゅうか、曲への感情移入っていうかねぇ。

 それを考えると、ここまで感情移入するようなバラードって、最近の徳永氏にはないな。 どことなく流れていくようで。
 それが、どうも残念でね。 というか、だから、あんまり食いついて聴きたいなるような曲がないのかもしれない。徳永氏には。

 まあ、こんな曲ばっかでもツライけどさ、たまには、どっぷり漬かれるような大バラードな曲でも、また、やってくださいな。

 ・・・とか言いたくなったりして。。


 蛇足だけど、この曲、ジャケ写さがしてたら、なぜか、7インチレコード・・・つまりさ、シングルレコードのジャケ写ばっか落ちてた。
 当時、すでにCDシングルもリリースされてたんだけどね、なぜか、そちらは見当たらないわ。。。
 うーん、この曲、アナログの方が売れてたのかねぇ。 

 いずれにしても、ロングヒットだったけどね。徳永氏としては、90年の「壊れかけのRadio」と並んで、29週、オリコンベスト100入り。

 このテのバラードは、週間セールスは、それほど爆発的なものにはならないけど、一度売れると、ジワリとながーく売れるって言う典型だね。

 ま、その辺は、曲がスルメソングっていうところとも関係が深いんだけど。 うん、なかなか曲が寂れないってことよ。




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100%男女交際 / 小泉今日子

1986_05_100%男女交際_小泉今日子






今回の1曲セレクトは、「100%男女交際」小泉今日子です。

 まずはデータです。

・タイトル    100%男女交際
・アーティスト  小泉今日子
・作詞      麻生圭子
・作曲      馬飼野康二
・編曲      山川恵美子
・リリース日   1986年4月30日
・発売元     ビクター
・オリコン最高位 2位
・売上げ枚数   14.0万枚
・THE HITCHART HOT30最高位 6位
・ベストテンランクイン期間:1986年5月12日〜5月19日付

 まいどまいど、1曲セレクトの曲選びには、苦労している今日この頃ですが、そういいながら、昔のチャートをひっくり返してねまだ、書いてない曲を引っ張り出す作業も、おもしろいっちゃおもしろいんだよなぁ。

 今回も、そういいながら、いろいろとひっくり返してたんだけどさあ。

 ありましたわ、有名どころなアーティストで、まだ、書いてなかった曲が。


 ふむ、小泉今日子の「100%男女交際」。 うーむ、先月もキョンキョンの「常夏娘」を書いたばっかなんだけど、またまたキョンキョン・・・と。。
 こうしてみると、まだ、書いてない曲がほじくれば出てくるものですな。。。


 まあ、書いてなかったっていうのも、この曲自体がすでに、完全に「死角」の状態に入ってて、普段はすっかり忘れてしまっているからだろうな。

 事実、この曲、覚えているヒトっていうのも、あれから24年経ったいまでは、ほとんどいないだろうしな。
 まあ、「なんてったってアイドル」と「夜明けのMEW」っていう2つの、秋元康−筒美京平作品に挟まれた、「つなぎ曲」だったこともあるだろうし、だから、オリコン2位まで行きながら、あっという間にランクダウンしちゃった曲って言うのもあるだろうし。


 曲自体もさ、「A面」の曲というよりかは、「B面」っぽい曲なんだよね。Aメロ、Bメロ、サビでまったく違う曲調を持ってきちゃっているんで、イメージがごっちゃになっちゃって、なんとなく収拾が付かないような感じもするし。
 というか、場面場面で展開がめまぐるしく変わるミュージカルを見ているような感じもしたりして、最終的に一体何が言いたかったの? ・・・と言いたくなっちゃったりして。

 いや、「100%男女交際」っていうタイトルがあるから、あー、そういう曲なのね、って分かるようで、このタイトルが無かったら、ほとんどなんだかよく分かんない曲だったりして。。ふらふら

 ただ、世は「おニャン子クラブ」全盛の御世だったこともあり、このテの曲が氾濫してた時代でもあったわけで、「ウレセン」を考えれば、この辺だったのかも。。

 まあ、次の「夜明けのMEW」できっちり、路線を整え、年末の「木枯らしに抱かれて」に繋いできたのは、さすがにキョンキョンだよなというところだけどさ。
 
 いずれにしろ、この曲は捨石というか、つなぎだったから、これはこれでよかったんでしょうな。




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