かじやんのヒット曲&チャートレビュー

ヒット曲を聴き続けて約40年! かじやんがお送りする、「今」のヒット曲&ヒットチャートから、「あのころ」のヒット曲&ヒットチャートまで、ヒット曲について幅広くご紹介するブログ。 自主チャートサイト"THE HITCHART NOW AND THEN"の支店ページという位置づけにいたします。

魔女の宅急便

やさしさに包まれたなら / 荒井由実

1974_04_やさしさに包まれたなら_荒井由実








今回の1曲セレクトは、「やさしさに包まれたなら」荒井由実です。

まずはデータです。

・タイトル    やさしさに包まれたなら
・アーティスト  荒井由実
・作詞      荒井由実
・作曲      荒井由実
・編曲      松任谷正隆
・リリース日   1974年4月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 ランクインせず
・売上げ枚数  −枚
・タイアップ:映画「魔女の宅急便」より

先日、ユーミンの「ルージュの伝言」を書いたばかりなんだけど、またまた、ユーミンを引っ張ってきてしまいましたわ。
 しかも、同じ「魔女の宅急便」で使用されていたこの曲ですっ。

「やさしさに包まれたなら」

「魔女の宅急便」で使われていたっていうのが、「ルージュの伝言」とおなじなら、実はヒットしてた「時期」も同じなんだよね。
リリースは、1974年4月20日。 今から42年前の「今頃」ヒットしていた訳ですわ。

・・・とはいうものの、上のデータを見ても分かるように、オリコンでは100位内にランクインしてなかったのよ。だから、売り上げ枚数もカウントされず。実際どのくらい売れたのかもよく分かんない。

「魔女の宅急便」以来、今でこそ、頻繁にCMで使われ、多くのアーティストがカバーしていたるこの名曲も、リリースされた当初は、そう言う存在だったんですよね。

「ルージュの伝言」もそうだったけど、この曲も当時は「知る人ぞ知る」っていう隠れた名曲だった訳なんですよね。

1974年というと、オリコンのシングル年間ランキングで4枚のミリオンセラーが誕生した年。これはオリコンがスタートした1968年以来年間最多のミリオンセラーが出た年で、だから、概してレコード売り上げは好調な年だったんだよね。
 
それでも、この曲のチャートアクションがこういう状況だった・・・っていうのは、やっぱり、当時はまだ「歌謡曲」の天下だったって事なんですよねぇ。

ユーミンなどの、いわいる後のニユーミュージックって言う音楽は、少なくともシングルではインディーな存在だったって事ですよね。

ただ、ニューミュージック勢もアルバム売り上げは好調だった訳でね、ユーミンの場合、この「やさしさに包まれたなら」が収録された、2ndアルバム「ミスリム」の売り上げは26.8万枚(アルバムチャート最高位8位)なんて言う売り上げが記録されていたりします。

 ま、一口に26.8万枚と言っても今とは時代が違い、なんせ「LP」の時代ですからね。10万枚売れれば大ヒットと言われていた時代の26.8万枚ですから、充分に大ヒットだったわけですね。

つまりは、アルバムを通して、この曲は広まっていったいて訳で、もしかすると、シングルだったって事は知らない方も多かったんじゃないかなぁ。

でも、当時は、他のニューミュージック系アーティストの曲では、そんな感じでアルバム先行で実はシングル曲でもあった・・・って曲は随分多いんじゃないのかなぁ。


この曲、個人的に聴いたのは、いつだったろう? 「ルージュの伝言」多少覚えているんだけど、この曲は全然覚えてない。もしかすると件の「魔女の宅急便」だったかもしれない。
 
でも、なんか、不思議な気分になる曲ですよね。童心に帰っちゃう・・というか。 この曲がリリースされた1974年というと、ワタシは5才になるかならないかの頃ですわ。

でも、その当時の気分に戻る・・・っていうかさ、文字通り「やさしさ」に包まれたような気分になる。 まあ、だから、これだけ多くの方に支持されている曲になったんだろうけどさ。

ちなみに、この曲のレコーディングアーティストのメンバーは

・ドラム 林立夫
・アコースティックギター 吉川忠英
・12弦ギター  瀬戸龍介
・ベース 細野晴臣
・スチールギター 駒沢裕城
・キーボード 松任谷正隆

という面々。 まあ、基本当時のユーミンのレコーディングメンバーは、林、細野、松任谷、鈴木(茂)っていうキャラメル・ママを中心だったわけだけども、この曲の場合は、加えて、アコギで吉川、12弦ギターで瀬戸、スチールギターで駒沢・・・っていう面々が参加していたって訳ですわね。
(ギターの鈴木茂氏は、この曲での参加は無し)

 うん、先日、別途紹介した「日本の編曲家」っていう本にも登場してくる、トップスタジオミュージシャンの面々ですわ。

 兎に角も、駒沢氏のスチールギターが、この曲のキモだろなぁ。 基本、カントリー形式なこの曲に、あのスチールギターのフレーズが絡んでくると、獨独の物悲しさというか、情緒感が出てくる。

 まあ、こういう曲想は、当時はこの曲だけじゃなかったですけどね。例えば、カーペンターズの「TOP OF THE WORLD」はなんかは、もろそうだったじゃん。
そそそ、なんかね70年代前半って言う匂いがするんだよね。 

ちなみに、この曲リリース当時は、不二家の「ソフトエクレア」のCM曲だったんだってねぇ。 今、この曲を聴くと、70年代前半の匂いがするとか、当時の気分になるっていうのは、もとかすると、そのCMの記憶が残っているのかなぁ・・・、なんて思ったりして。
 まあ、4〜5才の頃のことなんで、まだきちんと物心も付いていない頃なんでさ、今となっては表だって記憶はないんでけどさぁ。





よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村

ルージュの伝言 / 荒井由実

1975_04_ルージュの伝言_荒井由実








今回の1曲セレクトは、「ルージュの伝言」荒井由実です。

まずはデータです。

・タイトル    ルージュの伝言
・アーティスト  荒井由実
・作詞      荒井由実
・作曲      荒井由実
・編曲      松任谷正隆
・リリース日   1975年2月20日
・発売元     東芝EMI
・オリコン最高位 45位
・売上げ枚数  6.9万枚
・タイアップ:映画「魔女の宅急便」挿入曲

えー、久しぶりに70年代に遡りまする。
シングルでは、ほとんど売れなかったけど、でも、有名な曲、時々ありますよね。
特に70年代〜80年代の「ニューミューシック系」のヒトたちには、そう言った曲が結構あるかな。

当初、ニューミュージック系のヒトたちってシングルよりもアルバムを中心にレコード制作を行っていた人たちが多かったですからね、おのずから、そう言う傾向になった人たちが数多くいたってことですよね。
逆に言えば、アイドルとか歌謡曲系のヒトタチは、アルバムよりもシングル重視だったわけで、から、アルバムは、申し訳程度にしか売って無かった・・と言ってもいいかもしれない。

今回は、そんな当時はアルバム重視だったこのヒトの曲を。

荒井由実「ルージュの伝言」。

はいはいはい、今となってはほとんどの方が、この曲をご存じでしょう。

やっぱり、89年に公開されたジブリ映画「魔女の宅急便」の劇中曲として使われたのが大きかったですよね。

でも、それ以前は・・・と言えば、知る人ぞ知る・・・って感じじゃなかったかなぁ。 もちろん、古くからのユーミンファンの方々や、それ以外でも70年代からのラジオ小僧の方々には浸透していたかも知れないけど、「大衆的」な広がりは無かった・・・様な気がするな。

なにせ、この曲、シングルでは、オリコン最高位45位。売り上げ6万枚強ですからねぇ。
現在までの、この曲の認知度からしたら、全く信じられないかもしれないな。

少なくとも、ワタシらの世代では、ユーミンといえば、「魔女の宅急便」よりも少し前の、原田知世主演の例の「私をスキーにつれてって」で使われた、「サーフ天国 スキー天国」「恋人がサンタクロース」あたりっていうのが、より一般的だし、さらに遡って、81年の「守ってあげたい」の大ヒットっていうイメージが強かったですからね。

それ以前、70年代の「荒井由実」時代となると、世代が一つ上になるからなぁ・・・。

でも、そんな70年代のユーミンを、死んだウチの母親が、注目してたって言うんだから、先物買いだったよな、ウチの母親も。
なんでも、70年代のユーミンのファッションに触発されて居たらしいんだよね。

とくに、今回、セレクトしてきた「ルージュの伝言」の頃のユーミンのファッションはオシャレでしたからねぇ。まだ前衛的というかね、少なくとも「歌い手」でああいう、時代の超最先端なオシャレなファッションだっひとも少なかったんじゃないかなぁ。

そんな私も、この曲を実際に聴いたのは、「魔女の宅急便」で誓われるほんの少し前だった・・・様な気がする。

いや、音源はかなり前から持ってたんだけどね。

83年に初めて通販で買った、ニューミュージック大全集。 それに既に、「ルージュの伝言」って収録されていたんだけど、曲自体知らなかったんで、長い事、針を落とさずにいたんだよねぇ。

でもね、何かの拍子で、初めて聴いた時は、ちょっとショックだったなぁ。 なんてオシャレな曲なんだ ってさあ。
長い事、針を落とさずにいた事を後悔しましたね。

、ここでも何回も書いてきたことだけど、個人的には「ダサい」曲が好きなんだけどさ、この曲は、ちっともダサくないし、逆に当時としては洗練された曲だよなぁ。
 当時のユーミンの言葉を借りれば、「中産階級」なヒトのための音楽っていうかね。 そそそ、ワタシはブルーカラー的な音楽が好きだったし、そう言う曲を中心に聴いてたからさあ、この曲は、凄く新鮮に映ったんだよな。

まあ、今思えば、50年代〜60年代あたりの、もろオールディーズそのまんまな曲風なんだけどさ。
今では、そうだよな・・・なんて、すぐ分かるんだけど、この曲を始めて聴いた当時は、まだ知らなかったからさ、オールディーズの頃の音楽は。 だから、新鮮に映ったんだろうな。

ところで、この曲のバックコーラスをやってるのは、大貫妙子、吉田美奈子、伊集加代子なんていう錚々たるメンバー。いわいるシュガーベイヴ系の面々なんだけど、「白」一点で、男性コーラスをやってるのが、山下達郎氏。
 そそそ、この曲のバックで、ルペッツの「シュガーヘイビーラブ」よろしく、♪woh woh woh〜♪ってファルセットで声を張り上げてるのは、今をときめく山下達郎氏ですわ。
シュガーヘイヴのあの「SONGS」をリリースする2か月前ですね。

ちなみに、この曲以外にも、初期のユーミンのアルバムでは、山下達郎氏をはじめ、シュガーヘイヴの面々、コーラスで参加してたりしてるんですよね。

 あの当時は、まだニューミュージック系のメンバーの裾野が狭かった・・というか、今、巨匠といわれる人たちが、互いにいろんなアーティストに参加してたりして、面白いんだよなぁ。

でも、それだけ音楽の才能があるヒト達が参加しあってたわけたがら、当時のニューミュージック系の曲のクオリティが高かったって言うのも、当たり前だったのかもしれないですね。



これ70年代中盤、この曲がリリースされた当時のVTRですよね。
コレ録画したヒト、当時からビデオ持ってたんでしょうかねぇ。すごいなぁ、当時は、まだビデオなんて一般的じゃなかった訳だから。
 ちなみに、途中で、ムッシュかまやつ氏が乱入してくるけど、ちょうど、この「ルージュの伝言」をリリースした頃、大瀧詠一氏や細野晴臣氏などのいわいる「はっぴいえんど」系のヒトたちが、ムッシュのレコーディングに参加してたんですよね。 細野氏といえば、はっぴいえんど後、キャラメル・ママでユーミンを手掛けた訳でさ、そんな人脈繋がりで、ムッシュ氏が乱入してきてた様ですね。
 件の山下達郎氏は、大瀧詠一門下だしさ。そう言う訳で、いろんな才能が集結してたんだよね。


よろしかったら、ポチッと押してね
にほんブログ村
記事検索
livedoor プロフィール

かじやん

QRコード
QRコード